弁護士法人ITJ法律事務所

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       主   文
一 被告は、原告に対し、金六二一万九〇一三円及びこれに対する昭和五九年一〇
月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
 主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
 原告の請求を棄却する。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、乗用旅客自動車運送事業等を目的とする会社(いわゆるタクシー会
社)であり、被告は、原告会社との間で雇用契約を締結して、原告会社の市川営業
所においてタクシー運転の業務に従事していたものである。
2 (一)原告会社は、被告に対し、昭和五三年四月二〇日、同年五月二〇日限り
解雇する旨通告したところ、被告は自己を債権者とし、原告会社を債務者として、
千葉地方裁判所に地位保全等仮処分を申請し(昭和五三年(ヨ)第一六九号)、同
裁判所は、昭和五六年四月二七日、主文を「一 債権者が債務者に対し、同社市川
営業所のタクシー運転手としての労働契約上の権利を有する地位を仮に定める。二
 債務者は債権者に対し、昭和五三年六月二八日以降本案判決確定に至るまで毎月
二八日限り金一〇万五四〇七円を仮に支払え。」(主文三、四省略)とする判決
(以下「本件仮処分判決」という。)をした。
(二) そこで、原告会社は、被告に対し、右判決に基づき、昭和五三年六月一日
から同五六年四月末日までの分として月額金一〇万五四〇七円の割合による三五か
月分の仮払金三六八万九二四五円を支払つたうえ、昭和五六年五月から同五八年四
月までの二四か月にわたり、毎月二八日限り月額金一〇万五四〇七円を支払い続
け、その支払総額は合計金六二一万九〇一三円に達した(以下右仮払金を「本件仮
払金)という。)。
3 ところで、原告会社は、右判決を不服として東京高等裁判所に控訴したところ
(昭和五六年(ネ)第一一〇五号)、同裁判所は、昭和五八年五月二五日、主文を
「原判決を取り消す。被控訟人の本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は第一、二
審とも被控訟人の負担とする。」とする判決をした。これに対し、被告は、最高裁
判所に特別上告を申立てたが(最高裁判所昭和五八年(テ)第二六号)、最高裁判
所は、昭和五八年一二月六日、主文を「本件上告を棄却する。上告費用は上告人の
負担とする。」とする判決をした。
4 以上の経過で本件仮処分判決の取消が確定したから、被告は原告会社に対し、
取消による原状回復または不当利得として本件仮払金を返還すべきである。すなわ
ち、
(一) 前記の仮処分を命じた千葉地方裁判所の判決が取消されたことにより右仮
処分に基づいて支払われた金員は返還されるべきである。
(二) かりに、仮処分が取消されただけでは右仮処分に基づいて支払われた金員
の返還請求をすることが認められないとしても、原告の被告に対する懲戒解雇は有
効であるから解雇以後原告が被告に賃金を支払う義務は全く存しないのであり、前
記千葉地方裁判所の仮処分判決に基づき原告から被告に支払われた金員は実体的に
も返還されるべきである。
 原告が被告を懲戒解雇した理由は次のとおりである。
(1)
イ 走行キロメーターの不正
 昭和五二年一二月二一日から昭和五三年一月一一日までの間の走行キロメートル
中六四一キロメートルの走行キロについて申告をせず、六四一キロメートル分の料
金を不当に取得した。
ロ 乗用拒否等
 千葉県市川市<以下略>の市営市場事務所が原告会社の市川営業所の常得意であ
り、これを呼んで市場一印と称しているところ、昭和五三年一月二五日午後八時こ
ろ市場一印からタクシー配車の電話申込があつて、被告は無線による配車指示を受
けて市場一印に出向いたが、原告会社の服務要領によれば走行勤務中乗務員その他
の従業員を同乗させてはならないとされているところ、同僚の乗務員で酒気を帯び
て帰宅しようとしていたAを助手席に同乗させたまま右得意先に出向いた。
 しかも、右得意先で右電話申込の乗客がミカン箱大の段ボール箱三個の荷物を車
内に積み込もうとするや、被告は右乗客に対して「ふざけるな」「トラツクではな
い」などと暴言を吐き、右荷物が乗客とともにタクシーに十分積載しうるものであ
るにもかかわらず、右乗客の乗車を拒否して走行し去り、自らは助手席の同乗者A
をその自宅まで送り届けた。
 さらに、配車依頼に応じてタクシーを走行させた行先において依頼者がそのタク
シーを利用しないときは、その配車による走行分については、当該依頼者に負担さ
せることはなく、原告会社の負担において処理することとしているにもかかわら
ず、被告は右乗客から右配車によるタクシー回送料名目で五〇〇円を収受した。
ハ 業務中喧嘩をした行為等
 被告は、昭和五三年一月三〇日、勤務時間中他人と喧嘩闘争行為に及んで傷害を
負うに至り、翌三一日午前一〇時ころその走行にかかる営業用車輛の市川営業所へ
の納車と乗務記録(運転日報)の届出を同僚の乗務員であるBにさせ、同人をして
原告会社に対し被告が喧嘩により負傷して同日の出勤ができない旨および前日の売
上金は自己の治療費に使うから貸しておいてほしい旨の伝言させただけで、ほしい
ままに売上金二万四二一〇円を自己の費用に充てて消費した。
 しかも、被告作成の右届出依頼にかかる乗務記録は旅客発着区間および料金に関
する記載を全く欠き、およそ乗務記録の体を成さないものであつた。
ニ 原告会社の乗務員を脅した行為
 原告会社が江戸川営業所に勤務していたCを市川営業所の初代班長に抜摺して同
営業所に着任させたところ、同年二月二三日ころ、市川営業所休憩室において、C
に対し、「市川は東京と違つて運転手がメーター不倒をするからそのことを見ても
会社に言うな。言うとひどい目にあわすぞ。体に言うことを聞かすからな。」と脅
し、さらに組合の委員長であつたDが懲戒解雇され、その理由の一つがメーター不
倒の不正行為でその認定資料にCの作成した現認報告書が使われたことから、同年
三月二七日夜、市川市八幡駅近くの喫茶店「ルビアン」において、「なんでDのこ
とをあんな風に言つたんだ。おれがこの前言つたろう。これからもそんなことやつ
ていると本当に体に言うことを聞かすぞ。」などと申し向けて、重ねて同人を脅迫
した。
(2) そして、右(1)イの行為は、別紙就業規則三条、五六条一号に、(1)
ロの一連の行為のうち、乗車拒否の行為は就業規則三条、五六条一号に、回送料金
を乗車させない客から受領した行為は、就業規則三条、五六条一号に、酒気をおび
た従業員を助手席に同乗させた行為は就業規則五六条三号に、客に「ふざけるな」
などと暴言を吐いた行為は、就業規則五六条三号に、(1)ハのうち、業務中第三
者と喧嘩をし負傷をしたことは就業規則五六条一号、三号に、当日の売上金を原告
会社に納金せず、私的に費消した行為は原告会社の懲戒規程に、当日乗務記録をつ
けなかつたことは前記懲戒規程及び就業規則五六条二号に、(1)ニの行為は就業
規則三条、五六条一、三号に各該当する。
5 よつて、原告は、被告に対し、金六二一万九〇一三円及びこれに対する本訴状
送達の日の翌日である昭和五九年一〇月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の
割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1、2、3の事実は認める。
2 同4について
 冒頭は争う。
(一)は争う。
(二)について
 (1)イは争う。被告は他の従業員と交代で同一営業車を担当しており、被告だ
けで担当していたわけではない。
 (1)ロも争う。同僚のAを営業車の助手席に同乗させたことは認めるが、当時
乗務員の通勤については本八幡駅より送迎しており、送迎車に乗り遅れた乗務員を
客と一緒に同乗させることは原告会社に了承されていたのである。また、乗車拒否
及び暴言と主張されている点については、いきなりミカン箱六・七個位の荷物を積
めといわれたので、とても全部は積めないと言つたところ、客は不満げであつた
が、納得してくれたものである。さらに、タクシー回送料の件については客が運転
席に金を投げ入れていつたのであり、被告は実車にならなかつたことと、回送料を
貰つたことは原告に報告している。
 (1)ハのうち喧嘩の点については、当時東洋タクシーに在社していたEから一
方的に被告が暴行を受けたのであり、喧嘩をしたのではない。日報は実車になる毎
に行先と金額を書いているものなので、日報に記入していないということはありえ
ない。また、納金の件については、当時給料の範囲内でなら伝票とさしかえてくれ
ていたのである。
 (1)ニも争う。昭和五三年二月二三日の話の内容は、Cを大きな声で脅迫した
とかでなく、同人が市川営業所の仕事に慣れたかどうかについて聞いただけであ
る。また、二回目の件は、D委員長解雇の件で現認書を書き告発者となつたC班長
に対する組合員の感情が悪化したので、そのことをCに伝え事件が生じないように
話したに過ぎない。
第三 証拠関係(省略)
       理   由
一 仮処分判決とこれに基づく金員支払い等
 請求の原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。
二 仮処分判決の取消しとこれによつて生ずる法律関係
1 おもうに、金員の支払いを命ずる仮処分はいわゆる満足的仮処分の典型で本案
訴訟の確定、強制執行をまたず、いわば予先的に被保全権利(仮処分債権者の主張
する実体的金銭請求権)を実現したのと同様の履行状態を生じさせる仮処分であ
る。
 とはいえ、金員の支払いを命ずる仮処分命令を受けた仮処分債務者の義務は、右
被保全権利と裏腹をなす実体上の義務ではなく、右仮処分により初めて形成された
ものと解される。
 そうすると、金員の支払いを命ずる仮処分に基づいて支払われた金員は、仮処分
命令を債務名義とする執行手続によるものであると仮処分債務者の任意の履行によ
るものであるとを問わず、仮処分を「法律上の原因」として支払われたものという
べきである。
 したがつて、本件の場合も、本件仮処分判決に基づき原告が被告に支払つた請求
の原因2(二)記載の金員は本件仮処分を「法律上の原因」として支払われたもの
とみることができる。
2(一) ところが、その後本件仮処分判決が控訴審判決によつて取消され、右控
訴審判決が確定したことは前記のとおりである(なお、仮処分によつてされた判決
に対しては上告ができず、特別上告は判決の確定を遮断しないから、本件仮処分判
決を取消した控訴審判決はその言渡しとともに確定したといえる)。
 しかしながら、仮処分判決は、本案判決とは異なり、確定をまたず言渡しととも
に命令の効力を生ずるが、仮処分申請事件の訴訟物は被保全権利と保全の必要性に
よつて構成される保全請求権の在否であると解されるところこれについての判断の
基準時は事実審の口頭弁論終結時であるから、仮処分申請を認容した第一審の仮処
分判決が控訟審で取消されても将来に向つて仮処分の効力を消滅させるにとどまり
既往に遡つて仮処分の効力を消滅させるものではない。
 そうすると、右仮処分が取消されたからといつて、右仮処分に基づいて履行され
た給付は「法律上の原因」を欠くに至つたということはできない。
 また、原告は、被告に対する懲戒解雇は有効であるから、実体上も右仮処分に基
づいて被告が取得した金員は不当利得であると主張するけれども、前記のように、
金員の支払いを命ずる仮処分に基づいて仮処分債務者たる原告から仮処分債権者た
る被告に対してされた給付は右仮処分を「法律上の原因」としてされたものである
から、右仮処分が遡及的に失効したといえない以上、実体上右解雇が有効であるか
否かにかかわらず右給付に「法律上の原因」がないとはいえない(もつとも、右仮
処分の本案訴訟たる賃金請求訴訟(原告となるのは本件の被告であり被告となるの
は本件の原告である筈)において原告(本件被告)が敗訴しこれが確定したとき
は、仮処分は、仮処分制度の目的からいつて遡及的に失効すると解されるが、本件
の場合、本件被告が本案訴訟を提起したことの主張立証すらなく、弁論の全趣旨に
よれば本案訴訟が提起されていないことが認められる。)。
 そうすると、原告が被告に対し、本件仮処分に基づき給付した金員を不当利得で
あるとして返還を求める請求は理由がない。
(二) つぎに、原告は、本件仮処分判決の取消しによる原状回復として仮処分に
基づき支払われた金員の返還を求めうるかどうかについて検討する。
(1) おもうに、仮処分制度は、債権者の主張する権利ないし権利関係の本案訴
訟における実在化ないし実現に奉仕すべきものであるから、金員の支払いを命ずる
仮処分のようないわゆる満足的仮処分といえども仮処分の本質たる本案への付随
性、仮定性から解放されることはできない。
 したがつて、仮処分債権者が満足的仮処分に基づいて仮の満足を得た場合にも、
仮の履行状態が作出されただけであり、右仮処分が上訴等によつて取消されない限
り、本案判決確定まで右仮処分はその効力を有し(だからこそ、満足的仮処分に基
づく履行ないし執行が了えた後も、仮処分異議や上訴が許されるのである)、仮処
分債務者は右仮処分命令に基づいて給付した金員につき仮処分債権者に対し返還を
求めえない。
(2) これに対し、本件の場合のように仮処分判決が上訴審において取消され確
定した場合はどうであろうか。
 この場合の法律関係について明定した法規はない。
 そこでこの場合の法律関係をどう解すべきかについて考えてみるに、仮処分の取
消しは遡及効を有しないから、仮処分がなかつたことにはならないが、仮処分は取
消されたのであるから、仮執行宣言に基づく仮執行後の原状回復について定めた民
訴法一九八条の趣旨に照らすと仮処分債権者は仮処分が取消された時点で仮処分債
務者に対し、原状回復義務を負うに至つたとみるのが相当である。
 そして、右の原状回復義務は、実体上の法律関係とは関係なく、仮処分の取消の
確定自体によつて発生すると解すべきである。けだし、仮処分が取消されても実体
上の法律関係の確定(本案訴訟における仮処分債権者の敗訴確定)をまたなければ
仮処分債務者は右仮処分に基づき履行した金員の返還を求めえないとすると、次の
ような場合が生ずることになり、当事者間の法的手段の均衡という点からみて合理
的とは思われない。
 すなわち、本件のように債権者が満足的仮処分を得てこれに基づく給付を得たま
ま本案訴訟を提起しない場合がそれである。
 たしかに、仮処分債権者が満足的仮処分を得てこれに基づく履行を得たまま本案
訴訟を提起しない場合には仮処分債務者としては起訴命令を申立て(民訴法七四六
条参照)本案訴訟の提起を促すという途を有するものの、起訴命令を申立てる前に
仮処分が取消されたときは、この途は閉ざされ、自ら賃金債務不存在確認訴訟を提
起してその確定をまつほかないこととなるが、債権者が疏明手続で得たものを仮処
分が取消されているのにこのような方法でしか返還を求めえないとすることは均衡
を失するというほかないであろう。
 そうすると、仮処分の取消しによる原状回復として本件仮処分判決に基づき支払
いを受けた金員相当額と右仮処分の取消しの確定した時(前示のとおり)以後であ
る昭和五九年一〇月三日(本件訴状送達の日が昭和五九年一〇月二日であることは
本件記録上明らかである。)から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払
いを求める原告の請求は理由がある。
三 むすび
 よつて、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を
仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小笠原昭夫 平林慶一 永井裕之)
 従業員就業規則(抄)
(職場基準)
第三条 従業員はその職務の遂行に当つては職制にもとずく所属上長の指示に従う
とともに、互に人格を尊重し且つ協力して職場秩序の保持に務めなければならな
い。
(懲戒)
第五十六条 従業員が左の各号の一に該当するときは、別に定める従業員懲戒規定
により懲戒する。
一 この規則又はこの規則にもとずいて作成させる諸規定に違反したとき
二 職務上の義務に違反し又は職務を怠つたとき
三 従業員としてふさわしくない行為のあつたとき

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