弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告理由第一、第二について。
 自作農創設特別措置法(以下自作法と略称する)は、今次大戦の終結に伴い、我
国農地制度の急速な民主化を図り、耕作者の地位の安定、農業生産力の発展を期し
て制定せられたものであつて、政府は、この目的達成のため、同法に基いて、公権
力を以て同法所定の要件に従い、所謂不在地主や大地主等の所有農地を買収し、こ
れを耕作者に売渡す権限を与えられているのである。即ち政府の同法に基く農地買
収処分は、国家が権力的手段を以て農地の強制買上を行うものであつて、対等の関
係にある私人相互の経済取引を本旨とする民法上の売買とは、その本質を異にする
ものである。従つて、かかる私経済上の取引の安全を保障するために設けられた民
法一七七条の規定は、自作法による農地買収処分には、その適用を見ないものと解
すべきである。されば、政府が同法に従つて、農地の買収を行うには、単に登記簿
の記載に依拠して、登記簿上の農地の所有者を相手方として買収処分を行うべきも
のではなく、真実の農地の所有者から、これを買収すべきものであると解する。
 そのことは、自作法一条に明らかにせられた前叙同法制定の趣旨からしても十分
に理解せられるところであるのみならず、同法が農地買収についての基準を、いわ
ゆる不在地主の農地であるかどうか即ち農地の所有者が実際に農地の所在市町村に
居住しているかどうか、又は、地主が農地を自作しているか、小作人をして、小作
せしめているか等所有者とその農地との間に存する現実の事実関係にかからしめて
いる等、自作法に定められた各種の規定自体から推しても、同法の買収は、真実の
農地所有者について行うべきであつて、登記簿その他公簿の記載に農地所有権の所
在を求むべきでないことが窺い知られるのである。
 もとより、本事業はわが国劃期的の大事業で、短期間に全国一齊に、大量的に農
地の買収を行うものであつて、かかる大量的な行政処分において、個々の農地につ
いて登記簿其他の公簿をはなれて真実の所有者を探求することは事実上困難であり、
公簿の記載は一応真実に合するものと推量することは、極めて自然であるから、政
府が右の買収を行うに当つては一応登記簿その他の公簿の記載に従つて、買収計画
を定めることは、行政上の事務処理の立場から是認せられるところであるけれども、
右買収計画に対して真実の所有者が自作法に規定せられた異議を述べるときは、こ
の計画の実施者たる農地委員会は、その異議者が真実の所有者なりや否やの事実を
審査して、その真実の所有権の所在に従つて、買収計画を是正すべきものであつて、
同委員会は、民法一七七条の規定に依拠して、異議者がその所有権の取得について
の登記を欠くの故を以て、その異議を排斥し去ることは許されないものと解すべき
である。論旨は、これと反対の主張をするものであつて、採用することはできない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官霜山精一の少数意見、裁判官井上登同岩松三郎の少数意見、裁
判官真野毅の意見を除き、裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官霜山精一の少数意見は次のとおりである。
 自作農創設特別措置法に基く農地の買収に関し国(又は農地委員会)が民法一七
七条にいう「第三者」に該当するかどうか、換言すれば農地買収について民法一七
七条が適用又は準用されるかどうかの問題に対し、多数意見は消極説を採るもので
あるが、私は積極説を主張するものである。以下その理由を述べる。
 一、民法上登記原因が絶対無效の場合には、その無效は何人に対しても主張でき
るのであるから、幾ら登記を信用して登記名義人と不動産の取引をしてもその取引
の安全は保護されないのであつて、真の権利者が保護されるのである。これに反し
登記原因は無效であるがその無效をもつて善意の第三者に対抗できない場合(例え
ば民法九四条二項)、及び民法一七七条の場合即ち物権の変動について登記をしな
かつた場合には登記名義人と取引をした第三者が保護されて真の権利者はその権利
を取引の相手方である第三者に対抗できないのである。従つてこの場合には取引の
安全の保護に重点が措かれ、いわゆる動的安全を保護するために真の権利者の権利
が犠牲となるのである。そして以上の民法上の原則が農地買収について如何に適用
せられるかというに、登記原因の絶対無效の場合の原則は適用されるものと解され
る。買収が公権力の発動だからといつて右原則の適用を排除することはできない。
それゆえ登記原因の絶対無效の場合に登記名義人に対して買収手続が行われても、
真の権利者が適法に異議を申立てた以上、買収農地が耕作者に売渡された後でも国
は買収手続を取消さなければならないし、買受人なる耕作者は農地を権利者に返還
しなければならない。それはこの場合には取引の安全を保護しないという原則から
くる当然の結果でありこのことは農地の買収に多少の支障を来すことになつても已
むを得ないのである。
 次に民法一七七条同九四条二項のように取引の安全が保護される場合民法上の原
則も農地買収の場合に適用があると解すべきである。民法一七七条の規定によつて
不動産の買主が登記を経ないときはその買受けたことを第三者に対抗できないので
ある。それゆえ所有権は買主にあるといつても、その権利は完全な排他的の所有権
といえないのであるから、登記名義人たる売主と第三者との間になされた取引の安
全を保護する必要のためには未登記の権利は犠牲にならなければならない。そして
取引の安全ということは必ずしも売主自身がする取引即ち二重譲渡をした様な場合
に限るのではなく、苟しくもその不動産について変動のあつた場合の動的安全をい
うのであるから、私的取引による変動たると、公権力による変動たるとを問わず、
登記を怠つている買主に比して動的安全を保護することがより必要であると認めら
れる場合には民法一七七条を適用しなければならない。大審院の判例でも売主の一
般債権者が移転登記のしてない不動産について差押をしたときには差押債権者は第
三者に当り買主は所有権の取得をもつてこれに対抗できないとしているのである。
これを農地の買収について考えてみると、買主が登記を怠つているときには登記簿
上は売主の所有名義となつており、国は登記簿によつて売主の農地としてこれを買
収し、これを耕作者に売渡すのである。たとえ買主が買収手続中適法に異議を申立
てても、行政処分の執行の停止のない限り、手続は進行して買収を完了し、耕作者
に売渡されるであろう、また売渡を受けた耕作者に移転登記をし土地も引渡されて
耕作者は現にこれを耕作しているであろう、本件においてはそこまで確定していな
いけれども恐らく同様であると思われる。もし多数説のように消極説を採るならば
国はその買収処分を取消さなければならない、その結果は農地を買受けた小作人は
農地を買主から追奪されることになる。農地の買収は耕作者に売渡す目的でするの
である。それであるから農地の買収と耕作者えの売渡は一連の行為である。この一
連の変動に対する動的安全の保護が犠牲にされて登記を怠つている買主の方が保護
されることになる。かくの如き結果が是認されてよいであろうか、もし耕作者が売
主から直接買受けたならば一七七条によつて保護されるが国を通して買つた場合は
保護を受けないということは動的安全の保護の上からみて了解し難いことである。
また登記を怠つている買主の権利の保護と国及耕作者によつて為された一連の変動
に対する動的安全の保護の必要とを比較衡量してみると、それは後者の比重が遙か
に重いことは言うまでもないのであるから、この場合には民法一七七条を適用して、
未登記の買主の権利は充分な保護を受けられないものと解して差支ないのではない
か、元来不動産の取引が頻繁に行われている現代においては不動産取引の安全はで
きるだけ広くこれを保護することが要請されるのである。それであるから登記に公
信力を与えて登記を信頼して取引した者は充分に保護されるというように改正する
必要があるのでないかと考えるのであるが、それはさて措き現行民法の下において
も一七七条等の規定を活用して不動産の取引の安全をできるだけ広く保護すること
が必要とされるのである。この観点からみて農地買収の場合に一七七条九四条二項
等の適用がないと解し動的安全の保護を無視することは決して当を得たものとはい
えないのみならず、多数意見によると農地買収に関しては未登記の買主の権利を登
記原因が絶対無效の場合の権利と同一視する結果となるのであつて、民法がその間
に区別を設けている精神を没却するものといわざるを得ない。
 二、多数意見は農地の買収には民法一七七条の規定は適用がないというのである。
この見解をとれば、農地につき二重譲渡が行われ、先づ甲に譲渡した後未登記のう
ちに更らにこれを乙に譲渡し、乙に移転登記をした場合に、国が乙に対して農地の
買収をしたと仮定する。甲は国に対してその権利を対抗してきたときに国は民法一
七七条の規定が適用がないから、買収処分を取消きなければならないと解すべきで
あろうか、この問題については多数意見は必ずしも明瞭ではないが民法一七七条が
適用がないという説をとる以上この場合に未登記の権利の対抗を認めることも已む
を得ないと結論する意見もあるようである。しかし、かかる結論を肯定することは
暴論というの外はない。国が甲と乙と何れを所有者として農地を買収すべきかは明
らかである。民法一七七条の適用によつて乙を所有者として買収すべきは当然であ
る。然らば甲が国に対してその権利を対抗してきたときに国は甲に対し一七七条の
規定によつてその権利の主張を拒否することが許されなければならない。多数意見
のうちにはこの場合には民法一七七条の適用があるという意見もある。然し農地買
収は公権力の発動だから民法一七七条は適用がないというのが多数意見である。し
かるに右の場合も公権力の発動であるにかかわらず一七七条の適用があるというの
は如何なる理由によるか、公権力の発動ということは一七七条の適用を妨げる理由
にならないから右の場合に一七七条の適用があることに結論されるのではないか、
もし然りとすれば右の場合に限らず進んで本件のような場合にも一七七条の適用が
あると解するのが筋が通つた考え方であるといわなければならない。
 裁判官井上登、同岩松三郎の少数意見は次のとおりである。
 私どもは霜山裁判官と同じく積極説を採るものであるが、同裁判官の少数意見に、
更に次のような理由を補足したいと思う。
 国が行政権を発動して私人間の権利関係の変動を計らうとする場合においても、
その対象である私権関係そのものに関しては、原則として本来その私権関係を規律
する実体私法の適用あるベきは当然のことである。行政活動だからというて、私権
本来の姿を変更してこれを対象としなければならない筈はないからである。だから
国が行政権を発動して私人の所有する土地を買収する本件のような場合にあつても、
法律上特に別段の定めのない限り、民法一七七条の適用あるべきことは勿論なので
ある。多数説は、その法律上の特段ら明規がないにも拘わらず、唯国が行政権を発
動して土地を買収するのであるから、所謂「真の所有者」を探査すべき義務があり、
民法一七七条の適用による保護を与うべきではないとするものの如くであるが、到
底賛同することはできない。そもそも、真の所有者が誰であるかということそれ自
体が、民法の規定により決定せらるべきことであり、国が行政権の発動により土地
を買収する場合であるからというて実体法によらずして(特別措置法にも真の所有
者を決定すベき特別な実体法規を定めてはいない。)決定さるべきものではない。
いうまでもなく民法一七六条は物権の移転は当事者の意思表示のみに因りその效力
を生ずと規定して居るがこれには一七七条及び一七八条の制限があるのである。不
動産に関する物権の得喪及び変更は、その登記をしなければ之を第三者に対抗でき
ないと規定しているのが一七七条である。例えば土地所有者甲が乙にその所有権を
譲渡してもその登記を経ない限り、当事者間ではともかく、第三者の関係では乙は
その所有権の取得、すなはち所有権の移転を対抗できないのである。換言すれば、
乙は所有権の移転が対抗できない結果第三者からは依然甲が所有権を保有している
ことを主張され得る状態にあるのである。いまさら、こんなわかりきった蛇足を書
く所以のものは、どうも多数説は一七七条の法文が明示していること、すなわち同
条が物権の移転そのものの対抗要件を規定しているのを誤解し、移転した物権の対
抗要件を規定していると解して設例の場合乙に所有権は移転しているのであり唯、
その所有権を第三者に対抗できないに過ぎないのであるから、乙は真の所有者であ
るとでも考えているのではあるまいかと想像したからである。しかし、この場合実
体上何人の関係でも所有権者であることを主張し得るものは未確定なのである。甲
から乙への移転を否定するにつき正当の利害関係を有する第三者が右移転を否定す
る場合にはその第三者に対する関係においては右移転は存在しないことになり従つ
て乙は全然所有者でないのであつて「真の所有者」なる観念自体が誤りなのである。
だから、多数説のように行政権を発動する国に対して一七七条の保護を拒否しても
国以外の第三者の関係では乙がその登記を経ない限り、なお真に所有権を収得した
とは主張し得ない立場にあるのであるから、国以外の第三者丙が甲から所有権の移
転を受けてその登記を経れば実体法上真の所有者は丙となるのであり、乙は甲から
所有権の移転を受けたことを終局的に主張し得ないこととなるのである。この点に
おいては乙ばかりでなく行政権を発動した国と雖も同様でなければならぬ。もしそ
うでないとすれば、国に対して民法一七七条の保護を拒否するだけではなく、国の
ために民法一七六条のみを適用する特権を認める結果となるのである。すなわち、
この場合もし、国が行政権の発動により買収に着手したからというて乙を所有権者
としてあくまで取扱うということは、実体上権利を取得したことのないものに権利
を認める結果となるのである。国に民法一七七条の保護を与えないつもりの多数説
は、実は行政権を発動する国のために、実体法上保護を受くべき第三者丙及び丙か
らの承継人の権利を無視する特権を認めているのである。民法一七七条の適用に関
し「登記の欠缺を主張する利益を有しない第三者」なる観念はある(例えば不法占
拠者の如き)、しかし、それは唯、消極的にかかる第三者に対して民法一七七条の
保護を与えないというだけのことであつて、積極的にかかる第三者のために、民法
一七六条のみを適用せんとするものではない。民法一七七条の保護を与えないとい
うことと、民法一七七条の適用を排除し同一七六条のみを適用するということとは
同一ではない。多数説はこの区別がわからないのである。以下少しく一七七条の適
用なしとした場合の実際の結果について考えて見よう。
 (一)前記設例において甲から譲受けた乙がまだ登記をしない間に、丙は甲乙間
の譲渡の事実を知らず、甲から譲受け登記を済ませて安心して居ると、国が乙から
買収して、丙は登記までした正当の権利を奪い取られることになるのである。なお
丙の登記に信頼して丙から丁、丁から戌といつたように順次に所有権又はその他の
物権を承継取得した者がありとすれば、それ等の者も尽く正当な権利を剥奪されな
ければならない。そして多数説によれば設例のような場合には乙が「真の所有者」
であり丙は所有者でないのだから、国は常に乙から買収しなければならないのであ
り、従つて丙以下の権利は常に奪われることにならざるを得ないのである。かかる
不合理極まる結果を生ずるのは、多数説が実体私法の定むる法律関係を無視して、
国のみにつき法律に何等規定なき特別の権利関係を認めたためである。なお(二)
国に対しては民法一七七条の保護がないとすれば、国は各個の買収毎に登記の如何
に拘わらず、先ず所謂「真の所有者」なるものの有無を探究した後に買収計画を立
てなければならないことになり、その為め非常に多くの時間を要し急速の処理を必
要とする此の法律の精神に反すること甚しい結果を来すであらう。多数説では国は
一応登記上の所有者から買収すればいいから、その為め買収が遅れることはないと
いうけれども、これは矛盾である。多数説によれば前記設例の場合乙が「真の所有
者」で、その所有権を国に対して主張し得る絶対的所有者であり、その結果丙(登
記上の所有者)は何等権利を有しないものとなさざるを得ないから、かかる者(丙)
からの買収は絶対無效たらざるを得ない。従つて国から小作人に対する譲渡も無效
となり小作人は所有権を取得することは出来ないであらう(法は原始取得の様な字
句を用いて居る個処もあるけれども無権利者からの取得を認めたものとは思えない)
国の大政策の実施に当る者がかかる絶対無效の行為をしていいわけがない。所謂「
真の所有者」なる者が出て来て異議を主張すれば買収手続は総て駄目になつてしま
うのであるから「一応登記面の所有者から買収する」などということは危険千万で
あり、買収に関与する者が職務に忠実である限り到底為し得る処でない。所謂「真
の所有者」の有無を調査せずして登記面の所有者から買収すれば職務怠慢の責を免
れ得ないであらう(法は厳重な調査義務を負わせて居るのである)。苟くも多数説
を是認する限り「一応登記面の所有者から買収すればいい」などとは到底いえない
筈である。更に又(三)多数説のようにすれば所謂「真の所有者」なりと称して(
これを偽称する者も無論あるであらう)異議を述べる者ある毎に(一七七条の適用
ありとすればかかる異議は出現する余地がない)一々詳細な証拠調をしてその真偽
を判断しなければならず大変な遅延になる。のみならず認定を誤り偽称者の為めに
それこそ法律上の真の所有者の権利が奪われる虞もないではない。民法一七七条は
これを避ける趣旨もあるのである。翻つて法律の定めるとおり登記をしない者は民
法一七七条により第三者たる国に対抗し得ないものとすれば前記のような不合理不
都合は総て生じない。平穏に急速に買収手続を為し得るであらう。それにも拘らず
多数説がこれを嫌う根底には設例の乙を「真の所有者」なりと考え、国の買収によ
つて「真の所有者」が権利を失うのは不都合だといつたような素朴なセンチメント
が支配して居るものと思うが、設例乙の如き者が不利益を蒙ることは多数説を採つ
ても、国の買収以外の場合には常に生ずることであり、民法一七七条が登記を怠つ
た者よりは第三者を保護することとして取引の安全を計つた為あの当然の結果であ
る。自ら法の定めた権利擁護の手段を怠つたが為めに受くる不利益は已むを得ない
のであつて、これは国の買収の場合たると、私人の売買の場合たるとによつて区別
さるべき理由はない。
 裁判官真野毅の意見は次のとおりである。
 わたくしは、上告棄却で結論であり、その理由も一部においては多数意見に賛成
であるが、多数意見の理論構成は粗雑の嫌いがあり用語も甚だ不明確である。わた
くしの理論構成は大いに異る点もあるので問題の重要性にかんがみやや詳しく意見
を述べてみたいと思うのである。
 農地の所有者とその登記名義人とが合致している場合には、農地買収について別
段本件のような問題は起らない。しかし、社会の実際においては民法上の所有者と
登記名義人とが違う場合が生ずる。その主な場合としては、(一)所有権の移転原
因が不存在もしくは無效であり又は取消されたにかかわらず、登記名義の変更があ
つたとき及びこれを前提としてさらにその後の一連の登記名義の変更があつたとき、
(二)所有権の移転原因が有效に存在したにかかわらず、登記名義がもとのまま変
更されずに残つているとき、(三)所有権の移転原因が有效に存在し所有権が移転
したにかかわらず、移転前の所有者がさらにこれを他の第三者に譲渡し(例えば二
重売買)登記名義が変更されたとき及びその後の一連の登記名義の変更があったと
きの三種の類型を挙げることができる。
 そこで、自作農創設特別措置法(以下自農法という)に基き政府が農地を買収す
るために市町村農地委員会が農地買収計画を立てるに当つて(三条、六条)、前述
のごとく農地の所有者と登記名義人とが異つている場合に、その何れを標準とすべ
きかは相当議論の岐れで来た問題である。そして、何れを所有者とするかによつて
それが不在地主であるか在村地主であるかが異り、また何れもが在村地主であつて
もその保有面積が異るわけであるから、これは買収計画を定める上においては重要
な問題であるといわなければならぬ。
 もし、農地の買収が任意売買の方法によるものであれば、政府は民法一七七条の
登記の公示による対抗力に信頼して行動すればよいわけである。しかし、自農法に
よる農地の買収は、自作農を急速かつ広範に創設し、また土地の農業上の利用を増
進し、もつて農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的
としたもので、その方法は任意売買ではなく、政府が公権力により、相手方の同意
なくして一方的、強制的に買上げる方法によるのである。すなわち、政府の農地買
収処分は、行政庁が行政的権力の行使によつて農地の強制買上げを実行するもので
あつて、国家と被買収者との間の法律関係は、疑いもなく純然たる公法関係である。
かように急速かつ広範に自作農を創設するというがごとき全国的な極めて大量的な
行政処分を実施するに当つては、すべてに亙り一々実際の所有者を探求することは、
非常に困難な事柄であるのみならず、時間的にいえば殆んど不可能に近いほどの難
事業である。それ故、市町村農地委員会が、農地買収計画を定めるに際しては、土
地登記簿または土地台帳に表示されているところに従つて、農地所有者を定めて手
続を進めてゆくことは、まことにやむを得ない場合があり一応適法であるというこ
とができよう。
 しかし、これは実際上手続を進めてゆく必要上是認されるに過ぎないものであつ
て、理論上からいえば農地買収の立法目的は農地の所有者からの解放であり、従つ
て買収は実際の所有者からなさるべきことが本筋であるといわなければならぬ。な
ぜならば、農地に対して真に実体的の利害関係を有するのは、実際の所有者であつ
て、登記名義人または台帳名義人ではないからである。これは、自農法の諸規定が
農地とその所有者との実体的関係を規準として定められていることからも十分窺知
することができる。また行政庁が土地の買収をするには、所有者を職権で調査する
のが本則であるべきである。だから、自農法の施行のために設けられた農地調査規
則(昭和二二年一月一四日農林省令第二号)一条においては、「市町村農地委員会
は、当該市町村の区域内にある農地に関し、各筆毎に、地方長官の定める期日現在
で、地方長官の定める期日までに左に掲げる事項の調査をしなければならない」と
規定し、その七号に「所有者(土地台帳に登録した所有者と実際の所有者と異ると
きは、土地台帳に登録した所有者及び実際の所有者、以下同じ)の氏名若しくは名
称及び住所並びに土地台帳に登録した所有者と実際の所有者と異なるときはその理
由」を掲げている。そして、市町村農地委員会は、右調査の結果を一定期日までに
地方長官に報告すべきものときれている(同規則四条)。
 さて問題となるのは、ここにいう、「実際の所有者」とは果して何であるかとい
うことである。この分析が実は甚だ大切となつて来る。前述(一)の場合において
は「実際の所有者」は、所有権の移転原因の不存在もしくは無效であり又は取消さ
れたにかかわらず登記名義の変更の行われた現在の登記名義人ではなく、民法上所
有権を有する原所有者である。この場合には登記の欠缺の問題は起らない(不動産
登記法五条)。前述(二)の場合においては「実際の所有者」は、登記名義人では
なく、所有権の譲受人である。なぜならば、この場合民法上所有権は有效に移転し、
登記名義人は、譲受人に対して登記の欠缺を主張することを得ない立場にあるから
である(不動産登記法五条)。前述(三)の場合においては「実際の所有者」は、
登記名義人であつて、先に所有権を譲受けた者ではない。なぜならば、この場合先
に所有権を譲受けても登記をしなかつた者は、後に譲受けて登記をした者に対して
は民法上所有権の取得を対抗することを得ないのに反し、後者は前者に対してこれ
を対抗することを得る立場にあるからである(民法一七七条)。結局すべての場合
を綜合して考えると、「実際の所有者」とは、登記対抗の諸規定をも考慮した上で、
実体法上所有権の取得を対抗し得る者であるということに帰着する(民法一七七条、
不動産登記法四条、五条)。そして、それは前述のように登記名義人であることも
あり、またしからざることもあるのである。
 そこで、市町村農地委員会が農地買収計画を定あるに当つては、(A)前述の「
実際の所有者」を対象として計画を定あることは適法であり本筋であつて、登記名
義人その他の者から当該農地買収計画についてこれを理由として異議を申立てるこ
とはできない(自農法七条)。
 これに反して、(B)「実際の所有者」が農地調査規則による調査の結果明らか
である場合に、登録名義人を対象として計画を定あることは、本来不適法であり筋
違いであり、従つてこの場合には実際の所有者から自農法七条の異議を申立てるこ
とができるのは言うを俟たない。
 しかし、(C)調査の結果実際の所有者が明らかでない場合には、前に述べたよ
うに自農法による農地の買収は急速かつ広範に自作農を創設するために全国的な極
めて大量的な行政処分を実施するものであるから、土地台帳又は土地登記簿のごと
き表見的な基本公簿の表見的な登録又は登記に従つて、対象となる農地所有者を定
めて手続を進めてゆくことは、実際的な見地から行政上の事務遂行の方法としては
まことにやむを得ざるところであり、一応これを適法であると認めなければならな
い。これは、公示主義による登記対抗の民法の原則の適用から来るのではなくして、
当該行政処分の特質から来るものであると見るべきである。かようにして、登記名
義人を対象として農地買収計画が定められた場合には、実際の所有者は自農法七条
により異議の申立をすることができる。本来農地買収計画は、農地に対し真に正当
の利害関係を有する実際の所有者を対象として定めらるべきものであるから、実際
の所有者が現われて実際の所有権を証明し、異議の理由を明らかにすることは当然
許されなければならない。この際、行政庁が実際の所有者の不利益において登記名
義人を対象として一方的に強制買収することは、不必要に国家権力により国民の権
利を侵害するものであつて、法律正義の許さざるものと言わなければならぬ。すな
わち、実際の所有者の異議申立があれば、行政処分の表見主義による登記名義人を
対象とする一応の適法性は打破せられ、その後は実際の所有者を対象とする買収計
画に是正さるべきものである。農地委員会は、異議の理由が認めらるべきものであ
れば之に従つて買収計画を是正すべきが当然であり、従つて実際の所有者に対して
登記の欠缺を主張して異議を理由なしとすることはできない。またかく解したから
といつて、自農法の目的の達成を阻害するほどのことはないと考える。この範囲に
於ては対等者間の取引の安全に関する民法上の登記対抗の原理は適用がないのであ
る。国家が登記名義人から任意に農地所有権を譲受けたというのではなく、これか
ら強制買収をやろうという場合に、実際の所有者に対して登記欠缺を主張する立場
において手続を進めることは、国家が国民の権利を侵害するものであり、不合理で
あり、許さるべきではない。
 この見解に対しては、農地の仮装売買等による脱法行為を防ぐことが困難となる
という非難が起ることは予想できる。しかし、譲渡が仮装であるか真実であるかは、
審理の結果多くの場合において誤りなく認定されるであろうから、裁判所の最後の
判定に信頼していい事柄である。それよりも、かかる仮装譲渡の脱法行為をおそれ
るのあまり、正義の顕現であるべき国家が、却つて真実の売買等による実際の所有
者の権利の保護を奪い得るような解釈を打ち立てることの方が、角を矯めんとして
牛を殺すというか、アツモノに懲りてナマスを吹くというか、物の本質、事の軽重
の判断に誤りがあるそしりを免れないように思う。
 しかしながら、実際の所有者が時間的に無制限に異議の申立ができるものとすれ
ば、買収計画の安定性を欠くことになるから、自農法は異議申立期間を法定し、買
収計画を公告した日から十日間の関係書類を縦覧に供する期間内に限るものとした。
それ故、実際の所有者といえどもこの法定の期間内に異議を申立てなければ、後日
買収手続及びその結果に対して不服を称えることはできなくなるわけである。
 (多数意見は、「真の所有者」と登記名義人とを対比せしめているが、「真の所
有者」が何であるかは漠然としていて捕えどころがない。また多数意見は、自農法
による農地買収処分には民法一七七条の適用を見ないという。しかし、それは前述
のごとく農地委員会は買収計画につき実際の所有者に対し登記の欠缺を主張するこ
とを得ないという意義及び範囲においては正当であるが、買収計画につき対象とな
るべき且つ異議を申立つることを得る実際の所有者を確定するに当つては、前に述
べたように民法一七七条等の登記対抗の諸規定を適用考慮しなければならぬことを
無視する点においては誤りであると考える。それ故、霜山、井上、岩松裁判官等の
主張するような非難も当然生れてくるわけである。)
 本件において被上告人(原告)は訴外Dから本件農地を買受けたが登記はされて
いなかつた。登記名義人の訴外Dは不在地主であり、被上告人は在村地主であつた。
そして、原審の是認した第一審の理由によれば、本件別府市E地区農地委員会は「
右農地について買収計画を定めるに当り右のような事情から原告がその所有者であ
ること、従つて原告はいわゆる不在地主ではないことを知つていたが……右農地の
登記簿上の所有者である訴外Dを所有者なりとして本件買収計画を定めた事実を認
めることができる」と明らかに認定しているのである。それ故、登記名義人の訴外
Dを所有者として農地買収計画を定めたことは、前に(B)において述べたとおり
最初から違法であつて実際の所有者被上告人から自農法七条の異議の申立てができ
ることは当然である。(前に(C)において述べた実際の所有者が明らかでないか
ら、登記名義人を対象とする計画が一応適法であるが、その後実際の所有者の出現
によるその異議申立で適法性が打破される場合とは異る)。従つて被上告人の異議
申立却下に対する訴願を理由なしとした裁決は違法であり、これを取消すべきもの
とした第一審及び原審判決は正当である。上告論旨は理由がなく、本件上告は棄却
さるべきものである。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    谷   村   唯 一 郎
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎
            裁判官    入   江   俊   郎

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