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裁判例


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       主   文
特許庁が昭和四九年審判第八〇七号事件について昭和五五年四月二四日にした審決
を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原
告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、特許庁に対し、昭和四五年一二月二八日名称を「人命安全防災システム」
とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願をしたが、昭和四八年
一二月二五日拒絶査定を受けたので、昭和四九年二月二〇日審判を請求し、特許庁
昭和四九年審判第八〇七号事件として審理され、昭和五一年七月八日特許出願公告
がされたが、特許異議の申立があり、昭和五五年四月二四日「本件審判の請求は成
り立たない。」との審決がされ、右審決の謄本は、同年四月三〇日原告に送達され
た。
二 本願発明の要旨
 「非常口に設けられた錠手段を有する非常扉と、該非常扉の錠手段の鎖錠を許容
し電気信号の適用により鎖錠状態にある錠手段を開錠する解錠手段と、上記非常口
のある空間を他の空間から隔離するための位置に設けられている防火扉と、常時は
閉鎖され電気信号の適用により上記空間に発生した煙等の危険物質を建物の外方に
排除するため開放される排煙窓手段と、常時は防火扉を開放状態に保持し上記解錠
手段が開錠のための電気信号を受けたとき電気信号の適用により該防火扉の保持を
離す係止手段と、火事の発生による煙等を検知し上記解錠手段、排煙手段及び係止
手段に適用するための電気信号を発生する感知手段と、上記錠手段が開錠された際
操作され電気信号を発生するスイツチと、該スイツチからの電気信号により動作し
人を上記非常口へ誘導するため断続音と点滅光を発する標示灯手段を含む人命安全
防災システム。」
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は前項に記載のとおりである。
2 次に、建設省住宅局建築指導課監修(挿入式)「耐火防火構造・材料等便覧」
(以下単に「便覧」という。)の追録No.1(日本建築センター・新日本法規出
版株式会社発行、発行日昭和四五年八月一日)の九九〇-七頁から九九〇-一七頁
(以下これを「引用例」という。)には、本願発明の構成要件のすべてを備えた実
質上同一の人命安全防災システムの技術的事項が記載されている。
3 ところで、請求人(原告)は、引用例に記載の技術的事項が便覧に掲載される
に至つたのは、請求人の意に反してされたものである旨主張するので、この点につ
いて検討する。
 拒絶理由の通知に対する請求人の意見書、異議申立人の提出した評定申込書写に
よると、請求人は、名称を「YM式オートアンロツク」とする物件について、建築
基準法第三八条の規定に基づく認定を受けた方が、実際の販売活動上都合がよいこ
とから財団法人日本建築センター(以下「日本建築センター」という。)の評定を
受くべく、モーリス消防工業株式会社(以下「モーリス消防工業」という。)取締
役営業部長【A】に指示して、右センターの評定の察査を受けるための申込手続を
行なわせたこと、【A】は、その際、右評定を受けるための申込書の提出資料公表
の諾否を問う項の諾に丸印を付けて、これを提出し、その結果、引用例に記載の技
術的事項が便覧に掲載されるに至つたことが認められ、また、便覧を監修した建設
省住宅局建築指導課の課長に対する調査結果によると、評定の申込時に公表諾否の
項が諾とされている場合には、改めて、公表の承諾を求めることをしないとされて
いる。
 そうすると、引用例に記載された技術的事項は、請求人の意に反して公表された
ものではない。
4 よつて、本願発明は、特許法第二九条第三号の規定に該当し、特許を受けるこ
とができない。
四 審決の取消事由
 本願発明が、引用例に記載された技術的事項と同旨のものであることは認める。
しかし、引用例に記載された技術的事項、したがつて、本願発明は、特許を受ける
権利を有する原告の意に反して特許法第二九条第一項第三号の規定に該当するに至
つたものであり、かつ、原告としては、その該当するに至つた日から六月以内に特
許出願しているのであるから、同法第三〇条第二項の規定により上記第二九条第一
項第三号の規定に該当するに至らなかつたものとみなされるべきである。
 しかるに、審決は、引用例に記載された技術的事項が、請求人の意に反して公表
されたものではないと誤つて認定したうえ、本願発明は特許を受けことができない
としたものであるから、取消されるべきである。
 引用例に記載された技術的事項が、便覧の追録の頒布という形式により、原告の
意に反してされるに至つた点を以下に詳述する。
1 まず、本願発明の内容が、引用例(便覧の追録No.1)に掲載されるに至る
までの経緯について述べると次のとおりである。
 原告は、昭和四四年ころ、本願発明の基本的内容を発明したので、これをモーリ
ス消防工業に実施させようとしていた。ところが、本願発明を実施するためには、
予め実施品につき「予想しない特殊の建築材料又は構造方法を用いる建築物」とし
て建築基準法第三八条の規定に基づく建設大臣の認定を受ける必要があつたが、こ
の認定手続は、その前提として日本建築センターの評定委員会の性能評定審査を受
け、その評定書を添付して特定行政庁を経由して建設大臣に認定申請する仕組みに
なつていた。そこで、モーリス消防工業が日本建設センターに対しそのための性能
評定申請をし、これに対し、日本建築センターがその性能を評価して評定書を交付
した。その評定書(甲第五号証)の内容が日本建築センターの手によつて引用例に
掲載されてしまつたのである。
2 ところで、右のとおり、モーリス消防工業による日本建築センターに対する評
定審査を受けるための申込みに際し、その申込書の提出資料公表の諾否欄の諾に丸
印をつけたのは、以下に詳述するとおり、もともと企業内で社是及び就業規則によ
り秘密保持義務を課せられている同社取締役業務部長(当時)【A】が会社にも原
告にも無断でしたものである。
 原告は、当時モーリス消防工業の代表取締役をしていたが、本件発明の特許出願
の前後を通じて数多くの発明、考案をし、特許権等も有しており、これらの発明等
をモーリス消防工業に実施させていた。一般に、特許出願前の発明については、こ
れを秘密にしておくのが当然であり、原告も、そのことは充分認識していたので、
特許出願前は秘密を保持するよう従業員に命じ、就業規則にもそのことを規定し
て、従業員に秘密保持義務を負わせていた。
 原告は、本願発明の基本的内容を発明した昭和四四年ころ、これをモーリス消防
工業に実施させようとしたが、当時消防庁から同社に就職したばかりであつた
【A】の話によれば、本願発明は、建築基準法第三八条の規定に基づく認定を受け
ないと、実施しても実際の販売活動上支障が多いということであり、また、その認
定をうけるためには、前記のとおり、日本建築センターの評定委員会の評定報告書
を添付し、所轄行政庁を経由して建設大臣に申請する仕組になつているが、このよ
うな手続をとつても発明が公表されることはないということであり、かつ、このよ
うな認定は、申請してから早くて一年半か二年位はかかるのが常識であるので、早
目に申請しておく必要がある、ということであつた。そこで、原告は、本願発明に
ついて特許出願準備中であつたが、モーリス消防工業が日本建築センターにYM式
オートアンロツクについての評定の審査を申し込むのを認めたのである。
 モーリス消防工業は、右の審査申込の手続をとるよう【A】に指示し、【A】
は、審査申込書を事務員に作成させて、同会社の代表取締役であつた原告に捺印を
求めたが、その際、審査申込書の提出資料公表の諾否欄には何の記入もなく、勿
論、諾否の欄に丸印も付されていなかつた。原告は、これを提出資料公表を承諾し
ない趣旨に解して印(同会社代表者印)を押したのである。
 ところが、昭和四四年六月九日これを実際に日本建築センターの窓口に提出した
事務員から、担当の【A】に対し、「日本建築センターで、申込書の提出資料公表
の諾否欄に記入するようにいわれた。」との報告があつたので、【A】が確認した
ところ、「日本建築センターは、その性質上依頼者の秘密を厳守するものであつ
て、審査申込書の提出資料公表の諾否の項の諾に丸印が付されていても、実際に第
三者が公表を求めてきた場合には、審査申込依頼者に連絡して、その都度承諾を求
めることになつている。」ということであつたので、【A】としては、本願発明の
特許出願前に第三者から公表の申込があつたとき断ることもできるし、特許出願後
は、機器取付図面、機器価格表等を公表した方が営業政策上有利である、と考え
て、原告に承認を求めることなく、申込書の前記諾否欄に丸印をつけて提出してし
まつた。
 しかし、原告は、以上の事実について、【A】からは、「申込書を日本建築セン
ターに提出したが、日本建築センターでは、「この種の防災性能評定は、いまだ発
足していないが、近く発足するので預つておく。」ということでした。」との報告
を受けただけであつたので、【A】により、右のとおり丸印がつけられたことは、
全く知らなかつた(原告がそれを知つたのは、本件審判手続においてである。)。
 原告は、申込書の前記諾否の項に丸印がつけられたことを知らないまま、その
後、昭和四四年七月二三日、本州製紙会館において委員に対し、前記YM式オート
アンロツクの性能につき説明するよう求められたが、その時の日本建築センター係
員との打合せでも、「こうした説明をしても、委員会は建設省の下請審査機関であ
り、建築基準法第三八条の規定にいう予期せざる新技術の認定であるだけに、委員
には守秘義務が当然課せられている上、公表の時は了解をとることになつているの
で、公表について心配はない。」ということであつた。その後、この説明会で説明
した内容を書類にまとめるように、日本建築センターから求められ、提出したのが
評定書(甲第五号証)の防災性能評定表とある部分であり、評定委員会はこの防災
性能評定表を別紙としてそのまま認める形で、評定書を作成したのである。そし
て、この評定書の内容が引用例に掲載されたことにより、本願発明にかかる防災性
能がすべて公表されることになつた。
3 仮に、【A】が、前記提出資料公表の諾否欄に丸印を付したのは原告に無断で
したものである、との主張が認められないとしても、右提出資料の公表は、一般人
に対し、しかも全面的にされるものではなく、極く限られた者に対し、かつ、限定
された事項にとどまるものとされていたのである。
(一) まず日本建築センター内での取扱いとしては、公表諾に丸印をつけた場合
でも、一般人に対する公表をしないことになつていた。
 モーリス消防工業による評定申込の際、日本建築センターの受付係員が「公表諾
に丸印をつけても、実際に第三者から公表を求められたときは、改めて確認をす
る。」といつたことは、前記のとおりであるが、日本建築センターの評定事務の実
際の取扱いもそうなつていたのである。
 これは、その後、昭和四八年に制度化された「評定資料閲覧規程」に顕著に表わ
れている。すなわち、日本建築センター内には、昭和四二年ころから、各種技術情
報を建築実務面に広く活用するとともに、建築各分野相互の情報交流の円滑をはか
るために、情報交流会が設けられており、その会員には種々の特典が与えられてい
た。
 ところで、昭和四八年に至り成立した規約によると、その会員には、特典とし
て、「ビルデイングレターの無料配布」「BCJ性能評定シートの無料配布」「日
本建築センター資料室の無料利用」ができるとされた。しかして、昭和四八年四月
一四日制定の「日本建築センター資料室、利用に関する規定」によると、「閲覧者
は、当センター情報交流会員、委員会委員、役職員のほか閲覧を希望する一般来訪
者とする。」「閲覧資料とは、資料室に保管する図書資料(非公開資料を除く。)
及び評定資料をいう。但し、評定資料の閲覧については、別に定める「日本建築セ
ンター評定資料閲覧規定」(昭和四八年一月一〇日制定)による。」とされ、さら
に、昭和四八年一月一〇日制定の「日本建築センター評定資料閲覧規程」によれ
ば、「評定資料の閲覧は、評定申込書を受理する際に、申込者の承諾を得たものに
ついて行う。」となつている。これからすると、昭和四八年の時点に至つて、「閲
覧」が評定申込書の「公表」を意味することとなつたことが明らかである。
 ところが、この閲覧規程によると「閲覧可とされたものにつき閲覧をなし得る者
は、評定申込者及び日本建築センター情報会員とする。」さらに、「閲覧は日本建
築センターの所定の場所に限る。
また、カメラ、ゼロツクス等による複写を禁ずる。」とされているのである。
 このように、評定申込書の提出資料公表に諾を与えた場合でも、一般人はまつた
く閲覧できず、閲覧を許される日本建築センターの情報交流会員でさえ、実は、こ
の程度の情報しか受けられない仕組みになつていたのであるから、一般人に対し、
しかも全面的公表となるような一般刊行物による公表は、評定申込書における「公
表」の全く予定していないものというべきである。
(二) そうすると、当時、この評定申込書における「公表」の意味は何であつた
かが問題となるが、これは、評定機関である日本建築センターが発行する機関紙
「ビルデイングレター」に性能評定シートを掲載する趣旨であつた、と解する余地
がある。すなわち、モーリス消防工業が、本件の評定申込をした当時(昭和四四年
六月九日)は、いまだ、防災性能評定委員会も、これを運営するための防災性能評
定要領も、制定されていなかつた。これらが実際に発足したのは、その後の昭和四
四年九月九日付建設省住宅局建築指導課長より建築主務部長宛の通達によつてであ
る。まして、引用例の便覧のような一般刊行物による公表等は、全く考慮外のこと
であつたのである。因みに、当時便覧は発行されていなかつたのであつて、これが
発行されたのは評定申込の八ケ月後である。
 したがつて、本件評定申込に対し、当時日本建築センターとしても、拠るべき基
準がなく、その担当課長も、実際の公表の際には、改めて確認をするということ
で、評定申込を受理していたのである。事実、評定申込を実際にしたのは、昭和四
四年六月九日であつたが、制度が未発足ということで、正式に受理されたのは、一
か月半後の同年七月二三日であつた。
 しかし、右評定申込当時、すでに、評定委員会とその運営のための性能評定要領
の制定は、予定されており、そこでは、公表のことが問題とされるはずであつたか
ら、モーリス消防工業による評定申込の際に、やがて制定されるべき性能評定要領
における公表制度について、予めその諾否を求めたものと解されるのである。
 この考えによると、初めての防災性能評定要領は、前記のとおり、昭和四四年九
月九日付通達にみられるが、そこで公表の点は、「評定登録を行つた防災装置等に
ついて、その趣旨の普及徹底を図るため、評定登録を受けた者は、日本建築センタ
ーの防災装置コーナーにその見本を展示することとし、日本建築センターは、ビル
デイングレターに性能評定シートを掲載する他、これを資料として、特定行政庁に
配布するよう建設省に依頼する。」とされたのであるから、評定申込書における
「公表」は、センターの機関紙である「ビルデイングレター」に、性能評定シート
を掲載する趣旨であつたということになる。
 ところで、性能評定シートの掲載は、提出資料の一部公表にすぎず、これだけで
は、発明の全容は到底明らかにならないのである。なお、原告は、「ビルデイング
レター」を精査したが、何故か今日まで本発明に関しては一片の掲載もない。
(三) このように、評定申込書における公表は、一般人に対し、しかも、全面的
公表が予定されていたものではないのであるから、本願発明と同旨の内容が、引用
例に全面的に掲載されるに至つたことが、原告の意に反したものであることは明ら
かである。
第三 被告の答弁
一 請求の原因一ないし三の事実は認める。
二 本願発明が、原告の意に反して特許法第二九条第一項第三号の規定に該当する
に至つたとの原告の主張は争う。
1(一) 原告は、日本建築センターでは、たとえ、審査申込書の提出資料公表の
諾否の項の諾に丸印が付されていても、実際に第三者が公表を求めてきた場合に
は、審査申込依頼者に連絡してその都度承諾を求めることになつているとの趣旨の
主張をするが、この点は、建設省住宅局建築指導課長の特許庁審判長宛の回答書
(乙第一号証)からみて事実と相違する。
(二) また、【A】が、評定に関する手続のすべてを原告から委任されていた以
上、同人の意思に反して公表の諾否の項の諾に丸印を押したものとはいえない。
2 原告の3の主張は、前掲乙第一号証の記載からみて事実と相違するものであ
る。
第四 証拠関係(省略)
       理   由
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決の取消事由の有無について検討する。
1 成立に争いのない甲第一号証ないし第三号証、第五号証、第一五号証、乙第三
号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第九号証、証人
【A】の証言及び原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したと認められる甲
第一四号証並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
 「原告は、モーリス消防工業株式会社(後に、「株式会社モーリス」と商号を変
更)の代表取締役であり、かねてより建築の防災等に関する発明、考案を数多く手
がけ、これまでにその特許権又は実用新案権を数多く有しており、これら発明、考
案の実施を主としてモーリス消防工業に行わせていた。ところで、原告は、昭和四
四年五月ころ、本願発明にいう防災システムの基本構想をまとめ、これをそのころ
モーリス消防工業の営業部長【A】に話した。【A】は、かねて消防庁消防大学校
の教授をしていたが、その直前である同年四月に同庁を退職し、同会社に就職した
者であり、消防に関する知識が深く、本願発明にいう防災システムについての原告
から受けた説明により、その発明が、特殊の建築材料又は構造方法に係るものであ
つて、これを建築物に使用するのには、建築基準法第三八条により建設大臣の認定
を受けなければならないとされていることを承知していたので、原告にその旨を説
明し、右発明を実用化するのには、右の認定を受けておくのが得策であることを進
言し、原告も、これを容れ、ただ右認定を受けることのみを考え、これに関する手
続を【A】に依頼した。ところで、右の認定を受けるのには、建設省通達(昭和四
〇年一二月一六日同省住指発第二〇〇号)により、まず日本建築センターの審査機
関による技術的審査を受けたうえ、所轄の行政庁を経由して建設大臣にその旨を申
請しなければならないとされているので、【A】は、日本建築センターから「審査
申込書」と題する申込用紙を貰い受け、これに後述のとおり、原告からモーリス消
防工業の会社代表者である原告の記名押印を得て、昭和四四年六月九日ころ、右申
込書を日本建築センターに提出し、右審査の申請を行つた。ところで、右申込用紙
の「審査区分」、「依頼物件名称」、「添付図書等」、「連絡者」の各項には、
【A】の指示に基づいてモーリス消防工業の事務員が該当事項を記入したが、当時
はまだ発明の内容が確定するまでには至つてはいなかつたほか、発明が防災システ
ムにかかるもので単品ではないことなどから、その「材料・構造・構法の種類・大
きさ」、「申込の目的」の各項は空欄とし、また、「提出資料公表の諾否」の項に
ついては、いずれとも記入しないままで、原告に提示し、原告がその依頼者(申込
者)の欄に「モーリス消防工業株式会社取締役社長【B】」の印判と代表者印を押
捺したうえ、同社事務員が、これを日本建築センターに提出した。ところが、右事
務員が、右申込書を日本建築センターに提出する際に、「提出資料公表の諾否」の
項に記入がなかつたことから、諾否いずれかに記入するよう指示されたため、
【A】に問い合わせたところ、【A】は、このことはさほど重要なことではなく、
当時同人としては、建設大臣の認定が得られるまでに一、二年という相当長期間を
要するであろうと見込んでいた関係上、右提出資料の公表については、これを承諾
しておいた方が、あるいは審査の手続が早く処理されるのではなかろうかとの単純
な考えから、発明にかかる技術の公開の正確な意味も、右承諾がそのような公開に
発展しうるとの十分な認識もないまま、承諾の旨を指示したので、右事務員が申込
書に右指示どおり諾に丸印を付したうえ提出し、受理された。しかして、【A】
は、この点については、右のとおりさほど重要なこととは考えていなかつたので、
原告には、ただ単に審査申込書を日本建築センターに提出した旨を報告しただけ
で、提出資料公表の諾否の項の諾に丸印を付した点については原告に伝えることを
せず、その後昭和四九年六月には同社を退職した。一方、建設省住宅局建築指導課
長から建築主務部長宛の「財団法人日本建築センター防災性能評定委員会の発足と
今後の運営について」との通達(昭和四四年九月九日住指発第三六一号)により、
右審査申込の手続の後約三か月して、日本建築センターに建築基準法に基づく評定
委員会が設置され、同委員会は、モーリス消防工業からの前記申請に関し、二回に
わたつて原告から口頭の説明を聴取し、さらにこれを書面にしたものの提出を求め
たので、原告は、本願発明と同旨の内容を記載した書面を提出したところ、同委員
会は、昭和四五年二月一八日付でそのころ、モーリス消防工業宛に、その申請に係
る「自動解錠装置(防火戸排煙窓の開閉装置)YM式オートアンロツク」が防災・
防犯上適切なものであることを認める旨の評定書を送付した。ところが、前記のと
おり審査申込書の「提出資料公表の諾否」の項の諾に丸印が付されていたことか
ら、原告から日本建築センターの評定委員会に提出された本願発明と同旨の内容を
記載した前記文書の記載内容がそのまま同年八月一日発行の引用例(便覧追録N
o.1)に掲載されるに至つた。一方、原告は、同年一二月二八日特許庁に対し、
本願発明について特許出願をし、昭和五一年七月八日特許出願公告がされた(この
事実は当事者間に争いがない。)が、特許異議の申立があつて、拒絶理由中に引用
例の技術が開示されていたことにより、代理人を通じて、前記の書面の記載事項が
そのまま引用例に掲載された経緯を知るに至つた。」
 以上認定の事実関係に徴すると、本願発明の内容が、原告の意思に反して、引用
例に掲記されるに至つたものと認めるのが相当である。
2 もつとも、原告は、【A】に対し、右審査申込を含む前記の建築基準法第三八
条による認定の手続に関する事務を、特段に限定することなく一括依頼し、【A】
はこれに基づいて、右審査申込の事務を行なつたものであり、殊に特許発明の出願
前に発明の内容が外部に漏れた場合には、発明者が相応の不利益を被る虞れのある
ことを了知している原告としては、このような点に精通していないと思われる
【A】から、前記認定のとおり審査申込書に捺印を求められた際に、同書面には、
提出資料公表の諾否の項が設けられていたのであるから、たとえ公表を求められて
も、これを承諾してはならないなど明確な指示をすべきところ、これをすることな
く記名捺印をした以上、前記認定のとおりの経緯で公表諾否の項の諾に丸印が付さ
れるにいたつたのは、原告の意思に基づいたものとの疑いを差し挾むものがないで
はないかもしれない。
 しかし、前掲甲第二号証、第九号証、乙第三号証、証人【A】の証言及び原告本
人尋問の結果によると、原告にとつては、前記の評定の申請を行うことは全く初め
てのことであり、また、建築基準法第三八条による建設大臣の認定手続に関して行
われる防災性能評定委員会なるものも、右申請の当時は未だ発足するに至つてはお
らず、したがつてまた、その審査の対象とされた資料が便覧のような刊行物として
かねてから公にされていたわけのものでないことからすると、原告にとつてこの資
料の公表の諾否がどのような意味をもつにいたるかについて深く配慮しなかつたと
しても、また、やむをえないことであり、まして、原告が当時公表を承諾した場合
には発明の内容が直ちに便覧のような刊行物に掲載されることを予想していたもの
とは到底考えられないこと、原告は、前記のとおりそれまで数多くの発明、考案を
手がけ、特許、実用新案の登録出願をしており、出願前にこれら発明や考案の内容
が外部に知れることによつて被る出願人の不利益については充分承知していたこと
は推認するに難くなく、それゆえにこそ、そのような不利益をおそれた原告は、原
告本人尋問の結果により認められるとおり、現に日本建築センター防災性能評定委
員会の要請により本願発明と同旨の内容を口頭で説明する際にも、右内容が外部に
漏れるおそれがないかどうかについて疑念を抱き、係員に念を押すなどして、右の
点について配慮していたほどであること、本件証拠を検討しても、本願発明の発明
者である原告又はその発明の実施予定者であり審査申込者であるモーリス消防工業
が、本願発明の内容がその出願を待たずして公表されることによつて受くべき利益
があつたものとは考えられないこと、以上の諸点及び弁論に現われた諸般の事情を
併せ考えると、原告が【A】に対し、審査申込の事務を依頼するに当り、提出資料
の公表などが軽々しく行われてはならない旨格別の注意を喚起しなかつた点は軽卒
のそしりを免れないとしても、このようなことから直ちに、本願発明の内容が引用
例(便覧追録No.1)に掲載公表されたことが、原告の意思に反してされたもの
でないとはいえないのであり、本件証拠を検討しても、他に、本願発明の内容が原
告の意思に反して引用例に掲記されるに至つたとの前認定を左右するに足りる証拠
はない。
3 そうすると、本願発明について特許法第三〇条第二項の適用を受けることがで
きないとした審決の認定、判断は誤つており、審決は違法として取消されるべきも
のである。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当とし
て認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法
第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 藤井俊彦 清野寛甫)

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〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
時給 当社規定による
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シフトは週40時間以上
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