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判決言渡平成21年11月26日
平成21年(行ケ)第10075号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年11月5日
判決
原告X1
原告X2
両名訴訟代理人弁護士藤川義人
同森田博
被告特定非営利活動法人
東京都日本中国友好協会
訴訟代理人弁護士富岡英次
訴訟代理人弁理士井滝裕敬
同東谷幸浩
訴訟代理人弁護士佐竹勝一
訴訟代理人弁理士苫米地正啓
訴訟代理人弁護士柳原敏夫
同神山美智子
同光前幸一
主文
1原告らの請求を棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007−890110号事件について平成21年2月12日
にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,被告の請求に基づき特許庁が原告らの有する下記商標登録(第48
05224号,本件商標)を無効とする旨の審決をしたことから,原告らがそ
の取消しを求めた事案である。

・商標・指定商品(標準文字)
第28類太極柔力球
「太極拳の指導に用いられる運動用
具」
・指定役務
第41類
「太極拳の指導に関する技芸・スポー
ツ又は知識の教授,スポーツの興行
の企画・運営又は開催,運動施設の
提供,娯楽施設の提供,運動用具の
貸与」
2争点は,①本件商標は,その指定役務中「太極柔力球の興行の企画・運営又
は開催」・「太極柔力球のための運動施設の提供」・「太極柔力球のための娯
楽施設の提供」及び「太極柔力球のための運動用具の貸与」については,その
役務の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるか
(商標法3条1項3号),②本件商標は,その指定商品「太極拳の指導に用い
られる運動用具」に使用する場合は商品の品質の誤認を生ずるおそれがあり,
また,その指定役務中「太極拳の指導に関する技芸・スポーツ又は知識の教
授」及び「太極柔力球の興業の企画・運営又は開催,太極柔力球のための運動
施設の提供,太極柔力球のための娯楽施設の提供,太極柔力球のための運動用
具の貸与」以外の「スポーツの興業の企画・運営又は開催,運動施設の提供,
娯楽施設の提供,運動用具の貸与」に使用する場合は役務の質の誤認を生ずる
おそれがあるか(商標法4条1項16号),である。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告らは,平成15年8月12日,前記内容の本件商標につき前記内容の
商品・役務を指定商品・指定役務として商標登録出願をし,平成16年8月
10日登録査定を受け,平成16年9月24日に,第4805224号とし
て登録を受けた(甲1の1・2)。
これに対し,被告は,本件商標登録につき平成19年7月9日付けで無効
審判請求をしたので,特許庁は同請求を無効2007−890110号事件
として審理した上,平成21年2月12日,「登録第4805224号の登
録を無効とする。」旨の審決をし,その謄本は平成21年2月24日原告ら
に送達された。
(2)審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,①本件
商標は,その指定役務中「太極柔力球の興行の企画・運営又は開催」・「太
極柔力球のための運動施設の提供」・「太極柔力球のための娯楽施設の提
供」及び「太極柔力球のための運動用具の貸与」については,その役務の品
質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり(商標法
3条1項3号),②本件商標は,その指定商品「太極拳の指導に用いられる
運動用具」に使用する場合は商品の品質の誤認を生ずるおそれがあり,ま
た,その指定役務中「太極拳の指導に関する技芸・スポーツ又は知識の教
授」及び「太極柔力球の興業の企画・運営又は開催,太極柔力球のための運
動施設の提供,太極柔力球のための娯楽施設の提供,太極柔力球のための運
動用具の貸与」以外の「スポーツの興業の企画・運営又は開催,運動施設の
提供,娯楽施設の提供,運動用具の貸与」に使用する場合は役務の質の誤認
を生ずるおそれがある(商標法4条1項16号),というものである。
(3)審決の取消事由
しかしながら,審決には次のとおりの誤りがあるから,違法として取り消
されるべきである。
ア取消事由1(本件商標がスポーツの一般名称として一般に認識されてい
たとの認定の誤り)
審決は,中国山西医科大学のAによって発案された太極拳の理論を球技
に応用した運動を「太極柔力球」と呼称し,「太極柔力球」が,Aによっ
て発案され,中国及び日本で「太極柔力球」を種目とする大会や講習会が
開かれたことを認定しただけで,直ちに本件商標が,スポーツの一般名称
として一般に認識されていたと結論付けている(27頁23行∼31
行)。
しかし,本件商標がスポーツの一般名称として認識されていると判断す
るためには,本件商標が,上記Aの発案に係る運動(以下「本件運動」と
いう。)の一般名称として認識されていること及び本件運動が日本におい
てスポーツとしての地位を確立していることが認定されなければならない
ところ,次のとおり,これらの事実を認定することはできず,また審決に
おいても,これらの認定がなされていない。
(ア)本件商標が本件運動の一般名称とはいえないこと
本件商標が,本件商標の登録査定(平成16年8月10日)時に本件
運動の一般名称とはいえないことは,以下のとおりである。
aAは,当初,自らが発案した本件運動を「太極柔力球」とは呼んで
おらず,「太極娯楽球」と呼んでいた(甲73の2[中国実用新案9
1225647.8号のデータシート])。これは,本件運動の発案
者自身が,統一的な名称を用いていたわけではないことを意味する。
bドイツにおいては,本件運動は「太極柔力球」という名称で紹介さ
れておらず,「太極白龍球連盟」によって「太極白龍球」として紹介
されている(甲160[ドイツの太極白龍球連盟のインターネットの
ホームページ])。これは,中国国外において,統一的な名称が用い
られているわけではないことを意味する。
c被告は,2002年(平成14年)11月15日に発行した新聞
「日本と中国東京版」において,本件運動を紹介するに当たって,
「太極柔力球」という名称を用いず,単に「ボールとラケットの舞
い」と表現している(甲26)。
d熊本日日新聞の2004年(平成16年)9月22日付けの記事で
は,熊本でBが講座を開いて普及している運動の名称を「柔力球」と
紹介し,これと区別する形で中国での呼び名を「太極柔力球」と紹介
している(甲49)。
これは,本件商標の登録査定後においてすら,Aが考案した運動に
ついて「太極柔力球」という呼び名が,日本において定着していなか
ったことを意味する。
e中国国内では,本件商標の登録査定後に,本件運動の名称として,
「太極柔力球」のほかに「太極球」(甲161[中国のポータルサイ
ト「HAINAN.NET」のニュース記事])や「太極功」(甲1
59[中国のポータルサイト「SINA」のニュース記事])が用い
られている。
f以上のとおり,本件運動は,その発案当初から,太極柔力球と呼称
されていたわけではなく,また,中国以外の各国で必ずしも本件運動
が太極柔力球と呼ばれているわけではない。
加えて,本件商標の登録査定後に,日本において,太極柔力球とい
う名称が本件運動の一般名称として認識されていたわけではなく,か
つ,中国においてすら,本件運動は太極柔力球以外の名称で呼ばれて
いる。
したがって,本件商標の登録査定(平成16年8月10日)時にお
いて,本件運動について太極柔力球という名称が一般名称化していた
とはいえない。
(イ)本件運動が中国においてスポーツの地位を確立していなかったこと
審決は,本件運動が,中国において,1994年(平成6年)7月5
日,第3回全国労働者スポーツ大会の正式種目として採択されたことな
どを認定したうえで,「我が国において,『太極柔力球』は,スポーツ
の名称として一般に認識されていたというべきである」と判断している
(27頁29行∼31行)。
しかし,中国において本件運動が実施されたかどうか,ひいては中
国において本件運動がスポーツとして確立していたかどうかは,日本に
おいて本件運動がスポーツとして確立していたか,あるいは日本におい
て本件商標が本件運動の一般名称として認識されていたかという判断と
は関連がない。
加えて,そもそも本件運動は,本件商標の登録査定(平成16年8月
10日)時において,中国においても,スポーツとしての地位を確立し
ていなかったことは,以下の事実から明らかである。
a1994年(平成6年)に開催されたとする第3回全国労働者運動
会自体の参加人数等が明らかになっていないため,上記運動会の規模
が不明であるばかりか,本件運動の参加人数も明らかになっていな
い。
他方で,中国湖南省体育局のインターネットのホームページでは,
同運動会が紹介されているが,「太極柔力球」なる名称は記載されて
いない(甲162)。
また,全国労働者運動会が第4回以降も開催されたという事実も認
められない。
b本件運動を紹介するものとして無効審判において被告から提出され
た甲2の1(李洪滋・張青「老年人科学健身」)は,中表紙の下部に
「内部交流」と書されているとおり,非売品にすぎない。また,20
01年(平成13年)に発行されたとする甲2の1には,1994年
(平成6年)に開催されたとする第3回全国労働者スポーツ大会しか
紹介されておらず,その他の大会実績は紹介されていない。これは,
第3回全国労働スポーツ大会以降,中国における普及活動が停滞して
いたことを示している。2002年(平成14年)11月北京体育大
学学報に掲載された李恩荊の「太極柔力球の現状と発展対策」と題す
る論文(甲15,乙8,28)には,本件運動は,いまだ秩序なき発
展段階にあり,全国的な指導組織もなく,展開区域には偏りがあり,
本件運動に対する認識はいまだに統一されていない旨の記載がある
(訳文は甲170)。
c本件運動の中国での普及を示す証拠として,無効審判において被告
から提出された甲4,6∼10(中国老年人体育協会の通知)は,い
ずれも,2002年(平成14年)5月から7月までの作成日付とな
っており,その内容も,これから指導員を養成しようという程度にと
どまる。
d被告は,2002年(平成14年)11月15日に発行した新聞
「日本と中国東京版」において,本件運動をスポーツとして紹介せ
ず,単に「ボールとラケットの舞い」と表現している(甲26)。
e中国国家体育総局は,現在に至るまで,本件運動を,中国において
正式に行われているスポーツとは認めていない(甲163[中国国家
体育総局のインターネットのホームページ])。
(ウ)本件運動が日本においてスポーツの地位を確立していなかったこと
審決は,「本件商標が登録査定された平成16年8月10日には,日
本において,すでに,被請求人(判決注:原告)以外の者による講習会
が開催されており,『太極柔力球』用の道具も販売されていたことを認
めることができる。」と認定している(27頁26行∼28行)。
しかし,以下に述べるとおり,上記講習会の開催等をもって,日本に
おいて一般的にスポーツとして確立していたと判断することはできな
い。
a原告ら以外の者による講習会の開催等については,平成16年3月
18日に本件運動の普及のために講習会が開催されることを記載する
新聞記事(「日本と中国東京版」2004年[平成16年]1月1
日被告発行。甲29)及び平成16年5月15日に当該講習会の復習
会が開催されることを記載する雑誌の記事(「REC」2004年[
平成16年]5月号,同月1日財団法人日本レクリエーション協会発
行。甲37)が存在するにとどまる。
なお,上記「日本と中国東京版」は,被告の会員向けに被告自身
が発行する機関紙にすぎず(甲165),一般的に頒布されているも
のではない。しかも,東京版であって,その配布された地理的範囲
も,おのずと限定される。
b甲29には,「1本の専用ラケットとボールを用いて行う緩やかな
ダンスのような体操ともいえましょう」と,読者が本件運動を知らな
いことを前提とした記載をしており,また,「全国に先駆けて…普及
講習会を開催します。」と,日本にはまだ紹介されていない運動につ
いて,新たに紹介を試みる企画にすぎないことを前提とした記載をし
ている。
c上記甲37には,「現在商品は輸入手配中です。」との記載があ
り,平成16年5月1日の時点で道具がすぐに発売できる状況ではな
かったことがうかがえる。
dしかも,これらの講習会等は,後述する原告X2の教授に係る本件
運動に関する普及活動が独自の発展を遂げた結果,原告らが本件商標
登録の出願をした平成15年8月12日から約7か月後,本件商標が
出願公開された平成15年9月4日から約6か月後以降に,わずか2
回開催されたものにすぎない。
また,日本太極柔力球協会が平成16年6月28日に発足したとし
ても,その後の事業は,平成17年3月中旬以降に普及講習会等をで
きるように準備するという状況にあった(日本太極柔力球協会発起人
会議事録[甲23])から,協会を立ち上げたものの,すぐに普及活
動を実施できる体制にあったわけではないことが推測できる。
e本件運動が,新聞やテレビで紹介されるに至ったのは,本件商標の
登録査定(平成16年8月10日)後にすぎない。
fなお,被告は,本件運動を日本に最初に紹介したのは,Cという中
国人女性であると主張している。しかし,Cは,1回だけ来日したに
すぎず,Aの正式な派遣ではなかったし,受講者も3,4人程度であ
り,それ以上の発展はなかった。Cは,日本へ本件運動の紹介を試み
たものの,失敗に終わったのである。
g以上のとおり,原告ら以外による本件運動の普及活動は,本件運動
の日本への紹介を試みる程度で,定期的なものには至っておらず,本
件運動に不可欠な道具についても,販売されていたとまではいえな
い。したがって,本件運動がスポーツとして確立したものであったこ
ととは程遠い状況にあったといえる。
(エ)原告らは自らの普及に係る本件運動の信用を維持するために本件商
標登録出願をしたこと
原告らは,原告らの日本の普及活動に係る本件運動の信用を維持する
ために,本件商標登録の出願をし,これが登録されたことは,次の事実
から明らかである。
a原告X2は,中国で正式な養成講習を受けて,証書を授与された初
めての中国国外居住のコーチであった(甲88[Aの陳述書])。
b原告X2は,平成14年に日本に帰国後,同年11月に堺市市民講
座で本件運動を披露した(甲126[堺市在日外国人教育研究会宛て
の太極柔力球普及推進会(会長原告X2)の「柔力球セット寄贈の
件」と題する書面])のをきっかけに,平成15年2月から庭代台自
治会館で定期的な普及活動を始め,その後口コミで参加者が増えてい
った(甲130[「泉北コミュニティ」2004年(平成16年)4
月8日有限会社コミュニティ発行])。
c原告X2は,本件運動を日本に紹介するに当たり,初めて本件運動
を目にする人に受け入れやすい方法をいくつも考案した結果,日本に
おける原告X2の教授する本件運動は独自の発展を遂げた(甲45[
「X2先生が教える太極柔力球」と題したDVD及び付録テキスト
])。以下,その実例を紹介する。
(a)創始者であるAが本件運動に関して名称を変更した後の「太极
柔力球」という中国語を,日本語の「太極柔力球」と表示し,その
読みを「たいきょくじゅうりょくきゅう」と設定した(甲13
0)。
(b)当初,原告X2は,本件運動を,「演武」と「競技」と呼んで
整理していた(甲112の1[原告X2作成に係る「太極柔力球」
の説明のちらし(2003年[平成15年]4月26日)])とこ
ろ,原告X2は,前者の「演武」という表現を,より親しみのある
「演舞」という表現に変更した(甲112の2[原告X2作成に係
る「太極柔力球」の説明のちらし(2003年[平成15年]9月
4日)])。
(c)原告X2は,中国で養成講習を受けてきた本件運動の内容を,
運動に疎遠な人たちにも受け入れられるよう,平成14年11月こ
ろ,平易な言葉(振り子運動,外回し,内回しなど)に置き換えて
伝え始めた。
当時は,まだ中国でさえ演舞分野が誕生したところで,八つしか
ない基本の動作を組み立てて伝授されただけであるが,原告X2
は,本件運動と,太極拳での力の発し方や重心の移動や足の運びな
どとに共通点を見い出し,独自の教授法を編み出していった。その
努力は演舞の技術発展に寄与し,後には原告X2の演舞が中国でも
賞賛されるようになった(甲93[原告X2の演舞の映像が掲載さ
れた中国のインターネットのホームページ])。
現在に至っては,「規定套路」といわれる一連の動作も,中国の
ものとは異にし,日本独自のものを作り上げた。
(d)原告X2は,早くから,次のような本件運動の身体への効果を
提唱し,普及を推進した。
αまず,本件運動の最大の特徴は,「退く(引く)」動作にあ
る。この動作は,体の各部位の日常生活ではあまり使われない側
の筋肉を多用するため,普段収縮して凝ってしまう筋肉を弛め,
全身をほぐす効果があり,肩凝りの軽減などに顕著な効果があ
る。
β本件運動には,ボールを追うことによる利点がある。眼底細胞
が外部情報を脳幹を経て視覚野に伝送する際に,脳への刺激によ
って脳の活性化につながる。動的視力を高めたり,視野を拡大さ
せるだけではなく,心拍呼吸,体温,ホルモン分泌など生命維持
をつかさどる脳幹・自律神経の機能を高めることができ,現代人
を脅かす生活習慣病の予防と治療に効果が期待できる。
なお,実際に原告X2が協力して,大学機関でこの運動の生理学
的研究もなされている(甲138)。
d原告X2による本件運動の普及活動は,メディアから注目されるよ
うになり,平成15年初旬から地元コミュニティ誌に度々登場するよ
うになった(甲130)。
e原告X2は,本件商標登録出願前である平成15年4月26日に堺
市金岡公園体育館で本件運動の普及活動を行い,同年6月1日に堺市
立大浜体育館で「第12回Sakaiいきいき太極拳の集い」におい
て模範演舞・指導を行い,同年7月27日に堺市家原大池体育館で講
習を行っている(甲92[堺市太極拳団体協議会会長Dの証明書とそ
の添付資料])。
f本件運動の発案者であるAと原告X2は,2003年(平成15
年)8月12日付けで,Aは原告X2に対し「中国太極柔力球」とし
て本件運動を日本において普及させることを委託すること,原告X2
以外の第三者には委託しないこと,「中国太極柔力球」の普及を推進
するために法律による双方の権利保護を模索することなどを合意した
(甲91[Aと原告X2の合意書])。
これを受けて,原告X2は,自らがAの伝承者として,日本におい
て行う本件運動の講習会,大会の開催等の普及活動について,「太極
柔力球」という商標を登録すれば,自らの伝授する本件運動とは異な
るルールや道具を用いた本件運動の普及活動との識別を図ることがで
き,その結果,自らの教授する本件運動の講習会,大会の開催等の信
用の維持を図ることができるとともに,本件運動の講習会の受講者又
は本件運動の商品の需要者の利益にもなると考え,平成15年8月1
2日,本件商標登録の出願をした。
このように原告X2は,自らが普及する本件運動のルールや道具の
基準などを統一することによって自らの普及に係る本件運動の信用の
維持を図るとともに,責任を持って普及運動を展開することを目的と
して,本件商標を出願した。
なお,本件商標が登録されて以後も,原告らは,自らが本件商標の
使用を許した道具の製造,輸入,販売業者から,本件商標に係る使用
許諾料を受け取っていない。
g本件商標登録の出願当時,日本においては,原告X2以外には,
「太極柔力球」という名称で,本件運動の普及活動を行っている者は
いなかった。
h原告X2が代表者を務めていた太極柔力球普及推進会(後に「日本
太極柔力球連盟」と名称を変更しているが,原告X2が代表者を務め
ている。)は,平成16年1月から,社会福祉法人「こころの窓」に
おいて,さまざまな障害を持つ子供たちに本件運動を教えるととも
に,ラケット・ボールを50セット寄贈した(甲124[太極柔力球
普及推進会宛ての社会福祉法人「こころの窓」理事長Eの感謝状
])。
i原告X2は,平成16年4月からは,三原台の体育センターでの講
習会を定例化し,毎週水曜日の午後3時から午後4時50分まで講習
を行うようになった(甲130)。
j太極柔力球普及推進会は,平成16年6月18日,堺市在日外国人
教育研究会に対し,太極柔力球のラケット50セットを寄贈した(甲
126)。
k原告X2は,日本における本件運動の普及活動を進めながら,絶え
ず本件運動の技術向上に精進した結果,2004年(平成16年)8
月24日,A工作室(本件運動の普及推進や技術研究を行うグルー
プ)から上級コーチと認定された(甲134)。
l原告X2による普及活動は,メディアからさらに注目され,平成1
6年10月10日付けの朝日新聞に写真付きで報道されたのを皮切り
に,各テレビ局でも,原告X2らによる普及活動が報道されるように
なった(甲131∼133)。
mこのように太極柔力球は,原告X2の普及に係る本件運動を示すも
のとして認識されるようになったため,原告X2以外の第三者による
本件運動の普及活動において,原告X2の写真が無断で用いられると
いう事態も生じた(甲139∼141)。
(オ)以上のとおり,本件商標は,登録査定(平成16年8月10日)時
において,スポーツの一般名称として認識されていたわけではなく,原
告らは,日本国内における原告X2らの教授する本件運動の信用維持を
目的として本件商標登録を出願し,登録がなされたのであるから,自他
商品・役務識別力を欠く商標であるとはいえない。
商標法3条1項3号は,類型的に自他商品識別力を有しない商標とす
べきものを列挙したものであって,同号の規定の趣旨及び文言から離れ
て,その適用範囲を拡張すべきではなく,以上のとおり本件商標は日本
においてスポーツの名称として一般に認識されていなかったのであるか
ら,同号に該当することはない。
イ取消事由2(本件商標は取引に際し必要適切な表示として何人もその使
用を欲するものであるとの認定の誤り)
審決は,本件商標は,取引に際し必要適切な表示として,何人もその使
用を欲するものであると認定している(28頁5行∼9行)。
しかし,本件商標は,その登録査定(平成16年8月10日)時におい
て,スポーツの一般名称として認識されていたとはいえないため,本件商
標は,取引に際し必要適切な表示として,何人も使用を欲するものである
ということはできない。
さらに,原告らが本件商標を登録したのは,本件運動が発案された中国
において,そのルールや用具の基準が確立されなかったことが,普及の妨
げになっていたことを知ったからである。
そこで,原告らとしては,原告らの教授する本件運動について,ルール
・用具を統一して,原告らの開催する本件運動の講習会,大会等の信用を
維持するなどの目的で本件商標の登録を行ったのであるから,その登録
が,公益上適当でないとの評価は当たらない。
ウ取消事由3(本件商標は商品及び役務の品質等の誤認を生ずるおそれが
あるとの認定の誤り)
(ア)商標法4条1項16号は,商標の構成要素とその使用商品等との不
実関係により,需要者が誤った商品を購入し,又は役務の提供を受ける
などの錯誤を防止するために,商品の品質等について誤認を生ずるおそ
れのある商標は登録できないとして,需要者の保護を図るものである。
したがって,商標を構成する文字・図形等が,商品又は役務の普通名
称その他直接的に商品又は役務自体の性質・特性を表す場合であって,
その商品又は役務と関連するものを指定商品又は指定役務とするとき
に,商品の品質又は役務の質について誤認を生ずるおそれが認められ
る。
ところで,前記アで述べたとおり,本件商標は,本件商標の登録査定
(平成16年8月10日)時において,日本で,スポーツの一般名称と
して認識されていなかったことは明らかである。
よって,本件商標は,商品又は役務の普通名称その他直接的に商品又
は役務自体の性質・特定を表すものとはいえず,商品の品質又は役務の
質について誤認を生ずるおそれは認められない。
(イ)また,審決は,本件運動は,「太極拳」では使用しないラケットや
ボールを使用する等の点において,「太極拳」とは別異のスポーツであ
ることを根拠として,本件商標を商品の品質又は役務の質の誤認を生ず
るおそれがある商標であると判断した(28頁16行∼29行)。
しかし,本件運動は,太極拳の理論を現代球技に応用したものである
(甲45)。原告X2は,本件運動を「相手の力を利用して相手を倒す
という太極拳の真髄を球技運動の核心技術とする特徴から『太極柔力球
運動』と名付けられました。」(甲92の16枚目「《第12回》Sa
kaiいきいき太極拳の集い2003」6頁)と紹介しているように,
本件運動は,テニスや野球などのように,相手からのボールを打ち返す
のではなく,ボールを通じて相手の力を利用することで,太極拳理論を
具現化する運動である。
したがって,原告らによる本件商標を用いた本件運動の指導は,まさ
に太極拳の真髄を指導することにも繋がるから,本件運動は太極拳とは
別異のスポーツであるとして商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるお
それがあるとした審決の認定には誤りがある。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)の事実のうち,審決謄本が平成21年2月24日に原告らに送
達された事実は知らない。請求原因(1)のその余の事実及び請求原因(2)の事実
は認める。請求原因(3)は争う。
3被告の反論
(1)取消事由1及び2の主張に対し
ア総論
商標法3条1項3号は,「その商品の産地,販売地,品質,原材料,効
能,用途,数量,形状(包装の形状を含む。),価格若しくは生産若しく
は使用の方法若しくは時期…を普通に用いられる方法で表示する標章のみ
からなる商標」の登録が認められないことを規定している。
最高裁昭和54年4月10日第三小法廷判決(昭和53年(行ツ)第1
29号)判例時報927号233頁が説示するとおり,商標法3条1項3
号は,第1に,同号に規定されている標章は,「商品の産地,販売地その
他の特性を表示記述する標章であって,取引に際し必要適切な表示として
何人もその使用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認
めるのを公益上適当としない」という点に,その趣旨があるものと考えら
れる。同判決は,これに加え,このような標章については,「多くの場合
自他商品識別力を欠」くものであることを説示し,その登録を認めるべき
でない理由を補足している。このことからすれば,商標法3条1項3号該
当性は,主として,当該商標が,「特定人によるその独占使用を認めるの
を公益上適当としない」ものと認められるか否かという観点から検討すべ
きである。そして,上記を推認させる事情として,当該商標が,自他商品
識別力を欠くと認められるか否かについて検討することが有益である。
イ取消事由1の主張に対し
(ア)主張全般につき
a原告らは,「本件商標がスポーツの一般名称として認識されている
と判断するためには,本件商標が本件運動の一般名称として認識され
ていること及び本件運動が日本においてスポーツとしての地位を確立
していることが認定されなければならない」と主張する。
しかし,まず,原告らの設定した上記基準が一体どのような根拠に
基づくものか,「スポーツとしての地位を確立している」とはどのよ
うな意味か,判然としない。
b「『太極柔力球』は,スポーツの名称として一般に認識されてい
た」と認定するためには,前記の商標法3条1項3号の趣旨からすれ
ば,「太極柔力球」という語が,少なくともその需要者(例えば,体
操等の運動を好む者,中国や太極拳に興味がある者,健康維持に興味
がある者など)又は取引者(例えば,「太極柔力球」の普及を推進す
る団体,これに使用する施設・会場・器具を提供する業者など)に,
特定の出所を表示するものではなく,特定の特徴的な動作や器具を要
素とする特定のスポーツを表示する名称として認識され得る事情が存
在したということが認定できれば足りるものである。
したがって,日本においてスポーツとしての地位を確立していたこ
とや,特定の創始者に係る運動の一般名称として認識されていたこと
が,「太極柔力球」が自他商品識別力を欠くものであると認定するた
めの要件であるという原告らの主張は,独自の見解である。
c原告らは,さらに,「本件運動が中国においてスポーツの地位を確
立していなかったこと」を問題にしているが,これもその趣旨自体が
不明であり,また,「太極柔力球」と呼ばれた運動が中国において広
く普及しており,原告ら自身がこれを前提とした活動をしていたこと
は,疑う余地のない事実である。
(イ)個別の主張につき
a「本件商標が本件運動の一般名称とはいえない」との主張に対し
(a)原告らは,Aは「太極娯楽球」と呼んでおり,発案者自身が,
統一的名称を用いていたわけではないと主張する。
しかし,①Aは,2004年(平成16年)12月に出版された
「太極柔力球教授と研究」と題する自著の中で,最終的に「太極
柔力球」と名前が定められたと説明していること(甲65,乙
7),②2002年11月北京体育大学学報に掲載された李恩荊の
「太極柔力球の現状と発展対策」と題する論文には,Aが当初「太
極娯楽球」と「ラケット」を発明したが,他者の協力を得て「太極
柔力球項目創編組」を成立させ,1992年(平成4年)に,正式
に「太極柔力球」という名前を定めたとの記述があること(甲1
5,乙8,28),③李洪滋・張青「老年人科学健身」(甲2の
1),中国老年人体育協会からの通知(甲4∼12,乙19∼2
5),第2回全国中老年人太極柔力球大会プログラム(中国老年人
体育協会・上海市体育局主催,2003年[平成15年]11月2
6日から12月1日まで開催)(甲14,乙27),上記②の論文
(甲15,乙8,28),国家体育総主管「社会体育指導員」(平
成18年12月発行)(甲16,乙29),2006年[平成18
年]6月18日開催第1回北京国際柔力球交流大会プログラム(甲
17,乙30)等の公式の文書等ではすべて「太極柔力球」と示さ
れていることからすると,「太極柔力球」は,中国において,当初
から特定のスポーツを意味する普通名称として使用されていたもの
であるが,同時に他の名称が併用されていたこともあり,これを整
理する必要性が感じられたため,最も普及していた「太極柔力球」
に正式名称が統一され,完全な普通名称として定着されるに至った
ことが認められる。したがって,原告らの上記主張には,理由がな
い。
(b)原告らは,ドイツにおいて,本件運動は,「太極柔力球」とい
う名称で紹介されておらず,「太極白龍球」という名称で紹介され
ていると主張する。
しかし,「太極柔力球」につき,発祥の地である中国の国外にお
いて,別な名称が用いられているとしても,それはフットボール発
祥の英国の国外において,サッカー(米国),「カルチョ」(イタ
リア),「足球(ズーチィウ)」(中国)などの別な名称が用いら
れているのと同様であって,「太極柔力球」がスポーツの名称であ
ることと何ら矛盾しない。
なお,中国においては,日本の常用漢字表記の「太極柔力球」に
該当する簡体字表記(「太极柔力球」)がされてきたが,日本で
は,「太極柔力球」という常用漢字表記が自然になされるものであ
り,原被告や第三者も当然のごとくこの漢字を使用しており,各種
新聞でも,当該スポーツの名称として「太極柔力球」の漢字が統一
的に使用されている。
(c)原告らは,被告は2002年(平成14年)11月15日に発
行した新聞「日本と中国東京版」(甲26)において,「ボール
とラケットの舞い」と表現していると主張する。
しかし,被告の関係者は,2002年(平成14年)10月に東
京都日本中国友好協会と北京市人民対外友好協会の共催により北京
で開催された日中国交正常化30周年記念祝賀行事に参加し,そこ
で初めて「太極柔力球」を見る機会を得たが,当時,このスポーツ
の名称を知らなかったため,上記のように表現したものである。そ
の後,被告の関係者は,このスポーツを我が国に広めることを決定
し,2003年(平成15年)3月24日に「太極柔力球」普及の
ための打ち合わせに訪中し,正式名称を確認し,以後,「太極柔力
球」との名称を使用してきている(甲28∼40)。
(d)原告らは,熊本日日新聞の2004年(平成16年)9月22
日付けの記事(甲49)では「柔力球」という表記が存在すること
を指摘する。
しかし,一般に,スポーツの正式名称が新聞の記事などで使われ
ず,略称で表現されることがあることは,「アメリカンフットボー
ル」を「アメフト」,「バスケットボール」を「バスケット」,
「バレーボール」を「バレー」というなど,枚挙にいとまがない。
2004年(平成16年)年10月26日付けの熊本日日新聞
(甲50)では,「太極柔力球」と表記しているし,中国において
も「太極柔力球」は,「柔力球」と略称されることがある(甲2の
2[「太極柔力球のすすめ」])。他方,原告ら提出の甲130
(「泉北コミュニティ」2004年[平成16年]4月8日有限会
社コミュニティ発行)でも,見出しは「太極柔力球」となっている
が,本文では「柔力球を始めて1年になる…」「柔力球の会では,
体験希望者募集中。」と略称が使用されている。さらに,本件商標
の登録査定日(平成16年8月10日)前後に発行配布等された下
記の記事や案内等において,すべて「太極柔力球」と紹介等されて
おり,これら記事等を通じて,「太極柔力球」が我が国においても
知られるものとなり,普及してきていることは明らかである。
①「日本と中国東京版」2004年(平成16年)5月25日
(甲30)
②「REC」2004年(平成16年)5月号(甲37,乙4)
③中国国際放送局を通じて2004年(平成16年)5月19日
及び20日に中国国内に放送された番組「虹の架け橋」(甲4
8)
④熊本日日新聞2004年(平成16年)10月26日(甲5
0)
⑤朝日新聞(熊本版)2004年(平成16年)10月27日
(甲51)
⑥朝日新聞(東京東部版)2005年(平成17年)3月25日
(甲52)
⑦「PLAZMA」2005年(平成17年)5月号(甲53)
⑧「日本と中国東京版」2005年(平成17年)11月25
日(甲33)
⑨「とれくニュース」2005年(平成17年)12月1日(甲
38)
⑩「くすのきだより」2005年(平成17年)12月1日(甲
54)
⑪読売新聞2006年(平成18年)6月24日(甲55)
⑫南信州新聞2006年(平成18年)9月3日(甲56)
⑬スポーツニッポン2007年(平成19年)2月3日(甲5
7)
⑭「日本と中国東京版」2007年(平成19年)3月15日
(甲58)
⑮アサヒタウンズ(多摩西版)2007年(平成19年)7月2
6日(甲59)
⑯「THENeighbor」2008年(平成20年)2月
号(甲60)
⑰朝日新聞2008年(平成20年)2月7日(甲61)
⑱2005年第2回太極柔力球・特別講習会案内(主催日本太
極柔力球クラブ後援日本練功十八法協会。甲71)
⑲宮崎県太極柔力球協会の案内等(甲74の1∼9)
⑳山形県東根市太極柔力球協会の案内等(甲75)
<21>日本太極柔力球協会熊本県支部の案内等(甲76の1∼6)
<22>「日本太極柔力球協会の成立と活動」等(甲77の1∼2
9)
(e)「太極球」や「太極功」の名称が使用されているとの原告らの
主張については,上記(d)において述べたとおりであり,新聞等の
見出し等では,略称やその記事に引きつけるような表現がしばしば
使用されることは周知の事実である。特に,「太極功」について
は,「太極(思想)を汲む「技」(を伝授した)」という意味であ
り,「太極柔力球」をより上位の概念で捉えて表現したものであっ
て,「太極柔力球」が,「太極功」と呼ばれていたことを意味する
ものではない。
(f)上記(d)①∼<22>のすべてにおいて,「太極柔力球」が中国で
生まれたスポーツであると説明しており,原告らのみが提供・指導
できる運動であるとか,原告らの商標であるとか,その他の原告ら
と結びつけるような記載は一切ない。のみならず,原告ら提出の甲
117(「X2先生に学ぶ太極柔力球」[主催熊本「太極柔力
球」]のちらし),甲126(堺市在日外国人教育研究会宛ての太
極柔力球普及推進会の「柔力球セット寄贈の件」と題する書面),
甲130(「泉北コミュニティ」2004年(平成16年)4月8
日)でも,「太極柔力球」が中国でAが考案したニュースポーツの
名称であると説明しており,原告らのみが提供・指導できる運動で
あるとか,原告らの商標であるとかといった記載はない。
b「本件運動が中国においてスポーツの地位を確立していなかった」
との主張に対し
(a)原告らは,1994年(平成6年)に開催されたとする第3回
全国労働者運動会自体の参加人数等が明らかでないと主張する。
しかし,同運動会は,1996年(平成8年)に開催されたもの
であり,それに先立つ1994年(平成6年)に,同運動会におい
て「太極柔力球」がその種目として行われることが決定したもので
ある。これは,「太極柔力球」が中国のスポーツとして認知された
ことを意味するものである。
同運動会は,1996年(平成8年)4月14日南京市でサッカ
ーが行われたのを皮切りに,同年9月30日大連市で行われた陸上
競技を最後としたものであって,中国各地で約6か月間にわたり開
催されたものであり,国家規模の運動会である。その日程は,人民
日報にも掲載され報道されている(乙9)。サッカー,バスケット
ボール,卓球,水泳等ともに,「太極柔力球」もその種目として,
同年9月6日から15日まで,湖北省孝感市で行われた。
同運動会において,太極柔力球の競技には,37の代表チーム,
300余名の選手が参加した(甲85の2,乙10[第3回全国労
働者運動会組織委員会文書])。
また,この太極柔力球の競技の模様は,1996年9月11日付
け人民日報に,「スポーツに民族の特色を持たせる」と題された記
事として報道された(乙11)。同記事は,「第3回工運会(労働
者運動会)の孝感地区で行われた太極柔力球の競技場で,記者とそ
こにいるすべての観衆は,この民族の特色ある新しいスポーツ種目
に魅了され,この種目の発明人であるAに対して興味関心をもっ
た。」「湖北,遼寧,福建,河南などの省や市で徐々にこの運動種
目の普及が進んでいる。今回の大会では全部で10以上の省・市,
37の代表チームの選手が太極柔力球の競技に参加した。」と述べ
る。
なお,「人民日報」は,1946年の創刊より現在まで発行され
ている中国の新聞であり,中国政府・共産党の政治方針,法規等を
発表する中国において最も影響力と権威のある新聞であることは周
知の事実である。
(b)原告らは,甲2の1(李洪滋・張青「老年人科学健身」)は,
中表紙の下部に「内部交流」と書されていると主張するが,中国に
おける「内部交流」は,「非売品」という意味はなく,単に「内部
で取り交わすもの」,「内部に配布するもの」という意味である
(乙16[F作成の陳述書],乙17[小学館「中日辞典」680頁
])。
そもそも,上記「内部交流」は,「科普読物内部交流」という
一体的な記載の一部であり,「科普読物」とは,「一般向けの科学
読み物」という意味の熟語である(乙17)。したがって,上記の
記載を全体として読むと,「内部で取り交わす(あるいは配布す
る)一般向けの科学読み物」という意味となる。
そこで更に,「内部」とは何の内部であるのかを検討すると,甲
2の1は,北京市体育局,北京市老年人体育協会,中国老教授体育
科学専業委員会によって,2001年(平成13年)に出版された
書籍であり,その表紙に「体育鍛錬の指導,健康長寿の指南」と記
載され,内容としては,太極柔力球の記事以外に,健康についての
種々の文章が掲載されていることからすると,上記の「内部」と
は,「中国老年人体育協会,北京市老年人体育協会等,その支部,
会員,退職幹部その他のスポーツ及び健康に関する科学にかかわる
関係諸団体・関係者」の内部を指す,広いものであることがうかが
える。関係者によれば,上記書籍は,3,000部ないし5,00
0部が配布されたと推測されている(乙16)。
(c)原告らは,「第3回全国労働者スポーツ大会以降,中国におけ
る普及活動が停滞していた」旨の主張をするが,乙8(李恩荊「太
極柔力球の現状と発展対策」北京体育大学学報2002年11月)
は,2002年(平成14年)に出版されたものであり,この論文
は,「太極柔力球」の現状及び発展をテーマにするものである。こ
の時点においても,「太極柔力球」がテーマとして取り上げられて
いるのは,「太極柔力球」が中国のスポーツとして消滅してしまっ
たものでないことを証明するものである。同論文では,1999年
(平成11年)湖北省が第10回運動会で「太極柔力球」を正式な
種目と決定したこと,2000年(平成12年)3月,全国老年人
体育協会が,全国で太極柔力球運動を普及させることを決定して,
同年,北京において太極柔力球運動委員会が発足したとの説明があ
る。さらに,中国老年人体育協会の主催により,2002年(平成
14年)12月には,全国第1回中老年太極柔力球大会が北京にお
いて開催されている(甲12,13)。また,2003年(平成1
5年)11月には,第2回全国中老年人太極柔力球大会が上海で開
催されている(甲14)。以上のとおり,第3回の全国労働者スポ
ーツ大会以降も,「太極柔力球」についての種々の大会が開催さ
れ,中国において普及してきていることは明らかである。
(d)原告らは,甲4,6∼10(乙19∼23)は,2002年
(平成14年)5月から7月までの作成日付となっており,その内
容も,これから指導員を養成しようという程度にとどまると主張す
るが,中国老年人体育協会が「太極柔力球」の指導員を養成する講
習会を中国各地で開催しているということは,「太極柔力球」の普
及活動が続けられていることを示すものである。「太極柔力球」が
普及すればするほど,それを指導する者も必要となることは明らか
である。
(e)原告らは,中国国家体育総局は,現在に至るまで,本件運動
を,中国において正式に行われているスポーツとは認めていないと
主張するが,甲163(中国国家体育総局のインターネットのホー
ムページ)に記載されている事実は,「太極柔力球」が,中国国家
体育総局において,同国の「競技種目」としては未だ認定されてい
ないとうことに過ぎない。既に述べたとおり,「太極柔力球」は,
全国的な運動会においてもスポーツ種目として実施されている。A
自身,ひとつの夢として,「この太極柔力球が民族体育種目として
オリンピック種目に入ることである」と述べている(乙12)の
は,「太極柔力球」がスポーツとして相当程度普及したことを前提
に,さらに,オリンピック種目に選ばれる程度まで普及させたいと
いうことを意味するものである。
c「本件運動が日本においてスポーツの地位を確立していなかった」
との主張に対し
(a)「一般的にスポーツとしての確立」とは具体的にどのような状
態を意味するのか全く不明である。そもそも,新しいスポーツは,
徐々に普及していくものである。その普及過程であっても,大衆に
受け入れられ,親しまれているものである以上,その指導や大会,
その運動用具についてのそのスポーツの名称の使用は,自由に認め
られるべきである。
「太極柔力球」は,以下のとおり,講習会の開催,新聞・機関誌
等による報道等によって,中国で生まれたスポーツとして,日本に
おいても,本件商標の登録査定(平成16年8月10日)前から知
られるに至っているのであり,その指導,講習会の開催,その専用
用具について,自他商品役務識別力がないものであることは明らか
である。
α日本に最初に「太極柔力球」を紹介したのは,Cであり,平成
13年に日本で太極柔力球を指導した(甲83)。
被告の関係者は,2002年(平成14年)10月に北京で
「太極柔力球」を見る機会を得た後,このスポーツを我が国に広
めることを決定し,2003年(平成15年)3月24日に「太
極柔力球」普及のための打合せに訪中し,同年10月26日に第
1回講習会を開催することを企画したが,流行性肺炎(SAR
S)発生のため延期し,平成16年3月18日,北京体育大学の
劉らを講師として,東京都の施設である東京体育館において第1
回講習会を開催し(乙3),同年6月28日には,日本太極柔力
球協会を発足させた。これについては,北京市人民対外友好協
会,中国老年人体育協会全国柔力球推広工作組より,「祝辞」
(2004年[平成16年]7月1日付け)が送られてきている
(甲25)。日本太極柔力球協会は,その後雑誌「太極柔力球」
を創刊した(甲39,乙12)。その創刊号には,Aの祝辞も掲
載されている。
β被告が2003年(平成15年)11月25日に発行した新聞
「日本と中国東京版」(甲28)には,日中平和友好条約締結
25周年を記念する祝賀行事が同年11月9日に北京で開催さ
れ,日本から被告の市民交流訪中団ら75名が参加したこと,及
び,そこで「太極柔力球」の模範演技が行われたことが記載さ
れ,その写真が掲載されている。さらに,同新聞には,来年(平
成16年)3月に「太極柔力球」の講習会を東京体育館で開催す
るとの記載がある。
なお,同新聞は,東京の会員(約1000名)に配布されるほ
か,被告が催す各種イベントに訪れた一般人に配布されたり,5
0箇所を超える施設等に配布されている。
γ被告が2004年(平成16年)1月1日に発行した新聞「日
本と中国/東京版」(甲29)には,上記打合せのため訪中した
ことが記載され,平成16年3月18日に「太極柔力球」の講習
会を東京体育館で開くことが記載されている。
また,社団法人東京都レクリエーション協会発行に係る機関誌
「とれくニュース」Vol.16(2003年12月1日。乙1
4)及び「とれくニュース」Vol.17(2004年8月1
日。乙13)も,上記講習会について記載している。なお,「と
れくニュース」は,社団法人東京都レクリエーション協会加盟団
体・会員に配布されるほか,東京都体育館,駒沢オリンピック公
園,東京武道館,味の素スタジアム教育庁調布庁舎などでも配布
されており,配布部数は1万0200部である。
δ「REC」2004年(平成16年)5月号(同月1日財団法
人日本レクリエーション協会発行。甲37,乙4)には,「太極
柔力球」がどのようなものであるかがわかりやすく写真付きで解
説されており,平成16年5月15日に味の素スタジアム東京都
調布庁舎内体育室で開催される太極柔力球練習会の案内も掲載さ
れている。なお,同雑誌は,約12万部発行され,日本全国のレ
クリエーションの指導者らが読者となっている。全国のレクリエ
ーション協会,日本レクリエーション協会の加盟団体へも配布さ
れ,公共の図書館にも寄贈等されている。一般の書店での注文販
売も可能なものである。
ε原告ら及び被告以外の第三者(主催:日本太極柔力球クラブ,
後援:日本練功十八法協会)によっても,「太極柔力球」の講習
会が行われている(甲71)。
(b)「太極柔力球」は,前記のとおり1991年(平成3年),中
国山西医科大学体育教員Aにより発案された,太極拳の理論を現代
球技に応用した新しいスポーツである。「太極柔力球」は,①中国
において,特定の者だけが独占的に行う興行的なスポーツではな
く,一般大衆(老若男女)誰でもが自由に楽しめるスポーツでとし
て普及しており,②健康の保持,増進にも効果があり,③その考案
者であるAのほか,これを指導する者が多数存在し,さらに,④
「太極柔力球」の基礎にある「太極拳」は既に我が国でも広く親し
まれていることからすると,「太極柔力球」は,中国で誕生し普及
している外国のスポーツであるが,我が国においても受け入れられ
普及していく蓋然性の極めて高いスポーツである。他方,本件商標
の登録査定(平成16年8月10日)前に,一定の需要者(例え
ば,体操等の運動を好む人,中国や太極拳に興味がある人,健康維
持などに興味がある人など「太極柔力球」に接する機会がある人)
にとって,「太極柔力球」が特定の出所を表示するものではなく,
ラケットとボールを使い,太極拳の動きを取り入れたスポーツの名
称を意味するものであろうと一般に認識されていた。このことは,
原告ら提出の甲130の記事からも明らかである。
(c)原告らは,「REC」2004年(平成16年)5月号(甲3
7,乙4)の記事に基づき,平成16年5月1日の時点で太極柔力
球の道具がすぐに発売できる状況ではなかった旨主張する。
しかし,被告は,上記の平成16年3月18日東京体育館開催の
第1回講習会前の同年2月に,既にラケットを輸入している(乙
6)。上記記事は,同大会において,「太極柔力球」専用のラケッ
ト・ボールの在庫すべてを消費していたため,このように記載した
ものであり,その後,同年5月,同ラケット・ボールを輸入してい
る(乙5)。また,被告は,これまで,このラケット約1万本を輸
入・販売してきている。
d「原告らは,原告らが自らの普及に係る本件運動の信用を維持する
ために,本件商標を出願した」の主張に対し
(a)原告X2は,「中国で正式な養成講座を受けて,証書を授与さ
れた初めての中国国外居住のコーチであった」と主張しており,こ
れは,「太極柔力球」というスポーツが既に存在し,その養成講座
及びコーチ資格を授与されたことを物語っている。原告X2は,中
国老年人体育協会が発行した「太極柔力球/指導員資格証書」(甲
89)を提出しているが,この資格証書は,2002年(平成14
年)9月9日付けである。そうすると,原告X2は,「太極柔力
球」が中国の新しいスポーツであると知悉するや,一年も経ずし
て,平成15年8月12日,この名称の日本における使用を自己の
みが独占せんがために,本件商標を登録出願したことは明らかであ
る。
(b)原告らは,「太極柔力球」には,スポーツとしてのルールが確
立されていなかったかのような主張をするが,李洪滋・張青「老年
人科学健身」(北京市体育局,北京市老年人体育協会,中国老教授
体育科学専業委員会発行2001年[平成13年]。乙1)中の
北京市老年人体育協会柔力球運動委員会による「太極柔力球のすす
め」には,「太極柔力球」の演技のルールが掲載されている。ま
た,Aによる北京体育大学出版社発行の教本「太極柔力球教授と
研究」(2004年[平成16年]。乙7)にも,演技の基本とな
る「規定套路1」が掲載されており,その後,「規定套路2」は劉
家驥と王学軍,「規定套路3から5」までは王学軍により完成さ
れ,ルールについても進展している。このように,「太極柔力球」
は,一定のルールをもったスポーツである。そもそもルールがな
く,原告らが主張するようにスポーツとして地位を確立していない
運動が,1996年(平成8年)第3回全国労働者運動会の競技種
目として決定され実施されるわけがない。
(c)原告らが主張する甲126(堺市在日外国人教育研究会宛ての
太極柔力球普及推進会の「柔力球セット寄贈の件」と題する書面)
に記載された講習会の内容がどのようなものであったか,また,甲
130(「泉北コミュニティ」2004年[平成16年]4月8日
有限会社コミュニティ発行)に記載されたとおり講習会が開催され
たか知らない。しかし,甲126,130には,「中国生まれのニ
ュースポーツ・太極柔力球」と記されており,これらを見た者は,
「太極柔力球」がスポーツの名称であると認識し,他方,原告X2
の商標とは認識しないはずである。
(d)原告らは,原告X2が初めて中国語の原語の「太极柔力球」を
日本語の「太極柔力球」として表示し,その読みを「たいきょくじ
ゅうりょくきゅう」と設定したと主張する。
しかし,「极」は中国語の簡体字であり,日本語の「極」に対応
するものであって(乙15),これは,中国語を忠実に日本の常用
漢字に変換したものにほかならない。
(e)原告らが主張するように「太極柔力球」の演技の日本語による
表現を原告X2が変更したことは知らない。中国においても「太極
柔力球」のルールは,改変がなされ,進展してきている。なお,甲
112の1(原告X2作成に係る「太極柔力球」の説明のちらし[
2003年(平成15年)4月26日])には,「後記」として,
「太極柔力球は山西省衛生学校助教授A先生が率いる研究グループ
に10年前に考案され発明したニュースポーツです。‥中国老年人
体育協会が開催された第4期太極柔力球指導員の研修を参加しまし
た。太極柔力球の発明者であるA先生の指導を受けました。」と述
べられており,この書面を見た者は,「太極柔力球」が,中国で考
案された新しいスポーツであると容易に認識できるものである。
(f)原告X2は,自己の太極柔力球の教授法が独自のものであった
と主張するが,いかなる意味において独自のものであるのか,明ら
かでない。また,たとえ,「太極柔力球」の教授法が独自のもので
あり,その演舞が中国で称賛されたからといって,「太極柔力球」
というスポーツ名称が,そのスポーツの指導等について,原告らの
商標となるわけではない。さらに,原告らは,「規定套路といわれ
る一連の動作も,中国のものとは異にし,日本独自のものを作り上
げた」と主張するが,中国を発祥の地として普及した「太極柔力
球」と異なる運動を日本において「太極柔力球」と称しているので
あれば,それこそ国際信義,公益に反するものであり,このような
原告らに当該表示を独占させることは許されない。
(g)「太極柔力球」が,身体,美容,精神の健康に効果があること
は,既に中国においても主張されており(乙1),それ故,中国老
年人体育協会らが普及に努めている。
(h)甲130において,原告X2は,「太極柔力球」の指導者とし
て取り上げられている。「太極柔力球」を指導するからといって,
「太極柔力球」のスポーツ名称が,その指導等について,原告らの
商標となるものではない。
(i)甲92(堺市太極拳団体協議会会長Dの証明書の添付資料)に
は,「いま中国で注目のニュースポーツ太極拳の動きに通ずるし
なやかな円運動」とあり,この案内を見た者は,「太極柔力球」を
単にスポーツの名称であると容易に認識するにすぎない。
(j)原告X2とAとの協議書(甲91)の内容は,今後,普及に協
力してゆくことを確認しているものに過ぎず,原告らに何らかの特
権を付与するものではない。Aは,日本太極柔力球協会に対して
も,「太極柔力球」の日本における普及の成功を祈る書簡(甲6
9)を送り,その後平成17年9月及び平成19年3月,日本太極
柔力球協会の要請で来日して同協会の普及活動に協力している。ま
た,Aは,上記c(a)αのとおり,祝辞を寄せている。さらに,A
は,平成17年6月に,日本太極柔力球クラブ(後援:練功十八法
協会)の要請で来日し,同協会で「太極柔力球」の普及活動に協力
している(甲71)。そもそも,「太極柔力球」は,その考案者A
のみの個人的ないわゆる興行的スポーツではない。
(k)「太極柔力球」について,本国中国のものを正しく指導して,
その指導について信用を得たからといって,「太極柔力球」の名称
自体が,その指導やその運動用具について,当該指導者の所有に係
る商標となるものではない。「太極柔力球」は大衆に親しまれてい
るスポーツであり,その名称の使用は,このスポーツを享受する需
要者と取引者の自由な使用に委ねられるべきである。本来,「太極
柔力球」の指導による信用は,その内容に応じて,その指導者個人
に化体するものであって,「太極柔力球」の名称自体を商標登録
し,それを独占排他的に使用することとは関係がないのみならず,
むしろ矛盾すらする。スポーツ名称の独占は良い指導の妨害以外の
なにものでもないからである。
(l)原告らは,自らが普及する本件運動のルールや道具の基準など
を統一したとして,その主張の根拠としようとしているようである
が,そもそも,太極柔力球は中国起源のスポーツであり,そのルー
ル,道具の基準は中国において作成されている。原告X2は,その
コーチ資格を中国老年人体育協会から得ている1指導者にすぎず,
何らかの改変を試みたとしても,中国の「太極柔力球」の特徴の範
囲内のものでしかなく,これと異質な運動を作り上げたということ
にはならない。
ウ取消事由2の主張に対し
前記イ(イ)cのとおり,「太極柔力球」は我が国でも普及していく蓋然
性の高い新しいスポーツであり,原告ら以外の被告や第三者によって,本
件商標の登録査定(平成16年8月10日)前より,その講習会等が開催
され,専用運動用具が供給され,日本でも親しまれるようになってきてい
るから,「太極柔力球」は,その講習やその用具の販売に関わる者がその
使用を欲することは明らかであり,取引に際し必要適切な表示として,何
人もその使用を欲するものである。
(2)取消事由3の主張に対し
既に述べたとおり,「太極柔力球」は,本件商標の登録査定(平成16年
8月10日)前より,中国及び我が国でも普及している一定のルールに則っ
た新しいスポーツであるから,本件商標「太極柔力球」が,「太極柔力球以
外」の「スポーツの興行の企画・運営又は開催,運動施設の提供,娯楽施設
の提供,運動用具の貸与」に使用されれば,その「役務の質」,「役務の態
様」について誤認・混同を生じさせるものであって,商標法4条1項16号
に該当する。
また,「太極柔力球」は,「太極拳」と同様中国で創案されたスポーツで
あって,「太極拳」の技法も取り入れられているが,「太極拳」とは異なる
一定のルールをもったスポーツである。「球技」が組み込まれ専用のラケッ
ト及びボールも存在し,明らかに「太極拳」とは異なる。したがって,本件
商標「太極柔力球」が,このような「太極拳」を内容とする「太極拳の指導
に用いられる運動用具」及び「太極拳の指導に関する技芸・スポーツ又は知
識の教授」に使用されれば,その「商品の品質」及びその「役務の質」につ
いて,取引者・需要者に誤認を生じさせるものである。
なお,原告らは,「原告らによる本件商標を用いた本件運動の指導は,ま
さに太極拳の真髄を指導することにも繋がる」と主張するが,「X2先生が
教える太極柔力球」(甲45)では,「太極拳の理論を現代球技に応用した
ニュースポーツで,演舞と競技に分かれます。」と説明している。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(審決の内容)の各事実
は,当事者間に争いがない(ただし,審決謄本が平成21年2月24日に原告
らに送達されたことは,弁論の全趣旨によりこれを認める。)。
2本件商標が商標法3条1項3号に該当するとした審決の判断の適否(取消事
由1及び2)について
(1)事実関係
証拠(甲1の1・2,2の1・2,3∼10,12∼15,22∼30,
37,41,43,48,63,65,66,71,72,73の1・2,
76の1,77の1∼6,78,79,81∼84,85の2・4∼7・
9,88,89,91,92,99,105,106,112の1・2,1
13,124∼128,130,134,150,171,乙1,3∼1
5,18,19∼23,25∼28,35∼37,41∼47)及び弁論の
全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア1991年(平成3年)に,中国で,山西医科大学晋中学院副教授(山
西省衛生学校助教授)Aによって新たなスポーツ(本件運動)が考案され
た。本件運動は,太極拳の動きを取り入れた球技で,ラケットとボールを
使用する。コートでネットをはさんで打ち合うことにより,競技として行
われるほか,音楽の伴奏に合わせて表現する演技としても行われる。
Aは,当初本件運動を「太極娯楽球」と呼んでいたが,1992年(平
成4年)に「太極柔力球」という名称を定めて,社会に発表した(「極」
の字は,中国では「极」と表記されるが,「极」は「極」の簡体字で,字
としては同一であるので,以下,中国についても「極」の字を用い
る。)。
イ本件運動の中国における普及
(ア)1994年(平成6年)11月4日から10日まで,第1回全国労
働者太極柔力球大会が開催された(甲3)。
1994年(平成6年)から1996年(平成8年)まで,全国的な
太極柔力球指導者講習会が6回行われた。
(イ)1996年(平成8年)に開催された第3回全国労働者運動会にお
いて,「太極柔力球」は正式種目として実施された。
同運動会は,1996年(平成8年)4月14日に南京市で行われた
サッカーから同年9月30日に大連市で行われた陸上競技まで,中国各
地で約6か月間にわたり,各種スポーツ競技が開催されたものであり,
「太極柔力球」は,同年9月6日から15日まで,湖北省孝感市で行わ
れた(乙9)。同運動会において,太極柔力球の競技には,37の代表
チーム,300余名の選手が参加した(甲85の2,乙10)。
中国の新聞である「人民日報」1996年(平成8年)9月11日
は,Aに対する「太極柔力球」についてのインタビューを掲載した(乙
11)。
(ウ)湖北省は,1999年(平成11年)に「太極柔力球」を湖北省運
動会の正式競技と認めた。
(エ)中国において,2001年(平成13年)に,李洪滋・張青「老年
人科学健身」北京市体育局・北京市老年人体育協会・中国老教授協会体
育科学専業委員会(甲2の1,乙1)が出版されたが,その中に,北京
市老年人体協柔力球運動委員会「太極柔力球のすすめ」が含まれてお
り,本件運動について紹介している。
(オ)中国老年人体育協会は,2002年(平成14年)5月27日,全
国の高年齢層に「太極柔力球」を普及し,全国規模の競技大会を行うこ
とを決定した旨の通知を発した(甲4,81)。
(カ)中国老年人体育協会は,2002年(平成14年)6月23日,全
国太極柔力球指導者養成講座を同月24日から30日まで北京金夢園老
年楽園で行う旨の通知を発し(甲7,乙20),同講座が行われた。
中国老年人体育協会は,2002年(平成14年)7月1日,太極柔
力球の普及と指導員を養成する講座を同月23日から29日まで江西省
老年体育活動センターで行う旨の通知を発し(甲8,9,乙21,2
2),同講座が行われた。
中国老年人体育協会は,2002年(平成14年)7月18日,太極
柔力球の指導員を養成する講座を同年8月8日から23日まで陜西省西
安市陸軍第一療養院で行う旨の通知を発し(甲10,乙23),同講座
が行われた。。
その後も,中国老年人体育協会は,太極柔力球の指導員を養成する講
座を行った。
(キ)中国老年人体育協会は,2002年(平成14年)12月,北京市
において全国第1回中老年太極柔力球大会を開催した(甲12,13,
乙25,26)。
中国老年人体育協会は,2003年(平成15年)11月26日から
12月1日まで,上海市において第2回全国中老年人太極柔力球大会を
開催した(甲14,82,乙27)。
ウ原告X2による本件運動の日本における普及活動
(ア)原告X2は,2002年(平成14年)9月に,中国老年人体育協
会が開催した太極柔力球指導員の研修を受けて,同協会からコーチの資
格を得た。
その後,原告X2は,平成14年11月に堺市市民講座で本件運動の
紹介を行い,平成15年2月から堺市庭代台自治会館で講習会を開催す
るなど,日本において本件運動を普及する活動を始めた。
(イ)原告X2は,本件運動について,「太極柔力球」との名称で,平成
15年4月26日に堺市金岡公園体育館において講習を行い,同年6月
1日に堺市立大浜体育館で行われた「第12回Sakaiいきいき太極
拳の集い」において模範演舞・指導を行い,同年7月27日に堺市家原
大池体育館において講習を行い,同年9月7日に堺市鴨谷体育館におい
て講習を行った(甲92)。
(ウ)原告X2が平成15年4月26日付けで作成した「太極柔力球」を
説明するちらし(甲112の1)には,「」の見出し太極柔力球とは,
の下に,「太極拳の運動原理に基づいてテニス,バトミントンなど現代
球技と結び付いたニュースポーツです。…相手の力を利用して相手を倒
太極柔力球すという太極拳の真髄を球技運動の核心技術とした特徴から
と名づけられました。と略称しています。」と記載され,ま運動柔力球
た,「後記」として,「太極柔力球は山西省衛生学校助教授A先生が率
いる研究グループに10年前に考案され発明したニュースポーツです。
最初,青少年の球技運動として行われ,全国大会まで発展したがあまり
普及できませんでした。後,白先生は中高齢者の生理心理的な特徴に応
じ研究を極めました。回転しやすく,ボールが遠く転ばない,拾いやす
いために球の中に砂を入れるなどのことに改良した結果,現在のような
形になり,健常,高齢,障害を持っている人々に親しまれる運動項目の
一つになっています。」と記載されている。
(エ)原告X2は,2003年(平成15年)5月に本件運動のラケット
を中国から輸入した(甲113)。
(オ)Aと原告X2は,2003年(平成15年)8月12日付けで,A
は原告X2に対し,日本における「中国太極柔力球」の普及活動を委託
し,他の人には関係・類似する活動を委託しないこと,「中国太極柔力
球」の普及を推進するために法律による双方の権利保護を模索すること
などを合意した(甲91)。
(カ)原告らは,平成15年8月12日,本件商標登録の出願をした。
(キ)原告X2は,平成15年8月に太極柔力球普及推進会を設立してそ
の代表者となった。
太極柔力球普及推進会は,平成16年1月から,社会福祉法人「ここ
ろの窓」において,障害を持つ子供たちに本件運動を教えるとともに,
ラケット・ボールを50セット寄贈した(甲124)。
また,太極柔力球普及推進会は,平成16年6月18日,堺市在日外
国人教育研究会に対し,本件運動のラケット・ボールを50セットを寄
贈した(甲126)。
(ク)原告X2は,平成16年4月からは,堺市三原台の体育センターで
の講習会を定例化し,毎週水曜日の午後3時から午後4時50分まで講
習を行うようになった。
(ケ)原告X2の活動は,「泉北コミュニティ」2004年(平成16
年)4月8日(甲130)などで紹介された。
(コ)原告X2は,平成17年5月には,日本太極柔力球連盟を設立し,
代表理事になった。
エ被告等による本件運動の日本における普及活動
(ア)Cは,平成13年10月に日本で本件運動を指導したが,受講者は
10名程度であり,それ以上に普及することはなかった(甲83)。
(イ)2002年(平成14年)10月に北京で行われた日中国交正常化
30周年記念行事に参加するために中国を訪れた被告の関係者は,本件
運動を見た。
被告が2002年(平成14年)11月15日に発行した新聞「日本
と中国東京版」(甲26)には,上記の出来事が「ボールとラケット
の舞いを楽しんだ」と記載されている。また,被告が2003年(平成
15年)1月1日に発行した新聞「日本と中国/東京版」(甲27)に
は,上記の写真が掲載されている。なお,同新聞は,東京の会員(約1
000名)に配布されるほか,被告が催す各種イベントに訪れた一般人
に配布されたり,各種の団体等に配布されている。
(ウ)被告と社団法人東京都レクリエーション協会の関係者は,2003
年(平成15年)3月24日に「太極柔力球」普及のための打合せに訪
中し,本件運動の説明を受け,模範演技を見た。
そして,被告と社団法人東京都レクリエーション協会の関係者は,平
成15年10月に北京体育大学の劉家驥らを講師として,東京体育館に
おいて「太極柔力球」の講習会を行うことを企画したが,新型肺炎(S
ARS)流行のため,講習会の開催を平成16年3月18日に延期し
た。
被告が2004年(平成16年)1月1日に発行した新聞「日本と中
国/東京版」(甲29)には,上記の「太極柔力球」普及のための打合
せが記載され,その写真が掲載されるとともに,平成16年3月18日
に下記(オ)の講習会を開くことが記載されている。
(エ)2003年(平成15年)11月9日に北京で行われた日中平和友
好条約締結25周年を記念する祝賀行事に被告の市民交流訪中団が参加
し,そこで本件運動の模範演技が行われた。
被告が2003年(平成15年)11月25日に発行した新聞「日本
と中国東京版」(甲28)には,上記の模範演技を見たことが記載さ
れ,その写真が掲載されている。また,平成16年3月に下記(オ)の講
習会を開くことも記載されている。
(オ)被告と社団法人東京都レクリエーション協会は,平成16年3月1
8日,北京体育大学の劉家驥らを講師として,東京体育館において第1
回「太極柔力球普及講習会」を開催し,約150名が講習を受けた。
平成16年5月15日に味の素スタジアム東京都調布庁舎内体育室で
約30名が参加して太極柔力球練習会が行われた。
(カ)社団法人東京都レクリエーション協会発行に係る機関誌「とれくニ
ュース」Vol.16(2003年12月1日。乙14)には,平成1
6年3月18日に上記(オ)の講習会を開くことが記載されており,「と
れくニュース」Vol.17(2004年8月1日。乙13)には,平
成16年3月18日に上記(オ)の講習会が開かれたことが記載されてい
る。なお,「とれくニュース」は,社団法人東京都レクリエーション協
会加盟団体・会員に配布されるほか,東京都体育館,駒沢オリンピック
公園,東京武道館,味の素スタジアム教育庁調布庁舎などでも配布され
ており,配布部数は1万0200部である。
(キ)「REC」2004年(平成16年)5月号(同月1日財団法人日
本レクリエーション協会発行。甲37,乙4)には,「太極柔力球」が
どのようなものであるかが写真付きで解説されており,平成16年5月
15日に上記(オ)の練習会が開催されることが記載されている。また,
「太極柔力球」の商品(ラケットとボール)が輸入手続中であることが
記載されている。なお,同雑誌は,約12万部発行され,日本全国のレ
クリエーション指導者らが読者となっている。全国のレクリエーション
協会,日本レクリエーション協会の加盟団体へも配布され,公共の図書
館にも寄贈等されており,一般の書店での注文販売も可能なものであ
る。
(ク)中国国際放送局を通じて2004年(平成16年)5月19日及び
20日に中国国内に放送された番組「虹の架け橋」では,上記(オ)の平
成16年3月18日の講習会が紹介された(甲48)。
(ケ)被告と社団法人東京都レクリエーション協会の関係者らによって,
平成16年6月28日に,日本太極柔力球協会が設立された。その設立
に際しては,北京市人民対外友好協会,中国老年人体育協会全国柔力球
推広工作組より2004年[平成16年]7月1日付けで「祝辞」が送
られた(甲25)。
(コ)Bは,上記(オ)の平成16年3月18日の講習会に参加した後,熊
本県で「太極柔力球」の講習会を始めた。
(サ)Aを日本に招いた「太極柔力球」の講習会(主催日本太極柔力球
クラブ,後援日本練功十八法協会)が平成16年6月に開催された
(甲71)。
(シ)被告は,上記(オ)の平成16年3月18日の講習会前の同年2月
に,「太極柔力球」のラケットを500本を輸入した(乙6)。その
後,同年5月に,被告は,ラケットを輸入している(乙5)。
(2)前記(1)認定の事実に基づき,本件商標の登録査定(平成16年8月10
日)時に,本件商標は,その指定役務中,「太極柔力球の興行の企画・運営
又は開催」・「太極柔力球のための運動施設の提供」・「太極柔力球のため
の娯楽施設の提供」及び「太極柔力球のための運動用具の貸与」について,
その商品又は役務の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからな
る商標であるか(商標法3条1項3号)につき判断する。
ア本件運動が中国においてスポーツの地位を確立していたこと
(ア)前記(1)イ認定のとおり,中国において,本件運動は,1996年
(平成8年)に開催された第3回全国労働者運動会において正式種目と
して実施されたほか,2002年(平成14年)以降は,中国老年人体
育協会によって,高齢者向けのスポーツとして講習会が開催され,全国
大会が行われるなどしており,前記(1)イ認定の事実によれば,本件商
標の登録査定(平成16年8月10日)時に本件運動が中国においてス
ポーツとして確立していたことは明らかというべきである。
(イ)この点について,原告らは,前記(1)イ(エ)の李洪滋・張青「老年
人科学健身」(甲2の1,乙1)は,中表紙の下部に「内部交流」と書
されているとおり,非売品にすぎないと主張する。「内部」は「一般に
公開しない」という意味である(乙17[小学館「中日辞典」1003
頁])から,上記「老年人科学健身」が一般に販売されたとは認められ
ないが,乙16,43(Fの陳述書)によれば,上記「老年人科学健
身」は,中国老年人体育協会,行政の関係機関等の関係者に配布された
ものであって,3000∼5000部程度発行されたと認められるか
ら,上記(ア)の認定に供することができるというべきである。また,原
告らは,中国国家体育総局は現在に至るまで本件運動を,中国において
正式に行われているスポーツとは認めていない(甲163[中国国家体
育総局のインターネットのホームページ])と主張するが,仮にそうで
あるとしても,そのことが上記(ア)の認定を直ちに左右するものではな
いし,前記(1)ウのとおり,被告が2002年(平成14年)11月1
5日に発行した新聞「日本と中国東京版」(甲26)に,本件運動に
ついて「ボールとラケットの舞い」と記載されていることも,被告の関
係者が初めて本件運動を見てそのように表現したにすぎず,上記(ア)の
認定を左右するものではない。さらに,2002年(平成14年)11
月北京体育大学学報に掲載された李恩荊の「太極柔力球の現状と発展対
策」と題する論文(甲15,乙8,28)には,本件運動は,いまだ秩
序なき発展段階にあり,全国的な指導組織もなく展開区域には偏りがあ
り,本件運動に対する認識はいまだに統一されていない旨の記載がある
(訳文は甲170)が,これも,前記(1)イ認定の事実に照らし,上記(
ア)の認定を左右するものではない。
イ本件運動の中国における名称
(ア)前記(1)ア認定のとおり,Aは,当初本件運動を「太極娯楽球」と
呼んでいたが,1992年(平成4年)に「太極柔力球」という名称を
定めて,社会に発表したものと認められ,そして,前記(1)イ認定のと
おり,中国においては,「太極柔力球」との名称が広く用いられている
ことからすると,本件商標の登録査定(平成16年8月10日)時に
は,中国において「太極柔力球」との名称は本件運動を指すスポーツの
名称として一般的に用いられていたものと認めるのが相当である。
(イ)この点について,原告らは,中国国内では,本件商標の登録査定
(平成16年8月10日)後に,本件運動の名称として,「太極柔力
球」のほかに「太極球」(甲161[中国のポータルサイト「HAIN
AN.NET」のニュース記事])や「太極功」(甲159[中国のポ
ータルサイト「SINA」のニュース記事])が用いられていると主張
する。中国のポータルサイト「HAINAN.NET」の平成18年
5月22日付けのニュース記事(甲161)及び中国のポータルサイト
「SINA」の同日付けのニュース記事(甲159)は,いずれもドイ
ツのメルケル首相が中国を訪問した際に,中国の温家宝首相がメルケル
首相に対して本件運動の説明をした旨の記事であり,その見出しに甲1
61は「太極球」を,甲159は「太極功」を用いている。しかし,甲
161,159ともに,本文中の写真の説明では「太極柔力球」を用い
ており,上記「太極球」又は「太極功」は,見出しにおける簡潔な表記
であると解されるから,上記(ア)の認定を左右するに足りるものではな
い。
ウ本件運動の日本における名称
(ア)前記(1)ウ,エ認定の事実によれば,本件運動は,Cによって平成
13年10月に日本に伝えられたが,それ以上の進展はなく,その後,
平成14年9月に中国で本件運動の講習を受けた原告X2が,日本にお
いて本件運動の講習を始めたのであるが,他方,被告の関係者も平成1
4年10月に中国において本件運動を見学し,その模様は平成14年1
1月15日に被告が発行した新聞によって紹介されたほか,平成16年
3月18日には,被告らの主催で本件運動の講習会が開催されるなどし
たのであって,これらの原被告の活動によって日本において本件運動が
広まっていき,さらに,原被告以外の第三者による本件運動の講習会も
平成16年6月になされたものと認められる。
そして,本件商標の登録査定(平成16年8月10日)時までにおけ
る本件運動の日本における普及の過程で,本件運動は,平成14年11
月15日に被告が発行した新聞において「ボールとラケットの舞い」と
表記されたほかは,一貫して「太極柔力球」と表記されていたものと認
められる。被告はともより,原告X2も,「太極柔力球」をAが考案し
た本件運動の名称として用いていることは,前記(1)ウ(ウ)認定の原告
X2が平成15年4月26日付けで作成した「太極柔力球」を説明する
ちらし(甲112の1)の記載などから明らかというべきである。
したがって,本件商標の登録査定(平成16年8月10日)時に,本
件運動は,日本においても,中国生まれのスポーツとして,「太極柔力
球」という名称で知られていたものと認められる。
(イ)この点について,原告らは,原告ら以外による本件運動の普及活動
は本件運動の日本への紹介を試みる程度で,定期的なものには至ってお
らず,本件運動に不可欠な道具についても販売されていたとまではいえ
ないから,本件運動がスポーツとして確立したものであったこととは程
遠い状況にあったといえると主張する。しかし,本件商標の登録査定
(平成16年8月10日)時に本件運動が中国においてスポーツとして
確立していたことは,前記ア(ア)のとおりであり,これが上記(ア)のと
おり日本に紹介されており,前記(1)ウ(エ),エ(シ)のとおり道具につ
いても輸入されていたから,本件商標の登録査定時に,本件運動が日本
においてもスポーツとして確立したものであったことは明らかというべ
きである。
また,原告らは,ドイツにおいては,本件運動は「太極柔力球」とい
う名称で紹介されておらず,「太極白龍球連盟」によって「太極白龍
球」(中国語表示「太极白球」)として紹介されている(甲160[
ドイツの太極白龍球連盟のインターネットのホームページ])と主張す
るが,ドイツにおける名称が「太極白龍球」であるとしても,そのこと
は,日本における名称に関する上記(ア)の認定を直ちに左右するもので
はない。
さらに,原告らは,熊本日日新聞の2004年(平成16年)9月2
2日付けの記事では,熊本でBが講座を開いて普及している運動の名称
を「柔力球」と紹介し,これと区別する形で中国での呼び名を「太極柔
力球」と紹介している(甲49)と主張するが,本件運動を「柔力球」
と呼び,中国における名称「太極柔力球」と区別しているものが他にあ
るとは認められないから,この1例をもって上記(ア)の認定が左右され
るものではない。
エ商標法3条1項3号該当性
(ア)商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされて
いるのは,このような商標は,商品の産地,販売地その他の特性を表示
記述する標章であって,取引に際し必要適切な表示として何人もその使
用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認めるのを公
益上適当としないものであるとともに,一般的に使用される標章であっ
て,多くの場合自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得な
いものであることによるものと解すべきである(最高裁昭和54年4月
10日第三小法廷判決・裁判集民事126号507頁[判例時報927
号233頁]参照)。
そして,前記ア∼ウ認定のとおり,本件商標である「太極柔力球」
は,本件商標の登録査定(平成16年8月10日)時に,中国におい
て,本件運動を指すスポーツの名称として一般的に用いられていたもの
であって,日本においても,本件運動は,中国生まれのスポーツとし
て,「太極柔力球」という名称で知られていたものと認められるのであ
り,前記(1)認定の各事実によっても,本件商標の登録査定(平成16
年8月10日)時に,本件商標が原告X2の活動を指すものであるとの
識別力を有したとまでいうことはできないから,本件商標は,その指定
役務中,「太極柔力球の興行の企画・運営又は開催」・「太極柔力球の
ための運動施設の提供」・「太極柔力球のための娯楽施設の提供」及び
「太極柔力球のための運動用具の貸与」については,その役務の品質を
普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であって,特定
人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとと
もに,自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないもので
あるというべきである。
(イ)原告らは,原告X2は,本件運動を日本に紹介するに当たり,用語
を工夫するなど,初めて本件運動を目にする人に受け入れやすい方法を
いくつも考案したとの主張をする(前記第3,1(3)ア(エ)c)。この
うち,「太极柔力球」という中国語表示を日本語の「太極柔力球」と表
示し,その読みを「たいきょくじゅうりょくきゅう」と設定したとの点
については,前記(1)アのとおり,「极」は「極」の簡体字で,字とし
ては同一であること,「たいきょくじゅうりょくきゅう」という読みが
日本語として通常のものであることからすると,原告X2の貢献と評価
することができないものであるし,その余の点については,原告X2が
本件運動を日本に紹介するに当たり,用語等について工夫・努力をした
というにとどまり,上記(ア)の認定を左右するに足りるものではない。
また,Aと原告X2の間における2003年(平成15年)8月12日
付けの合意(甲91)は,前記(1)ウ(オ)認定のとおりのものである
が,このような合意があるからといって,上記(ア)の認定が左右される
ものではない。さらに,本件商標登録の出願(平成15年8月12日)
当時,日本においては,原告X2以外には「太極柔力球」という名称で
本件運動の普及活動を行っている者はいなかったとしても,本件商標の
登録査定(平成16年8月10日)時には,被告やその他の第三者も本
件運動の普及活動を行っていたことは,前記(1)エ認定のとおりであっ
て,このようなこからしても,上記(ア)の認定が左右されるものではな
い。
(ウ)したがって,本件商標は,その指定役務中,「太極柔力球の興行の
企画・運営又は開催」・「太極柔力球のための運動施設の提供」・「太
極柔力球のための娯楽施設の提供」及び「太極柔力球のための運動用具
の貸与」については,その商品又は役務の品質を普通に用いられる方法
で表示する標章のみからなる商標(商標法3条1項3号)であるとの審
決に判断に誤りがあるということはできないから,取消事由1,2は理
由がない。
3本件商標が商標法4条1項16号に該当するとした審決の適否(取消事由
3)について
(1)前記2(2)エ(ア)のとおり,本件商標である「太極柔力球」は,本件商標
の登録査定(平成16年8月10日)時に,中国において本件運動を指すス
ポーツの名称として一般的に用いられていたものであって,日本において
も,本件運動は中国生まれのスポーツとして「太極柔力球」という名称で知
られていたものと認められるから,本件商標は,その指定商品「太極拳の指
導に用いられる運動用具」に使用する場合は,商品の品質の誤認を生ずるお
それがあり,また,その指定役務中「太極拳の指導に関する技芸・スポーツ
又は知識の教授」及び「太極柔力球の興業の企画・運営又は開催,太極柔力
球のための運動施設の提供,太極柔力球のための娯楽施設の提供,太極柔力
球のための運動用具の貸与」以外の「スポーツの興業の企画・運営又は開
催,運動施設の提供,娯楽施設の提供,運動用具の貸与」に使用する場合
は,役務の質の誤認を生ずるおそれがある(商標法4条1項16号)という
ことができ,その旨の審決に誤りがあるということはできない。
(2)この点について,原告らは,本件運動は,太極拳の理論を現代球技に応
用したものであって,原告らによる本件商標を用いた本件運動の指導は,太
極拳の真髄を指導することにも繋がると主張する。
しかし,本件運動は太極拳の動きを取り入れた球技であるとしても,本件
運動と太極拳とは別異の運動(スポーツ)であることは明らかであるから,
本件商標を指定商品「太極拳の指導に用いられる運動用具」に使用する場合
は,商品の品質の誤認を生ずるおそれがあり,また,その指定役務中「太極
拳の指導に関する技芸・スポーツ又は知識の教授」に使用する場合は,役務
の質の誤認を生ずるおそれがあるというべぎである。
(3)したがって,取消事由3も理由がない。
4結論
以上によれば,原告ら主張の取消事由は全て理由がない。
よって,原告らの請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

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