弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原審判を取消す。
     本件を長野家庭裁判所上田支部に差戻す。
         理    由
 本件抗告理由の要旨は、
 抗告人等は上田市大字a字b区に居住する特殊部落民として多年に亘り一般社会
より謂れなき差別待遇を蒙り悲痛な生活を営んで居たのであるが、この不合理非人
道にして人間性冒涜の甚だしい伝統的桎梏を排除すべくあらゆる手段をつくして部
落民解放運動につくして來たものである。然しながら一千年来の因襲に基く差別的
観念は容易に拭い去るととはできず「cのA」「aのA」「bのA」と云えば直に
部落民であることが判り、一般人から賎視軽蔑され現に学校において兒童は差別さ
れ就職は体よく拒絶され、縁談は相手とされざる程に日常白眼視されて居りAなる
氏と抗告人等の居住する上田市a、bの地域とは事実上切つても切れぬ緊密たる関
連を持ち、実にAの氏は部落民たることの表象となつているのである。
 抗告人等部落民の心情はこれを体験した者のみが知りうる屈辱に満ちたものであ
るが抗告人等は現在の深刻悲痛な境遇より一歩脱却する手段として家族と相謀り衷
情を訴えて氏変更め申立に及んだのであるが、原審判所は一般的の標準事例にのみ
捉はれてこれを却下したのは法の解釈を誤つたものであり、抗告人等の到底承服し
得ざるところである。よつて原審判を取消し、抗告人等の氏をBと変更することを
許可する旨又は更に相当の審判を爲さしめる爲め本件を原審に差戻す旨の決定を求
める次第である。というにある。
 そもそも氏は名と統合して人の同一性を表はす称号であるが、戸籍編成の基礎を
爲す重要な意義をも有し、これが変更はその戸籍に属する者全部に及び一般社会に
対する影響も名の変更の比ではなく、軽々に変更されるときは一般人の蒙る迷惑は
至大であるのみならす遂には戸籍制度の円滑な運用をも阻害する結果を生ずるの
で、眞に止むを得ない事由ある場合でなければ、その変更を許すべきでない。然し
ながらその氏が人の社会生活上重大なる支障を與え、これが継続を強制することが
社会観念上不当であると見られるときは氏変更の止むを得ざる事由ありといいうべ
く、戸籍法第百七條の法意もとこに存するものと解する。本件において抗告人等の
主張するところによれば、抗告人等は所謂特殊部落民として多年一般社会より不当
な差別待遇を受けて來たものであるが抗告人等の居住地方においてはAなる氏を名
乗る者は部落民に限られ「cのA」「aのA」「bのA」と云えば直に部落民たる
ことが感得される程に、部落民たることとAの氏との間に<要旨>は事実上極めて緊
密な関連があると云うのである。さすればAなる氏はその地方において直に部落民
を意味し、従てAの氏を名乗ることは恰も殊更らに日常部落民たることを示
す確然たるしるしを掲げて生活するに等しく、これにより一般社会の絶えざる侮蔑
迫害を招き多大の苦痛を受けなければならず抗告人等がその氏を変えることにより
実際にかかる境地を脱却しうべきものとすれば部落民に対するこの忌むべき差別観
念が永年の因襲に基き容易に抜き難い現実の状態であることに鑑み抗告人等の氏変
更の申立は止むを得ないものとしてこれを許容しうるものと思量するのである。も
とより部落民に対するかかる差別観念は人道に反しいずれはこれを打破すべき社会
運動の強化と一般文化水準の向上とにより除去さるべきものであるこみは多言を要
しないがこれが爲め部落民たることとAの氏との間に存する前示の如き緊密不離の
関係に基き現実に抗告人等が蒙りつつおる社会生活上の苦痛を忍受せしむべき理由
とはたらない。それ故原審としては果して抗告人等の主張するように、その居住地
方においてはAの氏は落民に特有であつて、Aと云えば直に部落民を意味する如き
事実的関係の存するや否やを審査し、更にかかる関係がおる場合Aの氏を変えるこ
とによつて部落民としての差別待遇より脱却しうべきものであるか否かを審理すべ
きは当然であつて原審が右の審理を盡さずして抗告人等の本件申立を却下したのは
相当でないといわざるを得ない。抗告人等の本抗告はこれを理由おりとすべきであ
るから原審判を取消し、本件を長野家庭裁判所上田支部へ差戻すべきものとし、主
文のとおり決定した次第である。(裁判長判事 大保江直 判事 奥野利一 判事
 多田威美)

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