弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人豊田悌助、同馬越節郎の上告理由第一点について。
 原判決によれば、本件建物の賃貸借契約は昭和三五年八月二日解約申入によつて
終了したというのであるから、被上告人らの不法占拠を理由として、昭和三〇年一
〇月一日以降本件建物明渡済まで一ケ月四万円の損害金の支払を求める上告人の請
求のうち、昭和三〇年一〇月一日以降昭和三五年八月二日までの、本件建物の賃貸
借契約の存在する期間につき、損害金の支払を求める部分が失当であることは明ら
かであり、原判決も判文上この理を明瞭に説示している(原判決理由七参照)。し
かし、原判決は、上告人の前掲金員請求のうち昭和三五年四月一日から同年八月二
日までの期間内の分は、上告人において「賃料としても請求していると認められな
いではない」と解し、これを肯認すべきものと判示しており、この判断は是認でき
ないわけではない。
 原判決は、以上の理由説示の下に、主文第一、二項において、第一審判決主文第
一項中昭和三〇年一〇月一日以降昭和三五年三月末日まで一ヶ月四万円の金員の支
払を命じた部分を取消し、該金員の請求を棄却する旨判決したのであつて、その間、
なんら論旨のような理由不備の違法はなく、所論は採るを得ない。
 同第二点、第三点について。
 上告人は、本訴において、昭和三〇年九月三〇日に本件建物の賃貸借契約が存続
期間の満了によつて終了し、爾後被上告人らは不法に本件建物を占拠して、上告人
に損害を被らせていると主張し、損害金として、昭和三〇年一〇月一日以降建物明
渡済まで一ケ月四万円の割合による金員の支払を請求するものであるが、それと同
時に、仮りに本件建物の賃貸借契約が昭和三〇年一〇月一日以降期間の定めのない
契約として更新されたとしても、上告人が本件建物明渡請求訴訟を提起し、これを
維持することによつて右契約の解約の申入をなす旨の意思表示をなしたから、これ
により契約は終了した旨黙示的に主張していると解されないわけではなく、右後段
の主張を前提として考えるならば、次に述べるところと異なる解釈をしなければな
らない特段の事情が認められない限りは、前記金員の支払請求は、賃貸借契約が解
約申入によつて終了した以前の分は賃料として、契約終了の翌日以降の分は損害金
として、その支払を求める趣意と解するのが相当であるといわなければならない。
 しかるに、本件において、被上告人らが賃料名義で供託した昭和三三年八月分な
いし昭和三五年三月分までの供託金合計八〇万円を上告人が還付を受けた事実は原
審の認定したところであり、さらに、被上告人らが昭和三〇年一〇月分ないし昭和
三三年七月分までの賃料として金員を弁済供託した事実を上告人において自認して
いることが記録上看取できるのであり、このように適法な賃料の供託があり、上告
人がすでに供託金の還付を受け、または、将来還付を受け得る地位にあるときは、
当該賃料債権はすでに実質的な満足を得、または、訴訟を待つまでもなく簡易迅速
に満足を得べき状態にあるのであるから、上告人としては、昭和三〇年一〇月一日
以降昭和三五年三月末日までの期間内の金員は、本訴により、賃料としてその支払
を求める意思を有するものではないと解されるのであつて、右の事実関係はまさに
前記特段の事情の認められる場合に該当するのである(論旨は第三点中で、被上告
人らが昭和三〇年一〇月分から昭和三三年七月分までの賃料供託金一三六万円を取
り戻してしまつたと述べているが、この点は記録上明らかでないから、上告人の請
求の趣意を解釈する資料とはなし難い。)。されば、原審が、上記昭和三〇年一〇
月一日以降昭和三五年三月末日までの期間内の金員請求は、もつぱら損害金として
の請求のみであつて、賃料請求の趣旨を含むものではないと解し、右期間内はいま
だ賃貸借契約が存続中であるから不法占拠による損害金の債権は発生し得ないとい
う見地から該金員請求を棄却したことは正当であり、この間所論第三点において主
張するような審理不尽、釈明権不行使の違法は認められない。しかして、上告人の
金員請求のうち昭和三五年四月一日以降同年八月二日までの期間内の分は、特段の
事情が認められない以上、賃料請求の趣旨を含むものと解すべきこと冒頭に説示し
たとおりであるから、原審がこれを、上告人において賃料として請求していると認
められないではないとし、請求を認容すべきものと判断したことは正当である。
 右の次第であるから、原判決が上告人の金員請求のうち、そのある部分を損害金
としてのみならず賃料としても請求するものと解し、他の部分はもつぱら損害金と
しての請求のみであると解釈したのは、それぞれ相当の理由、根拠に基づいて上告
人の請求の趣意とするところを審究した結果であつて正当というべく、この点に関
し原判決の理由そごを主張する所論は採用できない。
 同第四点について。
 所論(1)引用の原判示中錯誤とあるのは民法九五条にいう錯誤を意味するもの
ではなく、過失と同趣旨に用いられたものであることは判文上窺い得るところであ
り、所論(2)にいう原判決理由欄の項目の表示「六」「七」はそれぞれ「五」「
六」の誤記であることが明白であつて、いずれも判決に影響を及ぼすことの明らか
な法令違背とは認められず、上告適法の理由に当らない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のと
おり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎
 裁判官斎藤朔郎は死亡につき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    入   江   俊   郎

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