弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主       文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が動力炉・核燃料開発事業団に対して昭和58年5月27日付け
でした,高速増殖炉「もんじゅ」に係る原子炉設置許可処分は,無効
であることを確認する。
3 訴訟費用は,差戻しの前後を問わず,すべて被控訴人の負担とする。
            
            事       実
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人ら(控訴の趣旨)
   主文同旨
 2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要等
 1 事案の概要
   本件は,内閣総理大臣が動力炉・核燃料開発事業団に対して,昭和58年5月27
日付けでした,高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市白木に建設が予定された液
体金属冷却高速増殖炉で,研究開発段階にある原子炉及びその附属施設から構
成される。以下,この原子炉を「本件原子炉」と,また,同原子炉とその附属設備を
併せて「本件原子炉施設」という。)に係る原子炉設置許可処分(以下「本件許可処
分」という。)について,本件原子炉施設の周辺に居住する住民である控訴人ら(第
1審原告ら)が,本件許可処分は核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関
する法律(昭和61年法律第73号による改正前のもので,以下「規制法」という。)
及びその他の法令に違反すると主張して,本件許可処分の無効確認を求めた事
案である。
 2 本件訴訟の経緯
  (1) 本件は,昭和60年9月26日に福井地方裁判所に提起され,同裁判所昭和60
年(行ウ)第7号事件として係属したのであるが,控訴人らは,同時に動力炉・核
燃料開発事業団を被告として,本件原子炉の建設・運転の差止めを求める訴え
を併合提起した。
    これに対して,福井地方裁判所は,本件(内閣総理大臣を被告とする事件)を分
離した上で,本件は行政事件訴訟法36条の要件を欠く不適法な訴えであるとし
て,昭和62年12月25日,本件訴えを却下した。そこで,原告らは控訴したが,
名古屋高等裁判所金沢支部は,平成元年7月19日,本件原子炉施設から半径
20キロメートル以内に居住する原告らについては本件許可処分の無効確認を
求める法律上の利益(原告適格)を認め,当該原告らについて,事件を福井地
方裁判所に差し戻し,その余の原告らの控訴を棄却した。
    そのため,控訴を棄却された原告ら(原告適格を認められなかった者)が上告す
るとともに,原告適格を認められた原告について,被告(内閣総理大臣)も上告し
た。
    最高裁判所は,平成4年9月22日,半径20キロメートル以内に居住する原告ら
(原告適格を肯定された者)に対する被告の上告を棄却するとともに,半径20キ
ロメートル外に居住する原告らの上告を容れて,これらの原告にも本件許可処
分の無効確認を求める法律上の利益(原告適格)を認め,当該原告らに関する
原判決(名古屋高等裁判所金沢支部の上記控訴審判決)を破棄して,第1審(福
井地方裁判所)の判決を取り消した上で,当該原告らについて,事件を福井地
方裁判所に差し戻した。
  (2) このような経緯で,本件(内閣総理大臣を被告とする事件)の全部が福井地方裁
判所に差し戻されたが,差戻後の第1審(福井地方裁判所)は,平成12年3月2
2日,原告らの請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した(差戻後の事件
番号は,福井地方裁判所平成4年(行ウ)第6号)。
   そこで,これを不服とする控訴人ら(第1審原告ら)が本件控訴に及んだ。
第3 当事者双方の主張
   当審における控訴人らの主張は,第3分冊記載のとおりであり,被控訴人の主張
は,第4分冊記載のとおりである。
   これ以外の当事者双方の主張は,原判決事実摘示(原判決の第3分冊及び第4分
冊)のとおりであるから,これを引用する。しかし,弁論の全趣旨によれば,控訴人
らが本件許可処分の無効事由として主張する点は,当審で争点を絞った結果,本
判決の第3分冊記載のものに集約され,その余の原審及び当審での無効事由の
主張は,事実上撤回されたものと認められる。したがって,当裁判所の判断は,本
判決の第3分冊記載の主張に対するものを中心とし,必要な限度で,原審におけ
る当事者双方の主張にも触れることとする。
第4 本件の主要な争点
   上記の当事者双方の主張を対比すると,本件の主要な争点は,次の1及び2の(1)
ないし(5)のとおりであると認められる。
 1 本件許可処分の無効要件
   行政処分である本件許可処分の無効要件として「明白かつ重大」な違法事由を必
要とするか。要しないとすれば,本件許可処分を無効とする要件は何か。
 2 本件許可処分の無効事由
   次の(1)ないし(5)の事項に関する安全審査が規制法24条1項3号又は4号に適合
しているか否か。
 (1) 本件申請者(動力炉・核燃料開発事業団)の技術的能力(規制法24条1項3
号)
  (2) 立地条件及び耐震設計(規制法24条1項4号)
  (3) 2次冷却材漏えい事故(同上)
  (4) 蒸気発生器伝熱管破損事故(同上)
  (5) 炉心崩壊事故(同上)
        理       由
第1章  総   論 
        第1節 本件の前提事実
第1 原子炉設置許可の申請及び許可処分等
 1 原子炉設置許可の申請
   動力炉・核燃料開発事業団(以下,「動燃」又は「本件申請者」という。)は,昭和55
年12月10日,規制法23条の規定に基づき,本件原子炉の設置につき,内閣総
理大臣に対し許可申請をした。その後,本件申請者は,昭和56年12月28日付け
及び昭和58年3月14日付けで,それぞれ許可申請の一部補正を行った(この一
部補正を含めて,本件申請者の行った原子炉設置許可申請を「本件許可申請」と
いう。)。
 2 本件許可処分
   内閣総理大臣は,所部の機関である科学技術庁に審査をさせ,かつ,原子力委員
会及び原子力安全委員会の答申を受けた上で,昭和58年5月27日付けで,本件
許可申請に対し,これを許可する本件許可処分を行った。
 3 その後の法改正
   その後,法改正に伴い,動燃(本件申請者)は,平成10年10月1日の組織改正に
より,新法人として設立された「核燃料サイクル開発機構」に移行した。
   また,中央省庁等改革関連法施行法(平成11年法律第160号,平成13年1月6
日から施行)により,本件許可処分は,経済産業大臣がしたものとみなされた(同
法904条,1301条)。
   なお,中央省庁等改革に伴い,これまで科学技術庁が行っていた核燃料物質及び
原子力に関する規制に関する事務は,経済産業省の外局である資源エネルギー
庁に設置された特別の機関である原子力安全・保安院が所管することになった。
 (以上につき,争いのない事実,弁論の全趣旨)
第2 控訴人らの地位
   控訴人ら(第1審原告ら)が本件原子炉施設からの距離が約11キロメートルから約
58キロメートルの範囲に居住する住民であることは,当事者間に争いがない。な
お,控訴人らが本件許可処分の無効確認を求める法律上の利益を有することにつ
いては,本件を福井地方裁判所に差し戻した最高裁判所の判決により確定してい
る。
第3 本件原子炉の概要及び特徴等
 1 本件原子炉の概要
   本件原子炉は,本件申請者が昭和58年5月27日に本件許可処分を受け,その
後,設計及び工事の方法の認可の手続を経て,福井県敦賀市白木地区に建設し
た液体金属冷却高速増殖炉である。本件原子炉は,研究開発段階の原子炉で,
規制法施行令により同法23条1項4号の定める原子炉に該当する。本件原子炉
施設は,昭和60年10月から建設工事が開始され,平成6年4月に初臨界に成功
し,また,平成7年8月には初送電を達成した。
(当事者間に争いのない事実)
 2 本件原子炉の特徴(特に,軽水炉と比較した場合の特徴)
   本件原子炉は,核分裂反応によって発生したエネルギーを利用する原子炉である
が,その最大の特徴は高速増殖炉である点にあり,現在,我が国を始めとして,世
界の商業用原子炉の大半を占める軽水炉と比べて,具体的には,次のような特徴
を有すると認められる(当事者間に争いのない事実,甲イ468,乙1ないし3,乙
5,乙イ2及び乙イ4)。
  (1) 核燃料及びその増殖の点について
    軽水炉は,核燃料としてウラン235を使用する。ウラン235は,核分裂を起こし
やすい性質を持つ物質(燃えるウラン)で,核分裂性物質と呼ばれるものであ
る。しかし,このウラン235は,天然ウラン全体のわずか0.7パーセントしか存
在せず,残りの約99.3パーセントは,核分裂を起こしにくいウラン238(燃えな
いウラン)である。このように自然界ではウラン資源に限りがある。もっとも,ウラ
ン238は,中性子を1個吸収すると,核分裂を起こしやすいプルトニウム239に
転換する性質を有している。そこで,注目されたのが高速増殖炉である。高速増
殖炉は,核分裂反応によって生じる熱エネルギーを発電の用に供する点におい
ては,軽水炉と同じであるが,核燃料としてウランとプルトニウムの混合酸化物
を使用し,核分裂によって生じた高速の中性子をウラン238に衝突させ,それを
プルトニウム239に転換し,消費した燃料以上の核燃料物質を増殖しようとする
ものである。
 これに対し,軽水炉でも,中性子の衝突によりウラン238がプルトニウム239
に転換するが,中性子の速度が遅いためその確率が低く,核燃料の増殖機能
は有しない。
(2) 減速材について
  一般に,核分裂によって放出される中性子は,高いエネルギー(速度)を有し,
これを高速中性子というが,核分裂を引き起こす確率の面からすると,高速中性
子よりも,速度の遅い中性子(これを熱中性子という。)の方が確率が高い。こう
したことから,軽水炉においては,燃料であるウラン235の核分裂によって生じ
た高速中性子の速度を減少させるため,減速材として,軽水(普通の水)を用い
ている。
    他方,ウラン238のプルトニウム239への転換の確率を高めるためには,高いエ
ネルギーの中性子を必要とするから,高速増殖炉においては,減速材を用いな
い。しかし,高速中性子では,核分裂の確率が低くなるので,燃料密度を軽水炉
より高く設定している。
  (3) 冷却材について
    軽水炉においては,核分裂によって生じた炉心の熱エネルギーを除去して炉心
の温度を調節するとともに,この熱を蒸気生成の熱源として外部に取り出すため
の物質(冷却材)としても,軽水(普通の水)が用いられる。したがって,軽水炉に
おいては,軽水が減速材と冷却材の役割を兼ねる。
    これに対して,高速増殖炉においては,高速中性子の速度を維持するため,減速
効果の大きい軽水を冷却材として用いることはできず,冷却材としては,中性子
を減速する効果が小さく,かつ,冷却材としての性質上熱伝導度が高い物質を
用いることが望ましい。そこで,本件原子炉(高速増殖炉)においては,上記のよ
うな性質を有し,かつ,大気圧下において約98℃から約880℃までの広い範囲
で液体として存在し,高い温度でも加圧する必要のない金属ナトリウムを冷却材
として用いている。このように冷却材として,液体の金属ナトリウムが使用されて
いることから,本件原子炉は,「液体金属冷却高速増殖炉(LMFBR)」と呼ばれ
ている。
(4) プルトニウム及びナトリウムの危険性について
   ア プルトニウム
     高速増殖炉の燃料として使用され,かつ,運転によって消費した量以上に増殖
されるプルトニウム239は,天然には存在しない人工放射性核種で,破壊力
の極めて大きいアルファ線を放出し,その半減期は2万4100年とされてい
る。プルトニウムの公衆に対する許容負荷量を国際的基準(ただし,本件訴え
提起当時のもの)に基づく職業人に対する肺の最大許容負荷量の10分の1
として計算すると,その量は0.0016マイクロキュリー(重量に換算すると,4
000万分の1グラム程度)であり,軽水炉の燃料となるウラン235などよりも
はるかに毒性の強い物質である。
   イ ナトリウム
     ナトリウム(金属ナトリウムともいう。)は,前記のように冷却材として優れた性質
を有するが,その反面,酸素と激しく化合する特性を持っている。このため,高
温のナトリウムが空気と接触すると,激しく燃焼して高熱を発する。また,水と
接触しても,水分中の酸素と容易に化合し,高熱燃焼を起こすとともに,水素
を発生させる(ナトリウム-水反応)。そして,発生した水素は,その濃度如何
によっては,空気中の酸素と反応して,燃焼又は爆発する危険性がある。こう
した特性は,ナトリウムがコンクリートと接触した場合でも同様であり,コンクリ
ート中の水分とナトリウムとが激しく化合する結果(ナトリウム-コンクリート反
応),水分をなくしたコンクリートは,その強度を失う可能性がある。したがっ
て,ナトリウム(冷却材)の外界への漏えい防止対策は,重要な課題である。
3 本件原子炉の高速増殖炉としての段階
   原子炉を開発する場合,安全性の確認と技術の確立の観点から,先ず実験炉から
始め,次いで原型炉,実証炉を経て実用炉に至る。
   本件申請者は,高速増殖炉の実験炉(基本的なシステムの機能を実証し,技術的
経験を得るとともに,燃料や材料の照射施設としても活用する炉)として,「常陽」を
設計・建設し,昭和52年4月に臨界実験に成功している。ただし,常陽は発電能力
を有していなかった。
   本件原子炉(もんじゅ)は,実験炉の次の段階の原型炉(発電プラントとしての性能
を実証するための中型の炉)である。
  (以上につき,乙1,乙2,乙イ4)
 4 本件原子炉の熱出力・電気出力と現状
   本件原子炉(もんじゅ)は,熱出力71万4000キロワットであり,電気出力約28万
キロワットの発電設備を有している。
   しかし,本件原子炉施設において,平成7年12月8日に,ナトリウム漏えい事故が
発生したため,それ以降,本件原子炉は運転を停止している。
  (以上につき,当事者間に争いのない事実,乙1,乙イ4)
第4 本件原子炉施設の具体的内容
 1 本件原子炉施設の建物及び構造物
  (1) 本件原子炉施設の建物及び構造物は,原子炉建物,原子炉補助建物及び排気
筒,タービン建物,ディーゼル建物,メンテナンス・廃棄物処理建物,開閉所,固
体廃棄物貯蔵庫,淡水供給設備,排水処理設備,アルゴンガス及び窒素ガス供
給設備,事務管理建物などから構成される(乙16,22,23)。
  (2) このうち,原子炉建物,原子炉補助建物及び排気筒,タービン建物は,次のよう
な構造になっている(乙16,22,23)。
   ア 原子炉建物
     原子炉建物は,原子炉格納容器,外部遮へい建物及び内部コンクリート建物か
ら構成されている。
     原子炉格納容器は,原子炉本体を格納するもので,内径約49.5メートル,全
高約79メートル上部半球,下部皿形鏡円筒型の鋼板溶接構造となっている。
外部遮へい建物は,原子炉格納容器の円筒部及び上部半球部をおおう内径
約52.5メートル,地上高さ約46メートルの鉄筋コンクリート造となっている。
     内部コンクリート建物は,原子炉格納容器内機器を支持するものである。ナトリ
ウムを保持する機器を収容する部屋には,鋼製ライナ(コンクリート壁に埋め
込んだアンカに固定した鋼板)や貯留槽を設け,ナトリウムとコンクリートとの
直接接触を防止するようにしている。また,出力運転時,多量の放射性ナトリ
ウムを保持する機器を収納する部屋は,窒素ガス雰囲気として,万一,ナトリ
ウムが漏えいした場合でも,空気との直接接触を防止し,火災の抑制をはか
るものとされている。
     原子炉建物は,原子炉補助建物と共通の鉄筋コンクリート造基礎盤の上に構
築されている。
   イ 原子炉補助建物及び排気筒
     原子炉補助建物は,2次主冷却系設備,補助冷却設備,電気設備,1次アルゴ
ンガス系設備,換気空調設備,補機冷却水設備等を収容している。
     原子炉補助建物は,平面約98メートル×約113メートルで,その主要構造は
鉄筋コンクリート構造である。原子炉補助建物は,原子炉建物と同様,ナトリ
ウム機器を収納している部屋には,万一のナトリウム漏えいに対して,ナトリ
ウムとコンクリートとの反応防止等を目的として鋼製ライナを設け,必要に応じ
貯留タンク及び燃料抑制板を設けることとしている。この鋼製ライナについて
は原子炉建物内と同様に高温に耐えられる設計としている。
     排気筒は,鋼板製で,原子炉補助建物の屋上に設置されている。
   ウ タービン建物
     タービン建物は,平面約36.5メートル×約83メートルで,地上高さ約18.5メ
ートルの地上鉄骨造,地下鉄筋コンクリート造の建物である。
 2 本件原子炉の設備の構成
   本件原子炉の設備は,原子炉本体,冷却系設備,計測制御系統施設,タービン及
び付属設備,その他の設備等から構成されるが,その具体的概要は次のとおりで
ある(乙1,16,22,23,乙イ4,弁論の全趣旨)。
  (1) 原子炉本体
    原子炉本体は,炉心及び炉内構造物をステンレス鋼製の原子炉容器(縦型円筒
状をしており,内径は約7.1メートル,全高は約17.8メートル)の内部に納め,
その上部に炉心上部機構を搭載した遮へいプラグを設置したものである。炉心
の具体的内容は次のとおりである。
   ア 炉心
     炉心は,燃料集合体,制御棒,中性子遮へい体等から構成され,全体として,
ほぼ六角形の横断面をなす。
 イ 燃料集合体
燃料集合体は,炉心燃料集合体(原子炉の出力を主に担うもの)とブランケット
燃料集合体(プルトニウムの増殖を主たる役目とするもの)の2種類がある。
炉心燃料集合体は198体,ブランケット燃料集合体は172体あり,炉心燃料
集合体の方が炉心内側に配置され,その外側3層にブランケット燃料集合体
を配置して,炉心から出てくる中性子を効率的に吸収して,プルトニウムへの
転換の確率が高くなるようにしている。
    (ア) 炉心燃料集合体は,全長約4.2メートルの正六角柱の形状をしており,外
側はステンレス鋼製のラッパ管で被覆されている。その内部には,1体当た
り169本の炉心燃料要素が三角格子状に納められている。炉心燃料要素
は,全長約2.8メートル,外径約6.5ミリメートルのステンレス鋼製の燃料
被覆管の中に,下部から順に,劣化ウランの酸化物燃料ペレットを350ミリ
グラム,プルトニウムとウランの混合酸化物燃料ペレットを930ミリグラム,
そして劣化ウランの酸化物燃料ペレットを300ミリグラム積み重ね,封入し
たものである。そして,各燃料被覆管にはワイヤスペーサを巻くことによっ
て,相互の間隔を保持し,燃料被覆管を冷却するナトリウムの流路を確保
する構造となっている。なお,外側の炉心燃料集合体の方が内側のものよ
り,プルトニウムの富化度(プルトニウムの含有割合)が高いものが配置さ
れており,出力の平坦化がはかられている。
    (イ) ブランケット燃料集合体は,炉心燃料集合体と同様に正六角柱の形状をし
ており,外側がステンレス鋼製のラッパ管で被覆されている。その内部に
は,1体当たり61本のブランケット燃料要素が三角格子状に納められてい
る。ブランケット燃料要素は,全長約2.8メートル,外径約11.5ミリメート
ルのステンレス鋼製の燃料被覆管の中に,劣化ウランの酸化物燃料ペレッ
トを約1600ミリグラム詰めて封入したものである。そして,この各ブランケ
ット燃料被覆管にワイヤスペーサが巻かれているのは,炉心燃料被覆管と
同様である。
   ウ 制御棒
     制御棒は,炉心に挿入することによって,中性子を吸収し,核分裂反応を低下さ
せる(これにより原子炉の出力を制御し,原子炉を停止する)働きを有するも
のである。制御棒には,主炉停止系として調整棒13本(うち微調整棒3本,粗
調整棒10本)と非常用制御設備(後備炉停止系)としての後備炉停止棒6本
とがある(主炉停止系及び後備炉停止系を併せて「原子炉停止系」という。)。
     原子炉の通常の起動,停止,運転は調整棒の引き抜き,挿入によって行う。ま
た,原子炉を緊急停止する必要が生じた場合には,調整棒及び後備炉停止
棒が同時に作動して,急速に原子炉を停止する仕組みになっている。
     制御棒は,炉心燃料集合体の内部に,相互に間隔を置いて配置されている。
   エ 中性子遮へい体
     中性子遮へい体は,ブランケット燃料集合体の外側に4層に配置されており,構
造部材への中性子の照射量を軽減する働きをしている。
  (2) 冷却系設備
    本件原子炉は,冷却材としてナトリウム(金属ナトリウム)を使用しているところに
特徴があるが,冷却系設備としては,1次主冷却系設備,2次主冷却系設備,補
助冷却設備がある。
   ア 1次主冷却系設備
     1次主冷却系設備は,中間熱交換器,循環ポンプ,配管,弁類等から構成さ
れ,相互に独立した3つの系統(Aループ,Bループ,Cループ)が存在する。
     1次主冷却系設備は,炉心を冷却するとともに,吸収した熱を2次冷却材ナトリ
ウムに伝達する機能を有する。すなわち,炉心で発生した熱は,原子炉容器
内を流動する1次冷却材ナトリウムによって取り出され,中間熱交換器を介し
て2次冷却材ナトリウムに伝達される。この1次冷却材ナトリウムは,燃料集
合体(炉心燃料集合体とブランケット燃料集合体)の内部を流れる(それによ
り,核分裂によって発生する熱を取り出す。)ものであり,放射性を帯びてい
る。上記の中間熱交換器は,1次冷却材ナトリウムと2次冷却材ナトリウムと
の間で,熱の伝達を行うことを目的とする機器であり,1次冷却材ナトリウム中
の放射性物質が2次冷却材ナトリウムに混入することのないように,相互に分
離されるよう設計されている。
     なお,原子炉容器及び1次冷却系設備のうち,通常運転時には1次冷却材ナト
リウムを内包し,異常な事態が発生した場合には1次冷却材ナトリウムを封じ
込める障壁を形成する範囲を原子炉冷却材バウンダリという。原子炉冷却材
バウンダリを形成する原子炉容器及び一部の配管の外側には,これらを包み
囲むようにガードベッセル(ステンレス鋼製の容器)が設置されている。これ
は,万一,原子炉冷却材バウンダリからナトリウムが漏えいした場合であって
も,これによって原子炉の冷却に必要な冷却材を確保するためのものであ
る。
     ナトリウムと空気との接触を防ぐ目的で,原子炉容器や循環ポンプ等の1次冷
却材ナトリウムの液面上は,不活性なカバーガス(アルゴンガス)で覆われて
いる。さらに,1次主冷却系の配管等を設置する部屋は,1次冷却材ナトリウ
ムの漏えいに備えて,不活性ガスである窒素が充填されている。
   イ 2次主冷却系設備
     2次主冷却系設備は,循環ポンプ,蒸気発生器,配管,弁類等から構成され,
相互に独立した3つの系統(Aループ,Bループ,Cループ)が存在する(これら
は,それぞれ,上記の1次主冷却系のAループ,Bループ,Cループと接続し
ている。)。
     2次主冷却系設備は,炉心で発生した熱を中間熱交換器を介して1次冷却材ナ
トリウムから受け取り,その熱を蒸気発生器を介して水・蒸気系に伝達するほ
か,運転停止時などには補助冷却系に熱を逃がす機能を有する。この2次冷
却材ナトリウムは,1次冷却材ナトリウムと異なり,放射性(ガンマ線放出核
種)を有しない。もっとも,正確にいうと,炉心の核反応により生成されるトリチ
ウムは,拡散・透過性が高いことから,微量であるものの,中間熱交換器の伝
熱管の壁を通して,2次冷却材ナトリウムに移行する。ただし,この微量のトリ
チウムは,安全上,問題がないとされている(乙イ9,乙ニ5の1)。
     蒸気発生器は,2次冷却材ナトリウムの熱を,蒸気発生器伝熱管を介して水・蒸
気系に伝える働きをする機器である。蒸気発生器は,水を蒸気(過熱蒸気)に
変える蒸発器と,生成された蒸気を更に過熱する過熱器とから成る。
   ウ 補助冷却設備
     補助冷却設備は,空気冷却器,配管,弁類から構成され,相互に独立した3つ
の系統(Aループ,Bループ,Cループ)が存在する(これらは,それぞれ,上記
の2次主冷却系のAループ,Bループ,Cループと,分岐する形で接続してい
る。そして,空気冷却器を経て,2次主冷却系設備に再び統合される。)。
     補助冷却設備は,燃料交換時や定期検査時等の原子炉計画停止時及び原子
炉の緊急停止時に,炉心の冷却を行う機能を有する。補助冷却設備の運転
時には,1次冷却材ナトリウムの熱は,中間熱交換器を介して2次冷却材ナト
リウムに伝わり,空気冷却器から大気に放出される。
  (3) 計測制御系統施設
    計測制御系統施設は,原子炉の制御及び保護動作を監視し,異常や故障があれ
ば信号を発するなどして,原子炉の正常かつ安定した運転を保障する施設であ
る。
    計測制御系統施設は,①原子炉計装及びプロセス計装設備,②原子炉制御設
備,③原子炉保護設備,④工学的安全施設作動設備及び⑤中央制御室から構
成される。
  (4) タービン及び付属設備
    タービン設備は,過熱蒸気を利用して蒸気タービンを駆動し発電を行う設備であ
る。本件原子炉のタービン設備も,水及び蒸気を利用して発電を行う点で,軽水
炉のものと本質的には異ならない。
    タービン及び付属設備は,蒸気タービン設備,主蒸気系設備,復水設備,給水設
備及びその他の設備から構成される。
  (5) その他の設備
    本件原子炉施設には,前記設備以外に,原子炉補助施設(ナトリウム補助設備,
アルゴンガス系設備,原子炉補機冷却水設備,原子炉補機冷却海水設備,燃
料取扱及び貯蔵設備,共通保修設備,試料採取設備,機器冷却系設備,コンク
リート冷却設備),電気設備(非常用電源設備を含む。),放射性廃棄物廃棄施
設(気体廃棄物処理設備,液体廃棄物処理設備及び固体廃棄物処理設備),放
射線管理施設(遮へい設備,放射線管理設備),発電所補助設備(淡水供給設
備,換気空調設備,圧縮空気設備,ガス供給設備,補助蒸気設備,消火設備,
排水処理設備,ナトリウム供給設備)などの設備が設けられている。
 3 本件原子炉の工学的安全施設について
   工学的安全施設とは,原子炉の破損,故障等によって放射性物質の環境への放
散の可能性がある場合に,これを抑制又は防止するための機能を備えるように設
計された施設をいう。
   本件原子炉においては,上記2記載の各施設のうち,原子炉格納施設,アニュラス
循環排気装置,ガードベッセル,補助冷却設備及び1次アルゴンガス系収納施設
が工学的安全施設とされている。
   そして,原子炉容器や1次主冷却系設備等の原子炉施設の主要部分は,耐圧構
造の鋼製の容器である原子炉格納容器(内径約49.5メートル,全高約79メート
ル)に収納される。また,原子炉格納容器の周囲を取り囲む格好で,鉄筋コンクリ
ート構造物である外部遮へい建物が設置され,原子炉格納容器の胴部と外部遮
へい建物との間の密閉された下部空間(アニュラス部)は,アニュラス循環排気装
置によって負圧に保つようにされている。
第5 本件許可処分における審査手続
 1 規制法の内容 
   規制法23条1項4号は,研究開発段階にある原子炉として政令で定める原子炉
(本件原子炉施設は,これに該当する。)を設置しようとする者は,主務大臣(内閣
総理大臣)の許可を受けなければならないものと規定している。これを受けて同法
24条1項は,「主務大臣は,第23条第1項の許可の申請があった場合において
は,その申請が,次の各号に適合していると認めるときでなければ,同項の許可を
してはならない。」と定めている。このうち,同法24条1項1号は,原子炉が平和の
目的以外に利用されるおそれがないこと,同項2号は,その許可をすることによっ
て原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこと,同
項3号は,申請者(原子炉を設置しようとする者)に,原子炉を設置するために必要
な技術的能力及び経理的基礎があり,かつ,原子炉の運転を適確に遂行するに足
りる技術的能力があること,同項4号は,当該申請に係る原子炉施設の位置,構
造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。),核燃料物質によつて汚染され
た物(原子核分裂生成物を含む。)又は原子炉による災害の防止上支障がないも
のであることを,それぞれ要件として定めている。要するに,規制法は,主務大臣
(内閣総理大臣等)が原子炉設置許可申請の際にこれらの要件を充足するか否か
の審査を行うべきものと定めている。
   さらに,規制法24条2項は,「主務大臣は,第23条第1項の許可をする場合にお
いては,あらかじめ,前項第1号,第2号,第3号(経理的基礎に係る部分に限る。)
に規定する基準の適用については原子力委員会,同項第3号(技術的能力に係る
部分に限る。)及び第4号に規定する基準の適用については原子力安全委員会の
意見を聴き,これを十分に尊重してしなければならない。」と定めている。
 2 原子炉設置許可申請に対する審査手続の概要(ただし,本件許可申請当時のも
の)
(1) 研究開発段階にある原子炉を設置しようとする者は,規制法23条,同法施行
令6条,原子炉規則1条の3に基づき,内閣総理大臣に対し,原子炉の設置許
可申請を行う。
  (2) 内閣総理大臣は,当該許可申請が規制法24条1項各号所定の許可要件に適
合しているか否かを審査する。審査は,その所部の機関である科学技術庁が行
う。
  (3) 科学技術庁は,その審査に当たり,必要に応じ,原子力安全技術顧問(原子力
の安全に関する各専門分野において,高度な専門技術的知見を持つ学識経験
者の中から,科学技術庁長官が委嘱した者)から,その専門技術的見地からの
意見を徴する。科学技術庁は,その意見を求めるに当たって必要があるときは,
関係の原子力安全技術顧問による会合を開催する。
  (4) 内閣総理大臣は,当該許可申請につき,規制法24条1項1号,2号及び3号(経
理的基礎に係る部分に限る。)の各要件適合性については原子力委員会に,同
項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号の各要件適合性については原
子力安全委員会にそれぞれ諮問する。当該諮問に際しては,科学技術庁が行
った安全審査の内容をまとめた安全審査書案が原子力安全委員会に提出され
る。
  (5) 原子力委員会は,当該許可申請が規制法24条1項1号,2号及び3号(経理的
基礎に係る部分に限る。)の各要件適合性について審議し,内閣総理大臣に対
しその結果を答申する。
  (6) 原子力安全委員会は,当該許可申請が規制法24条1項3号(技術的能力に係
る部分に限る。)及び4号の各要件適合性について審議し,内閣総理大臣に対し
その結果を答申する。
    原子力安全委員会は,4号の要件に関しては,必要に応じ,同委員会に設置され
ている原子炉安全専門審査会(以下「安全審査会」ともいう。)に対し,その調査
審議を指示する(原子力委員会及び原子力安全委員会設置法16条)。
    安全審査会は,原子炉の安全性に関する専門の事項について,適切かつ効率的
に調査審議を行うために,部会を置くことができ(原子炉安全専門審査会運営規
程7条),通常は,原子炉設置許可申請ごとに部会が置かれる。
    部会は,調査審議の方針等を検討した上,専門分野別にグループ分けを行い,
グループ単位あるいは部会全体で調査審議を行う。部会は,その状況及び結果
を適宜,安全審査会に報告し,安全審査会における審議に付する。
    さらに,原子力安全委員会は,4号の要件適合性を審議するに当たって,公開ヒ
アリング等を実施して,当該原子炉施設固有の安全性について,地元住民の意
見を参酌する(「原子力安全委員会の当面の施策について」昭和53年12月27
日原子力安全委員会決定,昭和57年11月25日一部改正)。
  (7) 内閣総理大臣は,原子力委員会及び原子力安全委員会の各答申を十分に尊
重し(規制法24条2項),またあらかじめ通商産業大臣の同意(規制法71条1項
1号)を得た上,当該設置許可申請の許否について最終的な判断をし,処分を
行う。
(以上につき,当事者間に争いのない事実,弁論の全趣旨)
 3 本件許可処分における具体的審査手続
   証拠(乙7ないし10,乙11ないし14の各1ないし3,乙16,乙17,乙20,乙22及
び23)及び弁論の全趣旨によれば,本件許可処分における具体的審査手続は,
次のとおりであったことが認められる。
  (1) 本件申請者は,昭和55年12月10日,内閣総理大臣に対し,規制法23条に基
づき,本件許可申請をした(なお,本件申請者は,昭和56年12月28日と昭和5
8年3月14日の2回にわたって,申請書及び同添付書類の一部を補正した。)。
  (2) 内閣総理大臣は,直ちに,科学技術庁に上記申請に係る審査を行わせた。
  (3) 科学技術庁は,必要に応じ,原子力安全技術顧問から専門技術的見地からの
意見を聴取するなどした上,本件許可申請は規制法24条1項各号の許可要件
に適合すると判断した。
  (4) 内閣総理大臣は,昭和57年5月14日,科学技術庁の意見を付して,本件許可
申請について,規制法24条1項1号,2号及び3号(経理的基礎に係る部分に
限る。)の各要件適合性については原子力委員会に,また,同項3号(技術的能
力に係る部分に限る。)及び4号の各要件適合性については原子力安全委員会
にそれぞれ諮問した。原子力安全委員会への諮問に際しては,科学技術庁が
作成した昭和57年3月付けの「動力炉・核燃料開発事業団高速増殖炉もんじゅ
発電所の原子炉の設置に係る安全審査書案」(以下「安全審査書案」という。)
が原子力安全委員会に提出された(なお,昭和58年3月にその一部が修正され
ている。)。
  (5) 原子力委員会は,諮問を受けて審議した結果,昭和58年4月26日,内閣総理
大臣に対し,本件許可申請が規制法24条1項1号,2号及び3号(経理的基礎
に係る部分に限る。)の各要件に適合していると認める旨答申した。
  (6) 原子力安全委員会は,諮問を受けて,昭和57年5月14日,安全審査会に対し
規制法24条1項4号に係る事項について調査審議を指示した。当時,安全審査
会は,原子炉工学,核燃料工学,熱工学,放射線物理学等の原子炉施設に関
する専門的分野を始め,地震学,地質学及び気象学等に及ぶ広範な分野から
選ばれた審査委員44人により構成されていた。
  (7) 安全審査会は,上記指示に係る調査審議を適切かつ効率的に行うため,昭和5
7年5月18日,28人の審査委員からなる第16部会を設置した。
  (8) 第16部会は,主として原子炉施設に係る事項を担当するAグループ,主として
公衆の被曝線量評価等の環境面に係る事項を担当するBグループ,主として地
質,地盤,地震,耐震設計等の自然的立地条件に係る事項を担当するCグルー
プに分かれ,各グループにおいて検討をした。また,同部会は,随時,全体の会
合を開いて各グループに関係する事項の検討を行い,現地調査も行った。そし
て,同部会は,適宜その審査状況を安全審査会に報告し,安全審査会の審議に
付した。 
    第16部会においては,全体会合7回,現地調査8回,Aグループ会合21回,Bグ
ループ会合14回,Cグループ会合10回の会合等が開催された。
  (9) 原子力安全委員会は,昭和57年7月2日,福井県敦賀市において公開ヒアリン
グを開催した。同公開ヒアリングにおいて提出された意見等のうち,規制法24
条1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)に係る事項については,直接これ
を参酌し,同項4号に係る事項については,同年9月2日,安全審査会にこれを
参酌するよう指示した。
  (10) 第16部会は,昭和58年4月12日,それまでの調査審議の結果を安全審査会
に報告した。安全審査会は,同報告を基に調査審議を更に行い,同年4月20
日,本件許可申請が規制法24条1項4号の要件に適合すると判断する旨の調
査審議結果を原子力安全委員会に報告した。
  (11) 原子力安全委員会は,本件許可申請の規制法24条1項3号(技術的能力に係
る部分に限る。)の要件適合性については自ら審議し,また,同項4号の要件適
合性については安全審査会の上記報告を踏まえた上で審議した。その結果,原
子力安全委員会は,昭和58年4月25日,内閣総理大臣に対し,本件許可申請
が上記各要件に適合していると認める旨答申した。
  (12) 内閣総理大臣は,原子力委員会及び原子力安全委員会の上記各答申を受
け,また,昭和58年4月28日に通商産業大臣の同意を得た上,本件許可申請
は規制法24条1項各号の要件に適合していると判断し,同年5月27日,規制
法23条1項に基づき,本件許可処分をした。
第6 本件許可処分における具体的審査基準等
 1 本件安全審査に用いられた審査基準等
   証拠(乙4,乙9及び乙14の3)によれば,本件許可申請に対する安全審査(以下
「本件安全審査」という。)に用いられた審査基準等は,次のとおりであると認めら
れる。
  (1) 本件安全審査に用いられた審査基準
   ①「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて」(昭和39
年5月27日原子力委員会決定,以下「原子炉立地審査指針」という。)
   ②「高速増殖炉の安全性の評価の考え方について」(昭和55年11月6日原子力
安全委員会決定,以下「評価の考え方」という。)
   ③「発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針について」(昭和57年1月28
日原子力安全委員会決定)
   ④「プルトニウムを燃料とする原子炉の立地評価上必要なプルトニウムに関するめ
やす線量について」(昭和56年7月20日原子力安全委員会決定)
   ⑤「許容被曝線量等を定める件」(昭和35年9月30日科学技術庁告示第21号)
  (2) 参考として用いられた指針
⑥「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針について」(昭和52年6
月14日原子力委員会決定,以下「安全設計審査指針」という。)
   ⑦「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」(昭和53年9月29
日原子力委員会決定,以下「安全評価審査指針」という。)
   ⑧「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針について」(昭
和51年9月28日原子力委員会決定)
   ⑨「発電用軽水型原子炉施設における放出放射性物質の測定に関する指針」(昭
和53年9月29日原子力委員会決定)
   ⑩「発電用軽水型原子炉施設の火災防護に関する審査指針について」(昭和55年
11月6日原子力安全委員会決定)
   ⑪「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針について」(昭和56年7月20日
原子力安全委員会決定,以下「耐震設計審査指針」という。)
   ⑫「発電用軽水型原子炉施設における事故時の放射線計測に関する審査指針に
ついて」(昭和56年7月23日原子力安全委員会決定)
   ⑬「「我が国の安全確保対策に反映させるべき事項」について」(昭和56年7月23
日原子力安全委員会決定)
   ⑭「「我が国の安全確保対策に反映させるべき事項」について(審査,設計及び運
転管理に関する事項)」(昭和55年6月23日原子力安全委員会決定)
   ⑮「「放射性液体廃棄物処理施設の安全審査に当たり考慮すべき事項ないしは基
本的な考え方」について」(昭和56年9月28日原子力安全委員会決定)
   ⑯「被曝計算に用いる放射線エネルギー等について」(昭和50年11月19日策定
の原子炉安全専門審査会内規)
   ⑰「発電用軽水型原子炉施設の安全審査における一般公衆の被曝線量評価につ
いて」(昭和52年6月17日策定の原子炉安全専門審査会内規)
   ⑱「原子力発電所の地質,地盤に関する安全審査の手引き」(昭和53年8月23日
策定の原子炉安全専門審査会内規)
 2 「評価の考え方」について
  (1) 上記の審査基準のうち,②の「評価の考え方」(「高速増殖炉の安全性の評価の
考え方について」)は,高速増殖炉の安全審査をするために特に策定された指
針である。この指針は,原子力安全委員会が原子炉安全基準専門部会の報告
を受けて,昭和55年11月6日に決定したものであり,高速増殖炉である本件原
子炉の安全審査においては,中核となる審査基準である。
 (乙4,弁論の全趣旨)
  (2) この「評価の考え方」は,
    「2 検討結果」の(1)の項で,「液体金属冷却高速増殖炉(以下「LMFBR」とい
う。)は,①原子炉冷却系は低圧,高温の使用条件で設計されているが,冷却材
であるナトウムの沸点が高いので冷却材最高使用温度が沸騰温度より十分低
い。②燃料にプルトニウム-ウラン混合酸化物を使用し,高速中性子による反
応を主体とした増殖可能な炉心であって,出力密度及び燃焼度が高い。③プラ
ントとしてみた場合には,原子炉冷却系と蒸気系の間に中間冷却系を有し,また
ナトリウム液面上にはカバーガス系を有している等,軽水型原子炉と異なる多く
の特徴を有している。従って安全性の評価に当たっては,これらの特徴を十分
踏まえて原子炉施設の位置,構造及び設備が災害の防止上支障がないもので
あることを評価する必要がある。」と述べ,
    (2)の項では,「我が国におけるLMFBRの運転までの経験としては,高速実験炉
「常陽」があるが,LMFBRの開発は,我が国の自主技術によるプロジェクトとし
て国際協力も行いながら広範な関連研究開発が進められており,これら研究開
発及び建設,運転を通じて多くのデータ,解析手法の使用経験等が蓄積されつ
つある。安全性の評価に当たっては,これらのデータ,解析手法等の実績につ
いて,十分考慮するとともに適切な余裕を見込んで評価する必要がある。」と述
べている。
    そして,(3)の項で,LMFBRの安全性の評価に当たって適用又は参考とすべき既
存の各種安全審査指針を掲げるとともに,参考にすべきとした,本来は発電用
軽水型原子炉施設を対象とした指針である前記⑥の「安全設計審査指針」(「発
電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針について」),⑦の「安全評
価審査指針」(「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」)及び
⑪の「耐震設計審査指針」(「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針に
ついて」)については,参考とする際に配慮検討すべき事項を別紙として示した。
  (3) 上記別紙において,「評価の考え方」が示す事項は,概ね次のとおりである。
   ア LMFBRの安全設計について(安全設計基準)
     LMFBRの安全設計については,安全設計審査指針及び耐震設計審査指針を
参考とするが,LMFBR特有の設計上の特徴に関し,以下の①ないし⑪の項
目について十分検討を行い,系統及び機器の故障並びに異常の発生を極力
小さくするとともに,万一の事故の発生に際し,その拡大を防止し放射能物質
の放出を抑制することについて十分に配慮したものとすることが必要であると
し,各項目ごとに考慮すべき事項を指示している。
      ①炉心,②燃料,③ナトリウム,④ナトリウムボイド,⑤原子炉停止系,⑥原子
炉冷却材バウンダリ及びカバーガス等のバウンダリ,⑦中間冷却系,⑧崩
壊熱の除去,⑨格納容器,⑩高温構造,⑪耐震性
   イ LMFBRの安全評価について(安全評価基準)
     LMFBRの安全評価については,安全評価審査指針を参考とするが,これにL
MFBRの特徴を加えて評価する必要があるとして,次のような観点から想定
すべき事象,判断の基準等の基本的考え方を示している。
    (ア) LMFBR原子炉施設の設計の基本的方針の妥当性を確認するため,「運転
時の異常な過渡的変化」及び「事故」として各種の代表的事象を選定し評
価を行う。
    (イ) これらの代表事象の選定に当たっては,LMFBRの特徴を考慮し,     
(あ) 「運転時の異常な過渡的変化」としては,
      ① 炉心内の反応度又は出力分布の異常な変化
      ② 炉心内の熱発生又は熱除去の異常な変化
      ③ ナトリウムの化学反応
      ④ その他必要と認められる運転時の異常な過渡変化
     (い) 「事故」としては,
① 炉心内の反応度の増大
② 炉心冷却能力の低下
③ 燃料取扱いに伴う事故
④ 廃棄物処理設備に関する事故
⑤ ナトリウムの化学反応
⑥ 原子炉カバーガス系に関する事故
⑦ その他必要と認められる事故
の各事象を選定して評価を行う。
    (ウ) 上記各事象の判断基準は,以下のとおりである。
     (あ) 運転時の異常な過渡的変化
       想定した事象の発生に伴う過渡現象は,炉心が損傷に至る前に収束され,
炉心は通常運転に復帰できる状態が維持されなければならない。それ
ぞれの事象に応じてこのことを判断する基準は,以下のとおりとする。
      ① 燃料被覆管は機械的に破損しないこと。
      ② 冷却材は沸騰しないこと。
      ③ 燃料最高温度が燃料溶融温度を下回ること。
     (い) 事故
       想定した事故事象によって外乱が原子炉施設に加わっても,事象に応じて
炉心の溶融の恐れがないこと及び放射線による敷地周辺への影響が大
きくならないよう核分裂生成物放散に対する障壁の設計が妥当であるこ
とを確認しなければならない。このことを確認する基準は,以下のとおり
とする。
      ① 炉心は大きな損傷に至ることなく,かつ,十分な冷却が可能であること。
      ② 原子炉格納容器の漏洩率は,適切な値以下に維持されること。
      ③ 周辺の公衆に対し,著しい放射線被ばくのリスクを与えないこと。
        なお,これらの判断基準による評価の他にも,必要に応じLMFBRの特徴
を踏まえ評価を行うものとする。
    (エ) 「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」の解析に当たっては,LMFBRの
特徴を踏まえ以下の諸点について考慮するとともに,安全評価審査指針の
「5.解析に当たって考慮すべき事項 5.1運転の異常な過渡変化及び事
故」を参考とする。
     (あ) 核的因子
  炉心中心領域でナトリウムボイド係数が正となりうること。
     (い) 熱流力的因子
       熱の発生と除去のバランスが崩れる状態として,熱発生の増加となる反応度
の投入,熱除去の低下となる局所事故に特に配慮が必要であること。
     (う) 機械的因子
      ①冷却系が高温で炉心出入口の温度差が大きく,また,ナトリウムの熱伝導
性が優れているので大きな熱応力が発生しうること。
      ② ナトリウム蒸気に起因する機械的な影響に対する考慮が必要であること。
     ③炉心における高速中性子照射量が大きいこと及びクリープ特性を常に考
慮しておく必要があること。
      ④冷却材漏洩事故を想定する場含の配管破損の形態と大きさに関しては,
十分な検討が必要であること。
     (え) 化学的因子
       ナトリウムによる腐食,ナトリウム-水反応,ナトリウム火災,ナトリウム-コ
ンクリート反応,ナトリウムと保温材の反応,ナトリウムのよう素トラッピン
グ能力等について配慮が必要であること。
    (オ) 前記((イ).(い))にいう「事故」より更に発生頻度は低いが結果が重大である
と想定される事象については,LMFBRの運転実績が僅少であることに鑑
み,その起因となる事象とこれに続く事象経過に対する防止対策との関連
において十分に評価を行い,放射性物質の放散が適切に抑制されることを
確認する。 
    (カ) LMFBR原子炉施設の立地条件の適否を評価する観点から想定する必要
のある事象を対象とし,前項(オ)までに考慮した事象の中から放射性物質
の放出の拡大の可能性を考慮し,技術的に最大と考えられる放射性物質
の放出量を想定して重大事故の評価を行う。更に,仮想事故についても同
様の観点から重大事故としてとりあげた事象等を踏まえてより多くの放射
性物質の放出量を仮想して評価を行う。
(以上につき,乙4)
 3 「評価の考え方」が「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」の解析に当たって参考
とすることとした安全評価審査指針の内容
   この安全評価審査指針(「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指
針」)は,原子力委員会が発電用軽水型原子炉施設を対象とする審査基準として
昭和53年9月29日に策定した指針であるが,「運転時の異常な過渡変化」及び
「事故」について,次のように定めている。
  (1) 運転時の異常な過渡変化について
   ア 評価すべき範囲
     「運転時の異常な過渡変化」とは,原子炉の運転状態において原子炉施設寿命
期間中に予想される機器の単一故障又は誤動作若しくは運転員の単一誤操
作などによって,原子炉の通常運転を超えるような外乱が原子炉施設に加え
られた状態及び,これらと類似の頻度で発生し,原子炉施設の運転が計画さ
れていない状態にいたる事象をいう。
   イ 判断基準
     想定した事象の発生に伴う過渡現象下において,炉心は損傷に至る前に収束
され通常運転に復帰できる状態にならなければならない。
(2) 事故について
   ア 評価すべき範囲
     「事故」とは,前記「運転時の異常な過渡変化」を超える異常状態であって,発生
頻度は小さいが,発生した場合は原子炉施設からの放射能の放出の可能性
があり,原子炉施設の安全性を評価する観点から想定する必要がある事象を
いう。  
   イ 判断基準
     想定した事故事象によって外乱が原子炉施設に加わっても,事象に応じて炉心
の溶融の恐れがないこと及び放射線による敷地周辺への影響が大きくならな
いよう核分裂生成物放散に対する障壁の設計が妥当であることを確認しなけ
ればならない。
  (3) 解析に当たって考慮すべき事項について
   ア 解析に当たって考慮する範囲
     運転時の異常な過渡変化及び事故の解析に当たっては,当該原子炉の通常運
転範囲全域について考慮しなければならない。すなわち,サイクル期間中の
炉心燃焼度変化や燃料交換等による長期的な変動及び運転中予想される異
った運転モードを考慮して解析しなければならない。
     解析すベき事象については,その事象が発生してから収束されるまでの間の計
測制御系,安全保護系,工学的安全施設等の作動状況及び運転員の操作の
態様を十分に検討した上解析しなければならない。
   イ 解析に使用するモデル及びパラメータ
解析に当たって使用するモデル及びパラメータは評価の結果が厳しくなるように
選定しなければならない。但し,評価目的の範囲内で合理的なものを用いて
もよい。
さらに,モデル及びパラメータの選定に当たっては次のような注意が必要であ
る。
(ア) 圧力バウンダリの圧力,炉心の核熱特性,周辺公衆に対する放射線被曝等
事象が多岐にわたる場合には,選定するモデル及びパラメータは着目する
事象毎に観点を変えて評価しなければならない。
    (イ) パラメータに不確定因子が考えられる場合には,これをカバーするために適
切な安全余裕を見込まなければならない。
   ウ 故障等の仮定
各事象の解析に当たっては,以下の事項を満足させなければならない。
    (ア) 解析に当たっては,想定された事象に加え,作動を要求される安全系の機
能別に結果を最も厳しくする単一故障を仮定しなければならない。
      機器の故障については,事故発生後短期間における動的機器の単一故障又
は長期間における動的機器若しくは静的機器の故障を考えるものとする。
但し,静的機器にあっては単一故障を仮定したときに所定の安全機能を達
成できるように設計されている場合,その故障が安全上支障がない期間内
に除去若しくは修復が出来る場合,又はその故障の確率が十分に低い場
合は仮定から除外してよい。
    (イ) 事象の影響を緩和するのに必要な運転員の手動操作については,適切な
時間的余裕を考慮しなければならない。
    (ウ) 事故の解析に当たって,工学的安全施設の作動が要求される場合には,外
部電源の喪失を考慮しなければならない。
   エ 計算手法
     各事象の計算に当たっては,使用される各種計算コード等については主要な入
力とともに,使用の妥当性を確認しなければならない。
   オ 重大事故及び仮想事故
重大事故及び仮想事故の解析に当たっては,「原子炉立地審査指針」の趣旨に
のっとって行なわなければならない。
 (以上につき,乙4)
   なお,以下において,「評価の考え方」及び「安全評価審査指針」が定める「運転時
の異常な過渡変化」及び「事故」の各事象を合わせて「設計基準事象」,また,「事
故」を「設計基準事故」ということがある。
第7 ナトリウム漏えい事故の発生
   平成7年12月8日,本件原子炉施設において,ナトリウム漏えい事故(以下「本件
ナトリウム漏えい事故」という。)が発生した。発生したのは,2次主冷却系のCルー
プの配管室(原子炉補助建物の4階の部屋番号A-446)である。漏えい箇所は,
2次主冷却系配管(中間熱交換器出口側の配管)に取り付けられていた温度計の
箇所であり,そのさや管の細管部が破損して当該破損部から,配管室内に2次冷
却材ナトリウムが漏えいして,ナトリウム火災を起こした。
   本件ナトリウム漏えい事故は,本件原子炉が規制法28条1項に基づく使用前検査
を受けている最中に起きた事故である。すなわち,本件原子炉は,使用前検査の
一項目である,電力出力40パーセントでのプラント・トリップ試験(緊急停止試験)
を行うため,平成7年12月6日午後10時ころに原子炉を起動して,同月8日午後4
時30分ころ発電機を併入(発電を開始)したが,原子炉出力が約43パーセント,
電気出力が約40パーセントの状態にあった同月8日午後7時47分ころにナトリウ
ムの漏えいが始まり,その後の運転停止,ナトリウムの緊急ドレン(抜き取り)によ
って漏えいが終息したのは,事故発生から約3時間40分後であった。その間に漏
えいしたナトリウムの量は,640±42キログラム(約0.7トン)と推定されている
が,これは,2次主冷却系Cループ内にあるナトリウム量全体(約280トン)の約0.
3パーセントに相当する。
   本件ナトリウム漏えい事故の炉心本体に対する影響はなかったが,同事故により
使用前検査(規制法24条1項)は中止され,以後,現在に至るまで本件原子炉は
運転を停止している。
(争いのない事実,弁論の全趣旨)
第8 本件申請者の変更許可申請
   本件申請者は,本件ナトリウム漏えい事故後,その原因調査,各種実験,本件原
子力施設の安全性総点検などを実施した。そして,本件申請者(核燃料サイクル開
発機構)は,地元自治体の同意を得て,平成13年6月6日,被控訴人(経済産業
大臣)に対し,規制法26条1項の規定に基づき本件原子炉の設置変更許可申請
(以下「本件変更許可申請」という。)をした。その変更の理由は,「空気雰囲気下で
のナトリウム漏えいに伴う火災に対する影響緩和機能の充実,強化を図るため,2
次ナトリウム補助設備の一部を変更する。」というものである。
   さらに,本件申請者は,原子力安全・保安院から文書をもって,本件原子炉の「安
全性総点検の一環として,蒸気発生器伝熱管における高温ラプチャ発生防止に関
連する蒸気発生器計装等の設置許可申請書における記載を一層明確化するよう」
にとの指示を受け,平成13年12月13日,本件変更許可申請に係る申請書の本
文及び添付書類の一部について補正をした。
   本件変更許可申請は,原子力安全・保安院の事前審査を受けた後,原子力安全
委員会の安全審査(調査・審議)の結果の答申を経て,被控訴人(経済産業大臣)
がその許否を決することとなる。
(乙イ94,96,97,弁論の全趣旨)
第9 世界における高速増殖炉の現状
   高速増殖炉は,発電(運転)しながら消費した燃料以上の燃料を生み出すことか
ら,「夢の原子炉」といわれ,次世代の原子炉として,世界の主要な先進国がこぞっ
てその研究開発に取り組んだ原子炉である。しかし,現在においては,アメリカ,イ
ギリス,フランス,ドイツなどの主要な先進国は,高速増殖炉の研究開発を中止若
しくは断念している。なかでもフランスは,世界で唯一,原型炉の次の段階である実
証炉(スーパーフェニックス)を完成させた国であるが,そのフランスでさえも,巨額
な資金を投じて建設した実証炉を閉鎖する決定をした。各国が高速増殖炉の研究
開発を中止又は断念する政策判断をしたのには,各国の様々な国内事情があり,
その理由,原因は一様ではない。しかし,各国に共通する事情を探れば,高速増
殖炉の研究開発には巨額な資金を必要とする一方で,安全性を確保する技術と知
見を確立するにはなお解決困難な課題が残されており,将来的に見て,商業炉とし
ては採算性が期待できないことが,その政策変更の理由の一つになっていたと認
められる。ロシアは,早くに原型炉を完成させ,実証炉の建設にも着手したが,財
政難とチェルノブイリ原発事故の影響で,実証炉の建設を中止している。このた
め,ロシアも,原型炉の稼働は継続しているものの,将来の見通しは立っていない
のが現状である。
   これに対して,我が国は,これまでのところ,高速増殖炉の実用化を目指す方針を
堅持している。したがって,原型炉を完成させる段階にまで至った国の中では,事
実上,我が国だけが実用化の道を進んでいることとなる。
(甲イ391ないし395,454,乙1,弁論の全趣旨)
        第2節 原子炉設置許可処分の司法審査と処分の無効要件
第1 原子炉設置許可処分の司法審査
 1 原子炉設置許可処分の特質
  (1) 前記(第1章,第1節 第5の1)のとおり,規制法24条1項は,原子炉設置許可
申請に対し,その申請が同項1号ないし4号の各号に適合していると認めるとき
でなければ,主務大臣は許可をしてはならない,と定めている。さらに,同条2項
は,主務大臣は許可をする場合においては,あらかじめ,同条1項第1号,第2
号,第3号(経理的基礎に係る部分に限る。)に規定する基準の適用については
原子力委員会の,同条1項第3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び第4号
(当該申請に係る原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質,核燃料物
質によつて汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障がないこと)に規
定する基準の適用については原子力安全委員会の意見を聴き,これを十分に
尊重してしなければならない,と定めている。
    そして,原子力安全委員会は,核燃料物質及び原子炉に関する規制のうち,安
全の確保のための規制に関することなどを所掌事務とする委員会であり,同委
員会には,学識経験者及び関係行政機関の職員で組織される安全審査会(原
子炉安全専門審査会)が置かれ,原子炉の安全性に関する事項の調査審議に
当たるものとされている(以上につき,昭和58年法律第78号による改正前の原
子力委員会及び原子力安全委員会設置法2条,13条,16条,17条)。
  (2) 規制法において,原子炉設置許可における安全性の基準として,上記のように
定められた趣旨は,原子炉が原子核分裂の過程において高エネルギーを放出
する核燃料物質を燃料として使用する装置であり,その稼働により,内部に人体
に極めて有害な放射性物質を多量に発生させるものであって,原子炉を設置し
ようとする者が原子炉の設置,運転につき所定の技術的能力を欠くとき,又は原
子炉施設の安全性が確保されないときは,当該原子炉施設の従業員やその周
辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって汚
染するなど,深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ,このような
災害が万が一にも起こらないようにするため,原子炉設置許可の段階で,原子
炉を設置しようとする者(申請者)の技術的能力並びに申請に係る原子炉施設
の位置,構造及び設備の安全性につき,科学的,専門技術的見地から,十分な
審査を行わせることにあるものと解される。
  (3) ところで,技術的能力を含めた原子炉施設の安全性に関する審査は,当該原子
炉施設そのものの工学的安全性,平常運転時における従業員,周辺住民及び
周辺環境への放射線の影響,事故時における周辺地域への影響等を,原子炉
設置予定地の地形,地質,気象等の自然的条件,人口分布等の社会的条件及
び当該原子炉設置者の技術的能力との関連において,多角的,総合的見地か
ら検討するものであり,しかも,この審査の対象には,将来の予測に係る事項も
含まれているのであって,同審査においては,原子力工学はもとより,多方面に
わたる極めて高度な最新の科学的,専門技術的知見に基づく総合的判断が必
要とされるものであることが明らかである。そして,規制法24条2項が,「主務大
臣は,原子炉設置の許可をする場合においては,同条1項3号(技術的能力に
係る部分に限る。)及び4号所定の基準の適用について,あらかじめ原子力安
全委員会の意見を聴き,これを十分に尊重してしなければならない。」と定めて
いるのは,このような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し,上記
各号所定の基準の適合性については,専門的な学識経験者等を擁する原子力
安全委員会の科学的,専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う主務大臣
の合理的な判断にゆだねる趣旨と解される(以上(2),(3)の説示につき,最高裁
判所第1小法廷平成4年10月29日判決・民集46巻7号1174頁参照。以下,
この最高裁判決を「伊方最高裁判決」という。なお,伊方最高裁判決において判
断の対象となった伊方原子力発電所についての原子炉設置許可処分がなされ
た当時においては,原子力委員会が現在の原子力安全委員会(昭和53年設
置)の所掌事務も所管していたため,当時の規制法(昭和52年法律第80号に
よる改正前のもの)24条2項の規定も,内閣総理大臣が原子炉設置許可処分
をする場合においては,同条1項各号に規定するすべての基準の適用につい
て,原子力委員会の意見を聴き,これを尊重してしなければならないと規定して
おり,そのため,伊方最高裁判決は,規制法24条1項3号(技術的能力に係る
部分に限る。)及び4号所定の基準の適用については,「原子力委員会の科学
的,専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断
にゆだねる趣旨と解するのが相当である。」と判示している。しかし,法律改正に
よって,原子炉等の安全の確保に関する事務が原子力安全委員会の所掌事務
とされ,規制法24条2項も,主務大臣は,原子炉設置の許可をする場合におい
ては,同条1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号所定の基準の適
用について,あらかじめ原子力安全委員会の意見を聴き,これを十分に尊重し
てしなければならないと定めるようになったのであるから,本件訴訟において伊
方最高裁判決を参考とするに当たっては,上記のように修正して理解すべきこと
になる。)。
  (4) 上記のような原子炉設置の安全性に関する基準適合性の有無が,原子力安全
委員会の科学的,専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う主務大臣(内閣
総理大臣)の合理的な判断にゆだねられているということは,主務大臣に専門技
術的裁量が認められていると解することができる。しかしながら,その基準適合
性の判断(裁量)は,規制法の趣旨に従い,あくまで安全確保の見地から,科学
的かつ合理的に行うものでなければならない。したがって,この主務大臣に認め
られた裁量(専門技術的裁量)は,非科学的であってはならず,かつまた,安全
性にかかわらない政策的要素を考慮する余地がないという点において,他の分
野で認められている「裁量」(政治的,政策的裁量)とは,その性質,内容を異に
するというべきである。
 2 住民が原子炉設置許可処分の効力を争う場合に主張が許される違法事由
(1) 住民が原子炉の設置許可処分に対して抗告訴訟を提起した場合,その訴訟類
型としては,取消訴訟と無効等確認訴訟の二者が想定される。
    ところで,行政事件訴訟法は,取消訴訟について,「当該処分又は裁決の取消し
を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り,提起することができる」と規定
し(9条),また,「自己の法律上の利益に関係しない違法を理由として取消しを
求めることができない」とも定めている(10条1項)。他方,無効等確認訴訟につ
いては,「無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で,当該処分
若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関す
る訴えによって目的を達することができないものに限り,提起することができる」
と規定するのみで(36条),上記10条1項の規定を準用していない。
    しかし,無効等確認訴訟も,取消訴訟と同じく,自己の権利利益の救済を求める
ことを目的とする主観訴訟であることには変わりがないのであるから,「自己の
法律上の利益に関係しない違法」の主張を認めるべき合理的根拠は,見あたら
ない。したがって,同法10条1項の規定は,無効等確認訴訟に類推適用され,
住民原告は,自己の法律上の利益に関係しない違法を理由として,原子炉設置
許可処分の無効等確認を求めることはできないと解すべきである。
  (2) 本件は,原子炉設置許可処分の無効確認訴訟である。そこで,本件において,
住民である控訴人(原審原告)らに主張が認められる事由につき検討する。
    規制法24条1項各号のうち,1号,2号及び3号(経理的基礎に係る部分に限
る。)の基準要件が住民個人の利益に関係しないものであることは,明らかであ
る。したがって,本件において,控訴人らが上記各号の基準適合性の違法を主
張することは,許されない。
    これに対して,規制法24条1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号を
原子炉設置許可の基準としたのは,原子炉を設置しようとする者が原子炉の設
置,運転につき必要な技術的能力を欠くとき,又は原子炉施設の安全性が確保
されないときは,当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身体に
重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって汚染するなど,深刻な災害
を引き起こすおそれがあることからに他ならない。したがって,これらの基準適合
性の審査に過誤,欠落があれば,重大な原子炉事故が起こる可能性があり,事
故が起こったときには,原子炉施設の付近住民に直接的かつ重大な被害を及
ぼす危険性があるというべきであるから,控訴人らは,上記各基準適合性の違
法を本件において主張することができるというべきである。また,規制法が,主務
大臣は同各号に規定する基準の適用については原子力安全委員会の意見を十
分に尊重しなければならない,と規定している(同法24条2項)ことからすると,
上記各号の審査に関する手続上の瑕疵も,控訴人らは,違法事由として主張が
許されると解すべきである。
    もっとも,3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号に関するものではあって
も,原子炉施設の従業員の被害にかかわる事由は,住民である控訴人らの個
人的権利利益に関係するものではないから,控訴人らがこれを違法事由として
主張することは許されない。
 3 原子炉設置許可段階における安全審査の対象事項
  (1) 規制法は,その規制の対象を,製錬事業(第2章),加工事業(第3章),原子炉
の設置,運転等(第4章),再処理事業(第5章),核燃料物質等の使用等(第6
章),国際規制物質の使用(第6章の2)に分け,それぞれにつき主務大臣の指
定,許可,認可等を受けるべきものとしているのであるから,第4章所定の原子
炉の設置,運転等に対する規制は,専ら原子炉設置の許可等の第4章所定の
事項をその対象とするものであって,他の各章において規制することとされてい
る事項までをその対象とするものでないことは明らかである。
  (2) また,規制法第4章の原子炉の設置,運転等に関する規制の内容をみると,原
子炉の設置の許可,変更の許可(23条ないし26条の2)のほかに,設計及び工
事の方法の認可(27条),使用前検査(28条),保安規定の認可(37条),定期
検査(29条),原子炉の解体の届出(38条)等の各規制が定められており,これ
らの規制が段階的に行われることとされている。したがって,原子炉の設置の許
可の段階においては,専ら当該原子炉の基本設計のみが規制の対象となるの
であって,後続の設計及び工事の方法の認可(27条)の段階で規制の対象とさ
れる当該原子炉の具体的な詳細設計及び工事の方法は規制の対象とはならな
いものと解すべきである。
    以上にみた規制法の規制の構造に照らすと,原子炉設置の許可の段階の安全
審査においては,当該原子炉施設の安全性にかかわる事項のすべてをその対
象とするものではなく,その基本設計の安全性にかかわる事項のみをその対象
とするものと解するのが相当である(以上(1),(2)につき,伊方最高裁判決参
照)。
  (3) ところで,ここでいう「基本設計」なる概念は,規制法等の法律上に定義規定が
あるわけではないから,ある特定の事項が「基本設計の安全性にかかわる事
項」に該当するのか,それとも,後の設計及び工事の方法の認可の段階での規
制対象となるのかは,法律上一義的に明確ではない。しかし,既述のように原子
炉設置許可の基準適合性が,専門的な学識経験者等を擁する原子力安全委員
会の科学的,専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う主務大臣の合理的な
判断にゆだねられていることに鑑みると,ある特定の事項が「基本設計の安全
性にかかわる事項」に該当するかどうかの点も,原子力安全委員会の意見を尊
重して行う主務大臣の合理的な判断にゆだねられていると解するのが相当であ
る。しかし,この主務大臣の判断は,安全審査の目的を達成するため,もっぱら
科学的かつ専門技術的な見地から合理的に行われなければならない。
    他方,上記の主務大臣の具体的な判断は,決して固定的,硬直的なものではな
く,流動的かつ柔軟なものというべきである。すなわち,同じ原子炉といっても,
その炉型の実績,技術,知見は決して一様ではない。既に世界各国で実用炉
(商業炉)として稼働している軽水型原子炉のように,ほぼ技術的には解明さ
れ,多くの経験と知見が蓄積されている原子炉もあれば,本件原子炉(高速増
殖炉)のように,未だ研究開発段階で稼働実績に乏しく,技術,知見ともに不十
分な原子炉も存在する。このように実績,技術,知見などの異なる原子炉の間で
は,その安全審査の在り方に差が生じるのは当然のことである。実績のある軽
水炉であれば,技術と知見の蓄積とともに,原子力安全委員会が直接審査しな
ければならない「基本設計の安全性にかかわる事項」の項目,範囲が初期のこ
ろよりも段階的に縮小し,それまで基本設計の安全事項とされていたものが,後
続の具体的な設計段階の審査事項(設計及び工事の方法の認可の規制対象)
に委ねられることも,十分あり得ることである。しかし,研究開発段階の原子炉で
あれば,実績,技術,知見などの不十分さの故に,その安全審査には,安全裕
度を高く設定する慎重かつ保守的な対応が求められるのであり,審査すべき「基
本設計の安全性にかかわる事項」が軽水炉の場合と比較して,広範囲に渡るこ
とはやむを得ないことである。
第2 原子炉設置許可処分の無効要件(主要な争点1)
 1 原子炉設置許可処分の違法事由
   本件は,本件許可処分の無効確認訴訟であるが,本件許可処分が無効と判断さ
れるためには,その無効事由が違法と認められるものでなければならない。そこ
で,まず原子炉設置許可処分が違法と評価されるのは,どのような場合であるか
について判断する。
  (1) 伊方最高裁判決は,「原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原
子炉設置許可処分取消訴訟における裁判所の審理,判断は,原子力委員会
(注・本件許可処分当時は,原子力安全委員会がこれに相当する。)若しくは原
子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告
行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであっ
て,現在の科学技術水準に照らし,右調査審議において用いられた具体的審査
基準に不合理な点があり,あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に
適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び
判断の過程に看過し難い過誤,欠落があり,被告行政庁の判断がこれに依拠し
てされたと認められる場合には,被告行政庁の右判断に不合理な点があるもの
として,右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。」と判示
している。
 (2) 当裁判所も上記判例に従うものであるが,その判示によれば,原子炉施設の安
全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分取消訴訟において,
原子炉設置許可処分が違法となるのは,現在の科学技術水準に照らし,① 原
子力安全委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議で用いられた具体
的審査基準に不合理な点があること,あるいは,② 当該原子炉施設が具体的
審査基準に適合するとした原子力安全委員会若しくは原子炉安全専門審査会
の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤,欠落があること,の2点である。
もっとも,主務大臣(行政庁)の判断が原子力安全委員会の調査審議に基づく意
見に依拠していなかったときには,主務大臣は原子力安全委員会の意見を十分
に尊重して処分をしなければならない旨を定める規制法24条2項に違反する疑
いがあるから,この場合は,手続上の違法が生じる余地がある。
    また,上記判決が,安全審査・判断の過程に単なる「過誤,欠落」でなく,「看過し
難い過誤,欠落」があると認められる場合に限って違法としているのは,主務大
臣の判断が多角的,総合的なものであることから,過誤,欠落が軽微なものであ
って重大なものでない場合には,必ずしも主務大臣の判断が不合理なものとな
るものではないという趣旨であると解される。
 2 原子炉設置許可処分の無効要件としての違法(瑕疵)の明白性
  (1) 行政処分の違法事由と無効事由との関係については,これまで様々な議論のあ
ったところであるが,一般には,裁判所が行政処分を無効と宣言できるのは,当
該行政処分に重大かつ明白な違法事由(瑕疵)がある場合に限られると解され
てきた。このように解されてきたのは,行政事件訴訟における取消訴訟と無効確
認訴訟の法律上の位置付けの相違からきたものである。すなわち,
   ア 国民が行政処分を法的に直接争う場合の訴訟形態は,取消訴訟が基本である
(行政事件訴訟法第2章 第1節)。しかし,取消訴訟は,出訴期間(3箇月)内
に提起しなければならず(同法14条1項),処分から1年を経過したときは,正
当な理由がない限り,提起することができないともされている(同法14条3
項)。このように,行政事件訴訟法が取消訴訟の提起に一定の期間制限を設
けたのは,行政処分が公共の利害にかかわるところが大きいうえ,処分後に
は,処分を信頼した第三者も関係する様々な法律関係が形成される可能性
があることから,行政処分の効力をいつまでも争い得る状態に置いていること
は,相当でないからである。
   イ しかし,行政処分の瑕疵の程度如何によっては,出訴期間の徒過を理由に,処
分の効力を争えないとすることが著しく不相当な場合もあり得るところである。
そこで,行政事件訴訟法は,取消訴訟とは別に,権利救済の手段として無効
等確認訴訟を認めている(同法36条)。この無効等確認訴訟は,「当該処分
若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関
する訴えによって目的を達することができない」場合に限り,提起が認められ
るものであるが(同法36条),その提起に特に期間の制限は設けられていな
い。このように,無効等確認訴訟の提起に期間制限がなく,国民はいつでも行
政処分を無効と主張し得るとすることは,行政の法的安定及び処分に対する
第三者の信頼保護という観点からすると,はなはだ不都合なことである。かか
る矛盾する要請を調整するには,行政処分を無効とする違法事由を一定の限
度に制限する必要があるとされ,そこで唱えられたのが,処分に重大かつ明
白な違法事由(瑕疵)がある場合に限り,処分を無効とする理論であり,判例
もこの理論を原則的には採用しているところである。そして,最高裁第3小法
廷昭和36年3月7日判決(民集15巻3号381頁)は,「瑕疵が明白というの
は,処分成立の当初から誤認であることが外形上,客観的に明白であること
を指すものと解すべきである。」と判示している。
  (2) しかしながら,行政処分の種類,性質,内容は,複雑で多種多様なものがあり,
それに応じて,違法な処分によって国民が受ける不利益(権利・利益の侵害)の
程度,態様も必ずしも一様でない。そのため事案によっては,無効要件として重
大かつ明白な瑕疵の存在を不可欠とすることが適当でない場合が出てくること
は,避けられないところである。最高裁第1小法廷昭和48年4月26日判決(民
集27巻3号629頁)も,冒用された所有権移転登記に基づく課税処分につき,
「一般に,課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので,処分の存
在を信頼する第三者の保護を考慮する必要がないこと等を勘案すれば,当該処
分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであって,徴税行
政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお,不服申立期間の徒過によ
る不可争的効果の発生を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受さ
せることが,著しく不当と認められるような例外的事情のある場合には,前記の
過誤による瑕疵は,当該処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当であ
る。」と判示し,明白性の要件を問うことなく,課税処分を無効とした。この判決
は,判決自身が述べるように例外的事情のある場合の判断ではあるが,行政処
分を無効とするのに,違法の明白性の要件を必要としない場合のあることを認
めたものとして,注目すべき判例である。
    以上を概観すれば,最高裁の判例は,違法な行政処分を無効とするには,原則
としてその違法が重大かつ明白なことを要するが,特段の事情のあるときは,必
ずしも違法の明白性の要件は必要としないとしているものと解され,当裁判所
は,この解釈を正当なものと考える。
  (3) そこで,原子炉の安全性の適否が争われる原子炉設置許可処分の無効確認訴
訟においては,その処分無効の要件として,違法(瑕疵)の明白性を要するか否
かを検討する。
   ア 原子炉設置許可処分は,申請者に原子炉の設置を許可するものであるから,
申請者にとっては,その処分の可否は重大な利害に係わるものである。そし
て,原子炉設置許可に続いて,設計及び工事の方法の認可を受ければ,申
請者は,原子炉の建設に着手することができ,その場合には,建設に巨額な
資金を投ずることとなるばかりでなく,第三者である工事関係者なども,処分
を前提にして様々な法律関係を形成することになるのであるから,原子炉設
置許可処分の法的安定の必要性と第三者の信頼保護の要請は,他の行政
処分と比較しても,相当高いものがあるということができる。また,処分庁にと
っても,原子炉の設置は我が国の中長期的なエネルギー需要の充足に少な
からざる影響を及ぼすものであるから,原子力行政の遂行及び運営上,許可
処分がいつまでも不安定であることは,決して好ましいことではない。
     以上のことからすると,原子炉設置許可処分の無効要件を緩和することは,相
当ではないようにも思われる。
   イ しかしながら,原子炉は,ウランなどの核燃料物質を燃料とし,その核分裂反応
によって発生する熱エネルギーを電気エネルギーに転換する装置であり,そ
の稼働により,原子炉容器内には人体に極めて有害な放射性物質を大量に
発生させるものであって,正常に維持,管理されても,常に潜在的危険性を有
する構造物である。そして,原子炉にひとたび本格的な重大事故が起これ
ば,旧ソ連邦のチェルノブイリ事故の例を見るまでもなく,それが付近住民と
環境に与える影響及び被害は,その内容,態様,程度,範囲において,深刻
かつ甚大であって,その悲惨さが言語に絶するものとなることは,容易に推測
できることである。原子炉がかかる潜在的危険性を有するものであることから
すると,その設置許可の段階における安全審査において,その調査審議及び
判断の過程に重大な過誤,欠落があるとすれば,当該原子炉は,付近住民に
とって重大な脅威とならざるを得ない。この場合において脅威にさらされるの
は,人間の生命,身体,健康,そして環境であり,換言すれば,人間の生存そ
のものということができる。かかる何事にも代え難い権利,利益の侵害の危険
性を前にすれば,原子炉設置許可処分の法的安定性並びに同処分に対する
当事者及び第三者の信頼保護の要請などは,同処分の判断の基礎となる安
全審査に重大な瑕疵ある限り,比較の対象にもならない,取るに足りないもの
というべきである。
   ウ 以上のことからすれば,原子炉設置許可処分については,原子炉の潜在的危
険性の重大さの故に特段の事情があるものとして,その無効要件は,違法
(瑕疵)の重大性をもって足り,明白性の要件は不要と解するのが相当であ
る。
     そして,この解釈は,次のような事例の場合のことを考えても,相当であるという
ことができる。すなわち,伊方最高裁判決は,既述のとおり,原子炉設置許可
処分取消訴訟における原子炉施設の安全性に関する行政庁の判断の適否
に対する裁判所の審理,判断は,現在の科学技術水準に照らして行うべき旨
を判示している。これによると,処分当時の知見による安全審査に問題はなく
とも,その後の科学技術の進展によって新しい知見が得られ,この新知見に
よって判断すれば,処分の前提となる安全審査に看過し難い過誤,欠落のあ
ることが判明した場合には,当該処分は違法と判断されることとなる。そうする
と,住民が,原子炉設置許可処分当時は安全性に問題はないとして,取消訴
訟を提起しなかったものの,出訴期間経過後に新しい知見が確立され,その
知見によれば,安全審査に過誤,欠落があったとして,処分の効力を争う訴え
を提起しようとすれば,無効確認訴訟を提起する外ないが,かかる場合に,違
法事由に「重大かつ明白」の要件を要求することは,極めて不当なことといわ
なければならない。けだし,前記のように,最高裁第3小法廷昭和36年3月7
日判決は,「瑕疵が明白というのは,処分成立の当初から誤認であることが外
形上,客観的に明白であることを指すものと解すべきである。」と判示している
のであるから,処分後の新知見に基づく処分の無効確認につき,違法(瑕疵)
の明白性を求めることは,事実上,提訴の断念を強いるに等しいことであるか
らである。かかる点に鑑みれば,無効確認訴訟である以上,違法の重大性を
要件とすることはやむを得ないとしても,違法の明白性は不要と解さなけれ
ば,国民の権利救済の途を閉ざすことになるのは,明らかである。
3 原子炉設置許可処分の無効要件としての違法(瑕疵)の重大性
  (1) 前述のとおり,原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる場合にお
いて,それが違法とされるのは,現在の科学技術水準に照らし,① 原子力安全
委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議で用いられた具体的審査基
準に不合理な点があること,あるいは,② 当該原子炉施設が具体的審査基準
に適合するとした原子力安全委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審
議及び判断の過程に看過し難い過誤,欠落があること,の二つの場合である。
  (2) ところで,安全審査において,原子炉施設の基本設計若しくは基本的設計方針
として確認されるべき事項は,証拠(原審証人Aの証言)及び弁論の全趣旨によ
れば,
   ① 原子炉の平常運転によって放射性物質の有する潜在的危険性が顕在化しな
いように,平常運転時における被爆低減対策が適切に講じられていること,
   ② 原子炉施設に事故が発生することにより放射性物質の有する潜在的危険性が
顕在化しないように,自然的立地条件との関係を含めた事故防止対策が適切
に講じられていること,
   の2点であり,これに尽きることが認められる。
    要するに,原子炉設置許可処分の段階における安全審査の究極の目的は,平常
運転時はもとより,事故時においても,原子炉内の放射性物質の有する潜在的
危険性を顕在化させないことの確認にあるということができる。したがって,上記
違法と目される審査基準の不合理,又は安全審査の過程における看過し難い
過誤,欠落によって,この確認(原子炉内の放射性物質の潜在的危険性を顕在
化させないことの確認)に不備,誤認などの瑕疵が生じたとすれば,その瑕疵
は,安全審査の根幹にかかるものであるから,原子炉設置許可処分を無効とな
らしめる重大な違法事由と認めることができる。
  (3) そこで,具体的にどのような事項(それが「基本設計の安全性にかかわる事項」
でなければならないのは当然である。)に対する安全審査の瑕疵が,原子炉設
置許可処分を無効ならしめる重大な違法事由を構成するかについて検討する。
   ア 原子炉施設内には,放射性物質として,①核燃料物質,②燃料の核分裂反応
によって生じる原子核分裂生成物,及び③炉心燃料集合体等の構造材や冷
却材が中性子により放射化されることなどによって生じる放射化生成物が存
在する(原審証人Aの証言)。ここでは核燃料の保管場所を除外すると,上記
放射性物質は,いずれも原子炉容器及びこれを格納する原子炉格納容器の
内部に存在する(乙1,2,乙イ4,弁論の全趣旨)。放射性物質の潜在的危険
性が顕在化するというのは,この原子炉格納容器内に閉じ込められていた放
射性物質が周辺の環境に放出されることをいうものと解されるが,そのような
事態が生じるのは,原子炉本体又はその容器の工学的設計に不備がある
か,若しくは,何らかの要因(外乱)によって原子炉に異常な事象や事故が発
生した場合が想定される。
   イ したがって,かかる事態の発生の防止,抑制,安全保護対策に関する事項の安
全審査に瑕疵があり,その結果として,放射性物質が環境に放散されるよう
な事態の発生の具体的危険性を否定できないときは,安全審査の根幹を揺
るがすものであるから,原子炉設置許可処分を無効ならしめる重大な違法
(瑕疵)があるというべきである。
     なお,上記事態の対策に関する安全審査の事項には,原子炉格納容器内の安
全性に関する事項に限らず,原子炉の損傷又は溶融の原因を与える可能性
のある事項,例えば,2次主冷却系設備の事故に関する事項も含まれる。
     また,上記事態の発生の具体的危険性については,裁判所は,その存在を積
極的に認定する必要はなく,その具体的危険性を否定できるかどうかを判断
すれば足りると解すべきである。けだし,原子炉設置許可処分の抗告訴訟に
おいて,原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる場合における
裁判所の審理,判断は,被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かとい
う観点から行われるべきものであり(伊方最高裁判決),裁判所は,行政庁に
代わって,原子炉施設の安全性の有無を直接判断する立場にないからであ
る。
第3 主張立証責任 
 1 伊方最高裁判決は,原子炉設置許可処分の取消訴訟における違法事由(被告行
政庁の判断の不合理性)の主張,立証責任について,「原子炉設置許可処分につ
いての右取消訴訟においては,右処分が前記のような性質を有することにかんが
みると,被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張,立証責任は,
本来,原告が負うべきものと解されるが,当該原子炉施設の安全審査に関する資
料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると,被告行政
庁の側において,まず,その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び
判断の過程等,被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠,資料に
基づき主張,立証する必要があり,被告行政庁が右主張,立証を尽くさない場合に
は,被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものと
いうべきである。」と判示している。
   これを要するに,
  ① 行政庁のする原子炉設置許可処分は専門技術的判断(裁量)に基づくものであ
るから,取消訴訟における当該判断の不合理性(違法事由)の主張立証責任
は,原告が負担すべきである,
  ② しかし,安全審査に関する資料を被告行政庁が保持していることから,被告行政
庁の側で当該判断に不合理な点がないことを相当の根拠,資料に基づき主張
立証する必要がある,
  ③ 被告行政庁がその主張立証を尽くさないときには,当該判断に不合理な点があ
ることが事実上推認される,
  というものである。
 2 以上の考え方は,原子炉設置許可処分の無効確認訴訟の無効事由の主張立証
責任についても,妥当すると解すべきである。けだし,別異の考え方を採る合理的
理由がないからである。
 被控訴人は,取消訴訟が抗告訴訟の原則的訴訟形式であるのに対し,無効確認
訴訟が例外的,補充的な訴訟形式であることを強調して,伊方最高裁判決の判示
する上記②,③の点は,無効確認訴訟に適用する余地はないと主張する。
 しかしながら,無効確認訴訟であっても,当該原子炉施設の安全審査に関する資
料はすべて被告行政庁に保持されているのに対し,周辺住民である原告らはこれ
らの資料を保持していない証拠の偏在という事情は,取消訴訟の場合と何ら異な
るものではない。そして,最終的な主張立証責任が原告側にある以上,証拠の偏
在を理由に,当事者間の衡平を図る見地から,上記②の主張立証の負担を被告
行政庁に負わせ,それが尽くされないときは,上記③の事実上の推認をするという
考え方は,被控訴人が指摘する無効確認訴訟の特性(例外的,補充的訴訟)であ
ることを考慮しても,決して不合理ということはできない。
 被控訴人は,出訴期間の制限のない無効確認訴訟においては,その出訴の時
期如何によっては,時の経過によって行政庁の保管している原子炉設置許可処分
に関する資料が散逸し,被告行政庁が相当な資料に基づき主張立証することが困
難になる事態も考えられると主張する。しかし,裁判所は,当事者に不可能なこと
を求めるものではないから,仮に資料の散逸が生じ,それがやむを得ない事情に
基づくものと認められるときは,その限度で被告行政庁の主張立証の負担は軽減
されると解すべきである。したがって,資料散逸の事態が生じたからといって,被控
訴人行政庁に過酷な負担を課すことにはならないというべきである。
 3 以上のとおりであるから,伊方最高裁判決の主張立証責任に関する考え方は,原
子炉設置許可処分の無効確認訴訟にも基本的に妥当するものである。したがっ
て,原子炉設置許可処分の無効確認訴訟の主張立証責任は,次のように考える
べきである。すなわち,
  ① 行政庁のした原子炉設置許可処分の判断に処分を無効とするに足る重大な瑕
疵(違法事由)のあることの主張立証責任は,原告が負担する。
  ② 被告行政庁は,当該判断に処分を無効とするに足る重大な瑕疵(違法事由)の
ないことを相当の根拠,資料に基づき主張立証する必要がある。
  ③ 被告行政庁がその主張立証を尽くさないときには,当該判断に処分を無効とす
るに足る重大な瑕疵(違法事由)のあることが事実上推認される。
   なお,上記における「処分を無効とするに足る重大な瑕疵(違法事由)」というのは,
前述したように,主務大臣(行政庁)が原子炉設置を許可すべきと判断するのに依
拠したと認められる原子力安全委員会(原子炉安全専門審査会を含む。)の安全
審査(調査審議及び判断)において,その安全審査に用いられた具体的審査基準
に不合理な点があり,あるいは当該原子炉施設が具体的審査基準に適合するとし
た判断の過程に看過し難い過誤,欠落があることにより,原子炉格納容器内に閉
じ込められている放射性物質が周辺の環境に放出される事態の発生の防止,抑
制,安全保護対策に関する事項の安全確認に不備,誤認が生じたときにおける,
その安全審査の瑕疵であって,その結果として,そのような事態の発生の具体的
危険性を否定できない場合をいう。
第2章  各    論
 第1節  本件申請者の技術的能力(主要な争点2の(1))
第1 技術的能力に対する安全審査
 1 技術的能力の審査基準
 規制法24条1項3号の定める「原子炉を設置するために必要な技術的能力」及
び「原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力」に関連する法令上の規
定は,試験研究の用に供する原子炉等の設置,運転等に関する規則1条の3第2
項が,規制法施行令6条2項に基づき,「原子炉施設の設置及び運転に関する技
術的能力に関する説明書」(5号)を許可申請書に添付すべきことを定める以外に
特になく,また,その審査の指針となる審査基準も,特に定められていない。
2 技術的能力に関する本件安全審査
証拠(乙14の3,16,22)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
  (1) 原子力安全委員会は,本件安全審査において次のことを確認した。
   ア 本件申請者(動燃)は,本件原子炉施設の建設に当たり,法令に基づく諸手
続,設計,工事計画,品質保証及びこれらに付随する対外連絡等の業務を含
めて本社技術者約150人を直接従事あるいは関与させ,また,本件原子炉
施設運転開始時には約180人の技術者を確保することとしている。同技術者
は,それぞれ土木建築系,保健物理(放射線物理)系,炉物理系等の知識を
有しており,管理者の約半数は,高速増殖炉の研究,開発,計画等に10年以
上の経験を有している。
   イ 本件申請者は,本件原子炉施設の建設,運転を行うに当たって,建設に必要な
組織(技術者等で組織されるもんじゅ建設事務所)を設置すると共に,運転を
適確に遂行する組織体制を設けることとしている。また,技術者の養成につい
ては,高速実験炉「常陽」と新型転換炉「ふげん」発電所の運転・保守の実務
経験を通じて技術者の養成を行い,原子力関係機関への研修派遣や本件原
子炉施設用のシミュレータでの訓練を通じて技術者の養成を行うこととしてい
る。さらに,原子炉主任技術者及び第一種放射線取扱主任者その他法令上
必要な有資格者を確保している。
(2) 原子力安全委員会は,本件申請者は,本件原子炉施設の建設,運転に当たっ
て,十分な要員を確保していると共に,業務を適確に遂行するに十分な人的,組
織的体制を準備しており,本件許可申請は規制法24条1項3号の技術的能力
に係る基準要件に適合していると判断した。
第2 当裁判所の判断
 1 控訴人らの主張
(1) 原子炉等規制法24条1項3号の技術的能力に係る基準要件の審査は,伊方最
高裁判決の判示からも明らかなように,多角的,総合的見地からこれを検討し,
多方面にわたる高度な最新の科学的,専門技術的知見に基づいて総合的に判
断すべきものである。しかるに,原子力安全委員会は,本件申請者(動燃)の組
織の要員や技術者の資格等という形式的な人的要素に限定して,その技術的
能力を判断しており,その安全審査は,不十分かつ不合理である。
(2) 技術的能力の基準要件適合性は,現在の知見によって判断すべきところ,本件
申請者は,本件許可処分後,次のような事故を起こし,また,情報を隠匿する体
質を露呈しており,本件申請者が原子炉の設置,運転の技術的能力を欠くこと
は明らかである。したがって,技術的能力の存在を肯定した本件安全審査に
は,看過し難い過誤がある。
 ① 本件ナトリウム漏えい事故
   平成7年12月8日,本件原子炉施設において,2次冷却材ナトリウムが漏えい
する事故が発生した(事故の概要は,第1章,第1節,第7参照)。
 ② 配管の設計ミス
   平成3年6月,2次主冷却系配管が熱膨張により設計とは逆方向に変形し,設
計ミスのあることが明らかとなった。また,同年9月,蒸気発生器細管の溶接
箇所に定期検査用のプローブがひっかかり,プローブの方を削るという事態
が発生した。
 ③ 東海村再処理工場の事故
   平成9年3月11日,本件申請者の東海村再処理工場の放射性廃棄物アスファ
ルト固化工程において,大規模な爆発事故が発生した。
 ④ 本件申請者の事故情報の秘匿体質
   本件ナトリウム漏えい事故後,本件申請者は,事故が軽微なものと装うため事
故現場を撮影したビデオテープの存在を隠し,その後,公開しても全部は公
開しなかった。また,本件申請者(動燃)は,本件ナトリウム漏えい事故に関
し,科学技術庁に虚偽の報告をして刑事処分を受けている。
 ⑤ 原子力安全委員会のもんじゅ安全性確認ワーキンググループの指摘
平成12年8月,本件ナトリウム漏えい事故後に原子力安全委員会に設置された
「もんじゅ安全性確認ワーキンググループ」は,「もんじゅの安全性への取り組
みの確認について」と題する報告書において,本件申請者の改善すべき数々
の事項を指摘した。
 ⑥ 本件申請者の理事長Bの記者会見における発言
   平成10年7月29日,本件申請者の理事長Bは,記者会見において,「動燃は
安全優先の姿勢が欠けていた。」,動燃の意識改革には「早道はなく,未だ時
間がかかる。」と述べている。
 2 控訴人らの主張に対する判断
(1) 控訴人らは,技術的能力の審査は多角的,総合的見地から行うべきなのに,原
子力安全委員会が審査の対象を動燃の組織の要員や技術者の資格等という形
式的な人的要素に限定しているのは,不合理であると主張する。
 ア しかし,規制法において原子炉設置許可の安全性の基準として24条1項3号
(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号を定めた趣旨は,原子炉が原子
核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使
用する装置であり,その稼働により,内部に人体に極めて有害な放射性物質
を多量に発生させるものであって,原子炉を設置しようとする者が原子炉の設
置,運転につき所定の技術的能力を欠くとき,又は原子炉施設の安全性が確
保されないときは,当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身
体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって汚染するなど,深刻
な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ,このような災害が万が一
にも起こらないようにするため,原子炉設置許可の段階で,原子炉を設置しよ
うとする者の技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置,構造及び設
備の安全性につき,科学的,専門技術的見地から,十分な審査を行わせるこ
とにあるものと解される(伊方最高裁判決参照)。
イ 以上の趣旨に照らせば,申請に係る原子炉施設の具体的な位置,構造及び設
備の安全性に関する基準は,規制法24条1項4号の定めるところであるか
ら,同項3号の技術的能力に係る基準は,申請者が当該原子炉を安全に設
置,運転するに足りる技術的能力を客観的に具備していることを要件にしてい
るものと解される。そして,かかる客観的な技術的能力の有無は,当該申請
者のこれまでの実績,組織・要員の実態,技術者の人数とその専門分野など
の面から判断されるべきものである。
そうすると,原子力委員会が,同項3号の技術的能力に係る基準適合性を,専ら
本件申請者(動燃)の実績及びその人的,組織的要因の観点から判断したこ
とは相当であり,不合理ではないというべきである。
ウ 控訴人らは,伊方最高裁判決は技術的能力の審査は多角的,総合的見地から
行うべきものとしていると主張する。
  しかし,同判決は,「技術的能力を含めた原子炉施設の安全性に関する審査
は,当該原子炉施設そのものの工学的安全性,平常運転時における従業
員,周辺住民及び周辺環境への放射線の影響,事故時における周辺地域へ
の影響等を,原子炉設置予定地の地形,地質,気象等の自然的条件,人口
分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の技術的能力との関連におい
て,多角的,総合的見地から検討するものであり」と述べているのであって,
確かに,技術的能力を含めた原子炉施設の安全性に関する審査は,多角
的,総合的見地から検討するものであるとしているが,その技術的能力は,原
子炉施設の工学的安全性等を多角的,総合的見地から検討するに際し,そ
の関連において検討すべき事由の1つとしているのであり,技術的能力その
ものを多角的,総合的見地から検討すべきものとしている訳ではない。
  したがって,控訴人らの主張は採用できない。
(2) 次に,控訴人らは,本件申請者が技術的能力の欠くことを裏付けるものとして,
前記1の(2)の①ないし⑥の事由を挙げる。
  しかし,①②の事由は,規制法24条1項4号及び同法27条の定める要件適合性
の問題である。③の事由は,直ちに本件申請者の技術的能力を否定するもので
はない。④⑥の事由は,本件申請者の組織の体質の問題であり,遺憾なことで
はあるが,技術的能力に関係するものではない。また,⑤の事由は,規制法24
条1項4号と本件申請者の体質に関係するものであるが,この事由の故に本件
申請者の技術的能力が否定されるものではない。
(3) 以上のとおりであるから,本件許可申請につき,その技術的能力の基準要件を
充足するとした本件安全審査の不合理をいう控訴人らの主張は,理由がない。
 第2節 立地条件及び耐震設計(主要な争点2の(2))
第1 立地条件及び耐震設計に関する審査基準 
 1 「評価の考え方」の示す審査基準
  (1) 「評価の考え方」(「高速増殖炉の安全性の評価の考え方について」)は,「原子
炉立地審査指針」(「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやす
について」)はLMFBR(液体金属冷却高速増殖炉)にそのまま適用されるとして
いる。
  (2) また,「評価の考え方」は,発電用軽水型原子炉施設を対象とした「耐震設計審
査指針」(「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針について」)をLMFB
R(液体金属冷却高速増殖炉)について参考にすべきとしているが,別紙に参考
とする際に配慮検討すべき事項を示している。
    そして,「別紙」において,「LMFBRの安全設計については,(中略)LMFBR特
有の設計上の特徴に関し以下のような点について十分検討を行い,系統及び機
器の故障並びに異常の発生を極力小さくするとともに,万一の事故の発生に際
し,その拡大を防止し放射性物質の放出を抑制することについて十分に配慮し
たものとすることが必要である。」と述べ,その下記事項「(11) 耐震性」の箇所
で,「機器,配管等の設計に当たっては,軽水炉との構造上の相違(低圧,薄
肉,高温構造)を考慮した耐震設計とすることが必要であること。また,系統,機
器の耐震設計上の重要度分類は,LMFBRの設計の特徴を十分踏まえて行う
必要があること。」と指示している。
  (以上につき,乙4)
 2 原子炉立地審査指針における審査基準
   「評価の考え方」が,LMFBR(液体金属冷却高速増殖炉)にもそのまま適用される
としている原子炉立地審査指針の別紙1の「1 基本的考え方」の「原則的立地
条件」には,次のような記載がある。
   「原子炉は,どこに設置されるにしても,事故を起さないように設計,建設,運転及
び保守を行わなければならないことは当然のことであるが,なお万一の事故に
備え,公衆の安全を確保するためには,原則的に次のような立地条件が必要で
ある。
    (1) 大きな事故の誘因となるような事象が過去においてなかったことはもちろんで
あるが,将来においてもあるとは考えられないこと。また,災害を拡大する
ような事象も少ないこと。
    (2) 原子炉は,その安全防護施設との関連において十分に公衆から離れている
こと。
    (3) 原子炉の敷地は,その周辺も含め,必要に応じ公衆に対して適切な措置を
講じうる環境にあること。」
  (以上につき,乙4)
 3 耐震設計審査指針における審査基準
   「評価の考え方」が参考にすべきとしている耐震設計審査指針には,次のような記
載がある。ただし,「1 はしがき」と「2 適用範囲」は,省略する。
   「3.基本方針
      発電用原子炉施設は想定されるいかなる地震力に対してもこれが大きな事故
の誘因とならないよう十分な耐震性を有していなければならない。また,建
物・構築物は原則として剛構造にするとともに,重要な建物・構築物は岩盤
に支持させなければならない。
    4.耐震設計上の重要度分類
      原子炉施設の耐震設計上の施設別重要度を,地震により発生する可能性の
ある放射線による環境への影響の観点から,次のように分類する。
     (1) 機能上の分類
        Aクラス‥‥自ら放射性物質を内蔵しているか又は内蔵している施設に直
接関係しており,その機能そう失により放射性物質を
外部に放散する可能性のあるもの,及びこれらの事態
を防止するために必要なもの並びにこれらの事故発生
の際に,外部に放散される放射性物質による影響を低
減させるために必要なものであって,その影響,効果
の大きいもの
        Bクラス‥‥上記において,影響,効果が比較的小さいもの
        Cクラス‥‥Aクラス,Bクラス以外であって,一般産業施設と同等の安全
性を保持すればよいもの
     (2) クラス別施設
       上記耐震設計上の重要度分類によるクラス別施設を以下に示す。
       ① Aクラスの施設
         ⅰ) 「原子炉冷却材圧力バウンダリ」(軽水炉についての安全設計に関
する審査指針について記載されている定義に同じ。)を構成
する機器・配管系
         ⅱ) 使用済燃料を貯蔵するための施設
         ⅲ) 原子炉の緊急停止のために急激に負の反応度を付加するための施
設及び原子炉の停止状態を維持するための施設
         ⅳ) 原子炉停止後,炉心から崩壊熱を除去するための施設
         ⅴ) 原子炉冷却材圧力バウンダリ破損事故後,炉心から崩壊熱を除去
するために必要な施設
         ⅵ) 原子炉冷却材圧力バウンダリ破損事故の際に圧力障壁となり放射
性物質の拡散を直接防ぐための施設
         ⅶ) 放射性物質の放出を伴うような事故の際にその外部放散を抑制す
るための施設で上記ⅵ)以外の施設
           なお,上記Aクラスの施設中,特にⅰ),ⅱ),ⅲ),           ⅳ
)及びⅵ)に示す施設を限定してAsクラスの施設と呼称          する。
       ② Bクラスの施設
         ⅰ) 原子炉冷却材圧力バウンダリに直接接続されていて1次冷却材を
内蔵しているか又は内蔵しうる施設
         ⅱ) 放射性廃棄物を内蔵している施設,ただし内蔵量が少ないか又は
貯蔵方式によりその破損によって公衆に与える放射線の影
響が年間の周辺監視区域外の許容被曝線量に比べ十分小
さいものは除く
         ⅲ) 放射性廃棄物以外の放射性物質に関連した施設で,その破損によ
り公衆及び従業員に過大な放射線被曝を与える可能性の
ある施設
         ⅳ) 使用済燃料を冷却するための施設
         ⅴ) 放射性物質の放出を伴うような場合その外部放散を抑制するため
の施設でAクラスに属さない施設
       ③ Cクラスの施設
          上記A,Bクラスに属さない施設
    5.耐震設計評価法
     (1) 方針
       発電用原子炉施設は各クラス別に次に示す耐震設計に関する基本的な方
針を満足していなければならない。
       ① Aクラスの各施設は,以下に示す設計用最強地震による地震力又は静
的地震力のいずれか大きい方の地震力に耐えること。
         さらに,Asクラスの各施設は,以下に示す設計用限界地震による地震力
に対してその安全機能が保持できること。
       ② Bクラスの各施設は,以下に示す静的地震力に耐えること。また共振の
おそれのある施設については,その影響の検討をも行うこと。
       ③ Cクラスの各施設は,以下に示す静的地震力に耐えること。
       ④ 上記各号において,上位の分類に属するものは,下位の分類に属する
ものの破損によって波及的破損が生じないこと。
     (2) 地震力の算定法                      
       5.(1)で述べた設計用最強地震及び設計用限界地震による地震力並びに静
的地震力の算定は以下に示す方法によらなければならない。
       ① 設計用最強地震及び設計用限界地震による地震力
         設計用最強地震及び設計用限界地震による水平地震力は5.(3)の「基
準地震動の評価法」に定める基準地震動により算定するものとす
る。
         なお,水平地震力は,基準地震動の最大加速度振幅の1/2の値を鉛直
震度として求めた鉛直地震力と同時に不利な方向の組合せで作用
するものとする。ただし,鉛直震度は高さ方向に一定とする。
       ② 静的地震力
        ⅰ 建物・構築物
          水平地震力は,原子炉施設の重要度分類に応じて以下にのべる層せ
ん断力係数に当該層以上の重量を乗じて算定するものとする。
           Aクラス  層せん断力係数 3.0CI
           Bクラス  層せん断力係数 1.5CI
           Cクラス  層せん断力係数 1.0CI
          ここに,層せん断力係数のCI は,標準せん断力係数を0.2とし,建
物・構築物の振動特性,地盤の種類等を考慮して求められる値
とする。
          Aクラスの施設については,鉛直地震力をも考慮することとし,水平地
震力と鉛直地震力は,同時に不利な方向の組合せで作用するも
のとする。鉛直地震力は,震度0.3を基準とし,建物・構築物の
振動特性,地盤の種類等を考慮して求めた鉛直震度より算定す
るものとする。ただし,鉛直震度は高さ方向に一定とする。
        ⅱ 機器・配管系
          各クラスの地震力は,上記ⅰの層せん断力係数の値を水平震度とし,
当該水平震度及び上記ⅰの鉛直震度をそれぞれ20%増しとし
た震度より求めるものとする。
          なお,水平地震力と鉛直地震力とは同時に不利な方向の組合せで作用
するものとする。
          ただし,鉛直震度は高さ方向に一定とする。
     (3) 基準地震動の評価法
       原子炉施設の耐震設計に用いる地震動は,敷地の解放基盤表面における
地震動に基づいて評価しなければならない。
       敷地の解放基盤表面において考慮する地震動(以下「基準地震 動」とい
う。)は,次の各号に定める考え方により策定されていなければならな
い。
       ① 基準地震動は,その強さの程度に応じ2種類の地震動S1 及びS2 を
選定するものとする。
        ⅰ 上記基準地震動S1 をもたらす地震(「設計用最強地震」という。)とし
ては,歴史的資料から過去において敷地又はその近傍に影響を
与えたと考えられる地震が再び起こり,敷地及びその周辺に同
様の影響を与えるおそれのある地震及び近い将来敷地に影響を
与えるおそれのある活動度の高い活断層による地震のうちから
最も影響の大きいものを想定する。
        ⅱ 上記基準地震動S2 をもたらす地震(「設計用限界地震」という。)とし
ては,地震学的見地に立脚し設計用最強地震を上回る地震につ
いて,過去の地震の発生状況,敷地周辺の活断層の性質及び
地震地体構造に基づき工学的見地からの検討を加え,最も影響
の大きいものを想定する。
       ② 基準地震動S1 ,S2 を生起する地震については,近距離及び遠距離
地震を考慮するものとする。なお,基準地震動S2 には,直下地震
によるものもこれに含む。
       ③ 基準地震動の策定に当っては以下の各項を十分に考慮するもの    
    とする。
        ⅰ 敷地及びその周辺地域に影響を与えた過去の地震について,そのマ
グニチュード,震央,震源,余震域及びその時の地震動の最大
強さ(またはその推定値)と震害状況(構造物の被害率,墓石の
転倒等を含む。)
        ⅱ 過去の破壊的地震動の強さの統計的期待値
        ⅲ 地震のマグニチュード及びエネルギー放出の中心から敷地までの距離
        ⅳ 過去の観測例,敷地における観測結果及び基盤の岩質調査結果
       ④ 上記により,基準地震動は,次のそれぞれが適切であると評価できるも
のでなければならない。
        ⅰ 地震動の最大振幅
        ⅱ 地震動の周波数特性
        ⅲ 地震動の継続時間及び振幅包絡線の経時的変化
    6.荷重の組合せと許容限界
      耐震安全性の設計方針の妥当性を評価するに際して検討すべき耐震設計に
関する荷重の組合せと許容限界の基本的考え方は以下によらなければな
らない。
     (1) 建物・構築物
       ① Asクラスの建物・構築物
        ⅰ 基準地震動S1 等との組合せと許容限界
          常時作用している荷重及び運転時に施設に作用する荷重と,基準地震
動S1 による地震力又は静的地震力とを組み合わせ,その結果
発生する応力に対して,安全上適切と認められる規格及び基準
による許容応力度を許容限界とする。
        ⅱ 基準地震動S2 との組合せと許容限界
          常時作用している荷重及び運転時に施設に作用する荷重と基準地震
動S2 による地震力との組合せに対して,当該建物・構築物が
構造物全体として十分変形能力(ねばり)の余裕を有し,建物・構
築物の終局耐力に対し妥当な安全余裕を有していること。
       ② Aクラス(Asクラスを除く。)の建物・構築物
         上記①ⅰ「基準地震動S1 等との組合せと許容限界」を適用す      
  る。
       ③ B,Cクラスの建物・構築物
         常時作用している荷重及び運転時に施設に作用する荷重と,静的地震
力を組み合わせ,その結果発生する応力に対して,上記①,ⅰの
許容応力度を許容限界とする。
     (2) 機器・配管系
       ① Asクラスの機器・配管
        ⅰ 基準地震動S1等との組合せと許容限界
          通常運転時,運転時の異常な過渡変化時,及び事故時に生じるそれぞ
れの荷重と基準地震動S1 による地震力又は静的地震力とを
組み合わせ,その結果発生する応力に対して,降伏応力又はこ
れと同等な安全性を有する応力を許容限界とする。
        ⅱ 基準地震動S2との組合せと許容限界
          運常運転時,運転時の異常な過渡変化時,及び事故時に生じるそれぞ
れの荷重と基準地震動S2 による地震力とを組み合わせ,その
結果発生する応力に対して,構造物の相当部分が降伏し,塑性
変形する場合でも過大な変形,亀裂,破損等が生じ,その施設
の機能に影響を及ぼすことがないこと。
       ② Aクラス(Asクラスを除く。)の機器・配管
         上記①ⅰ「基準地震動S1 等との組合せと許容限界」を適用する。
       ③ B,Cクラスの機器・配管
         通常運転時,運転時の異常な過渡変化時の荷重と静的地震力とを組み
合わせ,その結果発生する応力に対して,降伏応力又はこれと同
等な安全性を有する応力を許容限界とする。」
   (以上につき,乙4) 
第2 本件原子炉施設の立地条件及び耐震設計に関する安全審査の内容
   証拠(乙4,9,16)及び弁論の全趣旨によれば,科学技術庁(内閣総理大臣の所
部機関)が,本件許可申請につき,本件原子炉施設の立地条件及び耐震設計に
対してした安全審査の内容の要旨は,次のとおりであると認められる。また,証拠
(乙14の3)及び弁論の全趣旨によれば,原子力安全委員会のした安全審査の内
容,結論もこれと同旨であったことが認められる。
 1 敷地について
  (1) 本件原子炉施設の敷地(以下「本件敷地」という。)は,福井県敦賀市白木に属
し,敦賀市市街地より北西約12キロメートル,美浜町中心街より北東約16キロ
メートルの敦賀半島北端部に位置している。
    本件敷地は,背後を標高300ないし600メートルの山地によって囲まれている。
本件敷地の中央部は,段丘ないし扇状地を呈する丘陵部で,勾配7分の1から
10分の1の緩い斜面になっている。
    原子炉本体は,海岸線から約70メートル山側に位置し,本件敷地の山裾を掘削
した岩盤上に設置される。原子炉本体の中心から本件敷地境界までの最短距
離は,北東方向約570メートルである。
    本件敷地の面積は,約108万平方メートルであるが,このうち発電所設備用地
は,陸部造成による約23万平方メートルと海面埋立による約8万平方メートル
の合計約31万平方メートルである。
  (2) そして,本件敷地の広さは,法令で規制される周辺監視区域の設定において十
分な条件を有しており,また,周辺公衆との離隔の確保についても,「立地審査
指針」に示される条件を満足しているので,妥当であると判断した。
 2 地震について
  (1) 耐震設計上想定すべき地震
   ア 安全審査の基本的考え及び耐震設計上想定すべき事項 
     原子炉施設の耐震設計において考慮する地震動は,敷地に最も大きな影響を
与えると考えられる地震に基づき想定する必要があり,このためその強さの
程度に応じて基準地震動S1 をもたらす設計用最強地震及び基準地震動S
2 をもたらす設計用限界地震をそれぞれ適切に想定することが要求される。
     設計用最強地震としては,過去に敷地又はその付近に影響を与えたと考えられ
る被害地震及び近い将来本件敷地に影響を与えるおそれがあると考えられ
る活動度の高い活断層による地震の中から,最も影響の大きいものを想定す
ることが要求される。
     設計用限界地震としては,上記最強地震を上回るものがある場合には,その活
動度の大小の程度を考慮した敷地周辺の活断層及び地震地体構造に基づ
き,工学的見地からの検討を加えて,このうち本件敷地に対して最も影響の
大きい地震を想定することが要求される。また,直下地震を想定することも要
求される。
     審査においては,以上のような考え方に立って,次のとおり,イ(過去の被害地
震),ウ(活断層),エ(地震地体構造),オ(直下地震),カ(設計用最強地震及
び設計用限界地震)について審査した。
   イ 過去の被害地震
    (ア) 地震資料
      地震の想定に当たって使用する地震資料は,地震の規模,震央位置,震源深
さ,余震域,被害状況等の十分な情報を有したものであることが要求され
る。
      このため,審査に当たっては,過去の被害地震の調査に用いられた地震資料
の信頼性及び他の地震資料との相違点について検討を加えた。
      そして,審査においては,本件申請者(動燃)が地震資料として採用している
「日本被害地震総覧」は,既往の種々の地震資料を基に最新の研究成果
を取り入れて編集されたもので,我が国において最も充実し,かつ,信頼性
のある被害地震の資料の一つであると一般に認められているものであり,
これを本件敷地周辺の主な被害地震の選定に用いていることは適切であ
ると判断した。
    (イ) 敷地周辺の主な被害地震
      敷地に影響を与えたか,又は与えたと推定される過去の地震が適切に選定さ
れていること,及びそれらの地震の規模,震央位置の想定が妥当であるこ
とが要求される。
      このため,審査に当たっては,本件敷地に影響を及ぼすおそれのある地震の
規模,震央位置とその震度分布,被害状況等との整合性について検討を
加えた。
      本件申請者は,本件許可申請において,「日本被害地震総覧」による地震の
規模,震央位置,余震域,被害状況等の情報に基づいて,本件敷地からの
震央距離が約150キロメートル以内のすべての被害地震をリストアップし
て,この中から,本件敷地に影響を及ぼす被害地震として,次の①ないし
⑩の地震を選定している。
     ① 天平美濃の地震(745年,マグニチュード7.9,震央距離61.1キロメート
ル)
     ② 元暦近江の地震(1185年,マグニチュード7.4,震央距離49.7キロメー
トル)
     ③ 正中近江の地震(1325年,マグニチュード6.7,震央距離18.2キロメー
トル)
     ④ 天正畿内の地震(1586年,マグニチュード8.1,震央距離78.8キロメー
トル)
     ⑤ 寛文近江の地震(1662年,マグニチュード7.8,震央距離54.1キロメー
トル)
     ⑥ 文政近江の地震(1819年,マグニチュード7.4,震央距離66キロメート
ル)
     ⑦ 濃尾地震(1891年,マグニチュード7.9,震央距離57.2キロメートル)
     ⑧ 北丹後地震(1927年,マグニチュード7.5,震央距離82.1キロメートル)
     ⑨ 福井地震(1948年,マグニチュード7.3,震央距離44.6キロメートル)
     ⑩ 越前岬沖地震(1963年,マグニチュード6.9,震央距離21キロメートル)
      審査においては,上記の被害地震は,一般家屋に被害が発生するとされてい
る気象庁震度階5を一応の目安として選定されていることなどから,本件敷
地周辺の主な地震の選定及び地震の規模,震央位置の想定は妥当である
と判断した。
   ウ 活断層
    (ア) 調査方法の妥当性
      海域を含む敷地周辺に存在する活断層については,その位置,長さ,活動性
等の状況を把握するため,文献調査,空中写真判読,現地調査等により,
十分な調査を実施することが要求される。
      このため,審査に当たっては,文献調査,空中写真判読による調査及び現地
調査等の実施状況とその内容について検討を加えた。
      本件申請者は,本件許可申請の際,陸域については,「日本活断層図」(地質
調査所,昭和53年)等関連の断層分布図及び既往の文献を基にして,空
中写真の判読,現地調査を実施した結果により,また,海域については,
「海底地質構造図(若狭湾東部)」(海上保安庁,昭和55年)等と,本件敷
地周辺海域で実施された音波探査結果によって,本件敷地周辺の断層の
存在及びその活動性等を確認している。
      審査においては,本件申請者により必要な調査が行われていると判断した。
    (イ) 敷地周辺の活断層の選定及び検討の妥当性
      敷地周辺に存在し,敷地に影響を与える可能性のある活断層については,そ
の位置,規模,変位様式,活動性等の状況を把握することが要求される。
      このため,審査に当たっては,活断層についての調査内容,活断層の規模,
活動度等の評価及び本件敷地で考慮する必要のある活断層の選定の妥
当性について検討を加えた。
      本件申請者は,本件許可申請において,本件敷地周辺の主な活断層として,
陸域については,「日本活断層図」,「日本の活断層分布図」(地質学論集
第12号,昭和51年)及び「日本の活断層」(活断層研究会,昭和55年)等
の関連文献による検討に基づき,柳ケ瀬断層,甲楽城断層,野坂断層,三
方断層,木ノ芽峠断層,花折断層及び濃尾断層系等を挙げており,また,
海域については,「海底地質構造図(若狭湾東部)」,「日本の活断層」によ
る検討に基づき,敦賀湾口から干飯崎海岸付近の断層(S-8断層),干飯
崎西側海域の2本の断続する断層(S-1+S-6断層)及び敦賀半島西
側海域の雁行する断層(S-21ないしS-27断層)を挙げている。
      審査においては,これら各文献は最新の知見をとり入れ,活断層に関する既
往の種々の文献を集約しているものと認められるから,これらの文献により
本件敷地周辺の主な活断層の存在を推定することは妥当であると判断し
た。また,以上のような活断層の選定は,その断層の活動によって本件敷
地に気象庁震度階5程度以上の影響を及ぼすことを想定してなされたもの
で,妥当であると判断した。
    (ウ) 敷地周辺の主な活断層の性状について
      前記(イ)で選定された活断層の性状は,次の①ないし⑩のとおりであるが,審
査においては,関連資料の検討,その他これを確認するために行った空中
写真判読,現地の断層露頭の観察等の調査により,その内容は妥当であ
ると判断した。
     ① 柳ケ瀬断層
       本断層は,琵琶湖北部の滋賀県伊香郡木之本町付近から,福井県今庄町
西方上板取に至る区間にあるとされ,谷の直線性が断層地形を示唆す
るものとして推定されている断層である。
       その活動性については,現地調査からいって,椿坂峠から南の部分19キロ
メートルについては,最大幅50メートル以上の高破砕帯の存在,左横ず
れの明瞭な変位地形が認められること,雁ケ谷では縄文土器を出土した
地層に変位を与えていることなどから,活動度の高い活断層として考慮
する必要がある。
       他方,椿坂峠から北の部分は,武蔵野期相当と判断される扇状地堆積物に
変位を与えていないことなどから,南部に比べ活動性が低いと考えられ
るが,リニアメント(谷や尾根の傾斜急変部,屈曲等の地形的特徴が直
線ないしそれに近い状態に配列している場合の,その線状の模様の地
形のこと)が連続して認められ,B級活断層と指摘する文献もあることか
ら,木之本町から上板取北方の二ッ屋跡までの全長28キロメートルにつ
いて,第4紀後期の活動の可能性を考慮することが適切である。
     ② 甲楽城断層
       本断層は,南条郡河野村大谷から干飯崎間にある海岸が断層崖であるとし
て指摘されている断層であり,陸域にみられる部分と海域の部分(S-8
断層)とは連続するものとし,大谷沢から干飯崎沖までの長さ20キロメ
ートルの断層として考慮することが適切である。
       その活動性については,大谷沢の露頭調査と周辺の段丘調査から推定すれ
ば,武蔵野期以降の活動性は認められないとも考えられ,新しい時期に
活動したと推定されるものではないがB級の活断層と指摘している文献
もあることなどから,第4紀後期の活動の可能性を考慮することが適切
である。
       なお,柳ケ瀬断層と甲楽城断層の関連については,空中写真判読の結果か
ら両断層を連続するリニアメントが認められないこと,また,現地調査結
果から柳ケ瀬断層の北に連続する破砕帯が認められないことなどから,
両断層の連続性はないとして差し支えない。
     ③ 野坂断層
       本断層は,文献によれば,三方郡美浜町北田付近から関峠,敦賀市長谷に
至る数キロメートルの断層とされており,空中写真判読によれば,北田
から長谷までの約7キロメートルに溝状凹地,三角末端面などの直線的
配列が認められる。        
       その活動性については,現地調査では,明らかに野坂断層の露頭とみなし
得る破砕帯等は確認できず,新しい時期の活動を示す証拠は認められ
なかったが,長谷扇状地,野坂南方山地に河谷の屈曲等の変位地形が
認められること,B級の活断層と指摘する文献があることなどから,第4
紀後期の活動の可能性を考慮することが適切である。
     ④ 三方断層
       本断層は,文献によれば,三方郡美浜町久々子湖東岸から遠敷郡上中町
新道間に存在する,長さ約10数キロメートルとされている断層である
が,空中写真判読及び現地調査によれば,本断層の長さは,リニアメン
トが認められる久々子湖東岸から新道までの18キロメートルとすること
が適切である。
       その活動性については,必ずしも明らかではなく,活動性の高いものではな
いが,B級の活断層と指摘する文献があることなどから,第4紀後期の
活動の可能性を考慮することが適切である。
     ⑤ 木ノ芽峠断層
       本断層は,別名,木ノ芽断層あるいは敦賀断層などとも呼ばれ,文献によれ
ば,敦賀平野の沈降性地形に関連して,敦賀市山付近から同市道ノ口,
樫曲を通り,同市葉原付近に至る断層とされている。空中写真判読によ
れば,敦賀市雨谷から同市新保までの約14キロメートル及びその南西
に約10キロメートルの各リニアメントが認められ,両者は位置的に多少
離れているが,ほぼ走向の延長方向に存在する。
       その活動性については,文献によれば,活動度の高い断層であるという指
摘はないがB級の活断層とされ,一部には尾根の屈曲や段丘堆積層を
変位させている断層露頭がみられることなどから,これらの雁行する断
層が連続するものと仮定し,長さ25キロメートルの断層とした上で,第4
紀後期の活動の可能性を考慮することが適切である。
     ⑥ 花折断層
       本断層は,京都の東部から高野川沿いに北上し,途中越,花折峠を通り,滋
賀県高島郡朽木村市場から,檜峠,高島郡今津町保坂付近に達する地
形的に明瞭な断層線谷を成す全長56キロメートルの断層とされている。
       その活動性については,花折峠以南の一部に2500年B.P.以降の腐植土
層に変位を与えている証拠が認められるとされていることから,花折峠
以南の28キロメートルについては活動性の高い活断層として取り扱うこ
とが適切と考えられるが,本件敷地からの距離が遠いことから,その影
響は小さいことが明らかであるので,特に考慮の必要はない。
       ただし,全長56キロメートルを地震地体構造との関連で考慮することは必要
であると判断した。
     ⑦ 濃尾断層系
       本断層系は,岐阜市古市場付近から福井県今立郡池田町野尻付近までの
数条の断層群が濃尾地震時に部分的に活動したと指摘されているもの
であり,温見,根尾谷,梅原の主要3断層によって構成される。
       その活動性については,文献によれば,A級の活断層とされており活動性が
高く,本件敷地に与える影響が大きいが,歴史地震によって評価すると
しているので,支障はない。
     ⑧ S-8断層
       海上保安庁の調査資料によれば,本断層は,干飯崎沖より海岸に並行して
南東に延びる長さ約15キロメートルの構造線であり,陸上の地質構造
から推して,陸域の甲楽城断層と同一のものと推定されている。
       したがって,甲楽城断層の項で述べたとおり,本断層と大谷沢で確認された
陸域の部分の連続したものを甲楽城断層として評価する必要がある。
     ⑨ S-1+S-6断層
       海上保安庁の調査資料によれば,越前岬沖から干飯崎沖に至る新第3紀鮮
新世又は第4紀更新世初期に対比される地層内に,長さ数キロメートル
ないし10数キロメートルの雁行又は断続する数条の断層の存在が推定
されている。
       これらの断層は,伏在断層で現海底面に影響を与えていないとされているの
で,少なくとも新しい時期の活動は考えられないが,これらの断層群のう
ち,S-1,S-6が連続したものとして長さ20キロメートルとし,第4紀後
期の活動の可能性を考慮することが適切である。
     ⑩ S-21ないしS-27断層
     海上保安庁の調査資料によれば,敦賀半島西方海域に,長さ2ないし4.5
キロメートルの雁行状の全長約17キロメートルに及ぶ断層が推定され
ている。
       その活動性については,活動時期は新しいものではないと考えられるが,第
4紀後期の活動の可能性を考慮することが適切である。
       なお,これらの断層群と野坂断層とは地質構造上調和的であるが,音波探
査の結果,両断層間の海域には断層が認められないことから,これらの
断層群と野坂断層は連続しないものとして差し支えないと判断した。
    (エ) 敷地付近のリニアメントについて
      本件申請者は,本件許可申請において,白木-丹生リニアメントを含めて,本
件敷地付近に認められるリニアメントはいずれも活断層に伴う変位地形で
はないとしている。
      審査においては,白木-丹生リニアメントを含めて,敷地付近に判読されたリ
ニアメントは活断層に伴う変位地形ではないとすることは妥当と判断した。
    (オ) 活断層と微小地震及び歴史地震との関連について
      微小地震の観測により,断層の現在の活動性が顕著に認められるもの,又は
歴史地震との関連が認められるものは,活動度の高い活断層として評価す
ることが要求される。
      本件申請者は,この要求に対して,微小地震観測資料に基づき,本件敷地周
辺の主な活断層と微小地震との関連を検討しており,現在の活動性が顕
著であると認められる活断層はないとしている。また,歴史地震との関連に
ついては,それが明確になっている活断層はないとしている。
      審査においては,比較的古くから行われている微小地震観測等の関連文献を
検討し,前記(ウ)で選定された各活断層について,これらに沿う微小地震の
明確な線状配列などはみられず,微小地震の生起状況が断層の現在にお
ける顕著な活動性を示していると認められるものはないと判断した。また,
歴史地震との関連については,現在のところ,明確に歴史地震の震源とな
ったか,又は地震時に変位を示したとする根拠が認められるものもないこと
から,濃尾断層系のように地震断層とされているもの以外には,本件敷地
周辺には,歴史地震と関連があると認められる活断層はないとして差し支
えないと判断した。
    (カ) 活断層から想定される地震について
      活断層の調査結果に基づき,設計上考慮すべき活断層が的確に選定され,こ
れによる地震の想定が妥当であることが要求される。
      本件申請者は,本件許可申請において,設計上考慮する活断層とこれから想
定される地震として,陸域からは次の①ないし⑤の各地震を,海域からは
次の⑥,⑦の各地震をそれぞれ選定し,その際,経験式(松田式)に基づい
て,断層から想定される地震の規模を求めた。
     ① 柳ケ瀬断層による地震(断層長さ28キロメートル,マグニチュード7.2,震
央距離21キロメートル)
     ② 甲楽城断層による地震(海域のS-8断層を含む断層長さ20キロメートル,
マグニチュード7.0,震央距離11.5キロメートル)
     ③ 野坂断層による地震(断層長さ7キロメートル,マグニチュード6.3,震央距
離14キロメートル)
     ④ 三方断層による地震(断層長さ18キロメートル,マグニチュード6.9,震央
距離24キロメートル)
     ⑤ 木ノ芽峠断層による地震(断層長さ25キロメートル,マグニチュード7.2,
震央距離16.5キロメートル)
     ⑥ S-1+S-6断層による地震(断層長さ20キロメートル,マグニチュード7.
0,震央距離20.2キロメートル)
     ⑦ S-21ないしS-27断層による地震(断層長さ17キロメートル,マグニチュ
ード6.9,震央距離12.1キロメートル)
      審査においては,これらの断層については,文献調査,空中写真判読,海域
を含む現地調査等の結果によって,その第4紀後期の活動の可能性及び
規模が想定されており,これらの断層から想定される地震を設計上考慮す
ることは妥当なものと判断した。また,地震の規模を想定するのに用いられ
ている経験式(松田式)は,日本の内陸における地震断層の長さと地震の
規模との関係から求められたものであり,妥当なものと判断した。
   エ 地震地体構造
     敷地周辺の地震地体構造(地震規模,震源の深さ,発震機構,地震発生頻度
等に着目して,地震の発生の仕方に共通の性質をもっているある拡がりをも
った一定の地域の地質構造のこと)から想定される地震の規模,震央位置等
が適切に定められていることが要求される。
     本件申請者は,本件許可申請において,本件敷地周辺において起こり得る限
界的な地震を活断層との関連で考慮するものとし,本件敷地周辺において規
模の大きい活断層である花折断層の位置に,マグニチュード7.8(震央距離
60キロメートル)の地震を想定している。
     審査においては,このような地震の想定については,過去の地震の生起状況等
から,当地域では,ほぼマグニチュード7.75が起こりうる地震の上限である
とする知見が得られていること,及び花折断層から想定される地震規模がほ
ぼこれに対応することなどから,ここに限界的な地震が発生する可能性を考
慮していることは安全評価上適切であると判断した。
     なお,濃尾断層系の属する地域は,起こり得る限界的な地震の規模が本件敷
地周辺の地域より大きいとされているが,これについては濃尾断層系によっ
て本件敷地への影響が評価されているので支障はないと判断した。
   オ 直下地震
     直下地震の規模,震源距離等が適切に想定されていることが要求される。
     本件申請者は,この要求に対して,震源距離10キロメートルの位置に,マグニ
チュード6.5の地震を想定している。
     審査においては,直下地震に相当する地震としては,その地域の地質構造や地
震の生起状況によって想定するのが望ましいが,その規模及び位置を特定す
ることが困難であり,また,この地震は実際に起こる地震との関連よりも,むし
ろ起こった場合を想定することを要求されている地震であることから,上記の
直下地震の想定は,震源域における地震の被害状況の観測等から得られて
いる知見からみて,安全評価上適切であると判断した。
   カ 設計用最強地震及び設計用限界地震
     審査においては,考慮すべき地震から設計用最強地震及び設計用限界地震が
適切に選定されているか否かを審査した。
    (ア) 設計用最強地震
      本件申請者は,本件許可申請において,設計用最強地震として,考慮の対象
とされた歴史地震のうち,濃尾地震,寛文近江の地震,天平美濃の地震,
越前岬沖地震,天正畿内の地震の各地震を選定し,さらに,柳ケ瀬断層
(南部)から想定される地震(マグニチュード7.0,震央距離25キロメート
ル)を選定している。
      審査においては,敷地周辺の主な被害地震が本件敷地に与える影響を検討
した結果,上記の各地震はその規模及び震央距離から想定される最大振
幅等,本件敷地に与える影響がその他の地震よりも大きいと認められるの
で,歴史地震の選定に支障はなく,また,柳ケ瀬断層南部の約19キロメー
トル部分は,前記のとおり,活動度の高い活断層として考慮する必要があ
ることから,設計用最強地震の対象として選定されたことは適切であると判
断した。なお,地震断層である濃尾断層系から想定される地震について
は,歴史地震で考慮されているので支障はないと判断した。
    (イ) 設計用限界地震
      本件申請者は,本件許可申請において,設計用限界地震として,甲楽城断層
から想定される地震,木ノ芽峠断層から想定される地震,S-21ないしS-
27断層から想定される地震,柳ケ瀬断層から想定される地震,地震地体構
造の見地から想定される地震及び直下地震を想定している。
      審査においては,活断層,地震地体構造から想定される地震及び直下地震の
想定は,前記のとおり妥当であるから,設計用限界地震の選定は適切であ
ると判断した。
      なお,前記ウの(カ)において考慮する必要があるとされた活断層による地震が
本件敷地に与える影響は,上記の4つの断層の影響を上回るものではな
いことから,これら4つの断層で代表させたことに支障はないと判断した。
   キ まとめ
     以上のことから,審査においては,本件許可申請における過去の被害地震,活
断層,地震地体構造及び直下地震の評価と,これらによる設計用最強地震及
び設計用限界地震の想定はいずれも妥当であると判断した。
  (2) 基準地震動について
    審査においては,基準地震動S1 及びS2 の諸特性が,設計用最強地震及び
設計用限界地震から適切に評価されているか否かを審査した。
   ア 地震動特性
     地震動の策定に際しては,その最大振幅,周波数特性,継続時間と振幅包絡
線の経時的変化が適切な方法で評価されていることが要求される。
     このため,審査においては,最大振幅については,考慮すべき地震と本件敷地
との相互関係,算定法等の妥当性を,周波数特性については,その特性を定
めるために採用した方法の信頼性,本件敷地の地盤特性との適合性等を,継
続時間等については,地震規模との関連性をそれぞれ検討した。
    (ア) 地震動の最大振幅
      本件申請者は,本件許可申請において,地震と本件敷地との相互関係につい
て,歴史地震については震央からの距離で表し,断層による地震について
はその中心付近からの距離で表している。また,最大速度振幅は,地震動
の観測結果に基づいた経験式(金井式)によって求められている。
      審査においては,上記の地震と本件敷地との相互関係の表わし方は妥当で
あり,また,最大速度振幅を上記経験式(金井式)によって求めることは妥
当であると判断した。
    (イ) 地震動の周波数特性
      本件申請者は,本件許可申請において,周波数特性につき,岩盤における地
震観測資料を整理し,工学的な検討を加えて提案されている解放基盤表
面における標準スペクトル(いわゆる大崎の方法に基づく大崎スペクトル)
に基づいて定めている。
      審査においては,この標準スペクトルは使用した個々のデータを吟味した上で
なされたもので,国内外における既往の種々の研究内容と比較しても整合
性があり,信頼性があると判断した。また,調査の結果,本件敷地の地盤
は堅硬,均質で相当な広がりのある岩盤であり,その横波速度が約1.9キ
ロメートル毎秒であるとされていること,及び上記標準スペクトルは主として
硬質地盤上において観測された地震動特性から作成されていることから,
敷地での地震動の周波数特性として,このスペクトルを採用することは支
障のないものと判断した。そして,これらのことから,周波数特性は,考慮す
べき地震の規模,震央距離及び敷地の地盤特性を反映したものであり,ま
た,作成に際しては信頼性があると認められる方法によっているので,妥
当であると判断した。
    (ウ) 地震動の継続時間等
      本件申請者は,本件許可申請において,地震動の継続時間につき,地震規
模,継続時間及び振幅包絡線の経時的変化との関連を,地震観測記録を
基に検討して提案されている方法に基づいて定めている。すなわち,継続
時間は,地震動の開始から実効上消滅するとみなされる時間により,ま
た,振幅包絡線の経時的変化は,地震の規模及び継続時間に関連させて
定められている。
      審査においては,このような継続時間等の定め方は妥当であると判断した。
   イ 応答スペクトル及び模擬地震波
     基準地震動S1 及びS2 の諸特性は,設計用最強地震及び設計用限界地震
のそれぞれによって与えられた条件に適合していることが要求される。
     本件申請者は,本件許可申請において,基準地震動につき,地震の規模と震
源距離から求められた最大速度振幅と標準スペクトルから得られる応答スペ
クトル,及びそれに合致するように人工的に作成された模擬地震波の2種類
の方法で表わしている。
    (ア) 基準地震動の応答スペクトル
      本件申請者は,本件許可申請において,(1)のカで選定した地震について,(2)
のアで定めた地震動の最大振幅と,標準スペクトルから定まる応答スペク
トルをすべて包絡する応答スペクトルを設定し,これを設計に用いるとして
いる。すなわち,基準地震動S1 の応答スペクトルは,濃尾地震,寛文近
江の地震,天平美濃の地震,越前岬沖地震,天正畿内の地震及び柳ケ瀬
断層(南部)から想定される地震等,比較的影響の大きいとみられる地震に
ついて求めており,これを包絡するように定めた最大速度振幅13.8カイン
の応答スペクトルで代表するとしている。また,基準地震動S2 の応答ス
ペクトルは,甲楽城断層,木ノ芽峠断層,S-21ないしS-27断層及び柳ケ
瀬断層(全長)の各断層から想定される地震について求めており,これを包
絡するように定めた最大速度振幅18.2カインの応答スペクトルで代表す
るとしている。
      審査においては,このように基準地震時動S1 及びS2の各々につき代表す
るとされた応答スペクトルは,その影響が他の応答スペクトルを上回ってい
ることから,安全評価上差し支えないと判断した。なお,直下地震,地震地
体構造の見地から想定される地震についても,上記基準地震動S2 の応
答スペクトルに包絡されるので,差し支えないと判断した。
    (イ) 基準地震動の模擬地震波
      本件申請者は,本件許可申請において,(2)のアで定めた地震動の継続時間
と振幅包絡線の経時的変化を条件とし,位相を乱数とした正弦波の重ね合
わせによって,前記(ア)で定めた応答スペクトルに合致するように模擬地震
波を作成しており,設計に用いられる基準地震動S1 の模擬地震波の最
大振幅は19.0カイン,基準地震動S2 のそれは22.8カインとしている。
      模擬地震波を作成するに当たっては,そのスペクトルの強さが設定した基準
地震動の応答スペクトルの強さを下回らないこと,スペクトルの落ち込みが
著しくないこと等が要求される。
      審査においては,模擬地震波のスペクトルの強さが基準地震動の応答スペク
トルを全体として上回り,また,部分的にみても設計上重要な固有周期近
傍で大きく下回らないことから,作成された模擬地震波の基準地震動の応
答スペクトルに対する適合性は妥当であると判断した。
   ウ まとめ
     以上のことから,審査においては,本件敷地に想定される基準地震動 S1,S2
の諸特性の策定方法,及び耐震設計に用いられる基準地震動は妥当である
と判断した。
 3 地盤について
  (1) 敷地の地盤について
   ア 原子炉施設の設置予定地付近の地盤は,地震時等に崩壊し,施設の安全性
に影響を与えることがあってはならない。
     このため,審査に当たっては,関連資料の検討のほか,地表地質踏査,試掘坑
調査(岩盤に立坑,横坑などを掘削して,地質の状況を直接観察したり,各種
の測定を行う調査で,坑内で行う岩盤試験も含まれる。),トレンチ調査(地盤
にトレンチ,すなわち溝を堀り,その掘削面に現われた地層を観察する調
査),ボーリングコアの確認等の現地調査を行った。
   イ そして,審査においては,次の①ないし⑥の事項を確認した。
    ① 調査結果によれば,本件敷地の地質は,新期花崗岩類に属する黒雲母花崗
岩からなり,平坦部には段丘ないし扇状地堆積層が分布している。
    ② 敷地基盤を構成する黒雲母花崗岩は,稜線表層部で風化作用によるマサ化
が認められるものの,この風化帯を除き,ほぼ堅硬,均質な岩盤から構成
されている。
    ③ ボーリング調査(地盤を構成する岩石などを棒状のコアとして採取して,これ
を観察して地質の状況を調査すること),試掘坑調査,及びトレンチ調査等
から基盤岩中には節理系に支配された粘土化帯が局部的に認められる
が,いずれも小規模で連続性に乏しく,本件原子炉施設の安全性に影響を
与える性質のものとは認められない。
    ④ 本件敷地背後の山地は,本件原子炉施設の地盤と同様の花崗岩からなり,
一部小規模な粘土化帯が認められるが,切取斜面に対しては差し目の方
向となっている。また,風化の程度は漸次変化しているので,問題となる不
連続面は存在せず,切り取りにより風化の著しい表層部が取り除かれるの
で,法面は比較的堅硬な岩盤で構成されている。
    ⑤ 本件原子炉施設の後背地の平坦部には敷地造成時の掘削土が盛り立てら
れるが,この盛土斜面の基盤となる段丘ないし扇状地堆積層は,層厚5な
いし25メートルの花崗岩質砂礫層であり,淘汰不良ながらよく締まってい
る。
    ⑥ これらの切取斜面,盛土斜面について,ボーリング調査,試掘坑調査,岩盤,
堆積層,盛土の強度及び変形特性等の詳細な調査結果に基づき安定解析
を行った結果によっても,地震時等に崩壊が起こることはないものと判断さ
れるが,本件申請者によれば,更に安全性の向上を図るため,法面保護,
地下水位低下等の適切な対策を講じることとされている。
   ウ 審査においては,以上のことから,本件敷地の地盤は地震時等にも崩壊などに
よって施設に影響を与えるおそれはなく,安定した地盤であると判断した。
  (2) 原子炉設置地盤について
    原子炉施設を支持する地盤は,施設の自重や想定される地震時の荷重によって
不等沈下や地盤破壊等が起こることがなく,原子炉施設の安全性を十分確保で
きるものでなければならない。
    このため,審査に当たっては,地盤に関する調査,試験方法の妥当性,強度特性
及び変形特性の評価の妥当性並びに支持力,すべり等に対する安全性につい
て,関連資料の検討のほか,試掘坑調査,トレンチ調査,ボーリングコアの確認
等の現地調査を実施し,検討を加えた。
   ア 調査,試験
     本件申請者は,本件許可申請の際,本件原子炉施設の設置地盤について,地
表地質調査,ボーリング調査(合計94本で総延長約6300メートルのボーリ
ング調査),試掘坑調査(延長約430メートルを掘削する試掘坑調査),岩石
試験(密度,吸水率,有効間隙率,弾性波速度等の測定,一軸圧縮試験,引
張試験及び三軸圧縮試験等),岩盤試験(試掘坑内における弾性波試験,平
板載荷試験及びせん断試験)等の各種調査及び試験を実施している。
     審査においては,これらの強度特性,変形特性及び岩盤の性状等に関する調
査内容は,原子炉設置地盤の安全性評価を行う上で十分なものであると判断
した。
   イ 地盤物性
     審査においては,次の(ア),(イ)のとおり,地盤物性(原子炉設置地盤の性状と
岩石,岩盤物性)を確認した。
    (ア) 原子炉設置地盤の性状
      審査においては,次の事項を確認した。
      本件申請者により作成され本件許可申請書に添付されている地質断面図に
よると,本件原子炉施設の基礎岩盤は,全体としてCH 級(電研式岩盤分
類による。以下同じ。)ないしB級の堅硬,均質な花崗岩で構成されている。
      試掘坑の調査結果によれば,原子炉設置地盤のEL.+5メートルには,幾つ
かの粘土化帯が認められるが,粘土化帯相互間の特定方向への連続性
や密集部は認められず,その規模は最大のもので100メートル前後,大部
分は20ないし30メートル程度であり,また,粘土化帯の幅は,局部的に9
0センチメートル程度の所もあるが,大半は10センチメートル以下である。
なお,トレンチ調査の結果によれば,これら粘土化帯は,基盤を覆う段丘な
いし扇状地堆積層に影響を与えておらず,活動性が問題となるものではな
いと判断する。
      そして,試掘坑内の弾性波試験の結果によれば,基礎岩盤の弾性波速度は,
P波で約4.3キロメートル毎秒,S波で約1.9キロメートル毎秒であり,方
向による顕著な差異は認められない。
      以上の岩盤性状については,試掘坑調査,ボーリングコアの観察等の現地調
査においても確認した。
    (イ) 岩石,岩盤物性
      本件申請者は,本件許可申請の際,岩石物性について,試掘坑内で採取した
ブロックサンプル試料及びボーリングコアより採取した試料により,一般物
性,強度特性及び変形特性に関する諸試験を実施している。
      本件申請者が実施したボーリングコアの試験,試掘坑内の岩盤試験(平板載
荷試験及びせん断試験)等によって得られた試験結果は,堅硬な岩石,岩
盤として一般的なものであると認められる。
      試掘坑内における坑道間弾性波速度の測定値には方向による顕著な差異は
なく,岩石・岩盤試験によって得られた物性についても特に方向による差が
あるとは認められず,岩盤には問題となる異方性はないとして支障はない。
      岩盤物性のバラツキについては,岩石の強度試験,RQD値,現位置せん断
試験及び弾性波試験等の結果,基礎岩盤における各岩級の分布状態を反
映しているものと認められる。
      以上のことから,岩石・岩盤試験の方法及び評価は妥当なものであると判断し
た。
   ウ 地盤の安定性
     審査においては,次の(ア)ないし(ウ)のとおり,地盤の安定性(支持力に対する
安全性,すべりに対する安全性,沈下に対する安全性)を確認した。
    (ア) 支持力に対する安全性
      本件申請者の実施した岩盤の平板載荷試験結果によると,最大約210キロ
グラム毎平方センチメートルの荷重を与えても,CH 級の岩盤の荷重-変
位曲線に変曲点が認められないとされているので,常時の接地圧約5キロ
グラム毎平方センチメートル,地震時の最大接地圧約14キログラム毎平
方センチメートルに対し,支持力が問題となるものではない。
      本件原子炉施設の基礎岩盤にはD級,CL 級の岩盤等が一部分布するが,
それらの分布状態を考慮した安定解析によっても,基礎岩盤は,地震時に
破壊が生ずることがないと判断されるので,安全上支障がないものと認め
られる。
      これらのことから,審査においては,岩盤の支持力に対する安全性の検討に
用いられた試験の結果及びその評価は妥当であり,本件原子炉施設の基
礎岩盤は本件原子炉施設を支持するうえで十分な耐力を有していると判断
した。
    (イ) すべりに対する安全性
      本件申請者の実施した岩盤のせん断試験結果によって求められた各岩級ごと
のせん断抵抗力と基礎底面におけるこれらの各岩級分布状態から,地震
時の基礎底面のすべり抵抗力は,鉛直方向地震力をも考慮して約215万
トンとなる。一方,設計用限界地震時に本件原子炉建物基礎底面に作用す
る地震力は約43万トンとなり,すべりに対して約5の安全率となる。
      このことから,審査においては,すべりに対する安全性の検討に用いられた岩
盤試験の結果及びその評価は妥当であり,本件原子炉施設の基礎岩盤は
地震力によるすべりに対して,十分な安全性を有していると判断した。
    (ウ) 沈下に対する安全性
      本件原子炉施設の基礎岩盤の大部分を占めるCH 級ないしB級の岩盤は,
岩石・岩盤試験によって得られた変形特性から,圧密やクリープによる沈下
が問題となるものではない。
      また,基礎岩盤にはCL 級以下の岩盤も一部存在するが,その全体面積に
占める割合は,CL 級岩盤が約4パーセント,D級岩盤,粘土化帯が1パ
ーセント以下とそれぞれ少なく,CH 級以上の堅硬な岩盤の間に分散して
いる。
      これらのことから,審査においては,不等沈下は予想されないと判断した。
   エ 以上のことから,審査においては,本件原子炉施設の基礎岩盤は,原子炉格
納施設等の主要構造物を設置する地盤として十分な安全性を有していると判
断した。
 4 耐震設計について
   原子炉施設は,想定されるいかなる地震力に対しても,これが大事故の誘因となら
ないよう,十分な耐震性を有することが要求される。
   このため,審査においては,本件原子炉施設の耐震設計に関し,耐震設計の方
針,施設の耐震重要度の分類,地震力の算定,地震力と他の荷重の組合せ及び
地震時における応力等の許容限界等の妥当性について検討を加えた。
   その結果,審査においては,次の(1)ないし(5)のとおり,本件原子炉施設の耐震設
計の基本的方針は妥当であり,施設の耐震性を十分確保し得るものと判断した。
  (1) 耐震設計の方針について
    原子炉施設の耐震設計に際しては,施設の重要度に応じた適切な方法で地震力
を算定し,これに耐えるよう行わなければならない。
    本件申請者は,本件許可申請において,耐震設計の方針を次のとおり定めてい
る。
    すなわち,原子炉施設の建物・構築物は,原則として剛構造とするとともに,重要
な建物・構築物は原則として岩盤に支持される。原子炉施設は,地震時に要求
される機能の重要性に応じてA,B及びCの3クラスに分類され,Aクラスの施設
については,基準地震動S1 に基づく動的解析から求まる水平地震力と基準地
震動S1 の最大加速変振幅の1/2の値を鉛直震度として求める鉛直地震力,
又は層せん断力係数に基づく静的解析から求まる水平地震力と震度0.3を基
準とし,建物・構築物の振動特性,地盤の種類等を考慮して求まる鉛直震度に
基づいた鉛直地震力について,それぞれの組合せのうち,いずれか大きい方の
地震力が作用するものとし,これに耐えるよう設計されるとしている。なお,この
場合,鉛直地震力は水平地震力と同時に不利な方向に作用するものとしてい
る。
    さらに,Aクラスのうち特に重要な施設は,基準地震動S2 に基づく動的解析か
ら求まる水平地震力と基準地震動S2 の最大加速度振幅の1/2の値を鉛直
震度として求める鉛直地震力とを同時に不利な方向に組み合わせた地震力に
対してもその安全機能が保持できるように設計されるとしている。
    B及びCクラスの施設は,静的解析より求まる水平地震力に耐えるように設計さ
れるが,Bクラスの施設についても共振するおそれのあるものについては,動的
解析が行われるとしている。
    審査においては,以上の方針は,原子力安全委員会の「耐震設計審査指針」にも
適合しており,原子炉施設の耐震設計において一般的に用いられ,妥当性が認
められると判断した。
  (2) 耐震設計の重要度分類
    原子炉施設は安全性に対する機能が異なる種々の施設からなっているため,そ
れらの施設の機能に基づいて耐震設計上の重要度を分類する必要がある。す
なわち,施設が地震により機能を失うことによって想定される環境への影響の観
点から,LMFBRの設計の特徴を十分に踏まえ,耐震設計上の重要度分類がな
されていることが要求される。
    このため,審査に当たっては,LMFBRの設計の特徴を踏まえて施設のもつ安全
機能からみた耐震重要度分類の方針,及び各施設の重要度分類の妥当性につ
いて検討を加えた。
   ア 耐震重要度分類の方針
     本件申請者は,本件許可申請において,耐震重要度分類の方針を次のとおり
定めている。
     すなわち,Aクラスについては自ら放射性物質を内蔵しているか,又は内蔵して
いる施設に直接関係しており,その機能喪失により放射性物質を外部に放散
する可能性のあるもの,及びこれらの事態を防止するために必要なもの,並
びにこれらの事故発生の際に外部に放散される放射性物質による影響を低
減させるために必要なものであって,その影響効果の大きいものとされてい
る。さらに,Aクラスの施設のうち,特に安全上重要な施設はAsクラスとされて
いる。
     Bクラスについては,上記において影響効果が比較的小さいもの,また,Cクラ
スはAクラス,Bクラスに属さないものとされている。なお,ナトリウムの性質を
考慮し,Aクラス以外の施設で大量の液体ナトリウムを内蔵する施設はBクラ
スとされている。
     審査においては,以上の基本方針は,放射性物質の外部放散による環境への
影響を防止するために必要な機能を,その影響の程度の重大性に応じて分
類する方針となっているので,妥当なものであると判断した。
   イ 各施設の重要度分類
     本件申請者は,本件許可申請において,主要な施設の重要度を次のように分
類している。
     ⅰ Aクラスの施設
      ① 原子炉冷却材バウンダリを構成する機器・配管
      ② 制御棒及び制御棒駆動機構(原子炉自動停止時の制御棒そう入に関する
部分)
      ③ 原子炉格納容器
      ④ 補助冷却設備及び2次主冷却系設備(中間熱交換器からみて蒸気発生器
の止め弁まで)
      ⑤ 炉外燃料貯蔵槽のうち燃料貯蔵容器及び回転ラック並びに水中燃料貯蔵
設備の燃料池及び貯蔵ラック
      ⑥ ガードベッセル
      ⑦ アニュラス循環排気装置
      ⑧ 原子炉カバーガス等のバウンダリを構成する機器・配管
      等
      このうち,①ないし⑤は,Asクラスとされている。
     ⅱ Bクラスの施設
      ① 1次ナトリウム純化系設備
      ② 廃棄物処理設備
      ③ 2次ナトリウム補助設備
      等
     ⅲ Cクラスの施設
      ① 発電機,蒸気タービン設備,復水設備等
      ② その他A及びBクラスに属さないもの
     また,本件申請者は,主要施設のもつ機能を維持するため必要な補助施設,例
えば補助冷却設備,アニュラス循環排気装置等に関連する非常用電源及び
計装設備,制御棒そう入に直接関連する炉内構造物等についても,主要設備
と同様の重要度に分類している。さらに,これらの主要施設及び補助施設を
支持する構造物については,その施設の耐震設計に用いられる地震動によっ
て支持機能を失わないことの確認をすることとなっている。
     審査においては,以上の各施設の重要度は,基本方針に従い施設の機能に基
づいて分類されており,また,要求される機能に関連する補助施設等も考慮し
て当該機能が損なわれることがないよう配慮されていると認められるので,妥
当なものであると判断した。
  (3) 地震力の算定
    地震力の算定は,施設の重要度に応じた適切な方法によってなされることが要求
される。
    このため,審査に当たっては,地震力の算定に用いる層せん断力係数,震度,又
は地震動,静的解析及び動的解析による地震力の算定方法について検討を加
えた。
   ア 静的解析に基づく地震力
     本件申請者は,本件許可申請において,静的解析に基づく地震力を次のとおり
求めている。
     すなわち,静的解析によって算定する水平地震力は,標準せん断力係数を0.
2とし,建物・構築物の振動特性,地盤の種類等を考慮して求められる層せん
断力係数(以下「層せん断力係数」という。)から求めるとしている。また,鉛直
地震力については,震度0.3を基準とし,建物・構築物の振動特性,地盤の
種類等を考慮した高さ方向に一定の震度(以下「鉛直震度」という。)が鉛直方
向に作用するものとしている。
     静的解析に際しては,Aクラスの建物・構築物では「層せん断力係数」の3倍
(3.0CI )及び「鉛直震度」から求まる地震力を静的地震力として用い,機
器・配管では,建物・構築物に対する層せん断力係数の値を水平震度とした
もの及び「鉛直震度」の1.2倍から求まる地震力を静的地震力としている。
     Bクラスについては「層せん断力係数」の1.5倍(1.5CI ),Cクラスについて
は「層せん断力係数」(1.0CI )からそれぞれ求まる地震力を静的地震力と
している。
     審査においては,上記の静的地震力の算定方法は,最新の知見に基づいたも
のであり,支障ないものと判断した。
   イ 動的解析に基づく地震力
     本件申請者は,本件許可申請において,動的解析に基づく地震力を次のとおり
求めている。
     すなわち,動的解析は,各施設を集中質点系等の解析モデルに置換して,剛性
及び減衰量を適切に評価し,地盤との相互作用を考慮したうえスペクトルモー
ダル解析法,時刻歴モーダル解析法又は時刻歴直接積分法によって行われ
るとしている。
     A及びAsクラスの施設の地震応答解析は,基本的には施設が弾性的挙動をす
るものとして行われるが,建物・構築物については,基準地震動S2に対して弾
性範囲をある程度以上超える場合にあっては,その超える程度を安全上支障
のない範囲に制限したうえ,適切な減衰量,剛性を考慮するか,又は実験等
に基づく復元力特性を考慮して行う方針となっている。
     審査においては,以上のような動的解析の手法は,既に工学的に一般的になっ
ているもので実績もあり,また,弾性範囲をある程度以上超える場合にあって
は,建物・構築物の構造特性等を考慮のうえ,十分その安全性を確認する方
針となっているので,支障はないものと判断した。
     そして,本件申請者は,動的解析に際しては,前記2,(2),イで定めた基準地震
動を敷地のEL.+5メートルの位置に想定し,設置される建物・構築物等の
地震波動に与える影響を適切に考慮して入力地震動を定めるとしている。
     地震応答解析におけるこのような基準地震動の取り扱いについては,重要な建
物・構築物の設置レベル付近では,微小な粘土化帯の存在がみられるが全
体として堅硬な岩盤が分布し,その横波速度が約1.9キロメートル毎秒程度
となっていること,また,これより下部はその横波速度もほぼ一様に漸増する
傾向が見られること等から,このような敷地の地盤条件で基準地震動を定め
ることは適切なものと認められる。
     以上のことから,審査においては,動的解析に基づく地震力の算定についての
基本方針は,妥当なものと判断した。
  (4) 荷重の組合せと許容限界
    原子炉施設の耐震設計においては,常時作用している荷重,運転時に施設に作
用する荷重等と地震による荷重とは加算して考慮しなければならない。
    A,B及びCクラスの施設については,弾性とみなされる範囲の状態を維持できる
こと,また,Asクラスについては,基準地震動S2 による地震力に対して弾性と
みなされる範囲を超える事があっても,その施設の機能に影響を及ぼすおそれ
がない程度であることが要求される。
    このため,審査に当たっては,地震力と他の荷重との組合せ法の妥当性とその組
合せ荷重状態で施設に許容される応力限界等について検討を加えた。
    本件申請者は,本件許可申請において,荷重の組合せと許容限界について次の
とおり定めている。
    すなわち,Aクラスの建物・構築物については,常時作用している荷重及び運転
時に施設に作用する荷重と,基準地震動S1 による地震力又は,静的地震力と
組み合わせて,その結果発生する応力に対して,安全上適切と認められる規格
及び基準による許容応力度が許容限界としている。
    Asクラスの建物・構築物については上記に加え,さらに常時作用している荷重及
び運転時に作用する荷重と基準地震動S2 による地震力とを組み合わせて,そ
の結果発生する応力に対して建物・構築物の終局耐力に妥当な安全余裕を持
たせることとなっている。
    B,Cクラスの建物・構築物については,常時作用している荷重及び運転時に作
用する荷重と静的地震力とを組み合わせて,その結果発生する応力に対し,安
全上適切と認められる規格及び基準による許容応力度が許容限界とされてい
る。
    Aクラスの機器・配管については,通常運転時,運転時の異常な過渡変化時及び
事故時に生じるそれぞれの荷重と基準地震動S1 による地震力,又は静的地
震力とを組み合わせ,その結果発生する応力に対して降伏応力又はこれと同等
な安全性を有する応力が許容限界とされている。Asクラス機器・配管について
は,上記に加えてさらに通常運転時,運転時の異常な過渡変化時及び事故時
に生じるそれぞれの荷重と基準地震動S2 による地震力とを組み合わせ,その
結果発生する応力に対して構造物が局部的に降伏して塑性変形する場合でも
過大な変形,亀裂,破損等が生じることによってその施設の機能に影響を及ぼ
すことがないこととなっている。
    B,Cクラスの機器・配管についてもAクラスの場合と同様な荷重の組み合わせ及
び許容限界を用いることとしている。
    また,地震時に機能の維持を要求される施設に含まれる動的機器の地震時にお
ける動作機能については,実験等により確認することとなっている。
    なお,地震力と組み合わせる運転時の異常な過渡変化時及び事故時に生じるそ
れぞれの荷重とは,地震によって引き起こされるおそれのある事象によって作用
する荷重であるとしている。
    ただし,地震によって引き起こされるおそれがなくても,長期間作用する事故時の
荷重については,基準地震動S1 による地震力,又は静的地震力との組合せ
を考慮することとなっている。
    荷重の組合せに対するこれらの方針は,合理的であり,妥当なものである。
    許容限界については,建物・構築物の場合は,基準地震動S1 による地震力,
又は静的地震力に対しては安全上適切と認められる規格及び基準による許容
応力度とされ,機器・配管の場合についても材料の降伏応力程度とされているこ
とから,弾性範囲にあると認められる。基準地震動S2 による地震力に対して,
建物・構築物については終局耐力に余裕を考慮して許容限界を定め十分な変
形能力を有していることを確認することとし,機器・配管については,過大な変
形,亀裂,破損を起こさないことを確認することにより,施設の機能を失うことが
ない状態が基本方針とされているので支障はない。
    重要な動的機器の動作機能については,実験等によってその機能を確認する方
針となっているので適切である。
    審査においては,以上のことから,荷重の組み合わせと許容限界についての基
本的方針は妥当なものと判断した。
  (5) 地震感知器について
    本件申請者は,本件原子炉施設がある程度以上の地震動を受けた場合に原子
炉を自動的に停止させるため,地震感知器を設置することとしている。
    審査においては,これは地震に対する安全上の配慮として妥当なものであると判
断した。
第3 当裁判所の判断
 1 強震動予測の手法を採用しない耐震設計審査指針の合理性の有無
  (1) 控訴人らの主張
   ア 現在の知見によれば,地震現象の本質は,震源断層面のズレ破壊であり,活
断層(地表地震断層)は,震源断層面の最上部が地表に達して出現したもの
にすぎず,地震が必ず活断層を生み出すとは限らない。したがって,そのよう
な活断層を地震動予測の基準とすることには無理がある。現在の強震動予測
は,震源断層面とそこでのアスペリティ(震源断層面において強く固着してい
る領域のこと)を想定した上で,その断層面上の破壊ごとに発生した震動が,
それぞれの破壊の発生地点から当該立地点まで,どのように減衰するかを,
その場所ごとの特性に応じてコンピュータシミュレーションにより計算する。こ
れにより,当該立地点での地震動の波形までが具体的詳細に予測することが
できる。これに対して,耐震設計審査指針が定める地震動の予測方法は,経
験式に基づく不正確なものであり,現在の知見に照らせば,全く合理性を欠く
ものであるから,耐震設計審査指針は極めて不合理である。
   イ 政府の調査機関である地震調査研究推進本部は,平成13年5月,「糸魚川-
静岡構造線断層帯(北部,中部)を起震断層と想定した強震動評価手法につ
いて(中間報告)」と題する報告書(以下「糸魚川-静岡報告書」という。)を公
表したが,同報告書においては,地震動を予測するのに,強震動予測の方法
を採用しているのであり,このことは,強震動予測の手法が既に確立されてい
ることを裏付けるものである。
  (2) 控訴人らの主張に対する判断
   ア 証拠(甲ハ88)及び弁論の全趣旨によれば,地震とは,地下の岩盤が面状に
ズレ破壊(震源断層面の急激なズレ)を起こし,地震波を放出する現象をいう
が,地震学の研究が進み,その成果として,地震の構造が次第に明らかとな
り,最近では,地震の規模は震源断層面の大きさに関係し,激しい地震動が
生じるのは,震源断層面のアスペリティが次々とズレ破壊を起こし,そのとき
に特に激しい地震波が放出されるからであると考えられるようになっているこ
と,こうしたことから,強い地震動の予測(強震動予測)は,これまでの活断層
の長さを基準とするのではなく,震源断層面の大きさやアスペリティの個数と
面積などを拠りどころにして行うべきとの意見が有力に提唱されていることが
認められる。
   イ 控訴人らが主張する糸魚川-静岡報告書については,証拠(乙ハ21の1,甲
ハ87,88)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
    (ア) 地震調査研究推進本部は,阪神・淡路大震災の教訓を踏まえて,地震によ
る災害から国民の生命,身体,財産を保護することを目的として制定された
地震防災対策特別措置法(平成7年7月18日施行)に基づき,地震に関す
る調査研究を政府として一元的に推進するため,総理府(平成13年1月6
日中央省庁再編後は,文部科学省)に設置された政府の調査研究機関で
ある。
    (イ) 地震調査研究推進本部に置かれた地震調査委員会(学識経験者等から構
成される委員会)は,地震防災の一環として,主要な活断層帯についての
調査研究を行ってきたが,その一環として,同委員会の強震動評価部会
は,糸魚川-静岡構造線断層帯(北部,中部)について,強震動予測手法
を用いた検討,評価を行った。
    (ウ) 地震調査研究推進本部は,平成13年5月,強震動評価部会が行った検
討,評価の結果を中間報告として公表したが,糸魚川-静岡報告書は,こ
のときの報告書である。
    (エ) 同報告書は,その冒頭において,「地震調査委員会強震動評価部会は,<
中略>強震動予測手法を検討するとともに,それを用いた強震動の評価を
行うこととしている。本部会は,<中略>特定の活断層を起震断層と想定し
た手法検討の最初の段階として,標記活断層帯に適用する手法について
検討を進めていた。このたび,若干の強震動の試算結果を踏まえ,中間的
な検討結果を取りまとめたので報告する。」と述べている。
    (オ) 同報告書においては,強震動評価手法の構成要素として,①震源の特性を
評価する手法(震源の特性化手法),②地下構造モデルの設定手法,③強
震動計算手法,④予測結果の検証手法があるとした上で,「今回は,これら
構成要素の中で最も不確定性が高く,かつ強震動予測の出発点である①
震源の特性化手法を中心に,若干の強震動波形の合成(試算)を行いつつ
検討した。それ以外の構成要素については,利用しうるデータの範囲で概
ね最適と判断し,かつ試みに波形合成に適用したものを提示したものであ
り,その適否についての検討はまだ行っていない」とし,かつ,②地下構造
モデルの設定手法,③強震動計算手法,及び④予測結果の検証手法につ
いての確立を,今後の検討課題としている。
    (カ) 同報告書は,上記①の震源の特性を評価する手法(震源の特性化手法)の
検討において,評価対象を<イ>巨視的震源特性(想定される地震の震源断
層の位置,長さ,幅,傾斜等),<ロ>微視的震源特性(想定される地震のア
スペリティ,背景領域の面積,平均すべり量,応力降下量等),<ハ>その他
の震源特性(破壊開始点,破壊伝播様式)の3つに分けて評価したが,糸
魚川-静岡構造線断層帯の微視的震源特性は,その不確定性が特に高
いとしている。
   ウ 以上の事実によれば,確かに,最近では強い地震動の予測評価については,
強震動予測手法によるべきとの意見は有力であり,政府機関である地震調査
研究推進本部においても,この手法を用いた検討,評価がなされていることを
認めることができる。しかし,上記報告書に照らしても,強震動予測手法は,ま
だ不確定な部分が多く,ようやく試算をする程度のごく初期的な研究段階にあ
るに過ぎないと認められ,C作成にかかる陳述書(甲ハ88)も,この認定判断
を左右するに足りない。したがって,強震動予測手法は,現在の科学水準に
照らし,地震動予測評価の方法として確立された知見とまではいうことができ
ない。以上のとおりであるから,耐震設計審査指針が強震動予測の手法を採
用していないからといって,直ちに不合理であるとはいえず,控訴人らの上記
主張は理由がない。
 2 経験式(松田式,金井式及び大崎の方法)の合理性の有無
   (1) 控訴人らの主張
     本件原子炉施設の安全審査に使用された耐震設計審査指針は,地震動の算
定方式として,経験式である松田式,金井式及び大崎の方法を採用している
が,これらの方式は,次のとおり不合理なものであるから,耐震設計審査指針
も不合理というべきである。 
    ア 松田式の不合理性
     (ア) 耐震設計審査指針は,松田式(経験式)に基づき,活断層の長さから地震
のマグニチュードを推定することを求めている。しかし,地震現象が地表
に及んで現れた地表地震断層のその痕跡にしか過ぎない活断層の長さ
から,地下に存在する震源断層面の規模を推定することなど不可能であ
る。現在の知見に照らせば,地震動の規模は震源断層面の規模に関係
するのであり,活断層の長さは生じうる地震のマグニチュードを推定する
手掛かりとなるものではない。このように,松田式は,その方法論自体に
誤りがある。
     (イ) この松田式のもととなったデータには,この式を提唱した松田自身が「地震
断層が地表に現れなかった地震でも,他の方法で断層の長さが推定さ
れている場合には,参考のためその値もプロットされている」と述べてい
るように,地震学者が地震波等によって推定した震源断層面の長さのデ
ータが含まれている。そこで,純粋に活断層の長さとマグニチュードの関
係を示すものとして見るために,基礎となったデータから震源断層面の
長さを活断層の長さとしたものを除いてみると,マグニチュード7.3以下
では,ほとんど活断層の長さとマグニチュードの大きさとの間に相関関係
がないことが分かる。2000年鳥取県西部地震のように,マグニチュード
7.3程度までの地震では,地震断層が地表面に現れない場合があるの
であるが,そのことが松田式の基礎となったデータからも見てとれるので
ある。要するに,少なくともマグニチュード7.3程度までの地震は,活断
層の長さから地震のマグニチュードを推定することはおよそ不可能なの
であり,その範囲では松田式は,全く意味のない式である。なお,マグニ
チュード7.3以上であっても,前記のとおり,地表の活断層の長さから地
震のマグニチュードの大きさを推定するという方法論自体に無理がある
から,そもそもそれらの間にさしたる相関関係があるとは考えられない。
    イ 金井式の不合理性 
     (ア) 金井式は,震源断層面の存在が分からなかった時代のものであり,しかも
その適用にあたっては,地震動の減衰をその活断層の中心からの距離
によって算定するという正確性に欠ける式である。
     (イ) 金井式は,地震の本質がまだよくわからなかった時代には相応に利用され
てきたが,マグニチュードが大きくなると,それに応じて実際の震源断層
面も広がるので,近距離では現実に合致しないことが早くから指摘され
ていた。また,地域特性を考慮せず,日本全国一律に適用することの無
理も指摘されていた。
     (ウ) 特に金井式の適用にあたっては,活断層の中心を震源とみなす方法が原
子力施設の耐震設計でとられ,地震波が同心円的に距離減衰するとの
考え方に立っていたが,この考え方が合理性を失っていることは,現在
の知見に照らして明らかである。
    ウ 大崎の方法(大崎スペクトル)の不合理性
     (ア) 大崎の方法により求められる基準地震動の応答スペクトル(大崎スぺクト
ル)は,すべての地震動を包含するものではないから,実際の地震動で
は,耐震設計で想定された以上の力が加わるおそれがある。
     (イ) 現在の知見に照らせば,大崎スペクトルも,地震の実相に即していない大
雑把な方法でしかない。
   (2) 控訴人らの主張に対する判断
    ア 控訴人らの主張の前提について
      まず,控訴人らは,耐震設計審査指針が松田式,金井式及び大崎の方法を採
用していると主張し,その不合理を主張するが,耐震設計審査指針は,上
記各式,方法について直接触れている訳ではない。もっとも,その解説の
中で,「地震動の最大振幅,周波数特性,継続時間,振幅包絡線の経時的
変化等と,地震のマグニチュード,震源距離あるいは基盤の岩質等,それ
ぞれの間には,過去の観測結果に基づいて相関関係を求めた研究成果が
かなりあり,必要に応じて参考とすべきである。」,「解放基盤表面の地震動
の水平方向における最大速度振幅は,地震動の実測結果に基づいた経験
式あるいは適切な断層モデルに基づいた理論値を参照して定めることがで
きる。」との記載があることが認められるが(乙4の385頁と386頁),ここ
においても,松田式,金井式及び大崎の方法という具体的な式,方法を指
定している訳ではない。しかしながら,前記(本節,第2の2)のとおり,本件
申請者は,耐震設計をするための地震のマグニチュード,最大速度振幅,
基準地震動の応答スペクトルなどの解析に上記の松田式,金井式及び大
崎の方法を使用し,これを審査した科学技術庁及び原子力安全委員会もこ
れらの式,方法を用いることを是認しているのであるから,控訴人らの主張
は,これらの式,方法による解析を是認した本件安全審査の不合理をいう
ものと解される。
    イ 松田式について
     (ア) 証拠(乙ハ16,24,25)及び弁論の全趣旨によれば,松田式に関して,
次の①ないし③の事実が認められる。 
      ① 松田式は,1975年(昭和50年)に,東京大学地震研究所教授のDが,
「活断層から発生する地震の規模と周期について」という論文の中で
提案した式であり,活断層の長さからその断層が引き起こす可能性の
ある地震の最大のマグニチュードを推定するための経験式である。
      ② 松田式においては,1891年(明治24年)に起きた濃尾地震以降の,日
本の内陸で発生した地震の規模と活断層の長さが求められている地
震データを基にしている。そして,ここで用いる活断層の長さの値は,
地震により地表に現れた断層の長さだけでなく,地表に現れなかった
断層でも当時の地震学の知見などからその断層の長さが推定できる
値も含まれている。
      ③ 松田式は,経験則上合理的なものとして,本件原子炉施設の耐震設計に
限らず,他の原子力施設においても,活断層の活動により生ずる地震
のマグニチュードを推定するための計算式として,一般的に広く使用さ
れ,現在でもそのことに変わりがない。
     (イ) 控訴人らは,上記のように松田式の不合理性,不正確性を主張するが,本
件全証拠によっても,現在のところ,地震のマグニチュードを予測する方
法として,松田式よりも合理的かつ信頼性のある計算式又は手法が確
立されているとは認められない。控訴人らが主張する強震動予測の手法
が未だ確立された知見とまではいえないことは,前述のとおりである。む
しろ,弁論の全趣旨によれば,地震調査研究推進本部の地震調査委員
会は,前記のように,糸魚川-静岡構造線断層帯の地震動調査につい
ては強震動予測の手法を用いた解析を試みているが,他の地震動調査
には松田式を用いていることが窺われるところである。
(ウ) 以上のことからすると,Cが陳述書(甲ハ88)で述べる松田式の曖昧さや
不確実さを考慮しても,これに代わるべきより信頼性の高い合理的な計
算式若しくは手法が確立していない以上,松田式はなお合理性を失って
いないというべきである。したがって,松田式が不合理であることを前提
とする控訴人らの主張は,採用できない。
もっとも,証拠(乙ハ23)及び弁論の全趣旨によれば,Dは,最近の論文(平
成10年の「活断層からの長期地震予測の現状 糸魚川-静岡構造線
活断層系を例にして」と題する論文)において,新しい計算式(以下「新松
田式」という。)を使用して,地震動の計算をしていることが認められる。
しかし,証拠(乙ハ23ないし25)によれば,新松田式は,地震により陸
域の地表に現れた断層の長さのみから地震のマグニチュードを推定しよ
うとするもので,例えば,海域に存在すると合理的に推認される断層など
を無視していることから,原子力安全委員会は,原子炉設置の耐震設計
に関する安全審査に用いる経験式としては,従来の松田式の方が妥当
であると判断したことが認められる。これによれば,新松田式を採用しな
いとする原子力安全委員会の判断が不合理であるとは認められない。
ウ 金井式について
     (ア) 証拠(乙16)及び弁論の全趣旨によれば,金井式に関して,次の事実が
認められる。
      ① 金井式は,地震動の最大速度振幅,震源距離及びマグニチュードの関係
を表す経験式であり,震源距離とマグニチュードの値が与えられれ
ば,ある地点での地震動の最大速度振幅を求めることができる。
      ② 金井式は,解放基盤表面における最も確からしい地震動の強さを評価す
る経験式であるが,本件原子炉施設の耐震設計に限らず,他の原子
炉施設においても,地震動の強さを求める有用な経験式として一般的
に用いられ,現在でも広く活用されている。
     (イ) 控訴人らは,金井式につき,「近距離では現実に合致しないことが早くから
指摘されていた。」と主張する。
       しかし,証拠(乙ハ9)及び弁論の全趣旨によれば,金井式は,当初は,茨城
県の日立鉱山の地下坑道内で得られた地震観測記録等に基づいた経
験式であったが,昭和40年に発生した松代群発地震の際に,岩盤表面
上における地震動の観測記録が多数得られたことから,この観測記録を
基にして震源の近距離まで適用可能な経験式に改訂されたことが認め
られ,原子力発電所の安全審査の際には,解放基盤表面における最も
確からしい地震動を評価する経験式として,この改訂後の金井式が広く
利用されていることが認められるから,控訴人らの上記主張は,直ちに
は採用できない。
     (ウ) このほか,金井式についての当裁判所の判断は,原判決の説示(原判決
第1分冊286頁8行目から295頁11行目まで)と同じであるから,これ
を引用する。
       したがって,金井式が不合理であることを前提に,本件安全審査の不合理を
いう控訴人らの主張は,理由がない。
    エ 大崎スペクトルについて
     (ア) 証拠(乙ハ9)及び弁論の全趣旨によれば,大崎スペクトルに関して,次の
事実が認められる。
      ① 大崎スペクトルとは,昭和53年にE東京大学工学部教授(原子力委員会
の原子炉安全専門審査会委員)が「発電用原子炉施設に関する耐震
設計審査指針」(昭和53年9月29日原子力委員会決定)の解説の一
部等とすることを目的として,多数の地震動の記録を基にして取りまと
めた,耐震設計用の速度応答スペクトル(マグニチュードと震央距離と
に応じた解放基盤表面上の地震動の周波数特性)である。
      ② 大崎スペクトルは,結局のところ,耐震設計審査指針の解説の一部とはな
らなかったが,本件原子炉施設に限らず,他の原子炉施設において
も,基準地震動を評価するガイドラインとして一般的に用いられ,現在
でも広く活用されている。
     (イ) 大崎スペクトルに関する当裁判所の判断は,原判決の説示(原判決第1分
冊295頁12行目から303頁1行目まで)と同じであるから,これを引用
する。
       したがって,大崎スペクトルが不合理であることを前提に,本件安全審査の
不合理をいう控訴人らの主張は,採用することができない。
 3 本件原子炉施設敷地直下における断層の存在の可能性
  (1) 控訴人らの主張
    本件原子炉施設の敷地の直下には,たて方向の条線及び鏡肌や幅1メートルに
及ぶ破砕帯があるが,条線や鏡肌は,両側の地盤がずれてできたものであり,
敷地直下の2つの地盤が異なる運動をしたことを示している。このような地盤
は,耐震設計上で前提とされる健全な地盤とはいえないことは明らかである。ま
た,この幅1メートルに及ぶ破砕帯がどこまで拡がっているかも確認されておら
ず,それが断層である疑いもある。この条線及び鏡肌の部分や破砕帯が地盤の
運動によって生じたものであれば,敷地直下に断層が走っていることになり,地
盤の健全性は明らかに損なわれるから,本件安全審査には,看過し難い審理及
び判断の欠落がある。
  (2) 控訴人らの主張に対する判断
   ア 証拠(乙16)及び弁論の全趣旨によれば,① 本件許可申請書のボーリング柱
状図(本件敷地の地盤のボーリング調査の結果を表わした図面)には,地下
約99メートル付近の記事として,「たて方向の条線及び鏡肌が認められる。」
との記載があり,その他にも,ボーリングで採取した岩石に条痕の認められる
箇所が複数存在すること,② 断層運動が生じた場合には,摩擦によって,鏡
肌(磨かれて鏡のように光沢をもった面のこと)が生じて,通常の場合,その光
沢面に条線が残ること,③ 本件許可申請書の別のボーリング柱状図には,
地下約159メートル付近の記事として,「傾斜80度前後の破砕帯,傾斜80
度前後の幅1ないし2センチメートルのピンク粘土と幅0.5ないし3センチメー
トルの黒色酸化物」との記載があり,その他にも,いくつか破砕帯の存在を認
める記述が存在すること,④ 破砕帯とは,岩盤の一部が何らかの力により
破壊された結果,不規則な割れ目や砕けた岩石や粘土等が,ある幅をもっ
て,ある方向に帯状に連なっているものをいい,大きな断層の場合は,破砕帯
を伴うことが多いこと,の各事実が認められる。
   イ しかし,証拠(乙16,乙ニ3の2)によれば,上記の①,②の点については,本
件許可申請書のボーリング柱状図中に条線や鏡肌が認められるのはごく一
部にすぎない上に,条線の方向が特定方向に連続していないこと,また,鏡
肌には条痕の跡がないことが認められ,これらも併せ考えると,上記の条線
や鏡肌が断層運動によって生じたものと認めるのは相当でない。また,上記
③,④の点についても,証拠(乙16,乙ニ3の2)によれば,上記破砕帯にピ
ンク粘土や黒色酸化物が存在するということは,地下深層の熱水によって岩
石(花崗岩)に変質が生じたと見るのが自然であり,断層運動によって破砕帯
が生じたと見るのは困難であることが認められる。
   ウ そうすると,本件許可申請書のボーリング柱状図に,条線及び鏡肌や破砕帯の
記述があるからといって,本件敷地の直下に断層があるとは直ちに認めるこ
とはできず,甲ニ第3号証の3も上記認定を左右するものではない。よって,
控訴人らの上記主張は理由がない。
 4 白木-丹生リニアメントの活断層の可能性
  (1) 控訴人らの主張
   ア 被控訴人は,白木-丹生リニアメントについて,現地調査において確認された
露頭(地層や岩石が,土壌や植生に覆われることなく,直接露出している場所
のこと。以下,この露頭を「本件露頭」という。)には,粘土化した花崗岩が所
々に認められ,その粘土化した花崗岩には,元の花崗岩の岩石組織が残さ
れており破砕されていなかったことを根拠として,白木-丹生リニアメントは断
層によって形成されたものではないと主張している。
     しかし,このようにいうためには,本件露頭の粘土化帯が白木-丹生リニアメン
トの線上にあり,かつ,その粘土化帯の位置が地図上に確実に特定される必
要がある。被控訴人は,平成13年12月17日付け釈明書で,その位置を図
示したが,その位置は漠然としていて,未だ確定できたということはできない。
     このように,被控訴人は,現時点においても本件露頭の位置を漠然としか主張
できないでいるのであるから,それが白木-丹生リニアメントの線上にあるな
どといえないことは当然である。むしろ,被控訴人の「リニアメントの線上で粘
土化帯を確認した」という主張は,その粘土化帯の位置を地図上で特定でき
ない以上,虚偽とも言うべきものである。
     したがって,被控訴人は,本件露頭の位置と白木-丹生リニアメントの走行位
置との関係を正しく確認していないのに,本件露頭の粘土化帯の性状を根拠
に,白木-丹生リニアメントが断層ではないと判断したものと解される。
   イ そもそも,被控訴人のいうリニアメントなるもの自体,その位置が一定していな
い。活断層研究会の「新編・日本の活断層」の図面と被控訴人の上記釈明書
の添付図面とを重ね合わせてみると(図面を拡大コピーして縮尺をそろえて重
ね合わせた。),「新編・日本の活断層」がいう白木-丹生リニアメントは,被
控訴人がいうリニアメントより,東方にかなり離れたところを走行していること
になる。
     結局のところ,被控訴人は,白木-丹生リニアメントを,「新編・日本の活断層」
のいう位置とは異なる位置に勝手に指定し,しかも書面ごとによってその位置
を変えた挙句,一方的にその「線上の粘土化帯」なるものを見たというのであ
って,このような主張に基づく粘土化帯の検証が意味を持たないことは,明ら
かである。要するに,本件露頭の粘土化帯の性状を根拠に,白木-丹生リニ
アメントが断層でないと判断するのは,不合理である。
ウ さらに,被控訴人は,白木-丹生リニアメント沿いに断層変位地形が認められ
ないとして,白木-丹生リニアメントは断層ではないと主張している。しかし,リ
ニアメント自体,直線的な地形なのであるから,断層によって造られた地形で
ある可能性は否定できず,そこに断層であると確定することのできるまでの変
位地形はないとしても,そこから直ちに,そのリニアメントを断層ではないと結
論付けることはできない。
   エ こうして,被控訴人が白木-丹生リニアメントは断層ではないと言う理由は,こ
とごとく不合理なものとして否定されてしまうことになり,白木-丹生リニアメン
トは,断層である可能性が否定できない。
     したがって,本件安全審査においては,本件敷地(本件原子炉施設の敷地)の
近くを走行する白木-丹生リニアメントを断層として考慮し,そこで生じる地震
を想定しなければならないにもかかわらず,それがされなかったのであるか
ら,本件安全審査には,看過し難い過誤,欠落がある。
  (2) 控訴人らの主張に対する判断
   ア 白木-丹生リニアメントに関する前提事実
     そこで,まず白木-丹生リニアメントに関する前提事実を検討するに,証拠(乙
ハ1)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
    (ア) 谷や尾根の傾斜急変部,屈曲等の地形的特徴が直線ないしそれに近い状
態に配列している場合,その線状の模様の地形をリニアメントと呼んでい
る。
    (イ) リニアメントは,上空の飛行機から地上を撮影した空中写真等を判読するこ
とによって,その存在が認められる。
    (ウ) リニアメントは,それが直ちに活断層を意味するものであるとは限られず,リ
ニアメントに対応する活断層が存在するか否かは,断層変位を特徴づける
他の地形的特徴の有無や地表踏査の結果に基づき判断する必要がある。
    (エ) 我が国において活断層に関する権威ある文献であるとされている活断層研
究会編(平成3年初版発行)の「[新編]日本の活断層 分布図と資料」(以
下「新編・日本の活断層」という。)によれば,本件敷地周辺の白木-丹生
間に,ほぼ南北方向に延びる延長約4キロメートルのリニアメント(白木-
丹生リニアメント)があるとされている。
    (オ) 「新編・日本の活断層」によれば,白木-丹生リニアメントは,活断層の確実
度に関する分類(確実度Ⅰから確実度Ⅲまでの3段階)で,確実度Ⅲに分
類されているが,確実度Ⅲというのは,「活断層の可能性があるが,変位の
向きが不明であったり,他の原因,たとえば川や海の浸食による崖,あるい
は断層に沿う浸食作用によってリニアメントが形成された疑いが残るもの」
と定義されている。
    (カ) 「新編・日本の活断層」によれば,確実度Ⅱと確実度Ⅲの区別は,確実度Ⅲ
は活断層でない可能性が大きいということで確実度Ⅱと区別され,その境
は活断層である可能性が半ば以上であるか,それ以下であるかにあると説
明されている。
   イ 白木-丹生リニアメントに関する本件申請者の調査及び本件安全審査の内容
     証拠(乙9,16,乙ニ3の1)及び弁論の全趣旨によれば,白木-丹生リニアメ
ントに関する本件申請者の調査及び本件安全審査について,次の事実が認
められる。
    (ア) 本件申請者は,本件許可申請に際して,白木-丹生リニアメントの周辺地
域を詳細に踏査し,確認できる露頭は全て調査し,その結果,① 当該地
域の花崗岩には,小規模な粘土化帯がいくつか認められるものの,リニア
メントに沿った連続する断層は認められないこと,② この粘土化帯を不整
合に被覆する下末吉相当層に対比される被覆層にも変位が認められない
こと,を確認した。
    (イ) 白木低地帯には,熱水変質(地下深部の温度の高い水溶液等により,岩石
を構成している鉱物が化学的に変質する作用)を受け,やや軟質化した花
崗岩が分布していた。このことから,本件申請者は,このような地形は一種
の選択的浸食によって形成されたもので,その東縁部が白木-丹生リニア
メントに反映したものと判断した。
    (ウ) 本件許可申請後,科学技術庁の係官や原子力安全委員会の安全審査会
(原子炉安全専門審査会)の第16部会(本件原子炉施設の安全審査を担
当した部会)の審査委員らも,白木-丹生リニアメントの周辺地域に赴き,
露頭等も実際に調査した。
    (エ) 科学技術庁は,本件許可申請書及び上記現地調査に基づいて,白木-丹
生リニアメントに関して安全審査を行ったが,その内容は,「敷地付近の白
木-丹生リニアメントについては,現地調査の結果,リニアメント付近に小
規模な粘土化帯はいくつか認められるものの,リニアメントに沿った連続し
た断層は認められない。また,粘土化帯を不整合に覆っている下末吉期に
対比される地層には,変位は認められない。この他のリニアメントについて
も現地調査の結果,小規模な粘土化帯は認められるものの,問題となる断
層は認められない。以上の結果,敷地付近に判読されたリニアメントは活
断層に伴う変位地形でないとすることは妥当と判断する。」というものであ
る。
    (オ) 原子力安全委員会は,本件許可申請書及び上記現地調査に基づいて,白
木-丹生リニアメントに関して安全審査を行い,白木-丹生リニアメントは
活断層の活動によって形成された地形ではないとの結論に達した。その理
由につき,第16部会の審査委員であったF(構造地質学及び地史学の専
門家で,上記現地調査にも参加した者)は,① 白木-丹生リニアメントに
対応する位置に,粘土化した花崗岩が所々認められたが,リニアメントが断
層運動によって形成された場合には,その力学的作用によって元の岩石組
織は破砕されるのが一般的であるのに対して,現地で確認された粘土化し
た花崗岩中の岩石組織は,破砕されずそのまま残されていたこと,② 白
木-丹生リニアメントが断層運動によって形成された場合の一般的特徴が
みられないこと,③ その他断層の活動の存在を示唆するような地形的特
徴が認められないことを挙げており,このことから,上記の粘土化帯は,断
層活動以外の原因で生じた節理面(岩石の割れ目)を有する花崗岩が熱水
変質作用を受けて生じたものと考えられるとし,白木-丹生リニアメントは,
粘土化した軟弱な部分が選択的に浸食されることによって低地帯が形成さ
れ,その端部が線状模様になった地形であると考えるのが合理的であると
説明している。
   ウ 上記の点に関する安全審査の合理性
     上記の本件申請者の調査内容並びに科学技術庁及び原子力安全委員会の安
全審査の内容に不合理と思われるところはなく,また,第16部会の審査委員
であったFの説明にも不合理な点はないと認められる。そして,このことに加え
て,前述のように,「新編・日本の活断層」において,白木-丹生リニアメント
が確実度Ⅲに分類されていることも併せ考えると,白木-丹生リニアメントは
断層の活動によって形成された地形ではないと認めるのが相当である。
   エ 本件露頭の位置が不明確との控訴人らの主張について
    (ア) 控訴人らは,本件申請者等が調査,確認したという本件露頭の位置が被控
訴人の釈明によっても漠然としていて確定されていない,と主張する。
      被控訴人は,平成13年12月17日付け釈明書で,本件露頭の位置を図面
(縮尺2万5000分の1)上に示しているところ,この釈明書によれば,本件
露頭の場所は,釈明書添付図面の小さい長方形(縦約7ミリメートル,横約
6ミリメートルで,これを実際の距離に換算すると,おおよそ縦約175メート
ル,横約150メートルである。)の枠内に示されている。これによれば,確か
に1地点として特定して図示されているわけではないが,「白木峠」や「丹生
大橋」の他に,丹生と白木とを結ぶ道路も図示され,縮尺も明示されている
ことも踏まえると,本件露頭が全く不特定で位置関係が不明であるとまでは
いうことができず,控訴人らの上記主張は理由がない。
      なお,控訴人らは,本件申請者が白木-丹生リニアメントの線上の本件露頭
を調査,確認したとの被控訴人の主張は虚偽であるとも主張しているが,
その虚偽との主張の根拠は,本件露頭の位置が図面上に明確に特定され
ていないとすることにある。しかし,被控訴人が示した本件露頭の位置関係
が不明であるとまではいえないことは,上記認定のとおりである。さらに付
言すれば,被控訴人の上記釈明書の添付図面からは,本件露頭の存在す
る位置周辺は山間部であることが窺われるから,地図上で明確に1地点と
して特定できないとしても,やむを得ないというべきである。したがって,控
訴人らの上記主張は失当である。
    (イ) また,控訴人らは,被控訴人が上記釈明書添付図面において図示したリニ
アメントの位置は,「新編・日本の活断層」の示す「白木-丹生リニアメント」
の位置とは異なっていると主張する。
      しかしながら,リニアメントは,上空からの空中写真等を判読することによって
その存在が確認されるものであるところ,前述のとおり,白木-丹生リニア
メントは,確実度Ⅲという確実度の低いリニアメントであるから,その線状模
様は必ずしも明確でないことが窺われる。しかも,「新編・日本の活断層」で
は,白木-丹生リニアメントは100万分の3の縮尺図に点線で表示されて
いるに過ぎないから,これを実地に当てはめれば,一定の幅があるのは当
然である(地図上の1ミリメートル幅は,実地での333メートル幅に相当す
る。)。したがって,現地においてその所在を実際に確認することは,容易な
ことではないと推認される。本件申請者が白木-丹生リニアメントの周辺を
詳細に踏査し,確認できる露頭をすべて調査したというのも,このような事
情によるものと思われる。
      しかるに,控訴人らの主張するところによれば,控訴人らにおいて,縮尺の異
なる上記釈明書添付図面(縮尺2万5000分の1)と「新編・日本の活断層」
の地図(縮尺100万分の3)を,一方を拡大コピーして縮尺を合わせて重ね
合わせたところ,後者の地図上に示されている白木-丹生リニアメントは,
前者の図面のそれよりも,東側にかなり離れている,というのである。しか
し,このような作業に基づく主張は,前述した諸事情(本件露頭の場所が山
間部であること,白木-丹生リニアメントの線状模様はもともと明確でない
こと,地図上に示されたリニアメントは,実地に当てはめれば,一定の幅が
あることなど)に照らせば,全く無意味というほかない。
      そして,上記釈明書の添付図面に示された本件露頭の場所は,「新編・日本
の活断層」の地図に示された白木-丹生リニアメントの線上又はその周辺
にあることは明らかであるから,控訴人らの上記主張は理由がない。
   オ 白木-丹生リニアメントが活断層でないと断定できないとの控訴人らの主張に
ついて
     控訴人らは,白木-丹生リニアメント沿いに断層変位地形といえるまでのもの
が認められないとしても,これだけで直ちに同リニアメントが活断層でないと断
定することはできないと主張する。
しかしながら,前記ア,イで認定した事実によれば,本件安全審査におい
て,白木-丹生リニアメントを活断層ではないと判断したことには,合理的根
拠があるということができ,その調査審議及び判断の過程に過誤,欠落があ
るとは認められない。したがって,控訴人らの主張は理由がない。
 5 巨大震源断層面の存在と複数活断層の同時活動の可能性
  (1) 控訴人らの主張
   ア 巨大震源断層面の存在を想定しない本件安全審査の不合理性
     現在の知見によれば,地震現象の本体は,震源断層面のズレ破壊であり,活
断層(地表地震断層)は,震源断層面の最上部が地表に達して出現したもの
でしかない。したがって,活断層があれば,その前後の地下深くに巨大な震源
断層面を想定しなければならない。まして複数の断層が近傍にあれば,その
地下には,複数の断層を跨ぐさらに巨大な震源断層面を想定しなければなら
ないのは当然である。それにもかかわらず,本件許可処分においては,①本
件原子炉施設の本件敷地北方の海底に存在する活断層及びその前後の延
長線上の本件敷地直下を走ると思われる活断層から想定すべき巨大な震源
断層面,②甲楽城断層とS1断層,山中断層,柳ヶ瀬断層系との間に想定す
べき巨大な震源断層面,③S-21ないしS-27断層と野坂断層との間に想定
すべき巨大な震源断層面を,いずれも想定していない。かかる巨大震源断層
面がズレ破壊を起こせば,これに関係する活断層もすべて同時に活動するこ
とになるから,本件安全審査で想定した規模を上回る地震の発生が予想され
る。本件安全審査はかかる点を考慮しておらず,不合理である。
イ 複数の活断層の同時活動を想定しない本件安全審査の不合理性
  巨大震源断層面を想定しなくても,現在の知見によれば,近接する活断層は,
それがたとえ連続性や関連性を欠く場合であっても,同時に動く可能性がある
とされている。本件安全審査は,このようなことを考慮していない点において,
不合理である。
  (2) 控訴人らの主張に対する判断
   ア 巨大震源断層面の存在の可能性
     活断層が存在する場合,その直下に震源断層面の存在することを想定すべきと
の主張は,理解することができるが,近傍に複数の活断層があれば,当然に
それらを跨ぐ巨大な震源断層面を想定すべきであるとの主張は,合理的根拠
を欠くものというほかない。そのような巨大震源断層面の存在は,無条件に想
定すべきものではなく,現在の科学水準に照らし,様々な調査に基づく詳細な
情報から認定すべきものである。
     本件安全審査においては,前記のとおり(本節,第2の2,3),本件原子炉施設
に影響を及ぼす可能性のある活断層,その活断層相互の関係,活断層の活
動から予想される地震の程度などについて評価がされているが,ここでは,控
訴人らの主張する領域に巨大な震源断層面を想定すべきかどうかについて,
検討する。
 (ア) 本件原子炉施設の本件敷地北方の海底に存在する活断層及びその前後の
延長線上の本件敷地直下を走ると思われる活断層から想定すべき巨大震
源断層面
 (あ) 控訴人らは,「本件原子炉施設の敷地北方の海底にはS-15,S-16及
びS-17断層がある。地表地震断層が出現しない場合であっても,M
7.3程度の地震が発生しうることからして,実際にこの地震断層が現れ
たときの地震の規模は,M7.3程度であった可能性がある。それ故に,
この3個の断層から推認される震源断層面の活動による最大の地震の
マグニチュードは,少なくとも7.3と見る必要があり,その断層面の長さ
は,35ないし40キロメートル程度ということになる。したがって,この震
源断層面は,本件原子炉施設の敷地付近の直下,白木-丹生リニアメ
ントの直下を通り,その前後に長く深く存在するものと考えられる。」と主
張する。
     (い) しかしながら,「断層面の長さは,35ないし40キロメートル程度」という控
訴人らの主張は,地表地震断層が出現しない場合であっても,M7.3程
度の地震が発生しうることを前提にするものであるが,かかる事態の発
生が絶無ではないとしても,そのような前提が成立する科学的経験則が
存在するとは認められない。
     (う) のみならず,証拠(乙16)によれば,海上保安庁の音波探査結果によって
も,白木北方沖合については,S-17断層と陸域との間には断層の存
在が確認されていないことが認められる。そして,白木-丹生リニアメン
トが活断層とは認められないことは,既に認定のとおりである。
     (え) そうすると,S-15,S-16及びS-17断層と白木-丹生リニアメントと
の間には,そもそも連続性は認められないのであるから,S-15,S-1
6及びS-17断層並びに本件原子炉施設敷地付近直下,白木-丹生リ
ニアメントの直下及びその前後に,巨大な震源断層面を想定するのは現
実的ではない。それ故,本件安全審査において,かかる巨大震源断層
面を想定しなかったとしても,それが不合理であるということはできない。
    (イ) 甲楽城断層とS1断層,山中断層,柳ヶ瀬断層系との間に想定すべき巨大な
震源断層面
     (あ) 控訴人らは,甲楽城断層とS1断層,山中断層,柳ヶ瀬断層系は,1つの
断層系としてみる必要があり,これらが活動したときには,M8級もしくは
それに近い規模の大きな地震が発生することを想定しなければならな
い。」と主張する(なお,控訴人らの主張するS1断層とは,甲楽城断層の
北側の海域に位置する断層で,「新編・日本の活断層」<乙ハ1の266
頁>においてS1と符号が付されている断層のことを指すものと解され,
本件許可申請書<乙16の6-3-101頁>の第3,2-21図における
S-1断層とは異なると解される。)。
     (い) そこで検討すると,前記認定事実(本節,第2の2,3)に,証拠(乙9,16,
14の3)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
      a 本件申請者は,文献調査,空中写真判読,地表踏査及び海域についての
海上保安庁の音波探査結果等を基にして,本件敷地周辺の活断層に
関して調査検討した。
      b その結果,本件申請者は,次の①ないし③のように判断して,本件許可申
請書にもその旨記載して,本件許可申請を行った。
       ① 柳ケ瀬断層は,琵琶湖北端の滋賀県伊香郡木之本町付近から,福井県
南条郡今庄町上板取に至る区間にあるとされ,谷の直線性が断層
地形を示唆するものとして推定されている断層であり,その長さは,
木之本町から上板取北方の二ッ屋跡までの全長28キロメートルで
あると判断される。
       ② 甲楽城断層は,南条郡河野村大谷から干飯崎間にある海岸が断層崖で
あるとして指摘されている断層であり,陸域にみられる部分(約1.5
キロメートル)と海域の部分(S-8断層,約18.5キロメートル)と
は連続するものとし,大谷沢から干飯崎沖までの長さ20キロメート
ルの断層として判断される。
       ③ 柳ケ瀬断層とその北側に位置する甲楽城断層との関連については,空
中写真判読の結果から両断層を連続するリニアメントが認められな
いこと,現地調査結果から柳ケ瀬断層の北に連続する破砕帯が認
められないこと,柳ケ瀬断層の両側の古生層は構成岩種や地質構
造が明瞭に異なっているが,甲楽城断層南端部では両側の地質に
明瞭な差異がないこと,さらに,両断層は異なる傾斜(柳ケ瀬断層
は50度ないし60度の西側傾斜,甲楽城断層は60度の東側傾斜
ないし90度の垂直方向)を示し,破砕帯の条線は各々異なった産
状を示していることなどから,両断層には連続性はない。
      c 科学技術庁及び原子力安全委員会は,本件申請者の本件許可申請書及
びその添付書類に基づいて,本件敷地周辺の活断層に関する詳細な
文献調査,空中写真判読,地表踏査及び海域についての海上保安庁
の音波探査結果等を総合的に検討し,個々の断層同士が互いに連続
性を有しているかどうかを判定し,上記bの本件申請者の判断は相当
であると判断した。
     (う) 以上の事実によれば,柳ケ瀬断層とその北側に位置する甲楽城断層とは
互いに連続性はないとした本件申請者の判断及びこれを肯認した科学
技術庁及び原子力安全委員会の判断には,格別不合理な点はないもの
と認められる。そうすると,柳ケ瀬断層と甲楽城断層との間には連続性
がないものと認めるのが相当である。
       これに対して,甲ニ第3の2によれば,別件の民事訴訟においてG証人が柳
ケ瀬断層と甲楽城断層とは連続している旨の証言をしていることが認め
られるが,その根拠を合理的に説明するものではなく,採用できない。
     (え) なお,この点について,控訴人らは,地震調査研究推進本部も,甲楽城断
層,山中断層,柳ヶ瀬断層を同時に活動し得る「柳ヶ瀬断層帯」としてと
らえていると主張して,これを自らの主張の根拠としている。
       なるほど,文部科学省作成の「地震の発生メカニズムを探る(発生のしくみと
地震調査研究推進本部の役割」と題するパンフレット(甲ハ87)には,地
震調査研究推進本部が調査の対象とした活断層が図示されており,そ
の1つとして,「62 柳ヶ瀬断層帯」という表記がなされていることが認め
られる。
       しかしながら,証拠(甲ハ23,乙ハ10の1,22)及び弁論の全趣旨によれ
ば,
      a 地震調査研究推進本部は,活断層調査の対象とする活断層の選定基準と
して,「『新編・日本の活断層』(平成3年初版)において,原則として,
確実度ⅠまたはⅡ,かつ活動度AまたはB,かつ以下の①ないし③の
基準のどれかを満たすものの中から選択するものとする」との基本的
な考え方を示し,この基準に基づいて,調査の対象とする活断層を選
定したこと,
      ① 長さ20km以上のもの。
      ② 長さ10km未満の場合で,ほぼ同じ走向を有する複数の活断層が,5k
m間隔以内に隣接して分布し,その全長が20km以上に及ぶ活断
層帯(群)を形成するもの。
      ③ 長さ10~20kmの場合で,ほぼ同じ走向をもつ他の10km以上の活
断層(帯,群)と,10km以内に隣接して分布し,その全長が20km
以上に及ぶ活断層帯(群)を形成するもの。
      b 「新編・日本の活断層」によれば,甲楽城断層の長さは16キロメートル,柳
ヶ瀬断層の長さは37キロメートルとされており,両断層は10キロメー
トル以内に隣接していること,
の各事実が認められ,以上によれば,甲楽城断層と柳ヶ瀬両断層は,上
記基準③に該当することから,地震調査研究推進本部の調査対象として
選定され,上記のパンフレットにおいても,「62 柳ヶ瀬断層帯」と表記さ
れたことが推認される。
 しかしながら,地震調査研究推進本部の断層調査の選定基準に活断
層の同時活動性は挙げられていないのであるから,上記パンフレット
に「62 柳ヶ瀬断層帯」との表記があるからといって,必ずしも,甲楽城断
層と柳ヶ瀬両断層との同時活動性を地震調査研究推進本部が肯定して
いると認めることはできない。
     (お) 以上のとおりであって,柳ケ瀬断層と甲楽城断層との間に連続性があると
は認められないから,その余の点について検討するまでもなく,甲楽城
断層とS1断層,山中断層,柳ヶ瀬断層系を1つの断層系としてみて,巨
大な震源断層面を想定すべきであるとの控訴人らの主張は理由がな
い。
    (ウ) S-21ないしS-27断層と野坂断層との間に想定すべき巨大震源断層面
    (あ) 控訴人らは,「S-21ないしS-27断層と野坂断層も1つの断層系として
みる必要がある。」と主張する。
     (い) そこで検討すると,前記認定事実(本節,第2の2,3)に,証拠(乙9,16,
14の3)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
      a 本件申請者は,文献調査,空中写真判読,地表踏査及び海域についての
海上保安庁の音波探査結果等を基にして,本件敷地周辺の活断層に
関して調査検討した。
      b その結果,本件申請者は,次の①ないし③のように判断して,本件許可申
請書にもその旨記載して,本件許可申請を行った。
       ① 野坂断層は,文献によれば,三方郡美浜町北田付近から関峠,敦賀市
長谷に至る数キロメートルの断層とされている。空中写真判読によ
れば,北田から長谷までの約7キロメートルに溝状凹地,三角末端
面などの直線的配列が認められ,長さ7キロメートルでB級の活動
性を有する断層と推定される。
       ② 海上保安庁の調査資料によれば,敦賀半島西方海域に,長さ2ないし
4.5キロメートルの雁行状の全長約17キロメートルに及ぶ断層(S
-21ないしS-27断層)が推定される。
       ③ 野坂断層とその北側海域に位置するS-21ないしS-27断層との関連
については,地質構造上調和的であるが,音波探査の結果,両断
層間の海域には断層が認められないことから,S-21ないしS-
27断層と野坂断層とは連続しないものと判断する。
      c 科学技術庁及び原子力安全委員会は,本件申請者の本件許可申請書及
びその添付書類に基づいて,本件敷地周辺の活断層に関する詳細な
文献調査,空中写真判読,地表踏査及び海域についての海上保安庁
の音波探査結果等を総合的に検討し,個々の断層同士が互いに連続
性を有しているかどうかを判定し,上記bの本件申請者の判断は相当
であると判断した。
 (う) 以上の事実によれば,野坂断層とその北側海域に位置するS-21ないしS
-27断層とは互いに連続性はないとした本件申請者の判断及びこれを
肯認した科学技術庁及び原子力安全委員会の判断には,格別不合理な
点はないと認められ,野坂断層とS-21ないしS-27断層との間には連
続性がないと認めるのが相当である。
     (え) したがって,S-21ないしS-27断層と野坂断層も1つの断層系として,巨
大な震源断層面を想定すべきであるとの控訴人らの主張は理由がな
い。
イ 複数の活断層の同時活動の可能性
 (ア) 控訴人らは,巨大震源断層面のことを想定しなくとも,現在の知見によれ
ば,近接する活断層は,たとえそれらが連続性や関連性を欠くものであって
も,同時に活動する可能性があるとされていると主張する。そして,甲ニ第
3号証の1ないし4(別件の民事訴訟における証人Gの証人尋問調書)や甲
ハ第88号証(Cの陳述書)は,これに添うものであるが,これによっても,上
記見解が学会の通説であり,現在の科学水準に照らし,知見として確立さ
れているとまでは認めるに足りない。要するに,弁論の全趣旨によれば,地
震は,人間が直接観察することのできない地下深部の自然現象であるか
ら,傾斜,方向などを異にし,相互に関連性を欠く活断層であっても,その
同時活動の可能性を絶対的に否定することはできないものの,これまでの
経験,研究の結果からは,それぞれの活断層の位置,形状,地質構造,発
生起源,連続性などの調査を尽くせば,関連性が認められない活断層の同
時活動の可能性は,極めて小さいと一般的には考えられていることが認め
られる。
    (イ) 控訴人らは,複数の活断層が同時に動いた実例として,兵庫県南部地震を
援用する。
      兵庫県南部地震において,複数の活断層が同時に活動したことは,当事者間
に争いがない。しかしながら,証拠(甲ハ60)によれば,同地震は,その余
震分布等からみて,既知の活断層の密集帯である六甲-淡路断層帯(六
甲山地南東麓から淡路島北部にかけて,北東-南西方向に連続,走向す
る活断層群)の一部が変位して発生したものと認められ,相互に関連しな
い活断層が同時に活動したものとは認められない。
    (ウ) 控訴人らは,現在では政府機関も活断層の同時活動を前提とした調査を行
っているとして,前記の糸魚川-静岡報告書を引用する。
     (あ) しかしながら,証拠(乙ハ21の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,糸魚川
-静岡報告書の調査対象の設定基準及びその理由は,次のとおりであ
ることが認められる。
      a 同報告書は,前述のように,地震調査研究推進本部の地震調査委員会強
震動評価部会が,特定の活断層を起震断層とする強震動評価手法を
適用する最初の段階として,「糸魚川-静岡構造線断層帯(北部,中
部)」を対象に調査した試算結果を,平成13年5月に中間報告として
公表したものである。
      b 強震動評価部会は,糸魚川-静岡構造線断層帯の巨視的震源特性を検
討するに当たり,地震調査委員会長期評価部会が行った同断層帯の
活断層についての評価,特に当該活断層の形状についての全体像の
評価結果(以下「形状評価結果」という。)を参考とし,同時に活動する
起震断層の範囲の設定については,形状評価結果が画くシナリオの
うち,「北部・中部の領域が同時に動くシナリオ」を採用した。その理由
として,強震動評価部会は,「同時に動くシナリオは,すべり方向が北
部では東側隆起の逆断層,中部では左横ずれ成分が卓越した断層
と,相互に異なっており,すべり方向が異なる断層帯が同時に動くとい
うもので議論のあるところである。しかし,このシナリオが最も強震動
の範囲が広くなり,防災対策を確実に行う際に利用するのには適当で
あると判断したことと,北部・中部のずれの向きが連続的に変化してい
る可能性があることからである。」と述べている。
 c 強震動評価部会が参考にした「形状評価結果」は,地震調査委員会が平成
8年9月に「糸魚川-静岡構造線活断層系の調査結果と評価につい
て」としてとりまとめた評価結果(以下「活断層評価結果」という。)を,
長期評価部会が最近の研究成果等を参考にして,特に当該断層の形
状についての全体像を評価したものである。
 d 長期評価部会は,「形状評価結果」において,「地震を発生させる断層区間
について,『北部』及び『中部』については,断層の幾何学的配置・形
状,ずれの向き及び活動間隔が異なっていることから,それぞれ個別
に活動する可能性が高いものの,約1200年前には連動した事例も
見られている。『活断層評価結果』では,『牛伏寺断層を含む区間』とし
ながらも,『どこまでかは判断できない。』としている。」と述べ,長期評
価部会としても「地震を発生させる区間は,現時点では特定でき」ない
として,可能性のあるシナリオを6通り示した。
 e 強震動評価部会が採用した「北部・中部の領域が同時に動くシナリオ」は,
長期評価部会が示した6つのシナリオのうち最も厳しいシナリオであ
る。
(い) 以上の事実が認められるが,これによれば,強震動評価部会は,糸魚川
-静岡構造線の活断層を起震断層とする強震動評価の試算をするに当
たり,同時に活動する起震源断層の区間の設定につき,すべり方向や活
動間隔が異なる「北部」と「中部」の断層帯が同時に動くシナリオを採用し
ていることが認められる。しかし,地震調査委員会は,「活断層評価結
果」で,同時に発生する地震の区間は現時点では特定できないとし,長
期評価委員会は,「形状評価結果」で,「北部」と「中部」の断層帯は個別
に活動する可能性が高いとし,強震動評価部会でも,「糸魚川-静岡報
告書」において,すべり方向の異なる断層帯が同時に動くことには議論
のあるところであると述べているところである。
  それにもかかわらず,強震動評価部会が強震動評価の試算において,「北
部・中部の領域が同時に動くシナリオ」を採用したのは,このシナリオが
最も強震動の範囲が広くなり,防災対策を確実に行う際に利用するのに
は適当であったこと,また,北部・中部の断層のずれの向きが連続的に
変化している可能性があったからである。
(う) そうすると,強震動評価部会がすべり方向の異なる断層帯が同時に動くと
いうシナリオを採用したのは,決してそのような知見が確立されているか
らではなく,多分に防災対策的要素を考慮した結果であると認められる。
したがって,糸魚川-静岡報告書に基づく控訴人らの主張は採用できな
い。
 6 直下地震に関する耐震設計審査指針の不合理性
  (1) 控訴人らの主張
    耐震設計審査指針は,「基準地震動S2 として考慮する近距離地震にはM=6.
5の直下地震を想定するものとする。」と規定している。しかし,直下地震の想定
としてM6.5で足りるとした根拠が明らかではなく,耐震設計審査指針策定当時
としても,不充分な想定であったと認められる。現に,平成12年の鳥取県西部
地震は,これまで活断層が認められなかった地域に発生したものであるが,そ
のマグニチュードは7.3であった。このような事実に照らせば,地表地震断層
(活断層)が存在しないところでも,少なくとも,M7.3程度の直下地震を想定す
べきである。したがって,直下地震としてM6.5の地震を想定すればよいとする
耐震設計審査指針は不合理である。
  (2) 控訴人らの主張に対する判断
   ア 直下地震に関する耐震設計審査指針の規定内容を見ると,前記認定(本節,
第1の3)のとおり,「基準地震動S1,S2を生起する地震については,近距
離及び遠距離地震を考慮するものとする。なお,基準地震動S2 には,直下
地震によるものもこれに含む。」と定められ,証拠(乙4)によれば,その「解
説」には,「基準地震動の策定に当たって基準地震動S2 として考慮する近
距離地震にはM=6.5の直下地震を想定するものとする。」と記載されてい
ることが認められる。
   イ 耐震設計審査指針が上記のように,基準地震動S2 (設計用限界地震)の想
定に当たり,近距離地震としてM6.5の直下地震を考慮するものとしている
のは,設計用限界地震の想定には,既に,①過去の地震の発生状況,②そ
の活動度の大小の程度を考慮した敷地周辺の活断層の性質,③地震地体構
造に基づき,地震学的知見に工学的見地からの検討を加えて,このうち最も
影響の大きいものを想定するとの条件を課した上で,念には念を入れるとの
考え方から,無条件に直下地震の想定を求めたものと解される(乙4,弁論の
全趣旨)。直下地震の規模をM6.5とした理由は定かではないけれども,これ
までの研究によれば,M6.5以下の地震では,極く一部の例外を除き,活断
層が地表に現れることはないこと,他方,M6.5以上の地震の場合には,地
盤が極めて堅牢強固な地域であれば,M7程度の大地震でも活断層が出現
しないことはあるものの,一般的には,活断層が地表に現れる場合が多いこ
とが認められる(甲ハ41,乙ニ3の2,弁論の全趣旨)。
     上記のような設計用限界地震の想定条件及び直下地震を想定する趣旨に加
え,本件安全審査において参考として用いられた審査基準である「原子力発
電所の地質,地盤に関する安全審査の手引き」(第1章,第1節,第6の1
の(2)の⑱)は,敷地(原子炉施設の設置予定場所)及びその周辺(陸地につ
いては,半径30キロメートルの範囲)の地質並びに敷地の基礎岩盤について
詳細な調査を行うことを求めている(乙4)。そして,本件申請者がそのような
調査を実施し,かつ,本件原子炉施設敷地直下に断層の存在が認められな
いことを確認し,本件安全審査もその調査結果を妥当と判断したことは,前記
認定(本節,第2の3,第3の3)のとおりである。
以上のことからすると,耐震設計審査指針は,「原子力発電所の地質,地盤に関
する安全審査の手引き」の定める敷地及びその周辺の詳細な地質,地盤の
調査を前提に,直下地震を想定することを定めていると認めることができるか
ら,その地震規模をM6.5としたことは,原子力安全委員会が専門技術的裁
量に基づいて定めた審査基準であり,その審査基準が不合理であるとは認め
られない。
   ウ 控訴人らは,平成12年に発生した鳥取県西部地震を例に,直下地震の規模を
M6.5としたのは不合理であると主張する。
     証拠(甲ハ75ないし77)によれば,① 平成12年の鳥取県西部地震のマグニ
チュードは7.3と観測されていること,② 鳥取県西部地震について報道した
新聞記事(甲ハ76)によると,気象庁は,「断層が横ずれを起こしたことによっ
て地震が発生したが,この断層の存在を知らなかった。」旨の説明をしている
こと,の各事実が認められる。
     しかし,鳥取県西部地震の震源地及びその周辺部の地質構造は不明であり,
地盤,地質及び断層などについて,これまで原子炉施設設置の際に行われる
ような詳細かつ濃密な調査が行われたことを認めるに足りる証拠はない。むし
ろ,弁論の全趣旨によれば,鳥取県西部地震については,現在,専門家によ
る調査が行われている段階であり,同地震の全体像につき科学的に十分な
考察を遂げた学術論文等は,いまだ公表されていないことが認められる。
     そうすると,たとえ,鳥取県西部地震が活断層の存在が知られていなかった地
域における地震であり,その規模がM7.3程度のものであったとしても,現時
点においては,そのことをもって耐震設計審査基準が不合理であるということ
はできない。控訴人らの主張は理由がない。
 7 鉛直地震力に関する耐震設計審査指針の不合理性
  (1) 控訴人らの主張
   ア 耐震設計審査指針は,「設計用最強地震及び設計用限界地震による地震力」
の算定方法について,「水平地震力は,基準地震動の最大加速度振幅の1/
2の値を鉛直震度として求めた鉛直地震力と同時に不利な方向の組合せで
作用するものとする。」と定めている(同指針の「5 耐震設計評価法」「(2) 地
震力の算定方法」「① 設計用最強地震及び設計用限界地震による地震力」
の項)。しかし,鉛直方向の地震力を水平方向の地震力の1/2でよいとする
点は,現在の知見に照らせば不合理である。何故なら,現在の知見によれ
ば,鉛直方向の地震力の水平方向の地震力に対する比は,距離が非常に近
くなると大きくなり,マグニチュード7では0.88に,マグニチュード8では1.0
2に近づくことが分かってきているからである。
したがって,耐震設計審査指針は,この点において不合理である。
   イ また,耐震設計審査指針では明確にされていないが,実際に行なっている設計
では,鉛直地震力は,単に力として静的に作用させているだけで,波として動
的に作用させて地震動量を算定しているわけではない。要するに,この指針
が実際に適用されている審査の場面では,鉛直地震力の動的解析は不要な
ものとして扱われている。しかし,地震による実際の振動に対して安全である
かどうかは,振動による共振等の影響がどれほどかが分からなければ,判定
できるものではない。したがって,耐震設計審査指針が,水平方向の振動に
ついてのみ動的解析を求め,鉛直方向の振動にこれを求めないのは不合理
である。
  (2) 控訴人らの主張に対する判断
   ア 鉛直地震力の水平地震力に対する比の妥当性
控訴人らは,現在の知見では,鉛直方向の地震力の水平方向の地震力に
対する比は,距離が非常に近くなると1に近づくことが明らかになっていると主
張する。
(ア) そこで,検討すると,証拠(甲ハ92の添付資料⑯及び⑲)によれば,「原
子炉施設の耐震設計」(1987年5月31日発行 監修 大崎順彦,渡部
丹)という文献には,「Newmarkらは,上下動の最大加速度は水平動の約
2/3としている。また,渡部らは,岩盤での地震観測記録を解析して,最
大加速度および最大速度の水平動に対する上下動の比は,震源近傍では
1に近いが,距離が増すと0.4-0.6の比になるとしている。」との記述が
あり,また,「動的外乱に対する設計」(1999年5月10日発行 編集著作
人 社団法人日本建築学会)という文献には,「強震記録の統計解析から,
水平動に対する上下動の最大加速度および最大速度の比は0.5弱の値
が平均として得られており,平均的には上下動の振幅は水平動の約半分と
みなせる。しかし,この比は一定ではなく,震源に近づくとやや大きくなる。
例えば,1994年ノースリッジ地震や1995年兵庫県南部地震で震源付近
で得られた記録を整理すると,この比は0.7前後の値を示す。他の統計解
析からも,(中略)水平動に対する上下動の最大加速度の比は,距離が非
常に小さくなると1に近づく。」との記述のあることが認められる。しかし,上
記「原子炉施設の耐震設計」という文献には,同時に,「上下地震動の性状
に関する研究は少ない」との記述もあることが認められる。また,上記各文
献の記述の根拠となるデータの観測地点の地盤,地質がどのようなもので
あったのかの説明はされていない。
(イ) ところで,上記「動的外乱に対する設計」は,「水平動に対する上下動の
最大加速度の比は,距離が非常に小さくなると1に近づく。」と結論付ける
のに,兵庫県南部地震の震源付近で得られた記録を整理したことをその理
由の1つに挙げている。
しかし,証拠(甲ハ60)によれば,次の事実が認められる。
     a 原子力安全委員会は,兵庫県南部地震を契機に「平成7年兵庫県南部地震
を踏まえた原子力施設耐震安全検討会」を設置し,安全審査に用いられ
る耐震設計に関する関連指針類の妥当性等について検討して,その検
討結果を報告書に取りまとめたこと
     b それによると,観測記録の中には,上下動が水平動を上回るものもみられた
が,一般に軟弱な表層地盤がある場合,水平方向の加速度の増幅が抑
えられ,上下方向の加速度が相対的に大きくなる場合があるとされてい
ることや,観測記録の中には,高層ビルの地下階のもののように,構造
物の影響を強く受けていると考えられるものもあるところから,埋立地盤
の観測記録と構造物の影響を強く受けていると思われる観測記録を除
いた125点の観測記録を検討すると,上下動と水平動の最大加速度振
幅の比は,平均的にほぼ2分の1を下回る結果が得られたこと
     c 上下動と水平動の両方向の地震動が作用する場合,一般に上下方向と水
平方向の地震動の最大加速度の生起時刻及び施設の上下方向と水平
方向の振動特性の差などにより,両方向の最大応答の発生時刻が異な
るので,観測記録のうち時刻歴波形の得られている23点を検討したとこ
ろ,水平方向の最大加速度の発生時刻における水平方向に対する上下
方向の加速度振幅の比を分析すると,その平均値は0.1程度,最大値
は0.3程度となり,2分の1を大きく下回る結果が得られたこと
     d この分析によれば,断層からの距離が0.5キロメートルと非常に近いところ
でも,水平方向に対する上下方向の加速度振幅の比は,0.2ないし0.
3程度との結果が得られていること
(ウ) 以上の事実によれば,兵庫県南部地震の観測記録を細かく分析する
と,必ずしも,「水平動に対する上下動の最大加速度の比は,距離が非常
に小さくなると1に近づく」とはいえないことが明らかである。上記(ア)の各文
献の記述は,その根拠となった観測データが如何なる条件下のものか全く
不明であり,上記(イ)の認定事実に鑑みれば,その記述の内容を直ちに受
け入れることはできない。
  よって,この点に関する控訴人らの主張は理由がない。
イ 鉛直地震力について動的解析を求めないことの妥当性
 (ア) 耐震設計審査指針は,「設計用最強地震及び設計用限界地震による地
震力」の算定方法について,「水平地震力は,基準地震動の最大加速度振
幅の1/2の値を鉛直震度として求めた鉛直地震力と同時に不利な方向の
組合せで作用するものとする。」と定めているが,それに続いて「ただし,鉛
直地震度は高さ方向に一定とする。」と述べているから,同指針は,鉛直地
震力については,動的解析を求めていないと解される。
 (イ) 控訴人らは,鉛直地震力につき動的解析をしないことを非難するが,証拠
(甲ハ60)及び弁論の全趣旨によれば,
  (あ) 一般に地震時の構造物の設計を支配するのは水平地震力であり,鉛
直地震力の影響は少ないものと考えられており,そのため,耐震設計審
査指針も,地震力の算定につき,想定すべき鉛直地震力を水平地震力
の最大加速度振幅の2分の1としていること,
  (い) 原子炉施設の構造物は原則として剛構造とされ,バランスよく配置され
た厚い壁で構成された鉄筋コンクリートの壁式構造が主体であり,上下
方向の地震力に対して大きな安全余裕を有していること,
  が認められる。
 (ウ) 以上の事実によれば,耐震設計の審査基準として,Aクラスの施設に対
する地震動の影響を考える上で,水平地震力のみならず鉛直地震力につ
いても動的解析を行うか否かは,原子力安全委員会の専門技術的裁量の
範囲内のことであり,鉛直地震力につき動的解析を求めないとしたことが不
合理であるとまでは認められない。よって,控訴人らの主張は理由がない。
 
 8 超高層建築物の規制要件を満たさない耐震設計の不合理性
  (1) 控訴人らの主張
   ア 本件原子炉施設の原子炉建物は,高さが60メートルを超える建築物である
が,建築基準法施行令36条3項は,高さが60メートルを超える建築物を「超
高層建築物」としている。
(ア) ところで,超高層建築物については,建築基準法20条,同法施行令36条4
項の規定により,「超高層建築物の構造方法は,(中略)第81条の2の規
定により国土交通大臣が定める基準に従った構造計算によって安全性が
確かめられたものとして国土交通大臣の認定を受けたものとしなければな
らない。」とされ,同法施行令81条の2は,「超高層建築物の構造計算は,
建築物の構造方法,振動の性状等に応じて,荷重および外力によって建築
物の各部分に生ずる力及び変形を連続的に把握することにより,建築物が
構造耐力上安全であることを確かめることができるものとして国土交通大
臣が定める基準に従った構造計算によらなければならない。」と定めてい
る。そして,国土交通大臣が定める基準として制定されているのが「超高層
建築物の構造耐力上の安全性を確かめるための構造計算の基準を定め
る件」(平成12年5月31日建設省告示第1461号,以下「告示1461号」と
いう。)であるが,同告示は,その構造計算の基準として,建築物に水平方
向に作用する地震動につき,解放工学的基盤における加速度応答スペクト
ルを,建築物の周期に応じて,「稀に発生する地震動」及び「極めて稀に発
生する地震動」のそれぞれについて数値で定めている(第4号イ)。
    (イ) また,同法施行令36条4項にいう「国土交通大臣の認定」は,同法68条の
26第1項に定める「構造方法等の認定」に当たるところ,これに関する認定
の申請に対する審査に必要な評価は,国土交通大臣が同法77条の56の
定めるところにより指定する者に行わせることができるとされている(同法6
8条の26第3項)。そして,国土交通大臣の指定を受けた評価機関として
は,「財団法人日本建築センター」(東京),「財団法人日本建築総合試験
所」(大阪)ほか1機関があるが,これらの機関は,その評価業務を行なうた
めの基準として,それぞれ「時刻歴応答解析建築物構造安全性能評価業
務方法書」(以下「業務方法書」という。)を定め,国土交通大臣の認可を得
ている。
(ウ) いずれの評価機関も,その業務方法書において,水平方向に作用する地震
動の設定に関して,① 告示1461号に定められた解放工学的基盤におけ
る加速度応答スペクトルをもち,建設地表層地盤による増幅を適切に考慮
して作成した地震波(以下「告示波」という。)を設計用入力地震動とし,この
場合,地震波を3波以上用いること,② 第4号イただし書により,建設地周
辺における活断層分布,断層破壊モデル,過去の地震活動,地盤構造等
に基づいて,建設地における模擬地震波(以下「サイト波」という。)を適切
に作成した場合は,告知波のうち「極めて稀に発生する地震動」に代えて設
計用入力地震動として用いることができるが,この場合,告示波と併せて3
波以上用いること,③ 上記①及び②で作成された地震波が適切なもので
あることを確かめるため,過去における代表的な観測地震波のうち,建設
地及び建設物の特性を考慮して適切に選択した3波以上について,その最
大速度振幅を25cm/s(カイン),50cm/s(カイン)として作成した地震波
を,それぞれ「稀に発生する地震動」及び「極めて稀に発生する地震動」と
し,これらの地震波も設計用入力地震動として併用すること,を定めてい
る。
(エ) また,業務方法書は,「上下方向の地震動の影響を水平方向地震動との同
時性の関係を考慮して,また建築物の規模および形態を考慮して適切に評
価していること。」と定めているが,実際の運用では,建築物の規模,形態
に応じて,指定評価機関の安全審査委員会(学識経験者で構成)は,上下
方向の動的設計を組み合わせることなどを要求している。
(オ) さらに,業務方法書は,評価判定の基準として,「稀に発生する地震動」の
「損傷限界」として,「許容応力度以内であるか,または地震後有害なひび
割れまたはひずみが残留しないこと」などを定めている。そして,「極めて稀
に発生する地震動」の「倒壊,崩壊限界」としては,各階の応答層間変形角
が100分の1を超えないこと,応答塑性率が一定の値以下であることなど
を定めている。
   イ しかるところ,本件原子炉施設で採用された地震波は,強いて言えば上記(ウ)
の②のサイト波にあたるが,本件原子炉施設の耐震設計で想定された水平
方向の最大速度振幅は22.8カインに過ぎず,上記の一般の建物(超高層建
築物)につき定められた50カインの半分にも満たないものである。しかも,作
成された地震波の個数も1波に過ぎない。また,(エ)のとおり,評価機関の安
全審査委員会は,運用において,上下方向の動的設計を組み合わせることな
どを要求しているが,本件原子炉施設の原子炉建物の耐震設計については,
このような設計がされていない。さらに,業務方法書は,(オ)のとおり,「稀に
発生する地震動」の「損傷限界」を具体的に定めるとともに,「極めて稀に発生
する地震動」の「倒壊,崩壊限界」も一定の数値をもって規定しているが,耐震
設計審査指針には,このような明確にして具体的な定めはない。
   ウ 当然のことながら,一般の建築物より,本件原子炉施設の耐震設計は,より厳
しい条件を満たすものでなければならない。ところが,本件原子炉施設の耐震
設計は,一般の建築物より緩やかな条件でなされており,一般の超高層建築
物の2分の1にも満たない最大速度振幅の地震波を入力して,しかもそのよう
な小さな速度振幅の地震波を前提にしても,すでに弾性限界を超えた変形ま
で許すこととされてしまっている。
     少なくとも,一般の建築物で想定する大きさの地震動にまで耐えられるようにし
なければ,その耐震設計は不充分であることが明らかであり,上下動をも含
めた動的解析を求めていない点を含めて,そのような耐震設計を許容する耐
震設計審査指針が不合理なものであることもまた明らかである。
  (2) 控訴人らの主張に対する判断
   ア 本件原子炉施設の原子炉建物が建築基準法施行令36条3項の定める 「超
高層建築物」(高さが60メートルを超える建築物)であることは当事者間に争
いがなく,同法及び同法施行令の規定の内容はもとより,告示1461号及び
国土交通大臣から指定を受けた評価機関の定めた業務方法書の記載内容
が控訴人ら主張のとおりであることも,被控訴人の明らかに争わないところで
ある。
   しかし,弁論の全趣旨によれば,本件原子炉施設の原子炉建物は,建築基準
法38条(平成10年法律第100号による改正前のもの)所定の特殊の構造方
法を用いる建築物に当たり,その構造方法が同法第2章の規定又はこれに基
づく命令若しくは条例の規定によるものと同等以上の効力があるものとして建
設大臣から昭和60年10月7日に認定され,これを前提として,本件原子炉
施設の原子炉建物について,同月25日,福井県建築主事により建築確認が
されていることが認められる。
     したがって,控訴人らの主張は,本件原子炉施設の原子炉建物の耐震設計は
現在の建築基準法などの法令によって規制される一般の超高層建築物の要
件も満たさない不十分なものであり,現在の知見に照らせば,本件安全審査
には看過し難い過誤,欠落がある,というものと解される。
   イ しかし,原子炉施設とそれ以外の一般の超高層建築物(以下「超高層ビル等」と
いう。)とでは,その耐震設計を行う前提に,次のような重要な違いがあり,こ
れを同列に論ずることはできない。
    (ア) 前述のように,原子炉施設は,放射性物質の有する危険性を顕在化させな
いようにするとの観点から,想定されるいかなる地震力に対してもこれが大
きな事故の誘因とならないよう十分な耐震性を有することが要求されてい
る。そのため,立地選定において,敷地及びその周辺について詳細な調査
を実施し,重要な建物・構築物は,必ず岩盤に直接設置されている。また,
原子炉施設は,地震動などによる外力を受けた場合に,変形を起こしにく
い鉄筋コンクリート耐震壁で囲まれた剛構造となっている(以上につき,「耐
震設計審査指針」及び「原子力発電所の地質,地盤に関する安全審査の
手引き」参照)。
      これに対して,超高層ビル等は,その敷地の地盤の選定について,法令上特
段の規制はない。すなわち,建築基準法20条は,建築物が自重,積載荷
重,積雪,風圧,土圧及び水圧並びに地震その他の震動及び衝撃に対し
て安全な構造のものとして,政令で定める基準に適合することを求めてい
るが,地盤の基準が政令に特に定められている訳ではない。そして,証拠
(甲ハ94の添付資料1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,超高層ビル
等については,構造計算の必要から敷地のボーリング調査等の地盤調査
は行われているものの,その地盤の堅さについての基準は,告示1461号
及び業務方法書にも定めがないことが認められる。また,弁論の全趣旨に
よれば,一般に超高層ビル等は,沖積平野において広範囲に分布する岩
盤上に厚く堆積した地盤(これは,第三紀の地質時代に形成された岩盤に
比して一般的に軟らかい。)に建設される場合が多いうえ,構造も,外力を
受けた場合に相対的に変形を起こしやすい柔構造であることが一般的であ
ると認められる。
    (イ) そうすると,耐震設計の構造計算において,原子炉施設と超高層ビル等とで
は,その基本思想を別にしても何ら異とするに足りないのであって,設計上
想定する地震動(最大速度振幅)などに差が生じたとしても,それが直ちに
不合理であるとはいえない。
   ウ そこで,控訴人らが不合理であると主張する点について検討する。
    (ア) 最大速度振幅
     (あ) 業務方法書においては,「稀に発生する地震動」には25カイン,「極めて
稀に発生する地震動」には50カインの最大速度振幅の地震波を作成
し,これらの地震波も設計用入力地震動として併用するとしている。他
方,本件安全審査においては,基準地震動の最大速度振幅は,設計用
最強地震を19.0カイン,設計用限界地震を22.8カインとして評価して
いる。この数値だけを比較すれば,業務方法書の定める地震動の方が
本件安全審査における基準地震動よりも,はるかに厳しい条件を設定し
ているということができる。
     (い) しかしながら,岩盤に直接支持される剛構造の原子炉施設と岩盤と比較す
れば柔らかい地盤に,しかも柔構造で建設されることが多い超高層ビル
等を単純に比較することはできない。業務方法書の定める上記設計用
入力地震動の最大速度振幅の地震波は,地盤,地質に関わりなく無条
件に設定されるものであるが,これは,証拠(乙ハ26)及び弁論の全趣
旨によれば,表層地盤によって増幅されたものとして,超高層ビル等の
地表面に相当する部位における動的解析用に設定された地震波である
と認められる。これに対して,耐震設計審査指針(乙4)によれば,原子
炉施設の耐震設計に用いられる地震動(基準地震動S1 及びS2 )
は,敷地の解放基盤表面における地震動をいうものとされているところ,
ここにいう解放基盤表面とは,基盤(概ね第3紀層及びそれ以前の堅牢
な岩盤であって,著しい風化を受けていないもの)面上に表層や構造物
がないと仮定した上で,著しい高低差がなく,ほぼ水平で相当な拡がり
がある基盤の表面をいうと定義されている。
     (う) 以上によれば,業務方法書が予想する建造物(超高層ビル等)は,耐震設
計審査指針が対象とする原子炉施設の原子炉建物とは,その地盤及び
建築構造において異なり,その設計用入力地震動の上記最大速度振幅
の数値(カイン数)も,表層地盤で増幅されることを前提としたものと認め
られる。そうすると,業務方法書の採用する設計用入力地震動の最大速
度振幅の数値が本件安全審査で妥当と評価された基準地震動のそれよ
りも大きいからといって,それをもって,耐震設計審査指針が不合理であ
るということはできない。なお,控訴人らは,本件原子炉施設が堅い岩盤
上の剛性の建造物であることについて,地盤の固有振動周期と建物の
固有振動周期が近接しているため,振動が大きく増幅(共振)されて大き
な応答加速度が生じると主張するが,弁論の全趣旨によれば,本件安
全審査において,この点は基準地震動の応答スペクトルの検討の際に
考慮され,その結果,上記のような最大速度振幅の値が妥当と評価され
ていることが認められるから,控訴人らの主張は理由がない。
    (イ) 上下動の動的解析
      証拠(甲ハ94の添付資料2,3)によれば,業務方法書は,水平方向地震力
の応答計算に当たり,「上下方向の地震動の影響を水平方向地震動との
同時性の関係を考慮して,また建築物の規模及び形態を考慮して適切に
評価していること」を要求しているに過ぎず,上下方向の地震動の影響を考
慮する具体的手法については何ら基準を設けていないことが認められる。
評価機関の安全審査委員会が運用において,上下方向の動的設計を組み
合わせることなどを要求しているかどうかは定かではないが,仮にそうであ
ったとしても,上記のとおり,原子炉施設と超高層ビル等とは,想定してい
る地盤の性質及び建築構造を異にしているのであり,原子炉施設について
は,鉛直方向(上下方向)の地震動の動的解析をしないことが不合理とまで
はいえないことは,前記(本節,第3の7)のとおりである。
よって,控訴人らの主張は失当である。
    (ウ) 損傷限界及び倒壊,崩壊限界
      控訴人らは,業務方法書にある「損壊限界」及び「倒壊,崩壊限界」に関する
定めは具体的かつ明確であるが,原子炉施設については,地震動に対す
る建物の許容限界が具体的かつ明確な基準が示されていないと主張す
る。
      しかし,耐震設計審査指針においては,原子力施設の建物・構造物並びに機
器・配管系をその重要度に応じてAs,A,B,Cの各クラスに分類し,これと
基準地震動S1,S2 とを組み合わせ,各クラスの建物等の地震動等に
対する許容限界を定めていることは,前記(本節,第1の3)認定のとおりで
ある。控訴人らは,これには数値も示されず,具体的でなく不明確であると
主張するが,原子炉設置に関する審査は,基本設計に関する事項の審査
が設置許可の段階で,具体的な詳細設計の事項の審査は設計及び工事
方法の認可の段階でそれぞれされることが予定されており,このような段階
的規制を採用する規制法の趣旨に鑑みれば,基本設計の審査基準である
耐震設計審査指針の示す上記許容限界に数値などが用いられていなかっ
たとしても,それが直ちに不合理であるということはできない。
9 総括
    以上に検討したところによれば,立地条件及び耐震設計に係る安全審査基準に
ついて,控訴人らが不合理であると主張する点は,すべて理由がなく,また,本
件原子炉施設の地震に係る安全性についての本件安全審査に関して,控訴人
らが不合理であると主張する点も,すべて理由がない。
    したがって,立地条件及び耐震設計に係る安全審査基準は不合理であるとは認
められず,また,本件原子炉施設の地震に係る安全性についての本件安全審
査の調査審議及び判断の過程に,看過し難い過誤,欠落があるとは認められな
い。
        第3節 2次冷却材漏えい事故(主要な争点2の(3))
第1 ナトリウムの性質(冷却材としての長所及び短所)等
   ナトリウムの性質については,第1章,第1節,第3の2の(4)において,その危険性
について若干触れたところであるが,改めてここで冷却材としての長所,短所をより
詳しくみることとする。
1 冷却材としての長所及び短所
  (1) ナトリウム(金属ナトリウムともいう。)は,天然には単体では存在せず,化合物
の形で存在しており,食塩(塩化ナトリウム)を電気分解することにより生成され
る。金属ナトリウムは,常温では銀白色の柔らかい固体であるが,常圧(1気圧)
下においては,約98℃で液体になり,また,沸点は約882℃である。
  (2) 液体ナトリウムは,① 常圧(1気圧)でも高い温度(約882℃)まで沸騰せず,1
50℃ないし700℃の範囲で常圧冷却系として使用できる,② 単原子であるか
ら放射線損傷の心配はない,③ 熱しやすく冷めやすく(比熱は水の約3分の
1),熱伝導度が非常に高い,④ 中性子の速度を減速させず,吸収も少ない,
⑤ 比重は1以下であり(98℃の液体の場合で,0.93),ポンプ動力が少なくて
すむ,⑥ 経済的に比較的安価であるなどと冷却材として優れた性質(長所)を
持っている。このことから,本件原子炉(高速増殖炉)では,液体ナトリウムを冷
却材(1次冷却材及び2次冷却材)として使用している。
  (3) しかしながら,その反面,液体ナトリウムは,化学的に活性であって,空気,水な
どの酸素と反応しやすい性質(短所)を持っている。このため,液体ナトリウムが
空気に触れると,酸素と反応して,黄色の炎と白煙をあげて燃える(酸化反応,
燃焼反応)。また,湿り気(水分)があると,水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)をつく
ると同時に,水素を発生させる。そして,ナトリウムが水に触れると,激しく反応し
て(ナトリウム-水反応),水素を発生し,水素が空気中の酸素と反応して,条件
によっては,爆発(水素爆発)を起こすこともある。ナトリウムは,コンクリート中の
水分とも同様に化合し(ナトリウム-コンクリート反応),コンクリートの強度を劣
化させる。
    したがって,液体ナトリウムは,水や蒸気,空気に触れないように,厳重に管理す
る必要があるといわれている。
    以上の他にも,次のような点が指摘されている。
    ア ナトリウム中に不純物(特に酸素)があると,金属を腐食させる。ナトリウムは
不純物を含みやすく,腐食溶出した金属の質量移行がおこるため,純度管
理が重要である。
    イ ナトリウム中で,金属材料は,炭素が抜けたり(脱炭),又は炭素が侵入したり
(侵炭)する現象があり,その結果,材料の強度低下をもたらす。
    ウ ナトリウムは,人体に有害であり,皮膚についたり吸入すると,やけどをしたよ
うな障害を受ける。
   (以上につき,甲イ190,277,468,乙イ4,42の1,弁論の全趣旨)
 2 ナトリウム-水反応及びナトリウム-コンクリート反応
   以上に述べたうちで,ナトリウム-水反応とナトリウム-コンクリート反応について
さらに具体的に述べると,次のとおりである。
  (1) ナトリウム-水反応
   ア ナトリウムは,水(又は水蒸気)と激しく反応し,その際,熱を生じる。    主な
反応式は,次のとおりである。
     Na+H2O→NaOH+1/2H2
        2Na+H2O→Na2O+H2
   イ ナトリウム-水反応が生じた場合における設備等に及ぼす具体的影響は,次
のとおりである。
   (ア) 衝撃圧力が発生し,機器や配管を破損させる危険性がある。 
    (イ) 反応生成物の水酸化ナトリウム(苛性ソーダ,NaOH)及び酸化ナトリウ
ム(Na2O)は強い腐食性を有し,金属材料を腐食により破損させる危険性
がある。
   (ウ) 発熱反応で,周辺を高温にし,金属材料の強度を劣化させる。
   (エ) 反応生成物の水素は,爆発しやすい気体である(空気中の酸素と反応し
て,条件によっては,水素爆発を起こす。)。
  (2) ナトリウム-コンクリート反応
   ア コンクリート中に含まれる水分には,自由水と結合水があり,一般にコンクリー
トが加熱されると,まず100℃前後から自由水が失われ始めるが,コンクリー
トの強度はほとんど変化しない。しかし,260℃付近でセメント水和物中の結
晶水の脱水が始まるので強度は低下し始め,500℃ではCa(OH)2の脱水
分解が顕著となるので強度は急激に低下する。
   イ 以上のことから,コンクリートとナトリウムが直接接触する場合はもとより,コンク
リート壁が高温にさらされることも,その強度を低下させる要因となる。
  (以上につき,甲イ123,190,277,280,468,乙イ10,弁論の全趣旨)
第2 本件許可申請書及びその添付書類八,十の記載事項等
   証拠(乙16)によれば,2次冷却系設備及び2次冷却材漏えい事故に関し,本件許
可申請書とその添付書類八の「原子炉施設の安全設計に関する説明書」,同添付
書類十の「原子炉の操作上の過失,機械又は装置の故障,地震,火災等があった
場合に発生すると想定される原子炉の事故の種類,程度,影響等に関する説明
書」には,概ね次のような記載のあることが認められる。
 1 本件許可申請書の記載事項
   本件許可申請書(昭和56年12月28日及び昭和58年3月14日の一部補正後の
もの)には,「五,原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備」の「ホ.原子炉
冷却系統施設の構造及び設備」の「(ロ) 二次冷却設備」の欄において,「(1) 冷却
材の種類」として「ナトリウム」,「(2) 主要な機器の個数及び構造」として「二次冷却
設備(2次主冷却系設備)は3つのループからなり,それぞれのループは1次主冷
却系中間熱交換器を介し1次冷却材と熱交換を行い,1次冷却材からの伝達熱を
蒸気発生器を介してタービン及び付属設備に伝達する閉ループである。2次冷却
材の自由液面は,アルゴンガスでおおう。定格出力運転時の2次冷却材温度は,
高温側で約505℃,低温側で約325℃,1次主冷却系中間熱交換器2次側入口
圧力は約5㎏/cm2Gである。また,2次主冷却系設備は,予熱設備を有する。」
との記載がある。
  (以上につき,乙16)
 2 添付書類八(原子炉施設の安全設計に関する説明書)の記載事項
   同添付書類には,2次主冷却系設備(概要及び設計方針)に関する事項として,次
のような記載がある(乙16)。
   「5.1 概  要
  2次主冷却系設備は,(中略)2次主冷却系循環ポンプ,蒸気発生器設備,2
次主冷却系配管及び弁類等で構成され,主として原子炉補助建物内に配
置されている。
      2次主冷却系設備は次の機能を有する。 
   (1) 1次主冷却系中間熱交換器で過熱された2次冷却材を循環し,蒸気発生
器伝熱管内で水・蒸気と熱交換する。
      (2) 通常運転時,運転時の異常な過渡変化時及び事故時の原子炉停止時に
は,1次主冷却系設備,補助冷却設備とあいまって炉心冷却を行う。
     2次冷却材は,2次主冷却系循環ポンプから吐出され,1次主冷却系中間熱
交換器の管側に入り,胴側を流れる1次主冷却系の冷却材から熱を伝達さ
れ,過熱される。1次主冷却系中間熱交換器を出た2次冷却材は,過熱器
の胴側に入り,管側の蒸気と熱交換して冷却される。さらに2次冷却材は,
蒸発器胴側に入り,管側の水・蒸気と熱交換して2次主冷却系循環ポンプ
へ戻る。
     なお,2次主冷却系は,1次主冷却系との境界である1次主冷却系中間熱交
換器において,1次主冷却系より高圧に維持し,1次冷却材が2次主冷却
系に漏えいするのを抑制する。
    5.2 設計方針
  2次主冷却系設備は,1次主冷却系設備とともに原子炉熱輸送系を構成し,1
次主冷却系中間熱交換器を介して伝えられた熱を蒸気発生器より水・蒸気
側に伝達する設備であり,以下に述べる事項を十分満足するように設計,
材料選定,製作及び検査を行う。
   (1) 冷却能力
        2次主冷却系設備は,通常運転時において適切な冷却能力をもたせた設
計とする。通常運転時,原子炉で発生する熱は1次主冷却系,2次主
冷却系,主蒸気系を経てタービンに伝えられ,その後復水器を経て循
環水系の海水によって海に確実に伝えられる設計とする。通常運転
時,運転時の異常な過渡変化時及び事故時の原子炉停止時には,原
子炉で発生する熱は1次主冷却系,2次主冷却系の一部,補助冷却
設備を経て補助冷却設備空気冷却器より確実に大気に伝えられる設
計とする。
    また,想定される1次冷却材漏えい事故及びその他の事故に対しても,非
常用所内電源系のみの運転下で,少なくとも健全な1系統により2次
冷却材を補助冷却設備に循環できる能力を有する設計とする。
       このため補助冷却設備による除熱運転時,2次主冷却系循環ポンプはポ
ニーモータ運転により約7%定格の流量を確保し,そのうち約6%定
格を補助冷却設備に循環させ,残り約1%定格を蒸気発生器に循環
することにより停止した蒸気発生器を補助冷却設備とほぼ同時に降
温させるよう冷却を行う設計とする。なお,大規模水漏えい発生時に
は蒸気発生器出入口止め弁を閉とする。
        補助冷却設備待機時には,その起動に備え微少流の2次冷却材を補助冷
却設備に確保する設計とする。
    (2) 2次冷却材
        2次冷却材には1次冷却材と化学反応を起こさないようナトリウムを用い
る。
      (3) カバーガス
     2次冷却材の自由液面は不活性なアルゴンガスでおおう設計とする。
    (4) 材料選定
     2次冷却材に触れる過熱器,2次主冷却系循環ポンプ,配管及び弁等は耐
食性を考慮してステンレス鋼を使用する。伝熱管内で給水が蒸発する
蒸発器については応力腐食割れの恐れのない低合金鋼を使用する。
    (5) ナトリウム漏えい検出
        2次冷却材の漏えいの早期検出用として,必要箇所にナトリウム漏えい検
出器を設置する。
      (6)(略)
      (7) (略)」
 3 添付書類十(原子炉の操作上の過失,機械又は装置の故障,地震,火災等があっ
た場合に発生すると想定される原子炉の事故の種類,程度,影響等に関する説明
書)の記載事項
(1) 同添付書類には,設計基準事故としての「2次冷却材漏えい事故」及びその事
故対策に関する事項として,次のような記載がある(乙16)。
 「3.10 2次冷却材漏えい事故
    3.10.1 事故原因及び防止対策
     (1) 事故原因及び事故説明
       この事故は,原子炉出力運転中に,何らかの原因で2次主冷却系配管が破
損し,2次冷却材が漏えいする事故として考える。この事故が生じると,
中間熱交換器での除熱能力が低下し,原子炉容器入口ナトリウム温度
が上昇するため,炉心の安冷却ができなくなる可能性がある。
       また,漏えいしたナトリウムの顕熱及び燃焼熱によって,部屋の雰囲気温度
あるいは床面に設けたライナの温度が上昇し,ナトリウムとコンクリート
の接触防止機能に悪影響を与える可能性がある。また,空気雰囲気の
部屋では,内圧が上昇し,建物,構築物の健全性を損なう可能性があ
る。
       この場合,安全保護系の動作により,原子炉は自動停止し,補助冷却設備
による崩壊熱除去運転に移行し,炉心の損傷を招くことなく事故は安全
に終止できる。
       また,漏えいしたナトリウムの顕熱及び燃焼熱に対しては,ライナ,燃焼抑制
板等により,ナトリウムの燃焼が抑制され,部屋の内圧及び床ライナ等
の温度は過度に上昇せず事故は安全に終止できる。
    (2) 防止対策
       この事故の発生を防止し,また,万一,事故が発生した場合にも,その影響
を限定するとともにその波及を制限するために,次のような対策を講じ
る。
      ⅰ 2次主冷却系の配管・機器の材料選定,設計,製作,据付,試験及び
検査等は,諸規格,基準に適合させるようにし,また,品質管理や工
程管理を十分に行う。
      ⅱ 2次主冷却系の配管・機器には,高温強度とナトリウム環境効果に対す
る適合性が良好なステンレス綱を使用する。
      ⅲ 2次主冷却系の配管は,エルボを用いて引まわし,十分な撓性を備え
たものとする。
      ⅳ 冷却材温度変化による熱応力等による応力を制限するとともに,こ
のような応力を考慮して設計を行う。
      ⅴ 2次主冷却系の配管・機器は,設計地震力に十分耐えるように設計す
る。
      ⅵ 2次冷却材の純度管理により腐食を防止する。
      ⅶ 2次主冷却系の配管・機器は,内部の冷却材流速が適切で,過大な
圧力損失や浸食のおそれのない設計とする。
      ⅷ 以上のような防止対策にもかかわらず,ナトリウム漏えいが万一生じ
た場合に備えて,2次主冷却系の機器・配管を収納する部屋に,ナトリ
ウムの漏えい検出器及び火災検知器を設置し,その信号を中央制御
室に表示する。これらの警報により,運転員は手動にて原子炉を停止
する。
      ⅸ ナトリウム漏えいに伴って中間熱交換器での除熱能力が過度に低下
する場合には,「中間熱交換器1次側出口ナトリウム温度高」信号によ
り原子炉は自動停止する。
      ⅹ 1次,2次主冷却系循環ポンプにポニーモータを設置し,ポンプトリップ時
にポニーモータによる低速運転を行い,1ループのみにても定格出力
時炉心流量の約4%を確保し,原子炉停止後の崩壊熱除去が可能な
ようにする。
      ⅹⅰ 漏えいしたナトリウムとコンクリートが直接接触することを防止する
ために,床面に鋼製のライナを設置し,漏えいしたナトリウムは貯留タ
ンクへ導くか,又はダンプタンク,オーバフロータンクあるいは貯留タン
クを設置している室の底部へ導き貯留する設計とする。これらの部屋
には燃焼抑制板を設置し,漏えいしたナトリウムの燃焼による影響を
抑制する。
      ⅹⅱ 火災検知器の信号で空調ダクトを全閉するとともに,火災検知器,ナト
リウムの漏えい検出器等によって漏えいが確認された場合には手動
にてオーバフロータンクからの汲上げを停止する等,熱的影響の拡大
を防止できるようにする。
      ⅹⅲ 各室への出入口近傍には,ナトリウム用消火設備を設置し,また,
防護服,防護マスク及び携帯用空気ボンベ等の消火支援器具を配置
する。
    3.10.2 炉心冷却能力の解析
     (1) 解析条件    
    事故時の経過は,計算コードCOPD及びHARHO-INによって解析する。
    解析では,実際よりも十分に厳しい結果を得るために,解析条件を次のよう
に仮定する。
      ⅰ 事故発生時の初期状態は,(中略)初期定常運転条件とする。
      ⅱ 1次主冷却系の除熱に対し,最も厳しい条件として,2次主冷却系の
循環ポンプ出口と中間熱交換器入口の間で配管破損が生じるものと
する。
        解析上,事故ループの1次主冷却系コールドレグ温度の上昇を保守的に
評価する目的で,中間熱交換器の2次側の除熱能力の完全喪失を仮
定する。    
      ⅲ 原子炉の到達出力が最大となるよう,ドップラ係数としては,
       -4.0×10-3Tdk/dT(絶対値が最小の負の値),ナトリウム温度係
数,被ふく管温度係数及び構造材温度係数は,それぞれ1.8×10-
6 ⊿K/K/℃,8.6×10-7  ⊿K/K/℃,4.7×10-7⊿
K/K/℃(以上絶対値が最大の正の値)とする。
    ⅳ 原子炉の自動停止は,「中間熱交換器1次側出口ナトリウム温度高」信号
によるものとし,信号の設定値と応答時間は第1.2-2表に示した値
を用いる。
    ⅴ 単一故障の仮定として,1ループにおいてポニーモータによる1次,2次主
冷却系循環ポンプの低速運転引継ぎに失敗するものとする。
     (2) 解析結果  
     中間熱交換器での2次側流量が喪失することにより,そのループの中間熱交
換器1次側出口ナトリウム温度が上昇し,約21秒後に「中間熱交換器1
次側出口ナトリウム温度高」信号により原子炉は自動停止する。これに
伴い,原子炉出力は急速に低下する。また,原子炉トリップ信号により1
次,2次主冷却系循環ポンプはトリップされ,冷却材流量はコーストダウ
ンする。ポンプの回転数が所定の値になった時点で,1ループの1次,2
次主冷却系循環ポンプはポニーモータによる低速運転に自動的に引継
がれ,炉心流量は定格値の約4%が確保される。
     したがって,この事故時にも原子炉出力と冷却材流量のバランスが適切な範
囲内に維持され,原子炉容器出口のナトリウム温度は初期温度よりほと
んど上昇しない。また,原子炉容器入口ナトリウム温度は約450℃まで
の上昇にとどまる。なお,事故ループの中間熱交換器1次側出口ナトリ
ウム温度は約530℃まで上昇するが,制限値以下にとどまっている。
     この事故における炉心の被ふく管肉厚中心最高温度は約770℃であり,運
転時の異常な過渡変化時の被ふく管内圧破損に関する制限値に対して
も十分余裕がある。炉心のナトリウムの最高温度は約770℃であり,沸
点に達しない。また,燃料最高温度は初期値よりほとんど上昇すること
はない。
    3.10.3 漏えいナトリウムによる熱的影響の解析
     (1) 解析条件
     事故時の経過は計算コードSPRAY-Ⅱを用いて,2次主冷却系配管室と過
熱器室それぞれにおける2次冷却材漏えい事故時の内圧及び雰囲気温
度の時間変化を解析する。
     解析では,内圧上昇に関して実際よりも十分に厳しい結果を得るために,解
析条件を次のように仮定する。
    ⅰ 原子炉出力運転中に,室内空間容積が最大の2次主冷却系配管室又
は最小の過熱器室でナトリウムが漏えいして部屋の床ライナ上に落下
し,貯留タンクに導かれるものとする。漏えいナトリウムは室内雰囲気
と反応して燃焼するものとし,流出過程を考慮する。
ⅱ 2次主冷却系配管における割れ状の漏えい口として十分大きな,長さがD
/2,幅がt/2(D及びtはそれぞれ管の直径及び厚さ)のスリットを考
え,相当面積の円孔から冷却材が流出するものとする。したがって,
漏えい口の大きさを15㎝2とする。
   ⅲ ナトリウムの漏えい量は2次主冷却系配管室では150m3,過熱器室で
は60m3とし,漏えいナトリウム温度はいずれも507℃とする。
     (2) 解析結果
     2次主冷却系配管室でのナトリウム漏えいの場合に関して,(中略)内圧上昇
は約0.26㎏/㎝2であり,原子炉補助建物当該室の耐圧0.6㎏/
㎝2G以下にとどまる。また,床ライナの最高温度は約410℃であり,設
計温度500℃以下にとどまる。
       過熱器室でのナトリウム漏えいの場合に関して,(中略)内圧上昇は約0.1
1㎏/㎝2であり,原子炉補助建物当該室の耐圧0.6㎏/㎝2G以下に
とどまる。また,床ライナの最高温度は約450℃であり,設計温度は50
0℃以下にとどまる。
       なお,建物コンクリートの最高温度は,約120℃であり,コンクリートの健全
性が損なわれることはない。
    3.10.4 結論
       この事故においては,「中間熱交換器1次側出口ナトリウム温度高」信号に
より原子炉は自動停止する。これに伴い1次,2次主冷却系の循環ポン
プはポニーモータにより低速運転され,原子炉の崩壊熱除去が行われ
る。
       この事故の場合でも,被ふく管及びナトリウムの各温度は過度に上昇するこ
とはなく,炉心冷却能力が失われることはない。
       原子炉冷却材バウンダリの温度は制限値を十分に下まわるので,原子炉冷
却材バウンダリの健全性が損なわれることはない。
       また,漏えいナトリウムによる熱的影響については,十分に厳しい条件を仮
定しても,部屋の内圧及び床ライナの温度はいずれも設計値以下であ
り,その健全性が損なわれることはない。建物コンクリートの温度も過度
に上昇することはなく,その健全性が損なわれることはない。」
  (2) なお,上記の「2次冷却材漏えい事故」の解析については,当初の原子炉設置
許可申請の添付書類十では,「炉心冷却能力の解析」しか記載がなかったので
あるが,その後,昭和56年12月28日付けの申請書一部補正で,「漏えいナトリ
ウムによる熱的影響の解析」に関する記載が追加された(乙7,23)。
第3 2次冷却材(ナトリウム)漏えい事故の安全審査
   証拠(乙9,14の3)及び弁論の全趣旨によれば,科学技術庁は,本件申請者の本
件許可申請書及び添付書類に基づいて安全審査を行い,安全審査書案を作成し
て,これを原子力安全委員会に提出したが,同委員会の評価,判断は安全審査書
案のそれと同じであったと認められるところ,この安全審査書案には,2次冷却材
漏えい事故に対する評価,判断として,次のような記載がある。
「5.2.6 2次冷却材漏えい事故
     原子力出力運転中に,何らかの原因で2次主冷却系配管が破損し,2次冷
却材が漏えいする事故を想定している。
    A 事故発生の防止のための対策
      この事故の発生を防止するため以下のような対策が講じられることにな
っているので事故発生の可能性は極めて少ないと認められる。
     (1) 2次主冷却系の配管,機器の材料選定,設計,製作,据付,試験,検査
等は,諸規格,基準に適合させるようにし,また,品質管理や工程
管理を十分に行うこととしている。
     (2) 2次主冷却系の配管,機器には,高温強度とナトリウム環境効果に対す
る適合性が良好なステンレス鋼を使用することとしている。
     (3) 2次主冷却系の配管は,エルボを用いて引まわし十分な撓性を備えたも
のとすることとしている。
     (4) 冷却材温度変化による熱応力等による応力を制限するとともに,このよ
うな応力を考慮して設計を行うこととしている。
     (5) 2次主冷却系の配管,機器は,設計地震力に十分耐えるように設計する
こととしている。
     (6) 2次冷却材の純度管理により腐食を防止することとしている。
     (7) 2次主冷却系の配管,機器は,内部の冷却材流速が適切で過大な圧力
損失や浸食のおそれのない設計とすることとしている。
    B 事故拡大の防止のための対策
      上記のような防止対策にもかかわらず,万一,事故が発生した場合には,
事故の拡大を防止するため,以下のような対策が議じられることとな
っている。
     (1) 2次主冷却系の機器,配管を収納する部屋にナトリウムの漏えい検出器
及び火災検知器を設置することとしている。
     (2) ナトリウム漏えいに伴って,中間熱交換器での除熱能力が低下する場合
には,「中間熱交換器1次側出口ナトリウム温度高」信号により原子
炉は自動停止させることとしている。
     (3) 漏えいしたナトリウムとコンクリートが直接接触することを防止するため
に,床面に鋼製のライナを設置し,漏えいしたナトリウムは,貯留タ
ンク内へ導くか,又はダンプタンク,オーバフロータンクあるいは貯
留タンクを設置している部屋の底部へ導き貯留する設計とすること
としている。これらの部屋には燃焼抑制板を設置し,漏えいしたナト
リウムの燃焼による影響を抑制することとしている。
     (4) 火災検知器の信号で空調ダクトを全閉とすること及び火災検知器,ナト
リウム漏えい検出器等によって漏えいが確認された場合には手動
にてオーバフロータンクからの汲み上げを停止する等,熱的影響の
拡大を防止できるようにすることとしている。
     (5) 各室への出入口近傍には,ナトリウム用消火設備を設置し,また防護
服,防護マスク及び携帯用空気ボンベ等の消火支援器具を配置す
ることとしている。
    C 事故解析
     (1) 炉心冷却能力の解析
       事故時における炉心冷却能力を評価するため解析に当たっては,
      ① 原子炉出力は定格出力の102%とする。
      ② 2次主冷却系循環ポンプと中間熱交換器入口の間で配管破損が生じ
るものと考え,中間熱交換器2次側での除熱能力が瞬時に完全
喪失するものとする。
      という解析条件を設定している。
       解析結果によれば,中間熱交換器での2次側流量が喪失することによ
り,そのループの中間熱交換器1次側出口ナトリウム温度が上昇し
「中間熱交換器1次側出口ナトリウム温度高」の信号により原子炉
は自動停止する。これに伴い,原子炉出力は急速に低下する。ま
た,原子炉トリップ信号により1次,2次主冷却系循環ポンプはトリッ
プされ冷却材流量はコーストダウンする。ポンプの回転数が所定の
値になった時点で,1次,2次主冷却系循環ポンプはポニーモータ
による低速運転に自動的に引継がれ,炉心流量は定格値の約4%
が確保される。
       原子炉容器出口のナトリウム温度は初期温度よりほとんど上昇しない。ま
た,中間熱交換器1次側出口のナトリウム温度は,約530℃までの
上昇にとどまる。
       被覆管肉厚中心最高温度は約770℃である。炉心のナトリウムの最高
温度は約770℃であり,沸騰点に達しない。
       また,燃料最高温度は初期値よりほとんど上昇することはない。
したがって,被覆管及びナトリウムの温度は過度に上昇することはなく,炉
心の冷却能力が失われることはない。
       また,原子炉冷却材バウンダリの温度は制限値を十分に下回るので,原
子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれることはない。
     (2) 漏えいナトリウムによる熱的影響の解析
       事故時における漏えいナトリウムによる熱的影響を評価するた
め,解析に当たっては,
      ① 原子炉出力運転中に,室内空間容積が最大の2次主冷却系配管室又
は最小の過熱器室でナトリウムが漏えいするものとする。漏えい
ナトリウムは室内雰囲気と反応して燃焼するものとし,流出過程
を考慮する。
      ② 破損口の大きさは割れ状の漏えい口として十分大きな15
         c㎡とする。漏えいナトリウムの温度は507℃とする。
      ③ 室内の初期酸素濃度は21v/oとする。
       という解析条件を設定している。
       解析結果によれば,2次主冷却系配管室及び過熱器室の床ライナの最
高温度は,約410℃及び約450℃であり,いずれも設計温度500
℃を下回る。建物コンクリートの温度は最高約120℃であり,コンク
リートの健全性が損なわれることはない。また,ナトリウムの燃焼に
伴う雰囲気圧力の上昇は,それぞれ約0.26㎏/㎝2 及び約0.
11㎏/㎝2 であり,いずれも建物耐圧値の0.6kg/㎝2Gを下回
る。
       したがって,漏えいナトリウムの熱的影響により建物の健全性が問題とな
ることはない。」
第4 本件許可処分後における2次冷却材漏えい事故の解析数値の変更
 1 本件申請者は,本件許可処分後の昭和60年2月18日に,本件原子炉施設につ
いて原子炉設置変更(2次主冷却系循環ポンプ等の設備の変更に伴うもの)の許
可申請を行い,その後,同年8月9日に,原子炉設置変更許可申請書の一部補正
を行った(乙イ6)。
 2 本件申請者は,上記の一部補正の中で,漏えいナトリウムの熱的影響を評価する
事故解析を行った。
   この事故解析は,流出・移送過程(漏えいナトリウムが漏えい口から床ライナ上を
流れて,連通管開口に達する過程)と貯留後(漏えいナトリウムが貯留場所に貯留
された後)の2つに分けて解析を行っており,解析の結果も,以下のとおり,内圧上
昇の値,床ライナ及び建物コンクリートの最高温度並びに床ライナの設計温度の
各数値が,従来の「漏えいナトリウムによる熱的影響の解析」(本節,第2の3)と比
べて,次のように変更されている(乙イ6)。
「(a) 流出・移送過程
   2次主冷却系配管室でのナトリウム漏えいの場合に関して,(中略)内圧上昇
は約0.22㎏/㎝2であり,原子炉補助建物当該室の耐圧0.6㎏/㎝2G
以下にとどまる。また,床ライナの最高温度は約460℃であり,設計温度5
30℃以下にとどまる。
      過熱器室でのナトリウム漏えいの場合に関して,(中略)内圧上昇は約0.07
㎏/㎝2であり,原子炉補助建物当該室の耐圧0.6㎏/㎝2G以下にとど
まる。また,床ライナの最高温度は約520℃であり,設計温度530℃以下
にとどまる。
    (b) 貯留後
      (中略)
       床ライナの最高温度は約480℃であり,設計温度530℃以下にとどまる。
      また,建物床コンクリートの最高温度は,約130℃であり,コンクリートの健全
性が損なわれることはない。」
第5 本件ナトリウム漏えい事故(2次冷却材漏えい事故)の発生
平成7年12月8日,本件原子炉施設において本件ナトリウム漏えい事故が発生し
たことは,既に第1章,第1節,第7で述べたところであるが,ここでは,その具体的
経過,状況,内容などを詳しく検討する。
1 事故の概要
   平成7年12月8日,本件原子炉施設において,2次冷却材ナトリウムが漏えいする
本件ナトリウム漏えい事故が発生したが,その概要は,2次主冷却系のCループの
配管室(原子炉補助建物の4階の部屋番号A-446。以下「本件配管室」という。)
において,2次主冷却系配管(中間熱交換器出口側の配管)に取り付けられていた
温度計(以下「本件温度計」という。)のさや管の細管部が破損し,この破損部か
ら,本件配管室内に2次冷却材ナトリウムが漏えいして,ナトリウム火災を起こした
というものである(甲イ243,乙イ9ないし13)。
 2 事故の経緯
   本件申請者は,本件ナトリウム漏えい事故の経緯,具体的な結果(被害状況)及び
その原因等について,詳細に調査を行い,調査結果を科学技術庁に対し報告し
た。そして,科学技術庁は,本件申請者から報告を受けるとともに,独自に調査を
行った。これらの調査結果によると,本件ナトリウム漏えい事故の経緯は,次のと
おりである。
  (1) 本件ナトリウム漏えい事故当時,本件原子炉施設は,規制法28条の使用前検
査を受けていた段階であった。そして,本件原子炉施設は,使用前検査の一項
目である,電力出力40パーセントでのプラント・トリップ試験(緊急停止試験)を
行うため,平成7年12月6日午後10時ころに原子炉を起動して,同月8日午後
4時30分ころ発電機を併入(発電を開始)した。
  (2) 原子炉出力が約43パーセント,電気出力が約40パーセントの状態にあった平
成7年12月8日午後7時47分ころ,中央制御室(原子炉補助建物3階)におい
て,2次主冷却系Cループの「中間熱交換器出口ナトリウム温度高」の警報が発
生した。その後間もなく,中央制御室内の火災報知盤に煙感知式の火災検知器
からの警報が発生し,さらに,同室内の中央制御盤に2次主冷却系ナトリウム漏
えい警報が発生した。当時,原子炉の運転を担当する運転員は,9名により構
成されていた(うち,当直責任者である当直長が1名,当直長補佐が1名)。そこ
で,ナトリウム漏えいを確認するために,現場である本件配管室(原子炉補助建
物の4階の部屋番号A-446)に運転員1名が,また,ナトリウム漏えい検出器
の現場制御盤が設置されている現場制御盤室(原子炉補助建物5階)に運転員
2名が出向いた(なお,本件配管室に出向いた運転員に対しては,当直長補佐
から,「煙等が確認された場合には,入室を行わないように」との注意が与えら
れていた。)。本件配管室に出向いた運転員は,「入口扉から内部を覗いたとこ
ろ,雰囲気がもやっているとともに,臭いが感じられた。炎は見えなかった。」と報
告し,また,現場制御盤室に出向いた運転員は,本件配管室に設置されている
ナトリウム漏えい検出器のうち2個につき,指示が振り切れており,警報が発生
している。」と報告した。
  (3) 当直長は,上記報告を受けるとともに,中央制御室で,2次系のナトリウム液位
(オーバフロータンクのナトリウム液位)に顕著な変化がないことを確認した。そ
のため,当直長は,小規模なナトリウム漏えいであると判断して,プラント第1課
長の了解を得た上で,同日午後8時ころに,原子炉を通常の停止操作で停止す
べきであると判断し,運転員に指示して,通常の停止操作(制御棒挿入操作)を
開始した。通常の停止操作に移った後は,運転員らは,もっぱら,制御棒挿入操
作に伴い変化するプラントパラメータの監視業務に従事し,現場確認を行わなか
った。
  (4) しかし,その後,同日午後8時40分ころから火災検知器からの警報が急増した
ことから,再度,本件配管室及び現場制御盤室の確認を行った。本件配管室に
赴いた運転員は,本件配管室の扉をゆるめたところ,白煙が扉の隙間から出て
くるのを現認し,また,現場制御盤室に赴いた運転員は,ナトリウム漏えい検知
器(前記の指示が振り切れていた2個以外のもの)の指示値が増加しているのを
確認し,それぞれその旨の報告をした。
    そのため,当直長と事故連絡を受けた原子炉主任技術者及びプラント第1課長の
3者は,ナトリウム漏えいが拡大していると判断して,同日午後9時10分ころ,
原子炉手動トリップ(緊急停止)を決定した。ただし,タービントリップ操作を先に
実施したので,実際に,原子炉手動トリップ(緊急停止)を実施したのは,その約
10分後(同日午後9時20分)からであった。
  (5) 他方,当直長は,ナトリウムの漏えいを抑制するため,事故が発生した配管から
の緊急ドレン(抜き取り)を,同日午後10時46分ころから開始するとともに,そ
の後間もなく,オーバフロータンクからの汲み上げを停止する操作をした。ナトリ
ウムの緊急ドレン(抜き取り)は,約1時間20分で完了した。また,当直長らは,
換気空調システムの停止を指示しなかったが,同日午後11時12分ころ,事故
が発生した部屋(本件配管室)の換気を行っている換気空調システムが自動停
止した。
  (6) このような経過を経て,原子炉は停止し,また,ナトリウム漏えいも終息した。
    なお,緊急ドレン(抜き取り)完了後の翌9日午前2時過ぎころ,ナトリウム漏えい
の鎮静状況を確認するため,プラントの保全を業務とするプラント2課の課員3
名と安全保安を業務とする安全保安課の課員2名が,本件配管室の入域調査
を実施し,漏えいや燃焼の継続は認められなかったと報告した。
   (以上の事実につき,甲イ243,乙イ12,13)
 3 事故の具体的結果(被害状況)
   本件申請者は,本件ナトリウム漏えい事故の具体的結果(被害状況)について調査
を行った。他方,科学技術庁は,本件申請者から報告を受けるとともに,本件原子
炉施設に立入検査(規制法68条1項)を行って,本件ナトリウム漏えい事故の具体
的結果(被害状況)について調査した。
   その結果,本件ナトリウム漏えい事故の具体的結果(被害状況)は,次の(1)ない
し(6)のとおりであると認められる。
  (1) ナトリウムの漏えい量及び漏えい時間
    本件ナトリウム漏えい事故により漏えいしたナトリウムの量は,640±42キログ
ラムであると推定された。すなわち多めにみると,約0.7トンとなるが,これは,
2次主冷却系Cループ内にあるナトリウム量全体(約280トン)の約0.3パーセ
ントに相当する。
    そして,本件申請者は,ナトリウムの漏えいは,緊急ドレンを開始した後の午後1
1時27分ころに停止したものと推定し,ナトリウム漏えい時間は午後7時47分
からの約3時間40分であると推定した。
  (2) 漏えいした箇所や周囲の損傷状況等
    漏えいした箇所や周囲の損傷状況等は,次のとおりであった。
   ア 2次冷却材ナトリウムが本件配管室内に漏えいし,空気中の酸素と反応してナ
トリウム火災を起こした。
     事故後の現場調査の際には,本件温度計の端子及び電線管の周辺には,半球
型のナトリウム堆積物が,その直下のサポート用架橋には塊状の堆積物が
付着し,その周囲にもナトリウム化合物の付着が見られた。燃焼による変色
は,漏えい箇所周辺の配管表面やコンクリート壁等に見られた。
   イ ナトリウム火災により,本件温度計直下に配置されていた換気ダクト(送風管),
グレーチング(保守用足場)及び床ライナ(床鉄板)が損傷を受け,近傍のコン
クリートも影響を受けたが,具体的な状況は,次のとおりである。
    (ア) 換気ダクト(送風管)について
      漏えい箇所の直下に当たる換気ダクト吸込口近傍に,幅約30センチメート
ル,円周に沿った長さ約80センチメートル程度の欠損(穴)が生じ,欠損部
分周辺には高さ約15センチメートル程度のナトリウム化合物が堆積した。
欠損部分周辺の残留部の金属断面組織を調査した結果,この部分の加熱
温度は,最高で800℃と推定されている。
    (イ) グレーチング(保守用足場)について
      漏えい箇所の直下に当たるグレーチングに,最大で幅約42センチメートル,
長さ約39センチメートルの半楕円状の欠損(穴)が生じ,欠損部分周辺に
は高さ15センチメートル程度のナトリウム化合物が堆積した。欠損部分周
辺の残留部の金属断面組織を調査した結果,この部分の加熱温度は,最
高で1150℃と推定されている。
    (ウ) 床ライナ(床鉄板)について
      床ライナ上に,漏えいしたナトリウムと本件配管室内の雰囲気中の酸素等が
化合して生成されたナトリウム化合物が堆積した。事故後,堆積物を除去し
て調査したところ,黒いしみ状のものと白く見える箇所があったが,黒いし
み状のものは,潮解したナトリウムや酸化鉄,白く見えるものは炭酸ナトリ
ウムと推定された。
      床ライナには,漏えい部直下近傍に凸部があり,凸部の周辺に凹部があり(凸
部の高さは最大で34ミリメートル,凹部の深さは最大で18ミリメートル程度
であった。),全体として上下方向にたわみが認められた。
      床ライナの厚さは,ナトリウム漏えいの影響を受けていない部分では6.1ない
し6.2ミリメートルであった。漏えい部近傍では,ほとんどの場所で6ミリメ
ートル以上の板厚が計測されたが,4.7ないし5.8ミリメートルの箇所も認
められ,局所的に,0.5ないし1.5ミリメートル程度の板厚減少が観察され
た。しかしながら,貫通するに至った部分は認められなかった。床ライナの
残存部分の金属組織を調査した結果,床ライナの加熱温度は,最高で75
0℃と推定されている。
    (エ) コンクリートについて
      ナトリウム漏えいが発生した箇所近傍の原子炉補助建物壁面コンクリート(壁
厚は約1.6メートル)の一部(広さ約4.5平方メートル)には,深さ1ミリメー
トル程度の黒灰色の変色が生じた。
      コンクリート壁の打診(打音)調査では,表面変色部分等に,他の部分と異なる
ところ(異音部)が4箇所観察されたが,異音部の面積は全体で約0.5平
方メートルであり,コンクリート厚の表層部分に限られていることから,強度
上の影響はないと考えられた。コンクリート床については,漏えい部直下に
異音部が1箇所(面積約0.1平方メートル)が観察されたが,これも強度上
の影響はないと考えられた。
      コンクリート壁変色部のナトリウム化合物の含有量は,深さ1センチメートルま
での部分において高い数値を示したが,コンクリート中への浸透はごく表層
部のみと推定された。X線回析分析によれば,コンクリートの受熱温度は,
最高で450℃と推定されている。なお,けい酸ナトリウム等コンクリートとナ
トリウムの化学反応を示す物質は,壁・床とも検出されなかった。
    以上のことなどから,漏えい部近傍のコンクリートは,表面部分がある程度の
熱影響を受けたが,ナトリウムとコンクリートの反応生成物は検出されず,
また,構造耐力,遮へい性能への影響はないものと判断された。
  (3) 放射性物質の放出による環境への影響の有無
    本件ナトリウム漏えい事故の際の放射線モニタ等の指示値は,通常のバックグラ
ウンドレベル(自然に存在する量)であり,本件ナトリウム漏えい事故によって発
生し,本件配管室から回収されたナトリウム化合物の分析結果からも,ガンマ線
放出核種は検出されなかった。したがって,建物内及び建物外へのガンマ線放
出核種の放出はなかった。
  (4) ナトリウム・エアロゾルの状況及びその環境への影響の有無
   ア ナトリウム・エアロゾル等の状況について
     事故後の現場調査の際には,本件配管室内は,漏えいしたナトリウムの化合物
であるナトリウム・エアロゾルが付着していた。これはナトリウムが空気中の酸
素や湿分等と反応してできたもので,酸化ナトリウムNa2Oが主なものである
が,水酸化ナトリウムNaOHも含まれている。
     また,原子炉補助建物内の各室にも,ナトリウム・エアロゾルが拡散していた。
     その拡散範囲は,約5580平方メートル(原子炉補助建物全体の約10.5パー
セントにあたる。)であった。
   イ ナトリウム・エアロゾルの環境への影響の有無
     ナトリウム・エアロゾルの拡散による環境への影響の有無は,次のとおりであ
る。
    (ア) 本件ナトリウム漏えい事故の際に漏えいしたナトリウム(640±42キログラ
ム)のうち,本件原子炉施設の建物内部に堆積・付着していたものは,約4
10キログラムである。その内訳は,ナトリウム堆積物が約310キログラ
ム,ナトリウム・エアロゾル(本件配管室内の雰囲気中の酸素や水分等と化
合して生成された,酸化ナトリウムや水酸化ナトリウムなどを成分とするナ
トリウム化合物)が約100キログラムであり,これらは,事故後に回収され
た。
    (イ) その余のナトリウムは,本件配管室内の雰囲気中の酸素や水分等と化合し
て,ナトリウム・エアロゾルとなって,まず,一部分が本件配管室及びその
隣室等に水平方向に拡散した。そして,大部分のナトリウム・エアロゾル
は,漏えい部直下にあった換気ダクトに吸入され,屋上の排気ガラリから環
境に放出された。さらに,その一部は,屋上の排気ガラリの近傍に設置され
ていたC系吸気ガラリに吸い込まれて,再び原子炉補助建物内のCループ
系各室に還流した。このようにして,ナトリウム・エアロゾルは,Cループ系
各室周辺(約5580平方メートルの範囲)に拡散するとともに,建物外の環
境に拡散した。
    (ウ) 事故後の12月11日に,原子炉補助建物屋上と路上で,エアロゾルのサン
プリング(抜き取り検査)分析を実施した結果,検出されたナトリウム量は,
塩分を除き1平方メートル当たり3ないし4ミリグラム程度であり,風上地点
と風下地点で有意な差は認められなかった。また,12月11日,20日及び
22日に行ったサイト内風上・風下側とサイト外での土壌サンプリング分析
の結果では,ナトリウム量は,塩分を除き20ないし60wppmであり,原子
炉補助建物周辺の一部に僅かに高い部分(80ないし100wppm)がある
以外は,風上地点と風下地点で有意な差は認められなかった。なお,上記
の値が高い部分は,建物周辺の植栽部であり,肥料等の影響も考えられ
た。
      以上のことから,環境に放出されたナトリウム・エアロゾルは,本件ナトリウム
漏えい事故当時の気象条件下(風速毎秒11メートル,小雨)において,空
気中の水分や二酸化炭素と反応して,急速に,炭酸ナトリウム(Na2CO3,
炭酸ソーダ),炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 ,重曹)等の無害な炭酸化
合物に変化し,塩分等のバックグラウンド(自然に存在する量)と区別でき
ない程度に拡散・溶解・希釈されたと推定された。
    (エ) また,仮に,本件ナトリウム漏えい事故によって生じたナトリウム・エアロゾル
がすべて建物外に放出され,そのすべてが有害な水酸化ナトリウムの形態
で拡散されると厳しく仮定したとしても,敷地境界における水酸化ナトリウム
の濃度は,1立方メートル当たり約0.05ミリグラムと評価され,米国をはじ
め各国で採用されている産業用の作業環境の許容濃度基準(1立方メート
ル当たり2ミリグラム)を下回るものであった。
    (オ) 以上のことから,本件ナトリウム漏えい事故においては,ナトリウム・エアロ
ゾルの放出による環境への影響もないものと確認された。
  (5) 機器類及び制御盤類に対する影響について
    一部のナトリウム漏えい検出器及び換気装置を除いて,機器類及び制御盤類に
ついては,腐食,変色などの異常は認められず,機能上の支障も認められなか
った。
  (6) 炉心冷却能力に対する影響の有無
   2次冷却材ナトリウムの漏えいは,漏えいが生じた系統(Cループ)の除熱能力を
直ちに低下させる規模のものではなく,本件ナトリウム漏えい事故当時,他の2
系統(Aループ,Bループ)も健全に機能していた。
    また,本件ナトリウム漏えい事故の発生から終止に至るまでのプラントパラメータ
(原子炉の運転記録)を検討しても,原子炉出力は,原子炉の通常停止操作の
開始により低下し始め,原子炉の手動トリップ(緊急停止)により約40パーセント
出力から0パーセント出力に急激に減少していること,1次冷却材温度は原子炉
出力の低下に伴い順調に低下していること,原子炉容器内のナトリウム液位
は,炉心燃料を冷却するのに十分な液位が確保されていたことが確認された。
    このことから,本件ナトリウム漏えい事故においては,炉心の冷却能力への影響
はなかった。
  (以上の事実につき,甲イ243,乙イ9ないし13,乙ニ5)
第6 本件ナトリウム漏えい事故の原因等について
   本件申請者は,本件ナトリウム漏えい事故の原因について調査を行った。他方,科
学技術庁は,本件申請者から報告を受けるとともに,本件原子炉施設に立入検査
(規制法68条1項)を行った上で,① 計器,モニター,運転記録等の入手,② 機
器の作動状況等の現場確認,③ 本件申請者の職員からの聞き取り,④ X線撮
影や材料等のサンプリング等を通じて,本件ナトリウム漏えい事故について調査し
た。さらに,原子力安全委員会も,科学技術庁から報告を受けて,本件ナトリウム
漏えい事故の原因について検討した。
   その結果,本件ナトリウム漏えい事故の原因は,次のとおりであると認められた。
 1 事故の直接の原因について
  (1) 本件ナトリウム漏えいが生じた原因
    本件ナトリウム漏えい事故は,要するに,2次冷却材ナトリウムが漏えいして,空
気中の酸素と反応してナトリウム火災を起こしたという態様のものであるが,そ
のように2次冷却材ナトリウムが漏えいした原因は,本件温度計のさや管の細
管部が折れて破損したことにある(なお,折れた細管部の先端部分は,2次冷却
材ナトリウム中に流失したが,事故後に発見された。)。
   本件温度計は,中間熱交換器の2次出口温度を監視する役目を持つものである。
本件温度計のさや管(保護管)は,オーステナイト系ステンレス鋼で作られてお
り,さや全体の肉厚は3㎜で均一であり,太管部(根本部分で外径22㎜)から細
管部(先端部分で外径10㎜)に急激に太さが変化する段付構造(太管部と細管
部の境界は角度約120度の段付構造)になっている。そして,本件温度計のさ
や管(保護管)は,段付部分と細管部全体が配管(液体ナトリウムが流れている
配管)の内部に入り込む形で挿入されている構造になっている。配管内の温度
計さや全体の長さは約185㎜,そのうち細管部の長さは約150㎜となってい
る。
  (2) 本件温度計のさや細管部が破損した原因等
   ア 本件温度計のさや細管部が破損した原因
     上記のように本件温度計のさや管の細管部が破損したのは,配管内を流れる
ナトリウムの流体力により,本件温度計のさや管の細管部に振動(流力振動)
が発生し,さや管の段付部分に高サイクル疲労が生じたことが原因である(す
なわち,さや管の段付部に応力集中による高サイクル疲労が生じて,亀裂が
発生し,それが徐々に進展して最終的に温度計さや細管部が破断したもので
ある。)。
     そして,この流力振動は,ナトリウムの流れに伴う対称渦放出によって起こる抗
力方向(ナトリウムが流れる方向と同じ方向)の振動であり,さや管の段付部
分に適切な曲率を取って応力集中を緩和することを考慮していなかったことか
ら,段付部分に過大な応力集中が起こったものと推定された。
   イ 本件温度計が流力振動を回避できなかった原因
     本件温度計が流力振動を回避できなかった原因は,次のとおり,メーカー側の
要因(設計ミス)と本件申請者側の要因(品質保証の管理が不十分であったこ
と)がある。
    (ア) メーカー側の要因
      メーカー(製造者)は,本件温度計さやの設計に際し,米国機械学会(ASME)
の基準を参考にして,カルマン渦の影響(流れに対し垂直方向すなわち揚
力方向に働く振動の発生)を受けないことの解析を行ったとしている。その
解析によれば,本件温度計さやでは,流体に起因する振動は生じないもの
と評価されている。
      しかし,メーカーが参考にした米国機械学会(ASME)の基準は,テーパ状(段
差がつくことなく徐々に細くなっていく形状)の温度計さやについての評価法
を定めたものであり,メーカーは,米国機械学会(ASME)の基準について
の記載を正確に理解せず,この評価基準値を段付構造の温度計(本件温
度計)のさやに適用するという判断ミスを犯して,本件温度計さやの設計を
した。
      その後,1991年(平成3年)に,米国機械学会(ASME)の基準に,流れに対
し並行(抗力方向)に働く振動(流力振動)に対する回避,抑制のための条
件が示された。メーカーは,この資料を入手していたものの,温度計設計の
関係者が坑力方向の振動の記載があることを認識したのは,事故後の調
査においてであった。
    (イ) 本件申請者側の要因
      本件申請者においては,本件原子炉施設についての品質保証の具体的事項
を「高速増殖炉もんじゅ発電所施設品質保証計画書」で定め,設計の審
査,承認に当たっては,担当課長等が受注者の提出する設計関係文書に
設計要求事項が適正に反映されているかどうかを審査,承認することとし
ており,品質保証の管理の体制は,形式的には整っていた。
      しかし,本件温度計については,温度計さやの構造上の欠陥は本件申請者に
より指摘できずに見過ごされる結果となってしまった。
      本件申請者が温度計さやについて示した仕様は,温度計の応答時間だけで
あった。本件申請者の説明によれば,本件温度計の溶接部からの漏えい
や熱応力の緩和には注意を集中した反面,流力振動による温度計さやの
破損に対する注意が不十分となり,温度計さやの構造上の欠陥が見過ごさ
れる結果となってしまったとしており,温度計さや全体への注意の払い方に
バランスを欠いていた。
 2 事故が拡大したその他の原因について
   事故後の本件申請者の調査,科学技術庁及び原子力安全委員会の検討の結果
によれば,本件ナトリウム漏えい事故が早期に収束されずに拡大した原因として,
  (1) 当直長が本件ナトリウム漏えい事故を異常時運転手順書に定める「中漏えい」
(中規模なナトリウム漏えいのこと)でなく,「小漏えい」(小規模なナトリウム漏え
いのこと)と判断したことに誤りがあったこと
  (2) 本件申請者が作成した異常時運転手順書に判断を誤らせる不適切な記載があ
るとともに,事故時の運転手順書としても不十分なものであったこと
(3) 現場確認が不徹底であったこと
  (4) 空調ダクトの閉止操作が速やかに行われず,ナトリウム汲み上げ停止の操作も
遅れたこと
等が指摘されている。
 3 事故に対する備えや事故後の対応等における本件申請者の問題点
   本件申請者のナトリウム漏えい事故に対する備えや事故後の対応等については,
科学技術庁及び原子力安全委員会によって,次のとおりの問題点が指摘され,改
善検討が要求された。
  (1) ナトリウム漏えい事故に対する備えについて
   ア 運転員に対する教育訓練の問題点
     運転員に対する教育訓練は,内規に基づいて実施されてはいたが,手順書の
「フローチャート」で想定される全てのシーケンスについてシミュレータ訓練が
行われているわけではない。
     さらに,上記訓練は,異常時運転手順書に従って実施されていたにもかかわら
ず,手順書の不整合等は摘出されず修正もなされなかった。
   イ 火災検知器の問題点
     本件配管室における火災検知器は,ナトリウム漏えいの検出器の役割も有して
いるが,この火災検知器の警報は,火災報知盤の音響停止スイッチを入れる
と当該発報が停止されるのみならず,スイッチが入っている間は新たな発報
信号が入っても警報は鳴らない設計となっている。そして,中央監視盤のCR
Tで警報の発生の有無や発報箇所の確認をすることはできない。
   ウ 換気空調システム
  本件配管室の換気空調システムは,「蒸気発生器液位低低」信号により自動停
止するものの,火災検知器の信号による自動停止はしない。 
  (2) 運転体制についての問題点
    今回のナトリウム漏えい事故発生当時の運転体制は,当直長を含む9名の体制
であり,運転員を技術的に支援する要員はいなかった。この運転体制は,試運
転中のものとして十分であったとは考え難い。
  (3) 事故時の情報の取扱いについての問題点
    本件申請者は,事故後の最初の現場入域調査(平成7年12月9日午前2時過
ぎ)の結果について,ビデオテープによる情報を含め,規制当局に正しく提供せ
ず,速やかな公表もしなかった。
    特に,本件申請者が事故後に公表した入域調査ビデオ映像(12月9日午前6時
過ぎに入域して撮影したもの)は,内部及び外部の関係諸機関の事故状況の把
握と対策の立案のための貴重な情報の一つであったにもかかわらず,漏えい箇
所等をカットし編集したものであることなどが,その後明らかにされた。
    このことから,本件申請者による事故隠しとの批判を招き,国民及び地域住民に
不安感と不信感をもたらした。現場状況の情報を内部及び外部の関係諸機関が
共有することは,事故対応の基本であることを考えると,このことは非常に重要
な問題である。事故時の情報伝達を含む情報の取扱いは,設置者の危機管理
システムの一環として遂行されることが要求される。
 (以上の事実につき,甲イ243,乙イ9ないし13)
第7 本件申請者が事故後に行った燃焼実験とその解析(本件申請者の見解)
   本件申請者は,本件ナトリウム漏えい事故によって本件床ライナに凹凸や板厚の
減少が生じたことから,その原因等を解明すべく燃焼実験を2回にわたって実施し
た(以下,これを「燃焼実験Ⅰ」,「燃焼実験Ⅱ」という。)。そして,その結果を分析,
解析して,それに基づく見解を発表したが,その内容の概要は次のとおりである。
 1 燃焼実験Ⅰについて
  (1) 燃焼実験Ⅰは,本件申請者が平成8年4月8日に行った実験である。燃焼実験
Ⅰでは,鋼鉄製の円筒容器(容積約100立方メートル)内でナトリウムを漏えい
させたが,約1時間31分経過後に反応生成物のエアロゾルにより換気系に目
詰まりが生じたため,実験は途中で中止となった。漏えいしたナトリウムの量は,
約241キログラムであった。ナトリウム漏えい速度(漏えい率)は,平均で,1秒
当たり約44グラムである。
  (2) 実験の結果,実験装置の床に設置された鋼製の受け皿には,高さ約15センチメ
ートルの山状の堆積物が形成された。その堆積物をサンプリング分析したとこ
ろ,酸化ナトリウム(Na2O)が47.7パーセント,水酸化ナトリウム(NaOH)が1
0.3パーセントそれぞれ検出され,ナトリウム・鉄複合酸化物(Na4FeO3)も3
8.4パーセントと相当高い割合で検出された。そして,受け皿には貫通損傷は
なかったものの,漏えい部直下近傍で最大で約1ミリメートルの減肉が認められ
た。
    また,換気ダクト表面の破損は確認されなかったものの,ダクト下部吸入口のル
ーバのアルミ製の枠が破損し,グリルの片側が垂れ下がった状態となった。グレ
ーチングには一部で破損と減肉が認められた。
    測定された温度は,換気空調ダクトで600ないし700℃,受け皿で740ないし7
70℃で推移していた。また,測定されたグレーチングの温度は,最高で1000
℃に達した。
 2 燃焼実験Ⅱについて
  (1) 燃焼実験Ⅱは,本件申請者が平成8年6月7日に行った実験である。燃焼実験
Ⅱでは,矩形のコンクリート製容器(容積約170立方メートル)の中で,3時間4
2分にわたり,ナトリウム約690キログラムを漏えいさせた(なお,本件ナトリウ
ム漏えい事故において,漏えい時間は約3時間40分であると推定されており,
漏えい量は640±42キログラムであると推定されていることは前記のとおりで
ある。)。ナトリウム漏えい速度(漏えい率)は,1秒当たり約40グラムないし約5
4グラムである。 
  (2) 実験の結果,床ライナ(鋼製の厚さ6ミリメートルのもの)の上には,厚さが約5セ
ンチメートルの平板状の堆積物が広がり,実験終了直後の観察では,堆積物の
大部分は溶融体(固体が熱せられて液体となっている状態)であった。その堆積
物をサンプリング分析したところ,酸化ナトリウム(Na2O)が4.3パーセント,水
酸化ナトリウム(NaOH)が35.1パーセントそれぞれ検出され,ナトリウム・鉄複
合酸化物も,Na4FeO3 が6パーセント,Na5FeO4が31.6パーセントと相当
高い割合で検出された。そして,漏えい部直下近傍の床ライナには,大小5箇所
の貫通孔(最大のものは28センチメートル×22センチメートル,最小のものは
直径約1.5センチメートル)が確認され,開口部の周囲(約1平方メートルの範
囲)もかなり減肉が進んでいた。
    また,換気ダクトは,コンクリート壁側を中心に180度以上の範囲が幅約30セン
チメートルで開口し,グリルの垂れ下がりも認められた。グレーチングには二山
状の欠損が認められた。
    測定された温度は,ダクトで600ないし700℃,グレーチングで最高で1000℃
程度であった。床ライナでの測定値は,概ね800ないし850℃で推移していた
が,貫通孔が発生した付近では,一時(実験開始後3時間20分後),1000℃を
超える値が記録された。
    そして,床ライナ損傷部下のコンクリートの温度は,約3時間20分後から急上昇
し,実験終了直後に490℃(深さ15ミリメートルの地点)に達した。損傷部の断
熱材(パーライトボード)は浸食され,コンクリートも,0.7平方メートルの範囲で
平均深さ20ミリメートルの浸食を受けていた。そのうち,深さ80ミリメートルと最
も深く浸食を受けていた場所は,床ライナの最大開口部の位置とほぼ一致して
いた。
    燃焼実験Ⅱでは,水素濃度は,実験中は200ppm(0.02%)前後で推移してい
たが,約3時間20分には,1670ppm(約0.17%)に上昇していた。この濃度
上昇は,ライナ開口部から浸入したナトリウムとライナ下部雰囲気の湿分,断熱
材,更にはコンクリートとの接触によって水素が発生したことによるものと考えら
れている。なお,発生した水素は,空気雰囲気での水素の燃焼限界濃度(4%)
と比較して十分に低い濃度であり,また,実験中,瞬時的な圧力上昇もなかった
ことが確認されている。
 3 本件申請者の解析及び見解等
   本件申請者は,燃焼実験Ⅰ,燃焼実験Ⅱをもとに,本件ナトリウム漏えい事故の結
果と比較してその分析,解析を行い,さらに,腐食試験を行って,次のとおりの見解
を発表した。
  (1) 腐食機構の相違について
    本件ナトリウム漏えい事故時と燃焼実験Ⅰでは,燃焼期間中において湿分の量
は少なく,床ライナ(又は受け皿)上の堆積物は殆どが酸化ナトリウム(Na2O)で
あり,水酸化ナトリウム(NaOH)は極めて少なかったことから,酸化ナトリウ
ム(Na2O)と鋼板(Fe)が高温で反応するナトリウム・鉄複合酸化型腐食(NaFe
複合酸化型腐食)が生じ,一様な腐食形態になったものと考えられる。
    一方,燃焼実験Ⅱでは,実験を行った部屋(容器)の容積が小さかったこと等か
ら,ナトリウムの燃焼に伴って部屋の温度が高温になり,コンクリート部から多量
の水分が発生し,この水分により,堆積物(ナトリウム燃焼に伴い床ライナ上に
堆積した堆積物)中の水酸化ナトリウム(NaOH)の割合が増加して溶融体(固体
が熱せられて液体となっている状態)となり,これに溶け込んだ過酸化ナトリウ
ム(Na2O2)が過酸化物イオンとなって床ライナ鋼板(Fe)を腐食する「溶融塩型
腐食」,すなわち界面反応による腐食が主体的であったと考えられる。
    以上のことから,燃焼実験Ⅱの腐食機構は,本件ナトリウム漏えい事故時及び燃
焼実験Ⅰの腐食機構とは異なると考えられる。
  (2) ナトリウム・鉄複合酸化型腐食(NaFe複合酸化型腐食)と溶融塩型腐食(界面反
応による腐食)の相違(特徴)について
   ア ナトリウム・鉄複合酸化型腐食(NaFe複合酸化型腐食)は,ナトリウム(Na)と酸
化ナトリウム(Na2O)が共存できる非常に低い酸素ポテンシャル(化学反応が
起きている領域の酸化力の尺度のこと)環境下で発生する腐食機構であるの
に対し,溶融塩型腐食(界面反応による腐食)は,燃焼生成した過酸化ナトリ
ウム(Na2O2)が存在する高い酸素ポテンシャル環境下で支配的となる腐食
機構である。
   イ ナトリウム・鉄複合酸化型腐食(NaFe複合酸化型腐食)では,反応生成物が固
体として材料表面に形成され,生成物自身が融点等により溶融体環境に溶解
しない限りは,他の生成物除去機構が反応の持続に必要になる。これに対
し,溶融塩型腐食(界面反応による腐食)では,過酸化物イオンが材料と反応
し,鋼板(Fe)はオキシ錯イオンとなって,直接溶融体環境に溶出するため,反
応生成層等による保護膜形成が期待できず,腐食が進行する。
   ウ ナトリウム・鉄複合酸化型腐食(NaFe複合酸化型腐食)の環境では,Na(Na+
 )が弱い酸化剤としてFeを酸化する。これに対して,溶融塩型腐食(界面反
応による腐食)では,強力な酸化剤であるNa2O2(O22-)がFeを酸化する。
  (3) 腐食速度について
    さらに高温化学反応試験装置を用いて,腐食試験(減肉速度の試験)を行ったと
ころ,溶融塩型腐食(界面反応による腐食)は,ナトリウム・鉄複合酸化型腐
食(NaFe複合酸化型腐食)に比べて,約5倍程度,腐食速度が早いことが判明し
た。
    したがって,燃焼実験Ⅱでは,ナトリウム漏えい開始後3時間20分ころには大小
5個の貫通孔が生じるに至ったのは,溶融塩型腐食(界面反応による腐食)によ
って,鋼材の腐食速度が本件ナトリウム漏えい事故及び燃焼実験Ⅰに比べて,
著しく早かったためであると考えられる。
(以上の事実につき,乙イ9,10,41)
第8 科学技術庁の腐食機構等についての見解
   科学技術庁は,本件申請者から受けた報告をもとに検討して,平成9年2月20日
付けの「動力炉・核燃料開発事業団高速増殖原型炉もんじゅナトリウム漏えい事故
の原因究明結果について」と題する報告書を取り纏めて,この中で,本件ナトリウ
ム漏えい事故時,燃焼実験Ⅰ及び燃焼実験Ⅱにおける腐食機構等について,次
のとおりの見解を発表した。
 1 本件ナトリウム漏えい事故時と燃焼実験Ⅰ,燃焼実験Ⅱにおける腐食機構につい

(1) 燃焼実験Ⅰ,燃焼実験Ⅱについて調査検討を行った結果,ナトリウム・鉄複合
酸化物が生成されたことが確認でき,また,いずれの実験でも鋼材は鉄の融点
に至っておらず,化学反応による損傷であったことを確認した。
    具体的には,本件ナトリウム漏えい事故及び燃焼実験Ⅰの場合には,ナトリウム
の燃焼によって生じたナトリウム酸化物(酸化ナトリウム及び過酸化ナトリウム)
の堆積物上に,未燃焼のナトリウムが落下するとともに,堆積物上でナトリウム
が燃焼し,酸素が堆積物内部には取り込まれない状態が形成された。この結
果,鉄は,主として酸化ナトリウムと反応して,複合酸化物を形成することにより
腐食した(NaFe複合酸化型腐食)。
    一方,燃焼実験Ⅱでは,漏えいナトリウムの燃焼が進み,実験装置内の温度が
上昇することにしたがって,実験装置の大きさが本件配管室の約13分の1と小
さかったこと等から,周囲のコンクリート壁から多量の水分が放出され,本件ナト
リウム漏えい事故と同様の過程で生じたナトリウム酸化物が水酸化ナトリウムに
変わった。多量に生成された水酸化ナトリウム中にナトリウム酸化物が溶解し,
その結果,鉄は,主として過酸化ナトリウムから生じる過酸化物イオンにより腐
食(溶融塩型腐食)する結果となった。
  (2) このように,本件ナトリウム漏えい事故と燃焼実験Ⅰに対して,燃焼実験Ⅱで
は,異なる腐食機構が働いたと考えられる(以上のような腐食機構に関する科学
技術庁の見解は,本件申請者と同じものである。)。
    鉄の腐食減肉試験の結果からみても,溶融塩型腐食による腐食速度は,NaFe複
合酸化型腐食の腐食速度より1桁程度速いことから,本件ナトリウム漏えい事故
時と同じ漏えい時間で,燃焼実験Ⅱにおいて床ライナに貫通孔が生じたことを説
明できる。
 2 コンクリートへの影響
   燃焼実験Ⅱで,貫通が生じた床ライナ部分の床コンクリートの状況をみると,床コン
クリート上には炭酸ナトリウム(Na2CO3),水酸化ナトリウム,ナトリウム・けい素
複合酸化物,ナトリウム・鉄複合酸化物等が堆積し,床コンクリートとナトリウムや
水酸化ナトリウムとの反応が生じており,約0.7平方メートルの範囲で,平均深さ
約2センチメートル(最大約8センチメートル)のコンクリートの浸食がみられた。
   燃焼実験Ⅱの実験装置内の水素濃度の観察結果によれば,実験中は0.02%程
度で推移していたが,実験開始後約3時間20分には,約0.17%に上昇してい
た。水素の濃度が高くなった原因は,床ライナの貫通孔の発生に伴い生じた,ナト
リウムとライナ下隙間部の水分との反応,並びに断熱材及びコンクリート中の水分
との反応によるものと考えられる。発生した水素は,水素の燃焼限界濃度(4%)と
比較して十分に低い濃度であった。
(以上の事実につき,乙イ13)
第9 原子力安全委員会(事故調査ワーキンググループ)の事故解析及び見解
 1 事故調査ワーキンググループの設置
   原子力安全委員会は,本件ナトリウム漏えい事故について,独自の立場から調査
審議を行うことを決定し,平成7年12月14日,原子力安全委員会委員長は,原子
炉安全専門審査会会長に対し,本件ナトリウム漏えい事故の原因究明及び再発
防止対策について調査審議を指示し,これを受けて,同日,原子炉安全専門審査
会会長は,研究開発用炉部会部会長に,調査審議を付託した。そして,同年12月
21日,研究開発用炉部会が開催され,高速増殖原型炉もんじゅナトリウム漏えい
ワーキンググループ(以下「事故調査ワーキンググループ」という。)が設置された。
このワーキンググループは,調査審議を尽くし,第1次ないし第3次の調査報告書
を取りまとめ,原子力安全委員会はこれを公表した。
(以上の事実につき,乙イ41,42の1)
 2 事故調査ワーキンググループの第2次調査報告書における見解の概要
   原子力安全委員会が平成9年12月18日に公表した第2次の調査報告書の概要
は,次のとおりである(なお,ここでは,報告書が本件申請者を「動燃」と称している
ので,これに従う。次の3項においても同様である。)。
  (1) ナトリウム漏えい燃焼時の腐食機構について
    本件ナトリウム漏えい事故では,ダクト及びグレーチングの鋼材は,漏えいナトリ
ウムの燃焼により高温にさらされて,顕著な減肉あるいは欠損が生じたが,鋼材
そのものの融点を超えて溶融した形跡は認められなかった。事故調査ワーキン
ググループは,残存部分表面の減肉の特徴からみて,高温溶融体が関与する
腐食現象であると考えるのが適当であると判断した。床ライナの減肉について
も,その程度はともかく,その形態から同様の現象が起こっていた可能性があ
る。このような特徴を持つ鋼材表面の状態は,燃焼実験Ⅰのグレーチング及び
受け皿,並びに燃焼実験Ⅱのダクト,グレーチング及び床ライナにも高温溶融体
が関与しているという観点では共通していると判断される。
    科学技術庁の2月報告書(乙イ13のことを指す。)では,本件ナトリウム漏えい事
故及び燃焼実験Ⅰでは,「NaFe複合酸化型腐食」,燃焼実験Ⅱでは「溶融塩型
腐食」という異なる腐食機構が作用したとしているが,事故調査ワーキンググル
ープとしては,約600℃以上の高温で複合酸化物を含む液相が存在すると考え
られることから,いずれの場合にも,高温では複合酸化物を含む液相が形成さ
れて溶融塩が関与した腐食機構が働いたとみることが重要であると考える。
    いうまでもなく腐食機構のより一層の理解には今後とも研究の継続が必要であ
り,高速増殖炉の工学基盤をさらに強化するには,特に原子炉の設備構成と冷
却材の特徴を踏まえた安全工学的見地から,安全裕度をより確実にするために
反応速度等に関する研究が望まれる。
  (2) 鉄,ナトリウム及び酸素が関与する界面反応の知見に関する調査結果について
   ア 本件許可処分がなされた当時,鉄,ナトリウム及び酸素が関与する界面反応に
関する知見がどのような状況にあったかについて,事故調査ワーキンググル
ープから社団法人電気化学会に対し調査を依頼したところ,その回答の概要
は次のとおりであった(乙イ41の参考5)。 
    (ア) 鉄/ナトリウム/酸素系については,1980年代前半に鉄鋼精錬分野で主
に1000℃以上の温度領域における効率的な脱りん反応に関連して研究
が進められた。
 (イ) 溶融塩腐食に関しては,腐食生成物あるいは材料表面の付着物等に溶融
体が生成する場合には加速的な腐食が進行することが知られていた。
 (ウ) 高速炉の研究分野では,Huberらの1975年(昭和50年)の論文に,空気
中でのナトリウム燃焼と鉄の腐食を指摘する記述がある。
 (エ) 燃焼ナトリウムと接触した鉄が酸素の存在のもとに鉄の融点以下で損傷す
る可能性について,もんじゅの設計・審査時点で,予測することは可能であ
ったと判断される。
 (オ) 鉄,ナトリウム及び酸素が関与する界面反応について,必要な情報の開示
の下に本会(電気化学会)の専門家に問い合わせ,調査依頼があれば,他
分野の専門家との協力により,適切な提案または助言が可能な知見を本
会は有していた。
イ これに対し,動燃は,Huberらの論文には接していたものの,もんじゅにおける
ナトリウム燃焼抑制効果の観点で接したため,この論文をナトリウム燃焼にお
ける床ライナの腐食に結びつけて活用するには至らなかった。このように高速
炉分野においては,本件許可申請がなされた以前においてHuberらの論文
が発表されていたが,問題意識がなかったため,この論文がナトリウム燃焼
における床ライナの腐食を予見させるものとは考えず,鉄,ナトリウム及び酸
素が関与する界面反応の知見を得るに至らなかった。その結果,鉄,ナトリウ
ム及び酸素が関与する激しい腐食については,高速炉の関係者(高速炉の
開発者や安全審査担当者)には知られていなかった。
  要するに,界面反応による腐食という知見は,当時の高速炉開発の関係者及び
高速炉の安全審査関係者には知られていなかったが,「問題意識があれば知
り得た知見」と位置づけられるものと思われる。
  (3) 現時点の知見からみた2次系ナトリウム漏えいの影響評価について
   ア ナトリウム燃焼時の床ライナ温度の評価
     設置許可当時は,漏えいした室内でスプレイ燃焼とプール燃焼を同時に解析す
るコードがなかったが,今回改めて,床ライナ温度に着目した解析を行うため
に,漏えいした室内でスプレイ燃焼とプール燃焼を同時に解析するコードを用
いた。
     ナトリウム燃焼のモデルについては,燃焼過程の解析に根拠が十分とはいえな
い仮定を含むなど,なお検討を要するところがある。
     しかし,このモデルを用いた解析結果は,本件ナトリウム漏えい事故,燃焼実験
Ⅰ及び燃焼実験Ⅱの結果と照合され,床ライナ温度及び温度変化の傾向は
実験結果とおおむね一致していることから,事故調査ワーキンググループは,
当面,この解析結果に基づいて検討を進めることは可能であると判断した。ま
た,この解析では,雰囲気中の水分による水酸化ナトリウム生成の反応熱は
考慮されているが,鉄,ナトリウム及び酸素が関与する界面反応により発生
する熱の寄与は未だ考慮されていない。しかし,この寄与分は,ナトリウムの
燃焼により発生する熱量に比べて小さく,床ライナ温度に対する影響はそれ
ほど大きくないと考えられる。
   イ 床ライナの機械的健全性の評価
     床ライナ全体としての熱膨張が最大になるのは,全面一様加熱,すなわち,大
規模漏えい時にナトリウムが床ライナ全面に広がった状態でのプール燃焼の
場合であり,設置許可当時も同様に考えられていた。
     現時点での評価によると,漏えいナトリウムの床ライナ全面での燃焼の場合,
床ライナ温度は,配管室で約620℃,過熱器室で約750℃となり,設置許可
当時の評価(配管室で約460℃,過熱器室で約520℃)を上回った。科学技
術庁及び動燃からの報告によると,床ライナ全体の熱膨張により破損する可
能性について評価した結果,実際に設置されている床ライナは,2次主冷却
系配管室(A)北側では約630℃,同配管室(C)北側では約700℃程度,そ
の他の配管室及び過熱器室では約950℃あるいはそれ以上になっても,熱
膨張により壁と干渉することなく,機械的に破損するおそれはないとしている。
     中小規模の漏えいによる燃焼の場合,床ライナ温度は,局所的に約880℃(配
管室)あるいは約850℃(過熱器室)に達することが解析された。このため,
動燃は,局所的なひずみによる破損の可能性を調べるために解析を行い,ま
た,床ライナの一部分を模擬した試験体を用いた実験を行った。それによれ
ば,局所的な燃焼に対して900ないし950℃まではリブが剥離することがあ
るが,床ライナに損傷は生じないことが示された。
     これらの検討は,設置許可当時の安全審査における2次系ナトリウム漏えいの
影響評価の状況等の検討に資するために,大規模な漏えい及び中小規模の
漏えいの場合について,床ライナの温度及び機械的健全性の評価を改めて
行ったものである。実際に設置されている床ライナについて検討した結果,事
故調査ワーキンググループは,鉄,ナトリウム及び酸素が関与する界面反応
による腐食を考慮しない場合には,漏えいナトリウムと床コンクリートとの直接
接触を防止するという床ライナの機能は維持されると判断した。
     なお,鉄,ナトリウム及び酸素が関与する界面反応による腐食を考慮した場合
については,ナトリウム燃焼による鉄の腐食機構の動的な過程,及びそれに
及ぼす温度,物質の移動等の因子の影響について十分に解明されていると
はいえない状況にあることから,対策を含めて今後検討が必要である。
   ウ 水分の影響に関する評価
     ナトリウム及びその酸化物(Na2OやNa2O2)は,水と反応して水素や水酸化ナ
トリウムを生じる。2次系ナトリウムが漏えいして燃焼した場合,考慮すべき水
分は,空気中に通常存在するもののほか,コンクリート壁が加熱された際に
放出されるものである。
     一般に,コンクリートが加熱されると,コンクリート中の水(自由水及び結合水)
がコンクリート中を移動しあるいは表面から放出する。この現象は,温度依存
性が強いこともよく知られている。この水の移動によって,コンクリートの性状
に変化が生じる。
     科学技術庁及び動燃の報告によれば,燃焼実験Ⅱ及び本件ナトリウム漏えい
事故時のコンピュータ解析を行ったところ,配管室での雰囲気中の水素濃度
は,1時間当たり約10トンの漏えい時に最高となり,その値は約2パーセント
になるとの結果を得たとされている。この値は,通常の空気中(酸素濃度約2
0パーセント)での爆焼限界水素濃度(ここでは,火炎の伝播を伴う希薄可燃
限界濃度をいう。)である約4パーセントを下回り,さらにこの時の酸素濃度は
約4パーセントと計算されているので,爆発的な現象は起こり得ないことにな
る。
     上記の解析では,漏えいした室の空間を1点で,またコンクリートは深さ方向の
1次元で近似して温度分布を計算しているので,その結果は,もんじゅの配管
室のように体積が大きい場合には粗い近似である。事故調査ワーキンググル
ープは,財団法人原子力発電技術機構に依頼してナトリウム漏えい時の3次
元の温度分布の解析を行った。解析に当たっての仮定等については,なお詳
細に検討する必要があるが,この解析によれば,コンクリート温度は,漏えい
箇所から離れるとともに低下することが示され,このことから水分の放出も減
少することが推定される。
     現時点では,これらの結果を総合的に考えると,事故調査ワーキンググループ
は,水素燃焼等が建物,構築物の健全性に影響を与える可能性は低いと判
断する。
     一方,生成した水酸化ナトリウムは,燃焼実験Ⅱで観察されたように,床ライナ
の腐食に影響を与える。動燃は,コンクリートからの水分放出を考慮した解析
を行い,床ライナ温度の推移と腐食速度の温度依存性を考慮して腐食減肉量
について検討を進めている。今後,腐食防止の観点から,床ライナの健全性
を確保する対策の有効性を確認するためにも,腐食減肉量の評価方法の一
層の改善を図ることが必要であると考えられる。
  (4) 設置許可当時の安全審査における2次系ナトリウム漏えいの影響評価等につい

   ア 本件ナトリウム漏えい事故の直接の原因は,温度計の設計の欠陥に起因する
温度計さやの破損である。このような構成部品の設計は,基本設計等に基づ
いて設置者の責任において実施されるものであって,原子力安全委員会の審
査の対象ではない。しかしながら,2次系ナトリウム漏えい防止及び漏えい後
の対策の基本設計等は,安全審査の対象であり,原子力安全委員会の責務
の範囲内にある。
   イ 安全審査において重点を置く事項の1つは,冷却機能低下の際に炉心の安全
性が確保されるか否かということである。許可申請書等における2次系ナトリ
ウム漏えいについての検討も主としてこの見地から行われている。すなわち,
原子炉が停止した後の崩壊熱を除去するためには,漏えいを起こした冷却系
以外の冷却系等の健全性を維持する必要がある。そのためには,漏えいナト
リウムが燃焼した場合でも,建物,構築物の健全性が保たれなければならな
い。建物,構築物の健全性に大きな影響をもたらすのはナトリウム燃焼に伴う
内圧の上昇である。
     この観点から,設置許可当時の安全審査では,内圧を最大にするため,漏えい
ナトリウムのスプレイ燃焼,連通室内でのプール燃焼,換気系の即時停止等
を仮定した。解析の結果,内圧は建物,構築物の耐圧限界より十分に低く健
全性は保たれることが示された。この内圧評価の考え方,解析手法並びにそ
の結果は妥当なものと判断される。
     一方,床ライナは,漏えいナトリウムとコンクリートとの直接接触を避けるために
設けられているものである。設置許可当時の安全審査では,床に設置された
ライナにより,漏えいナトリウムとコンクリートの直接接触を防止することが前
提となっている。動燃は,大規模な漏えいの解析結果から,床ライナの最高温
度は,配管室で約460℃,過熱器室で約520℃と評価し,これを踏まえて床
ライナの設計温度を530℃とした。この設計温度という意味は,床ライナがこ
の温度まで全面一様に加熱されても,熱膨張によって壁と干渉しないように設
計するというもので,この温度を超えれば直ちに床ライナが機能を喪失すると
いうことではない。内圧を最も厳しく評価する当時のモデルによる解析では,
床ライナの温度に着目した評価にはならなかったが,これは,当時は内圧上
昇を厳しく評価することに重点が置かれていたためである。
     設置許可当時の安全審査では,中小規模の漏えいによる床ライナの影響は検
討されなかった。これは,当時の関係者が,床ライナ温度が仮にナトリウムの
沸点(約880℃)に達したとしても,ライナ材料の融点(約1500℃)に比べれ
ば十分低いので,床ライナが溶融することはあり得ず,したがって注目すべき
は床ライナが熱膨張によって機械的に破損するか否かであるが,床ライナの
全体としての熱膨張が最大になるのは,ナトリウムプールが形成されてライナ
が全面加熱される大規模漏えいの場合で,中小規模の漏えい時の影響はこ
れに包絡されると判断したためと考えられる。
   ウ 2次系ナトリウムの中小規模の漏えいの影響評価を現時点の知見で行ったとこ
ろ,床ライナ温度が局所的に約880℃に達するという結果が得られた。これ
は,大規模漏えいの解析の場合は,酸欠効果により床ライナ温度の上昇が抑
えられたのであって,床ライナの最高温度についていえば,大規模漏えいの
場合が中小規模の漏えいの場合を包絡したものとはなっていなかった。
   エ そこで,大規模な漏えい及び中小規模の漏えいの場合について,床ライナの温
度及び機械的健全性の評価を改めて行ったところ,上記の約880℃という温
度はライナ材料の融点に比べて十分低いことから,床ライナは溶融せず,ま
た,局所的な変形解析及び実験の結果から,床ライナの温度が900から95
0℃までは機械的な破損は生じないことが示された。
     その結果,界面反応による腐食を考慮しない場合には,漏えいナトリウムとコン
クリートの直接接触を防止するという床ライナの機能は維持されると結論され
る。このことから,設置許可当時の安全審査における2次系ナトリウム漏えい
の影響評価において,仮に中小規模の漏えいを取り上げて詳細に検討したと
しても,界面反応による腐食に関する知見が知られていなかったことを考える
と,床ライナの機能は維持されるという評価は変わらず,審査の結論に影響を
与えることはなかったと判断する。
   オ 現在においては,鉄,ナトリウム及び酸素が関与する界面反応による腐食に関
する知見が,本件ナトリウム漏えい事故等を契機として得られつつある。ま
た,腐食反応に大きな影響を与えると考えられる床ライナ温度については,中
小規模の漏えいの場合の方が,大規模漏えいの場合よりも高くなり得ること
がわかった。さらに,燃焼実験Ⅱのように,状況によっては壁からの多量の水
分放出もあり得ることが明らかになった。
     しかしながら,ナトリウム燃焼による鉄の腐食機構の動的な過程,及びそれに
及ぼす温度,物質の移動等の因子の影響について十分に解明されていると
はいえない状況にあることから,鉄,ナトリウム及び酸素が関与する界面反応
による腐食を考慮した場合の安全評価については,対策を含めて今後検討
が必要である。このことを考慮して,2次系ナトリウム漏えいの影響を抑制す
る有効な方策を考えるべきである。
(以上につき,乙イ41)
 3 事故調査ワーキンググループの第3次調査報告書における見解の概要
   原子力安全委員会が平成10年4月20日に公表した第3次の調査報告書の概要
は,次のとおりである。
  (1) ナトリウム漏えい時の腐食抑制対策等について
    第2次報告書では,本件ナトリウム漏えい事故,燃焼実験Ⅰ及び燃焼実験Ⅱで
観察された鋼製の床ライナの腐食は,高温でナトリウムの複合酸化物を含む液
相が形成されて溶融塩が関与した腐食機構が働いたとみることが重要であると
した。そして,状況に対応し得る腐食抑制に有効な方策を考えることが当面最も
重要なことであるとの指摘を行った。その際,事故で想定し得る温度,雰囲気
(酸素分圧,水分の存在等)の影響を考慮に入れることが重要であるとした。
  (2) 腐食抑制対策等の目標及び基本的な考え方
    腐食抑制対策等の目標とするところは,以下のとおりである。
   ア 床ライナの腐食と熱膨張による変形等の機械的影響を考慮し,漏えいナトリウ
ムと床コンクリートとの直接接触を防ぐという床ライナの機能が維持されるこ
と,
   イ 水素濃度が,雰囲気中の酸素濃度を考慮した爆焼限界水素濃度(希薄可燃限
界濃度のこと。これが約4パーセントを超えると,火炎の伝播が起こるようにな
る。)を下回ること,
  (3) 腐食抑制対策
    事故調査ワーキンググループとしては,動燃が実施した鉄の腐食試験の結果を
踏まえれば,腐食による減肉量は,金属が高温に保持されている時間にほぼ比
例し,また,腐食速度はアレニウス型の温度依存性(反応速度又は反応速度定
数が絶対温度Tの逆数を含む形で表される関係)を示すものと理解しても差し支
えないと考える。
    本件ナトリウム漏えい事故,燃焼実験Ⅰ及び燃焼実験Ⅱにおける腐食形態は,
全面腐食と考えることができる。その場合,酸化剤が十分に供給され,溶融塩と
金属の界面の直接反応が全腐食反応の進行速度を決めるとき(界面反応律
速),腐食速度は最大になると考えられる。 
    動燃の腐食試験では,腐食による減肉量は,時間に比例してほぼ直線的に増大
しており,これは界面反応律速において,一般的にみられる関係である。また,
腐食速度の温度依存性を検討すると,腐食速度は温度上昇に対して,指数関
数的に増大している。
    これにより,床ライナの腐食抑制対策としては,① 最高温度を低く抑えること,②
 高温の持続温度を短く抑えること,の両方又はいずれかの策を講じることを基
本的な考え方とした。
    また,漏えいしたナトリウムの燃焼により室内の温度が上昇すると,加熱されたコ
ンクリート壁等から水分が放出され,その水分がナトリウムと反応して水酸化ナ
トリウムが生成して,液相の形成を容易にすることから,コンクリート壁等から水
分の放出を抑えることは,腐食抑制をさらに向上させるものと考える。
  (4) 水素発生抑制対策
    漏えいしたナトリウムの燃焼により室内の温度が上昇すると,加熱されたコンクリ
ート壁等から水分が放出され,漏えいしたナトリウムと水分の反応により水酸化
ナトリウムが生成されるが,同時に水素も発生する。
    ナトリウム漏えい時に水素の発生をできるだけ抑えることが望ましいとの観点か
ら,コンクリート壁等から水分の放出を抑えることは水素発生抑制に有効であ
る。
(以上の事実につき,乙イ42の1)
第10 本件ナトリウム漏えい事故後に本件申請者が発表した本件原子炉施設の改善策
   本件申請者は,本件ナトリウム漏えい事故後の平成8年12月から,本件原子炉施
設の安全性の総点検を行い,その結果を平成10年5月付けの第6報報告書(乙イ
47ないし49)として取り纏めたが,それによると,本件申請者が行った点検及び本
件申請者が用意した改善策の具体的内容は次のとおりである。
 1 流力振動に対する健全性の点検と改善策
  (1) 2次主冷却系及び補助冷却設備の配管用温度計さやについて
   本件申請者は,2次主冷却系の配管用温度計のさやが破損したことが原因で,
本件ナトリウム漏えい事故が発生したことを受けて,2次主冷却系及び補助冷却
設備の配管用温度計さやの全てを交換あるいは撤去することを決めた。
  (2) 上記(1)以外のナトリウム系の温度計さや,水・蒸気系の温度計さや等について
    本件申請者は,上記ア以外のナトリウム系の温度計さや,水・蒸気系の温度計さ
や,ナトリウム内包壁を貫通するか又はこれを構成している構築物(液面計
等),ナトリウム熱交換器伝熱管及びナトリウムに内在する機器について点検し
たが,そのうち,水・蒸気系のさや130本中の22本が判定基準を満たさないこ
とが判明した。そのため,本件申請者は,水・蒸気系のさや22本につき,温度計
設計方針を満足するものに交換するか,撤去する方針とした。
 2 漏えいの早期検出,拡大防止及び影響緩和に関する点検と改善策
  (1) 点検の対象範囲
    点検の対象範囲は,ナトリウムを内包する1次主冷却系及び1次ナトリウム補助
設備,2次主冷却系及び2次ナトリウム補助設備,補助冷却設備,炉外燃料貯
蔵設備及びメンテナンス冷却系設備に関連する次の設備である。
   ア ナトリウム漏えい検出設備
   イ 消火設備
   ウ 換気空調設備
   エ ナトリウム・充填ドレン系設備
   オ 保温構造(内装板,外装板)
   カ ライナ
   キ 漏えいナトリウム移送,貯留用設備(連通管,燃焼抑制板)
   ク 安全保護系,液面計,インタロック等制御系
   ケ 中央監視制御システム
  (2) 2次主冷却系,補助冷却設備の点検結果
    2次冷却材漏えい事故時に安全性を確保するためには,補助冷却設備3系統の
うち,少なくとも1系統が機能することにより,炉心冷却機能が損なわれないこと
が必要である。そのためには,建物・構築物の健全性が維持され,系統分離機
能が損なわれないことが必要である。
2次主冷却系ナトリウム漏えいを想定した燃焼解析では,現状設備において,適
切なプラント停止,換気停止及びナトリウムドレンの操作を行えば,「燃焼実験
Ⅱ」のような腐食(溶融塩型腐食)を仮定しても,ライナの貫通に至ることがなく,
コンクリートからの水分放出等による雰囲気中の水分とナトリウムの反応により
生成する水素が蓄積燃焼しないことが確認されている。
しかしながら,ナトリウム漏えいの影響拡大を防止し安全性に万全を期す観点か
ら,従来の設計の基本的考え方から展開された設計要求事項を整理し,今回の
点検で摘出した留意点分析とそこから導きだされた追加要求事項を考慮して設
備改善策を検討した。留意点分析の結果,従来のナトリウム漏えい対策は,中
小規模の漏えいに対して設計要求事項が不十分であることがわかった。また,
設計要求事項が運転手順書に徹底されていないものがあった。
  (3) 設備改善策の基本的な考え方
    改善策の基本的な考え方は,ナトリウム漏えいを早期に検出し,事故の拡大防止
及び影響の緩和を確実なものとし,安全性に万全を期すことにある。 このため
ナトリウムの漏えいと火災に対して積極的な対応を図るものとし,ナトリウム漏え
いを早期に検出し,換気空調設備を停止(酸素の供給を断つ)した後,ナトリウ
ム漏えい量を抑制し速やかに漏えいを停止させる(火災の源を断つ)ためにナト
リウムドレンを行うとともに,併せて漏れたナトリウムの燃焼を抑制する(消火す
る)ために窒素ガスの注入を行うこととする。なお,窒素注入については,酸欠に
対する人的安全性の確保,プラント運転員(直員)や現場作業員の負担軽減に
留意する。 
    これらの改善策を講じることにより,結果として床ライナ等の建物・構築物の健全
性についての適切な裕度向上につながる。
  (4) 具体的な設備改善策
    具体的な設備改善策は次のとおりである。
   ア ナトリウム漏えいの早期検出と運転員の支援
     ナトリウム漏えいの影響が機器・配管等の保温構造外に及ぶ場合の検出系を
強化するためにセルモニタ(煙感知器と熱感知器を組合わせた火災検出シス
テム)を設置する。
また,運転員が事故現場の状況をより正確かつ迅速に把握できるよう,2次主冷
却系及び補助冷却設備の室内にITVを設置するとともに,火災,ナトリウム漏
えい検出及びプロセス量等のナトリウム漏えいに関する情報を中央制御室で
一括表示,監視できる総合漏えい監視システムを設置する。
イ 換気空調設備の早期停止
     現状の「蒸発器液位低低」信号による換気空調設備の自動停止をより確実なも
のとするため,従来2outof2信号で自動停止することとしていたものを1out
of2信号でも自動停止させるようインタロックの改善を行う。また,中小規模の
漏えいに的確に対処するため,セルモニタの信号により,換気空調設備を自
動停止させる。これにより漏えいナトリウムの燃焼抑制及びエアロゾル拡散抑
制を図る。
   ウ ナトリウムドレン機能の強化
    ナトリウム漏えい確認後,速やかに原子炉を停止するとともに,ドレンを開始す
る。ドレンに要する時間を短縮するため,2次主冷却系循環ポンプ入口部分
へのドレンラインの追加(ラインの多重化),既設ドレン配管の大口径化等の
改造を行なう。ナトリウム漏えい環境下にあっても確実にドレンできるよう,ド
レン弁,駆動ケーブル,信号ケーブルを保護する。
   エ 燃焼の抑制
    ナトリウム燃焼の確実な鎮火及び再燃焼防止のため,当該区画内に窒素注入
を行う。
     窒息消火の効果向上のため,2次主冷却系,補助冷却設備の配管・機器が設
置されている部屋を区画化する。区画化は,エアロゾル拡散抑制の効果も有
する改善策であるとともに,換気空調設備の早期停止とあわせて,窒息消火
に有効である。また,圧力上昇を抑制するため,圧力逃がしラインを設置する
とともに空気冷却器室へも開口部を利用して圧力を逃がす。
   オ コンクリートからの水分放出抑制
    ナトリウムを内包する配管・機器が設置された部屋の璧,天井に断熱構造を設
け,コンクリートの温度上昇を抑制し,コンクリートからの水分放出を抑制す
る。
     断熱構造は,基本的に壁,天井に敷設するが,敷設にあたっては,コンクリート
への熱的影響の空間分布や現場における壁掛け盤等の効果を勘案し,設置
範囲や断熱材厚さ等の詳細を具体化する。
   カ エアロゾル拡散抑制
     建物内外へのエアロゾル拡散を抑制するため,換気空調設備を早期停止する。
また,建物内のエアロゾル拡散を抑制するため,区画化する。
     区画化を行うに当たっては,区画境界の気密化を行なうとともに,換気空調設
備のダクトに逆止ダンパを追加する。
   キ 空気冷却器室下部キャッチパン上の区画化
    空気冷却器室配管からの漏えいでは,当該室は直接外気と通気しているため,
窒息の効果が期待できず,漏えいナトリウムが高温化する。移送先である貯
留室への影響を軽減する目的で,下部キャッチパン上で配管の布設してある
空間を区画化し,窒息による燃焼抑制を図る。
   ク 貯留室
     貯留室では,漏えい・移送された未燃焼ナトリウムが長期にわたって貯留される
ことから,熱的影響を緩和するために鋼材等のヒートシンクを設置する。貯留
されるナトリウムに水酸化ナトリウムが混入している場合には,未燃焼ナトリ
ウムとの反応により水素発生の可能性が考えられるが,この改善策により水
素発生も抑制される。
  (5) 運転,保守面における改善策
    ナトリウム漏えいに関する設備改善策に伴い,運転員は,ナトリウム漏えいが発
生した場合に,下記の事項の確認及び対応操作が要求される。これらについて
は,改善策の設計を具体化する際に,運転手順書や保守面に適切に反映する
ことが必要である。
  ア セルモニタ又は蒸発器液位低低信号による換気空調設備の自動停止の確認
   イ 警報がナトリウム漏えいによるものであることを確認した後,原子炉を手動トリッ
プし,(原子炉が自動トリップした場合にはそれがナトリウム漏えいによるもの
であることを確認し,)トリップ後のプラント状態を監視
   ウ ナトリウムをドレンするため,ドレンする系統のポニーモータ,補助冷却設備及
びオーバフロータンクからの汲み上げを停止
   エ ドレン開始
   オ ナトリウム漏えい発生区画における人的安全を確認後,窒素ガス注入を開始
  (以上につき,乙イ47ないし49)
第11 床ライナの腐食機構に関する被控訴人の立場
 1 床ライナの腐食機構に関する本件申請者・科学技術庁と原子力安全委員会(事故
調査ワーキンググループ)の見解の相違
   前述のように,本件ナトリウム漏えい事故,燃焼実験Ⅰ及び燃焼実験Ⅱにおける
床ライナ(燃焼実験Ⅰでは鋼製の受け皿)の腐食機構については,本件申請者・科
学技術庁が,燃焼実験Ⅱの腐食は溶融塩型腐食であり,本件ナトリウム漏えい事
故と燃焼実験Ⅰのそれはナトリウム・鉄複合酸化型腐食であるとしているのに対
し,原子力安全委員会の事故調査ワーキンググループは,いずれの腐食も溶融塩
型腐食である可能性があると指摘していた。
 2 原子力安全委員会(安全性確認ワーキンググループ)の対応
  (1) 原子力安全委員会は,前記第9記載の報告書において指摘した事項に関して,
科学技術庁及び本件申請者が適切に対応しているかどうかを確認し,本件原子
炉施設の安全性の確保に継続的に取り組んでいくために,原子力安全委員会
の中に,もんじゅ安全性確認ワーキンググループ(以下「安全性確認ワーキング
グループ」という。)を設置することを平成10年10月29日に決定した。なお,こ
の安全性確認ワーキンググループの構成員は,事故調査ワーキンググループと
は異なっている。
  (2) 安全性確認ワーキンググループは,本件申請者及び科学技術庁から報告を受
け,20項目について調査審議した結果,これを「もんじゅ安全性確認ワーキング
グループ報告」と題する報告書に取りまとめたが,その中で,2次系ナトリウム漏
えいの影響評価と腐食抑制対策について,次のように述べている。なお,この報
告書の作成段階では,本件申請者(動燃)は「核燃料サイクル開発機構」に移行
していることから,本件申請者を「サイクル機構」と呼称している。
   「(2) 2次系ナトリウム漏えいの影響評価(指摘事項⑭)
     《事故調査ワーキンググループによる指摘事項への対応》
    ナトリウム漏えい燃焼実験-Ⅱでは,床ライナ上に山状の堆積物がほとんど
見当たらず,床ライナに貫通孔が観察されるなど,もんじゅ事故との間で損
傷状況に差異があった。事故調査ワーキンググループは,燃焼実験-Ⅱ
が,鉄が燃焼ナトリウムによって損傷する場合があること及びナトリウムの
燃焼状態に酸素の供給が強く影響することを示唆していることから,もんじ
ゅ事故と燃焼実験-Ⅱの状況の間にどれだけの隔たりがあるかを知ること
が必要であると指摘した。また,鉄,ナトリウム及び酸素が関与する界面反
応の有無も考慮して,ナトリウムの漏えい量,酸素の供給状況の影響など
系統的な評価を行い,2次系ナトリウムの漏えいによるもんじゅの建物,構
築物の健全性の確認を行う必要があると指摘した。
サイクル機構は,事故後の対応状況を以下のように報告した。
ナトリウム酸化物による鋼材の腐食試験を重ね,腐食速度に関する知見を蓄
積した。それに基づき,もんじゅ事故では主に酸化ナトリウムが鉄と反応す
る複合酸化型腐食が,燃焼実験-Ⅱでは主に過酸化ナトリウムから生じる
過酸化物イオンが鉄と反応する溶融塩型腐食が,それぞれ生じたものと判
断した。さらにその後も各種腐食試験を拡大し,腐食データの充実を図ると
ともに,もんじゅ事故と燃焼実験-Ⅱとの床ライナ等の損傷状況の差異の
原因について腐食機構の相違等を検討した。
また,サイクル機構は,もんじゅ事故とその後の燃焼実験では溶融塩が関与し
た腐食機構が働いたとする事故調査ワーキンググループの見解も考慮し
て,最も厳しい結果を与える溶融塩型腐食データに基づいて2次冷却材漏
えい時における床ライナの健全性の評価を行った。この評価により,最も高
い床ライナ温度を与える中小規模のナトリウム漏えい時においても現状設
備の床ライナには腐食による貫通孔は生じないことを解析により示した。
     《取り組み状況の確認結果》
     当ワーキンググループは,腐食試験によって示されたもんじゅ事故と燃焼実験
-Ⅱの間には腐食速度にして5~6倍の相違のあることが確認されている
こと,サイクル機構が示した新たな腐食抑制対策を前提とすると最も厳しい
条件を考慮しても床ライナの健全性は確保されること,床ライナの腐食に関
する研究開発の現状とその適用方針は適切と見られることなどから,指摘
事項に適切に対応していることを確認した。
(3) 腐食抑制対策(指摘事項⑮)
 《事故調査ワーキンググループによる指摘事項への対応》
 ナトリウム漏えい燃焼時の床ライナなどの鋼材の腐食は反応速度を支配する
因子が絶えず変動する状況下の現象であり,事故分析,実験及び文献等
の知見をもとにした推論には詳細な過程の理解に不確かさが残ることは避
けられない。このため,事故調査ワーキンググループは,これまでに得られ
た知見や考察を踏まえた有効な腐食抑制方策を考えることが当面最も重
要であること,また,対策を含めて腐食機構の動的な過程や因子の影響の
検討が今後必要であることの指摘を行った。
サイクル機構は,これらに対して以下のように対応していることを報告した。
事故や燃焼実験等の知見を反映した腐食抑制対策として2次系を格納する室
のナトリウムの燃焼抑制と雰囲気中水分の抑制を柱とした設備の改善策を
採ることとし,換気空調系の早期停止,ドレン用弁の多重化とドレン用配管
の大口径化によるナトリウムドレンの機能強化,窒素ガス注入による燃焼
抑制や断熱材の設置による壁・天井のコンクリートからの水分の放出抑制
と熱的影響の拡大防止を図ることにした。これらの対策により床ライナを含
めた建物,構築物の健全性に関する裕度が向上した。また,腐食機構の動
的過程や因子の影響について動的腐食データ(時間依存性-速度則)の
取得に基づく腐食機構の特徴,三相界面における腐食の支配因子,化合
物の熱力学的基礎物性データベース化等の検討を行っている。
 《取り組み状況の確認結果》
  これらの腐食抑制対策の基本的枠組みは,事故調査ワーキンググループにお
いて既に検討されているが,当ワーキンググループは,その後の腐食に関
する研究開発状況並びに動的腐食試験等を踏まえて更に検討した結果,
腐食抑制対策の方針は適切であると判断し,また,酸化物形態による腐食
速度則の相違や,気液界面の影響は無視しうること等有用な知見が得られ
ていることから,指摘事項に適切に対応していることを確認した。」
(以上の事実につき,甲イ456)
 3 安全性確認ワーキンググループの見解
   以上の安全性確認ワーキンググループの判断は,本件ナトリウム漏えい事故と燃
焼実験Ⅱの腐食機構につき,事故調査ワーキンググループと同じ見解を採ってい
るのかどうかは,必ずしも明らかでない。しかし,安全性確認ワーキンググループ
は,本件申請者(サイクル機構)が,① 鋼材の腐食試験を重ね,腐食速度に関す
る知見を蓄積して,それに基づき,本件ナトリウム漏えい事故の腐食は複合酸化
型腐食であり,燃焼実験Ⅱでは溶融塩型腐食が生じたと判断したこと,② さらに
その後も各種腐食試験を拡大し,腐食データの充実を図るとともに,本件ナトリウ
ム漏えい事故と燃焼実験Ⅱとの床ライナ等の損傷状況の差異の原因について腐
食機構の相違等を検討したこと,③ 本件ナトリウム漏えい事故に溶融塩が関与し
た腐食機構が働いたとする事故調査ワーキンググループの見解も考慮して,最も
厳しい結果を与える溶融塩型腐食データに基づいて2次冷却材漏えい時における
床ライナの健全性の評価を行ったことなどを指摘する一方で,これに何らの異を唱
えていないことからすると,安全性確認ワーキンググループとしては,腐食機構に
関する本件申請者の見解を基本的には受け入れたものと推認される。
 4 被控訴人の主張
   被控訴人の本件ナトリウム漏えい事故における床ライナの腐食機構に関する主張
は,本件申請者・科学技術庁の見解に基づくものであり,事故調査ワーキンググル
ープの見解を採用していない。したがって,被控訴人は,本件ナトリウム漏えい事
故の床ライナの損傷はナトリウム・鉄複合酸化型腐食によるものであり,燃焼実験
Ⅱのときに生じたような溶融塩型腐食(界面反応による腐食)ではないとの立場を
採っている。
第12 当裁判所の判断
 1 2次主冷却系設備の機能と意義
  (1) 2次主冷却系設備は,通常運転時に炉心で発生した熱を吸収した1次冷却材か
ら中間熱交換器を介して熱の伝達を受け,この熱をもって蒸気発生器において
水を蒸気に変換するための設備である。また,運転停止時には,炉心で発生す
る崩壊熱を1次冷却材から受け取り,これを補助系冷却設備の空気冷却器から
大気に放出する役割も持っている。この2次主冷却系設備で熱の伝達を担うの
が2次冷却材で,その成分は1次冷却材と同じくナトリウムである。
  (2) 2次主冷却系設備が上記のような機能と役割を有していることから,2次冷却材
が漏えいするなどの事故により,2次主冷却系設備が機能不全に陥れば,炉心
の熱を吸収した1次冷却材は,その熱を放出することができず,沸騰して冷却能
力を失い,原子炉が溶融,暴走するなどの重大事故に発展する危険性がある。
また,2次主冷却系設備の配置される建物は鉄筋コンクリート造りであり,その
周囲の雰囲気は空気であるから,2次冷却材が配管から漏えいすると,空気と
接触して高熱燃焼するのは勿論,場合によってはコンクリートと接触する危険性
があり,それによって生ずる建物や各系統設備に対する圧力上昇と熱的影響も
無視できない。
    本件原子炉施設において,冷却設備が1次,2次の各主冷却系ともA,B,Cの3
つのループに分かれ,系統分離が図られているのは,1つのループの機能不全
が他のループの冷却能力に影響を与えないためである。また,本件申請者が,
本件許可申請において「評価の考え方」及び「安全評価審査指針」に基づき,「2
次冷却材漏えい事故」を評価の対象とする「事故」(いわゆる「設計基準事故」)
の1つに選定したのも,2次主冷却系設備の除熱能力の重要性並びにナトリウ
ムの持つ危険性を考慮してのことであると考えられる。
  (以上につき,第1章,第1節,第4及び第2章,本節,第1,第2参照)
 2 「2次冷却材漏えい事故」に対する本件安全審査
  (1) 本件申請者が本件許可申請において選定した「2次冷却材漏えい事故」の内容
と解析の結果は,前記(本節,第2の3)のとおりであるが,このうち,事故防止・
抑制対策及び熱的影響の解析を要約すると,次のとおりである。
   ア 事故防止・抑制対策
    (ア) 2次主冷却系の配管,機器の材料選定,設計,製作,据付,試験及び検査
等に万全を期す。
    (イ) ナトリウム検知器,火災検知器,その他各種検知器の警報,信号などにより
ナトリウム漏えいが検知されれば,原子炉を手動停止又は自動停止する。
    (ウ) 1ループのポニーモータのみによっても,定格出力時のナトリウム炉心流量
の4%を確保し,原子炉停止後の崩壊熱除去を可能とする。
    (エ) 漏えいしたナトリウムとコンクリートが直接接触することを防止するため鋼製
の床ライナを設置し,漏えいしたナトリウムは貯留タンクに導き貯留する。
    (オ) 火災検知器の信号により空調ダクトを全閉とし,ナトリウム漏えいが確認さ
れれば,オーバーフロータンクからの汲み上げを停止するなどの措置をと
る。
   イ 漏えいナトリウムによる熱的影響の解析
    (ア) 解析条件
     ① 原子炉出力運転中に,室内空間容積が最大の2次主冷却系配管室又は最
小の過熱器室でナトリウムが漏えいして部屋の床ライナ上に落下し,貯
留タンクに導かれるものとする。漏えいナトリウムは室内雰囲気と反応し
て燃焼するものとし,流出過程を考慮する。
     ② 2次主冷却系配管における割れ状の漏えい口(15㎝2 )から,2次主冷
却系配管室では150m3,過熱器室では60m3 のナトリウムが漏えい
し,漏えいナトリウム温度はいずれも507℃とする。
    (イ) 解析結果
   ① 2次主冷却系配管室でのナトリウム漏えいの場合は,内圧上昇は約0.26
㎏/㎝2であり,原子炉補助建物当該室の耐圧0.6㎏/㎝2G以下にと
どまる。また,床ライナの最高温度は約410℃であり,設計温度500℃
以下にとどまる。
     ② 過熱器室でのナトリウム漏えいの場合は,内圧上昇は約0.11㎏/㎝2で
あり,原子炉補助建物当該室の耐圧0.6㎏/㎝2G以下にとどまる。ま
た,床ライナの最高温度は約450℃であり,設計温度500℃以下にとど
まる。
     ③ 建物コンクリートの最高温度は,約120℃であり,コンクリートの健全性が
損なわれることはない。
④ この事故においては,「中間熱交換器1次側出口ナトリウム温度高」信
号により原子炉は自動停止する。これに伴い1次,2次主冷却系の循環
ポンプはポニーモータにより低速運転され,原子炉の崩壊熱除去が行わ
れる。
(ウ) 解析結果の変更
  ただし,本件申請者は,本件許可処分後の昭和60年2月18日に本件原
子炉施設について設置変更許可申請(その後の一部補正を含む。)を行
い,そこにおいて,次のとおり,上記解析結果を変更している(本節,第4参
照)。
① 配管室の内圧上昇は約0.22㎏/㎝2となるが,当該室の耐圧0.6
㎏/㎝2G以下にとどまり,床ライナの最高温度は約460℃となるが,設
計温度530℃以下にとどまる。
② 過熱器室の内圧上昇は約0.07㎏/㎝2となるが,当該室の耐圧0.
6㎏/㎝2G以下にとどまり,床ライナの最高温度は約520℃となるが,
設計温度530℃以下にとどまる。
③ 建物コンクリートの最高温度は,約130℃であり,コンクリートの健全
性が損なわれることはない。
  (2) 本件安全審査において,科学技術庁及び原子力安全委員会が,上記の「2次冷
却材漏えい事故」に関する本件申請者の事故防止・抑制対策並びに解析の内
容と結果を妥当なものと判断したことは,前記(本節,第3)のとおりである。
 3 本件ナトリウム漏えい事故とその後の燃焼実験によって判明した事実
  (1) 本件ナトリウム漏えい事故によって床ライナ及びコンクリートの受けた影響・被害
    平成7年12月8日に発生した本件ナトリウム漏えい事故において,2次主冷却系
配管(Cループ)から漏えいしたナトリウムの量は,約0.7トンであり,2次主冷却
系Cループの冷却材の約0.3パーセントに相当し,燃焼時間は約3時間40分で
あったが,それによって床ライナ及びコンクリートの受けた影響・被害の具体的
状況は,次のとおりであった。
   ア 漏えい箇所直下近傍の床ライナ(板厚約6ミリメートル)に凹凸が生じ,全体とし
て上下方向にたわみが認められ,局所的に0.5ないし1.5ミリメートル程度
の板厚減少が観察された。なお,床ライナの加熱温度は最高で750℃と推定
される。
   イ 漏えい箇所近傍の壁面コンクリート(壁厚約1.6メートル)の一部(広さ約4.5
平方メートル)に,深さ1ミリメートル程度の黒灰色の変色が生じた。コンクリー
トの受熱温度は最高で450℃と推定される。
  (2) 燃焼実験Ⅰの結果
    燃焼実験Ⅰは,鋼鉄製の円筒容器(容積約100立方メートル)内でナトリウムを
漏えいさせた。実験を開始して約1時間31分後に換気系統に故障が生じ,実験
はそこで中止されたが,漏えいしたナトリウムの量は約241キログラムであり,
ナトリウム漏えい速度(漏えい率)は平均で1秒当たり約44グラムである。実験
の結果の概要は,次のとおりである。
   ア 漏えいナトリウムの受け皿に,最大で約1ミリメートルの減肉が認められた。
   イ 受け皿で測定された温度は,740ないし770℃で推移していた。
  (3) 燃焼実験Ⅱの結果
    燃焼実験Ⅱは,実物配管室の約13分の1の規模の矩形のコンクリート製容器
(容積約170立方メートル)の中で,3時間42分にわたり,ナトリウム約690キ
ログラム(約0.7トン)を漏えいさせた。ナトリウム漏えい速度(漏えい率)は,1
秒当たり約40グラムないし約54グラムである。実験の結果の概要は,次のとお
りである。
   ア 漏えい直下近傍の床ライナ(鋼製の厚さ6ミリメートルのもの)には,大小5箇所
の貫通孔(最大のものは28センチメートル×22センチメートル,最小のもの
は直径約1.5センチメートル)が確認され,開口部の周囲(約1平方メートル
の範囲)もかなり減肉が進んでいた。
   イ 床ライナ損傷部の下の断熱材(パーライトボード)は浸食され,その下のコンクリ
ートも,0.7平方メートルの範囲で平均深さ20ミリメートルの浸食を受けてい
た。そのうち,深さ80ミリメートルと最も深く浸食を受けていた場所は,床ライ
ナの最大開口部の位置とほぼ一致していた。
   ウ 床ライナで測定された温度は,概ね800ないし850℃で推移していたが,貫通
孔が発生した付近では,一時(実験開始後3時間20分後),1000℃を超え
る値が記録された。そして,床ライナ損傷部下のコンクリートの温度は,約3時
間20分後から急上昇し,実験終了直後に490℃(深さ15ミリメートルの地
点)に達した。
   エ 水素濃度は,実験中は200ppm(0.02%)前後で推移していたが,約3時間
20分後には,1670ppm(約0.17%)に上昇していた。
(以上(1)ないし(3)の事実につき,本節,第5,第7参照)
  (4) 以上から判明した事実
   ア 本件ナトリウム漏えい事故並びに燃焼実験Ⅰ,Ⅱによって判明した事実の第1
は,ナトリウムとコンクリートとの接触を防止するため敷設されている鋼製の床
ライナがナトリウムによって損傷,減肉し,条件如何によっては,厚さ6ミリメー
トルの床ライナに貫通孔(穴)が生じ,ナトリウムとコンクリートが直接接触する
場合があり得るということである。
   イ 第2の事実は,ナトリウムが漏えいした場合の床ライナの温度が,本件申請者
が設計基準事故である「2次冷却材漏えい事故」で想定していた温度よりも遙
かに高いということである。すなわち,本件申請者が想定した配管室の床ライ
ナの最高温度は約460℃(変更前約410℃),過熱器室の床ライナの最高温
度は約520℃(変更前450℃)で,いずれも床ライナの設計温度530℃(変
更前500℃)以下にとどまるというものであったが,本件ナトリウム漏えい事
故の配管室の床ライナは最高で750℃と推定され,燃焼実験Ⅰの受け皿は
740ないし770℃で推移し,燃焼実験Ⅱの床ライナは,概ね800ないし850
℃で推移していたうえ,貫通孔が発生した付近では,一時的に1000℃を超
える温度が記録されている。また,建物コンクリートの温度も,本件申請者が
想定した最高温度は約130℃(変更前約120℃)であるのに対し,本件ナトリ
ウム漏えい事故のコンクリートの受熱温度は最高で450℃,燃焼実験Ⅱでは
490℃となっている。
 4 本件安全審査の過誤,欠落
  (1) 床ライナの腐食について
   ア 本件ナトリウム漏えい事故において床ライナに減肉損傷が起こり,燃焼実験Ⅱ
において床ライナに貫通孔が生じたのは,いずれも腐食によるものであるが,
前者はナトリウム・鉄複合酸化型腐食であり,後者は溶融塩型腐食であると
考えられている(本節,第7,第8参照)。原子力安全委員会の事故調査ワー
キンググループは,両者とも溶融塩型腐食である可能性を指摘したが,その
後,同委員会の安全性確認ワーキンググループが,本件ナトリウム漏えい事
故の腐食はナトリウム・鉄複合酸化型腐食であるとの本件申請者及び科学技
術庁の見解を受け入れたと推認されることは,前述(本節,第11の3)のとおり
である。また,このように腐食機構を異にしたのは,燃焼実験Ⅱの場合におい
ては,実験を行った部屋(容器)の規模が本件原子炉施設の配管室の約13
分の1と小さかったことなどから,ナトリウムの燃焼に伴い室内の温度が高温
となってコンクリート壁から大量の水分が放出され,これにより大量に生成さ
れた水酸化ナトリウムが溶解し,これに溶け込んだ過酸化ナトリウムが過酸
化イオンとなって鋼板(床ライナ)を急速に腐食させる溶融塩型腐食が生じた
のに対し,本件ナトリウム漏えい事故の場合は,室内からの湿分の供給が少
なかったため,水酸化ナトリウムの生成が少なく,酸化ナトリウムと鋼板(鉄)
が高温で反応するナトリウム・鉄複合酸化型腐食にとどまったものと考えられ
ている。なお,溶融塩型腐食は,ナトリウム・鉄複合酸化型腐食に比べて,そ
の腐食速度が約5倍程早いとされている(本節,第7参照)。
   イ ところで,上記のような高温のナトリウムと鉄の腐食機構の知見を,本件申請者
及び本件安全審査に携わった関係者が本件ナトリウム漏えい事故が発生す
るまで有していなかったことは,被控訴人の自認するところである(なお,この
知見が問題意識があれば本件許可申請当時でも知り得た知見であることは,
原子力安全委員会の事故調査ワーキンググループの指摘しているところであ
る。本節,第9参照)。そして,本件申請者及び安全審査の関係者は,漏えい
したナトリウムが床ライナ全面に広がり,プール燃焼を起こしても,表面の火
炎と床ライナの間にはナトリウムが存在することから,床ライナの材質である
鋼の融点は約1500℃であるのに対し,ナトリウムの沸点が約880℃である
ので,ナトリウムの燃焼に伴う床ライナの温度上昇がナトリウムの沸点を超え
ることはなく,床ライナの健全性は維持されると考えていたことが認められる
(乙イ45,弁論の全趣旨)。したがって,本件原子炉施設の設計において,床
ライナを含む2次主冷却施設に腐食を考慮した対策が盛り込まれていないこ
とは当然である。そうだとすれば,2次冷却材漏えい事故の安全審査に過誤,
欠落があったと認められる。
  (2) 熱的影響について
   ア 前記のとおり,ナトリウムが漏えいした場合の床ライナの温度は,本件申請者
が想定していた温度よりも遙かに高いものであり,本件申請者が設定した設
計温度(乙イ45,原審証人H,同Iの各証言によれば,設計温度とは,その温
度までは機器,材質が熱荷重に耐えられるものとして,それ以上の温度にな
らないように設計上設定した温度をいうものであって,それ以上の温度になっ
たからといって,直ちに機器等の機能が損なわれるものではないという。)と比
較しても,これを200℃以上も上回るものであった。
   イ このような相違が生じたことについて,被控訴人は,ナトリウムが漏えいした場
合の熱的影響で最も心配されるのは3系統に分離されている冷却系の機能
が維持されるかどうかであり,この意味で,構築物の健全性に最も大きな影響
を及ぼすのは,事故ループの雰囲気温度の上昇に伴う内圧上昇であることか
ら,上記内圧の上昇を最大限に評価する条件下で解析評価を行ったが,その
際,床ライナの温度が設計温度を下回ることを念のために確認したにとどま
り,床ライナの設計温度自体の妥当性を審査し,確認したものではない,と主
張する。
     しかし,床ライナの温度は念のために確認したにとどまるというのは,ナトリウム
が漏えいした場合の熱的影響を余りに軽視するもので,たやすく受け入れる
ことはできない。本件申請者が前記のような床ライナの設計温度を設定し,解
析によって床ライナの上昇温度を想定したのは,内圧上昇及び床ライナの熱
的膨張が最大になるのは,床全面にナトリウムが広がった状態でのプール燃
焼の場合と考え,ナトリウムの中小規模漏えいの場合のスプレイ燃焼のことを
考慮していなかったからであり,このことは,証拠上(甲イ357,乙イ41,45)
明らかである。それのみならず,証拠(甲イ357)によれば,従来の解析コード
に改良を加え,スプレイ燃焼とプール燃焼を同時に計算できる解析コードを用
いて,本件申請者が想定した大規模漏えいによってプール燃焼が生じた場合
の床ライナの最高温度を計算したところ,配管室では約620℃,過熱器室で
は約750℃となり,本件申請者が本件許可申請に当たって想定した温度の
約410℃(配管室),約450℃(過熱器室)を大幅に上回っており,また,本件
許可処分後の昭和60年の変更許可の際に本件申請者が解析した温度であ
る約460℃(配管室),約520℃(過熱器室)と比較しても,これを大幅に上回
っていることが認められ,本件申請者の解析結果が不正確なものであったこ
とは否定しようがなく,これを看過した本件安全審査は,その評価,判断に過
誤・欠落があったことは明らかである。
  (3) 安全審査の対象とならないとの被控訴人の主張について
 ア 被控訴人の主張
     原子炉設置許可段階における審査事項は,基本設計ないし基本的設計方針を
その対象としており,本件安全審査においても,2次冷却材ナトリウムの漏え
い事故に関しては,鋼製の床ライナによって漏えいナトリウムと建物コンクリ
ートとの直接接触の防止を図るという本件申請者の基本的設計方針の当否
を審査したものである。したがって,高温ナトリウムと床ライナが接触すれば化
学反応により腐食が生じる場合があるとしても,床ライナによってナトリウムと
コンクリートの直接接触が防止できるとの基本的設計方針が維持できるもの
である以上,腐食に備えて床ライナの板厚をどの程度にするかなどは,具体
的設計段階(設計及び工事の方法の認可の段階)の問題であり,本件安全審
査の対象となるものではない。また,床ライナの温度の上昇についても,漏え
いナトリウムの燃焼による熱的影響によって床ライナ自体が溶解することのな
い限り,床ライナの温度は,本件安全審査の審査事項ではなく,具体的設計
段階の問題である。
   イ 被控訴人の主張に対する判断
    (ア) 床ライナの腐食について
      2次冷却材漏えい事故に関し,漏えいナトリウムと建物コンクリートの直接接
触の防止を図ることが本件原子炉施設の基本的設計の安全性に係る事項
であること,そして,本件においては鋼製の床ライナの敷設によってそれを
実現する設計であることは,被控訴人もこれを認めるところである。
      しかし,既に見たように,ナトリウムの酸化物によって床ライナが腐食する場合
のあることが明らかになった以上,もはや床ライナの敷設によって無条件に
ナトリウムとコンクリートとの直接接触を防止できる保障はなくなったといわ
なければならない。本件安全審査においては,審査担当者が腐食の知見
を有していなかったことから,腐食を考慮した審査をしていないけれども,も
しその知見を有していたならば,当然,漏えいしたナトリウムの燃焼継続時
間,床ライナの板厚の程度及び腐食の減肉速度などが審査された筈であ
る。けだし,そうでなければ,ナトリウムとコンクリートの直接接触の防止と
いう基本設計事項の安全性の確認ができないからである。被控訴人は,腐
食を考慮した床ライナの板厚の程度などは,具体的設計段階の問題である
と主張するが,本件申請者及び安全審査の関係者は誰も腐食の知見を有
していなかったのであるから,具体的設計の当否を審査する設計及び工事
の方法の認可の段階で,腐食を考慮した具体的な設計がされるとは,到底
期待することができない。被控訴人の主張が是認できるのは,床ライナの
腐食機構が充分に解明されてそれが周知の事実となり,原子力安全委員
会の審査を受けるまでもなく,実務的な見地から腐食対策を適切に講じた
設計が可能となってからのことである。現に,本件申請者は,本件ナトリウ
ム漏えい事故とその後の安全性総点検を踏まえて,被控訴人に対して,
「空気雰囲気下でのナトリウム漏えいに伴う火災に対する影響緩和機能の
充実,強化を図るため,2次ナトリウム補助設備の一部を変更する。」との
理由で,規制法26条1項の規定に基づき,本件原子炉の設置変更許可申
請をしているのであり(第1章,第1節,第8参照),規制法27条2項の設計
及び工事の方法の変更の認可を申請しているものではない。このことは,
本件ナトリウム漏えい事故によって露見した2次主冷却系設備の不備が原
子力安全委員会が審査する基本的設計の安全性に係る事項であること
を,本件申請者自身が認めていることにほかならない。また,この設置変更
許可申請を被控訴人が受理したことは,被控訴人もそのことを認めている
といわなければならない。
 したがって,被控訴人の主張は採用することができない。
    (イ) 床ライナの温度について
      2次冷却材漏えい事故における熱的影響を評価する意義は,冷却系がA,B,
Cの3系統(ループ)に分離され,相互に影響しないように設計されている本
件原子炉施設につき,1つの冷却系統の事故の熱的影響が他の系統の冷
却設備に及ばないことを確認することにあると認められる。したがって,事
故ループの雰囲気温度の上昇に伴って上昇する内圧により隣接ループを
区画する壁コンクリートに損傷が生じないことを確認することが,熱的影響
を評価する上で最も重要なことであるという被控訴人の主張は,それなりに
理解することができる。
      しかし,事故ループの雰囲気温度は床ライナの温度と無関係ではない。しか
も,熱的影響で注目しなければならない点が他にもある。それは床ライナの
熱的膨張である(本節,第9の2の(3)参照)。すなわち,床ライナが漏えいナ
トリウムの発熱,燃焼により高温になれば,床ライナは当然膨張するが,そ
の膨張率が大であれば,壁コンクリートと干渉し,床ライナが折曲して破損
するなどの可能性がある。床ライナが破損するなどすれば,その破損箇所
からナトリウムが下部の床コンクリートに流入してこれと接触し,ナトリウム
-コンクリート反応が生じ,発熱反応,水素の発生による内圧の上昇が生
ずるだけでなく,床コンクリートの強度の劣化が進む事態を招くことになる。
      このような点に鑑みれば,床ライナの膨張率を左右する床ライナの温度は,極
めて重要な審査事項であり,被控訴人が主張するような「念のために確認
した」程度で済まされるものではない。したがって,2次冷却材漏えい事故
において,床ライナの最高温度が何度であるのかは,原子炉設置許可の
段階の安全審査の対象となるべき事項といわなければならない。被控訴人
の主張は,失当である。
 5 本件安全審査の過誤,欠落の重大性(看過し難いものであるか否か)
  (1) 当裁判所の見解
   ア 本件ナトリウム漏えい事故による具体な被害の状況は,前述(本節,第5の3)
のとおりであり,事故が発生した配管室の床ライナ,換気ダクト,グレーチング
などにある程度の損傷が生じたものの,原子炉本体はもとより他の施設には
何の影響もなく,外部環境への影響もほとんど無視できる程度のものであっ
た。
     しかしながら,本件ナトリウム漏えい事故及びその後の実験,調査などによって
判明したことは,本件申請者の温度計についての品質管理に不備があったこ
とは勿論であるが,それ以上に深刻なことは,本件申請者が本件許可申請書
で想定した「2次冷却材漏えい事故」の解析において,その前提となる床ライ
ナの健全性及びその設計温度の評価に誤りがあったのに,本件安全審査
は,調査審議の過程でこれに気付かず,本件申請者の事故解析を妥当なも
のと判断したことである。この点において,本件安全審査には,その調査審議
及び判断の過程に過誤,欠落があったと認めるべきことは,既述のとおりであ
るが,問題は,その過誤,欠落が看過し難い程に重大なものであるかどうか
である(第1章,第2節,第2の1参照)。
   イ 本件申請者が本件許可申請書において設計基準事故として想定した「2次冷
却材漏えい事故」は,安全審査の審査基準を定めた「評価の考え方」及び「安
全評価審査指針」に基づくものである(乙16)。
    (ア) 「評価の考え方」は,液体金属冷却高速増殖炉(LMFBR)の審査指針とし
て策定されたものであるが,そこには,「LMFBR原子炉施設の設計の基
本方針の妥当性を確認するため,『運転時の異常な過渡変化』及び『事故』
として各種の代表的事象を選定して評価を行う。」とされ,「事故」として選
定すべき7つの事象のうち「炉心冷却能力の低下」の例の1つに「2次冷却
材漏洩事故」が掲げられている(乙4)。発電用軽水炉の審査指針として策
定された「安全評価審査指針」にも「運転時の異常な過渡変化」及び「事
故」の各事象を選定して評価を行うべきことを定めているが,その目的が,
これら各事象(設計基準事象)が万一発生しても,その拡大を防止し,放射
性物質の放出が抑制されることを確認することにあることは,その趣旨に照
らし明らかである(乙4)。
    (イ) ところで,「評価の考え方」が参考にする指針として掲げる「安全評価審査指
針」によれば,「運転時の異常な過渡変化」とは,「原子炉の運転状態にお
いて原子炉施設寿命期間中に予想される機器の単一故障又は誤動作若し
くは運転員の単一誤操作などによって,原子炉の通常運転を超えるような
外乱が原子炉施設に加えられた状態及び,これらと類似の頻度で発生し,
原子炉施設の運転が計画されていない状態にいたる事象をいう。」としてい
るのに対し,「事故」は,「運転時の異常な過渡変化を超える異常状態であ
って,発生頻度は小さいが,発生した場合は原子炉施設からの放射能の放
出の可能性があり,原子炉施設の安全性を評価する観点から想定する必
要がある事象をいう。」と定義されている。そして,「事故」の評価基準は,
「想定した事故事象によって外乱が原子炉施設に加わっても,事象に応じ
て炉心の溶融の恐れがないこと及び放射線による敷地周辺への影響が大
きくならないよう核分裂生成物放散に対する障壁の設計が妥当であること
を確認しなければならない。」としている(第1章,第1節,第6の3参照)。
    (ウ) また,「評価の考え方」は,LMFBRの特徴を踏まえ「運転時の異常な過渡
変化」及び「事故」の解析に当たって考慮すべき諸点を指摘しているが,そ
の考慮すべきと指摘した「化学的因子」の項で「ナトリウムによる腐食,ナト
リウム-水反応,ナトリウム火災,ナトリウム-コンクリート反応,ナトリウム
と保温材の反応,ナトリウムのよう素トラッピング能力等について配慮が必
要である」としている(第1章,第1節,第6の2参照)。
   ウ 以上によれば,安全審査で評価の対象となる「事故」(設計基準事故)は,「発
生頻度は小さいが,発生した場合は原子炉施設からの放射能の放出の可能
性があり,原子炉施設の安全性を評価する観点から想定する必要がある事
象」として位置づけられているのであるから,その事故拡大防止対策が万全
であると確認されなければ,もはやその原子炉施設は安全とは評価できない
ものというべきである。
     しかるに,本件安全審査は,「評価の考え方」が事故解析に「ナトリウムによる腐
食,ナトリウム-水反応,ナトリウム火災」への配慮が必要であることを指摘し
ているにもかかわらず,ナトリウムと鉄との腐食機構の知見を欠いていたた
め,床ライナの健全性の評価を誤り,また,ナトリウム-水反応,ナトリウム火
災の解析が不十分であったため,床ライナの加熱による最高温度の評価を誤
るという結果を招いてしまった。このような瑕疵ある安全審査では,「2次冷却
材漏えい事故」の事故拡大防止対策が万全であることが確認されたといえな
いことは明らかである。
     このように,事故拡大防止対策が万全とはいえないとなれば,最悪の事態も想
定しなければならないところ,原審証人Iの証言によると,現在の知見では,ナ
トリウムとコンクリートが本格的に接触したときにどのような事象が生じるのか
は未だ十分に解明されていないことが認められるから,事故発生ループ配管
室又は過熱器室の床ライナの健全性が損なわれ,同所で本格的なナトリウム
-コンクリート反応が生じた場合,それが他の冷却系ループに具体的にどの
ような影響を及ぼすかを正確に予測することはできないけれども,事故ループ
以外の冷却系ループが正常に機能する保障は全くない。そして,弁論の全趣
旨によれば,本件原子炉施設の設計では,3系統(ループ)の冷却能力がす
べて失われることは想定していないことが認められるから,仮に事故ループ以
外の残り2ループの冷却能力も同時に失われる最悪の事態になれば,たとえ
原子炉の緊急停止に成功しても,その後も核燃料から発生する崩壊熱を冷却
することができず,炉心が溶融することは避けられないところである。
   エ 上記認定の事実によれば,設計基準事故としての「2次冷却材漏えい事故」に
対する本件安全審査の過誤,欠落は,決して軽微なものではなく,看過し難い
重大な瑕疵というべきである。
  (2) 被控訴人の主張
    被控訴人は,本件ナトリウム漏えい事故後に,①床ライナの腐食,②設計温度を
上回る床ライナの温度上昇,という2つの知見が得られたとしても,原子炉施設
の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項のみを審査する
本件安全審査の合理性は何ら左右されないとして,縷々主張しているけれども,
その趣旨は,仮に本件安全審査に過誤,欠落があったとしても,それは,「看過
し難い」程の重大なものではないとの主張も含むものと解される。そのように解し
た場合の被控訴人の主張の要旨は,次のとおりである。
   ア 事故防止対策における2次冷却系床ライナの位置づけ
    (ア) 原子炉施設における安全確認の基本は,原子炉施設に内包される放射性
物質の有する危険性を顕在化させないことにある。この観点から,本件原
子炉施設においては,多重防御の考え方に基づき,各種の事故防止対策
に係る安全設計が適切に講じられている。
      これを,冷却材ナトリウムが漏えいした場合のナトリウムとコンクリートの直接
接触を防止するために設置されている,1次系のライナと2次系の床ライナ
についてみると,1次系冷却ナトリウムは放射性を有し,2次系冷却ナトリウ
ムは非放射性のものであることから,1次系のライナは原子炉格納容器内
にあるのに対し,2次系の床ライナは同容器外に置かれている。
    (イ) したがって,2次系の床ライナは,2次冷却系のナトリウムが漏えいした場合
に,漏えいナトリウムと床コンクリートとが直接接触することによる影響が生
じないようにし,これによって,それぞれ独立して機能する3系統の冷却系
の系統分離が維持できるものであれば足りる。すなわち,2次系の床ライナ
は,本件原子炉施設に内包される放射性のナトリウムに対する考慮のため
に設けられる1次系のライナとは異なり,多重防護の考え方に基づく事故防
止対策そのものに直接に位置づけられるものではなく,上記の冷却系の系
統分離にかかわりを持つことから,事故防止対策の一環として間接的に位
置づけられるにすぎない。
   イ 腐食の知見と本件安全審査
    (ア) 本件ナトリウム漏えい事故によって床ライナに生じた腐食は,ナトリウム・鉄
複合酸化型腐食であって,燃焼実験Ⅱにみられた腐食速度が非常に速い
界面反応による溶融塩型腐食ではない。これは,腐食環境を異にしたから
であって,本件ナトリウム漏えい事故においては,板厚約6ミリメートルの床
ライナに最大1.5ミリメートルの深さの腐食が生じたにとどまっている。
    (イ) しかし,現時点では,腐食速度が速い界面反応による腐食がどのような条件
下であれば進展するのかについて,十分解明されているとはいえない。 
      そこで,腐食の観点からは,最も速い腐食速度に基づき腐食量を予測すれ
ば,最も厳しい結果が得られることになる。本件申請者において,腐食試験
を実施したところ,その結果得られた腐食速度は,燃焼実験Ⅱの腐食によ
る減肉量を説明できるばかりでなく,これを超える腐食速度は観測されなか
った。このことからみても,この腐食速度は,現段階では腐食量につき最も
厳しい値を与えるものということができる。本件申請者は,上記試験に基づ
いた検討・解析により求められた最大の腐食速度により,本件原子炉施設
において,2次冷却材ナトリウムが漏えいしたときのナトリウム燃焼解析を
行った。その結果によると,床ライナの減肉量は,中央値で3.2ないし3.3
ミリメートル,上限値で5.2ないし5.5ミリメートルとされている。
    (ウ) この程度の腐食であれば,鋼製の床ライナにより漏えいナトリウムとコンクリ
ートとの直接接触を防止するという,本件安全審査において確認した床ライ
ナの設置に係る基本的設計方針の合理性は,何ら左右されるものではな
い。
      すなわち,界面反応による腐食が起こるとしても,減肉量に相応した板厚等を
採用するなどの詳細設計段階における対処によって床ライナの機械的健
全性を維持することは十分可能である。したがって,界面反応による腐食を
考慮に入れても,鋼製の床ライナを設置することによりナトリウムとコンクリ
ートとの直接接触を防止するという本件原子炉施設の基本的設計方針の
実現可能性が否定されることはなく,床ライナの設置に係る基本的設計方
針を妥当と判断した本件安全審査の合理性は,界面反応による腐食に係
る知見を考慮しても,何ら左右されない。
   ウ 漏えいナトリウムの熱的影響と本件安全審査
    (ア) 本件申請者が想定した「2次冷却材漏えい事故」は,「評価の考え方」におけ
る事故事象の1つであり,炉心冷却能力の低下について評価する観点から
選定された事象である。
      内閣総理大臣は,本件安全審査において,「2次冷却材漏えい事故」の炉心
冷却能力の評価の妥当性について審査する際,これに加えて,本件申請
者がした漏えいナトリウムによる熱的影響の評価の妥当性についても審査
した。これは,本件原子炉の冷却が3系統に分離していることから,漏えい
ナトリウムの熱的影響によってこの系統分離が損なわれないか否かを念の
ため確認するために行ったものである。このように,熱的影響評価の妥当
性の審査は,炉心冷却能力の評価の前提条件を念のため確認することに
あり,本来の事故事象に係る安全評価の妥当性についての審査とは,その
目的を異にしている。
    (イ) ところで,系統分離のための障壁を形成する建物,構築物の健全性に最も
大きな影響を及ぼすのは,事故ループにおける雰囲気温度の上昇に伴う
内圧の上昇である。そこで,熱的影響の解析条件は,内圧の上昇が実際よ
り十分に厳しい結果となるように設定した。その解析評価では,「2次冷却
材漏えい事故」が発生しても,2次主冷却系配管室及び過熱器室の内圧上
昇は,いずれも原子炉補助建物各室の設計耐圧を下回り,また,室内雰囲
気温度上昇により建物コンクリート温度が上昇するが,その温度上昇によ
りコンクリートの健全性は損なわれないことが確認された。同様に,床ライ
ナの温度も上昇するが,その温度上昇も床ライナの設計温度以下であり,
ナトリウムとコンクリートとの直接接触防止機能は損なわれないことが確認
された。
    (ウ) しかし,床ライナの温度上昇は,内圧の上昇を最大限に評価する条件下で
された解析評価において,床ライナの温度が設計温度を下回ることを念の
ために確認したにとどまり,床ライナの設計温度自体の妥当性を審査,確
認したものではない。
      本件ナトリウム漏えい事故及びその後の実験などで,ナトリウムが漏えいした
場合の床ライナの上昇温度が設計温度を上回る場合のあることが判明し
たが,本件安全審査において評価した床ライナの上昇温度は,あくまで内
圧上昇を最大とする条件下のもとでのものであるから,たとえ床ライナの上
昇温度が設計温度を上回ったとしても,それにより本件安全審査の合理性
が失われることはない。
  (3) 被控訴人の主張に対する判断
   ア 事故防止対策における2次冷却系床ライナの位置づけについて
     被控訴人のこの点に関する主張の趣旨は必ずしも明らかではないが,事故防
止対策の観点からの重要度は,1次冷却系のライナと比較して2次冷却系の
床ライナは低い,という趣旨に解される。
     しかし,1次冷却系ナトリウムは炉心を循環して放射性を帯びるものであるか
ら,その漏えい対策が極めて重要であることは否定しないが,そうであるから
といって,事故防止対策において,2次冷却系ナトリウムとコンクリートの直接
接触を防止する床ライナを軽く見てもよいということにはならない。繰り返し述
べたように,2次冷却系は,1次冷却系から熱の伝達を受け,これを蒸気系又
は空気冷却系に伝える役割を担うものであり,1次冷却系がその冷却機能を
果たすには必要不可欠な存在である。したがって,2次冷却系の機能が失わ
れれば,1次冷却系の機能もまた失われることになり,炉心は溶解することに
なる。このような2次冷却系機能の重大性を考えれば,ナトリウムとコンクリー
トの直接接触の防止を目的とする床ライナの意義を決して軽く評価してはなら
ない。
     仮に被控訴人の主張が,2次冷却系ナトリウムが放射性を帯びない故に,2次
系の床ライナの安全性の評価に過誤,欠落があったとしても,それは看過し
難いものに当たらないという趣旨であれば,その主張は到底受け入れること
ができない。
   イ 腐食と本件安全審査について
    (ア) 被控訴人の主張は,本件安全審査が腐食の知見を欠くものであったとして
も,その後,本件申請者において,最も腐食速度の速い界面反応による腐
食(溶融塩型腐食)が生じると仮定して,2次冷却材ナトリウムが漏えいした
ときのナトリウム燃焼解析をしたところ,床ライナの減肉量は,中央値で3.
2ないし3.3ミリメートル,上限値で5.2ないし5.5ミリメートルであったか
ら,板厚約6ミリメートルの床ライナの機能が失われることはなく,腐食の知
見の欠缺は,看過し難い過誤,欠落には当たらないとの趣旨に解される。
    (イ) 証拠(乙イ26,45)によれば,本件申請者が本件ナトリウム漏えい事故後に
新たにしたナトリウム燃焼解析(以下「ナトリウム燃焼新解析」という。)の結
果は,被控訴人主張のとおりであることが認められる。ところで,本件申請
者がした上記解析の条件,内容,結果などがさらに詳細に記載されている
甲イ第357号証(この書証は,「もんじゅナトリウム漏えいの検討状況につ
いて」と題する書面で,「原子力安全局原子炉規制課」の名が付されおり,
科学技術庁原子力安全局原子炉規制課が作成した文書と認められるが,
弁論の全趣旨によれば,そこに記載されている解析は本件申請者が行っ
たものと認められる。)によると,① 本件申請者は,新しい解析コードを使
用して,2次系冷却ナトリウムが床ライナに落下して燃焼した場合につき,
様々なモデルを設定して解析したこと,② 解析条件として,漏えいナトリウ
ムの初期温度507℃,部屋の初期温度35℃,相対湿度80%などと定め
(これは,溶融塩型腐食を発生させるに足る室内の湿分を想定したもので
ある。),床ライナに溶融塩型腐食が生じると仮定したこと,③ 1時間当た
りのナトリウム漏えい率を,腐食減肉量を計算したものに限れば,配管室に
ついては,1.0トン,0.5トン,0.1トン,0.01トン,過熱器室について
は,0.1トン,0.01トンとした各モデルを設定し,ナトリウムの漏えい継続
時間を80分から82分としたこと,④ 換気系は,漏えい時に即時停止する
か,16分後に停止すると仮定したこと,⑤ 解析の結果,床ライナの減肉
量は,中央値で3.2から3.3ミリメートル,上限値で5.2から5.5ミリメー
トルであったことが認められる。
    (ウ) しかし,本件申請者のしたナトリウム燃焼新解析でも,上限値で見れば,厚
さ約6ミリメートルの床ライナに残される余裕は僅か約0.5ミリメートルに過
ぎないことになるのであって,これでは,床ライナの健全性が維持されてい
ると認めることは困難である。
      しかも,ナトリウム燃焼新解析の解析条件には,次のような疑問がある。
     ① 本件ナトリウム漏えい事故においては,ナトリウムの漏えい継続時間は約3
時間40分と推定されているが,上記解析では,最大で82分である。
     ② 本件ナトリウム漏えい事故では,換気空調システムが自動停止したのは,
漏えい発生から約3時間20分後の午後11時12分ころであるのに,上
記解析では,漏えい時に即時又は16分後に停止するとされている。な
お,換気系の停止の有無とその時期は,酸素,湿分を含む空気が部屋
にどれだけ供給されるかを決定する重要な要因である。
       証拠(甲イ357,乙イ26,45)及び弁論の全趣旨によれば,上記ナトリウム
燃焼新解析において,本件ナトリウム漏えい事故と異なる条件が設定さ
れたのは,同事故を教訓として手順書が改訂され,その手順書どおりの
操作が行われ,各種機器も設計どおり機能すると想定したからであると
推認される。しかし,この解析の理論上の意義を否定するものではない
が,現実の世界では,機器の故障や人間の判断・操作ミスは避けられ
ず,安全評価の観点からすると,ことがすべて計画どおりに運ぶことを前
提に設定された上記解析条件は,ナトリウム漏えい事故時の床ライナの
健全性を実証するための解析としては,厳しさ(保守性)に欠けるものと
いわなければならない。仮にナトリウムが本件ナトリウム漏えい事故時と
同じ3時間40分漏えいするとすれば,腐食の上限値が6ミリメートル(床
ライナの板厚)を超えることは明らかである。このことは,本件ナトリウム
漏えい事故が12月という冬場でなく,夏の湿度の高い日(例えば,ナトリ
ウム燃焼新解析が想定した気象条件である温度35℃,相対湿度80%
の日)に発生していれば,溶融塩型腐食が起こり,床ライナに貫通孔が
生じた可能性を示すものである。
    (エ) 上記に加え,当裁判所は,次のことを指摘する。
      「安全評価審査指針」は,「運転時の異常な過渡変化」と「事故」の解析に当た
って考慮すべき事項として,「想定された事象に加え,作動を要求される安
全系の機能別に結果を最も厳しくする単一故障を仮定しなければならな
い。」と定めている(第1章,第1節,第6の3参照)。本件申請者は,本件許
可申請における「2次冷却材漏えい事故」の想定につき,単一故障として事
故ループ以外の他の2次側のループの1つが除熱能力を完全に喪失する
ことを仮定した(本節,第2の3参照)。要するに,3系統(3ループ)ある2次
主冷却設備のうち2系統の設備がその除熱能力を完全に失うと仮定したの
である。しかし,本件原子炉施設は,もともと,原子炉運転停止時には1ル
ープのポニーモータの作動のみによって定格出力時炉心流量の約4パー
セントを確保し,原子炉停止後の崩壊熱除去が可能となるように設計され
ているのである(本節,第2の3参照)。このように,原子炉運転停止時にお
ける2ループの除熱能力の喪失は,炉心の冷却能力に影響を及ぼさない
設計となっているのであるから,設計基準事故の単一故障として事故ルー
プ以外の1ループの除熱能力完全喪失を仮定しても,設計どおり原子炉が
「事故」によって停止することを前提にする限り,炉心の冷却能力に何の問
題も生じないことは自明のことであって,このような仮定は,「結果を最も厳
しくする単一故障」を仮定したことにはならないというべきである。
      むしろ,「2次冷却材漏えい事故」における故障を仮定するのであれば,ナトリ
ウムドレン操作機器の故障を想定し,ナトリウムの緊急ドレンに失敗するこ
とを想定した方が余程「結果を最も厳しくする単一故障」を仮定したことにな
ると思われる。
      上記ナトリウム燃焼新解析では,ナトリウム漏えい後30分以内にドレンが開
始されることを前提に,ナトリウム漏えい継続時間が約80分となっている
が(甲イ357),ドレンに失敗すれば,事故ループの冷却ナトリウムの全部
(本件ナトリウム漏えい事故が発生したCループでは約280トン)が配管か
ら漏えいし,極めて長時間にわたって燃焼が続くことは明らかである。もっと
も,ナトリウムがコラム状(棒状)に大規模漏えいすれば,漏えいしたナトリ
ウムの相当部分は連通管を介して貯留タンクに流入し,また,スプレイ状に
中小規模の漏えいをしても,換気系が閉鎖されれば,酸素や湿分の供給が
絶たれることなどから,漏えいしたナトリウムの全部が燃焼すると考えるこ
とは現実的ではないかも知れないが,そうであっても,室内温度の上昇によ
って壁コンクリートから放出される水分などのことも考慮すると,その熱的
影響(床ライナの損傷を含む。)は,ナトリウム燃焼新解析の結果とは比較
にならない甚大なものになることが予想される。
    (オ) 以上の次第であるから,本件申請者のしたナトリウム燃焼新解析の結果を
もってしても,本件原子炉施設の床ライナの健全性が確認されたとは認め
られず,腐食の知見を欠いた本件安全審査の過誤,欠落が「看過し難い」
ものではないということはできない。
   ウ 漏えいナトリウムと本件安全審査
    (ア) この点に関する被控訴人の主張,すなわち,本件申請者が想定した床ライ
ナの上昇温度は,内圧上昇を最大にする条件下のものであり,本件安全
審査は,その場合の床ライナの温度が設計温度を下回ることを念のため確
認したに過ぎない,との主張が,本件安全審査の不備を正当化できるもの
ではないことは,既に説示したところである(本節,第12の4の(2),(3))。
    (イ) ところで,前記ナトリウム燃焼新解析においては,2次冷却材漏えい時の床
ライナの全面熱膨張による建物との干渉の可能性についても,検討してい
る(甲イ357)。それによると,① 配管室の4か所(A,Bループ各1か所,
Cループ2か所),過熱器室の3か所(各ループ1か所),循環ポンプ室の3
か所(各ループ1か所)を除いて,床ライナと建物が干渉を生じる床ライナ
の温度は1000℃を超えている,② 上記①の各個所も,Aループ配管室
北側とCループ配管室北側の2か所を除き,干渉を生じる床ライナの温度
は950℃以上である,③ 上記②の個所の干渉を生じる床ライナの温度
は,Aループ配管室北側が630℃,Cループ配管室北側が700℃である,
④ しかし,解析の結果によれば,熱膨張が最大になる,配管室(過熱器室
も含む。)で床ライナ全面に拡がる規模の漏えい時の床ライナの最高気温
は約620℃であり,いずれの場所の干渉開始温度も,この最高温度以上
であるから,床ライナと建物とが干渉することはない,と結論付けている。
    (ウ) しかし,前述のように,ナトリウム燃焼新解析は,ナトリウムの漏えい継続時
間を最大で82分として解析したものであり,1時間当たりの漏えい率が1ト
ンを超えれば,その継続時間は更に短くなっているのであって(甲イ357),
このような解析条件には基本的に疑問のあるところである。したがって,か
かる解析条件のもとに算出された床ライナの最高温度約620℃を基準に,
床ライナと建物が干渉する危険性がないと断定することは相当ではない。
   エ 結び
     以上のとおりであるから,設計基準事故である「2次冷却材漏えい事故」の評価
に関する本件安全審査の過誤,欠落が「看過し難い」ほどに重大ではないと
いう被控訴人の主張は,採用することができない。
 6 本件許可処分の違法,無効
  (1) 本件許可処分の違法
    弁論の全趣旨によれば,内閣総理大臣は,科学技術庁及び原子力安全委員会
の本件安全審査に依拠して,本件許可処分を行ったと認められる(第1章,第1
節,第5の3参照)。そして,本件安全審査には,「2次冷却材漏えい事故」の評
価に関し,その調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤,欠落があったので
あるから,本件許可処分は,違法というべきである(第1章,第2節,第2の1参
照)。
  (2) 本件許可処分の無効
   ア 違法な原子炉設置許可処分が無効となるのは,審査基準の不合理又は安全
審査の調査審議,判断の過程の看過し難い過誤,欠落によって,安全審査に
おける原子炉内の放射性物質の潜在的危険性を顕在化させないことの確認
に不備,誤認などの瑕疵が生じ,その結果として,原子炉格納容器内の放射
性物質が周辺の環境に放出される事態の発生の具体的危険性が否定できな
い場合である(第1章,第2節,第2の3参照)。
   イ 本節においてこれまで検討した本件安全審査の過誤,欠落の内容は,設計基
準事故である「2次冷却材漏えい事故」の評価に関する事項である。具体的に
は,床ライナの健全性(腐食の可能性)と床ライナの温度上昇(熱的影響)に
関する安全評価の過誤,欠落である。そして,この安全評価の不備のもたら
す危険性は,ナトリウム燃焼,ナトリウム-水反応及びナトリウム-コンクリー
ト反応によって生じるかも知れない2次主冷却系の全冷却能力の喪失であ
る。2次主冷却系のすべてが機能不全に陥れば,1次主冷却系も冷却能力を
失って炉心溶融が生じ,そうなれば出力は暴走し,放射性物質の外部環境へ
の放散の可能性は高度の確率をもって覚悟しなければならない。
     問題は,3系統に分離独立している2次主冷却系の冷却設備のすべてが同時
に機能不全に陥ることの具体的可能性の有無である。その危険を顕在化させ
るものとして,最も重視すべきものはナトリウム-コンクリート反応である。こ
のことは,本件原子炉施設において,ナトリウムとコンクリートとの直接接触を
防止するため鋼製の床ライナを敷設していることからも,明らかである。ナトリ
ウム-コンクリート反応が生じた場合,ナトリウム燃焼,水素の発生,コンクリ
ートの強度の劣化などが生じることは,既に述べたところであり,極めて危険
な事態となることは明らかである。もっとも,燃焼実験Ⅱで見られたようなごく
小規模なものは別として,ナトリウムとコンクリートが本格的に接触した場合に
発生する具体的事象がどのようなものとなるのかは,水素爆発の有無とその
規模なども含め,本件全証拠によっても必ずしも明らかでないが,少なくとも
被控訴人は,ナトリウムの漏えいにより1つのループの配管室又は過熱器室
で本格的なナトリウム-コンクリート反応が生じても,他のループの冷却能力
に影響はなく,系統分離が維持されるとは主張していない。そうだとすれば,2
次主冷却系の1ループで本格的なナトリウム-コンクリート反応が起これば,
その被害は他のループにも及び,系統分離が破壊される高度の蓋然性を否
定できないと認めるべきである。そして,本件原子炉施設の現状設備では,床
ライナの腐食や温度上昇に対する対策を欠いているため,漏えいナトリウムと
コンクリートの直接接触が確実に防止できる保障のないことは,既に繰り返し
述べたところである。
   ウ 以上のことからすると,「2次冷却材漏えい事故」の評価に関する本件安全審
査の調査審議及び判断の過程には看過し難い過誤,欠落があると認められ,
その結果,本件安全審査(安全確認)に瑕疵(不備,誤認)が生じたことによっ
て,本件原子炉施設においては,原子炉格納容器内の放射性物質の外部環
境への放出の具体的危険性を否定することができず,本件許可処分は無効
というべきである。
     そうすると,本件許可処分は無効であって,これをいう控訴人らの主張は理由
がある。
        第4節 蒸気発生器伝熱管破損事故(主要な争点2の(4))
第1 本件原子炉施設の蒸気発生器関連設備の概要
 1 本件原子炉施設の蒸気発生器関連設備
   本件原子炉施設の蒸気発生器関連設備は,蒸気発生器の他に,ナトリウム-水
反応生成物収納設備,水漏えい検出設備等から構成されている。
 2 本件原子炉施設の蒸気発生器の役割及び構造等
   本件原子炉施設の蒸気発生器の役割及び構造等は,次のとおりである。
  (1) 蒸気発生器の役割
    本件原子炉施設の蒸気発生器は,2次主冷却設備の一部を構成する機器で,ナ
トリウム(2次系ナトリウム)から熱を受け取って,水を蒸気(過熱蒸気)に変え,さ
らに,その蒸気(過熱蒸気)を介して,熱を水・蒸気系に伝達する機器である。そ
の後,この蒸気は,水・蒸気系を構成するタービンを駆動して,発電に供される。
  (2) 蒸気発生器の構造や熱交換の仕組み等
   ア 本件原子炉施設の蒸気発生器は,蒸発器と過熱器の2つの機器から構成され
る(蒸発器と過熱器の2つの機器を併せて蒸気発生器と呼ぶ。)。
     このうち,蒸発器は,ナトリウム(2次系ナトリウム)から熱を受け取って,水を蒸
気(過熱蒸気)に変える機器である。また,過熱器は,ナトリウム(2次系ナトリ
ウム)から熱を受け取って,蒸発器で生成された蒸気(過熱蒸気)を更に過熱
する機器である。
     本件原子炉施設においては,蒸発器と過熱器は,3系統ある2次主冷却設備
(Aループ,Bループ,Cループ)それぞれに1基ずつ設置されている。
   イ 本件原子炉施設の蒸気発生器の型式は,ヘリカルコイル貫流式分離型であ
る。蒸発器は,全高約13メートル,胴部外径約3メートルであり,過熱器は,
全高約10メートル,胴部外径約3メートルであり,いずれも概ね円筒形をして
いる。
     そして,蒸発器及び過熱器とも,円筒形をした胴部の中に,ヘリカルコイル(らせ
ん)形をした伝熱管を多数内蔵する構造となっている。伝熱管の本数は,蒸発
器,過熱器ともに約150本である。蒸発器では,ナトリウム(加熱体)は,胴部
の上部(ナトリウム入口ノズル)から下部へ,多数ある伝熱管の間を下降し,
下端のナトリウム出口ノズルから流出するが,その際,伝熱管壁を介して,伝
熱管の内部を流れる水・蒸気(被加熱体)との間で,熱交換が行われる仕組
みとなっている。一方,水は,まず,給水入口ノズルから入って下降管内を降
下し,その後方向を変えてヘリカルコイル形をした伝熱管内を上昇しながら加
熱され,蒸気となって蒸気出口ノズルに達する。その後,蒸気は,過熱器へと
至る。
     また,過熱器は,その基本構造,流体の流れ及び熱交換の仕組みは蒸発器と
ほぼ同様であるが,被加熱体が当初から蒸気(蒸発器から出てきた過熱蒸
気)である点に特徴があり,過熱蒸気をさらに高温に加熱する役割を担ってい
る。なお,この過熱蒸気は,タービンへと送られる。
     以上要するに,蒸発器及び過熱器ともに,伝熱管壁を介して,伝熱管の外側を
流れる高温のナトリウムから,伝熱管の内側を流れる水・蒸気へと熱が伝わ
り,ナトリウムと水・蒸気との間で熱交換が行われるのである。
   ウ なお,伝熱管の外側を流れるナトリウムは数気圧(最高使用圧力は5気圧)で
あるのに対し,伝熱管の内側を流れる水・蒸気は,百数十気圧以上(最高使
用圧力は,蒸発器が165気圧,過熱器が154気圧)となっている。そのため,
伝熱管には応力が加わり,応力腐食割れ(応力と腐食の共同作用によって生
じる合金材料の割れ)を起こす危険性がある。
   エ 伝熱管は,蒸発器では外径約32ミリメートル,肉厚約3.8ミリメートルの筒状
をしており,過熱器では外径約32ミリメートル,肉厚約3.5ミリメートルの筒
状をしている。
     伝熱管の材質は,蒸発器ではクロム・モリブデン鋼であり,過熱器ではオーステ
ナイト系ステンレス鋼である。すなわち,水を蒸気に変える蒸発器の伝熱管に
は,水,蒸気の環境下で使用されることから耐食性のあるクロム・モリブデン
鋼が,過熱器の伝熱管には,高温の過熱蒸気の環境下で使用されることから
高温強度を優先させてオーステナイト系ステンレス鋼がそれぞれ使用されて
いる。
 3 その他の蒸気発生器関連設備
   その他の蒸気発生器関連設備としては,ナトリウム-水反応生成物収納設備や水
漏えい検出設備等が設置されている。
  (1) ナトリウム-水反応生成物収納設備
ナトリウム-水反応生成物収納設備は,蒸気発生器(蒸発器,過熱器)内で
の万一の大規模水漏えい発生時に,2次主冷却系内圧力上昇を抑制し,また放
出される水素ガスに同伴されるナトリウム及び反応生成物を分離回収し,外気
への放出を抑制する設備である。同設備は,3系統ある2次主冷却設備(Aルー
プ,Bループ,Cループ)それぞれに1基ずつ設置されている。
蒸気発生器伝熱管の大規模な破損事故発生時には,漏えいを起こした蒸気
発生器に接続された圧力開放板が開放し,蒸気発生器内の圧力は,内部を窒
素ガス雰囲気に維持された収納設備に開放される。反応生成物のうち液体,固
体は収納容器で分離回収され,水素ガス等の気体は収納容器用圧力開放板を
介して大気へ放出,燃焼処理される。
  (2) 水漏えい検出設備
    水漏えい検出設備は,水漏えいがあった場合に,これを検出する機器設備であ
る。
    これには,① 水素計(ナトリウム中水素計,カバーガス中水素計),② カバーガ
ス圧力計,及び③圧力開放板開放検出器がある。
 4 軽水炉と比較した場合の本件原子炉施設の蒸気発生器の特徴(蒸気発生器の役
割の差異) 
  (1) 軽水炉(加圧水型)では,冷却材として水(軽水)を使用しているが,放射性物質
の漏えいを防止するため,1次冷却系から隔離された2次冷却水を蒸発させ,そ
の水蒸気がタービンを駆動するようになっている。その際,原子炉内で直接加熱
された1次冷却水から2次冷却水へ熱を送る装置が,軽水炉(加圧水型)の蒸気
発生器である。
  (2) これに対して,本件原子炉施設(高速増殖炉)では,冷却材として液体金属ナトリ
ウムを使用しているため,蒸気発生器に破損が起こりナトリウムと水とが接触し
た場合の激しい反応(ナトリウム-水反応)による危険性を考慮に入れる必要が
ある。そのため,ナトリウム-水反応が発生しても放射性物質放出につながらな
いよう,本件原子炉施設では1次冷却系と水・水蒸気系との間に,非放射性ナト
リウムを冷却材とする2次冷却系が,中間熱輸送系(中間冷却系)として設けら
れている。そして,本件原子炉施設の蒸気発生器は,分類上,2次主冷却設備
の一部を構成するものとされている。
  (以上につき,乙16,乙イ43,甲イ444,弁論の全趣旨)
第2 「評価の考え方」における蒸気発生器伝熱管破損事故の位置付け
「評価の考え方」は,その「Ⅱ.LMFBRの安全評価について」の項において,LMF
BR(液体金属冷却高速増殖炉)原子炉施設の設計の基本方針の妥当性を確認す
るために選定すべき7つの「事故」(設計基準事故)の1つとして「ナトリウムの化学
反応」を掲げているが,その例として,「蒸気発生器伝熱管破損事故」を挙げている
(乙4)。
第3 本件許可申請書添付書類八,十の記載事項
 1 添付書類八の記載事項
(1) 安全設計方針及びその適合性に関する記載事項
 本件許可申請書の添付書類八(原子炉施設の安全設計に関する説明書)に
は,本件原子炉施設の安全設計方針及びその適合性に関する記載があるが,
そのうち,中間冷却系(2次主冷却系),殊に蒸気発生器についての記載は,次
のとおりである。
「方針41.中間冷却系
(1) 中間冷却系は,通常運転時,運転時の異常な過渡変化時および事故
時において,原子炉冷却系からの熱を確実に水・蒸気系あるいは冷却
空気に伝達できる設計であること。
(2) 中間冷却系は蒸気発生器伝熱管からの水漏洩が生じた場合でも,そ
の影響により,安全上重要な構築物,系統および機器の安全機能が失
われることのないよう考慮された設計であること。
((3)以下略) 
適合のための設計
(1) 中間冷却系として,1次主冷却系の3系統に対応して,3系統の2次主
冷却系を設ける。
 通常運転時には,回転数可変の主モータによる1次及び2次主冷却系
循環ポンプ運転を行い,1次主冷却系から2次主冷却系に伝えられた熱
を蒸気発生器を介して水・蒸気系に伝達できる設計とする。また,運転時
の異常な過渡変化時及び事故時においても,原子炉が自動停止した後
は,ポニーモータにより1次及び2次主冷却系循環ポンプの運転を行い,
炉心の崩壊熱及び他の残留熱は1次主冷却系,2次主冷却系の一部,
補助冷却設備を用いて除去される設計とする。
     (2) 蒸気発生器において,伝熱管破損事故が発生しても,水漏えい検出設備等
により,水漏えいを早期に検出して,水の急速なブロー等の適切な処置
が行えるよう設計する。小漏えい時には,検出設備からの漏えい警報を
受け運転員の判断により水漏えい信号を発することとしており,本信号
により蒸気発生器の水・蒸気側のしゃ断,内部保有水・蒸気の急速なブ
ロー,2次主冷却系循環ポンプ主モータトリップ等の操作を自動で行える
ように設計する。
       多量のナトリウム・水反応が万一発生した場合は,蒸発器のカバーガス圧力
計又は蒸発器と過熱器のそれぞれに設けられる圧力開放板の開放検出
器によって検出し,前述と同様の操作が自動的に行われる設計とする。
       また,蒸発器及び過熱器は,圧力開放板を介して,ナトリウム・水反応生成
物収納設備を備えており,万一,多量のナトリウム・水反応が発生した場
合でも2次主冷却系の過度の圧力上昇を防止する設計とする。
      ((3)以下略)」
  (2) 蒸気発生器伝熱管水漏えい対策に係る記載事項
    添付書類八には,2次主冷却系設備の概要とその設計方針に関する記載がある
が,その「5.2 設計方針」の項中には,次のとおり,蒸気発生器伝熱管水漏えい
対策に関する記載がある。
   「(6)蒸気発生器伝熱管水漏えい対策
      ナトリウム・水反応を早期に検知し,大破損への発展を未然に防ぐため,ニッ
ケル膜イオンポンプ型の水漏えい検出設備を2次主冷却系配管及び蒸気
発生器カバーガス空間に設ける。
      水漏えい信号が発せられると蒸気発生器水・蒸気側のしゃ断,内部保有水・
蒸気の急速なブロー,2次主冷却系循環ポンプ主モータトリップ等の適切な
プラント停止操作が行えるようにする。
      万一の蒸気発生器伝熱管大破損に際しては,安全上重要な構築物,系統及
び機器の安全機能が失われることのないよう2次主冷却系の過度の圧力
上昇を防ぐため,ナトリウム・水反応生成物収納設備を設ける設計とする。
      蒸気発生器伝熱管大破損は蒸発器に設けたカバーガス圧力計及び蒸発器,
過熱器に設けた圧力開放板の開放検出器により検出する設計とする。本
信号により蒸気発生器水・蒸気側のしゃ断,内部保有水・蒸気の急速ブロ
ー,2次主冷却系循環ポンプ主モータトリップ等の一連の自動操作が行え
るようにする。」
 2 添付書類十の記載事項
   本件許可申請書の添付書類十(原子炉の操作上の過失,機械又は装置の故障,
地震,火災等があった場合に発生すると想定される原子炉の事故の種類,程度,
影響等に関する説明書)には,蒸気発生器伝熱管破損事故に関して,次の記載が
ある。
「3.16 蒸気発生器伝熱管破損事故  
    3.16.1 事故原因及び防止対策                 (1) 事故原因及
び事故説明                
        この事故は,原子炉出力運転中に,何らかの原因で蒸気発生器の伝熱管
が破損し,ナトリウム・水反応による顕著な圧力上昇が生じるような大
規模な水漏えい事故として考える。この事故が生じると,発生する圧
力により事故が生じた蒸気発生器並びに当該ループの健全な蒸気発
生器,2次主冷却系機器・配管,及び中間熱交換器等の設備が損傷
を受ける可能性がある。
        この場合,ナトリウム・水反応生成物収納設備の動作により2次主冷却系
内の圧力上昇は抑制されるとともに,蒸気発生器内部保有水・蒸気の
ブロー等のプラント自動停止操作が行われ,ナトリウム・水反応現象
は速やかに停止される。また,安全保護系の動作により原子炉は自
動停止し,補助冷却設備による崩壊熱除去運転に移行し,事故は安
全に終止できる。 
      (2) 防止対策 
        この事故の発生を防止し,また,万一,事故が発生した場合にもその影響
を限定するとともにその波及を制限するために,次のような対策を講じ
る。               
       ⅰ 蒸気発生器の伝熱管の材料選定,設計,製作,据付,試験及び検査等
は,諸規格,基準に適合させるようにし,また,品質管理や工程管
理を十分に行う。              
   ⅱ 水側及びナトリウム側ともに高い純度管理のもとで,蒸気発生器は運転
され,水側及びナトリウム側からの伝熱管の材料腐食は抑制され
る。             
      ⅲ 水漏えい検出設備を設置することにより,万一,伝熱管小破損が生じた
場合には,早期に水漏えいは検出され,運転員により発せられる水
漏えい信号に基づくプラント運転自動停止操作によりナトリウム・水
反応は終息される。(「2.13蒸気発生器伝熱管小漏えい」参照)  
      
ⅳ 以上のような防止対策にもかかわらず,ナトリウム・水反応による顕著な
圧力上昇を生じるような伝熱管破損事故が生じた場合に備えて,以
下に示す対策を講じる。
    蒸発器と過熱器は,いずれも圧力開放板を介してナトリウム・水反応生成
物収納設備に接続されている。事故が生じた蒸気発生器内のナトリ
ウム側圧力が圧力開放板の設定圧力まで上昇すると,圧力開放板
は自動的に破れて,ナトリウム・水反応生成物収納設備に開放さ
れ,その過度な上昇は抑制される。ナトリウム・水反応により発生す
る水素ガスはナトリウム・水反応生成物収納設備に放出され,これ
に付随するナトリウム及び反応生成物のうち液体,固体は反応生
成物収納容器でほとんど分離回収される。水素ガスは反応生成物
収納容器用圧力開放板を介して大気へ放出,燃焼処理される。
ⅴ 蒸発器に設けたカバーガス圧力計及び蒸発器又は過熱器の圧力開放板
の圧力開放検出信号によって,蒸気発生器の水・蒸気側のしゃ断,
内部保有水・蒸気の急速ブロー,2次主冷却系循環ポンプ主モータ
トリップ等の一連のプラント自動停止操作が行われ,ナトリウム・水
反応現象は停止される。
ⅵ 蒸気発生器,2次主冷却系配管,中間熱交換器,2次主冷却系循環ポン
プ等の2次主冷却系機器・配管はナトリウム・水反応による圧力の
上昇に対して構造強度上十分な余裕を持つような設計をする。
ⅶ プラント自動停止操作により2次冷却材流量が減少し,「2次主冷却系循
環ポンプ回転数低」あるいは「2次主冷却系流量低」信号により原
子炉は自動停止する。
ⅷ 1次,2次主冷却系循環ポンプにポニーモータを設置し,ポンプトリップ時
にポニーモータによる低速運転を行い,1ループのみにても定格出
力時炉心流量の約4%を確保し,原子炉停止後の崩壊熱除去が可
能なようにする。  
     3.16.2 事故経過の解析
(1)解析条件                       
蒸気発生器において,伝熱管破損事故が生じた場合の事故時の経過は,
水噴出過程,初期スパイク圧発生過程,2次主冷却系内圧力波伝播
過程及び準定常圧発生過程について計算コードSWACSを用いて解
析する。
       解析では,実際よりも十分に厳しい結果を得るために,解析条件を次のよ
うに仮定する。 
       ⅰ 事故発生時の初期状態は,1.2節で述べた初期定常運転条件(原子炉
出力は,定格値に定常誤差の2%を加えた出力,すなわち定格出
力の102%)とする。
       ⅱ 解析対象ループは,2次主冷却系配管長が最短のループとする。これは
中間熱交換器での圧力挙動を最も厳しく評価するためである。
ⅲ 破損位置は,水漏えい率が最も大きくなる蒸発器管束部下部とす
る。初期スパイク圧評価としては,伝熱管1本の瞬時両端完全破断
を想定する。また,準定常圧評価としては伝熱管の破損伝播の影
響を考慮して,伝熱管4本の両端完全破断相当の水漏えいを想定
する。 
ⅳ 蒸気発生器及びナトリウム・水反応生成物収納容器の圧力開放板は,設
定圧力に誤差を考慮した最大圧力で開放するものとする。
(2) 解析結果                        
  (中略)
        伝熱管1本が瞬時に完全破断し,水がナトリウム中に噴出し始めると,水と
ナトリウムが急激に反応し,水素が発生する。このため破断初期にお
いて蒸発器胴部にはいわゆる初期スパイク圧が作用する。この初期
スパイク圧力のピーク値は約23㎏/㎝2である。この場合,蒸発器の
胴の歪みは小さく,塑性歪みは生じない。この初期スパイク圧の伝播
に対して中間熱交換器2次側での圧力ピーク値は約12㎏/㎝2で
ある。この場合中間熱交換器及び2次主冷却系の機器・配管は塑性
歪みを生じるには至らず,各設備の健全性は保たれる。
       初期スパイク圧発生後,伝熱管破損伝播による影響も含めて水素の発生
が継続するため,蒸発器のカバーガス圧力が上昇し,蒸発器用圧力
開放板が開放し,蒸発器内圧力の開放が開始される。圧力開放板開
放検出信号によって,蒸気発生器の水・蒸気側のしゃ断,内部保有
水・蒸気の急速ブロー,2次主冷却系循環ポンプのトリップ等の一連
のプラント停止機能が自動的に行われ,「2次主冷却系循環ポンプ回
転数低」信号により原子炉は自動停止する。
       反応生成物収納容器内圧力が上昇すると,反応生成物収納容器用圧力
開放板が開放し,水素ガスが大気中に放出され,反応生成物収納容
器内圧力及び蒸発器内圧力は低下する。大気中に放出される際に水
素ガスは燃焼処理される。
       また,初期スパイク圧減衰後から事故終止まで持続している準定常圧は,
蒸気発生器において約9㎏/㎝2以下及び中間熱交換器2次側に
おいて約13㎏/㎝2以下である。準定常圧に対しても蒸気発生器,
2次主冷却系機器・配管及び中間熱交換器の歪みは塑性歪みにも至
らず,各設備の健全性が損なわれることはない。
3.16.3結論                      
以上のように,実際より十分に厳しい条件での蒸気発生器伝熱管破損事故
を仮定しても,ナトリウム・水反応現象による圧力発生に対して,蒸気
発生器,2次主冷却系設備及び中間熱交換器の歪みは十分に小さ
く,健全性が損なわれることはない。
        この事故が生じると,ナトリウム・水反応生成物収納設備の作動により,プ
ラント自動停止操作が行われ,「2次主冷却系循環ポンプ回転数低」
信号により原子炉は自動停止する。これに伴い,健全ループの各循
環ポンプはポニーモータにより低速運転され,安全に原子炉の崩壊熱
除去が行われ,炉心冷却能力が失われることはなく,また,原子炉冷
却材バウンダリの健全性が損なわれることはない。」
(以上の事実につき,乙16)
第4 「蒸気発生器伝熱管破損事故」の安全審査
   証拠(乙9,14の3)によれば,科学技術庁は,本件申請者の本件許可申請書及び
添付書類に基づいて安全審査を行い,安全審査書案を作成して,これを原子力安
全委員会に提出したが,同委員会の評価,判断は安全審査書案のそれと同じであ
ったと認められるところ,この安全審査書案には,2次主冷却系の蒸気発生器設備
及び蒸気発生器伝熱管破損事故に対する評価,判断として,次のような記載があ
る。
 1 2次主冷却系の蒸気発生器設備に関する記載
  「2.4.22次主冷却系(中間冷却系)
      (中略) 
     2次主冷却系と水・蒸気系との境界となっている蒸発器又は過熱器において伝
熱管の破損が生じると,2次冷却材のナトリウムと水との反応が生じる。この
ような事象に対応するために,水漏えい検出設備を設け2次冷却材のナトリ
ウム中及び蒸気発生器カバーガス中の水素濃度を監視することとなってい
る。小漏えい時には,検出設備からの漏えい警報を受け運転員の判断により
水漏えい信号を発することとなっている。本信号により蒸気発生器の水・蒸気
側の遮断,内部保有水・蒸気の急速なブロー,2次主冷却系循環ポンプ主モ
ータ・トリップ等の操作を自動で行えるようになっている。
  多量のナトリウム・水反応が万一発生した場合は,蒸発器のカバーガス圧力計
又は蒸発器と過熱器のそれぞれに設けられる圧力開放板の開放検出器によ
って検出し,前述と同様の操作が自動的に行われることとなっている。
  また,蒸発器及び過熱器は,圧力開放板を介して,ナトリウム・水反応生成物収
納設備を備えており,万一,多量のナトリウム・水反応が発生した場合でも2
次主冷却系の過度の圧力上昇は防止される設計となっている。
    (中略) 
     したがって,2次主冷却系の設計は妥当なものと判断する。」
2 蒸気発生器伝熱管破損事故に関する記載
「5.5.4 蒸気発生器伝熱管破損事故  
   原子炉出力運転中に,何らかの原因で蒸気発生器の伝熱管が破損し,ナトリウ
ム・水反応による顕著な圧力上昇が生じるような大規模な水漏えい事故を想
定している。
     A 事故発生の防止のための対策 
       この事故の発生を防止するため,以下のような対策が講じられることとなっ
ているので,事故発生の可能性は極めて少ないものと認められる。
      (1) 蒸気発生器の伝熱管の材料選定,設計,製作,据付,試験,検査等は,
諸規格,基準に適合させるようにするとともに,品質管理や工程管理
を十分に行うこととしている。
     (2) 水側及びナトリウム側ともに高い純度管理のもとで,蒸気発生器は運転さ
れ,水側及びナトリウム側からの伝熱管の材料腐食を抑制することと
している。
      (3) 水漏えい検出設備を設置することにより,万一,伝熱管小破損が生じた場
合には,早期に水漏えいは検出され,運転員により発せられる水漏え
い信号に基づくプラント運転自動停止操作によりナトリウム・水反応を
終息することとしている。
     B 事故拡大の防止のための対策  
上記のような防止対策にもかかわらず,万一,事故が発生した場合には,事
故の拡大防止を図るため,以下のような対策が講じられることとなってい
る。
(1) 蒸発器と過熱器は,いずれも圧力開放板を介してナトリウム・水反応生成
物収納設備に接続されることとしており,事故が生じた蒸気発生器内
のナトリウム側圧力が圧力開放板の設定圧力まで上昇すると,圧力
開放板は自動的に破れて,ナトリウム・水反応生成物収納設備に開
放され,圧力の過度な上昇は抑制されることとしている。
     (2) ナトリウム・水反応により発生する水素ガスは収納設備に放出され,これ
に付随するナトリウム及び反応生成物のうち液体,固体は収納容器で
分離回収されることとしている。水素ガスは収納容器用圧力開放板を
介して大気へ放出,燃焼処理されることとしている。
     (3) 蒸発器に設けたカバーガス圧力計及び蒸発器又は過熱器の圧力開放板
の圧力開放検出信号によって,蒸気発生器の水・蒸気側のしゃ断,内
部保有水・蒸気の急速ブロー,2次主冷却系循環ポンプ主モータトリッ
プ等の一連のプラント自動停止操作が行われ,ナトリウム・水反応現
象は停止されることとしている。
(4) 蒸気発生器,2次主冷却系配管,中間熱交換器,2次主冷却系循環ポンプ
等の機器・配管はナトリウム・水反応による圧力上昇に対して構造強
度上十分な余裕をもつような設計をすることとしている。
     (5) 1次,2次主冷却系循環ポンプにポニーモータを設置し,ポンプトリップ時
にポニーモータによる低速運転を行い,1ループのみにても定格出力
時炉心流量の約4%を確保し,原子炉停止後の崩壊熱除去が行える
設計とすることとしている。
     C 事故解析
  蒸気発生器においてナトリウム・水反応が発生した場合の影響を評価するた
め,次の解析条件が用いられている。 
     (1)原子炉出力は定格出力の102%とする。
    (2) 解析対象ループは,2次主冷却系配管長が最短のループとする。
      (3) 蒸発器の管束部下部において,初期スパイク圧評価としては,伝熱管1本
が瞬時に完全破断を起こすものとする。また,準定常圧評価として
は,伝熱管破損伝播の影響を考慮して,伝熱管4本が同時に完全破
断するものとする。 
     (4) 蒸気発生器及びナトリウム・水反応生成物収納容器の圧力開放板は,設
定圧力に誤差を考慮した最大圧力で開放するものとする。
解析結果によれば,破断初期において蒸発器胴部に作用するいわゆる初
期スパイク圧力のピーク値は約23㎏/㎝2であり,蒸発器の胴の歪
みは小さく,塑性歪みには至らない。この初期スパイク圧の伝播に対
して中間熱交換器及び2次主冷却系の機器・配管は塑性歪みを生じ
るには至らず,各設備の健全性は保たれる。
また,初期スパイク圧減衰後から事故終止まで持続している準定常圧は,
伝熱管破損伝播による影響も含め,蒸気発生器において約9㎏/㎝2
以下及び中間熱交換器2次側において約13㎏/㎝2以下であり,準
定常圧に対しても蒸気発生器,2次主冷却系機器・配管及び中間熱
交換器の歪みは塑性歪みには至らず,各設備の健全性が損なわれる
ことはない。
     したがって,この事故が生じると,ナトリウム・水反応生成物収納設備の作
動により,プラント自動停止操作が行われ,「2次主冷却系循環ポンプ
回転数低」信号により原子炉は自動停止する。これに伴い,健全ルー
プの各循環ポンプはポニーモータにより低速運転され,炉心の冷却能
力が失われることはなく,また,原子炉冷却材バウンダリの健全性が
損なわれることはない。」
第5 蒸気発生器伝熱管破損事故の影響と伝熱管破損伝播の機序
 1 蒸気発生器伝熱管破損事故の影響
   原子炉出力運転中に蒸気発生器伝熱管破損事故が生じると,高圧の伝熱管から
水又は蒸気が蒸気発生器内のナトリウム側に噴出(漏えい)し,激しいナトリウム
-水反応を起して,1000℃を超える高熱(反応熱)及び水素ガスが発生する。水・
蒸気の漏えいの規模が大きくなると,衝撃圧(初期スパイク圧)が生じ,その後も発
生する水素ガスによる圧力上昇(準定常圧)を招く。漏えいが中小規模であった場
合でも,後記2のとおりその影響が隣接する伝熱管に及び,それらの伝熱管も破断
する危険性があることから,結果として,水・蒸気の大規模漏えいに繋がる可能性
がある。
   この蒸気発生器伝熱管破損事故による圧力上昇によって危惧されることは,事故
が生じた蒸気発生器(蒸発器又は過熱器)はもとより,当該ループの健全な蒸気発
生器(蒸発器又は過熱器),2次主冷却系機器・配管,及び中間熱交換器等の設
備が損傷を受ける可能性があることである。特に,水素ガス(気体)の混入した2次
系冷却ナトリウムが中間熱交換器の障壁を破って1次冷却系に流入すれば,本件
原子炉の炉心中心領域ではナトリウムボイド反応度が正であるから,水素が炉心
を通過することにより出力が急激に上昇し,炉心が出力暴走を起こす危険がある。
 2 水(蒸気)漏えいの規模と伝熱管破損伝播の機序(メカニズム)
   蒸気発生器の伝熱管は,蒸気発生器(円筒形)の胴部を満たすナトリウムの中に
浸されている状態にあるが,1本の伝熱管が破損すると,その影響が隣接する他
の伝熱管に及び,その伝熱管も破損する可能性がある。その具体的影響は,水・
蒸気の漏えい規模,すなわちリーク率(単位時間当たりの水・蒸気の漏えい量)に
よって異なってくる。その漏えい規模と破損伝播の機序(メカニズム)の概要は,次
のとおりである。
  (1) 微小漏えい
    微小漏えいとは,漏えい規模が毎秒0.1グラム以下の場合をいう。この場合,ナ
トリウム-水反応生成物が漏えい孔を塞いで漏えいが停止するか,自身の破損
孔拡大に向かうかのいずれかをたどる。この段階では,ナトリウム-水反応の結
果生成された苛性ソーダ(NaOH)のジェット流(リークジェット,噴出流)が隣接伝
熱管までは届かないため,破損は他の伝熱管に伝播しない。しかし,この漏えい
規模では漏えい検知までに時間がかかり,検知の遅れによって対応が遅れる危
険がある。1度塞がった孔が再び開口することもあり,放置すれば破損孔は拡大
し,次の小規模漏えい段階へ移行する。
  (2) 小規模漏えい 
小規漏えいとは,漏えい規模が毎秒0.1ないし10グラムの場合をいう。この場
合,ナトリウム-水反応の結果,高温で腐食性を有する苛性ソーダ(NaOH)の
反応ジェット(リークジェット,噴出流)が形成され,いわゆるウェステージ効果(苛
性ソーダの化学的腐食作用とジェット流による損耗作用(削り取る機械的作用)
との相乗効果)により,隣接する他の伝熱管を破損させる可能性がある。漏えい
が早期に検知され所定の安全装置が機能すれば,その影響は他の1本を破損
させる程度にとどまることになるが,検知が遅れたり,隣接伝熱管が摩耗してい
たり傷をもっていれば,2次破損する伝熱管は更に増えることになる。
  (3) 中規模漏えい
    中規模漏えいとは,漏えい規模が毎秒10グラムないし2キログラムの場合をい
う。この場合,反応ジェットの広がりが大きくなり,破損の伝播が複数本に及ぶ可
能性がある(マルチウェステージ)。
    なお,小・中規模漏えいの段階に入ってくると,他の伝熱管への破損伝播開始時
間が急速に早くなる。このため,小・中規模両段階においては,漏えいの検知を
できるだけ早くすることが特に重要であるとされている。
  (4) 大規模漏えい
    大規模漏えいとは,漏えい規模が毎秒2キログラム以上の場合をいう。大規模漏
えいになると,次のような危険性がある。
   ① 大量のナトリウムと水との激しい化学反応により,まず衝撃圧が発生し(初期ス
パイク圧),次いで,発生した水素ガスによる圧力上昇が起こる(準定常圧)。
これらの圧力は,1次主冷却系と2次主冷却系との境界をなす中間熱交換器
に及ぶ。これにより,中間熱交換器が破損する危険性がある。
   ② 初期スパイク圧あるいは準定常圧が2次主冷却系機器または配管を損傷し,2
次冷却材ナトリウムが空気雰囲気の室内に漏えいし,火災を引き起こす危険
性がある。
 3 ウェステージ型破損と高温ラプチャ型破損について 
  (1) ナトリウム-水反応の結果,高温で腐食性を有する苛性ソーダ(NaOH)の反応
ジェット(リークジェット,噴出流)が形成され,苛性ソーダの化学的腐食作用とジ
ェット流により損耗作用(削り取る機械的作用)との相乗効果によって,隣接伝熱
管が損耗,減肉する現象を「ウェステージ(損耗)現象」という。そして,ウェステ
ージ現象によって隣接伝熱管が破損することを「ウェステージ型破損」という。
  (2) これに対して,ナトリウム-水反応によって生じる高温の反応熱のために伝熱管
壁が過熱されて,隣接伝熱管の機械的強度が低下し,隣接伝熱管が内部の圧
力によって急速に膨れて破裂する現象のことを「高温ラプチャ(破裂)現象」とい
う。そして,高温ラプチャ現象によって隣接伝熱管が破損することを「高温ラプチ
ャ型破損」という。この高温ラプチャ現象は,水(蒸気)の漏えい規模(リーク率)
が毎秒1キログラム程度を超えるようになると発生する可能性がある
  (3) ウェステージ型破損と高温ラプチャ型破損の双方とも,他の伝熱管へと拡大する
(伝播する)可能性がある。
    そして,一般に,ウェステージ型破損よりも,高温ラプチャ型破損の方が,短時間
に多数の伝熱管を破損させるおそれが高いとされる(以下においては,高温ラプ
チャ現象又は高温ラプチャ型破損のことを,単に「高温ラプチャ」と呼称すること
もある。)。
  (以上の事実につき,甲イ123,190,383,444,甲ニ2の2,乙イ43,89,弁論
の全趣旨)
第6 蒸気発生器伝熱管破損事故に関して本件申請者が行った実験
 1 本件申請者が行ったSWAT試験
   本件申請者は,大リーク・ナトリウム-水反応解析コードSWACSの検証を行うとと
もに,ナトリウム-水反応事故に対するシステムの健全性の確認などを目的とし
て,昭和45年12月からSWAT-1(大・中リーク・ナトリウム-水反応試験),昭和
47年5月からSWAT-2(大・微少リーク・ナトリウム-水反応試験),昭和50年6
月からSWAT-3(蒸気発生器安全性総合試験),昭和56年5月からSWAT-4
(微少リーク・ナトリウム-水反応試験)の各試験を実施した。
   このうちSWAT-3では19回の試験が行われたが,前半の7回(Run-1ないし
7)は大リーク・ナトリウム-水反応試験を目的として行われ,後半の12回(Run-
8ないし19)は,本件原子炉施設の2次主冷却系の主要機器,配管を約5分の2の
縮尺で模擬した装置を用いて,破損伝播試験を目的に行われた。このSWAT-3
のRun-8ないし19は,昭和54年から昭和60年にかけて行われ,初期事象として
小・中リークから始まる伝熱管破損伝播の有無とその範囲などを試験したものであ
る。このSWAT-3の試験のうち,当事者双方がその是非を争っているRun-16,
Run-19の各試験の内容及び結果は,次の2,3のとおりである。
 2 Run-16
   Run-16は,本件申請者が昭和56年(1981年)に行った伝熱管破損伝播試験で
ある。
   同試験においては,1次リーク平均注水率(初期漏えいにおける単位時間当たりの
平均注水量)を毎秒2200グラム,注水時間を60秒,総リーク水量を228キログラ
ムとした。そして,注水管(水漏えいを起こす管)の周囲に配置されるターゲット管と
して,静止水管(水・蒸気の流動がない伝熱管)6本と,ガス加圧管(水・蒸気の代
わりに窒素ガスを充填して内部加圧した伝熱管)48本が用いられた。
   同試験により,静止水管6本のうち1本が,また,ガス加圧管48本のうち24本が,
それぞれ高温ラプチャによって破損するという結果が得られた。
 3 Run-19
   Run-19は,本件申請者が昭和60年(1985年)に行った伝熱管破損伝播試験で
ある。
   同試験においては,1次リーク平均注水率を毎秒1850グラム,注水時間を32秒,
総リーク水量を61キログラムとした。そして,ターゲット管としては,流水管3本及
びガス加圧管15本が用いられた。
   同試験の結果,ガス加圧管は5本が高温ラプチャによって破損したが,流水管は破
損しなかった。
 4 SWAT試験結果の科学技術庁等に対する情報提供
   上記のように,SWAT試験は本件許可申請前から実施され,ターゲット管に高温ラ
プチャが生じたSWAT-3 Run-16の試験は,本件許可申請の審査段階の昭和
56年に実施されたものであるが,これらのSWAT試験の結果が科学技術庁に情
報提供(報告)がされたのは,本件許可処分後の平成6年11月7日であった。ま
た,科学技術庁がSWAT試験に関する報告を原子力安全委員会にしたのは,平
成10年4月になってのことである。
 (以上の事実につき,乙イ43,44,87,弁論の全趣旨)
第7 イギリスの高速増殖原型炉PFRにおいて発生した蒸気発生器伝熱管破損事故
(高温ラプチャ)
   昭和62年(1987年)2月27日,イギリスの高速増殖原型炉PFR(以下「PFR」と
いう。)において,蒸気発生器伝熱管が破損する事故(以下「PFR事故」という。)が
発生した。その事故の内容及び原因等の概要は,次のとおりである。
 1 PFRの施設の概要及び事故発生箇所
   PFRは,イギリスのドンレーに建設された電気出力25万kwの高速増殖原型炉で
ある。
   冷却系は3ループから構成されている。蒸気発生器は,冷却系1ループ毎に設けら
れており,それぞれ蒸発器,過熱器,再熱器各1基で構成されている。
   事故を起こしたのは過熱器(1基)である。過熱器は,オーステナイト系ステンレス
鋼製であり,容器内にある多数のU字形伝熱管は,上部の管板に溶接され,水平
な多孔板構造の伝熱管支持板10枚で支持されている。
   事故を起こした箇所は,過熱器の内筒及び伝熱管(外径15.88ミリメートル)であ
る。
 2 事故の具体的態様
   全出力運転中に過熱器の伝熱管において小規模な水漏えいに続いて,大規模な
水漏えいが発生した。このため,圧力開放系の破裂板が作動して安全保護系が働
き,原子炉とタービンがトリップし,蒸気が排出された。
   検査の結果によると,40本の伝熱管が完全なギロチン破断に相当する破断をして
いた(そのうち,39本は,最初の1本の破断から約10秒以内に起こった2次破断
であった。)。また,この他にも,70本の伝熱管が多少の損傷を受けていたことが
判明した。
   また,中間熱交換器の圧力負荷の設計値は12バールであるとされているが,事故
時に中間熱交換器にかかった最高圧力は,10.5バールであると見積もられた。
   なお,事故による外部環境への影響はなかったとされている。
 3 事故の原因
   事故の原因は,次のとおりと推定されている。
  (1) ナトリウムの入口部からの流路である内筒は,6枚の曲板の端が重ね合わされ
て,円筒状に組立てられている。運転中に内筒の重ね合わせ部(この部分は溶
接構造になっていない。)のギャップが大きくなったことから,内筒から管束部へ
のナトリウムのバイパス流が増加して,伝熱管への衝突流ができた。この流れ
が最内層伝熱管の一部に振動を引き起こし,その結果,13本の伝熱管が内筒
に定期的に接触するようになったために,摩耗して減肉を起こし,そのうちの1本
に亀裂(小さな軸横断亀裂)が貫通した。
  (2) そのため,この亀裂から小規模な水漏えいに至ったが,このとき,ナトリウム中
水素検出器が撤去されていた(もともとは,ナトリウム中水素検出器は備わって
いたが,誤認のトリップが非常に多い割りには事故の発生頻度が低いという議
論があったことから,ナトリウム中水素検出器は撤去されていた。)ため,初期段
階で小リークを検出することができず,異常状態が発見されないままに運転が継
続された。その結果,水漏えいが継続し,まず,前記の亀裂の起こった伝熱管が
破断して,その後プラントはトリップしたものの,他の伝熱管39本の破裂(ただ
し,振動を起こしていた伝熱管1,2本は,トリップ前に破断した可能性がある。)
に繋がる伝播現象(2次破断)が起きた。破損のメカニズムは,伝熱管が過熱さ
れた結果,物理的強度を失ったことにある。伝熱管束の約半分が過熱されたこ
とを示していた。したがって,この伝熱管破断は,ナトリウムと水の反応熱による
高温によって,伝熱管壁の機械的強度が低下して内圧により破損した高温ラプ
チャ型破損であると判定された。
  (3) PFRにおいては,蒸気発生器伝熱管破損の設計基準事故は,途中変更されて
いるものの,PFR事故の直前の時点では,1本の両端ギロチン破断による毎秒
23キログラムのリーク率の伝熱管破損事故が想定されていて,これに基づく安
全解析が行われていたが,高温ラプチャによって伝熱管が2次破断することは,
全く想定されていなかった。
 (以上の事実につき,甲イ55,61,125,184,212,443,444,甲ニ2の2,原審
証人H)
第8 本件変更許可申請に対する原子力安全・保安院の指導等
 1 本件変更許可申請
   前記(第1章,第1節,第8)のとおり,本件申請者(核燃料サイクル開発機構)は,
本件ナトリウム漏えい事故後の平成13年6月6日,被控訴人(経済産業大臣)に
対し,「空気雰囲気下でのナトリウム漏えいに伴う火災に対する影響緩和機能の充
実,強化を図るため,2次ナトリウム補助設備の一部を変更する」ことを理由とし
て,本件変更許可申請を行った。
   しかし,原子力安全・保安院は,平成13年12月11日本件申請者に対し,次の2
の(2)のとおり文書をもって指導を行い,これを受けて,本件申請者は,次の3のと
おり,本件変更許可申請書の一部補正を行った。
 2 原子力安全・保安院の指導等
  (1) 原子力安全・保安院が行った指導前の再解析の指示
    原子力安全・保安院は,平成13年6月18日,本件申請者(核燃料サイクル開発
機構)に対し,旧科学技術庁が安全性総点検に基づき指摘した事項について報
告することを求めた。これを受けて,本件申請者は,同年7月27日,原子力安
全・保安院に対し,安全性総点検に関する対応について報告した。原子力安全・
保安院は,その報告の内容を検討した結果,蒸気発生器伝熱管破損対策に関
しては,次のア,イの事項について更に検討を加える必要があると判断し,本件
申請者に対して再解析することを指示した。
   ア 伝熱管の肉厚値の変更
     本件申請者は,本件原子炉施設に実装されている伝熱管の肉厚の実測値を統
計的に処理した値「4ミリメートル」を伝熱管肉厚として解析しているが,詳細
設計段階では最小肉厚3.5ミリメートルを基準としていること,現実に3.6ミ
リメートルの個所があることから,伝熱管の肉厚値は,3.5ミリメートルとして
検討すること。
   イ 膜沸騰の考慮
     本件申請者の当初の解析では,膜沸騰発生時の熱伝達率の減少について十
分反映されていなかったので,これを考慮して検討すること。
     なお,膜沸騰とは,水と接する金属が急速に加熱されたときに起こる現象で,接
している面付近で局所的に発生した蒸気が,水と金属の間に膜状に広がり,
水と金属の接触を阻害して,熱伝達が急激に小さくなるような沸騰状態のこと
をいう。要するに,原子力安全・保安院の膜沸騰に関する指示は,本件申請
者の解析は,伝熱管内への熱伝達率が大きく評価されており,その結果とし
て,水・蒸気による伝熱管の冷却作用も過大に評価しているので,この点に関
する検討が必要であるとの趣旨である。
(2) 原子力安全・保安院の指導の趣旨及び内容
   ア 原子力安全・保安院は,本申請者がした再解析を検討したうえ,平成13年12
月11日,本件申請者に対し,「高速増殖原型炉もんじゅの蒸気発生器計装等
の設置許可申請書への記載について」と題する書面をもって,カバーガス圧
力計等の位置付けを一層明確にするのが適当であるとして,設置許可申請
書本文の「蒸気発生器計装」と記載されている部分を「カバーガス圧力計等の
蒸気発生器計装」と明記するとともに,併せて,その他の蒸気発生器伝熱管
破損時の影響緩和に関係する設備について当該申請書の添付資料に追記
するように指導を行った。
   イ 原子力安全・保安院は,カバーガス圧力計等の位置付けを一層明確にするの
が適当であると認めた理由の根拠について,「平成7年に発生した2次系ナト
リウム漏えい事故を受けて,平成8年から平成10年にかけて行われた旧科
学技術庁の安全性総点検においては,伝熱管破損に伴う高温ラプチャの可
能性についても検討が行われ,安全性総点検報告書(平成10年3月)におい
て伝熱管が高温ラプチャによって破損伝播することはないとしているものの,
今後とも検討する必要がある旨が示された。これを踏まえ,貴機構において
検討を行った結果が当院に報告され,当院として説明を聴取しその内容を検
討したところ,カバーガス圧力計での初期水リークの検出による場合は,高温
ラプチャが発生する判断基準を下まわる結果となっているものの,圧力開放
板開放検出器での検出による場合は,高温ラプチャが発生する判断基準を上
まわる結果と評価された。したがって,当院としては,もんじゅに当初から設置
されている蒸気発生器計装のうちカバーガス圧力計による初期水リークの確
実な検出が高温ラプチャ発生防止のうえで重要と判断するものであり,もんじ
ゅの安全性総点検報告への対応の一環として,この点を念のため設置許可
申請書において明確にすることが適当と判断した。」と説明している。
 3 本件変更許可申請書の一部補正
   本件申請者は,原子力安全・保安院の上記指導に従って,平成13年12月13日,
「高速増殖原型炉もんじゅ原子炉設置変更許可申請書(原子炉施設の変更)本文
及び添付書類の一部補正」と題する書面を被控訴人(経済産業大臣)に提出して,
本件変更許可申請書の一部補正を行ったが,その主要なものは,次の(1)ないし(5)
のとおりである。
  (1) カバーガス圧力計及び圧力開放板開放検出器の機能基準の明確化
    本件許可申請書添付書類八の「プロセス計装」の「安全保護系以外のプロセス計
装」のうち,「蒸気発生器計装」の項目について,一部補正において,カバーガス
圧力計の設定圧等を具体的に明記する旨の変更をした。
    すなわち,① 蒸発器のカバーガス圧力計は,設定圧を約0.15MPa[gage]と
し,多重性をもった設計とすること,② 圧力開放板開放検出器は,約0.3MPa
の差圧で開放する圧力開放板を設置し,その信号系は多重性をもった設計とす
ることの2つが明記された。
  (2) カバーガス圧力計の位置付け
    本件変更許可申請書においては,「発電用軽水型原子炉施設の安全機能の重
要度分類に関する審査指針」を参考にして,安全機能を有する構築物,系統及
び機器を,それが果たす安全機能に応じて,① 異常発生防止系(PS系,その
機能の喪失により,原子炉施設を異常に陥れ,もって一般公衆ないし従事者に
過度の放射線被ばくを及ぼすおそれのあるもの)と,② 異常影響緩和系(MS
系,原子炉施設の異常状態において,この拡大を防止し,又はこれを速やかに
収束せしめ,もって一般公衆ないし従事者に及ぼすおそれのある過度の放射線
被ばくを防止し,又は緩和する機能を有するもの)の2種類に大別することとし,
PS系,MS系それぞれにつき,その有する安全機能の重要度に応じ,重要な順
から,クラス1,クラス2及びクラス3に更に分類することとした。そして,本件変更
許可申請書において,2次ナトリウム補助設備(2次ナトリウム充填ドレン系)が
MS-2クラス(異常状態への対応上特に重要な構築物,系統及び機器)に分類
することになっていたが,今回の一部補正において,「プロセス計装(蒸発器のカ
バーガス圧力計)」をMS-2クラスの「2次主冷却系の過圧抑制機能」の「特記
すべき関連系」の欄に掲記し,蒸発器のカバーガス圧力計を「異常状態への対
応上特に重要な構築物,系統及び機器」(MS-2クラス)と位置づけることを明
らかにした。
  (3) 水蒸気ブロー系の強化(放出弁の増加)
    本件許可申請書添付書類八の「タービン及び付属設備」の「主要設備」の「主蒸
気系設備」の「第11.3-1表 主蒸気系設備の設備仕様」を変更し,蒸発器入
口放出弁,蒸発器出口放出弁,過熱器入口放出弁,過熱器出口放出弁,給水
止め弁及び過熱器入口止め弁の各記載を追加した(これらの各弁は,本件許可
処分後に,本件申請者により,本件原子炉施設の主蒸気系設備として実際に設
置されていたが,原子炉設置変更許可申請書の一部補正によって,それを明確
にすることにした。)。
    なお,これとともに,水蒸気ブローをより早期に完了することを目的として,蒸発器
入口放出弁を従来の3個から6個に(1ループ当たりでは,1個から2個に),蒸
発器出口放出弁を従来の6個から9個に(1ループ当たりでは,2個から3個
に),各変更することとし,その個数についても明記することとした。
  (4) 蒸気発生器伝熱管水漏えい対策の表現の変更
    本件許可申請書添付書類八の2次主冷却系設備の概要とその設計方針に関す
る記載中の「5.2 設計方針」の「(6) 蒸気発生器伝熱管水漏えい対策」(本節,
第3の1)の欄について,下記のように表現が変更された。
   「(6) 蒸気発生器伝熱管水漏えい対策
      ナトリウム・水反応を早期に検知し,破損の拡大を防止・抑制するため,水素
計による水漏えい検出設備を2次主冷却系配管及び蒸気発生器カバーガ
ス空間に設ける。
      水素計信号に基づき,運転員により発せられる水漏えい信号により,蒸気発
生器水・蒸気側のしゃ断,内部保有水・蒸気の急速なブロー,2次主冷却系
循環ポンプ主モータトリップ等の一連のプラント自動停止操作が行えるよう
に設計する。
      ナトリウム・水反応による顕著な圧力上昇を生じるような伝熱管破損に際して
は,大規模漏えいへの拡大を防止・抑制するため,蒸発器にカバーガス圧
力計による水漏えい検出設備を設ける。この水漏えい信号に基づき,一連
のプラント自動停止操作ができるように設計する。
      万一の蒸気発生器伝熱管の大規模漏えいに対しては,その影響により,原子
炉施設の安全性を損なうことのないよう2次主冷却系の過度の圧力上昇を
防ぐため,ナトリウム・水反応生成物収納設備を設ける設計とする。また,
蒸発器及び過熱器に設けた圧力開放板の開放検出器による水漏えい検
出設備を設ける。この水漏えい信号によって,一連のプラント自動停止操
作ができるように設計する。(以下略)」
   (5) 蒸気発生器伝熱管破損事故の防止対策についての変更
     本件許可申請書添付書類十には,前記(本節,第3の2)のとおり,蒸気発生器
伝熱管破損事故に関する記載があるが,このうち,「(2) 防止策」の項のⅲな
いしⅴは,次のⅲないしⅵのとおりに変更され,高温ラプチャの防止ということ
が明言されるようになった(なお,従前のⅵ,ⅶ,ⅷは,それぞれ新たなⅶ,ⅷ
,ⅸとなった。)。
    「ⅲ 水漏えい検出設備を設置することにより,万一,伝熱管小規模漏えいが生じ
た場合には,早期に水漏えいは検出され,運転員により発せられる水漏
えい信号に基づく蒸気発生器の水・蒸気側のしゃ断,内部保有水・蒸気
の急速なブロー,2次主冷却系循環ポンプ主モータトリップ等の一連のプ
ラント自動停止操作が行えるように設計する。(「2.13蒸気発生器伝熱
管小漏えい」参照)
     ⅳ 以上のような防止対策にもかかわらず,ナトリウム・水反応による顕著な圧
力上昇を生じるような伝熱管破損に際しては,蒸発器に設けたカバーガ
ス圧力計により水漏えいを検出する。この水漏えい信号に基づく一連の
プラント自動停止操作により,伝熱管の高温ラプチャ型破損の発生を防
止するとともに,損耗作用による破損伝播を抑制できる設計とする。
     ⅴ さらに過度な圧力上昇を生じるような伝熱管破損事故が生じた場合に備え
て,ナトリウム・水反応生成物収納設備を設ける設計とする。
 蒸発器と過熱器は,いずれも圧力開放板を介してナトリウム・水反応生成物
収納設備に接続される。事故が生じた蒸気発生器内のナトリウム側圧力
が圧力開放板の設定圧力まで上昇すると,圧力開放板は自動的に破れ
て,ナトリウム・水反応生成物収納設備に開放され,過度な圧力上昇が
抑制できる設計とする。ナトリウム・水反応により発生する水素ガスはナ
トリウム・水反応生成物収納設備に放出され,これに付随するナトリウム
及び反応生成物のうち液体,固体は反応生成物収納容器でほとんど分
離回収される。水素ガスは反応生成物収納容器用圧力開放板を介して
大気へ放出,燃焼処理できるように設計する。
     ⅵ 蒸発器又は過熱器の圧力開放板開放検出器の信号によって,一連のプラ
ント自動停止操作ができる設計とする。」
  (以上の事実につき,乙16,乙イ94,96,97,弁論の全趣旨)
第9 当裁判所の判断
  1 本件原子炉施設の蒸気発生器の特徴等と技術的課題
   (1) 本件原子炉施設の蒸気発生器の特徴等
     液体金属冷却高速増殖炉である本件原子炉の冷却材が水と激しく反応するナ
トリウム(液体金属)であることから,本件原子炉施設においては,放射能を帯
びた1次系冷却材ナトリウムと水とが直接熱交換することを避け,1次冷却系
と水・蒸気系との間に中間熱輸送系(中間冷却系)として,非放射性の2次冷
却系が設けられていることは,既述のとおりである(本節,第1の4参照)。しか
し,2次冷却材もナトリウムである以上,蒸気発生器において,ナトリウムと水
との間で,熱交換が行われることには変わりがない。すなわち,伝熱管の壁1
つを隔てて,ナトリウムと水・蒸気とが併存しながら熱交換を行うのである。こ
の点において,水と水との間で熱交換が行われる軽水炉の蒸気発生器とは
根本的な相違がある。
     高温ナトリウムと水とが直接接触した場合のナトリウム-水反応については,前
節で詳しく述べたところであるが,蒸気発生器の伝熱管に損傷が生じ,伝熱管
から水・蒸気が漏えい(リーク)すれば,それが大量のナトリウムの中に直接
噴出するのであるから,激しい反応熱や水素ガスが発生し,深刻な事態を招く
ことは容易に想像することができる。本件申請者がSWAT試験を繰り返し行
ったのも,蒸気発生器伝熱管からの水・蒸気漏えい(リーク)の危険性を充分
に認識していたからであると思われる。
     本件原子炉は,高速増殖炉としては我が国最初の原型炉であり,本件申請者
は,その前の段階の実験炉「常陽」の建設,稼働の経験は有しているものの,
「常陽」には発電能力がなく,蒸気発生器は設置されていなかった(第1章,第
1節,第3の3参照)。したがって,我が国においては,蒸気発生器が設置され
た高速増殖炉としては,本件原子炉が最初であり,稼働実績は全くなく,未知
の分野のあることは避けられない。それだけにその安全性の評価について
は,慎重かつ保守的な審査が必要である。
   (2) 蒸気発生器の技術的課題
    ア 高速増殖炉の蒸気発生器の特徴等が上記のようなものである以上,事故防
止対策として肝要なことは,伝熱管から水・蒸気が漏えいしない設計施工
が確保されることである。このためには,伝熱管が高温高圧に耐え,腐食
に強く,強度も堅牢強固であることが要求される。特に,伝熱管の内外の圧
力差は,軽水炉の場合,約90気圧であるのに対し,本件原子炉では,約1
30ないし150気圧であり,本件原子炉の伝熱管壁には軽水炉の約1.5倍
の高圧がかかっているだけに,耐圧性を確保することは重要であり,それ
に応えるには,伝熱管の肉厚を安全余裕を持った厚さにすることが望まし
い(甲イ444)。
    イ しかしながら,蒸気発生器は,熱交換をすることを目的としているものである。
したがって,高速増殖炉の場合に限らず,発電施設の蒸気発生器は,熱交
換が最も効率的に行われるように設計されるのは当然である。そのために
蒸気発生器は,一般的には,長い細管(伝熱管)を多数束ね,これを1つの
容器に納める構造となっている。そして,伝熱管の肉厚を薄くすることが熱
伝達効率を高めることになるのは,いうまでもないことである。特に,高速増
殖炉の場合,ナトリウムの熱容量が小さいこと(熱しやすく冷めやすい)か
ら,肉厚を余り厚くすれば,原子炉起動・停止時の伝熱管の内外の温度差
が大きくなり,熱衝撃や過大な熱応力がかかることになって伝熱管破損の
原因となりやすい。
  (甲イ444,弁論の全趣旨)  
    ウ かくして,高速増殖炉の蒸気発生器伝熱管は,設計上,深刻なジレンマ(矛
盾)を抱えざるを得ない。これに加え,軽水炉の蒸気発生器の使用温度は
最高で約320℃とされているのに対し,本件原子炉施設の2次冷却材の最
高使用温度は,蒸発器において490℃,過熱器で525℃であり(甲イ44
4,乙16),本件原子炉施設の蒸気発生器伝熱管は,軽水炉のそれよりは
るかに高い温度に曝されている。また,伝熱管から水・蒸気がナトリウム側
に漏えいすれば,その周辺の最高温度は1000℃を超える高温となり(乙
イ43,44),極めて過酷な条件に置かれることとなる。こうしたことから,高
速増殖炉の蒸気発生器の設計・施工には技術的困難が伴うことが窺われ
る。本件原子炉施設の蒸気発生器の伝熱管は,蒸発器では,外形32ミリメ
ートル,肉厚約3.8ミリメートルのクロム・モリブデン鋼製,過熱器では,外
形約32ミリメートル,肉厚約3.5ミリメートルのオーステナイト系ステンレス
鋼製となっているが(本節,第1の2の(2)参照),これは,弁論の全趣旨によ
れば,本件申請者の行ったSWAT試験を踏まえ,また,諸外国の原子炉施
設を参考にしたものと認められる。しかし,本件原子炉の稼働実績は試運
転だけであるから,実機によってその妥当性が実証されている訳ではな
い。
    エ さらに,高速増殖炉の蒸気発生器の伝熱管の構造としては,U字形,直管
型,ヘリカルコイル型などがあるが,本件原子炉施設においては,ヘリカル
コイル型を採用している(乙16,甲イ119ないし123,444)。しかし,ヘリ
カルコイル型は,伝熱管がナトリウムの流れと直交して熱伝達効率に優れ
ているものの,伝熱管が幾重にも螺旋状に曲折し,ナトリウム液位中の部
分に溶接箇所が非常に多いのが特徴であるが,溶接箇所は熱応力や熱衝
撃を受けやすく,それだけに破損の可能性は増大する(甲イ444)。
      被控訴人は,伝熱管の溶接部は,構造信頼性や欠陥検出性に優れた突き合
わせ溶接継手構造とした上,全自動の電気溶接機で施工し,非破壊検査
等の所定の検査を行ったと主張するが,たとえそうであっても,程度の差は
ともかく,伝熱管が健全性を維持する上で溶接部を持つことが不利であるこ
とに変わりはない。
 2 本件安全審査における高温ラプチャの審査の有無
  (1) 被控訴人の主張
    被控訴人は,「内閣総理大臣は,仮に,本件原子炉施設の蒸気発生器伝熱管が
破損するとしても,高温ラプチャは生じ得ず,本件安全審査における蒸気発生器
伝熱管破損事故に係る安全評価において高温ラプチャを考慮する必要はないと
判断した。」と主張する。
  (2) 被控訴人の主張に対する判断
   ア 本件許可申請書の添付書類十の蒸気発生器伝熱管破損事故の項目には,同
事故の解析条件として,「初期スパイク圧評価としては,伝熱管1本の瞬時両
端完全破断を想定する。また,準定常圧評価としては伝熱管の破損伝播の影
響を考慮して,伝熱管4本の両端完全破断相当の水漏えいを想定する。」との
記載がある(本節,第3の2参照)。しかし,本件許可申請書には,蒸気発生器
伝熱管の破損伝播の原因となる高温ラプチャに関する記述は一切見当たら
ない(乙16)。
     そして,本件申請者の職員で,平成6年7月にもんじゅ建設所副所長に就任した
Jは,その陳述書(乙イ43)において,「昭和50年ころ,もんじゅ蒸気発生器
の設計基準水リークとして,初期事象として伝熱管1本の瞬時両端完全破断
(いわゆる瞬時ギロチン破断),さらに,伝熱管破損伝播による影響を考慮して
伝熱管4本の両端完全破断相当の水リーク率としました。これは,初期事象と
しては,伝熱管1本からの水リークとしては,瞬時ギロチン破断が最大値であ
ることから,伝熱管破損伝播による影響としては,(中略)各種のナトリウム-
水反応試験から得られていた研究成果や,当時の海外情報を基に,伝熱管
破損伝播のメカニズムとしては,ウェステージ型破損が支配的であると考え,
4本両端完全破断相当の水リーク率を考えれば十分保守性があるであろうと
判断し,設計基準水リークとしたものです。同じリーク孔であれば,水リーク率
は,水・蒸気密度の高い蒸発器の方が過熱器よりも大きくなりますので,設計
基準水リークとしては,4本両端完全破断が蒸発器で発生するとして,水リー
ク率は約50kg/sとなります。」と述べている。
   イ 科学技術庁が本件安全審査の際に作成して原子力安全委員会に提出した安
全審査書案の蒸気発生器伝熱管破損事故に関する記述は,前記(本節,第4
の2)のとおりであるが,これは,本件許可申請書添付書類十に記載された解
析の条件とその結果をそのま是認したにとどまり,高温ラプチャに関しては,
何ら触れていない。また,原子力安全委員会が内閣総理大臣に提出した「動
力炉・核燃料開発事業団,高速増殖炉もんじゅ発電所の原子炉の設置につ
いて」の答申(乙14の3)も,高温ラプチャに言及したところはない。
   ウ 本件申請者が行ったSWAT試験で高温ラプチャが生じたRun-16(実施した
時期は本件安全審査が行われていた昭和56年)の試験結果が科学技術庁
に情報提供(報告)されたのは,本件許可処分後の平成6年11月であり,科
学技術庁がこれを原子力安全委員会に報告したのは,平成10年4月のこと
である(本節,第6の4参照)。また,高温ラプチャによって伝熱管が大量に破
損したイギリスのPFR事故が起こったのは,本件許可処分後の昭和62年2
月のことであった(本節,第7参照)。
   エ 京都大学原子炉実験所のKは,その陳述書(甲イ444)において,「PFR事故
が起こるまでは,高温ラプチャが現実のプラントで大規模に発生するとは,世
界の専門家の誰も予想していなかったことである」旨を述べているが,このK
の供述が誤りといえないことは,1990年9月に行われたIEAE(国際原子力
機関)の蒸気発生器破損伝播に関する専門家会議の報告書(甲イ184)から
も窺われるところである。また,本件許可申請前の昭和53年12月に原子力
安全委員会原子炉安全専門審査会委員になり,平成10年4月,原子力安全
委員会委員長に就任した原審証人Iの証言によれば,本件安全審査当時,原
子力安全委員会は,高温ラプチャという破損伝播に関するメカニズムの知見
自体を欠いていたと疑わざるを得ない。
   オ 本件安全審査当時の昭和56年2月に科学技術庁原子力安全技術顧問とな
り,昭和62年11月原子力安全委員会原子炉安全基準専門部会委員に,平
成5年6月原子力安全委員会原子炉安全専門審査会委員に各就任した原審
証人Hは,主尋問において,イギリスのPFR事故以前から,伝熱管の破損伝
播の現象としてウェステージ型と高温ラプチャ型の2種類があることは認識し
ており,本件申請者の実験等により本件原子炉施設の蒸気発生器では高温
ラプチャは起こらないことを確認した旨証言する一方,反対尋問において,高
温ラプチャが起こらないことを確認した本件申請者の実験とはSWAT-3試
験のことであると証言している。しかし,前述のとおり,本件申請者がSWAT
試験の結果を科学技術庁に報告したのは本件許可処分後の平成6年11月
のことであるから,本件安全審査当時,科学技術庁がSWAT試験の内容を知
る由もなく,上記原審証人Hの証言が,本件安全審査当時,科学技術庁が高
温ラプチャが生じないことを確認していたという趣旨であれば,同証言は到底
措信できるものではない。
   カ 以上の事実によれば,本件申請者は,本件許可申請当時,蒸気発生器の伝熱
管破損事故において高温ラプチャが生ずるとは想定していなかったことが明
らかであり,審査機関である科学技術庁及び原子力安全委員会も,本件申請
者がした解析を単に是認したにとどまり,高温ラプチャによる破損伝播が生じ
るかも知れないとの観点から,本件安全審査を行ったと認めることはできな
い。
     そうすると,総理大臣は本件原子炉施設の蒸気発生器において高温ラプチャが
生じないことを確認したとの被控訴人の主張は採用することができず,本件安
全審査においては,蒸気発生器伝熱管破損事故の安全評価につき,高温ラ
プチャによる伝熱管の伝播破損の可能性の調査審議及び判断を欠落したも
のというべきである。
 3 本件原子炉施設の蒸気発生器における高温ラプチャ発生の可能性
  (1) 判断の前提
   ア 被控訴人は,本件原子炉施設において,PFR事故のような蒸気発生器伝熱管
破損事故の発生の可能性自体を否定する。しかし,ここでは,本件申請者が
本件許可申請書で「評価の考え方」及び「安全評価審査指針」に基づいて選
定した「蒸気発生器伝熱管破損事故」(設計基準事故)の安全評価につき,そ
の事故拡大防止対策の是非を検討する前提として,高温ラプチャの発生の可
能性の有無を論じようとするものである。被控訴人が如何に主張しようとも,
本件申請者が選定した「蒸気発生器伝熱管破損事故」が本件安全審査の対
象となり,その調査審議,判断の過程の過誤,欠落が争われている本件にお
いて,伝熱管破損事故の発生の可能性自体を否定して,本件安全審査の正
当性を主張することは許されない。したがって,ここにおいては,本件申請者
が想定した「蒸気発生器伝熱管破損事故」のような事故が発生する可能性の
あることを前提として,論を進めることとする。
   イ そこで,本件申請者が想定した「蒸気発生器伝熱管破損事故」の内容を見る
と,それは,前述のとおり(本節,第3の2),定格出力102パーセントの原子
炉運転時に,2次主冷却系配管長が最短のループの蒸発器束部下部の伝熱
管1本が瞬時両端完全破断するというものである。また,これによる水漏えい
量は,隣接管の伝播破損による2次リークも考慮し,伝熱管4本の両端完全
破断相当の水量が想定されている。そして,本件申請者の想定した隣接管の
伝播破損がウェステージ型破損であり,高温ラプチャ型破損ではないことは,
当事者間に争いがない。
   ウ 本件においては,高温ラプチャ発生の可能性の有無が主要な争点の1つとさ
れ,これよりそれに対する判断を示すことにするが,その前に,ここでもう一
度,ウェステージ現象と高温ラプチャ現象について確認しておくことにする。こ
れについては,既に本節,第5の3で触れたところであるが,要するに,両現
象とも,蒸気発生器伝熱管が破損して水・蒸気が漏えいし,ナトリウム-水反
応が生じた場合に,破損伝熱管に隣接する他の健全な伝熱管が破損する現
象である。そして,ウェステージ現象とは,破損伝熱管からの噴出流がナトリ
ウムとの反応により強い腐食性のある高温の噴出流となり,これが隣接伝熱
管に衝突し,健全な伝熱管を局部的に損耗,減肉して破損させる現象をいう。
これに対し,高温ラプチャ現象とは,ナトリウム-水反応による高温の反応熱
により隣接伝熱管の機械的強度が低下し,その伝熱管が内部の水・蒸気の
圧力によって急速に膨張して破裂する現象をいう。
  (2) 被控訴人が高温ラプチャが生じないとする論拠
    控訴人らは,イギリスのPFR事故,SWAT-3試験及び後に述べるドイツのイン
ターアトム社の実験などを例に,本件原子炉施設の蒸気発生器においても高温
ラプチャが生じる具体的危険性があると主張するのに対し,被控訴人は,本件
原子炉施設の蒸気発生器ではその可能性はないと主張する。
    被控訴人の主張によれば,被控訴人が本件原子炉施設の蒸気発生器では高温
ラプチャが生じないとする主要な論拠は2つある。1つは,伝熱管破損事故が起
これば,早期に水漏えいを検出するシステムが整っていること,もう1つは,水漏
えいを検知すれば,直ちに水・蒸気の急速ブローなどの事故拡大防止のための
適切な操作が行われること,である。そこで,以下(3),(4)において,これらの主
張の当否について判断する。
  (3) 被控訴人の論拠1(水漏えいの検出システム)に対する判断
   ア 被控訴人の主張
     伝熱管が破損して水・蒸気の漏えいがあれば,蒸気発生器のナトリウム側に水
素ガスの発生とそれによる圧力の上昇が生じる。そこで,本件原子炉施設の
蒸気発生器では,水漏えい検出設備として,水素計,カバーガス圧力計及び
圧力開放板開放検出器を設け,伝熱管からの水漏えいを早期に検出するシ
ステムを整えている。
    (ア) 小規模漏えいの場合には,水漏えい検出設備(水素計)からの漏えい警報
を受け,運転員の判断により水漏えい信号を発する。この信号により,蒸気
発生器内の水・蒸気側のしゃ断,内部保有水・蒸気の急速なブロー,2次主
冷却系循環ポンプ主モータトリップ等の操作が自動で行われる。
      イギリスのPFRでは,事故当時,ナトリウム中の水素検出器が撤去されてい
たため,初期の段階で蒸気の小リークを検出することができなかったが,本
件原子炉施設では,水素計が設置されているので,そのようなことはない。
    (イ) 万一,多量のナトリウム-水反応が発生した場合には,蒸発器のカバーガ
ス圧力計又は蒸発器と過熱器のそれぞれに設けられている圧力開放板の
開放検出器によってこれを検出し,上記(ア)と同様の操作が自動で行われ
る。
   イ 被控訴人の主張に対する判断
    (ア) 水素計について
     (あ) 証拠(乙イ43)によれば,本件原子炉施設の2次主冷却系設備の各部(蒸
発器及び過熱器の各ナトリウム出口配管とカバーガス部,循環ポンプ入
口ナトリウム配管)には,水漏えい検出設備としての水素計が1系統に5
基(ナトリウム中水素計が3基,アルゴンガス中水素計が2基)ずつ設置
されていること,このうちナトリウム中水素計は,2次系ナトリウム中の水
素濃度を検出することによって水漏えいを監視することを目的とした計器
であること,の各事実が認められる。
     (い) そして,PFRでも,ナトリウム中水素検出器は当初備えられていたが,誤
認のトリップが多いため,事故当時は撤去されていたことは,前述のとお
りである(本節,第7の3参照)。
     (う) しかしながら,証拠(甲イ383,444,乙イ43)によれば,①本件原子炉施
設の水素計の検知能力は,水漏えい率が毎秒1グラム以下では,水漏
えい率が低くなるにつれて検出時間(検出するのに要する時間)が遅くな
ること,②例えば,水漏えい率が毎秒0.001グラムの場合には検出時
間は1万秒(約2時間46分)以上となり,水漏えい率が毎秒0.01グラム
の場合には検出時間は1000秒(約16分)以上となり,水漏えい率が毎
秒0.1グラムの場合には検出時間に数分以上要すること,③また,水漏
えい率が毎秒1グラムから1キログラムの範囲でも検出時間は約1分と
なることが認められる。
       これによれば,ナトリウム中水素計が設置されているとはいっても,これによ
っては水漏えいを検知するまでに相当の時間を必要とすることが認めら
れる。しかも,上記各証拠によれば,破損伝播開始時間と比べてみると,
水漏えい率が毎秒0.1グラムを少し上回る程度から毎秒1000グラム
(1キログラム)までの範囲では,水漏えいを検知できる時間より破損伝
播開始時間の方が早いこと(すなわち,水漏えいを検知する前に伝熱管
の伝播破損が始まること)が認められる。ちなみに,高温ラプチャ型破損
は,ウェステージ型破損よりも一般的に破損伝播に至る時間が短いとさ
れている(弁論の全趣旨)。
     (え) 以上によれば,本件原子炉施設の2次主冷却系設備にはナトリウム中水
素計が設置されているとはいっても,水漏えい率が毎秒0.1グラムを少
し上回る程度から毎秒1000グラム(1キログラム)までの場合の広範囲
にわたって,水漏えいを検知する前に伝熱管の破損伝播が始まる可能
性があり,その意味で,ナトリウム中水素計は,水漏えいの早期検出に
は必ずしも有効ではないと認められる(特に,微小漏えいが比較的早くに
小・中規模漏えいに拡大した場合には,不安がある。)。そうすると,本件
原子炉施設においても,ナトリウム中水素計の水漏えいの検出が遅れ,
伝熱管破損の伝播(拡大)に繋がる可能性を否定することはできない。
    (イ) カバーガス圧力計及び圧力開放板開放検出器について
     (あ) 被控訴人は,小規模以外の水漏えい(リーク)については,圧力上昇を検
出するカバーバス圧力計と圧力開放板開放検出器によって,これを早期
に検知することができると主張する。
       しかし,前述(本節,第8の2,3)のとおり,原子力安全・保安院は,平成13
年12月11日,本件申請者に対し,本件申請者が本件ナトリウム漏えい
事故の発生を受けて行った安全性総点検における伝熱管破損に伴う高
温ラプチャの可能性についての検討結果(原子力安全・保安院の指示に
より,伝熱管の肉厚を3.5ミリメートルとするとともに,膜沸騰を考慮して
再解析したもの)によれば,カバーガス圧力計での初期水リークの検出
による場合は,高温ラプチャが発生する判断基準を下まわる結果となっ
ているものの,圧力開放板検出器での検出による場合,高温ラプチャが
発生する判断基準を上まわる結果と評価されたとして,本件変更許可申
請書の補正を指導し,本件申請者もこれに従っているところである。
       以上のことは,要するに,圧力上昇の検出が遅い圧力開放板開放検出器を
基準とすれば,高温ラプチャの発生を防止できないということであり,こ
の点において,被控訴人の主張は根拠を失ったものというべきである。
     (い) 原子力安全・保安院は,カバーガス圧力計を基準にすれば,高温ラプチャ
の発生前に水漏えいを検出できるとしているが,証拠(乙イ96)によれ
ば,カバーガス圧力計による場合でも,高温ラプチャ発生基準である累
積損傷和(この数値が1を超えると,解析上高温ラプチャが生じると判断
される。)は,運転状態が①定格,②40%給水,③10%給水の各場合
につき,①が0.77,②が0.95,③が0.97であり,余裕は極めて少な
く,特に②,③の数値は,限りなく1に近いことが明らかである。
       このようにカバーガス圧力計でも,高温ラプチャ発生までの時間的余裕は非
常に小さいものであることからすると,水漏えい検知システムとして万全
とは到底認め難い。
       しかも,カバーガス圧力計が過熱器に設置されているかどうかは定かではな
いが,仮に設置されているとしても,過熱器においては,カバーガス圧力
計による水漏えい検出機能は期待されていないから(本節,第3の1,2
参照),過熱器での小規模を超える水漏えいの検出は,圧力開放板開放
検出器に頼らざるを得ないところ,圧力開放板開放検出器によるので
は,高温ラプチャの発生を防止できないことは上記のとおりである。
    (ウ) 以上の認定判断によれば,本件原子炉施設の蒸気発生器では,伝熱管破
損事故が起こっても早期に水漏えいを検出するシステムが整っているから
高温ラプチャは生じない,という被控訴人の主張は,これを是認することが
できない。
  (4) 被控訴人の論拠2(水・蒸気の急速ブローなどの対応対策)に対する判断
   ア 被控訴人の主張
    (ア) 前述のとおり,上記各検出器が水漏えいを検知すると,小規模漏えいの場
合には水漏えい検出設備(水素計)からの警報を受けた運転員の発する信
号により,また,その他の場合にはカバーガス圧力計又は圧力開放板開放
検出器の発する信号により,蒸気発生器内の水・蒸気側のしゃ断,内部保
有水・蒸気の急速なブロー,2次主冷却系循環ポンプ主モータトリップ等の
操作が自動的に行われる。
    (イ) 高温ラプチャは,ナトリウム-水反応による高温の反応熱により隣接伝熱管
の機械的強度が低下し,かつ伝熱管内の水・蒸気の圧力(内圧)が高い場
合に,内圧によって急速に膨れて破裂(ラプチャ)する現象である。したがっ
て,高温ラプチャ型破損は,水の漏えいを早期に検出し,急速に水・蒸気を
外部に逃がすことにより,伝熱管内を冷却(水・蒸気の流動による管内冷却
効果)しながら圧力を急速に低下させることができれば,その発生を回避す
ることが可能である。
      本件原子炉施設においては,上記のとおり,伝熱管からの水・蒸気の漏えい
が検出されれば,急速ブロー及び給水の停止によりナトリウム-水反応を
抑制し,伝熱管内の圧力を低下させる対策が施されているのであるから,
高温ラプチャが生じることはない。
    (ウ) イギリスのPFR事故で高温ラプチャが発生したのは,PFRが伝熱管からの
小リークを早期に検知できなかったことに加え,急速ブロー系が備えられて
いなかったために,プラントのトリップ後に伝熱管内部の水・蒸気の急速な
ブローができず,伝熱管内の冷却と圧力の急速低下ができなかったからで
ある。
    (エ) SWAT-3 Run-16試験においては,伝熱管が高温ラプチャにより破損し
たが,これらの伝熱管は,いずれも内部に静止した蒸気又はガスを密閉し
たものであり,水・蒸気の流動による冷却効果が全く期待できないものであ
った。しかし,本件原子炉施設の蒸気発生器においては,急速ブローによ
る水・蒸気の流動が期待できるのであるから,高温ラプチャが生じることは
ない。現に,Run-19試験では,ガス加圧管5本は高温ラプチャによって破
断したものの,流水管は破断しなかったことが確認されている。なお,Run
-19とRun-16とでは試験条件に違いがあるが,Run-19試験の条件が
作為的に切り下げられたということはない。
    (オ) 確かに,ドイツのインターアトム社が行った破損伝播を模擬した実験におい
ては,流水管においても破損が生じた結果が得られている。しかし,この実
験に用いられた伝熱管は,本件原子炉施設のそれとは異なる細径管(外径
17.2ミリメートル,25ミリメートル,26.9ミリメートルの3種類)であり,伝
熱管全体がリークジェットに包まれ全面的に反応熱によって加熱されやす
い条件下にあったものである。また,伝熱管において発生する内圧による
応力は,一般的に,ほぼ,外径と厚みとの比率に比例するが,インターアト
ム社の伝熱管は,リークジェットに包まれた結果,伝熱管の肉厚がウェステ
ージによって減少し,このため,発生する応力が大きくなったことが容易に
考えられる。インターアトム社が実験に供した伝熱管が破損した原因は,以
上のとおり,ウェステージによる伝熱管の肉厚減少が相当程度の時間を要
して先行したことによるものであって(ウェステージ先行型高温ラプチャ),
短時間に複数の伝熱管が内圧破裂する高温ラプチャとは異なる。
      これに対して,本件原子炉施設の伝熱管は外径が約32ミリメートルの太径管
であるから,上記インターアトム社の実験結果が,本件原子炉施設の蒸気
発生器において高温ラプチャが生じる根拠となるものではない。
イ 被控訴人の主張に対する判断
    (ア) 本件許可申請書(乙16)によれば,被控訴人が主張するように,本件原子
炉施設の蒸気発生器においては,伝熱管からの水漏えいを検出器が検知
し,その検出器などから所定の信号が発せられれば,蒸気発生器内の水・
蒸気側のしゃ断,内部保有水・蒸気の急速なブロー,2次主冷却系循環ポ
ンプ主モータトリップ等のプラント停止操作が自動的に行われる設計である
ことが認められる(本節,第3の1参照)。
      高温ラプチャ発生のメカニズム(機序)に照らせば,プラント停止に伴い伝熱管
内の水・蒸気の急速ブローが行われることは,伝熱管内部の圧力を急速に
低下させるとともに,水・蒸気の流動により伝熱管の冷却も維持できるか
ら,設計どおりの操作が無事に進めば,高温ラプチャの発生の抑止効果を
相当程度期待することができ,当裁判所としても,そのことを認めるに吝か
でない。そして,PFR事故においては,その当時,PFRに急速ブローの装
置が備えられていなかったこと,また,Run-19試験において,流水管に
高温ラプチャによる破断が生じなかったことは,控訴人らもこれを認めると
ころである。
      しかしながら,上記の設計どおりの操作によって絶対的な高温ラプチャ発生防
止の効果が期待できるかといえば,それは,次に述べるとおり疑問である。
    (イ) ドイツのインターアトム社の伝熱管破損伝播に関する実験において,流水管
についても破損が生じる結果が得られたことは,当事者間に争いがない。
     (あ) これについて被控訴人は,上記のとおり,インターアトム社の実験に供され
た伝熱管が細経管であることを理由に,その破損は,ウェステージ先行
型高温ラプチャによるものであって,短かい時間に複数の伝熱管が内圧
破裂する高温ラプチャ型破損ではないと主張している。
     (い) そこで,これについて検討すると,証拠(甲イ443)によれば,① 平成元
年(1989年)3月13日に,本件申請者の職員や日本企業の技術者等
がドイツ(当時西ドイツ)のベンスベルグにあるインターアトム社を訪問し
て,同社の研究者との間で,ナトリウム-水反応に係わる討議を行った
こと,② その際,本件申請者の職員等は,同社の研究者から,被控訴
人主張のような外径の伝熱管を用いて同社が行った破損伝播に関する
実験結果の情報の提供を受けたこと,③ その内容は,「伝熱管内に水
流動がある場合でも高温ラプチャが発生する。水リーク率が80グラム/
秒以上になると高温ラプチャを引き起こす。」というものであったこと,の
各事実が認められる。
       しかし,被控訴人が主張する,インターアトム社の実験に用いられた伝熱管
全体がリークジェットに包まれ,全面的に反応熱によって加熱されやすい
条件下にあったこと,並びに,伝熱管がリークジェットに包まれた結果,
伝熱管の肉厚がウェステージによって減少し,このため発生する応力が
大きくなったことを認めるに足る証拠はなく,この部分は,被控訴人の単
なる憶測に過ぎないと認められる。むしろ,証拠(甲イ443,乙イ86)に
よれば,インターアトム社の実験では,2次リークは,1次リークの噴出流
(リークジェット)の影響を受けていることが窺われるが,3次リークは,1
次,2次の各リークの噴出流(リークジェット)とは無関係に発生している
ことが窺われるから,少なくとも,3次リークを起こした流水管がウェステ
ージの影響を受けていたとは認められない。
       被控訴人は,インターアトム社の実験に供された伝熱管の外径が本件原子
炉施設のものより細いことを強調するけれども,上記主張以外に,その
伝熱管の外径の大小の差が高温ラプチャの発生にどのような影響を及
ぼすのかについての具体的な主張立証はない。なお,被控訴人の主張
の中には,「伝熱管において発生する内圧による応力は,一般的に,ほ
ぼ,外径と厚みとの比率に比例する」との部分があるが,被控訴人は,イ
ンターアトム社の伝熱管の外径と厚みとの比率から得られる応力値と本
件原子炉施設の伝熱管に生じる応力値を比較して,本件原子炉施設に
おける高温ラプチャ発生の可能性を否定する主張をしているものではな
い。
     (う) そうすると,インターアトム社の実験の伝熱管が細経管であることを理由
に,本件原子炉施設の蒸気発生器伝熱管については高温ラプチャは発
生しないとする被控訴人の主張にたやすく同意することはできない。
    (ウ) イギリスのPFR事故においては,その当時,PFRに急速ブローの装置が備
えられていなかったのであるから,プラントトリップ後の伝熱管内の水・蒸気
の急速ブローができなかったことは明らかである。
      しかしながら,証拠(甲イ443)によれば,① 平成元年(1989年)3月に,イ
ギリスのドンクレーで,AGT8/日本ナトリウム-水反応専門家会議が開
催され,日本側から本件申請者の職員や企業の技術者等が出席し,イギリ
ス側からはナトリウム-水反応の専門家が出席し,PFR事故の原因究明
に関すること等が議題とされたこと,② 同会議の席上,日本側の出席者
が「PFRの過熱器に,Fastダンプ系(急速ブロー系のこと)を設けてない理
由は何か。」と質問したところ,イギリス側の出席者は,「過熱器のFastダン
プ弁は,元々は設置されていたが,有効でないという理由で取り外された。
このため,PFR事故の時には,過熱器にはFastダンプ弁は設置されてい
なかった。PFR事故後,再び,Fastダンプ弁を設置した。」と回答したこと,
③ さらに,日本側の出席者が「Fastダンプ系があったら,PFR事故は早く
終わったと考えるか。」と質問したところ,イギリス側の出席者は,「Yes た
だし,破損孔からのリーク量が大きいので,効果は大きくないかもしれな
い。」と回答したこと,の各事実が認められる。
      以上のことからすれば,イギリスの専門家は,PFR事故の際に,Fastダンプ
系(急速ブロー系)が設置されていたとしたら,事故が早期に終息したこと
は肯認しているものの,リーク量が大きい場合にはその効果にそれほど期
待していないことが認められ,急速ブローの有無が伝熱管の高温ラプチャ
型破損発生防止の決定的要因となりうるかについては,専門家の間でも意
見の分かれていることが窺われる。
    (エ) 被控訴人は,水・蒸気の流動性のある伝熱管が高温ラプチャ型破損を生じ
ないことは,本件申請者が行ったSWAT試験によって実証されていると主
張し,流水管が破断しなかったSWAT-3 Run-19試験を援用する。
     (あ) しかし,証拠(乙イ43,44,87)によれば,本件申請者が行ったSWAT試
験のうち高温ラプチャを対象にした試験は,SWAT-3のRun-
16,17,19の3回に過ぎないこと,しかも,Run-16では流水管は使用さ
れていないことが認められ,上記(イ),(ウ)認定の事実を考慮すれば,流
水管においては高温ラプチャが生じないとの事実を実証する実験として
は,余りにも回数が少ないといわなければならない。
     (い) そして,高温ラプチャを対象にした最初の試験Run-16と本件申請者が流
水管に高温ラプチャが生じないことを確認するために行ったというRun-
19試験を比較すると,次のことが認められる。
      ① まず,両試験の内容を見ると,ターゲット管として,Run-16では静止水管
6本とガス加圧管48本が,Run-19では流水管3本とガス加圧管15
本が用いられた。
        そして,その結果は,Run-16では,静止水管6本のうち1本が,また,ガ
ス加圧管48本のうち24本が,それぞれ高温ラプチャによって破損し,
Run-19では,ガス加圧管15本のうち5本が高温ラプチャによって破
損したが,流水管は破損しなかった。(以上につき,本節,第6の2,3
参照)
      ② しかし,両試験の条件を見ると,Run-16では,1次リーク平均注水率(初
期漏えいにおける単位時間当たりの平均注水量)を毎秒2200グラ
ム,注水時間を60秒,総リーク水量を228キログラムとしたのに対
し,Run-19では,1次リーク平均注水率を毎秒1850グラム,注水時
間を32秒,総リーク水量を61キログラムとしている。
       (以上につき,本節,第6の2,3参照)
     (う) 以上の条件を比較すると,明らかにRun-19試験の条件の方が,水漏え
い率,漏えい時間などの点において緩やかである。被控訴人は,作為的
に条件を切り下げたという控訴人らの主張に対して,Run-16の条件設
定は過度に保守的であったから,Run-19では,実験条件を本件原子
炉施設の使用条件に近づけて設定したに過ぎず,注入時間を32秒とし
たのも,Run-16試験で最初に破損したガス加圧管が破損するまでに
要した時間が12秒,さらに,14本の伝熱管が30秒までに破損している
ことから設定されたもので,条件を作為的に切り下げたものではない旨
主張している。
       Run-19の試験条件が果たして適切妥当なものであったのかどうかについ
ては,にわかに断じ難いものがあり,ここではその判断を差し控えるけれ
ども,証拠(甲イ443,乙イ87)によれば,Run-16試験で最初に破断し
たのは番号63のガス加圧管であり,また,この管と注水管(水漏えいを
起こす管。番号79)に挟まれた番号71のガス加圧管も破断しており,こ
の番号63と71の位置の伝熱管は最も高温ラプチャを起こしやすい条件
(環境)下にあると考えられ,現にRun-19試験でも,番号63の位置の
管はRun-16試験と同様に最初に破断し,番号71の位置の管も破断し
ているところ,Run-19試験においては,この番号63,71の位置の管
に流水管を用いず,ガス加圧管を使用していることが認められる。被控
訴人の主張によれば,Run-19試験は,流水管では高温ラプチャが生じ
ないことを確認するために行ったとされているが,それにしては,最も厳
しい条件(環境)下にあると考えられる位置に流水管を配置しなかった本
件申請者の措置には,首を傾けざるを得ない。
     (え) 以上要するに,被控訴人が援用するSWAT試験は,流水管に高温ラプチ
ャが生じないことを実証する実験としては,その回数及び内容において
不十分といわざるを得ず,被控訴人の主張は,これを是認することがで
きない。
    (オ) これまでの認定判断によれば,本件原子炉施設の蒸気発生器における高
速ブローなどの対策は,水・蒸気の漏えい検出速度とその確実性如何にも
よるが,高温ラプチャを防止するうえでその抑止効果を相当期待することは
できるものの,絶対的な効果までは期待することはできず,被控訴人のこ
の点に関する主張は採用することができない。
  (5) 「単一故障」の仮定の是非
   ア 上記(3),(4)に述べたとおり,被控訴人の主張する高温ラプチャ防止対策は必
ずしも万全なものとはいえず,高温ラプチャ発生の可能性を否定することはで
きないが,その対策の前提となる機器,すなわち,水漏えい検出器又は水・蒸
気の急速ブロー操作機器のいずれかに故障が発生すれば,蒸気発生器伝熱
管破損事故時における高温ラプチャの発生はほとんど避け難いものとなる。
   イ 本件申請者が本件許可申請書において想定した「蒸気発生器伝熱管破損事
故」は,「評価の考え方」及び「安全評価審査指針」に基づいて選定された設
計基準事故である。前述(第1章,第1節,第6の3参照)のとおり,「安全評価
審査指針」は,「事故」(設計基準事故)の解析に当たって考慮すべき事項とし
て,「想定された事象に加え,作動を要求される安全系の機能別に結果を最
も厳しくする単一故障を仮定しなければならない。」と定めている。
     しかるところ,本件の「蒸気発生器伝熱管破損事故」については,これを記述し
た本件許可申請書添付書類十(乙16の10-3-63及び64頁)の解析条件
を見ても,「単一故障」と目すべき故障が仮定されているとは認められない。
     これに対し,被控訴人は,「蒸気発生器伝熱管破損事故」については,炉心冷
却という基本的安全機能に着眼し,事故を起こしたループの冷却能力の喪失
を前提に,他の健全な2ループのうちの1ループにも故障が生じたと仮定して
炉心冷却能力につき解析を行ったかの如く主張している。しかし,本件許可申
請書添付書類十の同事故の解析条件欄には,そのような故障の仮定はされ
ていない。関係する記述を強いて探せば,防止対策欄に「ⅷ 1次,2次主冷
却系循環ポンプにポニーモータを設置し,ポンプトリップ時にポニーモータによ
る低速運転を行い,1ループのみにても定格出力時炉心流量の約4%を確保
し原子炉停止後の崩壊熱除去が可能なようにする。」とあり(乙16),被控訴
人の主張はこれを根拠としているのかも知れない。
     しかし,前述(第2章,第3節,第12の5の(3)のイ参照)したように,本件原子炉
施設は,もともと1ループのポニーモータのみの働きによって,原子炉停止後
の崩壊熱除去が可能となるように設計されているのであり,上記の防止対策
の記載は,事故拡大防止対策として,そのような対策が講じられていることを
単に記述しているに過ぎず,そこに解析条件として事故ループ以外の1ルー
プのモータ故障が仮定されていると認めることはできない。仮にそのような故
障を仮定しているとすれば,解析条件にそのことを記載すれば足りることであ
る。もっとも,被控訴人の主張する故障は,事故と同時ではなく,事故後に生
じることを仮定しているのかも知れないが,「安全評価審査指針」が設計基準
事故の解析評価を求めている趣旨は,設計基準事故が発生し,そこに結果が
最も厳しくなる単一故障を仮定しても,当該事故が炉心の溶融や放射線によ
る敷地周辺への影響が大きくなることなく終息することを確認するためである
から,仮定する故障が想定する事故発生後に生ずるものであっても,それを
解析条件に取り入れることに何の不都合もない筈である。現に,上記のような
対策が防止対策欄に掲げられながら,解析条件欄に被控訴人主張のような
単一故障を仮定している例は,本件申請者が選定した主給水ポンプ軸固着
事故など複数の設計基準事故に見られるところであり(乙16),被控訴人の
主張は失当である。
     このように「蒸気発生器伝熱管破損事故」については,「安全評価審査指針」が
義務付ける単一故障の仮定がされているとは認められないが,これは由々し
きことである。けだし,「安全評価審査指針」は,「評価の考え方」が安全審査
の参考とすべきことを定めた具体的な審査基準であり,その「安全評価審査
指針」が設計基準事故の解析に当たって仮定することを義務付けている「単
一故障」が仮定されていないにもかかわらず,本件安全審査においてこの点
を看過し,本件申請者のした事故解析を妥当と判断したことは,そのこと自体
が既に本件安全審査の調査審議及び判断の過程に過誤,欠落があることを
示すものであるからである。この点は,本件の直接の争点にはなっていない
けれども,本件安全審査全体の信頼を損ねる重大な事実といわなければなら
ない。なお,本件安全審査の信頼性については,次節(第5節,第8の5)にお
いて,詳しく述べる。
   ウ ところで,控訴人らが,「蒸気発生器伝熱管破損事故」において,急速ブローに
失敗したり,急速ブローより給水停止が先行した場合には,水・蒸気の流動の
ない状態での伝熱管破損が現実化するのであるから,必ず急速ブローが機
能すると想定することは保守的な仮定とはいえず,多重故障を想定すべきで
あると主張するのに対し,被控訴人は,次のように反論する。
    (ア) 本件安全審査においては,本件原子炉施設には,伝熱管に損傷が生じて
水・蒸気が漏えいした場合,これを検出して,急速ブロー及び給水の停止
によりナトリウム-水反応を抑制し,伝熱管内の圧力を低下させる対策が
施されることを確認しているのであるから,「蒸気発生器伝熱管破損事故」
に係る安全評価においては,急速ブロー等が機能するという前提で解析す
るのが当然である。控訴人らの主張が,急速ブロー等の故障を想定するこ
とをいうのであれば,それは,事故防止対策の考え方を正解しないもので
あり,いたずらに仮定に仮定を重ねるものである。
    (イ) 安全評価における単一故障の仮定は,事故防止対策に係る設備である安
全保護設備及び工学的安全施設の総合的な妥当性を確認するために,安
全上の観点から厳しい事象を仮定した上で,異常事象の発生に伴い作動
が要求される安全保護設備及び工学的安全施設について,要求される原
子炉停止,炉心冷却及び放射性物質の閉込めの各基本的安全機能ごと
に,結果が最も厳しくなるような故障の発生を仮定するものであって,従属
原因に基づく多重故障を含むものである。
      しかし,急速ブローにかかわる設備は,原子炉停止,炉心冷却及び放射性物
質の閉込めの基本的機能に直接かかわる設備ではないから,そこに単一
故障を仮定することは要求されていない。
   エ そこで,被控訴人の主張について検討する。
    (ア) 故障というのは,正常に機能することを前提にしている機器,システムに異
常が発生することをいうのであり,正常に機能するように設計されているこ
とを確認したから,それについては故障を考えなくてもよいというのは,到底
成り立たない議論である。或いは,被控訴人の主張の趣旨は,故障の可能
性が少ないことを確認したという趣旨であるかも知れないが,そうだとする
と,なるほど,「安全評価審査指針」には,「単一故障」の仮定につき,「機器
の故障については,事故発生後短期間における動的機器の単一故障又は
長期間における動的機器若しくは静的機器の故障を考えるものとする。但
し,静的機器にあっては単一故障を仮定したときに所定の安全機能を達成
できるように設計されている場合,その故障が安全上支障がない期間内に
除去若しくは修復が出来る場合,又はその故障の確率が十分に低い場合
は仮定から除外してよい。」と定められている(第1章,第1節,第6の3参
照)。
      しかし,高速ブローに関係する機器が静的機器に該当することには疑問があ
る上,証拠(乙16,乙イ43,44)及び弁論の全趣旨によれば,本件原子炉
施設において,水・蒸気の急速ブローの操作が開始されると,水・蒸気の放
出弁を全開して水及び蒸気を排出し,併せて,蒸発器の給水止め弁,過熱
器の入口止め弁と出口止め弁等の隔離弁が全閉され,蒸気発生器への給
水が停止されること,放出弁は水リーク検出後1.5秒後に開弁し,隔離弁
は約5秒後に全閉するように設計されていることが認められるが,急速ブロ
ーにかかわる上記放出弁,隔離弁の故障の確率が十分に低いことを認め
るに足る証拠はない。むしろ,証拠(甲イ443)によれば,前述のイギリスで
のAGT8/日本ナトリウム-水反応専門家会議において,イギリス側の出
席者は,PFR事故に関して,「EV(蒸発器)の水・蒸気しゃ断用のパイロット
弁の故障は,コモンモード故障で隔離失敗の可能性がある。」と発言してい
ることが認められ,放出弁や隔離弁の共通モード故障が可能性のない故
障ではないことが窺われる。
    (イ) 次に,急速ブローにかかわる設備は,原子炉停止,炉心冷却及び放射性物
質の閉込めの基本的機能に直接かかわる設備ではないから,そこに単一
故障を仮定することは要求されていないとする被控訴人の主張について,
検討する。
      被控訴人のこの主張は,引用する証拠(乙イ7)から,原子力安全委員会が平
成2年8月30日に改正した「安全評価審査指針」(発電用軽水型原子炉施
設の安全評価に関する指針)の「解説」に基づくものと認められる。しかし,
この改訂された指針の解説(乙イ7)に記述されている関係箇所の記載は,
次のとおりである。
     「今回の指針改訂においても,単一故障の仮定の適用に関する基本的な考え
方に変わりはない。すなわち,『事故』に対処するために必要なMSの系
統,機器について,原子炉停止,炉心冷却及び放射能閉じ込めの各基本
的安全機能ごとに,その機能遂行に必要な系統,機器の組合せに対する
単一故障を仮定する。例えば,『原子炉冷却材喪失』において,炉心冷却と
いう一つの安全機能を達成するためには,冷却水を注入する非常用炉心
冷却系(以下「ECCS」という。)はもとより,これを起動する安全保護系,E
CCSを駆動する電源,機器を冷却し最終的な熱の逃がし場まで熱を輸送
する系統等が適切に組み合わせられることが必要である。本指針において
は,このように一つの安全機能の遂行のために形成される系統,機器の組
合せに対して,解析の結果が最も厳しくなる単一故障を仮定することを求め
るものである。本指針において求める単一故障の仮定は,『事故』に対処す
るために必要なMSについて,重要度のクラスの如何を問わず,上記の各
基本的安全機能を果たすために必要なすべての系統,機器を対象とする
のが原則である。単一故障を仮定する対象となる安全機能を果たすべき系
統,機器には,『重要度分類指針』でいう『当該系』のみならず,当該系の機
能遂行に直接必要となる関連系も含まれなければならない。」
      以上の記述に照らせば,改訂された指針は,「単一故障」の仮定を事故に対
処するために必要なMS(異常影響緩和)の系統,機器について,原子炉
停止,炉心冷却及び放射能閉じ込めの各基本的安全機能ごとに,その機
能遂行に必要なすべての系統,機器を対象にして求めているのであって,
決して,原子炉停止,炉心冷却及び放射性物質の閉じ込めの基本的機能
に直接かかわる設備に限定しているものではない。被控訴人の主張は,失
当である。
      むしろ,上記指針の解説がいう「一つの安全機能の遂行のために形成された
系統,機器の組合せに対して,解析の結果が最も厳しくなる単一故障を仮
定する」との点からすると,本件の「蒸気発生器伝熱管破損事故」において
は,「単一故障」として急速ブロー系機器の故障を仮定することが合理的で
あり,かつ,解析の結果が最も厳しくなるものと解される。
  (6) まとめ
    以上のとおりであるから,高温ラプチャ防止対策の観点から見た本件原子炉施設
の設備は,水漏えい検出設備の検出速度とその精度は必ずしも万全とは言い
難く,急速ブロー系設備にも高温ラプチャ防止の絶対的効果を期待することがで
きないことが明らかである。そうだとすれば,本件原子炉施設において,蒸気発
生器伝熱管破損事故が生じれば,伝熱管の高温ラプチャ型破損の発生の可能
性を否定することはできない。
    また,本件申請者が本件の「蒸気発生器伝熱管破損事故」(設計基準事故)の解
析で仮定しなかった「単一故障」として,急速ブロー系機器の故障を仮定し,蒸
気発生器伝熱管破損事故時において水・蒸気の急速ブローに失敗したことを想
定すれば,高温ラプチャの発生は,ほぼ避けられないということができる。
 4 本件安全審査の瑕疵の重大性(「看過し難い過誤,欠落」の有無)
  (1) 「蒸気発生器伝熱管破損事故」に関する本件安全審査の過誤,欠落の内容
 本件許可申請書において選定された「蒸気発生器伝熱管破損事故」の解析条
件は,伝熱管1本が瞬時両端完全破断し,それによる破損伝播に基づく2次リー
クを含めた水漏えい量は伝熱管4本の両端完全破断相当と設定されており,破
損伝播の形態は,ウェステージ型破損が想定され,高温ラプチャ型破損は,考
慮の対象とされていない。
 また,原子力安全委員会は,本件安全審査において,設計基準事故である上
記「蒸気発生器伝熱管破損事故」の安全評価につき,本件申請者がした解析結
果を妥当と判断したが,そこにおいては,高温ラプチャによる破損伝播の可能性
を審査しなかったこと,しかし,本件原子炉施設の蒸気発生器では,高温ラプチ
ャ発生の可能性を排除できないことは,既に認定したとおりである。
 したがって,「蒸気発生器伝熱管破損事故」に関する本件安全審査には,過
誤,欠落があることは明らかである。
(2) 本件安全審査の過誤,欠落の重大性(看過し難いものであるか否か)
 ア 一般に,高温ラプチャによる伝熱管の破損伝播は,ウェステージによる場合
よりも短時間に多数の伝熱管を破損するとされている。実際に高温ラプチャが
発生したPFR事故やSWAT-3 Run-16試験の結果などからすると,高温
ラプチャによる伝熱管の破損本数は,数十本にものぼり,ウェステージによる
ものより桁違いに多いことが認められる。しかも,破損伝播に至る時間も,高
温ラプチャの方がウェステージより短いとされている。
   以上から明らかなように,蒸気発生器伝熱管破損事故における破損伝播によ
る2次漏えい(リーク)を考える場合,その結果の重大性は,高温ラプチャの方
がウェステージよりも遙かに深刻である。
 イ 原子炉施設の安全評価の観点から,「蒸気発生器伝熱管破損事故」の意義
を見てみると,その最大の脅威は,蒸気発生器においては,高温のナトリウム
と高圧高温の水・蒸気が伝熱管の壁1つを隔てて共存していることから,伝熱
管が破損すれば,高圧の水・蒸気がナトリウム側に噴出し,極めて激しいナト
リウム・水反応を起こして,高熱(反応熱)を発するとともに,同時に発生する
水素ガスによって2次主冷却系ナトリウム内の圧力が上昇することにある。そ
して,その上昇圧力(初期スパイク圧及び準定常圧)は,蒸気発生器は勿論,
2次主冷却系配管,中間熱交換器の健全性を脅かすこととなる。本件申請者
がした本件の「蒸気発生器伝熱管破損事故」の解析によれば,同事故による
圧力上昇によっても,本件原子炉施設の蒸気発生器及び中間熱交換器の健
全性に影響を与えないとされている(なお,その根拠は明らかにされていない
が,そのことについては,第5節,第8の5の(2)で言及する。)。しかし,これ
は,破損伝播による2次リークを含めて水・蒸気の漏えい量を伝熱管4本完全
破断相当分として計算しているからであって,高温ラプチャの発生を考えれ
ば,その水・蒸気の漏えい量は桁違いに大きくなるのは必至であり,解析結果
が全く異なったものとなるのは明らかである。
 ウ 「評価の考え方」及び「安全評価審査指針」が設計基準事故の安全評価を求
めているのは,事故拡大防止の観点から原子炉施設の基本設計の安全性を
確認するためである。そして,前述(第1章,第1節,第6の3参照)のとおり,
設計基準事故としての「事故」は,「運転時の異常な過渡変化を超える異常状
態であって,発生頻度は小さいが,発生した場合は原子炉施設からの放射能
の放出の可能性があり,原子炉施設の安全性を評価する観点から想定する
必要がある事象をいう。」と定義されている。
   このように設計基準事故の安全評価は,原子炉施設の基本設計の安全性の
確認のうえで重要な意義を有するものであるところ,その安全審査における原
子力安全委員会の調査審議及び判断の過程に,上記のような深刻な事故に
繋がりかねない事項についての過誤,欠落があったのであるから,その過
誤,欠落は看過し難い重大なものというべきである。
 5 本件許可処分の違法,無効
  (1) 本件許可処分の違法
    弁論の全趣旨によれば,内閣総理大臣は,科学技術庁及び原子力安全委員会
の本件安全審査に依拠して,本件許可処分を行ったと認められる(第1章,第1
節,第5の3参照)。そして,本件安全審査には,「蒸気発生器伝熱管破損事故」
の安全評価に関し,その調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤,欠落が
あったのであるから,本件許可処分は,違法というべきである(第1章,第2節,
第2の1参照)。
  (2) 本件許可処分の無効
 ア 違法な原子炉設置許可処分が無効となるのは,審査基準の不合理又は安全
審査の調査審議,判断の過程の看過し難い過誤,欠落によって,安全審査に
おける原子炉内の放射性物質の潜在的危険性を顕在化させないことの確認
に不備,誤認などの瑕疵が生じ,その結果として,原子炉格納容器内の放射
性物質が周辺の環境に放出される事態の発生の具体的危険性が否定できな
い場合である(第1章,第2節,第2の3参照)。
 イ 本節においてこれまで検討した本件安全審査の過誤,欠落の内容は,「蒸気
発生器伝熱管破損事故」の安全評価に関する事項である。具体的には,蒸気
発生器の伝熱管が破損した場合の伝播破損の形態としてウェステージ型破
損のみを考慮し,より重大な結果を招く高温ラプチャ型破損の可能性を調査
審議の対象としなかったことである。
 ウ そこで,この本件安全審査の過誤,欠落が本件原子炉施設の安全性の評価
にどのような影響をもたらすのかについて判断する。
    (ア) 蒸気発生器伝熱管破損によって最も危惧されるのは,2次主冷却系ナトリウ
ムの圧力が上昇することである。すなわち,水・蒸気漏えいによるナトリウ
ム-水反応によって水素ガスが発生する。このような場合に備えて,本件
原子炉施設の蒸気発生器には圧力開放板が設置され,事故が生じた蒸気
発生器内のナトリウム側圧力が圧力開放板の設定圧力まで上昇すると,
圧力開放板は自動的に破れて,水素ガスは,ナトリウム-水反応生成物収
納設備に放出される設計となっているから,過度の圧力上昇は一応防止さ
れる仕組みとなっている(本節,第3の2参照)。しかし,圧力開放板の開放
前の段階での初期スパイク圧(衝撃圧)とその後の準定常圧を無視するこ
とはできない。この圧力が蒸気発生器,2次主冷却系配管及び中間熱交換
器の耐圧基準を超えれば,これらの機器,配管が毀損する恐れがある。
      ナトリウムと水・蒸気が共存する蒸気発生器の容器自体が破損した場合の惨
状は,想像することすらできないが,その影響が他の健全な2次主冷却系
ループの施設にも及ぶ可能性を否定できない。また,2次主冷却系配管が
破損すれば,前節で検討した2次冷却材漏えい事故に発展する。
  (イ) 蒸気発生器伝熱管破損事故が炉心に直接的な影響を及ぼす可能性があ
るのは,中間熱交換器が2次主冷却系の圧力上昇によって破損した場合
である。
     (あ) 中間熱交換器は,1次主冷却系設備の機器の1つであり,炉心で発生した
熱を受け取った1次系冷却材(ナトリウム)がその熱を2次系冷却材に伝
達する装置である(乙16)。その構造は,蒸気発生器と類似しているけ
れども,中間熱交換器の伝熱管の肉厚は約1.2ミリメートルであり,蒸
気発生器の伝熱管と比較しても,非常に薄いものである(乙16)。内圧
は2次系の方が高く設定されており,伝熱管が破損しても,放射能を帯
びた1次冷却材ナトリウムが2次主冷却系に流入しないように設計されて
いる(乙16)。
     (い) 中間熱交換器の破損は,決して非現実的な出来事ということはできない。
証拠(甲イ184)によれば,1990年9月のIAEA(国際原子力機関)の蒸
気発生器破損伝播に関する専門家会議において,イギリスのPFR事故
につき,同事故の2次系ループ及び中間熱交換器への負荷は,過熱器
による放出率が低かったので,安全解析における予想よりも小さかった
が,もしも,同様の損傷が蒸発器で起こっていたら,負荷の大きさは安全
解析を上回っていただろう,との報告がされていることが認められる。こ
の報告の趣旨は,過熱器の蒸気は乾燥しているが,蒸発器の水・蒸気
は,水そのもの又は水分を多く含んだ蒸気なので,ナトリウム-水反応
はより激しくなり,圧力上昇の負荷はもっと大きくなっていたと推測される
ことを述べたものと解されるが,このように,中間熱交換器破損の可能性
は専門家も指摘しているところである。また,証拠(甲イ434,444)によ
れば,フランスの高速増殖炉(フェニックス炉)において,1998年11月
に原因は不明であるが,大量の2次冷却材ナトリウムが中間熱交換器
の伝熱管を破って1次冷却系に流入した事故が発生したことが認められ
る(ただし,この事故は,蒸気発生器伝熱管破損事故を原因とするもの
ではなかったので,2次冷却材ナトリウムに水素ガスは含まれていなかっ
た。)。
     (う) 蒸気発生器伝熱管破損により水素ガス(気体)の混入した2次冷却材ナトリ
ウムが,その圧力上昇により中間熱交換器の伝熱管壁を破って1次主
冷却系に流入して炉心に至れば,「評価の考え方」(乙4)も指摘するよう
に,本件原子炉(高速増殖炉)の炉心中心領域ではナトリウムボイド反
応度が正であるから,出力の異常な上昇と制御不能を招き,炉心崩壊を
起こす恐れがある(甲イ444)。気体(気泡)が炉心を通過した場合の「事
故」は,本件許可申請書添付書類十において「気泡通過事故」として想
定されているが,それには,「気泡通過事故」とは,「何らかの原因によ
り,原子炉容器内の1次冷却材中に気泡が混入し,燃料集合体下部の
エントランスノズルを通して,気泡が冷却材とともに炉心内を通過する事
象」であると定義され,この事故が発生した場合,「部分的に正のボイド
反応度を有する炉心においては,気泡の通過が原子炉出力を上昇させ
るとともに,燃料から冷却材への伝熱を阻害し,燃料,被ふく管の温度を
上昇させ,燃料の損傷を引き起こす可能性がある。」と説明されている
(乙16)。
       もっとも,この「気泡通過事故」は,気泡の最大量を20リットルと想定し,しか
も,これが一斉に炉心を通過することを仮定したもので,解析結果は,
「炉心の冷却能力が失われることはない。原子炉冷却材バウンダリの健
全性が損なわれることはない。」とされていて,本件安全審査でも,この
解析が妥当と判断されている(乙9,16)。 しかし,蒸気発生器伝熱管
破損事故による中間熱交換器破損を原因とする水素ガスの炉心通過の
場合は,その気泡の量が20リットル以下にとどまる保障も,それが一度
に全部通過する保障もないのであって,本件申請者が解析した「気泡通
過事故」の結果をもって,蒸気発生器伝熱管破損事故で想定される水素
ガスの炉心通過による影響を説明することはできない。
     (え) また,水素ガスの通過によって出力の過度な上昇を招くことがないとして
も,中間熱交換器が破損した場合,最初の段階では,圧力の低い1次冷
却材ナトリウムが2次冷却系配管に流入することはないが,時間の経過
によって双方の冷却系の圧力が同圧となって平衡となれば,放射能によ
って汚染された1次冷却材ナトリウムが事故ループの2次冷却系に流入
することも充分考えられるところである。
   エ 以上によれば,「蒸気発生器伝熱管破損事故」の評価に関する本件安全審査
の調査審議及び判断の過程には看過し難い過誤,欠落があると認められ,そ
の結果,本件安全審査(安全確認)に瑕疵(不備,誤認)が生じたことによっ
て,本件原子炉施設においては,原子炉格納容器内の放射性物質の外部環
境への放出の具体的危険性を否定することができず,本件許可処分は無効
というべきである。
     そうすると,本件許可処分は,この点からも無効であって,これをいう控訴人ら
の主張は理由がある。
        第5節 炉心崩壊事故(主要な争点2の(5))
第1 本件原子炉の構造
   本件原子炉の構造については,既に第1章,第1節,第4の2の(1)でその概要を述
べたが,ここでは,その主要な点を確認しておくこととする。
 1 炉心
   炉心は,燃料集合体,制御棒,中性子遮へい体等から構成され,全体として,ほぼ
六角形の横断面をなす。
(1) 燃料集合体
燃料集合体は,炉心燃料集合体(原子炉の出力を主に担うもの)とブランケット燃
料集合体(プルトニウムの増殖を主たる役目とするもの)の2種類がある。炉心
燃料集合体は198体,ブランケット燃料集合体は172体あり,炉心燃料集合体
の方が炉心内側に配置され,その外側3層にブランケット燃料集合体を配置し
て,炉心から出てくる中性子を効率的に吸収して,プルトニウムへの転換の確率
が高くなるようにしている。
  ア 炉心燃料集合体は,全長約4.2メートルの正六角柱の形状をしており,外側
はステンレス鋼製のラッパ管で被覆されている。その内部には,1体当たり16
9本の炉心燃料要素が三角格子状に納められている。炉心燃料要素は,全
長約2.8メートル,外径約6.5ミリメートルのステンレス鋼製の燃料被覆管の
中に封入されている。そして,各燃料被覆管にはワイヤスペーサを巻くことに
よって,相互の間隔を保持し,燃料被覆管を冷却するナトリウムの流路を確保
する構造となっている。なお,外側の炉心燃料集合体の方が内側のものより,
プルトニウムの富化度(プルトニウムの含有割合)の高いものが配置されてお
り,出力の平坦化がはかられている。
  イ ブランケット燃料集合体は,炉心燃料集合体と同様に正六角柱の形状をして
おり,外側がステンレス鋼製のラッパ管で被覆されている。その内部には,1
体当たり61本のブランケット燃料要素が三角格子状に納められている。ブラ
ンケット燃料要素は,全長約2.8メートル,外径約11.5ミリメートルのステン
レス鋼製の燃料被覆管の中に封入されて,さらに,この各ブランケット燃料被
覆管にワイヤスペーサが巻かれているのは,炉心燃料被覆管と同様である。
 (2) 制御棒
   制御棒は,炉心に挿入することによって,中性子を吸収し,核分裂反応を低下さ
せる(これにより原子炉の出力を制御し,原子炉を停止する)働きを有するもの
である。制御棒には,主炉停止系として調整棒13本(うち微調整棒3本,粗調整
棒10本)と非常用制御設備(後備炉停止系)としての後備炉停止棒6本とがあ
る。
    原子炉の通常の起動,停止,運転は調整棒の引き抜き,挿入によって行う。 ま
た,原子炉を緊急停止する必要が生じた場合には,調整棒及び後備炉停止棒
が同時に作動して,急速に原子炉を停止する仕組みになっている。
 (3) 中性子遮へい体
   中性子遮へい体は,ブランケット燃料集合体の外側に4層に配置されており,構
造部材への中性子の照射量を軽減する働きをしている。
 2 原子炉容器
   原子炉容器は,炉心及び炉内構造物を収納するステンレス鋼製の容器で,縦型円
筒状をしており,内径は約7.1メートル,全高は約17.8メートルである。その上
部には,炉心上部機構を搭載した遮へいプラグが設置されている。
 3 原子炉格納容器
   原子炉格納容器は,原子炉容器を格納するもので,内径約49.5メートル,全高約
79メートル上部半球,下部皿形鏡円筒型の鋼板溶接構造となっている。 その内
側には,原子炉格納容器内機器を支持するコンクリート建物があり,放射性ナトリ
ウムを保持する機器を収納する部屋は,空気との直接接触を防止するため窒素ガ
ス雰囲気となっている。
   また,原子炉格納容器の円筒部及び上部半球部の外側は,内径約52.5メート
ル,地上高さ約46メートルの鉄筋コンクリート造建物(外部遮へい建物)によって覆
われている。
第2 原子炉における核分裂反応
   原子力発電所は,炉心における核燃料の核分裂反応によって発生する熱エネルギ
ーを利用して電気エネルギーを生成する発電所であるが,証拠(甲イ385,491)
によれば,原子炉の核分裂反応の原理などは,次のとおりであると認められる。
 1 原子炉の核分裂反応
  (1) 原子炉における熱の発生(出力)は,核燃料物質(本件原子炉の場合は,ウラン
とプルトニウムの混合酸化物)に中性子が衝突し,燃料を核分裂させることによ
って起こる。核分裂ごとに中性子が新たに2ないし3個ずつ生まれるので,それ
らの中性子の1個が次の核分裂反応の発生に寄与することによって反応が連続
し,熱の発生が持続する(核分裂の連鎖反応)。
    したがって,原子炉では,外部からエネルギーや酸素のような物質の供給を受け
なくても核分裂反応を持続させることができる。原子炉は,核分裂で発生する中
性子数と,同じ時間内に核燃料に衝突したり炉心外へ漏れたりして失われる中
性子数とが常に同数で平衡している状態(これを「臨界」という。)を実現すること
によって出力を安定に保つことができる。原子炉では,中性子吸収物質(制御
棒)を炉心に入れたり抜いたりして,中性子数を調整することにより運転,すなわ
ち臨界状態が維持される仕組みになっている。
    中性子数のバランスが崩れ臨界状態から逸脱すると,原子炉の出力は安定しな
い。発生する中性子数の方が多ければ,核分裂反応は増え続けて出力が上が
り,発生する中性子数の方が少なければ,出力が下がり,原子炉はやがて停止
状態になる。臨界状態から逸脱する程度を「反応度」という。核分裂の連鎖反応
を人間の世代交代に例えると,前の世代の中性子の数が次世代の中性子の数
と等しいときが臨界である。前の世代より次世代の中性子数の方が多いときが
「臨界超過」あるいは「反応度が正」であるという。これに対して,前の世代より次
世代の中性子数の方が少なければ,「未臨界」あるいは「反応度が負」であり,
連鎖反応はやがて終息する。
  (2) この中性子数のバランスが制御できないほど崩れたときに原子炉は暴走する。
一度未臨界になった原子炉が,炉内の状態が変化して,人為的操作を加えるこ
となく再び臨界に戻ることを「再臨界」という。原子炉が潜在的に暴走する性格を
持っているのは,2つの事実に由来している。
    1つは,臨界を保つことに失敗して,新たに発生した中性子のうち平均して1個を
超える数が次の核分裂発生に寄与することになれば,核分裂の発生数は連鎖
を重ねるごとに急速に増大することである。次の核分裂が前の核分裂より平均
して0.1%多ければ,連鎖の2回目では1.001の2乗に,連鎖5回目では1.0
01の5乗にと核分裂の発生数が増加する。
    2つめは,連鎖を形成する核分裂と次の核分裂との間の時間が極めて短いことで
ある。軽水炉の場合は核分裂のサイクルが1秒間に数万回であるが,高速増殖
炉では1秒間に数百万回にもなる。例えば,連鎖ごとに平均して前の段階の1.
001倍の中性子が次の段階の核分裂に寄与するとすれば,0.01秒後には核
分裂発生数は,軽水炉では約1.7倍であるが,高速増殖炉では実に700億倍
という短時間で極端な増加となる。出力は核分裂発生数で決まるから,出力も短
時間に同じ倍率で増加するのである。
    したがって,反応度が正であれば,出力は急速に上昇するが,上昇の速さは,反
応度が大きいほど(前の世代の中性子数と比較した次世代の中性子数の倍率
が1より大きければ大きいほど),速くなる。
 2 遅発中性子と即発臨界
  (1) このように,中性子数が僅かに増加しただけで出力が極めて短時間に急激に増
大するようでは,原子炉の制御は不可能である。
    ところが,原子炉内で生まれる中性子には,核分裂と同時に発生する中性子
(「即発中性子」という。)だけでなく,遅れて発生する中性子(「遅発中性子」とい
う。)が存在する。核分裂により発生する中性子の99%以上は即発中性子であ
るが,残り1%以下は遅発中性子である。なお,遅発中性子の占める割合は,燃
料の種類によって異なり,ウラン235では,0.65%,プルトニウム239では0.
21%である。
    核分裂の結果出来る核分裂生成物の原子核(死の灰)は,一般に不安定で,一
定の半減期(半分に減少するまでの時間)をもって放射線を出しながら他の物質
の原子核に変わる。中には,放射線として中性子を出しながら変わるものがあ
る。これが遅発中性子の源である。
    全中性子数のうち遅発中性子の占める割合は,軽水炉で約0.5%,本件原子炉
(高速増殖炉)で約0.35%と僅かであるが,遅発中性子が遅れて生まれてくる
ことを利用すれば,原子炉内の中性子数あるいは核分裂発生数が変化した場
合の原子炉の応答を遅くすることができる。すなわち,遅発中性子も含めて臨界
状態を保てば,即発中性子だけでは臨界にならないため,時間的挙動は,遅発
中性子の発生する遅い速度で決まることになる。前述の連鎖反応間の時間(軽
水炉の場合は数万分の1秒,高速増殖炉の場合は数百万分の1秒)が,約10
分の1秒の遅さになり,原子炉の応答はそれだけゆっくりとしたものになる。この
状態では,中性子数が僅かに増加しても,先ほどのように突然出力が上昇する
ことはない。臨界を超えても,その超過分が遅発中性子の占める割合(本件原
子炉の場合,約0.35%)になるまで応答はゆっくりしている。遅発中性子を考
えなかった例では,本件原子炉の場合,0.1%の増加が僅か0.01秒後に70
0億倍に増大したが,遅発中性子があるために1秒経っても1%程度の増加に
すぎなくなる。これならば,人為的に制御することが可能である。炉型に関係な
く,全ての原子力発電所がこの原理を利用して原子炉を制御している。 
  (2) しかし,即発中性子だけで臨界になるような状態になると,つまり,生まれる中性
子数が失われる中性子数を超える程度(反応度)が遅発中性子の割合分を超え
てしまうと,遅発中性子はもはや原子炉の時間的挙動に影響を与えることはなく
なり,原子炉の挙動は即発中性子だけに支配される。その結果,先に述べたよ
うに,短時間で急激な出力増大,すなわち,制御できない暴走状態に陥る危険
が生じてくる。このように即発中性子だけで臨界になる状態を「即発臨界」とい
う。
    したがって,即発臨界にさせないことが,制御できない暴走状態になることを防ぐ
ために重要なことである。暴走による出力や破壊エネルギーの大きさは,即発臨
界からの超過分が大きいほど大きくなる。暴走は,暴走によって燃料が高温にな
ったために生ずる自然のブレーキ効果(ドップラ効果),あるいは,炉心が破壊さ
れ飛び散ることによって終了する。
 (以上の事実につき,甲イ385,491,弁論の全趣旨)
第3 炉心崩壊事故
 1 炉心崩壊事故の意義
   炉心崩壊とは,炉心にある燃料棒の配列,形状あるいは相(固体,液体,気体)が
正常な状態から逸脱して崩壊することをいう。炉心崩壊は,冷却不足等による炉心
溶融,核的爆発や地震等による炉心の機械的破壊等によって生じる。なお,炉心
溶融は,炉心崩壊の1つの形態であるが,これには,全炉心的溶融(炉心全体の
高温化により溶融するもの)の他に,一部の燃料棒が溶解する局所的溶融とがあ
る。
   そして,このような炉心崩壊をもたらす事故を炉心崩壊事故という。なお,炉心崩壊
事故は,学問の分野では,仮想的炉心崩壊事故(Hypothetical CoreDisruptive 
Accident)として研究の対象とされており,一般には,英語の頭文字をとって,「HC
DA」と呼ばれている。
 2 HCDA(仮想的炉心崩壊事故)の内容
(1) HCDAの代表的起因事象
    HCDAを起こす代表的事象としては,流量喪失時反応度抑制機能喪失事象(UL
OF)と過出力時反応度抑制機能喪失事象(UTOP)とがある。
   ア 流量喪失時反応度抑制機能喪失事象(ULOF)について
     流量喪失時反応度抑制機能喪失事象(ULOF)とは,炉心を流れる冷却材の流
量が一挙に減少した時に,制御棒の挿入の失敗が同時に起こるとする事象で
ある。以下においては,この事象を単に「ULOF」という。
   イ 過出力時反応度抑制機能喪失事象(UTOP)について
     過出力時反応度抑制機能喪失事象(UTOP)とは,制御棒が連続的に引き抜か
れることにより,炉心に異常な反応度が投入された場合に,原子炉の自動停
止が働かないとする事象である。以下においては,この事象を単に「UTOP」
という。
   ウ ULOFとUTOPとの関係
     これまでの研究の成果によれば,ULOFとUTOPとでは,ULOFのほうが事故
推移及び放出エネルギーの大きさにおいてUTOPを上回ることが明らかにさ
れている。したがって,UTOPは,ULOFに包絡され,一般的には,HCDAと
いえば,ULOF事象で代表されると考えられている。
  (2) ULOFを起因事象とするHCDAの事故推移
    ULOFを起因事象とするHCDAの事故推移は,条件の違いによって,下記のア
ないしウの3つの道筋が考えらる。
   ア 第1は,ULOF事象後,出力が上昇して燃料被覆管は溶融し,一気に即発臨界
を超えて核的爆発に至る道筋である。いわゆる「起因過程」段階の中だけで
即発臨界,核的爆発と一挙に暴走し,機器・配管に破壊的エネルギーを与え
て終結するケースである。
   イ 第2は,起因過程の段階では一気に即発臨界に到らず,炉心溶融が徐々に進
行し,燃料棒同士が溶融合体して次の遷移過程に移行する道筋である。そし
て,この遷移過程で即発臨界に達し,核的爆発・破壊エネルギーの放出を起
こす場合がある。
     一方,遷移過程に移行しても,溶融燃料物質が排出されて炉心内の燃料保有
量が減少し,即発臨界に至らずに終結する経路も考えられる。
   ウ 第3は,起因過程の段階で燃料物質が炉心領域から排除されて反応度が低下
し,未臨界状態になって早期に事故は終結し,炉心は部分的損傷に終わる道
筋である。
  (3) HCDAにおいて想定される過程
    HCDAには,次のアないしキの各過程が想定される。
   ア 起因過程
     起因過程は,正常な運転状態から逸脱した事象に始まり,早期に終息するか大
規模な炉心崩壊に進むかの分かれ目となる過程をいう。
     起因過程は,燃料被覆管の溶融・移動,燃料棒内の燃料物質の移動,燃料棒
内の核分裂ガスの放出,冷却材の沸騰などの各挙動と燃料と冷却材との相
互作用等が関係する複雑な現象である。
   イ 遷移過程
     遷移過程とは,起因過程が比較的穏やかに進行した場合,その後にたどる中
間的な過程をいう。起因過程から分かれる3つの道筋(前記(2)のアないしウ)
のうち,この遷移過程に移行する経路(前記(2)のイ)をとる可能性が最も高い
と考えられている。しかし,起因過程をさらに上回る複雑な過程である。
     遷移過程では,炉心溶融の広がりは,燃料集合体内で溶融物の小プールを形
成し,やがて集合体壁(ラッパ管と呼ばれる。)を破り,隣接する集合体へと溶
融範囲を拡大する。この間,即発臨界にまでは到らないが,未臨界,再臨界
を繰り返しながら次第に溶融物プールの規模を拡大していき,最悪の場合,
前述のとおり,即発臨界に達し,核的爆発・破壊エネルギーの放出をする。
   ウ 機械的炉心崩壊過程
     機械的炉心崩壊過程とは,原子炉が即発臨界を超え,炉心が急速に崩壊分散
する過程をいう。この過程は,燃料の急速な加熱から炉心物質の蒸発による
圧力発生で燃料物質が分散し未臨界になって終結するまで,わずか100分
の1秒ほどの短時間の過程である。
   エ 炉心膨張過程
     炉心膨張過程とは,暴走の結果発生した熱エネルギーにより,崩壊後高温・高
圧になった炉心が膨張して周囲に対して仕事をし,熱エネルギーが機械的エ
ネルギーに変換される過程をいう。
   オ 耐衝撃応答過程
     耐衝撃応答過程とは,炉心膨張過程で発生した機械的エネルギーに対して,原
子炉容器を中心とする1次冷却系バウンダリの健全性を評価する過程をい
う。この過程は,核暴走によって発生した熱エネルギーが,燃料等炉心物質
の高温・高圧蒸気を作って膨張させ,原子炉容器内上部のナトリウムを液状
塊の形で上方へ加速し,原子炉容器遮へい蓋に衝突させて遮へい蓋や近く
の構造物に損傷を与える過程である。
   カ 炉心物質再配置過程
     炉心物質再配置過程とは,炉心が完全に未臨界状態になった後,蓄積熱や死
の灰からの熱によって周囲の構造物を巻き込みながら溶融し熱的に崩壊を続
け,重力によって下方へ移動し冷却材と熱的相互作用を起こしたり,堆積物
の山を形成したりする過程である。
   キ 事故後崩壊熱除去過程 
     事故後崩壊熱除去過程とは,炉心物質再配置過程で下方に移動した溶融物に
より,原子炉容器底部を溶かすような事態を防ぐため,炉心物質の長期にわ
たる安定な冷却が必要な過程である。
  (以上の事実につき,甲イ142,385,491,乙イ32) 
第4 「評価の考え方」が定めるいわゆる「5項事象」と本件申請者が選定した事象
1 「評価の考え方」が定めるいわゆる「5項事象」
  (1) 液体金属冷却高速増殖炉(LMFBR)に適用される「評価の考え方」が,いわゆ
る設計基準事象(「運転時の異常な過渡的変化」と「事故」)の代表的事象を選
定して評価を行うべきことを定めていることは,前述(第1章,第6の2参照)のと
おりである。
    しかし,「評価の考え方」は,それに止まらず,その「Ⅱ.LMFBRの安全評価につ
いて」の(5)項において,次のように述べている(乙4)。
  「(5) 前記(2.2)にいう『事故』より更に発生頻度は低いが結果が重大であると想
定される事象については,LMFBRの運転実績が僅少であることに鑑み,
その起因となる事象とこれに続く事象経過に対する防止対策との関連にお
いて十分に評価を行い,放射性物質の放散が適切に抑制されることを確認
する。」
  (2) 上記の「『事故』より更に発生頻度は低いが結果が重大であると想定される事
象」とは,(5)項に記載されているので,「5項事象」とも呼ばれているが,軽水炉
に適用される「安全評価審査指針」には定めはなく,液体金属冷却高速増殖炉
のみに評価が求められる事象である(以下,この事象を「5項事象」という。)。
 2 本件申請者が選定した5項事象
  (1) 本件申請者は,本件許可申請書において,5項事象を「技術的には起こるとは
考えられない事象」と表現し,次の事象を選定した。
 ア 局所的燃料破損事象
    (ア) 燃料要素の局所的過熱事象
    (イ) 集合体内流路閉塞事象
   イ 1次主冷却系配管大口径破損事象
   ウ 反応度抑制機能喪失事象
    (ア) 1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象
    (イ) 制御棒異常引抜時反応度抑制機能喪失事象
  (2) この5項事象の選定は,「評価の考え方」の策定(決定)が昭和55年11月6日で
あったことから,同年12月10日に提出された本件許可申請書にはその記載が
なかったものであるが,昭和56年12月28日付けの一部補正において追加され
たものである。
  (3) 上記5項事象のうち,ウの反応度抑制機能喪失事象がHCDAに相当するもので
あり,1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象がULOFに,制御棒異
常引抜時反応度抑制機能喪失事象がUTOPに,各該当する。
(以上の事実につき,乙16,弁論の全趣旨)
第5 本件許可申請書の添付書類十の記載事項(反応度抑制機能喪失事象に関する
記載事項)
   本件許可申請書の添付書類十の「原子炉の操作上の過失,機械又は装置の故
障,地震,火災等があった場合に発生すると想定される原子炉の事故の種類,程
度,影響等に関する説明書」には,「技術的には起こるとは考えられない事象」に関
する記述があるが,このうち反応度抑制機能喪失事象解析についての記載は,以
下のとおりである。
  「4  技術的には起こるとは考えられない事象の解析 
   4.1序
   4.1.1はしがき
     本節では,発生頻度は極めて低いが結果が重大であると想定される事象,
即ち技術的には起こるとは考えられない事象について,高速増殖炉の運
転実績が僅少であることに鑑み,その起因となる事象とこれに続く事象
経過に対する防止対策との関連において十分に評価を行い,放射性物
質の放散が適切に抑制されることを説明する。
      原子炉施設の材料選定,設計,製作,据付,試験,検査等は諸規格,基準
に適合させるようにし,また,品質管理や工程管理を十分に行い極めて
信頼性の高いものとしており,機器,系統の故障,破損あるいは運転員
の誤操作等の異常事象の発生に対しては,警報により運転員が措置し
得るようにするとともに,万が一これらの修正動作がとられない場合に
も,原子炉の固有の安全性並びに安全保護系の動作により重大な事故
に発展することがないように設計されている。しかしながら,ここでは技術
的には起こるとは考えられない事象として,発生頻度が無視し得る程極
めて低いが,炉心が大きな損傷に至るおそれがある次の事象を選定し,
防止対策との関連において放射性物質の放散に対する障壁の抑制機
能を評価するため,原子炉施設の深層防御の観点から評価を行う。技
術的には起こるとは考えられない事象として次のものを選定する。
         (中略)
      (3) 反応度抑制機能喪失事象
       (a) 1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象
       (b) 制御棒異常引抜時反応度抑制機能喪失事象
評価に当たっては,以下に述べるように起因となる事象の発生を仮定した場
合,事象経過に対する防止対策との関連において炉心損傷の程度を評
価し,事象に応じて放射性物質の放散が適切に抑制されることを確認す
るため,一部の機器等に設計基準を超える結果が生じても,放射性物質
放散に対する障壁としての原子炉冷却材バウンダリのナトリウム保持機
能等又は格納容器バウンダリによる最終的な放射性物質の放散に対す
る抑制機能が適切に保たれることを確認する。
   4.1.2 解析条件の設定
       本節で取り上げる事象は,その起因事象発生の可能性が無視し得る程極め
て小さく技術的には起こるとは考えられない事象であることから,それぞ
れの事象の進展過程に応じた合理的なモデル及びパラメータに基づき,
各種の防止対策の作動を考慮した解析を行うものとする。
   4.1.3 解析に用いる計算コード
         (中略)
      (4) SAS 3D
        SAS 3Dコードは,「反応度抑制機能喪失事象」解析等の起因過程にお
ける核・熱流力挙動を解析するもので,冷却材沸騰,溶融した被ふく
管及び燃料の移動挙動,燃料・冷却材相互作用(FCI)等の各種熱流
力現象を核動特性計算と結合して解析するコードである。
(中略)
      (5) VENUS-PM
        VENUS-PMコードは,即発臨界状態での炉心の核・熱流力挙動を解析
するコードである。さらに炉心損傷後の炉心膨張による有効仕事量を
評価することができる。
         (中略)
4.4 反応度抑制機能喪失事象
4.4.1 事象の説明及び防止対策
 (1) 事象の説明
        本事象は以下に示すとおり,発生頻度は無視し得るほど極めて低いが,原
子炉出力運転中に,外部電源喪失により炉心流量が減少し(1次冷却
材流量減少時),若しくは制御棒が連続して引抜かれることにより,炉
心に異常な反応度がそう入され(制御棒異常引抜時),安全保護系の
動作により原子炉の自動停止が必要とされる時点で,反応度抑制機
能喪失が重なることを仮定する。
      (2) 防止対策
        本事象の評価に当たっては,以下に示す設備の効果を考慮する。
        ⅰ 安全保護系及び原子炉停止系の機器の設計,製作に当たっては,高
信頼度の機器を採用し,十分な品質管理を行う。安全保護系は
原子炉の運転中に定期的に試験を行い,機能が喪失していない
ことを確認できるような設計とする。
        ⅱ 安全保護系は,通常運転時,運転時の異常な過渡変化時,保修時,
試験時及び事故時において,その安全保護機能が喪失しないよ
うに,その系を構成するチャンネル相互を分離し,重複したそれ
ぞれのチャンネル間の独立性を実用上可能な限り考慮した設計
とする。
        ⅲ 原子炉停止系は互いに独立な主炉停止系と後備炉停止系の2系統を
有し,独立性,多重性を備えた極めて高い信頼性をもつ系統であ
り,それぞれ独立して原子炉を停止できるようにする。なお,主炉
停止系,後備炉停止系のいずれも,反応度効果の最も大きい制
御棒1本が完全に炉心の外に引抜かれ固着してそう入できない
と仮定しても原子炉を停止できるようになっている。
        ⅳ 外部電源喪失により炉心流量が減少する場合には,次のような多様な
原子炉トリップ信号により原子炉は確実に自動停止する。
         (a) 「常用母線電圧低」
         (b) 「1次主冷却系循環ポンプ回転数低」
         (c) 「2次主冷却系循環ポンプ回転数低」
         (d) 「1次主冷却系流量低」
         (e) 「2次主冷却系流量低」
        ⅴ 出力運転中に制御棒が連続して引抜かれることにより炉心に異常な反
応度がそう入された場合には,次のような多様な原子炉トリップ
信号により原子炉は確実に自動停止する。
         (a) 「出力領域中性子束高」
         (b) 「広域中性子束高」
         (c) 「1次主冷却系循環ポンプ回転数低」
         (d) 「2次主冷却系循環ポンプ回転数低」
         (e) 「1次主冷却系流量低」
         (f) 「2次主冷却系流量低」
        ⅵ しゃへいプラグ下面に作用する圧力により生じるプラグ等の隙間を通っ
てナトリウムが炉上部ピットへ噴出することを抑制するような構造
となっている。
        ⅶ 事象発生後も原子炉容器内ナトリウム液位を確保し,自然循環冷却若
しくはポニーモータによる1次主冷却系循環ポンプの低速運転と
2次主冷却系及び補助冷却設備の作動により崩壊熱が除去でき
るような構造となっている。
        ⅷ 「原子炉格納容器床上雰囲気圧力高」信号又は「原子炉格納容器床上
雰囲気放射能高」信号により,原子炉格納容器の隔離が行われ
る。原子炉格納容器は気密性が高く,また,わずかにアニュラス
部へ漏えいした放射性物質は,アニュラス部が常時負圧に維持
されているため直接大気中へ漏えいすることはない。さらに,ア
ニュラス循環排気装置はアニュラス部の空気を浄化再循環する
とともに,浄化した空気の一部を排気筒より放出する。
4.4.2 1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象
  4.4.2.1 炉心冷却能力の解析
  (1) 解析条件
    事象の経過は,計算コードSAS 3D,VENUS-PM,PISCES-2DEL
K,PPP-M及びMIMIR-N2により解析する。
解析に当たって用いる解析条件を次のように仮定する。
        ⅰ 事象発生時の初期状態は,初装荷炉心初期,平衡炉心初期及び平衡
炉心末期について設定することとし,原子炉は定格出力で運転さ
れているものとする。
        ⅱ 最も厳しい場合として,外部電源喪失により常用2母線の電源が喪失
し,1次及び2次主冷却系循環ポンプが全数同時にトリップしたと
する。
        ⅲ 上記ⅱの事象想定に併せて,原子炉の自動停止が必要とされる時点
で反応度抑制機能喪失を重ね合わせるものとする。
        ⅳ 全反応度が1$近傍に到達した時点で計算コードVENUS-PMに接
続する。
        ⅴ 炉心損傷後の膨張過程における有効仕事量の評価に当たっては,2
相燃料の等エントロピ膨張を仮定する。
        ⅵ 構造物の耐衝撃評価に当たっては,膨張過程における最大有効仕事
量として500MJを考慮する。
        ⅶ 崩壊熱除去評価に当たっては,1次主冷却系,2次主冷却系及び補助
冷却設備の自然循環のみを期待する。
      (2) 解析結果
        1次冷却材流量減少と反応度抑制機能喪失の重ね合せ事象において,最
も厳しい結果を示す平衡炉心の燃焼末期では,ナトリウム沸騰,被ふ
く管溶融移動,燃料スランピングが生じた時点で即発臨界に達し,そ
の時の反応度そう入速度は約35$/Sである。炉心は膨張により未
臨界となり,炉心損傷後の最大有効仕事量は約380MJとなる。
        炉心部で発生する圧力荷重(1気圧までの等エントロピ膨張で500MJの
有効仕事量に相当とする)によって原子炉容器に歪みが生じるが,ナ
トリウムが漏えいするような破損は生じない。また,1次主冷却系機
器・配管についても,一部歪みは生じるものの,ナトリウムが漏えいす
るような破損は生じない。
        炉心部から放出された溶融燃料は周辺のナトリウム及び構造材に熱を伝
達するとともに原子炉容器内構造物水平部等に保持される。崩壊熱
の除去については,崩壊熱の除去のために必要な1次主冷却系の循
環パスが確保されており,その自然循環と2次主冷却系及び補助冷
却設備の作動により除熱能力は確保される。
        なお,2次主冷却系の2ループの強制循環除熱(ポニーモータ1台不作動)
を想定した場合には除熱能力は大きくなる。
        しゃへいプラグ下面へのナトリウムスラグの衝突に伴うナトリウムの原子炉
格納容器床上部への噴出量は約290kgとなる。
4.4.2.2 噴出ナトリウムの熱的影響の解析
  (1) 解析条件
   事象の経過は,計算コードSOFIRE-MⅡを用いて,原子炉格納容器床上
雰囲気における内圧,温度の時間変化を解析する。
 解析では,ナトリウム燃焼に関して実際よりも十分厳しい結果を得るため
に,解析条件を次のように仮定する。
        ⅰ 原子炉格納容器床上へのナトリウム噴出量を400kgとする。
        ⅱ ナトリウムは床上雰囲気中で瞬時に空気と反応するとし,その燃焼熱
と,原子炉格納容器雰囲気中へ放出された核分裂生成物の崩
壊熱の全てが,原子炉格納容器内雰囲気ガスの温度上昇に寄
与するものとする。
        ⅲ 原子炉格納容器床上の初期酸素濃度は21v/oとする。
      (2) 解析結果
         (中略)
        400kgのナトリウム噴出に伴い,原子炉格納容器内雰囲気ガスは,初期
に,温度が約140℃,内圧が約0.33kg/cm2 Gまで上昇した後,
減少し続ける。
        したがって,原子炉格納容器内圧,温度とも設計値を下まわっており,放射
性物質の放散を抑制できる。
   4.4.2.3 被ばく評価
  (1) 評価条件
   ⅰ 原子炉格納容器床上雰囲気中に放出される放射性物質の量は,炉内
存在量に対して,それぞれ希ガスが1%,よう素が1%,プルトニ
ウムが0.1%であるとする。
        ⅱ 放出されたよう素のうち,95%はエアロゾルの形態をとり,残り5%は
エアロゾルの形態をとらないものとする。
        ⅲ 原子炉格納容器床上雰囲気中に放出されたエアロゾル状よう素につ
いては,プレートアウト等による減衰を考慮する。
          (中略)
          非エアロゾル状よう素及び希ガスはプレートアウト等による減衰効果は
考えない。
        ⅳ 原子炉格納容器からの漏えい率は,この事象時の原子炉格納容器圧
力に対応する漏えい率を下まわらない値とする。
        ⅴ 原子炉格納容器からの漏えいは,97%がアニュラス部に生じ,残り3
%はアニュラス部以外から生じるものとする。
        ⅵ アニュラス循環排気装置のよう素用フィルタユニットのよう素除去効率
は99%とする。また,よう素用フィルタユニットへの系統切替え達
成までを10分間とし,その間のよう素の除去効果は考慮しない
ものとする。
        ⅶ プルトニウムの大気放出量の評価に当たっては,プルトニウムはエア
ロゾルの形態をとるものとし,フィルタの除去効率は99%とす
る。
        ⅷ 原子炉格納容器内の放射能による直接線量及びスカイシャイン線量に
ついては,原子炉格納施設のしゃへい効果を考慮して評価する
ものとする。
        ⅸ 事象の評価期間は原子炉格納容器内圧が原子炉格納容器からの漏
えいが無視出来る程度に低下するまでの期間として30日とす
る。
        ⅹ 環境への希ガス,よう素及びプルトニウムの放出は排気筒より行われ
るものとする。
        ⅹⅰ 被ばく計算に必要な拡散,気象条件としては,添付書類六「2.5 安
全解析に使用する気象条件」で述べたように,「発電用原子炉施
設の安全解析に関する気象指針について」に示された考え方に
従って現地における1年間の観測結果から求めた相対濃度(χ
/Q)及び相対線量(D/Q)として添付書類六の第2.5-3表に
示す値を用いる。
       大気中に放出される放射性物質の量は,上記条件により評価し,それ
による被ばく線量並びに原子炉格納容器内放射能による直接線
量及びスカイシャイン線量は,「5.1.11次冷却材漏えい事故」と
同様な方法により評価する。また,プルトニウムによる被ばく線量
は「5.2 仮想事故」と同様な方法により評価する。
      (2) 評価結果
        大気中へ放出される核分裂生成物の量は,
         よう素(Ⅰ-131等価)     約  77Ci
         希ガス(ガンマ線0.5MeV換算) 約2600Ci
        となる。なお,プルトニウムの放出量は約2.0Ciとなる。
         計算の結果,敷地境界外における最大の被ばく線量は,
          小児甲状腺被ばく線量     約1.1  rem
          成人甲状腺被ばく線量     約0.27 rem
          ガンマ線による全身被ばく線量 約0.069rem
          プルトニウムによる被ばく線量
            肺 臓    約0.014rad
            骨表面    約0.071rad
            肝 臓    約0.015rad
        となる。
   4.4.3 制御棒異常引抜時反応度抑制機能喪失事象
   (1) 炉心冷却能力の解析条件
    事象の経過は,計算コードSAS 3Dにより解析する。解析に当たって用い
る解析条件を次のように仮定する。
        ⅰ 事象発生時の初期状態は,初装荷炉心初期,平衡炉心初期及び平衡
炉心末期について設定することとし,原子炉は定格出力で運転さ
れているものとする。
        ⅱ 最大の反応度価値をもつ調整棒1本が最大速度で引抜かれるものと
し,反応度そう入率は解析上3¢/sとする。
        ⅲ 上記ⅱの事象想定に併せて,原子炉の自動停止が必要とされる時点
で,反応度抑制機能喪失を重ね合わせるものとする。
      (2) 解析結果
        本事象においては,最も厳しい結果を示す初装荷炉心燃焼初期でも,燃
料・冷却材相互作用領域の燃料のスイープアウトにより未臨界とな
り,到達最高出力は定格の高々4倍程度であり,炉心部は部分的な
損傷にとどまり,炉心部の冷却機能は確保される。したがって本事象
の結果は,1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象に包絡さ
れる。
4.4.4 結論
  (1) 原子炉出力運転中に何らかの原因によって,炉心流量が減少し,若しくは
異常な反応度がそう入された際に反応度抑制機能が喪失し,炉心に
損傷が生じた場合でも,原子炉冷却材バウンダリのナトリウム保持機
能は維持され,崩壊熱の除去機能は確保される。
 (2) 1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象によって,原子炉格納容
器床上雰囲気中に噴出したナトリウムの燃焼を考慮しても,原子炉格
納容器の内圧,温度とも最高使用値を下まわっており,その健全性は
損なわれることはない。
(3) 本事象における周辺公衆に対する被ばく線量は,上記のとおりであり放射
性物質の放散は適切に抑制されている。」
  (以上の事実につき,乙16)
第6 反応度抑制機能喪失事象の安全審査
   証拠(乙9,14の3)によれば,科学技術庁は,本件許可申請書及び添付書類に基
づいて安全審査を行い,安全審査書案を作成し,これを原子力安全委員会に提出
したが,同委員会の評価,判断は,安全審査書案のそれと同じであったと認められ
るところ,この安全審査書案には,反応度抑制機能喪失事象に対する評価,判断
として,次のような記載がある。
  「6 技術的には起こるとは考えられない事象の解析
    (1) 技術的には起こるとは考えられない事象に対しては,LMFBRの運転実績が
僅少であることに鑑み,その起因となる事象とこれに続く事象経過に対する
防止対策との関連において十分に評価を行い,放射性物質の放散が適切
に抑制されることを確認することが要求される。
      技術的には起こるとは考えられない事象の解析は,発生頻度は無視し得る程
極めて低いが,炉心が大きな損傷に至るおそれがある事象を選定し,防止
対策との関連において放射性物質放散に対する障壁の抑制機能を評価す
るため,原子炉施設の深層防御の観点から行うものである。
      申請においては,これら技術的には起こるとは考えられない事象として下記の
事象が取りあげられている。
       (中略)
      ③ 反応度抑制機能喪失事象
       ・ 1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象
       ・ 制御棒異常引抜時反応度抑制機能喪失事象
 (2) 審査に当たっては,以下に述べるように起因となる事象の発生を仮定した場
合,事象経過に対する防止対策との関連において炉心損傷の程度を評価
し,事象に応じて放射性物質の放散が適切に抑制されることを確認するた
め,一部の機器等に設計条件を超える結果が生じても,放射性物質放散
に対する障壁としての原子炉冷却材バウンダリのナトリウム保持機能等又
は格納容器バウンダリによる最終的な放射性物質の放散に対する抑制機
能が適切に保たれることを評価した。
      放射性物質の放散が適切に抑制されることの確認の判断基準は周囲公衆に
対し著しい放射性被曝のリスクを与えないことであると考え得るが,ここで
選定した事象は発生頻度が無視し得るほど極めて低く,技術的見地からみ
て起こるとは考えられないことから,「原子炉立地審査指針」及び「プルトニ
ウムを燃料とする原子炉の立地評価上必要なプルトニウムに関するめや
す線量について」に示されているめやす線量を参考とする。
      これらの判断基準は,技術的には起こるとは考えられない事象の評価の目的
に鑑み妥当なものと判断する。
(中略)
6.3 反応度抑制機能喪失事象
6.3.1事象の説明及び防止対策
  (1) 事象の説明
        この事象は,原子炉出力運転中に何らかの原因によって炉心流量が減少
し,もしくは異常な反応度がそう入された際に反応度抑制機能が喪
失したとすると,燃料が溶融し炉心の大規模な損傷が生じるおそれ
があることから選定されたものである。
         起因事象としては,外部電源喪失により炉心流量が減少し(1次冷却材
流量減少時),もしくは制御棒が連続的に引抜かれることにより,炉
心に異常な反応度がそう入され(制御棒異常引抜時),原子炉の自
動停止が必要とされる時点で反応度抑制機能喪失を重ね合わせた
事象を選定している。
      (2) 事象経過に対する防止対策
   反応度抑制機能喪失事象の評価に当たっては,以下に示す設備の効果を
考慮することとなっている。
   ① 遮へいプラグ下面に作用する圧力により生じるプラグ等の隙間を通って
ナトリウムが炉上部ピットへ噴出することを抑制する構造とすること
としている。
       ② 事象発生後の炉心の崩壊熱は,自然循環により除去できる構造とする
こととしている。
       ③ 「原子炉格納容器床上雰囲気圧力高」信号又は「原子炉格納容器床上
雰囲気放射能高」信号により,原子炉格納容器の隔離が行われる
こととなっている。原子炉格納容器は気密性が高く,また,わずかに
アニュラス部へ漏えいした放射性物質は,アニュラス部が常時負圧
に維持されているため直接大気中へ漏えいすることはなく,更に,
アニュラス循環排気装置はアニュラス部の空気を浄化再循環すると
ともに,浄化した空気の一部を排気筒より放出することとしている。
6.3.21次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象
  (1)炉心冷却能力の解析
  ① 解析条件
    イ炉心の状態は,平衡炉心の燃焼末期とする。
        ロ 外部電源喪失と反応度抑制機能喪失を重ね合わせた事象を対象とす
る。
        ハ 炉心損傷後の膨張過程における有効仕事量の評価に当たっては,二
相燃料の等エントロピ膨張を仮定する。
        ニ 構造物の耐衝撃評価に当たっては,膨張過程における最大有効仕事
量として500MJを考慮する。
        ホ 崩壊熱除去の評価に当たっては,1次主冷却系,2次主冷却系及び補
助冷却設備の自然循環のみ期待する想定とする。
       ② 解析結果
         炉心はナトリウム沸騰,被覆管溶融移動,燃料スランピングが生じた時点
で即発臨界に達し,膨張によって未臨界となる。
         炉心損傷後の最大有効仕事量は約380MJとなる。炉心部で発生する圧
力荷重によって,原子炉容器に歪みが生ずるが,ナトリウムが漏え
いするような破損は生じない。また,1次主冷却系機器・配管につい
ても一部歪みは生ずるものの,ナトリウムが漏えいするような破損
は生じない。
         炉心部から放出された溶融燃料は周辺のナトリウム及び構造材に熱を伝
達するとともに,原子炉容器内構造物水平部等に保持される。
         崩壊熱の除去については,崩壊熱の除去のために必要な1次主冷却系
の循環流路が確保されており,その自然循環と2次主冷却系及び
補助冷却設備の作動により除熱能力は確保される。
         なお,2次主冷却系の2ループの強制循環除熱(ポニーモータ1台不作
動)を想定した場合には除熱能力は大きくなる。
         遮へいプラグ下面へのナトリウムスラグの衝突に伴うナトリウムの原子炉
格納容器床上部への噴出量は約290kgとなる。
 (2) 噴出ナトリウムの熱的影響の解析
  ① 解析条件
   イ原子炉格納容器床上へのナトリウム噴出量を400kgとする。
        ロ ナトリウムは床上雰囲気中で瞬時に空気と反応するとし,その燃焼熱
と,原子炉格納容器雰囲気中へ放出された核分裂生成物の崩
壊熱の全てが,原子炉格納容器内雰囲気ガスの温度上昇に費
やされるとする。
       ② 解析結果
         400kgのナトリウム噴出に伴い,原子炉格納容器内雰囲気ガスは,初期
に,温度が約140℃,内圧が約0.33kg/cm2Gまで上昇した後,
減少し続ける。したがって,原子炉格納容器内圧,温度とも設計値
を下回っており,放射性物質の放散を抑制できる。
      (3) 被曝評価
  ① 解析条件
   イ 原子炉格納容器床上に放出される放射性物質の量は,炉内存在量に
対して,次の割合であるとする。
           希ガス      1%
           よう素      1%
           プルトニウム 0.1%
        ロ 放出されたよう素のうち,95%はエアロゾルの形態をとり,残り5%は
エアロゾルの形態をとらないものとする。
        ハ 原子炉格納容器床上に放出されたエアロゾル状よう素については,プ
レートアウト等による減衰を考慮する。
          非エアロゾル状よう素及び希ガスはプレートアウト等による減衰効果は
考えない。
        ニ 原子炉格納容器の漏えい率は,この事象時の原子炉格納容器圧力に
対応する漏えい率を下回らない値とする。
        ホ 原子炉格納容器からの漏えいは,97%がアニュラス部に生じ,残り3
%はアニュラス部以外から生じるものとする。
        ヘ アニュラス循環排気装置のフィルタのよう素並びにプルトニウム除去効
率は99%とする。よう素用フィルタユニットへの系統切替え達成
までの10分間は,よう素除去効果は考慮しないものとする。
        ト 原子炉格納容器内の放射能による直接線量及びスカイシャイン線量に
ついては,原子炉格納容器等の遮へいを考慮して評価するもの
とする。
        チ 事象継続期間は30日間とする。
        リ 環境への希ガス,よう素等の放出は,排気筒より行われるものとする。
        ヌ 環境に放出された希ガス,よう素等の大気中の拡散については,「気象
指針」に従って評価を行うものとする。
       ② 解析結果
         大気中に放出される放射能量は,よう素約77Ci,希ガス約2600Ci及び
プルトニウム約2.0Ciである。
         このよう素及び希ガスの大気放出に伴う被曝線量は,敷地境界外で最大
となる場所において小児甲状腺約1.1rem,全身約0.069remで
ある。
         プルトニウムの大気放出に伴う被曝線量は,敷地境界外で最大となる場
所において,骨表面,肺及び肝のそれぞれに対し,約0.071rad,
約0.014rad及び約0.015radである。
   6.3.3制御棒異常引抜時反応度抑制機能喪失事象
  (1)解析条件 
① 炉心の状態は,初装荷炉心の燃焼初期とする。
       ② 制御棒の異常な引抜と反応度抑制機能喪失を重ね合わせた事象を対
象とする。
      (2) 解析結果
        冷却材流路に放出された溶融燃料は,冷却材の移動とともに掃き出され,
炉心は未臨界となる。また,炉心部は部分的な損傷にとどまり,事象
終了後の炉心部の冷却は確保できる。したがって,本事象の結果は,
1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象に包絡されている。
   6.4評価
      「高速増殖炉の安全性の評価の考え方について」に基づき,海外LMFBRの
評価例等も参考として,技術的には起こるとは考えられない事象として,
(中略)反応度抑制機能喪失事象の(中略)事象が選定されており,妥当
なものと判断する。
       事象の解析に当たって考慮する範囲については,サイクル期間中の炉心燃
焼度変化や燃料交換等による炉心構成の変化及び運転中予想される
種々の運転モードが考慮されるとともに,工学的安全施設等の作動状況
及び運転員の操作の態様も考慮されている。
       解析に使用されているモデル及びパラメータについては,それぞれの事象に
応じて合理的に選定されており,事象の影響を緩和するのに必要な運転
員の手動操作のための時間的余裕も適切に見込まれている。更に,各
事象の解析に使用されている計算コードは,実験結果等との比較により
その使用の妥当性が確認されている。したがって,解析に用いられてい
る条件,手法は妥当なものと考える。
       以上のように厳しい事象の選定及び条件の仮定の下に解析された結果は,
「高速増殖炉の安全性の評価の考え方について」に適合するものであ
り,ここで選定した技術的には起こるとは考えられない事象に対しても炉
心は冷却され,防止対策との関連において放射性物質の放散が適切に
抑制されているので妥当なものと判断する。」
   (以上の事実につき,乙9)
第7 外国で起こった炉心溶融ないし炉心崩壊事故
   これまで外国の原子力発電所で起こった炉心溶融ないし炉心崩壊事故を年代順に
見てみると,次のとおりである。なお,このうち,高速増殖炉で起こった事故は,1の
EBR-Ⅰ炉の炉心溶融事故と3のエンリコ・フェルミ炉の燃料溶融事故である。
 1 EBR-Ⅰ炉の炉心溶融事故
  (1) 事故の発生時 
    1955年(昭和30年)11月29日
  (2) 原子炉の概要等
    EBR-Ⅰ炉は,1949年(昭和24年)10月に,アメリカのアイダホ州の国立工学
研究所内に建設着工された高速増殖炉(実験炉)で,世界で初めて原子炉によ
る実用に供しうる程度の発電(150キロワット)を行った。1951年(昭和26年)
8月に臨界,同年12月には電気出力200キロワットに到達した。1次冷却材,2
次冷却材ともに液体金属のNaK(ナトリウムとカリウムの合金)を冷却材に使用
している。EBR-Ⅰ炉では,マークⅠ炉心からマークⅣ炉心まで,4回にわたり
取り替えられ,その間,多くの実験が行われ,1963年(昭和38年)12月に,そ
の使命を終えて停止された。
  (3) 事故の概要と原因
    マークⅡ炉心での運転において,ある出力レベル以上で正の反応度が入る(炉心
の温度がある程度上昇すると自然に炉心の出力が上昇する)ため,その原因を
解明するために各種の実験が行われた。そして,1955年(昭和30年)11月29
日,その一環として,1次冷却材の流速の影響を調べるため,冷却材循環ポンプ
を短時間止めた状態での燃料温度上昇による反応度変化を測定する実験が行
われた。その実験のために,① 原子炉出力の上昇速度が速くなると自動的に
制御棒が挿入される機能である原子炉ペリオドスクラム(「炉周期短」スクラム),
② 1次冷却材流量が少ないと原子炉を起動できないようにする冷却材流量イ
ンタロック(「流量低」インタロック)という2つの原子炉安全系を取り外していた。
    実験のために出力を上昇させたところ,正の反応度により出力が急上昇し,炉周
期が1秒(炉出力が1秒で2.7倍になる状態)になったので,実験担当者が運転
員に急速スクラム(制御棒の急速挿入による原子炉の緊急停止)を指示したが,
運転員は誤ってスロースクラム(制御棒の通常速度での挿入による原子炉の停
止)ボタンを押してしまった。実験担当者は直ちに急速スクラムボタンを押した
が,この間の時間遅れが約2秒あったことから,出力が約1.2MW(1200キロ
ワット)まで上昇した。
    調査の結果,炉心は,燃料体積の40ないし50パーセントが溶融しており,温度
は約850ないし1400℃の範囲に達していたことが判明した。この出力上昇(暴
走)で放出されたエネルギーは,14MJと推定されている。溶融した部分は,軽
石のように多数の孔が開いている状態となっていた。ただし,炉心外周部の燃料
には溶融はなかった。また,施設外への放射性物質の放出量は無視し得る程度
であり,周辺公衆の被害はなかった。
    事故の原因は,実験予定では,燃料温度が500℃に達するまで上昇した時に,
急速スクラムを行うことになっていたところ,運転員が誤ってスロースクラムをし
たことにあった。
    ただし,マークⅡ炉心において,ある出力レベル以上で正の反応度が入る事態が
起こったのは,燃料要素を取り出しやすいように長手方向のワイヤ・スペーサを
取り去り,かつ,燃料要素の固定を緩くしてあったために,高温になると燃料要
素が湾曲したことが原因であった。すなわち,燃料要素が内側に曲がったことに
より,反応度が増加して,炉心の溶融を引き起こしたのである。
  (以上の事実につき,甲イ20,46,376,385,甲ニ6の1,乙イ7   6)
 2 SL-1の臨界事故
  (1) 事故の発生時 
    1961年(昭和36年)1月3日
  (2) 原子炉の概要
    SL-1は,アメリカのアイダホ州の国立原子炉試験場に設置された小型の軽水
炉(沸騰水型)である。200キロワットの電力と400キロワットの暖房用電気等
価エネルギーを発生するよう設計されており,軍事レーダー施設への電力,熱
供給を目的とした開発試験炉であった。
  (3) 事故の概要と原因
    1961年(昭和36年)1月3日,定期保守等のための停止から運転を再開するた
めに,制御棒駆動装置の取り付け作業中,原子炉が突然暴走して炉が爆発し
た。事故により,燃料のウランは,ほぼ全てが一瞬のうちに溶融し,炉心の上蓋
は吹き飛んで,隣接する運転室の天井を突き破っていた。また,重さ16トンの原
子炉容器は配管を引きちぎって飛び上がり,上にあったクレーンに激突した後,
元の位置に落下した。作業に当たっていた作業員3人が全員死亡した。
    この爆発で発生したエネルギーは,130MJ(TNT火薬に換算して約30キログラ
ムのエネルギー)と推定されている。
    事故により,炉心に存在した核分裂生成物のうちの1パーセント相当が原子炉建
屋に放出されたが,この核分裂生成物のほとんど全ては,原子炉建屋内にとど
まり,ごく一部だけが建屋外に放出されたと考えられている。
    事故に関係した作業員3人が全員死亡しているため,事故の原因は完全には解
明されていないが,制御棒が急速に引き上げられたことから,反応度の急速な
増加が起こり,出力が上昇して熱膨張と気泡が発生し,このため炉内の圧力が
上昇し,これがさらに制御棒を引き抜く方向に働き,爆発に至ったものと考える
のが最も確からしいといわれている。
(以上の事実につき,甲イ375,385,甲ニ6の1,乙イ23)
 3 エンリコ・フェルミ炉の事故
  (1) 事故の発生時 
    1966年(昭和41年)10月5日
  (2) 原子炉の概要等
    エンリコ・フェルミ炉は,1957年(昭和32年)に,アメリカのミシガン州エリー湖畔
で建設着工された高速増殖炉である。1963年(昭和38年)8月に臨界に達し,
電気出力(認可出力)は6万5900キロワットである。冷却材としてナトリウムが
使用されており,また,濃縮ウラン合金をジルコニウムで被覆した燃料が使用さ
れていた。1972年(昭和47年)11月に計画の中止と廃炉が決定され,1974
年(昭和49年)3月に閉鎖作業がほぼ終了した。
  (3) 事故の概要と原因
    1966年(昭和41年)10月5日,出力上昇試験中,熱出力30MW(3万キロワッ
ト)に達したとき,炉内中性子束変化率の信号の乱れと,一部の燃料集合体出
口の冷却材温度の上昇があり,さらに原子炉建屋の上部排気ダクト内放射能高
の警報が発した。このため,出力降下操作を行い,出力26MW(2万6000キロ
ワット)の時点で手動スクラムで原子炉を停止した。
    炉内の検査により,2体の燃料集合体の融着が確認され,また,炉容器の底部に
変形した金属板が発見された。この変形した金属板は,炉容器底部に設置され
ている再臨界防止板兼冷却材整流板をカバーしているジルコニウム板であるこ
とが分かった(再臨界防止板とは,炉心の溶融を想定した場合に,溶融した燃料
が1か所に集って臨界になることを防止するための構造物である。)。なお,放射
線調査の結果,原子炉建屋外においては,公衆に対する影響はなかったとされ
ている。
    事故の原因は,原子炉容器底部の整流板のジルコニウム製カバー(厚さ1ミリメ
ートル,ネジで固定)のうちの1枚が,冷却材の流動により振動・剥離し,これが
燃料集合体の冷却材入口部を閉塞したため,冷却材流量が低下して燃料温度
が上昇したことにあった。そのため,燃料集合体が部分融合に至った。
  (甲イ26,47,乙イ76,乙ニ2の7)
 4 TMI事故(スリーマイル島事故)
  (1) 事故の発生時 
    1979年(昭和54年)3月28日
  (2) 原子炉の概要
    事故を起こしたTMI2号炉(スリーマイル島原子力発電所2号炉)は,アメリカのペ
ンシルバニア州スリーマイル島上に設置された軽水炉(加圧水型)で,電力出力
は95万9000キロワットである。
  (3) 事故の概要
    1979年(昭和54年)3月28日,原子炉は定格の約97パーセントの出力で運転
されていたが,まず,2次系の主給水ポンプが停止し,ほとんど同時に,タービン
の停止,1次系の温度・圧力の上昇,加圧器逃し弁の開放があり,原子炉のスク
ラムを引き起こした。
    これにより,1次系圧力は急速に低下したが,加圧器逃し弁が故障して開いたま
まになったため,1次冷却材の流出が続き,小破断冷却材喪失事故の状態とな
った。このため,2分後に非常用炉心冷却装置高圧注水系が自動起動した。し
かしながら,1次冷却材が局所的に沸騰を起こし,発生した蒸気泡が冷却材を
押し上げて,1次冷却材の量が増加しているかのごとき現象を呈したことから,
運転員は,高圧注入系ポンプ1台を停止し,もう1台の流量を最低限に絞った。
このため,1次冷却材はますます減少し,蒸気泡が増加することになった。これ
により,冷却材ポンプの振動が激しくなり,ポンプの破損をおそれた運転員は,
冷却材ポンプ全てを停止した。これにより,ポンプが運転されている間は循環し
て炉心を冷却していた水,蒸気の流れが止まり,蒸気と水が分離し,炉心の上
部が露出し始めた。露出した燃料は温度が急上昇し,大量の放射性物質が1次
系内に放出された。また,燃料被覆管と蒸気が反応して,大量の水素が発生し
た。
  (4) 原子炉の損傷状況
    1988年(昭和63年)10月に開催された米国原子力学会及び欧州原子力学会
の共催による会合における報告によると,これまで実施された炉心検査の結
果,炉心構成物質の約47パーセント(約62トン)が溶融し,このうち約20トンが
下部プレナムに流れ落ちたことが明らかになっている。
  (5) 事故の原因
    事故の発端は給水喪失事故であるが,この給水喪失が炉心損傷にまで拡大した
要因は,① 加圧器逃し弁が開放されていることに運転員が気づかず,長時間
(約2時間20分)にわたり開放されたままの状態に置かれていたこと,② 運転
員が非常用炉心冷却装置の高圧注入系ポンプを停止したり,その流量を最低
限に絞ったりした点にあった。
  (6) 事故の影響
    作業従事者について,事故直後から9月までで全身被ばく線量が30ミリシーベル
ト(3レム)を越えた者は7名で,年間の線量限度50ミリシーベルト(5レム)を越
えた者はいない。
    環境へ放出された放射性物質の大部分は,気体状の放射性物質であり,放射性
希ガス約250万キュリー,放射性よう素(よう素131)が約15キュリーと推定さ
れている。
    放出経路は,主として補助建屋内の抽出,充填系で脱気される際に出てきた放
射性ガスが配管や機器の漏えい箇所から外へ出たもので,補助建屋の換気系
によって,排気筒から環境に放出されたものである。液体状の放射性物質は,1
次冷却材のサンプリングを行った際の廃液が汚染水ドレンタンクから産業廃棄
物処理系に流入したものがそのまま流出されたが,微量であり問題となるほど
の量ではなかったと考えられている。
    環境に放出された放射性物質による周辺公衆への影響については,半径80キ
ロメートル以内の住民約216万人の集団線量は約20人シーベルト(約2000人
レム),個人平均の被ばく線量は約0.01シーベルト(約1ミリレム)であると推定
されている。
  (甲イ16,150,388)
 5 チェルノブイリ事故
  (1) 事故の発生時 
    1986年(昭和61年)4月26日
  (2) 原子炉の概要
    事故を起こしたチェルノブイリ4号炉は,ソビエト連邦(当時)のウクライナ共和国
チェルノブイリに設置された黒鉛減速・軽水冷却・沸騰水型原子炉(RBMK)で
ある。1984年(昭和59年)3月に運転を開始し,電気出力は100万キロワット
で,熱出力は320万キロワットである。
  (3) 事故の概要
    1986年(昭和61年)4月26日,外部電源喪失によりタービンの蒸気供給が停止
された場合,惰性で回っているタービン発電機からの電力で非常用炉心冷却系
設備のポンプ等をどの程度稼働させることができるかを確認する試験の最中に
おいて,原子炉出力が急激に増大し,これを抑えることができなかったことから,
燃料チャンネル及び原子炉上部の構造物が爆発によって破壊され,燃料及び黒
鉛の一部が飛散し,原子炉建屋も破壊された。約1600トンないしは2000トン
の重さの原子炉の蓋が吹き上げられ,ほぼ垂直に立てかけられた状態になっ
た。
    暴走後,減速材の黒鉛に火がつき,大火災に拡大し,セシウム137など気化しや
すい核分裂生成物が大量に上空高く吹き上げ,北半球を広く汚染した。  
    また,火災の熱によって,爆発後も残っていた燃料がさらに溶融し,炉心から流れ
出した。灼熱の溶融燃料物質は,構造物や床のコンクリートを溶かし,穴を開
け,さらにその下へ流れ落ちた。
  (4) 事故の処理
    ヘリコプターから炉心へ鉛,粘土等を大量に投下することにより,炉心の温度上
昇を抑えた。破損した建屋,原子炉等をコンクリートで密閉した。
  (5) 事故の影響
    事故直後の1986年(昭和61年)8月のソビエト連邦政府の報告書(以下「86年
報告書」という。)によれば,作業員や消防士等230人が急性放射線障害と診断
され,事故で死亡した者は31名(うち急性放射線障害により死亡した者29名)
であると報告された。また,発電所周辺30キロメートル圏内の住民約13万500
0人が避難したが,避難住民には急性放射線障害が生じた者はなかったと報告
されている。
    しかし,ソビエト連邦崩壊後の1992年(平成4年)4月に公表されたソビエト連邦
共産党中央委員会政治局事故対策グループの議事録によれば,1986年(昭
和61年)5月4日から同年6月12日までに,極めて大勢の人が入院治療を受
け,このうち相当数の人が放射線障害の診断を受けていること(日々,入院する
者があり,他方で,退院するものや死亡する者がいるので,日によって人数が異
なるが,入院治療中の者は最高で1万人を越え,また,放射線障害の診断を受
けた者は最高で900人を越えていること)が明らかとなった。
    その後,1992年(平成4年)9月には,ベラルーシ共和国(チェルノブイリは,ベラ
ルーシ共和国に隣接している。)のミンスクの保健局の調査により,高度に汚染
された地区では,子どもの甲状腺ガンの発生は1986年ないし1989年では年
間2ないし6例で平均4例だったのに,1990年29例,1991年55例,1992年
前半30例と大幅に増加したこと,特に汚染の顕著であったゴメリ地区では,19
91年38例,1992年前半13例を記録し,これは,100万人の子どもで1年間
に1人という世界の平均基準の80倍にあたることが報告された。また,これに関
連して,ベラルーシ共和国医療テクノロジーセンターの研究者は,被曝した子ど
も達のうち,30キロメートル圏内から避難した子ども達の悪性腫瘍,甲状腺ガン
の発生率は特に高く,ベラルーシ全体との発生率と比較すると,悪性腫瘍は1
8.4倍,甲状腺ガンは73.7倍であると報告している。
    さらに,1995年(平成7年)9月に国連人道援護局がまとめた報告書によれば,
① 現在も1平方キロメートル当たり5キュリー以上の汚染地区に700万人を超
える人が住み続けており,その約7割が精神的障害をかかえていること,② 汚
染除去作業者の実際の数は約80万人であり,これら作業者が,肺ガンや各種
の腫瘍,白血病の危険にさらされ,また発ガンの恐怖に苦しんでいること,③ 
ベラルーシで行った統計調査では,1990年(平成2年)から1994年(平成6
年)にかけて,子どもの神経・知覚関連の異常発生が43パーセント増えており,
骨や筋肉の異常が62パーセントも増加していることなどが報告されている。
    また,1995年(平成7年)11月にWHO(世界保健機関)が主催した「チェルノブ
イリその他の放射線事故による健康影響に関する国際会議」は,チェルノブイリ
原発の周辺地域で多発している小児甲状腺ガンについて,事故に伴う放射能が
原因であるという結論を出し,さらに,1996年(平成8年)3月にミンスクで開催
された欧州委員会とベラルーシ,ウクライナ,ロシアによる国際会議では,小児
甲状腺ガンの発生が約1000人に達したことが報告された。
    そして,WHO(世界保健機関)の会議の中では,白血病が増加しているとの議論
もなされ,さらに,ミンスクのガン医学放射線研究所の医師は,肺ガンが急増し
ており,1993年(平成5年)のガン患者4500人のうち,900ないし1000人が
小細胞ガンで放射線の影響によるものと推測されると報告している。
    この他に,ベラルーシ共和国では,先天性胎児障害(口唇・口蓋裂,腎臓・尿管異
常,多指症など)を有する子どもが,放射能汚染が強い地区ほど,事故後に増
加していること(1平方キロメートル当たりセシウム137が15キュリー以上の汚
染地域では,事故前に比べて,事故後に79パーセントも増加していること)や,
放射能汚染地域の子どもの多くに,末梢血リンパ球染色体異常が認められ,末
梢血リンパ球に観察される染色体異常レベルは,事故後6年間増加した状態が
継続していることも,ベラルーシ共和国の研究者らによって報告されている。 
    以上のことから,チェルノブイリ事故の影響は,まだ全貌は明らかではなく,放射
線の晩発性障害が本格的に現われるのはこれからであるとされている。
  (6) 事故の原因
    事故直後の86年報告書によれば,事故の原因は,運転員の規則違反,すなわ
ち,① 制御棒の反応度操作余裕が制限値以下で運転を継続したこと,② 予
定出力以下の炉出力で電源テストを行ったこと,③ 1次系循環ポンプを全台運
転し,ポンプの流量が規定を越えたこと,④ タービン蒸気弁閉に伴うスクラム
(原子炉緊急停止)信号を解除したこと,⑤ 気水分離タンクの水位・圧力に伴う
スクラム信号を解除したこと,⑥ ECCS(緊急炉心冷却装置)を切り離していた
こと,という6つの規則違反をしていたことにあると報告された。
    しかし,その後1991年(平成3年)1月,ソビエト連邦原子力産業安全監視国家
委員会の特別調査委員会は,「チェルノブイリ4号炉事故の原因と状況につい
て」と題する報告書(以下「91年報告書」という。)により,「事故の原因は,設計
の欠陥と責任当局の怠慢にあり,チェルノブイリのような事故はいずれ避けられ
ないものであった。」との見解を発表した。すなわち,91年報告書は,「チェルノ
ブイリ4号炉では,制御棒が,制御棒本体の下に黒鉛棒がぶら下がったような構
造をしており,制御棒を完全に引抜いた状態では,黒鉛棒の下に1.25メートル
ほどの水域ができる。この状態でスクラム(原子炉緊急停止)がかかると,炉心
の上部では制御棒本体が入ることによりマイナスの反応度が加わるが,炉心の
下部では,中性子を吸収していた水域が,ほとんど中性子を吸収しない黒鉛棒
に置き変わるため,最初にプラスの反応度が加わる。炉心全体の挙動は,各制
御棒の位置関係や炉の運転状況によって決まってくるが,条件によっては,ポジ
ティブスクラムが発生し,炉の出力が上昇する。事故の直前には,チェルノブイリ
4号炉は,原子炉熱出力は0ないし3万キロワットに低下し,その後,出力上昇
の操作(制御棒を引き抜くこと等)の結果,20万キロワットでなんとか安定するに
至った。しかし,この時の炉は,反応度操作余裕の低下と低出力の状況に伴う
正のボイド反応度係数が働き(ボイドすなわち泡が増えると核分裂連鎖が盛ん
になる性質のこと),一触即発の状態に陥っていたが,運転員はそのことを知ら
なかった。その後,運転員は,試験(惰性で回っているタービン発電機からの電
力で非常用炉心冷却系設備のポンプ等をどの程度稼働させることができるかを
確認する試験)を行ったが,試験中は,炉の出力は安定しており,異常な兆候は
なかった。試験終了後,運転員がスクラム(原子炉緊急停止)の操作をしたが,
それが,事故の発端となった。すなわち,制御棒の一斉挿入により,ポジティブ
スクラムが発生し,停止するはずの炉が逆に急激に出力が上昇して,暴走事故
となった。」と発表し,要するに,炉の設計に構造的欠陥があったとした。そして,
91年報告書は,86年報告書の指摘している運転員の規則違反について,「①
の点は,規則違反であり,運転員は規則違反であることを知りながら運転を続け
テストをしたと思われる。しかし,反応度操作余裕の値が緊急防御系の有効性
に影響を及ぼすということは運転員に知らされていなかったのであり,如何なる
運転状況であろうと,緊急防御系は有効に作動して原子炉は停止すると運転員
が期待するのは正当であるから,この点の規則違反は,事故の原因であるとは
いえない。②の点は,運転規則で低出力での運転が禁じられていたわけではな
い。③の点は,全ての循環ポンプを運転してはならないとは運転規則では定め
られていない。もっとも,いくつかのポンプの流量が制限値をいくらか超えていた
ことは規則違反であったが,この制限は,ポンプ・キャビテーション(気泡の発生
とそれに伴う衝撃による破損)を防ぐために設定されたものであり,実際にはポ
ンプ・キャビテーションは生じていなかったことが確認されている。④の点は,タ
ービンへの蒸気弁を閉じた際,スクラム信号を解除したのは規則違反ではない。
⑤の点は,86年報告書では,運転員が気水分離タンクの水位・圧力に伴うスク
ラム信号を切ったとしているが,実際には,全て,解除されていなかった。⑥の点
は,ECCS(緊急炉心冷却装置)を解除したのは規則違反であったが,テスト手
順書に従って行ったのであって,運転員に違反はない。また,ECCSが解除され
ていなくても,事態の進展には関係がなかった。」と報告している。
(7) 事故で生じた爆発のエネルギー
    未解明な点が多く,事故で生じた爆発のエネルギーがどれほどであったか,その
定量的な推定は困難であるとされている。
(以上の事実につき,甲6,甲イ27,179,199,372,385,甲ニ2の1,6の1,乙
イ24)
第8 当裁判所の判断
 1 炉心崩壊事故に対する安全審査の在り方
  (1) 前記第7において,外国において発生した炉心崩壊事故の概要を見てきたが,
このうち最も重大かつ深刻な事故はチェルノブイリ事故である。この事故は,原
子炉の炉心が崩壊した場合の危険性と悲惨さを如実に物語っている。そして,1
600トンないし2000トンもの重量の原子炉の上蓋が空中に吹き上げられたと
いうことは,炉心崩壊の際の核分裂反応によるエネルギーが如何に巨大である
かを示すものであって,人類は,これを教訓としなければならない。
  (2) もとより,事故を起こしたチェルノブイリ4号炉は,黒鉛減速・軽水冷却・沸騰水型
原子炉で,その電気出力も100万キロワット(熱出力320万キロワット)であり,
本件原子炉とは,その炉型の種類,構造及び出力規模などを異にするものであ
って,チェルノブイリ事故と同じような炉心崩壊事故が本件原子炉において生じ
るとたやすく速断することは相当でない。
    しかし,本件原子炉は,研究開発段階の高速増殖炉であり,未解明な分野が少
なくなく,しかも,炉心中心領域においては正のボイド反応度を持ち,出力密度も
高い炉心特性を有しており,充分な安全対策が必要である。
  (3) 本件申請者は,炉心崩壊事故(反応度抑制機能喪失事象)を本件原子炉では
「技術的には起こるとは考えられない事象」として捉え,発生頻度は無視し得る
ほど極めて低いと位置付けている(本節,第5参照)。しかし,運転実績に乏しい
研究開発段階の本件原子炉の炉心崩壊事故をそのように評価することには疑
問がある。また,たとえ設計上の理論ではそうであっても,炉心を構成する燃
料,機器,装置の品質管理が不十分であったり(本件ナトリウム漏えい事故は,
配管に挿入されていた温度計の品質管理に不備があったことが直接の原因で
あることを想起すべきである。),若しくは,工事の施工に瑕疵があったりすれ
ば,設計上予想もしない事故が発生する可能性は否定できないのであり,このこ
とは当然想定していなければならないことである。
   「評価の考え方」が,LMFBR(液体金属冷却高速増殖炉)について,設計基準事
象の他に5項事象を選定してその評価を求めているのも,発生頻度は設計基準
事故よりも更に低くともその事象の発生可能性が無視できないからであると認め
られる。
  (4) したがって,5項事象として選定された炉心崩壊事故(反応度抑制機能喪失事
象)は,決して空想の出来事としてではなく,現実に起こり得る事象としてその安
全評価がされなければならない。そして,その事象の発生は重大な結果を招くの
であるから,炉心崩壊の際に生じる核エネルギーの大きさがどの程度のもので
あって,本件原子炉容器及び原子炉格納容器がそのエネルギーの荷重(衝撃)
にどこまで耐えられるかの評価は,特に重要である。
 2 本件申請者がした反応度抑制機能喪失事象の機械的エネルギーの解析
  (1) 本件申請者は,想定した反応度抑制機能喪失事象について,即発臨界の有無
及び即発臨界を超える場合の機械的エネルギーを解析した(なお,本件申請者
が計算した機械的エネルギーは,熱エネルギーの大気圧までの等エントロピ膨
張による仕事量のことである。)。すなわち,HCDA(仮想的炉心崩壊事故)の起
因過程を解析コードSAS 3Dを用いて解析し,炉心の反応度が即発臨界を超
えて機械的エネルギーの発生に至ると予測されたケースについては,解析コー
ドVENUS-PMに接続して機械的炉心崩壊過程の解析を行った。解析は,幾
つかの基準によりケースを区分し,その区分されたものを組み合わせて,様々な
ケースを想定して行われたが,具体的には次のとおりである。
   ア 炉心燃焼度による区分
    (ア) 初装荷炉心の燃焼初期(BOIC)
      これは,燃料が全く燃焼していない原子炉の最初の炉心状態である。
    (イ) 平衡炉心の燃焼初期(BOEC)
      平衡炉心とは,数回の燃料交換を経た後の平衡状態に達した炉心状態をい
う。本件原子炉の燃料交換は,1回ごとに燃料集合体の約5分の1を交換
するので,平衡炉心の燃焼初期とは,平衡炉心における燃料交換直後の
炉心状態に相当し,炉心内の燃料集合体の約5分の1は,交換したばかり
の新燃料である。
    (ウ) 平衡炉心の燃焼末期(EOEC)
      これは,平衡炉心の燃料交換直前の炉心状態に相当し,最も燃焼が進んだ燃
料集合体を含む炉心状態である。
   イ 反応度係数の取扱いによる区分
    (ア) ノミナル解析
      これは,炉心の核設計に用いた核設計手法及び核データを用いて評価した反
応度係数分布のデータ(これを「ノミナル値」という。)によって解析するもの
である。
    (イ) 保守側解析
      これは,反応度係数分布のデータのばらつきが比較的大きく,不確かさの幅
があることから,負の反応度効果を有するドップラ反応度をノミナル値より3
0パーセント低く見積もり,逆に正の反応度効果を有するボイド反応度をノミ
ナル値より50パーセント多く見積もって解析するものである。
   ウ パラメータによる区分
    (ア) 基本解析ケース
      これは,基準が一応確立しているパラメータを用いて解析するものである。こ
れには,次の3つのケースがある。
     (あ) BEケース
       これは,本件安全審査当時,最も確からしいとされたモデルパラメータを使
用するケースである。
     (い) EXNRCケース
       これは,NRC(米国原子力規制委員会)が1976年(昭和51年)にクリンチリ
バー高速増殖原型炉(CRBR)のHCDA評価を行った際に,上限ケース
として選定したパラメータの組み合わせと同じ条件設定を行ったケースで
ある。
     (う) RPケース
       これは,パラメータ解析を行う際の基準ケースとして設定された解析ケース
である。
    (イ) パラメータ解析ケース
      これは,上記RPケースをパラメータ基準ケースとして,起因過程の事象推移
及び反応度効果の観点から,重要となる現象についての各種モデルパラメ
ータを変化させて解析するものである。これには多様なものがあるが,ここ
では,次の3つを挙げるにとどめる。
     (あ) LRIP.FCIケース
       これは,冷却材が沸騰していないチャンネルにおける被覆管の軸方向初期
破損口長さを,RPケースでは5センチメートルとしていたのに対し,その
6倍の30センチメートルとしたケースである。
     (い) FC125.CNTケース
       これは,沸騰状態の燃料集合体におけるスティール蒸気による燃料分散を
無視するとともに,仮にFCI(溶融燃料とナトリウムが接触したときの燃
料・冷却材相互作用)発生のタイミングを早めた場合の影響を把握する
ことを意図して破損しきい値をRPケースの50パーセント溶融割合から2
5パーセントに低減し,さらに破損位置を炉心中心に固定したケースであ
る。
     (う) BURNケース
       これは,EOIC(初装荷炉心末期)の状態を仮想的に模擬するために,BOIC
に対して180日の燃焼に相当するFPガスを人為的に保持させたケース
である。
  (2) 本件申請者において上記各組み合わせのケースにつき解析したところ,ノミナル
解析の場合は,すべてのケースにおいて,即発臨界に至ることなく機械的エネ
ルギーの発生は予測されなかった。しかし,保守側解析においては,機械的エ
ネルギーの放出の可能性があるケースがあった。その中から機械的エネルギー
放出の高いものを見てみると,平衡炉心の燃焼末期(EOEC)におけるパラメー
タ解析のLRIP.FCIケースでは992MJ,同じくFC125.CNTケースで676M
J,平衡炉心の燃焼初期(BOEC)におけるパラメータ解析のFC125.CNTケー
スでは690MJ,初装荷炉心の燃焼初期(BOIC)におけるパラメータ解析のR
P.BURNケースでは418MJというものがある。
    しかし,本件申請者は,当時の実験的知見と海外におけるHCDA評価の例を踏
まえて,使用したデータ及びモデルパラメータの不確かさ幅についての物理的合
理性の範囲内での上限シナリオとして,基本解析ケースの1つであるEXNRCケ
ース(上記(1),ウ,(ア),(い))を選定した。このケースにおける平衡炉心の燃焼
末期(EOEC)での保守側解析によると,その機械的エネルギーは356MJであ
ったが,解析コードVENUS-PMにおける制御棒の取扱いを補正したところ,そ
の値は約380MJとなった。本件申請者は,この約380MJをもって本件原子炉
の炉心損傷後の最大有効仕事量の値として採用し,本件許可申請書にその旨
を記載した(なお,本件許可申請書では,本件原子炉施設の構造物の耐衝撃評
価に当たって考慮する最大有効仕事量は500MJとされている。)。本件申請者
の解析によれば,この場合でも,炉心は即発臨界後,膨張により未臨界となる。
  (3) ところで,本件申請者の解析によれば,大半のケースが起因過程では即発臨界
に至ることなく緩慢に推移し,次の遷移過程に移行することが予測された。しか
し,その当時,遷移過程の事象推移及び再臨界に伴う機械的エネルギー発生の
可能性の重要性は認識されていたものの,遷移過程の事象推移を直接シミュレ
ーションする評価技術は十分には確立されていなかった。そこで,本件申請者
は,海外の評価例,関連する実験研究等の調査をするとともに,本件許可申請
をした昭和55年に,アメリカのロスアラモス国立研究所が1978年(昭和53年)
に開発した核熱流動の総合的解析コードSIMMER-Ⅱを導入して解析を試み
たが,これによると,保守的条件設定によって生じる遷移過程の再臨界の場合
であっても,その機械的エネルギーは上記380MJを超えることがないことが確
認された。しかしながら,このSIMMER-Ⅱコードは,2速度・1流動様式という
流体力学モデルの制約により適用性が限られること,計算精度が不十分なモデ
ルがあること,条件設定を誤ると数値的に不安定性を引き起こしやすいなどの
根本的な問題を抱えていた。
(以上の事実につき,乙イ16の1ないし3,17の1ないし5,乙イ32,37,乙ニ4の1
ないし4)
 3 アメリカ,ドイツにおけるHCDAの機械的エネルギーの評価について
  (1) アメリカ
   ア アメリカでは,クリンチリバー高速増殖原型炉(CRBR)の建設計画が,1972
年(昭和47年)に始まった。
     CRBRについて,安全審査機関であるアメリカ原子力規制委員会(NRC)は,C
RBRの基本設計及び軽水炉の安全研究を再評価した結果,炉心崩壊事故
は発生頻度の極めて低いクラス9の事故(10-6回/原子炉・年以下)として
分類したものの,同時に「炉心崩壊事故は設計基準事故ではないが,事故の
影響の軽減を目的とする設計対応を採るべきである」との許認可指針を発表
した。さらに,アメリカ原子力規制委員会(NRC)は,申請者側に対し,「崩壊
事故後,最低24時間以内は格納機能の健全性が維持できること」を要求す
るとともに,SMBDB(炉心崩壊事故で瞬時に発生する機械的エネルギーを
考慮して,原子炉冷却バウンダリの健全性を保障すること)とTMBDB(長時
間の熱的な影響を考慮し,環境への放射線の影響を低減するための格納機
能を保障すること)を要求した。そして,申請者側が,1気圧までの膨張による
仕事エネルギーとして661MJを選択していたのに対して,アメリカ原子力規
制委員会(NRC)は,申請者と同様の手法により解析を行った結果,膨張炉
心の1気圧までの仕事エネルギーとして1200MJを格納機能の評価に用い
ることを要求した。
   イ CRBRは,1977年(昭和52年)ころ,その建設計画がいったん無期延期の決
定がされ,1980年(昭和55年)ころに建設が再開されることになったが,19
79年(昭和54年)に起こったTMI事故(スリーマイル島事故)によって,安全
上の要求は更に厳しくなった。その結果,CRBRは,炉心設計を全く改めた上
で,安全審査を受け直すこととなった。すなわち,当初においては,CRBRの
炉心構造は,本件原子炉や欧州各国の高速増殖炉と同じ「均質炉心」が予定
されていたが,これを,炉心内部に同心円状のブランケットを持つ「非均質炉
心」へと変更することとした。この変更は,高速増殖炉の安全上の欠陥である
正のナトリウム・ボイド反応をかなり低減するのに繋がるものであり,審査側も
これを承認した。
     一方,CRBRの建設費用は,炉心の設計変更などの事情から,大幅な増額を
余儀なくなれたが,電力会社がその負担増を拒否したため,政府負担が大幅
に増えることとなった。しかし,連邦議会上院が1984年度(昭和59年度)の
CRBRの予算案を否決したことから,アメリカ政府は,CRBRの建設計画を
中止した。
(以上の事実につき,甲373,377,385,444)
  (2) ドイツ(旧西ドイツ)
   ア 旧西ドイツでは,ベルギー,オランダとの3か国共同で建設した高速増殖炉(原
型炉)のSNR-300炉(定格電気出力31.2万キロワット,1985年に建設
完成)をめぐって,1960年代末の基本設計の段階から,HCDAが安全上の
主たる課題として,学説上の論争が行われてきた。
   イ 規制当局であるノルトラインウェストファーレン州政府(経済・中規模工業技術
省)は,HCDA(炉心崩壊事故)を格納容器の設計基準事故とする取扱いをし
て,初期の許可段階において,耐衝撃評価として,① 150MJの有効仕事エ
ネルギーに対し,原子炉容器は健全で崩壊熱が除去できるようにすること,②
 さらに,370MJの有効仕事エネルギーに対し,原子炉容器及び1次系バウ
ンダリの健全性は,格納容器に対する損傷を避けうる程度に維持されること,
の2点を要求した。
     なお,ここでいう有効仕事エネルギーは,本件申請者が本件原子炉の解析で用
いた「大気圧(1気圧)までの等エントロピ膨張による仕事量」ではなく,「カバ
ーガス70立方メートルまでの等エントロピ膨脹による仕事量」をいうものであ
る。そして,「カバーガス70立方メートルまでの等エントロピ膨脹による仕事
量」を「大気圧までの等エントロピ膨張による仕事量」に換算すると,その値
は,2.5ないし3倍程度になるので,本件原子炉の場合に当てはめると,上
記①の150MJは375ないし450MJ程度,上記②の370MJは925ないし
1110MJ程度に相当するものである。
 ウ SNR-300炉のHCDAをめぐっては,ブレーメン大学物理学科のグループ(原
子力発電所反対派サイドの研究者グループ)とカールスルーエ原子力研究セ
ンターのグループ(原子力発電所推進派サイドの研究者グループ)に分かれ
て,激しく論争が行われ,HCDAの機械的エネルギーの見積も重要な争点の
1つとされた。研究者の1人(L)が,HCDAのうちULOFを起因事象とする事
故の遷移過程について,SIMMER-Ⅱコードを用いて解析を行ったところ,S
NR-300炉の設計値である370MJを超えるケースが2件あり,最大のケー
スでは,設計値(370MJ)の約2.2倍に相当する806MJに達すると発表し
たが,これに対して,カールスルーエ原子力研究センターのグループに属する
MとNの両博士は,上記の解析には,7項目で誤りがあると指摘する検討結
果を発表して反論するなど,論争は容易に決着しなかった。
   エ こうした研究者間の対立にとどまらず,SNR-300炉の建設は,それ自体がド
イツ国内の大きな政治問題でもあったが,許認可権を持つノルトラインウェス
トファーレン州政府(経済・中規模工業技術省)は,SNR-300炉のHCDAに
関する調査を,専門コンサルタント会社を介して,アメリカのO博士らの研究者
グループに依頼した。その調査結果の報告書は,1990年(平成2年)11月
に州政府に提出された。
     しかし,1983年に申請されていた燃料集合体の輸送と貯蔵に関する部分許認
可を州政府が一向に出そうとしなかったことから,連邦政府と電力会社3社
は,1991年3月,州政府の態度からSNR-300炉の許認可手続を順調に
終了させることはもはや期待できず,不必要なコストの負担を避けるためこれ
以上の資金の提供をしないことに合意した。これにより,SNR-300炉のプ
ロジェクトは事実上中止された。州政府は,SNR-300炉のプロジェクトが中
止されたことを受け,上記O博士らの報告書を非公開とする決定をしたため,
その内容は公式には明らかとなっていない。
     こうして,SNR-300炉は,原子炉施設は完成していたにもかかわらず,一度
も正規の運転をすることなく,廃炉となった。
  (以上の事実につき,甲イ373,385,399,407,444,甲ニ6の1ないし4,乙イ1
5)
 4 本件原子炉の炉心崩壊事故における有効仕事量(機械的エネルギー)についての
当事者双方の主張の要旨とこれに対する当裁判所の考え方
  (1) 控訴人らの主張の要旨
   ア 炉心崩壊は,核エネルギーによって多様な物質が固体,液体,気体と相変化し
ながら熱流動を起こすもので,数々の因果が連鎖,進展する極めて複雑な現
象であると同時に,短時間の内に一挙に爆発に至る危険な現象である。余り
にも危険であるため,このような現象を実物大で模擬する実験を行うことは事
実上不可能である。したがって,炉心崩壊に関するこれまでの実験は,僅か
に部分的な現象をごく小規模に模擬したものに過ぎない。外国で行われた燃
料棒破損実験(アメリカのTREAT実験,フランスのCABRI実験)は,少数本
の燃料棒を軽水炉の炉心に据えて熱中性子を照射して行ったものに過ぎず,
燃料内部にまで侵入する高速中性子を使用した実験は存在しない。燃料の
溶融,沸騰実験(SCARABEEにおける実験)も,直径6センチメートル,高さ
20センチメートル程度のるつぼに燃料を入れ,それに中性子を照射して燃料
の溶融,沸騰を調べたもので,溶融した燃料の揺動(スロッシング)を実験した
ものではない。炉心の溶融プール実験に至っては,直径44センチメートルの
外容器の中に水を入れた直径11センチメートルの茶筒様の容器を逆さまに
置き,その水の入った容器を一瞬のうちに取り外して液体の潰れて移動する
様子を実験したに過ぎない。
   イ 実際の炉心崩壊を模擬した実験が事実上不可能である以上,炉心崩壊の爆発
エネルギーの算出,評価は,コンピュータによるシミュレーション計算に頼らざ
るを得ない。しかし,上記のようにこれまでの実験は模擬性に乏しいうえに,そ
の実績も僅かであって,コンピュータによる解析をするにしても,その計算コー
ドの信頼性の問題もさることながら,どのようなパラメータを入力するかが重
要な問題とならざるを得ない。けだし,入力するパラメータ如何によって,結果
が大きく左右されるからである。その意味で,本件申請者が行った解析は,そ
の解析コードにも信頼を置くことができないけれども,本件申請者が妥当とし
た解析結果のケースのパラメータは保守性を欠き,極めて不十分なものとい
わなければならない。
     本件申請者は,自らが行った解析結果のうち,992MJのケースを採用せず,3
56MJのケースを採用し,これに補正を加えて約380MJを機械的エネルギ
ーの最大値とした。上記992MJのケースは,燃料棒の破損口を5センチメー
トルではなく,30センチメートルと想定したものであるが,TREAT-PFR実験
(燃料棒の破壊実験)では,最初に少しだけ破損し,その0.004秒後に全長
の70パーセント近くが破損した例(データ)も存在するのであり,992MJのケ
ースを排斥する理由はない。また,同じく本件申請者の解析において,燃料棒
の中心部が破損したケースでも,380MJを大きく上回る値が得られている
が,TREAT-PFR実験では,燃料棒の中心部(この位置が燃料反応度価値
が最大になる。)が破損した例(データ)が報告されているのであって,このケ
ースの解析結果を無視することは不合理である。
   ウ 以上のように,本件申請者は,自分に都合の悪いケースは殊更に排除して,設
定したモデルでの機械的エネルギーの最大を380MJとしているのであって,
極めて恣意的といわなければならない。これに加えて,本件申請者は,起因
過程の即発臨界を上回る最大級の核的爆発の起こる可能性のある遷移過程
における即発臨界の機械的エネルギーを解析計算していないのである。した
がって,本件申請者のした解析結果を妥当と判断した本件安全審査には,看
過し難い過誤,欠落がある。
  (2) 被控訴人の主張の要旨
   ア 反応度抑制機能喪失事象については,当然のことながら,実際に原子炉施設
においてこの事象を発生させて実験することはできない。しかし,上記事象の
解析評価に用いられた計算コード(SAS 3D及びVENUS-PM)は,本件
安全審査前である1960年代から1970年代にかけて米国のTREATその他
の実験施設を用いて行われた実験において観測された実験データと比較し
て,十分な検証がされているものである。また,未だ実験によって十分な確証
が得られていない部分については,不確かさの幅を十分に考慮することによ
り,全体として,安全上厳しい結果となるように作成されている。
   イ 本件申請者は,本件安全審査当時に最も確からしいとされる計算条件等を用
いた解析ケース(BEケース)や,起因過程を構成する各個の現象について物
理的に合理的と考えられる範囲を越える計算条件を設定して解析結果に及
ぼす影響を確認するためにされた解析ケース(パラメータ解析ケース)等,相
当数の解析ケースについて解析をした上,本件許可申請においては,本件安
全審査当時の実験的知見と海外における評価例を踏まえて,物理的に合理
的と考えられる範囲内で最も保守的に計算条件を設定して解析した上限ケー
ス(EXNRCケース)を採用している。
   ウ 控訴人らは,炉心損傷後の最大有効仕事量を380MJとする解析結果を過小
評価であると主張し,992MJとなった解析ケースを指摘する。しかし,この9
92MJの解析結果は,「パラメータ解析ケース」のうち,「FCIパラメータ」解析
の一つとして選定された,「破損口径効果(LRIP・FCI)ケース」について,SA
S 3Dコード及びVENUS-PMコードによる計算の結果,得られた値であ
る。この解析は,一般に燃料被覆管の破損口の長さや面積が大きいほど,短
時間で多量の溶融燃料の流出が生じることによって,燃料破損に伴うFCI現
象が激しくなると考えられるため,この影響を強調して検討するために行った
ものであり,実験データに基づいたものではなく,単に計算コードの感度解析
を目的としたものである。
     控訴人らは,992MJのケースに関連して,燃料棒の破損口が5センチメートル
を超える実験例を指摘するが,本件申請者が初期の破損口の軸方向の長さ
を5センチメートルとするパラメータを採用したのは,本件安全審査当時既に
行われていた実験に基づくものである。控訴人らが指摘するTREAT-PFR
実験の例は,飽くまで初期の破損口が生じた後,それが軸方向に拡大したも
のであり,初期の破損口の長さに相当するものではない。なお,本件安全審
査終了後に行われたCABRI試験の結果によれば,燃料被覆管(燃料棒)の
初期の破損口の軸方向の長さは2ないし4センチメートル程度であり,初期の
破損口の軸方向の長さ5センチメートルを下回る結果が得られている。このC
ABRI試験は,定常運転状態から条件を模擬しており,燃料要素の破損位置
や燃料の移動をTREATよりも更に精度良く測定する技術が使われているも
のであり,実験データとしてより信頼の置けるものである。
     また,控訴人らは,燃料棒の破損位置を問題とするが,本件申請者が採用した
上述の上限ケースにおいては,燃料要素の破損位置が,軸方向の中心部か
ら上部になることが知られていることは踏まえた上で,計算条件として,あえて
保守的に,燃料要素の破損位置を軸方向の中心部としているのであって,控
訴人らの主張は,この点を看過するものである。
  (3) 当裁判所の考え方
   ア 炉心崩壊事故を原子炉施設を使って実際に模擬実験することが事実上不可能
であることは,当事者双方もこれを認めるところである。したがって,炉心崩壊
の際の機械的エネルギー(有効仕事量)を具体的に予測しようとすれば,コン
ピュータシミュレーションによる解析に依らざるを得ないことは明らかである。
しかし,その場合においては,信頼するに足る計算(解析)コードの存在と適
切な解析条件の設定が不可欠である。他方,証拠(甲イ385,491,乙ニ4の
1ないし4,弁論の全趣旨)によれば,これまで海外及び日本で行われたHCD
Aに関する模擬実験は,控訴人らが指摘するような部分的現象についての小
規模なものしか行われておらず,実験に基づくデータは限られており,それを
含めて解析の基礎となるデータには一定の幅をもってしか確定できない部分
が少なからず存在していることが認められる。したがって,どのようなモデルを
対象にどのコードを使っていかなるパラメータのもとに解析を行うのが妥当な
のかの判断,並びにパラメータを異にする複数の解析結果のうちのどの解析
結果を設計上の基準として採用するのが適当なのかの判断は,決して容易な
ことではなく,それを的確になすには,高度な原子物理学の知識,経験はもと
より,これに加えて熱流体力学などの関係する分野の幅広い科学的,専門技
術的知見,見識を必要とし,そこには知識,経験等に裏付けられた総合的見
地に基づく一定の裁量を認めなければならない。
   イ 規制法24条の規定の趣旨に照らせば,上記の適正な判断は,科学の各分野
の専門的な学識経験者から構成される原子力安全委員会に期待されている
ことは明らかである。それ故に,原子力安全委員会が慎重な調査審議を経
て,その科学的,専門技術的裁量に基づき,本件申請者のした解析を妥当と
判断したのであれば,それが不合理なものでない限り,司法機関である裁判
所は,それを尊重すべきである。
 5 反応度抑制機能喪失事象についての本件安全審査の不備及び信頼性
  (1) 反応度抑制機能喪失事象における機械的エネルギーの解析評価の不備
   ア 前述(本節,第6参照)のとおり,科学技術庁及び原子力安全委員会は,本件
安全審査において,5項事象である1次冷却材流量減少時反応度抑制機能
喪失事象における炉心損傷後の最大有効仕事量を約380MJとした本件申
請者の解析を妥当と判断した。
     ところで,本件申請者が有効仕事量を約380MJとした根拠は,上記2の(2)のと
おりであるが,本件申請者が行った解析の中には,380MJを上回るケース
が複数含まれていたことも前述のとおりである。しかし,原審証人H,同Aの各
証言によれば,科学技術庁には本件申請者がした解析のうち解析条件を異
にした複数の解析結果が報告されたが,380MJを上回る解析結果のものは
報告されていないこと,審査機関である科学技術庁及び原子力安全委員会
は,申請者が提出する資料に基づいて解析の評価をするだけで,自らが独自
に解析をして申請者のした解析の妥当性を検証することはしないこと,したが
って,本件安全審査においては,1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪
失事象における炉心損傷後の最大有効仕事量の解析評価は,380MJを上
限ケースとする解析結果を基にして行われたことが認められる。
     被控訴人は,992MJの解析結果のケースは,実験データに基づいたものでは
なく,単に計算コードの感度解析を目的としたものであり,これを考慮する必
要はないと主張する。しかし,前記3認定のとおり,アメリカ原子力規制委員会
(NRC)は,クリンチリバー高速増殖炉(原型炉)の炉心格納機能の評価とし
て1200MJを要求し,また,ドイツ(旧西ドイツ)においても,高速増殖炉(原
型炉)SNR-300炉について,許認可権を有する州政府は,原子炉容器な
どの耐衝撃評価基準としてカバーガス70立方メートルまでの等エントロピ膨
張による仕事量で370MJ(本件申請者の使用した1気圧までの等エントロピ
膨張による仕事量に換算すれば925ないし1110MJ)を要求していたのであ
り,これと対比すると,992MJというのは決して異常な数値ではない。
     機械的エネルギー(有効仕事量)の上限を評価するうえで,992MJのケースを
考慮する必要性の有無は,本来,原子力安全委員会が判断すべきことであ
り,これを含む380MJ以上の解析結果が出たケースを本件申請者が審査機
関に報告しなかったことは遺憾なことである。いずれにしても,本件安全審査
は,十分な資料をもとに機械的エネルギーの上限ケースを評価したということ
はできない。
   イ 以上のように,本件申請者は,380MJ以上の解析結果の出たケースを審査機
関に報告しなかったが,それでも,解析条件を異にする複数の解析ケースは
審査機関に報告されている。そして,上記2の(3)のとおり,本件申請者の解析
した大半のケースは,起因過程では即発臨界に至ることなく緩慢に推移し,次
の遷移過程に移行することが予測されるものであった。しかし,本件許可申請
書では起因過程における即発臨界を想定し,その場合の機械的エネルギー
を解析コードによって計算しているが,遷移過程に移行した場合の即発臨界
の発生の有無は,本件申請当時,遷移過程の事象推移を直接シミュレーショ
ンする評価技術が十分には確立されていなかったこともあって,少なくとも本
件許可申請時までは,本件申請者において解析されていなかった。
     しかるに,そのころは既に遷移過程の事象推移と再臨界に伴う機械的エネルギ
ー発生の可能性の重要性は認識されていたにもかかわらず,証拠(乙9,14
の3,原審証人H,同Aの各証言)を検討しても,本件安全審査において,遷
移過程の事象推移などが評価された形跡は一切認められない。そうすると,
原子力安全委員会は,この点の評価をしなかったと認めるほかはない。しか
し,原子力安全委員会は,規制法24条1項4号の「当該申請に係る原子炉施
設の位置,構造及び設備が核燃料物質,核燃料物質によって汚染された物
又は原子炉による災害の防止上支障がないものであること」を審査する機関
であり,炉心崩壊事故を構成する上記のような極めて重要な事象について判
断を省略するなどということは,到底許されないことである。評価をする適切な
解析コードがないという事情はあるにしても,そのこと故に遷移過程の事象推
移などの評価をしないことが正当化されるものではない。科学的,専門技術的
見地からの審査が期待されている原子力安全委員会としては,たとえ適切な
解析コードがなくとも,海外の評価例やこれまで実験によって得られた知識,
データなどを斟酌して,少なくとも,遷移過程において再臨界が生じた場合の
機械的エネルギーの上限をどの程度まで評価しておくのが安全上妥当である
かを判断すべき責務があるというべきである。
     この点において,本件安全審査の1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失
事象における炉心損傷後の機械的エネルギーの評価には,欠落があるとい
わなければならない。
   ウ ところで,原子力安全委員会が本件許可申請当時既に重要と認識されていた
遷移過程の事象推移と再臨界に伴う機械的エネルギー発生の可能性につい
て評価をしなかったことは,その審査が本件許可申請書の記載事項に限られ
ていたことを窺わせるものである。しかし,このことは,本件安全審査の不十
分性を示すものであり,その審査の姿勢から,起因過程の即発臨界後の機械
的エネルギーの上限が約380MJであることを妥当とした判断についても,果
たしてそれが審査機関としての独自の立場から慎重かつ十分な検討に基づく
結果なのかという疑念を抱かせるものである。そこで記録を検討すると,本件
安全審査には,反応度抑制機能喪失事象の評価以外にも,次の(2)のとおり,
その信頼性を疑わせる幾つかの事実のあることが認められる。
  (2) 本件安全審査全体の信頼性を疑わせる事実
   ア 本件申請者がした解析に対する評価
    (ア) 本件の主要な争点に関する事項に限っても,本件申請者がした解析には,
以下のとおり,明らかな誤り又は不適切と認められる解析がある。
     (あ) 既述(第2章,第3節参照)のとおり,「2次冷却材漏えい事故」に関し,そ
の熱的影響の解析に誤りがあった。また,ナトリウム酸化物の鉄(鋼)に
与える腐食機構の知見を欠いていたため,鋼製の床ライナの腐食につ
いての解析は,全くされていなかった。しかし,腐食構造に関する知見
は,本件許可申請当時でも,問題意識があれば,知り得た知見であっ
た。
     (い) 本件申請者において,平成7年5月,本件原子炉を起動させて水・蒸気系
起動バイパス系統の制御特性の確認試験を実施していたところ,同月2
2日,蒸気発生器Cループの給水流量が大きく変動し,それに伴いA,B
ループの給水流量も変動し始め,本件原子炉が自動停止する事態が発
生したが,その原因は,給水調節弁制御回路の制御定数の選定のため
の解析に際し,弁応答特性の評価が不十分であったため,適切な弁特
性が解析に反映されず,安定制御領域の範囲を過大に予測していたこ
とにあった(甲イ223,原審証人Aの証言)。
     (う) 本件ナトリウム漏えい事故後の安全性総点検に基づき本件申請者がした,
蒸気発生器伝熱管破損事故に伴う高温ラプチャ発生可能性の検討にお
いて,伝熱管の膜沸騰発生時の熱伝達率の減少を十分反映しない解析
が行われていた(第2章,第4節,第8の2)。
    (イ) 本件許可申請書には,本件原子炉施設の構造,機能,各種事象の評価そ
の他について,本件申請者によってされた数え切れない程多数の解析の
結果が記載されているところ(乙16),本件の主要な争点に関連するもの
だけに限っても,明らかな誤り又は不適切と認められる解析が3つもの事
項についてあるということは,本件許可申請書における解析の中には,同
様なものが少なからず存在すると考えなければならない。
      しかし,原子力安全委員会の原子炉安全専門審査会委員として本件安全審
査に関与した原審証人Aの証言によれば,原子力安全委員会は,本件申
請者のした解析に不備や誤りがあるとしてその補正を求めたことは一度も
ないことが認められる。科学技術庁が安全審査をした結果をまとめた安全
審査書案(乙9)を見ても,本件許可申請書の記載をそのまま書き写した
か,又は要約したものに過ぎない。これでは,本件安全審査が本件申請者
の主張にとらわれない独自の調査審議を尽くしたと認めるには多大な疑念
を抱かざるを得ない。
   イ 蒸気発生器伝熱管破損事故における蒸気発生器,中間熱交換器などの耐圧
評価
    (ア) 蒸気発生器伝熱管破損事故におけるナトリウム-水反応による圧力上昇の
蒸気発生器,中間熱交換器,2次主冷却系設備に対する影響について,本
件許可申請書には,「伝熱管1本が瞬時に完全破断し,水がナトリウム中
に噴出し始めると,水とナトリウムが急激に反応し,水素が発生する。この
ため破断初期において蒸発器胴部にはいわゆる初期スパイク圧が作用す
る。この初期スパイク圧力のピーク値は約23㎏/㎝2 である。この場合,
蒸発器の胴の歪みは小さく,塑性歪みは生じない。この初期スパイク圧の
伝播に対して中間熱交換器2次側での圧力ピーク値は約12㎏/㎝2で
ある。この場合中間熱交換器及び2次主冷却系の機器・配管は塑性歪みを
生じるには至らず,各設備の健全性は保たれる。」,「また,初期スパイク圧
減衰後から事故終止まで持続している準定常圧は,蒸気発生器において
約9㎏/㎝2以下及び中間熱交換器2次側において約13㎏/㎝2以下
である。準定常圧に対しても蒸気発生器,2次主冷却系機器・配管及び中
間熱交換器の歪みは塑性歪みにも至らず,各設備の健全性が損なわれる
ことはない。」と記載されている(第2章,第4節,第3の2参照)。
    (イ) 他方,科学技術庁が作成した安全審査書案の上記の事項に関する記載
は,「解析結果によれば,破断初期において蒸発器胴部に作用するいわゆ
る初期スパイク圧力のピーク値は約23㎏/㎝2 であり,蒸発器の胴の歪
みは小さく,塑性歪みには至らない。この初期スパイク圧の伝播に対して中
間熱交換器及び2次主冷却系の機器・配管は塑性歪みを生じるには至ら
ず,各設備の健全性は保たれる。また,初期スパイク圧減衰後から事故終
止まで持続している準定常圧は,伝熱管破損伝播による影響も含め,蒸気
発生器において約9㎏/㎝2 以下及び中間熱交換器2次側において約1
3㎏/㎝2 以下であり,準定常圧に対しても蒸気発生器,2次主冷却系機
器・配管及び中間熱交換器の歪みは塑性歪みには至らず,各設備の健全
性が損なわれることはない。」というものであり,その内容及び表現とも,本
件許可申請書とほとんど同一である(第2章,第4節,第4の2参照)。ま
た,原子力安全委員会の内閣総理大臣に対する答申では,上記事項につ
いては全く触れられていない(乙14の3)。
    (ウ) 以上のとおり,安全審査書案は,本件許可申請書の記載をほとんどそのま
ま書き写したものに等しいが,そこには,伝熱管の破損によって生じる初期
スパイク圧力や準定常圧に対して,蒸気発生器や中間熱交換器の健全性
が損なわれることのない根拠が何ら示されていない。本件許可申請書(乙
16)の添付書類八には,蒸気発生器のナトリウム側の最高使用圧力が5
㎏/㎝2 G,中間熱交換器の2次側の最高使用圧力が10㎏/㎝2 Gで
あることは記載されているが,設計耐圧の上限に関する記載はない。上記
の初期スパイク圧力や準定常圧の数値は,いずれも蒸気発生器及び中間
熱交換器の最高使用圧力を上回るものであるから,これらの機器の設計
耐圧の上限が分からない限り,これらの機器の健全性が損なわれないこと
の判断はできない筈である。科学技術庁及び原子力安全委員会は,一体
如何なる根拠をもって,本件許可申請書の記載を妥当と判断したのであろ
うか。もし,本件申請者が審査段階で提出した資料などによって設計耐圧
を確認したというのであれば,安全審査書案にその耐圧の上限数値が記
載されて然るべきであるが,それがないということは,設計耐圧の確認はさ
れていなかったと推認するほかない。さらにいえば,本件許可申請書に設
計耐圧の記載がないということは,本件申請者も,蒸気発生器や中間熱交
換器の耐圧の正確な上限値を把握できていない疑いすらある。
    (エ) 以上要するに,蒸気発生器伝熱管破損事故における初期スパイク圧力や準
定常圧の具体的数値を確定し,それが最高使用圧力を上回るものである
にもかかわらず,蒸気発生器や中間熱交換器の耐圧を示すことなく,これ
らの機器の健全性が損なわれることがないと判断したことは,誠に無責任
であり,ほとんど審査の放棄といっても過言ではない。
   ウ 設計基準事象における単一故障の評価
    (ア) 前述(第1章,第1節,第6の3参照)のとおり,「評価の考え方」が安全審査
の参考とするとした「安全評価審査指針」は,選定された設計基準事象
(「運転時の異常な過渡変化」と「事故」)の解析に当たっては,想定された
事象に加え,作動を要求される安全系の機能別に結果を最も厳しくする単
一故障を仮定しなければならないと定めている。そして,蒸気発生器伝熱
管事故に関して単一故障が仮定されているとは認められないことは,既に
述べたとおりである(第2章,第4節,第9の3の(5)参照)。
    (イ) しかしながら,本件許可申請書の添付書類十を検討すると,設計基準事象
の解析につき,仮定する単一故障を明示していないのは,蒸気発生器伝熱
管事故だけでなく,他に存在することが認められる(乙16)。すなわち,本
件申請者が選定した設計基準事象は,以下のとおり,合計28事例(運転
時の異常な過渡変化12事例,事故16事例)であるが,このうち,「単一故
障」という用語を使用して故障の仮定を明示しているのは,左側に○印を付
した15事例(運転時の異常な過渡変化7事例,事故8事例)に過ぎない。し
たがって,蒸気発生器伝熱管事故を含め13事例(運転時の異常な過渡変
化5事例,事故8事例)については,少なくとも,「単一故障」という表現を用
いた故障の仮定はされていない。
      (運転時の異常な過渡変化)
       ① 炉心内の反応度又は出力分布の異常な変化
        a 未臨界状態からの制御棒の異常な引き抜き
        b 出力運転中の制御棒の異常な引き抜き
        c 制御棒落下
       ② 炉心内の熱発生又は熱除去の異常な変化
      ○ d 1次冷却材流量減少
      ○ e 1次冷却材流量増大
      ○ f 外部電源喪失
      ○ g 2次冷却材流用減少
      ○ h 2次冷却材流量増大
      ○ i 給水流量喪失
        j 給水流量増大
      ○ k 負荷の喪失
       ③ ナトリウムの化学反応
        l 蒸気発生器伝熱管小漏えい   
      (事故)
       ① 炉心内の反応度の増大に至る事故
      a 制御棒急速引抜事故
      ○ b 燃料スランピング事故
      c 気泡通過事故
      ② 炉心冷却能力低下に至る事故
       d 冷却材流路閉塞事故
      ○ e 1次主冷却系循環ポンプ軸固着事故
      ○ f 2次主冷却系循環ポンプ軸固着事故
      ○ g 主給水ポンプ軸固着事故
      ○ h 1次冷却材漏えい事故
      ○ i 2次冷却材漏えい事故
      ○ j 主蒸気管破断事故
      ○ k 主給水管破断事故
      ③ 燃料取扱いに伴う事故
       l 燃料取替取扱事故
      ④ 廃棄物処理設備に関する事故
       m 気体廃棄物処理設備破損事故
      ⑤ ナトリウムの化学反応
       n 1次ナトリウム補助設備漏えい事故
       o 蒸気発生器伝熱管破損事故
      ⑥ 原子炉カバーガス系に関する事故
       p 1次アルゴンガス漏えい事故
    (ウ) 設計基準事象の解析に単一故障が仮定されているかどうかは,本件におい
て争点になっておらず,この点に関する当事者双方の主張はない。したが
って,上記事例のうち「単一故障」の用語が使用されていないものについて
も,実質的には単一故障が仮定されている可能性を否定できず,この点
は,被控訴人の弁明のないまま軽率に結論を出すことは差し控えなければ
ならない。しかし,そうであっても,蒸気発生器伝熱管破損事故については
単一故障が仮定されているとは到底認め難く,また,その余の事例につい
ても,解析条件のどこに実質的な単一故障が仮定されているのか,少なく
とも一見して明らかでないうえに,解析条件その他を仔細に検討すると,実
質的にも単一故障が仮定されていないと疑われる事例が少なからず存在
する。さらに,たとえ実質的な単一故障が仮定されているとしても,本件申
請者は,何故にそれを「単一故障」と明示しなかったのかという疑問を払拭
することはできない。
    (エ) ところで,本件安全審査は,本件申請者が選定した設計基準事象の解析を
上記の単一故障の仮定を明記していない事例13件を含めてすべて妥当と
判断した(乙9,14の3)。安全審査書案(乙9)は,設計基準事象の「評価」
の欄(「4.4」と「5.4」)で「解析に当たっては,作動が要求される安全系の
機能別に結果を最も厳しくする単一故障が仮定されている。」としている
が,個別的な事例の検討の個所で,具体的な単一故障の内容に言及して
いるのは,単一故障が明記されている1次冷却材漏えい事故に関してだけ
である。また,原子力安全委員会の内閣総理大臣に対する答申(乙14の
3)では,単に設計基準事象の単一故障の仮定の妥当性を確認したと述べ
るに過ぎない。しかし,これでは,本件安全審査において,「単一故障」と明
示されていない事例につき何を単一故障の仮定と認めたのかは全く知るこ
とができない。
      以上のことからすると,本件安全審査は,設計基準事象の解析の評価におい
て,単一故障の仮定の有無を真実検討したのかについて重大な疑念を抱
かざるを得ない。また,当裁判所は,少なくとも蒸気発生器伝熱管破損事
故については,単一故障の仮定はされていないと判断するものであり,こ
の点に限っても,本件安全審査の判断を正当なものと認めることはできな
い。
   エ 以上の認定判断によれば,本件安全審査において,本件申請者がした各種解
析につき,その妥当性が十分に検証,検討されたと認めるには疑問がある。
また,本件許可申請書には,蒸気発生器伝熱管破損事故時における中間熱
交換器などの機器の健全性が損なわれない根拠,並びに設計基準事象の解
析における単一故障の仮定の有無などについて看過し難い不備があるにも
かかわらず,審査機関がその補正を求めた形跡は全く認められず,むしろ,
本件許可申請書の記述を無批判に受け入れた疑いを払拭することができな
い。
 6 本件安全審査の反応度抑制機能喪失事象の機械的エネルギーの解析評価に対
する判断
  (1) 前述のとおり,原子力安全委員会は,本件安全審査において,1次冷却材流量
減少時反応度抑制機能喪失事象における炉心損傷後の最大有効仕事量(機械
的エネルギーの上限値)を約380MJとした本件申請者の解析を妥当と判断し
た。
    しかし,この判断は,1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象における
起因過程での炉心損傷後の機械的エネルギーの上限値に関するもので,遷移
過程における再臨界発生の機械的エネルギーの評価をも合わせて行った結果
に基づくものではない。要するに,遷移過程における再臨界の際の機械的エネ
ルギーの評価はされていないのであり,この点において,本件安全審査の評価
には欠落のあることが認められる(本節,第8の5の(1)参照)。そして,この評価
の欠落は,炉心崩壊事故という重大事故の評価に直接かかわるものであるか
ら,看過し難いものというべきである。
    また,起因過程における即発臨界の際の機械的エネルギー約380MJの解析評
価の判断も,本件申請者がした解析結果の中には380MJを超えるケースがあ
ることを知らずになされたものである。そして,上記5で認定した本件安全審査の
在り方に照らせば,原子力安全委員会の上記判断は,規制法が期待するような
科学的,専門技術的見地からの慎重な調査審議を尽くしたものと認めるには,
余りにも大きな疑問がある。
    したがって,当裁判所は,原子力安全委員会が1次冷却材流量減少時反応度抑
制機能喪失事象における起因過程での炉心損傷後の機械的エネルギーの上限
値を380MJとする解析を妥当とした判断は,これを尊重するに足りる適正な判
断と認めることはできない。
  (2) 被控訴人は,本件申請者が行った最新の安全評価によれば,炉心損傷後の最
大有効仕事量は,遷移過程の即発臨界(再臨界)の場合を含めても,110MJで
あることが確認されており,これによっても,炉心損傷後の最大有効仕事量を約
380MJとする本件安全審査の評価が十分保守的であり,この数値が遷移過程
を包絡するとの前提が合理的であったことが明らかであると主張する。
    なるほど,証拠(乙イ18,32)によれば,本件申請者は,本件許可処分後,改良
された解析コードSAS 4A(起因過程用),SIMMER-Ⅲ(遷移過程用)を用い
て本件原子炉のHCDA解析を行ったが,それによると,炉心損傷後の最大の機
械的エネルギーは遷移過程の110MJであったことが認められる。
    しかし,この解析結果は,規制法に定める原子力安全委員会の安全審査によっ
てその妥当性が確認されたものではない。したがって,本件許可処分後に本件
申請者がした上記解析をもって,本件安全審査の瑕疵を否定する根拠とするこ
とはできない。
 7 本件許可処分の違法,無効
  (1) 本件許可処分の違法
    原子力安全委員会は,本件安全審査において,1次冷却材流量減少時反応度抑
制機能喪失事象における炉心損傷後の最大有効仕事量(機械的エネルギーの
上限値)を約380MJとした本件申請者の解析を妥当と判断し,弁論の全趣旨
によれば,本件許可処分は,この本件安全審査に依拠して行われたと認められ
る。
    しかし,本件安全審査は,遷移過程における再臨界による機械的エネルギーの
評価をしていない点において,その調査審議の過程に看過し難い欠落があった
と認められ,また,約380MJを起因過程の最大有効仕事量として妥当と判断し
た点においても,それが適正な判断であったとは認められない。そうすると,か
かる重大な瑕疵のある安全審査に依拠して行われた本件許可処分は,本件争
点(炉心崩壊事故)において控訴人らが主張するその余の点を判断するまでも
なく,違法というべきである(第1章,第2節,第2の1参照)。
  (2) 本件許可処分の無効
    本節における本件許可処分の違法事由は,「評価の考え方」が定める5項事象で
ある1次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象における炉心損傷後の最
大有効仕事量(機械的エネルギーの上限値)に関する安全審査の瑕疵である。
この反応度抑制機能喪失事象は,炉心崩壊事故に直接かかわる事象であり,
即発臨界に達した際に発生する機械的エネルギーの評価を誤れば,即発臨界
によって原子炉容器及び原子炉格納容器が破損又は破壊され,原子炉容器内
の放射性物質が外部環境に放散される具体的危険性を否定できないことは明
らかである。したがって,本節における違法事由は,本件許可処分を無効ならし
めるものというべきである(第1章,第2節,第2の3参照)。
    よって,本件許可処分は,この点においても無効であり,控訴人らの主張は理由
がある。
       第3章  結   論
 1 以上述べたとおりであるから,本件安全審査は,設計基準事故である「2次冷却材
漏えい事故」及び「蒸気発生器伝熱管破損事故」並びに5項事象である「反応度抑
制機能喪失事象」の調査審議及びその判断の過程に看過し難い過誤,欠落があ
り,また,「反応度抑制機能喪失事象」の最大有効仕事量の解析評価に対する判
断も適正を欠くものと認められ,その本件安全審査の瑕疵により,本件原子炉施設
については,その原子炉格納容器内の放射性物質の外部環境への放散の具体的
危険性を否定することができず,かかる重大な瑕疵がある本件安全審査に依拠し
たと認められる本件許可処分は無効と判断すべきである。
 2 ところで,本件申請者は,本件ナトリウム漏えい事故が発生したことを契機に本件
変更許可申請を行っているところであり,この変更許可申請は,当裁判所が本件
安全審査に瑕疵があると認めた上記の「2次冷却材漏えい事故」と「蒸気発生器伝
熱管破損事故」に関連するものである。しかし,本件変更許可申請に対する被控訴
人の判断は,本件口頭弁論終結時までになされておらず,本件変更許可申請は,
本件の結論に何らの影響を及ぼすものではない。しかも,本件において,本件許可
処分を無効とする理由は,本件変更許可申請がその対象としていない「反応度抑
制機能喪失事象」の本件安全審査の瑕疵もその事由としているのであるから,本
件変更許可申請は,如何なる意味においても,本件の結論を左右するものではな
い。さらにいえば,本件変更許可申請がその対象とした事項は,本件において当裁
判所が審査の瑕疵と認めた具体的事項を是正するに足るものではない。このこと
は,これまでの説示に照らし明らかである。要するに,本件原子炉施設の安全審査
は,全面的なやり直しを必要としているというべきである。
 3 以上の次第であるから,本件許可処分の無効確認を求める控訴人らの請求は理
由があり,これを棄却した原判決は取消しを免れない。よって,原判決を取り消し,
控訴人らの請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
   名古屋高等裁判所金沢支部第1部
      裁判長裁判官  川崎和夫
  
         裁判官    源 孝治  
 
  
         裁判官榊原信次
     
控訴人らの主張(省略)
被控訴人の主張(省略)
主 要 略 語 表
本件原子炉       内閣総理大臣が動力炉・核燃料開発事業団に対して,昭和5
8年5月27日付けで設置許可処分をした高速増殖炉
「もんじゅ」(福井県敦賀市白木に建設が予定された液
体金属冷却高速増殖炉で,研究開発段階にある原子
炉)
本件原子炉施設       本件原子炉とその附属設備
LMFBR         液体金属冷却高速増殖炉
規制法           核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭
和32年法律第166号)
動燃            動力炉・核燃料開発事業団
本件申請者動力炉・核燃料開発事業団,又は法改正により動力炉・核燃
料開発事業団が移行した核燃料サイクル開発
機構
本件許可申請        動力炉・核燃料開発事業団が,昭和55年12月10日,規制
法23条の規定に基づき,本件原子炉の設置につき,
内閣総理大臣に対してした許可申請
本件許可処分       内閣総理大臣が動力炉・核燃料開発事業団に対して,昭和5
8年5月27日付けでした本件原子炉の設置許可処分
本件変更許可申請     核燃料サイクル開発機構が,平成13年6月6日,経済産
業大臣に対し,規制法26条1項の規定に基づいてした
本件原子炉の設置変更許可申請
安全審査会         原子力安全委員会に設置されている原子炉安全専門審査会
安全審査書案        科学技術庁が,昭和57年3月付けで作成した「動      
       力炉・核燃料開発事業団高速増殖炉もんじゅ発電所の             
原子炉の設置に係る安全審査書案」
本件安全審査        本件許可申請に対する安全審査
評価の考え方        「高速増殖炉の安全性の評価の考え方について」(昭和55
年11月6日原子力安全委員会決定)
安全設計審査指針   「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針に
ついて」(昭和52年6月14日原子力委員会決定)
安全評価審査指針      「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指
針」(昭和53年9月29日原子力委員会決定)
耐震設計審査指針      「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針について」
(昭和56年7月20日原子力安全委員会決定)
設計基準事象        「評価の考え方」及び「安全評価審査指針」が定め      
       る「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」
設計基準事故        「評価の考え方」及び「安全評価審査指針」が定め    
 る「事故」
本件ナトリウム漏えい事故  平成7年12月8日,本件原子炉施設(2次主冷却系のC
ループの配管室)において発生したナトリウム漏えい事

伊方最高裁判決       最高裁判所第1小法廷平成4年10月29日判決
             (民集46巻7号1174頁)

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