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平成14年(行ケ)第645号 特許取消決定取消請求事件
平成16年6月22日口頭弁論終結
    判決
  原     告   三菱電機ホーム機器株式会社
原     告   三菱電機株式会社
原告ら訴訟代理人弁理士   高橋省吾
同    家入久栄
同    伊達研郎
  被     告   特許庁長官 小川洋
指定代理人       藤原直欣
同     大元修二
同     大野克人
同     立川功
同     涌井幸一
     主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
    事実及び理由
第1 当事者の求める裁判
1 原告ら
(1) 特許庁が異議2001-73199号事件について平成14年11月7日
にした決定中「特許第3170726号の請求項1に係る特許を取り消す。」との部
分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告らは,発明の名称を「電気掃除機」とする特許第3170726号の
特許(平成4年4月15日出願(以下「本件出願」という。),平成13年3月2
3日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は2である。)の特許権者で
ある。
(2) 本件特許に対し,特許異議の申立てがあり,この申立ては,異議2001
-73199号事件として審理された。原告らは,その審理の過程で,平成14年
8月19日,本件出願の願書に添付した明細書及び図面の訂正を請求をした(以
下,この訂正請求書に添付された訂正明細書を,図面を含めて,「本件明細書」と
いい,この明細書の特許請求の範囲に記載された請求項1の発明を「本件発明」と
いう。なお,同訂正により,請求項2は削除された。)。
(3) 特許庁は,平成14年11月7日,「訂正を認める。特許第317072
6号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,この異議決定の謄本は,
平成14年11月27日,原告らに送達された。
2 本件発明の特許請求の範囲
「 集塵室,ブロアモータ等を内蔵し,前車輪と一対の主車輪を備えた掃除機
本体を移動させて床面上の塵埃等を吸引する電気掃除機において,
 前記主車輪の外径が掃除機本体の全長の50%以上の大きさに設定され,
その外周の一部が前記掃除機本体の後端面及び底面の外側にあり,前記掃除
機本体の天面が前記主車輪の外周の外側にあり,
 前記掃除機本体の重心が,前記前車輪と主車輪が床面に接触した状態で前
記主車輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方であり,かつ前記主車輪と掃
除機本体の後端面の天面側に突設された突起部が床面に接触した状態で前記主車輪
の車軸を通り床面に垂直な線の天面側にある,
 ように構成されたことを特徴とする電気掃除機。」
(なお,以上の内容を次のように分説し,これを便宜「構成要件A~E」と
いう。
A 集塵室,ブロアモータ等を内蔵し,前車輪と一対の主車輪を備えた掃除
機本体を移動させて床面上の塵埃等を吸引する電気掃除機において,
B 前記主車輪の外径が掃除機本体の全長の50%以上の大きさに設定さ
れ,
C その外周の一部が前記掃除機本体の後端面及び底面の外側にあり,前記
掃除機本体の天面が前記主車輪の外周の外側にあり,
D 前記掃除機本体の重心が,前記前車輪と主車輪が床面に接触した状態で
前記主車輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方であり,
E かつ前記主車輪と掃除機本体の後端面の天面側に突設された突起部が床
面に接触した状態で前記主車輪の車軸を通り床面に垂直な線の天面側にある,
ように構成されたことを特徴とする電気掃除機。)
3 決定の理由
 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,特開昭61-5
2833号公報(以下,決定と同じく「刊行物1」という。)に記載された発明
(以下「引用発明1」という。)及び意匠登録第521833号公報(以下,決定
と同じく「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」とい
う。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件
特許は,特許法29条2項に違反してなされたものである,とするものである。
 決定が上記結論を導くにあたり認定した本件発明と引用発明1との一致点・
相違点は,次のとおりである。
(一致点)
 「集塵室,ブロアモータ等を内蔵し,前車輪と一対の主車輪を備えた掃除機
本体を移動させて床面上の塵埃等を吸引する電気掃除機において,前記主車輪の外
周の一部が前記掃除機本体の後端面及び底面の外側にあり,前記掃除機本体の天面
が前記主車輪の外周の外側にあり,前記掃除機本体の重心が,前記主車輪と掃除機
本体の後端面の天面側に突設された突起部が床面に接触した状態で前記主車輪の車
軸を通り床面に垂直な線の天面側にある,ように構成された電気掃除機」
(相違点)
 「本件発明では,主車輪の外径を,「掃除機本体の全長の50%以上の大き
さに設定」するとともに,前記掃除機本体の重心を,「前車輪と主車輪が床面に接
触した状態で前記主車輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方である」よう
に配設しているのに対し,引用発明1では,主車輪が掃除機本体に対してかかる大
きさに設定されず,かつ,掃除機本体の重心について,前車輪と主車輪が床面に接
触した状態での配設位置が明示されていない点」
(以下,①主車輪の外径について,本件発明では「掃除機本体の全長の50%
以上の大きさに設定」しているのに対し,引用発明1では掃除機本体に対してかか
る大きさには設定されていない点を「相違点①」といい,②前車輪と主車輪が床面
に接触した状態における掃除機本体の重心の位置について,本件発明では「主車輪
の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方である」ように配設しているのに対
し,引用発明1ではそのような配設位置は明示されていない点を「相違点②」とい
う。)
第3 原告ら主張の決定取消事由の要点
 決定は,以下のように,本件発明と引用発明1との相違点①,②に関する判
断を誤り,その結果,本件発明の進歩性の判断を誤ったものであって,その誤りは
決定の結論に影響することが明らかである。
1 取消事由1(相違点②に関する判断の誤り)
 決定は,「引用発明において,立てた状態での安定保持を図るために,重心
を,前車輪と主車輪が床面に接触した状態において掃除機本体の立ち上げ方向に予
め寄せておくこと,すなわち,主車輪の車軸の上方に配することは,当業者ならば
普通に配慮し得ることというべきである。」(決定書13頁9行~12行)として
いる。
(1) しかしながら,相違点②に係る本件発明の構成は,掃除機本体を立てた状
態を安定的に保持するための条件ではない。そもそも,掃除機本体の重心が,通常
の使用状態で主車輪の前方かつ上方にあっても,前車輪の大きさや掃除機本体の後
端面に突設された突起部の大きさなどによっては,常に,立てた状態で主車輪の車
軸を通り床面に垂直な線の天面側にあるとは限らないのである。
(2) 相違点②に係る本件発明の構成は,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立て
るための構成である(このことは,本件明細書の実施の形態4
(【0028】【0029】)及び図2に示されたところから明らかである。)。ところ
が,刊行物1には,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てるために通常の使用状態
における重心位置を調整するという技術思想についての記載も示唆もないから,当
業者が引用発明1及び2に接したとしても,掃除機本体の重心を「前車輪と主車輪
が床面に接触した状態で前記主車輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方」
に配置するという本件発明の構成を容易に想到するとはいえない。
(3) 主車輪の外径を大きくすると,通常の使用状態で,必然的に車軸の位置が
高くなり,当然,掃除機本体の重心は車軸より下方に位置しやすくなる。本件発明
は,そのような外径の大きい主車輪を有する電気掃除機において,使用時の転倒防
止よりも掃除機を立てるときの労力軽減を重視して,敢えて掃除機の重心を「前車
輪と主車輪が床面に接触した状態で前記主車輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方
かつ上方」に配置したものであって,当業者であっても発想の転換が必要であり,
容易に想到できるものではない。決定は,上記のような,相違点②に係る構成が,
「主車輪の外径が掃除機本体の全長の50%以上の大きさに設定され」ているとい
う構成と有機的に関連していることを考慮せずに,容易に想到できるとしたもので
あって,誤りである。
(4)また,相違点②のうち,重心を「主車輪の外周内」とした点について,
「掃除機本体の重心が主車輪の外周内であるか否かが,掃除機本体の立設状態を安定
的に保持するための条件とも認められないから,・・・当業者が適宜設計変更し得
るものというべきである。」(決定書13頁23行~27行)とした決定の判断も
誤りである。
2 取消事由2(相違点①に関する判断の誤り)
 決定は,「掃除機本体を持ち上げる際の使用者の労力を低減するために上記
重心及び車軸間の距離を短くすることは,・・・当業者には広く認識されてお
り,・・・掃除機本体に,大径の主車輪,例えば,該本体全長の50%以上の大き
さの主車輪を配することが引用発明2に開示されているのであるから,引用発明1
における上記距離を低減するために,引用発明2のように主車輪を大径化し車軸位
置を重心に近づけることは,当業者であれば容易に想到しうることというべきであ
る。」(決定書13頁13行~21行)としている。
(1) しかしながら,本件発明の「小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てること
ができ,立体掃除などの際に腕や手などへの負担を軽減することができる」(甲第
3号証の訂正明細11頁1行~3行)などの効果は,本件発明の各構成要件が有機
的に関連して達成されるものである。単純に主車輪の外径を大きくしたのでは,本
件発明の構成要件C,D,Eを満たさなくなる可能性がある。したがって,構成要
件C,D,Eとの関連を考慮せずに,単純に,引用発明2のように主車輪の外径を
大きくすることによって本件発明が得られるとするのは誤りである。
(2) 決定は,「主車輪の外径を掃除機本体全長の50%以上とすることの臨界
的意義については,本件の明細書及び図面全体の記載を参酌しても見いだすことは
できず」としているが,本件発明は,「掃除機本体を立てる際に使用者の腕などに
かかる負担を軽減する」という引用発明1及び2とは異なる課題を解決したもので
あり,また,引用発明1及び2とは異質の効果を有するものであるから,そもそも
本件発明については数値限定の臨界的意義は必要でない。本件発明は,「掃除機本
体の立設状態を安定的に保持する」ことだけを目的としたものではないから,「掃
除機本体の重心が主車輪の外周内であるか否かが,掃除機本体の立設状態を安定的
に保持するための条件とも認められないから,主車輪の外径を「掃除機本体の全長
の50%以上の大きさに設定」した点・・・は,当業者が適宜設計変更し得るもの
というべきである。」(決定書13頁23行~27行)とした決定の判断は,誤り
である。
3 取消事由3(格別の効果)
持ち上げ力は,重心と車軸間の直線距離だけでなく,直線距離の水平成分に
依存するところ,本件発明は,通常の使用状態で重心が車軸の前方かつ下方にある
場合には,使用者が掃除機本体を立てる途中で重心が主車輪の車軸の真横を通ると
きに最大の力を必要とする,つまり,掃除機本体を立てる際に一旦重く感じてしま
う,という課題を見出し,これを解決したことに意味があり,これは引用発明1か
らは予測できない格別の効果である。本件発明は,有機的に関連する全ての構成要
素によって,「小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てることができる」という,引
用発明1及び2と比較して格別の効果を奏するものである。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(相違点②に関する判断について)に対して
(1) 原告らは,相違点②に係る本件発明の構成は,小さい持ち上げ力で掃除機
本体を立てるための構成であるとし,刊行物1には,小さな持ち上げ力で掃除機本
体を立てるために通常の使用状態における重心位置を調整するという技術的思想に
ついては記載も示唆もないと主張している。
 しかし,小さな持ち上げ力で掃除機本体を立てるための構成として本件明
細書に記載されているのは,重心と車軸との距離を短くすることであって,相違点
②に係る構成が小さな持ち上げ力で掃除機本体を立てるための構成であるとの原告
らの主張は,本件明細書の記載に基づかないものである。
(2) 原告らは,決定が,相違点②に係る本件発明の構成要件と主車輪の大きさ
を規定した構成要件Bとの有機的関連性について考慮していないと主張する。
    しかし,本件発明の場合,重心位置は,主車輪の外周内にあることと主車
輪の車軸位置との関係で規定されているだけであるから,主車輪の外径を大きくす
るからといって,その構成要件Dが満たされなくなるものではなく,決定に誤りは
ない。
2 取消事由2(相違点①に関する判断について)に対して
(1) 構成要件D,Eは,重心位置を特定するために主車輪と車軸の位置との関
係を規定するものであって,重心の位置あるいは主車輪の車軸の位置が掃除機本体
との関係で規定されているわけではないから,主車輪の外径を大きくしたからとい
って,構成要件D,Eが満たされなくなるものではない。
 また,掃除機本体を立てることを前提とする以上,構成要件C(その外周
の一部が前記掃除機本体の後端面及び底面の外側にあり,前記掃除機本体の天面が
前記主車輪の外周の外側にあり)が必要不可欠であることは,引用発明1の図面か
ら容易に理解しうることであり,主車輪の外径を大きくする場合でも構成要件Cを
採用することは当然のことである。
 したがって,構成要件Bが,構成要件C,D,Eと関連することが原告ら
の主張するとおりだとしても,構成要件C,D,Eを有するからといって,構成要
件Bを想到することが困難であるということはできず,引用発明1において主車輪
の外径を大きくすることは当業者が容易に想到しうることである。
(2) 決定は,掃除機本体全長の50%以上の大きさの主車輪を設けることが引
用発明2に開示されていることを前提に,本件明細書を参酌してもその数値の臨界
的意義を見いだすことができない以上,数値限定による格別の効果が奏されている
とは認められないとしたものである。すなわち,主車輪の外径を「掃除機本体の全
長の50%以上」と数値限定した点は,主車輪の外径を可及的に大きくすることと
何ら変わりがないものであり,当業者が適宜に設計変更しうるものと判断したもの
である。
3 取消事由3(格別の作用効果)に対して
 本件明細書には,持ち上げ力に関して,重心と車軸の直線距離の水平成分に
つき式を用いて説明したものはなく,重心が主車輪の車軸の真横を通るときに最大
の力を必要とする課題とその解決という原告らの主張は,本件明細書の記載に基づ
くものではない。仮に,本件発明における水平成分の持ち上げ力の効果が自明であ
るとすれば,それは引用発明1の重心の位置自体が奏する効果でしかないし,原告
ら主張の持ち上げ力は,当業者の予測を超える格別な効果とはいえない。
第5 当裁判所の判断
1 本件明細書には,次の記載がある(甲第3号証)。
(1) 「【従来の技術】
・・・・・・
 しかしながら,棚の上,天井あるいはカーテンの上部等を掃除するよう
な場合は,・・・上ハンドル5を持って掃除機本体1を持上げて掃除を行うか,あ
るいは図12に示すようにホース6を引張って掃除機本体1を床面25上に立てて
掃除を行なっていた。
 このような操作は使用者の手や腕に相当な負担がかかるため,連続して
上記のような立体掃除を行うことは困難である。このような問題が発生するのは,
掃除機本体1の重心Gと,主車輪3の車軸4間の距離Lgが長いためである。」
(甲第3号証の訂正明細書1頁20行~2頁14行)
(2) 「【0005】
 このような問題を解決するために,図13,図14,図16に示すよう
な電気掃除機が提案されている。図13に示す電気掃除機は,掃除機本体1の両側
に,掃除機本体より大きい主車輪3を取付けたものであるが,このような電気掃除
機においては,掃除中にホース6のジョイント部7が床面25に当り,床面25に
傷をつけてしまうので,実用的ではない。
【0006】
  また,図14に示す電気掃除機は,前車輪2と主車輪3を有し,特に主
車輪3の外径Dを掃除機本体1の全高Hより大きく,かつ主車輪3の外周が掃除機
本体1の後端面より後方にあるように掃除機本体1に装着したものである。このよ
うな電気掃除機においては,・・・掃除機本体1を立てて格納することができ
ず,・・・きわめて使い勝手が悪い。
【0007】
  図16に示す電気掃除機は,主車輪3の車軸4を前方に移動させて重心
Gに近づけたものであるが,・・・掃除機本体1を立たせようとすると,支点が掃
除機本体1の後端面13の角部になるため重心Gからの距離が離れてしまう。この
ため,腕などの負担は軽減されず,使用者の疲労が大きい。
【0008】
 本発明は.上記の課題を解決するためになされた,使い勝手がよく,使
用に際しては床面を傷つけるおそれがなく,しかも不使用時はコンパクトに格納す
ることのできる電気掃除機を得ることを目的としたものである。」(同2頁15行~
3頁12行)
(3) 「本発明のように主車輪の外径を掃除機本体の全長の50%以上の大きさ
にし,その外周の一部が掃除機本体の後端面及び底面の外側にあり,掃除機本体の
天面が主車輪の外周の外側にあるように設定するとともに,掃除機本体の重心位置
を主車輪の外周内でかつ掃除機本体を床面上に立てた状態下で主車輪の車軸を通り
床面に垂直な線の天面側にあるように設定することにより,重心と車軸との距離が
短かくなって,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てることができる。また,掃除
機本体を立てる際は掃除機本体を車軸を中心に回動させる操作だけでよく,しかも
回動途中でその後端面が床面に接触することもなくなる。さらに,掃除機本体を床
面上に立てたときに安定してその位置に保持させることができ,かつコンパクトに
格納することができる。」(同3頁下から5行~4頁5行)
(4) 「本実施例においては,掃除機本体1を立てた状態で,主車輪3を車軸4
を中心に右上から反時計回りで第1,第2,第3,第4象限とし,掃除機本体1を
立てて主車輪3の外周と突起部17が床面25に当接して停止したときに,重心G
が第1象限,すなわち,車軸4を通る床面25に垂直な線Pより天面11側でかつ
車軸4より前方に位置するように構成したものである。」(同6頁下から7行~3
行)
(5) 「掃除機本体1を立てたとき,重心Gが第2象限上にあったとすれば,掃
除機本体1は仮床面25a側に倒れ易く,きわめて不安定な状態にある。また,重
心Gが第3象限に位置したとすれば,突起部17が床面25に当接しない状態で停
止するため,大へん不安定な状態になる。しかし,本実施例のように構成すること
により掃除機本体1を安定して立てることができるので,掃除中は勿論格納の際に
もきわめて安定性がよく,電気掃除機をコンパクトに収納することができる。」
(同7頁4行~10行)
以上からすると,本件発明においては,重心と車軸間の距離を短くすること
によって,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立たせるという課題を解決するととも
に,掃除機本体の重心位置を,掃除機本体を床面上に立てた状態下で主車輪の車軸
を通り床面に垂直な線の天面側(上記(4)にいう第1象限)にあるように設定するこ
とによって,掃除機本体を床面上に立てたときの安定性を保持することなどを目的
としたものということができる。
2 取消事由1(相違点②に関する判断の誤り)について
(1) 刊行物1には,次の記載等がある(甲第4号証)。
 ア 「本発明は掃除機本体を立てた状態においても使用や格納ができるタイ
プの電気掃除機に関するものである。」(甲第4号証1頁左下欄16行~18行)
イ 「本発明の電気掃除機は本体後部の下部,上部及びその中間部の3ケ所
に上記本体を立てるためのレストを配置し,下部と中間部,中間部と上部のそれぞ
れ2ケ所のレストで2方向に本体を立てられるように構成し,本体の上面側に倒れ
ることの防止や使用性の向上を図ったものである。」(同2頁左上欄4行~9行)
ウ 「第5図,第6図の中に示すGは掃除機本体の重心で,第5図及び第6
図のように立てた状態で重心Gは後輪40とレスト41の間及びレスト41と受部
42の間にそれぞれ位置するように立てた状態での床面への接地部を配置したもの
で,立てた状態から本体が倒れにくいようにしている。」(同2頁左下欄10行~1
5行)
エ 第5図,第6図には,掃除機本体が立てられた状態が図示されており,
これによると,掃除機本体の重心は,掃除機本体を立てた状態で,後輪の車軸より
も上方で,かつ掃除機本体の天面側にあることが看取できる(同4頁)。
(2) そうすると,掃除機本体を立てた状態で安定的に保持することができるよ
うに,掃除機本体の重心の位置を,立てた状態下で主車輪の車軸を通り床面に垂直
な線の天面側(前記第1象限)に配置するという点で,本件発明は,引用発明1と
共通の技術思想に基づくものである。
 ところで,このように,掃除機本体を立てた状態で安定的に保持するため
に,立てたときの重心の位置を,車軸の上方で,かつ掃除機本体の天面側に配置し
ようとすれば,前車輪と主車輪が床面に接触した通常の使用状態における重心の位
置を,予め掃除機本体の立ち上げ方向に寄せて配置するのが,当業者としてごく自
然な配慮であるといえる。仮に,重心の位置が,前車輪と主車輪が床面に接触した
状態で,主車輪の車軸の下方にあったとすれば,掃除機本体を立てた状態で,重心
の位置が掃除機本体の天面側(前記第1象限)にくることになるとは限らないか
ら,不安定な状態になりやすく,掃除機本体を立てた状態で安定的に保持するとい
う目的を達しえなくなるおそれがあるからである。
 したがって,掃除機本体の立てた状態での安定性を確保するという観点か
ら,掃除機本体の重心の位置が,立てた状態下で主車輪の車軸を通り床面に垂直な
線の天面側に配置されるようにするために,通常の使用状態においても,重心の位
置を掃除機本体の立ち上げ方向に予め寄せて配置することは,当業者であれば容易
に想到しうることというべきであり,相違点②のうち,前車輪と主車輪が床面に接
触した状態における掃除機本体の重心を主車輪の車軸の前方かつ上方であるように
配設するとの構成は,引用発明1に基づいて,当業者が容易に想到しうるものとい
える。
 また,相違点②のうち,重心を「主車輪の外周内」とした点は,後記3の
とおり,主車輪の外径を掃除機本体全長の50%以上としたことに格別の技術的意
義がないことからすると,大径の主車輪を採用したことから,当業者が容易に導き
出すことができる単なる設計事項にすぎないということができる。
(3) 原告らは,相違点②に係る本件発明の構成は,掃除機本体を立てた状態で
安定的に保持するための条件ではないとして,掃除機本体の重心が,通常の使用状
態(前車輪と主車輪が床面に接触した状態)で主車輪の前方かつ上方にあっても,
前車輪の大きさや掃除機本体の後端面に突設された突起部の大きさなどによって
は,常に,立てた状態で主車輪の車輪を通り床面に垂直な線の天面側にあるとは限
らないと主張する。
 確かに,掃除機本体の重心の位置が,通常の使用状態で主車輪の前方かつ
上方にあっても,本体後端面の突起部の大きさなどによっては,当然に,掃除機本
体を立てた状態で,重心が主車輪の車輪を通り床面に垂直な線の天面側にくるとは
限らないといえる。しかし,そのような事態が生じるのは,掃除機本体を立てたと
きに掃除機本体が傾くことになるような場合を想定したときであり,掃除機本体を
立てて収納するときの利便性等を考えれば,そのような想定は必ずしも一般的,現
実的なものとは言い難い。上記のとおり,立てた状態での掃除機本体の安定性を保
持するために,重心の位置を立てた状態下で掃除機本体の天面側(前記第1象限)
に配置するという構成をとる以上,そのような構成を実現しやすくするために,通
常の使用状態下での重心位置を掃除機本体の立ち上げ方向に寄せて配置しようとす
ることは,極めて自然なことであり,当業者であれば容易に想起しうることである
から,原告らが主張するような場合があるとしても,そのことは,前記容易想到性
を認める妨げとなるものではないというべきである。
(4) また,原告らは,相違点②に係る本件発明の構成は,小さい持ち上げ力で
掃除機本体を立てるための構成であるところ,刊行物1には,小さい持ち上げ力で
掃除機本体を立てるために通常の使用状態における重心位置を調整するという技術
思想についての記載も示唆もないから,当業者が引用発明1に基づいて容易に想到
するとはいえないと主張する。
 しかし,引用発明1に開示されている掃除機本体を立てた状態での安定性
を保持するという観点から,通常の使用状態における掃除機本体の重心を主車輪の
車軸の前方かつ上方であるように配設するとの構成を想到することが,当業者にと
って容易であることは,前記のとおりであるから,刊行物1に原告ら主張のような
技術思想の記載等がないことは,その容易想到性を否定する理由となるものではな
い。
 しかも,前記1のとおり,本件明細書によれば,本件発明における,小さ
い持ち上げ力で掃除機本体を立てるための構成は,重心と車軸との距離を短くする
ことであって,掃除機の通常の使用状態における掃除機本体の重心の位置を,主車
輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方にあるように配設したことではない
のである。原告らは,相違点②に係る構成が小さい持ち上げ力で掃除機本体を立て
るための構成であることは,本件明細書の実施の形態4(【0028】【002
9】)及び図2に示されている旨主張するが,これらを検討しても,そのことを記
載又は示唆しているものとは認められない(【0028】【0029】は,重心
が,掃除機の通常の使用状態において車軸の前方かつ上方にある場合と前方かつ下
方にある場合とを比較して,持ち上げ操作の過程で重心が車軸の真上に達した場合
における差異を説明するもので,持ち上げを開始する際の持ち上げ力の差異につい
て比較検討したものではないし,水平成分変化についても,これを具体的に説明し
た記載は見当たらない。)。そうすると,相違点②に係る本件発明の構成は,小さ
い持ち上げ力で掃除機本体を立てるための構成であるとの原告らの上記主張は,本
件明細書の記載に基づかないものであって,失当である。
(5) 原告らは,決定は,相違点②に係る構成が,「主車輪の外径が掃除機本体
の全長の50%以上の大きさに設定され」ているという構成(構成要件B)と有機
的に関連していることを考慮せずに,容易に想到できるとしたもので,誤りである
などと主張する。
 しかし,引用発明1に開示されている掃除機本体を立てた状態での安定性
を保持するという観点から,通常の使用状態における掃除機本体の重心を主車輪の
車軸の前方かつ上方であるように配設するとの構成を想到することが,当業者にと
って容易であることは,前記のとおりであり,主車輪の外径が大きく設定されたか
らといって,上記のような重心配置の構成を想到することが困難になるとは認めら
れない。したがって,原告らが主張するように,相違点②に係る構成が,主車輪の
大径化の下で,掃除機を立てるときの労力軽減という引用発明1と異なる技術思想
に基づくものであり,構成要件Bと関連しているとしても,そのことは,前記容易
想到性の判断を左右することになるものではない(なお,本件明細書には,原告ら
が主張するような,使用時の転倒防止と掃除機を立てるときの労力軽減とを比較検
討した上で,相違点②に係る構成を選択したことを示す記載は見当たらない。)。
(6) 以上のとおりであって,相違点②に関する決定の判断に誤りはない。
 3 取消事由2(相違点①に関する判断の誤り)について
 (1) 電気掃除機において,掃除機本体を立ち上げる際の持ち上げ力を小さくす
るために,掃除機本体の重心と車軸との間の距離を短くすることが,当業者に広く
認識されたものであったことは,前記1の本件明細書の記載から明らかである。
 そして,前記1の(2)のとおり,従来技術として,主車輪の外径を大きくす
ることによって,掃除機本体の重心と車軸との間の距離を近接させるための構成が
提案がされていたことも,本件明細書において明示されているところである(本件
明細書【0005】【0006】)。また,乙第1号証(特開昭48-72969
号公報)には,電気掃除機について「本体ケースの重心付近に,このケース側面外
周より大径となした走行用車輪を設け,・・・・掃除機本体の反転動作が簡単に行
うことができ」ることが記載されており(同号証3頁右上欄10行~15行),重
心と主車輪の車軸が近くにあることにより,反転動作が簡単に行えること,すなわ
ち,小さい持ち上げ力で立ち上げ動作を行うことができることが開示されている。
 以上によれば,主車輪の外径を大きくすることによって,重心と車軸との
間の距離を短くし,小さな持ち上げ力での掃除機本体の立ち上げ動作を可能とする
ことは,本件出願前において,当業者において広く認識された周知の技術であった
ことが明らかである。
(2) また,刊行物2には,掃除機本体に,本体全長の50%以上の大きさの主
車輪を設けた電気掃除機が開示されている(甲第5号証)。
(3) そうすると,上記周知の技術常識を備えた当業者であれば,引用発明1に
おける重心と車軸の距離を近接させるため,引用発明2のように主車輪を大径化
し,車軸位置を重心に近づける構成を採用するというようなことは,容易に想到し
うるものということができる。
 また,本件発明において,「主車輪の外径が掃除機本体の全長の50%以
上の大きさ」とすることについては,本件明細書を参酌しても格別の技術的意義を
見いだすことができないし,原告らも,「本件発明については数値限定の臨界的意
義は必要でない」と主張しているのであって,この点は,単なる設計事項に過ぎな
いものと見るのが相当である。
(4) 原告らは,本件発明1の効果は,本件発明の各構成要件が有機的に関連し
て達成されるものである,単純に主車輪の外径を大きくしたのでは,本件発明の構
成要件C,D,Eを満たさなくなる可能性があり,このような関連を考慮すること
なく,単純に引用発明2のように主車輪を大径化することによって,本件発明が得
られるとするのは,誤りであると主張する。
 しかし,決定は,単純に引用発明2のように主車輪を大径化することによ
って,本件発明が得られると判断したわけではない。上記周知の技術常識を備えた
当業者であれば,引用発明1における重心と車軸の距離を近接させるために,引用
発明2のように主車輪を大径化し,車軸位置を重心に近づける構成を採用するとい
うようなことは,容易に想到しうるものであることは上記のとおりである。また,
掃除機本体の立てた状態での安定性を確保するという観点から,掃除機本体の重心
の位置が,立てた状態下で主車輪の車軸を通り床面に垂直な線の天面側に配置され
るようにするために,通常の使用状態においても,重心の位置を掃除機本体の立ち
上げ方向に予め寄せて配置することは,当業者であれば容易に想到しうることも前
記のとおりである。そして,掃除機本体の重心と主車輪あるいは主車輪の車軸の位
置との関係に関する構成(相違点②に係る構成)と,主車輪の外径を大きくすると
の構成(相違点①に係る構成)とが相容れないものではないことは明らかであるか
ら,両相違点に係る構成を想到することに困難性はないというべきである。また,
本件発明の構成要件Cと主車輪の外径を大きくするとの構成(相違点①に係る構
成)が相反する構成ではないことも明らかである。原告らの上記主張は採用しえな
い。
(5) 以上のとおりであって,相違点①に関する決定の判断に誤りはない。
4 取消事由3(格別の効果)について
 原告らの主張する,通常の使用状態で重心が車軸の前方かつ下方にある場合
には,使用者が掃除機本体を立てる途中で重心が主車輪の車軸の真横を通るときに
最大の力を必要とするとの課題を,相違点①に係る構成によって解決したという,
水平成分変化による持ち上げ力の効果については,前記のとおり,本件明細書に具
体的な記載がない。また,刊行物1(甲第4号証)の第5図に図示されているよう
に,掃除機本体を立てた状態で重心が主車輪の車軸をとおり床面に垂直な線の天面
側にあるということは,立てる際に重心がこの垂直な線を越えて移動することであ
り,重心が上記垂直な線を越えれば,掃除機本体は自重で立てた状態に移行するの
は当然であるから,相違点①に係る構成をとることによって,掃除機を持ち上げる
途中で,「重心Gが車軸4の真上を通過したのちは,力を入れなくても掃除機本体
1は自力で立ち上がる」(本件明細書【0028】)との作用効果は,引用発明1
においても奏する通常の作用効果であって格別のものではなく,これをもって特許
性を根拠づけることはできないというべきである。
  なお,原告らは,本件発明は,「小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てるこ
とができる」という,引用発明1及び2と比較して格別の効果を奏するとも主張す
るが,既に述べたとおり,重心と主車輪の車軸の距離を近接させることによって,
小さい持ち上げ力で掃除機を立ち上げることができることは,当業者にとって周知
のものであり,原告ら主張の効果は,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に
想到しうる構成から生じる通常の効果であって,これをもって,特許性を根拠づけ
ることはできないというべきである。
5 以上のとおりであって,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がなく,その
他,決定に,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとして,訴
訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文
のとおり判決する。
東京高等裁判所知的財産第3部
     裁判長裁判官     佐  藤  久  夫
     裁判官     設  樂  隆  一
     裁判官     若  林  辰  繁
別紙 決定書(略)

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