弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は、昭和三八年七月五日の当審第八回口頭弁論期日における被
控訴代理人園田国彦の出頭日当を除き、控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第
一、二審共被控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。被控訴人らは、控訴棄
却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上・法律上の陳述、証拠方法の提出および書証たる文書の成立
に関する陳述は、それぞれ別紙記載のとおり主張し、控訴代理人が乙第九号証を提
出し、被控訴人A代理人が「右は帳簿であることを認める」旨述べたほかは、原判
決事実摘示におけると同一であるから、これを引用する。
         理    由
 <要旨>本件請求異議訴訟における問題の債務名義である四〇一七号公正証書の請
求の表示は、成立に争いない甲第一号証によつて明らかなように「債務者は
債権者から昭和三二年九月一七日附を以て金五〇万円也の債務を負担したことを承
諾し、債権者から請求があつたときは直ちにこれが弁済することを諾約した」とい
う文言から成つている(その他、損害金、連帯保証等の条項は論外として)。これ
は単純な債務負担の約束であつて、そのかぎりにおいて、請求の表示としての具体
性にかけるところはない。問題はこの債務約束の記載の真実性である。
 当事者間には、右四〇一七号証書のほか更に四〇一九号の公正証書が存在するこ
とは、争いないところである。そして、この四〇一九号証書には、前記四〇一七号
証書と同一日附の、極度額金五〇万円の根保証の金員融通契約による請求権が記載
されていることが成立に争いない乙第四号証によつて認められる。この二つの証書
は、一見無関係なように見えるが、実際は、四〇一七号証書が四〇一九号証書の与
信契約を予想して作成されているものであることは、控訴人が、四〇一七号証書に
よつて執行しうる全額でなく、その一部である金二五万一〇〇〇円についてのみ執
行していること(この事実は、成立に争いない甲第二号証の一・二によつて認めら
れる。)、その金二五万一〇〇〇円という額は四〇一九号証書による現存債権額で
あるというのが控訴人の主張であることなどから、優に推測できるところである。
控訴人主張によれば、「四〇一七号証書は無因の債務約束であつて、これを執行し
て取得した金額は不当利得として債務者に返還すべきものであるが、その額が四〇
一九号証書の与信契約上の現存債権額と同一であるときには、前者の返還債務と後
者の請求債権とを相殺することによつて、先の執行による取得額をそのまま保持し
うる結果となる。」というのである。執行力ある債務名義に基く強制執行によつて
取得した以上、他に特別な事情のない限り、「法律上ノ原因ナクシテ」得たとはい
えないから、四〇一七号証書を執行して得る利益がそのまま不当利得を構成すると
の所論は必ずしも首肯しえないが、むしろ、四〇一七号証書をそのように不当利得
と結びつけて発想する控訴人の主張自体から、四〇一七号証書の債務が四〇一九号
証書の債務と無因であるといえないことが窺われるのであつて、控訴人は、被控訴
人らに対し四〇一九号証書による現存債権額を超えては執行しえない契約関係にあ
ることを自陳しているに等しいのである。
 この際考え合せるべきは、四〇一九号証書自体にもいわゆる執行認諾文言はつい
ていること(乙第四号証によつて認められる。)、しかし、極度額を定めたのみの
根保証の金員融通契約では、給付義務の範囲が明確でないという理由で、実務上こ
れを民事訴訟法第五五九条第三号の「一定ノ金額」という要件を満す公正証書と見
ず、その債務名義としての適格性を否定するのが従来一般の取扱いであること、そ
こで、近時は、これを一歩進めて、与信契約条項に並べて別個に一定額(与信契約
上の極度額と同一額)の債務約束条項を立て、これに執行認諾文言を附することに
よつて前記「一定ノ金額」の要件を満そうとする公正証書が出現したこと、しか
し、これに対しても、「形式上一定額のように見えても、証書を総合的に観察する
と与信契約上の債権額に左右されるものであることが明らかであるから、結局右の
要件を満す公正証書とはいえない。」という理由で、やはり債務名義としての適格
性を否定する判断を示した判決例が二三に止まらぬこと(以上いずれも当裁判所に
顕著な事実である。)である。本件四〇一七号証書は、右のような公正証書におけ
る一定額の債務約束条項と執行認諾文言とを四〇一九号証書の与信契約条項から切
り離して、別個独立の公正証書とすることによつて、右のような否定的判断を回避
しようとする意図から案出されたものと推測して恐らく誤りはない。そして、その
ように独立の公正証書となつたことによつて、従来のような「一定ノ金額」の要件
に欠けるとの非難を受けるおそれはなくなつたのであるが、その代りに、取引の真
相である与信契約に関する条項を脱落させ、「一定額の単純債務約束」を正面から
具体的な請求権の発生原因とせざるを得なくなつたため、「それが果して当事者の
真意を反映しているか。」という点で、従来とは別な側面からの問題を生むに至つ
たのである。
 右の点を念頭におきながら、原審・当審の各証拠を検討するに、被控訴人らが、
債務者として、控訴人からの実際の貸付額と無関係に―従つて、極端に言えば、与
信契約上の債務額が皆無の場合にも―金五〇万円を被控訴人に支払う意思を有して
いたと認めるに足る証拠はなにもない。かえつて、原審における証人B、原告本人
A、被告代表者の各供述および弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人から被控訴人A
への貸付は、四〇一七号証書でなく、四〇一九号証書に基いてなされたもので(B
証人の証言中、貸付が四〇一七号証書に基く旨の部分は、採用しない。)、四〇一
七号証書は―前段において推測したとおり―四〇一九号証書の与信契約上の債権に
つき随時確実に強制執行することができるようにするためには、独立の債務約束の
公正証書を作るのがよいことをある公証人から教えられて作成したものに過ぎず
(この際時間的には四〇一七号証書の方が四〇一九号証書よりもひとあし先に作成
されているが、そのことが右認定の妨げとならぬことはいうまでもない。)、当事
者の真意は、与信契約上の現存債権額についてのみ執行をし、あるいは執行を認諾
するにあつたのであることが認められるのである。
 そうすると、四〇一七号証書における金五〇万円の債務負担の約束は、右の現存
債権額の限度では当事者の真意に合していたことになるが、これはいうまでもなく
変動の予定せられたものであり、民事訴訟法第五五九条第三号の「一定ノ金額」の
要件を備えるべき公正証書における債務約束としては、そのような不確定な限度に
おいての有効性を考慮する余地はないから、結局この債務約束文言は単純無条件の
ものとされている点で当事者の真意に合せず、事実に吻合しない記載であり、これ
に基く請求権は、全然、有効に成立していない、といわざるを得ないことになる。
 ところで、被控訴人らは、本件請求異議の事由として、まず弁済をあげ、更に再
抗弁として、四〇一七号証書が民事訴訟法第五五九条第三号の「一定ノ金額」の要
件を満す公正証書でないとの主張をしているのみで、請求権不成立との異議事由
は、明示的には主張していない。しかし、先に判示したとおり、公正証書が「一定
ノ金額」の要件を満すかどうかの問題が発展して右の請求権不成立かどうかの問題
を生むに至つたもので、両者とも公正証書上の請求の表示に関するものとして通じ
る点があること、単に「一定ノ金額」の要件を満たさないという主張とすると、そ
れは債務名義の適格性を争うに尽きるので、執行文付与に対する異議あるいは執行
方法異議の手続においてなされるべきものとなり、請求異議の訴における主張とし
ては全く無意味に帰するから、なるべく有意義な主張となるよう善解するのを相当
とすること、また実質的にも、四〇一七号証書の記載のみからその債務名義として
の適格性を争つているのではなく、別に四〇一九号証書の存在することを理由とし
て「一定ノ金額」の要件を満たさないと主張しているのであるから、かかる主張の
当否は、債務名義の形式的適格性を審理するに止まる執行文付与に対する異議ある
いは執行方法異議等の決定手続よりも、請求異議の訴による判決手続において審理
するのがふさわしいと考えられること、これらの事情を考慮すると、被控訴人の前
記再抗弁の主張は、前記の意味での請求権不成立との異議事由の主張を黙示的に包
含するものと解するのが相当である。
 そうすると、公正証書に対する請求異議の訴においては、請求権不成立の主張も
異議事由として許されるのであるから、これを主張して四〇一七号証書の執行力を
争う被控訴人らの請求は、その余の判断に及ぶまでもなく、理由がある。よつて、
その請求を認容した原判決の結論は正当であるから、本件控訴はこれを棄却するこ
ととし、訴訟費用については、民事訴訟法第九八条第二項の適用を見るべき主文第
二項掲記の部分を除き、第三八四条・第八九条・第九五条を適用して、主文のとお
り判決する。
 (別紙添付書面省略)
 (裁判長裁判官 川井立夫 裁判官 臼居直道 裁判官 倉田卓次)

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