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平成30年11月9日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成29年(ワ)第17791号特許権侵害行為差止等請求事件
口頭弁論終結日平成30年9月14日
判決
原告タカハタプレシジョン株式会社5
同訴訟代理人弁護士小宮司
小宮清
熊崎誠実
多田津雪
小宮憲10
小宮圭香
被告株式会社Toshin
被告笛吹精工株式会社
被告ら訴訟代理人弁護士鮫島正洋
山口建章15
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求20
1被告らは,別紙被告ら物件目録1記載のマグネット歯車及び同歯車を使用し
た同目録2記載の流量計用指針ユニットを製造し,販売し,若しくは販売の申
出をしてはならない。
2被告らは,その本店,営業所及び工場に存する別紙被告ら物件目録1記載の
マグネット歯車及び同歯車を使用した同目録2記載の流量計用指針ユニット並25
びにそれら半製品(同目録1記載のマグネット歯車又は同歯車を使用した同目
録2記載の流量計指針ユニットの構造を具備しているが,製品として完成して
いないもの)を廃棄せよ。
3被告らは,別紙被告ら物件目録1記載のマグネット歯車及び同歯車を使用し
た同目録2記載の流量計用指針ユニットに係る侵害行為に供した別紙設備目録
1ないし8記載の各設備を除去せよ。5
4被告らは,原告に対し,連帯して5830万円及びこれに対する平成29年
6月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5訴訟費用は被告らの負担とする。
6仮執行宣言
第2事案の概要10
1本件は,発明の名称を「マグネット歯車及びその製造方法,これを用いた流
量計」とする特許第5554433号(以下「本件特許」という。)に係る特
許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が,被告株式会社Tosh
in(以下「被告Toshin」という。)の製造委託を受けて被告笛吹精工
株式会社(以下「被告笛吹精工」という。)が製造を行っている別紙被告ら物15
件目録1記載のマグネット歯車(以下「被告マグネット歯車」という。)を製
造等する行為は本件特許権を侵害すると主張して,特許法100条1項及び2
項に基づき,被告らに対し,被告マグネット歯車及び同部品を使用している被
告ら物件目録2記載の流量計用指針ユニット(以下「被告ユニット」といい,
被告マグネット歯車と被告ユニットを併せて「被告製品」という。)の製造等20
の差止め,被告製品の完成品及び半製品の廃棄を求め,民法709条に基づき,
損害賠償金5830万円及びこれに対する不法行為後である平成29年6月9
日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅
延損害金の支払を求める事案である。
2前提事実(当事者間に争いのない事実又は文中に掲記した証拠及び弁論の全25
趣旨により認定できる事実。なお,本判決を通じ,証拠を摘示する場合には,
特に断らない限り,枝番を含むものとする。)
(1)当事者
ア原告は,計器部品等の製造,販売等を目的とする株式会社である。
イ被告Toshinは,精密加工製品及び通信機器の製造,販売等を目的
とする株式会社である。5
ウ被告笛吹精工は,プラスチック製品等の企画,設計,製造,販売等を目
的とする株式会社である。被告笛吹精工の代表者は,昭和62年に原告に
入社し,平成22年に原告を退社した。
(2)原告の特許権
原告は,以下の本件特許権を有している。10
登録番号第5554433号
発明の名称マグネット歯車及びその製造方法,これを用いた流量計
出願日平成25年4月5日
登録日平成26年6月6日
(3)特許請求の範囲の記載15
本件特許に係る特許請求の範囲における請求項1(以下,単に「請求項1」
という。)の記載は以下のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本
件発明」といい,本件特許出願の願書に添付した明細書を,図面も含めて「本
件明細書」(甲5)という。)。
【請求項1】20
「回転軸線を有する軸部,前記軸部の一端側の外周面に複数の歯を有し,
噛みあう相手歯車に回転を伝達する歯部,前記軸部の他端側に軸線方向に突
設されたカシメ用突起,からなる樹脂製の歯車と,前記歯車と一体的に回転
するマグネット部材と,からなり,前記マグネット部材が貫通孔を有し,前
記軸部の他端側に前記貫通孔を挿通させると共に,前記貫通孔から突出した25
前記カシメ用突起の突出部を前記マグネット部材の挿通側から熱カシメして,
前記軸部の回転軸線方向に移動可能に間隙を確保して保持された,ことを特
徴とするマグネット歯車」
(4)構成要件の分説
本件発明の構成要件は,以下のとおり分説できる。
A回転軸線を有する軸部,5
B前記軸部の一端側の外周面に複数の歯を有し,噛みあう相手歯車に回転
を伝達する歯部,
C前記軸部の他端側に軸線方向に突設されたカシメ用突起,からなる樹脂
製の歯車と,
D前記歯車と一体的に回転するマグネット部材と,からなり,10
E前記マグネット部材が貫通孔を有し,前記軸部の他端側に前記貫通孔を
挿通させると共に,前記貫通孔から突出した前記カシメ用突起の突出部を
前記マグネット部材の挿通側から熱カシメして,前記軸部の回転軸線方向
に移動可能に間隙を確保して保持された,
Fことを特徴とするマグネット歯車15
(5)被告笛吹精工は,遅くとも平成29年1月頃の時点で,被告Toshin
から製造委託を受けて,被告マグネット歯車及びこれを組み込んだ被告ユニ
ットを製造し,被告Toshinに同ユニットを販売した。
被告Toshinは,被告マグネット歯車が組み込まれた被告ユニットを
前澤給装工業株式会社及び株式会社阪神計器製作所(以下「阪神計器」とい20
う。)に対して販売した(なお,被告らは,被告製品が被告らの製造,販売
した製品であるかどうか不明であるとするが,証拠(甲6~10,13)に
よれば,被告製品は被告らの製造,販売に係るものであると認められる。)。
(6)被告らは,平成29年7月20日,原告(当時の商号は「高畑精工株式会
社)が平成21年頃に製造し,東京都水道局に納入した水道メータ10台を25
借り受け,同年8月3日,同水道メータのうち2台の水道メータ(「器物番
号08-646432,製造業者:高畑精工(株),型式番号L9910号
21」の水道メータ(以下「原告メータ1」という。)及び「器物番号08
-646437,製造業者:高畑精工(株),型式番号L9910号21」
の水道メータ(以下「原告メータ2」という。)からマグネット歯車(以下
「原告マグネット歯車」という。)を取り出した。(乙1,2)5
(7)原告は,被告製品の構成が別紙被告ら物件等説明書記載のとおりと主張す
るのに対し,被告らは,後記のとおり,その一部(構成要件C及びEの一部
に関する部分)の構成は不明であるとして否認している。
3争点
(1)構成要件充足性(構成要件A,B,D,Fの充足性については当事者間に10
争いがない。)
ア構成要件Cの充足性(争点1-1)
イ構成要件Eの充足性(争点1-2)
(2)無効理由の有無
ア特許法29条1項1号又は2号違反の無効理由の有無(争点2-1)15
イ明確性要件違反の有無(争点2-2)
(3)損害額(争点3)
第3当事者の主張
1構成要件充足性
(1)構成要件Cの充足性(争点1-1)20
〔原告の主張〕
被告マグネット歯車は,軸部の他端側に軸線方向に突設されたカシメ用突
起からなる樹脂製の歯車であるから,構成要件Cを充足する。
被告マグネット歯車の軸部のうち,球R部が形成されている側(軸部の他
端側)の端部には,樹脂で形成される端部の一部が,球R部から離れる方向25
(外側)に折り返される形で,軸部の端部の全周にわたって張り出している。
この折り返し部の形状や,同部分の表面に生じたカシメしわなどからすれば,
この折り返し部は,熱カシメ(加熱して軟化させ,圧力をかけて変形させる
こと)によって折り返されて形成されたものであると考えられる。そうする
と,軸部の他端側において,熱カシメすることにより折り返し部を形成する
ことが可能な突起(カシメ用突起)が,熱カシメ前において,軸部の端部の5
全周にわたって回転軸線方向に突き出した状態で設けられていたことは明ら
かである。
〔被告らの主張〕
争う。証拠(甲6~8)からは被告マグネット歯車が構成要件Cを備える
かどうか明らかではない(なお,これに伴い,別紙「被告ら物件等説明書」10
の該当部分も否認する。)。
(2)構成要件Eの充足性(争点1-2)
〔原告の主張〕
被告マグネット歯車は,以下のとおり,構成要件Eを充足する。
被告マグネット歯車の樹脂製の歯車のフランジ部分に保持されているマグ15
ネットは,その中心部分に貫通孔を有しており,その貫通孔には,軸部の他
端側が挿通されているので,構成要件Eの「前記マグネット部材が貫通孔を
有し,前記軸部の他端側に前記貫通孔を挿通させると共に,」との構成を備
える。
また,被告マグネット歯車が,同構成要件の「前記貫通孔から突出した前20
記カシメ用突起の突出部を前記マグネット部材の挿通側から熱カシメして,」
との構成を備えることは,上記(1)記載のとおりである。
さらに,被告マグネット歯車は,回転軸方向に振動させると「カチカチ」
という音がするので,軸部の回転軸線方向に間隙が確保され,マグネットが
軸部の回転軸方向に移動可能に保持されていることは明らかである。これに25
よれば,同歯車は,同構成要件の「前記軸部の回転軸線方向に移動可能に間
隙を確保して保持された,」との構成を備えている。
〔被告らの主張〕
争う。証拠(甲6~8)からは被告マグネット歯車が構成要件Eを備える
かどうか明らかではない(なお,これに伴い,別紙「被告ら物件等説明書」の
該当部分も否認する。)。5
2無効理由の有無
(1)特許法29条1項1号又は2号違反の無効理由の有無(争点2-1)につ
いて
〔被告らの主張〕
原告は,本件特許出願日(平成25年4月5日)より前である平成21年10
頃に,原告マグネット歯車が組み込まれた接線流羽根車複箱乾式デジタル表
示メータ2台(原告メータ1及び2。以下,総称するときは「原告各メータ」
という。)を譲渡したところ,同歯車は本件発明と同一の構成を備えている
ので,本件発明は出願前に日本国内において公然実施され又は公然知られた
ものであり,特許法29条1項1号又は2号により無効にされるべきもので15
ある。
ア原告各メータの製造時期
原告各メータの目盛板には「L9910号21」と印字されているが,
このうち「L9910」は型式承認番号を意味し(計量法84条1項),
「21」は「型式商品表示を付した年の表示(同条2項)を意味する。これ20
によれば,原告各メータが平成21年に製造されたことがわかる。
また,原告各メータの樹脂製の蓋には「29.2」と記載されたシールが
貼付されている。これは,検定の有効期限が平成29年2月であることを
示しており,水道メータの検定の有効期間は8年間であるから(乙6),
原告各メータが検定を受けた時期は平成21年2月ということになる。検25
定を受けた水道メータは速やかにユーザーに納入されるので,原告各メー
タは遅くとも同年末までには原告から東京都水道局に納入されている。
イ原告マグネット歯車の構成と本件発明の同一性
原告マグネット歯車は,以下のとおり,本件発明に係る各構成要件と同
一の構成を有している。
(ア)構成要件A5
原告マグネット歯車における樹脂製の本体は,歯車,カシメ軸,フラ
ンジなどから構成されるが,樹脂製の本体における歯車の歯を除いた部
分とフランジを除いた部分は,樹脂製の本体の「軸」となる部分(軸部)
といえる。
したがって,原告メータの樹脂製の本体は,構成要件Aの「回転軸線10
を有する軸部」を備える。
(イ)構成要件Bの「噛みあう相手歯車に回転を伝達する」ことができる複
数の歯とは,歯車形状に並んだ歯のことをいうところ,原告マグネット
歯車の後端側には,歯車形状の歯が形成されている。
したがって,原告マグネット歯車は,構成要件Bの「前記軸部の一端15
側の外周面に複数の歯を有し,噛みあう相手歯車に回転を伝達する歯
部」を備える。
(ウ)構成要件C
原告マグネット歯車の先端側には,マグネット部材の正方形の孔から
通り抜けたところに鍔(折り返し部)が形成されている。同マグネット20
歯車の外観からは,同折り返し部が「カシメ用突起」に当たるかどうか
の判別はできないが,原告が作成した「作業標準」(以下「原告作業標
準」という。乙3)によると,原告はカシメリブを熱カシメする方法に
よりマグネット歯車を製造しているので,同歯車は構成要件Cの同構成
を備えているということができる。25
(エ)構成要件D
原告マグネット歯車においては,カシメ軸をマグネット部材の孔に通
しており,カシメ軸の断面及びマグネット部材の孔はともに正方形であ
って,相対的に回転することができない。
したがって,原告マグネット歯車は,構成要件Dの「前記歯車と一体
的に回転するマグネット部材」を備える。5
(オ)構成要件E
原告マグネット歯車のマグネット部材は,正方形の孔を有しており,
正方形断面のカシメ軸を挿通させているから,構成要件Eの「マグネッ
ト部材が貫通孔を有し,前記軸部の他端側に前記貫通孔を挿通させる」
構成を備えている。10
また,原告マグネット歯車の樹脂製の本体の正方形のカシメ軸の先端
には,鍔(折り返し部)が形成されているところ,原告作業標準による
と,原告マグネット歯車は,「カシメ用突起の突出部を前記マグネット
部材の挿通側から熱カシメ」する方法によりマグネット歯車を製造して
いるということができる。15
さらに,原告マグネット歯車を指先でつまんだ状態で振ると,マグネ
ット部材が動いて「カチャカチャ」という音が聞こえるので,鍔(折り
返し部)とマグネット部材との間には隙間が設けられていることがわか
る。そうすると,原告マグネット歯車は,同構成要件の「軸部の回転軸
線方向に移動可能に間隙を確保して保持された」との構成を有する。20
したがって,原告マグネット歯車は,構成要件Eの構成を備えている。
(カ)構成要件F
原告マグネット歯車は,「マグネット歯車」といえるので,構成要件
Fの構成を備える。
ウ原告の主張(構成要件Eの「間隙」の有無)に対する反論25
(ア)原告は通水実験(以下「原告通水実験」という。)の結果(甲15)
に基づいて,平成21年当時の原告マグネット歯車には軸部の回転軸線
方向に移動可能な間隙はなかったと主張する。
しかし,同実験の「無1」ないし「無5」は間隙がないように製造さ
れたとされているが,全て間隙を有し,特に無2ないし無4は,本件明
細書の段落【0045】に記載されている0.05mm以上の間隙を有5
している。このように,現時点の技術を駆使しても間隙のないマグネッ
ト歯車を製作することはできないのであるから,平成21年当時製造さ
れた原告マグネット歯車は間隙を有していたと推認できる。
また,「無1」及び「有4」については,実験前後で測定箇所が異な
ると考えられ(例えば,写真27と28,写真43と44),測定値に10
疑義がある。また,「無4」,「有2」,「有3」については,実験前
後の数値差が100分の1mm以下となっており,摩耗は生じていない
に等しい。残りのサンプルの数値差の平均をみても,0.025mm程
度である。
さらに,原告各メータの8年間の実際の積算流量は,原告メータ1が15
562.4㎥(乙1の写真41),原告メータ2が420.4㎥(乙1の
写真49)であり,原告の通水実験と比べると流量は5分の1程度にす
ぎないのであるから,原告通水実験の結果の摩耗量についても5分の1
程度になるはずである。
そうすると,原告通水実験から,間隙は経年劣化で生じたものである20
ということはできない。
(イ)原告が保有する熱カシメ機を用いて熱カシメを行う場合には,熱カシ
メホーンを下降させて,熱カシメ用の突起を上から潰した後,熱カシメ
ホーンを反転上昇させると,必ず熱カシメ用の突起が樹脂の応力によっ
て上に若干復元してしまうため,回転軸方向の間隙は常に生じる(乙125
3)。
(ウ)平成13年頃に作成された原告作業標準(乙3,10)の「作業手順
と注意点」欄には「カシメ後,鉄片等を使用しマグネットのガタがある
ことを確認する」,「マグネットに左右のガタツキあること」との記載
がある。これによれば,原告は,同年以降,熱カシメ後に回転軸方向と
直交する方向(左右)にガタつきが生じるように作業工程を管理してい5
たことがわかる。マグネットは,上下方向に間隙がなければ,構造上,
左右に自由に動くことができないので,左右にガタつきが生じるために
は,折り返し部とマグネット部材との間(上下方向)にも間隙を設ける
ことが不可欠である。
また,原告作業標準の「管理点」欄の「自工程のポイント」には「カ10
シメ後の球R先端部からカシメリブ先端までの寸法:0.6~0.9」
との記載がある。原告における熱カシメ量の管理値における上限と下限
には0.3mmの幅があり,最も熱カシメ量が多くなる上限0.9mm
で熱カシメした場合でも左右のガタつきが必須とされているから,最も
熱カシメの量が少なくなる0.6mmのときは回転軸線方向に0.3m15
m以上の間隙が生じていることになる。
(エ)原告は,甲18を提出するとともに,当時は熱カシメを施す目的はマ
グネットをしっかりと固定するためと考えられていたと主張するが,そ
の当時から熱カシメにおいて間隙を設けない場合に追従性が劣ることが
課題となっており,平成4年に東京都水道局が採用したマグネット歯車20
には軸部の回転軸線方向に移動可能な間隙が設けられていた。
原告が提出する甲17には,マグネット及び歯車等の寸法が記載され
ておらず,これはベトナム人工員に対して組立作業における基本的な注
意事項を伝えることを目的とする書類であったと考えられる。また,甲
17には「熱カシメ後の球R部先端から,かしめリブ先端までの寸法h25
は,0.5~0.9とする」との記載があり,これによれば,最も熱カ
シメの量が少なくなるときは,回転軸線方向に0.4mm以上の間隙が
生じることになり,同記載も原告の製造するマグネット歯車に間隙があ
ったことを示している。
(オ)原告は,原告作業標準が原告作成に係るものであることを否認するが,
乙3は阪神計器から,乙10~12は立川プレス工業所から入手したも5
のであり(乙9,13,14),原告が本件特許出願前にこれらの顧客
に交付したものに相違ない。
エ以上のとおり,本件発明は出願前に日本国内において公然実施され又は
公然知られたものであるから(特許法29条1項1号,2号),本件特許
は特許無効審判により無効とされるべきものである。10
〔原告の主張〕
ア原告各メータの製造時期
原告各メータの目盛板に「L9910号21」と印字されていること,
原告各メータの樹脂製の蓋に「29.2」と記載されたシールが貼付されて
いることは認めるが,その製造時期は不知又は否認する。15
イ原告マグネット歯車の構成と本件発明の同一性
原告マグネット歯車が,本件発明の構成要件A,B,C,D及びFを具
備し,さらに,構成要件Eのうち,「前記マグネット部材が貫通孔を有し,
前記軸部の他端側に前記貫通孔を挿通させると共に,前記貫通孔から突出
した前記カシメ用突起の突出部を前記マグネット部材の挿通側から熱カシ20
メして,」との構成を具備していることは認めるが,同構成要件のうち,
「前記軸部の回転軸線方向に移動可能に間隙を確保して保持された,」と
の構成要件を具備していることは,下記ウ記載の理由から否認する。
ウ構成要件Eの「間隙」の有無
(ア)被告らは,原告マグネット歯車が構成要件E「前記軸部の回転軸線方25
向に移動可能に間隙を確保して保持された,」との構成要件を具備して
いると主張するが,原告が平成21年当時において販売していたマグネ
ット歯車には,軸部の回転軸方向に移動可能な間隙は存在しなかった。
マグネット歯車の本体に使用される樹脂は,年月の経過とともに徐々
に収縮するものであり,また,水道メータの指針ユニット内のマグネッ
ト歯車は,断続的あるいは間欠的な流水により高速で回転し,それに伴5
って角軸方向に上下振動もするため,約8年程度の使用により,本体に
使用されるポリアセタールなどの合成樹脂はマグネット部材のバリなど
によって削られることなる。被告らは,原告マグネット歯車における軸
部の回転軸方向の隙間が「0.08mm」又は「0.11mm」であっ
たと主張するが,これは約8年程度にわたる使用による経年劣化によっ10
て,マグネット歯車における軸部の回転軸方向の間隙が生じた可能性が
極めて高い。
(イ)原告は,約8年間にわたる使用による経年劣化を立証するため,原告
通水実験を行った。この実験は,①4000リットル/hで15秒間通
水してからバルブを1秒間で閉め,更に15秒間通水を停止し,その後15
にバルブを1秒間で開けるというサイクルを断続的に10万回実施し,
②上記①の実験終了後に連続的に5000リットル/hを通水するとい
う方法により実施した。
その結果(甲15)は以下のとおりであり,通水実験前後でマグネッ
ト歯車における軸部の回転軸方向の「間隙」が最大で「0.127mm」20
拡大した(「無1~5」は,できる限りマグネット歯車における間隙が
ないように製作したマグネット歯車を指し,「有1~5」は通常どおり
に製作した実験用マグネット歯車を指す。)。
歯車実験前(mm)実験後(mm)数値差(mm)
無10.0220.1490.127
無20.0940.1430.049
無30.0840.0950.011
無40.1140.1190.005
無50.0420.1060.064
有10.1410.1680.027
有20.1180.1260.008
有30.1640.1690.005
有40.0580.1820.124
有50.1200.1490.029
被告らは,原告各メータの実際の積算流量は,原告通水実験における
積算流量の5分の1程度にすぎないと主張するが,上記原告メータの積
算流量の表示は,原告メータが9999㎥に相当する回転をした後の表
示である可能性もあるから,かかる表示から積算流量がわずかとはいえ
ない。5
(ウ)平成2年頃東京都水道局の統一規格として採用されたとされるマグネ
ット歯車は,熱カシメ自体は使用していたものの,4か所を別々に熱カ
シメし,その結果,4か所でマグネット部材を保持し脱落を抑制してい
た。甲18は,東京都と水道各社が昭和63年頃から開発を進めていた
乾式水道メータの指示ユニット内に組み込まれていた部品の図面であり,10
マグネットを更に強固に固定しようという発想が現れている。
原告は,平成22年頃,マグネット歯車の製造等の業務部門をベトナ
ム法人に移管したが,その際に同法人に移管した図面が甲17(平成2
2年10月8日付け)である。同図面に記載されたマグネット歯車には
回転軸線方向のガタは存在しない。原告は,当時,同図面に基づき,マ15
グネット歯車を製造していた。
その後,原告の当時の開発担当者が,マグネット歯車における軸部の
回転軸方向に間隙を設けた方が追従性能をより向上させて不良品を減ら
すことを発見し,本件特許出願をしたものである。
(エ)被告らは,原告作業標準(乙3)は,阪神計器が平成16年5月頃に
原告のA副社長から入手したものであると主張するが,その頃,阪神計5
器のような水道メーカーは部品を内製することを志向しており,原告の
ような部品製造業者との供給契約を終了しようとしていたのであるから,
原告が阪神計器に技術ノウハウを提供したとは考えられない。
エ以上のとおり,被告らの主張する平成21年当時において原告はいまだ
本件発明にかかるマグネット歯車の発明に至っておらず,本件発明の構成10
をすべて具備する製品を生産・販売したことはないのであるから,被告ら
の主張は理由がない。
(2)明確性要件違反の有無(争点2-2)について
〔被告らの主張〕
本件発明は,物の発明であるが,構成要件Eには「軸部にマグネット部材15
の貫通孔を挿通させると共に,樹脂製の歯車に突設されたカシメ用突起の突
出部を,マグネット部材の挿通側から熱カシメして,回転軸線方向に移動可
能に間隙を確保して保持する」とあり,特許請求の範囲にその物の製造方法
の記載があるいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームである。
プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいて,特許請求の範囲の記載20
が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件を適合
するには,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定するこ
とが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在することを
要する(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷
判決・民集69巻4号700頁)。25
本件発明に係るマグネット歯車については,熱カシメ後の状態として,そ
の構造又は特性を明記して記載することが不可能又は実際的ではないとい
う事情は存在しないので,本件特許の特許請求の範囲の記載は,明確性要件
に違反する。
〔原告の主張〕
本件特許の特許請求の範囲の記載は,発明を特定して把握し,その権利範5
囲を確定することができる程度に明確であり,特許法36条6項2号に違反
しない。
本件特許権にかかる特許出願は,平成25年4月5日付けで特許庁に対し
てされ,その後特許庁の審査を経て平成26年5月頃に特許査定がされ,同
年6月6日付で特許権の設定登録がされたところ,法の不遡及の原則からす10
れば,上記最高裁判決は適用されない。
本件特許権にかかる特許請求の範囲の記載は,平成28年1月27日付け
の特許庁の審査基準における「単に状態を示すことにより構造又は特性を特
定しているにすぎない場合」に該当するから,プロダクト・バイ・プロセス
クレームには該当しない。15
3損害額(争点3)について
〔原告の主張〕
被告らは,平成28年5月1日から平成29年4月30日までの間において,
被告製品を製造,販売し,その売上高は5億3000万円を下らない。本件発
明は,被告ユニットの心臓部に当たるマグネット歯車に係るものであるから,20
相当な実施料率は10%を下らないので,原告は,被告らに対して,少なくと
も5300万円の損害賠償請求権を有する。また,被告らの不法行為と相当因
果関係のある弁護士費用は,その1割に相当する530万円である。
被告らの各行為は客観的に関連共同しているので,原告は,被告らに対し,
合計5830万円の損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求め25
ることができる。
〔被告らの主張〕
否認ないし争う。
第4当裁判所の判断
1本件発明の内容
(1)本件明細書(甲5)には,以下の記載がある。5
ア発明の属する技術分野
「本発明は,マグネット歯車及びその製造法,これを用いた流量計に関
する。」(段落【0001】)
イ従来技術
「マグネット付き歯車形成部材のマグネット受面の一部に切り欠きを設10
け,マグネットを装着し,切り欠きの下方から受治具でマグネットを保持
し,マグネットの磁化面にかしめリブを押し付けながら熱を加えてリブを
かしめるマグネット付き歯車におけるマグネット取付方法が知られてい
る。」(段落【0002】)
「羽根車の回転に応じて回転するように磁気的に羽根車に結合されてい15
るマグネット歯車と,羽根車とマグネット歯車の間を仕切っている合成樹
脂製の隔壁と,隔壁に埋め込まれて,マグネット歯車の回転軸の先端面が
回転自在の状態で乗っている平坦な軸受面を備えた合成樹脂製の軸受板と
を有し,軸受板は,隔壁に対して,インサート成形,接着または圧入によ
り,固定されており,軸受板の軸受面は,隔壁の表面から突出した位置に20
ある流量原告メータも知られている」(段落【0003】)
ウ発明が解決しようとする課題
「本発明は,羽根車の回転に確実に追従することができ,かつ長期使用
におけるマグネットの脱落を防止することができるマグネット歯車及びそ
の製造方法,これを用いた流量計を提供することを目的とする。」(段落25
【0005】)
エ課題を解決するための手段及び発明の効果
「前記課題を解決するために,請求項1に記載のマグネット歯車は,
回転軸線を有する軸部,前記軸部の一端側の外周面に複数の歯を有し,噛
みあう相手歯車に回転を伝達する歯部,前記軸部の他端側に軸線方向に突
設されたカシメ用突起,からなる樹脂製の歯車と,前記歯車と一体的に回5
転するマグネット部材と,からなり,前記マグネット部材が貫通孔を有し,
前記軸部の他端側に前記貫通孔を挿通させると共に,前記貫通孔から突出
した前記カシメ用突起の突出部を前記マグネット部材の挿通側から熱カシ
メして,前記軸部の回転軸線方向に移動可能に間隙を確保して保持された,
ことを特徴とする。」(段落【0006】)10
「請求項1記載の発明によれば,羽根車の回転に確実に追従することが
でき,指示機構に正確に回転を伝達することが
できる。」(段落【0012】)
オ実施の形態
「図2に示すように,マグネット歯車1は,15
軸部の一端側に形成された歯車2と,マグネッ
ト部材としてのマグネット5を保持する保持
部としてのフランジ3と,マグネット部材が挿
通される角軸4と,角軸4の先端中央部に形成
された半円球状の球R部4cとからなるマグ20
ネット歯車本体と,角軸4に挿通された状態で
保持され歯車2と一体的に回転するマグネッ
ト5と,から構成されている。」(段落【0023】)
「本実施形態に係るマグネット歯車1は,角軸4が軸部の他端側に歯車
2と一体に形成され,対抗して回転する羽根車40とマグネットカップリ25
ングを形成するマグネット5が熱カシメによって角軸4の軸線方向に間隙
本件明細書の図2
を確保して保持されている。図6に示
すように,マグネット5とマグネット
歯車1の回転中心となる角軸4は,角
軸4の外面間距離(w2)とマグネット
5の貫通孔5aの内面間距離(w1)の5
差にもとづいて,それぞれ対向する方
向に0.05mmないし0.3mmの間
隙(G1)を有して,マグネット5がそ
の自重で角軸4の軸線方向に移動でき
る程度の嵌合状態とされている。そし10
て,マグネット5は,角軸4の軸線方向にも0.05mmないし0.5m
mの間隙(G2)を確保して保持されている。そのために,角軸4に挿通
されて保持されたマグネット5が,羽根車40の先端部に埋め込まれたマ
グネット11から磁気力を受けた場合に,角軸4の軸線と直交する方向の
間隙の範囲内で,磁気結合力が最も高まるように移動(図6中矢印参照)15
して調心作用が発生する。」(段落【0045】)
カ作用・効果
「その結果,瞬間的に大流量の水が流れて,羽根車40に上下振動や軸
心の首振り現象が発生しても,羽根車40の先端部に埋め込まれたマグネ
ット11から受ける磁気力によって,磁気結合力を高めるように移動して20
マグネットカップリングの外れによる計量誤差の発生が抑制される。また,
一旦マグネットカップリングが外れた場合であっても,その後の計量動作
中に自己復帰(再結合)しやすくなる。」(段落【0046】)
(2)本件明細書における上記記載によれば,本件発明は,①マグネット歯車及
びその製造法,これを用いた流量計に関する発明であり,②羽根車の回転に25
確実に追従することができ,かつ長期使用におけるマグネットの脱落を防止
本件明細書の図6
するという課題を解決するため,③マグネット部材を挿通させ,貫通孔から
突出したカシメ用突起の突出部を熱カシメして,軸部の回転軸線方向に移動
可能に間隙を確保して保持し,④これにより,羽根車に上下振動や軸心の首
振り現象が発生しても,羽根車の先端部に埋め込まれたマグネットから受け
る磁気力によって,磁気結合力を高めるように移動してマグネットカップリ5
ングの外れによる計量誤差の発生を抑制し,マグネットカップリングが外れ
た場合であっても,その後の計量動作中に自己復帰(再結合)しやすくなる
ことを実現するものであるということができる。
2争点2-1(特許法29条1項1号又は2号違反の無効理由の有無)につい
て10
事案に鑑み,まず,争点2-1(特許法29条1項1号又は2号違反の無効
理由の有無)について判断する。
(1)原告各メータの製造時期
原告各メータの製造時期に関し,原告各メータの目盛板には「L9910
号21」と印字され,これらの樹脂製の蓋には「29.2」と記載されたシー15
ルが貼付されているとの事実については,当事者間に争いがない。
上記目盛板については,「L9910」が型式承認番号を意味し,「21」
が型式商品表示を付した年の表示を意味するものであると認められ(計量法
84条1項及び2項。乙4,5),これによれば,原告各メータは平成21
年に製造されたものと認めることができる。20
また,上記シールについては,検定の有効期限が平成29年2月であるこ
とを示す基準適合証印シールであり,水道メータの検定の有効期間は8年間
であること(乙6)によれば,原告各メータが検定を受けた時期は平成21
年2月であると認められる。
以上によれば,原告が東京都水道局に対して原告各メータを販売したのは25
本件特許出願前の平成21年頃であったと認めるのが相当である。
(2)原告マグネット歯車の構成と本件発明の同一性
前記のとおり,原告マグネット歯車が,本件発明の構成要件A,B,C,
D及びFを具備し,さらに,構成要件Eのうち,「前記マグネット部材が貫
通孔を有し,前記軸部の他端側に前記貫通孔を挿通させると共に,前記貫通
孔から突出した前記カシメ用突起の突出部を前記マグネット部材の挿通側か5
ら熱カシメして,」との構成を具備していることについては,当事者間に争
いがない。
そして,構成要件Eの「前記軸部の回転軸線方向に移動可能に間隙を確保
して保持された,」との構成に関し,証拠(乙1,2)によれば,乙2の事
実実験(平成29年8月3日)時点における原告マグネット歯車の軸線方向10
の移動量(間隙)は,原告メータ1について0.08mm,原告メータ2に
ついて0.11mmであったと認められるところ,原告は,この間隙は約8年
程度にわたる使用による経年劣化により生じた可能性が極めて高く,原告各
メータの製造時においては上記間隙は存在しなかったと主張する。
そこで,この点について,以下検討する。15
ア原告は,約8年程度にわたる使用により経年劣化が生じたことを示す証
拠として,原告通水実験を行い,その結果を証拠(甲15)として提出す
る。
(ア)しかし,同実験において,「できる限り間隙がないように製作した実
験用マグネット歯車5個」(無1~無5)は,0.022mm~0.120
14mmの間隙を有しており,このうち3個(無2~無4)は,本件明
細書の段落【0027】において好ましいとされる間隙の範囲(0.0
5mm~0.5mm)に含まれている。
同実験は,軸部の回転軸方向の間隙がないマグネット歯車の経年劣化
の程度を測定するためのものであるから,全て間隙のある実験用マグネ25
ット歯車を使用した同実験は,その前提を満たしていないものであり,
その測定結果は,軸部の回転軸方向の間隙がないマグネット歯車の経年
劣化による摩耗の程度を正確に示すものということはできない。
(イ)また,そもそも,熱カシメ機の熱カシメホーンを下降させて,熱カシ
メ用の突起を上から潰した後,熱カシメホーンを反転上昇させると,熱
カシメの突起が応力によって若干戻ることから,軸部の回転軸線方向の5
間隙が生じると考えられる(乙13)。原告通水実験において,できる限
り間隙がないように無1~無5が製作されたにもかかわらず,前記のと
おりの間隙が生じているということは,原告の熱カシメ機による熱カシ
メの際に軸部の回転軸線方向の間隙が生じることは不可避であることを
示すものということができる。10
この点,原告は,原告各メータが製作された平成21年当時において
は,当時の原告の熱カシメ機により軸部の回転軸線方向の間隙が生じな
いようにすることは可能であったと主張するが,現時点においても軸部
の回転軸線方向の間隙がない実験用マグネット歯車を製作することが困
難なことを考慮すると,平成21年当時も同様に軸部の回転軸線方向の15
間隙が生じることは不可避であったと推認される。
(ウ)仮に,原告通水実験の実験用マグネット歯車を使用した測定結果を前
提とするとしても,同実験で使用された「無1」及び「有4」について
は,その写真(例えば,写真27と28,写真43と44)を参照する
と,実験前後で測定箇所が異なるのではないかとも考えられ,その測定20
値の正確性,信用性には疑義がある。その他の実験用マグネット歯車に
ついては,実験前後の軸部の回転軸方向の間隙の差が最大で0.064
mm(無5)にとどまり,その結果から,平成21年の製造当時の原告
マグネット歯車に上記間隙がなかったとの事実を推認することはできな
い。25
(エ)また,原告通水実験における積算流量は2500㎥前後である(甲1
5の写真19)のに対し,原告各メータの8年間の実際の積算流量は,
原告メータ1が562.4㎥(乙1の写真41),原告メータ2が42
0.4㎥(乙1の写真49)であると認められ,その流量は原告通水実
験の流量の5分の1程度にすぎない。この点,原告は,原告各メータの
積算流量の表示は,9999㎥に相当する回転をした後の数字である可5
能性があると主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
上記の原告各メータの実際の積算流量に照らすと,原告マグネット歯
車の使用による経年劣化の程度は,原告通水実験で使用された歯車の同
実験前後の間隙の数値差より更に小さくなる可能性があり,この点から
しても,平成21年の製造当時の原告マグネット歯車には上記間隙がな10
かったとの原告主張は理由がない。
イ(ア)原告が平成13年に作成・承認した旨の記載のある原告作業標準(乙
3及び10)の「作業手順と注意点」欄には「カシメ後,鉄片等を使用
しマグネットのガタがあることを確認する」,「マグネットに左右のガ
タツキあること」との記載があり,「管理点」欄には「左右のガタツキ15
があること」との記載がある。
これによれば,原告は,原告作業標準の作成当時,熱カシメ後に回転
軸方向と直交する左右方向に間隙が生じるように作業工程を管理してい
たものと認められる。原告マグネット歯車の軸部の回転軸方向(上下方
向)の間隙がなくマグネットが固定されている場合には,マグネットが20
軸線方向と直交方向に移動することが困難であることに照らすと,左右
にガタつきがあることが確認されたマグネット歯車には,軸線方向(上
下方向)にも間隙を設けられているということができる。
(イ)また,原告作業標準の「管理点」欄には「カシメ後の球R先端部から
カシメリブ先端までの寸法:0.6~0.9」との記載がある。このよ25
うに,カシメ後の球R先端部からカシメリブ先端までの寸法に0.3m
mの幅があるのは,軸線方向に間隙が生じることを前提とするものであ
るというべきである。
(ウ)原告は,原告作業標準について,そのような文書を原告が作成して顧
客に交付したことはないと主張する。
しかし,原告作業標準(乙3,10)は,その右下に原告の当時の商5
号である「高畑精工株式会社」と記載され,「承認」欄には当時原告の
従業員であった被告笛吹精工の代表者であるBの印が押捺されているも
のであり,その形式や内容に照らしても,偽造されたものとは考えられ
ない。
証拠(乙3,9,10~14)によれば,乙3は,原告が平成16年10
頃に取引先である阪神計器の依頼を受けて同社に交付したものであり,
また,乙10は,原告が同様に取引先である立川プレス工業に交付され
たものであって,本訴の提起後に被告らが阪神計器及び立川プレス工業
から提供を受けて証拠として提出したものと認めるのが相当である。
これに対し,原告は,平成16年5月頃に原告が阪神計器に技術ノウ15
ハウを提供したとは考えられないなどと主張するが,阪神計器は原告の
取引先であったのであるから,原告が阪神計器の依頼に応じて原告作業
標準を提供したとしても不自然ということはできず,他に同認定を覆す
に足りる証拠はない。
(エ)以上によれば,原告は,原告作業標準の作成された平成13年頃には,20
軸線方向(上下方向)の間隙のあるマグネット歯車を製作し,同書類を
阪神計器に交付した平成16年5月頃の時点においても同様であったと
認められる。
加えて,原告が立川プレス工業に交付したと認められる「組立品出荷
検査規格書・成績書」(乙12の1・2・4・5)にも「カシメ後の寸25
法h0.6~0.9」との記載があり,これによれば,平成23年の
時点においても,立川プレス工業は同基準に基づいてマグネット歯車を
製作し,原告に納入していたと認められる。
そうすると,原告は,原告各メータの製造時点(平成21年)におい
て,軸線方向(上下方向)の間隙のあるマグネット歯車を製作していた
と推認するのが相当である。5
ウ原告は,証拠として図面(甲17,18)を提出し,原告マグネットに
は回転軸線方向に移動可能な間隙はなかったと主張する。
しかし,甲17の図面は,原告の主張によれば平成22年10月頃のも
のであって,原告各メータが製造された平成21年2月頃当時のものでは
なく,寸法等の記載もないことから,同図面をもって,回転軸線方向に移10
動可能な間隙はなかったということはできない。かえって,同図面には,
「熱カシメ後の球R部先端から,かしめリブ先端までの寸法hは,0.5
~0.9とする」との記載があるが,これは,マグネット歯車の軸部の回
転軸方向に間隙があることを前提としていると考えられる。
また,甲18の図面は平成3年10月頃に作成されたものであって,図15
面の内容がマグネット内側に4か所のリブを熱カシメすることで固定する
内容であることからすれば,同図面をもって原告マグネット歯車が回転軸
線方向に移動可能な間隙を有していなかったとはいうことはできない。
エ以上のとおり,原告マグネット歯車は,平成21年時点において,マグ
ネット歯車における軸部の回転軸方向に移動可能に間隙を有していたと認20
めることができるから,構成要件Eの構成も具備するものというべきであ
る。
(3)小括
したがって,本件発明は出願前に日本国内において公然実施され又は公然
知られたものであるから(特許法29条1項1号,2号),本件特許は特許25
無効審判により無効とされるべきものである。
3結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理
由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
佐藤達文
裁判官
遠山敦士
裁判官
今野智紀
別紙
被告ら物件目録
1前澤給装工業株式会社の品名「乾式水道メータ13S」かつ器物番号「17-
10004」乃至「17-10006」により示される各流量計13ミリ,及び
前澤給装工業株式会社の品名「乾式水道メータ20mm」かつ器物番号「16-
324318」乃至「16-324320」により示される各流量計20ミリ,
並びに株式会社阪神計器製作所の番号「1608683」乃至「160868
5」により示される各流量計に使用されるマグネット歯車
2前澤給装工業株式会社の品名「乾式水道メータ13S」かつ器物番号「17-
10004」乃至「17-10006」により示される各流量計13ミリ,及び
前澤給装工業株式会社の品名「乾式水道メータ20mm」かつ器物番号「16-
324318」乃至「16-324320」により示される各流量計20ミリ,
並びに株式会社阪神計器製作所の番号「1608683」乃至「160868
5」により示される各流量計に組み込まれる各流量計用指針ユニットであって,
その内部にマグネット歯車が使用されているもの
以上
別紙
設備目録
1材料乾燥機(成形前の材料ペレットを乾燥する装置)
2樹脂金型(マグネット歯車を作るための樹脂用金型)
3成形機(マグネット歯車を成形する装置)
4材料クラッシャー装置(樹脂成形時に発生する樹脂ランナーを再生材
として使用できるように粉々にする装置)
5取り出し機(成形時に金型が開いた後,マグネット歯車また
は樹脂ランナーを取り出す機械)
6熱カシメ治具(マグネットをマグネット歯車に挿入し,カシメ用突起
であるリブを溶かして固定するための治工具)
7回転検査装置(流量計用指針ユニット化した後の回転を確認する装
置)
8追従検査装置(流量計用指針ユニット化した後のマグネット追従性能
を確認する装置)
別紙
被告ら物件等説明書
1本件被告ら物件
マグネット歯車,及びこのマグネット歯車を使用した指示機構部としての流量
計用指針ユニット
2マグネット歯車の構成
本件被告ら物件のマグネット歯車は,下記の構成を有しており,
回転軸線を有する軸部,前記軸部の一端側の外周面に複数の歯を有し,噛みあ
う相手歯車に回転を伝達する歯部と,前記軸部の他端側に軸線方向に突設された
カシメ用突起,からなる樹脂製の歯車と,
前記歯車と一体的に回転するマグネット部材と,からなり,
前記マグネット部材が貫通孔を有し,前記軸部の他端側に前記貫通孔を挿通さ
せると共に,前記貫通孔から突出した前記カシメ用突起の突出部を前記マグネッ
ト部材の挿通側から熱カシメして,前記軸部の回転軸線方向に移動可能に間隙を
確保して保持されている。
3上記2のマグネット歯車を使用した指示機構部としての流量計用指針ユニット
の構成
本件被告ら物件の流量計用指針ユニットは,原告メータケースにおける計量室
の真上の部位に形成した上方開口部から挿入され,上方開口部を封鎖する状態で
上方開口部に取り付けた蓋ケースとメータケースとの間に挟持されている。
流量計用指針ユニットは合成樹脂製のレジスターケースを備え,流量計用指針
ユニットの内部には,レジスターケース底壁部分を挟み,羽根車の回転軸に対し
て同軸状態で上記2のマグネット歯車が配置されている。
4写真を用いた構成の説明
下記写真1乃至14は,株式会社阪神計器製作所の番号「1608685」に
より示される流量計(水道メータ20ミリ,口径:20㎜,検定有効年月:平成
37年2月),及びそれに使用されていた本件被告ら物件のマグネット歯車並び
にこのマグネット歯車を使用した指示機構部としての流量計用指針ユニットの構
成を説明するための写真である。
マグネット歯車1
写真1本件被告ら物件のマグネット歯車全体斜視写真
カシメ用突起4aの突出部の折り返し4bマグネット部材5
写真2本件被告ら物件のマグネット歯車拡大斜視写真
歯部2
写真3本件被告ら物件のマグネット歯車平面写真
写真4本件被告ら物件のマグネット歯車側面写真
流量計10
写真5本件被告ら物件を含む流量計全体写真(蓋閉状態)
写真6本件被告ら物件を含む流量計全体写真(蓋開状態)
流量計用指針ユニット50
写真7本件被告ら物件の流量計用指針ユニット平面写真
写真8本件被告ら物件の流量計用指針ユニット側面写真
写真9本件被告ら物件の流量計用指針ユニット斜視写真
写真10本件被告ら物件の流量計用指針ユニット分解写真
レジスターケース70
写真11本件被告ら物件の流量計用指針ユニット分解写真
写真12本件被告ら物件の流量計用指針ユニットからレジスタ
ーケースが取り外された状態の写真
マグネット歯車1
写真13本件被告ら物件の流量計用指針ユニットからレジスタ
ーケースが取り外された後,さらにマグネット歯車が
取り外された状態の写真
写真14本件被告ら物件の流量計用指針ユニット分解写真
5本件被告ら物件の符号の説明
1マグネット歯車
2歯部
4aカシメ用突起
4b折り返し部
5マグネット部材
10流量計
50流量計用指針ユニット
70レジスターケース

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