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平成28年10月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成28年(ネ)第10042号特許権侵害差止等請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成26年(ワ)第20422号)
口頭弁論終結日平成28年9月21日
判決
控訴人株式会社島野製作所
同訴訟代理人弁護士溝田宗司
鮫島正洋
被控訴人アップルインコーポレイテッド
被控訴人AppleJapan合同会社
上記両名訴訟代理人弁護士
長沢幸男
矢倉千栄
石原尚子
金子晋輔
蔵原慎一朗
雲居寛隆
同弁理士大塚康徳
同補佐人弁理士大塚康弘
大戸隆広
大出純哉
江嶋清仁
主文
1本件各控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人らは,原判決別紙被告製品目録記載1及び2の各製品の使用,譲渡,
輸入又は譲渡の申出をしてはならない。
3被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して6億6888万0740円及びこれ
に対する被控訴人アップルインコーポレイテッド(以下「被控訴人アップル」とい
う。)につき平成26年10月16日(訴状送達の日の翌日)から,被控訴人App
leJapan合同会社(以下「被控訴人アップルジャパン」という。)につき同
年8月30日(訴状送達の日の翌日)から,各支払済みまで年5分の割合による金
員を支払え。
4訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
5この判決は,仮に執行することができる。
第2事案の概要
1訴訟の概要(略称は,特に断らない限り,原判決に従う。)
⑴本件は,控訴人が,被控訴人らに対し,控訴人は,本件特許権を有しており,
被控訴人らによる原判決別紙被告製品目録記載の1及び2の各製品(被告製品)の
輸入及び販売が本件特許権を侵害するとして,①特許法100条1項に基づき,被
告製品の使用,譲渡,輸入,譲渡の申出の差止めを求めるとともに,②不法行為(民
法709条)に基づき,本件特許権の設定の登録がされた平成26年1月10日か
ら訴え提起の前日である同年8月5日までの特許法102条3項による損害の賠償
等及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
⑵原判決は,被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないとして,控訴人の請
求をいずれも棄却した。
控訴人は,原判決を不服として控訴した。
2前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によ
り認められる事実を含む。)
以下のとおり付加訂正するほかは,原判決の事実及び理由第2の1記載のとおり
であるから,これを引用する。
⑴原判決4頁16行目から5頁4行目を,以下のとおり改める。
「ウ本件発明は,以下の各構成要件に分説される。
A管状の本体ケース内に収容されたプランジャーピンの該本体ケースからの突
出端部を対象部位に接触させて電気的接続を得るための接触端子であって,
B前記プランジャーピンは前記突出端部を含む小径部及び前記本体ケースの管
状内周面に摺動しながらその長手方向に沿って移動自在の大径部を有する段付き丸
棒であり,
C前記プランジャーピンの前記突出端部を前記本体ケースから突出するように
前記本体ケースの管状内部に収容したコイルバネで付勢し,
D前記プランジャーピンの中心軸とオフセットされた中心軸を有する前記大径
部の略円錐面形状を有する傾斜凹部に,押付部材の球状面からなる球状部を前記コ
イルバネによって押圧し,前記大径部の外側面を前記本体ケースの管状内周面に押
し付けることを特徴とする接触端子。」
⑵原判決5頁4行目末尾の後に,行を改めて以下のとおり付加する。
「⑶本件発明についての特許無効審判
ア被控訴人アップルは,平成27年,本件特許の特許請求の範囲請求項1(本
件発明)及び2に係る発明について特許無効審判を請求し,特許庁は,これを,無
効2015-800030号事件として審理した。
審判長は,平成28年2月12日付けで,控訴人に対し,本件特許に係る出願は,
特許法44条1項に規定する要件を満たしておらず,優先権の主張も認められない
ところ,上記各発明は,いずれも原出願の公開特許公報に記載された発明であるか
ら,同法29条1項3号の発明に該当し,特許を受けることができず,これらの発
明に係る特許は,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである旨の審
決の予告をした(甲50)。
イ控訴人は,上記審決の予告を受けて,平成28年4月18日付けで,特許請
求の範囲請求項1及び2の訂正を請求した(甲51の1・2。以下「本件訂正」と
いう。)。本件訂正後の請求項1は,以下のとおりである。文中の「/」は,原文
の改行箇所を示し,下線部は,訂正箇所を示す。
【請求項1】管状の本体ケース内に収容されたプランジャーピンの該本体ケースか
らの突出端部を対象部位に接触させて電気的接続を得るための接触端子であって,
/前記プランジャーピンは前記突出端部を含む小径部及び前記本体ケースの管状内
周面に摺動しながらその長手方向に沿って移動自在の大径部を有する段付き丸棒で
あり,前記プランジャーピンの前記突出端部を前記本体ケースから突出するように
前記本体ケースの管状内部に収容した絶縁体被膜を有するコイルバネで付勢し,/
前記プランジャーピンの中心軸とオフセットされた中心軸を有する前記大径部の略
円錐面形状を有する傾斜凹部に,球の球状面からなる球状部を前記コイルバネによ
って押圧し,前記大径部の外側面を前記本体ケースの管状内周面に押し付けること
を特徴とする接触端子。
ウ特許庁は,平成28年8月16日,本件訂正を認めた上,本件特許を無効と
するとの審決をした(乙55)。」
⑶原判決5頁5行目「⑶」を「⑷」と改める。
⑷原判決5頁10行目から11行目の「構成要件D2」を「構成要件D」と改
める。
⑸原判決5頁13行目の後に,行を改めて以下のとおり付加する。
「⑸被告製品は,本件発明の構成要件AからCを充足しており,この点につき,
当事者間に争いはない。」
3争点
⑴文言侵害の成否-構成要件Dの充足性
ア「略円錐面形状を有する傾斜凹部」について
イ「押付部材の球状面からなる球状部」について
ウ「押圧」について
⑵均等侵害の成否
⑶本件特許の無効理由の有無
ア冒認出願
イ共同出願違反
ウ特開2004-179066号公報(乙21)による進歩性の欠如
エ特表2006-501475号公報(乙22)による進歩性の欠如
オ補正要件及び分割要件違反
⑷本件訂正による無効理由の解消の有無と侵害の成否
⑸被控訴人アップルの実施権の有無
⑹損害額
第3当事者の主張
1争点⑴(文言侵害の成否-構成要件Dの充足性)について
〔控訴人の主張〕
⑴本件発明の課題解決原理について
電源アダプタのコネクタ部分がPC等の電気的接続を得るための対象と接続され
ると,コネクタに組み込まれたプランジャーピンと共にコイルバネが押し込まれ,
コイルバネによる弾性力が働き,押付部材に伝達されるところ,本件発明において
は,押付部材の球状面からなる球状部と接触するプランジャーピンの面が傾斜して
いるので,この傾斜面によって,上記弾性力の向きが変更されてプランジャーピン
に伝達され,プランジャーピンが押し込まれながら傾き始める。押付部材は,球状
面を備えているので,プランジャーピンの傾斜面を回転しながら,あるいは,摩擦
力が低い場合には滑りながら,プランジャーピンを押圧する。それによって,プラ
ンジャーピンは,徐々に傾いて本体ケースに接触し,プランジャーピンから本体ケ
ースに電流が流れる。
従来技術(乙25,27,32等)においては,押付部材の球状部がプランジャ
ーピンの傾斜面上を動く方向が定まらないので,プランジャーピンが傾かず,本体
ケースに接触しないこともあり得た。
そこで,本件発明は,プランジャーピンを確実に傾けることを課題とし(【003
3】),プランジャーピンの端部を傾斜凹部状に切削し,さらに,傾斜凹部の中心軸
を,プランジャーピンの中心軸とオフセットさせることによって,押付部材の球状
部の中心が傾斜凹部の中心軸に向かうようにし,押付部材の球状部が動く方向を安
定させてより確実にプランジャーピンを傾けることを可能にし,上記課題を解決す
るものである。
以上によれば,本件発明の課題解決原理は,押付部材の球状面が押圧されるプラ
ンジャーピンの端部を,オフセットされた中心軸を有する傾斜凹部とすることによ
り,プランジャーピンをより確実に傾け,その結果,比較的大なる電流を流すこと
にある(【0008】,【0033】)。
なお,プランジャーピンに流れる電流の総和は決まっているので,プランジャー
ピンから本体ケースへ確実に電流を流すことができれば,コイルバネに流れる電流
量を相対的に減じることができ,コイルバネの焼切れの防止にもつながる。
⑵被告製品の技術的意義について
被告製品は,プランジャーピンと本体ケースとの4つの接触面から電流を逃がす
仕組みであるか否かはともかく,本件発明と同様に,プランジャーピンの傾斜凹部
とコマ状部材の球状面からなる球状部を接触させることにより,コイルバネの弾性
力が作用する方向を変えてプランジャーピンを傾かせるものである。
なお,被控訴人らは,被告製品は,コマ状部材をプランジャーピンと1点のみで
接触させるものである旨主張するが,上記両部材の材料である金属は,弾性変化す
るものであるから,両部材は,必ず面で接触し,点で接触することはあり得ない。
また,被告製品のコマ状部材は,コイルバネから押圧されてその弾性力を受け止め
ており,同弾性力がコマ状部材と本体ケースとの間の摩擦力よりも大きいときは,
空滑りして傾かず,本体ケースに接触しない(甲4)。
⑶「略円錐面形状を有する傾斜凹部」について
被告製品のプランジャーピンの大径部の底部は,円錐面状に傾斜して凹んでおり,
断面を見ると頂点及び2本の直線があるから,略円錐面形状を有していることは明
らかであり,よって,構成要件Dの「略円錐面形状を有する傾斜凹部」に該当する。
なお,乙第38号証に掲載された被告製品のプランジャーピンの図においては,
底部の形状が傾斜凹部をなしていないが,これは,正確なものではない。甲第32
号証の1・2は,被告製品の正確な設計図であり,同図によれば,プランジャーピ
ンの底部は傾斜凹部となっている。
⑷「押付部材の球状面からなる球状部」について
ア「押付部材」の意義
(ア)特許請求の範囲の記載上,「押付部材」については,「球状面からなる球状
部」を備えるものとして特定されているにとどまり,前記⑴の本件発明の課題解決
原理に照らしても,①構成要件Dの「押付部材」は,傾斜凹部との接触面が球状で
あれば足りること,②プローブピンの押付部材として非球体のものを採用すること
は,本件優先日当時,技術常識であったことなどから,上記記載の字義どおり,「球
状面からなる球状部」を備えていれば足りると解すべきである。
そして,被告製品のコマ状部材は,一部に球状面があり,「球状面からなる球状部」
を備えていることから,構成要件Dの「押付部材」に該当する。
(イ)被控訴人らは,構成要件Dの「押付部材」が「球」に限られる旨主張し,
原判決も,同旨の判断をした。
しかし,前記(ア)のとおり,本件発明の課題解決原理の実現には,押付部材の一
部に球状面があれば足り,押付部材が「球」であることまでは要しないものという
べきである。
イ禁反言について
被控訴人らは,控訴人が構成要件Dの「押付部材」の意義について前記アのとお
り主張することは,出願経過に照らし,禁反言に当たる旨主張する。
しかし,控訴人は,出願経過において,「押付部材」を「球」に限定する趣旨の主
張をしたことはない。控訴人は,早期審査に関する事情説明書において,「本願請求
項1のようなボール」という表現を用いたが,これは,オフセットされた円錐形斜
面の有無の点を強調する文脈におけるものであり,押付部材の形状に焦点を当てた
記載ではなく,上記表現は,説明の便宜のためのものにすぎない。また,控訴人は,
平成25年10月25日付け拒絶理由通知(乙4。以下「本件拒絶理由通知」とい
う。)を受けて,特許請求の範囲請求項1の「少なくとも一部に球状面を有する押付
部材」との記載を,同年11月8日付けで「押付部材の球状面からなる球状部」と
補正した(乙6。以下「本件補正」という。)が,これは,本件補正前の記載では,
押付部材が球状面を有するのか,球状部が球状面を有するのか,読み方によって混
同が生じるおそれがあったので,そのおそれを解消することなどを意図したもので
あり,「押付部材」を「球」に限定する趣旨を含むものではなかった。
⑸「押圧」について
ア「押圧」の意義及び被告製品における構成について
「押圧」は,通常,「圧して押さえ付けること」を意味する語であるところ,プラ
ンジャーピンの大径部の傾斜凹部に対し,押付部材の球状部を圧して押さえ付けれ
ば,前記⑴の本件発明の課題解決原理を実現することができる。したがって,構成
要件Dの「押圧」の意義は,上記の通常の語義に従って解すべきである。
被告製品において,コイルバネは,プランジャーピンの大径部の傾斜凹部の底部
に対し,コマ状部材の球状部を圧して押さえ付けているのであるから,このように
押さえ付けることは,構成要件Dの「押圧」に該当する。
イ被控訴人らの主張について
被控訴人らは,構成要件Dの「押圧」の意義につき,押付部材がプランジャーピ
ンの大径部の傾斜凹部と円周状に接触して押圧されることを意味する旨主張するが,
前記アによれば,同主張のように限定解釈する理由はない。すなわち,本件発明に
おいては,コイルバネによる弾性力が高まるにつれて,プランジャーピンの傾斜凹
部と押付部材の球状部との接触面が徐々に移動するところ,①傾斜凹部と球状部と
の間の摩擦力と,球状部が傾斜面を転がる力との関係や②傾斜凹部のオフセットの
度合いによって,上記接触面が円周状となることも,被控訴人らのいう1点接触(前
記⑵のとおり,正確には面接触)となることもある。
⑹小括
したがって,被告製品は,構成要件Dを充足する。
〔被控訴人らの主張〕
⑴本件発明と被告製品の技術的思想の相違について
ア被告製品の技術的意義について
被告製品は,球状面を含む接触部及び円柱状部材を有する導電性のコマ状部材を
押付部材として採用し,コマ状部材の中心軸とプランジャーピン底面の最深位置を
ずらし,このコマ状部材をプランジャーピンと1点のみで接触させ,あえて不安定
な状態にするものである。それによって,コイルバネにより付勢されているコマ状
部材は,平衡状態を得るために本体ケースと2点で接触する。したがって,被告製
品は,プランジャーピンが本体ケースと2点で接触することによって確保されてい
る2つの電流路に加え,上記のとおり本体ケースと2点で接触する導電性のコマ状
部材を介した2つの電流路が確保されることになる。よって,合計で4つの電流路
が確保されるので,被告製品全体の接触抵抗が減り,コイルバネに電流が流れる可
能性が減少することから,コイルバネに電流を流すことなく,多量の電流を本体ケ
ースに流すことができる。さらに,コイルバネとして絶縁被膜を与えたものを用い
ることによって,コイルバネの消耗を抑えている。
イ本件発明と被告製品の技術的思想の相違について
前記アのとおり,被告製品は,押付部材としてのコマ状部材をあえて不安定な状
態にするとともに,導電性のコマ状部材を通じて電流をプランジャーピンから本体
ケースに流し,また,絶縁被膜を与えたコイルバネを用いるというものである。し
たがって,押付部材としての絶縁球を傾斜面の中心軸上に安定させることによって,
コイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから,押付部材を通さずに,
本体ケースへ電流を流すという本件発明とは,コイルバネを消耗させずに流れる電
流量を増やすという技術的思想が根本的に異なる。
ウ控訴人の主張について
控訴人は,被告製品のコマ状部材は,コイルバネから押圧されてその弾性力を受
け止めており,同弾性力がコマ状部材と本体ケースとの間の摩擦力よりも大きいと
きは,空滑りして傾かず,本体ケースに接触しない旨主張する。
しかし,控訴人が上記主張の根拠とする甲第4号証に掲載されている被告製品の
写真は,立体物を一方の面からのみ撮影したものであるから,同写真のみをもって
被告製品のコマ状部材が傾いているということはできない。また,上記写真には,
プランジャーピンが本体ケース内に完全に押し込まれた状態を撮影したものが含ま
れているが,被告製品は,そのような状態で使用することを想定したものではない。
仮に,被告製品を上記の状態で使用すれば,プランジャーピンが損傷する。さらに,
上記写真からは,コマ状部材が傾いていない様子は,明らかとはいえない。
⑵「略円錐面形状を有する傾斜凹部」について
本件明細書中,「円錐面形状」について特に定義付けはされていない。一般に,「円
錐面」は,「一つの直線の周りに,これと交わるもう一つの直線を一回りさせたとき
に後者の直線が描く曲面」の形や有様を意味することから,「円錐面形状」というこ
とができるためには,「略」という語の有無にかかわらず,回転軸を通る断面に頂点
及び2本の直線が存在しなければならない。
しかし,被告製品のプランジャーピンには,断面において頂点及び直線を有する
円錐面形状がないから,構成要件Dの「略円錐面形状を有する傾斜凹部」に該当し
ない。
⑶「押付部材の球状面からなる球状部」について
ア「押付部材」の意義について
以下の理由により,構成要件Dの「押付部材」は,球に限られると解すべきであ
る。
すなわち,本件明細書記載の全ての構成において球が「押付部材」として用いら
れており(【0024】~【0030】等),他方,球以外の押付部材によって本件
発明の課題が達成され,所期の効果が奏されることは,開示されていない。
また,押付部材が球であることについては,①押付部材の中心を傾斜面24の中
心軸上に位置させることにより(【0032】),押付部材と傾斜面24との接触を安
定させ,結果として接触端子の動作を安定させる,②コイルバネの一方の端部を係
止して,同端部を安定させる(【0028】)という技術的意義がある。
したがって,前記⑴のとおり,本件発明と技術的意義を異にする被告製品におけ
るコマ状部材は,構成要件Dの「押付部材」に該当しない。
イ禁反言について
控訴人は,早期審査に関する事情説明書において,本件補正前の特許請求の範囲
請求項1の「少なくとも一部に球状面を有する押付部材の球状部」という記載中の
「押付部材」が「ボール」であることを認めていた。
また,控訴人は,本件拒絶理由通知において,上記記載につき,原出願に「押付
部材」として記載されていたのは絶縁球のみであり,絶縁球以外の「少なくとも一
部に球状面を有する押付部材」は,記載されていなかったのであるから,上記請求
項1に係る発明は適法な分割出願ではない旨の指摘を受けた。控訴人は,同指摘に
反論することなく,本件補正により,上記請求項1の記載から「少なくとも一部に
球状面を有する」という限定を外して「押付部材の球状面からなる球状部」とした。
控訴人が「少なくとも一部に球状面を有する押付部材」の権利化を放棄したのは
明らかであり,したがって,構成要件Dの「押付部材」は,球と解釈されることに
なる。
以上によれば,構成要件Dの「押付部材」が球に限定されないという控訴人の主
張は,禁反言に当たり,許されないというべきである。
⑷「押圧」について
本件明細書の記載によれば,比較的大なる電流を流し得る接触端子の提供という
本件発明の課題(【0008】)を解決する作用効果を生じさせるためには,球状の
押付部材がプランジャーピンの底面である円錐面の中心軸上に押圧されること,す
なわち,絶縁球を円錐面の中心軸上に安定して位置させることを要する(【0014】,
【0015】)。そして,プランジャーピンの凹穴の底部が略円錐面形状の傾斜面を
有するので,傾斜面の中心軸上に絶縁球の中心を安定して位置させることができる
(【0032】)。このとおり絶縁球を安定して位置させることができるのは,絶縁球
と円錐面形状の傾斜面とが円周状の線で接することによる。
また,控訴人は,早期審査に関する事情説明書において,本件発明は,ボールと
中心軸からオフセットされた円錐傾斜面を用いる点を指摘し,ボールと単なる傾斜
面を用いる従来技術と発明の思想を異にする旨を述べており,両者の差異は,絶縁
球とプランジャーピンとが円周状に接触するか,1点で接触するか,という点にあ
る。
これらの本件明細書の記載及び出願経過を参酌すれば,構成要件Dの「押圧」は,
押付部材がプランジャーピンの大径部の傾斜凹部と円周状に接触して押圧されるこ
とをいうものと解すべきである。
しかし,被告製品は,前記⑴のとおり本件発明と異なる技術的意義により,押付
部材であるコマ状部材がプランジャーピンと1点でのみ接触して押圧されており,
したがって,コマ状部材による「押圧」は,構成要件Dの「押圧」に該当しない。
⑸小括
したがって,被告製品は,構成要件Dを充足しない。
2争点⑵(均等侵害の成否)について
〔控訴人の主張〕
仮に,本件発明の構成要件Dの「押付部材」が球に限定されることから,押付部
材としてコマ状部材を用いている被告製品は,構成要件Dを充足しないものとして
文言侵害が認められないとしても,本件においては,以下のとおり均等侵害が成立
する。
⑴均等の第1要件(非本質的部分)について
本件発明は,比較的大きな電流を流し得るポゴピンの提供を目的として,従来技
術では実現できなかった「コイルバネ31によってプランジャーピン20を付勢す
る方向を,プランジャーピン20の中心軸に対して微小な角度を有する方向とする
ことをより確実にする」(【0033】)ことを課題とし,同課題を解決するために,
「押付部材の球状面からなる球状部」を押圧するプランジャーピンの端部を「前記
プランジャーピンの中心軸とオフセットされた中心軸を有する前記大径部の略円錐
面形状を有する傾斜凹部」としたものである。従来,押付部材を用いたポゴピンに
おいて,押付部材の球状部と接するプランジャーピンの端部をオフセットされた傾
斜凹部に切削した技術は,存在しなかった。このことから,本件発明の課題解決の
ために重要な構成は,球状部に接するプランジャーピンの端部をオフセットされた
傾斜凹部としたことにあり,同構成が,本件発明の本質的部分である。したがって,
押付部材の形状は,本件発明の本質的部分ではない。よって,被告製品は,均等の
第1要件を充足する。
⑵均等の第2要件(置換可能性)について
本件発明の課題解決原理は,押付部材の球状部が押圧されるプランジャーピンの
端部を,オフセットされた中心軸を有する傾斜凹部とすることによって,より確実
にプランジャーピンを傾け,その結果,比較的大きな電流を流すという目的を達成
するというものである(【0008】,【0033】)。
被告製品においても,プランジャーピンの端部のオフセットされた中心軸を有す
る傾斜凹部に接触するのは,コマ状部材の球状部である。したがって,同傾斜凹部
がコマ状部材の球状部に押圧されることによって,より確実にプランジャーピンが
傾き,本体ケースと接触することによって電流路が確保され,比較的大きな電流を
流すことができる。よって,被告製品は,本件発明と同一の目的を達成することが
でき,同一の作用効果を奏することから,均等の第2要件を充足する。
⑶均等の第3要件(置換容易性)について
前記1〔控訴人の主張〕⑵のとおり,被告製品のコマ状部材は,コイルバネから
押圧されてその弾性力を受け止めており,同弾性力がコマ状部材と本体ケースとの
間の摩擦力よりも大きいときは,空滑りして本体ケースに接触しないので,コマ状
部材に電流が流れることはない。仮にコマ状部材が傾いて本体ケースに接触したと
しても,コマ状部材に流れる電流は,微少なものにとどまり,しかも,電流経路及
び電流値が刻一刻と変わる,不安定なものである。加えて,本体ケースがそれ以外
の部材と接触する面数が多いと,摺動性の問題が生じ,より確実にプランジャーピ
ンを傾けることができない場合もあり得ることから,コマ状部材が本体ケースと接
触すると,本来予期していた効果が生じない可能性もある。以上によれば,コマ状
部材には,特有の技術的意義はない。また,コマ状部材は,被告製品の製造時にお
いて既に周知となっていた乙第25号証に記載された球5と押圧部材15とを組み
合わせることによって,容易に構成し得るものである。さらに,コマ状部材は,通
常の切削マシンによって簡単に切削加工することができ,ポゴピンの当業者におい
て容易に製造し得るものである。
以上によれば,当業者は,被告製品の製造時において,押付部材の球を,一部に
球状面を有するコマ状部材に置換することは,容易であったということができる。
よって,被告製品は,均等の第3要件を充足する。
⑷均等の第4要件(対象製品の容易推考性)について
被告製品は,新規性及び進歩性を有する本件発明の技術的意義と同じ技術的意義
を有するものであり,したがって,容易推考性は認められない。
⑸均等の第5要件(特段の事情)について
均等の第5要件の適用については,補正・訂正に係る構成要素についての均等主
張を一律に認めないというのは,相当ではない。出願人の主張や補正により問題と
なる部分がクレームに係る技術的範囲に含まれないと審査官や審判官が判断したわ
けではないことが明らかであり,補正・訂正が公知技術を回避するためにされたも
のではない場合には,外形的にみて被疑侵害物件が技術的範囲から除外されること
になるとはいえないのであるから,補正・訂正に係る構成要素についての均等主張
は,禁反言に当たらないというべきである。
本件補正は,表現を統一するためにされたものであるが,仮に,原判決認定のと
おり,分割要件違反により新規性又は進歩性を欠く旨の本件拒絶理由通知記載の拒
絶理由を回避するためのものであったとしても,原出願の当初明細書に記載されて
いない事項にまで広げてしまった技術的事項を原出願の当初明細書に合致させるた
めにされたものにすぎず,公知技術を回避するためにされたものではない。
〔被控訴人らの主張〕
⑴均等の第1要件(非本質的部分)について
被告製品は,導電性を有するコマ状部材とプランジャーピンとが1点のみで不安
定に接し,プランジャーピン及びコマ状部材と本体ケースとの接点をより確実に確
保して4つの電流路を提供することによって,被告製品の電気抵抗を低減させるこ
とから,被告製品を通る電流の経路につき,コイルバネを通るもの以外の経路が存
在しなくなる可能性を低減させて,コイルバネの消耗を防ぐという特有の技術的思
想を有するものである。他方,本件発明は,従来技術と比較して,接触端子の径を
大きくしないままでコイルバネを流れる電流量を小さくするという課題(【000
7】)を解決するための手段として,絶縁球を円錐面の中心軸上に安定して位置させ
ることによって,コイルバネに電流を流すことなく,接触端子に比較的大きな電流
を流し得る(【0014】)とするものである。
以上のとおり,被告製品と本件発明とは,コイルバネの消耗を防ぐための技術的
思想を構成する特徴的部分が根本的に異なり,したがって,本質的部分において相
違する。よって,被告製品は,均等の第1要件を欠く。
⑵均等の第2要件(置換可能性)について
被告製品におけるコマ状部材は,導電性を有するものであるから,本件発明の「押
付部材」である球をコマ状部材に置換すれば,コイルバネを流れる電流量を小さく
するないし電流を流さないようにするという本件発明の課題(【0014】)は,解
決されず,意図された作用効果も達成されないことになる。よって,被告製品は,
本件発明と同一の目的を達成するものではなく,同一の作用効果を奏するともいえ
ないことから,均等の第2要件を欠く。
⑶均等の第3要件(置換容易性)について
球とコマ状部材とは,明らかに形状を異にするものであり,本件明細書中の球に
関する記載を参酌するとしても,直ちにコマ状部材を認識させるような記載は存在
せず,当業者において球から直ちにコマ状部材を認識するのは,不可能である。
被控訴人らは,被告製品のコマ状部材に対応する部材(ピストン)をバネとプラ
ンジャーピンとの間に配置する構成を採用したバネ式接点に係る特許出願を日米両
国で行っているところ,その審査経過によれば,被告製品の構成は,本件発明の構
成に対して進歩性が認められる。そして,被告製品は,導電性を有するコマ状部材
とプランジャーピンとの不安定な1点接触を利用し,コマ状部材が平衡を保つため
に本体ケースと2点で接触するものであり,コマ状部材に特有の技術的意義がない
ということはできない。
また,コマ状部材は,乙第25号証の記載から得ることのできる組合せに係る技
術ではない。コマ状部材の加工の難易は,置換容易性とは関係のないことである。
控訴人は,被告製品のコマ状部材は,コイルバネから押圧されてその弾性力を受
け止めており,同弾性力がコマ状部材と本体ケースとの間の摩擦力よりも大きいと
きは,空滑りして傾かず,本体ケースに接触しない旨主張するが,前記1〔被控訴
人らの主張〕⑴ウのとおり,同主張には,理由がない。
以上によれば,被告製品は,均等の第3要件を欠く。
⑷均等の第5要件(特段の事情)について
本件特許の出願経過によれば,控訴人において,平成25年10月11日付け手
続補正書(乙17)によって,押付部材につき,原出願の当初明細書等(乙13,
14)記載の「絶縁球」に限定されるものではなく,「少なくとも一部に球状面」を
有する「押付部材」であればよいとの新たな技術的知見に基づき,本件特許の特許
請求の範囲請求項1を「少なくとも一部に球状面を有する押付部材の球状部」とし
たところ,同補正後の発明は,分割要件に違反しており,原出願に係る公開特許公
報との関係で新規性・進歩性を欠く旨の拒絶理由を通知されたことから,これを回
避するために,平成25年11月8日付けの本件補正により,「少なくとも一部に」
という拡張された範囲を削除して,特許査定を受けたことが明らかである。
したがって,「絶縁球」を超える「少なくとも一部に球状面を有する押付部材」は,
本件補正によって,上記拒絶理由通知に係る無効理由を回避するために特許請求の
範囲から除外されたものであるから,その除外されたものにつき,均等論を適用し
て特許権による保護を与えることは,無効理由の潜脱を許すものである。
よって,被告製品は,均等の第5要件を欠く。
3争点⑶(本件特許の無効理由の有無)について
以下のとおり訂正するほかは,原判決9頁8行目から13頁20行目記載のとお
りであるから,これを引用する。
⑴10頁10行目の「D1」,12行目の「D3」及び13行目の「D2」を,
いずれも「D」と改める。
⑵11頁4行目の「D3」,5行目の「D1」,6行目の「D2」及び26行目
の「D1~3」を,いずれも「D」と改める。
⑶12頁18行目及び23行目の各「D2」を,いずれも「D」と改める。
4争点⑷(本件訂正による無効理由の解消の有無と侵害の成否)について
〔控訴人の主張〕
⑴本件訂正による無効理由の解消
控訴人は,特許法134条の2の第1項1号所定の特許請求の範囲の減縮及び同
項4号所定の他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を
引用しないものとすることを目的として,本件特許の特許請求の範囲請求項1につ
き,前記第2の2⑵の本件訂正を請求した。
本件訂正は,特許法134条の2第9項が準用する同法126条5項から7項の
要件を充足する適法なものである。
本件特許の原出願に係る明細書に,「押付部材」として記載されていたのが「絶縁
球」のみであったとしても,本件訂正によって「押付部材」が「球」に限定される
のであるから,本件特許に係る出願は,特許法44条1項に規定する要件を満たす
適法な分割出願となる。よって,本件特許に係る出願は,同条2項本文により,原
出願時である平成23年12月13日にしたものとみなされることとなる。原出願
の公開公報は,本件優先日である同年9月5日よりも後に頒布されたものであるか
ら,本件訂正が確定すれば,被控訴人らが主張する新規性欠如の無効理由は解消さ
れる。また,被控訴人らが主張する補正要件違反の無効理由も解消される。
⑵均等侵害の成立
前記2〔控訴人の主張〕と同様の理由により,被告製品については,本件訂正後
の発明に係る均等侵害が成立する。
〔被控訴人らの主張〕
⑴本件訂正による無効理由の解消について
本件訂正後の発明においては,「球」の「球状部」とそれ以外の部分とを区別した
上で,「球状部」のみによってプランジャーピンを押圧しなければならなくなるが,
本件明細書には,「球」における「球状部」に関する記載はなく,その特定について
は開示されていないことから,本件訂正は,本件特許出願の願書に添付された明細
書,特許請求の範囲及び図面に記載された事項の範囲を超えて新たな技術的事項を
導入するものであり,特許法134条の2第9項が準用する同法126条5項に反
し,許されない。
⑵均等侵害の成立について
本件訂正が適法だとしても,前記2〔被控訴人らの主張〕と同様の理由により,
被告製品について,本件訂正後の発明に係る均等侵害は,成立しない。
5争点⑸(被控訴人アップルの実施権の有無)について
原判決13頁22行目から14頁2行目記載のとおりであるから,これを引用す
る。
6争点⑹(損害額)について
原判決14頁4行目から16行目記載のとおりであるから,これを引用する。
第4当裁判所の判断
1本件発明について
本件発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2のとおりであるところ,本件明
細書には,おおむね,次の記載がある(甲2。下記記載中に引用する図面について
は,別紙1参照)。
⑴技術分野
本発明は,電源への接続及びプリント基板や電子部品などの検査における電気的
接続を得る目的で使用される接触端子に関し,特に,比較的大きな電流を流し得る
接触端子に関する(【0001】)。
⑵背景技術
ア電源への接続,プリント基板や電子部品などの検査に使用される接触端子は,
基板上の端子にその一端部を接触させながら電気的接続を得るための部品である。
多くの接触端子は,金属製の本体ケースに設けられた長穴にコイルバネを挿入した
上でプランジャーピンを挿入し,本体ケースからプランジャーピンの先端部分のみ
が突出する位置を保持されるというものである。プリント基板等の接点等の電気的
接続を得ようとする対象部位に,上記の突出したプランジャーピンの先端部分を本
体ケースとともに押し付けると,プランジャーピンは,本体ケースの長穴に沿って
摺動しながら相対的に後方移動,すなわち長穴の奥に向かって移動し,上記対象部
位からプランジャーピンを介して本体ケースに電流が流れ,上記対象部位とプラン
ジャーピンとの互いの電気的接続が図られる(【0002】)。
イ上記対象部位からプランジャーピンを介して本体ケースに比較的大きな電流
が流れる際,その電流がコイルバネに流れると,コイルバネが抵抗加熱によって焼
き切れてしまうことがある。そこで,コイルバネに電流を流さないような機構を備
えた接触端子が開発されている(【0003】)。
例えば,特開平6-61321号公報は,プランジャーピンとコイルバネとの間
に絶縁球を介在させた接触端子としてのコンタクトプローブを開示している。プラ
ンジャーピンとコイルバネが絶縁球により絶縁されるので,コイルバネに電流を流
すことなく,プランジャーピンから本体ケースに電流を流すことができる。また,
プランジャーピンの本体ケース内の端部が斜面となっていて,絶縁球がプランジャ
ーピンを本体ケースの長穴の内面に押し付けることができるようになっており,こ
れによって,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことができる
(【0004】,【0006】)。
⑶発明が解決しようとする課題
接触端子の径(幅)を大きくして電流路の断面積を大きくすれば,単位面積当た
りを通過する電流量を小さくすることができ,結果として,コイルバネを流れる電
流量を小さくすることができる。しかしながら,一般的に,コネクタ等を使わずに
接触端子を用いようとする電気機器は,小型化を要求され,プリント基板等の上に
ある端子や接点の設置密度が高い。このような各種の機器に対応して接触端子を使
用できるようにするためには,断面積を大きくするために接触端子の径(幅)を大
きくすることは,好ましくない(【0007】)。
本発明の目的は,比較的大きな電流を流し得る接触端子を提供することにある
(【0008】)。
⑷課題を解決するための手段
本発明による接触端子は,本体ケースに設けられた非貫通長穴に挿入したプラン
ジャーピンの本体ケースからの突出端部を対象部位に接触させて電気的接続を得る
ための接触端子であって,プランジャーピンは,①突出端部を含む小径部及び②非
貫通長穴の内面に摺動しながらその長手方向に沿って移動自在の大径部を有する段
付き丸棒であり,大径部の端部からその長手方向に沿って大径部の少なくとも側面
部の一部を残すように切削部を与えて同切削部内に少なくとも絶縁表面を有する絶
縁球を収容し,非貫通長穴と絶縁球との間にコイルバネを介在させてプランジャー
ピンの突出端部を本体ケースから突出するように付勢していることを特徴とする
(【0009】)。
このような発明によれば,プランジャーピンの突出端部を本体ケースから突出す
るように付勢するコイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケ
ースへ確実に電流を流すことができ,接触端子に比較的大きな電流を流し得る(【0
010】)。
前記切削部は,袋孔であることを特徴としてもよい。絶縁球の位置を袋孔の内部
に収容して安定させることができ,コイルバネに電流を流すことなく,プランジャ
ーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことができ,接触端子に比較的大きな電
流を流し得る(【0013】)。
前記切削部としての前記袋孔の底面は,円錐面であることを特徴としてもよい。
絶縁球を円錐面の中心軸上に安定して位置させることができるので,コイルバネに
電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことが
でき,接触端子に比較的大きな電流を流し得る(【0014】)。
前記切削部としての前記袋孔の前記円錐面の中心軸は,プランジャーピンの中心
軸とオフセットされていることを特徴としてもよい。プランジャーピンの大径部の
外側面を本体ケースの内周面により強く押し付けて,プランジャーピンから本体ケ
ースへ確実に電流を流すことができ,接触端子に比較的大きな電流を流し得る(【0
015】)。
⑸発明を実施するための形態
ア【図1】のとおり,接触端子10は,樹脂等の絶縁体から成る板状ブロック
体に貫通穴を設けたソケット1に収容されており,ソケット1の両主面から,ピン
部12及びプランジャーピン20を突出させている。プランジャーピン20は,そ
の先端部を,電気的に接続を得ようとする対象部位,例えば,電極ブロック4上に
配置された電極5に接触させられる。このようにして,接触端子10は,電源への
接続を得るために使用される(【0021】)。
イ【図2】に【図3】を併せて参照すると,接触端子10は,本体ケース11
及びプランジャーピン20を有している。
本体ケース11は,真鍮等の導電体金属から成る略円柱形状のものであり,その
中心軸に沿って,長穴13が削孔されている。長穴13の底部には,略円柱形状を
した袋状の凹穴であるバネ収容穴14があり,バネ収容穴14の底部には,略円錐
面形状の傾斜面15が形成されている。長穴13の開口端部16とは反対側の端部
には,軸方向に突出した略円柱形状のピン部12がある。
プランジャーピン20は,長穴13に収容されている(【0022】)。
プランジャーピン20は,段付き丸棒形状であり,①その小径部側を構成するピ
ン部21,②大径部22及び③①と②の境界部となる段部22aとを有している。
大径部22は,長穴13の内面と接触しながら移動することができ,すなわち,
長穴13に対して摺動自在であり,プランジャーピン20を本体ケース11の中心
軸に沿って移動自在とさせる。大径部22は,その端部から中心軸に沿って削孔さ
れた略円柱形状をした袋状の凹穴23を有し,すなわち,凹穴23を画定する大径
部22の一部である側周部25を残存させた切削部が設けられており,凹穴23の
底部には,略円錐面形状の傾斜面24がある(特に,【図3】(b)参照。【0023】)。
ウ凹穴23の内部には,セラミックス等の絶縁体から成る絶縁球30が収容さ
れている。絶縁球30は,導電性を有する金属等の球体に絶縁被膜を与えたもので
あってもよい。絶縁球30の直径は,凹穴23に収容されるよう,凹穴23の内径
よりも小であるとともに,バネ収容穴14の直径よりも大である(【0024】)。
絶縁球30には,圧縮バネから成るコイルバネ31がその一端部を当接させてい
る。コイルバネ31は,他端部をバネ収容穴14の傾斜面15に当接させ,その近
傍をバネ収容穴14に収容させている。コイルバネ31は,バネ収容穴14の傾斜
面15に支えられ,絶縁球30を介してプランジャーピン20を本体ケース11か
ら突出させる方向に付勢している。なお,コイルバネ31には,絶縁体被膜を与え
られていてもよい(【0025】)。
エ本実施例によれば,コイルバネ31の外径は,バネ収容穴14の内径より小
さく,他方,絶縁球30の外径は,コイルバネ31の内径よりも大きいことから,
絶縁球30がコイルバネ31の内部に入り込むことはない。よって,コイルバネ3
1は,絶縁被膜を与えられた場合にその被膜がはがれ落ちたとしても,介在する絶
縁球30に確実に阻まれてプランジャーピン20に接触し得ず,プランジャーピン
20に対して確実に絶縁される。つまり,プランジャーピン20に比較的大きな電
流を流しても,コイルバネ31の焼切れを確実に防止することができる(【002
7】)。
コイルバネ31は,圧縮バネであり,絶縁球30により一方の端部の位置を安定
させられるものの,両端部から圧縮されるとその中心軸をわずかにゆがませる。そ
のため,プランジャーピン20は,絶縁球30を介して,コイルバネ31によって,
本体ケース11の中心軸に対して微小な角度を有する方向に付勢される。これによ
って,プランジャーピン20の大径部22を確実に長穴13の内面に接触させなが
らも,その接触圧力を過度に高めることもない。また,プランジャーピン20は,
絶縁球30を凹穴23に収容しているので,凹穴23の外周側において大径部22
を軸方向に延長させた側周部25を有し,その表面積をより大きくさせている。よ
って,大径部22をより確実に長穴13の内面に接触させることができる。つまり,
プランジャーピン20に比較的大きな電流を流しても,プランジャーピン20から
本体ケース11へ確実に電流を流すことができる(【0028】)。
加えて,絶縁球30は,凹穴23に収容されているので,長穴13と接触せず,
これに対して摺動することがない。また,絶縁球30は,凹穴23に接触するが,
その内部において微小な摺動や回転をし得るにすぎない。例えば,絶縁球30がプ
ランジャーピン20に比べて硬度の高い材質であった場合などでも,その摺動や転
動による凹穴23からの摩耗粉等の発生を抑制し,摩耗粉等によるプランジャーピ
ン20の摺動不良を防ぐことができる(【0029】)。
さらに,プランジャーピン20の凹穴23の底部には,略円錐面形状の傾斜面2
4が形成されているので,絶縁球30は,その中心を,傾斜面24の中心軸上に安
定して位置させることができる。これにより,コイルバネ31の絶縁球30に対す
る接触位置を安定させることができ,コイルバネ31の絶縁をより確実なものにす
ることができる。凹穴23に対する絶縁球30の位置を安定させることで,絶縁球
30の微小な摺動や回転をより減じて,摩耗粉等の発生をより抑制する(【003
2】)。
オまた,傾斜面24の中心軸は,プランジャーピン20の中心軸からオフセッ
トされていることが,好ましい。本実施例においては,【図3】(b)に示すように
傾斜面24の中心軸M2は,凹穴23の中心軸とともにプランジャーピン20の中
心軸M1からオフセットされている。これによれば,コイルバネ31によってプラ
ンジャーピン20を付勢する方向を,プランジャーピン20の中心軸に対して微小
な角度を有する方向とすることをより確実にする。よって,プランジャーピン20
と本体ケース11との摺動を妨げない程度に大径部22を長穴13の内面に押し付
けることができる。つまり,より確実にプランジャーピン20から本体ケース11
へ電流を流すことができる(【0033】)。
2争点⑴(文言侵害の成否-構成要件Dの充足性)について
⑴構成要件Dの「押付部材の球状面からなる球状部」について
ア特許請求の範囲の記載
特許請求の範囲請求項1の記載によれば,前記第2の2⑴のとおり,「押付部材の
球状面からなる球状部」は,コイルバネによって,プランジャーピンの大径部の傾
斜凹部に「押圧」されることにより,プランジャーピンの大径部の外側面に力を加
え,これを本体ケースの管状内周面に押し付けるものである。また,「押付部材」は,
「球状面からなる球状部」を有するものであるが,特許請求の範囲請求項2に,「前
記押付部材は絶縁表面を有する絶縁球からなることを特徴とする請求項1記載の接
触端子。」と記載されていることから,「押付部材」の一態様として「絶縁球」から
成るものがあることは,明らかである。
イ本件明細書の記載
(ア)本件明細書中,「押付部材」という語は記載されていないものの,前記1の
とおり,絶縁球については,以下の記載が見られる。
aすなわち,背景技術につき,コイルバネに電流を流さない機構を備えた接触
端子として,プランジャーピンとコイルバネとの間に絶縁球を介在させた接触端子
が開発されており,その接触端子においては,プランジャーピンの本体ケース内の
端部が斜面となっていて,絶縁球がプランジャーピンを本体ケースの長穴の内面に
押し付けることができ,これによって,プランジャーピンから本体ケースへ確実に
電流を流すことができる(【0003】,【0004】,【0006】)との記載がある。
b小型化の要請にこたえて接触端子の径(幅)を大きくすることなく,コイル
バネを流れる電流量を小さくしながら,比較的大きな電流を流し得る接触端子の提
供という課題(【0007】,【0008】)を解決するための手段につき,本体ケー
スの非貫通長穴に挿入したプランジャーピンの大径部に切削部を与えてその切削部
内に絶縁球を収容し,非貫通長穴と絶縁球との間にコイルバネを介在させてプラン
ジャーピンの突出端部を本体ケースから突出するように付勢することによって,コ
イルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を
流すことができるとの記載(【0009】,【0010】)がある。なお,「前記切削部
は,袋孔であることを特徴としてもよい。」(【0013】),「前記切削部としての前
記袋孔の底面は,円錐面であることを特徴としてもよい。」(【0014】)との記載
によれば,大径部に与えられた切削部とは,構成要件Dの「大径部の略円錐面形状
を有する傾斜凹部」に相当するものということができる。
そして,プランジャーピンの大径部に与えられた切削部内,すなわち,「大径部の
略円錐面形状を有する傾斜凹部」に絶縁球を収容することに関し,凹穴23は,大
径部22の端部から中心軸に沿って削孔された袋状のものであり,底部に略円錐面
形状の傾斜面24がある(【0023】)ことから,「大径部の略円錐面形状を有する
傾斜凹部」に相当するものであるところ,概要,「プランジャーピン20は,絶縁球
30を,大径部22の端部から中心軸に沿って削孔された袋状の凹穴23に収容し
ているので,凹穴23の外周側において大径部22を軸方向に延長させた側周部2
5を有し,その表面積をより大きくさせており,よって,大径部22をより確実に
長穴13の内面に接触させることができ,プランジャーピン20に比較的大きな電
流を流しても,プランジャーピン20から本体ケース11へ確実に電流を流すこと
ができる」(【0023】,【0028】)との記載がある。
c発明を実施するための形態につき,【図2】とともに,「…コイルバネ31は,
…絶縁球30を介してプランジャーピン20を本体ケース11から突出させる方向
に付勢している。」(【0025】),「プランジャーピン20は,絶縁球30を介して,
コイルバネ31によって,…付勢される。これによって,プランジャーピン20の
大径部22を確実に長穴13の内面に接触させながらも,その接触圧力を過度に高
めることもない。」(【0028】)との記載がある。
(イ)以上の記載によれば,絶縁球につき,小型化の要請にこたえて接触端子の
径(幅)を大きくすることなく,コイルバネを流れる電流量を小さくしながら,比
較的大きな電流を流し得る接触端子の提供という,本件発明の課題を解決するため
の構成として,①コイルバネとプランジャーピンとの間に介在するものであり,コ
イルバネの付勢を受けてその力をプランジャーピンに伝達し,その力によって,プ
ランジャーピンの突出端部を本体ケースから突出させるとともに,プランジャーピ
ンの大径部を本体ケースの管状内周面に接触させるものであること,②「大径部の
略円錐面形状を有する傾斜凹部」内に収容されているので,同傾斜凹部の外周側に
おいて大径部を軸方向に延長させた側周部があり,大径部の表面積をより大きくし
て,大径部をより確実に本体ケースの管状内周面に接触させることが開示されてい
る。
上記①に関し,プランジャーピンの突出端部は,プランジャーピンの小径部に含
まれるものであり,プランジャーピンの大径部は,本体ケースの管状内周面に摺動
しながらその長手方向に沿って移動自在のものである(構成要件B)。
したがって,絶縁球がコイルバネの付勢を受けてプランジャーピンに伝達する力
は,プランジャーピンの突出端部を本体ケースから突出させるために,小径部の方
向,すなわち,プランジャーピンの軸方向に作用するとともに,プランジャーピン
の大径部をその外側にある本体ケースの管状内周面に接触させるために,プランジ
ャーピンの軸に対して垂直の方向にも作用しなければならない。
ウ「押付部材」の意義
前記アのとおり,「押付部材」の一態様として「絶縁球」から成るものがあること
から,本件明細書には,「押付部材」についても,上記イと同様の内容が開示されて
いるものということができる。
したがって,「押付部材」は,「球状面からなる球状部」を有するものであり,本
件明細書において,小型化の要請にこたえて接触端子の径(幅)を大きくすること
なく,コイルバネを流れる電流量を小さくしながら,比較的大きな電流を流し得る
接触端子の提供という,本件発明の課題を解決するための構成として,①コイルバ
ネとプランジャーピンとの間に介在するものであり,コイルバネの付勢を受けてそ
の力をプランジャーピンに伝達し,同力を,プランジャーピンの軸方向に作用させ
てプランジャーピンの突出端部を本体ケースから突出させるとともに,プランジャ
ーピンの軸に対して垂直の方向に作用させてプランジャーピンの大径部を本体ケー
スの管状内周面に接触させるものであること,②「大径部の略円錐面形状を有する
傾斜凹部」内に収容されているので,同傾斜凹部の外周側において大径部を軸方向
に延長させた側周部があり,大径部の表面積をより大きくして,大径部をより確実
に本体ケースの管状内周面に接触させることが開示されている。
そして,本件発明は,コイルバネの付勢により,「押付部材」の「球状面からなる
球状部」を,プランジャーピンの大径部の「傾斜凹部」に「押圧」することによっ
て,上記付勢に係る力を「押付部材」を介してプランジャーピンに伝達する際,プ
ランジャーピンの軸方向及び軸に対して垂直の方向に作用させるものと解される。
⑵構成要件Dの「前記プランジャーピンの中心軸とオフセットされた中心軸を
有する前記大径部の略円錐面形状を有する傾斜凹部」について
ア傾斜凹部を略円錐面形状とすることについて
前記1のとおり,本件明細書には,「前記切削部としての前記袋孔の底面は,円錐
面であることを特徴としてもよい。絶縁球を円錐面の中心軸上に安定して位置させ
ることができるので,コイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本
体ケースへ確実に電流を流すことができ,接触端子に比較的大きな電流を流し得る」
(【0014】)との記載があり,同記載によれば,傾斜凹部を略円錐面形状とする
ことによって,押付部材の球状面からなる球状部の中心を傾斜凹部の中心軸上に安
定して位置させることができ,それにより,押付部材を介してプランジャーピンに
伝達されるコイルバネの付勢に係る力の方向を安定させ,プランジャーピンの大径
部を確実に本体ケースの管状内周面に接触させて本体ケースへ確実に電流を流すこ
とができ,前記の本件発明の課題を解決することができる。
イ傾斜凹部の中心軸がプランジャーピンの中心軸とオフセットされていること
について
前記1のとおり,本件明細書には,コイルバネは,両端部から圧縮されるとその
中心軸がわずかにゆがむので,押付部材を介してプランジャーピンを付勢する際,
本体ケースの中心軸に対して微小な角度を有する方向に付勢し,そのように付勢す
ることによって,プランジャーピンの大径部を確実に本体ケースの管状内周面に接
触させつつも,その接触圧力を過度に高めることもない旨が記載されている(【00
28】)。
また,本件明細書には,上記オフセットに関し,「前記切削部としての前記袋孔の
前記円錐面の中心軸は,プランジャーピンの中心軸とオフセットされていることを
特徴としてもよい。プランジャーピンの大径部の外側面を本体ケースの内周面によ
り強く押し付けて,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことがで
き,接触端子に比較的大きな電流を流し得る」(【0015】),「傾斜面24の中心軸
は,プランジャーピン20の中心軸からオフセットされていることが,好ましい。
…これによれば,コイルバネ31によってプランジャーピン20を付勢する方向を,
プランジャーピン20の中心軸に対して微小な角度を有する方向とすることをより
確実にする。よって,プランジャーピン20と本体ケース11との摺動を妨げない
程度に大径部22を長穴13の内面に押し付けることができる。つまり,より確実
にプランジャーピン20から本体ケース11へ電流を流すことができる。」(【003
3】)との記載がある。
これらの記載によれば,コイルバネが,押付部材を介して,プランジャーピンを
本体ケースの中心軸に対して微小な角度を有する方向に付勢することは,プランジ
ャーピンの大径部を確実に本体ケースの管状内周面に接触させつつも,その接触圧
力を過度に高めることもないという効果を奏するものであるところ,傾斜凹部の中
心軸がプランジャーピンの中心軸とオフセットされている場合,コイルバネがプラ
ンジャーピンを上記方向に付勢することを確実なものとするということができる。
⑶構成要件Dの「押圧」について
前記⑴ウ及び⑵アによれば,「押圧」とは,コイルバネの付勢に係る力を「押付部
材」を介してプランジャーピンに伝達するものであり,その際,上記力をプランジ
ャーピンの軸方向のみならず,軸に対して垂直の方向に作用させることによって,
プランジャーピンの大径部の外側面を本体ケースの管状内周面に接触させるととも
に,押付部材の球状面からなる球状部の中心を傾斜凹部の中心軸上に安定して位置
させることによって,ブランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流し,前記
の本件発明の課題を解決するものであると解される。
⑷被告製品の充足性について
ア被告製品と本件発明との技術的意義の相違について
(ア)被告製品の構成について
被告製品は,別紙2のとおり,プランジャーピン,コマ状部材,コイルバネ及び
本体ケースによって構成されており,前記第2の2⑸のとおり,本件発明の構成要
件AからCを充足するものである。
(イ)本件発明と被告製品の技術的意義の相違について
証拠(甲4,甲32の1・2,乙38,54)及び弁論の全趣旨によれば,被告
製品の技術的意義につき,以下のとおり認められる。
プランジャーピンは,その大径部に略円錐面形状を有する傾斜凹部を備えている
ものであるが,コイルバネにより付勢されて本体ケースの内周面に左右2箇所で接
触するように設計されている。コマ状部材は,導電性を有するものであり,その球
状部がプランジャーピンの大径部の傾斜凹部を押してこれと1点のみで接触するこ
とによって傾き,本体ケースの内周面に左右2箇所で接触するように構成されてい
る。プランジャーピン及びコマ状部材が確実に傾いて本体ケースに接触するよう,
コマ状部材の中心軸とプランジャーピン底面の最深位置は,オフセットされている。
このように合計4つの電流経路を確保することにより,被告製品の電気抵抗が低
減し,被告製品を流れる電流についてコイルバネを通る経路以外の経路が存在しな
いという事態が生じる可能性は低くなり,コイルバネに流れる電流量が抑えられる。
加えて,コイルバネが●●●●●●●によって被覆されていることから,絶縁性ボ
ールを使用する必要はない。
他方,本件発明においては,前記⑵のとおり,①傾斜凹部を略円錐面形状とする
ことによって,押付部材の球状面からなる球状部の中心を傾斜凹部の中心軸上に安
定して位置させることができ,それにより,押付部材を介してプランジャーピンに
伝達されるコイルバネの付勢に係る力の方向を安定させ,②さらに,傾斜凹部の中
心軸をプランジャーピンの中心軸とオフセットさせることにより,コイルバネがプ
ランジャーピンを本体ケースの中心軸に対して微小な角度を有する方向に付勢する
ことを確実なものとすることによって,プランジャーピンの大径部を確実に本体ケ
ースの管状内周面に接触させて本体ケースへ確実に電流を流すことを可能とするも
のである。
以上によれば,被告製品と本件発明とは,押付部材とプランジャーピンとの接触
に関し,技術的意義を異にするものということができる。
(ウ)控訴人の主張について
a控訴人は,コマ状部材とプランジャーピンの材料である金属は,弾性変化す
るものであるから,両部材は,必ず面で接触し,点で接触することはあり得ない旨
主張する。
しかし,甲第52号証によれば,球と平面が接触する場合,理論的には,接触部
分は点であり,接触面積を持たないものの,実際には,接触部分が変形することに
よって接触面積を持ち,接触部の形状が円になり,このような接触は,「点接触」と
呼ばれる。前記(イ)において,被告製品のコマ状部材の球状部がプランジャーピン
の大径部の傾斜凹部と1点のみで接触するというのも,上記点接触の趣旨であり,
控訴人主張に係る弾性変化した状態の接触を排除する趣旨ではない。
b控訴人は,甲第4号証を根拠として,被告製品のコマ状部材は,コイルバネ
から押圧されてその弾性力を受け止めており,同弾性力がコマ状部材と本体ケース
との間の摩擦力よりも大きいときは,空滑りして傾かず,本体ケースに接触しない
旨主張する。
しかし,甲第4号証に掲載された被告製品の写真からは,コマ状部材が本体ケー
スにわずかでも接触しているか,全く接触していないかは,必ずしも明らかではな
い。また,コマ状部材の中心軸とプランジャーピン底面の最深位置がオフセットさ
れていることに鑑みると,通常,コマ状部材が本体ケースに接触しないという事態
が頻繁に生じることは考えにくく,そのような事態は,被告製品の通常の用法にお
いて想定されていないものと考えられる(乙54参照)。
c控訴人は,プランジャーピンに流れる電流の総和は決まっているので,プラ
ンジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことができれば,コイルバネに流
れる電流量を相対的に減じることができ,コイルバネの焼切れの防止にもつながる
旨を主張する。
しかし,上記主張のとおりであったとしても,本件明細書には,被告製品のよう
にプランジャーピンと本体ケースとの接触に加え,押付部材であるコマ状部材と本
体ケースとの接触により合計4つの電流経路を確保することによって被告製品の電
気抵抗を低減させるという技術的思想は,開示されていない。
dなお,控訴人は,乙第38号証に掲載された被告製品のプランジャーピンの
図においては,底部の形状が傾斜凹部をなしていないが,これは,正確なものでは
なく,甲第32号証の1・2が,被告製品の正確な設計図である旨主張する。しか
し,控訴人が指摘する乙第38号証の図面は,「マッシュルーム要素及びプランジャ
ーの形状を大まかに描写した断面図」(乙38)であり,甲第4号証及び乙第38号
証に掲載された被告製品の写真並びに控訴人が被告製品の正確な設計図である旨主
張する甲第32号証の1・2により,前記(イ)のとおり認定することができる。
イ構成要件Dの「押付部材」に該当する構成の有無
前記アのとおり,被告製品のコマ状部材は,それ自体が本体ケースの内周面に左
右2箇所で接触して電流経路を確保している。
他方,前記⑴のとおり,本件明細書において,「押付部材」につき,小型化の要請
にこたえて接触端子の径(幅)を大きくすることなく,コイルバネを流れる電流量
を小さくしながら,比較的大きな電流を流し得る接触端子の提供という,本件発明
の課題を解決するための構成として,「大径部の略円錐面形状を有する傾斜凹部」内
に収容されていることが開示されている。本件明細書において,「押付部材」自体が
本体ケースに接触して電流経路を確保することは,開示されていないものというべ
きである。
したがって,被告製品のコマ状部材は,構成要件Dの「押付部材」に該当しない。
ほかに,被告製品の構成中,「押付部材」に相当するものはない。
ウ「押圧」について
前記アのとおり,被告製品は,プランジャーピン及びコマ部材が確実に傾いて本
体ケースに接触するよう,コマ状部材の中心軸とプランジャーピン底面の最深位置
をオフセットしている。被告製品のコマ状部材の球状部がプランジャーピンの大径
部の傾斜凹部を押してこれと1点のみで接触することによって傾き,本体ケースの
内周面に左右2箇所で接触するという構成自体からも,通常,コマ状部材の球状部
の中心が,プランジャーピン底面の最深位置,すなわち,傾斜凹部の中心軸上に位
置することは,考え難い。現に,別紙2は,コイルバネの付勢によって,コマ状部
材の球状部がプランジャーピンの大径部の傾斜凹部を押し,それによって,プラン
ジャーピンの突出端部が本体ケースから突出するとともに,プランジャーピンの大
径部の外側面が本体ケースの内周面に押し付けられている状態であるが,コマ状部
材の球状部の中心は,明らかに傾斜凹部の中心軸からずれている。
よって,コマ状部材の球状部がプランジャーピンの傾斜凹部を押すことは,コマ
状部材の球状部の中心を傾斜凹部の中心軸上に安定して位置させるものではないか
ら,構成要件Dの「押圧」に該当せず,ほかに,被告製品の構成中,「押圧」に該当
するものはない。
エ小括
以上によれば,被告製品は,構成要件Dを充足しない。
⑸控訴人の主張について
控訴人は,被告製品のコマ状部材は,一部に球状面があり,「球状面からなる球状
部」を備えていることから,「押付部材」に該当し,コイルバネが,プランジャーピ
ンの大径部の傾斜凹部の底部に対し,この「押付部材」であるコマ状部材の「球状
部」を圧して押さえ付け,すなわち,「押圧」しているのであるから,被告製品は,
構成要件Dを充足する旨主張する。
しかし,特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明の技術的範囲を定めるに当た
り,特許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載及び図面を考慮して
解釈するものであるところ(特許法70条),本件明細書に開示されている内容に鑑
みると,本件発明は,押付部材とプランジャーピンとの接触に関し,被告製品とは
技術的意義を異にするものということができる。
したがって,構成要件Dの①「押付部材」及び②押付部材とプランジャーピンと
の接触,すなわち,プランジャーピンの傾斜凹部に押付部材の球状部をコイルバネ
によって「押圧」することの充足性に関しては,上記技術的意義の相違を考慮すべ
きであり,同相違により,前記⑷イ及びウのとおり,被告製品のコマ状部材は,「押
付部材」に該当せず,被告製品において,コマ状部材の球状部がプランジャーピン
の傾斜凹部を押すことは,「押圧」に該当しないといわざるを得ない。
3争点⑵(均等侵害の成否)について
控訴人は,仮に,本件発明の構成要件Dの「押付部材」が球に限定されることか
ら,押付部材としてコマ状部材を用いている被告製品は,構成要件Dを充足しない
ものとして文言侵害が認められないとしても,本件においては,均等侵害が成立す
る旨主張する。
しかし,特許請求の範囲に記載された構成中,相手方が製造等をする製品又は用
いる方法と異なる部分が存する場合において,均等侵害の成立が認められるために
は,上記異なる部分の全てについて均等の5要件が満たされることを要する。
前記2のとおり,本件特許請求の範囲に記載された構成と被告製品とは,①構成
要件Dの「押付部材」につき,本件明細書において,小型化の要請にこたえて接触
端子の径(幅)を大きくすることなく,コイルバネを流れる電流量を小さくしなが
ら,比較的大きな電流を流し得る接触端子の提供という,本件発明の課題を解決す
るための構成として,「大径部の略円錐面形状を有する傾斜凹部」内に収容されてい
ることが開示されており,「押付部材」自体が本体ケースに接触して電流経路を確保
することは,開示されていないのに対し,被告製品のコマ状部材は,それ自体が本
体ケースの内周面に左右2箇所で接触して電流経路を確保している点において異な
るほか,②構成要件Dの「押圧」は,押付部材の球状面からなる球状部の中心を傾
斜凹部の中心軸上に安定して位置させるものであるのに対し,被告製品のコマ状部
材の球状部がプランジャーピンの傾斜凹部を押すことは,コマ状部材の球状部の中
心を傾斜凹部の中心軸上に安定して位置させるものではない点においても異なる。
控訴人は,これらの相違点のうち,構成要件Dの「押付部材」が球形であるのに
対し,被告製品のコマ状部材が球形ではないという点についてのみ均等の5要件を
主張するにとどまるから,主張自体,失当である。
なお,前記2⑷のとおり,被告製品と本件発明とは,押付部材とプランジャーピ
ンとの接触に関し,技術的意義を異にするものということができる。そして,前記
1のとおり,本件明細書には,従来技術として,金属製の本体ケースに設けられた
長穴にコイルバネを挿入した上でプランジャーピンを挿入し,本体ケースからプラ
ンジャーピンの先端部分のみが突出する位置を保持されるという接触端子において,
プランジャーピンとコイルバネとの間に絶縁球を介在させ,プランジャーピンの本
体ケース内の端部が斜面となっていて,絶縁球がプランジャーピンを本体ケースの
長穴の内面に押し付けることができるようになっており,これによって,プランジ
ャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことができるとの構成が開示されてい
る(【0002】,【0004】,【0006】)。したがって,本件発明においては,前
記2のとおり,①プランジャーピンの大径部に,単なる斜面ではなく,略円錐面形
状の傾斜凹部を設け,押付部材の球状面からなる球状部の中心を傾斜凹部の中心軸
上に安定して位置させるよう「押圧」すること及び②傾斜凹部の中心軸をプランジ
ャーピンの中心軸とオフセットさせることによって,コイルバネが,押付部材を介
して,プランジャーピンを本体ケースの中心軸に対して微小な角度を有する方向に
付勢することを確実なものとすることによって,プランジャーピンから本体ケース
へ確実に電流が流れるようにすることが,従来技術に見られない,特有の技術的思
想を構成する特徴的部分に当たるというべきである。
前記2によれば,本件発明と被告製品は,上記本質的部分において相違すること
が明らかであるから,均等侵害の成立を認める余地はない。
4結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の請求をいずれ
も棄却した原判決は結論において正当であり,控訴は理由がないから棄却すること
とし,よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官髙部眞規子
裁判官古河謙一
裁判官鈴木わかな
別紙1
本件明細書(甲2)に掲載されている図面
【図1】本発明による接触端子を
ソケットに収容した状態の断面図
【図2】本発明による接触端子の
断面図
【図3】本発明による接触端子の要部の部品図
別紙2
被告製品断面図
コイルバネ
プランジャーピン
コマ
本体ケース

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