弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人山口紀洋が提出した控訴趣意書に記載されたとおりで
あるから、これを引用する。
 第一 訴訟手続の法令違反の主張について
 所論は、要するに、原判決は、原審相被告人Aが被告人と共謀のうえ医師の資格
なしに行なった医行為である検眼及びコンタクトレンズの着脱を、公訴事実とは異
なり、コンタクトレンズの処方をするために行なわれるものに限定しているが、こ
れは公訴事実における訴因不特定を看過したまま判決をしたことに帰し、判決に影
響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反を冒したものである、と主張する。
 原判決が検眼及びコンタクトレンズの着脱はコンタクトレンズの処方をするため
に行われるものに限り医行為に当たると解していることは、その理由中の説示から
明らかであるが、訴因ないし罪となるべき事実の医行為の記載としては、その趣旨
を明示することなく、単に「検眼」、「コンタクトレンズの着脱」と表示しても犯
罪事実の記載としては欠けるところがないと解すべきであり、原判決も罪となるべ
き事実及び別表においては、「検眼」、「(テスト用の)コンタクトレンズの着
脱」としか記載していないのである。したがって、本件公訴事実における訴因が不
特定であるとはいえないから、所論はその前提を欠き失当である。
 ちなみに、所論は、原審において右検眼及びコンタクトレンズの着脱の範囲の点
は争点とならなかったと述べており、その趣旨は、原審が判決で初めてそのような
解釈を示したことが被告人、弁護人にとって不意打ちとなることを問題とするもの
とも考えられるが、記録によると、起訴状における右記載について、弁護人は、原
審第一回公判期日において、「検眼、コンタクトレンズの着脱、処方」等の言葉の
具体的意味内容に関して求釈明を行い、これに対して検察官が、検眼について「コ
ンタクトレンズの処方の前提として行う患者の目の状態の検査」と、またコンタク
トレンズの着脱については「字義のとおり」とそれぞれ回答をしているのであり、
弁護人の証人B及び同C等に対する尋問及び被告人に対する質問の各内容、さらに
は弁護人が弁論要旨において、検察官はあらゆる検眼、コンタクトレンズの着脱を
問題とするのかそれらのうちの特定の行為を違法とする趣旨なのかを公判において
明確にすべきであったと非難しつつ、自らあらゆる観点から見て危険性がないこと
をるる説明していること等にかんがみると、原審が訴因変更等の手続を経ずに判決
中で前記のような判断をしたからといって、それが被告人、弁護人にとって不意打
ちになるといえないことは明らかである。
 第二 法令適用の誤りの主張について
 所論は、要するに、原判決は、医師法の解釈、適用を誤った結果、本件被告人の
行為に同法を適用し、被告人に対し有罪判決をした点において判決に影響を及ぼす
ことの明らかな法令適用の誤りを冒したものである、と主張する。
 しかし、原判決が、「争点についての判断」の項において医師法の解釈等につい
て説示するところはおおむね正当として是認することができるのであって、原判決
に所論の法令適用の誤りがあるとは認められない。以下、若干補足する。
 一 まず、所論は、原判決は、医師法一七条において医師資格を有しないものが
業として行うことを禁じられている医行為について、これを「医師が行うのでなけ
れば保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」と解し、被告人と共謀したAの行
った検眼、コンタクトレンズ着脱、コンタクトレンズ処方等の各行為をこの意味に
おける医行為に該当するとしたが、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ず
るおそれのある行為などというものは世の中に存在せず、ある行為から右危害を生
ずるか否かはその行為に関する技能に習熟しているかどうかによって決まるのであ
って医師資格の有無に関係しないとして、医師法に関する原判決の前記のような解
釈は社会の実態を無視した恣意的な解釈である、と主張する。
 そこで検討するに、医師法は、医師について厚生大臣の免許制度をとること及び
医師国家試験の目的・内容・受験資格等について詳細な規定を置いたうえ、その一
七条において「医師でなければ医業をしてはならない」と定めているところからす
れば、同法は、医学の専門的知識、技能を習得して国家試験に合格し厚生大臣<要
旨>の免許を得た医師のみが医業を行うことができるとの基本的立場に立っているも
のと考えられる。そうすると、同条の医業の内容をなす医行為とは、原判決
が説示するように「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある
行為」と理解するのが正当というべきであって、これと異なる見解に立つ所論は、
独自の主張であって、採用の限りでない。
 所論はまた、このような解釈に従うと、医師であっても危険を伴う治療行為を行
う場合は医業といえなくなるなどと主張するが、本条は、その文理に照らし、医行
為を業として行う場合の規制であって個々の医療行為の適否を判断しこれを取り締
まることを目的としたものではないのであるから、この点の所論も失当というほか
ない。
 二 次に所論は、国民には職業選択の自由(憲法二二条一項)が保障されている
のであるから、職業の制限は公共の利益のために必要かつ合理的なものでなければ
ならず、特に医師法による制限は業務によってはその全般に及ぶ広範な規制である
から、その必要性、合理性は厳格に主張、立証されなければならないところ、本件
において医師法違反に該当するとされた検眼、コンタクトレンズの着脱の各行為に
ついては、人体に対し何らの危険性も認められない行為であり、これを規制する必
要性、合理性が全く立証されていないのに、これを医師法違反として処罰するのは
憲法二二条一項に違反する、と主張する。
 しかし、医師法一七条及びこれに違反した者に関する罰則を定める同法三一条一
項一号の規定が憲法二二条一項に違反するものでないことは、原判決が「争点につ
いての判断」中の「憲法違反の主張について」の項において説示するとおりであ
る。
 なお、所論は、本件で医師法に違反するとされた検眼、コンタクトレンズの着脱
の各行為は、人体に対し何らの危険性も認められないと主張するので、この点につ
いてさらに考察するに、医師法一七条がその取締りの根拠としている無資格者の行
う医業における危険は、抽象的危険で足り、被診療者の生命、健康が現実に危険に
さらされることまでは必要としないと解するのが相当であり、所論の当否もこの観
点から決すべきである。
 ところで、コンタクトレンズが普及しだしたころ、厚生省における行政解釈とし
て、コンタクトレンズ使用のための検眼、装用の指導等は医行為に当たる(昭三
三・八・二八医発六八六)との見解が示され、以来今日に至るまで右解釈に添った
行政指導等がなされてきたものであることが認められる。そして、右行政解釈をも
参考にして考えるに、記録によれば、それが発せられた当時からみると現在では医
療機器等の格段の進歩が認められ、検眼機を用いての検眼及びテスト用コンタクト
レンズの着脱自体による人体への危険は相当程度減少しているということができる
が、なお担当者の医学的知識が不十分であることに起因し、検眼機の操作、データ
の分析を誤り、またテスト用コンタクトレンズ着脱の際に眼球損傷、細菌感染を招
くとかコンタクトレンズの適合性の判断を誤る等の事態が皆無とはいえないうえ、
特に最終的にコンタクトレンズの処方をすることを目的としてこれらの行為が行わ
れる本件のような事案においては、検眼またはテスト用コンタクトレンズ着脱時の
判断の誤りがひいてコンタクトレンズの処方の誤りと結び付くことにより、コンタ
クトレンズを装着した者に頭痛、吐き気、充血、眼痛、視力の低下等の結果をもた
らし、最悪の場合は失明に至る危険性もないとは<要旨>いえないことが認められ
る。そうすると、少なくとも処方のために行われる検眼及びコンタクトレンズの着
の各行為については、原判決のようにこれをコンタクトレンズの処方の一
部というかどうかはともかくとしても、実際に各患者に対してコンタクトレンズを
処方した場合はもとより、原判決別表番号7、8及び10の事案のようにたまたま
事情があって診療当日処方するまでに至らなかった場合を含め、行為の性質上すべ
て医行為に当たるというべきである。論旨は採用できない。
 三 次に、所論は、本件検眼等の行為を行ったAには医師等の資格はないにして
もOMAの資格があり、コンタクトレンズの取扱いには習熟していたのであるか
ら、同人が行った検眼等の行為に保健衛生上の危険性はなく、同人の行為を医師法
違反とした原判決は同法及び憲法に違反する、と主張する。
 記録によれば、社団法人D会においては、眼科医療に従事する者全般の資質を向
上せしめる目的で各都道府県の支部単位で年一回、合計約四〇時間程度の講習会を
実施し、講習終了者に対しては試験を行い、これに合格した者に対し合格証を交付
しており、所論指摘のOMA(オフサルミック・メディカル・アシスタント)は、
眼科関係者の間で、右講習終了後所定の試験に合格して合格証を取得した者をさす
呼称として広く用いられていること、そしてAが右合格証を取得していることが認
められる。しかし、右講習は、その内容、単位数等にかんがみ、講習終了者が眼科
医院における受付業務、保険請求事務、視力検査(裸眼及び所持眼鏡による視
力)、色覚検査(検査表の判読)等の行為を円滑に行える程度のことをねらいとし
たものに過ぎず、この講習を受講し所定の試験に合格したからといって、形式的に
も実質的にも医師資格や看護婦資格等に代替しうるものでないことはいうまでもな
いのであるから、Aの本件行為を医師法に違反するとした原判決に所論の法令適用
の誤りは認められない。論旨は理由がない。
 第三 量刑不当の主張について
 所論は、要するに、被告人を懲役八月(二年間執行猶予)に処した原判決の量刑
は重過ぎて不当である、というのである。
 記録によれば、本件は、株式会社Eクリニックの実質的経営者であり、かつF眼
科医院を管理する医師である被告人が、原審相被告人Aと共謀のうえ、業として、
医師資格を有しないAにおいて原判示の各日時、場所において、前後一〇回にわた
り、Gほか八名に対し、検眼、テスト用コンタクトレンズの着脱、コンタクトレン
ズの処方等の診療行為をし、医師でないのに医業を行った、というのであるが、そ
の経過を多少遡って考察すると、次のとおりである。
 1 被告人は、昭和三六年に医籍に登録し、昭和四五年に東京都港区内のaビル
b階において「H眼科医院」を開設するとともに、そのころ「株式会社Eクリニッ
ク」を設立し、H眼科と同一の場所に本店を置いて、コンタクトレンズの処方、販
売等を開始した。そして、老後は一般眼科診療をやめ、体力的に楽なコンタクトレ
ンズの処方、販売を専門とする眼科医として過ごそうと考え、その準備として東京
都大田区内にEの本店を移転するとともに同所にH眼科医院とは別にF眼科医院を
開設し、昭和五五年二月にはEの本店を原判示記載のcビルd階に移転し、次いで
昭和五九年一〇月F眼科医院を同所に移転開設した。
 2 被告人は、Eをcビルに開設した当初はコンタクトレンズ会社からの派遣従
業員にその業務一切をまかせていたが、やがてこれに満足できなくなって自らコン
タクトレンズの販売等の経験豊富な従業員を雇って業務運営に当たった。そして、
F眼科医院を併設した後の昭和六三年二月ころ、右従業員が退職することとなった
ためその後任を募集し、これに応募してきた原判示の共犯者Aを面接のうえ採用し
た。同人は、それまで家具販売会社やレンタカー会社などに勤務した経験があるも
のの、医師資格はもとより看護婦、視能訓練士等の資格を有せず、コンタクトレン
ズに関する知識も皆無であったことから、被告人は、雇用当初の約三箇月間、自ら
cビルに赴いてAの指導に当たったほか、同人にOMAの講習を受けるように勧
め、同人においてもEでの業務の傍ら眼科関係の知識の修得に励んだ結果、平成元
年六月ころ講習終了の試験にも合格し、同人単独でF眼科医院及びEの受付事務、
問診、検眼、レンズの着脱、処方、装用指導、販売事務、投薬、カルテの記載等を
することができるまでになった。
 3 一方、被告人は、そのころH眼科医院の患者が増えた結果、その診療に追わ
れるようになり、営業時間中にEを訪れることが困難になったことから、Aに「F
相談室室長」という肩書を与えてEの業務の大部分を任せることとし、さらに平成
三年ころになると、cビルに赴いても、被告人は集金やコンタクトレンズ業者との
打合せ、広告の発注等の指示に当たるだけで、Aの処方したコンタクトレンズに問
題があって患者から苦情が出た場合などに限って例外的に直接患者の診療に当たる
だけの状態となった。
 4 このような状況下で被告人らは、本件一連の犯行に及んだのであるが、コン
タクトレンズの購入のためEを訪れた原判示別表3記載のIが、医師資格のないA
が単独でコンタクトレンズの処方をしていることに疑問を抱き、Aに対し、違法行
為をやめるよう忠告したものの、数週間後においても、あまり診療態勢を改めた形
跡が見られなかったところから、Iが警察に申告し、本件が発覚した。
 以上の経過にかんがみると、本件犯行の動機について被告人に同情する余地は乏
しく、また本件はコンタクトレンズの処方を求めてEを訪れた患者合計九名に対
し、約九箇月間にわたり反復して継続された検眼等の診療行為であって、それらが
長期間、多数回にわたって行われてきた同種犯行の一部であることをも合わせ考え
ると、犯情は悪質といわざるを得ず、医師としての自覚に著しく欠ける被告人の刑
事責任をゆるがせにすることはできない。
 そうすると、OMAの講習を受けたうえ経験も積んだAの処方にそれほど大きな
誤りがあったとは認められないこと、当初被告人自らもEの営業時間に合わせて同
店に実際に足を運ぶつもりでいたところ、H眼科医院における患者が予想外に増加
して時間が取りにくくなり、やむなくAに任せっきりの状態になってしまったもの
であること、Eにおける業務は小規模であって被告人が大きな営利を企図したわけ
ではないこと、犯行発覚後直ちにcビルにおける営業を廃止し、Aも退職したた
め、被告人が再び本件のような行為に出るおそれはなく、被告人もひたすら謹慎、
反省の日々を送っていること、被告人が眼科医師としてこれまで診療に励み地域医
療に貢献してきたこと、被告人に前科はなく、本件が新聞等で報道されたことや一
定期間身柄を拘束されるなどしたことにより既に相応の社会的制裁を受けているこ
とに加え、コンタクトレンズを扱う眼科医院における診療の実態や眼鏡店の業務の
実情など被告人に有利な諸事情を十分に考慮してみても、被告人を懲役八月(二年
間執行猶予)に処した原判決の量刑は、やむを得ないものであって、これが重過ぎ
て不当であるとは認められず、論旨は理由がない。
 よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決
する。
 (裁判長裁判官 小林充 裁判官 若原正樹 裁判官 小川正明)

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