弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
被告人を懲役3年6月に処する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,外国語教室の経営等を目的とする株式会社Aの代表取締役であって,
株式会社A及び有限会社B等のグループ会社各社の役員及び従業員らが会員となり,
会員相互の親睦を深め,共済,福利増進を図ることを目的とする「CグループD
会」(以下,「D会」という。)の会長として,D会の銀行預金の出納及び管理等
の業務を統括していたものであるが,株式会社Aが経営する外国語教室の受講生に
対する中途解約に伴う返戻金(以下,「解約返戻金」という。)の支払のための資
金繰りに窮したため,有限会社Bの代表取締役であったY及び株式会社Aの経理課
長であったZと共謀の上,株式会社Aにおける解約返戻金の支払の用途に充てるた
め,平成19年7月20日,大阪市a区bc丁目d番e号株式会社E銀行F支店に
おいて,同支店に開設された被告人らがD会のため業務上預かり保管中のCグルー
プD会代表X名義の普通預金口座の預金から,ほしいままに,3億2000万円を
同支店別段預金に振替入金して同支店長G振出しに係る同金額の自己宛小切手に取
り組んだ上,直ちに同支店に開設された有限会社B名義の普通預金口座に入金し,
もって横領したものである。
(証拠の標目)
省略
(争点に対する判断)
1弁護人の主張等
判示「罪となるべき事実」中の外形的事実,すなわち,被告人がY及びZと順
次意思を通じて,判示の日時場所において,株式会社Aが経営する外国語教室の
受講生に対する解約返戻金の支払の用途に充てるため,被告人らが管理していた
CグループD会代表X名義の普通預金口座(以下,「本件口座」という。)の預
金(以下,「本件預金」という。)から3億2000万円を有限会社B名義の普
通預金口座に入金するなどした事実は,関係各証拠上優に認めることができ,被
告人及び弁護人も概ねこれを争っていない。
しかし,弁護人は,①本件預金が被告人自身に帰属するものではないことは前
提としつつも,D会は,多数決の原則が行われておらず,組織によって団体とし
ての主要な点が確定されていないことなどから,権利能力なき社団ではなく,構
成員たる役員及び従業員ら(以下,これらを合わせて単に「社員」ということが
ある。)による組合ないし組合契約の法理が適用される関係にあり,本件預金は
組合契約の当事者たるCグループの社員の準共有となると主張する。その上で,
②被告人は,株式会社Aの倒産を防止するため,一時的に解約返戻金の支払に充
てるために本件預金を流用したのであり,Cグループの社員としては,株式会社
Aの倒産が防止されて流用された預金以上の給与の支払がなされることになるの
であれば,本件預金の流用にその過半数が同意したはずであるから,本件預金の
流用は委託の趣旨に反しないし,また,③被告人は本件当時そのように信じてい
たものであり,後に返済する意思で一時的に借用したにすぎないものであるから,
不法領得の意思がなく,したがって,被告人に業務上横領罪は成立せず,被告人
は無罪であると主張する。
そこで,当裁判所が,被告人に判示の業務上横領罪が成立すると判断した理由
につき,以下,補足して説明する。
2まず,D会の法的性格について検討する。
(1)関係各証拠によれば,D会の事業の内容や実際の運営等に関して以下の事
実が認められる。
アD会は,被告人が,株式会社Aと関連会社を含めたCグループの組織を整
備する中で,社員の福利厚生組織が必要であると考えて,その会則である
「D会会則」を自ら起案し,平成4年4月ころ発足した。
イ「D会会則」は,Cグループ各社の各部署や外国語教室に備え付けられて
いた。
ウ「D会会則」によれば,その目的は,「会員相互の親睦を深め,共済,福
利増進を図ること」とされ,「①会員の慶弔,災害,傷病に対する給付金等
の支給,その他会員相互の共済に関する事項,②社内誌の編集,③社員旅行
等の旅行の補助に関する事項,④会員に対する不時の出費の際の貸付,⑤ス
ポーツの振興および文化教育活動,⑥その他,本会の目的を達するのに必要
と認める事項」を行うとされていた(2条)。
これらのうちD会で実際に行われた事業は,主に上記①であった。
エD会は,本部をCグループ統括本部内に置き(3条),決議機関として評
議員会を(9条),執行機関として理事会をそれぞれ置き,さらに理事会の
もとに執行事務機関として事務局を置くことがある(10条)とされていた。
また,D会の会長は株式会社A代表取締役とするとされ,理事長が理事の
互選によって選出され(13条),理事長が会を代表し,理事会の決定に従
い会務を統括する(14条)ものとされていた。
もっとも,実際には,理事,評議員等の役員は選任されたことがなく,評
議員会等が開催されたことはなかった。
オD会は,Cグループ各社の役員及び正社員をもって会員とし(4条),会
員は,前条に定める会員資格を得た時に入会し,失ったときに退会するもの
とする(5条)とされていた。
Cグループ各社の役員及び正社員は,入社時や統括会議等の機会にD会に
ついての説明を受け,この規定に基づいて実際にD会に入会あるいは退会を
しており,平成19年6月当時におけるD会の会員数は2285名であった。
カ会費の負担に関しては,会員は,毎月次の給与の総支給額に応じて,毎月
1000円ないし3000円の一般会費を負担しなければならないとされて
いた(6条)。
そして,実際の会費の徴収は,給与から天引きされる方式で行われ(なお,
給与支給明細書にも「D会会費」との控除項目が設けられていた。),天引
きされた会費は,平成4年7月27日,株式会社H銀行F支店(後にE銀行
F支店に改名)に開設された「CグループD会代表X」名義の普通預金口座
にすべて預金されていた。
キD会の預金や小口現金等の資金の管理の方法については,「本会の資金は,
本部人事管理課において管理する。」と定められていた(20条)が,上記
口座の預金通帳及び「CグループD会印」と刻した銀行届出印の保管・管理
を含む実際の資金の管理は,被告人の指示の下,当初より株式会社Aの経理
課が行っていた。
具体的には,D会発足当時,経理課長であったYの指示により,経理課で
給与関係を担当していたIが実務を担当することとなり,平成5年に人事管
理課に,平成8年に経理課にIが異動した後も引き続きその出納を担当して
いた。Iは,平成9年に退職するにあたり,YにD会の資金管理を引き継ぎ,
平成16年ころ,Yは,当時の経理課長であったZにさらにこれを引き継い
だ。
ク上記ウ①の慶弔金等の支給については,「D会会則」中の「D会給付細
則」に,給付を受けようとする者は所定の申請書をD会の事務局に提出する
旨定められていた(35条)ものの,実際の申請及び支給は,各会員が株式
会社Aの庶務課に申請書を提出し,受給資格や給付額の審査を経た上,D会
の資金を管理していた経理課が各会員に対する給付手続を行うという運用が
なされていた。
ケD会の会計については,「本部長殿」宛ての「CGROUPD会収
支報告書」などと題する月ごとの収支報告書及び「本部長殿」宛ての「D会
収支報告書」と題する年次ごとの収支報告書が作成され,担当者や監査者が
それぞれ署名して統括本部長である被告人に提出していた。
(2)検察官は,「権利能力のない社団といいうるためには,団体としての組織
をそなえ,そこには多数決の原則が行なわれ,構成員の変更にもかかわらず団
体そのものが存続し,しかしてその組織によって代表の方法,総会の運営,財
産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものでなければならな
い」(建物収去土地明渡請求事件に関する最高裁昭和39年10月15日第一
小法廷判決,民集18巻8号1671頁)という判例上の要件をD会がみたし
ているから,権利能力なき社団に当たると主張するところ,権利能力なき社団
においては,その資産がその構成員に総有的に帰属することになるとはいえ,
社団財産の管理処分権は構成員の全体たる当該団体に帰属することになると解
されるから,権利能力なき社団に当たると認められるのであれば,D会は業務
上横領罪にいう「他人」に該当するといえる。そこで,上記判例や解釈を踏ま
えて,D会が権利能力なき社団に当たるかについて検討する。
前記認定事実によれば,D会は,Cグループ各社の社員という特定の構成員
から成り,また,同会においては平成4年4月ころ以降,本件に至るまで約1
5年間にわたり,Cグループ各社の業務とは独立したかたちで,同会の会長で
ある被告人の指示の下,株式会社Aの経理課及び庶務課により,会費の徴収,
資金管理や慶弔費等の支給事務等が継続的に執り行われてきていたものであっ
て,団体としての組織を備えていたということができる。また,D会の構成員
の地位の得喪はCグループ各社の役員及び正社員たる地位と一体のものとして
前記会則どおりに運用されていたもので,D会が構成員の変更にかかわらず存
続していたことは明らかである。
そして,前記(1)のとおり「D会会則」には,代表の方法,各機関,資金の
管理方法等について詳細に規定されており,かつ,多数決の原則を排斥するよ
うな規定は一切ないところ,関係各証拠によれば,「D会会則」に関しては,
入社時のオリエンテーション,統括会議,通達及び各部署への会則の備付けな
どによって各社員に周知されていた上,毎月の会費の給与からの天引きや,会
則に従った慶弔金の支給について特段異議を述べる者が出たことはなかったも
のと認められることから,会員資格を有する社員からそろって承認されていた
とみるのが相当である。なるほど,D会の実際の運営に当たっては,評議員や
理事等の役員の選任がされたことはなく,評議員会及び理事会が組織されたこ
ともないなど会則の定めるところと実際の運営との間には齟齬する点が存在し,
また,これまで総会が開催されて多数決による決議が行われた形跡はないが,
これは,従前,D会で行われていた事業が主として「D会会則」に規定されて
いる慶弔費等の支給にとどまっていたほか,同会則上会長とされていた被告人
が同会の実質的代表者としての役割を果たす中で,これらの事務が株式会社A
の経理担当者及び庶務担当者により円滑に行われていたことから,被告人が公
判廷で供述するように,その必要性がなかったにすぎないことを背景にするも
のと認めることができる。
加えて,ことにD会をめぐる財産関係についてみると,本件預金以外にD会
にはみるべき資産はないところ,本件預金に関しては,平成4年以降長年にわ
たり,「D会会則」に基づき,D会会費として毎月会員の給与から天引きの方
法で徴収された金銭を大半の原資とし,これをもとに慶弔費の支給等の事業が
行われていた。そして,会員資格を有する社員からD会会費として天引きされ
た金銭は,そのすべてが一貫してD会代表名義の本件口座に振り込まれた後は
会員の退会時等に返還されたこともなく,会員からそのような請求がなされた
形跡もない。このように,D会は,その構成員とは全く独立した存在の団体と
しての固有の財産を管理し,これを処分していたことは明らかである。
(3)以上を総合すれば,D会は,権利能力なき社団に当たると認められ,した
がって,業務上横領罪によりその保護の対象とすべき「他人」に該当するとい
える。
3そこで次に,本件預金の解約返戻金の支払への流用が,D会からの委託の趣旨
に反しているか,また,被告人にその当時不法領得の意思が認められるかについ
て検討する。
(1)本件預金の委託信任関係についてみると,①D会が発足して間もなく開設
された本件口座の契約者名義は「CグループD会代表X」とされ,②被告人は,
自身の発案でD会を創設し,かつD会の会則上D会の会長とされる者であり,
他に同会の業務を司る理事会等の機関の設置が全くなされない中で,唯一の役
職就任者としてD会に関する業務を実質的に引き受けており,長年にわたりこ
のような取扱いに異議を唱える会員もほとんど見当たらず,③さらに,被告人
は,本件口座の銀行通帳及び銀行届出印の管理を経理課に,給付金に関する申
請業務の担当を庶務課に指示して,経理課からは月ごと及び年次ごとの会計報
告書の提出も受けていた。これらによれば,被告人は,会員の給与から天引き
された会費が集積された本件預金をD会の事業に使用するために預り統括管理
していたといえ,したがって,本件預金について,被告人とD会との間には委
託信任関係が認められる(同時に,株式会社Aの経理課長でD会の会計を担当
していたZとD会との間にも委託信任関係が認められる。なお,前記両名の役
務がD会の目的遂行のため反復継続した業務として行われていたことは明らか
である。)。
(2)被告人らは,前記のとおり,本件預金を解約返戻金の支払に流用している
ところ,関係各証拠によれば,その処理についてはD会から株式会社Aへの貸
付けという形式が採られている(事後的にその旨の金銭消費貸借契約書が作成
されている)が,貸付けとして「D会会則」の明文上認められているものは会
員に対する不時の出費の際の貸付けのみである上,前記流用は,解約返戻金の
支払に充てることを目的としているのであるから,これが会員の福利増進等を
図ることを目ざしたD会の目的及び事業の範囲外であることは明らかであり,
本来的に委託の趣旨に反する処分と認められる。もっとも,前述のとおり,弁
護人は,株式会社Aの倒産を防止するため一時的に解約返戻金の支払に充てる
ことについては会員の過半数の同意が得られたはずであるから,本件預金の流
用は委託の趣旨に反しない旨主張するので,以下,さらに説明を加えることと
する。
ア関係各証拠によれば,本件前後の株式会社Aの経営状況や資金繰りの状況
等について,以下の事実が認められる。
(ア)被告人は,平成16年ころ,小学校の教育課程における将来の英語教
育の義務化などを見据え,株式会社Aに関して年間400の新規拠点開発
を行うという方針を決め,以後,急激な店舗展開を行うとともに,マスメ
ディアを使った広告宣伝を積極的に展開するなどした。その結果,株式会
社Aの売上高は拡大したものの,一方で収益性等の検討が不十分であった
ため,多額の経費が発生してそのウエイトが高まり,また,顧客サービス
の低下や隣接する拠点校同士で新規受講生を取り合うなど不採算店舗の頻
出を招いたことなどにより,株式会社Aは,平成18年3月期に約30億
円の赤字決算となった。
そのため,経費削減等を図るべく,平成18年4月以降は一転,店舗の
統廃合,新規拠点開発のほぼ全面停止,広告宣伝費の圧縮等を図っていた
が,そのさなかの平成19年2月14日,受講生に対する解約返戻金を過
少に算出していたなどとして,経済産業省と東京都から特定商取引に関す
る法律(以下,「特定商取引法」という。)違反等の嫌疑で立入検査を受
けたことが同月16日付の新聞各紙で報道された。その影響もあって,受
講生からの中途解約が相次ぎ,多額の解約返戻金の支払が必要になるとと
もに,例年は新規受講の最も多い3月及び4月の受講申込者が大幅に減少
し,受講料収入が激減した。そのため,株式会社Aの資金繰りは急激に悪
化し,このころには,同年9月末日の株式会社Aの中間決算日には債務超
過に陥る可能性も生じてきた。なお,平成19年3月期は約29億円の赤
字決算であった。
(イ)同年4月3日,株式会社A・受講生間の解約精算金請求訴訟に関し,
株式会社Aの解約返戻金の計算方法が特定商取引法に違反するとの最高裁
判決が出され,さらに,同年6月13日,株式会社Aは,経済産業省から
同法違反を原因として役務提供期間が1年を超える契約などの新規契約締
結等につき6か月間の業務停止命令を受けた。これにより,株式会社Aで
はさらに新規契約が激減する一方で,受講者からの解約の申し出が殺到す
るといった状況となり,売上げが激しく落ち込むこととなった。
(ウ)こうした中,株式会社Aは,数十億円規模という多額の資本増強を図
るため,同年4月ころ,J証券との間でアドバイザリー契約を締結して他
社との資本業務提携を模索したもののこれに至らず,同年6月12日,株
式会社K銀行と新たにアドバイザリー契約を締結して,さらに資本業務提
携先を探すとともに業務提携に至るまでのつなぎ資金として必要な30億
円のブリッジローンの融資先を探すようになった。また,資金繰りのため
に,所有する不動産の売却も行った。
しかし,同年5月末ころから税金や社会保険料の支払の遅延が始まり,
銀行に対する借入金の返済も同年6月上旬を最後に滞るようになった。ま
た,上記(イ)の業務停止命令の影響もあり,株式会社Aの経営状態に懸念
を抱いた銀行から新たな担保の提供を求められたり,預金債権と債務を相
殺されたりもした。同月ころ以降は,毎月の外国人講師や従業員に対する
給与の支払にも窮するようになったほか,受講生に支払うべき解約返戻金
の支払も滞るようになった。
(エ)同月ころ以降,被告人は,上記(ウ)のブリッジローンの実現可能性が
低いと考え,個人的に融資先を探すべく東京に滞在し,実際に被告人個人
の伝手で融資先を見つけてきたりもしていた。また,被告人は,株式会社
Aの外国人講師に対する給与の支払に充てるため,個人資産を提供するな
どした。
(オ)しかし,受講生に対する5億2600万円余りの解約返戻金の支払に
関しては,その期限の前日である同年7月19日,その資金調達ができな
い事態に陥り,そのため,被告人らは,本件預金を解約返戻金の支払に充
てることとした。
(カ)その後も,社員らの給与等の支払は遅滞し,被告人による個人資産の
提供などによって急場をしのいではいたものの,同年8月には他社との資
本業務提携の話が破談し,K銀行とのアドバイザリー契約も同月10日に
解除された。
そして,被告人は,同年10月25日の取締役会で株式会社Aの代表取
締役を解任され,株式会社Aは同月26日に会社更生法の適用の申請をし
たものの棄却され,同年11月26日には株式会社Aの破産手続が開始さ
れるに至った。
イこれに加えて,株式会社Aの経理課長であったZは,本件当時の株式会社
Aにおける資金繰りの状況及び本件預金の流用がされた際の状況について,
以下のとおり供述する。
(ア)ブリッジローンは,資本業務提携先が見つかるまでのつなぎの資金で
あるが,株式会社Aには当時担保となるようなめぼしい資産がなく,テレ
ビ電話の在庫を担保に入れようとしたが,評価額は非常に低かった。平成
19年7月第1週の金曜日(7月6日)に資本業務提携についてプレス発
表することを目標としていたが,提携先と考えていた相手方からの返答は
期待できるものではなかった。
(イ)解約返戻金として支払を必要とするものは,同年6月10日ころの時
点で約3億円あったが,経済産業省の業務停止命令の影響もあってその支
払を同年7月5日に延期した。同年6月中旬ころには既に株式会社Aの資
金は枯渇しており,この延期に当たって資金繰りのあてがあったわけでは
なかった。そして,同月15日の外国人講師の給与を支払うため,解約返
戻金の支払を再度延期して同年7月20日としたが,それ以上は延ばしき
れず,どうしてもこれを支払わなければならない状況であった。
(ウ)本件前日である同月19日,YからD会の金を貸して欲しいと言われ
たので,誰に貸すのかと聞いたところ,有限会社Bに貸して欲しいと言わ
れた。有限会社Bには返済する資力がないと思ったので,貸すのであれば
代表である被告人に対してであると言ったが,Yが有限会社Bにして欲し
い,責任を持って被告人から返してもらうなどと言った。この貸付けにつ
いてはD会の目的の範囲外のことで,会員からの賛成は得られないと思っ
たが,被告人から返してもらうというYの言葉を信じるしかなかった。な
お,本件預金を解約返戻金の支払に充てたところで,株式会社Aの資金繰
りが改善するとは思っていなかった。
以上のZの供述の信用性についてみるに,Zは,資金繰りについては本件
前後にわたる株式会社Aの資金計画についての日繰り表(弁1号証)を参照
するなどしつつ,経理課長として資金繰り会議に出席するなどして株式会社
Aの経済的窮状につき知り得た事実を具体的かつ詳細に供述しており,Yと
のやりとりなどについても非常に具体的で迫真性のある供述をしている。そ
して,Zは,本件の実行行為を担当した共犯者とされる者ではあるが,長年
にわたり被告人の部下として株式会社Aやその関連会社に勤務していた者で
あって,自身は本件につき不起訴処分となっており,本件証言時点において,
殊更に被告人に不利益な供述をする動機も認められない。したがって,Zの
供述の信用性は高いといえる。
ウさらに,Yは,本件当時の株式会社Aにおける資金繰りの状況及び本件預
金の流用がされた状況について,次のとおり供述する。すなわち,①30億
円のブリッジローンについては,平成19年7月19日の段階でも入ってく
るとは認識していなかった,②同日,東京で株式会社Aの資金繰りに当たっ
ていた被告人に対して,解約返戻金の支払原資に関して話し合った際,「D
会には3億程度のお金があります。」と報告すると,被告人から,それを使
って対応するよう指示があったので,「(本件預金が)営業資金とはニュア
ンスが違うので,理解をしてもらっているか」などと述べて確認したが,結
論は変わらなかった,③(D会から小切手を組み,いったん有限会社Bに入
金して,さらに株式会社Aに入金したことについては)D会に決済機能がな
い状態でD会から直接入金した場合,疑問に思われるかもしれず,緊急的な
非常事態においては有限会社Bから入るのが一番自然な形だと認識していた
のでそのようにした,被告人に対しては,株式会社Aサイドから見て自然な
形で振り込みがされるような方法がよく,本件預金から引き出して有限会社
Bの口座に入金し,株式会社Aに振り込む旨説明してその了解を得た,とい
うのである。
以上のYの供述もそれなりに具体的で,本件証言時にはYは既に起訴猶予
となっていて,被告人にその刑責を転嫁しなければならないような事情も見
出しがたいことから,これに特段疑いを差し挟むべき点は見当たらず,その
信用性は高いといえる。
エ以上を前提として検討するに,なるほど,関係各証拠によれば,平成19
年7月20日に支払期限を迎える多額の解約返戻金の支払がなされなかった
場合,株式会社Aの信用不安が一層悪化し,同日の時点において,その経営
が危機的な状況に陥っていた可能性は否定できないといえる。しかし,上記
アないしウでみたとおり,株式会社Aの資金繰りは,平成19年7月19日
ころには極度に悪化して,ほとんど被告人の個人的な人脈や個人資産に頼る
しかない状態に陥っており,しかも,これらを最大限に活用したところでい
わゆる自転車操業の状態を脱する見込みは全く立っていなかったものである。
したがって,本件預金を解約返戻金の支払に流用することにより,同月20
日時点での混乱が避けられるのみならず,株式会社Aの経営が大幅に改善し,
その後の社員の給与を含めた各種支払が遅滞なく行われるとともに流用され
た本件預金の返済もごく短期間内に間違いなくなされる蓋然性はおよそ乏し
かったものと認められるのであり,こうした状況に照らせば,D会会員の過
半数が本件預金の3億2000万円を解約返戻金の支払のために流用するこ
とに同意するはずであったなどとみることは到底できない。このことは,Y
が上記のような疑問を避けるため「自然な形」での振込みを仮装したり,D
会の出納業務に従事していたZが有限会社Bに出金することに当初反対した
り,この出金につき会員からの賛成は得られないと思った旨供述したりして
いることによっても裏付けられているといえる。
これに対し,被告人は,公判廷において,被告人個人が調達を試みていた
増資あるいは資本業務提携が成立すれば株式会社Aが再建され,流用した本
件預金の返済もできると思っていた旨供述するが,本件犯行当時において早
急に増資等がなされ株式会社Aの資金繰りが改善される確実な目処があった
ということまで供述するものではない。また,弁護人は,本件後に被告人が
増資引受先を確保し,70億円を増資する内容の書類を同年10月9日にジ
ャスダック及び関東財務局に提出し,同月24日には権利行使金7000万
円の払込みを株式会社Aが受けていると主張するところ,Yの公判供述によ
れば,なるほどYは弁護人の前記主張に沿う供述をしているものの,被告人
がこの案件に着手した時期は本件後であると認められる。そうすると,これ
らの被告人の供述や弁護人の指摘は,前記の結論を何ら左右するものではな
い。
したがって,本件預金の流用が委託の趣旨に反しないとの弁護人の主張は,
社員の過半数がこれに同意したはずであるという前提自体を欠き,採用でき
ない。
(3)さらに,被告人の不法領得の意思についてみると,被告人は,捜査段階に
おいては,D会資金の無断流用の事実が業務上横領に当たることにつき争うつ
もりはない旨供述しつつ,公判廷では,これが同罪に当たるか分からないと供
述を変え,本件預金の流用に関する認識状況についても明確に語らない(もっ
とも,本件犯行当時,本件預金の流用につき社員の過半数の同意が得られると
考えていたとまでは供述していない。)が,①前記のとおり,被告人が自ら
「D会会則」を起案し,長年にわたってD会会長として同会の運営に深く携わ
るなど,同会の目的と本件預金の性質を十分に理解していたとみることができ
ること,②株式会社Aの代表取締役として本件当時の株式会社Aの経済的窮状
を知悉しており,したがって,流用した本件預金の返済の明確な目途がない旨
の認識もあったとみることができること,③本件犯行直前,Yから,本件預金
が営業資金とは異なるものであり,あえて有限会社Bを介して株式会社Aに振
り込むという形式を採る旨の説明を受けていることを総合すれば,被告人は,
本件当時,D会会員の過半数の同意を得られる見込みもないのにD会からの委
託の趣旨に反して本件預金を株式会社Aの事業資金として流用することにつき
十分な認識を有していたことも優に推認できるというべきである。
なお,弁護人は本件預金の流用が一時使用の目的によるものであったとも主
張するが,前述したとおり,本件流用はD会の資金のほとんどに及ぶ多額のも
のである上,本件犯行当時,返済の確実な目途があったわけではなく,それら
について被告人も認識していたというべきことからすれば,弁護人の主張は採
用できない。
したがって,被告人には,本件預金につき不法領得の意思が認められる。
4以上の次第で,判示のとおり,被告人がY及びZと共謀の上,業務上預かり保
管していたD会の預金3億2000万円を横領したと認定した。
(法令の適用)
省略
(量刑の理由)
本件は,外国語教室の経営等を目的とする株式会社AをはじめとするCグループ
各社の福利厚生団体の実質的代表者であった被告人が,共犯者2名と共謀の上,同
団体の預金から3億2000万円を別段預金に振替入金して同金額の自己宛小切手
に取り組んだ上,直ちに有限会社B名義の普通預金口座に入金し横領したという業
務上横領の事案である。
本件に至る経緯については,既に「争点に対する判断」で詳述したとおりであり,
株式会社Aは,平成5年ころから事業の拡大を続けてきたが平成18年3月期に赤
字決算となり,その後,拡大路線を変更して整理・縮小に入ったものの,経済産業
省と東京都の立入検査の影響等により平成19年3月期にも赤字決算となっていた
ことに加え,株式会社Aの中途解約金の計算方法が特定商取引法に違反するとの最
高裁判決が下されたこと,さらに,経済産業省から長期受講契約締結等につき6か
月間の業務停止命令を受けたことなどによって,受講者が激減し,中途解約も相次
いで更に厳しい経営状況に陥り,金融機関等と提携してこの状況を打開しようとし
たがうまくいかず,資金繰りは極めて逼迫した状況にあった。
このような状況の下,既に株式会社Aでは各外国語教室に受講生が押しかけてく
る事態も起きていたことから,平成19年7月20日に支払期限が到来する受講生
への解約返戻金につき,その支払を延期することができないと判断した被告人及び
Yは,容易に動かすことのできるまとまった現金としてD会の預金に目を付け,Z
を巻き込みつつ本件犯行を敢行したものであるが,受講生に対する解約返戻金の支
払ができなければ株式会社Aの大きな信用不安を招く可能性が高かったことは否定
できないものの,そもそも,被告人は,それまで株式会社Aの創業者として,同社
やグループ会社の経営戦略等を自身の判断で決定し,各担当部署に指示して実行す
るというかたちで株式会社Aの事業を遂行してきたものであるから,確実な返済の
見通しもないのに,株式会社Aの経営の行き詰まりを同社の事業資金とは全く異な
るグループ会社社員の福利厚生団体の預金をその目的外に用いて切り抜けようとし
たことに酌量すべき点は見出しがたいというべきである。
その態様をみると,D会の預金を株式会社Aに入金したことを分かりにくくする
ため,いったん自己宛小切手に取り組んだ上,直ちに同支店に開設された有限会社
B名義の普通預金口座に入金するという巧妙なものである。また,被害金額は3億
2000万円と非常に高額に上り,多数の社員の福利厚生のために長年にわたって
その給与の中から積み立てられてきたD会の資金のほとんどが流出してしまってお
り,結果は非常に重大である。現時点に至るまでその返還は全くなされておらず,
被告人が代表取締役を解任されて間もなく株式会社Aが破産していることや被告人
の経済状況に照らすとその見込みも立たない状況にある。
被告人が本件において果たした役割についてみるに,なるほど,被告人に対して
D会の資金がある旨報告したのはYであり,預金操作等の実行行為はY及びZが分
担して行ったものといえるが,Yは,資金繰りに苦慮している被告人に対し,「D
会の金があります」と述べたにとどまり,積極的にD会の預金を流用することまで
をも勧めたとみることはできないし,むしろ,これを流用する意向を示した被告人
に対し,わざわざD会の金は営業資金とは異なることを念押しさえしており,あく
まで流用を最終的に決断したのは被告人自身であり,また,それまでのCグループ
内における被告人の経営手法や本件共犯者両名との人的関係からみても,被告人の
指示なくして本件犯行があり得なかったことは明らかであって,被告人は本件にお
いて中心的な立場にあったというべきである。
以上によれば,犯情は悪く,被告人の刑事責任は重いというべきである。
そうすると,被告人において思い通りに資金繰りがつかず,解約返戻金の支払を
先延ばしできない状況下で,軽率とのそしりは免れないものの株式会社Aの存続を
図ろうとして本件に及んだ心情は全く理解できないわけではないこと,被告人が本
件の外形的事実関係については認め,それなりの反省の言葉を口にしていること,
被告人には古い罰金前科が1件あるにとどまることなど,被告人のために酌むべき
事情を十分考慮しても,被告人に対しては,主文の実刑をもって臨むのが相当であ
る。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑・懲役5年)
平成21年8月26日
大阪地方裁判所第3刑事部
裁判長裁判官樋口裕晃
裁判官小野寺明
裁判官能宗美和

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛