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平成24年(わ)第226号恐喝未遂被告事件
平成25年4月18日宣告高知地方裁判所
主文
被告人らはいずれも無罪。
理由
1公訴事実について
本件公訴事実の要旨は,次のとおりである。
「第1被告人A,被告人B及び被告人Cは,D(当時49歳)が指定暴力団E
組F会の構成員等複数の暴力団員から借りた約1100万円の返済金名下に
現金を喝取しようと企て,共謀の上,平成24年2月7日午後9時頃から午
後10時頃までの間,高知市a町b番地cG店内の被告人Aら複数の前記F
会関係者の面前において,前記Dに対し,被告人Cが『おい,誠意を見せえ
や。土下座せえや。』などと怒号して前記Dを土下座させた上,被告人Bが
『Aさんのおかげで,借金が半額になった。Aさんに感謝せんといかん。』,
『このメンバーを見て分かると思うが,天国を見るか地獄を見るかはお前次
第ということや。』などと,被告人Aが『院長がまとめてくれたんや。払え
んかったり,他の組織から金借りたりしたら,地獄を見ることになる。お前
次第や。』,『院長を裏切ったら俺が容赦せんし,他の組織に変なことしよ
ったことが分かっても容赦せん。』などと語気鋭く申し向けて現金の交付を
要求し,もしこの要求に応じなければ,前記Dの生命,身体,財産等にいか
なる危害をも加えかねない気勢を示して脅迫し,その旨同人を畏怖させたが,
同人が警察に被害申告したため,その目的を遂げなかった
第2被告人B及び被告人Cは,前記Dが前記脅迫により畏怖しているのに乗
じ,同人から,同人の借金整理に伴う謝礼金等名下に現金を喝取しようと企
て,共謀の上,同月13日午後9時頃から同日午後10時頃までの間,前記
G店内において,前記D及び同人の妻であるH(当時45歳)に対し,被告
人Bが『お前の借金は,Aさんの口利きで半額になった。』,『今回の件は,
Aさんが助けてくれたんだから,お礼をせないかん。借金も含めて4000
万円は必要やろう。』,『今後,他の組織から金を借りたら絶対いかん。も
し,それがばれたときは,あなたがたの命はないですよ。』などと,被告人
Cが『裏切ったら,お前ら夫婦,子供,家族がどうなるか分からん。』など
と申し向けて現金の交付を要求し,もしこの要求に応じなければ,D及びH
らの生命,身体,財産等にいかなる危害をも加えかねない気勢を示して脅迫
し,その旨同人らを畏怖させ,よって,同月24日,高知市d町e丁目f番
g号hビルi階j公証役場において,同人らに被告人Bを債権者,前記Dの
経営会社を債務者,D及びHを連帯保証人とした金4000万円の金銭消費
貸借契約公正証書1通を作成させたが,前記Dが警察に被害申告したため,
その目的を遂げなかった
ものである。」
2前提となる事実
以下,甲・乙・弁番号は記録中の証拠等関係カードに記載されている番号であ
り,証拠の特定のためにこれを用いる。
証拠(甲5,16,18,23,29,乙1,13,23,D証人,H証人,
I証人,J証人,K証人,被告人A,被告人C,被告人Bの各公判供述)によれ
ば,本件の前提事実として,次のとおりの事実が認められる。
(1)被告人らについて
被告人Bは医師であり,平成24年2月当時,医療法人L会M病院(以下
「M病院」という。)の院長であった。被告人Cは,同月当時,建設業を営
む有限会社N建設の代表取締役であった。被告人Bと被告人Cは約10年来
の知人である。被告人Aは,指定暴力団E組F会会長補佐であり,平成23
年に知人の紹介により被告人Bが被告人Aを診察したことから,両名は知り
合った。
(2)平成24年2月7日(公訴事実第1の犯行があったとされる日)に至る経

本件の被害者とされるDは,平成15年ころから,Oの屋号で廃棄物処理業
を営むようになった。Dは,平成21年,この事業を法人化して株式会社O
を設立した。Dは,自らにカード等の債務の不払いがあったため,妻である
Hを代表取締役としつつ,実質的にOを経営していた。
Dは,平成16年ころ,仕事に関するトラブルの解決を暴力団構成員である
Kに依頼し,これをきっかけに,Kから顧客の紹介を受けたり,事業の運転
資金を借りたりするようになった。Dは,そのほかにも,多くの暴力団関係
者から事業の運転資金を借り入れるようになった。また,Dは,平成18年
ころから,被告人Cの会社の仕事を受けるようになったが,平成21年ない
し22年ころから,同人の紹介により,被告人Bから事業の運転資金を借り
るようになった。
前記の暴力団関係者からの借入金債務には,いずれも月5パーセントから
20パーセントの割合の利息が付いており,Dは,平成23年9月ころには,
利息だけで毎月200万円程度を返済しなければならなかった。この返済は,
Dにとっては大きな負担であり,Dは,このころから,暴力団関係者への利
息の支払を滞らせるようになった。
Dは,暴力団関係者と縁を切りたいと考え,平成23年12月19日,料理
店Gにおいて,被告人Bや被告人Cに対し,暴力団関係者からの借入金が相
当額あること,暴力団関係者に対して違法な高額の利息を相当期間支払い続
けてきており,元本がかなり減少しているものもあるはずであること,警察
に相談することも考えていることなどを話した。被告人Bは,Dに対し,D
の暴力団関係者に対する債務の整理について,被告人Aに相談することを約
束した。
被告人B及び被告人Cは,平成24年1月ころ,被告人Aに相談したところ,
同被告人は,上記の暴力団関係者を1か所に集め,Dの借金返済方法等を決
定することにした。もし一括で支払う資金が必要になった場合には,足りな
い部分を被告人Aから借りるなどして被告人Bが負担することになった。被
告人Bは,Dから,暴力団関係者からの借金が概ね2000万円であること
を確認し,被告人Aに伝えた。
(3)平成24年2月7日
被告人Aは,平成24年2月7日,Dの暴力団関係者に対する債務の整理の
ため,Dの債権者のうち,F会の関係者である,K,I,Jほか2名を,G
に呼び出した。被告人Aは,被告人Cが同席した場で,Dの暴力団関係者に
対する債務額が,元本のみで約2200万円であることを確認し,それらに
ついて利息を免除したうえで元本を半額にし,残った元本約1100万円を
一括で支払うことを提案したところ,上記債権者らはこの提案を承諾した。
F会に関係しない暴力団関係者である債権者1名については,Gに来ていな
かったため,被告人CとDが別途交渉することになった。被告人Cは,Dに
上記の債務額が正確かどうか等を確認するとともに,上記債権者らに対して
債務整理の礼を言わせるために,DをGに呼び出した。被告人Bは,これと
前後して,Gにやってきた。Dは,同日午後9時ころ,Gに到着した。
その後のGにおける事実経過及びその評価については,後述のように争いが
ある(公訴事実第1)。
(4)同月13日
被告人B及び被告人Cは,平成24年2月13日,DをGに呼び出し,Dは,
同日午後9時ころ,Hの運転する車でGに到着した。
その後のGにおける事実経過及びその評価については,後述のように争いが
ある(公訴事実第2)。
(5)その後
被告人B,D及びHは,同月24日,被告人Bを債権者,Oを債務者,D及
びHを連帯保証人とした,4000万円の金銭消費貸借契約公正証書1通を
作成した。
Dは同年6月,警察に対し,被告人らに金銭を脅し取られそうになったとし
て被害申告をした。
3当裁判所の判断
(1)検察官は,平成24年2月7日及び13日のGにおける経緯について,主
に,被害者とされるD供述に依拠して,前者については被告人3名によって,
後者においては被告人B及び被告人Cによって,いずれもDに対する恐喝未
遂がなされたと主張する。これに対して,各弁護人はいずれもD供述の信用
性を否定し,無罪を主張する。前記の経緯を全て見聞きしたのはDであるか
ら,本件において有罪,無罪を分けるのは,結局,D供述の信用性に尽きる
と言ってよい。また,公訴事実第2は,同第1を受けて起きたとされる事件
であり,D供述の信用性は,第1,第2を含めた一連の流れから総合的に判
断する必要がある。
(2)Dは,平成24年2月7日のGでの経緯(公訴事実第1)について,公判
廷において次のとおり供述した。
「Gの店内に入った後,被告人Cから『誠意をみせえや,土下座せえ。』
と,通常よりも大きな声で言われた。私は,車いすから降り,土間に手をつ
いて『大変申し訳ございませんでした。』と謝った。暴力団の上の方が2人
くらいいるので恐怖を感じた。その後,被告人Bからは,ドスのきいた,今
までにない声で,『もう借金はないか。もう他の組織からお金を借りたりす
ることはないか。もしそれを裏切ったら,天国を見るか,地獄を見るか。』
と言われた。被告人Aからは,『院長を裏切ったら容赦せん。他の組織から
お金を借りたりとか,分かったら,天国を見るか,地獄をみるか。』と言わ
れた。被告人Aは暴力団のトップなので,非常に恐怖を感じた。私は,借金
はなくなるものだと思っていたので,2200万円が1100万円になると
いうのは納得できなかったが,そのようなことを言える状態ではなかっ
た。」
さらに,Dは,同月13日のGでの経緯(公訴事実第2)について,公判
廷において次のとおり供述した。
「Gにおいて,自分に対し,被告人Bは,『ほかの組織からお金を借りた
りとか,俺たちを裏切ったら,そのときは容赦せん。天国を見るか地獄を見
るか,お前次第だ。』と,被告人Cは,『先生を裏切ることがあれば,天国
を見るか,地獄を見るか。』と言った。さらに,被告人Bは,『A会長のほ
うにお礼をせんといかん。4000万から5000万くらいのお礼をせんと
いかんだろう。』と言い,被告人Cは,『6000万から7000万ぐらい
お礼はせんといかんやろう。』と言った。私は納得いかなかったが,それま
でに色んな暴力団の方から脅されていたので伝えられる状態ではなかった。
最終的に,礼金の額は4000万円ということになり,9月から,毎月50
万円を80回に分割して支払うことになった。」
(3)結論としては,当裁判所は,このようなD供述を信用することはできない。
理由は以下のとおりである。
ア第1に,Dが,当時,債務整理を押しつけられたと考えるには無理があ
る。
すなわち,前提事実のとおり,同年2月7日のGでの話合いの結果,Dの
債務は,利息が免除され,元本は合計約2200万円から合計約1100万
円に減額された。Dにとって,毎月の利息の支払いは大きな負担であったと
考えられるから,それが無くなる上,元本まで半分になることは,Dにとっ
ても大きな利益であった。
Dは,過払状態になっていたのだから元本も無くなると思っていた旨供述
するが,他方で,Pに対する約830万円の債務については,利息として2
00万円くらいしか払っていなかったとも供述しているのであり,このよう
な債務についてまで無くなると思っていたとは考えられない。また,Kをは
じめとする暴力団関係者と付合いの長かったDが,同じ暴力団関係者である
被告人Aに債務整理を頼むことで,その全てがなくなるなどと安易に考えた
とも思えない。実際,Dは,捜査段階では,2200万円の借金が1100
万円になったことについて,本当に助かったと思ったとも供述していたもの
である。
イ第2に,被告人BらがDから礼金を恐喝する動機が見あたらない。
Dの供述によれば,被告人らは,Dに対し,Dの暴力団関係者に対する約
2200万円の借金を約1100万円にする債務整理を押しつけて,一旦被
告人Bがその1100万円を負担した上で,その約1週間後に,被告人B及
び被告人Cが,被告人Aへの礼金という名目で,Dに4000万円を支払わ
せようとしたというのである。2万円の借金を1万円にしてやるからと言っ
てその1万円を一旦負担しておいて,4万円を礼金として払えというレベル
の恐喝であれば,見え透いてはいるものの,そのような恐喝も考えられなく
もないだろうが,1000万円単位の話でこのような恐喝は理解できない。
Dにそれほどの大金を支払わせることができるようであれば,Dの債権者は
取立てに苦労はしていない。しかも,被告人Bは,債務整理の後も,Dに対
し,1600万円以上を無利息で融資している。
支払いができていない債務者に債権者自らが何千万円もの金をつぎこんで
おいて金を脅し取ろうという恐喝は,あり得ないとは言わないまでも,考え
がたいというほかない。
ウ第3に,Dの行動には,恐喝されたというには不自然な点が多い。
Dの公判供述によれば,平成24年2月ころには,警察に相談すること
も想定して,当時あった出来事をノートに書き付けていたという。また,D
は,平成23年11月にはボイスレコーダーでIやKとの会話を録音するな
どしており,警察に提出する有効な証拠を残すことを意識していた。しかし
ながら,Dは,平成24年2月7日も同月13日も,Gにボイスレコーダー
を持って行っていないし,上記ノートにも,「脅迫された。」とか「怖い思
いをした。」という趣旨の記載は一切ない。なお,同月13日にGで同席し
たHも,平成24年以降,Dから,何かあれば記録しておいて欲しいと言わ
れていたにも関わらず,同年2月13日の出来事について記録を付けていな
い。
次に,同じくDの公判供述によれば,Dは,同月7日午後9時12分,本
件の債務整理とは関係のない取引先に電話をし,その日に支払う約束をして
いた金銭を支払えない旨の連絡をしている。前提事実のとおり,DがGに到
着したのは同日午後9時ちょうどころであるから,それから12分後といえ
ば,脅迫されている最中か,せいぜいその直後,まだGにいる時間である。
被告人らに脅され,恐怖の中にいたはずのDが,わざわざGで行われた債務
整理とは無関係の取引先に電話をするとは考えがたい。
さらに,Dは,Gで上記債務整理が行われた翌日である同月8日には,手
形の決済資金が足りないとして被告人Cに相談し,結局,前日にGに集まっ
た債権者の一人から100万円を借りている。脅されたはずのDが,その脅
された翌日に,自分を脅した相手に対し,資金の融通を相談したというので
ある。その上,Dは,同月13日には被告人B及び被告人Cから4000万
円を脅し取られそうになったといいながら,その時点でも警察に届け出てい
ない。
このようなDの行動は,恐喝された被害者のそれと見るには無理がある。
エ第4に,脅し取られそうになったとされる4000万円の内訳について
のDの説明は,被告人Bによる説明に比べて,説得力がない。
被告人Bや被告人Cは,4000万円は,同月7日の債務整理の被告人B
が肩代わりした約1100万円と,被告人BのDに対する貸付金の残額の合
計であると供述している。そして,被告人Bは,Gで同月13日に作られた
メモ(甲37)に基づき,4000万円やその支払い方法が決まるまでの計
算過程等を説明している。被告人Bは,細かな数字が多数記載された上記メ
モを矛盾無く説明している上,説明の多くの部分が公正証書(弁1ないし4
等)や当時作成された書類等(甲35,弁5,7,18等)と整合している。
D自身が認めている被告人Bやそのほかの債権者からの借金及びその支払状
況と一致する部分もあるし,証拠による裏付けのない部分についても筋が通
っている。勿論,被告人Bが,支払いの滞るDに対して,どうして書面も作
成せずに次々と金をつぎ込むのか理解に苦しむ面はある。しかし,被告人B
やDの各供述を聞く限り,特段支払わなければならない先があるわけでもな
いのに月に400万円もの収入がある被告人Bの金銭感覚は一般の感覚から
ずれており,他方で,D供述によれば,同人は借金の返済に追われて自己の
債務額すら正確に把握できていないという状態にあったと思われる。被告人
Bの貸付け方法は,多額の金銭処理としてずさんではあるが,それがゆえに
同人の供述が信用できないわけではない。
他方で,Dは,このメモの一部についてしか説明しておらず,説明の内容
も説得力に欠ける。Dはそもそも自己の債務額を正確に把握していなかった
ことが窺える上に,上記メモ(甲37)には,貸付け時期,金額,金利,支
払い方法など何も整理されておらず,当時,このメモによる被告人Bの説明
で,Dが自己の債務状況を正確に理解したとは思えない。Dは,Gでは,内
容をよく分からないままに被告人Bの説明にうなずき,法廷においても,や
はり内容をよく分からないままに自己の都合のよいようにその内容を語った
のではないかという疑いがぬぐえない。
オ第5に,Dの供述内容には不自然な変遷がみられる。
Dは,捜査段階では,被告人Bから,「被告人Aに対するお礼も含めて4
000万円から5000万円払わないかん。」と言われたと供述していたが,
公判廷では,お礼だけで4000万円から5000万円必要だと言われた旨
の供述もしている。また,捜査段階では,被告人Cからも,お礼の額は40
00万円から5000万円だと言われた旨供述していたのに,公判廷におい
ては,被告人Cから6000万円から7000万円ぐらいはお礼として必要
だと言われたと供述している。これらの変遷を,記憶の変容や勘違い等によ
るものであるとして説明するには疑問が残る。
なお,平成24年2月13日Gで一部同席したHは,警察の取調べを受け
ている段階では,被告人Cの脅迫文言について供述していないのに,検察官
の取調べや公判廷においては,被告人Cからも脅迫されたと供述するに至っ
ている。また,そもそも,Hは,その場で礼金という話を聞いていない。
カ以上の各事情からすれば,Dの供述は信用できないというほかない。
むしろ,前記の各事情に加えて証拠から見えてくる本件の社会的実態は,
次のようなものであった疑いが強い。すなわち,Dは,暴力団関係者からの
借金に困った挙げ句に,被告人A及び被告人Bに相談したところ,暴力団幹
部である被告人Aを後ろ盾として,暴力団関係の債務について整理してもら
うこととなり,Dもこれに喜んで同意し,平成24年2月7日に,暴力団関
係者からの債務を半分にしてもらって,被告人Bが一時払いすることになっ
た。Dは,暴力団関係の債務がなくなって安堵したところで,同月13日に,
被告人Bから,そのほかの同人に対する債務額の説明を受けたが,借金に追
われて自らの債務額を把握できていなかったDは,その説明にうなずくほか
なかった。このような処理の結果として,全面的にDの面倒を見ることにな
った被告人B及びそれに協力する被告人Cが,同年3月以降,Oのずさんな
経営に介入するようになった。Dが被告人B及び被告人Cから仕事の内容に
口を出されるのをいやがったため,Dと同人らとの関係は悪化し,同年5月
末ころには,被告人Bから援助を打ち切られ,支払いを迫られる状況になっ
た。Dは,最後の手段として頼っていた被告人Bとも決別する状況になった。
そして,被告人Bの背後には暴力団幹部である被告人Aがいる以上,警察に
駆け込むほかないと考え,「被告人らに脅されて,納得できない債務整理を
押しつけられ,礼金を支払えと言われた」旨の自己に都合のよい偽った話を
して,警察に保護を求めた。
多少の違いはあるかもしれないが,大筋このように考えれば,法廷で取り
調べた各証拠は合理的に説明することができる。暴力団幹部である被告人A
の威力を背景にDの債務整理をし,引き続いて自らの債権額を確認した被告
人B並びにそれの全部又は一部に協力した被告人C及び被告人Aの行動は,
社会的にはほめられたものではないものの,被害者とされるDが,その当時
は進んでこのような債務整理を望んだ以上は,後になってこれを恐喝とみる
ことはできない。
(4)なお,公訴事実第1につき,現場にいたK及びJの供述についても触れて
おく。
Kは,公判廷において,「被告人Bか被告人Cのどちらかが『これだけ迷
惑かけとったら土下座して謝罪せんかい。』『このメンバーをみたらわかる
やろが。天国見るか,地獄見るか,お前次第やぞ。』と言った。ただし,脅
すということはなかった。」等と供述している。また,平成24年7月23
日に検察庁において作成されたJの供述調書(甲11)には,「B院長が,
『きれいに行きゃ,天国や。今までみたいなことをしよったら,地獄やぞ。
それは,お前次第や。』などと言った。おびえきって,前が見れないような
状態になっているDに対し,B院長が,釘を刺すような感じで言ってい
た。」との記載がある。
Kは被告人Aと40年来の付合いがあり,Jは暴力団組織内で被告人Aより
も下位の人物であるから,いずれも被告人Aに不利な虚偽の供述をする動機
を持たない。被告人Bや被告人Cが脅迫をしたということになれば,被告人
Aにも不利益が及ぶとの考えに至ることは容易であるから,被告人BやCに
とって不利な虚偽の供述をするとも考えがたい。そうすると,KとJの上記
各供述には一定の信用性があり,被告人Bや被告人Cが話した内容について
は,概ね上記のとおりと考えてよい。
しかしながら,被告人Bや被告人Cの上記各発言は,Dから金銭を脅し取
ることに向けられたものとは考えられない。また,Kも,脅かすということ
はなかった旨供述しているし,前記の事情に照らせば,Dが被告人らの言葉
に畏怖していたとも考えられない。なお,前記のJ供述について言えば,支
払いができていないDが,多数の債権者を前にして,「前が見れないような
状態になってい」たとは思われるが,進んで債務整理に応じた同人が「おび
えきって」いたとは思えず,この一語に関して言えば取り調べた検察官の誘
導による可能性は払拭できない。証拠(I証人,J証人,K証人,D証人,
被告人B,被告人Cの各公判供述等)から窺えるD自身のずさんな財産管理
やOの経営状況からすれば,Dにそれまで資金援助を継続しつつ,暴力団関
係者からの借金の整理に協力するなどしてきた被告人Bや被告人Cが,釘を
刺す意味で上記の各発言をしたとしても,言葉遣いは穏当ではないが,脅迫
とは評価されない。
(5)また,公訴事実第2につき,被告人Bの捜査段階での供述についても一言
する。
被告人Bは,捜査段階において,「Hに対し,『Aさんというヤクザの人
のおかげで,2200万円くらいのヤクザからの借金が半分になって終わっ
た。今後,半分の1200万円くらいはAさんに払わないかん。もう,ヤク
ザから借りられんで。旦那さんがヤクザから金を借りたら,命はないで。殺
されるで。』等と言った。」旨供述している。財産管理や経営がずさんであ
ったDに釘を刺す意味でこのような趣旨の発言があったとしても,おかしく
はない。しかし,仮にそうだとしても,前記の事情に照らせば,被告人Bが,
約1100万円と礼金約2900万円の名目で4000万円を脅し取ろうと
していたとは認められないし,D及びHがこれに対して恐喝の被害者として
畏怖していたとは考えがたい。言葉遣いは穏当ではないが,脅迫とは評価さ
れない。
4結論
以上のとおり,検察官立証を支えるD供述を信用できない以上,公訴事実第
1の場面において,被告人らが共謀の上,Dから金銭を脅し取ろうとしたとも認
められないし,公訴事実第2の場面において,被告人B及び被告人Cが共謀の上,
D及びHから金銭を脅し取ろうとしたとも認められない。恐喝未遂罪はいずれも
成立しない。
したがって,本件各公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,
刑事訴訟法336条により被告人ら3名に対しいずれも無罪の言渡しをする。
(検察官野崎高志並びに私選弁護人(被告人A関係)安岡幸男,私選弁護人(被告
人B関係)南正〔主任〕,同小泉武嗣,同藤宗正志,同岸上英二,同髙見秀一及
び私選弁護人(被告人C関係)稲田知江子各出席。検察官の求刑:被告人Aにつ
き懲役3年,被告人Bにつき懲役3年6月,被告人Cにつき懲役2年6月)
平成25年3月28日
高知地方裁判所刑事部
裁判長裁判官平出喜一
裁判官大橋弘治
裁判官佃良平

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