弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     (一) 原判決主文第三項中第一審被告Aに対し、金七十六万二千円及
びこれに対する昭和三十年四月三十日から完済まで年五分の割合による金員を超え
て支払を命じた部分及び同第五項を取り消す。
     第一審原告の第一審被告Aに対する右取消した部分の請求を棄却する。
     (二) 第一審原告が第一審被告B、同C及び同Dに対する関係で、横
浜市a区b町cd番地のe宅地七十坪八合八勺について、存続期間昭和三十八年二
月三日まで、普通建物の所有を目的とする賃借権を有することを確定する。
     第一審被告B、同C及び同Dは、第一審原告が横浜市長より右賃借権の
目的となるべき土地としての指定通知を受けたときは、第一審原告に対し右土地の
引渡をせよ。
     第一審原告の第一審被告B、同C及び同Dに対するその余の請求を棄却
する。 (三) 第一審原告の第一審被告Eに対する主位的及び予備的請求をいず
れも棄却する。
     (四) 第一審原告の第一審被告Aに対する本件控訴及び第一審被告A
のその余の本件控訴はいずれもこれを棄却する。
     (五) 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを十分し、その六を第一審
原告、その三を第一審被告B、同C及び同D、その一を第一審被告Aの負担とす
る。
     (六) この判決は第二項中土地の引渡を命じた部分に限り第一審原告
において第一審被告B、同C及び同Dに対し金六拾万円の担保を供するときは仮に
執行することができる。 ○事実
     第一審原告訴訟代理人は第一、六七一号事件につき、「原判決中第一審
原告敗訴の部分を取り消し、その余の部分を次のとおり変更する。(一)第一審原
告に対し、第一審被告Eは(い)金四百十九万八千四百円及びこれに対する昭和三
十六年三月三日から完済に至るまで年五分の金員の支払をせよ。(ろ)右請求の理
由がないときは、金二百九万九千二百円及びこれに対する昭和三十二年六月八日
(昭和三十六年十月十八日附準備書面に六月一日とあるのは誤記と認められる)か
ら完済に至るまで年五分の金員の支払をせよ。(二)第一審被告B、同C及び同D
は第一審原告に対し、横浜市a区b町cd番地のe宅地七十坪八合八勺(従前の土
地同所同番地の二宅地八十七坪三合)について、第一審原告が昭和三十八年二月十
六日を終期とし、普通建物の所有を目的とする賃借権を有することを確認し、且つ
右土地の引渡をせよ。(三)第一審被告Aは第一審原告に対し金三百万円及びこれ
に対する昭和三十年四月三十日から完済に至るまで年五分の金員の支払をせよ。
(四)訴訟費用は第一、二審とも第一審被告等の負担とする。」との判決及び金銭
支払並びに土地引渡を求める部分について、仮執行の宣言を求め、第一、七五七号
事件及び第一、九九三号事件につき「第一審被告B、同C、同D及び同Aの本件控
訴をいずれも棄却するとの判決を求めた。
     第一審被告E、同B、同C及び同D訴訟代理人は第一、六七一号事件に
つき、「当審で追加した第一審原告の請求をいずれも棄却する。」との判決を、第
一、七五七号事件につき「原判決中第一審被告B、同C及び同Dの敗訴部分を取り
消す。右第一審被告等に対する第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二
審とも第一審原告の負担とする」との判決を求めた。
     第一審被告A訴訟代理人は、第一、六七一号事件につき、「第一審原告
の本件控訴を棄却する。」との判決を、第一、九九三号事件につき「原判決中第一
審被告Aの敗訴部分を取り消す。右第一審被告に対する第一審原告の請求を棄却す
る。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。
     当事者双方の事実上の陳述は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一
であるからこれを引用する。
     第一審原告訴訟代理人は次のとおり述べた。
     第一、第一審被告E関係
     第一審被告Eに対する従前の賃借権確認の請求を取り下げ、新に上記り
ように金員の支払を求める請求に変更し、その請求原因として次のとおり主張す
る。
     (一) 第一審原告は昭和三年六月一日横浜市a区b町cf番(町名地
番変更前のb町g丁目h番)の宅地百十四坪九合三勺のうち原判決添付図面記載の
六十五坪六合(以下本件六十五坪六合の土地という)を、当時の所有者である訴外
Fから普通建物所有の目的で、賃料一ヶ月金三十六円三十七銭、毎月末日払、期間
満二十年、期間更新及び継続は満了前それぞれ三ヶ月及び二ヶ月前に書面で申入れ
ること、の条件で賃借し、その直後右地上に木造二階建居宅一棟建坪二十六坪三合
二勺外二階二十二坪四合七勺の建物を建築所有して、これに居住していた。
     (二) 第一審被告Eは昭和十九年二月三日Fから本件六十五坪六合の
土地を買受けてその所有権を取得し、同時に上記賃貸借契約に基く賃貸人の地位を
も承継した。
     (三) 上記第一審原告所有の建物は昭和二十年四月第九次強制疎開に
より除却せられ、本件六十五坪六合の土地は防空用空地となつていたが、昭和二十
年九月十五日連合軍により接収せられ、次で第一審被告Eは同年十月六日横浜調達
局との間に接収による土地賃貸借契約を締結し、昭和三十一年八月六日その契約を
解除せられ、本件六十五坪六合の土地の返還を受けた。
     (四) 本件六十五坪六合の土地についての賃貸借契約の終期は昭和二
十三年五月三十一日であつたところ、罹災都市借地借家臨時処理法第十一条の規定
により同法施行の日である昭和二十一年九月十五日から十年延長せられ、昭和三十
一年九月十四日までとなり、その後接収不動産に関する借地借家臨時処理法第九条
の規定により、同法施行の日である昭和三十一年六月八日からさらに一年延長せら
れ昭和三十二年六月七日までとなつた。第一審原告は昭和三十二年六月七日の期間
満了前昭和三十年三月から本訴において、上記土地賃借権の確認を求め、昭和三十
一年十二月二十八日附準備書面の送達によつて賃借地の引渡を求めているので、本
訴請求は第一審原告と第一審被告Eとの間の土地賃貸借契約条項第七項の期間更新
ないし継続の申出に該当し、これにより両者間の契約は昭和三十二年六月八日から
さらに二十年間延長せられた。また、第一審原告は昭和三十二年六月一日新橋郵便
局長引受第四九七号書留内容証明郵便をもつて更新請求をしたので、これによつて
も二十年間の期間延長となつた。なお第一審原告は第一審被告Eに対し、これより
前昭和二十三年九月十一日附藤沢郵便局長引受第八五二号書留内容証明郵便をもつ
ても、引き続き賃借の申入れをした。右申入れは罹災都市借地借家臨時処理法によ
る申出ではあるが、第一審原告の借地契約継続の意思表示としての効力を有するか
ら、以上いずれにしても、両者間の土地賃貸借契約は更新せられ、昭和三十二年六
月八日から二十年後の昭和五十二年六月七日までとなつた。
     (五) 本件六十五坪六合の土地を含む百十四坪九合三勺及び同所i番
宅地三坪四合三勺については、横浜市による土地区劃整理が行われ、昭和二十九年
十二月二十七日仮換地として百二十二坪三合二勺が指定せられた。そうであるとこ
ろ、第一審被告Eは右仮換地に第三者のため土地使用権を設定し、昭和三十四年八
月中その東北半分には横浜市a区b町cf番、i番に跨る家屋番号同町f番木造亜
鉛葺二階建店舗兼旅館一棟建坪三十四坪四合二勺、二階三十二坪五合(所有者足立
クラ)が建設せられ、旅館G、H、Iが営業し、その西南半分には木造平家建挽材
工場(所有者占有者不明)が建設せられ、電気動力により作業中である。よつて、
第一審被告Eの第一審原告に対する本件六十五坪六合の土地に対する賃貸借契約に
基く賃貸人としての債務は、同被告の責に帰すべき事由によつて履行不能となり、
第一審原告は右土地の借地権を喪失し、右時期における借地権の価額に相当する損
害を蒙つた。
     (六) 本件六十五坪六合の土地の昭和二十九年五月当時の借地権の価
額は金二百九万九千二百円で、その一坪当りの価格は金三万二千円であつた。そし
て本件六十五坪六合の土地を含む宅地百十四坪九合三勺全体の昭和二十九年度にお
ける固定資産税課税評価額は金九十九万二千百九円で、一坪当り金八千六百三十二
円強であつた。昭和三十四年度における右評価額は仮換地百二十二坪三合二勺につ
いて金二百十万三千九百四円で、一坪当り金一万七千二百円となり、昭和二十九年
に比して約二倍の評価となつている。昭和二十九年以来の借地権の価額の上昇は固
定資産税課税評価額増加額の比でないことは一般公知の事実であるが、仮りにその
上昇率が相等しいとみれば、昭和二十九年の借地権価格一坪金三万二千円は昭和三
十四年には金六万四千円となり、これを第一審原告の借地面積六十五坪六合に乗ず
ると金四百十九万八千四百円となる。よつて、第一審原告は第一審被告Eに対し借
地権喪失の損害賠償として金四百十九万八千四百円及び昭和三十六年二月十五日附
準備書面送達の日の翌日である昭和三十六年三月三日から完済まで民法所定年五分
の割合による遅延損害金の支払を求める。
     (七) 第一審原告の借地契約の更新請求が理由がなく、本件六十五坪
六合の土地の賃借権が昭和三十二年六月八日期間満了により消滅したものとすれ
ば、予備的に、第一審原告は第一審被告Eに対し昭和三十二年六月八日当時の借地
権の価格に相当する損害の賠償を請求する。すなわち、第一審被告Eが賃貸借契約
上の義務に従い、上記期間満了前に第一審原告に対し本件六十五坪六合の土地を引
渡していたならば、第一審原告は同地上に建物を建築し、法律上当然に賃貸借契約
を更新し得たにかかわらず、第一審被告Eの右債務不履行に因り同原告は借地権の
更新請求をすることができず、本件六十五坪六合の借地権を失い、その価格に相当
する損害を蒙つた。そして右昭和三十二年六月八日当時の本件六十五坪六合の土地
の借地権の価格は、少くとも一坪当り金五万円を下らないものであるが、第一審原
告は第一審被告Eに対し一坪当り金三万二千円の割合で合計金二百九万九千二百円
及びこれに対する昭和三十二年六月八日(昭和三十六年十月十八日附準備書面に六
月一日とあるのは誤記と認められる)以降完済まで、民法所定年五分の割合による
遅延損害金の支払を求める。
     第二、第一審被告B外二名に対する関係
     従前における横浜市a区bcd番の宅地八十七坪三合に対する賃借権確
認の請求を控訴の趣旨記載のとおり変更し、請求原因事実を次のとおり追加主張す
る。
     (一) 横浜市a区b町cd番の宅地百三十七坪三合のうち原判決添付
図面表示の八十七坪三合(以下本件八十七坪三合の土地という)は、昭和二十年九
月十五日連合軍により接収せられ、第一審被告B外二名の被相続人であるJは同年
十月六日横浜調達局との間に、本件八十七坪三合の土地につき土地賃貸借契約を締
結し、これを連合軍(後に米軍)の使用に供したが、昭和三十年九月二十日使用解
除を受けた。
     第一審原告の本件八十七坪三合の土地に対する借地期間は昭和六年十二
月一日賃貸借契約の時から昭和三十六年十一月三十日まで三十年であつたが、その
始期から十三年六ケ月二十九日を経過した昭和二十年五月二十九日に地上建物が戦
災により焼失したので、戦時土地物件令第三条の規定により罹災の時から借地権の
存続期間の進行を停止した。その後昭和二十一年九月十五日戦時土地物件令の廃止
並びに罹災都市借地借家臨時処理法の施行により、同日から残存期間十六年五ケ月
二日の進行を開始し、昭和三十八年二月十六日まで存続することとなつた。
     (二) 本件八十七坪三合を含む百三十七坪三合の土地については、土
地区劃整理施行者横浜市長より土地区劃整理事業が行われ、昭和二十九年十二月二
十七日仮換地の指定がなされた。右仮換地については第一審原告の賃借部分につい
ての指定はなされなかつたが、第一審原告は本件第一審判決に基いて第一審被告B
外二名に代位し、右土地のうち本件賃借部分八十七坪三合の土地を横浜市a区b町
cd番地のeとして分筆し、昭和三十六年四月十一日分筆登記手続をなし、その旨
を区劃整理施行者横浜市長に届け出た。同市長は同年十月十一日新に右分筆した土
地の仮換地として同所同番地宅地七十坪八合八勺を指定し、右指定処分は同年十月
十五日その効力を発生した。従つて、第一審原告が従前から主張する賃借地と、新
に分筆せられたcd番地の二の宅地八十七坪三合とは同一土地であるから、第一審
原告の賃借権は右d番地の二の土地につき存し、その仮換地である同所同番地宅地
七十坪八合八勺に及ぶこととなる。
     (三) 第一審被告B外二名は、第一審原告に対し、上記賃貸借契約に
基き本件八十七坪三合の土地の仮換地部分七十坪八合八勺の使用収益をなさしめる
ため、これを引渡す義務があるから、第一審原告は第一審被告B外二名に対し、上
記控訴の趣旨記載の賃借権存在の確認と、右宅地七十坪八合八勺の引渡を求める。
     第三、第一審被告A関係
     第一審原告と第一審被告Aとの借地期間は昭和十三年七月から昭和三十
三年六月末日までとなつていたが、戦時土地物件令第三条により昭和二十年五月二
十九日建物罹災の日から同物件令の廃止せられた昭和二十一年九月十五日まで一年
三ヶ月十七日間借地権の存続期間の進行を停止したので、借地期間は昭和三十三年
六月末日からさらに一年三ケ月十七日後の昭和三十四年九月十七日まで存続するこ
ととなつた。
     なお、第一審原告は第一審被告Aに対する請求金額を減縮し、損害額金
六百九万四千四百円の内金三百万円とこれに対する本件訴状が同被告に到達の日の
翌日である昭和三十年四月三十日以降完済まで、民法所定年五分の割合による遅延
損害金の支払を求める。
     第一審被告E、同B、同C及び同Dの訴訟代理人は次のとおり述べた。
 第一、第一審被告Eの答弁
     (一) 第一審被告Eに対する請求原因事実中(二)のうち第一審被告
Eが昭和十九年二月三日Fから本件六十五坪六合の土地を買受け、その所有権を取
得したこと。(三)のうち地上に在つた第一審原告所有の建物が昭和二十四年四月
第九次強制疎開によつて除却され、本件六十五坪六合の土地が防空用空地となつて
いたこと。右土地が連合軍に接収され(但し接収の日時は否認)、第一審被告Eが
昭和二十年十月六日附で横浜調達局との間に接収による土地賃貸借契約を締結し、
昭和三十一年八月六日その契約は解除され、本件六十五坪六合の土地の返還を受け
たこと。(五)のうち本件六十五坪六合の土地を含む百十四坪九合三勺及び同所i
番宅地三坪四合三勺については土地区劃整理が行われ、昭和二十九年十二月二十七
日仮換地として百二十二坪三合二勺が指定せられたこと及び第一審被告Eが右仮換
地に第三者のため使用権を設定し、右仮換地上に第一審原告主張のような各建物が
建設せられ電気動力による作業中であること、及び(六)のうち昭和二十九年度に
おける本件六十五坪六合を含む土地全体の固定資産税課税評価額が第一審原告主張
のとおりであることは、いずれも認めるが、その余の第一審原告の主張事実はすべ
て争う。
     (二) 第一審原告が本件六十五坪六合の土地をFより賃借したとして
も、その賃借権設定登記も賃借地上の建物につき保存登記もなく、その他賃借権を
もつて第一審被告Eに対抗し得る何等の要件も備えていないのであるから、Fから
右土地の所有権を取得した第一審被告Eに対しては賃借権を主張することができな
い。
     (三) かりに、第一審原告が上記賃借権をもつて第一審被告Eに対抗
し得たとしても、Fと第一審原告間の賃貸借契約の期間は、昭和三年六月一日より
満二十ケ年と定められていたのであるから、昭和二十三年五月三十日限りその期間
は満了するものである。従つて罹災都市借地借家臨時処理法第十一条により、その
借地権の存続期間は同法施行期日である昭和二十一年九月十五日から十年を経過し
た昭和三十一年九月十四日まで存続し、同年九月十五日以後借地権は消滅したもの
である。なお、右借地権の期間が接収不動産に関する借地借家臨時処理法第九条の
規定により、さらに昭和三十二年六月七日まで延長されたとしても、本件六十五坪
六合の土地が接収解除となつたのは昭和三十一年八月六日であるから、その間僅か
に十ヶ月余、日数にして三百六日に過ぎない。しかも、本件六十五坪六合の土地に
ついては土地区劃整理中で従前の土地を使用収益することはできず、仮換地につい
てもまた第一審原告の借地部分の指定もなく、その範囲が確定していない。従つ
て、このような賃貸借期間しか存在しない場合に、賃貸人の意思に反して新に建物
を建築して、さらに二十ケ年若くは三十ヶ年間更新することにより、半永久的に賃
借することができるものとすることは、正に権利の濫用であるといわなければなら
ない。
     (四) 第一審原告は昭和三十二年六月七日の期間満了前昭和三十年三
月から本訴をもつて土地賃借権の確認を求めたと主張するが、第一審原告の本訴提
起は同年四月二日であり、その確認を求める賃借権の内容を補充したのは同年五月
であつて、その内容も第一審原告が現在主張している賃借権の内容とは全く異るも
のである。Fと第一審原告間の土地賃貸借公正証書第七項の定める期間満了の日と
は昭和二十三年五月三十一日を意味するもので、上記法定延長期間の満了日の意味
ではない。また同条項は更新又は継続については賃貸人の承諾を必要とするのであ
るから、第一審原告の本訴による賃借権の主張は、上記約定による期間の更新ない
し継続の申出には該当しないし、その効力も生じない。また第一審原告は昭和三十
二年六月二日到達の書留内容証明郵便をもつて更新請求をしたので、借地法第四条
第三項により賃貸借期間はさらに二十年間更新されたと主張するが、借地法第四条
による更新請求は賃借地上に建物が存在する場合に限り認められるのであつて、い
かなる事由があるにせよ、建物が存在しないときは許さないのであるから、第一審
原告の右書面による申入れも期間更新の効力を生じない。さらに第一審原告は昭和
二十三年九月十一日附書留内容証明郵便をもつて、引き続き賃借の申入をしたか
ら、昭和五十二年六月七日まで借地期限が更新されたと主張するが、右申込は横浜
市a区b町cj番の土地に対してなされたものであつて、本件六十五坪六合(同所
f番)となんら関係のない土地を対象としており、且つ罹災都市借地借家臨時処理
法に基いてなされたものであるが、本件六十五坪六合の土地は、接収中は連合軍の
兵舎敷地として使用されていたものであるから、第一審原告が引き続き賃借の申出
をしたという昭和二十三年九月十一日当時は、同法第二条第一項但書による権限に
より現に建物所有の目的で使用するものがあつたのである。従つて右第一審原告の
主張も失当である。
     (五) 第一審原告の損害賠償請求の基礎となる借地権は、その主張す
る各異る内容の借地権のいずれを対象とするか不明であるが、そのいずれにせよ、
前述のとおり昭和三十四年八月以前にその借地権は消滅していたものであるから、
同日第一審被告Eが仮換地である横浜市a区b町cf番、同i番の土地につき第三
者のため土地使用権を設定したからといつて第一審原告に対しなんら責を負うべき
理由がない。かりに第一審原告主張のような借地期間があるとしても、第一審原告
は横浜市a区b町kf番の宅地百十四坪九合二勺につき売買、譲渡、質権、抵当
権、賃借権の設定その他一切の処分を禁止する仮処分の執行をしているのであるか
ら、第三者に土地を使用せしめたからといつて、第一審被告Eの履行不能により賃
借権が消滅したことにはならない。
     (六) 第一審原告の損害賠償請求の予備的主張も、その主張の賃借権
が第一審被告に対抗し得ないものである以上これ亦失当であるが、仮りに、第一審
原告が昭和三十二年六月七日まで第一審被告に対抗し得る賃借権を有したとして
も、本件六十五坪六合の土地の接収が解除されたのは昭和三十一年八月六日である
から、その間僅かに三百六日しかなく、しかも右土地については土地区劃整理中で
従前の土地を使用収益することはできず、仮換地については、また第一審原告の借
地部分の指定がなくその範囲が確定していない当時において、このような僅かな賃
貸借期間しか存在しない場合に、第一審被告Eが借地権の範囲を決定し、これを第
一審原告に引渡し使用収益せしめなかつたからといつて、その責を第一審被告Eに
帰せしめ、同被告に対し第一審原告主張のような金額の損害を賠償する義務がある
としてこれを請求することは、権利の濫用も甚しいものというべきである。
     第二、第一審被告B、同C、同Dの答弁
     (一) 第一審原告の訴の変更には異議がない。第一審原告の主張事実
中本件八十三坪七合の土地が各日附の点を除き、連合軍のため接収せられて、第一
審被告B外二名の先代が横浜調達局との間に土地賃貸借契約を締結し、その後にそ
れが解除せられたこと(但し接収の日は昭和二十年十月六日、横浜調達局との間に
賃貸借契約を締結した日は昭和二十三年十二月十日、接収解除の日は百十七坪四合
七勺のうち八十一坪一合一勺については昭和三十年九月二十日、残部は昭和三十一
年八月六日である)、右土地を含む百三十七坪三合の土地については区劃整理が施
行せられ、昭和二十九年十二月二十七日仮換地の指定がなされたこと。及び第一審
原告が上記土地のうち八十七坪三合を横浜市a区b町cd番地のeとして分筆登記
手続をなし、昭和三十六年十月十一日右土地について同番地の二の宅地七十坪八合
八勺が仮換地として指定せられ、同年同月十五日その効力が生じたことは、いずれ
も認めるが、その余の主張事実はすべて争う。
     (二) 土地区劃整理のための換地処分については、換地の対象となる
従前の土地の賃借権者において予め指定された期間内に区劃整理施行者にその権利
を申告することを要し、その申告を怠ると、仮換地並びに換地指定を受けられない
(特別都市計画法施行令第四十五条、土地区画整理法第八十五条、第九十八条、第
九十九条)。そうであるのに、第一審原告は従前の土地の一部八十七坪三合につい
て、賃借権を有することを整理施行者に対し適法な手続に従つて権利の申告をしな
かつたので、その賃借部分について仮換地の指定がなされなかつたのである。本件
八十七坪三合を含む宅地百三十七坪の一筆の土地については、仮換地として百十一
坪四合七勺が指定せられたのであつて、第一審原告は従前の土地の一部である八十
七坪三合についてのみ賃借権を有することを主張するのであるから、上記仮換地の
どの部分に右のような賃借権を有するかは整理施行者によつてその部分の指定がな
いかぎり、賃貸人と協議して決定するのほかはなく、裁判所といえどもこのような
創設的裁判をする権限は有しない。従つて賃貸人と協議ができず、または協議が整
わないときは、事実上その賃借権を行使することができないというべきである。第
一審原告は昭和三十六年四月十一日、本件の原審判決(未確定)に基く賃借権設定
請求権保全を代位原因とし、第一審被告等に代位して従前の土地につき分筆登記手
続をなし、その分筆土地の一部八十七坪三合を横浜市a区b町cd番地のeとし
て、右土地について賃借権を有すると主張するが、右土地が従前の土地のどの部分
をどのように分筆されたのか、従つて右cd番地の二の八十七坪三合はどの位置ど
の範囲か不明であるばかりでなく、第一審原告が代位によつて勝手に決定した土地
の一部につき第一審原告主張のような仮換地の指定がなされたからといつて、直ち
に右仮換地に第一審原告が賃借権を有するものとして、これが確認並びに引渡を求
めることは不当であり、とうてい許されないものというべきである。
     当事者双方の証拠の提出、援用及び認否は、左記のほかは、すべて原判
決の摘示と同一であるから、これを引用する。
     第一審原告訴訟代理人は、新に甲第三十二号証の一、二、同第二十三号
証ないし同第三十八号証、同第三十九号証の一、二、同第四十号証ないし同第五十
七号証、同第五十八号証の一、二、同第五十九号証ないし同第六十一号証を提出
し、甲第三十三号証は横浜市建設局換地課換地係主任Kが作成したもの、同第三十
六号証は第一審原告代理人が昭和三十二年十二月に撮影、同第五十八号証の一及び
二は同代理人が撮影した本件土地現状の一部の写真であると述べ、当審証人L、同
M(第一、二回)、同N、同Oの各証書、当審での第一審原告並びに第一審被告
B、同Aの各本人尋問の結果を援用し、乙第二号証ないし同第十一号証、丙第四号
証の各成立を認め、丙第五号証は証明部分の成立のみ認め、その余の部分の成立は
不知と述べた。
     第一審被告E、同B、同C及び同D訴訟代理人は新に乙第二号証ないし
同第八号証、同第九号証の一ないし三、同第十および同第十一号証を提出し、当審
証人P、同Q、同Rの各証言、当審での第一審被告B、同Eの各本人尋問の結果を
援用し、甲第三十二号証の一、二同第三十三号証、同第三十四号証、同第四十号
証、同第四十一号証、同第四十三号証ないし同第五十三号証同第五十五号証ないし
同第五十七号証、同第五十九号証ないし同第六十一号証の各成立を認め、同第三十
五号証は官署作成部分のみの成立を認め、その余の部分以成立は不知、同第五十四
号証は鉛筆書きの部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める。その余の甲号
各証の成立はすべて不知、なお、原審で提出された甲第十五号証の一ないし十の認
否を改め、いずれもその成立を認め、これを利益に援用すると述べた。
     第一審被告A訴訟代理人は、新に丙第四号証、同第五号証を提出し、当
審証人S、同Tの各証言、当審での第一審被告A本人及び鑑定人Uの鑑定の各結果
を援用し、原審で提出された甲第三十号証、同三十一号証、当審で提出された甲第
三十二号証の一、二同第三十三号証、同第三十四号証、同第四十号証ないし同第五
十三号証、同第五十五号証ないし同第五十七号証、同第五十九号証ないし同第六十
一号証の各成立を認め、同第三十五号証は証明部分のみの成立を認め、その余の部
分の成立は不知、同第五十四号証は鉛筆書きの部分の成立は不知、その余の部分の
成立は認める。その余の甲号各証の成立はすべて不知と述べた。
         理    由
 第一、第一審被告Eに対する主張についての判断。
 本件土地六十五坪六合の土地を含む横浜市a区b町cf番宅地百十四坪九合三勺
がもと訴外Fの所有であつたところ、第一審被告Eが昭和十九年二月三日同人より
右土地を買受けて、その所有権を取得したことは当事者間に争がない。
 第一審原告は、昭和三年六月一日Fから本件六十五坪六合の土地を、普通建物の
所有を目的として、賃料一ケ月金三十六円三十七銭、毎月末払、期間満二十年、期
間更新及び継続は満了前それぞれ三ケ月及び二ヶ月前に申入れることの条件で賃借
し、第一審被告Eは上記土地の所有権を取得するとともに、右賃貸借契約を承継し
たと主張するので判断する。
 各その成立について争のない甲第三号証、同第四号証、同第七号証、同第八号
証、乙第六号証、及び原審(第一回)並びに当審での第一審原告本人尋問の各結果
(但し後記信用しない部分を除く)によれば、昭和三年六月一日Fと第一審原告と
の間に本件六十五坪六合の土地について、第一審原告主張のような内容の賃貸借契
約が成立し、同原告は右地上に昭和二十年四月第九次強制疎開のため取毀わされる
まで、木造スレート葺二階建居宅一棟建坪二十六坪三合二勺、二階二十二坪四合七
勺の建物を所有していた事実はこれを認めることができる。しかし、右第一審原告
本人尋問の各結果中第一審被告Eが本件六十五坪六合の土地の所有権を取得すると
同時に、上記賃貸借契約を承継した趣旨の供述部分は後掲各証拠と対比するときは
にわかに信用することができず他に後段の認定を覆し、右第一審原告の主張事実を
認め得る証拠がない。却て、当審での証人Pの証言及び第一審被告E本人尋問の結
果を綜合すれば、次の事実が認められる。すなわち、第一審被告Eの夫で洋服商を
営んでいた訴外Pは、昭和十九年二月三日本件六十五坪六合の土地を含む宅地百十
四坪九合三勺を、店員の宿舎を建設するため自ら使用する目的で買受け、第一審被
告E名義で所有権移転登記手続を受けた。当時本件六十五坪六合の土地は第一審原
告外一名が使用中のものであることを知つたが、上記土地取得の目的からして、こ
れを引き続き第一審原告に賃貸する意思はもうとうなく、ただ当時は空襲下にあつ
たため明渡を求める余裕がなかつたので、そのままの状態においていたに過ぎず、
従つて、第一審原告との間にその主張のような従前の賃貸借契約の賃貸人としての
地位を承継する旨を約したことも、またその所有権取得以来第一審原告から本件六
十五坪六合の土地に対する賃料の支払を受けた事実もなかつた。他に右認定を動か
すことのできるなんの証拠もない。
 それならば、第一審原告は本件六十五坪六合の土地について、Fとの間になした
賃貸借契約をもつて第一審被告Eに対抗することができないものといわなければな
らず他に建物に保存登記の存在したことその他の対抗事由について主張、立証のな
い本件では、第一審被告Eに対し賃借権を有することを前提として損害の賠償を求
める第一審原告の主位的及び予備的主張は、その余の争点について判断するまでも
なく、すべて失当として排斥を免れない。
 第二、第一審被告B、同C及び同Dに対する主張についての判断。
 本件八十七坪三合の土地を含む横浜市a区b町cd番宅地百三十七坪三合がもと
訴外Jの所有であつたところ、昭和二十五年六月一日同人の死亡に因る相続によつ
て、第一審被告B(妻)、同C及び同D(いずれも養子)がその所有権を取得した
こと。及び第一審原告が右第一審被告等に代位して昭和三十六年四月十一日本件八
十七坪三合の土地の分筆の届出をなし、その地番を横浜市a区b町cd番地のeと
して分筆登記手続をなしたことは、いずれも当事者間に争がない。
 第一審原告は、本件八十七坪三合の土地を昭和六年十二月Jから普通建物の所有
を目的として、賃料を一ケ月金五十六円と定め、期限を定めずに賃借したと主張す
るので判断する。
 各その成立について争のない甲第十五号証の一ないし十、同第十六号証、同第三
十一号証、原審での第一審原告本人尋問の結果(第一回)によつて、その成立が認
められる同第十三号証、及び同第十四号証、その形式、内容から真正に成立したも
のと認められる同第二十八号証の三、原審証人Q、同R(但しいずれも後記信用し
ない部分を除く)、当審証人Oの各証言及び原審並びに当審での第一審原告本人尋
問の各結果(但し原審は第一、二回)を綜合すると第一審原告は昭和六年十二月一
日頃Jから当時同人の差配をしていた訴外Vを介して、本件八十七坪三合の土地を
普通建物所有の目的で、賃料を一ヶ月金五十六円と定め、期限の定めなく賃借し、
昭和七年十二月頃右地上に、その西側に隣接する第一審被告Aからの賃借地に跨つ
て木造瓦葺二階建病院一棟建坪百二十九坪一合二勺五才、二階百二十一坪六合二勺
五才、及び木造亜鉛葺平家建洗濯場一棟建坪十坪を建築して病院を経営し、その賃
料は差配であるVに支払をなしてきた(但し、昭和八年六月以降昭和十九年十二月
までは供託)ことが認められ、原審並びに当審証人Q、同Rの各証言及び当審での
第一審被告B本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして信用
することができない。もつとも、前掲甲第十五号証の一ないし十及び乙第一号証中
には賃貸人Vなる記載があるけれども、右は差配である同人の氏名を表示したに過
ぎないものと解されるから、上記認定の支障にはならないし、他に以上の認定を動
かし得る証拠はない。
 してみれば、他に特段の事情の認められない本件では、前示昭和二十五年六月一
日Jの死亡に因り、その相続人である第一審被告B外二名において本件八十七坪三
合の土地所有権を取得するとともに、上記認定の賃貸人としての地位をも承継した
ものといわなければならない。
 第一審被告B外二名は、上記認定の賃貸借契約は昭和八年頃第一審原告の債務不
履行により解除されたと主張するけれども、右主張事実を認め得る証拠がないか
ら、同被告等の抗弁は理由がない。
 よつて、上記認定の賃貸借契約の残存期間について判断する。
 各その成立について争のない申第十六号証、同第二十六号証、乙第三号証及び原
審での第一審原告本人尋問の結果(第一回)によれば、本件八十七坪三合の土地上
に在つた上記第一審原告所有の建物が、昭和二十年五月二十九日の空襲による戦災
によつて焼失し、第一審原告がまだ建物の再建をしないうちに、同年十月六日その
敷地である本件八十七坪三合の土地は連合国軍のために接収せられ(右接収の事実
は当事者間に争がない)、同日より昭和三十年九月二十日接収解除まで、引き続き
駐留軍の使用に供せられていたものであることが認められる。
 第一審原告は、右戦災による地上建物の焼失のときから昭和二十一年九月十五
日、戦時土地物件令廃止の日まで、本件八十七坪三合の土地に対する賃借権の期間
はその進行を停止されたと主張する。しかし、右建物が焼失したのは、昭和二十年
七月十二日勅令第四百十一号戦時土地物件令の施行前であるから、同令附則第三項
により同令施行の日である昭和二十年七月十二日に滅失したものとみなされ、同令
第三条第一項によつて、同日から罹災都市借地借家臨時処理法(改正前の昭和二十
一年八月二十七日法律第十三号、同年勅令第四百十号により同年九月十五日施行)
第二十八条により右物件令が廃止された昭和二十一年九月十五日まで一年二月三日
間は賃貸借の期間の進行が停止されることとなるが、上記建物の焼失の日以後戦時
土地物件令施行の前日までの間も期間の進行が停止されるものと解すべき根拠はな
にもない。そうであるから、上記認定の本件八十七坪三合の土地に対する賃貸借契
約の存続期間は、借地法第二条により昭和六年十二月一日から三十年、すなわち昭
和三十六年十一月三十日までとなるところ、上記認定のように一年二月三日間はそ
の期間の進行が停止せられたから、さらに同日から右期間だけ延長せられる結果、
昭和三十八年二月三日まで存続することとなる。
 本件八十七坪三合の土地を含む横浜市a区b町cd番宅地百三十七坪三合につい
ては土地区画整理が施行せられ、昭和二十九年十二月二十七日事業施行者横浜市長
より仮換地の指定がなされたこと、右仮換地について第一審原告の賃借権の目的と
なるべき宅地の指定通知がなかつたこと及び、第一審原告が昭和三十六年四月十一
日、第一審被告B外二名に代位して本件八十七坪三合の土地を前記土地より分筆し
て、その地番を横浜市a区b町cd番地のeの宅地八十七坪三合として分筆登記手
続をなし、次で同年十月十一日右分筆地の仮換地として同所同番地の二宅地七十坪
八合八勺が指定せられ、何年同月十五日その指定の効力を生じたことは当事者間に
争がない。
 第一審被告B外二名は、第一審原告は土地区画整理施行者に対し、予め定められ
た期間内にその賃借権の内容を申告せず、仮換地についてその賃借権の内容となる
土地の指定通知を受けていないのであるから、仮換地について当然には賃借権を有
することを主張し、その引渡を求めることは許されないと主張するので判断する。
 土地区画整理法(旧特別都市計画法に基いて開始されたものであつても、昭和二
十九年七月土地区画整理法施行以後においては同法施行法第五条により、土地区画
整理法第三条第四項の土地区画整理事業となる)第八十五条、第九十八条によれ
ば、土地区画整理施行地区内の宅地について登記のない賃借権を有するものは、そ
の権利の内容を施行者に申告しなければならず、施行者は仮換地を指定する場合に
おいて従前の土地について賃借権等の宅地を使用収益する権利を有するものがある
ときは、その仮換地について、仮りにその権利の目的となるべき宅地又はその部分
を指定しなければならないものとされている。そして同法第九十九条では、仮換地
指定の効果として従前の土地について権原に基き使用収益することができるもの
は、仮換地指定効力発生の日から、換地処分が効力を生ずる日までは、仮換地につ
いて従前の土地について有する権利と同一内容の使用収益をすることができるが、
従前の土地については使用収益することができなくなる旨を定めている。そうだと
すれば、従前の土地について賃借権を有するものは予めその権利の内容を申告し施
行者によつて仮換地についてその権利の目的となるべき宅地又はその部分の指定が
なされないかぎり、仮換地及び従前の土地のいずれについてもその使用収益をなし
得ない結果となることは当然である。しかしながら、従前の土地について賃借権を
有するものは整理施行者に対し、予めその権利を申告しなかつたために仮換地につ
いてその権利の目的となる宅地又は部分の指定通知がなされなかつたとしても、こ
れがために土地所有者に対する関係においては従前の土地に対する賃借権を失うも
のではなく、土地区画整理法の適用上施行者による賃借権の目的となるべき宅地の
指定通知があるまでは、その権利の行使を制限されるに止るものと解するを相当と
する。
 仮換地指定処分は換地処分の前提としてなされるものであつて、特別の事情がな
い限り、換地処分が確定するとそのまま換地となり、同法第百四条により換地処分
の効果として従前の土地とみなされる結果、原則として従前の土地の上にあつた権
利は当然に換地上に移行するのである。そうであれば、換地処分確定前であつて
も、処分の権能は別として従前の土地についての使用収益の権能は一応は当然に仮
換地の上に移行するものと解するのを相当とする。
 <要旨第一>本件についてこれをみるに、本件八十七坪三合を含む横浜市a区b町
cd番宅地百三十七坪三合については仮換地が指定せられ、右の土地の
一部八十七坪三合について賃借権を有する第一審原告に対してはその賃借権の目的
となる部分の指定はなされなかつたが、その後昭和三十六年四月一日右従前の土地
は分筆せられ、第一審原告の賃借部分は同所d番地のeの宅地八十七坪三合の一筆
の土地となつたことは上段認定のとおりであつて、その成立に争のない甲第六十一
号証によれば、右従前の土地が分筆せられた結果仮換地の指定替が行われ、上記仮
換地も分割せられて、同番地のeの宅地八十七坪三合の仮換地としては、同番地の
eの宅地七十坪八合八勺が指定せられ、土地所有者である第一審被告B外二名に対
しその通知がなされたものであることが認められる。してみれば第一審原告が従前
の土地八十七坪三合について有した賃借権はその仮換地である同番地のe宅地七十
坪八合八勺の上に移行したものと解すべきであるから、第一審原告は第一審被告B
外二名に対し右換地について前段認定の賃借権を有することを主張し、同被告等が
これを争うにおいて<要旨第二>は、右権利存在の確認を求め得るものというべきで
ある。しかしながら、賃借権者に対し仮換地についてその目的となる宅
地の指定通知がなされない場合に賃借権者が当然にその仮換地の使用を開始できる
か否かについてはさらに別個に考察しなければならない。なぜかなれば、仮換地は
土地区画整理を円満且つ迅速に行うため、整理施行者が法律によつて与えられた権
限に基いて従前の宅地の所有者その他の使用収益権者に対して仮りに使用収益する
ことができることを指定した土地であつて、換地処分がなされるまでの間において
区画整理地区が変更され、又は区画整理事業自体が廃止される等特段の事情が生じ
た場合には、仮換地の指定が変更されるか又は取消される場合もあり、仮換地が必
ずしもそのまま換地として認可されるものばかりとはかぎらないものである。右の
場合、その他区画整理施行地区内の土地については換地確定までの間において土地
区画整理法上種々の関係ないし制約を生ずるのであるから、整理施行者としては地
区内の土地使用関係を明かにしておく必要のあることも当然である。そうであるか
ら、私法上の土地利用関係と右区画整理施行上の関係を円満に調節するためにも、
仮換地については整理施行者の指定通知によつてその使用権が確定するものと解す
るを相当とする。土地区画整理法第八十五条によれば、施行地区内の宅地について
賃借権等を有するものは、同法施行規程によつて特に届出を受理しないことを定め
た期間を除き、何時でも権利の申告をすることができ、その場合には整理施行者は
仮換地について届出られた権利の目的となる宅地又はその部分を指定しなければな
らないのであるから、上記のように解してもなんら従前の土地に対する賃借権者の
不利益とはならないものと解する。
 してみれば第一審原告が上記cd番地のe宅地八十七坪三合について、賃借権を
有することを申告し、施行者によつてその目的となるべき宅地の指定通知がなされ
たことについて主張及び立証のない本件では、たとえ第一審原告が第一審被告B外
二名に対してはその仮換地について賃借権を有することを主張し得るとしても、整
理施行者である横浜市長よりその目的となるべき宅地としての指定通知がなされな
いかぎり、当然には右仮換地を使用することができず、したがつて、同被告等に対
する賃借権に基いて、無条件に右土地の引渡を求めることは許されないものといわ
なければならないが、第一審原告はその有する賃借権を申告することによつて、何
時でもその目的となるべき宅地としての指定を受けることができるのであるから、
右指定通知を受けたときに右土地の引渡を求める限度において、その請求を正当と
して認容するのを相当とする。
 第三、第一審被告Aに対する主張についての判断
 横浜市a区b町cl番宅地百十七坪二合(以下本件百十七坪二合の土地という)
が、第一審被告Aの先々代から先代Wに、さらに同人から第一審被告Aに順次相続
による所有権の承継が行われ、次で第一審被告Aが昭和二十七年二月九日右土地を
訴外Tに売渡し、同人がその所有権を取得したことは、いずれも当事者間に争がな
い。
 第一審原告は本件百十七坪二合の土地に賃借権を有したところ、第一審被告Aが
これをTに売渡したことによつてその賃借権を失い、右賃借権の価格に相当する損
害を蒙つたと主張するので、判断する。
 (一) 各その成立について争のない甲第十九号証、同第二十号証、
 同第二十七号証、前掲甲第十六号証及び同第二十八号証、原審並びに当審での第
一審原告本人尋問の結果(但し原審は第一回)及び弁論の全趣旨を綜合すると次の
事実が認められる。すなわち、第一審原告は大正七年四月本件百十七坪二合の土地
を、当時その所有者であつた第一審原告の先々代から普通建物の所有を目的とし
て、期限を定めずに賃借し、その地上に建物を所有していたが、右建物は大正十二
年の大震災で焼失した。第一審原告は翌大正十三年建物を再建築し、さらに昭和六
年その隣地をJから賃借したもので、右土地に跨つて木造瓦葺二階建病院一棟建坪
百二十九坪一合二勺五才二階百二十一坪六合二勺五才外一棟の建物を増築して病院
を経営してきた。そして本件百十七坪二合の土地の所有権を相続により取得すると
ともに、右賃貸借契約の賃貸人としての地位も第一審原告の先々代から先代Wに、
さらに第一審原告Aに順次承継された。ところが上記建物は昭和二十年五月二十九
日の空襲による戦災のために焼失し、さらに昭和二十年九月五日本件百十七坪二合
の土地は、連合国占領軍のために接収せられ昭和三十年九月二十日接収解除に至る
まで引き続き駐留軍の用に供されていた(右建物の焼失から接収解除に至るまでの
事実は当事者間に争がない。)。他に以上の認定を左右し得る証拠はない。
 第一審原告と第一審被告Aとの間に上記賃貸借契約が成立したのは、借地法の施
行以前であることが明かであるから、同法第十七条第一項によつて、その存続期間
は昭和十三年三月三十一日までとされるところ、前掲甲第十六号証及び原審並びに
当審での第一審原告本人尋問の結果(原審は第一回)によれば、当時右期間は更新
されたものと認めることができるから同法第五条により、さらに二十年間すなわち
昭和三十三年三月三十一日まで存続するものとなつたわけである。
 そして、上段認定のように地上建物が戦災のため焼失したのであるから、既に第
二において、第一審被告B外二名に対する主張について判断したと同一理由によ
り、戦時土地物件令施行の日である昭和二十年七月十二日から同令廃止の日である
昭和二十一年九月十五日まで一年二月三日間はその期間の進行が停止せられたもの
と解すべきであるから、上記残存期間は右期間だけさらに延長せられるので、昭和
三十四年六月三日まで存続することとなる。
 (二) 第一審被告Aは、第一審原告は昭和二十七年二月上旬本件百十七坪二合
の土地の賃借権を放棄したと主張し、丙第一号証、同第三号証の各記載及び原審並
びに当審証人S(但し原審は第一、二回)当審証人Tの証言並びに当審での第一審
被告A本人尋問の結果中には、右主張に沿う趣旨の供述部分があるけれども、右は
当審証人N、同M(第一回)の各証言及び原審並びに当審での第一審原告本人尋問
の結果(但し原審は第一回)に照らし合わせると信用することがてきず、他に右主
張事実を認め得る証拠がない。
 (三) 第一審被告Aが昭和二十七年二月九日本件百十七坪二合の土地をTに売
渡したことはさきに認定したとおりであつて、原審証人S(第一回)当審証人Tの
各証言(後記信用しない部分を除く)及び原審並びに当審での第一審原告本人尋問
の結果(但し原審は第三回)を綜合すると、第一審被告Aは第一審原告に対し本件
百十七坪二合の土地の借地権を他に譲渡すべきことを求めたが、第一審原告はこれ
を承諾せず、却て接収解除の暁には右地上に病院を建築してこれを使用する意思で
あることを言明したのにかかわらず、第一審被告Aは右土地を賃借権の設定がない
ものとしてTに売渡し、同人も亦自ら使用する目的で買受けたものであることが認
められ、前掲証人S及び同Tの証言中右認定に反する部分は信用することができ
ず、他に叙上の認定を左右し得る証拠はない。
 そうであるから、特別の事情についてなにも主張、立証のない本件では、もはや
第一審被告Aが賃貸人として本件百十七坪二合の土地を第一審原告に対して使用収
益せしめる義務は履行不能となつたものと認めるを相当とする。従つて、他に右賃
借権をもつて、Tに対抗し得る事由の主張立証のない本件では、第一審原告はその
賃借権を喪失し、賃借権の価格に相当する損害を蒙つたものというべきであるか
ら、第一審被告Aは右損害を賠償すべき義務を負わなければならない。
 第一審被告Aは、残存期間の僅少な借地権は殆んど無価値に等しく、その行使が
不可能に陥つたことを理由として多額の損害賠償を請求することは民法第一条に反
すると主張するけれども、昭和二十七年二月九日当時上記認定の賃借権はなお七年
以上の残存期間があり、且つ第一審原告が接収解除後本件百十七坪二合の土地の引
渡を受け、建物を築造することにより借地法上期限の更新を請求することも認めら
れるのであるから、右賃借権をもつて、無価値に等しいと認めることができないば
かりではなく、右賃借権の価格に相当する損害賠償の支払を求めることは、本来の
権利の行使であると認むべきであるから、民法第一条に反するとの第一審被告Aの
右主張はその理由がない。
 (四) よつて、右損害賠償の数額について判断する。他に特段の主張立証のな
い本件では、損害の額は上記履行不能となつた昭和二十七年二月当時における賃借
権の価格であると解するを相当とするところ、当審での鑑定人Uの鑑定の結果によ
れば、昭和二十七年二月当時における本件百十七坪二合の土地の賃借権の価格は金
七十六万二千円であることが認められ、甲第十二号証の記載及び当審証人Lの証言
は信用することができず、他に右認定を左右し得る証拠はないから、第一審被告A
が第一審原告に対し賠償すべき金額は右金七十六万二千円をもつて相当と認める。
 よつて、第一審原告の第一審被告Aに対する主張は右金七十六万二千円の損害賠
償を求める限度においてのみ理由があるものというべきである。
 第四、結論
 以上の理由により、第一審原告の第一審被告Eに対する主位的並びに予備的請求
をいずれも失当としてこれを棄却し、第一審原告の第一審被告B外二名に対する請
求は、第一審原告が横浜市a区b町cd番地のe宅地七十坪八合八勺について存続
期間昭和三十八年二月三日まで、普通建物の所有を目的とする賃借権を有すること
の確認並びに横浜市長より右賃借権の目的となるべき土地としての指定の通知を受
けたときは右土地の引渡を求める限度においてのみ正当としてこれを認容し、その
余は失当として排斥すべきものである。第一審原告の第一審被告Aに対する請求は
金七十六万二千円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明
かである昭和三十年四月三十日以降完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損
害金の支払を求める限度においてのみ正当としてこれを認容し、その余は失当とし
て排斥すべきものであるから、原判決中右限度を超えて第一審原告の請求を認容し
た部分は失当で、第一審被告Aの本件控訴はその限度で理由があるので、民事訴訟
法第三百八十六条により原判決中右部分を取り消して、この部分についての第一審
原告の請求を棄却すべきものとする。第一審原告の第一審被告Aに対する本件控
訴、第一審被告B外二名の本件控訴及び第一審被告Aのその余の控訴はいずれも理
由がないから、同法第三百八十四条第一項によりいずれもこれを棄却することとす
る。なお訴訟費用の負担については同法第八十九条、第九十条、第九十二条、第九
十三条を、仮執行の宣言については同法第百九十六条第一項を各適用して主文のと
おり判決する。
 (裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 伊藤顕信 裁判官 杉山孝)

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