弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人秋山幹男、同鈴木五十三、同喜田村洋一、同三宅弘、同山岸和彦の上
告理由について
 一 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
 上告人は、米国ワシントン州弁護士の資格を有する者で、国際交流基金の特別研
究員として我が国における証券市場及びこれに関する法的規制の研究に従事し、右
研究の一環として、昭和五七年一〇月以来、東京地方裁判所における被告人Dに対
する所得税法違反被告事件の各公判期日における公判を傍聴した。右事件を担当す
る裁判長(以下「本件裁判長」という。)は、各公判期日において傍聴人がメモを
取ることをあらかじめ一般的に禁止していたので、上告人は、各公判期日に先立ち
その許可を求めたが、本件裁判長はこれを許さなかつた。本件裁判長は、司法記者
クラブ所属の報道機関の記者に対しては、各公判期日においてメモを取ることを許
可していた。
 二 憲法八二条一項の規定は、裁判の対審及び判決が公開の法廷で行われるべき
ことを定めているが、その趣旨は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行われるこ
とを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとすること
にある。
 裁判の公開が制度として保障されていることに伴い、各人は、裁判を傍聴するこ
とができることとなるが、右規定は、各人が裁判所に対して傍聴することを権利と
して要求できることまでを認めたものでないことはもとより、傍聴人に対して法廷
においてメモを取ることを権利として保障しているものでないことも、いうまでも
ないところである。
 三1 憲法二一条一項の規定は、表現の自由を保障している。そうして、各人が
自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会をもつことは、そ
の者が個人として自己の思想及び人格を形成、発展させ、社会生活の中にこれを反
映させていく上において欠くことのできないものであり、民主主義社会における思
想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あるものたらし
めるためにも必要であつて、このような情報等に接し、これを摂取する自由は、右
規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるところである(
最高裁昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五
号七九三頁参照)。市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「人権規約」と
いう。)一九条二項の規定も、同様の趣旨にほかならない。
 2 筆記行為は、一般的には人の生活活動の一つであり、生活のさまざまな場面
において行われ、極めて広い範囲に及んでいるから、そのすべてが憲法の保障する
自由に関係するものということはできないが、さまざまな意見、知識、情報に接し、
これを摂取することを補助するものとしてなされる限り、筆記行為の自由は、憲法
二一条一項の規定の精神に照らして尊重されるべきであるといわなければならない。
 裁判の公開が制度として保障されていることに伴い、傍聴人は法廷における裁判
を見聞することができるのであるから、傍聴人が法廷においてメモを取ることは、
その見聞する裁判を認識、記憶するためになされるものである限り、尊重に値し、
故なく妨げられてはならないものというべきである。
 四 もつとも、情報等の摂取を補助するためにする筆記行為の自由といえども、
他者の人権と衝突する場合にはそれとの調整を図る上において、又はこれに優越す
る公共の利益が存在する場合にはそれを確保する必要から、一定の合理的制限を受
けることがあることはやむを得ないところである。しかも、右の筆記行為の自由は、
憲法二一条一項の規定によつて直接保障されている表現の自由そのものとは異なる
ものであるから、その制限又は禁止には、表現の自由に制約を加える場合に一般に
必要とされる厳格な基準が要求されるものではないというべきである。
 これを傍聴人のメモを取る行為についていえば、法廷は、事件を審理、裁判する
場、すなわち、事実を審究し、法律を適用して、適正かつ迅速な裁判を実現すべく、
裁判官及び訴訟関係人が全神経を集中すべき場であつて、そこにおいて最も尊重さ
れなければならないのは、適正かつ迅速な裁判を実現することである。傍聴人は、
裁判官及び訴訟関係人と異なり、その活動を見聞する者であつて、裁判に関与して
何らかの積極的な活動をすることを予定されている者ではない。したがつて、公正
かつ円滑な訴訟の運営は、傍聴人がメモを取ることに比べれば、はるかに優越する
法益であることは多言を要しないところである。してみれば、そのメモを取る行為
がいささかでも法廷における公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げる場合には、それが
制限又は禁止されるべきことは当然であるというべきである。適正な裁判の実現の
ためには、傍聴それ自体をも制限することができるとされているところでもある(
刑訴規則二〇二条、一二三条二項参照)。
 メモを取る行為が意を通じた傍聴人によつて一斉に行われるなど、それがデモン
ストレーシヨンの様相を呈する場合などは論外としても、当該事件の内容、証人、
被告人の年齢や性格、傍聴人と事件との関係等の諸事情によつては、メモを取る行
為そのものが、審理、裁判の場にふさわしくない雰囲気を醸し出したり、証人、被
告人に不当な心理的圧迫などの影響を及ぼしたりすることがあり、ひいては公正か
つ円滑な訴訟の運営が妨げられるおそれが生ずる場合のあり得ることは否定できな
い。
 しかしながら、それにもかかわらず、傍聴人のメモを取る行為が公正かつ円滑な
訴訟の運営を妨げるに至ることは、通常はあり得ないのであつて、特段の事情のな
い限り、これを傍聴人の自由に任せるべきであり、それが憲法二一条一項の規定の
精神に合致するものということができる。
 五1 法廷を主宰する裁判長(開廷をした一人の裁判官を含む。以下同じ。)に
は、裁判所の職務の執行を妨げ、又は不当な行状をする者に対して、法廷の秩序を
維持するため相当な処分をする権限が付与されている(裁判所法七一条、刑訴法二
八八条二項)。右の法廷警察権は、法廷における訴訟の運営に対する傍聴人等の妨
害を抑制、排除し、適正かつ迅速な裁判の実現という憲法上の要請を満たすために
裁判長に付与された権限である。しかも、裁判所の職務の執行を妨げたり、法廷の
秩序を乱したりする行為は、裁判の各場面においてさまざまな形で現れ得るもので
あり、法廷警察権は、右の各場面において、その都度、これに即応して適切に行使
されなければならないことにかんがみれば、その行使は、当該法廷の状況等を最も
的確に把握し得る立場にあり、かつ、訴訟の進行に全責任をもつ裁判長の広範な裁
量に委ねられて然るべきものというべきであるから、その行使の要否、執るべき措
置についての裁判長の判断は、最大限に尊重されなければならないのである。
 2 裁判所法七一条、刑訴法二八八条二項の各規定により、法廷において裁判所
の職務の執行を妨げ、又は不当な行状をする者に対し、裁判長が法廷の秩序を維持
するため相当な処分をすることが認められている以上、裁判長は、傍聴人のメモを
取る行為といえども、公正かつ円滑な訴訟の運営の妨げとなるおそれがある場合は、
この権限に基づいて、当然これを禁止又は規制する措置を執ることができるものと
解するのが相当であるから、実定法上、法廷において傍聴人に対してメモを取る行
為を禁止する根拠となる規定が存在しないということはできない。
 また、人権規約一九条三項の規定は、情報等の受領等の自由を含む表現の自由に
ついての権利の行使に制限を課するには法律の定めを要することをいうものである
から、前示の各法律の規定に基づく法廷警察権による傍聴人のメモを取る行為の制
限は、何ら人権規約の右規定に違反するものではない。
 3 裁判長は傍聴人がメモを取ることをその自由に任せるべきであり、それが憲
法二一条一項の規定の精神に合致するものであることは、前示のとおりである。裁
判長としては、特に具体的に公正かつ円滑な訴訟の運営の妨げとなるおそれがある
場合においてのみ、法廷警察権によりこれを制限又は禁止するという取扱いをする
ことが望ましいといわなければならないが、事件の内容、傍聴人の状況その他当該
法廷の具体的状況によつては、傍聴人がメモを取ることをあらかじめ一般的に禁止
し、状況に応じて個別的にこれを許可するという取扱いも、傍聴人がメモを取るこ
とを故なく妨げることとならない限り、裁判長の裁量の範囲内の措置として許容さ
れるものというべきである。
 六 本件裁判長が、各公判期日において、上告人に対してはメモを取ることを禁
止しながら、司法記者クラブ所属の報道機関の記者に対してはこれを許可していた
ことは、前示のとおりである。
 憲法一四条一項の規定は、各人に対し絶対的な平等を保障したものではなく、合
理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であつて、それぞれの事実上の差異
に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら右
規定に違反するものではないと解すべきである(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五
号同六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁等参照)とともに、報
道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判
断の資料を提供するものであつて、事実の報道の自由は、表現の自由を定めた憲法
二一条一項の規定の保障の下にあることはいうまでもなく、このような報道機関の
報道が正しい内容をもつためには、報道のための取材の自由も、憲法二一条の規定
の精神に照らし、十分尊重に値するものである(最高裁昭和四四年(し)第六八号
同年一一月二六日大法廷決定・刑集二三巻一一号一四九〇頁)。
 そうであつてみれば、以上の趣旨が法廷警察権の行使に当たつて配慮されること
があつても、裁判の報道の重要性に照らせば当然であり、報道の公共性、ひいては
報道のための取材の自由に対する配慮に基づき、司法記者クラブ所属の報道機関の
記者に対してのみ法廷においてメモを取ることを許可することも、合理性を欠く措
置ということはできないというべきである。
 本件裁判長において執つた右の措置は、このような配慮に基づくものと思料され
るから、合理性を欠くとまでいうことはできず、憲法一四条一項の規定に違反する
ものではない。
 七1 原審の確定した前示事実関係の下においては、本件裁判長が法廷警察権に
基づき傍聴人に対してあらかじめ一般的にメモを取ることを禁止した上、上告人に
対しこれを許可しなかつた措置(以下「本件措置」という。)は、これを妥当なも
のとして積極的に肯認し得る事由を見出すことができない。上告人がメモを取るこ
とが、法廷内の秩序や静穏を乱したり、審理、裁判の場にふさわしくない雰囲気を
醸し出したり、あるいは証人、被告人に不当な影響を与えたりするなど公正かつ円
滑な訴訟の運営の妨げとなるおそれがあつたとはいえないのであるから、本件措置
は、合理的根拠を欠いた法廷警察権の行使であるというべきである。
 過去においていわゆる公安関係の事件が裁判所に多数係属し、荒れる法廷が日常
であつた当時には、これらの裁判の円滑な進行を図るため、各法廷において一般的
にメモを取ることを禁止する措置を執らざるを得なかつたことがあり、全国におけ
る相当数の裁判所において、今日でもそのような措置を必要とするとの見解の下に、
本件措置と同様の措置が執られてきていることは、当裁判所に顕著な事実である。
しかし、本件措置が執られた当時においては、既に大多数の国民の裁判所に対する
理解は深まり、法廷において傍聴人が裁判所による訴訟の運営を妨害するという事
態は、ほとんど影をひそめるに至つていたこともまた、当裁判所に顕著な事実であ
る。
 裁判所としては、今日においては、傍聴人のメモに関し配慮を欠くに至つている
ことを率直に認め、今後は、傍聴人のメモを取る行為に対し配慮をすることが要請
されることを認めなければならない。
 もつとも、このことは、法廷の秩序や静穏を害したり、公正かつ円滑な訴訟の運
営に支障を来したりすることのないことを前提とするものであることは当然であつ
て、裁判長は、傍聴人のいかなる行為であつても、いやしくもそれが右のような事
態を招くものであると認めるときには、厳正かつ果断に法廷警察権を行使すべき職
務と責任を有していることも、忘れられてはならないであろう。
 2 法廷警察権は、裁判所法七一条、刑訴法二八八条二項の各規定に従つて行使
されなければならないことはいうまでもないが、前示のような法廷警察権の趣旨、
目的、更に遡つて法の支配の精神に照らせば、その行使に当たつての裁判長の判断
は、最大限に尊重されなければならない。したがつて、それに基づく裁判長の措置
は、それが法廷警察権の目的、範囲を著しく逸脱し、又はその方法が甚だしく不当
であるなどの特段の事情のない限り、国家賠償法一条一項の規定にいう違法な公権
力の行使ということはできないものと解するのが相当である。このことは、前示の
ような法廷における傍聴人の立場にかんがみるとき、傍聴人のメモを取る行為に対
する法廷警察権の行使についても妥当するものといわなければならない。
 本件措置が執られた当時には、法廷警察権に基づき傍聴人がメモを取ることを一
般的に禁止して開廷するのが相当であるとの見解も広く採用され、相当数の裁判所
において同様の措置が執られていたことは前示のとおりであり、本件措置には前示
のような特段の事情があるとまではいえないから、本件措置が配慮を欠いていたこ
とが認められるにもかかわらず、これが国家賠償法一条一項の規定にいう違法な公
権力の行使に当たるとまでは、断ずることはできない。
 八 以上説示したところと同旨に帰する原審の判断は、結局これを是認すること
ができる。原判決に所論の違憲、違法はなく、論旨は、いずれも採用することがで
きない。
 よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官四ツ谷巖の
意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
 裁判官四ツ谷巖の意見は、次のとおりである。
 私は、本件上告を棄却すべきであるとする多数意見の結論には同調するが、その
結論にいたる説示には同調することができないので、私の見解を明らかにしておき
たい。
 一1 憲法八二条一項の規定の趣旨は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行わ
れることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとす
ることにあつて、各人に裁判所に対して傍聴することを権利として要求できること
までを認めたものでないことはもとより、傍聴人に対して法廷においてメモを取る
ことを権利として保障しているものでもないことは、多数意見の説示するとおりで
あり、右規定の要請を満たすためには、各法廷を物的に傍聴可能な状態とし、不特
定の者に対して傍聴のための入廷を許容し、その者がいわゆる五官の作用によつて、
裁判を見聞することを妨げないことをもつて足りるものといわなければならない。
 2 憲法二一条一項の規定は、表現の自由を保障している。そうして、多数意見
は、各人が自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する自由は、右
規定の趣旨、目的からいわばその派生原理として当然に導かれるところであり、筆
記行為も、情報等の摂取を補助するものとしてなされる限り、右規定の精神に照ら
して尊重されるべきであるとし、更に傍聴人が法廷においてメモを取ることも、見
聞する裁判を認識、記憶するためになされるものである限り、尊重に値すると説示
する。情報等を摂取する自由及び筆記行為の自由についての説示は、一般論として
は、正にそのとおりであろう。しかしながら、傍聴人のメモに関する説示には、賛
同することができない。
 法廷は、いわゆる公共の場所ではなく、事件を審理、裁判するための場であるこ
とは、いうまでもない。したがつて、そこにおいては、冷静に真実を探究し、厳正
に法令を適用して、適正かつ迅速な裁判を実現することが最優先されるべきである。
法廷を主宰する裁判長に、法廷警察権が付与されているのも、訴訟の運営に対する
妨害を抑制、排除して、常に法廷を審理、裁判にふさわしい場として維持し、適正
かつ迅速な裁判の実現という憲法上の要請を満たすためにほかならない。そうして、
このような法廷警察権の趣旨、目的及び裁判権を行使するに当たつての裁判官の憲
法上の地位、権限に照らせば、法廷警察権の行使は、専ら裁判の進行に全責任を負
う裁判長の裁量に委ねられているものというべきであり、傍聴人の行為も、裁判長
の裁量によつて規制されて、然るべきものである。メモを取る行為も、その例外で
はない。そうすると、裁判長は、その裁量により、傍聴人がメモを取ることを禁止
することができ、その結果、傍聴人は法廷において情報等を摂取する自由を十全に
享受することができないこととなるが、法廷は前示のとおり審理、裁判のための場
であること、並びに、傍聴人は、その自由な意思によつて、裁判長の主宰の下に裁
判が行われる法廷に入り、裁判官及び訴訟関係人の活動を見聞するにすぎない立場
にあることにかんがみれば、これをもつて憲法二一条の規定に違背するといえない
ことはもちろん、その精神に違背するということもできない。
 多数意見が引用する最高裁昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法
廷判決・民集三七巻五号七九三頁は、その意に反して拘置所に拘束されている未決
拘禁者の新聞閲読の自由について判示するものであつて、傍聴人がこのように公権
力によりその意に反して拘束されている者とその立場を異にする者であることは、
前示のとおりであるし、また、未決拘禁者は、新聞を閲読できないことにより、そ
れによる情報等の摂取が全く不可能となるのに対し、傍聴人は、法廷においてメモ
を禁止されても、そこにおける五官の作用によつての情報等の摂取それ自体は、何
ら妨げられていないのである。
 なお、人権規約一九条二項の規定の趣旨は、憲法の右規定のそれと異なるところ
はないから、傍聴人のメモを禁止しても、それが人権規約の右規定ないしその精神
に違背するということはできないし、また法廷警察権に基づいて傍聴人のメモを禁
止することが、人権規約一九条三項の規定に違反するものでないことは、多数意見
の説示するとおりである。
 3 以上のとおり、傍聴人の法廷におけるメモを許容することが要請されている
とすべき憲法その他法令上の根拠は、これを見出すことができない。
 してみれば、傍聴人が法廷においてメモを取る自由は、法的に保護された利益と
までいうことはできず、上告人の本訴請求は、その余の点について判断するまでも
なく、失当であり、これを棄却すべきものとした原判決は結局正当であつて、本件
上告は棄却されるべきである。
 二 この機会に、傍聴人の法廷におけるメモをその自由に任せることの当否につ
いて、付言する。
 傍聴人のメモをその自由に任せるべきことが、憲法その他法令上要請されていな
いとしても、もしそれが一般的に公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げるおそれがない
とするならば、特段の事情のない限り、これをその自由に任せることとするのも、
一つの在り方であろう。
 しかしながら、法廷は真実を探究する場であることは前示のとおりであるから、
最も配慮されなければならないことは、法廷を真実が現れ易い場としておくことで
あるところ、法廷において傍聴人がメモを取つていた場合、たとえそれが静穏にな
されていて、法廷の秩序を乱すことがないとしても、証人や被告人に微妙な心理的
影響を与え、真実を述べることを躊躇させるおそれなしとしないのである。そうし
て、そのような影響の有無は、多くの場合、事前に予測することは困難ないし不可
能に近く、しかも、そのために法廷に真実が現れなかつた場合には、当該事件の裁
判にも取り返しのつかない影響を及ぼすこととなつてしまうことは多言を要しない。
また、影響は、必ずしも証人や被告人に対してばかりではない。傍聴人がメモを取
つている法廷においては、厳粛であるべきその雰囲気が乱されるなどし、ために、
心を集中すべき真実の探求に支障を生ずるおそれがないわけではないことにも、思
いを致すべきであろう。
 次に、法廷の情況を記述した文書が、傍聴人が法廷において取つたメモに基づい
て作成したものとして、頒布された場合には、それが不正確なものであつたとして
も、世人に対しあたかもその内容が真実であるかのような印象を与え、疑惑を招き
かねないし、このような事態を事前に防止することは不可能というべきであり、し
かも一旦世人に与えられた印象は、容易に払拭することができないのである。右の
ような弊害を招かないためには、法廷の情況に関する報道は、原則として司法記者
クラブ所属の報道機関によつてなされることとするのが相当であり、右クラブ所属
の報道機関の記者に対してのみ、メモを取ることを許容することも、憲法一四条一
項の規定に違反するものでないことは、多数意見の説示するとおりである。
 更に、前示のように、法廷におけるメモを傍聴人の自由に任せ、メモを取ること
により証人、被告人に心理的影響を与えるおそれがあるか、又は法廷を審理、裁判
にふさわしい場として保持できないおそれがある場合においてのみ、裁判長が法廷
警察権に基づきこれを禁止する措置を講ずることとした場合には、私の経験によれ
ば、例外的に禁止の措置を執つた法廷において、その措置をめぐつて紛糾し、円滑
な訴訟の運営が妨げられるに至る危惧が十分にあり、これを防止するためには、各
法廷においてあらかじめ一般的に傍聴人がメモを取ることを禁止し、申出をまつて
裁判長の裁量により個別的にその許否を決することとするのが相当であるというこ
とになるのである。
 したがつて、これまでも、少なからざる裁判長が、傍聴人のメモにつきいわゆる
許可制を採用し、傍聴人がメモを取ることを一般的に禁止した上、それを希望する
傍聴人から申出があるときは、その傍聴の目的、証人、被告人の年齢、性格、当該
事件の内容、当該公判期日に予定されている手続等を考慮して、メモを取ることに
よる弊害のおそれの有無を判断し、そのおそれがないと認められる場合に限り、こ
れを許容するという措置を執つてきているが、私は、現時点における法廷の実状か
らすれば、このような措置を執つていくことが一つの妥当な方策ではないかと考え
る。この許否を決するに当たつては、当該傍聴人のメモを取ろうとする目的など、
その個別的事情についても十分に配慮すべきであることはいうまでもない。
 三 裁判、特に刑事裁判は、厳粛な雰囲気に包まれた法廷において行われてこそ、
その使命を十分に果たすことができ、ひいては裁判に対する世人の信頼をも確保す
ることができるのである。裁判長は、傍聴人等の行為が法廷の秩序や静穏を害した
り、公正かつ円滑な訴訟の運営に支障をきたすものであると認めるときは、厳正か
つ果断に法廷警察権を行使すべき職務と責任を有していることは、多数意見も説示
するとおりである。私は、今日に至るまで、いわゆる荒れる法廷を担当した各裁判
長をはじめとし、多くの裁判長が、この法廷警察権の適切な行使によつて、法廷の
秩序とその厳粛な雰囲気を維持し、公正かつ円滑な訴訟の運営に対する支障を排除
してきているものと考えるし、今後もまたそれを期待するものである。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    矢   口   洪   一
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    牧       圭   次
            裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    角   田   禮 次 郎
            裁判官    島   谷   六   郎
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    大   内   恒   夫
            裁判官    香   川   保   一
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    佐   藤   哲   郎
            裁判官    四 ツ 谷       巖
            裁判官    奧   野   久   之
            裁判官    貞   家   克   己
            裁判官    大   堀   誠   一

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