弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人三谷武司の上告理由第一点及び第二点について
 原判決の確定したところによると、(一)上告人は大正一四年二月三日「博愛慈善
の趣旨に基づき病傷者を救治療養すること」を寄附行為の目的として設立された財
団法人であつて、その経営する病院においてもつぱら貧窮傷病者の治療を行つてき
た特殊慈善医療団体であり、一方被上告人B医療団(以下「被上告人医療団」とい
う。)は昭和一七年法律第七〇号に基づき設立された法人であり、全国各都道府県
を単位として支部を設け、当該都道府県知事を支部長とするものであつたが、昭和
二二年法律第一二八号によつて解散し、目下清算中である、(二)上告人は昭和一九
年一〇月一一日被上告人医療団に対し前記病院の敷地及び建物の全部(以下「本件
不動産」という。)と同病院の備品器具等(以下「本件動産」という。)を代金合
計七〇万〇二二三円五八銭で売り渡し(以下右売買を「本件売買」という。)、右
売却物件の引渡をするとともに本件不動産につき所有権移転登記を経た、(三)本件
売買は、上告人において仮称「D学園」の設立による新事業を行うためのものであ
つたが、右事業は上告人の寄附行為の目的の範囲を逸脱するものであつたので、上
告人は、右売買に先立ち、昭和一九年二月一四日開催の評議員会において、本件売
買承認の決議をするとともに、寄附行為を変更してその目的に国民健康に関する事
業を加える旨の決議をしたが、当時右寄附行為変更の効力発生に必要な主務官庁の
認可に関する手続をとらず、昭和二一年二月四日付申請に基づき同年三月二〇日に
至り主務官庁である京都府知事の認可を得た、(四)被上告人医療団は、前記解散に
際し、上告人に対して本件売買物件の買戻を申し出てその交渉をしたところ、その
頃上告人が資金もなく病院経営の意思もないとして右申出を拒絶したので、同被上
告人は、昭和二三年六月一五日本件動産のうち当時残存する物件を、同二四年二月
四日本件不動産を、他の所有財産とともにそれぞれ被上告人京都市に売り渡し、右
不動産につきその旨の所有権移転登記を経由した、(五)被上告人医療団は、上告人
から本件動産及び不動産を譲り受けて以来、病院としての施設の拡張及び設備の改
善を行い、また、同被上告人からこれを譲り受けた被上告人京都市においても更に
設備を拡充しE病院としてその経営をしてきたものであり、本件売買の目的とされ
た建物のうちには既に朽廃滅失したものがある一方、その後増築された新たな建物
部分が現存している、というのであつて、以上の事実認定は原判決挙示の証拠関係
に照らして首肯するに足り、その過程に所論の違法はない。
 しかして、前記事実関係からすると、本件売買は上告人の寄附行為の目的の範囲
外である事業のためにされた無効の行為であるというべきところ、上告人は、右売
買に先立ち、これを有効ならしめるために寄附行為の定めるところに従つて寄附行
為の変更についての評議員会の決議を経たにもかかわらず、その認可申請の手続を
とることなく放置したまま右売買及び代金の授受を行つたものであり、更に、上告
人は、昭和二一年三月二〇日付で右寄附行為の変更につき主務官庁の認可を得て本
件売買の追認が可能となつた段階において、被上告人医療団から本件売買物件の買
戻の交渉を受けながら、上告人にはその資金もなく病院経営の意思もないとしてこ
れを拒絶したのであり、このことは上告人が本件売買を追認したものと解する余地
がないではなく、かかる状況のもとに被上告人医療団が右物件を被上告人京都市に
転売するに至つたものであるから、右転売にあたり、被上告人医療団及び同京都市
は、上告人が後日に至り本件売買の無効を主張してこれに基づく権利行使をするよ
うなことはないものと信じ、かく信ずるにつき正当の事由があつたというべきであ
り、また、本訴の提起された昭和二七年八月二九日当時、右売買物件のうち建物に
ついては、既に朽廃滅失したものがある一方、増築された部分があつてその原状に
著しい変動を生じていたというのであつて、これら諸般の事情のもとにおいて、上
告人が本件売買の時から七年一〇か月余を経た後に本訴を提起し、右売買の無効を
主張して売買物件の返還又は返還に代わる損害賠償を請求することは、信義則上許
されないものと解するのが相当であるから、これと同旨の原審の判断は正当として
是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができな
い。
 同第三点及び第四点について
 被上告人医療団は、第一審以来本件につき信義則ないし権利失効の原則を適用す
べき旨を必要かつ十分に主張し、上告人もそれに対する反論を繰り返してきたこと
は記録上明らかである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができな
い。
 よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の
意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    大   塚   喜 一 郎
            裁判官    吉   田       豊
 裁判長裁判官小川信雄は退官につき署名押印することができない。
            裁判官    岡   原   昌   男

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