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平成25年1月22日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成23年第631号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成24年11月13日
判決
主文
1被告は,原告X1に対し,460万7002円及びこれに対する平成21年4月
11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告X2に対し,230万3501円及びこれに対する平成21年4月
11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告X3に対し,230万3501円及びこれに対する平成21年4月
11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用は,これを50分し,その7を被告の負担とし,その余は原告らの負担
とする。
6この判決は,第1項ないし第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告X1に対し,3247万9951円及びこれに対する平成21年4
月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告X2に対し,1623万9975円及びこれに対する平成21年4
月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告X3に対し,1623万9975円及びこれに対する平成21年4
月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,土木工事の作業員であるX4が道路上に設置されたマンホール内で作業
をしていた際,当該道路を走行した被告運転の自動車(以下「被告車」という。)
と衝突して死亡した交通事故について,X4の妻及び子である原告らが,前記事故
は,被告がマンホールの蓋の異常を認めたにもかかわらず,マンホール手前で停止
ないし最徐行することなく漫然と走行したことで生じたものであるなどと主張し
て,被告に対し,不法行為に基づき,合計9346万1487円の損害のうち,自
賠責保険として受領した金員を控除した6495万9902円(原告X1につき3
247万9951円,原告X2及び同X3につき各1623万9975円)及びこ
れらに対する前記自賠責保険の支払の翌日である平成21年4月11日から支払
済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1前提となる事実(証拠を記載したもの以外は当事者間に争いがない。)
当事者等
X4は,昭和40年10月15日生まれの男性で,死亡当時43歳であった。
X4はA建設株式会社(以下「A建設」という。)に勤務しており,道路工事や
土木作業に従事していた。
原告X1は,X4の妻であり,原告X2及び同X3は,X4の子である。(弁
論の全趣旨)
交通事故の発生
平成20年12月12日午前11時15分ころ,山梨県韮崎市b町α番地先路
上において,X4は,当該道路に設置されたマンホール(以下「本件マンホール」
という。)の蓋を外し,マンホールを開閉するための鉄製の工具(以下「マンホ
ールオープナー」という。)をその蓋に刺したまま路上におき,本件マンホール
内に立ち入っていたところ,当該道路を走行した被告車がマンホールの蓋及びマ
ンホールオープナーに接触し,その蓋がX4の頭部に衝突して同人を死亡させる
交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)(甲1,2の1・2,弁論の全
趣旨)。
自賠責保険等の支払
原告らは,本件事故に関し,平成21年4月10日,自賠責保険として300
2万4470円の支払を受けた。また,原告らは,平成23年5月25日,労災
保険から葬儀費として19万1220円の支払を受けた(乙3の2)。
2争点及び争点に関する当事者の主張
損害の発生及び数額
(原告らの主張)
ア治療費2万1470円
イ文書料3000円
ウ逸失利益5544万0518円
(計算式)573万9600円×(1-30パーセント)×13.7990
X4は,本件事故の6か月前からA建設に勤務していた。X4は,A建設に
月額給与40万円でスカウトされ,転職したものであるが,賞与等を一度も手
にすることなく他界したため,確定申告書上のA建設からの給与所得は6か月
で240万円である。
しかし,賞与を夏冬1か月としたとしても,年収は560万円となり,概ね
平均賃金と同額となる。X4は,型枠支保工の組立作業責任者資格,地山の掘
削作業主任者資格,土止支保工資格,下水道排水設備工事責任技術者資格,小
型移動式クレーン運転資格,車両系建設機械(整地,運搬,積み込み用及び掘
削用)運転資格,安全衛生現場代理人資格,2級土木施工管理技士資格,現場
管理者統括管理者資格等多数の資格を有しており,所得増の転職をしたもので
あるから,X4が平均賃金ないしそれ以上の所得を得られていた蓋然性は十分
にある。
したがって,年齢別平均給与額を用いて逸失利益を算定すべきである。
なお,X4は,X家の長男であり,同家の家督相続人である。X4の両親が
農業従事者であることから,X4は,将来,家督を継ぐとともに実家の農業に
従事することが予定されていた。本件事故により,実家では,X4が担当して
いた作業を,別途費用をかけて他の者に委託する必要が生じ,そのような負担
が生じたことから農業生産の規模を縮小せざるを得なくなった。X4の農業に
対する寄与度及びX4が死亡したことによる収入減が認められることは明ら
かであるから,かかる事情も考慮の上,逸失利益を算定すべきである。
エ死亡慰謝料2800万円
X4は,本件事故による死亡時43歳であって,原告ら4人家族の経済的生
活を支えるのはもちろんのこと,夫として,父親として,精神的にも家族の支
えとなっていたものであり,紛れもなく一家の支柱であった。妻との生活,子
供の成長を楽しみにしていたにもかかわらず,突如,その生命を無惨にも奪わ
れたのであり,かかる重大な結果に対する慰謝料額としては2800万円を下
ることはない。
オ葬儀費用150万円
カ合計8496万4988円
キ弁護士費用849万6499円
原告らの損害合計金額の約1割に相当する弁護士費用は,本件事故と相当因
果関係にある損害として認められるべきである。
ク既払金の控除
平成21年4月10日時点における遅延損害金の金額は152万2885
円であり,自賠責保険として支払を受けた3002万4470円を上記遅延損
害金に充当すると,残額は2850万1585円である。前記損害賠償金合計
9346万1487円に同残額を充当すると,6495万9902円となるた
め,原告らは被告に対し,同額の損害賠償請求権を有する。なお,労災保険か
ら支払われた19万1220円は元本に充当する。
(被告の主張)
ア認める。
イ認める。
ウ金額を争う。
逸失利益の算定においては,事故前の現実収入額を基礎収入とするのが原則
であり,仮に平均賃金を採用するのであれば,平均賃金を得られていた蓋然性
が十分に立証される必要がある。
X4が月額40万円の給与収入を得られたとしても,年収ベースでは480
万円であり,平均賃金には及ばない。A建設の賞与の有無及び金額は不明であ
り,X4が保有していたという多数の資格が所得上昇にいかに結びつくのかも
定かではない以上,原告主張の事情をもって平均賃金が得られる蓋然性が立証
されていると考えることはできない。
エ金額を争う。
オ認める。
カ合計金額は争う。
キ金額を争う。
過失割合
(被告の主張)
ア基本過失相殺率
本件事故は,四輪車と人との間で発生した事故であるものの,その人が歩行
者ではなく,地面の下から上に現れてきたという特殊な形態の事故である。
本件事故の過失相殺率を考えるにあたっては,歩行者対四輪車の事故の事例
が参考となり,その中でも,被害者が歩行動作をとっていない点で本件と類似
性が高い路上横臥者の事例を参考にするのが相当と考えられる。
路上横臥者の基本過失相殺率は,昼間であれば30パーセント,夜間であれ
ば50パーセントであるが,X4はマンホールの内部に入っていて真上からの
ぞき込まなければ地上からその存在を発見することがおよそ不可能であると
いう点において,夜間の場合と同様に評価するのがふさわしい。この点に関し
て,本件事故現場から68.7メートルの地点から路上のマンホールの蓋とマ
ンホールオープナーを確認することができたから,X4の存在を予見すること
ができたという反論が考えられるが,物を損壊することと人を死傷させること
の予見可能性は質的に異なるものであり,マンホールの蓋等の存在及びその損
壊のおそれを予見したからといって,それだけで地下にいる人を死傷させるこ
とまで予見できたと論じることはできない。そもそも,前記68.7メートル
という実況見分の結果は,歩行中の立会人が視認状況を確認した点で,自動車
で走行中であった被告より有利な条件下で観察が行われているし,主観的にも,
警察官の指示が観察者の注意の払い方に少なからぬ影響を与えたといえるた
め,参考にし難いものである。
路上横臥者の事例において,夜間の方が昼間よりも横臥者の過失が大きく評
価されるのは,前者の方が車からの発見が困難なためである。本件事故現場近
辺は,道路の色が灰色様の場所と黒色様の場所が混在していた上,本件事故現
場は本件事故発生時刻ころ道路沿いの民家の影となって視認しづらい状況で
あった。加えて,マンホールオープナーも被告から見て斜めに刺さっており,
発見しづらい状態であった。主観的にも,マンホールの蓋にマンホールオープ
ナーが刺さっていることなど通常の事態ではないのであるから,誤認したとし
てもやむを得ない。路上横臥者の場合,身体全体が路上に横たわっているが,
マンホール内の人の場合,地表に現れるのはせいぜい頭部か上半身のみである
から,路上横臥者以上に車からの発見は容易でないと考えられる。
これらのことからすれば,本件事故現場を走行中に,マンホール内にいたX
4の存在を発見することは不可能であり,その存在を予見することも夜間の路
上横臥者を予見するがごとく困難であったといえる。そのような状況を作出し
たX4の過失は重く,X4の基本過失相殺率を50パーセントと評価するのが
相当である。
なお,被告は,本件事故現場近辺で道路工事が行われていることは知ってい
たものの,具体的にどの地点で行っているかについては知らなかったため,カ
ラーコーン等何らの安全対策も施されていなかった本件事故現場を走行して,
路面が盛り上がっているのを舗装未了のためと勘違いしてしまったことにも
無理からぬ面がある。
イ修正要素
X4は,本件マンホール内において作業に従事するに際し,マンホール手前
のカラーコーン,看板,標識等の設置や交通誘導員の配置,あるいはフェンス
の設置といった安全確保を何ら行っていなかった。これらの安全確保を行うこ
とは周辺を通行する者に対し工事の存在を知らせ,しかるべき対応措置をとら
せ,作業員及び通行者の安全を確保するために極めて重要な意義を有しており,
当然講ずべき準備作業である。そればかりか,本件においては,マンホールオ
ープナーが刺さったマンホールの蓋が路上に放置されたままになっていた。道
路上に障害物を放置することは車両側からしても当該障害物に衝突する可能
性がある極めて危険な行為であり,このような障害物が放置されていなければ,
マンホールの蓋が跳ね上がることもなく,本件事故が発生しなかった可能性も
少なからず考えられる。このような道路上の重大な瑕疵と評価できる状態を,
工事業者という専門的立場にありながら作出したX4の過失は極めて重大と
いわざるを得えず,30パーセントの加算修正を行ってもやむを得ないと考え
られる。
加えて,X4は本件事故直前までマンホール内にいたものであり,通常であ
れば人が現れることのない地面から突如頭部を出したのであるから,運転者か
ら発見可能性の乏しい危険性の高い行為として10パーセントの加算修正を
行うのが相当である。
したがって,X4の過失相殺率は90パーセントとすべきである。
(原告らの主張)
争う。
自賠責保険において満額の支払がなされていることにかんがみて,X4の過失
割合が7割未満であることは明らかである。
被告は,本件事故現場周辺において,道路工事が行われていることを認識して
おり,本件事故現場の30.7メートル手前でマンホールの蓋の異常を認めたの
であるから,マンホールの手前で停止,あるいは最徐行して周辺の安全確認を行
うべきであったのに,これを怠って漫然とマンホールの蓋をまたいで通過できる
と判断しており,被告の責任は重大である。仮に被告が通常想定される停止,回
避,減速等の運転操作を行っていれば,本件事故も回避,あるいは人の死亡とい
う重大な結果が生じなかった可能性が十分にあった。
被告が,10メートルで停止可能な速度で走行していながら,本件事故後,3
5.7メートル走行して初めて停止したことからしても,被告が異常事態に適切
な対応が取れないほどに漫然と運転していたことは明らかであり,本件事故前か
らマンホール付近を含む前方を全く注視していないという極めて重大な過失態
様による運転を行っていたというべきである。
これらのことからして,本件において過失相殺はなされるべきではない。
被告は路上横臥者の夜間の場合と評価できる旨を主張するが,本件事故が発生
したのは午前11時15分ころであったから夜間には該当しない。また,本件事
故当時の天候は晴れであり,事故現場付近の道路は極めて見通しが良好であった。
実況見分調書では,被告がマンホールの蓋を認めた30.7メートルの地点に
おける視認性に関して「蓋と差し込まれている縦の鉄棒が確認でき」るとされて
おり,事故現場から68.7メートルの地点において既に「路上のマンホールの
蓋と縦の鉄棒が確認でき」たとされている上,被告自動車の停止可能距離である
本件事故現場から10メートル手前の地点からは「蓋と差し込まれている横棒の
付いた鉄棒が確認でき」たとされている。マンホールオープナー自体,単なる棒
状のものではなく,十字型をしていて,横棒の長さも30センチメートル程度は
あり,被告自身,実況見分時に,30メートル以上離れた地点からマンホールの
蓋及びマンホールオープナーが確認できることを認めているから,マンホールの
蓋が開いていることに気付かなかったのがやむを得ないなどとは到底いえない。
マンホールオープナーの形状や前記視認状況からして,被告が主張する路上横
臥者の夜間の事例は本件を論じる前提とならず,失当である。
仮に,本件を路上横臥者の事例と考えたとしても,昼間の基本相殺率は20パ
ーセントであり,本件事故現場が住宅地であったこと,被告の著しい過失があっ
たことに基づく修正がなされ,過失相殺率は,X4・10パーセント,被告90
パーセントと考えるべきである。被告には最も基礎的な注意義務を怠ったという
重大な過失が認められるのであり,仮に,X4が道路で作業をする者として適切
な事故予防又は回避の措置を怠っていたとしても,被告の過失割合がX4のそれ
より大きいことは明らかである。
なお,X4が本件事故直前にマンホールから頭を出した旨の被告の主張は推測
にすぎず,X4が頭を出したタイミングは記録上不明である。
第3当裁判所の判断
1争点(損害の発生及び数額)について
治療費及び文書料
治療費2万1470円及び文書料3000円は当事者間に争いがない。
逸失利益
ア基礎収入480万円
X4の平成20年度の確定申告上の収入金額は437万2000円であり,
そのうち240万円がA建設からのもので,197万2000円がA建設に転
職する前の勤務先からの収入であったところ(甲12の1・2,弁論の全趣旨),
本件事故前約6か月間のA建設における就労で得た240万円を1年間に換
算した480万円を基礎収入とするのが相当といえる。
これに対し,原告らは,X4が平均賃金ないしそれ以上の所得を得られてい
た蓋然性が十分にある旨を主張するが,A建設のX4に対する賞与支給予定の
有無及び金額は証拠上明らかではない上,X4が保有していた型枠支保工の組
立作業主任者,地山の掘削作業主任者,土止支保工作業主任者,下水道排水設
備工事責任技術者及び車両系建設機械(整地・運搬・積込み用及び掘削用)運
転資格等の資格(甲13)と同人の所得上昇との関連性も不明確であるから,
これらをもって,X4が平均賃金ないしそれ以上の所得を得られていた蓋然性
が十分にあったと認めることはできない。また,X4が実家の農作業の手伝い
に従事しており,同人が死亡したことで農業の収入減が生じたとしても,当該
事情は,遺族固有の損害を算定する際に考慮する要素とはなり得ても,X4の
得べかりし利益とはその性質を異にするものであるから,X4の逸失利益算定
において考慮することは相当でなく,原告らの前記主張は採用することができ
ない。
イ生活費控除率30パーセント
X4は,本件事故当時,一家の支柱として原告ら3人の生活を支えていた者
であるから,生活費控除率は30パーセントとするのが相当である。
ウライプニッツ係数
前記前提となる事実のとおり,X4は死亡時43歳であり,67歳までの
24年間就労可能であったと認められるから,ライプニッツ係数は13.79
86となる。
エ逸失利益4636万3296円
X4の逸失利益は以下のとおりとなる。
480万円×(1-0.3)×13.7986=4636万3296円
慰謝料
X4が原告らの生活を支えていたこと,本件事案の性質等に照らすと,X4の
死亡による慰謝料は2800万円と認めるのが相当である。
葬儀費用
葬儀費用150万円は当事者間に争いがない。
合計
前記ないしを合計すると,原告らの損害額は7588万7766円となる。
2争点(過失割合)について
前記前提となる事実に後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実
が認められる。
ア本件事故現場の状況等
本件事故現場である山梨県韮崎市b町α番地先道路は,幅員5.6メートル
の片側一車線の道路である。被告車は,当該道路を,韮崎市c町方面から同市
b町方面へ向かって進行していた。
本件マンホールは,その中心が,被告車が走行していた車線の道路脇からセ
ンターライン方向へ1.8メートルほどの位置に設置されており,その内径は
63センチメートル(底部の内径は90センチメートル),深さは1.2メー
トルで,マンホール内の韮崎市b町方面側に昇降用ステップが設置されていた。
昇降用ステップは,路面から40センチメートル及び70センチメートルの深
さの位置にそれぞれ設置されており,路面から4.5センチメートルの深さの
位置に左右2個の取手が設置されていた。マンホールの蓋は直径が63センチ
メートルで,厚さが7.5センチメートルであった。(甲2の1・2・6,1
4の6)
イX4の作業の状況
X4を含む作業員らが行っていた工事は,マンホール内の下水管設備にかか
わるインバート工事と呼ばれるものであった。X4らは,平成20年12月1
2日午前9時ころから,山梨県韮崎市b町α番地先道路において,400から
500メートル程度の距離内に設置された本件マンホールを含む数個のマン
ホールについて,韮崎市b町方面に向かって順次作業をしていた。作業を行う
際には,マンホールの周囲にカラーコーンを設置し,マンホール内に入らない
作業員が外で安全確認をする体制が採られていた。また,同日午前9時30分
ころからは,交通誘導の警備員も作業現場に到着し,誘導作業を行っていた。
本件マンホールについては,本件事故が発生する前に既に作業が完了してお
り,その蓋も閉じられていた。
X4は,その理由は不明であるが,作業が完了していた本件マンホールの蓋
を外し,マンホールオープナーを刺したままその蓋を脇に置いて,マンホール
内に立ち入っていた。X4は,他の作業員や警備員に本件マンホール内に立ち
入る旨を伝えていなかったため,本件事故が発生した際,本件マンホールの周
囲には,カラーコーンや警告板等が設置されておらず,交通誘導の警備員も配
置されていなかった。本件マンホールの脇の歩道上には,黒板,デジタルカメ
ラ,設計図,スケール及びバッグが置かれていた。(甲2の2・7・8,弁論
の全趣旨)
ウ実況見分の結果
本件事故現場において,平成21年6月15日午後1時40分から午後2時
15分まで,本件事故現場の見通し状況等を明らかにすることを目的として,
警察による実況見分が実施された。その際,本件事故当時の状況を再現するた
め,本件マンホールの蓋にマンホールオープナーを韮崎市c町方面に向かって
斜めに刺し,マンホールの脇に置いて,その視認状況が確認された。なお,マ
ンホールオープナーは,縦の鉄棒に開閉具として横の鉄棒が2本取り付けられ
た形状をしており,マンホールの蓋に斜めに刺した状態で,路面からの高さは
80センチメートルであった。横の鉄棒のうち,下の鉄棒は縦の鉄棒から左右
それぞれ10センチメートルの長さであり,上の鉄棒は,片側が24センチメ
ートル,もう一方の片側が10センチメートルの長さであった。
前記実況見分の結果,本件事故現場から68.7メートルの地点において,
マンホールの蓋と縦の鉄棒が確認できた。また,同30.7メートルの地点に
おいて,蓋と縦の鉄棒に加えて,横棒もうっすらと確認できた。本件事故現場
から10メートルの地点においては,横棒もはっきり確認できた。なお,この
実況見分は,自動車を使用して運転席からの視認状況を確認したものではなく,
立会人が歩行した状況で各々の地点からの視認状況を確認したものである。
また,身長168センチメートルの警察官が本件マンホール内に立ち入って
路上への身体の露出状況等を確認したところ,マンホール内のステップ下段に
佇立した状態での露出状況は,路面から頭頂部まで94センチメートルであっ
た。ステップ下段に両足を乗せ,取手を掴んで中腰の姿勢になった状態での路
面への露出状況は,路面から頭頂部まで13センチメートルであり,本件事故
現場から30.7メートルの地点から人の頭部が露出していることが確認でき
た。(甲2の6,14の6)
過失割合について
前記イのとおり,本件事故が発生した当時,被告車の進行方向にはマンホー
ルオープナーが刺さった状態のマンホールの蓋が路上に置かれていた。
その際,本件マンホール付近が民家の影になっていたこと(甲14の5)など,
その視認状況が極めて良好であったとは言い難い面もあるが,マンホールオープ
ナーは斜めに刺さっていても路面から約80センチメートルの高さがあった上,
被告も,本件マンホール付近の道路で工事が行われていることは認識しており,
当該道路を走行した際,少なくとも本件マンホールの付近の路面が盛り上がって
いるという異常を感知したのであるから(甲2の9~2の11),進行方向前方
を注視し,本件マンホールの状況を確認して,その手前で停止ないし徐行するな
どの慎重な運転をすべきであったといえる。それにもかかわらず,前方の確認を
怠ってマンホールの蓋やマンホールオープナーの状況を見落とし,路面が舗装さ
れていないだけでマンホールをまたいで通過できると軽信して,そのまま走行し
たため本件事故を惹起しており,被告の前方不注視の責任が重大であることは言
うまでもない。
他方で,前記イのとおり,本件マンホールの周囲には,カラーコーンや警告
板等が設置されていなかった上,X4は同僚作業員に声をかけることなく,単独
で本件マンホール内にいたため,交通誘導の警備員も配置されていない状況であ
ったから,本件道路を通行する者からは,一見してマンホール内に作業している
者がいると判別できる状態にはなかったと認められる。道路上で作業を行う者は,
常に道路を走行する車両等があることを念頭において,自らの生命身体の安全を
守るのみならず,当該道路を通行する者の安全を確保するため,作業中であるこ
とを明確に示し,危険防止のための措置を採るべき義務があるといえる。殊に,
マンホール内などの走行者から一見してその存在を認識し得ない場所で作業す
る場合には,一層明確な注意喚起が要求されるというべきである。
実況見分における視認状況は前記ウのとおりであり,本件事故現場から68.
7メートルの地点において既にマンホールの蓋と縦の鉄棒が確認できたとされ
ているが,この実況見分はマンホールの蓋に異常があることを事前に立会人に伝
えた上で観察状況を確認したものであり,しかも,歩行した状態で観察するなど,
本件事故当時の車両で走行した被告の視認状況を忠実に再現したものとはいえ
ない。それに,鉄棒が差し込まれたマンホールの蓋が道路上に放置されている状
況をある程度手前から視認できたとしても,カラーコーン等の注意喚起がなされ
ていなければ,よもやマンホール内に作業員がいるとは考えないであろうとみら
れることからしても,マンホールの蓋及びマンホールオープナーなど本件マンホ
ールの周囲の状況から,その中にいたX4を容易に発見することができたとはい
えず,X4の本件道路を走行する者に対する注意喚起は全くなされていなかった
といわざるを得ない。
X4が本件マンホールの周囲にカラーコーン等を設置し,あるいは交通誘導の
警備員を配置するなど,道路上において自らの存在を明確に示し,危険が生じな
いようにするための措置を採っていれば,被告もより確実にX4の存在を認識す
ることができ,慎重な運転をすることが可能であって,本件事故を回避し得たと
いえる点で,本件事故の発生にX4の上記不注意が寄与した程度についても決し
て軽視することはできない。
そうすると,本件道路の状況,本件マンホール周囲の状況,被告の運転行為,
本件事故態様等に照らせば,前方不注視という被告の過失が認められる一方,X
4においても本件マンホール内に自己がいることを明確に示す措置を採らなか
ったものであるから,相応の過失があって,その程度は上記のように軽微なもの
とは評価できず,本件事故について,X4の過失割合を5割とするのが相当であ
る。
3既払金の控除及び原告らの損害額
損害額
前記1のとおり,原告らの損害額は合計7588万7766円であり,過失相
殺後の損害額は合計3794万3883円となる。
損害の填補
前記前提となる事実のとおり,原告らは,自賠責保険として平成21年4月
10日に3002万4470円,労災保険の葬儀費として平成23年5月25日
に19万1220円の支払を受けており,これにより,原告らにつき損害の填補
がなされたと認められるから,被告はその価格の限度で賠償義務を免れる。
原告らが自賠責保険から受領した3002万4470円を,平成21年4月1
0日までに生じた遅延損害金62万3450円,元本の順で充当すると,原告ら
の損害賠償請求権の残額は854万2863円となる。
労災保険から葬儀費として受領した19万1220円は原告らの葬儀費用の
損害を填補するものであることから,その損害のみから控除をなし得るところ,
自賠責保険控除後の葬儀費用の損害残額は16万8859円であるので(なお,
自賠責保険については,3002万4470円から遅延損害金62万3450円
を控除した2940万1020円を各損害項目の金額に応じて按分して控除し
た。),16万8859円の限度で損益相殺がなされる。
したがって,これらを控除した損害賠償請求権の額は合計837万4004円
となる。
原告らが相続によって取得した損害賠償請求額
原告らの法定相続分に応じた損害賠償請求権の額は以下のとおりとなる。
ア原告X1418万7002円
イ原告X2及び同X3各209万3501円
弁護士費用の加算
事案の性質及び本件訴訟の経過並びに損害額等に照らすと,本件と相当因果関
係の認められる弁護士費用は,原告X1につき42万円,原告X2及び同X3に
つき各21万円とするのが相当であるから,前記の金額に弁護士費用を加えた
損害賠償請求権の額は以下のとおりとなる。
ア原告X1460万7002円
イ原告X2及び同X3各230万3501円
4以上によれば,原告らの請求は前記3記載の金額及びこれらに対する自賠責保
険の支払日の翌日である平成21年4月11日から支払済みまで年5分の割合に
よる遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容することと
し,主文のとおり判決する。
甲府地方裁判所民事部
裁判長裁判官林正宏
裁判官三重野真人
裁判官小川惠輔

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