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平成26年4月18日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成23年(ワ)第23424号損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日平成26年2月26日
判決
滋賀県栗東市<以下略>
原告A
原告訴訟代理人弁護士中田祐児
同島尾大次
同高木誠一郎
同益田歩美
山口県下関市<以下略>
被告株式会社デコス
山口県下関市<以下略>
被告B
被告ら訴訟代理人弁護士沖田哲義
同山根康路
同大野幹憲
同片山智裕
同神庭雅俊
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1被告株式会社デコスは,原告に対し,2億6760万円及びこれに対する平
成23年8月9日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。
2被告Bは,原告に対し,220万円及びこれに対する平成23年8月6日
(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告Bは,原告に対し,別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を,別紙謝罪広告
掲載要領記載の掲載条件で,1回掲載せよ。
4訴訟費用は被告らの負担とする。
5第1,第2項について仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,原告が,被告株式会社デコス(以下「被告会社」という。)に対し,
被告B(以下「被告B」という。)を発明者とし,被告会社が出願して特許
権を取得した,発明の名称を「建物の断熱・防音工法」とする特許権(特許
第3982935号。以下「本件特許権」といい,その発明を「本件特許発
明」という。)について,その発明は,被告会社在職中に原告によりなされ
た職務発明であって,被告Bは発明者ではなく,被告会社は特許を受ける権
利を原告から承継して出願したものであると主張して,(1)被告会社に対し,
平成16年法律第79号による改正前の特許法35条3項に基づく相当対価
請求として2億6760万円及びこれに対する被告会社への訴状送達の日の
翌日である平成23年8月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合に
よる遅延損害金の支払(請求の趣旨第1項)を,被告Bに対し,(2)上記のと
おり,原告が発明者であるにもかかわらず,被告Bが本件特許発明の発明者
であるとして自らが代表者を務める被告会社を通じて特許申請をして登録さ
れ,特許証に被告Bの氏名が記載されたことにより,原告の発明者名誉権を
侵害したとして,不法行為に基づく損害賠償として220万円及びこれに対
する被告Bへの訴状送達日である平成23年8月6日から支払済みまで民法
所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(請求の趣旨第2項),(3)名誉
回復のための謝罪広告の掲載(請求の趣旨第3項)を,それぞれ求めた事案
である。
1前提事実(証拠の摘示のない事実は,当事者間に争いがない。)
(1)当事者
原告は,平成7年10月,被告会社の関連会社である訴外株式会社B工務
店(昭和41年1月12日設立〔甲4〕。以下「B工務店」という。)に
ハウスボディ部長として入社した後,平成8年9月に被告会社に営業部長
として移籍した。その後,平成16年7月頃から被告会社の取締役副社長
に就任していたが,平成21年5月15日に取締役を退任した。
被告会社は,B工務店の関連会社として昭和49年8月30日に設立され
た旧「株式会社B不動産商事」から平成8年8月26日に商号変更された
株式会社であり,建築資材の製造販売等を目的としている。
被告Bは,被告会社,B工務店の各代表取締役である。
(2)本件特許権の概要
本件特許権の内容は,別紙特許公報(本件特許に係る明細書を「本件明細
書」という。)記載のとおりであるが,その概要は以下のとおりである。
〔甲2〕
特許番号特許第3982935号
登録日平成19年7月13日
発明の名称建物の断熱・防音工法
出願日平成11年1月25日
公開日平成12年8月2日
特許権者被告会社
(3)本件特許権の特許証の発明者の記載
本件特許権の特許証には,発明者として被告Bが記載されている。〔乙1
8〕
(4)本件特許発明の出願経過等
本件特許発明の出願から特許査定,登録に至る経緯及び通知ないし手続の
内容は,概ね以下のとおりである。
・平成11年1月25日被告会社による本件特許発明の出願
(請求項の数4,乙14〔特許願〕。以下,この出願時の明細書を「当
初明細書」といい,そこに記載の請求項1ないし4につき,「当初明
細書の請求項1」ないし「当初明細書の請求項4」という。)
・平成12年8月2日出願公開(甲12〔公開公報〕)
・平成17年2月7日審査請求
・平成19年1月15日拒絶理由通知(甲29)
同通知に記載された拒絶理由は,以下のとおりである。
当初明細書の請求項1,2につき,特開平9-32143号公報
(以下「引用文献1」という。甲30),実願平1-4354
4号〔実開平2-134108号〕のマイクロフィルム(以下
「引用文献2」という。甲69)による進歩性欠如。
当初明細書の請求項3につき,引用文献1,2及び実願昭61-1
43481号〔実開昭63-51003号〕のマイクロフィル
ム(以下「引用文献3」という。甲70)による進歩性欠如。
当初明細書の請求項4につき,引用文献1,2,及び実願昭54-
035331号〔実開昭55-136723号〕のマイクロフ
ィルム)による進歩性欠如
・平成19年3月12日意見書(甲33,乙16の2)及び手続補正書の
提出(以下,この補正を「本件補正」という。甲36,乙16の1)
本件補正の内容は,特許請求の範囲を後記(5)の特許請求の範囲,請
求項1記載のとおりに補正し(請求項の数1。),当初明細書の段落
【0005】の記載を変更し,同【0006】ないし同【0008】
を削除するとするものである。
・平成19年5月29日特許査定(乙17)
・平成19年7月13日特許登録(乙18)
(5)本件特許発明についての特許請求の範囲の記載
本件特許発明についての特許請求の範囲の記載は以下のとおりである(括
弧内は当裁判所の挿入であり,各段落毎の工程についての分説及び各段落
末尾の括弧内の記載は,各段落毎に記載された工程の名称として当事者間
に争いがない。なお,請求項1の第1段落,最終段落は,工程としては含
まれない。以下,各段落の工程について,括弧内の名称を用いることとす
る。)。
「【請求項1】
建物の外壁内にセルロースファイバーなどの木質繊維を施工するこ
とにより外壁の断熱・防音性能を向上させるための建物の断熱・防音
工法であって,
外壁内に,柱又は間柱を介して,外壁側に透湿性及び防水性を有す
るエアシートを配置すると共に,内壁側に通気性素材により形成され
た内張りシートであって高さが床上から2mの内張りシートを配置す
ることにより,前記柱又は間柱,前記エアシート,及び前記内張りシ
ートにより仕切られた空間を形成する外壁内空間形成工程と,〔外壁
内空間形成工程〕
前記外壁内空間形成工程と同時に又は相前後して,前記内張りシー
トの面積と前記柱又は間柱の厚さとから規定される前記空間の容積に
基づいて,接着剤を含まない乾燥した木質繊維を前記空間内に1立方
メートル当たり約50~60kgの吹き込み密度で充填するために必
要な前記木質繊維の量を算出する木質繊維量算出工程と,〔木質繊維
量算出工程〕
前記外壁内空間形成工程と同時に又は相前後して,前記木質繊維量
算出工程の後に,前記木質繊維量算出工程で算出された量の,接着剤
を含まない乾燥した木質繊維を,前記空間内に吹き込むための専用の
施工機にセットする木質繊維セット工程と,〔木質繊維セット工程〕
前記内張りシートの中央より下方の位置であって床上から50cm
の位置に,前記施工機の吹き込み用ホースを挿入するための第1の吹
き込み穴を形成する第1の吹き込み穴形成工程と,〔第1の吹き込み
穴形成工程〕
前記第1の吹き込み穴から,前記空間内の下方に向けて,前記木質
繊維の全量の約3分の1の量だけ吹き込む第1吹込み工程と,〔第1
吹込み工程〕
前記内張りシートの中央より上方の位置であって床上から150c
mの位置に,前記施工機の吹き込み用ホースを挿入するための第2の
吹き込み穴を形成する第2の吹き込み穴形成工程と,〔第2の吹き込
み穴形成工程〕
前記第2の吹き込み穴から,前記空間内の下方に向けて,前記木質
繊維の全量の約3分の1の量だけ吹き込む第2吹込み工程と,〔第2
吹込み工程〕
前記第2の吹き込み穴から,前記空間内の上方に向けて,前記木質
繊維の全量の約3分の1の量だけ吹き込む第3吹込み工程と,〔第3
吹込み工程〕
を含み,以上により,前記空間内に前記木質繊維を1立方メートル
当たり約50~60kgの吹き込み密度で充填させるようにした,こ
とを特徴とする建物の断熱・防音工法。」
(6)原告に対する被告会社からの給与等の支払状況
被告会社から,原告に対し,平成12年以降給与及び賞与等として,平成
12年ないし平成16年につき年間900万円の給与,平成17年につき
996万円の給与及び30万円の賞与,平成18年につき996万円の給
与,平成19年につき1016万円の給与及び平成19年2月28日に1
00万円の賞与,平成20年につき1070万円の給与及び150万円の
賞与,平成21年は450万円の給与,の各支払がされている。〔乙6の
1,6の9〕
(7)別件訴訟の経過等
原告は,被告会社,B工務店及び訴外株式会社風土社に対し,不正競争
行為に基づく損害回復等を求める訴訟を当庁に提起した(平成23年(ワ)第
5864号)。その内容は,原告が,被告会社らが施工するデコスドライ
工法の有用性を認め賛美している旨等の虚偽の事実を告知流布していると
して不正競争防止法2条1項14号等に基づき,謝罪広告の掲載等を求め
たものであるところ,平成24年2月6日に原告の請求をいずれも棄却す
る旨の判決(乙9)がされ,この判決は確定した。
(8)本件訴訟の経過等
原告は,平成23年7月15日に,被告会社に対し,本件特許権につき原
告への移転登録手続をすること,及び,本件特許の実施料相当額につき不
法行為に基づく損害賠償ないし不当利得の返還として金員の支払を,被告
Bに対し,発明者の名誉を侵害する不法行為に基づく損害賠償金の支払等
を求める本件訴訟を提起した。
原告は,平成24年5月10日付け原告第3準備書面(被告ら平成24年
5月10日受領〔当裁判所に顕著〕)において,被告会社に対し,職務発
明対価の支払を求める意思を表明した後(なお,同準備書面のうちの職務
発明対価の支払を求める部分は不陳述),同年8月21日の第5回弁論準
備手続期日において陳述された同年5月29日付け訴えの変更申立書(同
年6月7日送達)において,追加的に,被告会社に対し,職務発明対価の
支払を求める訴えを予備的に併合提起したが,その後,同年12月11日
第7回弁論準備手続期日において陳述された同年11月19日付け訴えの
変更申立書(2)において,上記移転登録手続に係る主位的請求を取り下げ,
被告は,同取下げに同意した。
(9)消滅時効援用の意思表示
被告会社は,平成24年10月9日の第6回弁論準備手続期日において,
原告の職務発明対価請求について,消滅時効の援用の意思表示をした。
(10)被告会社における職務発明規定等
被告会社においては,従業員の職務発明についての特許を受ける権利の承
継及び対価算定等を定める職務発明規定等が存したことはない。
2争点
(1)原告は,本件特許発明の発明者か否か
(2)原告が本件特許発明の発明者であるとした場合,本件特許発明が職務発明
に該当し,これにつき被告会社は,原告から特許を受ける権利を承継した

(3)被告会社は,本件特許発明を実施しているか
(4)被告会社が本件特許発明の特許を受ける権利を承継したとした場合,原告
が受けるべき相当対価の額
(5)原告の職務発明相当対価請求権の時効消滅の成否
(6)相当対価請求権についての時効中断の成否
(7)被告会社による消滅時効の援用が権利の濫用に当たるか
(8)被告Bについて発明者名誉権侵害の不法行為が成立するか,成立するとし
た場合の原告の損害額
(9)被告Bについて発明者名誉権侵害が成立するとした場合の,謝罪広告掲載
の要否
第3争点に関する当事者の主張
1争点(1)(原告は本件特許の発明者か否か)について
〔原告の主張〕
(1)本件特許発明の特徴的部分について
ア本件特許発明の技術的思想の特徴的部分は,以下に説明するとおり,穴
が開いていない内張りシートを外壁内の内壁側に張って外壁内空間を形成
し,同シートに第1,第2の吹き込み穴を順次開けて,セルロースファイ
バーを順次吹き込むところにある。
(ア)当初明細書の請求項1は,外壁内空間にセルロースファイバーを約5
0~60kg/㎥で充填させることを特徴とするもの,同請求項2は,
同請求項1の特徴に加えて,外壁内空間の内壁側に内張りシートを張る
ことを特徴とするもの,同請求項3は,同請求項2の特徴に加えて,第
1の穴,第2の穴から順次,セルロースファイバーを充填させることを
特徴とするものであり,当初明細書によれば,第1の穴,第2の穴から
順次,セルロースファイバーを充填させることは,望ましいとされるに
留まっていた。
すなわち,被告会社は,出願当時,後記のとおり原告が平成2年頃に
考案した,壁内にセルロースファイバーを一定の密度(約50~60k
g/㎥)で充填することによりその沈降を回避するという工法につき,
新規性,進歩性を有する発明であると考えて,同工法の発明について特
許を取得しようとしていた(当初明細書の請求項1)。これに対し,被
告会社は,外壁内空間の内壁側に内張りシートを張ること,第1の穴,
第2の穴から順次,セルロースファイバーを充填させることは,必ずし
も発明の特徴的部分そのものであるとは考えていなかった。
(イ)これに対し特許庁審査官は,上記第2,1(4)記載のとおり,引用文
献1ないし3により,進歩性の欠如を理由として当初明細書の請求項1
ないし4につき,いずれも出願を拒絶した。これに対し被告会社が行っ
た本件補正では,当初明細書の請求項3を基本とし,その進歩性に関し,
本件特許発明の工程を以下のその1,その2の二つに分類して,進歩性
がある旨を主張した。〔意見書,甲33〕
・進歩性その1
(a)外壁内空間形成工程
(B)木質繊維量算出工程
(c)木質繊維セット工程
・進歩性その2
(d)第1の吹き込み穴形成工程と
(e)第1吹込み工程と
(f)第2の吹き込み穴を形成工程と
(g)第2吹込み工程と
(h)第3吹込み工程
(ウ)しかし,拒絶理由通知書で指摘されたとおり,本件特許発明の出願当
時,セルロースファイバーを接着剤なしでほとんど沈降させずに密度4
5kg/㎥以上で充填する工法は,引用文献1に記載のとおり既に知ら
れていたところ,その数値範囲を約50~60kg/㎥と限定すること
によって,沈降がほぼ完全になくなるとはいえ,そのことのみをもって
進歩性があるとまでは認められず,かつ,50,60の各数値における
臨界的意義等の際立った効果も認められないのであるから,上記(B),
(c)は,いずれも本件特許発明を特徴づけるものとはいえない。
これに対し,上記(a)は,引用文献2と比して,外壁内の外壁側に
外張りシート,内壁側に内張りシートをそれぞれ張って,外壁内空間を
形成する点が異なる。もっとも,外壁内の外壁側に外張りシートを張る
のは,ごく一般的な施工方法である。そうすると,被告会社主張にかか
る進歩性その1のうちの工程のうち,進歩性があるのは,上記(a)に
関する,「外壁内の内壁側に内張りシートを張って外壁内空間を形成す
ること」である。
(エ)また,拒絶理由通知書で指摘されたとおり,本件特許発明の出願当時,
予め複数の穴を開けておいた石膏ボード内にセルロースファイバーを吹
き込んで充填する工法は,引用文献3に記載のとおり既に知られていた。
これに対し,上記(d),(e),(f),(g)及び(h)は,穴が
開いていない内張りシートに,まず,床上から50㎝の位置に第1の吹
き込み穴を開けてセルロースファイバーを吹き込み,次に,床上から1
50㎝の位置に第2の吹き込み穴を開けてセルロースファイバーを吹き
込む点,すなわち,第1,第2の吹き込み穴を順次開けて,セルロース
ファイバーを順次吹き込む点が引用文献3と異なる。
他方,穴を床上から50㎝,150㎝の各位置に2か所開ける以上,
セルロースファイバーにつき,第1の吹き込み穴から約3分の1を,第
2の吹き込み穴から下方に向けて約3分の1を,上方に向けて約3分の
1をそれぞれ吹き込むのは,ごく自然な施工方法である。
そうすると,被告会社主張にかかる進歩性その2のうち,進歩性があ
るのは,「穴が開いていない内張りシートにつき,第1,第2の吹き込
み穴を順次開けて,セルロースファイバーを順次吹き込むこと」である。
イ以上によれば,本件特許発明の技術的思想の特徴的部分とは,穴が開い
ていない内張りシートを外壁内の内壁側に張って外壁内空間を形成し,同
シートに第1,第2の吹き込み穴を順次開けて,セルロースファイバーを
順次吹き込むところにあるといえる。
(2)上記特徴的部分を発明したのは誰かについて
ア原告は,以下のとおり,遅くとも平成6年までには,独自のセルロース
ファイバー断熱乾式工法を確立し,その後も同工法の改良を重ね,遅くとも
平成8年までには,より実用性を高めた形で本件特許発明を完成させた。
原告が,本件特許発明の基礎となる独自のセルロースファイバー断熱乾式
工法を確立した経緯は,以下のとおりである。
(ア)セルロースファイバー断熱の研究の開始
原告は,昭和63年12月,株式会社吉水商事(以下「吉水商事」と
いう。)に入社し,セルロースファイバー事業に携わるようになった。
原告は,セルロースファイバーの断熱性能を活かして住宅用の断熱材を
開発することを企て,仕事の合間を縫って,ドイツ,アメリカ等の断熱
に関する専門書を読み,施工した実際例も見学して,セルロースファイ
バーの断熱材としての事業化につき,個人的に研究を重ねた。
(イ)一定の密度での充填による乾式工法の確立
a当初,原告は,昭和63年頃から約2年をかけて,セルロースファイ
バーに接着剤を使用して壁内に固定する方法(湿式工法)を研究した。
特に,平成元年頃には,我が国におけるセルロースファイバー研究
の第一人者である東洋大学のC教授に依頼して,湿式工法の実験をし
てもらった。その結果,セルロースファイバーに接着剤を混入して充
填すると,セルロースファイバーは,接着剤の水分を含んで重くなる
ため,壁内に付着するよりも早く,その自重で沈降してしまい,外壁
の上部が空洞になってうまく充填できないことが判明した。
それ以外にも,湿式工法では,養生に非常な手間を要する,接着剤
による居住者の健康やセルロースファイバー本来の調湿性能に対する
悪影響が懸念される等の問題があった。
Bこのため,原告は,平成元年頃,湿式工法を断念し,代わりに,接着
剤を使用しない方法である乾式工法を研究することとした。
そして,原告は,試行錯誤を繰り返した末,平成2年頃,壁内にセ
ルロースファイバーを一定の密度(約50~60kg/㎥)で充填す
ることにより,その沈降を回避するという工法を考案した。この密度
の数値は,原告において何十回もの施工を繰り返した末,経験的に会
得したものである。
(ウ)防湿気密層なしでの施工の確立
a原告が乾式工法を確立した平成2年当時の,財団法人「建築環境・省
エネルギー機構」(以下「省エネ機構」という。)の定める省エネル
ギー建築技術評定要領に基づく評定である,いわゆる「旧省エネ基
準」,及び,その後の平成4年当時の要領に基づく,いわゆる「新省
エネ基準」は,セルロースファイバーの沈降の問題から,壁の断熱工
事につき,セルロースファイバーを使用した基準を定めていなかった。
また,両基準は,繊維系の断熱材を使用した基準は定めていたものの,
室内側に防湿気密層(ポリエチレンシート)を設けることを義務付け
ていた。
Bそこで,原告は,セルロースファイバーが本来有する調湿性能を活か
せば,防湿気密層なしでも結露を防止できるものと考えて,平成3年
夏,国立秋田工業高等専門学校(以下「秋田高専」という。)のD教
授(以下「D教授」という。)に対し,セルロースファイバーの結露
防止性能に関する実験を依頼した。
D教授は実験棟を2棟建築してグラスウールとセルロースファイバ
ーとで調湿性能の対照実験等を行った。平成4年12月から平成5年
2月にかけては,2棟とも天井,壁,床にセルロースファイバーを充
填し,一方には防湿気密層を設け,他方にはこれを設けない状態で,
暖房・加湿を行った。
その結果,防湿気密層を設けても,セルロースファイバーの断熱性能
は変化しないのに,建物全体の透湿性能が低下し,一部に結露が生じ
る恐れがあり,防湿気密層は内部結露防止対策とならないことが判明
した。
(エ)原告による独自のセルロースファイバー断熱乾式工法の確立
こうして,原告は,セルロースファイバー事業化に際しての大きな問
題である,セルロースファイバーの沈降及び防湿気密層の設置の問題を
解決し,かつ,これらの実験結果等を踏まえて,セルロースファイバー
断熱の施工を重ねて乾式工法の改良を行い,遅くとも平成6年までには,
独自のセルロースファイバー断熱乾式工法を確立した。
この工法こそが,本件特許発明の基礎となるものである。
イ原告が,同工法の改良を重ね,遅くとも平成8年までには,より実用性
を高めた形で本件特許発明を完成させた経緯
(ア)外壁内空間形成工程の確立
a一般の在来工法では,垂直方向に立つ柱,間柱(まばしら。柱と柱の
間に取り付けられる壁下地用の垂直材)を挟んで,屋外側に外壁が,
屋内側に内壁が,それぞれ張られる。
また,外壁と柱,間柱との間(外壁側)には,通常,透湿防水シート
(本件明細書にいう「エアシート」。以下「外張りシート」とい
う。)が張り付けられる。同シートは,ポリエステル製の不織布(ふ
しょくふ。繊維を合成樹脂その他の接着剤で接合して布状にしたも
の)であって,透湿性,防水・撥水性を有しており,外壁内の湿気を
逃がして結露を防ぐとともに,室内に雨水が流入するのを防ぐ役割を
果たしている。
B原告が平成2年頃に考案した乾式工法は,この外壁内(外壁,外張り
シート,内壁,柱,間柱等で仕切られた空間)に,送風機(ブロア,
ブロワ)でセルロースファイバーを吹き込んで充填するというもので
ある。
そのため,原告は,十條木材株式会社(平成2年当時。現在の商号は
日本製紙木材株式会社。以下「十條木材」という。)の施工機を真似
て,平成2年頃,原告専用の施工機を設計し,福井市の鉄工所に発注
してこれを製造させた(甲23)。
なお,原告は,その後,平成7年にB工務店に引き抜かれる形で転職
するまでの約5年間に,全国の工務店に対し,この施工機を約40台
販売している。B工務店も,内2台を購入し,現在も被告会社がこれ
を所有している。また,被告会社が加盟店に販売する施工機「デコス
マシン」は,同施工機を真似て作ったものである(甲24)。
c前記のとおり,外壁側には,外張りシートが張られるが,内壁と柱,
間柱との間(内壁側)には,通常,シートが張られない。
しかし,充填したセルロースファイバーは,外壁内で一定の密度(約
50~60kg/㎥)を保って滞留しなければならず,屋外,室内に
流出してはならない。そこで,内壁側にも,何らかのシートを張って,
セルロースファイバーが外壁の外へ流出するのを防ぐ必要がある(以
下,この内壁側に張るシートを「内張りシート」という。)。
他方,同施工機は,約150kg/時という吹き込み能力しか有して
おらず,必ずしも施工効率が高くなかったため,吹き込みに長時間を
要した場合,外壁内のセルロースファイバーの密度が約50~60k
g/㎥(理想的には約55kg/㎥)に達する前に,先に吹き込んだ
セルロースファイバーの沈降が始まるおそれがあった。また,同施工
機でセルロースファイバーを吹き込む過程で外壁内に送り込まれた空
気が,同所で滞留すると,吹き込む時の抵抗が大きくなって,施工効
率が下がる。
そこで,同施工機の吹き込み能力の不足を補い,短時間で吹き込みを
完了するためには,セルロースファイバーが外壁内の外へ流出せず,
かつ,先に吹き込んだ空気が外壁内から速やかに抜ける性能を有する
内張りシートを用いる必要があった。
dそこで,原告は,まず,平成2年頃,内張りシートとして,寒冷紗
(かんれいしゃ。木綿やナイロンなどをごく粗めに織った薄地の綿
布)を試してみた。寒冷紗は,目が粗く,空気が抜けやすいからであ
る。しかし,実際に施工してみると,寒冷紗では,約200kg/時
という高い施工効率を達成できた反面,目が粗すぎて,セルロースフ
ァイバーの粉塵がこの目を通り抜けて大量に室内に流入し,煙のよう
に舞い上がるという現象を生じ,施主からのクレームが頻発した。
e次に,原告は,平成3年頃,内張りシートとして,福井市に本店を
有し,東証一部上場の繊維メーカーであるセーレン株式会社(以下
「セーレン」という。)製の透湿防水シート(商品名「ラミテクト
Hi」,甲25)を内壁側に張ってみた。透湿防水シートは,外壁側に
張られる外張りシートと同じものであって,透湿性を有しており,透
湿性能を低下させる防湿気密層(ポリエチレンシート)とは別物であ
る。
しかし,透湿防水シートは,目が小さすぎたため,空気がうまく抜
けず,シート自体が風船のように膨らんで外壁内に空気が溜まってし
まい,セルロースファイバーがうまく充填できなかったので,原告は,
セーレンに対し,一般の透湿防水シートをベースとして,適度に空気
が抜け,かつ,粉塵が外壁の外へ流出しないように,改良を加えた試
作品を作ってもらい,それを使って実際に施工し,その性能を確かめ
た上で,更に改良点を指摘して改良してもらうという作業を繰り返し
た。
f原告が目指した内張りシートは,具体的には,次の三つの性能を備
えたものであった。
①充填作業の確認のため,シートが薄く,目視で外壁内のセルロー
スファイバーの充填状況が確認できること
②シートに吹き込み穴を空けるべく切り込みを付けたときに切り込
みが一方方向(外壁内方向)のみに裂け,吹き込みの際にセルロー
スファイバーが吹き込み穴から外へ逆流して噴出する恐れがないこ

③吹き込んだときに,シートから空気だけが抜け,セルロースファ
イバーの粉塵が抜けないこと。
gセーレンが平成23年12月頃に作成した「セルローズ内張りシート
評価表」(甲26)は,このような試行錯誤を経て作られた試作品を
比較対照して評価したものである。これによれば,試作品A,B,C
は,それぞれ厚さ,引張強力,引裂強力,通気量が異なること,上記
三つの観点から評価したとき,試作品Cが最も上記各性能を備えてい
ること等が分かる。原告は,セーレンに少なくとも20数回は試作品
を製作してもらい,テストを繰り返し,平成5年ないし6年頃,この
試作品Cをもとにようやく納得のいく内張りシートとしてセルローズ
専用内張りシート(甲27)を完成させた。以後,原告は,セーレン
に同シートを製造してもらい,これを内張りシートとして,セルロー
スファイバー断熱に使用し,粉塵の流出を生じさせることなく充填で
きるようになった。
hこうして,原告は,B工務店に引き抜かれる前の平成5,6年頃まで
に,本件特許発明における外壁内空間形成工程(外壁内に,柱又は間
柱を介して,外壁側に透湿性及び防水性を有するエアシートを配置す
ると共に,内壁側に通気性素材により形成された内張りシートであっ
て高さが床上から2mの内張りシートを配置することにより,前記柱
又は間柱,前記エアシート,及び前記内張りシートにより仕切られた
空間を形成する)を確立した。
(イ)第1の吹き込み穴形成工程及び第1吹込み工程,並びに,第2の吹
き込み穴形成工程,第2吹込み工程及び第3吹込み工程の確立
a原告は,平成2年頃に乾式工法を考案して以来,内張りシートに吹
き込み穴を開け,同穴に前記施工機の吹き込み用ホースを挿入して,
外壁内にセルロースファイバーを吹き込んで充填してきた。
しかし,内張りシートの仕様が確立しなかったため,どの場所に,
いくつ穴を開けるか,どの順序で吹き込み作業を行うか等の施工の詳
細は確立せず,原告は,施工の度に様々な方法を試すほかなかった。
たとえば,秋田高専のD教授が平成4年12月から平成5年2月にか
けて行った実験の際には,原告は,実験棟の内張りシートに,縦に4
個の穴を開けて吹き込み作業を行っている(甲8,90頁掲載の写
真)。
B上記のとおり,平成5年ないし6年頃,原告は,ようやく納得のい
くセルローズ内張りシートを完成させたが,原告は,同シートを使用
することを前提に,吹き込み穴の位置,数等を含む吹き込み作業の詳
細につき,施工の都度,条件を変えて,改めて試行錯誤を繰り返した。
吹き込み穴の数は,最初は,1個から始め,次第に数を増やしてい
き,多いときには7,8個にも達した。この点,穴の数が多いと,充
填精度はより高くなるが,反面,作業効率は悪くなる。また,吹き込
み穴の位置も,高さや穴同士の位置関係を変えるなどして,様々なパ
ターンを試してみた。たとえば,2mの内張りシートにつき,床上か
ら70cmの位置や,2mを三等分した位置も試してみた。
こうして,原告は,吹き込み作業を繰り返し,適切な吹き込み穴の
位置,数等を探究した。
cこの間の平成7年,原告は,被告Bに引き抜かれる形で,B工務店
に入社した。同時点では,吹き込み穴の位置は,未だ定まっておらず,
数は,概ね2か所に定まりつつあったものの,全体として,工程はな
お試行錯誤中であった。
d吹き込み穴の数を多くすると,見栄えが悪いのみならず,そこから
セルロースファイバーの粉塵が外壁の外へ逆流する恐れがある。また,
その位置は,作業員の作業効率を考えると,高すぎず,低すぎず,作
業がしやすい一定の高さが望ましい。
加えて,外壁内のセルロースファイバーの密度ができる限り約55
kg/㎥に近付くように施工精度を確保しなければならない。
これらの観点から試行錯誤を繰り返した結果,原告は,平成8年頃,
最終的に吹き込み穴の位置は床上から50cm,150cmの2か所
とし,先に下の穴を開け,そこからセルロースファイバーを吹き込み,
次に上の穴を開け,そこからセルロースファイバーを吹き込むという
工程を確立した。
eこうして,原告は,平成8年頃から,被告会社において,上記工程
によるセルロースファイバー断熱を行うようになった。当初は,内張
りシートが無地であったため,墨壺を用いて床上から50cm,15
0cmの2か所に墨で線を入れていた。
しかし,施工の都度,墨で線を入れるのは,手間が掛かるのみなら
ず,作業員の墨入れの技術の巧拙によって施工の精度が安定しなかっ
た。
fこのため,原告は,平成9年頃から,セーレンに依頼して,上記セ
ルローズ専用内張りシートに50mm間隔の格子の柄を印刷してもら
うようにした。これが格子柄付きのセルローズ専用内張りシート(甲
28)である。このシートを使うことによって,墨入れの手間が省け
るようになるとともに,施工精度も安定するようになった。
gこうして,原告は,遅くとも平成8年頃までに,本件特許発明にお
ける第1の吹き込み穴形成工程(前記内張りシートの中央より下方の
位置であって床上から50cmの位置に,前記施工機の吹き込み用ホ
ースを挿入するための第1の吹き込み穴を形成する)及び第1吹込み
工程(前記第1の吹き込み穴から,前記空間内の下方に向けて,前記
木質繊維の全量の約3分の1の量だけ吹き込む),並びに,第2の吹
き込み穴形成工程(前記内張りシートの中央より上方の位置であって
床上から150cmの位置に,前記施工機の吹き込み用ホースを挿入
するための第2の吹き込み穴を形成する),第2吹込み工程(前記第
2の吹き込み穴から,前記空間内の下方に向けて,前記木質繊維の全
量の約3分の1の量だけ吹き込む)及び第3吹込み工程(前記第2の
吹き込み穴から,前記空間内の上方に向けて,前記木質繊維の全量の
約3分の1の量だけ吹き込む)を確立した。
(ウ)木質繊維量算出工程及び木質繊維セット工程の確立
a上記のとおり,原告は,B工務店に引き抜かれる前の平成5,6年
頃までに,本件特許発明における外壁内空間形成工程を確立した。
その外壁空間内に,セルロースファイバーを一定の密度(約50~
60kg/㎥)で充填するには,その前提として,当然,外壁内空間
の容積に合わせた木質繊維量を算出し,これを前記施工機にセットす
る工程が必要である。
したがって,原告は,外壁内空間形成工程を確立するのと同時に,
その容積に合わせた木質繊維量を算出し,木質繊維をセットする工程
を確立している。
Bなお,原告は,その後,被告会社が代理店を増やしていく過程で,
新たに加盟した代理店向けの施工研修において,その作業員に対し,
セルロースファイバー断熱の工事施工工程をレクチャーする必要を生
じた。
そこで,原告は,平成10年頃,建築予定の建物の立面図に基づき,
外壁部分の面積を算出し,これから開口部(ドア,窓等)の面積を引
いて施工容積を計算し,これに1㎥当たり55kgを乗じ,柱,間柱
等の数に応じて0.9などの係数を乗じて調整するなどの手順を経て,
セルロースファイバーの量を算出する方法につき,書面化したマニュ
アルを作成している。同マニュアルは,現在も被告会社において,施
工研修等のレクチャー用に使用されている。
cこうして,原告は,遅くとも平成5,6年頃までに,本件特許発明
における木質繊維量算出工程(前記外壁内空間形成工程と同時に又は
相前後して,前記内張りシートの面積と前記柱又は間柱の厚さとから
規定される前記空間の容積に基づいて,接着剤を含まない乾燥した木
質繊維を前記空間内に1立方メートル当たり約50~60kgの吹き
込み密度で充填するために必要な前記木質繊維の量を算出する),及
び,木質繊維セット工程(前記外壁内空間形成工程と同時に又は相前
後して,前記木質繊維量算出工程の後に,前記木質繊維量算出工程で
算出された量の,接着剤を含まない乾燥した木質繊維を,前記空間内
に吹き込むための専用の施工機にセットする)を確立した。
(エ)原告による本件特許発明の完成及びその時期
本件特許発明は,建物の断熱・防音工法に関する発明であって,(1)外
壁内空間形成工程,(2)木質繊維量算出工程及び木質繊維セット工程,
(3)第1の吹き込み穴形成工程及び第1吹込み工程,(4)第2の吹き込み
穴形成工程,第2吹込み工程及び第3吹込み工程とから成る。原告は,
遅くとも平成6年までに確立した独自のセルロースファイバー断熱乾式
工法を基礎として,同工法の改良を重ね,試行錯誤を繰り返す中で,上
記のとおり,(1)ないし(4)の各工程を順次確立させ,遅くとも平成8年
までには,より実用性を高めた形で本件特許発明を完成させたものであ
る。
ウ本件特許発明の発明者は原告であること
(ア)原告は,B工務店に転職する前の平成5,6年頃までに,本件特許発
明における外壁内空間形成工程を確立した。また,原告は,遅くとも平
成8年頃までに,第1の吹き込み穴形成工程及び第1吹込み工程,並び
に,第2の吹き込み穴形成工程,第2吹込み工程及び第3吹込み工程を
確立した。
これらの各工程を確立する過程で,原告は,穴が開いていない内張り
シートを外壁内の内壁側に張って外壁内空間を形成し,同シートに第1,
第2の吹き込み穴を順次開けて,セルロースファイバーを順次吹き込む
という本件特許発明の技術的思想の特徴的部分を着想し,それを具体化
することに創作的に関与している。
したがって,原告は,本件特許発明の発明者である。
(イ)この点に関して被告らは,本件特許発明の発明者は,特許公報及び特
許証に記載されているとおり被告Bであると主張する。
しかし,被告Bは,上記認定の経過からすれば,本件特許発明の技術
的思想の特徴的部分を着想し,それを具体化することに何ら創作的に関
与していないことは明らかであって,被告Bは本件特許発明の発明者た
り得ない。
したがって,被告らの上記主張は失当である。
〔被告らの主張〕
(1)本件特許発明の特徴的部分について
ア本件特許発明の特徴的部分は,以下のとおり,他に吹き込み穴を開けな
いで,内張りシートの高さ2mの約3分の1よりも下方の床上から50c
mの位置に吹き込み穴を一つだけ開け,1回目の吹き込みが完了し,充填
した木質繊維自体によって吹き込み穴が塞がれた後に上方に吹き込み穴を
開けることと,3回の吹き込みに分け1回につき木質繊維の全量の約3分
の1の量ずつ吹き込むことにある。
(ア)本件特許発明の本質
本件明細書の従来技術の記載によれば,時間の経過と共にセルロー
スファイバーが自重により沈降してしまうため,セルロースファイバ
ーに接着剤を混入して壁や床に接着していくことにより隙間のない連
続的な断熱・防音層を形成していたと指摘している。これに対し,発
明が解決しようとする課題は,接着剤の乾燥(養生)のために建物全
体の施工効率が低下することや,接着剤から発する化学物質が居住者
の健康を害する(アレルギー疾患等)おそれがあることとするが,課
題を解決するための手段は,要するに特許請求の範囲そのもの,すな
わち,前記1(1)ア(イ)(a)ないし(h)の全工程としている。
しかし,本件明細書の想定する従来技術は,接着剤を用いる,いわ
ゆるセルロースファイバー湿式工法を指しており,これを従来技術と
して比較した場合に,本件特許発明の要点は,セルロースファイバー
に接着剤を混入しないこと,すなわち,セルロースファイバー乾式工
法をいうことになる。
ところが,セルロースファイバー乾式工法自体は,本件特許発明の
出願時点では,公然知られた技術であり,接着剤を混入しないセルロ
ースファイバーの沈降の問題は,充填密度を一定の水準以上にするこ
とにより解決されていた。これは,拒絶理由通知(甲29)において,
バインダー(接着剤)なしに壁体内にセルロースファイバーを密度4
5kg/㎥以上で充填する工法が引用文献1に記載されており,「充
填密度…以上との数値範囲を,…と限定することに,進歩性は認めら
れない。また,50,60の各数値における臨界的意義等の際だった
効果も認められない」と指摘されているとおりである。
すなわち「外壁内空間に1立方メートル当たり約50~60kgの
吹き込み密度」とすることは本件特許発明の本質ではなく,空間内に
均等に一定の吹き込み密度を達成するための効率的な作業工程を標準
化した点にこそ本件特許発明の本質がある。そのため,「特許請求の
範囲」にも「課題を解決するための手段」にも,前記(a)ないし
(h)の全工程が記載されていると理解することができる。
(イ)各工程の意義について
本件特許発明において,各工程が有する意義は,以下のとおりである。
(a)外壁内空間形成工程
この工程の要点は,「内壁側に通気性素材により形成された内張
りシート」を張る点にあるところ,平成5年頃,当時原告が勤務し
ていた福井市所在の吉水商事は,原告が試作を依頼し,完成したと
主張するセーレン製の「内張りシート(無地)」や,専用の施工機
(甲23)を全国の工務店等に販売している。その内張りシートを
購入した工務店等は,内壁側に通気性素材により形成された内張り
シートを張って,セルロースファイバー吹き込み工法を実施してい
る。B工務店も吉水商事から指導員を派遣してもらい,施工指導を
受け,この工程に係るノウハウを開示されている。そのため,この
工程は,本件特許発明の出願時点では,公然と知られた技術である。
(B)木質繊維量算出工程
この工程は,外壁内空間に一定の吹き込み密度を達成する場合に
その容積から必要な木質繊維の量を算出することは,単純な計算を
するだけであるから,進歩性はみられない。
(c)木質繊維セット工程
上記(B)で算出された量の木質繊維を専用の施工機にセットす
るのみの工程であり,進歩性はみられない。
(d)第1の吹き込み穴形成工程
この工程の意義は,他に吹き込み穴を開けないで,吹き込む穴を
一つだけ開けること,内張りシートの高さ2mの約3分の1よりも
下方の床上から50cmの位置に吹き込み穴を開けることにある。
このうち前者の,吹き込む穴を一つだけ開けることの意義は,意
見書(甲33)において,「複数の穴の中の『一つの穴』からセル
ロースファイバーを吹き込むとき,セルロースファイバーを吹き込
むための風圧により,吹き込んだセルロースファイバーの一部が,
前記石膏ボードに予め開けられた『他の穴』を介して作業者の側
(部屋の内部)に『逆流』して噴出してしまい,それが作業者によ
る作業の支障になってしまったり,部屋の内部を汚したり,セルロ
ースファイバーの充填状態の品質を損なってしまうなどの不都合が
生じてしまう」と指摘しているところである。
また,後者の,穴の位置の意義については,同じく意見書(甲3
3)において,「この第1の吹き込み工程においては,前記第1の
吹き込み口(床上から50cmの位置)から全体の約3分の1の量
の木質繊維が吹き込まれるので,この第1の吹き込み工程で,前記
空間内の内張りシートの高さである『床上から2m』の約3分の1
である約『床上から66cm以上の位置』までは木質繊維が充填さ
れることになるので,前記第1の吹き込み口(床上から50cmの
位置)は『前記木質繊維により埋められて塞がれた状態』となる。
よって,その後の前記の第2吹き込み工程において,上方の『第2
の吹き込み穴』(床上から150cmの位置)から木質繊維を吹き
込むときは,前記第1の吹き込み口(床上から50cmの位置)は
前述のように『前記木質繊維により埋められて塞がれた状態』とな
っているので,前記『第2の吹き込み穴』から吹き込んだ木質繊維
が作業者の側に『逆流』してしまう恐れはない」と指摘していると
ころである。
このように,この工程における上記二つの意義こそ,セルロース
ファイバーの「逆流」のおそれという本件特許発明の課題の解決手
段を基礎付ける従来技術には見られない部分である。
(e)第1の吹き込み工程
この工程の意義は,3回の吹き込みのうち1回で木質繊維の全量
の約3分の1の量だけ吹き込むことにある。1回に吹き込む分量が
まちまちであったりすると,外壁内空間の吹き込み密度が均等にな
らないおそれがある。1回に吹き込む分量を一定にすることにより,
外壁内空間の吹き込み密度,すなわち,セルロースファイバーの中
に含まれる多数の微小な空気層が均等になることで,十分な断熱・
防音作用を発揮させることになる(本件明細書,段落【0015】,
【0016】の記載)。
(f)第2の吹き込み穴形成工程
この第2の吹き込み穴を床上から150cmの位置にすることは,
吹き込む分量(2回目で床上から約133cmの位置まで吹き込む
こと)や作業員の作業のし易さなどが勘案されているのであろうが,
この点に格別進歩性はみられない。
(g)第2の吹き込み工程
3回の吹き込みのうち1回で木質繊維の全量の約3分の1の量だ
け吹き込むことに意義があることは,上記と同じである。
(h)第3の吹き込み工程
3回の吹き込みのうち1回で木質繊維の全量の約3分の1の量だ
け吹き込むことに意義があることは,上記と同じである。
(ウ)本件特許発明の特徴的部分
以上によれば,本件特許発明の進歩性は,(d)第1の吹き込み穴形
成工程において,他に吹き込み穴を開けないで,吹き込む穴を一つだけ
開けること,内張りシートの高さ2mの約3分の1よりも下方の床上か
ら50cmの位置に吹き込み穴を開けることと,(e)(g)(h)の
第1ないし第3の各吹き込み工程において,3回の吹き込みに分け1回
につき木質繊維の全量の約3分の1の量ずつ吹き込むことにある。
そうすると,本件明細書にいう従来技術とは,吹き込み穴の数・高さ,
吹き込み方向や一度に吹き込む分量など具体的な作業標準の確立してい
ない一般的なセルロースファイバー乾式工法を指し,本件特許発明の課
題とは,他の穴からセルロースファイバーが逆流することによって,木
質繊維の均質な充填密度が損なわれたり,作業に支障が生じたり,部屋
が汚損したりするという課題や,1回の吹き込み分量がまちまちである
ために木質繊維の均質な充填密度が損なわれるという課題を指している。
イしたがって,本件特許発明の特徴的部分は,他に吹き込み穴を開けない
で,内張りシートの高さ2mの約3分の1よりも下方の床上から50cm
の位置に吹き込み穴を一つだけ開け,1回目の吹き込みが完了し,充填し
た木質繊維自体によって吹き込み穴が塞がれた後に上方に吹き込み穴を開
けることと,3回の吹き込みに分け1回につき木質繊維の全量の約3分の
1の量ずつ吹き込むことにあるというべきである。
(2)上記特徴的部分を発明したのは誰かについて
ア本件特許発明の発明に至る過程と経緯
(ア)被告Bは,平成5年,オーエムソーラー協会の会員の会合に出席し,
セルロースファイバー断熱材の特長等の説明を受け,その吹き込み工
法の実演を見学し,B工務店が建築する住宅等にもその工法を採用し
ようと考えた。
被告Bは,自宅の建築にあたってセルロースファイバー吹き込み工
法を採用することとした。B工務店は,被告Bの自宅をセルロースフ
ァイバー吹き込み工法採用の第1棟目とする方針とし,吉水商事から
専用の施工機を購入し,セルロースファイバーを仕入れた。
また,被告Bは,平成5年10月,B工務店建築部ハウスボディ課
に断熱施工班を設け,吉水商事から施工指導を受け,セルロースファ
イバー吹き込み工法を習得することとした。
被告Bは,将来的にはセルロースファイバー断熱材が普及すると
考えたが,沈降化の問題を解決しながら断熱性能を確保するためには,
吹き込み工法の施工精度を高め,セルロースファイバーの充填密度を
均等に一定にすることが最も重要であると考えた。
そこで,被告Bは,左官業の職人が壁塗り等に熟練した緻密な技術
を有していることに着目し,断熱施工班に元左官業のE(以下「E」
という。)を起用した。
(イ)断熱施工班のEらは,吉水商事従業員のFから,専用の施工機の使
用方法につき説明を受けたほか,セルロースファイバー吹き込み工法
について施工指導を受けた。
EらがFから施工指導を受けた吹き込み工法は,①外壁内に,柱又
は間柱を介して,外壁側に透湿性及び防水性を有するエアシートを配
置すると共に,内壁側に通気性素材により形成された内張りシートを
配置すること,②内張りシートに数か所の吹き込み穴を形成し,専用
の施工機をセットして吹き込み穴からセルロースファイバーを吹き込
んで充填することである。当時は,吹き込み穴の数・高さ,吹き込み
方向や一度に吹き込む分量などについては,確立しておらず,吹き込
み穴を塞ぐ目張りをしていなかった。
(ウ)その後,B工務店は,建築する住宅等にセルロースファイバー吹
き込み工法を採用し,断熱施工班がセルロースファイバー吹き込み工
法の施工を重ねていった。
被告Bは,平成6年頃,セルロースファイバー吹き込み工法を施工
する現場を見たとき,Eが墨壺を用いて内張りシートの一定の高さに
墨で線を入れ,吹き込み穴を塞ぐため目張りを施していることに気付
いた。Eは,吹き込み完了後の仕上がりを綺麗にみせるため,一定の
高さの一直線上に吹き込み穴を開け,Eが「はちまき」と呼ぶ,吹き
込み完了後の目張りとして内張りシートと同じ素材の生地を貼り付け
ていた。
被告Bは,この墨入れと目張りをみて,セルロースファイバー吹き
込み工法の施工精度を高めるためには,吹き込み穴を開ける位置や1
回で吹き込む分量を床からの高さによって規律し,吹き込み穴を塞ぐ
などの作業手順を標準化することが重要であることを着想し,さらに
断熱施工班のEらにセルロースファイバー吹き込み工法の施工経験を
積ませることとした。
そこで,被告Bは,B工務店建築部ハウスボディ課のトップにEを
起用し,断熱施工班の位置づけを高め,セルロースファイバー吹き込
み工法の施工精度を高めるプロジェクトを推進した。
(エ)B工務店断熱施工班が平成7年頃行っていたセルロースファイバー
吹き込み工法の作業手順は,以下のとおりである。
まず,吹き込み穴を,壁面に対して縦に2箇所,横は幅に応じて1
ないし複数の箇所に開けることとし,縦に開ける穴2箇所の高さを確
定して墨壺を用いて横一直線に墨入れを行う。次に,床に近い墨線上
にカッターで数cmの穴を開け,その穴から専用の施工機のホースを
差し込み,下方向に向けて適度にセルロースファイバーを充填し,ホ
ースを抜いた後にガムテープ等で穴を塞ぐ。さらに,天井に近い墨線
上にカッターで数cmの穴を開け,その穴から同様に吹き込みをし,
全体にセルロースファイバーの充填が完了したら,ホースを抜く。最
後に,吹き込み穴の目張りとして,内張りシートと同じ素材の帯状の
生地(上記のとおり,Eが「はちまき」と呼んでいるもの)を2本の
墨線上に貼り付ける。
(オ)被告Bは,平成7年10月,原告をB工務店に採用し,ハウスボデ
ィ事業部(ハウスボディ課を事業部に昇格させたもの)の事業部長に
起用した。被告Bは,この頃,原告が吉水商事を退社したことを知り,
セルロースファイバー吹き込み工法の事業を促進しようと考え,原告
にB工務店に入社するよう勧めたものである。
なお,原告は,ハウスボディ事業部の事業部長として,ほとんどセ
ルロースファイバー吹き込み工法の営業の仕事をしており,現場の施
工に関与することはなかった。例えば,あるとき原告は,B工務店が
セルロースファイバー吹き込み工法を施工する現場を訪れ,内張りシ
ートに墨入れを施し,目張りをしていることを見て驚愕した。原告が
主張している格子付き内張りシートの製作を依頼した事実は,このと
きの現場の体験がきっかけになっていると思われるが,原告がセルロ
ースファイバー吹き込み工法の施工現場に訪れたのは,この1回か2
回くらいしかなかった。
(カ)被告Bは,平成8年9月,B工務店ハウスボディ事業部のうち事業
部長である原告と断熱施工班のみを被告会社に移管するとともに,か
ねてから懸案であったセルロースファイバー吹き込み工法につき,い
わゆる「新省エネ基準」の認定等各種認定を取得することを目指す方
針を掲げた。
こうして,被告会社は,B工務店からセルロースファイバー吹き込
み工法の施工精度を高めるプロジェクトを引き継ぎ,この工法を確立
し,各種認定を取得することを目指した。
(キ)被告会社は,平成9年3月14日,財団法人建材試験センターに沈
降化実験を依頼し,同年5月15日付けで,セルロースファイバーの
平均密度60kg/m3
で沈降が認められない旨の試験結果を得た。
この試験結果を経て,最終的にセルロースファイバーを平均密度5
0~60kg/m3
で充填するために吹き込み穴の数・高さ,吹き込
み方向や一度に吹き込む分量などを標準化して確定し,セルロースフ
ァイバー吹き込み工法が確立するに至った。
被告会社は,平成9年11月1日,省エネ機構の材料・施工評価委
員会に対し,セルロースファイバーを平均密度50~60kg/m3
で充填するデコスドライ工法が「新省エネ基準」に適合する旨の報告
を行った。
イ被告Bの創作的な寄与
被告Bは,平成5年10月にB工務店建築部に断熱施工班を立ち上げてか
ら本件特許の出願に至るまで一貫して,セルロースファイバー吹き込み工法
の施工精度を高め,その充填密度を均等に一定にすることを目指しており,
元左官業のEを起用し,外部から原告も採用するなどしてセルロースファイ
バー吹き込み工法の事業を促進してきた。そして,前記のとおり,Eが行っ
ていた墨入れと目張りをみて,セルロースファイバー吹き込み工法の施工精
度を高めるためには,吹き込み穴を開ける位置や1回で吹き込む分量を床か
らの高さによって規律し,吹き込み穴を塞ぐなどの作業手順を標準化するこ
とが重要であることを着想している。この着想がなければ,上記本件特許発
明の特徴的部分が具体化することはなかった。
したがって,被告Bが本件特許に係る発明の特徴的部分につき課題を解決
するための着想及びその具体化に創作的に寄与したことは明らかである。
ウ本件特許の発明者
(ア)上記のとおり,B工務店の断熱施工班は,もともと吉水商事からセルロ
ースファイバー吹き込み工法の施工指導を受けており,その施工指導で開
示された工法が概ね原告が主張する本件特許発明の基礎となる独自の工法
に相当する。
この公知の技術に対し,セルロースファイバーを壁面全体に均等に一定
の密度で充填するための具体的な手法・手順(吹き込み穴の数・高さ,吹
き込み方向や一度に吹き込む分量)を標準化して組み合わせたものが本件
特許発明にほかならない。
そして,この具体的な手法・手順の標準化の過程に被告Bが創作的に寄
与したことは,上記のとおりであるから,被告Bが本件特許に係る発明者
であることは明らかである。
(イ)これに対し,原告は,本件特許に係る共同発明者とはいえない。
原告が自ら確立したと主張する本件特許発明の基礎となる独自の工法な
るものは,本件特許の出願の時点で公然と知られた技術になっている。セ
ルロースファイバー吹き込み工法の具体的な手法・手順を確立する過程に
は,確かに原告も内張りシートに50mm間隔の格子柄を印刷することを
着想しているが,この点は,吹き込み穴の高さと一度に吹き込む分量を作
業員にわかり易くしたというにすぎず,特許請求の範囲にも何ら記載され
ていない。そのほか,吹き込み穴の高さや一度に吹き込む分量の具体的な
特定の過程は,現場の作業員の試行錯誤によるところが大きく,必ずしも
原告が創作的な寄与をしたとはいえない。
2争点(2)(原告が本件特許発明の発明者であるとした場合,本件特許発明が
職務発明に該当し,これにつき被告会社は,原告から特許を受ける権利を承
継したか)について
〔原告の主張〕
(1)原告は,被告Bの勧誘を受けて,平成7年10月,ハウスボディ部長とし
てB工務店に入社し,セルロースファイバー断熱事業に携わった。更に,原
告は,平成8年9月,営業部長として関連会社の被告会社に移籍し,平成2
1年5月に退社するまで,被告会社で同様にセルロースファイバー断熱事業
に従事してきた。この間,原告は,遅くとも平成8年までには本件特許発明
を完成させている。
したがって,原告は,本件特許発明の発明時,被告会社の従業者であった。
(2)次に,本件特許発明は,建物の外壁内にセルロースファイバー(他の木質
繊維を含む)を充填することにより,外壁の断熱・防音性能を向上させると
いう建物の断熱・防音工法(内断熱工法)に関する発明である。
他方,被告会社は,建築工事全般に関する設計,施工等を目的とする株式
会社であり(全部事項証明書,甲3),現に,上記のとおり,セルロースフ
ァイバー断熱事業を営んできている。
したがって,本件特許発明は,被告会社の業務範囲に属している。
(3)また,原告は,被告会社においてセルロースファイバー断熱事業に携わっ
てきた。
したがって,原告が本件特許発明を発明するに至った行為は,原告の当時
の職務に属する。
(4)以上によれば,本件特許発明は,被告会社の従業者たる原告が,その性質
上,被告会社の業務範囲に属し,かつ,その発明をするに至った行為が,被
告会社における原告の当時の職務に属する発明であるから,職務発明に当た
る。
(5)原告は,平成11年1月頃,G弁理士(以下「G弁理士」という。)と協
議して特許出願手続を進めていった。その過程で,被告Bが,申請名義につ
き,原告の意見も聞かないまま,「俺でいいだろ」と強引に決めつけ,原告
が,これに逆らえなかったという出来事があった。
こうして,被告会社は,同月25日,本件特許発明の工法につき,出願人
を被告会社,発明者を被告Bとする特許出願を行った。
かかる経緯に照らせば,法的には,原告は,遅くとも特許出願がされた平
成11年1月25日までに,本件特許発明につき特許を受ける権利を被告会
社に承継させたというべきである。
上記のとおり,被告Bに強いられてではあるが,原告は,本件特許発明に
ついて被告会社に特許を受ける権利を承継させたのであるから,原告は,被
告会社に対し,相当対価請求権を有する。
〔被告会社の主張〕
(1)〔原告の主張〕(1)のうち,原告が平成7年10月にB工務店に入社し,
平成8年9月に被告会社に移籍し所属していたこと,平成21年5月に退
社したことは認め,その余は否認ないし不知。
(2)〔原告の主張〕(2)は認め,同(3)ないし(5)はいずれも否認ないし争う。
(3)平成11年1月9日,被告Bと原告は,G弁理士の事務所を訪問し,G弁
理士に対し,本件特許の出願を依頼し,打合せを行った。G弁理士は同日
に原告と初めて会ったものであり,その際,原告から名刺を受け取った
(乙2,12)。打合せの際,G弁理士は,被告Bと原告に,特許出願に
ついて一般的な説明をしたうえで,特許出願人を誰にするか質問したとこ
ろ,被告Bも原告も,特許出願人を被告会社にする旨の回答をした(乙1
2)。それゆえ,G弁理士は,特・実出願内容指示書(乙3)の「出願
人」の欄に「(株)デコス」と記載し,被告会社名義の委任状(乙4)を
求めた。打合せの際,願書に記載する発明者を誰にするかについても話題
となったが,結論は留保された。
しかし,その後の同年1月22日頃,原告は,G弁理士に電話し,願書に
記載する発明者を被告Bのみにするよう伝えている(乙3,12)。
なお,原告は,上記打合せの際,被告Bが,原告の意見も聞かないまま,
発明者を「俺でいいだろ」と強引に決めつけたと主張するが,そのような
事実は存在しないし,G弁理士も同旨を述べている(乙12)。また,上
記打合せ(同年1月9日)から本件特許出願(同年1月25日)までの間,
G弁理士と原告が打合せを複数回行って協議した事実も存在しない(乙1
2)。
G弁理士が特許出願の依頼を受けた場合の通常の流れは,最初に出願する
発明の内容の打合わせをし,その後は1,2回くらい電話などで質問した
り追加の情報を聞いたりするだけで明細書案を完成させるというものであ
り,特許の内容が極めて難しい場合にのみごく例外的に2,3回打合わせ
をするのみである。本件出願内容は,断熱工事の工法であり,特に難しい
ものではないので,打合せは上記1回の程度であることは明白である(乙
12)。
3争点(3)(被告会社は本件特許発明を実施しているか)について
〔被告会社の主張〕
本件特許発明の特許請求の範囲の記載によれば,本件特許発明が実施される
現場は,施工対象が床から天井までの高さが2mという壁に限定されており,
二つの吹き込み穴の位置を床から50cmと150cmに設定したときに本
件特許発明が実施されていることになる。
しかし,通常,住宅の床から天井までの高さは,低くても230cm,高く
て275cmであって,通常,高さ2mの壁が存在する建築現場はない。
また,吹き込み穴の高さは,壁全体の高さを概ね4等分し,その4分の1及
び4分の3の高さの位置に相当する場所で構わないのであり,被告会社がデ
コスドライ工法施工代理店に吹き込み穴の高さをセンチメートル単位で厳密
に遵守するように指導していない。たまたま壁の高さが2mの建築現場があ
ったとしても,実際には吹き込み穴の位置を厳密に床から50cmと150
cmに設定することはない。
以上によれば,被告会社は本件特許発明を実施しているとはいえない。
〔原告の主張〕
被告会社は,デコスドライ工法は本件特許発明の実施とはいえない旨主張す
るが,同主張は,大阪地方裁判所にB工務店が,ユニキューブ・パッケージ
を購入した建築業者に対し,他の断熱工法を用い,デコスドライ工法を採用
しなかったことが販売契約に違反する旨主張して損害賠償を求める訴えを提
起した別訴(大阪地裁平成21年(ワ)第13559号損害賠償請求事件)での
主張内容(甲77~79)と矛盾する。
被告会社らは,ホームページ(甲47)等でも,デコスドライ工法が特許取
得をした旨を宣伝等しているものであるから,被告会社の上記主張は理由がな
い。
4争点(4)(被告会社が本件特許発明の特許を受ける権利を承継したとした場
合,原告が受けるべき相当対価の額)について
〔原告の主張〕
(1)被告会社は,本件特許発明について,自ら実施するとともに,競業他社に
対しても実施を許諾している。
このうち,他社実施分については,被告会社が得るべき実施料相当額が独
占の利益(受けるべき利益)に当たる。
他方,自己実施分については,被告会社は,本件工法(デコスドライ工
法)の施工及び関連商品の販売に特化したB工務店の子会社として,同工
法を自ら実施しているのであって,その売上げのうち,超過売上げを得た
ことに基づく利益(超過利益)が独占の利益に当たる。
本件特許権は,平成11年1月25日に出願が,平成12年8月2日に公
開がそれぞれなされており,平成31年1月24日まで存続する。
そうすると,平成11年1月25日,ないし,少なくとも平成12年8月
2日から平成31年1月24日までの期間について,独占の利益を検討す
べきである。
(2)被告会社がデコスドライ工法代理店から得る実施料相当額
ア被告会社は,本件特許権者として,建設業者との間でデコスドライ工法
施工代理店契約を締結し(甲51),これらの建設業者を代理店(加盟
店)として組織している(甲11の2)。被告会社は,代理店から,加盟
金,工法使用料,保証書発行料の各名目で,本件特許発明の実施の許諾の
対価を徴収しているから,それぞれ名目毎に実施料相当額を検討すべきで
あるほか,被告会社は,代理店に対し,本件工法(デコスドライ工法)の
ための専用商品,専用施工機器一式,専用車両を販売して収益を上げ,さ
らには,被告会社が事務局を務める日本セルロースファイバー断熱施工協
会(JCA)(甲15)の加盟金,年会費の名目でも収益を上げている
(甲52)から,これら費目毎に分けて検討する必要がある。
イ加盟金,工法使用料について
被告会社は,デコスドライ工法施工代理店から加盟金,工法使用料を徴
収しているところ,これは本件特許発明の実施の対価である。平成25年
4月1日までに加盟した代理店の数は,累計83社であり,被告会社がこ
れらの加盟店から得るべき加盟金は2億0300万円,累計工法使用料は
3億6648万円で,合計5億6948万円である。
上記のとおり平成25年4月1日までの加盟代理店の数が累計83社で
あるのに対し,平成23年6月21日付け被告会社のウェブサイト(甲1
1の2)では53社,平成25年6月23日付け被告会社のウェブサイト
(甲50)では57社となっているところからすると,新規加盟と脱退に
よって代理店が常に入れ替わりながらも,年間3,4社程度ずつ代理店が
微増し,累計83社に達したものといえる。そうすると,平成25年4月
以降も,同様のペースで,代理店は微増していくと推認でき,平成25年
4月から本件特許権の存続期間が満了する平成31年1月24日までの約
6年間では,少なくとも18社程度の新規加盟が見込まれる。
それゆえ,仮に,加盟金額が現在の300万円のままで変わらなかった
としても,将来の加盟金の収入として5400万円が見込まれる。
(算式)3社/年×6年×300万円/社=5400万円
以上によれば,被告会社が,本件特許権の実施を許諾する対価としてデ
コスドライ工法施工代理店から得るべき加盟金,工法使用料は,総額6億
2348万円と見込まれる。
(算式)5億6948万円+5400万円=6億2348万円
ウ保証書発行料について
被告会社は,本件特許権の実施を許諾する対価としてデコスドライ工法
施工代理店から保証書発行料収入を得ているところ,これも本件特許発明
の実施の対価であるが,以下のとおり,総額5億8706万9000円と
見込まれる。
(ア)「デコスファイバー出荷状況表」(甲53)記載の各表のうち,「CF
出荷実績及び推定表」(平成20年11月頃作成)によれば,被告会社
が,デコスドライ工法に使用するセルロースファイバー(商品名デコ
スファイバー)を出荷した実績値及び推定値は,下記のとおりである。
なお,棟数への換算は,建物1棟当たり0.7tのデコスファイバーを
使用するものとして行っている。

年度区分出荷数前年対比棟数換算
平成12年実績221.6t-317棟
平成13年実績291.9t131.8%417棟
平成14年実績400.2t137.1%572棟
平成15年実績508.8t127.1%727棟
平成16年実績567.1t111.5%810棟
平成17年実績820.0t144.6%1171棟
平成18年実績1204.5t146.9%1721棟
平成19年実績1507.4t125.1%2153棟
平成20年推定2025.0t134.3%2893棟
平成21年推定2733.8t135.0%3905棟
平成22年推定3690.6t135.0%5272棟
平成23年推定4982.3t135.0%7118棟
平成24年推定6726.1t135.0%9609棟
(イ)これによれば,デコスファイバーの出荷は,平成12年度ないし平成1
9年度の実績で,毎年,前年と比べて最低でも111.5%,通常は13
0ないし140%程度の割合で増加してきたこと,これを踏まえて,被告
会社では,平成20年度以降も,前年比135.0%ずつ増加していくも
のと推定していること等が分かる。
平成20年度ないし平成24年度については,被告会社の上記推定を採
用し,平成25年度から本件特許権の存続期間が満了する平成31年1月
24日までの約6年間については,毎年,少なくとも,平成24年度の推
定値6726.1t,9609棟を下らないものとして,計4万0356.
6t,計5万7654棟と推定する。
(算式)6726.1t/年×6年=4万0356.6t
9609棟/年×6年=5万7654棟
それゆえ,平成12年度ないし平成30年度の被告会社によるデコスフ
ァイバーの出荷は,数量で6万6035.9t,棟数換算で9万4339
棟相当と認められる。
(ウ)他方,「デコスファイバー出荷状況表」(甲53)記載の各表のうち,
「業者別月別CF出荷状況表」(平成20年11月頃作成)によれば,平
成20年1月ないし11月のデコスファイバーの出荷実績は,「外部販売
小計」と「自社使用小計」との合計で131.33tとなっている。
これに対し,「自社使用小計」の項目には,「B工務店」,「自社工
事」,「ドムスホーム」,「エコビルド」,「外注工事」との記載があり,
外部の代理店等に販売した分ではなく,B工務店グループ内で使用したデ
コスファイバーの数量が記載されていると解される。しかし,同じB工務
店グループとはいえ被告会社と他社とでは法人格を異にすること,特に,
「外注工事」は,外部業者に施工を発注しており,自己実施とはいい難い
こと等に鑑みれば,このうち,「自社工事」14.61t分だけが被告会
社の自己実施に当たるというべきである。
そうすると,同期間における自己実施分は,下記算式のとおり約11.
1%に留まり,その余の約88.9%が他社実施分と認められる。
(算式)14.61t÷131.33t=0.1112……
(エ)そして,デコスファイバーの出荷数量全体に占める自己実施分の割合は,
通常,出荷数量が増えれば増えるほど減少することはあっても増加するこ
とはないと認められるから,平成12年度ないし平成30年度の全期間を
通じて,被告会社の自己実施分の割合は平均して11.1%を上回らない
と認められる。
それゆえ,平成12年度ないし平成30年度の被告会社によるデコスフ
ァイバーの出荷数量のうち,下記算式のとおり,自己実施分は,数量で7
330.0t,棟数換算で1万0472棟相当,他社実施分は,数量で5
万8705.9t,棟数換算で8万3867棟相当と認められる。
(算式)6万6035.9t×0.111≒7330.0t
9万4339棟×0.111≒1万0472棟
6万6035.9t-7330.0t=5万8705.9t
9万4339棟-1万0472棟=8万3867棟
(オ)また,被告会社作成の「無結露保証書発行履歴データベース」(甲5
4)は,平成21年7月1日ないし同年12月29日の半年間に,被告会
社が,代理店宛てに保証書を発行した履歴を記録したデータである。これ
によれば,被告会社は,同期間に688棟分の保証書を発行している。
他方,平成21年のセルロースファイバーの出荷数から換算した施工棟
数は,前記のとおり,年間3905棟,半年では1953棟と推定される。
したがって,被告会社は,デコスドライ工法を施工した全建物のうち,
下記算式のとおり約35%分について,保証書を発行し,1通当たり2万
円の保証書発行料を受領していると認められる。
(算式)688通÷1953棟=0.352……
(カ)以上によれば,被告会社が,平成12年度ないし平成30年度において,
他社実施分につき,得るべき保証書発行料は,5億8706万9000円
に達する。
(算式)2万円/棟×8万3867棟×0.35
=5億8706万9000円
(キ)以上によれば,被告会社が,本件特許権の実施を許諾する対価としてデ
コスドライ工法施工代理店から得るべき保証書発行料は,総額5億870
6万9000円と見込まれる。
エ専用商品(デコスファイバー等),専用施工機器の販売代金等について
(ア)被告会社は,加盟金,工法使用料,保証書発行料以外にも,デコスドラ
イ工法施工代理店に対し,専用施工機器一式(スターターキット)を代金
120ないし130万円で,専用車両を代金300万円で,それぞれ販売
している。さらに,被告会社は,デコスドライ工法に使用するためのデコ
スファイバー,シート等の専用商品を販売している。さらには,被告会社
は,自ら事務局を務める日本セルロースファイバー断熱施工協会(JC
A)(甲15)の加盟金10万円・同年会費10万円等の名目で,代理店
から金員を徴収している(「デコスドライ工法施工代理店契約のあらま
し」〔甲52〕3,4,7,8頁)。
(イ)このうち,専用施工機器一式,専用車両,デコスファイバーは,デコスド
ライ工法の使用に用いるものであって,本件特許発明による課題の解決に
不可欠なものであり,かつ,被告会社は,デコスドライ工法の施工に用い
られることを知りながら,業として,これらを生産,譲渡している。
特に,専用施工機器一式,デコスファイバーは,これがなければデコスド
ライ工法を実施できないものであり,代理店は,必ず購入せざるを得ない
こと(これに対し,専用車両の使用は絶対条件ではないとされている〔甲
52の4頁〕)等に鑑みて,その生産,譲渡は,間接侵害(特許法101
条5号)を構成するものというほかない。
(ウ)前記のとおり,平成12年度ないし平成30年度の被告会社による他社実
施分のデコススファイバーの出荷は,数量で5万8705.9tと認めら
れる。
他方,「デコス関連商品発注書」(甲55)によれば,デコスファイバ
ーの代理店向け販売代金は,1コンテナ(2.25t)当たり42万75
00円である。
したがって,平成12年度ないし平成30年度の被告会社による他社実施
分のデコスファイバーの売上は,下記算式のとおり,111億5412万
1000円となる。
(算式)42万7500円/2.25t×5万8705.9t
=111億5412万1000円
(エ)また,前記のとおり,代理店の数は,現在までに累計83社であり,かつ,
平成25年4月から本件特許権の存続期間が満了する平成31年1月24
日までの約6年間に少なくとも18社程度の新規加盟が見込まれるから,
総計101社と見込まれる。
他方,専用施工機器一式は,代理店が加盟時に必ず一度は購入する機器で
ある。
そうすると,平成12年度ないし平成30年度の被告会社による専用施工
機器一式の売上は,その代金を120万円としたとしても,少なくとも1
億2120万円を下らない。
(算式)120万円/社×101社=1億2120万円
(オ)そして,デコスファイバー,専用施工機器一式がいずれもデコスドライ工
法のための専用品であって,他の用途に用いられないこと等に鑑みれば,
これらの代金において本件特許発明の実施料が占める割合(被告会社にお
ける独占の利益)は非常に大きいというべきであって,少なくとも,10
%を下らない。
したがって,被告会社の独占の利益は,デコスファイバーにつき11億1
541万2100円,専用施工機器一式につき1212万円をそれぞれ下
らない。
(算式)111億5412万1000円×0.1
=11億1541万2100円
1億2120万円×0.1=1212万円
(3)被告会社が他社実施のユニキューブ事業から得る実施料相当額
ア被告会社のB工務店及びハイアス・アンド・カンパニー株式会社(以下
「ハイアス」という。)に対する実施の許諾
B工務店は,ハイアスと提携して,ユニキューブ事業を実施していると
ころ,このユニキューブ事業とは,「ユニキューブ」に代表される戸建て
住宅につき,デコスドライ工法とセットで販売するためのノウハウを「ユ
ニキューブ・パッケージ」というマニュアル本に体系化した上で,主に全
国の中小工務店に対し,かかるマニュアル本の販売等を行うというもので
ある(甲41)。
その販売先は,これまでに約200社に上り(甲42),平成17年5
月から平成22年5月までの約5年間で,総売上額は約7億2700万円
に達する(甲43)。
そして,B工務店及びハイアスとユニキューブ・パッケージ購入者との
間の「ユニキューブ・パッケージ販売契約書」(甲57)には,「ユニキ
ューブ」等につき,デコスドライ工法によるセルロースファイバー断熱を
標準採用した建物をいうとの記載がある(1条1項)。このように,「ユ
ニキューブ」等の建物においては,デコスドライ工法が不可欠の仕様であ
るならば,B工務店及びハイアスは,購入者に対し,デコスドライ工法を
実施した建物の建築を許諾したものというほかない。そして,B工務店が
被告会社の親会社であり,被告会社に無断で本件特許権の侵害に当たる行
為をするはずがないこと等に鑑みれば,被告会社は,B工務店及びハイア
スに対し,かかる態様でのデコスドライ工法を実施した建物(ユニキュー
ブ等)の建築を許諾しており,ユニキューブ事業を行うという形態での本
件特許発明の実施を許諾したものと認められる。
イ被告会社が得るべき実施料相当額
(ア)被告会社は,B工務店及びハイアスに対し,ユニキューブ事業を行う
という形態での本件特許発明の実施を許諾しているが,その対価として
明示的な実施料は受領していない。しかし,それは,被告会社が,B工
務店の子会社という特殊な関係にあるためにすぎない。それゆえ,本来
であれば,被告会社が受領すべき相当な実施料については,独占の利益
とみなして差し支えない。
(イ)この点,「ユニキューブ・パッケージ販売先進捗一覧表」(甲4
3)によれば,B工務店及びハイアスは,ユニキューブ・パッケージの
購入者から,当初は250万円,途中から380万円ないし480万円
という多額の代金(いずれも税別)を受領しており,平成17年5月か
ら平成22年5月までの約5年間で,総売上額は約7億2673万14
29円,購入者数は計199社に達している。
なお,各年度(暦年)毎の購入者数の内訳は,次のとおりである。

年度購入者数
平成17年58社
平成18年86社
平成19年17社
平成20年22社
平成21年13社
平成22年(5月14日まで)3社
(ウ)かかる実績に照らせば,ユニキューブ・パッケージの購入者は,少な
くとも年間10社を下らないと認められる。そうすると,平成22年度
(5月15日以降)ないし平成31年度(暦年)の10年間では,購入
者は下記算式のとおり,計97社を下らない(上記の平成22年度の実
績3社を除く。)。
(算式)7社+10社/年×9年=97社
それゆえ,パッケージ代金を1社380万円とすると,同期間の売上
げは,下記算式のとおり3億6860万円となる。
(算式)380万円/社×97社=3億6860万円
(エ)したがって,B工務店及びハイアスがユニキューブ事業によって得る
べき収益は,平成17年度ないし平成31年度で合計10億9553万
1429円となる。
(算式)7億2673万1429円+3億6860万円
=10億9553万1429円
(オ)デコスドライ工法は,「ユニキューブ」等において,その性能の確保
に最大の役割を果たし,不可欠の仕様として標準採用されているのであ
って,デコスドライ工法がなければ,「ユニキューブ」等が誕生するこ
ともなく,また,ユニキューブ事業は,被告会社が,デコスファイバー
を販売して収益を上げることも目的の一つとしたビジネスモデルとなっ
ている。
そうすると,パッケージ代金において本件特許発明の実施料が占める
割合(被告会社における独占の利益)は,他の場合(たとえば,複数の
特許発明を実施して工業製品を製造する場合)などと比べて非常に大き
いというべきであって,少なくとも,10%を下らない。
したがって,被告会社の独占の利益は,1億0955万3143円を下
らない。
(算式)10億9553万1429円×0.1
≒1億0955万3143円
(4)被告会社の自己実施分にかかる超過利益(独占の利益)
ア被告会社の自己実施分の売上額
(ア)平成12年度ないし平成30年度の被告会社によるデコスファイバーの
出荷数量のうち,自己実施分は,数量で7330.0t,棟数換算で1
万0472棟相当と認められる。
他方,上記のとおり,「デコス関連商品発注書」(甲55)によれば,
デコスファイバーの代理店向け販売代金は,1コンテナ(2.25t)
当たり42万7500円である。
したがって,平成12年度ないし平成30年度の被告会社による自己
実施分のデコスファイバーの売上は,13億9270万円となる。
(算式)42万7500円/2.25t×7330.0t
=13億9270万円
(イ)これは,デコスドライ工法を実施する際に原料となるセルロースファイ
バーの売上額である。
しかし,デコスドライ工法の施工による売上げが原料額を下回らないこ
とからすれば,施工による売上額は,少なくとも13億9270万円を
下らないと認められる。
イ被告会社の自己実施にかかる事情
(ア)本件特許発明は,特に,その効果として無結露を達成し得ること,さら
に,次世代省エネルギー基準をクリアしていること等において,競業他
社の代替技術との間に作用効果等の面で技術的に顕著な差異があるとい
える。
(イ)また,B工務店は,平成5年に原告と出会って以降,その施工する全
棟の建物について,セルロースファイバー断熱材吹き込み工法を用いる
ようになった。そして,原告が,遅くとも平成8年までには本件特許発
明(デコスドライ工法)を完成させた後は,被告会社,B工務店は,当
然,デコスドライ工法を全棟の建物に施工するようになっている。
ウ被告会社の超過売上げの額及び超過利益の額
(ア)本件では,デコスドライ工法施工代理店になるために,少なくとも,
加盟金として100万円ないし300万円,工法使用料として年間24
万円ないし48万円という多額の負担を強いられる上,契約期間は2年
間で1年ずつ自動更新という条件であって,代理店になるための経済的
負担は大きい。したがって,実際には,競業他社が,本件特許発明の実
施の許諾を得るのは容易ではないのであって,ライセンスポリシーは限
定的といえる。
また,上記のとおり,本件特許発明は,代替技術との間に作用効果等の
面で技術的に顕著な差異がある。包括ライセンス契約等は存在せず,被
告会社自身が他の代替技術を実施している事実はなく,被告会社は,全
件について,本件特許発明を実施している。
これらの事情に照らせば,被告会社の超過売上げ額は,少なくとも,自
己実施分の40%を下らないというべきである。
(イ)超過売上げ額に占める超過利益(独占的地位に起因する割合)について,
本件では,被告会社は,実質的な実施料につき,加盟金,工法使用料,
保証書発行料,専用商品・専用施工機器・専用車両の販売代金等の様々
な名目・形態で受領しているため,直ちに一義的な仮装実施料率を導き
出すのは困難であるが,少なくとも,業界における一般的な実施料率5
%を下らないと認められる。
(ウ)以上によれば,被告会社の超過売上げ額は5億5708万円,超過利
益は2785万4000円を下らない。
(算式)13億9270万円×0.4=5億5708万円
5億5708万円×0.05=2785万4000円
(5)本件特許発明がされるについて被告会社が貢献した程度
ア本件特許発明に至る経緯
原告は,平成7年に被告Bに引き抜かれてB工務店に入社する前に,本
件特許発明の主要な部分である,木質繊維セット工程までを完成させてい
た。これに対し,原告は,B工務店に入社し,被告会社に転籍した平成8
年頃までに,本件特許発明の最後の部分である,第1の吹き込み穴形成工
程から第3吹込み工程までを完成させた。しかし,その発明作業は,原告
がB工務店に入社する前から個人的に行っていた研究の延長線上で行われ
たものにすぎず,B工務店ないし被告会社から新たに特別の研究環境を与
えられたり重要な示唆を受けたりした結果として行われたものではなかっ
た。
また,原告は,当時,被告会社におけるセルロースファイバー断熱工法
の唯一の専門家であって,他の社員は,原告から同工法の指導等を受ける
ことこそあれ,原告の研究を共同で行ったり,手伝ったりする立場にはな
く,その能力も有していなかった。
イデコスドライ工法の事業化・普及における原告の貢献
原告は,本件特許発明の発明に留まらず,デコスドライ工法の事業化・
普及のためにも,一貫して貢献してきた。原告は,省エネ機構に対し,デ
コスドライ工法が新省エネ基準に適合する旨の認定を申請し,平成10年,
その認定を受けることに成功した。次に,原告は,デコスドライ工法の有
効性を数値で証明するために,平成10年頃,財団法人建材試験センター
に委託して,同工法の性能実験を行った。同実験は,一定の密度で壁内に
セルロースファイバーを充填し,これに2000ガルの振動を連続で24
時間,加え続けるというものであった。その結果,セルロースファイバー
の密度が40kg/㎥,45kg/㎥のときはその沈降が見られたものの,
デコスドライ工法が採用する約50~60kg/㎥のときには沈降しない
ことが確認できた(甲8,84~85頁)。
さらに,原告は,平成11年に次世代省エネ基準が制定されたのを受け
て,省エネ機構に対し,室内側に防湿気密層を設置しない場合にも同基準
に適合する旨の認定を申請し,D教授の実験結果を提出したり,財団法人
建材試験センターに委託して,改めて防湿気密層に関する試験を行ったり
した。
かかる試験等を経て,原告は,平成12年,デコスドライ工法が次世代
省エネ基準に適合する旨の認定を受けることに成功した(甲8,99~1
06,111~113頁)。
ウ原告の貢献度及び被告会社の貢献度
これらの事情を総合的に考慮すれば,本件特許発明は,原告個人の努力
と才覚によって成し遂げられたものであり,たまたまその完成時における
原告の在籍先が被告会社であったというにすぎない。本件特許発明がされ
るについて,原告が貢献した程度は,少なくとも全体の50%を下らない
のであって,これに対し,被告会社が貢献した程度は,多くとも50%に
留まる。
エ原告が受けるべき相当の対価の額
これらをまとめると,以下のとおりとなる。
(ア)他社実施分
a被告会社が他社実施分について得るべき実施料相当額(デコスドライ
工法代理店からの収入)合計23億3808万1100円
(内訳)
加盟金,工法使用料6億2348万円
保証書発行料5億8706万9000円
デコスファイバーの販売分11億1541万2100円
専用施工機器一式の販売分1212万円
B被告会社が他社実施分について得るべき実施料相当額(ユニキュー
ブ事業からの収入)1億0955万3143

(イ)自己実施分の超過利益(独占の利益)2785万4000円
(ウ)合計24億7548万8243円
オ原告が受けるべき相当の対価の額
本件特許発明がされるについて,原告が貢献した程度は,少なくとも全
体の50%を下らないのであって,これに対し,被告会社が貢献した程度
は,多くとも50%に留まる。したがって,原告が受けるべき相当の対価
の額は,下記算式のとおり,12億3774万4121円を下らない。
(算式)24億7548万8243円×(1-0.5)
≒12億3774万4121円
カ既払額の控除
被告会社は,本件特許発明が登録された前後の平成20年,平成21年
にわたり,原告に対し,合計250万円の賞与を支給した(乙6の1)。
これは,その前後に賞与の支給がないことから分かるとおり,原告が,長
年にわたり,デコスドライ工法の事業化・普及に尽力し,その結果,本件
特許発明の登録に至ったという功績について,被告Bがこれを高く評価し,
報奨の趣旨を込めて支給したものである。上記賞与を相当の対価の一部の
支給として控除すると,残額は,12億3524万4121円となる。
(算式)12億3774万4121円-250万円
=12億3524万4121円
キ以上によれば,被告会社は,原告に対し,本件特許発明の特許を受ける
権利を承継したことにかかる相当の対価として,12億3524万412
1円の支払を免れない。原告は,上記相当の対価の額12億3524万4
121円の内金として,2億6760万円及びこれに対する訴状送達の日
の翌日である平成23年8月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割
合による遅延損害金の支払を求める。
〔被告会社の主張〕
(1)〔原告の主張〕(1)については否認する。前記のように,本件特許とデコ
スドライ工法は同じものではなく,被告会社は本件特許発明を実施していな
い。
また,デコスドライ工法代理店からの収入についても,後記(2)のとおり,
本件特許発明の実施の対価とはいえない。
(2)〔原告の主張〕(2)については,被告会社がデコスドライ工法施工代理店
から金員を受領しているという限度で認めるが,その余は否認する。被告会
社がデコスドライ工法施工代理店から受領している金員の意義は,被告会社
から施工方法に関するノウハウの提供・教育を受けられること,施工に必要
な機械や一定の品質が確保された材料の安定的な供給を受けられることの対
価がそのほとんど全部を占めており,本件特許が本来有する許諾料としての
意味合いがほとんどない。理由は以下のとおりである。
被告Bは,平成5年頃,自宅にセルロースファイバーを使用した断熱工法
を施工したことで,そのすばらしさに魅せられ,B工務店が施工する住宅の
全てに,セルロースファイバーを使用した断熱工法を標準採用することにし
た。被告Bは,顧客からの話を聞くにつれて,このセルロースファイバーを
使用した断熱工法を自社だけでなく,他の工務店に普及させたいと考えた。
そこで,本件特許出願以前の平成6年頃から,B工務店は,この断熱工法を
同社グループの核となるサービスの一つとして育てていく計画を立て,住宅
全体の基本性能を確保するため床・屋根・壁・天井にわたる住宅全般の断熱
の施工方法やその材料となるセルロースファイバーの広告宣伝・営業方法等
について工夫を重ねノウハウを蓄積していき,これにデコスドライ工法とい
うブランドを設定した。
上記営業方法等の工夫として,断熱施工に必要となる機械や原料等を安定
的に供給できる仕組みを構築するとともに,施工代理店制度を導入し,代理
店に対する教育ノウハウの開発を行なった。かかる工夫により,代理店の増
加や売上げの拡大がもたらされた。また,上記施工方法の工夫として,B工
務店や被告会社の施工担当者のEらに作業の標準化を推進させ,セルロース
ファイバーの吹き込みを効率的かつ容易に行なえるよう施工精度が高められ
た。さらには財団法人建材試験センターに沈降化実験を依頼するよう指示し,
この実験結果から吹き込み穴の数・高さ,吹き込み方法や一度に吹き込む分
量等を標準化するに至った。このことで,吹き込みの密度の正確性が担保さ
れるようになり,現在のデコスドライ工法が確立した。
このような開発経緯・工夫等からすると,デコスドライ工法は,本件特許
の発明前より存在する住宅全体(床・屋根・壁・天井)を対象とする断熱工
法であり(乙13),本件特許発明よりも広範な範囲にわたり,その材料の
品質,営業方法までも含む総合的なノウハウであることが明らかである。つ
まり,デコスドライ工法は,本件特許発明に係る工法である住宅の外壁に関
する断熱施工方法と同じものではない。
被告会社は,複数の工務店及び建材業者と,デコスドライ工法施工代理店
契約を締結している。かかる契約に基づき,被告会社は,代理店に,デコス
ドライ工法の施工方法に関するノウハウの提供・教育をし,さらには施工に
必要な機械や一定の品質が確保された材料を安定的に供給する。これにより,
代理店は,自らが受注した物件等に,デコスドライ工法に基づく断熱施工工
事を行うことが可能になる。そのデコスドライ工法は,本件特許と同一のも
のではない。代理店がかかわる住宅の建築は様々であるのが実情であり,床
・屋根・天井については,本件特許に関する施工手順,方法をそのまま実施
できるというわけではなく,また,外壁についても,常に床上から2mの壁
を想定して穴を開ける位置の厳密な高さや細かな作業手順を遵守することは
現実的ではない。
また,デコスドライ工法施工代理店契約に基づき,代理店は加盟金や工法
使用料を支払うが,これは,被告会社から施工方法に関するノウハウの提供
・教育を受けられること,施工に必要な機械や一定の品質が確保された材料
の安定的な供給を受けられることの対価がそのほとんどであり,特許権が有
する許諾料としての意味合いはほとんどない。
(3)〔原告の主張〕(3)は否認する。
(4)〔原告の主張〕(4)は否認する。
(5)〔原告の主張〕(5)アないしオうち,同イのうちの,財団法人建材試験セ
ンターで実験が行なわれたという内容の限度,及び,平成12年に次世代省
エネ基準に適合するとの認定を受けたという内容の限度で認め,その余は否
認する。平成8年9月以降,被告会社は,会社として新省エネ基準の認定等
各種認定を取得することを目指す方針を掲げた。原告の主導による各種認定
取得作業が行なわれたのではない。平成9年,被告会社は,省エネ機構の材
料・施工評価委員会に対し,セルロースファイバーを平均密度50~60k
g/m3
で充填する被告会社の断熱工法が新省エネ基準に適合する旨の報告を
行い,同年12月1日,同機構から被告会社の断熱工法が新省エネ基準に適
合する認定を受けた。かかる申請,及び認定は,被告会社が行なったもので
あり,原告が行なったものではない。財団法人建材試験センターへの沈降化
実験依頼は,平成9年3月14日,被告会社によってなされている。なお,
同実験依頼の決断をしたのは,被告Bである。被告Bがそのような決断をし
たのは,認定機関との協議に被告Bが出席した際,同協議で新省エネ基準の
認定を受けるためには,沈降化実験が必要不可欠であると言われたことに基
づく。
また,同(5)カのうちの賞与の支払の事実は認め,その余は否認する。原
告に支給された賞与には,本件特許登録に基づく報奨金としての意味はない。
平成12年から平成21年にかけて,被告会社は,原告に対し,役員報酬
(定額報酬)及び賞与を支給している。原告に対する賞与(平成17年に3
0万円,平成19年に100万円,平成20年に150万円支給してい
る。)は,本件特許登録前である平成17年,平成18年頃より,デコスド
ライ工法施工代理店が大きく増加し始め,被告会社の売上げも急伸したこと
に基づき支給されたものである(甲53)。上記賞与のうち,平成19年の
賞与(乙6の9)は,本件特許の登録前である平成19年2月28日に支給
されたものであり,本件特許と関係ないことは明らかである。また,平成2
0年の賞与(乙6の10)は,同年7月25日と同年12月15日に75万
円ずつ支給したものであるところ,原告のみならず他の取締役3名に対して
も合計250万円の賞与が支給されている。つまり,同年の賞与は,原告だ
けに特別に支給したものではなく,被告会社の業績向上に基づく支給である
ことは明らかである。
(6)〔原告の主張〕(5)キは争う。
5争点(5)(原告の職務発明相当対価請求権の時効消滅の成否)について
〔被告会社の主張〕
(1)原告は,被告会社は本件特許発明につき自己の名で特許を受けたのである
から,原告は,被告に対し,相当の対価を請求できると主張するが,被告会
社が自己の名で本件特許の特許出願することを,その当時(平成11年1月
25日)に了承していたから,遅くとも本件特許出願日前に,被告会社に対
して本件特許発明の特許を受ける権利を譲渡したことに対する相当の対価を
請求していることが明白である。
被告会社は,当時,職務発明の対価金支払時期を定めた就業規則や職務発
明規程等を有していなかったから,原告の主張を前提とすると,原告は,被
告会社に対して本件特許発明の特許を受ける権利を譲渡した時から対価請求
権を行使することができたので,この時から当該請求権の消滅時効が進行す
る。そうすると,対価請求権が行使し得る時から原告が被告会社に対して初
めて請求をした平成24年5月10日(同日付け原告第3準備書面を受領し
た日)までの間に既に10年以上が経過している(民法167条1項参照)。
そこで,被告会社は,上記消滅時効を援用する。
(2)この点に関して原告は,平成19年6月5日の特許査定をもって,出願人,
発明者の補正(特許法17条1項,4項)の機会が失われたことにより,
本件特許発明にかかる特許を受ける権利につき,確定的に被告会社に承継
させ,遅くとも同日までに,本件特許発明につき特許を受ける権利を被告
会社に承継させた旨主張する。
しかし,「特許を受ける権利」が承継されたかどうかは,特許出願前に権
利取得原因事実が存在するかどうかという私法上の問題であるのに対し,
特許出願後の出願者の行為は,特許権設定の登録という法律的行政行為に
向けられたいわば手続的なものである。また,特許出願から特許査定まで
の過程の中で,出願者は,「特許を受ける権利」の譲渡者(発明者等)に
対する関係で,手続の補正(特許法17条)をする義務を負っているわけ
でもない。
したがって,「特許を受ける権利」の承継時点を,特許出願後の補正機会
の喪失時期に求める原告の主張は失当である。
(3)また,原告は,被告会社との間で,将来本件特許が登録されるまでは,相
当の対価を支払わない旨の合意があった旨主張するが,そのような合意は
存在しない。
〔原告の主張〕
(1)原告と被告会社との間では,相当の対価の支払時期の合意があるから,相
当の対価の支払を受ける権利の消滅時効期間は未だ経過していない。その
理由は,以下のとおりである。
原告と被告Bは,本件工法につき,いわば防御目的でとりあえず特許出願
をするものの,当面は審査を請求しないものとしていた。
特許を受ける権利を承継したといっても,正式に特許登録されなければ,
被告会社にとって,対価を支払うだけの目に見える経済的メリットはない。
まして,被告Bは,その一方的な意向によって,原告から被告会社への特
許を受ける権利の承継を行うなど,非常にワンマンな経営を行っており,
対価を支払う必要性も理解していなかった。
したがって,原告と被告Bは,本件出願に際し,本件特許が登録されるま
では職務発明の対価を授受しないものとしていた。当面,審査請求せず,
したがって,特許登録されることもない以上,被告Bは対価を支払う意思
がなく,原告も対価を受領できるとは考えていなかった。
すなわち,原告と被告Bは,被告会社が原告から特許を受ける権利を承継
するに際し,被告会社による特許出願時には相当の対価を支払わないこと,
言い換えれば,将来,本件特許が登録されるまでは,相当の対価を支払わ
ないことを黙示に合意している。
(2)これを法的にいえば,原告と被告会社との間では,相当の対価につき,そ
の支払時期を本件特許の登録時とする旨の期限の合意,ないし,本件特許
が登録されることを停止条件として支払う旨の条件の合意が存在する。
かかる合意は,最高裁第三小法廷平成15年4月22日判決(平成13年
(受)第1256号・民集57巻4号477頁)がいう「勤務規則等の定
め」に当たる。それゆえ,かかる合意による「支払時期」,すなわち,本
件特許の登録時が到来するまでの間は,原告は,被告会社に対し,相当の
対価の支払を請求できないのであって,この登録時こそが,相当の対価の
支払を受ける権利の消滅時効の起算点となる。
そして,本件特許が登録されたのが平成19年7月13日であるから,原
告が本件訴訟を提起した平成23年7月15日までに,相当の対価の支払
を受ける権利につき,未だ消滅時効期間が経過していないことは明らかで
ある。
(3)また,上記のとおり,原告は,被告会社に在職中,遅くとも平成8年ま
でには本件工法(本件特許発明)を完成させたが,その当時,被告会社に
は,職務発明につき,被告会社に特許を受ける権利を承継させることを定
めた契約,勤務規則その他の定めの条項は存在しなかった。それゆえ,原
告は,本件特許発明につき,発明者として自ら特許を受ける権利を有して
いた。本件特許出願は,本来,発明者ではない被告Bが,原告の意に反し
て被告会社を出願人として行ったものであって,無権利者による出願であ
る。
したがって,被告B,被告会社は,本件特許の出願後も,出願事件が特
許庁に係属している間は,真実に合致するように,出願人名義変更届を提
出する等の方法によって,出願人,発明者を原告に変更する形で補正する
ことができた(特許法17条1項,4項)。
(4)しかるに,被告会社は,平成17年2月7日に出願審査の請求を行った
後も,出願人,発明者の補正を行わなかった。そして,被告会社は,本件
特許発明につき,平成19年6月5日に特許査定を受け,同年7月13日
に特許登録を受けた(甲2)。それゆえ,同年6月5日の特許査定をもっ
て,出願事件の特許庁への係属が終了し,出願人,発明者の補正の機会も
失われた。
(5)以上によれば,平成19年6月5日の特許査定をもって,出願人,発明
者の補正の機会が失われたことにより,原告は,本件特許発明の特許を受
ける権利につき,確定的に被告会社に承継させた。すなわち,原告は,遅
くとも同日までに,本件特許発明につき特許を受ける権利を被告会社に承
継させたというべきである。
(6)なお,被告会社は,原告が職務発明対価請求の権利行使をしたのが平成
24年5月10日であると主張するが,原告は,平成23年7月15日受
付の訴状をもって自己が発明者かつ特許権者であることを前提に被告会社
に対し不法行為に基づく損害賠償請求または不当利得に基づく返還請求を
行っており,原告は平成24年5月10日付けで予備的請求原因として職
務発明対価請求の主張をしたものであるが,これらは請求の形態が異なる
にすぎないから,本件訴訟を提起した時点で原告は既に職務発明対価請求
の権利行使をしたというべきである。
6争点(6)(相当対価請求権についての時効中断の成否)について
〔原告の主張〕
(1)被告会社は,本件特許の取得後,相当の対価の支払につき,債務の承認を
しているから,消滅時効は中断している。
すなわち,原告は,平成19年7月頃,訴外越智産業株式会社(以下「越
智産業」という。)が特許証の金属製レプリカを贈呈したときに,被告会
社代表者たる被告B本人から,「Aさんには何かお支払いせないけんね。
ちょっと待っちょって。」などと,報奨金等の発明の対価の支給を検討し
ているので少し待ってほしい旨,直接,申し出をされたことがあるが,こ
れは,本件特許発明が特許登録できたことを契機に,原告に対して,本件
特許の承継にかかる相当の対価を支払うので,支払時期について当面猶予
されたい旨を申し出るものであったというべきであるから,債務の承認
(民法147条3号)に当たる。
したがって,同時点(平成19年7月頃)をもって,相当の対価の請求権
の消滅時効は,一旦,中断した。
それゆえ,原告が本件訴訟を提起した平成23年7月15日までに,相当
の対価の支払を受ける権利につき,未だ消滅時効期間が経過していないこ
とは明らかである。
(2)また,前記4〔原告の主張〕(5)カのとおり,被告会社は,本件特許発明
が登録された前後の平成20年,平成21年にわたり,原告に対し,合計
250万円の賞与を支給した(乙6の1)。これは,その前後に賞与の支
給がないことから分かるとおり,原告が,長年にわたり,デコスドライ工
法の事業化・普及に尽力し,その結果,本件特許発明の登録に至ったとい
う功績について,被告Bがこれを高く評価し,報奨の趣旨を込めて支給し
たものである。
かかる賞与の支給は,債務の承認として時効の中断事由に当たる。
〔被告会社の主張〕
(1)〔原告の主張〕(1),同(2)につき,否認ないし争う。
(2)原告に支給された賞与には,本件特許登録に基づく報奨金としての意味
はない。
平成12年から平成21年にかけて,被告会社は,原告に対し,被告会
社作成にかかる原告の給与及び賞与の一覧表(乙6の1)記載のとおり,
役員報酬(定額報酬)及び賞与を支給している。それによれば,確かに,
被告会社は原告に対して,平成17年に30万円,平成19年に100万
円,平成20年に150万円の賞与を支給しているが,これらは,本件特
許登録前である平成17年,平成18年頃より,デコスドライ工法施工代
理店が大きく増加し始め,被告会社の売上げも急伸したことに基づき支給
されたものである(甲53)。
上記賞与のうち,平成19年の賞与(乙6の9)は,本件特許の登録前
である平成19年2月28日に支給されたものであり,本件特許と関係な
いことは明らかである。
また,平成20年の賞与(乙6の10)は,同年7月25日と同年12
月15日に75万円ずつ支給したものであるところ,原告のみならず他の
取締役3名に対しても合計250万円の賞与が支給されている。つまり,
同年の賞与は,原告だけに特別に支給したものではなく,被告会社の業績
向上に基づく支給であることは明らかである。
このような事情からすると,上記賞与が,本件特許が登録されたことに
基づく報奨金の趣旨で支給されたものであるとの原告の主張は,明らかに
失当である。
7争点(7)(被告会社による消滅時効の援用が権利の濫用に当たるか)について
〔原告の主張〕
(1)仮に,職務発明の対価請求につき消滅時効期間が経過しているとしても,
被告会社が消滅時効を援用することは,信義則に反し,権利の濫用として
許されない。
すなわち,本件特許出願当時,原告と被告会社との間では,職務発明につ
いて,予め被告会社に特許を受ける権利を承継させることを定めた契約,
勤務規則その他の定め(特許法35条2項参照)は存在しなかった。した
がって,原告は,本来,被告会社に対して,同権利を承継させる義務はな
かった。
しかし,被告Bは,申請名義につき,原告の意見も聞かないまま,「俺で
いいだろ。」と強引に決めつけるなどして,同権利を被告会社に承継させ
た。
また,被告会社が出願審査の請求を行ったのは,本件特許出願の約6年後
の平成17年2月7日,登録を受けたのは,約8年6か月後の平成19年
7月13日であった。このため,原告が,相当の対価の支払いにつき,被
告Bと交渉できたのは,早くとも平成19年7月13日以降であった。
さらに,前記6〔原告の主張〕(1)のとおり,被告Bは,平成19年7月
頃,越智産業が特許証の金属製レプリカを贈呈したときに,原告に対し,
「Aさんには何かお支払いせないけんね。ちょっと待っちょって。」など
と,報奨金等の発明の対価の支給を検討しているので少し待ってほしい旨,
自ら進んで申し出た。
このため,原告は,被告Bが,本件特許発明が特許登録できたことを契機
に,原告に対して,本件特許発明につき特許を受ける権利の承継にかかる
相当の対価の支払を申し出るとともに,その支払につき,しばらくの猶予
を求めたものと理解した。
しかし,被告Bは,原告と一緒にマスコミの取材を受けたりする都度,原
告が本件特許を取得したことを賞賛しながら,具体的な報奨金等の対価の
支給の話はなかなか持ち出さなかった。
このため,原告は,被告Bの態度に次第に失望し,平成21年5月15日,
被告会社の取締役副社長を退任し,もって,被告会社を退社した。
(2)他方で,被告会社は,本件特許の取得後,本件特許権者として,自ら本件
特許発明を実施するほか,本件特許権を大々的に広告宣伝している。
こうして,被告会社は,より一層,デコスドライ事業を本格化させ,代理
店,他のセルロースファイバー事業者などが本件工法を模倣したり,勝手
に流用したりするのを防ぐとともに,現在,少なくとも全国53社をデコ
ス代理店として組織するに至っている(甲11の2)。
そして,被告会社は,これらの代理店及びB工務店に対し,本件特許発明
の実施を許諾するとともに,代理店から,本件特許発明の実施に対し,加
盟金(加盟時に徴収)として1社当たり100万円ないし200万円,工
法使用料(毎年徴収)として1社当たり24万円ないし48万円,保証書
発行料(1棟施工毎に徴収)として建物1棟当たり2万円の金員を受領し
ている。
本件特許権の重要性は,被告らがホームページ,新聞,雑誌等で繰り返し
述べているとおりであって,本件特許権は,非常に大きな経済的価値を有
している(甲9,11,13,16~18,41,45,47など)。
(3)このように,被告会社は,本件特許権によって莫大な経済的利益を享受し
ながら,原告に対し,相当の対価を支払っていない。
また,被告会社代表者たる被告Bは,特許を受ける権利を被告会社に承継
させた時点では,少なくとも,将来,本件特許が登録されるまでは,職務
発明の対価を支払わない意向を示した。
そして,実際に本件特許発明が特許登録された時点では,被告Bは,原告
に対し,従前の黙示の合意どおり,報奨金等の発明の対価を支給するとし
ながら,少し待ってほしい旨,自ら進んで申し出て,原告をして,その旨
信じさせた。
このように,被告会社は,原告に対し,報奨金等の対価を支給するかの如
き言動をし,原告から請求の猶予を得ながら,実際には対価を支払わず,
その一方で,本件特許発明を利用して建物の施工を行い,代理店を勧誘す
るなどして多額の利益を得ながら,原告がやむを得ず本件訴訟を提起する
や,消滅時効の援用を主張している。
これらの事実を含む本件特許出願に至る経緯,本件特許出願の目的,その
際の当事者の意思,特許を受ける権利の承継の経緯,その後の審査請求,
登録に至る経緯,登録後の被告Bの言動,被告会社,B工務店のデコスド
ライ事業の実情,ことに,被告会社,B工務店が得た経済的利益等の一切
の事情に鑑みれば,かかる事情の下で,被告会社が消滅時効を援用するの
は,信義則に反し,権利の濫用として許されないというべきである。
〔被告会社の主張〕
(1)〔原告の主張〕(1)のうち,本件特許出願当時,被告会社と原告との間で,
職務発明についての契約,勤務規則その他の定めが存在しなかったことは
認め,その余は否認ないし不知。
(2)〔原告の主張〕(2),同(3)はいずれも否認ないし争う。
8争点(8)(被告Bについて発明者名誉権侵害の不法行為が成立するか,成立
するとした場合の原告の損害額)について
〔原告の主張〕
発明者は,特許権の帰属如何にかかわらず,人格権としての発明者名誉権を
有するところ,被告Bは,本件特許発明につき,原告が発明者であるにもか
かわらず,原告ではなく自らを発明者と記載して特許出願を行い,その旨の
特許登録を受け,被告Bの氏名が特許証の発明者欄に記載されるに至った。
上記行為は,原告の発明者名誉権を侵害する不法行為を構成する。
かかる発明者名誉権侵害によって原告が被った精神的苦痛を慰謝するに相当
な慰謝料は200万円を下らない。
原告は,本件訴訟を代理人弁護士に委任したところ,被告Bの不法行為と相
当因果関係を有する弁護士費用は,少なくとも20万円を下らない。
よって,原告は,被告Bに対し,220万円及び継続的不法行為の直近日に
当たる訴状送達の日である平成23年8月6日から支払済みまで民法所定の
年5分の割合よる遅延損害金の支払を求める。
〔被告Bの主張〕
否認し争う。
原告が本件特許発明の発明者でないことは,前記1〔被告らの主張〕(2)の
とおりである。
原告の行動をみても,原告は,本件特許出願に先立つ平成11年1月22日
頃,G弁理士に対し,自ら電話で,本件特許出願の願書に記載される発明者
を被告Bにするよう伝えている(乙3)。また本件特許出願がなされた平成
11年1月25日から本件訴訟が提起された平成23年7月までの間,原告
は,被告B,被告会社に対して,発明者が原告であるとの指摘や苦情を言っ
たことは一切ない。このような事情からすると,本件訴訟を提起するまで,
原告自身も,本件特許の発明者でないことを自認していたことが明らかであ
る。
したがって,自己が発明者であることを前提とする原告の主張は,そもそも
失当であるばかりか,発明者名誉権に基づく主張をすることも,矛盾挙動で
あり,信義則上許されない。
9争点(9)(被告Bについて発明者名誉権侵害が成立するとした場合の,謝罪
広告掲載の要否)について
〔原告の主張〕
前記8〔原告の主張〕のとおり,被告Bにつき,原告に対する発明者名誉権
侵害が成立するところ,被告らが,住宅業界内において,本件特許発明につ
き,あたかも被告Bの発明であるかのように広告宣伝し,その旨誤信する建
築業者も増えつつあること等に鑑みれば,民法723条に基づき,原告の名
誉を回復させるため,業界紙たる「日本住宅新聞」(甲6,7)に被告Bの
謝罪広告を掲載することが必要である。
〔被告Bの主張〕
否認し争う。
第4当裁判所の判断
1認定事実
証拠(甲1~84,乙1~31,原告本人,被告会社代表者兼被告B)及び
弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,同認定を覆すに足りる的確な
証拠はない。
(1)本件特許発明に至る経緯及びB工務店,被告会社におけるセルロースファ
イバー断熱工法施工の経過等
ア原告は,昭和58年1月に,島畑産業に入社して断熱工事に携わり,昭
和63年12月まで同社に在籍した後,昭和64年1月に吉水商事に入
社し,断熱工事に携わった。〔乙10〕
セルロースファイバーは,古紙を再利用した天然の木質繊維であり,米
国においては昭和15年頃から生産され,昭和53年からは国内で十條
製紙が生産を行っていたところ,セルロースファイバーを住宅建設の際
の壁面の断熱材等として使用することについては,平成2年頃までには
既に一般に知られていた。原告は,吉水商事に勤務中の平成2年頃,外
壁と内壁との空間に,送風機でセルロースファイバーを吹き込み充填す
る方法を考案し,原告は,十條木材の施工機を真似て独自の施工機を設
計し,そのころ,福井市の鉄工所に発注してこれを製造させた。〔甲2
3〕
吉水商事においては,この施工機を建築現場におけるセルロースファイ
バーの充填に用いていた。
イ原告は,吉水商事において,平成2年頃は,内張りシートに寒冷紗とい
う木綿やナイロンなどをごく粗めに織った薄地の綿布を試していたが,
目が粗いことからセルロースファイバーの粉塵がこの目を通り抜け,舞
い上がる問題があった。そこで,原告は,平成3年頃,内張りシートに
セーレン製の透湿防水シートを内壁側に張ってみたが,目が小さすぎて
空気がうまく抜けず,シート自体が膨らんで外壁内に空気が溜まってし
まい充填できなかった。原告は,セーレンに,一般の透湿防水シートを
ベースとして,適度に空気が抜け,粉塵が外壁の外へ流出しないように,
改良を加えた試作品を作ってもらい,平成5年ないし6年頃,セルロー
スファイバー断熱工法に用いる内張りシートとして,「セルローズ専用
内張りシート」(甲27)を完成させた。その後,原告は,このシート
に,格子柄を印刷することを着想した。
ウ平成6年2月25日発行の日本住宅新聞には,「セルローズファイバー
に防湿層は不要秋田工専のD教授が実験結果から提案」との見出しの
もと,「今回のD教授の実験調査では調湿性能のあるCF(判決注;上
記「セルローズファイバー」を指す。)では,室内側に気密防湿層を施
工しなくても内部結露せず,むしろ防湿層のない方が室内の湿度を調整
して結露しやすい部分での結露の防止に役立つという見解を打ち出した
ことになる。」との記事が掲載されている。〔甲6〕
エ一方,被告Bは,平成5年,オーエムソーラー協会の会員の会合に出席
し,セルロースファイバー断熱材の特長等の説明を受け,その吹き込み
工法の実演を見学し,B工務店が建築する住宅等にもその工法を採用し
ようと考えた。そこで,被告Bは,自宅の建築に当たり,吉水商事の行
っているセルロースファイバーを吹き込む工法を採用することとし,B
工務店は,被告Bの自宅を,その工法採用の一棟目とする方針とし,吉
水商事から専用の施工機を購入し,セルロースファイバーも仕入れた。
そして,被告Bは,平成5年10月,吉水商事から施工指導を受け,セ
ルロースファイバー吹き込み工法を習得することとして,B工務店に建
築部ハウスボディ課に断熱施工班を設け,Eをその構成員として,吉水
商事の指導を受けさせた。吉水商事からは,技術者として同社従業員の
Fのほか,原告が来て,吉水商事の吹き込み機械の使用方法,外壁側に
エアシートを設置し,内壁側に内張シートを設置すること,内張シート
に複数の穴を開け吹き込み機械をセットして,吹き込み穴からセルロー
スファイバーを吹き込んで充填することを指導した。
このようにして,B工務店においては,建築する住宅等にセルロースフ
ァイバー吹き込み工法を採用することとし,同社の断熱施工班がその施
工を行った。
オB工務店は,平成6年頃には,施工現場において,Eをして墨壺を用い
て内張りシートの一定の高さに墨で線を入れさせ,吹き込み完了後に目
張りとして内張りシートと同じ素材の生地を貼り付けさせるなどして,
セルロースファイバー吹き込み工法を施工していたが,その後,この墨
入れと目張りに関し,セルロースファイバー吹き込み工法の施工精度を
高めるため,吹き込み穴を開ける位置や1回で吹き込む分量を床からの
高さによって規律し,吹き込み穴を塞ぐなどの作業手順を標準化するこ
とを目指した。
カB工務店のEが,平成7年頃行っていたセルロースファイバー吹き込み
工法の作業手順は,以下のとおりである。
①まず,吹き込み穴を,壁面に対して縦に2箇所,横は幅に応じて1な
いし複数の箇所に開けることとし,縦に開ける穴2箇所の高さを確定し
て墨壺を用いて横一直線に墨入れを行い,次に,床に近い墨線上にカッ
ターで数cmの穴を開け,その穴から専用の施工機のホースを差し込み,
下方向に向けて適度にセルロースファイバーを充填し,ホースを抜いた
後にガムテープ等で穴を塞ぐ。
②次に,天井に近い墨線上にカッターで数cmの穴を開け,その穴から
同様に吹き込みをし,全体にセルロースファイバーの充填が完了したら
ホースを抜き,吹き込み穴の目張りとして,内張りシートと同じ素材の
帯状の生地を2本の墨線上に貼り付ける。
③その際,壁内のセルロースファイバーを必要な密度で充填するために,
セルロースファイバーを吹き込みながら,吹き込み機械のホースの先端
でセルロースファイバーを押さえる必要があるところ,ホースは柔軟性
のあるプラスチック素材であることから吹き込み穴から離れすぎた場所
のセルロースファイバーを押さえようとしてもうまく力が伝わらないた
め,床上から天井までの高さを4等分した際の床上より大体一つ目あた
りを下穴の位置,床上から大体三つ目が上の穴の位置とする,
というものであった。〔乙22,3~4頁〕
キ被告Bは,Eらが,大工道具の墨壺を用いて内貼りシートの一定の高
さに墨で線を入れ,吹き込み穴を塞ぐための帯状のシートで目張りを施
しているのを見た上でこれにつき,Eから,吹き込み完了後の仕上がり
を綺麗に見せるため,一定の高さの一直線上に吹き込み穴を開け,吹き
込み完了後に目張りとして内張りシートと同じ素材の生地を貼り付けて
いるとの説明を受けた。そこで,被告Bは,セルロースファイバー吹き
込み工法の施工精度を高めるためには,吹き込み穴を開ける位置や1回
で吹き込む分量を床からの高さによって規律し,吹き込み穴を塞ぐなど
の作業手順を標準化することこそが重要であると思いついたと述べてい
る。〔乙24,5頁〕
ク被告Bは,平成7年10月,原告をB工務店に採用し,ハウスボディ事
業課を事業部に昇格させ,その事業部長に起用した。被告Bは,平成8
年9月,B工務店ハウスボディ事業部のうち事業部長である原告と断熱
施工班のみを被告会社に移管した。
ケ被告会社は,平成9年3月14日,財団法人建材試験センターに沈降化
実験を依頼し,同年5月15日付けで,セルロースファイバーの平均密
度60kg/m3
で,沈降が認められないとの結果を得たとする試験成績
書の交付を受けた。〔乙7〕。
コ被告会社は,セルロースファイバー吹き込み工法について,財団法人住
宅・建築省エネルギー機構の定める「省エネルギー建築技術評定要
領」に基づく評定である新省エネ基準の認定等各種認定を取得すること
を目指す方針を掲げ,同機構にデコスドライ工法に係る評定審査を申請
したところ,同財団法人の材料・施工評価委員会は,同財団法人に対し,
平成9年11月1日,セルロースファイバーを平均密度50~60kg
/m3
で充填するデコスドライ工法が新省エネ基準に適合する旨の報告を
行った。その評定項目の「ハ施工方法,(2)結露防止等」の「性能等」
には,「外壁等にはエアーシートを施工し,一般的には透湿防水の役割
を持たせ,室内側は,通気性のある内張りシートの更に室内側に防露の
ための防湿シートを施工している。また取り付けのためのステープルは
十分な間隔で行われ,防露対策として問題はない。」との記載があり,
吹き込み作業を含む施工作業に関する事項について,「施工マニュア
ル」が作成されていることが記載されている。〔乙8の1〕
その結果,被告会社のデコスドライ工法は,同年12月1日付けで,
「省エネ機・評定第351号」(天井)及び「省エネ機・評定第352
号」(壁・床)として,それぞれ評定を得た。〔乙8の2〔天井〕,3
〔壁・床〕〕
サ被告会社は,後記(2)のとおり,平成11年1月25日,本件特許発明
の出願をした。
シ被告会社が,平成11年1月27日付けで,越智産業との間で締結した
取引基本契約には,以下の記載がある。〔「デコスドライ工法販売取引
基本契約書」,乙30〕
「第2条(用語の定義)
この契約における用語の定義は次の通りとする。
1.『デコスドライ工法』とは,乙(判決注;被告会社)の申請に基
づき,財団法人住宅・建築省エネルギー機構が同機構の定める省
エネルギー建築技術評定要領(昭和62年5月2日制定)により,
省エネルギー認定工法評定第351号『デコスドライ工法(天
井)』同352号『デコスドライ工法(壁・床)』として認定し
た,セルロースファイバー乾式吹き込み断熱・防露調湿・防音材
施工工法を言う。」
スその後,被告会社は,平成12年9月11日にも,省エネ機構の定める
「省エネルギー建築技術評定要領」に基づく評定である省エネ基準に関
する評定を得た。〔甲37〕
セ平成19年7月13日に被告会社が本件特許発明について特許登録を受
けると,自社のホームページにおいて,「デコスドライ工法で特許取
得」として紹介した。〔甲11〕
ソ原告は,平成21年5月15日,被告会社の取締役を退任し,平成2
2年8月頃,地産エコ断熱協会を設立し,独自にセルロースファイバー
断熱材の施工工事を行うようになった。〔乙24〕
タ被告会社が,平成23年10月1日付けで,訴外株式会社沼田アルミ
との間で締結した取引基本契約には,以下の記載がある。〔「デコスド
ライ工法施工代理店基本契約書」,乙31〕
「第3条(契約商品及びデコスドライ工法)
・・・
2.デコスドライ工法とは,以下の特許権及び認定乃至は評定により
認められた権利の実施権を含んだセルロースファイバー乾式吹き
込み断熱・防露・防音工法をいう。
1)建物の断熱・防音工法に関する特許第3982935号
2)住宅の品質確保の促進などに関する法律第58条第1項の規定
に基づき,日本住宅性能表示基準に従って表示すべき性能に
関し,評価方法基準に従った方法に代わるものであることを
認定した特別評価方法認定826『結露の発生を防止する対
策に関する基準に代わる構造方法に応じて評価する方法』
3)財団法人建築環境・省エネルギー機構が認定した次世代省エ
ネ基準評定第(2)511-1号『デコスドライ工法(天井
・壁・床・屋根)』」
(2)本件特許の出願経過等
ア原告及び被告Bは,本件特許発明の出願に関し,平成11年1月9日,
本件特許申請の代理人となるG弁理士と面会した。原告と被告Bは,G弁
理士に本件特許発明の概要を説明した後,出願人を被告会社とすることと
したが,G弁理士から発明者を誰とするかを問われた際,原告と被告Bで
はあるが,その場では即答せず,後に連絡することとした。〔乙2,3,
12〕
イ被告Bは,被告代表者として,同年1月11日,G弁理士を本件特許発
明の出願代理人とすべく,委任状を作成した。〔乙4〕
ウ同月22日頃,原告は,G弁理士に対し,電話で,本件特許発明の出願
に係る特許願に記載する発明者を,被告Bのみとするよう,指示した。
〔乙3,12〕
エ同月25日,被告会社は,G弁理士を通じ,本件特許発明の出願をし
〔乙14〕,平成12年8月2日には,出願公開がされた。〔甲12〕
オ被告会社は,その後審査請求を行わないでいたが,審査請求期間の満了
が近くなってきたことから,平成17年2月7日に審査請求を行ったとこ
ろ,平成19年1月15日に拒絶理由通知(甲29)を受けた。
カG弁理士は,同月25日付けで被告会社に対し,後記2(4)ア記載のと
おりの書面を送付し,これに対する被告会社側の対応につき,原告と相談
した。その結果,被告会社は,G弁理士を通じ,平成19年3月12日に
意見書(甲33,乙16の2)を提出するとともに,本件補正を行った。
なお,被告Bは,本件補正に係る手続きには関与していない。〔原告尋問
調書12頁〕
キ被告会社は,平成19年5月29日に特許査定を得て,平成19年7月
13日に特許登録がされた。〔乙17,18〕
ク原告は,本件訴訟提起までの間に,被告Bが発明者とされたことについ
て,異議ないし苦情等を述べたことはない。〔乙24,被告B尋問調書6
~7頁〕
2本件特許発明の技術的意義
(1)当初明細書の記載内容
当初明細書には,以下の記載がある。〔乙14〕
「【請求項1】建物の外壁又は床の内部に木質繊維を施工することにより
外壁又は床の断熱・防音性能を向上させるための建物の断熱・防音工法
であって,
外壁又は床の内部に通気性のシート又は板により両側から挟まれた空間
を形成し,この空間内に,1立方メートル当たり約50~60kgの吹
き込み密度になるように,接着剤を含まない乾燥した木質繊維を充填さ
せる,ことを特徴とする建物の断熱・防音工法。
【請求項2】建物の外壁内に木質繊維を施工することにより外壁の断熱
・防音性能を向上させるための建物の断熱・防音工法であって,
外壁内に,柱又は間柱を介して互いに対向する透湿防水性エアシートと
通気性内張りシートとを備えると共に,前記のエアシートと内張りシー
トとに挟まれた空間内に1立方メートル当たり約50~60kgの吹き
込み密度で充填するために必要な量の接着剤を含まない乾燥した木質繊
維を用意し,
前記量の木質繊維を,前記内張りシートに形成された穴から前記空間内
に,送風により吹き込むことにより,前記空間内に1立方メートル当た
り約50~60kgの吹き込み密度で木質繊維を充填させる,ことを特
徴とする建物の断熱・防音工法。
【請求項3】請求項2において,前記内張りシートの穴から木質繊維を
吹き込む工程は,まず,内張りシートの中央より下方に形成された第1
の穴から下方に向かって前記の予め用意した木質繊維の全量の中の約3
分の1の量を吹き込み,次に,前記内張りシートの中央より上方に形成
された第2の穴から下方に向かって前記の木質繊維の全量の中の約3分
の1の量を吹き込み,その後,前記第2の穴から上方に向かって前記の
木質繊維の残りの量を吹き込む,ことを特徴とする建物の断熱・防音工
法。
【請求項4】建物の外壁内に木質繊維を施工することにより外壁の断熱
・防音性能を向上させるための建物の断熱・防音工法であって,
外壁内に,柱又は間柱を介して互いに対向する透湿防水性エアシートと
通気性内張りシートとを備えると共に,前記のエアシートと内張りシー
トとに挟まれた空間内に木質繊維を1立方メートル当たり約50~60
kgの吹き込み密度までモーターにより吹き込み充填したときにその回
転が抵抗で止まってしまうような回転力を有するモーターを予め用意し
ておき,
前記モーターによる送風を利用して,前記木質繊維を,前記内張りシー
トの穴から前記空間内に吹き込むようにし,
前記空間内への木質繊維の吹き込み密度が1立方メートル当たり約50
~60kgの吹き込み密度に達して前記モーターの回転が止まってしま
ったとき,前記木質繊維の吹き込みを停止するようにした,ことを特徴
とする建物の断熱・防音工法。」
(2)拒絶理由通知の備考欄の記載内容
平成19年1月15日付け拒絶理由通知書に記載された拒絶理由は前記第
2,1(4)記載のとおりであるが,備考として,以下の記載がある。〔甲2
9〕
「引用文献1には,グラスウールやセルロースファイバーなどの繊維状断
熱材をバインダーを介さずに,充填密度を45kg/m3
以上で充填する
建物の断熱・防音工法が記載されている(図1を参照)。また,段落
【0009】には,断熱壁は仕切1(本願の請求項2の間柱に相当)を
パネル2で挟んで形成される空間に断熱材を充填する構成が記載されて
いる。
引用文献2には,断熱防音基材1を挟む透湿性,防水性,防風性を有す
るシートの構成が記載されている(第2図を参照)。
充填密度を45kg/m3
以上との数値範囲を,約50~60kg/m

と限定することに,進歩性は認められない。また,50,60の各数値
における臨界的意義の際だった効果も認められない。」
(3)引用文献1ないし3の記載内容
引用文献1ないし3には,それぞれ,以下の記載がある(下線は判決で付
記)。〔甲30,69,70〕
ア引用文献1
・発明の名称:断熱壁及び断熱材吹き込み工法
・公開日:平成9年2月4日
・特許請求の範囲の記載
「【請求項1】内部に繊維状断熱材をバインダーを介さずに充填してな
る断熱壁において,前記繊維状断熱材の平均繊維径は5.7μm以
下で,充填密度は45kg/m3
以上であることを特徴とする断熱壁。
【請求項2】内部に繊維状断熱材をバインダーを介さずに充填してな
る断熱壁において,前記繊維状断熱材の平均繊維径は4.0μm以
下で,充填密度は35kg/m3
以上であることを特徴とする断熱壁。
【請求項3】壁体内の空間に,平均繊維径が5.7μm以下の繊維状
断熱材を見かけ密度を18.0kg/m3
以上としてバインダーを
介さずに圧縮空気とともに吹き込むようにしたことを特徴とする断
熱材吹き込み工法。
【請求項4】壁体内の空間に,平均繊維径が4.0μm以下の繊維状
断熱材を見かけ密度を7.0kg/m3
以上としてバインダーを介さ
ずに圧縮空気とともに吹き込むようにしたことを特徴とする断熱材
吹き込み工法。」
・発明の詳細な説明の記載
「【0002】
【従来の技術】従来から,グラスウール,ロックウール,セルロースフ
ァイバーなどの繊維状断熱材を壁体内に充填した断熱壁が広く用い
られている。
【0003】上述した断熱壁にあっては,経時的に壁体に作用する振動
によって壁体内に充填した断熱材の沈み込みが発生する。このよう
な断熱材の沈み込みを防止する工法として,米国特許第4,487,
365号公報或いは米国特許第4,530,468号公報に開示さ
れる工法が知られている。この工法は,施工現場に設置した吹き込
み機の中に断熱材を投入して解砕し,これをホースを介して壁体内
にブロワーにて吹き込む際に,ホース先端に設けたノズルからバイ
ンダー(接着剤)を供給し,バインダーとともに繊維状断熱材を壁
体内の空間に吹き込むようにしている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】上述した工法によれば,バインダーに
て繊維状断熱材同士が結合するので,断熱材の沈み込みは生じない
が,バインダーの乾燥に夏期であれば1日,冬期であれば2日必要
となり,更にバインダーを噴出するノズル内にバインダーが少しづ
つ残留し,これに繊維状断熱材が付着し,ノズルの詰りが発生する。
【0005】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するため,本発明に係る
断熱壁は内部に繊維状断熱材をバインダーを介さずに充填し,しか
も繊維状断熱材の平均繊維径が5.7μm以下の場合には充填密度
が45kg/m3
以上となるようにし,平均繊維径が4.0μm以下
の場合には充填密度が35kg/m3
以上となるようにした。
【0006】また,上記断熱壁を製造するための断熱材吹き込み工法は,
平均繊維径が5.7μm以下の繊維状断熱材を壁体内の空間に吹き
込む場合には,ブローイング時の見かけ密度を18.0kg/m3
以上とし,平均繊維径が4.0μm以下の繊維状断熱材を壁体内の
空間に吹き込む場合には,ブローイング時の見かけ密度を7.0k
g/m3
以上とした。
【0007】
〔発明の詳細な説明〕
【作用】壁体内に充填する繊維状断熱材の平均繊維径を小さくすること
により,同じ吹き込み密度で吹き込んだ場合でも平均繊維径の大き
なものより,繊維同士の絡み合いの度合いが強くなり,振動に対し
ての抵抗力が大きくなる。」
「【0009】断熱壁は仕切1…(判決注;ママ)をパネル2…(判決
注;ママ)で挟み込んで形成される空間に断熱材としてのグラスウ
ール3を充填している。上記空間にグラスウール3を充填するには,
図2に示すように,一方のパネルを外し,その部分をネット5で覆
い,このネット5に穴をあけ,この穴を介して吹き込み機から伸び
るホース4の先端を充填空間に臨ませ,圧縮空気によってグラスウ
ール3を空間内に吹き込む。この後,外しておいたパネルを取り付
ける。」
「【0011】ここで,建造物に経時的に与えられる振動は交通振動が
主たるものであり,幹線道路のような厳しい環境を基準にした振動
レベル80%上限値は50dB前後であるが,実験ではピーク値6
3dBに更に家屋による振動増幅量として5dBを加えて68dB
とした。また,幹線道路での振動の原因となる大型車の通交量は6
7台/10分とした。この場合,大型車1台当りの暴露時間を2秒
とすると,1日当りの暴露時間は5.4時間となる。即ち,68d
Bを5.4時間連続で加振した場合が1日の振動量となり,加振の
理論によれば,78dBを5.4時間連続で加振することで10日
分,88dBを5.4時間連続で加振することで100日分の振動
量に相当し,このようにして15年分の振動量に相当する振動量を
短時間のうちに断熱壁に与え,断熱材の沈み込みを調べた。実験結
果を以下の(表1)に示す。」
「【0015】
【発明の効果】以上に説明したように,本発明にあってはバインダーを
用いずに繊維状断熱材を充填しているため,バインダー乾燥のため
の養生期間が不要となり,断熱材を噴出するホースの先端にバイン
ダーが残ることもなく,したがってホース先端において断熱材がバ
インダーに付着して詰りを生じることもない。
【0016】また,繊維状断熱材の繊維径が5.7μm以下の場合には
充填密度を45kg/m3
以上とし,繊維状断熱材の繊維径が4.0
μm以下の場合には充填密度を35kg/m3
以上としたので,経時
的な断熱材の沈み込みを防止できる。更に,繊維径が5.7μm以
下の繊維状断熱材を壁体内に吹き込む場合には,見かけ密度を18.
0kg/m3
以上とし,繊維径が4,.0(判決注;ママ)μm以下
の繊維状断熱材を壁体内に吹き込む場合には,見かけ密度を7.0
kg/m3
以上とすることで,それぞれ充填密度が45kg/m3

上,または35kg/m3
以上の断熱壁を得ることができる。」
・図面の簡単な説明の記載
「【図1】本発明に係る断熱壁の一部を切欠して示した正面図」
・図1の記載
イ引用文献2
・考案の名称:断熱防音材
・公開日:平成2年11月7日
・実用新案登録請求の範囲の記載
「1.断熱防音基材の表面に透湿性,防水性及び防風性を有するシート
を被覆形成してなる断熱防音材。」
・考案の詳細な説明の記載
「透湿性シート,不織布,織布に使用の熱可塑性樹脂は,ポリエチレン,
ポリプロピレン,ポリ塩化ビニル,ポリスチレン又は,ポリエステル
等である。透湿性シートとする為に熱可塑性樹脂に添加する充填剤と
しては,炭酸カルシウム,タルク,シリカ,珪藻土,硫酸バリウム,
酸化チタン等の無桟質のもの,籾穀粉,デンプン,木粉,パルプ粉等
の有機質のもの或は前記無機質と有機質の充填剤を混合したものが用
いられる。透湿性シート,不織布,織布及びこれらを組合せたものの
透湿度としては1000g/m2
・24h(JISZ0208の試
験方法)以上の透湿性能を有することが好ましい。
もし透湿度が1000g/m2
・24h未満であれば室内の水蒸気を
含んだ空気が壁を通って屋外へ流出する時透湿性の悪さにより壁体内
に水蒸気を含んだ空気が滞留して壁体内結露が発生する場合がある。
断熱防音基材1と透湿性,防水性及び防風性を有するシート2を被覆
形性する方法としては防水シートの透湿性をそこなわないように部分
的な接着又はステイプラーによるものが好適である。又,前記断熱防
音基材への透湿性,防水性及び防風性を有するシートの被覆形性は第
1図乃至第3図に示す如く,断熱防音基材の表面及び側面,両表面又
は一方の表面に行うことができる。」(明細書3頁11行~4頁16
行)
・図面の簡単な説明の記載
「2は透湿性,防水性及び防風性を有するシートである。」(明細書5
頁17行~18行)
・図2の記載
ウ引用文献3
・考案の名称:セルローズファイバーによるコンクリート結露防止工法
・公開日:昭和63年4月6日
・実用新案登録請求の範囲の記載
「1コンクリート体(1)にスクリューパッキン(3)を取り付け,同時
に間隔各に仕切り板(6)を接着,石膏ボード(2)を釘又はネジ(4)によ
り,スクリューパッキンに取り付け,石膏ボードに所定間隔の吹き
込み穴(7)をあけ,セルローズファイバーを吹き込み充てんする。セ
ルローズファイバーによるコンクリート結露防止工法。」
・考案の詳細な説明の記載
「従来の工法の以上のような問題点を解決するために,この考案では,
1結露防止材にセルローズファイバー(5)防燃性(十条製紙製造)
を用いる。
2GLボンド(8)に換えて,コンクリートと石膏ボードの接合にス
クリューパッキン(3)実用新案登録出願中を使用。
3仕切り板(押し出し発泡材で作る一辺が20ミリ×20ミリ位の
棒状)により,セルローズファイバーの吹込圧力を均等にする。
4熟練の要する部分がないので比較的に,経験の浅い人でも施工す
ることができる。
5以上の工法により安価に出来る。
(実施例)
この考案の実施例を説明する。
設計に基ず(判決注;ママ)いた割付図によりコンクリート体(1)
に墨出しをする。墨出しに従いスクリューパッキン(3)をボンド又
は,コンクリート釘にて取り付けする,同時に仕切り板(6)をボン
ドにて貼り付けする,石膏ボード(2)を釘又はネジ(4)にてスクリュ
ーパッキン(3)に取り付けする。石膏ボード(2)に等間隔の吹き込み
穴(7)をあける,最後にセルローズファイバー(5)を吹き込みすれば
完成する。」(明細書5頁11行~6頁13行)
・図面の簡単な説明の記載
「第1図は,本考案の断面図,第2図は,本考案の概略のレイアウト,
…」(明細書7頁6行~7行)
・第1図
・第2図
(4)本件補正に至る経緯
アG弁理士は,上記拒絶理由通知を受領し,被告会社に対し,平成19年
(2007年)1月25日付け「貴社特許出願『建物の断熱・防音工法』
(特願平11-15831弊所FileNo.P285DCS)に対する拒絶
理由通知』についての弊所コメント:」と題する書面を送付した。その内
容は,以下のとおりである。〔乙15〕
「・・・
(3)上記(2)の検討結果より,本願発明の請求項〔判決注;当初明細書
の請求項,以下同じ。〕1のアイデアは引用文献1にほぼ開示されて
いると思います。また,本願発明の請求項4のアイデアは引用文献4
にほぼ開示されていると思います。
しかしながら,引用文献2は『ロックウールマットなどの断熱防音基
材の両表面を透湿・防水シートで被覆する』というだけですので,請
求項2のアイデア(木質繊維を吹き込む空間を透湿・防水シートや通
気シートで仕切るというアイデア)は十分に開示されていないと思い
ます。
また,引用文献3のアイデアは『セルロースファイバーを吹き込むた
めの穴を上下に2箇所,石膏ボードに設けている』というだけですの
で,請求項3のアイデア(最初に下方に穴を開けて吹き込み,その後
に上方に穴を開けて吹き込むというアイデア)は十分には開示されて
いないと思います。
ただ,請求項2のアイデア(木質繊維を吹き込む空間を透湿・防水シ
ートや通気シートで仕切るというアイデア)は,単独では少し弱いと
思います(外壁の内部に透湿・防水シートや通気シートを配置するこ
とは多いので)。そこで,請求項2のアイデアと請求項3のアイデア
とを組み合わせることにより,進歩性が認められて特許査定を得られ
る可能性があるのではないかと思います(ただ,進歩性が認められず
拒絶査定になる可能性もあると思います。私としては,大体60~7
0%程度は可能性があるのでは,と思います)。
2.今後のご提案
上記1の(3)で述べたような現在の請求項2と請求項3のアイデアを
組み合わせた内容の発明を新たな請求項1とする『補正書』を提出す
ると共に,そのような内容の発明の進歩性を主張する『意見書』を提
出するようにすれば,本願発明について特許が認められる可能性はあ
る(可能性といっても,上記のように,大体60~70%という,少
し微妙なところですが)と私は思います。」
イ被告会社は,平成19年3月12日付けで,上記G弁理士の意見に沿い,
当初明細書の請求項2及び3を組み合わせる形で新たに請求項1とし(そ
の内容は,第2,1(5)記載のとおり。),その余の請求項である当初明細
書の請求項1及び4を実質的に削除する内容を含む本件補正を行った。
〔乙16の1〕
すなわち,本件補正の内容は,特許請求の範囲について,当初明細書の請
求項1ないし4に関する補正を行うほか,発明の詳細な説明の記載につい
ては,当初明細書の段落【0005】の記載を変更し,同【0006】な
いし同【0008】を削除するというものである。
なお,本件補正により変更,削除される前の,当初明細書の段落【000
5】ないし【0008】の記載は,以下のとおりであり,本件明細書の内容
は,以下の当初明細書の段落【0005】ないし【0008】の記載を除き,
当初明細書の記載と同一である(下線は判決で付記)。
「【0005】
【課題を解決するための手段】
以上のような課題を解決するための本発明による建物の断熱・防音
工法は,建物の外壁又は床の内部に木質繊維を施工することにより外
壁又は床の断熱・防音性能を向上させるための建物の断熱・防音工法
であって,外壁又は床の内部に通気性のシート又は板により両側から
挟まれた空間を形成し,この空間内に1立方メートル当たり約50~
60kgの吹き込み密度になるように,接着剤を含まない乾燥した木
質繊維を充填させるようにした,ことを特徴とするものである。なお,
本明細書において,『(接着剤を含まない)乾燥した木質繊維』とは,
『従来の接着剤が混合されて湿った木質繊維のように施工後に所定の
乾燥時間を置く必要がない,吹き込み施工後にそのまま直ちに次の工
程に移れるような程度・状態に乾燥している木質繊維』という意味合
いである。
【0006】また,本発明による建物の断熱・防音工法においては,建
物の外壁内に木質繊維を施工することにより外壁の断熱・防音性能を
向上させるための建物の断熱・防音工法であって,外壁内に,柱又は
間柱を介して互いに対向する透湿防水性エアシートと通気性内張りシ
ートとを備えると共に,前記のエアシートと内張りシートとに挟まれ
た空間内に1立方メートル当たり約50~60kgの吹き込み密度で
充填するために必要な量の接着剤を含まない乾燥した木質繊維を用意
し,前記量の木質繊維を,前記内張りシートに形成された穴から前記
空間内に,送風により吹き込むことにより,前記空間内に1立方メー
トル当たり約50~60kgの吹き込み密度で木質繊維を充填させる
ものである。
【0007】また,本発明による建物の断熱・防音工法において,前記
内張りシートの穴から木質繊維を吹き込む工程は,まず,内張りシー
トの中央より下方に形成された第1の穴から下方に向かって前記の予
め用意した木質繊維の全量の中の約3分の1の量を吹き込み,次に,
前記内張りシートの中央より上方に形成された第2の穴から下方に向
かって前記の木質繊維の全量の中の約3分の1の量を吹き込み,その
後,前記第2の穴から上方に向かって前記の木質繊維の残りの量(全
量の中の約3分の1)を吹き込むものであることが望ましい。
【0008】さらに,本発明による建物の断熱・防音工法は,建物の外
壁内に木質繊維を施工することにより外壁の断熱・防音性能を向上さ
せるための建物の断熱・防音工法であって,外壁内に,柱又は間柱を
介して互いに対向する透湿防水性エアシートと通気性内張りシートと
を備えると共に,前記のエアシートと内張りシートとに挟まれた空間
内に木質繊維を1立方メートル当たり約50~60kgの吹き込み密
度に達するまでモーターにより吹き込み充填したときにモーターの回
転が抵抗で止まってしまう(空間内への空気の送り込みの抵抗が大き
くなりモーターの回転力を越えてしまう)ような回転力(トルク)を
有するモーターを予め用意しておき,前記モーターによる送風を利用
して,前記木質繊維を,前記内張りシートの穴から前記空間内に吹き
込むようにし,前記空間内への木質繊維の吹き込み密度が1立方メー
トル当たり約50~60kgの吹き込み密度に達して前記モーターの
回転が止まってしまったとき,前記木質繊維の吹き込みを停止するよ
うにしたものである,ことが望ましい。」
ウまた,被告会社は,平成19年3月12日付けで,上記G弁理士の意見
に沿う内容の意見書を提出したが,同意見書の内容のうち,「第3本
願発明の進歩性について(その1)」及び「第4本願発明の進歩性に
ついて(その2)」には,以下の記載がある(下線は原文に付記)。
〔乙16の2〕
・「第3本願発明の進歩性について(その1)」
「1.本願発明では,(a)外壁内に,柱又は間柱を介して,外壁側に透
湿性及び防水性を有するエアシートを配置すると共に,内壁側に通気
性素材により形成された内張りシートを配置することにより,前記柱
又は間柱,前記エアシート,及び前記内張りシートにより仕切られた
空間を形成する外壁内空間形成工程と,(B)前記外壁内空間形成工
程と同時に又は相前後して,前記内張りシートの面積と前記柱又は間
柱の厚さとから規定される前記空間の容積に基づいて,接着剤を含ま
ない乾燥した木質繊維を前記空間内に1立方メートル当たり約50~
60kgの吹き込み密度で充填するために必要な前記木質繊維の量を
算出する木質繊維量算出工程と,(c)前記外壁内空間形成工程と同
時に又は相前後して,前記木質繊維量算出工程の後に,前記木質繊維
量算出工程で算出された量の,接着剤を含まない乾燥した木質繊維を,
前記空間内に吹き込むための専用の施工機にセットする木質繊維セッ
ト工程と,をその特徴的構成として採用している。・・・
4.以上のように,本願発明では,上記(a)(B)及び(c)の構成
により,上記のような『充填作業前にパネル2を取り外してネット5
を配置して,充填作業後にネット5を取り外してパネル2を設置す
る』という極めて煩雑な作業を不要にできるという顕著な効果が得ら
れるのであり,このような効果は,引用文献1,2からは全く予想で
きないものである。」
・「第4本願発明の進歩性について(その2)」
「1.本願発明では,(d)前記内張りシートの中央より下方の位置であ
って床上から50cmの位置に,前記施工機の吹き込み用ホースを挿
入するための第1の吹き込み穴を形成する第1の吹き込み穴形成工程
と,(e)前記第1の吹き込み穴から,前記空間内の下方に向けて,
前記木質繊維の全量の約3分の1の量だけ吹き込む第1吹込み工程と,
(f)前記内張りシートの中央より上方の位置であって床上から15
0cmの位置に,前記施工機の吹き込み用ホースを挿入するための第
2の吹き込み穴を形成する第2の吹き込み穴形成工程と,(g)前記
第2の吹き込み穴から,前記空間内の下方に向けて,前記木質繊維の
全量の約3分の1の量だけ吹き込む第2吹込み工程と,(h)前記第
2の吹き込み穴から,前記空間内の上方に向けて,前記木質繊維の全
量の約3分の1の量だけ吹き込む第3吹込み工程と,をその特徴的構
成として採用している。
2.上記のような(d)(e)(f)(g)及び(h)の構成は,本件
拒絶理由通知で引用された各引用文献には全く開示も示唆もない。
・・・
5.以上のように,本願発明の上記(d)(e)(f)(g)及び
(h)の構成,及び,この構成による上記のような木質繊維を吹き込
むとき,吹き込むための風圧により,吹き込んだ木質繊維の一部が,
『他の穴』から作業者の側(部屋の内部)に『逆流』して噴出してし
まい,それが作業者による作業の支障になってしまったり,部屋の内
部を汚したり,木質繊維の充填状態の品質を損なってしまうなどの不
都合を防止することができるという顕著な効果は,引用文献1,2,
3などからは全く予想することができない。」
(5)本件特許発明の記載内容
本件明細書には,以下の記載がある(下線は判決で付記)。
「【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は,住宅などの建物の外壁や床の断熱・防音工法に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来より,新聞紙などの古紙を粉砕して難燃・防燃処理(例えばホウ素
系薬品を混入)及び撥水処理したセルロースファイバー(天然木質繊
維)に接着剤を混入したもの(接着剤の混入により湿った状態になって
いるもの)を,断熱材・吸音材として使用することが行われている。こ
の場合,前記の接着剤を混入したセルロースファイバーを壁や床に接着
して行くことにより隙間のない連続的な断熱・防音層を形成し,これに
より壁や床の断熱・防音性能を向上させることが期待されている。なお,
前述のように従来のセルロースファイバーを使用した断熱・防音工法が
セルロースファイバーに接着剤を混入させたものを使用しているのは,
特に外壁にセルロースファイバーを施工する場合に,接着剤を混入しな
いままセルロースファイバーを外壁の中に収納すると,時間の経過と共
にセルロースファイバーが自重により沈降してしまうという不都合があ
るためである。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら,前述のような従来の建物の断熱・防音工法においては,
セルロースファイバーに接着剤を混入させて湿らせているため,例えば
外壁にセルロースファイバーを施工した後に前記接着剤が乾燥するまで
の期間は内壁用ボードの内張りなどの施工ができないため,全体の施工
効率が低下してしまうという問題がある。また,前記のセルロースファ
イバーに混入される接着剤から発する化学物質がアレルギー性疾患など
を有する居住者の健康に悪影響を与えると可能性もある。
【0004】
本発明はこのような従来技術の問題点に着目してなされたものであって,
外壁などに木質繊維を施工した後に直ちに内壁用ボードの施工などを可
能にして全体の施工効率を高めることができると共に,アレルギー性疾
患などを有する居住者の健康に悪影響を与えることが無い建物の断熱・
防音工法を提供することを目的とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】
以上のような課題を解決するための本発明による建物の断熱・防音工法
は,建物の外壁内にセルロースファイバーなどの木質繊維を施工するこ
とにより外壁の断熱・防音性能を向上させるための建物の断熱・防音工
法であって,外壁内に,柱又は間柱を介して,外壁側に透湿性及び防水
性を有するエアシートを配置すると共に,内壁側に通気性素材により形
成された内張りシートであって高さが床上から2mの内張りシートを配
置することにより,前記柱又は間柱,前記エアシート,及び前記内張り
シートにより仕切られた空間を形成する外壁内空間形成工程と,前記外
壁内空間形成工程と同時に又は相前後して,前記内張りシートの面積と
前記柱又は間柱の厚さとから規定される前記空間の容積に基づいて,接
着剤を含まない乾燥した木質繊維を前記空間内に1立方メートル当たり
約50~60kgの吹き込み密度で充填するために必要な前記木質繊維
の量を算出する木質繊維量算出工程と,前記外壁内空間形成工程と同時
に又は相前後して,前記木質繊維量算出工程の後に,前記木質繊維量算
出工程で算出された量の,接着剤を含まない乾燥した木質繊維を,前記
空間内に吹き込むための専用の施工機にセットする木質繊維セット工程
と,前記内張りシートの中央より下方の位置であって床上から50cm
の位置に,前記施工機の吹き込み用ホースを挿入するための第1の吹き
込み穴を形成する第1の吹き込み穴形成工程と,前記第1の吹き込み穴
から,前記空間内の下方に向けて,前記木質繊維の全量の約3分の1の
量だけ吹き込む第1吹込み工程と,前記内張りシートの中央より上方の
位置であって床上から150cmの位置に,前記施工機の吹き込み用ホ
ースを挿入するための第2の吹き込み穴を形成する第2の吹き込み穴形
成工程と,前記第2の吹き込み穴から,前記空間内の下方に向けて,前
記木質繊維の全量の約3分の1の量だけ吹き込む第2吹込み工程と,前
記第2の吹き込み穴から,前記空間内の上方に向けて,前記木質繊維の
全量の約3分の1の量だけ吹き込む第3吹込み工程と,を含み,以上に
より,前記空間内に木質繊維を1立方メートル当たり約50~60kg
の吹き込み密度で充填させるようにした,ことを特徴とするものである。
なお,本明細書において,『(接着剤を含まない)乾燥した木質繊維』
とは,『従来の接着剤が混合されて湿った木質繊維のように施工後に所
定の乾燥時間を置く必要がない,吹き込み施工後にそのまま直ちに次の
工程に移れるような程度・状態に乾燥している木質繊維』という意味合
いである。」
「【0010】前記セルロースファイバー7は,新聞紙などの古紙が粉砕さ
れて形成される天然木質繊維であり,難燃・防燃処理(例えばホウ素系
薬品を混入)及び撥水処理されているが,従来のように接着剤は含まれ
ていないため施工前から乾いた状態になっている。また前記セルロース
ファイバーは,解繊された綿状のもので,施工に不適当な塊及び異物が
混入されていないものである。その施工厚さは,吹き込み量により任意
に定めることができる。その熱伝導率は平均して約0.033kcal
/m・h・℃at25℃であり,優れた断熱性能を有している。また,
吸音材としても優れた性能を有している。また,その平均吸湿性は13.
3%(40~80%RHにおける水分は5~15%)である。さらに,
天然木質繊維のセルロースファイバーは,周囲の状況に応じて水分を吸
ったり吐いたりするので,この吸放湿性が適度な湿度をもたらし結露を
防ぐ作用を有している。」
「【0013】次に,前記のエアシート5と内張りシート6と各間柱2とで
仕切られたある空間について,その空間を仕切っている内張りシート5
の中央より下方の位置(例えば,内張りシート5の縦方向の長さすなわ
ち高さが床上2mのときは,その中央の床上1mの高さより下方の床上
50cmの位置)に吹き込み用ホースを挿入するための吹き込み穴を形
成する(ステップS4。図3の穴6aを参照)。そして,この穴6aに
専用のブローイング施工機のホースを差し込んで,そのホースを下方に
向けて,モーター駆動による送風により,セルロースファイバーを,前
記ホースから下方に向けて吹き込んでいく(ステップS5)。そして,
このステップS5では,前記ステップ3で予め用意しておいたセルロー
スファイバーの全体量の約3分の1まで吹き込んだとき,吹き込みを停
止する。
【0014】次に,前記のエアシート5と内張りシート6と各間柱2とで仕
切られた前記の空間について,その空間を仕切っている内張りシート5
の中央より上方の位置(例えば,内張りシート5の縦方向の長さすなわ
ち高さが床上2mのときは,その中央の床上1mの高さより上方の床上
150cmの位置)に吹き込み用ホースを挿入するための吹き込み穴を
形成する(ステップS6。図3の穴6Bを参照)。そして,この穴6B
に施工機のホースを差し込んで,そのホースを下方に向けて,モーター
駆動による送風により,セルロースファイバーを,前記ホースから下方
に向けて吹き込んでいく(ステップS7)。前記穴6Bから下方に向け
てセルロースファイバーを吹き込む量が前記ステップS3で予め用意し
ておいた全体量の約3分の1程度となったとき,吹き込みを停止する。
次に,前記穴6Bにホースを差し込んだまま,ホースの先端を上方に向
けて,残りのセルロースファイバーの全量(前記の全体量の約3分の1
の量)のセルロースファイバーを吹き込む(ステップS8)。
【0015】本実施形態1では,以上のように,セルロースファイバーの吹
き込みを,図3の下方の穴6aから下方へ向けての全体の約3分の1の
量の吹き込みと,図3の上方の穴6Bから下方へ向けての全体の約3分
の1の量の吹き込みと,前記穴6Bからの上方へ向けての残りの量(全
体の約3分の1の量)の吹き込みとの3つの段階に分けて行うようにし
ているので,前記外壁内の前記空間の全体に,セルロースファイバーが
均等な密度になるように吹き込むことができる。」
(6)上記(1)ないし(5)の事実によれば,本件特許発明の技術的意義について,
以下のとおり認められる。
ア前記(1)のとおり,当初明細書の請求項1には,「外壁又は床の内部に通
気性のシート又は板により両側から挟まれた空間を形成し,この空間内
に,1立方メートル当たり約50~60kgの吹き込み密度になるよう
に,接着剤を含まない乾燥した木質繊維を充填させる,ことを特徴とす
る」と記載されており,また,上記(4)イのとおり,出願当初明細書に記
載され,本件補正により削除された発明の詳細な説明の段落【000
5】の下線部にも,上記の内容が課題解決の特徴的部分であると記載さ
れていることも考慮すると,出願当初明細書の段階においては,「外壁
又は床の内部に通気性のシート又は板により両側から挟まれた空間を形
成」すること,及び,「1立方メートル当たり約50~60kgの吹き
込み密度になるように,接着剤を含まない乾燥した木質繊維を充填させ
ること」が,当初明細書の請求項1に係る発明の特徴的部分として捉え
られていたものと認められる。
また,当初明細書の請求項2は,外壁内に透湿防水性エアシートと通
気性内張りシートとを備え,これに挟まれた空間内に当初明細書の請求
項1の吹き込み密度で木質繊維を充填させることを,さらに,当初明細
書の請求項3は,木質繊維を吹き込む工程について,内張りシートの中
央より下方に形成された第1の穴から下方に向かって予め用意した木質
繊維の全量のうちの約3分の1の量を吹き込み,次に,内張りシートの
中央より上方に形成された第2の穴から下方に向かって木質繊維の全量
のうちの約3分の1の量を吹き込み,その後,第2の穴から上方に向か
って木質繊維の残りの量を吹き込むことをそれぞれ特徴とするものであ
ったことが,それぞれの請求項の記載内容から認められる。なお,当初
明細書の請求項4は,木質繊維をモーターにより吹き込み充填すること
を特徴とするものであったところ,本件補正により実質的には削除され
ている。
イそして,前記(3)アによれば,拒絶理由通知に示された引用文献1には,
「セルロースファイバーを含む繊維状断熱材をバインダーを介さずに充
填密度が45kg/m3
以上となるように壁体内の空間に充填する」構成
が開示されていることから(上記(3)ア下線部分),上記(2)の拒絶理由
通知記載のとおり,充填密度45kg/m3
以上との数値範囲を当初明細
書の請求項1の約50~60kg/m3
と限定することについては格別の
臨界的意義も認められないというべきであるところ,本件補正と同時に
提出された平成19年3月12日付け意見書(乙16の2)においても,
上記約50~60kg/m3
との数値範囲とすることについての格別の記
載も,拒絶理由通知に対する反論もない。
そうすると,本件特許発明において,「接着剤を含まない乾燥した木質
繊維を前記空間内に1立方メートル当たり約50~60kgの吹き込み
密度で充填する」構成は,公知技術であり,本件特許発明の特徴的部分
とはいえないと認めるのが相当である。
ウ一方,前記(3)イによれば,引用文献2には,断熱防音基材の表面に透
湿性,防水性及び防風性を有するシートを被覆形成してなる断熱防音材
が記載されているところ(上記(3)イ下線部分参照),このうち断熱防音
基材は,木質繊維を所定の密度で充填するための空間とは異なるから,
引用文献2には,透湿性,防水性,防風性を有するシートによって,木
質繊維を充填する空間を形成する構成について記載されているとはいえ
ない。
また,上記(3)ウによれば,引用文献3は,「セルローズファイバーに
よるコンクリート結露防止工法」に関する考案であって,コンクリート
体にスクリューパッキンを介して石膏ボードを取り付け,コンクリー
ト体と石膏ボードの間の空間に,石膏ボードに所定間隔の吹き込み穴
を開けて,セルローズファイバーを吹き込み充填する構成が記載されて
いるところ(上記(3)ウ下線部分参照),引用文献3の第2図の記載によ
っても,同図には上下2箇所に吹き込み穴(7)が開けられているものの,
吹き込まれる「セルローズファイバー」の分量についての記載はなく,
吹き込み穴(7)から3段階で吹き込むことに関連する記載はない。
エそして,被告会社は,審査官からの拒絶理由通知に対して本件補正を行
っているところ,その内容は,前記(4)アのG弁理士の平成19年(20
07年)1月25日付け「貴社特許出願『建物の断熱・防音工法』(特
願平11-15831弊所FileNo.P285DCS)に対する拒絶理
由通知』についての弊所コメント:」と題する書面及び前記(4)ウの平成
19年3月12日付け意見書に記載されている内容のとおり,当初明細
書の請求項2における木質繊維を吹き込む空間を透湿・防水シートや通
気シートで仕切るという点と,請求項3におけるセルロースファイバー
を最初に下方に穴を開けて吹き込み,その後に上方に穴を開けて,3分
の1ずつ3段階に分けて吹き込むとする点を組み合わせて本件特許発明
の請求項1とするなどの補正を行ったものである。
そして,本件補正を行う根拠として,当初明細書にも記載されていた本
件明細書の段落【0013】,【0014】に関する前記(5)の下線部分
を根拠として,その記載に基づき,本件特許発明における,第1の吹き
込み穴形成工程,第1吹込み工程,第2の吹き込み穴形成工程,第2吹
込み工程及び第3吹込み工程の構成を加えたものである。
オ上記アないしエの経過及び前記(5)のとおりの本件明細書の発明の詳細
な説明の記載によれば,本件特許発明は,「従来の建物の断熱・防音工
法においては,セルロースファイバーに接着剤を混入させて湿らせてい
るため,例えば外壁にセルロースファイバーを施工した後に前記接着剤
が乾燥するまでの期間は内壁用ボードの内張りなどの施工ができないた
め,全体の施工効率が低下してしまう」(段落【0003】)こと,
「セルロースファイバーに混入される接着剤から発する化学物質がアレ
ルギー性疾患などを有する居住者の健康に悪影響を与える」(同じく段
落【0003】)ことの問題点に着目し,「外壁などに木質繊維を施工
した後に直ちに内壁用ボードの施工などを可能にして全体の施工効率を
高めることができると共に,アレルギー性疾患などを有する居住者の健
康に悪影響を与えることが無い建物の断熱・防音工法を提供する」(段
落【0004】)ことを目的とし,そのため,接着剤を含まない乾燥し
た木質繊維(セルロースファイバー)を,それが時間の経過と共に自重
により沈降しない吹き込み密度である,1立方メートル当たり約50~
60kgで充填する点に技術的意義を有するものである(本件特許発明
の特許請求の範囲,請求項1の記載と,段落【0002】の記載との対
比)。ただし,このセルロースファイバーが時間の経過と共に自重によ
り沈降しない吹き込み密度である1立方メートル当たり約50~60k
gで充填する点が本件特許発明の特徴的部分ということはできないこと
については,前記のとおりである。
また,前記(5)記載の本件明細書の発明の詳細の説明の段落【001
0】には,木質繊維が結露を防ぐ作用を有していることが記載されてお
り(下線部分参照),当初明細書の請求項1に記載された「通気性のシ
ート又は板により両側から挟まれた空間を形成」する点,すなわち,本
件特許発明において「外壁内に,柱又は間柱を介して,外壁側に透湿性
及び防水性を有するエアシートを配置すると共に,内壁側に通気性素材
により形成された内張りシート・・・を配置することにより,前記柱又
は間柱,前記エアシート,及び前記内張りシートにより仕切られた空間
を形成」し,室内側に防湿シートを設けないことを内容とする外壁内空
間形成工程にも,技術的意義があると認められる。ただし,このうち室
内側に防湿シートを設けないとする点については,上記1(1)ウ記載のと
おり,平成6年2月25日発行の日本住宅新聞の記事のとおり公知の技
術内容となっているものと認められるから,室内側に防湿シートを設け
ないとする点のみでは,本件特許発明の特徴的部分とはいえないものと
解される。
そして,本件明細書の段落【0013】,【0014】の記載(前記
(5)下線部分)によれば,吹き込み穴の位置につき,「高さが床上2mの
ときは」として内張りシート5の中央より下方の位置として床上50c
mの位置が,また,内張りシート5の中央より上方の位置として床上1
50cmの位置が,それぞれ示されており,これは,3段階に分けて吹
き込むことで,セルロースファイバーが均等な密度になるようにするた
めであるとされている(段落【0015】の前記(5)下線部分の記載)。
そうすると,本件特許発明の特許請求の範囲,請求項1の記載では,外
壁内空間形成工程で床上から2mの内張りシートを配置し,第1の吹き
込み穴形成工程及び第2の吹き込み穴形成工程において,それぞれ床上
から50cm,150cmの位置に吹き込み穴を形成するとされている
ところ,その基となる発想は,セルロースファイバーの吹き込み位置を
2箇所とすること,そしてこれを3段階に分けて吹き込むことにあるも
のと解される。
3争点(1)(原告は本件特許発明の発明者か否か)について
(1)前記1及び2の認定を基に,本件特許発明の特徴的部分がどこか,そして
本件特許発明の特徴的部分を発明したのは誰かについて判断する。
まず,発明者とは,特許請求の範囲に記載された発明について,その具体
的な技術手段を完成させた者,すなわち,ある技術手段を着想し,それを具
体化して完成させるための過程において発明の特徴的部分の完成に創作的に
寄与した者をいうと解すべきところ,この発明の特徴的部分とは,特許請求
の範囲に記載された発明の構成のうち,従来技術には見られない部分,すな
わち,当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分をいうと解するのが相
当である。
上記観点から,本件特許発明の特徴的部分及びその発明者につき検討する。
(2)本件特許発明の特徴的部分について
前記2で検討したとおり,本件特許発明における,「外壁内に,柱又は間
柱を介して,外壁側に透湿性及び防水性を有するエアシートを配置すると共
に,内壁側に通気性素材により形成された内張りシートを配置することによ
り,前記柱又は間柱,前記エアシート,及び前記内張りシートにより仕切ら
れた空間を形成する」構成(外壁内空間形成工程)は,外壁部(外壁仕上げ
材とエアシートとの間)に「住宅の断熱性能と耐久性(結露防止)を保持す
るため通気層を確保」し(本件明細書,図1の説明部分の記載),内壁側に
通気性素材により形成された内張りシートを有することにより木質繊維の吸
放湿性が適度な湿度をもたらし結露を防ぐ作用を有している(本件明細書の
段落【0010】)という作用効果を奏するものであるところ,この構成は,
引用文献1ないし3の何れにも記載されていないものである。そうすると,
上記外壁内空間形成工程は,本件特許発明の特徴的部分の一つであると認め
られる。
また,前記2で検討したとおり,外壁内空間形成工程において床上から
2mの内張りシートを配置した上で,第1の吹き込み穴形成工程及び第2の
吹き込み穴形成工程において,それぞれ床上から50cm,150cmの位
置に吹き込み穴を形成し,3段階で吹き込みを行う点(第1の吹き込み穴形
成工程ないし第3の吹込み工程)についても,セルロースファイバーの吹き
込み位置を2箇所としてこれを3段階に分けて吹き込むとの技術思想の基で,
公知技術に該当するものとは認められない部分であり,結露防止及び施工を
正確かつ容易にするという本件特許発明の課題解決手段を基礎付ける部分で
あるということができるから,この部分も本件特許発明の特徴的部分である
ということができる(以下,この部分を「第2の特徴的部分」という。)。
そうすると,本件特許発明の特徴的部分は,外壁内空間形成工程と,第
1の吹き込み穴形成工程ないし第3の吹込み工程の二つにあると解される。
(3)本件特許発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与した者について
上記を基に,原告が本件特許発明の特徴的部分の発明者であるか否かにつ
き検討する。
まず,外壁内空間形成工程については,前記1で認定したとおり,原告に
おいて,B工務店に入社する以前から協力関係にあった透湿性シートのメー
カーであるセーレンと交渉し,セルロースファイバー断熱工法に用いる通気
性を有する専用の内張りシートである「セルローズ専用内張りシート」を製
造させるなどし,これが本件特許発明においてセルロースファイバーを吹き
込む外壁内空間に配置される内張シートとなっていること,その一方で,被
告BないしB工務店において,外壁内空間形成工程についての積極的な貢献
等が認め難いこと等からすると,後記のとおり,外壁内空間形成工程が公知
技術とはいえないとすることを前提とすれば,原告は,外壁内空間形成行程
の完成に創作的に寄与していることは明らかであるから,少なくとも外壁内
空間形成工程についての発明者の一人であると認められる。
一方,上記第2の特徴的部分は,床上から2mの内張りシートを配置した
上で,第1の吹き込み穴形成工程及び第2の吹き込み穴形成工程において,
それぞれ床上から50cm,150cmの位置に吹き込み穴を形成し,3段
階で吹き込みを行うことを内容とするものである。そして,その技術的思想
の基は,セルロースファイバーの吹き込み位置を2箇所とし,セルロースフ
ァイバーを3分の1ずつ3段階に分けて吹き込むものとする点にあるところ,
原告は,天井の高さが2mの住宅はほとんど存在しないことを前提とした上
で(原告本人尋問調書19頁),2mよりも壁が高い場合には,更に3箇所
目の穴を第2の吹き込み穴から50cm上に開け,この穴を開ける工程をラ
ンダムに繰り返す,としている(原告本人尋問調書19,25頁)。しかし,
このセルロースファイバーの吹き込み穴の形成位置に関する原告の認識は,
本件明細書の記載から把握される技術的思想である,セルロースファイバー
を均等な密度になるようにするために三つの段階に分けて吹き込むものとす
ることと異なることは明らかである。そうすると,本件特許発明の第2の特
徴的部分については,原告が発明者の一人であるとまではいえないというべ
きである。
(4)被告らの主張について
被告らは,外壁内空間形成工程は,この工程の要点を「内壁側に通気性素
材により形成された内張りシート」を張る点にあるとした上で,セーレン製
の内張りシートを購入した工務店等においてこれを張ってセルロースファイ
バー吹き込み工法を実施しているから,本件特許の出願時点で公知技術であ
り,本件特許発明の特徴的部分とはいえない旨主張する。
なるほど,前記のとおり,外壁内空間形成工程のうち,防湿シートを設け
ないとすることに関しては既に公知技術であると認められることや,セーレ
ン製の内張りシートについては,本件特許出願当時,既に一般に施工されて
いたこと,前記1(1)コで認定したとおり,被告会社の申請に基づき,財団
法人住宅・建築省エネルギー機構の材料・施工評価委員会が,同財団法人
に対し,デコスドライ工法が新省エネ基準に適合する旨の報告を行った平成
9年11月1日の時点において,その評定項目の施工方法中に通気性のある
内張りシートに関する記載もあることなどからすると,外壁内空間形成工程
は,本件特許の出願時点において,既に公知ないし公然実施されていた技術
である可能性が完全に払拭されているとはいえないものの,現時点で本件特
許が有効に存することを前提とし,引用文献1ないし3に示された公知技術
と対比した場合には,外壁内空間形成工程が本件特許発明の特徴的部分の一
つであることについては前記認定のとおりである。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
4争点(2)(原告が本件特許発明の発明者であるとした場合,本件特許発明が
職務発明に該当し,これにつき被告会社は,原告から特許を受ける権利を承
継したか)について
(1)前記3で検討したとおり,原告は本件特許発明についての特徴的部分につ
いて,少なくとも発明者の一人であると認められるところ,前記1で認定し
た事実によれば,原告は,自らG弁理士と打ち合わせるなどして,被告会社
による本件特許発明の出願手続きに関与したものであるから,遅くとも,本
件特許発明につき,平成11年1月25日に被告会社を出願人として本件特
許が出願された時点までにおいて,原告は,特許を受ける権利を被告会社に
承継させたものと認められる。
(2)この点に関して原告は,本件特許発明について,特許を受ける権利を被告
会社に承継したのは,特許登録時である平成19年7月13日である旨主張
する。
しかし,上記のとおり,原告は,平成11年1月の出願時点において,自
らが発明者の一人として完成させた発明につき被告会社が特許権者となるこ
とを前提として,自らG弁理士との交渉を行うなどしていることからすれば,
原告は,遅くとも出願時点において,特許を受ける権利を被告会社に承継さ
せる意思を有していたことは明らかであって,このことと特許が登録された
か否かは何ら関係がなく,また,特許が登録されるまで原告が特許を受ける
権利の譲渡を留保したなどの事情も認められないから,特許を受ける権利の
承継が特許登録時であると認めるべき合理的な根拠は何ら存しないというべ
きである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
5争点(5)(原告の職務発明相当対価請求権の時効消滅の成否)について
(1)事案に鑑み,他の争点についての判断に先立ち,原告の職務発明相当対価
請求権の時効消滅の成否につき判断する。
ところで,消滅時効は権利を行使することができる時から進行するところ
(民法166条1項),職務発明対価請求権は従業者等が使用者等に特許を
受ける権利を承継させたときに一定の額として発生し,そのときから対価請
求権を行使することができるものであるから,職務発明についての相当対価
請求権の消滅時効については,勤務規則等に対価の支払時期が定められてお
り,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるなどの
対価請求権の行使を妨げる特段の事情がない限り,特許を受ける権利の承継
時から進行すると解するのが相当である。
これを本件において検討するに,前記4のとおり,原告は本件特許発明の
発明者の一人であると認められるものの,その特許を受ける権利については,
平成11年1月25日までに被告会社に承継されているものであるところ,
原告による職務発明の対価請求権の行使がなされたのは,早くとも,平成2
4年5月10日付け原告第3準備書面が,同日被告会社へ交付された時点で
あると認めるのが相当であり,仮に原告が主張するように,実質的に本件訴
え提起の時点で対価請求権の行使の意思が明らかにされていたとの前提に立
ち,これを訴え提起の時点(平成23年7月15日)を基準とするものとし
ても,上記承継の時点(平成11年1月25日)からは,既に10年が経過
していることが認められる。
そして,被告会社においては,従業員の職務発明についての特許を受ける
権利の承継及び対価算定等を定める職務発明規定等が存しないことについて
は,当事者間に争いがなく,前記1で認定した事実によれば,他に原告につ
き対価請求権の行使を妨げる特段の事情は認められない。
そうすると,原告による本件特許発明に関する職務発明の相当対価請求権
については,消滅時効が完成していると認めるのが相当である。
(2)この点に関して原告は,被告らとの間では,本件特許発明につき特許登録
がされるまでは対価支払を行わない旨の黙示の合意が存在するから,消滅時
効の起算点は本件特許の登録時点である旨主張する。
しかし,本件全証拠を精査しても,上記黙示の合意の存在について,これ
を認めるに足る的確な証拠はない。かえって,原告において,本件特許の発
明者を被告Bとして本件特許の出願手続に関与しておきながら,相当対価の
支払のみが後にされると考える根拠はないと言わざるを得ないこと,本件特
許については審査請求期間満了が近くなった後に審査請求がされるなど,被
告らにおいても本件特許の権利化に向けた意欲に乏しく,まして,G弁理士
の意見を踏まえ,本件補正において大幅な限定が加えられていること等から
しても,原告において,相当対価の支払が特許登録後にされると期待する合
理的根拠があるとは到底考えられないこと等からすると,上記黙示の合意の
存在を認めることは到底できないというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(3)以上のとおり,原告の,本件特許発明が職務発明に該当することを根拠
とする相当対価請求権については,時効により消滅しているというべきであ
る。
6争点(6)(相当対価請求権についての時効中断の成否)について
次に,時効中断の成否につき判断する。
原告は,①平成19年7月ころ,越智産業が特許証の金属製レプリカを被告
会社に贈呈する際に,被告会社代表者である被告Bが発明対価支払の検討を
しているので少し待って欲しい旨申し出たこと,②平成20年及び平成21
年に,原告に対し,合計250万円の賞与を支払っているのは,職務発明相
当対価の一部の支払の性質を有し,それぞれ債務の承認としての時効中断事
由に当たる旨主張する。
しかし,上記①については,原告の主張する「Aさんには何かお支払いせな
いけんね。ちょっと待っちょって。」との被告Bの発言が,被告会社による
債務の承認に当たるかはともかく,そもそも本件全証拠を精査しても,その
ような事実を認めるに足りる的確な証拠はない,かえって,特許証の発明者
欄にも大きく被告Bの名前が記載されているところ(乙18),原告の主張
によっても本件特許の発明者について被告Bから何らかの言及があったとす
るものでもなく,成立した本件特許の内容,特に特許請求の範囲の記載につ
いて相当の限定がされたことからしても,その当時,被告らにおいて,本来
は本件特許発明が原告の職務発明であることを前提とした上で,その対価の
支払を検討する契機があったとは考え難いというべきである。
したがって,原告の上記①の主張は採用することができない。
また,上記②についても,本件全証拠を精査しても,平成20年,平成21
年の賞与の支給に関し,これが職務発明対価の一部の支払であると認めるべ
き理由は何ら認められず,かえって,本件特許の登録以前である平成17年
及び平成19年2月28日にも賞与の支払がされている事実をも総合考慮す
れば,上記賞与の支給は職務発明の対価とは何ら関係がないというべきであ
る。
したがって,原告の上記②の主張も採用することができない。
7争点(7)(被告会社による消滅時効の援用が権利の濫用に当たるか)につい

原告は,本件特許出願に至る経緯,本件特許出願の目的,その際の当事者の
意思,特許を受ける権利の承継の経緯,その後の審査請求,登録に至る経緯,
登録後の被告Bの言動,被告会社,B工務店のデコスドライ事業の実情,被
告会社,B工務店が得た経済的利益等の一切の事情に鑑みれば,それら事情
の下で被告会社が消滅時効を援用するのは,信義則に反し,権利の濫用とし
て許されない旨主張する。
しかし,上記認定事実のとおり,本件特許の出願について,原告自ら本件特
許の発明者を被告BとすることをG弁理士に指示していることや,原告は,
本件訴訟に至るまで,本件特許発明の発明者が原告である旨の主張を一切行
っていなかったこと等の事情に照らせば,被告会社による相当対価請求権の
消滅時効の援用が権利濫用に当たるものとは到底認められない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
8争点(8)(被告Bについて発明者名誉権侵害の不法行為が成立するか,成立
するとした場合の原告の損害額)について
前記1(2)ウのとおり,原告は,平成11年1月9日にG弁理士と会って本
件特許出願に関する打合せを行った後の,同月22日頃に,G弁理士に電話
をし,本件特許発明の出願に係る特許願に記載する発明者を,被告Bのみと
するよう,指示している。〔乙3,12〕
この点に関して原告は,同月9日にG弁理士と打合せを行うこととしていた
ところ,被告Bが一緒に行くと言って同行した上,発明者の記載について,
「俺でいいだろ。」と強引に決めつけたと主張して,それに沿う証拠(甲6
8,22頁)を提出し,同旨を供述する(原告本人尋問調書11頁)。
しかし,前記1(2)で認定した事実及び証拠(乙3,12)によれば,本件
特許について発明者を誰とするかについては,同月9日の時点では,被告B
と原告の両名とするか否かについて結論は出ておらず,同月22日の原告か
らの電話により,被告BとすることがG弁理士に指示されたものと認められ
る。そして,その当時,原告は営業部長の立場にあり,被告Bからの指示が
仮にあったとして,これを拒めない立場にあるものとは認め難いこと,同月
9日の時点では,被告Bのみならず,原告も発明者とする考えがあり,これ
をG弁理士も確認して,同弁理士作成の指示書(乙3)に記載を残したもの
であり,G弁理士も,同月9日の打合せにおいて被告Bが自らを発明者と決
めつけるような発言をした記憶はないと述べていることが認められる。
そうすると,一般論として,特許発明を行った者について人格権的権利とし
ての発明者の名誉権を観念し,その発明に係る特許証の発明者欄に氏名の記
載がされないことにつき発明者名誉権を侵害する不法行為が成立し得る場合
があるとしても,本件の場合,原告は,自ら本件特許の発明者の記載を被告
Bとすることに同意していたものと認められるから,その人格的権利の行使
を放棄したものと認められるから,発明者名誉権侵害の不法行為は成立しな
いというべきである。
9結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいず
れも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
東海林保
裁判官
今井弘晃
裁判官
足立拓人
(別紙)
謝罪広告目録
謝罪文
私は,次の特許につき,真実はA氏が発明者であるにもかかわらず,私が発明者
である旨の申請をしてその登録を得た上で,一般公衆に対し,私が発明者である旨
を広告宣伝しました。
以上の行為は,A氏の名誉を著しく毀損するものであり,ここに衷心から深くお
詫びいたします。

特許番号特許第3982935号
発明の名称建物の断熱・防音工法
発明の通称デコスドライ工法
山口県下関市<以下略>

以上
(別紙)
謝罪広告掲載要領
1掲載する媒体
株式会社日本住宅新聞社発行の「日本住宅新聞」
2使用する活字
(1)「謝罪文」という見出
10.5ポイントのゴシック体
(2)本文
10.5ポイントの明朝体
3掲載場所
第1面
(別紙)省略

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