弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主  文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中140日を原判決の刑に算入する。
理  由
 本件控訴の趣意は,弁護人生田暉雄作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は検察
官井村立美作成の答弁書に各記載のとおりであるから,これらを引用する。
1 控訴趣意中,事実誤認の主張について
 論旨は,要するに,原判決は,Aを加害者とする交通事故被害に遭ってAと示談交
渉中の被告人が,保険会社や医師の対応ぶりに不満を抱き,Aを含む周囲の者らが
被告人を早期に退院させようと画策しているように思い込んで,時には声を荒げてA
にそうした不満をぶつけるなどしていたところ,平成12年9月12日も午前7時30分こ
ろにAを入院中の病室に呼び付けた上,同日午前8時過ぎころ,Aと共に松山市a町
内の当時被告人が勤務していた株式会社Bの従業員寮に赴き,その後の同日午前9
時ころ,同寮の1階南東側の洋間において,先のような不満が高じて激高の余りAを
殺害しようと決意し,所携の包丁(刃体の長さ約14センチメートル。以下「本件包丁」
ともいう。)で,その前胸部,左前腕部及び頭部等を突き刺し,切り付けるなどし,その
場で,Aを前胸部刺創による右肺静脈上葉支完全離断に基づく失血により死亡させ
て殺害した旨認定したが,本件は,被告人が,前記従業員寮でAから殴る蹴るされた
ほか,いつの間にか手にしていた本件包丁で刺されそうになったことから,身を守る
べくこの包丁を何とか奪い取った上,なお殴る蹴るしてくるAに対しこの包丁で切り付
けたりするうち,Aの頭部等に傷害を負わせてしまったもので,(1)被告人にはAに対す
る殺意はなく,致命傷となったAの前胸部刺創が被告人の手によって生じたものとま
では証拠上断定し得ないことなどによると,被告人の行為はせいぜい傷害致死罪に
該当するにとどまり,また,(2)前記のような本件発生時の状況に照らすと,被告人の
行為は正当防衛に当たるか,仮にそうでなくても過剰防衛に当たるのに,こうした点を
いずれも看過して被告人に殺人罪を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことの
明らかな事実の誤認がある,というのである。
 そこで,所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せ
て検討するに,原判決挙示の関係証拠によると,原判示のとおりの殺人の事実を優
に肯認することができ,しかも被告人のこの行為が正当防衛や過剰防衛に当たらな
いことも明白である。この点に関連して,原判決がその「補足説明」の項で詳細に説
示するところは,本件の犯行状況に関する被告人の原審での供述は信用することが
できないとする点をも含め,これをほぼ正当として是認することができる(なお,前記
「補足説明」の第一項の2(四)中に,「本件当日に被告人が着用していた・・・頸椎捻挫
用コルセットが,Aの血液型と一致する血液が付着した状態で発見された。」とある点
は,これを認めるに足りる証拠がないから,この点に関する原判決の認定には誤りが
あるというほかないが,この誤りは判決に影響を及ぼさない。)。被告人の原・当審で
の各供述中,この認定・判断に抵触する部分は,他の関係証拠と対比して到底信用
することができない。なお,所論にかんがみ,説明を若干補足する。
(1) 所論は,原判決が被告人の原審での供述は信用性に乏しいとする理由(前記
「補足説明」の第三項の3参照)について逐一反論し,(ア)被告人が供述する本件
の犯行状況は,Aの負った創傷の部位やその程度のほか,被告人が本件包丁に
よって何ら傷害を負っていないこととも決して矛盾しない,(イ)関係証拠上,前記従
業員寮内の階段付近やダイニング等に被告人とAとが争いをした形跡がないよう
に見えるのは,捜査段階でち密な実況見分等を怠ったためである,(ウ)Aは,被告
人に対し交通事故の加害者としては常識を欠く横柄な態度を取っており,温厚な性
格とまでは言い難い上に,Aの刑事処分が未了であったことも,Aが本件包丁を持
ち出すことを抑止する力までにはなっていない,(エ)関係証拠上,Aが前記従業員
寮内で本件包丁を簡単に発見することができなかったとは断定し得ない,(オ)被告
人は,捜査段階では本件の犯行状況に関し一切の供述を拒んだ上,原審で初めて
これを供述するに至ったが,この経緯について被告人が合理的な説明をしていな
いとして,これを被告人の原審での供述の信用性を否定する材料にするのは,被
告人に黙秘権があることを忘れた不当な扱いである,(カ)被告人が,原審での供述
中で,Aの頭部を切り付けた回数について供述を変遷させたことで,被告人の原審
での供述の全部についてその信用性を否定するのは行き過ぎである,などと主張
する。
 そこで,まず(ア)の点について検討するに,関係証拠によって認めることのできる
Aの負った創傷の部位やその程度,被告人とAとの身長差,本件包丁の刃先部の
欠落状況やその欠落部位(金属片)の発見状況等に照らすと,原判決が適切に説
示するとおり,被告人は,Aに対し,本件包丁を用いて,左前腕部を貫通するほど
の力を込めて突き刺し,さらに前胸部を突き刺して致命傷を与えた後,それらの攻
撃で前かがみにうずくまったAの頭部や腹部に切り付けるなどの攻撃を加えたもの
と推認し得るのであって,この攻撃順序は被告人が原・当審で供述するそれと明ら
かに矛盾するものである。また,被告人が原・当審で供述するAとの間の本件包丁
の激しい奪い合いの状況が事実であるとするならば,Aの受傷状況と対比しても,
被告人が本件包丁により何らの傷害も負わなかったというのは甚だ不自然であっ
て,被告人がそうした傷害を全く負わなかったという点も,被告人の原・当審での供
述と矛盾するものといえる。
 次に(イ)の点について検討するに,関係証拠によると,警察官らは,本件当日の
午後1時21分に前記従業員寮の住人の1人から通報を受けて,間もなく同寮に臨
場し,同日午後1時45分から午後7時35分までの6時間近くをかけて,本件の現
場である同寮内等の実況見分を実施したことが認められるところ,被害現場はその
まま保存されており,犯行後第三者によって変更を加えられたり,整理されたりした
形跡は全くうかがわれず,犯行現場の状況の把握に遺漏がなかったことは明らか
であって,原判決がその結果等に基づき,同寮内の階段付近やダイニング等に被
告人とAとが争いをした形跡はないと認めたのは正当である。
 続いて(ウ)及び(エ)の各点について検討するに,Aは温厚な性格で,示談交渉に
際しても被告人に対し終始低姿勢で臨んでいたと認められることは,原判決が適切
に説示するとおりであって,そのAが,勤務先による休職処分中で刑事処分も未了
の状況にあるのに,自ら進んで被告人に暴行を加えたり本件包丁まで持ち出して
被告人に切り掛かったりするとは尚更考え難い。また,Aがごく短時間で食器棚か
ら本件包丁を持ち出して被告人に切り付けた旨の被告人の原・当審での供述が甚
だ不自然であることも,原判決が適切に説示するとおりである。
 さらに(オ)の点について検討するに,被告人の本件の犯行状況に関する供述経
過や供述態度を,被告人の供述の信用性判断に際して考慮し,更には補助的事
実として心証形成に働かせたとしても,それが被告人の黙秘権を侵害するものであ
るとは到底いえず,原判決には何ら不当な点は存しない。
 加えて(カ)の点について検討するに,そうした弁解の核心ともいえる部分について
の供述の変遷は,それ自体被告人の供述全体の信用性を大きく減殺するものとい
える上に,原判決は,それのみならず,関係証拠を検討しその総合的評価としてそ
の信用性を否定したことが説示から明らかである。
 以上のとおりであるから,この所論は,その前提を欠き失当であって,採用するこ
とができない。
(2) なお,所論は,本件の犯行状況に関する被告人の原審での供述を前提にしつ
つ,被告人の本件行為は正当防衛又は過剰防衛に当たる旨主張するけれども,関
係証拠によって認定又は推認することのできるAの創傷の部位やその程度,その
受傷の順序,本件現場の状況等を総合すると,被告人が原・当審で供述するような
態様でAともみ合った状況は何らうかがえない上に,被告人は一方的に積極的な
加害意思をもってAに攻撃を加えたものと優に推認し得るから,被告人の本件行為
が正当防衛又は過剰防衛に当たることはないと認めるのが相当である。この所論
も採用の限りでない。
 その他所論がるる指摘するところにかんがみ検討してみても,原判決に所論の事実
誤認はない。論旨は理由がない。
2 控訴趣意中,量刑不当の主張について
論旨は,被告人を懲役15年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,という
のである。
そこで,所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併
せて検討する。
 本件は,原判示のとおりの殺人の事案であって,原判決が,その「量刑の理由」の
項で詳細に説示するところは,当裁判所においてもこれを相当として是認することが
できる。要するに,この犯行の罪質,動機,態様,結果,遺族の厳しい被害感情,本
件の社会的影響及び被告人の前科関係等に関する原判決指摘の諸点に加えて,被
告人が当審に至っても被害者の名誉を著しく傷付けるような不合理な弁解をなお維
持し,反省するどころか,遺族に対し無用の苦しみを与え続けていることなどを併せ
考えると,本件の犯情は甚だ悪く,被告人の刑事責任は非常に重大であるといわな
ければならない。なお,所論は,本件を招いたことについては被害者の側に責任があ
るかのように主張するが,被害者の側に本件のごとき被害に遭わなければならない
ような落ち度は一切存在せず,この所論も失当である。
 そうすると,原判決が指摘し記録上も肯認し得る被告人のために酌むべき若干の事
情を最大限考慮しても,原判決の量刑が重過ぎて不当であるなどとは到底いえない。
論旨は理由がない。
 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日
数の算入につき刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつ
き刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
平成14年1月29日
    高松高等裁判所第1部
          裁判長裁判官  正木勝彦
               裁判官  浦島高広
               裁判官  齋藤正人

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛