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平成28年10月19日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成28年(ネ)第10047号特許権侵害差止等請求控訴事件
原審・東京地方裁判所平成26年(ワ)第14006号
口頭弁論終結日平成28年9月21日
判決
控訴人日本圧着端子製造株式会社
同訴訟代理人弁護士加藤真朗
太井徹
池田聡
吉田真也
佐野千誉
金子真大
坂本龍亮
杉田朋希
被控訴人ヒロセ電機株式会社
同訴訟代理人弁護士田中伸一郎
高石秀樹
松野仁彦
同訴訟代理人弁理士須田洋之
同補佐人弁理士豊島匠二
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要(略称は,特に断らない限り,原判決に従う。)
1本件は,発明の名称を「電気コネクタ組立体」とする発明に係る2件の特許
権(特許番号第5362136号(本件特許権1),第5362931号(本件特
許権2))を有する被控訴人が,原判決別紙物件目録記載の製品(被告製品)を製
造,販売等する行為は,本件特許権1及び2を侵害する行為である旨主張して,控
訴人に対し,①特許法100条に基づき,被告製品の製造,販売等の差止め及びそ
の廃棄,②不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害賠償金4875万円(平
成25年9月13日から平成27年8月31日までの間に発生した損害額)及びこ
れに対する不法行為の後の日(うち1800万円に対する平成26年6月27日,
うち3075万円に対する平成27年9月1日)から支払済みまで民法所定の年5
分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2原判決は,被告製品は,本件特許発明2の技術的範囲に属し,本件特許2は
特許無効審判により無効にされるべきものであるとはいえないなどとして,被控訴
人の請求を,①被告製品の製造,販売等の差止め,②損害賠償として3185万2
238円及びうち883万5431円(平成26年4月までの損害)に対する平成
26年6月27日から,うち2301万6807円(同年5月以降の損害)に対す
る平成27年9月1日から,各支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認
容し,その余は棄却した。
3そこで,控訴人が,原判決中の敗訴部分を不服として控訴したものである。
なお,被控訴人は,主位的に本件特許権2の侵害に基づき,予備的に本件特許権1
の侵害に基づき請求するものである。
4前提事実は,次のとおり原判決に付加するほか,原判決「事実及び理由」の
第2の1記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決3頁16行目「補正をした」の後に,「(以下,補正後の訂正を「本
件訂正」という。)」を加える。
(2)原判決3頁19行目末尾に,改行の上,「知的財産高等裁判所は,平成28
年7月13日,上記審決を取り消す旨の判決(甲28)をし,同判決は確定した。」
を加える。
(3)原判決3頁20行目「本件特許1の請求項1」の前に,「本件訂正後の」を
加える。
5争点は,原判決「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから,これ
を引用する。
第3争点に関する当事者の主張
後記1のとおり原判決を訂正し,後記2のとおり当審における当事者の主張を付
加するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから,これ
を引用する。
1原判決の訂正
(1)原判決17頁5行目の「係止部」を「被係止部」と改める。
(2)原判決28頁5行目の「抵触する」を「阻止する」と改める。
2当審における当事者の主張
(1)争点(1)(被告製品は本件各特許発明の技術的範囲に属するか)について
〔被控訴人の主張〕
ア本件特許発明2
(ア)本件特許2に係る審決取消請求事件の判決(甲12)は,「ケーブルコネ
クタとレセプタクルコネクタ間のスライドなどによる相対位置の変位」が一切あっ
てはならないと限定解釈するものではなく,「ロック突部の最後方位置が突出部に
対して位置変化を起こす」のは「ケーブルコネクタとレセプタクルコネクタ間のス
ライドなどによる相対位置の変位」ではなく,ケーブルコネクタの回転によると述
べたものである。
(イ)被告製品は,本件特許発明2と同様に,ロック突部の突部後縁の最後方位
置が,ケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるときはロック溝部の溝部後縁から
溝内方に突出する突出部の最前方位置よりも前方に位置し,ケーブルコネクタがコ
ネクタ嵌合終了姿勢にあるときは上記突出部の最前方位置よりも後方に位置すると
いう位置関係を満たしている。
(ウ)控訴人は,無効理由があるから,寸法規律を含む構成に限定解釈されるべ
きであると主張するが,失当である。本件特許発明2には,「ロック突部の前後方
間の寸法A>ロック溝部の前後方間の寸法B」であるとの限定はない。被告製品は,
嵌合終了時には,下部傾斜部が後縁突出部と上方向で干渉する位置関係となる構成
を採用しており,これにより,ケーブルコネクタのケーブルに不用意な力が作用し
ても,そして,その力が上向き方向の成分を伴っても,ケーブルコネクタを意図的
に抜出させない限り外れないという作用効果を達成している。
イ本件特許発明1
無効理由があるから,寸法規律を含む構成に限定解釈されるべきであるという控
訴人の主張は,失当であり,被告製品は,本件特許発明1の技術的範囲に属する。
また,被告製品は,構成要件E及びGをいずれも充足する。
〔控訴人の主張〕
ア本件特許発明2
(ア)本件特許2に係る審決取消請求事件の判決(甲12)は,本件特許発明2
は,「ケーブルコネクタの回転のみによって,すなわち,ケーブルコネクタとレセ
プタクルコネクタ間のスライドなどによる相対位置の変化なしに,ロック突部の最
後方位置が突出部に対して位置変化を起こす構成に限定されていると解される」旨
判示した。上記判決は,本件特許発明2の進歩性を認める前提として,本件特許発
明2を上記のとおり限定解釈したものであり,仮に限定解釈されないとすれば,本
件特許発明2は進歩性を欠く。
そして,上記判決が判示するように,「ケーブルコネクタの回転のみによって,
すなわち,ケーブルコネクタとレセプタクルコネクタ間のスライドなどによる相対
位置の変化なしに,ロック突部の最後方位置が突出部に対して位置変化を起こす構
成」に限定して解釈すれば,被告製品は,嵌合過程において,ケーブル側コネクタ
が後方にスライドすることから,本件特許発明2の技術的範囲には属しない。
(イ)被控訴人は,本件特許発明2が新規性,進歩性を欠如する旨の控訴人の主
張に対する反論において,構成要件e及びfに関し,「本件特許発明2は,「ロッ
ク突部の突部後縁の最後方位置」が,「ケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にある
とき」はロック溝部の溝部後縁から溝内方に突出する突出部の最前方位置よりも前
方に位置し,また,「ケーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢にあるとき」は上
記突出部の最前方位置よりも後方に位置することを規定している」旨主張した。
被控訴人が,特許の無効を回避するために,自ら,構成要件e及びfを限定解釈
すべきことを主張しているのであるから,その技術的範囲の解釈に際しては,被控
訴人の上記主張が前提とされるべきである。
そして,被告製品では,嵌合途中のいまだ上向き傾斜姿勢にある時点において,
既に後方突部の後縁21Bは突出部59の最前方位置よりも後方に進入しているか
ら,被告製品は,本件特許発明2の技術的範囲には属しない。
(ウ)本件特許発明2は,ロック突部とロック溝部の寸法に関する規律(ロック
溝部前縁の最後方位置と溝部後縁の最前方位置との前後方向における距離(ロック
溝部の前後方向距離)が,水平姿勢(嵌合終了姿勢)にあるときのケーブルコネク
タのロック突部の突部前縁の最前方位置と突部後縁の最後方位置との前後方向にお
ける距離(ロック突部の前後方向距離)よりも小さく設定されるという規律)を含
む構成に限定して解釈しなければ,分割要件,サポート要件及び実施可能要件に反
することになる。
被告製品における後方突部21は,水平姿勢(嵌合終了姿勢)にあるときのケー
ブル側コネクタ10の後方突部前縁21Aの最前方位置と後方突部後縁21Bの最
後方位置との前後方向距離が,後方溝部前縁57Aの最後方位置と,後方溝部後縁
57Bの最前方位置との前後方向距離よりも小さい構成,すなわちロック突部とロ
ック溝部の寸法に関する規律を有しない。実質的にも,被告製品は,ロック突部と
ロック溝部の寸法に関する規律によってではなく,ケーブル側コネクタと基板側コ
ネクタの全体の幅の規律(基板側コネクタ前方内と突部溝後方間の寸法Dが,ケー
ブル側コネクタ前方外と突部後方間の寸法Cよりも小さく設定されるという規律)
により,後方突部21の前後方向の動きを規制し,ケーブル側コネクタ10に上向
きの力が加わった際に後方突部21が必ず後方溝部突出部59に接触し,ケーブル
側コネクタ10と基板側コネクタ50の嵌合が解除されることを特徴とするもので
あり,本件特許発明2とは,技術的思想が全く異なる。よって,被告製品は,本件
特許発明2の技術的範囲には属しない。
イ本件特許発明1
本件特許発明1についても,前記アと同様に,寸法規律を含む構成に限定してロ
ック突部及びロック溝部が解釈されるべきである。被告製品は,寸法規律を構成に
含まないから,ロック突部及びロック溝部に係る構成要件を充足しない。
また,被告製品は,ケーブル側コネクタ10の姿勢が変化しても,一定の角度ま
では後方突部21の位置はほとんど変化せず,一定の角度に達した時点(前方突部
22が前方溝部突出部63前方側下部の斜めになった部分に至った時点)で,後方
突部21が後方溝部57の後方に移動し,突出部との位置関係が変化するから,構
成要件Eを充足しない。
さらに,被告製品は,持ち上げ片19を上方向に持ち上げた場合であっても,後
方突部21は突出部59の下面ないし下面の角に当接した状態となるから,構成要
件Gを充足しない。
(2)争点(2)(本件各特許は特許無効審判により無効にされるべきものか)につ
いて
〔控訴人の主張〕
ア分割要件違反による新規性欠如
(ア)親出願及び子出願の明細書の記載
親出願(乙2)及び子出願(乙1)の明細書には,親出願及び子出願が寸法規律
を本質とするものであることが明記されている(乙2【0009】,乙1【0010】)。
他方,親出願及び子出願の明細書における実施例に関する記載は,図面を含め,い
ずれも寸法規律を含む構成のものであり,寸法規律を含まない構成は記載されてい
ない。これは,親出願及び子出願における課題解決手段が寸法規律であること,そ
もそも上向傾斜姿勢でロック突部59がロック溝部57に進入するのは,寸法規律
を用いるためであり(乙1【0053】,乙2【0054】),寸法規律を用いないの
であれば上向傾斜姿勢で進入する必要がないことから,明らかである。
(イ)本件技術1は寸法規律を設けた構成を包含する上位概念であること
原判決は,親出願及び子出願の明細書には,①ロック突部ないしその一部と(ロ
ック溝部の)突出部との干渉により,ケーブルコネクタの抜出を防止できるとの技
術(本件技術1)及び②ロック突部の前後方向距離とロック溝部の前後方向距離と
の大小関係に関する技術(本件技術2)の二つの独立した発明が記載されていると
する。
しかし,本件技術2は,本件技術1を実現するための具体的構成であり,本件技
術1は本件技術2を包含する関係にある。寸法規律(本件技術2)は,親出願及び
子出願の本質的特徴とされており(乙1【0010】,乙2【0009】),この
特徴によって,嵌合はできるものの,抜出は防止されるという効果を実現するもの
であって,当業者も,寸法規律によって発明の効果を実現するものと理解する。そ
して,ロック溝部の前後方向の最小距離を短くすれば,ロック突部がロック溝部に
入ることは困難になり,ロック溝部の前後方向の最小距離を長くすれば,ロック突
部をロック溝部に入れることはできるものの,抜出を防ぐことができないという関
係にあるところ,寸法規律を用いずにケーブルコネクタの抜出防止を図る具体的な
構成や,寸法規律なしにどのようにして抜出防止の効果を得ることができるかにつ
いては,親出願及び子出願の明細書には記載も示唆もなく,また,これらの記載か
ら自明であるということもできない。したがって,寸法規律(本件技術2)を除外
することは,具体的な効果を発揮するための必須ないし特徴的な構成を除外するも
のであり,本件技術1に,コネクタの前後方向の移動を規制するための構成として
寸法規律以外の構成を付加した発明が含まれるとすれば,新規事項が追加されてい
るものとして,分割要件を欠くことになる。
(ウ)親出願の出願経過
被控訴人は,親出願の出願経過において,拒絶理由通知がされたのに対し,親出
願記載の発明が寸法規律を有することを前提に,寸法規律を有する構成に限定され
ていることを強調する補正を行った(乙32~36)。上記出願経過に照らし,親出
願の明細書に記載された発明は寸法規律を有する構成に限定して解釈すべきである。
また,被控訴人が,これに反する主張をすることは,信義則に反する。
(エ)小括
以上のとおり,本件各特許の出願は,分割要件を欠くことにより,出願日が遡及
せず,親出願の明細書(乙2)に記載された発明を含む点で,新規性欠如により無
効にされるべきである。
イ実施可能要件及びサポート要件違反
(ア)サポート要件違反
本件特許発明1に係る明細書(甲2。以下「本件明細書1」という。)及び本件
特許発明2に係る明細書(甲4,5。以下「本件明細書2」という。)には,前記
アと同様に,明細書の各段落及び図面のいずれにおいても寸法規律が記載されてお
り,寸法規律を除外した本件技術1は記載されていない。単一の図面に複数の技術
が開示されることはあっても,ある構成が記載されている場合に,図面の一部を除
外して読み取ることによって,一部の構成を除外した上位概念となる構成も記載さ
れていると見ることはできない。したがって,本件各特許発明が,寸法規律を除外
した構成も含むのであれば,サポート要件を満たさない。
(イ)実施可能要件違反
寸法規律を除外した構成では,ロック溝部の溝部前縁の最後方位置と突出部の最
前方位置の水平距離(ロック溝部の前後方向の最小距離)は,ロック突部の前後方
向距離よりも大きく,ロック突部が前後方向に移動することにより抜出可能な位置
が存在することになるため,必ずしもロック突部と突出部が干渉するわけではなく,
一時的に干渉する場合でも,ロック突部の前後方向の移動により抜出することから,
ケーブルコネクタの抜出防止という効果は生じない。そうすると,ロック突部と突
出部の干渉によりケーブルコネクタの抜出防止という効果を生じるためには,ロッ
ク突部ないしケーブルコネクタの前後方向の移動を規制する必要がある。しかし,
本件明細書1及び2には,寸法規律以外の構成によって,ケーブルコネクタの前後
方向の移動を規制するための構成は記載も示唆もされておらず,寸法規律以外の構
成により,ロック突部及びケーブルコネクタの前後方向の移動を規制し,ロック突
部と突出部の干渉によりロック突部及びケーブルコネクタの抜出防止という効果を
得るためには,当業者において,過度の試行錯誤を要する。したがって,実施可能
要件を満たさない。
ウ新規性及び進歩性の欠如
(ア)新規性の欠如
乙3発明においては,回転中心突起53の突出部に対する位置の変化が,嵌合過
程における回転操作に応じて生じるという構成も開示されている(乙18)。
そして,乙3発明には,原判決が相違点と認定した構成(本件特許発明2の構成
要件eないしg)及び本件特許発明1の構成要件(構成要件B及びEないしG)も
開示されている。
(イ)進歩性の欠如
仮に原判決が認定した相違点が存するとしても,乙7ないし10には,ロック突
部の突部後縁の最後方位置につき,コネクタ嵌合過程と嵌合終了時点における前後
方向の位置の変化や,嵌合終了時点におけるロック溝部の突出部の最前方位置との
前後関係が記載されている。
また,原判決は,乙3発明について,回転中心突起53の形状断面を多角形状の
ものにすると,円滑な回転動作が妨げられることから,これを乙7ないし10に記
載された突部の形状(多角形状)に変更することには阻害要因がある旨判示するが,
原判決では,回転中心突起53の形状は相違点とまではいえないとしているのであ
るから,この点によって,進歩性の有無が決せられることはない。そもそも,回転
中心突起53の形状につき,あえて回転を妨げる形状にしない限り,回転動作が妨
げられることはないから,上記変更に阻害要因があるということはできない。
仮に寸法規律を除外した構成が本件各特許発明に含まれるというのであれば,寸
法規律を除外した本件技術1のみによっては,ケーブルコネクタの抜出防止という
効果を十分に得ることはできず,一時的な干渉を生じる程度の効果しかない。この
場合,本件特許発明2の構成要件eないしgを実現するにおいては,ロック突部が
突出部の下方に進入する方法は,その間に姿勢の変化がありさえすれば具体的な方
法は問わないことになるから,本件各特許発明が新規性,進歩性を欠くことはより
一層明らかである。
〔被控訴人の主張〕
ア分割要件違反による新規性欠如
(ア)明細書の記載
親出願及び子出願の明細書(乙1,2),本件明細書1及び2には,「ケーブル
コネクタのケーブルに不用意な力が作用しても,そして,その力が上向き方向の成
分を伴っても,ケーブルコネクタを意図的に抜出させない限り,外れない電気コネ
クタ組立体を提供する」ために,「嵌合終了時には,上記下部傾斜部21’B-2
が後縁突出部59’Bと上方向で干渉」する位置関係となる構成を採用することに
より,「上記嵌合終了の姿勢あるいはケーブルCがもち上げられる前端の下向き姿
勢での抜けが防止される」ことを達成するという技術思想(本件技術1)が記載さ
れている。さらに,「ロック突部21は下方に向けコネクタの後端側へ傾斜してい
るため,突部前縁21Aの最前方位置がロック溝部57の溝部前縁57Aの垂直前
縁に近接する」という構成も採用することで「ロック突部21と突出部59との干
渉がより深まることになり,ケーブルコネクタ10の抜出を確実に阻止できる」こ
とも記載されている(乙1【0053】【図7】,乙2【0054】【図7】,甲
2【0051】【図7】,甲4【0053】【図7】)。
上記技術的思想においては,「嵌合終了時には,上記下部傾斜部21’B-2が
後縁突出部59’Bと上方向で干渉」する位置関係となる構成を採用することで,
嵌合終了の姿勢あるいはケーブルCがもち上げられる前端の下向き姿勢での抜けが
防止される」のであって,「距離B<距離A’<距離B’<距離A」というロック
突部の前後方向距離とロック溝部の前後方向距離との大小関係とは無関係である。
(イ)寸法規律について
ケーブルコネクタの抜出防止は,本件技術1によって達成される,すなわち,「ロ
ック突部の前後方向距離とロック溝部の前後方向距離との大小関係」にかかわらず,
「ロック突部ないしその一部と(ロック溝部の)突出部との干渉により,ケーブル
コネクタの抜出を防止できること」によりケーブルコネクタのケーブルに不用意な
力が作用しても,そして,その力が上向き方向の成分を伴っても,ケーブルコネク
タを意図的に抜出させない限り,外れないのである。寸法規律は,必須の構成では
なく,ケーブルコネクタをレセプタクルコネクタに嵌合させる過程におけるケーブ
ルコネクタの姿勢を規律しつつ,ケーブルに不用意な上向き方向の成分を伴う力が
作用しても,ケーブルコネクタを意図的に抜出させない限り外れないようにするこ
とに役立つという別個の技術事項に関するものである。
本件各特許が分割要件を満たすには,親出願の明細書に,本件技術1及び2の両
方が開示されていたことが要件であり,寸法規律に関する本件技術2を除外した構
成が別個に記載されている必要はない。
(ウ)出願経過について
親出願は,本件技術1及び2の両方を含む発明であったため,本件技術2を含め
て親出願に係る発明の特徴と説明したにすぎない。親出願に係る発明が本件技術1
及び2の両方を含む発明であったことは,特許法44条1項に基づいて,親出願か
ら,本件技術1及び2のうち片方を分割出願することを妨げるものではない。
イ実施可能要件及びサポート要件違反
前記アのとおり,本件明細書1及び2には,「ケーブルコネクタのケーブルに不
用意な力が作用しても,そして,その力が上向き方向の成分を伴っても,ケーブル
コネクタを意図的に抜出させない限り,外れない電気コネクタ組立体を提供する…」
ために,「嵌合終了時には,上記下部傾斜部21’B-2が後縁突出部59’Bと
上方向で干渉」する位置関係となる構成が示されている。したがって,サポート要
件及び実施可能要件を満たす。
ウ新規性及び進歩性欠如
(ア)本件特許発明2について
a控訴人が本訴で主張している新規性,進歩性欠如の理由は,無効審判におい
て争われたものと同一であり,およそ理由がないことに加え,本件特許2に係る審
決は確定しているから,そもそも,侵害訴訟において主張し得ないものである(特
許法104条の3,167条)。
b進歩性について
原判決における相違点の認定は正当であるところ,乙4,乙7~10を考慮して
も,「回転挿抜コネクタ」である乙3発明の,回転中心突起が回転することで(回
転中心突起の位置が動かないで)両コネクタが嵌合するという構成を変更して,「コ
ネクタ嵌合過程にてケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケーブルコネクタが
上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が,上記ケー
ブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に位置」するとい
う,本件特許発明2の構成に変更する理由も必要性もないから,動機付けがなく,
当業者が容易に想到することができたものではない。なお,このことは,寸法規律
に関わらない。
(イ)本件特許発明1について
本件特許1に係る審決取消請求事件の判決(甲28)にあるように,本件特許発
明1は,乙3発明に基づき容易に想到することができたものではない。
(3)争点(3)(損害額)について
〔被控訴人の主張〕
ア特許法102条2項の適用について
特許権者が特許発明を実施していなくとも,特許権者に,侵害者による特許権侵
害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,
特許法102条2項の適用が認められる。
被控訴人が製造販売するDF61は,被告製品と市場において競合関係にあり,
控訴人による被告製品の製造販売行為がなかったならば被控訴人が利益を得られた
であろうという事情が存在する(甲22~27によれば,控訴人及び被控訴人の取
引先が,DF61と被告製品を比較した上で,価格等の理由により,DF61を採
用せず,被告製品を採用したということが,複数回あったことが認められる。)。
したがって,特許法102条2項が適用される。
なお,被控訴人は,本件各特許発明の技術的範囲に属するDF57を製造販売し
ているところ,このような場合には,その他の事情を考慮するまでもなく,特許法
102条2項が適用されるべきである。
イ推定覆滅事情について
被控訴人の逸失利益は,控訴人による特許侵害品の販売により発生している。被
告製品の販売中止後もその販売先が控訴人から代替製品を継続して購入したなどと
いう事後的な事情は,推定覆滅事情たり得ない。
そもそも,控訴人が代替製品を販売できたのは,特許侵害品である被告製品を販
売して販路を取得できたためであり,本件各特許発明の寄与によるものである。
〔控訴人の主張〕
ア特許法102条2項を適用することはできないこと
本件においては,①実質的にみても,被控訴人は,自ら本件各特許発明を実施し
ているとはいえず,②被告製品と被控訴人の製品(DF57,DF61シリーズ)
とは競合関係になく(DF61シリーズは,その構成や対応する電圧・電流から,
被告製品とは使用される場面が異なるコネクタであり,両製品に競合関係はない。
また,甲22ないし27は,記載内容に疑義があり,マスキングされているなど,
信用性を欠くものである上,その内容からしても,DF61と被告製品との競合関
係を示す証拠とはなり得ない。),③被告製品の販売によって,被控訴人の製品の
売上げに何ら影響がなかったことからして,「特許権者に侵害者による特許権侵害
行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情」が存在しない。したが
って,特許法102条2項を適用することはできない。
イ推定覆滅事情の存在
仮に特許法102条2項が適用されるとしても,本件においては,①被控訴人が
本件各特許発明を実施していないこと,②被告製品と被控訴人の製品とは競合関係
にないこと,③被告製品の販売中止後においても,被告製品の販売先は,控訴人か
ら代替品を継続して購入したこと(控訴人は,平成26年4月16日にLEHR-
02V-E-B(HF)の販売を,平成27年4月6日にはLEHR-02V-S
-A(HF)の販売を終了したが,それ以降も,被告製品の販売先は,被告製品に
代替する製品を控訴人から購入している。)の各事情が存し,これらの事情に照ら
すと,被告製品を販売したことによって被控訴人に逸失利益が生じる可能性は皆無
であるから,特許法102条2項の推定は全て覆滅される。
第4当裁判所の判断
当裁判所も,被告製品は本件特許発明2の技術的範囲に属し,本件特許2は特許
無効審判により無効にされるべきものであるとはいえないから,被告製品を製造,
販売等する行為は,本件特許権2を侵害するものであって,被控訴人の控訴人に対
する損害賠償請求及び被告製品の製造,販売等の差止請求は,原判決が認容した限
度で理由があるものと判断する。その理由は以下のとおりである。
1争点(1)(被告製品は本件各特許発明の技術的範囲に属するか)について
(1)本件特許発明2
ア本件特許発明2の特許請求の範囲(請求項3)の記載を,構成要件に分説す
ると,以下のとおりである。
a1ハウジングの周面に形成された嵌合面で互いに嵌合接続されるケーブルコ
ネクタとレセプタクルコネクタとを有し,
a2嵌合面が側壁面とこれに直角をなし前方に位置する端壁面とで形成されて
おり,ケーブルコネクタが後方に位置する端壁面をケーブルの延出側としている電
気コネクタ組立体において,
bケーブルコネクタは,突部前縁と突部後縁が形成されたロック突部を側壁面
に有し,
c1レセプタクルコネクタは,前後方向で該ロック突部に対応する位置で溝部
前縁と溝部後縁が形成されたロック溝部を側壁面に有し,
c2該ロック溝部には溝部後縁から溝内方へ突出する突出部が設けられており,
dケーブルコネクタは,前方の端壁面に寄った位置で側壁に係止部が設けられ,
レセプタクルコネクタは,前後方向で上記係止部と対応する位置でコネクタ嵌合状
態にて該係止部と係止可能な被係止部が側壁に設けられており,
eコネクタ嵌合過程にて上記ケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケーブ
ルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置
が,上記ケーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に位
置し,
f上記ロック突部が上記ロック溝部内に進入して所定位置に達した後に上記上
向き傾斜姿勢が解除されて上記ケーブルコネクタが上記コネクタ嵌合終了姿勢とな
ったとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が上記突出部の最前方位置より
も後方に位置し,
g該ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとし
たとき,上記ロック突部が上記抜出方向で上記突出部と当接して,上記ケーブルコ
ネクタの抜出が阻止されるようになっていることを特徴とする
h電気コネクタ組立体。
イ本件明細書2(甲4,5)の記載によれば,本件特許発明2の特徴は,以下
のとおりであると認められる。
(ア)本件特許発明2は,ハウジングの周面に形成された嵌合面で互いに嵌合接
続されるケーブルコネクタとレセプタクルコネクタとを有する電気コネクタ組立体
に関する(【0001】)。
従来の電気コネクタ組立体では,レセプタクルコネクタは内側に向く側壁面に嵌
合突部を有し,ケーブルコネクタの嵌合時に,該ケーブルコネクタの嵌合凹部に上
記嵌合突部が係止してコネクタの抜けを図るロック手段を形成しており,ロック手
段は,ケーブルの延出側となる後部の位置で,側壁面に設けられ,この側壁面には
前部に斜面からなるカム面が両コネクタに設けられていて,コネクタ嵌合後,ケー
ブルを後方に引くと,その力が上記両コネクタのカム面で上方向,すなわち,コネ
クタ抜出方向の力の成分を生ずるようになっていて,この力によって上記ロック手
段でのロック力に抗して,コネクタの抜出を容易としている(【0002】,【0
003】)。そのため,コネクタのケーブルを後方に引く力が,意図的のみならず,
不用意に加えられた場合であっても,カム面での抜出方向の力の発生により,ロッ
ク手段が解除されてコネクタが抜出されてしまう,ケーブルに作用する不用意な力
に上向き方向の成分を伴っていると,コネクタの抜出の傾向が更に強くなるという
問題があった(【0005】,【0006】)。
(イ)本件特許発明2は,前記(ア)の問題に鑑み,ケーブルコネクタのケーブル
に不用意な力が作用しても,そして,その力が上向き方向の成分を伴っても,ケー
ブルコネクタを意図的に抜出させない限り,外れない電気コネクタ組立体を提供す
ることを課題とし(【0007】),かかる課題の解決手段として,特許請求の範
囲請求項3に記載の構成を採用したものである(【0008】,【0012】)。
特に,ロック機構については,①ケーブルコネクタは,突部前縁と突部後縁が形成
されたロック突部を側壁面に有し(【0048】,【0049】),②レセプタク
ルコネクタは,前後方向で該ロック突部に対応する位置で溝部前縁と溝部後縁が形
成されたロック溝部を側壁面に有し(【0048】,【0050】),③ロック溝
部には溝部後縁から溝内方へ突出する突出部が設けられており(【0050】),
④コネクタ嵌合過程にてケーブルコネクタの前端がもち上がってケーブルコネクタ
が上向き傾斜姿勢にあるとき,ロック突部の突部後縁の最後方位置が,ケーブルコ
ネクタがコネクタ嵌合終了姿勢(水平姿勢)にあるときと比較して前方に位置し(【0
051】,【図7】),⑤ロック突部がロック溝部内に進入して所定位置に達した
後に上向き傾斜姿勢が解除されてケーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢となっ
たとき,ロック突部の突部後縁の最後方位置が突出部の最前方位置よりも後方に位
置する(【0053】)という構成を採用することにより,ケーブルコネクタが後
端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたとき,ロック突部が抜出方向
で突出部と当接して,ケーブルコネクタの抜出が阻止されるようにしたものである
(【0053】)。また,ケーブルコネクタは,前方の端壁面に寄った位置で側壁
に係止部が設けられ,レセプタクルコネクタは,前後方向で上記係止部と対応する
位置でコネクタ嵌合状態にて該係止部と係止可能な被係止部が側壁に設けられてい
ることから,嵌合終了時には,ケーブルコネクタの係止部がレセプタクルコネクタ
の被係止部に対して係止される(【0053】)。
(ウ)本件特許発明2によれば,ケーブルコネクタがその側壁面にロック突部,
レセプタクルコネクタがその側壁面の対応位置にロック溝部を有し,上記ロック突
部が嵌合方向で上記ロック溝部内に進入してケーブルコネクタが嵌合終了の姿勢と
なった後は,該ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されよ
うとしたとき,上記ロック突部が上記ロック溝部の突出部に当接して該ケーブルコ
ネクタの抜出を阻止するようにしたので,ケーブルコネクタの後端から延出してい
るケーブルを不用意に引いても,そしてその引く力がたとえ上向き成分を伴ってい
ても,ロック突部がロック溝部の突出部に当接して,ケーブルコネクタはレセプタ
クルコネクタから外れることはないという作用効果を奏する(【0015】)。さ
らに,嵌合終了時には,前端側での係止部が被係止部と係止しており,この係止を
解除する意図的な力が作用しない限り,多少の不用意な力が前端を持ち上げようと
するように作用してもこの係止を解除することはできず,コネクタの抜出は防止さ
れる(【0053】)。
(2)構成要件の充足性
ア当裁判所も,被告製品は,本件特許発明2の技術的範囲に属するものと判断
する。
その理由は,原判決「事実及び理由」の第3の1記載のとおりであるから,これ
を引用する。
イ当審における控訴人の主張について
(ア)控訴人は,本件特許2に係る審決取消請求事件の判決(甲12)は,本件
特許発明2の進歩性を認める前提として,本件特許発明2は,「ケーブルコネクタ
の回転のみによって,すなわち,ケーブルコネクタとレセプタクルコネクタ間のス
ライドなどによる相対位置の変化なしに,ロック突部の最後方位置が突出部に対し
て位置変化を起こす構成に限定されている」旨限定解釈したものであるから,本件
特許発明2の技術的範囲(構成要件e及びf)も,同旨に限定解釈されるべきであ
る旨主張する。
しかし,本件特許発明2に係る特許請求の範囲には,控訴人が主張するような限
定は規定されていない。そして,前記(1)イのとおり,本件特許発明2は,ケーブル
コネクタのケーブルに不用意な力が作用しても,そして,その力が上向き方向の成
分を伴っても,ケーブルコネクタを意図的に抜出させない限り,外れない電気コネ
クタ組立体を提供することを課題とし,かかる課題の解決手段として,特に,ロッ
ク機構について,ケーブルコネクタの側壁面にロック突部を,レセプタクルコネク
タの側壁面にロック溝部を,ロック溝部に溝部後縁から溝内方へ突出する突出部を
設けた構成において,①コネクタ嵌合過程にてケーブルコネクタの前端がもち上が
ってケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるとき,ロック突部の突部後縁の最後
方位置が,ケーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢(水平姿勢)にあるときと比
較して前方に位置し,②ロック突部がロック溝部内に進入して所定位置に達した後
に上向き傾斜姿勢が解除されてケーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢となった
とき,ロック突部の突部後縁の最後方位置が突出部の最前方位置よりも後方に位置
するという構成を採用することにより,ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられ
て抜出方向に移動されようとしたとき,ロック突部が抜出方向で突出部と当接して,
ケーブルコネクタの抜出が阻止されるようにしたものである。本件特許発明2の上
記課題及び作用効果は,ロック突部の突部後縁の最後方位置の変化が,ケーブルコ
ネクタが上向き傾斜姿勢からコネクタ嵌合終了姿勢への「回転のみによって」生じ
るものであるか否かにかかわらず奏し得るものである。
ところで,特許発明の技術的範囲の確定の場面におけるクレーム解釈と,当該特
許の新規性,進歩性等を判断する前提としての発明の要旨認定の場面におけるクレ
ーム解釈とは整合するのが望ましいところ,確かに,本件特許2に係る審決取消請
求事件の判決(甲12)には,控訴人が指摘するとおり,「本件特許発明2は,ケ
ーブルコネクタの回転のみによって,すなわち,ケーブルコネクタとレセプタクル
コネクタ間のスライドなどによる相対位置の変化なしに,ロック突部の最後方位置
が突出部に対して位置変化を起こす構成に限定されていると解される。」旨の記載
がある(39頁)。しかし,上記判決は,主引用例(本件における乙3)の嵌合過
程について,「…肩部56で形成される溝部49の底面に回転中心突起53が当た
り,ここで停止する状態となる。…この状態で相手コネクタ33を回転させるので
はなく,回転中心突起53を肩部56に沿って動かすことで,相手コネクタ33を
コネクタ31に対してコネクタ突合方向のケーブル44側にずらした状態にして,
相手コネクタ33をコネクタ突合方向に直交する溝部方向に動かすことができない
ようにし,その後,回転中心突起53を中心に相手コネクタ33を回転させている」
(36~37頁)との認定を前提に,本件特許発明2と乙3発明とを対比するに当
たり,乙3発明には,「回転によって,回転中心突起53の最後方位置が回転前に
比較して後方に位置するという技術思想が記載されているとはいえない」,「回転
中心突起53の上方に肩部56の上面が位置するように,相手コネクタ33が傾斜
している状態で肩部56の前側から後側(ケーブル側)へ回転中心突起53を移動
させているものであって,相手コネクタ33の回転により回転中心突起56の最後
方位置が後方(ケーブル側)へ移動するものではない」(38頁)として,乙3発
明は,「コネクタ嵌合過程にて上記ケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケー
ブルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位
置が,上記ケーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に
位置するものではないという点において,本件特許発明2と相違する。」旨認定し
ている(38頁)。上記のように,乙3発明においては,ロック突部の突部後縁の
最後方位置の変化に,ケーブルコネクタの上向き傾斜姿勢からコネクタ嵌合終了姿
勢への回転を伴う姿勢の変化が関係していないこと(「回転によって,回転中心突
起53の最後方位置が回転前に比較して後方に位置するという技術思想が記載され
ているとはいえない」こと)に照らせば,本件特許発明2と乙3発明とが相違する
ことを認定するについては,本件特許発明2におけるロック突部の突部後縁の最後
方位置の変化が,ケーブルコネクタの上向き傾斜姿勢からコネクタ嵌合終了姿勢へ
の回転を伴う姿勢の変化によって生じるものであれば足り,「回転のみによって」
生じること,言い換えれば,ケーブルコネクタを上向き傾斜姿勢からコネクタ嵌合
終了姿勢へと変化させる際に,姿勢方向を回転させることに伴って生じる「ケーブ
ルコネクタとレセプタクルコネクタ間のスライドなどによる相対位置の変位」が一
切あってはならないことを要するものではないというべきである。なお,同一特許
に係る審決取消請求事件の判決の理由中の判断は,侵害訴訟における技術的範囲の
確定に対して拘束力を持つものではない。
したがって,控訴人の上記限定解釈に係る主張は,理由がない。
(イ)控訴人は,被控訴人が,特許の無効を回避するために,自ら,「本件特許
発明2は,「ロック突部の突部後縁の最後方位置」が,「ケーブルコネクタが上向
き傾斜姿勢にあるとき」はロック溝部の溝部後縁から溝内方に突出する突出部の最
前方位置よりも前方に位置し,また,「ケーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢
にあるとき」は上記突出部の最前方位置よりも後方に位置することを規定している」
旨構成要件e及びfを限定解釈すべきことを主張しているのであるから,その技術
的範囲の解釈に際しては,被控訴人の上記主張が前提にされるべきである旨主張す
る。
しかし,特許発明の技術的範囲を解釈するについて,相手方の無効主張に対する
反論として述べた当事者の主張は,必ずしも裁判所の判断を拘束するものではない。
そして,本件特許発明2に係る特許請求の範囲には,控訴人が主張するような限
定は規定されていないし,前記(1)イ記載の本件特許発明2の課題及び作用効果は,
ロック突部の突部後縁の最後方位置が,ケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にある
とき,すなわち,コネクタ嵌合終了姿勢に至る前は,常にロック溝部の溝部後縁か
ら溝内方に突出する突出部の最前方位置よりも前方に位置しているのでなければ奏
し得ないというものではない。また,そもそも,本件明細書2には,本件特許発明
2に係る実施例の嵌合動作について,「ロック突部21’の下部傾斜部21’B-
2が,ロック溝部57’の後縁突出部59’Bの位置まで達すると,該後縁突出部
59’Bに対して下部傾斜部21’B-2が該後縁突出部59’Bの下方に向けて
滑動しながらケーブルコネクタ10はその前端が時計方向に回転して水平姿勢とな
って嵌合終了の姿勢に至る。」(【0053】)と記載されているように,ケーブ
ルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるときであっても,嵌合終了姿勢(水平姿勢)に
近づくと,ロック突部の突部後縁の最後方位置が,ロック溝部の溝部後縁から溝内
方に突出する突出部の最前方位置よりも後方に位置することが開示されているとい
えるから,構成要件eを,「ケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるときは,ロ
ック突部の突部後縁の最後方位置が,ロック溝部の溝部後縁から溝内方に突出する
突出部の最前方位置よりも前方に位置する」ことを規定したものと解釈することは,
誤りである。
したがって,控訴人の上記主張は,理由がない。
(ウ)控訴人は,本件特許発明2は,ロック突部とロック溝部の寸法に関する規
律を含む構成に限定して解釈しなければ,分割要件,サポート要件及び実施可能要
件に反することになるから,ロック突部とロック溝部の寸法に関する規律を含むも
のとして限定解釈されるべきである旨主張する。
しかし,本件特許発明2に係る特許請求の範囲には,控訴人が主張するような限
定は規定されておらず,前記(1)イ記載の本件特許発明2の課題及び作用効果は,ロ
ック突部とロック溝部の寸法に関する規律を含む構成でなければ奏し得ないという
ものではない。したがって,控訴人の上記限定解釈に係る主張は,理由がない。
なお,控訴人の主張する無効理由の存否については,後記のとおりである。
(エ)控訴人は,被告製品は,ロック突部とロック溝部の寸法に関する規律によ
ってではなく,ケーブル側コネクタと基板側コネクタの全体の幅の規律により,後
方突部21の前後方向の動きを規制するものであり,本件特許発明2とは,技術的
思想が全く異なるから,その技術的範囲には属しない旨主張する。
しかし,被告製品は,本件特許発明2の構成要件を全て充足する上,原判決別紙
1及び2の記載によれば,コネクタ嵌合終了姿勢となったときには,後方突部21
の突部後縁21Bの最後方位置が,突出部59の最前方位置よりも後方に位置し,
ケーブル側コネクタ10が後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとした
とき,後方突部21が抜出方向で突出部59と当接し,これにより,ケーブルコネ
クタのケーブルに不用意な力が作用しても,そして,その力が上向き方向の成分を
伴っても,ケーブルコネクタを意図的に抜出させない限り,外れないという作用効
果を奏しているものと認められる。したがって,被告製品が,本件特許発明2とは
技術的思想の異なるものであるということはできない。
(3)小括
被告製品が,本件特許発明2の構成要件a1,a2,hを充足することについて
は,当事者間に争いがなく,上記のとおり,被告製品は,構成要件b,c1,c2,
d,e,f及びgを充足する。よって,被告製品は,本件特許発明2の技術的範囲
に属する。
2争点(2)(本件各特許は特許無効審判により無効にされるべきものか)につい

(1)明細書の記載
親出願の明細書(乙2),子出願の明細書(乙1),本件明細書1(甲2)及び
本件明細書2(甲4,5)には,以下の記載がある(なお,段落番号が各明細書で
共通する場合には,その番号のみを摘記する。)。
ア技術分野
本発明は,ハウジングの周面に形成された嵌合面で互いに嵌合接続されるケーブ
ルコネクタとレセプタクルコネクタとを有する電気コネクタ組立体に関する。(【0
001】)
イ背景技術
…電気コネクタ組立体では,嵌合面が側壁面とこれに直角な端壁面とで形成され
ており,ケーブルコネクタが後方の端壁面をケーブルの延出側としている。(【0
002】)
…レセプタクルコネクタは内側に向く側壁面に嵌合突部を有しケーブルコネクタ
の嵌合時に,該ケーブルコネクタの嵌合凹部に上記嵌合突部が係止してコネクタの
抜けを図るロック手段を形成している。該ロック手段は,ケーブルの延出側となる
後部の位置で,上記側壁面に設けられている。さらに,この側壁面には前部に斜面
からなるカム面が両コネクタに設けられていて,コネクタ嵌合後,ケーブルを後方
に引くと,その力が上記両コネクタのカム面で上方向,すなわち,コネクタ抜出方
向の力の成分を生ずるようになっていて,この力によって上記ロック手段でのロッ
ク力に抗して,コネクタの抜出を容易としている。(【0003】)
ウ発明が解決しようとする課題
このような…コネクタにあっては,ケーブルコネクタのケーブルを後方に引く力
が,意図的に加えられる場合は勿論のこと,不用意に加えられたときでも,上記カ
ム面での抜出方向の力の発生により,ロック手段が解除されてコネクタが抜出され
てしまう,すなわち意図せぬ外れを生じてしまう,ということを意味する。(【0
005】)
ケーブルコネクタにあってはケーブルに不用意な力,しかも,抜出方向成分をも
つ力が加えられてしまうことがしばしばある。かかる不用意な力がケーブルに作用
すると,…単純なケーブル延出方向の力であっても,上記カム面の働きによって上
方向の成分の力が発生しコネクタを抜出してしまう。また,ケーブルに作用する不
用意な力に,もともと上向き成分を伴っていると,上記抜出の傾向はさらに強くな
る。(【0006】)
本発明は,このような事情に鑑み,ケーブルコネクタのケーブルに不用意な力が
作用しても,そして,その力が上向き方向の成分を伴っても,ケーブルコネクタを
意図的に抜出させない限り,外れない電気コネクタ組立体を提供することを課題と
する。(【0007】)
エ発明の効果
本発明は,…上記ロック突部が上記ロック溝部の突出部に当接して該ケーブルコ
ネクタの抜出を阻止するようにしたので,ケーブルコネクタの後端から延出してい
るケーブルを不用意に引いても,そしてその引く力がたとえ上向き成分を伴ってい
ても,ロック突部がロック溝部の突出部に当接して,ケーブルコネクタはレセプタ
クルコネクタから外れることはない。ケーブルを引く不用意な力は,多くの場合,
上記の上向き成分を伴っており,このような力に対して,本発明は確実に対処可能
となる。(乙1【0015】,乙2【0016】,甲2【0013】,甲5【00
15】)
オ発明を実施するための形態
(ア)ロック突部21は,ケーブルコネクタ10が,図3(A)に示されるよう
な嵌合終了時の姿勢,すなわちケーブルコネクタ10の上面,下面そしてケーブル
がいずれも水平方向に延びていて前端がもち上がっていない姿勢のときに,突部前
縁21Aの最前方位置と突部後縁21Bの最後方位置との距離Aが該ロック突部2
1の前後方向幅として最大値をとる。これに対して,レセプタクルコネクタ50の
ロック溝部57は,前後方向における溝幅としては,突出部59の後端位置と垂直
部57B-2の位置との間の前後方向での距離Bが最小値である。本発明では,上
記距離B<距離Aとなっている。すなわち,図3(A)の姿勢で上記ケーブルコネ
クタ10をそのまま降下させても,ロック突部21はロック溝部57の奥部までは
進入できないことを意味しており,コネクタの嵌合ができない。しかしながら,図
3(A)にも見られるように,ロック突部21の突部前縁21Aと突部後縁21B
はいずれも嵌合方向先方に向け後端側へ傾いていて,しかも両者は平行なので,こ
の傾いている角度の分だけを,前端側にもち上げられる上向き傾斜させた姿勢とす
れば,そのときの突部前縁21Aと突部後縁21Bとの距離A’そして上記距離B
との関係は,距離A’<距離B<距離Aという関係となることができる。さらに,
本発明では,この距離A’は,レセプタクルコネクタ50における距離Bに対して,
距離A’<距離Bの関係にあるので,したがって,上記ケーブルコネクタ10の前
端側がもち上がっている上向傾斜の姿勢では,上記ロック突部21はロック溝部5
7の奥部まで進入可能となる。さらに,該ロック溝部57は突出部59よりも下方
部分が上記ロック突部21を収容するに足りる空間を形成しているので,上記ロッ
ク突部21は,水平状態のケーブルコネクタ10の姿勢に戻ることが可能となる。
このことは,この水平状態の姿勢において,ロック突部21は,ケーブルコネクタ
が嵌合方向とは逆方向に抜出されようとしても,距離B<距離Aの関係で,上記突
出部59と干渉して,抜出できないことを意味する。(乙1【0030】,乙2【0
031】,甲2【0028】,甲5【0030】,【図3】)
(イ)…図5の形態では,…ロック突部21の前後方向(ケーブル延出方向)で
の突部前縁21Aと突部後縁21Bとの距離Aと,上記案内傾斜部57B-1に直
角な方向で測った該案内傾斜部57B-1から突出部59までの最小の距離B’と,
前後方向で測った上記案内傾斜部57B-1から突出部59までの最小の距離Bと
の関係が,距離B<距離A<距離B’となっていて,…水平姿勢となったケーブル
コネクタ10はその姿勢でもち上げられてもロック突部21が上記突出部59と干
渉して,その姿勢ではケーブルコネクタ10は抜出できない。(乙1【0043】,
乙2【0044】,甲2【0041】,甲5【0043】,【図5】)
(ウ)図7において,ロック突部21’の水平姿勢時の前後方向距離Aそして上
向傾斜時の前後方向距離A’,そしてロック溝部57’の前後方向の最小溝幅の距
離Bの関係は,図3(A)における距離A,距離A’そして距離Bとそれぞれ同様
に,距離A’<距離B<距離Aとなっている。(乙1【0051】,乙2【005
2】,甲2【0049】,甲5【0051】)
…ケーブルコネクタ10は,…前端が上向き姿勢でレセプタクルコネクタ50の
上方位置から降下して,…しかる後,前端の上向姿勢が解除されて水平姿勢となっ
て嵌合終了の姿勢となる。この嵌合の過程において,前端が上向き姿勢のケーブル
コネクタ10のロック突部21’の距離A’はレセプタクルコネクタ50のロック
溝部57’の溝幅たる距離B’よりも小さいので,上記上向き姿勢のままロック突
部21’はロック溝部57’の案内傾斜部57’B-1で案内されながらロック溝
部57’内へ進入する。ロック突部21’の下部傾斜部21’B-2が,ロック溝
部57’の後縁突出部59’Bの位置まで達すると,該後縁突出部59’Bに対し
て下部傾斜部21’B-2が該後縁突出部59’Bの下方に向けて滑動しながらケ
ーブルコネクタ10はその前端が時計方向に回転して水平姿勢となって嵌合終了の
姿勢に至る。この嵌合終了時には,上記下部傾斜部21’B-2が後縁突出部59’
Bと上方向で干渉して,上記嵌合終了の姿勢あるいはケーブルCがもち上げられる
前端の下向き姿勢での抜けが防止される…。(乙1【0053】,乙2【0054】,
甲2【0051】,甲5【0053】,【図7】)
(エ)図8(A)において,…下方に向けコネクタの後端側へ傾斜しており,そ
のときの突部前縁21Aと突部後縁21Bとの距離A’と,ロック突部21の前後
方向(ケーブル延出方向)での突部前縁21Aと突部後縁21Bとの距離Aと,上
記案内傾斜部57B-1に直角な方向で測った該案内傾斜部57B-1から突出部
59までの最小の距離B’と,前後方向で測った上記案内傾斜部57B-1から突
出部59までの最小の距離Bとの関係が距離B<距離A’<距離B’<距離Aとな
っていて…。(乙1【0055】,乙2【0056】,甲2【0053】,甲5【0
055】)
…ロック突部21は下方に向けコネクタの後端側へ傾斜しているため,突部前縁
21Aの最前方位置がロック溝部57の溝部前縁57Aの垂直前縁に近接する。
(乙1【0060】,乙2【0061】,甲2【0058】,甲5【0060】)
したがって,ロック突部21と突出部59との干渉がより深まることになり,ケ
ーブルコネクタ10の抜出を確実に阻止できる…。(乙1【0061】,乙2【0
062】,甲2【0059】,甲5の【0061】,【図8】)
(2)分割要件違反による新規性欠如について
ア親出願の明細書,子出願の明細書及び本件明細書1に開示された事項
本件特許2の出願は,本件特許1の出願の分割出願であり,本件特許1の出願は,
親出願の分割出願である子出願の分割出願であるところ,前記(1)の記載によれば,
親出願の明細書(乙2),子出願の明細書(乙1)及び本件明細書1(甲2)には,
以下の事項が開示されているものと認められる。
(ア)「本発明」は,ハウジングの周面に形成された嵌合面で互いに嵌合接続さ
れるケーブルコネクタとレセプタクルコネクタとを有する電気コネクタ組立体に関
する発明である(前記(1)ア)。
従来の電気コネクタ組立体では,レセプタクルコネクタは内側に向く側壁面に嵌
合突部を有し,ケーブルコネクタの嵌合時に,該ケーブルコネクタの嵌合凹部に上
記嵌合突部が係止してコネクタの抜けを図るロック手段を形成しており,ロック手
段は,ケーブルの延出側となる後部の位置で,側壁面に設けられ,この側壁面には
前部に斜面からなるカム面が両コネクタに設けられていて,コネクタ嵌合後,ケー
ブルを後方に引くと,その力が上記両コネクタのカム面で上方向,すなわち,コネ
クタ抜出方向の力の成分を生ずるようになっていて,この力によって上記ロック手
段でのロック力に抗して,コネクタの抜出を容易としている(前記(1)イ)。
そのため,コネクタのケーブルを後方に引く力が,意図的のみならず,不用意に
加えられた場合であっても,カム面での抜出方向の力の発生により,ロック手段が
解除されてコネクタが抜出されてしまう,ケーブルに作用する不用意な力に上向き
方向の成分を伴っていると,コネクタの抜出の傾向が更に強くなるという問題があ
った(前記(1)ウ)。
「本発明」は,上記問題に鑑み,ケーブルコネクタのケーブルに不用意な力が作
用しても,そして,その力が上向き方向の成分を伴っても,ケーブルコネクタを意
図的に抜出させない限り,外れない電気コネクタ組立体を提供することを課題とし
(前記(1)ウ),かかる課題の解決手段として,ロック機構について,ケーブルコネ
クタの側壁面にロック突部を,レセプタクルコネクタの側壁面にロック溝部を,ロ
ック溝部に突出部を設けた構成において,ロック突部がロック溝部の突出部に当接
して該ケーブルコネクタの抜出を阻止するようにしたので,ケーブルコネクタの後
端から延出しているケーブルを不用意に引いても,そしてその引く力がたとえ上向
き成分を伴っていても,ロック突部がロック溝部の突出部に当接して,ケーブルコ
ネクタはレセプタクルコネクタから外れることはないという作用効果を奏する(前
記(1)エ)。
(イ)前記(ア)のロック機構に係る構成として,以下の構成が開示されている。
aロック突部が嵌合方向でロック溝部内に進入し,ケーブルコネクタが前端側
がもち上がった上向き傾斜姿勢から嵌合終了の姿勢となったコネクタ嵌合状態では,
上記姿勢の変化に応じて,突出部に対するロック突部の位置が変化するという構成
(前記(1)オ(ア))
bコネクタ嵌合過程においてケーブルコネクタの前端がもち上がってケーブル
コネクタが上向き傾斜姿勢にあるとき,ロック突部の突部後縁の最後方位置が,ケ
ーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に位置し,ロッ
ク突部がロック溝部内に進入して所定位置に達した後に上向き傾斜姿勢が解除され
てケーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢となったとき,ロック突部の突部後縁
の最後方位置が突出部の最前方位置よりも後方に位置するという構成(前記(1)オ(
ウ))
cコネクタの嵌合終了時の姿勢にて,該ロック溝部の溝部前縁の最後方位置と
溝部後縁の最前方位置との前後方向における距離Bがロック突部の突部前縁の最前
方位置と突部後縁の最後方位置との前後方向における距離Aよりも小さく設定され
るという構成(前記(1)オ(ア)~(エ))
イ前記アによれば,親出願の明細書(乙2),子出願の明細書(乙1)及び本
件明細書1(甲2)には,ロック機構について,ケーブルコネクタの側壁面にロッ
ク突部を,レセプタクルコネクタの側壁面にロック溝部を,ロック溝部に突出部を
設けた構成において,「コネクタ嵌合過程においてケーブルコネクタの前端がもち
上がってケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるとき,ロック突部の突部後縁の
最後方位置が,ケーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前
方に位置し,ロック突部がロック溝部内に進入して所定位置に達した後に上向き傾
斜姿勢が解除されてケーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢となったとき,ロッ
ク突部の突部後縁の最後方位置が突出部の最前方位置よりも後方に位置するという
構成」(前記ア(イ)b)を採用することにより,ロック突部がロック溝部の突出部
に当接するようにして,不用意にケーブルが引かれ,上向き成分を伴う力が加わっ
ても,ケーブルコネクタのレセプタクルコネクタからの抜出を阻止するという技術
的思想が開示されているものということができる。
そして,本件特許発明2は,上記技術的思想に基づくものであるから,親出願の
明細書(乙2),子出願の明細書(乙1)及び本件明細書1(甲2)に包含される
二以上の発明(前記ア(イ)aないしc)の一部(前記ア(イ)b)を新たな出願とし
たものであって,分割要件に違反するものであるとはいえない。
ウ控訴人の主張について
(ア)寸法規律(本件技術2)は,「ロック突部ないしその一部と(ロック溝部
の)突出部との干渉により,ケーブルコネクタの抜出を防止できる」という技術(本
件技術1)を実現するための具体的構成であり,本件技術1は本件技術2を包含す
る関係にあるから,寸法規律(本件技術2)を除外した発明は,新規事項の追加に
該当する旨主張する。
しかし,親出願の明細書(乙2),子出願の明細書(乙1)及び本件明細書1(甲
2)には,前記ア(イ)b及びcの各構成が開示されており,これらの構成はそれぞ
れ,ケーブルコネクタが後端側を持ち上げられて抜出方向に移動されようとしたと
きであっても,ロック突部が抜出方向で突出部と当接し,ケーブルコネクタの抜出
を阻止するロック機構の構成であって,ケーブルコネクタのケーブルに不用意な力
が作用しても,また,その力が上向き方向の成分を伴っても,ケーブルコネクタを
意図的に抜出させない限り,外れない電気コネクタ組立体を提供するという課題を
解決し,ケーブルコネクタの後端から延出しているケーブルを不用意に引いても,
また,その引く力がたとえ上向き成分を伴っていても,ロック突部がロック溝部の
突出部に当接して,ケーブルコネクタはレセプタクルコネクタから外れることはな
いという作用効果を奏し得るものである。そして,上記各構成は,親出願の明細書
(乙2),子出願の明細書(乙1)及び本件明細書1(甲2)に記載された実施形
態を異なった技術的観点から捉えたものであり,実施形態が同一のものであったと
しても,技術的な観点が異なる独立した発明というべきであって,技術的な概念と
して,上位,下位の関係(包含関係)にあるということはできない。
(イ)控訴人は,被控訴人は親出願の出願経過において,拒絶理由通知がされた
のに対し,親出願記載の発明が寸法規律を有することを前提に,寸法規律を有する
構成に限定されていることを強調する補正を行ったから,親出願の明細書に記載さ
れた発明は寸法規律を有する構成に限定して解釈すべきである旨主張する。
しかし,親出願に係る特許請求の範囲の記載(請求項1~9)は,「コネクタの
嵌合終了時の姿勢にて,該ロック溝部の溝入口部での溝部前縁の最後方位置と溝入
口部よりも嵌合方向先方での溝部後縁の最前方位置との前後方向における距離がロ
ック突部の突部前縁の最前方位置と突部後縁の最後方位置との前後方向における距
離よりも小さく設定されており,」との構成を含むものであったため,原出願の出
願経過において,寸法規律を特許請求の範囲に記載された発明の特徴として主張し,
必要な補正を行ったものにすぎない(乙32~36)。本件特許発明2が親出願の
明細書(乙2),子出願の明細書(乙1)及び本件明細書1(甲2)に包含される
二以上の発明の一部を新たな出願としたものであるか否かが問題なのであって,親
出願の特許請求の範囲に記載された発明についての上記出願経過を参酌して,親出
願の明細書に記載された発明を限定して解釈すべきであるなどとは,直ちにいえな
いし,被控訴人の主張が信義則に反するなどともいえない。
エ小括
以上によれば,控訴人の分割要件違反による新規性欠如の主張は,理由がない。
(3)サポート要件及び実施可能要件違反について
ア当裁判所も,本件特許2は,サポート要件及び実施可能要件を満たすものと
判断する。その理由は,原判決「事実及び理由」の第3の2(1)イ記載のとおりであ
るから,これを引用する。
イ当審における控訴人の主張について
(ア)控訴人は,本件明細書2には,寸法規律を除外した本件技術1は記載され
ていない,図面の一部を除外して読み取ることによって,一部の構成を除外した上
位概念となる構成も記載されていると見ることはできないから,本件特許発明2は,
サポート要件を満たさない旨主張する。
しかし,本件明細書2(甲4,5)には,前記(1)の記載があるところ,同じ記載
のある親出願の明細書(乙2),子出願の明細書(乙1)及び本件明細書1(甲2)
について述べたのと同様に,本件明細書2には,前記(2)ア(イ)b及びcの各構成が
開示されているものと認められる。そして,上記各構成は,明細書に記載された実
施形態を異なった技術的観点から捉えたものであり,実施形態が同一のものであっ
たとしても,技術的な観点が異なる独立した発明というべきであって,技術的な概
念として,上位,下位の関係(包含関係)にあるということはできない。
(イ)控訴人は,寸法規律を除外した構成では,必ずしもロック突部と突出部が
干渉するわけではなく,一時的に干渉する場合でも,ロック突部の前後方向の移動
により抜出するから,ケーブルコネクタの抜出防止という効果は生じず,ロック突
部と突出部の干渉によりケーブルコネクタの抜出防止という効果を生じるためには,
ロック突部ないしケーブルコネクタの前後方向の移動を規制する必要があるところ,
本件明細書2には,寸法規律以外の構成によって,ケーブルコネクタの前後方向の
移動を規制するための構成は,記載も示唆もされていないから,実施可能要件を満
たさない旨主張する。
しかし,本件明細書2には,前記(2)ア(イ)bの構成が開示されているものと認め
られるところ,本件明細書2の記載から,上記bの構成,すなわち本件特許発明2
のロック機構を採用すれば,ケーブルコネクタのケーブルに不用意な力が作用して
も,また,その力が上向き方向の成分を伴っても,ケーブルコネクタを意図的に抜
出させない限り,外れない電気コネクタ組立体を提供するという課題を解決し,ケ
ーブルコネクタの後端から延出しているケーブルを不用意に引いても,そして,そ
の引く力がたとえ上向き成分を伴っていても,ロック突部がロック溝部の突出部に
当接して,ケーブルコネクタはレセプタクルコネクタから外れないという作用効果
を奏するものと理解するということができる。そして,当業者であれば,本件明細
書2の記載から,本件特許発明2の電気コネクタ組立体を生産し,使用することが
可能であるということができる。
ウ小括
以上によれば,控訴人のサポート要件及び実施可能要件違反の主張は,理由がな
い。
(4)明確性要件違反,新規性及び進歩性欠如について
ア控訴人の明確性要件違反並びに新規性及び進歩性欠如に係る主張は,控訴人
が請求した無効審判請求(無効2014-800015)と同一の事実及び同一の
証拠に基づくものであるところ,上記無効審判請求については,請求不成立審決が,
既に確定した(甲8,12)。したがって,控訴人において,本件特許2が,上記
明確性要件違反並びに新規性及び進歩性の欠如を理由として,特許無効審判により
無効にされるべきものと主張することは,紛争の蒸し返しに当たり,訴訟上の信義
則によって,許されない(同法167条,104条の3第1項)。
イなお,控訴人は,本件特許発明2が「ケーブルコネクタの回転のみによって,
すなわち,ケーブルコネクタとレセプタクルコネクタ間のスライドなどによる相対
位置の変化なしに,ロック突部の最後方位置が突出部に対して位置変化を起こす構
成に限定されている」ものと解釈されないとすれば,本件特許発明2は進歩性を欠
く旨主張する。
しかし,本件特許発明2の要旨を上記のように限定的に認定しない場合であって
も,乙3発明における嵌合動作は,相手コネクタ33の回転中心突起53をコネク
タ31の溝部49に肩部56で停止する深さまで挿入し,次いで,回転中心突起5
3を肩部56に沿って動かし,回転中心突起53が溝部49に形成された肩部56
のケーブル44側に当接している状態にして,その後,回転中心突起53を中心に
相手コネクタ33を回転させ,嵌合終了姿勢に至るというものであり,本件特許発
明2と乙3発明とは,本件特許発明2では,「コネクタ嵌合過程にて上記ケーブル
コネクタの前端がもち上がって該ケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるとき,
上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が,上記ケーブルコネクタがコネクタ嵌合
終了姿勢にあるときと比較して前方に位置し」ているのに対し,乙3発明では,コ
ネクタ嵌合過程にて相手コネクタ33の前端がもち上がって該相手コネクタ33が
上向き傾斜姿勢にあるときのうち,少なくとも,コネクタ突合方向のケーブル44
側の端までずらした状態で回転中心突起53を中心に相手コネクタ33を回転させ
るとき,回転中心突起の突部後縁の最後方位置が,相手コネクタ33がコネクタ嵌
合終了姿勢にあるときと同一の地点に位置している点,すなわち構成要件eの点で
相違する。そして,乙3には,乙3発明の上記嵌合動作に関し,回転によって,回
転中心突起53の最後方位置が回転前に比較して後方に位置するという技術的思想
が記載されているとはいえず(甲12・38頁),また,乙3発明と乙7ないし1
0に記載された各コネクタとでは,その構造や形状が大きく異なるから,乙3発明
において,上記各コネクタの嵌合過程における突起部と突出部との位置関係を適用
しようとする動機付けがあるということはできないし,仮に適用を試みたとしても,
乙3発明において,上記相違点に係る本件特許発明2の構成を備えることが容易に
想到できたとは認められない。
(5)以上のとおり,本件特許2は,特許無効審判により無効にされるべきもので
あると認めることはできない。
3争点(3)(損害額)について
(1)当裁判所も,被控訴人の本件特許権2の侵害による損害賠償請求は,控訴人
に対し,3185万2238円及びうち883万5431円に対する平成26年6
月27日から,うち2301万6807円に対する平成27年9月1日から,各支
払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものと
判断する。
その理由は,原判決57頁25行目,58頁6行目及び同頁8行目の各「円」の
後に,「(円未満四捨五入)」をそれぞれ加えるほか,原判決「事実及び理由」の
第3の3(1)記載のとおりであるから,これを引用する。
(2)当審における控訴人の主張について
ア控訴人は,①実質的にみても,被控訴人は,自ら本件特許発明2を実施して
いるとはいえず,②被告製品と被控訴人の製品(DF57,DF61シリーズ)と
は競合関係になく,③被告製品の販売によって,被控訴人の製品の売上げに何ら影
響がなかったことからして,「特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかった
ならば利益が得られたであろうという事情」が存在しないから,特許法102条2
項を適用することはできない旨主張する。
(ア)特許法102条2項を適用するに当たり,特許権者が当該特許発明を実施
していることは,同項を適用するための要件ではなく,特許権者に,侵害者による
特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場
合には,同項の適用が認められると解すべきである。
(イ)証拠(甲6,7,18~27)及び弁論の全趣旨によれば,①被控訴人は,
LED照明等に用いられるコネクタであるDF57シリーズ(基板対ケーブル低
背電源用スウィングロックコネクタ)を製造,販売しているところ,DF57は,
「簡易ロック」と「強化ロック」の「二重ロック構造」をうたった製品であり,こ
のうち「簡易ロック」は,ケーブルコネクタの側壁に設けられた係止部とレセプタ
クルコネクタの側壁に設けられた被係止部との係止によるロック構造であり,「強
化ロック」は,ケーブルコネクタの有するロック突部が,レセプタクルコネクタの
有するロック溝部の突出部の下に潜り込み,ロック突部が抜出方向で突出部と当接
することによるロック構造であること,②被控訴人は,LED照明等に用いられる
コネクタであるDF61シリーズの製品(基板対ケーブル小型電源用スウィング
ロックコネクタ)を製造,販売しているところ,DF61シリーズは,「簡易ロッ
ク」と「強化ロック」の「二重ロック構造」をうたった製品であること,③DF6
1シリーズの製品は,被控訴人の取引先が製品の採用を検討する際に,被告製品と
競合し,実際にも,複数の取引先において,価格差等の理由から被告製品が採用さ
れたことがあったことが認められる。これらの事実によれば,被控訴人は,被告製
品と競合する代替品を製造,販売しており,被控訴人には,上記「侵害者による特
許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情」が存在すると
いうべきである。
(ウ)なお,控訴人は,甲22ないし27は,記載内容に疑義があり,マスキン
グされているなど,信用性を欠くものである旨主張するが,その体裁及び内容には,
特段その信用性を疑わせるべき点は見られないから,これらの証拠が信用性を欠く
ものであるということはできない。
また,控訴人は,DF61シリーズの製品は,その構成や対応する電圧・電流か
ら,被告製品とは使用される場面が異なるコネクタであるから,両製品に競合関係
はないなどと主張するが,証拠(甲6,7,19,20,22~27)によれば,
DF61シリーズの製品及び被告製品はその使途に共通性があり,しかも,被告製
品も,DF61シリーズと同様に,強化ロック機構を備えていることをうたった製
品である上,実際にも,これらの製品の取引先が,控訴人と被控訴人との間で競合
していることが認められるのであって,控訴人の上記主張は採用できない。
(エ)以上によれば,控訴人の上記主張は,理由がない。
イ控訴人は,仮に特許法102条2項が適用されるとしても,①被控訴人が本
件特許発明2を実施していないこと,②被告製品と被控訴人の製品とは競合関係に
ないこと,③被告製品の販売中止後においても,被告製品の販売先は,控訴人から
代替品を継続して購入したことの各事情が存し,これらの事情に照らすと,被告製
品を販売したことによって被控訴人に逸失利益が生じる可能性は皆無であるから,
特許法102条2項の推定は全て覆滅される旨主張する。
しかし,被控訴人が被告製品と競合する代替品を製造,販売していると認められ
ることは,前記ア(イ)のとおりである。
また,控訴人は,被告製品の販売中止後においても,被告製品の販売先が,控訴
人から代替品を継続して購入した事情を推定覆滅事情として主張するが,被控訴人
の逸失利益は控訴人による被告製品の販売により既に発生しており,また,そもそ
も,控訴人が代替製品を販売できたのは,侵害品である被告製品を販売して販路を
取得できたことによるのであって,被告製品の販売中止後もその販売先が控訴人か
ら代替製品を継続して購入したなどという事後的な事情は,推定を覆滅すべき事情
として考慮することはできないというべきである。
以上によれば,控訴人の上記主張は,理由がない。
4争点(4)(差止めの必要性)について
当裁判所も,控訴人に対し,被告製品の製造,販売等の差止めを命じる必要性が
あるものと判断する。
その理由は,原判決「事実及び理由」の第3の4記載のとおりであるから,これ
を引用する(ただし,原判決59頁24行ないし60頁2行までを除く。)。
5結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原判決は相当であり,
本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官髙部眞規子
裁判官柵木澄子
裁判官片瀬亮

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