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平成21年1月26日判決言渡
平成20年(行ケ)第10210号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成20年12月11日
判決
原告JFEスチール株式会社
訴訟代理人弁護士近藤惠嗣
同森田聡
同重入正希
被告新日鉄マテリアルズ株式会社
被告日本金属株式会社
被告ら訴訟代理人弁理士田中久喬
同内藤俊太
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007−800049号事件について平成20年4月22日に
した審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
平成10年12月4日,発明の名称を「粗面仕上金属箔および自動車の排ガ
ス触媒担体」とする発明について,特許庁から特許第2857767号として
特許権(請求項の数2。出願日・平成元年6月17日。以下,この特許権に係
る特許を「本件特許」という。)の設定登録がされ,現在は被告らがその特許
権者である(甲37)。
原告は,平成19年3月13日,本件特許について無効審判(無効2007
−800049号事件)を請求した(甲38)。
特許庁は,平成20年4月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本を平成20年5月7日に原
告に送達した。
2特許請求の範囲
本件特許の願書に添付した明細書(以下,図面と併せ,「本件明細書」とい
う。)の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,次のとおりである
「【請求項1】ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐
熱性ステンレス鋼製の金属箔において,表面粗度Rmaxが0.7∼2.0μm
であることを特徴とする粗面仕上金属箔。」(以下,この請求項1に係る発明
を「本件発明1」という。)
「【請求項2】耐熱性ステンレス鋼製の金属箔の平板と波板とを多重に円筒状
に巻き込み,耐熱ステンレス鋼製外筒に挿入してなり,ろう付け構造を有する
自動車の排ガス触媒担体において,該平板と波板は表面粗度Rmaxが0.7∼
2.0μmである粗面仕上金属箔であることを特徴とする自動車の排ガス触媒
担体。」(以下,この請求項2に係る発明を「本件発明2」といい,本件発明
1と合わせて「本件発明」という。)
3金属箔の表面粗度Rmaxと「基準長さ」について
金属箔の表面粗度Rmaxは,基準長さと呼ばれる一定の長さの直線に沿って
表面の凹凸を測定し,その最高点と最低点との差によって表示され,一般に基
準長さが短い場合に比べて基準長さが長い場合の方がより高い最高点が出現し
たり,より低い最低点が出現したりする確率が高くなるから,表面粗度Rmax
の測定値は,基準長さによって影響されるとされている。
4審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,原告(請求人)
が下記(1)のとおり主張したのに対し,下記(2)のとおり認定判断し,原告(請
求人)の主張に係る理由及び証拠方法によっては,本件発明についての特許を
無効とすることはできないとしたものである。
(1)原告(請求人)の主張(無効理由)
ア無効理由1
「本件発明において,表面粗度Rmaxが0.7∼2.0μmと規定されてい
るが,いかなる基準長さで,いかなる測定位置で,何個の測定をすればこ
の値が決められるかが不明であり,また,表面の形態を特定せずに表面粗
度Rmaxのみで所定の効果が得られるか否かが不明であるから,明細書の発
明の詳細な説明及び特許請求の範囲に,(a)表面粗度Rmaxの基準長さ,
(b)表面粗度Rmaxのバラツキ,(c)作用効果の点で記載不備がある。
したがって,本件発明は,特許法第36条第4項もしくは同条第5項第2
号の規定により特許を受けることができないものであるから,これらの発
明についての特許は,平成5年改正の特許法第123条第1項第4号に該
当し無効とすべきである。」(審決書3頁4行∼13行)
イ無効理由2
「本件発明1は,甲第12号証に記載の発明であるか,甲第12号証,甲
第13号証に記載の発明に基づいて他の証拠を参酌すれば,当業者が容易
に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第1項第3号
又は同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないもので
ある。また,本件発明2は,甲第12号証,甲第13号証に記載の発明に
基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許
法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって,これら発明についての特許は,平成5年改正の特許法第12
3条第1項第2号に該当し無効とすべきである。」(審決書3頁14行∼
22行)
(2)審決の認定判断
ア無効理由1について
①金属箔の表面粗度Rmaxを測定する際の基準長さについては,本件明
細書の発明の詳細な説明の欄の記載及び同欄に言及された「JISB06
01−」(甲1。以下「1970年JIS」という。)の記載等に照1970
らし,0.8mmであるとみることができるから,不明確であるとはいえ
ない,②いかなる測定位置で,何個の測定をすれば,表面粗度Rmaxの値
が決められるかについては,当業者が適切な母平均を推定できる多数の平
均を取ることにより数値が定まるといえるから,表面粗度Rmaxのばらつ
きにより,一概に表面粗度Rmaxの値が決められず,不明確であるとまで
はいえない,③表面の形態を特定せずに表面粗度Rmaxのみで所定の効果
を得ることができるかどうかについて,当業者が実施できない程度の不備
があるとまではいえない。
イ無効理由2について
本件発明は,いずれも「第117回塑性加工シンポジウム」(甲1
2。昭和63年10月7日開催,日本塑性加工学会・日本機械学会共
催),「日経ニューマテリアル『NIKKEINEWMATERIA
LS№541988年11月28日号』」(甲13)及び「軽金属
Vol.39.№2」(甲19,136頁∼146頁,1989年2月28
日,軽金属学会)に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易
に発明をすることができたものとはいえない。
上記判断をするに際し,審決が認定した甲12記載の発明(以下「甲第
12発明」という。)と本件発明1との一致点及び相違点は,以下のとお
りである。
(ア)一致点
「自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐熱性ステンレス鋼製の金属
箔」である点。
(イ)相違点
(相違点a)
本件発明1が「ろう付け構造を有する」のに対し,甲第12発明に
は,かかる特定がない点。
(相違点b)
本件発明1が「表面粗度Rmaxが0.7∼2.0μmである,粗面仕
上金属箔」であるのに対し,甲第12発明は「疲労特性向上などの機能
面からも重要な品質である表面形状は,ロール粗度の選択により広範囲
の表面仕上げ材の造り込みが可能なステンレス箔」であるが,かかる構
成が特定されていない点。
第3当事者の主張
1審決の取消事由に関する原告の主張
審決は,以下のとおり,(1)表面粗度Rmaxの基準長さの認定を誤った結果,
本件明細書の記載不備に関する判断を誤り(取消事由1),(2)進歩性の判断
を誤ったので(取消事由2),取り消されるべきである。
(1)取消事由1(表面粗度Rmaxの基準長さの認定及び本件明細書の記載不備
に関する判断の誤り)
ア表面粗度Rmaxの基準長さの認定の誤り
(ア)表面一つの基準長さで測定すべきことが当事者間で争いがないとし
た認定の誤り
審決は,「2つの基準長さで図る(判決注:「計る」の誤記と認め
る。)ことは常識からみて規格の統一性が保たれなくなることから,ど
ちらか一つの基準長さで測定されるとみるのが自然であり,この点で両
当事者間で争いはない。」(審決書8頁末行∼9頁2行目)と認定した
が,次のとおり誤りである。
本件明細書(甲37)には,金属箔の表面粗度Rmaxの測定方法に関
する直接の記載がなく,1970年JIS(甲1)が引用されているが
(甲37,2頁右欄12∼13行目),1970年JISにおいて,表
面粗度Rmaxが0.8μm以下である場合には,基準長さを0.25m
mとして測定し,「0.8μRmaxをこえ」て「6.3μRmax以下」の
場合の基準長さを0.8mmとして測定することが記載されている(甲
1,2頁の表1)。そして,本件明細書の特許請求の範囲には,「表面
粗度Rmaxが0.7∼2.0μmであること」が記載されているから,
1970年JISによれば,本件発明の表面粗度の下限値0.7μmに
ついては0.25mmを基準長さとし,上限2.0μmについては0.
8mmを基準長さとするものと理解すべきである。
このように表面粗度の上限と下限とで異なる基準長さを用いるものと
理解すべきであるから,一つの基準長さで計測するかどうかについて当
事者間に争いがないとした審決の認定は誤りである。
(イ)カットオフ値の標準値に関する認定の誤り
審決は,中心線平均あらさのカットオフ値の標準値が0.8mmの1
種類しか規定されていないこと(甲1,5頁の「5.3カットオフ値
の標準値」)を理由として,「実際上,基準長さとカットオフ値は,厳
密に考える必要のない場合も多く,ごくあらい場合を除けば,測定機器
の関係もあって,数値を等しく,カットオフ値の標準値である0.8m
mをとることが色濃く窺える。」(審決書9頁27行∼30行目)と認
定しているが,以下のとおり誤りである。
a審決が認定根拠とした甲1の「厳密に考える必要のない場合も多い
ので」という記載(甲1の解説3頁19行∼20行目)は,測定目的
によって異なる基準長さをその都度決めることを受けたものである。
甲1においては,測定目的によって異なる基準長さをその都度定めな
くてもよいという考え方に基づいて,最大高さの基準長さの種類(本
文2頁「3.2基準長さ」),十点平均あらさの基準長さの種類
(本文3頁「4.2基準長さ」),中心線平均あらさのカットオフ
値の種類(本文4頁「5.2カットオフ値」)として,共通の6種
類が定められている。そして,その基準長さの標準値としては,最大
高さについては表1(本文2頁)に,十点平均あらさについては表3
(本文4頁)に,それぞれ最大高さ又は十点平均あらさの範囲ごとに
異なる値が規定されている。これに対して,中心線平均あらさのカッ
トオフ値は,0.8mm1種類のみである(本文5頁1行目)。この
ような違いは,以下のとおりの最大高さ及び十点平均あらさと中心線
平均あらさの本質的な違いに由来しているものである。
b最大高さ及び十点平均あらさの求め方は,甲1の本文の図1及び図
2のとおりである。断面曲線から基準長さを切り取り,その中で最高
点最低点を求めるのが最大高さの求め方であり,山頂及び谷底をそれ
ぞれ5点ずつ求めるのが,十点平均あらさである。したがって,基準
長さは測定結果に直接的に大きく影響する。
中心線平均あらさは甲1の解説5頁の解説図1のとおりである。こ
こで,解説図1に図示されているのは,断面曲線ではなく,あらさ曲
線である。すなわち,「断面曲線とは,被測定面の平均表面に直角な
平面で被測定面を切断したとき,その切り口に現れる輪郭をいう。」
(甲1の本文1頁「2.用語の意味(2)断面曲線」)のに対して,
「断面曲線から低周波成分を除去するような特性を持つ測定方法で求
められた曲線を,あらさ曲線という。」(甲1の本文1頁「2.用語
の意味(4)あらさ曲線」)のである。すなわち,あらさ曲線を求め
る場合には,相対的に長い周期で現れる表面のゆるやかな凹凸を低周
波成分と呼んで,これを断面曲線から除去するのである。この点は,
甲1の解説2頁の26行目から28行目にかけて「したがって触針が
測定面上をたどったとき,触針の先端の作るはずの曲線(これを断面
曲線という。)と増幅器やフィルタを通って記録された曲線とは形が
違うことになる。後者は,あらさを代表する曲線であると考えられる
ので,これをあらさ曲線とよんでいる。」と説明されている。カット
オフ値は,あらさ曲線を求める際に除去すべき相対的に長い周期を数
値で表わしたものである。
中心線平均あらさは,測定長さについてあらさ曲線の中心線を求
め,中心線の下側の曲線を上に折り返して平均高さを計算して求め
る。ここで,中心線とは,中心線とあらさ曲線に囲まれた部分の面積
が中心線の上下で等しくなるような直線である(甲1の解説5頁の解
説図1)。中心線平均あらさは,一定の測定長さにおける平均値を求
めるものであるから,カットオフ値による影響は間接的であり,大き
くない。したがって,カットオフ値の標準値としては,0.8mmが
1種類のみ規定されているのである。
c以上のとおり,最大高さ及び十点平均あらさと中心線平均あらさの
求め方は,根本的に異なるものである。そして,甲1では,中心線平
均あらさのカットオフ値については,1種類の値のみを標準値として
いるのに対して,最大高さ及び十点平均あらさに関しては,最大高さ
又は十点平均あらさの範囲ごとに基準長さの標準値を定めている。し
たがって,最大高さや十点平均あらさを求める際に,測定値として得
られると予想される数値の範囲にかかわらず,その基準長さを中心線
平均あらさの「カットオフ値の標準値である0.8mmをとることが
色濃く窺える」などということはない。審決の認定には誤りがある。
イ本件明細書の記載不備
(ア)被告ら(特許権者)は,表面粗度Rmaxを測定する際の基準長さは
0.8mmであると主張し,本件明細書に記載された第1表及び【第2
図】に記載された表面粗度Rmaxがいずれも基準長さを0.8mmとし
て測定したものであると説明している。そうすると,本件明細書から当
業者が理解する本件発明の基準長さ0.25mmと,上記被告ら説明の
基準長さ0.8mmとが相違することになるから,本件明細書の記載に
不備がある。
(イ)本件明細書の【第2図】に示された実験結果について,①縦軸のぬ
れ性ランクの定義が全く記載されていない点,②具体的な実験条件が全
く記載されていない点において,【第2図】の実験結果の追試に基づい
て,表面粗度Rmaxを測定する際の基準長さを推定することは不可能で
あること,③表面粗度Rmaxは,測定場所によって大きくばらつくた
め,同一の試料においても,場所によって異なることから,本件発明の
表面粗度Rmaxの基準長さの記載に不備がある。
(ウ)被告らの一方が原告となっていた特許権侵害訴訟(東京地方裁判所
平成18年(ワ)第6663号)に対する確定判決(甲46,平成20
年3月13日言渡し,以下「侵害訴訟判決」という。)は,基準長さが
0.8mmであると判断した特許庁の判定(甲34)の存在を考慮した
上で,本件発明における基準長さを0.8mmではなく,0.25mm
とすべきであると判断し,この判断を前提として,対象製品の表面粗度
Rmaxが0.7μm以上であることの立証がないことを理由の1つとし
て,請求を棄却した。これに対し,審決は,基準長さを0.8mmと理
解すべきであると認定して,本件明細書には記載不備がないと判断し
た。
このように,本件発明における表面粗度Rmaxの基準長さについて,
東京地方裁判所と特許庁の判断が分かれていること自体が,本件明細書
中の特許請求の範囲の記載が一義的に解釈できないことを意味している
から,上記特許請求の範囲の記載には不備がある。
(エ)以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易
にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果
が記載されているとはいえず,また,本件明細書中の特許請求の範囲の
記載が発明の詳細な説明に記載したものであるともいえないから,審決
の前記判断は誤りである。
(2)取消事由2(進歩性の判断の誤り)
ア本件発明1と甲第12発明との相違点の認定の誤り
本件発明1は金属箔という物の発明であるところ,本件発明1に係る特
許請求の範囲中,「ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体に用い
られる」の部分は物(金属箔)の構成を明らかにしたものではない。した
がって,「ろう付け構造を有する」か否かを相違点とした審決の認定は誤
りである。
イ容易想到性の判断の誤り
(ア)a本件発明1の容易想到性の判断の誤り
甲12には,耐熱性ステンレス箔を使用した自動車の触媒メタル担
体(それがろう付け構造を有することは周知である。)が記載されて
いるが,SUS304という表面粗度Rmax約0.15∼約5μmのステン
レス箔が開示されている上,ステンレス箔全体を対象として「ロール
粗度の選択によりダルから鏡面に至るまでの広範囲の表面仕上げ材の
造り込みが可能である。」などの記載があること(甲12,5頁)か
らすると,本件特許の出願前において,通常の圧延方法で製造した耐
熱性ステンレス箔が有する表面粗度Rmaxは0.7∼2.0μmの範
囲に含まれていたといえる。また,特別な理由のない限り,当業者
は,自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐熱性ステンレス鋼製の金
属箔を圧延するに当たっては通常の圧延方法を用いる。
そうすると,本件発明1は,当業者が通常の方法で圧延することに
よって得られる耐熱性ステンレス箔にすぎないことになり,甲第12
発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるか
ら,審決の容易想到性の判断は誤りである。
b本件発明2の容易想到性の判断の誤り
本件発明2に係る特許請求の範囲中の「ろう付け構造を有する自動
車の排ガス触媒担体」との記載は,物(排ガス触媒担体)の構成を特
定する意味を有するが,本件特許の出願前に現実に製造,販売された
R20−5SRという名称の自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐
熱性ステンレス鋼製の金属箔が甲13に記載されており,その実際の
表面粗度Rmaxは,約1μm程度であった。それは,当時の技術常識
からみても明らかである(甲14∼16)。これは,自動車の排ガス
触媒担体に用いられる耐熱性ステンレス鋼製の金属箔として,本件特
許の出願前に当業者が市販ベースで容易に入手できる事実上唯一の材
料がR20−5SRであり(甲13),これを圧延するに当たって通
常の圧延方法を用いたことの必然的な結果である。そうすると,当業
者が甲12又は13の記載に従ってろう付け構造を有する自動車の排
ガス触媒担体を製造しようとしたならば,特別の動機がなくとも,甲
20に記載されたリバーライト20−5SRを入手して製造したはず
である。したがって,本件発明2も,当業者が甲第12発明に基づい
て容易に発明をすることができたものであるから,審決の容易想到性
の判断は誤りである。
(イ)顕著な作用効果に関する判断の誤り
審決は,本件明細書に記載された「一般にハニカム(判決注honeyc
ombstructure・蜂の巣状の構造)を構成するステンレス鋼箔は,冷間
圧延ままの状態で使用に供され,その表面は#600番程度に研磨仕上
げを行った圧延ロールが使用され表面粗度はRmaxで0.2∼0.3μ
m程度と極めて小さく,光沢も非常に良好であるのが特徴的である。」
(甲37,2頁左欄19行∼23行)との記載に基づいて,「相違点a
及びbの構成を採ることにより,本件明細書に記載の顕著な効果を奏す
るものといえる。」(審決書19頁18行,19行)と判断したが,誤
りである。
本件明細書の記載中,「その表面は#600番程度に研磨仕上げを行
った圧延ロールが使用され表面粗度はRmaxで0.2∼0.3μm程度
と極めて小さく,光沢も非常に良好であるのが特徴的である。」との部
分は,事実に反する記載である。また,本件明細書の【第2図】に記載
された実験は,ぬれ性ランクの評価基準が不明であり,実験条件も不明
であるから,再現不能である。そして,表面が粗い方がバインダーのぬ
れ性がよい,あるいは,ろう付けにあたって表面粗さが粗い方が引張強
度が大きいという程度のことは,古くから知られた事実であるから,顕
著な作用効果とまではいえない(甲17∼19,22)。
したがって,本件発明には顕著な作用効果があるとの審決の判断は誤
りである。
2被告らの反論
以下のとおり審決の認定判断には誤りがない。
(1)取消事由1(表面粗度Rmaxの基準長さの認定の誤り及び本件明細書の記
載不備に関する判断の誤り)に対し
ア本件発明は,金属ハニカムを構成する金属箔を粗面仕上げに調整したも
のを用いることを特徴としており,1970年JISに規格化されている
表面粗度(Rmax)は0.7∼2.0μm,好ましくは1.0∼1.5μ
mである。この本件発明は,従来の金属箔に比較して表面粗度の粗い金属
箔を用いることにより,ろう付け性が良好で,耐熱疲労性に優れた金属ハ
ニカム(排ガス触媒担体)を得ることができることを着想し,研究の結
果,本件明細書の【第2図】及び実施例の第1表に示すように,連続した
測定値の表面粗度,特にRmax1.0∼1.5μmの表面粗度とすること
により,ろう付け性が良好で,耐熱疲労性に優れた金属ハニカムを得るこ
とができたものである。そして,本件発明の本質は,本件発明の技術思想
で最も中核となる表面粗度Rmax1.0∼1.5μmの外延を含めて,Rm
ax0.7∼2.0μmと,特許請求の範囲に限定したことにある。したが
って,特許請求の範囲に記載された数値は,発明の詳細な説明でサポート
されている連続した測定値の表面粗度であるといえる。そして,連続した
測定値は,単一の基準長さを用いなければ,その測定値の統一性を保つこ
とができなくなる(いわゆる一物二価の問題が生じて不都合となる)ので
あるから,【第2図】及び実施例の第1表に示す単一の基準長さを用いて
測定した連続した測定値が,本件特許の特許請求の範囲において限定され
ているといえる。本件発明の技術思想からしても,本件発明で規定するR
maxは連続した測定値であり,その中核となるRmax1.0∼1.5μmは
基準長さ0.8mmを用いて測定する範囲(1970年JISに規定され
ている)にあるから,その外延も同じ基準長さ0.8mmを用いて測定し
た測定値であることが明らかというべきであり,このことは1970年J
ISの趣旨及び当業者の技術常識にも合致する。
なお,本件発明の数値限定の下限は,従来技術の表面粗度0.2∼0.
3μmのステンレス鋼箔からは相当隔たっていることからみると,本件発
明は,表面粗度の下限値0.7μmに臨界的意義がなければ発明の進歩性
が否定されるというような発明ではないから,下限値0.7μmの表面粗
度を,特に1970年JISの基準長さ(0.25mm)で測定し,従来
技術と比較して本件発明の作用効果の顕著性等を説明する必要性はない。
したがって,本件発明のRmaxは,本件明細書によれば,単一の基準長
さ0.8mmを適用したと当業者が理解するのは自明のことであるから,
本件明細書の記載に不備はない。
イ侵害訴訟判決に係る判断と,審決の判断とが異なったとしても,それ自
体は,何ら審決の取消事由にはならない。
(2)取消事由2(進歩性の判断の誤り)に対し
ア本件発明1と甲第12発明との相違点の認定の誤りに対し
請求項1の記載中,「ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体に
用いられる」との部分は,本件明細書の記載及び出願時の技術常識をも考
慮して,その用途に特に適した形状,構造,組成等を意味するものと解す
ることができるから,物の発明を特定する事項として機能しているといえ
る。また,審決においては,相違点aを相違点bと関連づけて検討してい
るのであるから,相違点bとの関連について何ら検討していない原告の主
張は失当である。
イ本件発明1の容易想到性の判断の誤りに対し
審決は,本件発明1との対比で,甲12には「疲労特性向上などの機能
面からも重要な品質である表面形状は,ロール粗度の選択により広範囲の
表面仕上げ材の造り込みが可能なステンレス箔」の発明が記載されている
と認定し,原告の主張も上記認定を前提としている。したがって,原告の
主張は失当である。
ウ本件発明2の容易想到性の判断の誤りに対し
甲13及び20のいずれにも,R20−5SRなる材質が自動車の排ガ
ス触媒担体用であることが記載されているのみであって,金属箔の表面粗
度がRmaxで約1μm程度であったことなど何ら記載も示唆もされていな
い。甲14∼16を参酌しても,その金属箔の表面粗度がRmaxで約1μ
mであったとはいえない。
そして,甲20は,リバーライト20−5SRという材質を有し,触媒
コンバーター用メタルハニカムの用途に用いることのできるステンレス鋼
についての,販売の申出が記載されているにすぎない。すなわち,ろう付
け構造を有する自動車の排ガス触媒担体を製造するために,表面粗度がR
maxで約1μm程度の金属箔が公然と販売されたことなど何ら立証されて
いない。本件発明2も,本件発明1と同様に,甲12及び13に記載され
た発明から当業者が容易に発明することができたものではない。原告の主
張は失当である。
エ顕著な作用効果に関する判断の誤りに対し
原告は,本件明細書中の「その表面は♯600番程度に研磨仕上げを行
った圧延ロールが使用され表面粗度はRmaxで0.2∼0.3μm程度と
極めて小さく,光沢も非常に良好であるのが特徴的である。」との記載は
事実に反すると主張しているが,証拠に基づかない主張であって失当であ
る。
甲35,36及び29によれば,本件特許出願前において,ステンレス
箔を製造する場合に,光沢に富んだ表面性状のものを製造することが,最
も自然な選択であったことが明らかであり,本件明細書の上記記載は事実
に反するものではない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,本件発明1について,①取消事由1(表面粗度Rmaxの基準長
さの認定及び記載不備の判断の誤り)に関しては,審決が表面粗度Rmaxの下
限値0.7μmについての基準長さを0.8mmと認定した点に誤りがあると
認めるが,その認定の誤りは,明細書の記載要件の違反を意味するものではな
いから,審決の結論に影響を及ぼすものとはいえず,②取消事由2(進歩性の
判断の誤り)に関しては,本件発明1と甲第12発明との相違点の認定に一部
誤りがあるものの,審決の結論に影響を及ぼすものとはいえず,本件発明2に
ついても,本件発明1の発明特定事項のすべてを包含するから,上記と同様の
理由により,原告の請求を棄却すべきものと判断する。以下理由を述べる。
1本件発明1に係る取消事由1(表面粗度Rmaxの基準長さの認定及び記載不
備の判断の誤り)について
⑴本件明細書の記載
本件明細書の特許請求の範囲の請求項1には,「表面粗度Rmaxが0.7
∼2.0μmであることを特徴とする粗面仕上金属箔」と記載されている
が,そこでいう「表面粗度Rmax」の意味については特許請求の範囲に特段
の記載がない。そこで,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌する
に,これには以下の記載がある。
ア「本発明は・・・JIS(B0601-1970)に規格化されている表面粗度(Rma
x)は0.7∼2.0μm・・・である。」(甲37,2頁右欄11∼1
4行)
イ「本発明において,箔の表面粗度の下限をRmax0.7μm,上限をRm
ax2.0と定めたのは,・・・表面粗度Rmax0.2∼0.6μmでは
ぬれ性が著しく劣るのに対して,Rmax0.7μm以上では,ぬれ性ラン
クが2∼3ランク向上し良好となる。また,Rmax2.0μmを超えて
も,ぬれ性は良好ではあるがそれほど変化はなく,・・」(甲37,2頁
右欄下から9行∼2行目)
ウ本件明細書の第1表において,箔の粗度(Rmax)に応じて密着性がど
のように変化するのかを比較し,願書に添付した【第2図】においても表
面粗度(Rmax)を横軸に,ぬれ性ランクを縦軸に,それぞれ表示してぬ
れ性ランクの向上性を説明しているが,箔の粗度と密着性に係る第1表の
実験例12のうち,Rmax0.26μm,0.31μm,0,35μm及
び0.7μmの8例(№1∼№8)のほか,箔の粗度とぬれ性ランクに係
る【第2図】の実験例9のうち,Rmax約0.2μm,約0.4μm,約
0.6μm及び約0.7μmの4例については,いずれもその箔の表面粗
度が1970年JISによると基準長さ0.25mmを用いて測定すべき
数値範囲内のものとされる。
⑵1970年JISの記載
前記本件明細書に記載のある1970年JISには,以下の記載がある。
「1.適用範囲この規格は,表面あらさを最大高さ(Rmax),十点平
均あらさ(Rz)および中心線平均あらさ(Ra)で表示する場合につい
て規定する。
2.用語の意味この規定で用いるおもな用語の意味は,つぎのとおり
とする。
(1)表面あらさ機械表面の表面あらさとは,その表面からランダ
ムに抜き取った各部分にけるRmax,RzまたはRaのそれぞれの算術
平均値とする。
備考1.一般に機械表面では個々の位置における表面あらさは一様
でなく,相当に大きなばらつきを示すのが普通である。した
がって,機械表面の表面あらさを求めるには,その母平均が
効果的に推定できるように測定位置およびその個数を定める
必要がある。
2.測定目的によっては,機械表面の1箇所で求めた値で表面あ
らさを代表させることができる。
(2)断面曲線断面曲線とは,被測定面の平均表面に直角な平面で
被測定面を切断したとき,その切り口に現われる輪郭をいう。
備考1.この切断は,とくに指定のない限り表面あらさが最も大き
く現われる方向に切る。たとえば,方向性のある被測定面で
は,その方向の直角に切る。・・・
(3)断面曲線の基準長さ最大高さおよび十点平均あらさは,断面
曲線の一定長さを抜き取ったものから求める。
この抜き取り部分の長さを断面曲線の基準長さ(以下基準長さと
いう。)という。」(甲1,1頁4行∼23行)
「3.最大高さ
3.1抜き取り部分の最大高さ断面曲線から基準長さだけ抜き取っ
た部分(以下抜き取り部分という。)の平均線に平行な2直線で抜き
取り部分をはさんだとき,この2直線の間隔を断面曲線の縦倍率の方
向に測定して,その値をミクロン単位(μ=0.001mm)で表し
たものを抜き取り部分の最大高さという。・・・・
備考1.機械表面の最大高さは,その表面から多数の断面曲線を求
め,これらの断面曲線から求めた抜き取り部分の最大高さの
平均値で表わす。
2.・・・
3.最大高さを求める場合,きずとみなされるような並はずれて
高い山や深い谷のない部分から,基準長さだけ抜き取る。
3.2基準長さ抜き取り部分の最大高さを求める場合の基準長さ
は,原則としてつぎの6種類とする。
0.08,0.25,0.8,2.5,8,25単位mm
3.3基準長さの標準値とくに指定する必要のない限り最大高さを
求める場合の基準長さの標準値は,表1の区分による。
表1最大高さを求めるときの基準長さの標準値
最大高さの範囲
をこえ以下基準長さ(mm)
─0.8μRmax0.25
0.8μRmax6.3μRmax0.8
6.3μRmax25μRmax2.5
25μRmax100μRmax8
備考最大高さは,まず基準長さを指定したうえで求めるが,表面あら
さの表示を行う場合,そのつどこれを指定するのは不便であるので,と
くに指定する必要のない限りは,この表の値を用いる。
3.4最大高さの呼び方最大高さの呼び方は,つぎによる。
最大高さ__μ基準長さ__mm
または,
__μRmaxL__mm
備考表1に示す基準長さの標準値を用いて得られた最大高さの
値が表1に示す範囲にある場合は,基準長さの表示を省略す
ることができる。」(甲1,1頁下から5行∼2頁下から3
行)
「2.1表面あらさ表面あらさは,表面の一つの性質を定める量で
あるが,何を“表面あらさ”というかという定義もはっきりしていな
い。常に問題とされるのはいわゆる“あらさ”と“うねり”の区別であ
る。・・・
この規格では,何をあらさとするかという定義は避けて適用範囲に示
した3種類の表面あらさを定義し,測定のとき選んだ一定の基準長さ
(またはカットオフ値)の中に含まれているでこぼこは,すべて“表面
あらさ”と考えるという立場をとっている。・・・
したがって表面あらさを指定し,あるいは測定する場合“基準長さ”
(またはカットオフ値)が最も重要な要素となるが,基準長さ(カット
オフ値)は,測定の目的によって異なるべきであるという考え方をとっ
ている。たとえば,旋削加工において送りマークが問題となる場合は,
その送りピッチより大きい基準長さ(カットオフ値)をとるべきであ
り,一つの切刃の中でのでこぼこの高さが問題であるならば,送りピッ
チ以下の基準長さ(カットオフ値)をとるべきである。一般に基準長さ
(カットオフ値)が長いと,表面あらさの値は大きくでる。」(甲1の
解説1頁10行∼30行)。
「3.3基準長さ・・・・
この規格で,・・・前述のとおりである。しかし,実際に表面あらさ
を測定する場合には,基準長さを定めることが大きな問題となるものと
想像される。測定する側の立場から使用する測定器の許す範囲でまた時
間,費用の許す範囲で,どんな基準長さもとれるはずである。基準長さ
の選定は,表面あらさの測定を始める前に,測定を企画する側から指定
されるべきである。しかし,今までの所,各種加工面に対し,どのよう
な基準長さをとればよいのかということについて定説もないので,ここ
ではただ基準長さの種類だけを規定してある(本文3.2および4.2
参照)。また,実際には基準長さを特に厳密に考える必要のない場合も
多いので,従来の規格と中心線平均あらさの場合のカットオフ値を考
え,標準値を定めた(本文3.3および4.3参照)。
なお,基準長さを定めても理論上はその基準長さより長い波長の周期
性のあるうねりの影響が完全に除かれるとはかぎらない。・・・実際の
測定では測定される表面全体としての表面あらさを求めたいわけであ
る。このような場合はまず断面曲線を基準長さより相当長く,できれば
表面の数箇所でとる。その断面曲線の中できずのような大きな山または
谷がある・・・ような部分は避けて,・・・大体の平均値になりそうな
部分から基準長さだけの部分を抜き取る。この断面曲線の抜き取り部分
で,RmaxまたはRzを求める。・・・この操作を厳密にするには測定表
面上で無作為に数箇所をとり,・・・各々の部分のRmaxまたはRzを
求めて平均とする。この方法でも,やはり測定値の任意性が残るが,こ
れを避けるためにはRaを採用し,かつ上述のように多くの場所で測定し
た表面あらさの値の平均を求めることが好ましい。」(甲1の解説3頁
7行∼32行)。
⑶判断
以上によれば,本件発明1にいう「表面粗度Rmax」は,本件明細書の発
明の詳細な説明の記載において,1970年JISによるものと定義されて
いるというべきところ,以下の理由から「表面粗度Rmaxが0.7∼2.0
μm」のうち,下限値「0.7μm」以上であるかどうかの判別については
上記0.25mmを基準長さとし,上限値「2.0μm」以下であるかどう
かの判別については上記標準値0.8mmを基準長さとするものと解するの
が相当である。
ア「表面粗度Rmaxが0.7∼2.0μm」は,1970年JISにいう
「最大高さ(Rmax)」の呼び方をその基準長さの並列表記部分を省略し
て記載されたものであり,その省略された基準長さについては,1970
年JISの上記「表1」によると,0.8μRmax以下の範囲の基準長さ
が0.25mmであり,0.8μRmaxをこえ6.3μRmaxの範囲の基準
長さが0.8mmであると規定されている。
イ1970年JISにおいても「基準長さ(カットオフ値)は,測定の目
的によって異なるべきであるという考え方をとっている。」とされてい
る。
ウ前記本件明細書の記載によれば,下限値であるRmax0.7μmに格別
の意義があるといえ,そうすると,表面粗度が,このように格別に意義を
有する下限値0.7μm以上であるかどうかを判定するためには,その下
限値の数値範囲を測定するのに最も適した標準値とされている基準長さ
0.25mmを用いるのが適当であると解される(なお,このように解す
ることは,一般に基準長さが長ければ長いほどRmax数値が大きく測定さ
れやすいとされているところ,仮に基準長さ0.8mmにより測定したR
max値が,基準長さ0.25mmにより測定したときに比べて2割程大き
な数値が測定される傾向があるもの(甲46の32頁10行∼12行参
照)とすると,基準長さ0.8mmで本件発明1の下限値Rmax0.7μ
mの金属箔であると判別されても,それは基準長さ0.25mmによれば
Rmax約0.58μmの金属箔であるにすぎないことになり,ぬれ性ラン
クが向上し切れていない表面粗度の金属箔を本件発明1の範囲に取り込む
ことにもなりかねないから,基準長さ0.8mmで下限値を測定するのは
不適当であって,基準長さ0.25mmを用いるのが妥当である。)。
エ本件明細書の前記実験例からみても,下限値0.7μmに係る基準長さ
を0.25mmとするものと理解される。すなわち,実験者は,実験前に
箔の表面粗度を計測する段階においては,Rmax約0.7μm前後でその
ぬれ性ランクが大きく変化することを認識していないのであるから,0.
7μmの箔のみを0.2μmや0.3μmの箔とは区別して基準長さ0.
8mmを用いて測定し,実験をするというのは不自然であり,上記の各実
験例を基にして抽出された本件発明1の数値限定範囲の下限値0.7μm
を超えるかどうかの判別についても,上記実験例と同じ基準長さ0.25
mmを用いることを前提にして本件発明1の特定がされているものと理解
するのが通常であるといえる。
オ本件特許出願前に既に改訂されていた「JISB0601−」(甲1982
3)においても,「上限と下限の基準長さの標準値(表3)が異なる場
合」が想定されており,標準値の基準長さを別々にする場合には基準長さ
の併記を特に必要としないが,基準長さを同一にする場合にのみその基準
長さを併記すべきものとされていた(甲3,5ページの3.4.4の例2)こ
とに照らすならば,2つの標準値に跨る数値範囲が記載され,その基準長
さが明記されていない本件発明1のような場合には,上記理解のように各
数値範囲に対応した2つの標準値の基準長さで測定するものと解するの
が,本件特許出願時の当業者の技術常識にも適合するものと認められる。
⑷原告の主張に対し
ア原告は,本件明細書の【第2図】に示された実験結果について,①縦軸
のぬれ性ランクの定義が全く記載されていない点,②具体的な実験条件が
全く記載されていない点において,【第2図】の実験結果の追試に基づい
て,表面粗度Rmaxを測定する際の基準長さを推定することは不可能であ
ること,③表面粗度Rmaxは,測定場所によって大きくばらつくため,同
一の試料においても,場所によって異なることから,本件発明1の表面粗
度Rmaxの基準長さの記載に不備がある旨を主張する。
しかし,前記のとおり【第2図】の実験例からみても,本件発明1の
「表面粗度Rmaxが0.7∼2.0μm」のうち,下限値「0.7μm」
以上であるかどうかの判別については0.25mmを基準長さとし,上限
値「2.0μm」以下であるかどうかの判別については0.8mmを基準
長さとするものであると当業者にとっては容易に理解することができる。
また,表面粗度Rmaxが測定場所によって大きくばらつくことは当然のこ
とであり,前記によれば,そのばらつきを前提としながらそのデータ数を
当業者の技術常識に照らして取得し,その平均数値を算出することによ
り,表面粗度の測定値を得ることができるものであり,当業者であるなら
ばこれを容易に理解し,実施することができるといえるから,測定値のば
らつきの可能性をもって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に不備が
あるとはいえない。
イ原告は,侵害訴訟判決(甲46)において,本件特許に係る基準長さに
ついて,表面粗度Rmax0.7μmについての基準長さを0.25mmと
判断し,審決がこれと異なる判断をしたこと自体が発明の詳細な説明の記
載に不備(不明確性)のあることを示している旨主張している。
前記検討したところによれば,原告が指摘するとおり,審決が表面粗度
Rmaxの下限値0.7μmについての基準長さを0.8mmと認定した点
は誤りである。しかし,本件発明1にいう「表面粗度Rmax」は,本件明
細書において,1970年JISによるものと定義されているのであっ
て,表面粗度Rmaxの下限値0.7μmについての基準長さを0.25m
mとするものであることは,明らかである。審決の上記認定の誤りをもっ
て,本件明細書の記載に不備があるとすることはできない。原告の上記主
張は採用することができない。
(5)まとめ
以上のとおり,本件発明1の金属箔の表面粗度Rmax測定の下限値に係る
基準長さは0.25mmであると解されるのであり,これを上限値に係る基
準長さと同一の0.8mmであると認定した審決には誤りがあるといえる
が,その誤りは審決の結論には影響を及ぼさず,「発明の詳細な説明」にお
いて,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目
的,構成及び効果が記載されていないとはいえないし,特許請求の範囲の記
載が発明の詳細な説明に記載したものでないともいえない。したがって,原
告主張の取消事由1には理由がない。
2本件発明1に係る取消事由2(進歩性の判断の誤り)について
⑴相違点の認定の誤りについて
原告は,本件発明1は,金属箔という物の発明であるから,その構成中,
「ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体に用いられる」の記載部分
は,物(金属箔)の構成を明らかにしたものとはいえず,これを相違点とし
た審決の認定は誤りであると主張する。
確かに,本件発明1は,「排ガス触媒担体」に関する発明ではなく,「金
属箔」に関する発明であるから,「ろう付け構造を有する」のは,本件発明
1の「金属箔」が用いられるところの「排ガス触媒担体」であって,本件発
明1の「金属箔」そのものではない。したがって,審決が,相違点aにおい
て,本件発明1が「ろう付け構造を有する」と認定したことは,誤りという
べきである。
しかし,以下のとおり,審決の上記認定の誤りは,審決の結論に影響する
ものとはいえない。
すなわち,特許請求の範囲の請求項1の記載中,「ろう付け構造を有する
自動車の排ガス触媒担体に用いられる」という記載部分は,本件明細書の記
載を考慮すると,ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体に用いるこ
とのできる範囲の耐熱性,耐食性及び加工性等を備えることを要するものと
特定しているものと理解され,これらの点が甲第12発明には特定されてい
ないといえる。そして,次項において検討するところによれば,当業者とい
えども,本件特許出願前に,本件発明1の上記構成に容易想到し得たとは認
められない。したがって,原告の前記主張は,審決を取り消すべき理由とは
ならない。
⑵本件発明1の容易想到性の判断の誤りについて
ア甲12には,①ステンレス箔の主な用途例として,自動車の触媒メタル
担体が予想されていること,②ステンレス箔の代表的鋼種として,SUS
304,SUS430等が存在していること,③ステンレス箔の表面性状
はステンレス鋼としての美感だけでなく,疲労特性向上などの機能面から
も重要な品質であること,④表面光沢の向上には,研磨粗さや圧延油の粘
度調整等が重要な条件となること,⑤SUS304の表面光沢度に及ぼす
粗さの影響として,ロール粗度の選択によりダルから鏡面に至るまでの広
範囲の表面仕上げ材の造り込みが可能であることが記載されており,図8
においては,SUS304箔の粗さRa,Rmaxと鏡面光沢度の関係で,
Rmaxが0.5∼8.0程度の範囲が図示されている。
しかし,甲12においても,「耐熱性ステンレス鋼」の表面に関し,粗
度の程度と「ろう付け構造」との関係については,何らの示唆もされてい
ない。
イ甲13においても,メタル担体の材質として耐熱性ステンレス鋼が存在
すること及びメタル触媒担体をろう付けすることまでは記載されている
が,甲12と併せて検討しても,表面粗度と「ろう付け構造」との関係に
ついては,何らかの示唆もされていない。
ウ表面粗度がRmaxで約1μm前後の耐熱性ステンレス鋼について甲14
ないし16に記載があり,それらが甲13及び20にいう「R20−5S
R」又は「リバーライト20−5SR」に関するものであると推認され,
原告(その前身の川崎製鐵株式会社)が#120番の砥石で研削されたワ
ークロールで仕上圧延され表面粗度Rmaxを約1μm程度とされた耐熱性
ステンレス鋼を,本件特許が出願された平成元年6月17日当時に,本件
発明1の内容を知らないで,既に発明していたことがうかがわれるとして
も(甲25∼29),甲15(川崎製鐵株式会社・新事業本部・特品事業
推進部作成の技術標準・昭和63年11月2日制定,平成元年7月14日
実施)には,その左欄外に「社外秘」と明確に記載されているから,上記
技術標準が会社外部に対して秘密事項として取り扱われていたことが推認
される上,平成元年6月17日の本件特許出願当時にはそのような耐熱性
ステンレス鋼を用いた自動車の排ガス触媒担体も試作段階であって,臼井
国際産業を通じた平成2年2月からの量産前の販売準備の段階にあったと
認められるから(甲29,甲46,54頁以下),自動車の排ガス触媒担
体用の耐熱性ステンレス鋼としては本件特許出願当時に公知の技術であっ
たとまではいえず,そのような表面粗度の耐熱性ステンレス鋼を自動車の
排ガス触媒担体の材質として用いることが技術常識であったとまで認める
ことはできない。
そして,前記認定のとおり,本件発明1においては,表面粗度Rmax0.
2∼0.6μmではぬれ性が著しく劣るのに対して,Rmax0.7μm以
上では,ぬれ性ランクが2∼3ランク向上し良好となり,Rmax2.0μ
mを超えても,ぬれ性は良好ではあるがそれほど変化のないことを発見し
たというのであり,本件発明1における数値範囲の限定には,それまでセ
ラミックス担体触媒の独壇場であったという自動車触媒の市場において,
これに代わり得るものとして期待され(甲13),試作段階であった自動
車排ガス触媒担体用の耐熱性ステンレス鋼としては,単なる数値範囲の最
適化又は好適化を超えた重要な意義を有するものであったということでき
る。
エ以上によれば,甲12及び13に技術常識を参酌しても,甲12又は1
3に基づいて本件発明1を容易に発明することができたとはいえず,審決
がした容易想到性の判断に誤りはない。
⑶顕著な作用効果に関する判断の誤りについて
ア原告は,表面の粗い方がバインダーのぬれ性がよい,又は,ろう付けに
当たって表面粗さの粗い方が引張強度が大きいという程度のことは,古く
から知られた事実であり(甲17ないし19,22),顕著な作用効果と
はいえないから審決の判断は誤りであると主張する。
しかし,原告の上記主張は失当である。
すなわち,出願後公知の甲17及び19を検討しても,「濡れの良い表
面は粗面にすればするほどに濡れは良くなり,濡れが悪い場合にはこの逆
で,粗面にするほどに濡れが悪くなることを示している。」(甲17,6
9頁,5.2面粗さの影響参照),「濡れの良い表面は粗面にすればする
ほど濡れは良くなり,濡れが悪い場合にはこの逆で,粗面にするほどに濡
れが悪くなることを示している。」(甲19,137頁,2.4面粗さと
濡れ参照)と記載され,粗面ほど表面積が増えて表面の濡れの性質が増幅
されることを示されているにすぎない。
また,原告提出の出願前公知文献の「先端溶接工学(共立出版)」(甲
22,1988年6月1日初版1刷発行)によれば,メッシュエメリ紙で
研磨した母材ろう付け面の粗さは,そのろう付け結果(引張強さ)に大き
な影響を与えることまでは記載されているが,同文献を子細に検討する
と,それは母材を固体金属とした場合の一般的な記述であって耐熱性ステ
ンレス鋼に限定しての記述ではない上,溶融ろうの広がり面積と母材粗さ
の関係(図6.16)については2μm以下の数値範囲においてはその影
響の有無が不分明であって,15μmまでの大きな数値範囲における影響
(変化)が示されているにすぎないし,引張強さと母材ろう付面粗さとの
関係(図6.17)についても,0.6μmから1.6μmまでの範囲に
おいてはその変化がほとんどなく,14μmという大きな数値の粗さまで
比較すると初めて引張強さの数値との間に有意な変化が観察されているに
すぎない。
よって,原告の上記主張は理由がない。
イまた,原告は,本件明細書の記載中,従来のステンレス鋼箔に関して,
「その表面は#600番程度に研磨仕上げを行った圧延ロールが使用され
表面粗度はRmaxで0.2∼0.3μm程度と極めて小さく,光沢も非常
に良好であるのが特徴的である。」とした部分(甲37,2頁左欄20行
∼23行(従来の技術))は,事実に反する記載であって,従来から本件
発明1と同様の粗面仕上げの金属箔が存在していたから,本件発明1には
顕著な作用効果が存しない旨主張する。
しかし,証拠(甲29,35,36)によれば,本件特許出願前におい
て,ステンレス鋼箔を製造する場合に光沢に富んだ表面性状のものを製造
することが行われていたことを認めることができ,他に従来技術に関する
本件明細書中の上記記載部分が事実に反する記載であると認めるに足りる
証拠はない。そうすると,従来技術に関する上記記載部分が事実に反する
記載であることを前提として本件発明1には顕著な作用効果が存在しない
とする原告の上記主張は,その前提を欠くから,採用することができな
い。
ウ以上の検討によれば,本件発明1は顕著な作用効果を奏するとの審決の
認定判断が誤りであるとはいえない。
3本件発明2に係る取消事由1及び2について
本件発明2に係る取消事由1(表面粗度Rmaxの基準長さの認定及び本件明
細書の記載不備に関する判断の誤り)については,本件発明2は「自動車の排
ガス触媒担体」に関する発明ではあるが,本件発明1の発明特定事項のすべて
を包含するから,本件発明1について既に説示したのと同様の理由により,原
告の取消事由1の主張は理由がないといえる。
また,本件発明2に係る取消事由2(進歩性の判断の誤り)についても,本
件発明1に係る取消事由2に関し,容易想到性の判断の誤り及び顕著な作用効
果に関する判断の誤りについて説示したのと同様の理由により,理由がない。
4結論
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,その他原告が縷
々主張する点も理由がない。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これ
を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官齊木教朗
裁判官嶋末和秀
裁判官上田洋幸

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