弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
     被控訴人の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。
         事    実
 第一 双方の申立
 控訴人―主文同旨の判決を求める。
 被控訴人―控訴棄却の判決を求める。
第二 請求原因とその認否
 被控訴人―被控訴人は、別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)を所有し
ているが、控訴人は権原なくこれを占有し、被控訴人に毎月金四万円の賃料相当の
損害を与えている。よつて被控訴人は控訴人に対し、右建物の明渡と昭和三三年三
月一日以降明渡済みまで毎月金四万円の割合による金員の支払を求める。
 控訴人―被控訴人が本件建物を所有していること、控訴人がこれを占有している
ことは認める。その他の事実は、争う。
 第三 双方の事実上・法律上の主張
 一 控訴人(被控訴人の前者はA―借家法第一条による抗弁)
 控訴人は本件建物につき被控訴人に対抗しうる転借権を有するものである。すな
わち、訴外Bは、昭和二八年九月一一日、当時本件建物の所有者であつた訴外Aか
ら、賃料一ケ月金三万円期間二ケ年の定めで本件建物を賃借し、即日引渡しを受け
て、以来右賃貸借契約を更新しつつ今日に至つているが、控訴人は、昭和二九年二
月五日の設立と同時に、賃貸人Aの承諾を得て、賃借人Bから賃料期間とも右賃借
契約と同一内容で転借し、即日引渡しを受けた。被控訴人が右Aから本件建物の所
有権を譲り受けたのは、右賃貸借成立後である昭和三二年一二月である。すなわち
被控訴人は、昭和三二年一二月五日成立した札幌地方裁判所室蘭支部昭和三二年
(ノ)第二〇号調停事件の調停条項に基き、昭和三二年一二月一四日本件建物所有
権をAから取得し、同一六日所有権移転登記を完了したものであるから、借家法第
一条第一項により前記賃貸借における賃貸人の地位を承継したわけであり、従つ
て、控訴人は前記転貸借に基く占有使用を被控訴人に対抗しうるものである。
 二 被控訴人(被控訴人の前者は中川商事―更正決定あり)
 (1) 本件建物の所有権がもと訴外Aに属したことは認めるが、被控訴人が同
人から右所有権を譲り受けたとの主張は否認する。被控訴人は訴外中川商事株式会
社(以下中川商事という。)からこれを譲り受けたのであつて、その経緯は次のと
おりである。(イ)Aは、売掛代金債務担保のため、中川商事に対し、昭和二七年
四月二〇日付売買予約を原因として同月三〇日所有権移転請求権保全の仮登記をし
た。(ロ)Aは弁済期に履行しなかつたので、同年五月二七日本件建物所有権は中
川商事に帰したが、Aが本登記に応じないので、中川商事はAを相手取つて本件建
物の所有権移転登記および明渡の請求訴訟を提起し、一審で勝訴し、控訴審で審理
中、札幌地方裁判所室蘭支部の調停(昭和三二年(ノ)第二〇号)に付された。
(ハ)右調停において、Aは中川商事に対して前記事実を認め、右仮登記に基く本
登記手続をすること、中川商事は、右本登記を受けて後、訴外Cに対し更に所有権
移転登記手続をし、同人は更に被控訴人に対し所有権移転登記手続をすること、た
だし、この場合中間を省略して中川商事から直接被控訴人に移転登記をしてもよい
ことなどが合意され、調停条項となつた。もつとも、調停調書には、一旦は控訴人
主張のような、Aから被控訴人に対して所有権移転登記をなす旨の調停条項(以下
旧条項という。)が記載せられたが、後、昭和三三年二月二〇日の更正決定によ
り、右のような調停条項(以下新条項という。)となつたのである。(ニ)中川商
事は、旧条項に基くAから被控訴人への移転登記が抹消せられた上で、新条項に基
き、翌二一日前記仮登記の本登記を受け、さらに同年三月一日中間省略の方法で被
控訴人に対し、直接所有権移転登記をした。
 (2) 右の更正決定がなされたのは、次のような事情からである。すなわち、
調停成立以前、中川商事は本件建物に関する既得の権利一切を訴外Cに譲渡してお
り、同人は更にこれを被控訴人に譲渡することとなつていたものであつて、両人共
右調停に利害関係人として参加し、A側も右の事情を知つていたのであるが、調停
成立の際の元来の合意は、(イ)Aは債務不履行により本件建物所有権が中川商事
に移転したこと、それが更にC、被控訴人に転々譲渡されることを認める。(ロ)
Cが金一〇〇〇万円以上を出指し、そのうち金三一〇万円は、(ハ)(ニ)の条件
履行後Aに支払われる。(ハ)登記は、便宜上、Aから被控訴人にする。(ニ)A
は、建物占有中のBが任意退去の意向あることを表明し、かつ責任を以て退去せし
めることを約する。……等の条項を主とするものであつた。当時関係者は、Aのこ
の言明を信じ、右(二)項の実現については何の疑念も抱かなかつたのである。し
かるに、Aの申述は誤りで、Bは任意退去しないことが判明したので、調停の双方
当事者の代理人両名の申請により、現実に成立したとおりの条項に記載を改めるよ
う更正決定を申し立て、本件更正決定を得たのである。そして、この決定は、抗告
なく確定した。
 (3) 中川商事の所有権取得の対抗力は、仮登記の日である昭和二七年四月三
〇日に遡るから、それ以後に引渡を受けたと主張されているBの賃借権は中川商事
に対抗しえず従つて、中川商事から建物所有権を譲り受けた被控訴人に対抵しえな
い。従つて、また、Bからの転借人である控訴人は、被控訴人に対抗しない。
 三 控訴人(更正決定は無効―新条項は無効)
 被控訴人主張のような更正決定が形式上存在していることは認めるが、右更正決
定は左の理由で無効であるから、新条項も無効であり、従つてこれによる登記も無
効である。
 (1) 調停は当事者間に成立した合意を調書に記載することによつて成立する
ものであり、調書に記載されたもののみが当事者間に成立した合意といいうるので
あるから、本件においては、旧条項のみが当事者間に成立した合意である。本件更
正決定は、調停における当事者間の合意以外のものを以てかかる合意に代えようと
するもので違法無効である。
 (2) 決定は、民事訴訟法第二〇七条、第一九一条第一項により、裁判官の署
名捺印を必要とするところ、本件更正決定には裁判官の記名捺印のみで署名を缺く
から無効である。
 四 被控訴人(三に対する反論)
 (1) 調書作成は調停成立の要件ではなく、調書は合意を証明する文書の一に
過ぎない。而して、本件新条項は、前記(二(2))のように、調停における当事
者間の合意の内容であつたものである。
 (2) 民事訴訟法第二〇七条、第一九一条第一項の規定は、口頭弁論に基いて
なされる重要な決定に関するものであつて、更正決定の如きは記名捺印で足りると
解すべく、かりに然らずとしても、その瑕疵は裁判の当然無効を来さないと解すべ
きである。
 (3) かりに、本件更正決定が違法であつたとしても、既に確定した以上、当
然無効と解すべきものではない。
 五 控訴人(四(1)(3)に対する反論および予備的主張)
 (1) 被控訴人は、旧条項は、Aの誤つた申述に由来する錯誤に基くと主張す
るのであるが、然らば、そのように誤信した結果、Aから被控訴人への直接の移転
登記で足りると考えたわけであり、従つて、新条項のような合意が真意を以て成立
する筈はない。
 (2) 本件更正決定について、Aは当庁に即時抗告を申し立て、現に昭和三三
年(ラ)第一四号事件として係属中であるから、まだ確定していない。本件調停記
録については、抗告後に、更正決定正本送達証明文書が、同時に調停調書正本も送
達されたもののように変造され、右抗告を抗告期間経過後になされたものと見せる
ように工作されている。
 (3) かりに、更正決定が有効であるとしても、新条項の内容に効力を有しえ
ない。なぜなら、調停条項どおり履践されている法律関係と相容れない法律関係を
内容とする更正決定がかりになされても、更正前既に有効に成立した法律関係を左
右しえないものであるところ、本件では、更正決定前に、旧条項に基くAから被控
訴人への移転登記が既に有効になされていたからである。
 六 被控訴人(五(3)に対する反論)本件では、旧条項に基く登記を抹消した
上で、新条項に基く登記がなされたのであるから、控訴人の右の議論は当らないの
みならず、そもそも前記のように、中川商事および被控訴人らが、借家人立退に関
するAの誤つた申述を信じた結果、中川商事を中間省略する旧条項の登記が合意さ
れたのであるから、合意自体要素の錯誤を含み、旧条項に基く登記は中間者の有効
な同意を缺く中間省略登記として無効なのであり、この点からも、控訴人の議論は
当らない。
 七 控訴人(六前段に対して―印章偽造)
 右旧条項に基く登記の抹消に際しては、登記権利者であるAの印章が同人の了解
なしに登記義務者によつて作られ、抹消登記手続の申請に使用されたのであつて、
右抹消登記権利者の意思に基かぬものである。
 八 被控訴人(予備的主張の一―本登記は有効)
 かりに、本件更正決定が無効であるとしても、新条項による登記の効力は失われ
ない。すなわち
 (1) 前記(二(2))のように、調停成立期日に、Aから中川商事に本件建
物所有権を移転すべき旨の合意が成立したのであり、この場合、直接移転登記する
か、仮登記を本登記するかは、Aには直接の利害がないので、中川商事はその一を
選ぶことができた。そして、直接の移転登記が先になされていても、仮登記を本登
記にすることも可能であつた。かつ、中川商事は、この権利を第三者に譲渡するこ
とができた。以上の点については、更正決定の有効無効は関係がないのであるか
ら、中川商事からCを経て右の権利を譲り受けた被控訴人の本登記は、更正決定が
無効であつても、有効である。
 (2) また、既になされた登記は、それが実体関係に一致し、かつ登記義務者
の意思に全く反するものでない限り、有効と解すべきものであり、しかも登記義務
者の意思に反しないという中には、信義則上抹消を求めえないという場合も含まれ
るとすべきものであるところ、本件では、前記(二(2))のように、元来新条項
どおりの合意が成立していたのであり、しかも、Aは、登記の相手方については利
害を感じなかつたのであつて、新条項が本来の合意内容であつたことから言えば、
むしろ新条項による登記の方がその真意に合致すると言いうる。かりに然らずとし
ても、旧条項の成立がAの誤つた申述に由来する以上、Aとしては、新条項による
登記に対して抹消を求めることは許されない。故に、本件本登記は有効であり、被
控訴人は仮登記による順位を主張しうる。
 九 控訴人(八に対する反論)
 (1) 新条項のような合意が調停成立の際実際に存したとするならば、旧条項
は、所有権の実体法上の移転関係という一番大切な合意を忘れて、本来成立しても
いないAから被控訴人への中間省略登記の合意を、成立したもののように記載した
ものということになる。裁判所、弁護士の関与する調停手続にそりようなことのあ
るべき筈がない。
 (2) 被控訴人の主張によると、Aから被控訴人への権利移転の合意は存在せ
ず、旧条項のそのような登記のなされたのは、Aの誤れる申述を信じた結果、関係
者合意の上で、中間省略の方法に出たものであるというが、もし、そうとすれば、
それは、いわゆる通謀虚偽表示であるから、善意の第三者に対しては、無効を対抗
しえないものであるところ、Bと控訴人は、右登記により、被控訴人がAから直接
所有権を取得したものと信じ、Bは以来被控訴人に賃料を提供ないし供託して来た
のであつて、右通謀虚偽表示につき善意の第三者であるから、被控訴人は、その無
効を以て、Bや控訴人に対抗できない。
 (3) かりに、中間省略登記の合意が有効に存在したとしても、それは、中間
者である中川商事およびCの両方の所有権取得登記を省略するという形で成立した
ものであつて、Cの分のみ省略するという趣旨は含まれていない。中間省略登記が
完了した場合、中間者は前者に対する登記請求権を喪失すると解すべきところ、本
件では、Aは、中間者である中川商事・Cと更に被控訴人との合意によつて被控訴
人に直接所有権移転の登記を完了したのであるから、中川商事は既に仮登記に基く
本登記請求権を喪失したのである。一旦喪失した以上、更正決定によつても、それ
は回復されない。故に本件仮登記に基く本登記は無効である。
 一〇 被控訴人(九に対する反論)
 (1) Bおよび控訴人は、旧条項に基く登記以後にAとの取引関係入つたもの
でないから、右登記を通謀虚偽表示としてその無効を対抗しえぬ善意の第三者とは
いえない。また、右両名が取引関係に入つた時には既に中川商事の仮登記が存在し
ていたのである。
 (2) 中間省略登記が完了すると中間者は前者に対する登記請求権を喪失する
というが、中間省略登記をする旨の合意は債権的効力を有するに過ぎず、他方登記
は能う限り実体的権利変動の過程に符合せしめられるべきものであるから、たとえ
中間省略登記が完了しても、もし中間者が仮登記を有し、それがまだ抹消されない
間は、中間者から前者に対する仮登記に基く本登記の請求権はなくならない。かり
に一般論として右のように言えないとしても、本件の場合には、前記(六)のよう
に中川商事の中間省略の合意自体に要素の錯誤があるから、中川商事は本登記請求
権を失わない。
 一一 被控訴人(予備的主張の二―賃貸借契約無効の再抗弁)
 かりに、被控訴人が仮登記の順位を主張できないとしても、控訴人は本件建物の
不法占拠者であるBの占有を承継したものであるから、その占有を以て被控訴人に
対抗しえない。すなわち、昭和二八年九月一八日、本件建物には、中川商事を債権
者としAを債務者とする札幌地裁室蘭支部昭和二八年(ヨ)第三八号事件の占有移
転禁止仮処分命令が執行され、Aは本件建物の占有を解かれ、執行吏は本件建物を
保管しつつ現状不変更を条件としてAにその使用を許した。しかるにAはこれに違
反し、後日、Bに本件建物を引き渡したのであるから、Aは本件建物より退去する
義務があり、それがBに承継されたものであり、右仮処分の執行継続中、控訴人は
Bから占有を、被控訴人は中川商事から本件建物についての権利一切を、それぞれ
承継したのであるから、控訴人は被控訴人に対して右仮処分違反による退去義務あ
り、このようなAとBないし控訴人との間の賃貸借契約は公序良俗違反により無効
であり、建物の引渡があつても、右賃貸借は借家法第一条第一項の対抗力を取得し
ないのである。
 第四 証拠関係(省略)
         理    由
 一 本件物建は被控訴人の所有に属すること、控訴人が現にこれを占有している
ことは、当事者間に争いがない。故に、被控訴人の所有権に基く本件明渡請求は、
控訴人の占有権原の抗弁が立たぬ限り、その理由がある。
 二 よつて、借家法第一条第一項の賃貸借があるとの抗弁について考察する。
 本件物建がもと訴外Aの所有に属したことは当事者間に争いがなく、訴外BがA
から本件建物を賃借したこと、BがAの承諾を得て更に控訴人に転貸したこと、B
がAから本件建物の引渡しを受けたのは昭和二八年九月一一日であつたこと、これ
らの事実は、控訴会社代表者の原審および当審における供述およびこれにより成立
を認める乙第一号証ならびに原審および当審証人A、当審証人Dの各証言を総合し
て認めることができる。すなわちBの本件建物賃貸借は、右の日時に対抗力を取得
したのであるから、右賃借権の範囲内で適法な転借権を有する控訴人の本件建物占
有は―仮処分違反の占有であるからとの被控訴人主張は別論として(これについて
は後第六節で考察する。)―右日時以後に本件建物につき物件を取得した者に対抗
しうること明らかである。そこで、この点につき案ずるに、昭和三二年一二月五日
成立した札幌地裁室蘭支部昭和三二年(ノ)第二〇号調停事件の調停調書上被控訴
人は同月一四日本件建物所有権がAから取得する旨の調停条項の記載があることは
当事者間に争いがなく、被控訴人が同月一六日右のとおりの所有権移転登記をした
ことは被控訴人の明らかに争わぬところであるからこれを自白したものとみなす。
一方その後昭和三三年二月二〇日右調停調書につき更正決定がなされたこと、これ
によつて、本件建物所有権は、昭和二七年四月三〇日付の中川商事のAに対する建
物所有権移転請求権保全の仮登記の本登記をなすことにより、まずAから中川商事
に移転され、ついで訴外Cを経て、被控訴人へと、順次移転されることになり、た
だ登記手続としては、中川商事から直接被控訴人に移転登記してもよいと新条項が
定められたことは、当事者間に争いのないところであり、これに基き昭和三三年二
月二一日前記仮登記の本登記がなされたこと、同年三月一日中川商事から被控訴人
に移転登記がなされたことは、控訴人の明らかに争わぬところであるから、これを
自白したものとみなす。以上の争いない事実関係を総合すると、結局、更正決定前
の旧条項によれば、被控訴人はAの賃貸人としての地位を承継して、控訴人の本件
建物占有権原を否定しえないこととなるが、更正決定後の新条項によれば、被控訴
人は、Bの賃借権に優先する仮登記の順位を主張しうる中川商事の承継人として、
Bの、従つて控訴人の占有権原を否定しうることとなる。帰するところ、本件の結
論は、右の更正決定ないしこれに基いてなされた登記の効力にかかるといわねばな
らない。
 三 更正決定およびこれに基く登記の効力に関する双方の主張を検討するに先立
ち、必要な事実関係を認定することとする。
 成立に争いない甲第一号の一・二、同第五ないし第七号証、後記E証言およびA
証言に徴し成立を認めうる甲第一三号証の一・二、成立に争いない甲第一七号証、
同じく乙第一〇号証、後記A証言によつて成立を認める乙第二三号証、A名義のE
弁護士への委任状の写真であることには争いがないが、委任状自体としては弁論の
全趣旨により成立の争われているものと認められる乙第二四号証の存在、取寄にか
かる更正決定(甲第一号証の二)の原本である乙第二六号証の作成名義の体裁、原
審証人E、原審および当審証人F、同A、当審証人Gの各証言ならびに前第二節に
示した認定事実および争いない事実を総合すると、次の経緯が認められる。(右証
拠中には、左記認定と齟齬する部分もあるが、その部分は採用しない。その他左記
認定をくつがえすに足る証拠はない。)
 (1) 中川商事は、G弁護士を訴訟代理人として、Aに対して、本件建物のほ
かA所有の土地についても、所有権移転請求権保全の仮登記の本登記手続および本
件建物明渡の請求訴訟を提起し、A側は、はじめF弁護士、後にE弁護士を訴訟代
理人として応訴した。第一審では原告中川商事が勝訴したが、控訴があつて、第二
審係属中に事件は室蘭支部の調停に付され、期日を重ねた末、前示日時に前示内容
の調停が成立した。
 (2) 中川商事が勝訴し、本件建物が明け渡されれば、本件建物所有権は、中
川商事からCへ、同人から被控訴人へと転々譲渡する約束になつており、そのた
め、右調停には、Cも被打訴人も、利害関係人として参加した。参加の事情は、A
の代理人E弁護士にも分つていた。Cが本件不動産を買い取り、その金額で中川商
事の貸金債権、滞納税等を弁済した残額をAが取得するという筋書で話合いは進行
したが、その間、A側の関心は専ら相手方から受領する金員の多寡に存し、不動産
の移転登記の相手方如何には拘泥しなかつたので、関係者は登録税節約等のためA
から直接被控訴人に移転登記することに合意した。
 また、相手方ないし参加人側は、当時建物の一階を賃借してパチンコ屋を営業し
ていたBの立退を専ら問題としていた。当時二階には、別の賃借人が酒場を商業し
ていたが、この方は名義人Hが調停に利害関係人として参加しているのに反し、B
は調停に関与していなかつたからである。
 (3) 調停成立の席にはA本人も出頭していた。調停は、昭和三二年一二月一
三日限りAが被控訴人に土地建物所有権移転登記をすべきこと、昭和三三年一月三
一日限りAがCに本件建物の明渡しをすべきこと、なお、Bの占有にかかる一階部
分については、Aの責任において右期日までに立ち退かせること、その代りに、A
は、移転登記完了の時に金二五〇万円、次いで明渡完了の時に金六〇万円と、合計
金三一〇万円を受領することを、主要条項として合意成立し、調書が作成された。
右合意の成立に際し、A以外の関係人一同は、A代理人E弁護士を含めて、皆、
「Bを右期日までに立ち退かせることができる。」とのAの言明を信用していた
し、またG弁護士(Cおよび本件被控訴人の代理人でもあつた。)の方では、Aに
対して占有移転禁止の仮処分がしてあることであるから、必要ある場合には、これ
を利用してBを退去せしめうると考え、E弁護士にそう話していた。
 (4) 右調停成立後、AはE弁護士宅に赴き、移転登記のための白紙委任状お
よび印鑑証明書を交付し、金二五〇万円を受領した。右書類を使用して、昭和三二
年一二月一六日受付第六八六九号を以てAから被控訴人への所有権移転登記がなさ
れた。まもなくAは仙台市に移住してしまつた。
 (5) しかるに、翌年一月になつても、Bが本件建物から立ち退く気配はなか
つたので、G弁護士は、前記仮処分の点検執行によつて目的を達成しようと試みた
が、成功しなかつた。そこで、E弁護士とも協議の上、先の調停条項を修正して、
Bがその賃借権を以てCないし被控訴人の建物所有権取得に対抗しえないようにす
ることを計画し、本件更正決定を申し立てた。担当裁判官は、先に成立した調停に
おいて調停主任であつた裁判官と同一人であり、昭和三三年二月二〇日、申立どお
りの更正決定をしたが、この決定書の原本は、裁判官の署名捺印の代りに、タイプ
印字による記名と捺印しかなされていない。
 (6) 右の更正せられた新条項により同月二一日受付第七三八号によりAから
中川商事への所有権移転の本登記がなされて後、先の旧条項による登記の錯誤を原
因とする抹消登記と、中川商事から被控訴人への移転登記とが、同年三月一日、同
時に、それぞれ受付第一〇〇〇号および第一〇〇一号を以てなされた。
 (7) 右のように更正決定を申し立てたり、登記簿上の記載を変更したりする
ことについて、E弁護士は仙台にあるAには連絡せずに、独断で代理人として行動
した。特に右の抹消登記申請については、A作成名義のG弁護士に対する委任状が
使用されているが、それはA自身が作成を関知しないものであつた。Aは、この経
過に不満を感じ、前記更正決定に対して即時抗告(当庁昭和三三年(ラ)第一四
号)を申し立てた。
 右のように認定することができる。
 <要旨>四 前段認定の事実関係に基いて、まず、本件更正決定の効力について考
えるに、当裁判所は、これを無効のものであると断ぜざるをえない。けだ
し、元来判決書における違算・書損じその他これに類する明白な誤謬の更正のため
設けられた民事訴訟法第一九四条の規定が、実務上は、甚だ拡張して解釈され運用
されていることは、既に裁判所に顕著な事実であつて、判決書自体からは明白な誤
謬といえなくても、書き現わされたものが判決裁判所の意図したところと齟齬する
ことが訴訟資料から窺知しうる限りは更正を許すのが普通の取扱いであり、更に
は、判決後に当事者の住所等の変更があつて執行に困難を来すというだけで判決自
体には本来何らの誤謬ありともいえない場合にも、更正を許す例さえ見られないで
はないのである。このような取扱いは、正面から是認すべきものではないが、訴訟
経済・執行の便宜という見地もあり、一定の限界内においてはこれを一概に排斥す
るわけにゆかない。そして、これは、判決に関する規定を準用してなされる調停調
書の更正についても、同様にいえることである。しかしながら,本件調停において
は、後に更正の対象となつたAから被控訴人への移転登記という方法は、登録税節
約等のため関係者によつて特に選ばれた道だつたのである。なるほど、調停成立当
時後の明渡しの困難さが予測されていたとすれば、初めから新条項のような調書が
作成されたであろう。しかし、見通しが誤つていたことは動機の錯誤に過ぎず、合
意内容について真意と表示との齟齬があるとはいえないし、調停の関係者以外の者
が予期の行動をしないからといつて、本来の調停条項には期待できない法律上の効
果をその者に対する関係で追加するために新しい条項に書き直すことは、執行の便
宜のために事実上の記載を訂正するのなどとは類を異にする。要するに、本件のよ
うな更正決定は、民事訴訟法第一九四条の拡張的解釈運用の許される限界を遠く越
えた違法無効のものというべく、その他の形式的瑕疵についての主張を判断するま
でもなく、たとえ確定していたとしても、その更正の内容に即した効力を発生せし
めることを得ないものと解すべきである。
 五 進んで、更正決定が無効であつても、新条項に基いてなされた登記は有効で
あるとの主張について考えるに、被控訴人の右所論は、調停成立の際、Aから中川
商事に、中川商事から被控訴人にと所有権を移転すべき旨の合意が成立したことを
前提とするものであるところ、前記のように、当時関係者は、意識的に、中川商事
への本登記という可能性を捨てて、直接Aから被控訴人への移転登記をするという
道を選んだのであるから、右の前提たる事実を認めることができない。かりに、右
選択は登記上の表示に関するのみで、実体法上の権利移転としては新条項どおりに
合意が成立していたといいうるとしても、その合意どおりに登記簿上に実現したこ
とが、先の移転登記の錯誤を原因とする抹消登記については登記権利者であり、後
の本登記については登記義務者であるAの意思に基くものであつたと認められぬこ
と前認定(三(7))のとおりである。Aにとつて登記移転の相手方が何びとであ
るかは直接利害に関しないことであつたにせよ、だからといつて右の場合のAの意
思を無視しうることにはならない。更に被控訴人は、先の登記は、A自身の誤つた
申述に由来するから、後の登記の有効無効をAの意思にかからせて論じえないと主
張するが、Aの言明が旧条項成立の一因であつたとしても、他にもCや被控訴人側
に動機の存したこと前認定のとおりであるから、右主張は採用できない。結局、本
件事実関係の下においては、被控訴人は、控訴人に対し、新条項に基く登記の有効
を主張し、本件建物所有権を中川商事から承継したものとして、その仮登記の順位
を援用することができないものといわざるをえない。
 六 被控訴人は、更に、Bの占有取得が仮処分以後であるからという理由で、控
訴人の本件建物賃借権の対抗力を争うのであるが、右仮処分の申請および執行は、
中川商事を債権者、Aを権務者としてなされたものであること当事者間に争いない
ところ、控訴人の本件建物占有はBを経てAにまで遡りうるものであるが、被控訴
人の本件建物所有権は中川商事に遡りうるものでないこと、かりに遡りうるとして
も、その権利変動につき適法な登記を備えたものとして控訴人に対抗しうる関係に
ないこと前節判示のとおりなのであるから、被控訴人の主張は、これを採用するに
由ない。 七 そうすると、先に第二節で判示した理路により、控訴人は本件建物
占有使用の権原を被控訴人に対抗しうることとなるから、控訴人に明渡義務あるこ
とを前提とする被控訴人の本件請求はすべて理由がない。原判決中、控訴人に本件
建物の明渡しを命じた部分は失当であるから、本件控訴はその理由があり、よつ
て、原判決中右の部分を取り消すこととし、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の
負担については、民事訴訟法第九六条、第八九条に従つて、主文のとおり判決す
る。
 (裁判長裁判官 川井立夫 裁判官 臼居直道 裁判官 倉田卓次)
 目    録
 室蘭市a町b番地所在
 一、 木造亜鉛鍍金鋼板葺四階建店舗兼住宅一棟の内
 一階二九坪五合七勺七才
 登記簿上
 同所所在 家屋番号 同町第c番
 一、 木造亜鉛鍍金鋼板葺平家建店舗兼居宅
 建坪 二九坪五合七勺七才
 以  上

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