弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

凡例凡例凡例凡例
1平成19年(行ウ)第100号事件を「第1事件」,平成24年(行ウ)第69号
事件を「第2事件」という。
2別紙別紙別紙別紙1111(当事者目録)のとおり,第1,第2事件を通じて全ての原告に原告番号を
振ってある。原告番号は地域名と数字の組み合わせである。地域名は,「あ」が綾瀬
市,「え」が海老名市,「さ」が相模原市,「ざ」が座間市,「ふ」が藤沢市,「ま」が
町田市,「や」が大和市を意味し,各原告の提訴時の居住地を示す。この番号は第4
次厚木基地騒音訴訟(平成19年(ワ)第4917号,平成20年(ワ)第1532
号事件)と共通であり,両訴訟の原告となっている者には同じ番号が振られている。
3原告らが証拠として提出した文書の中に「甲〇第□号証の△」と番号が付けられて
いるものがある。〇の中には上記2で説明した居住地を示すひらがな(あ,え,さ,
ざ,ふ,ま,や)又は「ち」(茅ヶ崎市を意味する。)が入り,□の中には数字(1,
2,4,5,7,10,11)が入り,△の中には原告番号(第4次厚木基地騒音訴
訟と共通の番号)を構成する数字が入る。これらの文書は,〇と△の組み合わせによ
って示される原告番号によって特定される個々の原告又は第4次厚木基地騒音訴訟の
原告に関わる事実を立証するために提出されたものである。この表記による文書のう
ち□に入る数字によって示されるもの全部を引用するときは,例えば「甲地域別1」
などという。
4原告ら及び第4次厚木基地騒音訴訟の原告らの陳述書並びに第4次厚木基地騒音訴
訟の本人尋問調書(その裏付けとなるものとして提出された文書を含む。)である甲
地域別2,甲地域別5,甲地域別7及び甲地域別11を一括して「原告らの陳述書等」
といい,本件における原告本人尋問の結果を一括して「原告らの本人尋問の結果」と
いう。
5その他,本判決で使用する略語の正式名称及び用語の説明は,本判決本文末尾の「略
語,用語一覧表」のとおりである(ただし,網羅的ではない。)。
目次目次目次目次
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥凡例1
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥目次2
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥主文5
以下,事実及び理由
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第1部請求及び事案の概要6
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第1請求6
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1主位的請求(抗告訴訟としての差止請求)6
‥2予備的請求その1(公法上の法律関係に関する訴訟・給付請求)6
3予備的請求その2(公法上の法律関係に関する訴訟・義務確認請求その1)7
4予備的請求その3(公法上の法律関係に関する訴訟・義務確認請求その2)8
5予備的請求その4(公法上の法律関係に関する訴訟・義務不存在確認請求)8
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第2事案の概要9
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第2部前提となる事実11
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第1厚木基地の沿革と騒音問題の経緯11
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1厚木基地の現況11
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2厚木基地の設置及び管理の経緯13
‥‥‥‥‥‥‥‥‥3厚木基地の基地機能の変遷と騒音問題の経緯17
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4米軍と自衛隊の騒音問題への対応21
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第2航空機騒音の評価24
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1騒音とその大きさの評価24
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2航空機騒音とその大きさの評価27
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3航空機騒音に係る環境基準等とW値28
第3防衛施設である飛行場の周辺地域の騒音に関する法制度とその運用33
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1法令の定め33
‥‥‥‥‥‥‥‥‥2防衛施設庁・防衛省におけるW値の算定方法36
‥‥3厚木飛行場周辺における騒音コンターの作成及び区域指定等40
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第4厚木基地騒音訴訟の経緯42
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1第1次訴訟42
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2第2次訴訟43
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3第3次訴訟43
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4第4次訴訟44
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第3部当事者の主張44
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第1原告らの主張44
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1航空機騒音等の実態44
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2航空機騒音による被害45
3自衛隊機の運航と公権力の行使(本件自衛隊機差止めの訴えについて)49
‥4米軍機の運航と公権力の行使(本件米軍機差止めの訴えについて)50
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5原告適格(主位的請求共通)54
‥‥‥‥‥‥‥‥6重大な損害を生ずるおそれ(主位的請求共通)55
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥7処分の違法性(主位的請求共通)56
‥‥‥‥‥‥‥‥8抗告訴訟と当事者訴訟の関係(予備的請求全般)58
9当事者訴訟による請求が認容されるべきであること(予備的請求全般)59
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第2被告の主張61
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1本件自衛隊機差止めの訴えについて61
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2本件米軍機差止めの訴えについて62
‥‥‥‥‥3自衛隊機に関する予備的請求(当事者訴訟)について63
‥‥‥‥‥‥4米軍機に関する予備的請求(当事者訴訟)について64
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第4部当裁判所の判断66
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第1検討すべき問題及び結論の要旨66
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第2本件米軍機差止めの訴えについて68
‥‥‥‥‥‥‥‥1関係条約の定めと厚木飛行場設置までの経緯等68
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2判断71
‥‥‥‥‥‥‥第3米軍機に関する予備的請求(当事者訴訟)について73
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1給付請求(予備的請求その1)73
‥‥‥‥‥‥‥‥2確認請求(予備的請求その2からその4まで)80
‥‥‥‥‥第4本件自衛隊機差止めの訴えについて(その1・一般論)81
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1厚木基地最判の判示81
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2抗告訴訟提起の可否84
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3提起すべき抗告訴訟の類型85
‥‥4無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えの要件91
‥第5本件自衛隊機差止めの訴えについて(その2・本件事案の検討)96
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1請求の特定性96
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2原告適格96
‥‥‥‥‥‥‥3厚木飛行場周辺の航空機騒音をめぐる客観的事実97
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4周辺住民の受けている被害114
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5厚木飛行場の公共性125
‥‥‥‥6差止請求を認容すべき違法性の有無(受忍限度)の判断127
‥‥‥‥‥‥第6自衛隊機に関する予備的請求(当事者訴訟)について138
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥1給付請求(予備的請求その1)138
‥‥‥‥‥‥‥‥2確認請求(予備的請求その2からその4まで)138
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3死亡原告らを当事者とする訴訟の帰趨138
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥第7結論139
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥略語,用語一覧表141
別紙別紙別紙別紙1111当事者目録
2222死亡・転居原告目録
3333第4次厚木基地騒音訴訟被告最終準備書面添付別図第1
4444第4次厚木基地騒音訴訟被告最終準備書面添付別図第2
5555第4次厚木基地騒音訴訟乙A69の2添付図6-1
6666第4次厚木基地騒音訴訟乙A69の2添付図6-2
7777原告最終準備書面別冊別表1
8888原告最終準備書面別冊図1
9999原告最終準備書面別冊別表2から5まで
10101010行乙67の2枚目
平成26年5月21日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成19年(行ウ)第100号(第1事件),平成24年(行ウ)第69号(第2
事件)各航空機運航差止等請求事件
口頭弁論の終結の日平成25年9月2日
判決
当事者の表示別紙別紙別紙別紙1111(当事者目録)記載のとおり
主文
1本件各訴えのうち次の部分を却下する。
(1)アメリカ合衆国軍隊の使用する航空機に関する主位的請求(抗告訴訟と
しての差止請求)に係る部分及び予備的請求その2からその4まで(公法
上の法律関係に関する訴訟としての確認請求)に係る部分
(2)自衛隊の使用する航空機に関する予備的請求その2からその4まで(公
法上の法律関係に関する訴訟としての確認請求)に係る部分
(3)別紙別紙別紙別紙2222(死亡・転居原告目録)記載2の原告による自衛隊の使用する航
空機に関する主位的請求(抗告訴訟としての差止請求)に係る部分
2防衛大臣は,厚木飛行場において,毎日午後10時から翌日午前6時まで,
やむを得ないと認める場合を除き,自衛隊の使用する航空機を運航させては
ならない。
3原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,第1,第2事件を通じ,これを6分し,その5を原告らの負
担とし,その余を被告の負担とする。
5本件訴訟のうち別紙別紙別紙別紙2222(死亡・転居原告目録)記載1の原告らによるアメ
リカ合衆国軍隊の使用する航空機に関する主位的請求に係る部分及び自衛隊
つつつ
の使用する航空機に関する請求に係る部分は,いずれも同別紙別紙別紙別紙記載1の当該
原告の死亡日にその死亡により終了した。
事実及び理由
第1部請求及び事案の概要
第1請求(第1,第2事件を通じて)
1主位的請求(抗告訴訟としての差止請求)
(1)防衛大臣は,厚木海軍飛行場において,自衛隊の使用する航空機(以下「自
衛隊機」という。)について,次の態様による運航をさせてはならない。
ア毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航
イ訓練のための運航
ウ自衛隊機の運航により生ずる航空機騒音によって原告らの居住地におけ
るそれまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの値で75を超え
ることとなる場合の当該自衛隊機の運航
(2)防衛大臣は,アメリカ合衆国軍隊(以下「米軍」といい,アメリカ合衆国
を「米国」という。)に対し,厚木海軍飛行場内の別紙別紙別紙別紙4444(第4次厚木基地
騒音訴訟被告最終準備書面添付別図第2)(以下「別紙別紙別紙別紙4444図面」という。)
の赤斜線部分について,米軍の使用する航空機(以下「米軍機」という。)
の次の態様による運航のための使用を認めてはならない。
ア同飛行場の米軍の専用する施設及び区域への出入りのため以外の一切の
運航
イ毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航
ウ米軍機の運航により生ずる航空機騒音によって原告らの居住地における
それまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの値で75を超える
こととなる場合の当該米軍機の運航
2予備的請求その1(公法上の法律関係に関する訴訟・給付請求)
(1)被告は,厚木海軍飛行場における次の態様による自衛隊機の運航によって
生ずる航空機騒音を原告らの居住地に到達させてはならない。
ア毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航
イ訓練のための運航
(2)被告は,厚木海軍飛行場内の別紙別紙別紙別紙4444図面の赤斜線部分について米軍機の次
の態様による運航のための使用を認めることによって生ずる航空機騒音を原
告らの居住地に到達させてはならない。
ア同飛行場の米軍の専用する施設及び区域への出入りのため以外の一切の
運航
イ毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航
(3)被告は,厚木海軍飛行場において自衛隊機を運航させること及び米軍機の
運航のため同飛行場内の別紙別紙別紙別紙4444図面の赤斜線部分の使用を認めることによ
り,それまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの値で75を超え
ることとなる騒音を原告らの居住地に到達させてはならない。
3予備的請求その2(公法上の法律関係に関する訴訟・義務確認請求その1)
(1)被告が原告らに対し,厚木海軍飛行場において,自衛隊機について,次の
態様による運航をさせてはならない義務を負うことを確認する。
ア毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航
イ訓練のための運航
(2)被告が原告らに対し,厚木海軍飛行場内の別紙別紙別紙別紙4444図面の赤斜線部分につい
て,米軍機の次の態様による運航のための使用を認めてはならない義務を負
うことを確認する。
ア同飛行場の米軍の専用する施設及び区域への出入りのため以外の一切の
運航
イ毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航
(3)被告が原告らに対し,厚木海軍飛行場において自衛隊機を運航させること
及び米軍機の運航のため同飛行場内の別紙別紙別紙別紙4444図面の赤斜線部分の使用を認め
ることにより原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音
がWECPNLの値で75を超えることのないようにする義務を負うことを
確認する。
4予備的請求その3(公法上の法律関係に関する訴訟・義務確認請求その2)
(1)被告が原告らに対し,厚木海軍飛行場における次の態様による自衛隊機の
運航によって生ずる航空機騒音を原告らの居住地に到達させてはならない義
務を負うことを確認する。
ア毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航
イ訓練のための運航
(2)被告が原告らに対し,米軍機の次の態様による運航のため厚木海軍飛行場
内の別紙別紙別紙別紙4444図面の赤斜線部分の使用を認めることによって生ずる航空機騒音
を原告らの居住地に到達させてはならない義務を負うことを確認する。
ア同飛行場の米軍の専用する施設及び区域への出入りのため以外の一切の
運航
イ毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航
(3)被告が原告らに対し,厚木海軍飛行場において自衛隊機を運航させること
及び米軍機の運航のため同飛行場内の別紙別紙別紙別紙4444図面の赤斜線部分の使用を認め
ることによりそれまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの値で7
5を超えることとなる騒音を原告らの居住地に到達させてはならない義務を
負うことを確認する。
5予備的請求その4(公法上の法律関係に関する訴訟・義務不存在確認請求)
(1)原告らが被告に対し,厚木海軍飛行場における次の態様による自衛隊機の
運航によって生ずる航空機騒音をその居住地において受忍する義務を負わな
いことを確認する。
ア毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航
イ訓練のための運航
(2)原告らが被告に対し,米軍機の次の態様による運航のため厚木海軍飛行場
内の別紙別紙別紙別紙4444図面の赤斜線部分の使用を被告が認めることによって生ずる航空
機騒音をその居住地において受忍する義務を負わないことを確認する。
ア同飛行場の米軍の専用する施設及び区域への出入りのため以外の一切の
運航
イ毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航
(3)原告らが被告に対し,被告が厚木海軍飛行場において自衛隊機を運航させ
ること及び米軍機の運航のため同飛行場内の別紙別紙別紙別紙4444図面の赤斜線部分の使用
を認めることによりそれまでの1年間の一切の航空機騒音がWECPNLの
値で75を超えることとなる騒音をその居住地において受忍する義務を負わ
ないことを確認する。
第2事案の概要
本件は,神奈川県に所在しアメリカ合衆国海軍(以下「米海軍」という。)
及び海上自衛隊が使用する厚木基地(通称である。正式名称は厚木海軍飛行場)
の周辺である神奈川県大和市,綾瀬市,相模原市,座間市,藤沢市及び海老名
市並びに東京都町田市に居住する住民である原告67名(第1,第2事件の原
告合計数)が,厚木基地に離着陸する航空機の発する騒音により身体的被害及
び睡眠妨害,生活妨害等の精神的被害を受けていると主張して,自衛隊機の運
航権限を有する防衛大臣の所属する被告に対し,主位的に,行政事件訴訟法(以
下「行訴法」という。)に規定する抗告訴訟(法定の差止訴訟又は無名抗告訴
訟)として,厚木基地における自衛隊機の一定の態様による運航の差止め(以
下「本件自衛隊機差止請求」といい,これに係る訴えを「本件自衛隊機差止め
の訴え」という。)及び米軍機の一定の態様による運航のために厚木基地の一
定の施設及び区域(厚木飛行場)を使用させることの差止め(以下「本件米軍
機差止請求」といい,これに係る訴えを「本件米軍機差止めの訴え」という。)
を求め,予備的に,行訴法に規定する公法上の法律関係に関する訴訟(いわゆ
る実質的当事者訴訟。以下,単に「当事者訴訟」という。)として,厚木基地
における音量規制又はこれと同等の効果をもたらす被告の公法上の義務の存在
ないし原告らの公法上の義務の不存在の確認を求める事案である。なお,ここ
にいう無名抗告訴訟とは,抗告訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の
訴訟類型として法定されていないものをいう。
すなわち原告らは,第1,第2事件を通じて,主位的に,本件自衛隊機差止
請求として,①毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航,②訓練のため
の運航,③原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音がW
ECPNLの値で75を超えることとなる騒音を原告らの居住地に到達させる
運航の差止めを求め,本件米軍機差止請求として,①厚木基地のうち米軍の専
用する施設及び区域への出入りのため以外の運航,②毎日午後8時から翌日午
前8時までの間の運航,③原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の
航空機騒音がWECPNLの値で75を超えることとなる騒音を原告らの居住
地に到達させる運航のために厚木基地の一定の施設及び区域(厚木飛行場)を
米軍に使用させることの差止めを求めている。原告らは,これらの差止請求は
法定の差止訴訟又は無名抗告訴訟のいずれかとして認容されるべきであるとす
る。その上で,これらの差止請求が認められない場合に備えて,予備的に,当
事者訴訟の一形態である給付訴訟として上記の各差止めと同じ効果をもたらす
音量規制を求め,さらに,この給付訴訟が認められない場合に備えて,当事者
訴訟の一形態である確認訴訟として上記の音量規制に相当する効果をもたらす
被告の公法上の義務の存在の確認ないしこれを裏返した原告らの公法上の義務
の不存在の確認を求めているのである。
これに対し被告は,主位的請求に関しては,本件自衛隊機差止めの訴え及び
本件米軍機差止めの訴えは,法定の差止訴訟としても無名抗告訴訟としても訴
訟要件を欠き不適法であるとして却下を求め,予備的請求に関しては,自衛隊
機に関する請求に係る訴えは当事者訴訟としても訴訟要件を欠き不適法である
としていずれも却下を求め,米軍機に関する請求に係る訴えは,当事者訴訟の
一形態としての確認訴訟としては訴訟要件を欠き不適法であるとして却下を求
める一方,当事者訴訟の一形態としての給付訴訟はその根拠となる主張自体に
理由がないから当該請求を棄却すべきであるとして争っている。
厚木基地の周辺住民(本件訴訟の原告らと一致するわけではない。)は,昭
和51年9月以降これまで3回にわたり,厚木基地に離着陸する航空機の騒音
等による被害を受けているとして損害賠償等を求めて被告を提訴し,いずれも
被告の賠償責任を肯定する判決が確定している。そして,原告らを含む厚木基
地の周辺住民は,平成19年12月,第4次厚木基地騒音訴訟として再び同様
の訴えを提起し,平成20年4月に追加提訴をして,当裁判所において審理さ
れている(当裁判所に顕著な事実)。これらの訴訟がいずれも民事訴訟である
のに対し,本件は,行訴法上の行政事件訴訟(以下「行政訴訟」という。)に
よって航空機騒音を差し止めることを目的として被告を提訴するものである。
第4次厚木基地騒音訴訟と本件は,当裁判所において並行して審理が進められ
てきた。判決も同時に言い渡される。
第2部前提となる事実
第1厚木基地の沿革と騒音問題の経緯
争いのない事実並びに括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる
事実は次のとおりである(当裁判所に顕著な事実を用いる場合,証拠と並べて
括弧内に付記する。以下同じ。)。
1厚木基地の現況(甲A1から3まで,9の1~3,11,17の1・2,行
乙69から71まで,73,75)
神奈川県の中央部東側,大和市,綾瀬市及び海老名市にまたがって,総面積
約507万㎡の厚木基地がある(ただし,海老名市にあるのはごく一部であ
る。)。その中心を占めるのが,南北方向に延びる長さ2438m,幅45m
の滑走路とその南北両端に各304mにわたって設けられたオーバーランであ
る。
厚木基地は現在,米海軍厚木航空施設及び海上自衛隊厚木航空基地として使
用されている。
米海軍は,施設管理を行う厚木航空施設司令部を始め,西太平洋艦隊航空司
令部,第5空母航空団,第51対潜ヘリコプター飛行中隊等を厚木基地に駐留
させ,航空機の整備・補給・支援業務のほか,空母艦載機の操縦士のための飛
行訓練をここで行っている。
海上自衛隊は,航空集団司令部,第4航空群,第51航空隊,第61航空隊,
航空管制隊等を厚木基地に駐留させている。第4航空群は我が国の周辺海域に
おける警戒監視任務を活動の中心とし,災害派遣等の民生協力活動やその教育
訓練活動等を行い,第51航空隊は航空機の運用についての調査研究等を,第
61航空隊は人員及び貨物の輸送業務を,航空管制隊は海上自衛隊の航空機運
航に必要な航空情報の通報,飛行計画の申請及び承認に関する連絡事務,運航
管制に関する教育指導等を担当している。
厚木基地はかつて旧海軍省の所属財産であったが,同省が廃止されたことか
ら大蔵省に引き継がれてその所管の普通財産となった。後記のとおり昭和46
年7月1日にその一部(後記の「米軍一時使用区域」)の管理権が我が国に返
還されたが,その部分についても防衛庁の行政財産への所管換えはされず,防
衛庁長官が使用承認を受けて海上自衛隊が管理することとなった(普通財産取
扱規則(昭和40年4月1日大蔵省訓令第2号)5条,32条)。現在までこ
の法律関係に変わりはないが,その後大蔵省は財務省に,防衛庁は防衛省にな
っている。
昭和33年11月及び昭和35年10月,被告は米国に対し,厚木基地の滑
走路の南北両端に安全地帯を設定する用地として国有地合計約36万7000
㎡を提供した。一方,当初厚木基地とされていた区域の一部約30万㎡は,昭
和46年12月から平成6年12月にかけて順次被告に返還されて大蔵省所管
の普通財産となり,その一部は海上自衛隊の宿舎等の施設用地として利用され,
残部は大和市及び綾瀬市に無償貸付け(国有財産法22条1項)又は減額譲渡
(国有財産特別措置法3条1項)されて公園用地等として利用されている。
2厚木基地の設置及び管理の経緯(甲A1から3まで,9の1~3,11,1
7の1・2,行乙4,5の1・2,6,69から71まで,73,75)
(1)昭和46年6月30日まで
ア厚木基地は,昭和16年頃から旧海軍省により航空基地として使用され
ていたが,昭和20年9月,米国陸軍に接収された。昭和25年12月に
は米海軍が移駐し,以後,米海軍の航空基地となった。「日本国とアメリ
カ合衆国との間の安全保障条約」(以下「旧日米安保条約」という。)及
び「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定」
(以下「日米行政協定」という。)が昭和27年4月28日に発効した後
は,厚木基地は,日米行政協定2条1項に基づき,米軍の使用する施設及
び区域として米国に提供された(名称は「海軍飛行場キャンプ厚木」であ
る。昭和27年外務省告示第33号,第34号)。
イ昭和27年4月以降,旧日米安保条約に基づき米国に対して提供される
施設及び区域の決定並びにその返還を求める手続は日米合同委員会の協議
により行われることとなった(日米行政協定2条,26条)。これは「日
本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」(以下「日米
安保条約」という。)及び「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及
び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国
軍隊の地位に関する協定」(以下「日米地位協定」という。)が発効した
後も同様である(日米地位協定2条,25条)。日米合同委員会とは,日
米行政協定ないし日米地位協定の実施に関して我が国政府と米国政府とが
協議を行うために設けられた協議機関である。
昭和27年7月15日に航空法が公布,施行され,同日,これと併せて,
「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約に基く行政協定の実施に
伴う航空法の特例に関する法律」(現在の題名は「日本国とアメリカ合衆
国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに
日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定及び日本国における国際連
合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」で
ある。以下「航空法特例法」という。)が公布,施行された。航空法特例
法により,米国に提供される施設及び区域における航空機の運航等と我が
国の領空における航空機の運航等との調整が図られることとなり,航空法
のうち次の事項については,米軍の使用する飛行場,米軍機及びこれに乗
り組んでその運航に従事する者には適用されないこととされた。
①空港等又は航空保安施設の設置に係る運輸大臣(現在は国土交通大
臣。以下同じ。)の許可(航空法38条1項)
②耐空証明を受けた航空機以外を航空の用に供すること等の禁止(同
法11条)
③航空機の運航従事者の資格についての技能証明(同法28条1項,
2項)
④操縦教育証明を受けている者以外による操縦教育の禁止(同法34
条2項)
⑤外国航空機の航行の許可(同法126条2項)
⑥外国航空機の国内使用の禁止(同法127条)
⑦外国航空機の軍需品輸送の禁止(同法128条)
⑧各種証明書等の承認(同法131条)
⑨航空法第6章(航空機の運航)の各規定(ただし,同法96条から
98条までを除く。「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び
安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆
国軍隊の地位に関する協定及び日本国における国際連合の軍隊の地
位に関する協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律施行令」参
照)
この結果,米軍は,航空法との調整を保ちつつも,自らの判断と責任に
おいて,厚木基地に離着陸する米軍機を始めとする航空機の運航管理を専
権的に行うことになった。
一方,航空法の制定に伴い,我が国の領空における航空機の航空交通管
制は運輸大臣の権限事項とされ,米軍機もこれに服することになったが(上
記のとおり,航空法96条から98条までは米軍機にも適用される。),
日米行政協定6条1項(日米地位協定6条1項も同じ。)に基づく日米合
同委員会の合意により,日米行政協定2条(日米地位協定2条も同じ。)
により米国に提供された飛行場施設の隣接,近傍空域における航空交通管
制業務は,米国,具体的には米軍が行うこととされた。これにより,航空
交通管制業務(航空法施行規則199条1項)のうち,航空路管制業務は
運輸大臣が所管するが,それ以外の管制業務(飛行場管制業務,進入管制
業務,ターミナル・レーダー管制業務及び着陸誘導管制業務)は米軍が行
うこととされた。
ウ昭和35年6月23日に日米安保条約及び日米地位協定が発効し,厚木
基地は同日以降,日米地位協定2条1項(a)に基づき米軍の使用する施設
及び区域として引き続き米国に提供されることとなった。同項(b)により,
米国が日米行政協定の終了の時に使用している施設及び区域は,日米両政
府が同項(a)の規定に従って合意した施設及び区域とみなされるためであ
る。その名称は,昭和36年4月19日,「厚木海軍飛行場」に変更され
た(昭和36年調達庁告示第4号。これが現在までの正式な名称であるが,
一般には厚木基地と呼ばれており,本判決でも,特に正式名称を用いる必
要がない限り,厚木基地と呼ぶことにする。)。
(2)昭和46年7月1日から現在まで
ア昭和46年6月29日,厚木基地の一部についての共同使用及び使用転
換が閣議決定され,これを踏まえ,同月30日,日米合同委員会において
基地使用に係る日米政府間協定が締結され,同年7月6日に告示された(昭
和46年防衛施設庁告示第7号)。
この閣議決定と告示によれば,別紙別紙別紙別紙3333(第4次厚木基地騒音訴訟被告最
終準備書面添付別図第1)(以下「別紙別紙別紙別紙3333図面」という。)の赤斜線部分
(263万9157㎡の土地及びその上の建物等),すなわち滑走路及び
管制塔を含む厚木基地の飛行場部分は,使用転換されて海上自衛隊が管轄
管理することとなったが,同時に,日米地位協定2条4項(b)に基づいて
米軍に一時使用を認めることとされた。同図面の黄色部分(117万87
79㎡の土地及びその上の建物等)は,引き続き米軍が使用する部分であ
るが,同項(a)に基づいて海上自衛隊が共同使用することとされた。同図
面のそれ以外の部分すなわち青色部分は,同条1項(a)に基づき引き続き
米国に提供され,使用されるものとされた(以下,同図面の黄色部分を「日
米共同使用区域」,青色部分を「米軍専用区域」という。)。
このうち米軍に一時使用が認められた部分(赤斜線部分)について,防
衛庁長官は,自衛隊法107条5項を受けた「飛行場及び航空保安施設の
設置及び管理の基準に関する訓令」(昭和33年12月3日防衛庁訓令第
105号)2条に基づき,自衛隊の飛行場施設(名称は「厚木飛行場」)
を設置し,昭和46年7月1日に告示した(昭和46年防衛庁告示第13
1号)。本判決においてもこの赤斜線部分を「厚木飛行場」というが,「日
米共同使用区域」,「米軍専用区域」と対比して「米軍一時使用区域」と
いうこともある。「厚木基地」との関係を整理すると,基地の施設及び区
域全体が「厚木基地」(正式名称は厚木海軍飛行場)であり,その一部で
あって米軍が一時使用を認められる部分が「厚木飛行場」である。
厚木飛行場の設置に伴い,昭和46年12月から昭和48年12月にか
けて,海上自衛隊の航空集団の中枢である航空集団司令部と第4航空群が
ここに移駐した。以後,第4航空群の長が厚木飛行場の管理に当たってい
る。
平成23年7月13日,米軍専用区域の一部について共同使用が決定さ
れ(平成23年防衛省告示第174号),現在の状況は別紙別紙別紙別紙4444図面のとお
りとなっている。
イ厚木飛行場の管理権を我が国が有することになったことから,昭和46
年7月1日以降,その航空交通管制業務のうち飛行場管制業務と着陸誘導
管制業務を海上自衛隊厚木航空基地分遣隊(現在は厚木航空基地隊)が行
うこととなった(昭和46年運輸省告示第235号)。
現在の状況を整理すると,航空交通管制業務のうち航空路管制業務を国
土交通省所管の管制所が行い,飛行場管制業務及び着陸誘導管制業務を海
上自衛隊が行い,進入管制業務及びターミナル・レーダー管制業務を米軍
(横田進入管制所及び横田ターミナル・レーダー管制所)が行っている。
3厚木基地の基地機能の変遷と騒音問題の経緯(甲A1から3まで,9の2,
11,12,17の1・2,37の8・9,38の8・9,甲C55,56,
64,甲D2の230・277・321・339・353・357・374の
1~2,行乙64,65,69から71まで,73,75)
(1)昭和57年まで
厚木基地は米国陸軍による接収後,その輸送基地として使用されていたが,
朝鮮戦争の勃発に伴い滑走路等が復旧され,昭和25年12月から米海軍の
航空基地となった。昭和30年代には滑走路の延長,オーバーランの設置,
航空機の大型化に伴う滑走路のかさ上げ等の工事が行われて航空基地として
の機能強化が図られ,昭和35年頃から米海軍のジェット機が飛来するよう
になった。
厚木基地の周辺住民は昭和35年,厚木基地爆音防止期成同盟を結成し,
その委員長は昭和36年5月,厚木基地の航空機騒音により人権侵害を受け
ていることを横浜地方法務局に申告した。法務省はこれを受けて調査を行い,
昭和39年10月,厚木基地の飛行場周辺及び航空機の進入路下に当たる地
域においては騒音が激しい場合があり,その地域の相当多数の住民が精神的
及び日常生活上ある程度の被害を受けていると認定し,更に調査検討の上適
当な措置を講ぜられたいとしてこの調査結果を防衛施設庁に通知した。
昭和46年12月,前記のとおり海上自衛隊の第4航空群等が厚木基地に
移駐し,移駐後における自衛隊機の数は35機となった。
昭和48年10月,米海軍第7艦隊所属の空母ミッドウェーが横須賀基地
(米軍の「横須賀海軍施設」)を事実上の母港として初入港した。平成3年
には空母ミッドウェーに代わって空母インディペンデンスが,平成10年に
は同空母に代わって空母キティホークが,平成20年には同空母に代わって
空母ジョージ・ワシントンが,それぞれ横須賀基地を母港としている。これ
らの空母には米海軍第5空母航空団所属の艦載機が搭載されており,その整
備,補給,訓練等の活動が厚木基地で展開されるに至った。こうして,昭和
48年10月頃以降,空母艦載機が厚木基地に頻繁に飛来している。
厚木基地の周辺自治体は既に昭和35年から航空機騒音への対策に乗り出
していたが,空母艦載機が飛来するようになった昭和48年頃からは,厚木
基地に離着陸する航空機による騒音等が社会問題として新聞,テレビ等で大
きく取り上げられるようになり,後記のとおり,昭和51年9月には第1次
厚木基地騒音訴訟が提起された。
海上自衛隊は,昭和54年,厚木基地の滑走路の補修,誘導灯やILS(計
器着陸装置)施設の新設等の工事を行い,昭和56年10月に第51航空隊
を移駐させた。同年12月には対潜哨戒機P3-Cを配備した。
(2)昭和57年以降
米海軍は,昭和57年2月から,厚木基地でNLP(NightLandingPractice)
を開始した。
NLPとは,空母艦載機が陸上で行う着艦訓練(FCLP=FieldCarrier
LandingPractice)のうち夜間に行われるものであり,夜間において滑走
路を空母甲板に見立ててタッチアンドゴーを行うことをいう。タッチアンド
ゴーとは,航空機の離着陸訓練の一つであり,滑走路へ進入降下し,着地,
地上滑走した後,再びエンジン出力を上げて離陸するという一連の操作を繰
り返すことである。空母への着艦,特に夜間におけるそれは滑走路への着陸
に比べてはるかに高度な技量を必要とするため,米海軍では,艦載機の操縦
士は訓練により常にその精度を保つ必要があるとされ,特に空母の出港前に
は所定の方法で一定の回数のNLPを行うことが義務付けられている。訓練
中,航空機は飛行場の周辺上空を周回し,地上の誘導ライトを頼りに大きな
推力を維持しつつ滑走路に進入し,着陸後直ちに急上昇することを繰り返す。
米海軍は当初,三沢基地と岩国基地でNLPを実施していたが,遠方である
こと等から時間・費用面での問題が多いとされ,昭和57年2月以降,厚木
基地で実施することとなった。
NLPの実施により厚木基地周辺の航空機騒音は激化し,後記のとおり昭
和59年10月,第2次厚木基地騒音訴訟が提起された。さらに,周辺自治
体等からの強い抗議や代替訓練施設の設置要請もあり,被告は昭和63年6
月,暫定的な措置として硫黄島でのNLPの実施を米国に申し入れ,合意に
達した。そして,被告は平成5年3月末,硫黄島にNLP実施のための訓練
施設(宿舎や更生施設等の関連施設を含む。)を完成させた。
その後,空母艦載機が実施するNLPの多くは硫黄島で行われるようにな
ったが,硫黄島付近の天候上の問題や厚木基地から遠方であるなどの理由に
より,硫黄島に全面移転されることはなく,厚木基地でも行われることがあ
る。
厚木基地の周辺住民は,NLPが硫黄島で実施されるようになった後も騒
音等による被害が著しいとして,後記のとおり平成9年12月に第3次厚木
基地騒音訴訟を提起した。
(3)最近の動向と今後の見込み
ア厚木基地に配備されている米軍機
厚木基地に飛来する米海軍の空母艦載機は第5空母航空団所属のもので
あり,機種としてはF/A18-E及びF/A18-F(戦闘攻撃機。Eは
単座,Fは複座である。),EA-18G(電子戦機),E-2C(早期警
戒機),C-2A(輸送機),SH60-F(対潜ヘリコプター),HH-
60H(救難ヘリコプター)などがある。
F/A-18E及びF/A-18F(スーパーホーネット)は,平成15
年11月以降,それまで配備されていたF/A-18C及びF/A-18D
(ホーネット)に代わって配備されたジェット機であり,平成16年10
月までに合計26機が配備された。スーパーホーネットはホーネットより
も機体が大型化し,エンジン推力も35%増加しており,これに伴ってよ
り大きな騒音を発する。
また,EA-18G(グラウラー)は,それまで配備されていたEA-
6B(プラウラー)に代わって平成24年3月に配備されたもので,機数
は合計6機である。グラウラーは,スーパーホーネットをベースに開発さ
れた電子戦機であり,エンジン推力はプラウラーの2倍近くに達する。
イ厚木基地に配備されている自衛隊機
海上自衛隊は,前記の対潜哨戒機P-3Cのほか,多用機(LC-90,
UP-3C),輸送機(YS-11M,YS-11M-A),哨戒ヘリコ
プター(SH-60J,SH-60K)等を厚木基地に配備している。ジ
ェット機はこれまで,飛来することはあったが,配備はされていなかった。
プロペラ機であるP-3Cの後継機として平成25年3月に配備された
P-1はジェット機であり,平成25年度末までに合計7機が配備される
予定である。
ウ今後の見込み
日米安全保障協議委員会は,平成18年5月,「再編実施のための日米
のロードマップ」を承認した。同委員会は,日米安保条約に基づき,日米
政府間の相互理解を促進することに役立つとともに安全保障の分野におけ
る両国間の協力関係の強化に貢献するような問題であって安全保障問題の
基盤をなすもののうち安全保障問題に関するものを検討するために設置さ
れた特別の委員会であり,我が国の外務大臣と防衛大臣,米国の国務長官
と国防長官の4閣僚で構成される。上記のロードマップの中には,「厚木
飛行場から岩国飛行場への空母艦載機の移駐」という項目が設けられ,①
米海軍第5空母航空団の厚木飛行場から岩国飛行場への移駐は,F/A-
18,EA-6B,E-2C及びC-2航空機から構成され,必要な施設
が完成し,訓練空域及び岩国レーダー進入管制空域の調整が行われた後,
平成26年までに完了する,②厚木飛行場から行われる継続的な米軍の運
用の所要を考慮しつつ,厚木飛行場において,海上自衛隊EP-3,OP
-3,UP-3飛行隊等の岩国飛行場からの移駐を受け入れるための必要
な施設が整備される,などとされた。
しかし,防衛省は平成25年1月,厚木基地の周辺自治体に対し,平成
26年度中に実施予定とされていた米海軍空母艦載機59機の岩国飛行場
への移駐は平成29年頃になる見込みであると説明した。
4米軍と自衛隊の騒音問題への対応(甲A1から3まで,11,12,顕著な
事実)
(1)米軍
日米合同委員会は昭和38年9月19日,厚木基地周辺における米軍の航
空機騒音の規制に関し諸種の措置を設けることに合意した。昭和44年11
月20日に一部改正された後の合意事項は概要次のとおりである。
①午後10時から午前6時までの間,厚木基地における全ての活動(飛
行及びグランド・ラン・アップ)は,運用上の必要に応じ,及び米軍の
態勢を保持する上に緊要と認められる場合を除き,禁止される。
②訓練飛行は,日曜日には最小限にとどめる。
③アフターバーナー装備の航空機は,基地空域内においてできるだけ速
やかに離陸・上昇することが要求される。アフターバーナーは,安全飛
行状態を持続するために継続して使用しなければならない場合又は運用
上の必要性による場合を除き,飛行場の境界線に達する前に使用を停止
しなければならない。
④離陸及び着陸の間を除き,航空機は人口稠密地域の上空を低空で飛行
しない。
⑤基地周辺の空域においては,曲技飛行及び空中戦闘訓練を実施しない。
ただし,年間定期行事として計画された曲技飛行の展示はその限りでな
い。
⑥着艦訓練のための航空機は,場周経路では2機に制限される。
⑦離陸及び着陸の間を除き,空母着艦訓練等のための航空機は,特定の
タイプの訓練を必要とする場合を除き,平均海面上1600フィート以
下で飛行しない。特殊の訓練は,訓練の必要に見合った必要最小限度に
とどめるものとし,かつ,そのパターンは,平均海面上800フィート
以下は通らない。
⑧運用能力又は態勢が損なわれる場合を除き,ジェットエンジンは,午
後6時から午前8時までの間,試運転されない。
⑨ジェットエンジンテスト等の実施に当たっては,厚木基地は,実行可
能なできるだけ早い時期に効果的な消音器を装備し,それを騒音減衰の
ために使用する。
⑩操縦士は,騒音問題について機会あるごとに十分教育を受ける。
(2)自衛隊
厚木基地においては,現在,自衛隊機(第4航空群)の運航について次の
ような自主規制が行われている。
ア厚木飛行場規則(平成19年3月15日第4航空群達第2号)による自
主規制
①訓練飛行(タッチアンドゴー,ローアプローチ)及び地上試運転の
規制時間は,原則として次の表のとおりとする。
区分曜日規制時間
訓練飛行全ての航空機日曜日終日
月曜日~土曜日午後10時~午前6時
ジェット機日曜日終日
地上月曜日~土曜日午後6時~午前8時
試運転ジェット機以外日曜日終日
月曜日~土曜日午後10時~午前6時
②場周経路内における連続離着陸訓練機及び連続離着陸訓練回数は制
限する。
③厚木管制圏内での編隊飛行は,原則として実施しないものとする。
④飛行場及びその周辺空域における既定の飛行経路の高度よりも低い
高度での飛行は,任務及び訓練上必要な場合を除き行わないものとす
る。
⑤離陸時のアフターバーナーの使用は,運行上必要な場合に限る。た
だし,この場合,飛行場の境界線又は安全な高度及び速度に達したと
きには,使用を中止するものとする。
⑥着艦訓練(FCLP)は許可しない。
イ「厚木航空基地における航空機騒音の軽減に関する規制措置について(通
知)」(平成10年11月4日4空群運第835号)による自主規制
①同一時間に離着陸機が集中しないように各隊の離着陸訓練時間を調
整する。
②場周経路内の同時機数は,昼間は,固定翼機のみの場合は3機以内,
回転翼機のみの場合は4機以内,固定翼機及び回転翼機が混在する場
合はそれぞれ2機以内とし,夜間は,固定翼機又は回転翼機のみの場
合はそれぞれ2機以内,固定翼機及び回転翼機が混在する場合はそれ
ぞれ1機とする。
③連続離着陸訓練は,固定翼機については,原則として昼間4回,夜
間3回以内とし,更に訓練を実施する場合は,一度場周経路を離脱し,
10~15分経過後再度進入することとし,回転翼機については,原
則として昼間4回,夜間3回以内とし,更に訓練を実施する場合は,
B1又はヘリパッドで10~15分間ホバリング等の後再度進入す
る。
第2航空機騒音の評価
証拠(括弧内掲記のもの)及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のと
おりである。
1騒音とその大きさの評価(甲A1,2,11,甲C65)
騒音とその測定方法一般については,国際連合の専門機関の一つであるWH
O(WorldHealthOrganization世界保健機関)が平成11年に公表した「環
境騒音のガイドライン(実務的抄録)」(GuidelinesforCommunityNoise)(平
松幸三=松井利仁=宮川雅充訳。甲C65。以下「WHOガイドライン」とい
う。)が次のように述べているとおりである。
「物理的には,音(sound)と騒音(noise)に違いはない。音はまた知覚でも
あり,音波の複雑なパターンが,騒音,音楽,話し声などと識別される。かく
して,騒音は望ましくない音,と定義される。
ほとんどの環境騒音は,数種類の単純な評価指標によって近似的に記述する
ことができる。騒音の評価指標はすべて,音の周波数構成,オーバーオールの
音圧レベルおよびそれらの時間変動を考慮している。音圧は音を作り出す空気
の振動を表す基本的な指標である。人間が聞くことのできる音圧の幅は非常に
広いので,音圧レベルはdB(デシベル)という単位の対数スケールで評価され
る。よって,音圧レベルを加算することや音圧レベルの算術平均をとることは
できない。ほとんどの場合,騒音の音圧レベルは時間とともに変化し,また音
圧レベルを算出するときには,変動する音圧の瞬間値を一定の時間で積分しな
ければならない。
ほとんどの環境音は,さまざまな周波数成分が複雑に混ざりあっている。周
波数とは,音波の媒体である空気の1秒あたりの振動回数であり,単位はHz(ヘ
ルツ)である。人間の可聴域は,聴力正常な若者の場合,20~20,000
Hzとされている。しかし,人間の聴覚は,音の周波数によって感度が異なる。
これを補正するために,さまざまな聴感補正特性を用いて各種環境音に固有の
周波数成分の相対的強度が評価されてきた。聴感補正特性の中でも,低周波領
域と比較して中・高周波数領域を重視するA特性がもっとも広く用いられてい
る。A特性は人間の聴感特性を近似せんとするものである。
複合音の影響は,それらの騒音のエネルギー和と関係がある(等エネルギー
原理)。ある期間の全エネルギーの和から,その期間の平均音響エネルギーに
等価なレベルが得られる。LAeq,TはA特性補正した音のT時間の平均エネルギ
ーに等価な定常音のレベルである。LAeq,Tは道路交通騒音や事実上連続音とみ
なせるような工場騒音などの連続音の評価に使用すべきものである。しかしな
がら,航空機騒音や鉄道騒音のように,一つ一つが明確に区別できる音がある
場合には,LAeq,TだけではなくA特性音圧レベルの最大値(LAmax)や単発騒
音曝露レベル(LAE)のような個々の発生騒音の指標も用いるべきである。騒
音レベルが時間的に変動する場合は,レベル変動のパーセンタイル値を用いた
評価もなされている。
現在,実務的には,ほとんどの騒音で等エネルギー原理がほぼ成立しLAeq,T
と騒音影響の対応はおおむねよい,という考え方が一般的である。ただし,発
生回数の少ない音の場合,睡眠妨害やその他の生活妨害の評価にはA特性音圧
レベルの最大値(LAmax)がより適している。しかしながら,ほとんどの場合
は,単発騒音エネルギーを積分した値である単発騒音曝露レベル(LAE)がよ
り整合性の高い評価尺度となる。昼間と夜間のLAeqを加算するときに,夜間の
時間帯に重み付けをする方法もよく用いられる。夜間の重み付けは夜間に不快
感の感受性が増大することを反映するためのものであり,それによって住民の
睡眠を保護するものではない。」
一般に騒音の大きさは,上記の記述にあるとおり,A特性に応じた聴感補正
をした音圧レベルで,dBを単位として表記される。「騒音レベル」という用語
は,このようにして示された騒音の大きさを意味する。A特性であることを示
すためにdB(A)とする表記法もあるが,騒音レベルとしてdBとあればdB(A)と同
じことである。計量法は,音圧レベルの計量単位をデシベルと定め(同法4条
1項,別表第2。なお,計量単位規則2条1項1号,別表第2により,デシベ
ルの記号はdBとされている。),計量単位令3条1項,別表第2がこれを定義
しているが,そこにいうデシベルは聴感補正をしたものとしていないものの両
者を含む(計量単位規則6条,別表第10参照)。なお,平成4年法律第51
号による改正前の計量法5条44号が「騒音レベルの計量単位は,ホン又はデ
シベルとする。」と規定していたように,かつてはデシベルとホンが相互互換
的に用いられていたが,現在はホンは用いない。
あくまでも一応の目安であるが,騒音とdBとの対応として,電車の中が80
dB,交通量の多い交差点が90dB,電車通過時の線路脇や地下鉄駅構内が10
0dB,自動車のクラクションや新幹線通過時の音が110dB,ビル工事現場や
ジェット機離陸時の音が120dBなどとされ,130dBが最大可聴値(これを
超える音は痛みとしてしか感じられない。)とされている(甲A1,2,11)。
一方,上記の記述にあるLAeq,Tとは,等価騒音レベルと呼ばれ,一定の期間
における騒音のエネルギーを考慮した騒音の評価指標である。
このように,騒音の大きさを評価する指標としては,音圧レベルを尺度とす
るものと,一定の期間における音のエネルギーを尺度とするものとがある。
2航空機騒音とその大きさの評価(甲C66の1・2,行乙22)
航空機騒音は,①騒音のピークレベルが工場騒音や自動車騒音など他の発生
源による騒音と比較してはるかに高く,しかも広範囲に及ぶこと,②エンジン
の影響により特定の周波数(高周波数)に片寄った特異な音質を有すること,
③継続時間が数秒から数十秒の間欠音であることなどの特性がある。これらの
特性を考慮した航空機騒音の評価指標として,これまで我が国ではWECPN
Lという評価指標が用いられてきた。
WECPNLは「WeightedEquivalentContinuousPerceivedNoiseLevel」
(加重等価継続感覚騒音レベル)のことであり,国際連合の専門機関の一つで
あるICAO(InternationalCivilAviationOrganization国際民間航空機
関)が昭和46年に提案した騒音の評価指標であって,「うるささ指数」とも
呼ばれる。等価騒音レベルと同じく一定の期間における騒音のエネルギーを考
慮した評価指標である。簡単にいうと,航空機1機ごとの騒音のうるささを表
す評価指標としてそれ以前に提案されていたPNL(PerceivedNoiseLevel)
の値に,継続時間補正及び純音補正を加え,さらに騒音発生時間帯を考慮して
夜間及び深夜・早朝における騒音に重み付けを行って値を求めるものである。
WECPNLは後記のとおり昭和48年,航空機騒音に係る環境基準に採用
され,それ以来現在まで,我が国における航空機騒音の評価指標の代表的なも
のとして広く用いられてきた。本件のように航空機騒音による被害の有無が問
題とされる訴訟においても,WECPNLの値(以下,略して「W値」という。)
が重要な判断基準として一貫して用いられてきている。
もっとも,昭和48年の環境基準が採用したW値の算定方法は,測定の便宜
や計算の便宜を考慮して,ICAOが提案した算定方法を著しく簡略化したも
のであった。そのようなことや,国際環境の変化もあって,後記のとおり,現
行の環境基準はWECPNLの使用を止め,代わりに時間帯補正等価騒音レベ
ル(Lden)を採用することとなった。しかし,時間帯補正等価騒音レベルはま
だ導入されたばかりであり,厚木基地周辺における騒音の評価指標としては,
これまで,個々の騒音の音圧レベル(騒音レベル)を測定する際にはdBが,一
定の期間の騒音を測定する際にはW値が用いられているので,本件でも,騒音
の評価指標としてはdB及びW値を用いるほかない。
3航空機騒音に係る環境基準等とW値(甲C1の9,66の1・2,行乙22,
顕著な事実)
(1)昭和48年に導入された環境基準
ア昭和42年に公布,施行された公害対策基本法9条1項は,「政府は,
大気の汚染,水質の汚濁,土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件につい
て,それぞれ,人の健康を保護し,及び生活環境を保全するうえで維持さ
れることが望ましい基準を定めるものとする。」と規定し,政府にその基
準の設定を義務付けた。これを受けて,環境庁長官は昭和48年12月,
同条の規定に基づく騒音に係る環境上の条件のうち航空機騒音に係る基準
として,「航空機騒音に係る環境基準について」(昭和48年環境庁告示
第154号)を告示した。
平成5年に環境基本法が公布,施行されたことに伴い公害対策基本法は
廃止されたが,環境基本法16条1項は公害対策基本法9条1項と同様の
規定を設けており,これに伴い,上記「航空機騒音に係る環境基準につい
て」も環境基本法16条1項に基づく基準となった。
イ平成19年環境省告示第114号による改正前の「航空機騒音に係る環
境基準について」(以下「昭和48年環境基準」という。)の内容は次の
とおりである。
昭和48年環境基準は,生活環境を保全し,人の健康の保護に資する上
で維持することが望ましい航空機騒音に係る基準及びその達成期間を次の
とおり定めた。
環境基準は,専ら住居の用に供される地域(地域の類型Ⅰ)につきW値
70以下(以下,W値は「70W」など数字に「W」を添えて表記する。)
とし,それ以外の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域(地
域の類型Ⅱ)につき75W以下とする。地域の類型は,公害対策基本法9
条2項(環境基本法16条2項)に従い都道府県知事が指定する。
上にいうW値は次の①~⑤の方法により測定・評価した場合における値
とする(以下,これに従ってW値を算定する方式を,後述の防衛施設庁長
官の定めた算定方式(防衛施設庁方式)と対比させる意味で,「環境基準
方式」という。)。
①測定は,原則として連続7日間行い,暗騒音より10dB以上大きい
航空機騒音のピークレベル(計量単位dB)及び航空機の機数を記録す
るものとする。
②測定は,屋外で行うものとし,その測定点としては,当該地域の航
空機騒音を代表すると認められる地点を選定するものとする。
③測定時期としては,航空機の飛行状況及び風向等の気象条件を考慮
して,測定点における航空機騒音を代表すると認められる時期を選定
するものとする。
④評価は,①のピークレベル及び機数から次の算式により1日ごとの
値(単位WECPNL)を算出し,そのすべての値をパワー平均して行
うものとする。
dB(A)+10log10N-27
(注)dB(A)とは,1日の全てのピークレベルをパワー平均した
ものをいい,Nとは,午前0時から午前7時までの間の航空機
の機数をN1,午前7時から午後7時までの間の航空機の機数を
N2,午後7時から午後10時までの間の航空機の機数をN3,
午後10時から午後12時までの間の航空機の機数をN4とした
場合における次により算出した値をいう。
N=N2+3N3+10(N1+N4)
⑤測定は,計量法71条の条件に合格した騒音計を用いて行うものと
する。この場合において,周波数補正回路はA特性を,動特性は遅い
動特性(slow)を用いることとする。
環境基準は,公共用飛行場等の周辺地域においては,飛行場の区分ごと
に定める達成期間で達成され,又は維持されるものとする。この場合にお
いて,達成期間が5年を超える地域においては,中間的に所定の改善目標
を達成しつつ,段階的に環境基準が達成されるようにする。自衛隊等(自
衛隊又は米軍)が使用する飛行場の周辺地域においては,平均的な離着陸
回数及び機種並びに人家の密集度を勘案し,当該飛行場と類似の条件にあ
る公共用飛行場等の区分に準じて環境基準が達成され,又は維持されるよ
うに努めるものとする。
ウ昭和48年環境基準は,中央公害対策審議会の答申に基づいて定められ
たものであるが,その答申に先立って中央公害対策審議会騒音振動部会特
殊騒音専門委員会がとりまとめた「航空機騒音に係る環境基準について(報
告)」(昭和48年4月12日)においては,「指針設定の基礎」として,
「航空機騒音に係る環境基準の指針設定にあたっては,聴力損失など人の
健康に係る障害をもたらさないことはもとより,日常生活において睡眠障
害,会話妨害,不快感などをきたさないことを基本とすべきである」と述
べられており,昭和48年環境基準もこれと同じ考え方に基づくものと解
される。
エ防衛庁長官官房長の「自衛隊飛行場に係る環境基準の達成について」と
題する通知(昭和53年3月22日官文第1228号)によれば,厚木飛
行場については,昭和48年環境基準の達成期間は「10年をこえる期間
内に可及的速やかに」とされ,改善目標は,「15年以内に,85WE
CPNL未満とすること又は85WECPNL以上の地域において屋内で
65WECPNL以下とすること。210年以内に,75WECPN
L未満とすること又は75WECPNL以上の地域において屋内で60W
ECPNL以下とすること。」とされている。
(2)現行の環境基準
昭和48年環境基準は平成19年環境省告示第114号により改正され,
改正後の基準(以下「現行環境基準」という。)が平成25年4月1日から
適用されている。
この改正は,近年の騒音測定機器の技術的進歩及び国際的動向に即して,
WECPNLの代わりに新たな評価指標として時間帯補正等価騒音レベル
(Lden)を採用したものである。等価騒音レベル(LAeq)とは,一定の時間
間隔について,変動する騒音の騒音レベルをエネルギー的な平均値として表
した量であり,単位はdBである。時間帯補正等価騒音レベルとは,夕方の騒
音,夜間の騒音に重み付けを行い評価した1日の等価騒音レベルをいう。
もっとも,昭和48年環境基準の基準レベルの早期達成の実現を図ること
が肝要であり,騒音対策の継続性も考慮すべきであるため,現行環境基準の
基準値は昭和48年環境基準の基準値に相当する値とするものとされてい
る。すなわち,現行環境基準により,環境基準は,時間帯補正等価騒音レベ
ルで,地域の類型Ⅰにつき57dB以下,地域の類型Ⅱにつき62dB以下とさ
れたが,それぞれの数値は70W以下,75W以下に対応する。このことか
ら分かるとおり,この程度のレベルの騒音においては,W値から13をマイ
ナスしたものが時間帯補正等価騒音レベルの数値になる。
(3)法令に基づくW値の算定
ア民間航空機の用に供される公共用飛行場の場合
民間航空機が使用する飛行場周辺における騒音に関しては,「公共用飛
行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律」(以下「航
空機騒音防止法」という。)が制定されており,公共用飛行場の周辺にお
ける航空機の騒音により生ずる障害の防止,航空機の離着陸の頻繁な実施
により生ずる損失の補償その他必要な措置について定めている。同法8条
の2は,特定飛行場(国土交通大臣が設置する公共用飛行場であって当該
飛行場における航空機の離陸又は着陸の頻繁な実施により生ずる騒音等に
よる障害が著しいと認めて政令で指定するもの並びに成田国際空港及び大
阪国際空港をいう。同法2条)の設置者は,政令で定めるところにより航
空機の騒音により生ずる障害が著しいと認めて国土交通大臣が指定する特
定飛行場の周辺の区域(第一種区域)に当該指定の際現に所在する住宅に
ついて,その所有者又は当該住宅に関する所有権以外の権利を有する者が
航空機の騒音により生ずる障害を防止し,又は軽減するため必要な工事を
行うときは,その工事に関し助成の措置をとるものとすると規定している。
また,同法9条は同様に第二種区域と指定された区域における移転の補償
等を,同法9条の2は同様に第三種区域と指定された区域における緑地帯
等の整備を定めている。
これを受け,「公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止
等に関する法律施行令」(平成24年政令第252号による改正前のもの。
以下「旧航空機騒音防止法施行令」といい,同改正後のものすなわち現行
のものを「航空機騒音防止法施行令」という。)6条は,上記の区域の指
定に関し,航空機の離陸又は着陸に伴う騒音の影響度をその騒音の強度,
発生の回数及び時刻等を考慮して国土交通省令で定める算定方法で算定し
た値が,その区域の種類ごとに国土交通省令で定める値以上である区域を
基準として行うものとすると規定していた。これを受けた「公共用飛行場
周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律施行規則」(平
成24年国土交通省令第78号による改正前のもの。以下「旧航空機騒音
防止法施行規則」といい,同改正後のものすなわち現行のものを「航空機
騒音防止法施行規則」という。)1項は,昭和48年環境基準に定められ
た算式と同じ算式によって区域指定の基準となる値(すなわちW値)を算
出するものとし(同項1号),その値は,当該飛行場を使用する航空機の
型式,飛行回数,飛行経路,飛行時刻等に関し,年間を通じての標準的な
条件を設定し,これに基づいて算定するものとしていた(同項2号)。そ
して,旧航空機騒音防止法施行規則2項は,旧航空機騒音防止法施行令6
条の「国土交通省令で定める値」を,第一種区域にあっては75(すなわ
ち75W),第二種区域にあっては90(すなわち90W),第三種区域に
あっては95(すなわち95W)とすると定めていた。
このように,公共用飛行場周辺における航空機騒音に関しては,昭和4
8年環境基準に定められたのと同じ方法(環境基準方式)により算定した
W値を基準として工事の助成等の政策措置がとられることになっていた。
これに対し,平成25年4月1日に施行された航空機騒音防止法施行令
及び航空機騒音防止法施行規則の各規定は,現行環境基準と同じく,基準
値としてW値ではなく時間帯補正等価騒音レベルを採用している。
イ自衛隊機又は米軍機の用に供される飛行場(防衛施設)の場合
自衛隊機又は米軍機が使用する飛行場(防衛施設)周辺における航空機
騒音に関しては,上記アとは異なる方法によりW値を算定するものとされ
てきた。その内容は後記第3のとおりである。
第3防衛施設である飛行場の周辺地域の騒音に関する法制度とその運用
1法令の定め
「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」(以下「環境整備法」と
いう。)は,自衛隊等(自衛隊又は米軍をいう。同法2条1項)の行為又は防
衛施設(自衛隊の施設又は日米地位協定2条1項の施設及び区域をいう。同条
2項)の設置若しくは運用により生ずる障害の防止等のため防衛施設周辺地域
の生活環境等の整備について必要な措置を講ずるとともに,自衛隊の特定の行
為により生ずる損失を補償することにより,関係住民の生活の安定及び福祉の
向上に寄与することを目的とする(同法1条)。
環境整備法4条によれば,被告は,政令で定めるところにより自衛隊等の航
空機の離陸,着陸等の頻繁な実施により生ずる音響に起因する障害が著しいと
認めて防衛大臣が指定する防衛施設の周辺の区域(第一種区域)に当該指定の
際現に所在する住宅について,その所有者又は当該住宅に関する所有権以外の
権利を有する者(所有者等)がその障害を防止し,又は軽減するため必要な工
事を行うときは,その工事に関し助成の措置を採るものとするとされている(住
宅の防音工事の助成)。
環境整備法5条によれば,被告は,政令で定めるところにより第一種区域の
うち航空機の離陸,着陸等の頻繁な実施により生ずる音響に起因する障害が特
に著しいと認めて防衛大臣が指定する区域(第二種区域)に当該指定の際現に
所在する建物,立木竹その他土地に定着する物件の所有者が当該建物等を第二
種区域以外の区域に移転し,又は除却するときは,当該建物等の所有者等に対
し,政令で定めるところにより,予算の範囲内において,当該移転又は除却に
より通常生ずべき損失を補償することができるなどとされている(移転の補償
等)。
環境整備法6条によれば,被告は,政令で定めるところにより第二種区域の
うち航空機の離陸,着陸等の頻繁な実施により生ずる音響に起因する障害が新
たに発生することを防止し,併せてその周辺における生活環境の改善に資する
必要があると認めて防衛大臣が指定する区域(第三種区域。以下,第一種区域,
第二種区域及び第三種区域を合わせて「第一種区域等」という。)に所在する
土地で同法5条2項の規定により買い入れたものが緑地帯その他の緩衝地帯と
して整備されるよう必要な措置を採るものとするなどとされている(緑地帯の
整備等)。
環境整備法の委任を受けた「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律
施行令」(以下「環境整備法施行令」という。)8条は,環境整備法4条の規
定による第一種区域の指定,5条1項の規定による第二種区域の指定及び6条
1項の規定による第三種区域の指定は,自衛隊等の航空機の離陸,着陸等の頻
繁な実施により生ずる音響の影響度をその音響の強度,その音響の発生の回数
及び時刻等を考慮して防衛省令で定める算定方法で算定した値が,その区域の
種類ごとに防衛省令で定める値以上である区域を基準として行うものとすると
規定している。
これを受けて定められた「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律施
行規則」(平成25年防衛省令第5号による改正前のもの。以下「旧環境整備
法施行規則」といい,同改正後のものすなわち現行のものを「環境整備法施行
規則」という。)1条は,上にいう「防衛省令で定める算定方法」を
dB(A)+10logN-27
とし(同条1項),そこにいう「dB(A)」を,1日の間の自衛隊等の航空機の
離陸,着陸等の実施により生ずる音響のそれぞれの最大値をパワー平均して得
た値と定義し(同条2項1号),「N」を,1日の間の自衛隊等の航空機の離
陸,着陸等の実施により生ずる音響のうち,午前0時直後から午前7時までの
間に発生するものの回数をN1,午前7時直後から午後7時までの間に発生す
るものの回数をN2,午後7時直後から午後10時までの間に発生するものの
回数をN3及び午後10時直後から午後12時までの間に発生するものの回数
をN4として,次に掲げる式によって算出して得た値と定義した(同項2号)。
N2+3N3+10(N1+N4)
そして,防衛大臣は,これらの値の算定に当たっては,自衛隊等の航空機の
離陸,着陸等が頻繁に実施されている防衛施設ごとに,当該防衛施設を使用す
る自衛隊等の航空機の型式,飛行回数,飛行経路,飛行時刻等に関し,年間を
通じての標準的な条件を設定し,これに基づいて行うものとされた(同条3
項)。
また,旧環境整備法施行規則2条は,環境整備法施行令8条にいう防衛省令
で定める値について,第一種区域にあっては75(すなわち75W)(昭和4
9年の制定当初は85Wであったが,昭和54年総理府令第41号による改正
により80Wと改められ,昭和56年総理府令第49号による改正により75
Wと改められた。),第二種区域にあっては90(すなわち90W),第三種区
域にあっては95(すなわち95W)と定めていた。
以上の各規定は,旧航空機騒音防止法施行令及び旧航空機騒音防止法施行規
則と同じ趣旨のものといえる。
これに対し,環境整備法施行規則1条は,現行環境基準と同じく,W値に代
えて時間帯補正等価騒音レベルによる算定方法を定めており,2条の定める値
も,第一種区域においては62dB,第二種区域においては73dB,第三種区域
においては76dBとされている。これらの規定は平成25年4月1日から施行
されているが,同日以後の環境整備法4条の規定による第一種区域の指定,5
条1項の規定による第二種区域の指定及び6条1項の規定による第三種区域の
指定について適用するとされている。
2防衛施設庁・防衛省におけるW値の算定方法
証拠(甲A7,22の1・2,甲C1の1~7・13,68,73,94,
顕著な事実)及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。
(1)防衛施設庁方式
旧環境整備法施行規則1条3項は,前記のとおり,同条2項の値(W値)
を算定するに当たり,防衛大臣(平成19年9月1日より前は防衛施設庁長
官。以下同じ。)は,自衛隊等の航空機の離陸,着陸等が頻緊に実施されて
いる防衛施設ごとに,当該防衛施設を使用する自衛隊等の航空機の型式,飛
行回数,飛行経路,飛行時刻等に関し,年間を通じての標準的な条件を設定
し,これに基づいて行うものとした。
そこで,防衛施設庁長官は,上記算定方法等の細部基準等について「防衛
施設周辺における航空機騒音コンターに関する基準」を定めてこれによるこ
ととした(昭和55年10月2日施本第2234号(CFS))。
同基準は,防衛施設周辺におけるW値の算定方式(その内容は後記(2)に
おいて説明するとおりである。)を定めており,各防衛施設についてこれを
用いてW値を算定した上,75W以上となる地域について5Wごとに同一の
W値を示す地点を結んだ線を騒音コンターとするものとしている。すなわち,
騒音コンターとは,航空機騒音として同一のW値が測定された地点を結んだ
曲線であり,天気図の気圧線(等圧線)や地形図の標高線(等高線)に相当
するものである。
同基準は,防衛施設庁長官が「第一種区域等の指定に関する細部要領」(平
成16年11月1日施本第1589号(CFS))を定めたことに伴い廃止
されたが,その内容は同細部要領に引き継がれている。そして,同細部要領
によれば,第一種区域,第二種区域及び第三種区域の各外郭線(各地域とそ
の外側の地域を分かつ線)は,75W,90W又は95Wの騒音コンターと
重なる住宅の所在状況を勘案して当該コンターに沿って引くものとされ,当
該コンターに沿って街区,道路,河川等が所在する場合にはこれらに即して
最小限の修正を行うことができるとされている(以下,防衛施設庁長官が定
めた上記の「基準」ないし「細部要領」に従ったW値の算定方式を「防衛施
設庁方式」という。)。
(2)防衛施設庁方式と環境基準方式の差異
前記のとおり民間航空機が使用する公共用飛行場におけるW値の算定方式
は環境基準方式をそのまま適用したものであるが,上記(1)の基準ないし細
部要領が定める防衛施設庁方式はいくつかの点でこれと異なっている。その
差異は次のとおりである。
防衛施設庁方式においては,第1に,航空機の飛行回数について,飛行し
ない日も含めた1年間の全ての日を対象に,1日の総飛行回数の少ない方か
らの累積度数曲線を求め,累積度数90%に相当する値(下から数えて90
%,上から数えて10%である。90パーセンタイル値あるいは80%レン
ジの上端値といわれる。80%レンジとは,上下の10%を切り落とした真
ん中の80%を意味する。)をその防衛施設における1日の標準総飛行回数
とする(以下,これを「累積度数90%方式」という。)。その際,タッチ
アンドゴーについても,その回数を飛行回数に加える。環境基準方式ではこ
のような処理をしておらず,標準総飛行回数として飛行回数の平均値を用い
ている。
第2に,騒音の継続時間に応じた補正(継続時間補正)に関して,環境基
準方式では,最大騒音レベルから10dB低いレベルを超える騒音の継続時間
を,実際の時間にかかわらず一律に20秒としているのに対し,防衛施設庁
方式では,実際に測定した継続時間に応じ,また,飛行中とエンジン調整中
とを区別して,補正を加えている。
第3に,防衛施設庁方式では,ジェット機の着陸時のものと確認できる騒
音については,着陸音補正として2dBを加算しているが,環境基準方式では
そのような補正はしない。
このような差異があることから,防衛施設である飛行場の周辺において,
同一の条件の下で,環境基準方式によって算定されるW値と防衛施設庁方式
によって算定されるW値を比較すると,後者が前者よりも3から5程度高く
なるとされている。
(3)差異が存在する理由
環境整備法に基づく第一種区域等の指定をする基準となるW値の算定につ
いて防衛施設庁長官が防衛施設庁方式を採用したのは,次の理由による。
民間航空機が使用する公共用飛行場では,1年を通して飛行回数に大きな
増減がなく,飛行経路も一定である。また,離着陸する航空機の機種が限ら
れ,騒音の特徴・継続時間にも機種による大きな違いがない。
これに対し,防衛施設すなわち自衛隊等の航空機が使用する飛行場では,
航空機の飛行回数も飛行経路も日によって異なる。また,離着陸する航空機
の機種が多種多様であることや,離着陸の態様に違いがあることから,機種
の違い(特にジェット機,プロペラ機等による違い)や高度の違いによって,
騒音の態様ないし程度に差異が生ずる。
公共用飛行場と防衛施設である飛行場との間のこのような違いは,周辺住
民の騒音に対する反応にも差異をもたらす。そのため,防衛施設である飛行
場の周辺において環境基準方式によってW値を算定した場合,公共用飛行場
の周辺において算定したW値と同じ数値であっても,騒音に対する住民の反
応が同じであるとはいえないことになる。そこで,公共用飛行場と防衛施設
である飛行場との間でW値に整合性が保たれるように,すなわち公共用飛行
場であっても防衛施設である飛行場であってもW値が同じであれば同じ住民
反応が示されるといえるようにするため,音響の専門家による調査研究を踏
まえて,防衛施設庁方式によるW値の算定方法が考案されたのである。
具体的にいうと,日によって騒音を受ける回数にばらつきがある場合,「う
るささ」についての人間の感覚が比喩的にいえば「大きい方に引き寄せられ
て感じる」という特性をもつことから,騒音回数が多く騒音程度の著しい日
の騒音に強い印象を受けることが知られている。防衛施設である飛行場周辺
において住民反応を調査した研究結果からも,1日の航空機数に変動がある
場合には,一定期間内の平均機数を基準にしたW値よりも1日単位で数多く
飛行した日を基準にしたW値が,周辺住民の反応に比例することが示された。
累積度90%方式が採用されたのはこのためである。また,継続時間補正及
び着陸音補正も,防衛施設である飛行場の実態を考慮した補正方法である。
3厚木飛行場周辺における騒音コンターの作成及び区域指定等
争いのない事実,証拠(甲A7,11,顕著な事実)及び弁論の全趣旨によ
り認められる事実は次のとおりである。
防衛施設庁長官は,厚木飛行場の周辺において環境整備法に基づく第一種区
域等を指定するため,その騒音状況を調査し,環境整備法施行令8条及び旧環
境整備法施行規則1条に規定されたW値を防衛施設庁方式によって求め,これ
に基づく騒音コンターを作成している。そのコンターを基に,昭和54年9月
以降,街区,道路,河川等現地の状況に即して厚木飛行場周辺における第一種
区域等を指定してきた(昭和54年防衛施設庁告示第18号,昭和56年防衛
施設庁告示第19号,昭和59年防衛施設庁告示第9号,昭和61年防衛施設
庁告示第9号)。
現在の第一種区域等は,平成15年度及び平成16年度に行われた航空機騒
音度調査の結果に基づくものであり,平成18年1月17日に告示された(平
成18年防衛施設庁告示第1号)。これにより,第一種区域等の範囲は従来よ
りも厚木飛行場の南北方向に拡大し,西側で縮小した。これは,ジェット機の
南北方向の離陸及び着陸の回数が増加したこと,NLPの硫黄島への移転に伴
いジェット機が西側へ旋回する回数が減少したことにより,騒音の影響範囲が
厚木飛行場の南北に拡大し,西側で縮小したことを反映させたものである。こ
れにより,第一種区域(この中に第二種区域及び第三種区域も含まれる。)は,
面積にして約7700haから約1万0500haに拡大し,対象となる世帯数は
約14万7000から約24万4000に増加した。
W値に代えて時間帯補正等価騒音レベルが基準値として用いられるようにな
った環境整備法施行規則1条(平成25年4月1日施行)の下で,第一種区域
等の新たな指定はされていない。
他方,防衛大臣は,環境整備法4条に基づく住宅防音工事の助成を行うため,
「防衛施設周辺における住宅防音事業及び空気調和機器稼働事業に関する補助
金交付要綱」(平成22年3月29日防衛省訓令第10号)を定めており,そ
の5条に基づき,防衛省地方協力局長は,住宅防音工事標準仕方書(以下「防
音工事仕方書」という。)及び住宅防音工事の標準仕方に係る工法区分線の設
定等要領(以下「区分線設定等要領」という。)を定めている(平成22年3
月29日地防第3608号)。
防音工事仕方書は,住宅防音工事の工法として第Ⅰ工法と第Ⅱ工法を定めて
いる。第Ⅰ工法は,80W以上の区域内の住宅を対象として計画防音量を25
dB以上とするものであり,第Ⅱ工法は,75W以上80W未満の区域内の住宅
を対象として計画防音量を20dB以上とするものである。そして区分線設定等
要領は,それぞれの工法の適用区域を区分する線(以下「工法区分線」という。)
の設定方法を定めている。これによると,80Wを基準値とする第一種区域が
指定されていない場合(厚木飛行場周辺はこれに当たる。),工法区分線は,
80Wの騒音コンターと重なる住宅の所在状況を勘案して,80Wの騒音コン
ターに沿って引くものとされている。
上記2工法による住宅防音工事は居室を対象として行うものであるが,防音
工事仕方書は,このほかに家屋全体を一つの区画としてその外郭について実施
する防音工事すなわち外郭防音工事を定めている。区分線設定等要領によれば,
全ての住宅が外郭防音工事の対象となる区域の外郭線(以下,単に「外郭線」
という。)について,85Wを基準値とする第一種区域が指定されていない場
合(厚木飛行場周辺はこれに当たる。),85Wの騒音コンターと重なる住宅
の所在状況を勘案して,85Wの騒音コンターに沿って引くものとされている。
防音工事仕方書及び区分線設定等要領の以上の定めは,防衛施設庁長官が昭
和56年4月に通達によって定めたものが引き継がれ,変更を加えられて現在
に至ったものである。
防衛施設庁横浜防衛施設局長は,上記の定めに基づき,厚木飛行場周辺にお
いて,昭和63年7月18日に工法区分線を設定し,平成15年1月以降,外
郭線を設定した。また,その後の騒音の状況の変化に伴い,平成18年1月3
1日に新たな工法区分線及び外郭線を設定した。
以上のとおり,現在,厚木飛行場周辺において第一種区域として指定されて
いる区域とその外側とを画する線(第一種区域線)は,75Wの騒音コンター
に沿って引かれている。前記のとおり,この線は街区,道路,河川等現地の状
況に即して引かれることとされているから,75Wの騒音コンターと正確に一
致するわけではないが,おおむねこれに沿っている。同様に,80Wの騒音コ
ンターに沿って工法区分線が,85Wの騒音コンターに沿って外郭線が,90
Wの騒音コンターに沿って第二種区域線が,95Wの騒音コンターに沿って第
三種区域線が引かれている(以下,平成18年1月の告示による第一種区域線
と第二種区域線の間の地域を「75Wの地域」という。「80Wの地域」等も
同様である。また,第一種区域線の内側全体を「75W以上の地域」という。)。
第4厚木基地騒音訴訟の経緯
厚木基地の周辺住民は,昭和51年以降3次にわたり,厚木基地に離着陸す
る航空機による騒音等の被害を受けているとして,被告に対し損害賠償等を求
める訴えを提起して救済を求めてきた。証拠(甲A1から3まで,甲D2の1
39~142,顕著な事実)及び弁論の全趣旨により認められるその経緯は次
のとおりである。
1第1次訴訟
厚木基地の周辺住民92名は昭和51年9月,被告に対し,厚木基地におけ
る航空機離着陸等の差止め並びに過去及び将来の損害の賠償を求める訴えを横
浜地方裁判所に提起した。同裁判所は昭和57年10月20日,差止め及び将
来の損害の賠償請求に係る訴えを不適法として却下し,周辺住民80名につい
て過去の損害賠償請求を認容する判決を言い渡した(判例時報1056号26
頁)。
双方が控訴し,東京高等裁判所は昭和61年4月9日,差止め及び将来の損
害の賠償請求に係る訴えは却下すべきものとし,過去の損害賠償請求をいずれ
も棄却する判決を言い渡した(判例時報1192号1頁)。
周辺住民が上告し,最高裁判所は平成5年2月25日,過去の損害賠償請求
に係る部分について原判決を破棄し,東京高裁に差し戻した(最高裁平成5年
2月25日第一小法廷判決・民集47巻2号643頁。以下「厚木基地最判」
という。)。
東京高裁は平成7年12月26日,周辺住民69名について過去の損害賠償
請求を認容する判決を言い渡し,この判決は確定した(判例時報1555号9
頁)。
2第2次訴訟
厚木基地の周辺住民161名は昭和59年10月,被告に対し,厚木基地に
おける航空機離着陸等の差止め並びに過去及び将来の損害の賠償を求める訴え
を横浜地裁に提起した。同裁判所は平成4年12月21日,将来の損害の賠償
請求及び米軍機の差止めに係る訴えを不適法として却下し,自衛隊機の差止請
求を棄却する一方,周辺住民133名について過去の損害賠償請求を認容する
判決を言い渡した(判例時報1448号42頁)。
双方が控訴し,東京高裁は平成11年7月23日,自衛隊機の差止請求につ
いては訴えを不適法として却下し,将来の損害の賠償請求及び米軍機の差止め
に係る訴えについては原判決と同様に却下すべきものとし,過去の損害賠償請
求については周辺住民134名の請求を認容する判決を言い渡し,この判決は
確定した(訟務月報47巻3号381頁)。
3第3次訴訟
厚木基地の周辺住民約2820名は平成9年12月,被告に対し,過去及び
将来の損害の賠償を求める訴えを横浜地裁に提起した。その後追加提訴があり,
原告となった周辺住民の総数は5000名を超えた。この訴訟では差止めは求
められておらず,専ら損害賠償請求の可否が争われた。同裁判所は平成14年
10月16日,将来の損害の賠償請求に係る訴えを不適法として却下し,周辺
住民4935名について過去の損害賠償請求を認容する判決を言い渡した(判
例時報1815号3頁)。
双方が控訴し,東京高裁は平成18年7月13日,将来の損害の賠償請求に
ついては訴えを却下すべきものとし,過去の損害賠償請求については周辺住民
大半の請求を認容する判決を言い渡し,この判決(以下「第3次判決」といい,
この訴訟を「第3次訴訟」という。)は確定した(判例集未登載)。
4第4次訴訟
原告らを含む厚木基地の周辺住民6130名は平成19年12月,被告に対
し,厚木基地における航空機離着陸等の差止め並びに過去及び将来の損害の賠
償を求める訴えを横浜地裁に提起した。その後追加提訴があり,原告となった
周辺住民の総数は7000名を超えたが,一部取下げがあり,口頭弁論終結時
の原告数は6994名である。この訴訟(横浜地方裁判所平成19年(ワ)第
4917号,平成20年(ワ)第1532号事件)は当裁判所において本件と
並行して審理が進められきた。判決も同時に言い渡される。
第3部当事者の主張
第1原告らの主張
1航空機騒音等の実態
(1)航空機騒音の状況
平成15年(第3次訴訟控訴審係属中)から平成24年までの10年間に
おける厚木基地周辺の75W以上の地域における航空機騒音の実情を,多数
の測定地点において自治体が継続的に測定しているdB値とW値によってみる
と,大和市内の測定地点では,少なくとも第1次訴訟で損害賠償請求が認容
された昭和50年~昭和56年における騒音とそれほど変化がない状況にあ
り,その他の測定地点でも,第3次訴訟で損害賠償請求が認容された期間の
騒音状態から格段に改善されている状況にはない。W値でいえば,90Wの
地域や80Wの地域で騒音コンターのW値とほぼ同じW値を示している測定
地点があるものの,多くの測定地点で,依然として騒音コンターのW値を上
回るW値が示されている状況にある。
(2)低周波音による被害
厚木基地には,プロペラ機である米軍のE-2C,海上自衛隊のP-3C
や,SH-60B等のヘリコプターが多数配備され,毎日のように周辺を飛
行している。これらプロペラ機及びヘリコプターの飛行時に生ずる騒音及び
厚木基地内から発せられる航空機のエンジン音には高い音圧レベルの低周波
音が含まれている。原告らは高レベルの低周波音に日常的にさらされている。
(3)墜落等航空機事故の危険
軍用機の事故率は民間航空機に比べて極めて高いとされており,現に厚木基地周
辺ではこれまでに多数の軍用機の事故が発生している。厚木基地は神奈川県内有数
の人口密集地域の真ん中に位置し,離着陸時にトラブルがあった際に市街地への墜
落を避けることが困難な内陸部にあり,しかも訓練のための飛行が行われているこ
とから,厚木基地周辺地域において,航空機の墜落や航空機からの部品落下等によ
って生ずる事故の危険性は極めて高い。
2航空機騒音による被害
(1)航空機騒音の特殊性
航空機騒音には他の環境騒音にはない次のような性質があり,これらの性
質は航空機騒音による被害を増大させる方向に働く。
①音量が極めて大きい。
②高周波成分が多く,金属的な音質を有する。
③不安定な断続的,間欠的騒音である。
④騒音レベルの変動が不規則,複雑であり,周波数変動も大きい。
⑤音源が絶えず移動しており,しかも頭上からの騒音である。
⑥鉄道騒音や道路騒音とは異なり,住民にとっては基本的に不必要な交通
手段からの騒音である。
⑦予告なく突然発生する衝撃的な騒音である。
⑧遮音や回避が困難であり,住民が対処することが難しい。
(2)航空機騒音被害の内容,性質
原告らは航空機騒音によって,健康を害される身体的被害,イライラ感な
どの不快感(アノイアンス)の惹起,会話やテレビ等の視聴を妨げられるな
どの生活妨害,睡眠妨害,交通事故や航空機の墜落の不安感などの精神的被
害,身体的被害・生活妨害・睡眠妨害等の被害に伴う精神的被害など,多様
な被害を被っている。その内容は次のとおりであるが,被害はこれに限定さ
れるものではなく,また,これらの被害はそれぞれが個別に発生するもので
はない。原告らは日々の生活を営む過程で日常的に航空機騒音に曝露されて
被害を受けており,これらの被害はそれぞれが相互に関連しあって原告らの
健康や日常生活を破壊し,人格権を侵害しているのである。
ア身体的被害
原告らは,耳鳴りなどの聴覚に関する被害,高血圧,虚血性心疾患等循
環器系の疾患,頭痛や肩こり,胃腸障害その他の身体症状を生じている。
また,交感神経系の亢進,内分泌系のバランスの乱れ,免疫系機能の低下
を生じ,症状を悪化させられ,治癒を妨げられている。子供は大人に比し
て航空機騒音の影響をより受けやすく,成長発達に悪影響が生じている。
100名を超える周辺住民について,高血圧症,狭心症,不眠症,胃炎等
を発症していることを証明するため,医療機関による診断書を提出してい
るが,これは疾患を有する住民のうちの一部であり,全員ではない。
身体的被害について,これまでの裁判例は,上記のような症状が航空機
騒音に起因することの立証が不十分であるとするものが多いものの,少な
くとも,住民らがこのような身体的被害の発症を訴え,健康に対する危険
を感じざるを得ないような状況下で生活しなければならないことが精神
的苦痛であると判断してきている。加えて近年では,航空機騒音を含
む環境騒音が人体へ及ぼす影響への研究が進み,その影響の機序や曝露量
と影響の程度との関係も明らかにされてきている。WHO及びWHO欧州
事務局は,多数の調査研究結果に基づき,騒音から健康を守るためのガイ
ドライン値を公表している(「環境騒音のガイドライン」,「夜間騒音ガイ
ドライン」)。また,DALY(障害調整生存年)という指標により,騒
音曝露により健康を害されている総量を明らかにすることによって(「環
境騒音の疾病負荷」),各国に対し騒音曝露による健康被害を防止する施
策を講ずるための資料を提供している。このように,近年,特に平成21
年以後,騒音曝露と身体的被害との関係がより明らかにされるに至ってお
り,騒音による人体への悪影響,騒音被害の重大性が認知されるようにな
っている。
イイライラなどの不快感(アノイアンス)を惹起させられること
原告らは,イライラなどの不快感を惹起させられている。これは騒音レ
ベルが極めて高く高周波成分を含む航空機騒音に,予告なく突然に,間欠
的にさらされること自体による不快感である。
ウ生活妨害
原告らは,日常的に,会話,電話での通話,テレビ,ラジオ,DVDな
どの視聴,音楽鑑賞や楽器演奏等の趣味生活,家庭での団らん,職業生活
を妨害されている。また,日常的に,学習,読書,思考などの知的作業,
精神的活動を妨害されている。
エ睡眠妨害
原告らは,入眠を妨げられたり,中途覚醒を余儀なくされたり,早朝に
覚醒するなど,睡眠を妨害されている。原告らのうちには,三交代勤務者
のように昼間に睡眠を取らなければならない者,病気療養中の者,体調不
良のため安静を要する者などもおり,睡眠妨害は必ずしも夜間の騒音のみ
により惹起されるものではない。
オ交通事故の危険及び事故発生に対する不安感
航空機騒音により周囲の音がかき消され,また,周囲の歩行者や自動車
運転者が航空機騒音に気を取られ,歩行や運転がおろそかになることによ
り,交通事故が発生することがある。原告らは,航空機騒音により,交通
事故が発生するのではないかという不安感を生じさせられている。
カ部品落下や墜落事故の危険及びこれらに対する不安感
厚木基地の米軍機が墜落する事故はこれまで複数発生している。平成2
4年2月の部品数十個の落下事故など,厚木基地に離着陸する航空機の部
品が落下する事故も現実に多数発生しており,原告らは,日常的に,いつ
また事故が起こるか,自分や家族が被害に遭うのではないかという不安に
さいなまれている。
キ身体的被害,生活妨害,睡眠妨害などに伴う精神的苦痛
原告らは,航空機騒音によって会話妨害などの生活妨害や睡眠妨害を受
けることにより,同時に精神的苦痛を被っている。この精神的苦痛は,生
活妨害,睡眠妨害等に伴うものではあるが,妨害を受けることそれ自体と
は別の被害である。現在のところまだ身体的被害が生じていない者であっ
ても,発症の危険にさらされており,身体的被害が発生する危険がある状
態下で生活しなければならないことによる精神的苦痛を被っている。
(3)厚木基地の周辺住民に共通する被害
厚木基地の周辺に居住する原告ら住民が被る被害は,年齢,性別,健康状
態,生活状況などの事情により様々であり,どれ一つとして全く同じ被害と
いうものは存在しない。しかし,航空機騒音被害は,航空機の運航という同
一の侵害行為が頭上から広範な地域に及び,多数の住民の利益を侵害するも
のであるという点に大きな特色がある。住民各人の事情によって被害の発現
の仕方や程度は様々ではあるが,同一の侵害行為により被害を被り,人格権
を侵害されている。
3自衛隊機の運航と公権力の行使(本件自衛隊機差止めの訴えについて)
(1)厚木基地最判を前提にした,自衛隊機の運航についての防衛大臣の権限行
使に対する訴訟
厚木基地最判は,次の理由により,厚木基地滑走路等区域(厚木飛行場)
における自衛隊機の離発着及びこれによる航空機騒音の差止請求は,防衛庁
長官の自衛隊機の運航に関する権限行使の取消変更ないしその発動を求める
請求を含むものであるから,行政訴訟としての請求はともかく,民事訴訟で
は差止めをし得ないものであるとした。すなわち,防衛庁長官は,自衛隊法
に基づき,自衛隊機に対する統括権限(8条)と自衛隊機による災害防止等
の障害防止権限(107条5項)という2面の権限を有し,自衛隊機の運航
はその下に行われるのであり,また,自衛隊機の運航は必然的に騒音等の発
生を伴うものであるから,防衛庁長官は騒音等による周辺住民への影響にも
配慮して自衛隊機の運航を規制し,統括すべきものである。この権限の行使
は公権力の行使である。そして,自衛隊機の運航による騒音の影響は飛行場
周辺に広く及ぶものであるから,上記防衛庁長官の権限の行使は運航に伴う
騒音等について周辺住民の受忍を義務付けるものであるとしたのである。
上記判示を現行の法制度においてみると,防衛大臣の権限の行使は「公権
力の行使」であるから行訴法上の差止めの訴えの対象となるものであり,同
「公権力の行使」すなわち差止めの対象である「処分」は,本件自衛隊機差
止請求において求めているとおり,所定の条件に当てはまる一定の自衛隊機
の運航それ自体と解するのが合理的である。したがって,原告らは法定の差
止めの訴えとして本件自衛隊機差止めの訴えを提起することができる。
仮に行訴法3条にいう「処分」が狭義に解され,上述のような防衛大臣の
下での一連の内部的命令・伝達を包括した統括権限の行使たる「運航」(被
告の主張によれば「事実行為」)や一連の各職掌の関与した隊務の遂行全体
の統括行為などが同条2項の「処分」に該当しないとされるのであれば,自
衛隊機の運航が公権力の行使としての性格を有する以上,本件自衛隊機差止
請求は,講学上「権力的妨害排除請求」ないし「予防的不作為請求」とされ
るものの典型であり,無名抗告訴訟として審理判断されるべきである。その
場合,差止訴訟が法定されていることとの均衡上,その要件は差止訴訟に準
ずるものとされるべきである。
(2)処分の特定性
本件自衛隊機差止請求の対象である将来の運航は,「午後8時から翌日午
前8時まで」の時間帯に係るもの,「訓練のため」のもの及び同運航の騒音
において原告らの居住地における「それまでの1年間の航空機騒音(米軍機
等によるものを含む。)が75Wを超えることとなる」ものという一定の条
件によって特定されている。このように一定の条件によって範囲の特定が行
われ,それによって将来の処分についての訴訟要件や違法性の判断をし得る
のであるから,差止めの対象である「処分」は特定している。
なお,厚木基地周辺においては,防衛施設庁方式によってW値を算定する
ための基礎データが比較的近年の平成15年度及び平成16年度の騒音度調
査によって取得されており,このデータと管制記録を基に,防衛大臣におい
て日々のW値を算定,把握することができる。したがって,「75Wを超え
ることとなる」ような自衛隊機の運航や米軍機への飛行場の供用を防衛大臣
において日々特定することは十分に可能である。
4米軍機の運航と公権力の行使(本件米軍機差止めの訴えについて)
(1)基本的な法律関係
厚木基地の米軍一時使用区域は,昭和46年7月1日の前は日米地位協定
2条1項(a)に基づき米軍が専用する施設・区域であったが,同日以降,使
用転換により我が国に返還され,我が国が設置し,その管理権を有する飛行
場(厚木飛行場)となり,同条4項(b)の規定の適用のある施設及び区域(2
-4-b区域)として,我が国が米軍に対し一定の期間を限って使用を認め
るものとなった。そして,この区域(厚木飛行場)は,2-4-b区域の使
用形態として政府が示している四つの類型のうち「米軍の専用する施設・区
域への出入のつど使用を認めるもの」という類型に属し,上記使用転換に際
しての閣議決定と日米間合意により,「米軍機の米軍専用区域への出入のた
め及びそれに関連したその他の運航上の必要を満たすために使用される」も
のとされた。したがって,米軍は,我が国の管理の下で,定められた範囲で
のみ厚木飛行場を使用することができるにとどまり,逆に我が国は上記範囲
を超えた使用を認めないことができる。したがってまた,我が国は,米軍に
よるその使用が法令上違法となることがないよう管理し,米軍による違法な
使用は許さないものとしなければならないのである。この我が国の管理に関
する権限は領域主権及び日米間合意に基づく米軍に対する権限であり,その
権限の行使が国民との関係で違法にならないようにすることは被告の義務で
ある。
(2)厚木基地最判の誤り
厚木基地最判は,「本件飛行場〔厚木基地〕に係る被上告人〔国〕と米軍
との法律関係は条約に基づくものであるから,被上告人は,条約ないしこれ
に基づく国内法令に特段の定めのない限り,米軍の本件飛行場の管理運営の
権限を制約し,その活動を制限し得るものではなく,関係条約及び国内法令
に右のような特段の定めはない。そうすると,上告人ら〔基地周辺住民〕が
米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは,被上告人に対してその支配の及
ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから,本件米
軍機の差止請求は,その余の点について判断するまでもなく,主張自体失当
として棄却を免れない。」と判示したが,この判断は誤りである。
誤りの第1は領域主権の原則に対する無理解であり,第2は厚木飛行場の
昭和46年使用転換による管理変更の意義の無視である。厚木基地最判が,
日米地位協定2条1項(a)と同条4項(b)との関係を検討しないまま,厚木基
地の全体について米軍の管理運営の権限の存在を当然の前提にしてしまって
いる点は,領域主権の原則と条約解釈の原則に反する。同条1項(a)は米軍
への施設・区域の提供に関する基本条項であるが,当該施設・区域が同条4
項(a)及び(b)の適用を受ける限りにおいて同条1項(a)の一般的規定の適用
は制約され,また,2-4-b区域については,別段の日米合意が存在しな
い限りは,日米地位協定3条の適用はない。昭和46年の使用転換によれば,
厚木飛行場の設置・管理は防衛大臣が海上自衛隊を通じて行い,米軍に対し
ては「一時使用」として,期間を限って,限定された目的のために使用を許
与するという法律関係になる。そして,日米地位協定2条4項(b)の規定や
政府統一見解,日米合同委員会合意・閣議決定・政府間合意は,それ自体が,
厚木飛行場について,米軍の管理運営権がなく我が国に管理運営権があるこ
とを示すものであり,厚木基地最判のいう「米軍の管理運営の権限を制約し,
その活動を制限し得る……関係条約及び国内法令の特段の定め」に該当する
といわなければならない。日米地位協定3条の米軍管理権の下においても,
その施設・区域について属地的に我が国の法令が全面的に適用され,また,
施設・区域内の米軍の活動についても,我が国の公共の安全等に関連がある
限り,我が国の法令を実体的に遵守して行わなければならない国際法上の義
務を米国は負い,そこにいう「公共の安全等」には当然に航空機騒音による
障害の防止が含まれる。まして,同条の米軍管理権の適用がなく我が国が管
理権を有する2-4-b区域の使用,米軍への使用の許与については,我が
国の法令が適用されるのは当然のことである。
(3)防衛大臣の米軍に対する処分とこれに対する抗告訴訟
防衛大臣は厚木飛行場の管理権に基づき,米軍に対し,米軍機が米軍専用
区域に出入りをする場合に,その都度,厚木飛行場の使用を許可する権限を
有する。米軍は,防衛大臣によるこの使用の許可がなければ,厚木飛行場を
使用することができず,航空機を運航することができない。この場合に防衛
大臣が米軍に対して行う使用の許可は,自衛隊施設である厚木飛行場の統括
管理権限に基づく公権力の行使としての処分である。
厚木基地最判が判示した防衛庁長官(現在は防衛大臣)の権限は直接には
自衛隊機の運航に関するものであるが,この権限は,飛行場の設置・管理者
として,その飛行場及び航空保安施設を使用する航空機全体を規制する権限
と解されるから,その対象には米軍機も含まれる。そうでなければ当該飛行
場及び航空保安施設として,「航空機に因る災害を防止し,公共の安全を確
保する」ことはできないからである。防衛大臣が米軍の厚木飛行場の使用の
許否を判断する場合に基準としなければならないのは,一つには上記の「米
軍専用区域への出入りのため」という使用目的であり,二つには航空機騒音
を含む障害の防止であり,その障害の防止の具体的内容には違法と評価され
る内容・程度の騒音被害の防止が含まれる。防衛大臣は,米軍との関係で,
厚木飛行場の使用についての権利義務の範囲を形成し,又はその範囲を具体
的に確定するものとして上記規制権限を行使するのであるから,それは公権
力の行使であり行政処分としての法的性格を有する。その処分の結果として,
厚木基地周辺住民は,米軍機の運航に必然的に伴う騒音等に曝露され,その
受忍を義務付けられることになる。
防衛大臣の米軍に対する使用許可が,一連の内部的行為を含むことあるい
はあらかじめ包括的に行われることをもって,行訴法37条の4第1項にい
う「一定の処分」と解されない場合には,講学上「権力的妨害排除請求」な
いし「予防的不作為請求」と呼ばれる無名抗告訴訟として本件米軍機差止め
の訴えを位置付けることができる。さらに,生命・健康等の人格権を基礎と
してこの米軍に対する供用という包括的な公権力の行使の排除を求めること
を「権力的妨害排除請求」の一態様とすることもできるし,厚木飛行場につ
いての米軍に対する使用許可それ自体を処分ととらえるのでなく,防衛大臣
は,米軍に使用を認めることによって米軍機の運航に必然的に伴う騒音等を
周辺住民に義務付けるものとして,直接周辺住民に対して公権力を行使する
と理解することも考えられる。
(4)処分の特定性
午後8時から翌朝午前8時までの米軍機の運航の禁止及び自衛隊機等を含
めて75Wを超えることとなる米軍機の運航の禁止については,前記3(2)
述べたところから,その請求に係る処分は特定している。「米軍専用区域へ
の出入りのため及びそれに関連した運航上の必要を満たすため」以外の米軍
機の運航の禁止についても,その文言は昭和46年6月29日の閣議決定(前
記第2部第1の2(2)ア参照)に示されており,被告自身,認識・把握可能
だからこそそのように決定し,米国と取り決めたのである。厚木飛行場の米
軍による使用がその閣議決定及び政府間の取決めに適合しているかどうかを
確認することは,正に被告自身の責任に属することであるから,防衛大臣に
おいてもとより特定可能である。
5原告適格(主位的請求共通)
自衛隊機の運航は,運航に必然的に伴う騒音等の受忍を義務付けられる住民に
対する公権力の行使であり,行訴法上の「処分」(同法37条の4第1項参照)に
該当する。したがって,自衛隊機の運航に伴う騒音等の受忍を義務付けられてい
る原告ら厚木基地周辺住民は,厚木基地における自衛隊機の運航の差止めを求め
ることについて「法律上の利益を有する者」(同条3項参照)である。
防衛大臣の米軍に対する厚木飛行場の使用許可は米軍に対する行政処分であり,
この処分により,厚木基地周辺住民は自己の権利又は法律上保護された利益を侵
害され,または必然的に侵害されるおそれがある。防衛大臣は,当該処分をする
に当たり,厚木基地周辺住民への影響にも配慮しなければならないのである。し
たがって,原告ら周辺住民は,米軍機の運航の差止めを求めることについて「法
律上の利益を有する者」(行訴法37条の4第3項参照)である。
6重大な損害を生ずるおそれ(主位的請求共通)
原告らは前記のとおり厚木基地に離着陸する航空機の運航により種々の被害
を受けている。これらは居住地に居住しているというただそれだけのことに基
づく被害であり,逃れることはできないものであり,かつ,自らの努力により
改善することもできない性質の被害である。これらの被害が日常的に生じてい
ることは日常生活の破壊そのものである。日常生活を健やかにつつがなく過ご
せることはかけがえのない人生を満足して生きるための前提条件である。本件
自衛隊機差止請求及び本件米軍機差止請求(以下,併せて「本件差止請求」と
いい,これに係る訴えを「本件差止めの訴え」という。)が認容されなければ,
将来にわたって日常生活の破壊が続く。この破壊は,事後的に金銭によって容
易に回復することができるものではない。厚木基地の騒音に関してはこれまで
3度の訴訟で損害の一部につき損害賠償が支払われてきたが,それとて,被告
に対する提訴を行った一部の住民が,裁判費用と数年もの長い歳月をかけてよ
うやく得たものにすぎず,この点からしても,原告らの被害が事後的に容易に
回復できる性質のものでないことは疑う余地がない。したがって,航空機の運
航により「重大な損害を生ずるおそれ」が原告らにあることは明白である。
被告は,自衛隊機の運航は極めて高度の公共性・公益性を担っているとして,
「重大な損害を生ずるおそれ」を否定する。しかし,差止めの訴えの対象であ
る処分又は裁決が公共性,公益性を有することは差止訴訟の当然の前提である。
公共性,公益性が一般的に存在することを理由に訴訟要件を欠くと判断される
とすれば,国民の権利利益の救済を実効あらしめるため平成16年の行訴法改
正により差止めの訴えが新設された趣旨が没却される。「重大な損害を生ずる
おそれ」の有無を判断するに当たり処分の公共性,公益性を問題にすべきでは
ない。なお,本件差止めの訴えの対象である処分に特段の公共性があると評価
できないことは後記7(3)において述べる。
7処分の違法性(主位的請求共通)
(1)航空機騒音等に起因する障害を防止すべき防衛大臣の義務とその違反
厚木飛行場において離着陸等の運航活動をする自衛隊機と,その使用を許さ
れて離着陸等をする米軍機は,その騒音等があいまって,多年にわたり深刻な
被害を厚木基地周辺住民に生じさせている。この自衛隊機の運航と自衛隊施設
である飛行場の米軍への供用は,いずれも自衛隊法に基づく防衛大臣の統括権
限の行使として行われており,防衛大臣は,それらの権限行使によって周辺住
民に深刻な航空機騒音等の被害を生じさせないよう,飛行場施設の運用計画を
立て,計画的な権限行使を行うべきものである(同法107条5項,航空法1
条参照)。しかし,防衛大臣は,この権限の行使による運航や供用の抜本的見直
しをせず,3次にわたる厚木基地騒音訴訟の判決確定後もなお漫然と配慮のな
い運航や供用を続け,平成18年1月の告示に基づく第一種区域はその範囲が
従前より大きく広がりさえしている。被告の応訴姿勢をみても,防衛大臣が同
様の処分を今後も引き続き繰り返すことは明らかである。
(2)本件における違法処分とその差止め
厚木飛行場には自衛隊の飛行場として設置管理上の瑕疵があり,被告はそ
れに起因する損害の賠償をすべき状況にある(第4次厚木基地騒音訴訟参
照)。このことは,防衛大臣が飛行場の管理及び自衛隊機の運航について自
衛隊法107条5項所定の障害防止義務を果たしておらず,厚木基地最判の
いう「騒音等による周辺住民への影響にも配慮し」た統括をしていないこと
を意味する。したがって,将来にわたり75Wを超える騒音を周辺住民に及
ぼすような防衛大臣の処分は違法であり,裁量権の逸脱・濫用に当たるから,
本件差止請求は認められるべきである。
次に,昭和38年9月19日の日米合同委員会における「厚木飛行場周辺の
航空機の騒音軽減措置」の合意(前記第2部第1の4(1)参照)に定められた午
後10時から翌日午前6時までの米軍機活動の原則禁止は十分に守られず,ま
た厚木基地における航空機の飛行は一般に不定期であって,夕刻はもちろん深
夜・早朝においてもいつ航空機が飛ぶか分らないという状態にあり,周辺住民
の睡眠や休息を日常的に妨げる結果となっている。原告らの中には,療養を受
け,一定時間の睡眠や安静が保障されなければ病状の悪化や生命の危険さえ現
実化しかねない者が多数いるのであるから,75W以上とならないことと並行
して,せめて本件差止請求に係る時間帯(百歩譲ってその一部であっても)の
運航や供用の差止めが認められるべきである。
さらに,厚木基地周辺の航空機騒音被害が深刻な状況となっている一因は,
自衛隊機についても,米軍機についても,厚木飛行場で行うべきでない訓練
飛行のための運航ないし供用が日常的に行われていることにあるから,本件
差止請求によりこれが差し止められるべきである。
(3)公共性について
本件自衛隊機差止請求は,厚木飛行場の閉鎖を求めたり,同飛行場に配備
された海上自衛隊の司令部活動や対潜哨戒,災害派遣などを行わないよう求
めたりするものではないし,海上自衛隊全般が訓練飛行を行わないことを求
めるものでもないから,厚木基地の公共性を理由に訴えを退けることを求め
る被告の主張は的外れである。仮に防衛大臣が,人口密集地にある厚木飛行
場においては,航空機騒音等による周辺住民への影響に配慮しては思うよう
に行政目的を達成できないとするのであれば,それは厚木飛行場が自衛隊の
飛行場としては不適地にあるという以外の何ものでもない。
本件米軍機差止請求については,被告はその公共性について,日米安保条
約及び日米地位協定に基づく米軍の駐留目的の一般論を述べるのみである。
厚木飛行場を,かつては出入りすることのなかった空母艦載機の出入りのた
め,また,かつては行っていなかった飛行訓練のために使用させることにど
のような公共性があるかについて,何ら主張がない。本件米軍機差止請求は,
厚木飛行場を米軍機のために供用すること一切の差止めを求めるものではな
く,今日のような深刻な航空機騒音等の被害を生じさせないという限度での
差止めの是非が問われているのに,被告はこの点についての主張をしようと
の姿勢を全くみせないのであるから,結局,米軍に対し厚木飛行場の使用を
漫然と認めてきたのであると考えられる。
なお,本件差止請求が認容され,一定のW値を超える結果をもたらす運航
・供用や,一定の時間帯における運航・供用が差し止められた場合,これに
反する運航や供用は違法との評価を受けるが,人命等の差し迫った危険に対
応する個々の緊急の運航や供用は個別に違法性が阻却されると解される。
8抗告訴訟と当事者訴訟の関係(予備的請求全般)
(1)原告らの請求の整理
原告らは,万が一本件差止請求が認められない場合に備えて,当事者訴訟
として各種の予備的請求を行う。
予備的請求の中では給付請求が第1順位である。これに対し,①被告の適
法運航義務の確認,②被告の騒音防止義務の確認,③原告らの義務不存在確
認の各請求は,予備的請求の中でいずれも第2順位であり,その間に順位は
付さない。①は,被告の運航に着目し,運航方法そのものに一定の制限があ
ることの確認であり,②は,運航方法ではなく騒音に着目し,被告に一定の
騒音を原告らの居住地に到達させてはならない義務があることの確認であ
り,③は,被告の義務ではなく原告らの義務の不存在の確認であって,これ
らの請求の目的は同じである。裁判所は,いずれが紛争解決に資するかを判
断の上,いずれかについて判断を示す必要がある。
(2)当事者訴訟の訴え提起の意義
本件差止めの訴えは抗告訴訟であるが,抗告訴訟と重畳的に当事者訴訟を
提起することは適法である。訴訟類型の振り分けによって訴えが否定される
ことがあってはならない。抗告訴訟と当事者訴訟がそれぞれの訴訟要件を満
たしていれば,互いに訴えの利益を欠く関係にはない。
本件差止請求が認容された場合,被告は判決の効果として直ちに一定範囲
の自衛隊機の運航及び米軍機に対する厚木飛行場の供用ができなくなる。し
かし,予備的請求が認容されても,それは,原告らと被告との間の権利義務
関係を確定するにすぎず,個々の処分は判決の対象とはならない。予備的請
求の認容による法的効果は,被告には原告らとの間で判決に明示された義務
があることを確認するにとどまり,その後,被告がその義務を遵守するため
に具体的にいかなる措置を講ずるかは被告の選択にかかっている。このよう
に主位的請求と予備的請求は,それぞれその認容判決の法的効果が異なるの
であり,請求形式(確認請求か給付請求か)も判決の効果も異なる以上,一
方が請求できることを理由に他方の請求が訴えの利益を欠くと判断すること
はできない。
さらに,本件は行訴法37条の4第1項の「一定の処分」の内容に争いが
ある事案である。本件差止請求の対象が「一定の処分」に該当しないと判断
される場合に備えて当事者訴訟を提起することは,多様な法的救済のルート
を確保するという意味においても重要な意義を有する。原告らが予備的請求
をする趣旨はこの点にあるのであって,差止訴訟が法定された趣旨を没却す
る請求ではない。
9当事者訴訟による請求が認容されるべきであること(予備的請求全般)
(1)公法上の法律関係
原告らは厚木飛行場周辺の第一種区域内に居住する住民であり,厚木飛行
場に離着陸する自衛隊機及び米軍機の運航から生ずる激しい航空機騒音によ
りその生活,健康に多大な影響を受けている。被告は,厚木飛行場を設置・
管理運営し,日米安保条約及び日米地位協定に基づき米軍に使用させるとと
もに,自らも使用している。防衛大臣による自衛隊機運航権限の行使は,自
衛隊機の騒音により影響を受ける周辺住民との関係において,公権力の行使
に該当する(厚木基地最判)。このような権限の行使と騒音等により影響を
受ける周辺住民との間の関係は,抗告訴訟の対象となる公権力の行使に該当
すると同時に,行訴法4条の「公法上の法律関係」にも該当する。
厚木飛行場は日米地位協定2条4項(b)の規定の適用のある施設及び区域
として米軍に対して使用を認められており,防衛大臣は,米軍に対し厚木飛
行場の使用を許可する権限を有する一方,自衛隊法107条5項等に基づき
障害発生防止義務を負う。防衛大臣は,米軍機に対し厚木飛行場の使用を認
めることにより,厚木基地において米軍機の運航等に伴う騒音を生じさせ,
周辺住民に騒音の受忍を義務付けており,この基本的関係は自衛隊機の場合
と何ら差異はない。よって,米軍機から生ずる騒音についても「公法上の法
律関係」が存在する。
(2)当事者訴訟のうちの給付請求について
当事者訴訟のうちの給付請求(予備的請求の中での第1順位の請求)は,
原告らが人格権(平穏生活権)に基づく妨害排除請求権の行使として航空機
騒音の差止めを求めるものであり,厚木基地周辺における航空機騒音被害の
実態に照らし,この差止請求は認められるべきである。
(3)被告の義務の存在
被告は,自衛隊法107条5項及び航空法1条に基づき,また,航空機騒
音防止法1条,3条に照らし,自衛隊機についてはもちろん,米軍機につい
ても,公共の安全を確保し,航空機の運航に起因する障害を防止するために
必要な措置を講ずる義務がある。米軍機については,米軍専用区域への出入
りのためという目的以外での厚木飛行場の使用は日米合意の範囲外であり,
被告はその範囲を超える米軍機の使用を拒否することができ,周辺住民に対
してこれを拒否すべき義務を負う。さらに,日米地位協定3条1項が「日本
国政府は,施設及び区域の支持,警護及び管理のための合衆国軍隊の施設及
び区域への出入の便を図るため,合衆国軍隊の要請があったときは,合同委
員会を通ずる両政府間の協議の上で,それらの施設及び区域に隣接し又はそ
れらの近傍の土地,領水及び空間において,関係法令の範囲内で必要な措置
を執るものとする。」と規定しているところからも,被告は,国内法令に反
する措置を米軍に対してとることはできない。
前記のとおりの厚木基地周辺における航空機騒音被害の実態に照らせば,
①午後8時から午前8時までの夜間早朝の時間帯における航空機の運航,②
訓練飛行目的でのあるいは米軍専用区域への出入り以外の目的での厚木飛行
場の使用,③原告らの居住地における75Wを超える航空機騒音を生じさせ
る航空機の運航はいずれも違法であり,被告は原告らに対しこれらを生じさ
せない義務を負っている。
第2被告の主張
1本件自衛隊機差止めの訴えについて
(1)差止訴訟
本件自衛隊機差止めの訴えは第1に,行訴法3条7項,37条の4に基づ
く差止めの訴えとして,自衛隊機の運航という事実行為としての行政処分の
差止めを求めるものである。
自衛隊機の運航が行政処分に当たると解することを前提に,厚木飛行場に
おいて自衛隊機の運航という「一定の処分…がされようとしている場合」(行
訴法3条7項)という差止訴訟の訴訟要件を充足することは争わない。しか
し,本件は,当該処分がされることにより「重大な損害を生ずるおそれがあ
る」(同法37条の4第1項)とまでは認められず,差止訴訟の訴訟要件を充
足しないから,この訴えは不適法である。
厚木飛行場における自衛隊機の運航の公共性・公益性は,同条2項にいう
「処分又は裁決の内容及び性質」として十分に勘案されるべきである。加え
て,航空機騒音の特殊性,航空機騒音に関する一般的知見によれば,航空機
騒音については,我が国のみならず国際的にも,人の身体ないし精神面にま
で影響が及ぶことは一般的に否定されているばかりでなく,原告らの主張等
を検討してみても,原告らに「重大な損害」が生じていることは何ら基礎付
けられていない。さらに,過去から現在に至るまで,被告において実施して
きた防音工事等諸施策の種々の周辺対策により現実に騒音被害が解消あるい
は軽減されている。他方で,厚木飛行場における自衛隊機の運航は,国防や
災害救助といった我が国の存立そのもの及び国民の生命・身体の安全に関わ
る極めて公共性・公益性の高い内容及び性質の処分である。これらの点を考
慮すれば,本件において,同項にいう「重大な損害」を生ずるおそれは認め
られない。
(2)無名抗告訴訟
本件自衛隊機差止めの訴えは第2に,無名抗告訴訟として差止めを求める
ものである。しかし,平成16年の行訴法の改正によって義務付けの訴えと
差止めの訴えが法定抗告訴訟の一類型として設けられ,従来無名抗告訴訟と
されていた一定の処分又は裁決の義務付けあるいは差止めを求める義務付け
訴訟や差止訴訟は法定の義務付けの訴え及び差止めの訴えに整理されたとい
うべきであるから,これらについてなお無名抗告訴訟として認められるもの
は存在しない。法定抗告訴訟としての差止めの訴えの訴訟要件を充足しない
差止めの訴えを無名抗告訴訟として適法に提起し得るとすることは,事前の
救済にふさわしい救済の必要性という厳格な訴訟要件を定めた行訴法37条
の4の趣旨を没却することになる。よって,この訴えも不適法である。
2本件米軍機差止めの訴えについて
日米安保条約や日米地位協定等の関係条約や国内法令に,米軍による厚木基
地の管理運営の権限を制約し,その活動を制限し得る特段の定めがないことは,
厚木基地最判が判示しているところであり,防衛大臣が米軍に対し,米軍機が
厚木基地の滑走路等を使用する都度その使用許可を与える権限を有していない
ことは明らかである。
原告らの指摘する日米地位協定2条4項(b)も,防衛大臣が米軍に対し,米
軍機が厚木基地の滑走路等(厚木飛行場)を使用する都度,行政処分としてそ
の使用許可を与えることをおよそ予定しておらず,また,実際にも米軍に対し,
厚木飛行場を使用する都度,これにつき審査をし許可処分をするといったこと
は行われていない。
したがって,本件米軍機差止めの訴えは,「防衛大臣による使用の許可」と
いう行われる余地のない処分の差止めを求めるものであって,「一定の処分…
がされようとしている場合」(行訴法3条7項),「一定の処分…がされること
により」重大な損害を生ずるおそれがある場合(同法37条の4第1項)とい
う訴訟要件を欠くことが明らかである。
3自衛隊機に関する予備的請求(当事者訴訟)について
(1)給付請求
当事者訴訟としての自衛隊機に関する給付請求は,抗告訴訟である本件自
衛隊機差止めの訴えを当事者訴訟の形式に引き直したものにすぎない。
行訴法は,「公法上の法律関係に関する」争いであっても公権力の行使に
よって形成される法律関係に関するものは抗告訴訟によるべきことを予定し
ている。このように行訴法において抗告訴訟中心主義が採用され,抗告訴訟
が行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟とされている以上,処分の義務
付け,処分権限の発動禁止等の行政処分の発動をめぐる訴訟は抗告訴訟によ
り,それ以外の訴訟は当事者訴訟によるべきである。
このことからすると,法定の差止訴訟を当事者訴訟の形式に引き直したも
のにすぎない自衛隊機に関する給付請求は無名抗告訴訟というべきであるか
ら,法定の差止めの訴えの訴訟要件を全て充足しない限り不適法というべき
である。そして,本件自衛隊機差止めの訴えが行訴法37条の4第1項の訴
訟要件を満たさないことは既に述べたとおりであるから,これを当事者訴訟
の形式に引き直したにすぎない給付請求に係る訴えも訴訟要件を満たさず,
不適法である。
(2)確認請求
当事者訴訟としての自衛隊機に関する確認請求①~③は,いずれも,被告
(防衛大臣)が行政処分である自衛隊機の運航をすることによって一定程度
を超える航空機騒音を原告らの居住地に到達させることを予防する趣旨の請
求であって,そのような航空機騒音を生じさせない被告の義務の存在確認や,
そのような航空機騒音を受忍する原告らの義務の不存在確認という形式によ
っているものの,その実質は,一定程度を超える航空機騒音を伴う自衛隊機
の運航を差し止めることを目的とするものにほかならない。したがって,こ
れらの確認請求は,将来の自衛隊機の運航という処分に伴う一定程度を超え
る騒音曝露という不利益を防止するための自衛隊機の運航の差止めの訴え
を,当該騒音を生じさせない義務の確認訴訟や,当該騒音を受忍する義務の
不存在確認訴訟の形式に引き直したものにすぎず,無名抗告訴訟と位置付け
られるべきである。前記のとおり,このような差止めの訴えの実質を有する
無名抗告訴訟は,法定の差止めの訴えの訴訟要件を全て満たさない限り不適
法である。そして,本件自衛隊機差止めの訴えが訴訟要件を欠くことは既に
述べたとおりであるから,これを確認訴訟の形式に引き直した上記各請求に
係る訴えも差止めの訴えの訴訟要件を満たさないことが明らかであり,不適
法である。
4米軍機に関する予備的請求(当事者訴訟)について
(1)給付請求
当事者訴訟としての米軍機に関する給付請求は,米軍機の運航のために厚
木飛行場の使用を認めることによって生ずる航空機騒音を原告らの居住地に
到達させてはならないという不作為を求めるものである。
前記2で述べたとおり,被告は,米軍による厚木基地の使用及び厚木基地
における米軍機の運航を制約する権限を有していない。原告らが主張する米
軍に対する権限,すなわち米軍に対して「厚木基地滑走路等(厚木飛行場)
の使用を許さないことにより,騒音等の障害発生を防止する」権限を被告が
有しないことは明らかである。したがって,原告らの主張はそれ自体失当で
あり,上記給付請求は理由がなく,棄却されるべきである。
(2)確認請求
ア当事者訴訟としての米軍機に関する確認請求①~③のうち,原告らが①
において求めるものは,米軍機の運航のために厚木飛行場の使用を認めて
はならない被告の義務の確認,②において求めるものは,米軍機の運航の
ために厚木飛行場の使用を認めることによって生ずる航空機騒音を原告ら
の居住地に到達させてはならない被告の義務の確認,③において求めるも
のは,米軍機の運航のために厚木飛行場の使用を認めることによって生ず
る航空機騒音を受忍する義務が原告らにないことの確認である。これらは
結局のところ原告らの居住地に航空機騒音を到達させてはならないことを
求めるものであり,この目的を達するためには,原告らが適法に提起でき
る米軍機の運航による航空機騒音の差止め(給付請求)による方が紛争解
決方法としては有効・適切である。給付判決であれば執行力も認められる。
したがって,上記①~③の確認請求に係る訴え以外に紛争解決のための
有効・適切な方法がないとは認められないので,これらの訴えは確認の利
益を欠き不適法であり,却下されるべきである
イ上記①~③の確認請求に係る訴えが訴訟要件を満たすとしても,前記2
で述べたとおり,被告は,米軍による厚木基地の使用及び厚木基地におけ
る米軍機の運航を制約する権限を有していないから,①及び②によって原
告らが求める義務を負わない。また,③において原告らは,被告に対し,
その支配の及ばない第三者の行為を原告らが受忍する義務がないことの確
認を求めるものというべきであるから,主張自体失当である。したがって,
上記①~③の確認請求はいずれも理由がなく,棄却されるべきである。
第4部当裁判所の判断
第1検討すべき問題及び結論の要旨
当裁判所の判断を示すに当たり,初めに厚木基地をめぐる用語を整理してお
く。本判決では,日米安保条約及び日米地位協定に基づき「厚木海軍飛行場」
として米国に提供された施設及び区域全体を厚木基地と呼び,そのうちの一部
であって昭和46年に使用転換された後に防衛大臣が「厚木飛行場」として飛
行場を設置している部分(別紙別紙別紙別紙3333図面及び別紙別紙別紙別紙4444図面の各赤斜線部分)を厚木
飛行場と呼ぶ。
以上の用語法によると,防衛大臣がその権限に基づき自衛隊機の運航をさせ,
又は米軍機の使用を許しているのは,厚木飛行場であるから,本件の争点との
関係では,厚木基地全体を対象として検討する必要はなく,厚木飛行場のみを
取り上げて検討すれば足りる(後にみるとおり,厚木基地最判は,この用語法
と異なり,厚木基地すなわち厚木海軍飛行場全体を「本件飛行場」と呼んで論
じているので注意されたい。)。
本件の争点に関しては厚木基地最判によってに既に一定の判断枠組みが示さ
れており,これを踏まえると,検討すべき主な問題は次のとおりである。原告
らは本件自衛隊機差止めの訴えを先に論じ,本件米軍機差止めの訴えを後に論
じているが,当裁判所は,順序を逆にし,本件米軍機差止めの訴えから論ずる
こととする。
本件米軍機差止めの訴えの適法性
本件米軍機差止めの訴えが適法である場合,本件米軍機差止請求の当

本件米軍機差止めの訴えが不適法である場合,これと同じ目的を当事
者訴訟によって達成することの可否
本件自衛隊機差止めの訴えの適法性
本件自衛隊機差止めの訴えが適法である場合,本件自衛隊機差止請求
の当否
本件自衛隊機差止めの訴えが不適法である場合,これと同じ目的を当
事者訴訟によって達成することの可否
これらについての当裁判所の結論の要旨をあらかじめ示しておくと,次のと
おりである。
本件米軍機差止めの訴え(主位的請求)は,抗告訴訟として不適法であり,
却下を免れない。予備的請求のうち,当事者訴訟としての給付請求は,被告に
対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきで
あるから,主張自体失当として棄却を免れない。確認請求に係る訴えは,原告
らの主張する紛争を解決する手段として給付請求というより適切な手段が存在
..
する以上,いずれも確認の利益を欠き,不適法として却下を免れない。
本件自衛隊機差止めの訴え(主位的請求)は,無名抗告訴訟として適法であ
る。本件の事実関係の下では,本件自衛隊機差止請求は,防衛大臣が厚木飛行
場において毎日午後10時から翌日午前6時までやむを得ないと認める場合を
除き自衛隊機を運航させてはならない旨を命ずることを求める限度で理由があ
る。
本件自衛隊機差止請求が一部認容となる以上,当事者訴訟としての予備的請
求はいずれも排斥される。まず,給付請求は,その実質は本件自衛隊機差止請
求と同じであるから,原告らは,本件自衛隊機差止請求について本案の判断が
されることを解除条件として当該給付請求の併合審理を求める趣旨であると解
される。本件自衛隊機差止請求について本案の判断が行われ,解除条件が成就
するので,当該給付請求は当裁判所の判断の対象とならない。次に,自衛隊機
の運航は抗告訴訟の対象となる行政処分であるから,これに不服のある者は抗
告訴訟を提起すべきである。これと目的を同じくする確認請求に係る訴えはい
ずれも確認の利益を欠き,不適法として却下を免れない。
第2本件米軍機差止めの訴えについて
1関係条約の定めと厚木飛行場設置までの経緯等
(1)関係条約の定め
本件に関係する条約の定めは次のとおりである。
ア日米安保条約
6条日本国の安全に寄与し,並びに極東における国際の平和及び安全の
維持に寄与するため,アメリカ合衆国は,その陸軍,空軍及び海軍が日
本国において施設及び区域を使用することを許される。
前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位
は,1952年2月28日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆
国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定(改正を含む。)に代
わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。
イ日米地位協定
2条1(a)合衆国は,相互協力及び安全保障条約第6条の規定に基づき,
日本国内の施設及び区域の使用を許される。個個の施設及び区域に関
する協定は,第25条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しな
ければならない。「施設及び区域」には,当該施設及び区域の運営に
必要な現存の設備,備品及び定着物を含む。
(b)合衆国が日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3
条に基く行政協定の終了の時に使用している施設及び区域は,両政府が
(a)の規定に従って合意した施設及び区域とみなす。
2日本国政府及び合衆国政府は,いずれか一方の要請があるときは,
前記の取極を再検討しなければならず,また,前記の施設及び区域を
日本国に返還すべきこと又は新たに施設及び区域を提供することを合
意することができる。
3合衆国軍隊が使用する施設及び区域は,この協定の目的のため必
要でなくなったときは,いつでも,日本国に返還しなければならない。
合衆国は,施設及び区域の必要性を前記の返還を目的としてたえず検討
することに同意する。
4(a)合衆国軍隊が施設及び区域を一時的に使用していないときは,
日本国政府は,臨時にそのような施設及び区域をみずから使用し,又は
日本国民に使用させることができる。ただし,この使用が,合衆国軍隊
による当該施設及び区域の正規の使用の目的にとって有害でないこと
が合同委員会を通じて両政府間に合意された場合に限る。
(b)合衆国軍隊が一定の期間を限って使用すべき施設及び区域に
関しては,合同委員会は,当該施設及び区域に関する協定中に,適用が
あるこの協定の規定の範囲を明記しなければならない。
3条1合衆国は,施設及び区域内において,それらの設定,運営,警護
及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる。日本国政府は,
施設及び区域の支持,警護及び管理のための合衆国軍隊の施設及び区域
への出入の便を図るため,合衆国軍隊の要請があったときは,合同委
員会を通ずる両政府間の協議の上で,それらの施設及び区域に隣接し
又はそれらの近傍の土地,領水及び空間において,関係法令の範囲内
で必要な措置を執るものとする。合衆国も,また,合同委員会を通ず
る両政府間の協議の上で前記の目的のため必要な措置を執ることがで
きる。
(2以下省略)
(2)厚木飛行場設置までの経緯
証拠(甲A9の3,行乙4,5の1・2,6)によれば,厚木基地のうち
別紙別紙別紙別紙3333図面の赤斜線部分が昭和46年に使用転換され,厚木飛行場が設置さ
れた経緯は,次のとおりであると認められる。
ア日米安全保障協議委員会は,昭和45年12月21日,日米安保条約及
び日米地位協定の枠内における施設及び区域の共同使用を含む整理,統合
計画を了承した。その中で,厚木基地については次のとおりとされた。「米
軍機及び米側要員の大部分は,昭和46年6月末までに移駐するが,艦隊
航空部隊西太平洋修理部を含む若干の米軍施設は,小規模な専用区域とし
て存続する。日本政府は,昭和46年6月30日までに本飛行場の運営及
び維持上の責任を負い,また,前記の米軍区域への出入を可能とし,かつ,
その他の米軍の運航上の必要を充たすため,然るべき共同使用の取決めが
行われる」。
イ日米合同委員会の補助機関である施設特別委員会(現在の名称は施設分
科委員会)は,昭和46年6月24日,日米合同委員会宛ての厚木基地に
関する覚書を作成した。この覚書は,米軍一時使用区域(後に厚木飛行場
となる部分)と日米共同使用区域の範囲をそれぞれ明示し,前者は日米地
位協定2条4項(b)による共同使用取決めにより我が国政府の施設に使用
転換されるとし,後者は同項(a)による共同使用区域とするとしている。
そして,米軍一時使用区域(厚木飛行場)の共同使用の取決めについて,
我が国政府は次の3点を了解するとしている。すなわち,①米軍一時使用
区域(厚木飛行場)は,米側航空機の米軍専用区域への出入りのため及び
その他の運航上の必要のために使用される,②日米地位協定の関連規定は
米側航空機が米軍一時使用区域(厚木飛行場)を使用する期間適用される,
③米軍一時使用区域(厚木飛行場)の運営及び維持は我が国政府の負担と
する,というのである。
この覚書は,同月25日,日米合同委員会によって承認された。
ウ同月29日,厚木基地の一部における上記覚書に従った共同使用及び使
用転換が閣議決定された。その中で,使用転換される厚木基地の米軍一時
使用区域(厚木飛行場)については次のような言及がある。すなわち,「使
用目的」として,「滑走路分等を海上自衛隊の管轄管理する施設とし,合
ママ
衆国軍隊に対しては地位協定第2条4項(b)の規定の適用のある施設及び
区域として一時使用を認める。」とあり,「備考」として,「1本件飛行
場は米側航空機による米側専用区域への出入のため及びそれに関連したそ
の他の運航上の必要をみたすために使用される。2合衆国軍隊がこの
施設を使用している期間は,地位協定の必要な条項が適用される。」とあ
る。
エこの閣議決定を踏まえ,同月30日,日米合同委員会において日米政府
間協定が締結されて厚木基地について共同使用及び使用転換が決定され,
同年7月6日に告示された(昭和46年防衛施設庁告示第7号)。
同告示の内容は前記第2部第1の2(2)ア記載のとおりであり,使用転
換されるのは厚木基地のうち別紙別紙別紙別紙3333図面の赤斜線部分(米軍一時使用区域
すなわち現在の厚木飛行場)であり,共同使用とされるのは同図面の黄色
部分(日米共同使用区域)であるとされている。同告示の摘要欄には,使
用転換の部分につき,「1滑走路部分等を海上自衛隊の管轄管理する施
設とし,合衆国軍隊に対しては昭和46年7月1日から地位協定2条4項
(b)の規定の適用のある施設及び区域として一時使用を認める。2合
衆国軍隊がこの施設を使用している期間は,地位協定の必要な条項が適用
される。」とあり,日米共同使用区域につき,「海上自衛隊第4航空群第
14航空隊等が航空施設として共同使用する。」とある。
一方,防衛庁長官は米軍一時使用区域に厚木飛行場を設置してこれを同
月1日に告示した(昭和46年防衛庁告示第131号)。
2判断
(1)本件口頭弁論終結時より前に死亡した原告らの訴えについて
証拠(甲地域別1,甲地域別2,甲地域別4)及び弁論の全趣旨によれば,
別紙別紙別紙別紙2222(死亡・転居原告目録)記載1の原告ら(以下「死亡原告ら」という。)
は本件口頭弁論終結時より前である同別紙別紙別紙別紙記載1の死亡日に死亡したことが
認められる。本件米軍機差止めの訴えは,居住地における被害の存在を理由
に被告に対し差止めを求める抗告訴訟として提起されたものであり,死亡原
告らの当該訴えはこれを承継する余地がなく当然に終了するものと解すべき
である。したがって,死亡原告らの本件米軍機差止めの訴えについては,そ
の死亡による訴訟の終了を宣言する。
(2)死亡原告ら以外の原告らの訴えについて
死亡原告ら以外の原告ら(以下,単に「原告ら」という場合,この原告ら
のことをいう。)は,差止めの対象となる行政処分について次のとおり主張
する。すなわち,防衛大臣は米軍に対し厚木飛行場の一時使用を認めること
とされているが,それは厚木飛行場の使用の許可という行政処分として行わ
れているというのである。
米国は,日米安保条約6条,日米地位協定2条1項,4項(b),昭和46
年6月30日の日米政府間協定に基づき,米軍が一時使用をすることができ
る施設及び区域として厚木飛行場を使用する権利を我が国に対して有する。
この米国の使用権は日米両国間の合意に基づくものであり,米軍による厚木
飛行場の一時使用の内容は,上記の合意によって定まるものと解される。そ
して,日米安保条約,日米地位協定その他の関係条約のいずれにも,被告が
一方的に米国との間の合意の内容を変更したり米国の権利の得喪を生じさせ
たりし得ることの根拠となる規定は存在しない。したがって,厚木飛行場に
関し,被告と米国の間において,被告が米国に対してその使用の許可をする
といった行政処分が存在しないことはもとより,これに類似した仕組みさえ
存在しないことは明らかである。
もちろん,我が国の国内法令にも,原告らの主張するような行政処分の根
拠となり得る規定は存在しない。
以上のとおり,原告らの主張する行政処分は存在しないものであるから,
本件米軍機差止めの訴えは,存在しない処分の差止めを求めるものとして不
適法であり,却下を免れない。
第3米軍機に関する予備的請求(当事者訴訟)について
1給付請求(予備的請求その1)
(1)厚木基地最判の判示と原告らの主張
第1次厚木基地騒音訴訟における周辺住民による差止請求のうち米軍機に
関する部分(厚木基地最判はこれを「本件米軍機の差止請求」という。)は
下記のとおりであった(民集47巻2号791頁参照)。

被告は米軍をして,原告らのために,
厚木海軍飛行場において,毎日午後8時から翌日午前8時までの間,
一切の航空機を離着陸させてはならず,かつ,一切の航空機のエンジ
ンを作動させてはならない。
厚木海軍飛行場の使用により,毎日午前8時から午後8時までの間,
原告らの居住地に65ホンを超える一切の航空機騒音を到達させては
ならない。
この請求について厚木基地最判は下記のとおり判示した。そこにいう上告
人らは周辺住民,被上告人は国(被告)である。

しかしながら,上告人らは,米軍機の運航等に伴う騒音等による被害
を主張して人格権,環境権に基づき米軍機の離着陸等の差止めを請求す
るものであるところ,上告人らの主張する被害を直接に生じさせている
者が被上告人ではなく米軍であることはその主張自体から明らかである
から,被上告人に対して右のような差止めを請求することができるため
には,被上告人が米軍機の運航等を規制し,制限することのできる立場
にあることを要するものというべきである。
これを本件についてみると,原審の確定したところによれば,本件飛
行場は,原判決の引用する一審判決別冊第1図青枠部分の区域からなり,
被上告人が米軍の使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供し
ているものであって(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安
全保障条約(昭和35年条約第6号)6条参照),昭和46年6月30
日に我が国とアメリカ合衆国との間で締結された政府間協定により,同
年7月1日以降,(1)前記第1図の緑斜線部分は,日本国とアメリカ合
衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並
びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(昭和35年条約第
7号)2条4項(a)に基づき,米軍と我が国の海上自衛隊の共同使用部
分とされ,(2)同図赤斜線部分は,海上自衛隊の管轄管理する施設とな
ったが,同項(b)の規定の適用のある施設及び区域として米軍に対し引
き続き使用が認められ,(3)同図黄色部分は,引き続き米軍が航空機を
保管し整備等を行うため専用している。このように,本件飛行場に係る
被上告人と米軍との法律関係は条約に基づくものであるから,被上告人
は,条約ないしこれに基づく国内法令に特段の定めのない限り,米軍の
本件飛行場の管理運営の権限を制約し,その活動を制限し得るものでは
なく,関係条約及び国内法令に右のような特段の定めはない。そうする
と,上告人らが米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは,被上告人に
対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものという
べきであるから,本件米軍機の差止請求は,その余の点について判断す
るまでもなく,主張自体失当として棄却を免れない。論旨は採用するこ
とができない。
同じ争点について最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決・裁判集民1
67号359頁(判例時報1456号53頁)(以下「平成5年横田基地最
判」という。)及び最高裁平成6年1月20日第一小法廷判決・裁判集民1
71号15頁(判例時報1502号98頁)(以下「福岡空港最判」という。)
も同様の判示をしている。
厚木基地最判のいう「本件米軍機の差止請求」は,被告に対し厚木飛行場
への米軍機の離着陸等の差止め及び航空機騒音の音量規制を求めるものであ
り,一方で,本件における当事者訴訟としての給付請求は,被告に対し厚木
飛行場の使用を米軍機に認めることによって生ずる航空機騒音の音量規制を
求めるものであるから,その内容は全く同じとはいえない。しかし,各請求
の目的は実質的に同じであり,被告に対してその支配の及ばない第三者の行
為の差止めを内容として含む請求をするという点でも同じであるから,厚木
基地最判の射程は本件に及ぶというべきである。したがって,原告らの米軍
機に関する予備的請求のうちの給付請求は,厚木基地最判と同じ理由により,
主張自体失当として棄却を免れないといわなければならない。
ところが,原告らは,厚木基地最判は日米地位協定の解釈を誤っているな
どと主張するので,念のためこの主張の当否について検討を行う。
(2)検討
ア原告らは,厚木基地のうち厚木飛行場の部分は使用転換によって被告が
管理権を有することとなったから,領域主権の原則,日米地位協定又は昭
和46年の使用転換の際の日米政府間協定に基づき,被告は米軍の厚木基
地の管理運営の権限を制約し,その活動を制限し得る立場にあると主張す
る。そして,その主張の根拠の一つとして,日米地位協定2条4項(b)に
関する我が国政府の見解を挙げる。
イ証拠(甲A9の1・2)によれば,日米地位協定2条4項(b)について
国会において次のとおり我が国の政府見解が示されたことが認められる。
(ア)防衛庁長官(中曾根康弘)は,昭和46年2月27日開催の衆議院予
算委員会において,日米地位協定2条4項(b)の解釈に関し次のとおり
答弁した。
「第2条4項(b)に該当しますのは,要するにわがほうが管理権を持ち
まして,わがほうの責任において管理する,しかし一定期間を限って臨
時に米軍に使用を認める,わがほうが主であって,臨時に認められる米
軍のほうは従でありあるいは客である,こういう関係で使用を認めると
いう態様であります。そこで,いままで行ないましたケース等を全部検
討いたしまして,大体第2条4項(b)の解釈は次のようなものであろう,
こういうことでございます。
地位協定第2条第4項(b)でいう「一定の期間を限って使用すべき施
設・区域」とは,米軍の恒常的な使用が認められる通常の施設・区域(2
条1項(a))及び日本側が臨時に使用できる施設・区域(2条4項(a))
とは異なり,日本側のものではあるが,米軍の使用が認められ,その使
用する期間が何らかの形で限定されるものをいうが,かかる施設・区域
としては,実情に即して考えるに,一応次のごときものがあげられる。
年間何日以内というように日数を限定して使用を認めるもの。
日本側と調整の上,そのつど期間を区切って使用を認めるもの。
米軍の専用する施設・区域への出入のつど使用を認めるもの。
その他,右に準じて何らかの形で使用期間が限定されるもの。
右のごとく,使用期間を限定する方法については,当該施設・区域の
態様,使用のあり方,日本側の事情等々により必ずしも一定せず,個々
の施設・区域ごとに,具体的に定めるしかないが,いずれにせよわがほ
うの施設を米軍に臨時に使用させるという二4(b)施設・区域の本質の
ワク内で合理的に定めていく考え方であります。」
その上で,上記のうちに関し,質問者(崎弥之助議員)との間で
次のとおりのやり取りをした。
「崎委員まず専用しておる地区に出入をするために使うという場合
には,おのずからその出入の態様だけに限られる。それを利用して,そ
の出入権を利用してそのほかの使用をするということは厳に禁ぜられる
わけですね。」
「中曾根国務大臣その場合にはそうです。たとえばある滑走路,飛行
場の中の施設を先方が使用している場合に,飛行機で連絡に来るという
場合に滑走路を使用させる。これはその施設を利用するために滑走路に
着陸して,施設に行くために滑走路を使用する,そういう意味でその主
たる目的に従ってその限定された使用が認められなければならぬ,こう
いう考えであります。」
「崎委員いまの考えでいきますと,飛行場の場合は,それじゃ滑走
路は事実上自由に使えるじゃありませんか。どうですか。」
「中曾根国務大臣それはその施設を使用するという目的に従って,そ
の期間を限って使用させるので,常に,常時開放的にいつでも認めると
いうものではないわけであります。」
「崎委員そうするとその際も期間を限るということはつくわけです
ね,いまのお答えによりますと。」
「中曾根国務大臣もちろんそうであります。そこが(a)その他と違う
ところであります。」
(イ)外務省アメリカ局長(大河原良雄)は,昭和48年10月9日開催の
衆議院内閣委員会において,厚木基地への日米地位協定の適用に関し次
のように説明した。
「厚木には,米軍に対しまして2条1項(a)に基づく施設,区域を提供
してございまして,米軍はこれを補給,修理,管理のために使用いたし
ております。その隣接区域にございます滑走路の使用につきましては,
米軍の専用する施設,区域への出入のつど使用を認めるものという形態
に属する2条4項(b)の共同使用の形をとっているわけでございます。」
ウ昭和46年6月30日の日米政府間協定の内容(前記第2の1(2)参照)
によれば,米国は,厚木飛行場について,日米地位協定2条4項(b)にい
う「合衆国軍隊が一定の期間を限って使用すべき施設及び区域」として被
告から一時使用を認められている。我が国の政府見解によると,この一時
使用に関しては四つの形態があるが,厚木飛行場については,そのうち「米
軍の専用する施設・区域への出入のつど使用を認めるもの」に当たるとい
うのであり,被告もこのことを争っていない。
原告らは,日米地位協定2条4項(b)についての我が国の政府見解を援
用した上,「出入のつど」という文言を極めて厳格に解し,米軍機が,厚
木基地内の米軍専用区域から出て直ちに厚木飛行場を使用して離陸する場
合,逆に,厚木飛行場に着陸して直ちに厚木基地内の米軍専用区域に行く
場合のみがこれに当たると主張する。しかし,厚木飛行場の一時使用に関
しては上記のとおり日米政府間協定が成立しているのであるから,日米地
位協定2条4項(b)に関する我が国の政府見解を検討するよりもまず,こ
の協定によって成立した合意の内容を検討しなければならない。
そこでこの協定締結までの経緯をみると,昭和46年6月25日の日米
合同委員会において次の3点が承認されている。すなわち,①厚木飛行場
は,米側航空機の米軍専用区域への出入りのため及びその他の運航上の必
要のために使用される,②日米地位協定の関連規定は米側航空機が厚木飛
行場を使用する期間適用される,③厚木飛行場の運営及び維持は我が国政
府の負担とする,というのである。そして,同月29日の閣議決定を踏ま
え,同月30日の日米合同委員会において日米政府間協定が締結された。
このように,厚木飛行場は,米軍機の米軍専用区域への「出入りのため及
びその他の運航上の必要のため」に使用されることが日米両国間で合意さ
れている。しかもこれは,使用転換の発端となった昭和45年12月21
日の日米安全保障協議委員会において,「米軍区域への出入を可能とし,
かつ,その他の米軍の運航上の必要を充たすため,然るべき共同使用の取
決めが行われる」とされたことを踏まえているのである。この経緯によれ
ば,米軍は米軍機の運航上の必要がある限り厚木飛行場を使用することが
できるというのが上記合意の内容であると解され,米軍が米軍機の運航上
の必要があるとして厚木飛行場を使用しようとする場合に,海上自衛隊が
その是非を検討して場合によってはその使用を拒否し得るなどということ
は,日米両政府において全く想定されていないと解される。
原告らは,昭和46年6月29日の閣議決定では,上記の①につき,「出
入のため及びそれに関連したその他の運航上の必要をみたすため」という
文言になっており,「それに関連した」という限定が付いているからこれ
に従った厳格な解釈をすべきであると主張するが,上記の①と閣議決定と
でその趣旨に差異があるとは解されず,その主張を採用することはできな
い。
以上のとおり,昭和46年6月30日の日米政府間協定は原告らの主張
の根拠となるものではなく,ほかに,日米地位協定にも,その他の関係条
約や国内法令にも,米軍が米軍機の運航上の必要があるとして厚木飛行場
を使用しようとする場合に,被告がその活動を制限し得る根拠となる規定
は存在しない。
したがって,米軍機に関する予備的請求のうちの給付請求,すなわち米
軍機の運航に関わる音量規制を求める請求は,厚木基地最判の判示すると
おり,被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求する
ものというべきであるから,その余の点について判断するまでもなく主張
自体失当として棄却を免れない。
エなお,原告らのうちの一部は,第4次厚木基地騒音訴訟において,厚木
基地最判におけるのと同様の差止めの請求を被告に対してしているが(顕
著な事実),この請求と本件における米軍機に関する予備的請求のうちの
当事者訴訟としての給付請求は,目的において共通するが,差止めを求め
る対象が異なり請求として同じとはいえないから,二重起訴の問題は生じ
ないと解する。
2確認請求(予備的請求その2からその4まで)
確認の訴えは,原告の権利又は法律上の地位に危険又は不安が現に存在し、
これを除去するために原告と被告の間でその訴訟物となる権利又は法律関係の
存否の確認判決をすることが有効適切であるといえる場合に,その確認の利益
が肯定され,適法とされる。そこで,米軍機に関する予備的請求のうちの確認
請求(予備的請求その2からその4まで)について,その確認の利益の有無を
検討する。
米軍機に関する予備的請求その2(確認請求①)は,被告が原告らに対し,
厚木飛行場について米軍機の一定の態様による運航のための使用を認めてはな
らない義務を負うことを確認するというものである。予備的請求その3(確認
請求②)は,被告が原告らに対し,厚木飛行場について米軍機の一定の態様に
よる運航に伴う騒音を原告らの居住地に到達させてはならない義務を負うこと
を確認するというものである。予備的請求その4(確認請求③)は,原告らが
被告に対し,厚木飛行場について米軍機の一定の態様による運航のための使用
を被告が認めることによって生ずる航空機騒音を原告らがその居住地において
受忍する義務がないことの確認を求めるものである。これらの確認請求は,請
求ごとに確認の対象に差異が存在するものの,その目的は一貫しており,そこ
にいう一定の態様による運航,すなわち,米軍機について,(1)厚木基地の米軍
専用区域への出入りのため以外の一切の運航,(2)毎日午後8時から翌日午前
8時までの間の運航,(3)米軍機の運航により生ずる航空機騒音によって原告
らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音が75Wを超えるこ
ととなる場合の当該米軍機の運航がいずれも許されないことを判決によって確
認してもらおうとするところにある。しかし,この目的を達成するためには,
米軍機の運航の差止めを求める訴えを適法に提起することができ,かつ,給付
判決である差止判決の方が確認判決よりも紛争解決の手段として有効適切であ
る。現に原告らも,米軍機に関する予備的請求その1である差止請求(当事者
訴訟としての給付請求)としてこれを行っているのである。そうであれば,上
記の確認請求①~③は,紛争の解決手段として迂遠であり,有効適切とはいえ
ない。よって,これらの確認請求についてはいずれも確認の利益を認めること
ができない。
次のようにいうこともできる。原告らは,厚木飛行場における米軍機の運航
をめぐって原告らと被告との間に公法上の法律関係が存在すると主張するが,
既にみたところによれば,その主張の根拠となり得る関係条約又は国内法令の
規定は存在しない。したがって,原告らが上記の確認請求①~③において特定
する公法上の義務についてはいずれも,その法的な存在を観念することができ
ない。法的に存在し得る義務であれば,それがいかなる事情の下で発生するの
かについて本案審理を行う意味があるが,法的に存在し得ない義務については
本案審理を行う意味がないから,そのような義務の確認請求は確認の利益を欠
き不適法というべきである。
以上のとおり,予備的請求その2からその4まで(上記確認請求①~③)は
いずれも確認の利益を欠くので,これらの請求に係る訴えは不適法であり却下
を免れない。
第4本件自衛隊機差止めの訴えについて(その1・一般論)
1厚木基地最判の判示
厚木基地最判は,前記のとおり,厚木基地の周辺住民が国(被告)を相手方
として提起した第1次厚木基地騒音訴訟の上告審判決である。この訴訟の原告
らは毎日午後8時から翌日午前8時までの間の自衛隊機の離着陸及びエンジン
作動の差止め並びに航空機騒音についての一定の音量規制を求め(厚木基地最
判はこれを「本件自衛隊機の差止請求」という。),最高裁は下記のとおり判
示した。なお,そこにいう上告人らは厚木基地の周辺住民,被上告人は国(被
告)であり,「本件飛行場」とは厚木基地(厚木海軍飛行場)のことである。

本件自衛隊機の差止請求が民事上の請求として許されるかどうかについ
て,以下に検討する。
1自衛隊法3条は,自衛隊は,我が国の平和と独立を守り,国の安
全を保つため,直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主
たる任務とし,必要に応じ,公共の秩序の維持に当たる旨を定め,同法
第6章は,自衛隊の行動として,防衛出動(76条),命令による治安
出動(78条),要請による治安出動(81条),海上における警備行
動(82条),災害派遣(83条),領空侵犯に対する措置(84条)
等の各種の行動を規定している(なお,右の行動に必要な情報の収集,
隊員の教育訓練も自衛隊の行動に含まれる。防衛庁設置法5条4号,8
号参照)。自衛隊機の運航は,右のような自衛隊の任務,特にその主た
る任務である国の防衛を確実,かつ,効果的に遂行するため,防衛政策
全般にわたる判断の下に行われるものである。そして,防衛庁長官は,
内閣総理大臣の指揮監督を受け,自衛隊の隊務を統括する権限を有し(自
衛隊法8条),この権限には,自衛隊機の運航を統括する権限も含まれ
る。防衛庁長官は,「航空機の使用及びとう乗に関する訓令」(昭和3
6年1月12日防衛庁訓令第2号)を発し,自衛隊機の具体的な運航の
権限を右訓令2条7号に規定する航空機使用者に与えるとともに,右訓
令3条において,航空機使用者が所属の航空機を使用することができる
場合を定めている。
一方,右のような自衛隊の任務を遂行するため,自衛隊機に関しては,
一般の航空機と異なる特殊の性能,運航及び利用の態様等が要求される。
そのため,自衛隊機の運航については,自衛隊法107条1項,4項の
規定により,航空機の航行の安全又は航空機の航行に起因する障害の防
止を図るための航空法の規定の適用が大幅に除外され,同条5項の規定
により,防衛庁長官は,自衛隊が使用する航空機の安全性及び運航に関
する基準,その航空機に乗り組んで運航に従事する者の技能に関する基
準並びに自衛隊が設置する飛行場及び航空保安施設の設置及び管理に関
する基準を定め,その他航空機による災害を防止し,公共の安全を確保
するため必要な措置を講じなければならないものとされている。このこ
とは,自衛隊機の運航の特殊性に応じて,その航行の安全及び航行に起
因する障害の防止を図るための規制を行う権限が,防衛庁長官に与えら
れていることを示すものである。
2以上のように,防衛庁長官は,自衛隊に課せられた我が国の防衛
等の任務の遂行のため自衛隊機の運航を統括し,その航行の安全及び航
行に起因する障害の防止を図るため必要な規制を行う権限を有するもの
とされているのであって,自衛隊機の運航は,このような防衛庁長官の
権限の下において行われるものである。そして,自衛隊機の運航にはそ
の性質上必然的に騒音等の発生を伴うものであり,防衛庁長官は,右騒
音等による周辺住民への影響にも配慮して自衛隊機の運航を規制し,統
括すべきものである。しかし,自衛隊機の運航に伴う騒音等の影響は飛
行場周辺に広く及ぶことが不可避であるから,自衛隊機の運航に関する
防衛庁長官の権限の行使は,その運航に必然的に伴う騒音等について周
辺住民の受忍を義務づけるものといわなければならない。そうすると,
右権限の行使は,右騒音等により影響を受ける周辺住民との関係におい
て,公権力の行使に当たる行為というべきである。
3上告人らの本件自衛隊機の差止請求は,被上告人に対し,本件飛
行場における一定の時間帯(毎日午後8時から翌日午前8時まで)にお
ける自衛隊機の離着陸等の差止め及びその他の時間帯(毎日午前8時か
ら午後8時まで)における航空機騒音の規制を民事上の請求として求め
るものである。しかしながら,右に説示したところに照らせば,このよ
うな請求は,必然的に防衛庁長官にゆだねられた前記のような自衛隊機
の運航に関する権限の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包
含することになるものといわなければならないから,行政訴訟としてど
のような要件の下にどのような請求をすることができるかはともかくと
して,右差止請求は不適法というべきである。
同じ争点について福岡空港最判も同様の判示をしている。
厚木基地最判の上記判示は,そこにいう防衛庁長官を防衛大臣に変更すれば,
現行の自衛隊法及び防衛省設置法の下でそのまま妥当するものである。
2抗告訴訟提起の可否
厚木基地最判によれば,厚木飛行場における自衛隊機の運航に関する防衛大
臣の権限の行使は,その運航に必然的に伴う騒音等について周辺住民の受忍を
義務付けるものであるから,同権限の行使は,騒音等により影響を受ける周辺
住民との関係において,公権力の行使に当たる行為である(以下,これを「自
衛隊機運航処分」という。)。
このように自衛隊機運航処分は防衛施設である飛行場の周辺住民に対し騒音
等の受忍を義務付けるものであるが,ここにいう義務付けとは,周辺住民に対
し防衛大臣との関係において何らかの作為又は不作為を要求したり,その法的
地位に変更を加えたりするものではない。その趣旨は,周辺住民は自衛隊機の
運航に伴い必然的に発する騒音等にさらされることとなるが,その騒音等によ
る被害が社会生活上受忍すべき限度にとどまる限り,これを甘受しなければな
らないというものであると解される(宇賀克也『行政法概説Ⅱ行政救済法(第
4版)』(有斐閣,平成25年)184頁参照)。
自衛隊機運航処分は,公権力の行使に当たる行為である以上,抗告訴訟の対
象となる行政処分である(行訴法3条1項,2項参照)。したがって,自衛隊
機運航処分に基づく騒音等により社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生
じている,あるいは生ずるおそれがあると考える周辺住民は,当該自衛隊機運
航処分を対象とする抗告訴訟を提起して争うことができなければならない。厚
木基地最判は,「行政訴訟としてどのような要件の下にどのような請求をする
ことができるかはともかくとして」と述べるが,これは自衛隊機運航処分に関
する不服の訴訟(すなわち抗告訴訟)が一切許されないという趣旨をいうもの
とは解されない。そのような趣旨であるとすればそう明言したと考えられ,上
記のようにいう必要はないからである。最高裁が上記のように述べたのは,抗
告訴訟にもいくつかの類型が存在するので,自衛隊機運航処分についてそのう
ちのどの類型の訴訟をどのような要件の下で提起すべきかという問題が残る
が,その問題について議論することは当該事案の解決にとって必要でも相当で
もないので,その説示をすることを控えたからであると解される。
3提起すべき抗告訴訟の類型
そこで,厚木飛行場における自衛隊機の一定の態様による運航の差止めを求
めようとしている原告らは,どの類型の抗告訴訟を提起すべきであるのかが問
題となる。
行訴法3条2項以下は,「処分の取消しの訴え」(同項),「裁決の取消しの
訴え」(3項),「無効等確認の訴え」(4項),「不作為の違法確認の訴え」(5
項),「義務付けの訴え」(6項)及び「差止めの訴え」(7項)を規定してい
るが,同条1項は,「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」を包括的に
抗告訴訟としていることから,同条2項以下に規定されているこれらの法定抗
告訴訟に限らず,ここに規定されていない抗告訴訟すなわち無名抗告訴訟も,
抗告訴訟として認める趣旨であると解される。原告らは,以上の解釈を踏まえ,
本件自衛隊機差止めの訴えは同条7項所定の差止訴訟又は無名抗告訴訟のいず
れかとして許されると主張するので,以下検討する。
(1)自衛隊機運航処分の特色
まず自衛隊機運航処分の内容,性格をみると,この処分には次のような特
色がある。
第1に,自衛隊機運航処分は法的効果を伴わない事実行為である。前記の
とおり,処分の相手方である周辺住民は,その被害が社会生活上受忍すべき
限度内にある限りこれを受忍すべきであるとされるにとどまり,防衛大臣と
の関係においてその法的地位に何の影響も受けない。その効果のみに着目す
れば,私人がその発する騒音等によって周辺住民に被害を与える場合と異な
るところはない。一般に,行政処分とは,公権力の主体たる国又は公共団体
が法令に基づき行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形
成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうが(最
高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参
照),自衛隊機運航処分はこれに当てはまらない行政処分であり,その性格
は,警察官職務執行法3条以下に規定する保護,措置等あるいは「精神保健
及び精神障害者福祉に関する法律」29条に規定する措置入院などの即時強
制と共通する。
第2に,自衛隊機運航処分は処分の相手方が不特定多数である。すなわち
名宛人が特定していない処分であって,その相手方の数は多数に上る。ある
飛行場における自衛隊機の運航が周辺のいかなる範囲の住民を騒音等の影響
下に置くかは,一義的には定まらない。当該飛行場において自衛隊機がどの
ように運航されるかによって,騒音等の大きさも,それが広がる範囲も異な
るからである。一方で,周辺に多数の住民が居住する飛行場であれば,騒音
等による影響を受ける住民の数が自ずから多数に上ることは明らかである。
第3に,自衛隊機運航処分は,その処分の個数をどのように数えるべきか
について困難な問題がある。自衛隊機の運航は日々継続して行われるもので
あるから,ある飛行場における自衛隊機運航処分は,その全体を1個の処分
ととらえることも可能であろう。他方,これを細分化してとらえることも可
能であり,一番細かい単位を考えれば,自衛隊機1機の運航をもって1個の
処分とみることもできよう。しかし,例えば差止訴訟の対象となることを想
定すると,離着陸に伴う騒音等による被害が発生するからといって,ある飛
行場における自衛隊機の運航全体を差し止めなければならない,すなわち当
該飛行場を閉鎖しなければならないとまではいえないし,他方,通常は,自
衛隊機1機のみの離着陸によって社会生活上受忍すべき限度を超える被害が
発生するとは考え難い。したがって,上記のいずれのとらえ方も極端にすぎ
るのであり,その中間において,差止めの対象となる運航の範囲をどのよう
にとらえるかが問題となる。重要なのはその範囲の定め方であり,処分の個
数を検討することに意義は乏しい。
第4に,自衛隊機運航処分は,自衛隊法107条5項を根拠とするもので
あるが,その違法性の有無は同項の規定の解釈によって一義的に定まるもの
ではない。自衛隊機の運航に伴う騒音等によって周辺住民が受ける被害が社
会生活上受忍すべき限度を超えるか否かは,種々様々な要素を比較検討した
結果決まるものだからである(最高裁昭和56年12月16日大法廷判決・
民集35巻10号1369頁(以下「大阪空港最判」という。),厚木基地
最判及び平成5年横田基地最判参照)。
第5に,以上のような内容,性格からして,自衛隊機運航処分について取
消訴訟が機能する余地はない。なぜなら,この処分は事実行為であり,しか
も,周辺住民が受ける被害は騒音等にさらされることによる被害に限られる
からである。防衛施設である飛行場における自衛隊機の運航に伴う騒音等が
周辺住民に対し社会生活上受忍すべき限度を超える被害を与える場合,当該
飛行場はその設置又は管理に瑕疵があるものとされ,その設置・管理者であ
る被告は当該住民に対して国家賠償法2条1項に基づく賠償責任を負う。こ
れは確立した判例である(大阪空港最判,厚木基地最判及び平成5年横田基
地最判参照)。したがって,被害を受けたと考える周辺住民は,自衛隊機運
航処分に対する取消訴訟を提起して判決によりその違法を宣言してもらうな
どの対処をする必要は全くなく,直ちに国家賠償請求訴訟を提起すれば足り
るのである。現に原告らも,他の住民とともに被告に対し国家賠償を求める
第4次厚木基地騒音訴訟を提起しており,本件と並行して審理されている。
以上のとおり,厚木基地最判という判例によってその存在が認められた自
衛隊機運航処分は,通常の行政処分とは性格,内容を異にする特殊な行政処
分というべきである。
(2)法定の差止訴訟か無名抗告訴訟か
それでは,周辺住民が自衛隊機運航処分の差止めを求めようとする場合,
法定の差止訴訟として訴えを提起すべきか,それとも無名抗告訴訟として訴
えを提起すべきか。
上記のとおり,自衛隊機運航処分は,抗告訴訟によってこれを取り消す意
味はないが,これを差し止めることには意義を見いだすことができる。そこ
でまず,法定の差止訴訟の要件を検討する必要がある。
法定の差止訴訟の対象となるのは「一定の処分」であり,その「一定の処
分」がされることにより「重大な損害を生ずるおそれがある場合」に限り,
訴えを提起することができる(行訴法3条7項,37条の4第1項)。また,
その「一定の処分」の差止請求が認容されるのは,「行政庁がその処分…を
すべきでないことがその処分…の根拠となる法令の規定から明らかであると
認められ」るとき,又は「行政庁がその処分…をすることがその裁量権の範
囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」である(同条5項)。
問題となるのは「一定の処分」という要件である。上記のとおり,自衛隊
機運航処分を差し止めようとする場合,将来における処分全体を1個の処分
とみることは適当でなく,何らかの基準によって差止めの対象となる範囲を
限定しなければならない。その限定の仕方としては,時間帯による(例えば,
夜間のみの差止め),曜日による(例えば,日曜日のみの差止め),一定の
期間内の運航機数による(例えば,1日の運航機数を制限する),機種によ
る(例えば,ジェット機の運航を禁止する),音量による(例えば,特定の
場所におけるW値を制限する)など,様々な方法が考えられる。本件自衛隊
機差止めの訴えにおいては,差止めの対象を,①毎日午後8時から翌日午前
8時までの運航,②訓練のための運航,③自衛隊機の運航により生ずる航空
機騒音によって原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒
音が75Wを超えることとなる場合の当該自衛隊機の運航,という形で限定
している。
しかし,このように限定するにしても,その場合の差止めの対象は,法定
の差止訴訟において差止めの対象となることが想定されている「一定の処分」
とは性格,内容がかなり異なるというべきである。通常の行政処分は,法令
によってその成立要件が定められ,行政庁が採るべき手段も特定のものが定
められている(複数の手段の中から選択するという場合もあるが,その選択
肢は限定されている。)。行訴法3条7項及び37条の4第1項にいう「一
定の処分」という要件は,このような法令の定めを前提とした上で,同条に
規定するそれ以外の差止めの各要件について裁判所が判断をするためにはそ
れが可能となる程度に差止めの対象が特定されている必要があるという見地
から,設けられたものであると解される。したがって,そこで想定されてい
る「一定の処分」は,当該行政処分の根拠となる法令の規定によって自ずか
らその範囲が限定されているものであり,原告がその中から差止めの対象を
特定し,これがそのまま裁判所の審理判断の対象となる。
これに対し,自衛隊機運航処分の場合は,差止めの範囲の限定の仕方は多
種多様であり,根拠規定である自衛隊法107条5項から導かれるものでは
なく,むしろ専ら原告がどのように請求の趣旨を構成するかにかかっている。
そして,自衛隊機運航処分の適法性が,当該処分に基づいて周辺住民が受け
る被害が社会生活上受忍すべき限度を超えるか否かによって判断されるもの
である以上,原告によって差止めの対象として特定された「一定の」自衛隊
機運航処分が違法といえるか否かについても,同様に,これに基づいて周辺
住民が受ける被害が社会生活上受忍すべき限度を超えるか否かによって判断
されなければならない。その判断は,過去及び現在の事実関係を踏まえた総
合的な判断であり,法令の規定に定められた処分の要件該当性を一つ一つ検
討していくというものではない。しかも,そのような検討の過程においては,
原告が当初特定した差止めの対象が当該事案における差止めの対象として適
切か否かも考慮の対象となる。すなわち,原告が特定した差止めの対象を前
提にすれば差止めは認められないが,その範囲を更に限定すれば差止めは認
められるということもあり得るのであり,そのような場合,審理の途中で,
判断の対象となる「一定の処分」が変更することになる。以上の諸点を前提
にすると,自衛隊機運航処分について,法定の差止訴訟が想定している「一
定の処分」を観念することは困難であるというべきである。
法定の差止訴訟は平成16年法律第84号による行訴法の改正によって導
入されたものであるが,同改正の立案に携わった者は,行訴法3条7項にい
う「一定の処分」に関して次のように述べている。「民事訴訟などでは,一
定の程度を超える騒音を発生させてはならない旨を命ずることを求める差止
めの訴えが認められることがありますが,このような差止めを求める行為を
処分によってもたらされる結果だけから特定し,その原因となる処分にはさ
まざまなものがあるため,具体的にどの処分の差止めを求める訴えであるか
が特定できないような訴えは,『一定の処分』をしてはならない旨を命ずる
ことを求める訴訟であるとはいえませんから,第3条第7項の差止めの訴え
としては,適法な訴えとはいえないと考えられます」(小林久起『司法制度
改革概説3・行政事件訴訟法』(商事法務,平成16年)185頁~186
頁)。本件自衛隊機差止めの訴えのうち航空機騒音が75Wを超えることと
なる運航の差止めを求める部分は,正にこの記述が想定している抽象的不作
為命令(本件に即していえば,「原告らの居住地において75Wを超える騒
音を発生させてはならない」という命令)と実質的には同じというべきであ
り,この記述に従えば,法定の差止訴訟になじまないということになる。
以上の検討によると,自衛隊機運航処分の差止めは,法定の差止訴訟によ
ってこれを求めるのは困難であるといわざるを得ないから,無名抗告訴訟に
よってこれを求めるべきであり,無名抗告訴訟としてその要件を構成すべき
である(塩野宏「無名抗告訴訟の問題点」鈴木忠一=三ヶ月章監修『新・実
務民事訴訟講座9』(日本評論社,昭和58年)113頁参照)。法定抗告
訴訟に関する行訴法の各規定が想定していない自衛隊機運航処分という特殊
な行政処分に対しては,これに応じた特殊な救済方法が認められなければな
らないのである。
4無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えの要件
上記3の検討を踏まえ,無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴
えについて,その訴訟要件及び請求認容要件を検討する。
(1)請求の特定性
差止めの請求といっても様々なものが考えられるが,参考になるのが平成
5年横田基地最判である。当該事案における請求の趣旨の一つは,「被上告
人〔国〕は,上告人〔周辺住民〕らのためにアメリカ合衆国軍隊をして,毎
日午後9時から翌日午前7時までの間,本件飛行場を一切の航空機の離着陸
に使用させてはならず,かつ,上告人らの居住地において55ホン以上の騒
音となるエンジンテスト音,航空機誘導音等を発する行為をさせてはならな
い。」というものである。これについて最高裁は,「被上告人に対して給付
を求めるものであることが明らかであり,また,このような抽象的不作為命
令を求める訴えも,請求の特定に欠けるものということはできない。」と判
示した。さらに,当該請求を主位的請求とする予備的請求の請求の趣旨は,
「被告〔国〕は原告〔周辺住民〕らに対し,毎日午後9時から翌日午前7時
までの間,原告ら居住家屋内に,横田飛行場より55デシベル(C)を超える
エンジンテスト音及び航空機誘導音並びに同飛行場に離着陸する航空機から
発する50デシベル(A)を超える飛行音を到達させてはならない。」という
ものであったが,控訴審判決は当該請求に係る訴えを却下することなくこの
請求を棄却し,最高裁はその判断を是認しているから,最高裁は当該請求も
特定性を欠くとはしていないのである。したがって,判例によれば,一定の
時間帯を特定して,その時間帯における航空機騒音が特定の地点において一
定のレベルを超えてはならないという抽象的不作為命令を求める訴えは,請
求の特定に欠けるところはない。
もちろん,以上は民事上の請求についての判断であるが,自衛隊機運航処
分については,前記のとおり,民事上の請求としての差止請求におけるのと
同様,一定の基準を設けてその差止めの対象の範囲を特定しなければならな
いのであるから,上記の判例は無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止
めの訴えにも妥当するというべきである。
(2)原告適格
行訴法は無名抗告訴訟の原告適格について特に定めを置いていないが(同
法38条1項参照),無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴え
は,差止めという点で法定の差止訴訟と共通するから,法定の差止訴訟の原
告適格に関する規定を類推適用すべきである。したがって,防衛大臣が特定
の飛行場における自衛隊機運航処分を(一定の範囲で)してはならない旨を
命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り,提起することが
できるというべきである(同法37条の4第3項)。
この考え方によると,自衛隊機運航処分によって騒音等の受忍を義務付け
られる周辺住民は,同処分の相手方であるからその差止めを求める法律上の
利益を有し,原告適格を有するが,そうでない者は原告適格を有しないこと
になると解される。
前記のとおり,防衛施設周辺における第一種区域は,環境整備法,環境整
備法施行令及び旧環境整備法施行規則に基づき,昭和56年以降現在に至る
まで,75Wという水準によって画されてきた。公共用飛行場周辺の第一種
区域も,航空機騒音防止法,旧航空機騒音防止法施行令及び旧航空機騒音防
止法施行規則に基づき,同じく,75Wという水準によって画されている。
また,特定空港(成田国際空港)周辺において都道府県知事は,特定空港周
辺航空機騒音対策特別措置法3条1項にいう航空機騒音対策基本方針を定め
るに当たり,航空機騒音が75W以上である地域を基準として航空機騒音障
害防止地区とすべき地域を定めるものとされている(特定空港周辺航空機騒
音対策特別措置法施行令(平成24年政令第253号による改正前のもの)
3条1項1号)。このように,航空機騒音に関する法令はいずれも,75W
をもって被告が政策措置を講ずべき最低限の水準としており,これは過去約
30年にわたって変化がない。
一方,昭和48年環境基準は,前記のとおり,航空機騒音に係る環境基準
を,地域の類型Ⅰにおいて70W,地域の類型Ⅱにおいて75Wと定めてお
り,全ての地域において少なくとも75W以下という環境基準が保たれなけ
ればならないとしている。
そして,前記のWHOガイドラインの定めるガイドライン値(その内容は
後記第5の4(1)参照)や昭和48年環境基準を参考にすると,75Wとい
う水準はそれ自体,航空機騒音として相当高いレベルであるといえる。
これらの事情を勘案すると,防衛施設である飛行場周辺の75W以上の地
域に居住する者は,当該飛行場に離着陸する自衛隊機に関する自衛隊機運航
処分につき騒音等の受忍を義務付けられる者であって,無名抗告訴訟として
の差止めの訴えの原告適格を有すると解される。一方,75Wの地域よりも
外側の地域に居住する者は,自衛隊機運航処分によって騒音等の受忍を義務
付けられるとはいえず,無名抗告訴訟としての差止めの訴えの原告適格を有
しないというべきである。
(3)請求認容要件
無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えの請求認容要件を検
討する。
ア根拠規定である自衛隊法107条5項によれば,防衛大臣は,航空機に
よる災害を防止し,公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければ
ならないとされている。本件で原告らが問題とする航空機騒音についてい
えば,防衛大臣は,自衛隊機が防衛施設である飛行場に離着陸することに
伴う騒音によって周辺住民が社会生活上受忍すべき限度を超えた被害を被
ることのないようにするため必要な措置を講ずる義務を負う。この義務に
違反する自衛隊機運航処分は違法である。その違法の有無を判断するに当
たっては,侵害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害
行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほ
か,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,その間に採られた被
害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の事情をも考慮し,こ
れらを総合的に考察してこれを決すべきものであると解される。これは,
防衛施設である飛行場の設置又は管理に瑕疵があるものとして国家賠償法
2条1項に基づき被告が周辺住民に対して賠償責任を負うか否かを判断す
るに当たっての判断枠組みと同じである(第4次厚木基地騒音訴訟におけ
る当裁判所の判決を参照)。
ただし,賠償責任の有無を判断する場合と差止めの要否を判断する場合
とでは,その判断の仕方に差異が生ずるというべきである。最高裁平成7
年7月7日第二小法廷判決・民集49巻7号2599頁は,国道43号線
等の道路の周辺住民からその供用に伴う自動車騒音等により被害を受けて
いるとしてその道路の供用の差止めが請求された事案において,「道路等
の施設の周辺住民からその供用の差止めが求められた場合に差止請求を認
容すべき違法性があるかどうかを判断するにつき考慮すべき要素は,周辺
住民から損害の賠償が求められた場合に賠償請求を認容すべき違法性があ
るかどうかを判断するにつき考慮すべき要素とほぼ共通するのであるが,
施設の供用の差止めと金銭による賠償という請求内容の相違に対応して,
違法性の判断において各要素の重要性をどの程度のものとして考慮するか
にはおのずから相違があるから,右両場合の違法性の有無の判断に差異が
生じることがあっても不合理とはいえない。」と判示し,当該事案におい
て差止請求を認容すべき違法性の有無を判断するに当たっては,特に,被
侵害利益の性質・内容と侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内
容と程度等の比較検討を重視する判断を示した。これは民事上の差止請求
に関する判示であるが,無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの
訴えにも妥当するというべきである。
法定の差止訴訟においては,「重大な損害を生ずるおそれ」があること
が要件として規定されているが(行訴法37条の4第1項),無名抗告訴
訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えにおいては,以上の枠組みの中
でこの要件に関わる事由が検討されることになる。
イ次に,自衛隊機運航処分については,その公共性ないし公益上の必要性
について特別な考慮を要すると解される。自衛隊法76条以下に規定され
ている自衛隊の行動は,その性質上,必要があればいついかなる時におい
てもとられなければならないものであるから,その公共性ないし公益上の
必要性の大きさに鑑みると,無名抗告訴訟として自衛隊機運航処分の差止
めが求められ,その差止請求が認容される場合であっても,防衛大臣がや
むを得ないと判断するときには自衛隊機運航処分は許されるといわなけれ
ばならない。したがって,差止請求を留保なしに認容することはできない
というべきであり,差止請求を認容する判決には,「防衛大臣は,やむを
得ないと認める場合を除き,~してはらならない」というように,やむを
得ないと認める場合には防衛大臣は判決に拘束されないことを明記すべき
である。
第5本件自衛隊機差止めの訴えについて(その2・本件事案の検討)
1請求の特定性
本件自衛隊機差止請求の請求の趣旨は,防衛大臣は,厚木飛行場において,
自衛隊機について,①毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航,②訓練
のための運航,③自衛隊機の運航により生ずる航空機騒音によって原告らの居
住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音が75Wを超えることとな
る場合の当該自衛隊機の運航をさせてはならないというものである。
このうち①及び②は,その請求内容によって差止めの対象が特定しているこ
とは明らかである。③については,原告らの居住地における航空機騒音の水準
を特定する一方で,それを実現する手段としては航空機を離着陸させないこと
にとどまらず航空機騒音を抑制するための様々な方策があり得るのにそれが特
定していないという点で,抽象的不作為命令に当たるが,平成5年横田基地最
判によればこのような訴えも請求の特定に欠けるところはない。
したがって,本件自衛隊機差止請求は請求の特定に欠けるところがない。
2原告適格
証拠(甲地域別1,甲地域別2,甲地域別4)及び弁論の全趣旨によれば,
別紙別紙別紙別紙2222(死亡・転居原告目録)記載2の原告(以下「転居原告」という。)を
除く原告らの居住地はいずれも厚木飛行場周辺の75W以上の地域にあること
が認められる一方,転居原告が本件口頭弁論終結時より前に75W以上の地域
からその外側の地域に転居したことは当裁判所に顕著である。したがって,転
居原告を除く原告らは本件自衛隊機差止めの訴えの原告適格を有するが,転居
原告は原告適格を有しない。転居原告の本件自衛隊機差止めの訴えは不適法で
あり,却下を免れない。
なお,本件自衛隊機差止めの訴えにおいて差止めを求める法律上の利益を基
礎付けるものは厚木飛行場周辺の75W以上の地域に居住しているという事実
であるから,死亡原告らの本件自衛隊機差止請求に係る訴訟は,これを承継す
る余地がなく当然に終了するものと解すべきである。したがって,これに関し
ては訴訟の終了を宣言する。
以下,転居原告を除く原告らの本件自衛隊機差止請求の当否について判断す
る。
3厚木飛行場周辺の航空機騒音をめぐる客観的事実
以下,厚木飛行場における自衛隊機運航処分につき,本件自衛隊機差止請求
を認容すべき違法性があるかどうかを検討する。まず,厚木飛行場をめぐる客
観的事実を認定する。
(1)航空機の飛行計画,飛行経路等
証拠(甲A1,甲C64,甲D2の362・363,顕著な事実)及び弁
論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。
厚木飛行場における航空機の離着陸の予定があらかじめ公表されることは
ない。米海軍は,NLPが周辺住民に与える影響の大きさに鑑み,NLPを
実施する場合に限って,これを実施することを事前に防衛省に通告すること
としており,これについては公表されるが,通告が直前になることもある。
厚木飛行場に離着陸する航空機の飛行経路は,様々であり,一定していな
いが,防衛施設庁長官が平成15年度及び平成16年度に行った航空機騒音
度調査の結果によれば,南から北へ向かって着陸及び離陸を行う場合(北風
の場合)はおおむね別紙別紙別紙別紙5555(第4次厚木基地騒音訴訟乙A69の2添付図6
-1)のとおりであり,北から南へ向かって着陸及び離陸を行う場合(南風
の場合)はおおむね同同同同6666(同添付図6-2)のとおりである。
厚木飛行場を使用するのは米軍機と自衛隊機であるが,離着陸回数は米軍
機によるものが多く,正確な比率は不明であるものの,厚木飛行場周辺の航
空機騒音の多くを米軍機の発する騒音が占める。特に,著しく大きな騒音を
発する大型ジェット機は全て米軍機である。
(2)航空機騒音の特徴
証拠(甲C1の1~3・7・10,4,9,68,顕著な事実)及び弁論
の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。
防衛施設である飛行場の周辺における航空機騒音については,次のような
特徴がある。
航空機騒音は一般に,間欠的な騒音であり,騒音の持続時間も,1機のみ
であれば,飛行場に近い地点でも数十秒程度にとどまる。一方で,飛行中の
航空機が発する騒音は,空中から周辺地域全体に広がり,周辺に居住する住
民がこれを遮断することは困難である。
防衛施設である飛行場に離着陸する航空機には,航空機の騒音に関する基
準などを定めた耐空証明の制度が適用されない(自衛隊法107条1項,航
空法特例法2項,航空法11条)。そのため,これらの航空機,特にジェッ
ト機は,騒音のピークレベルが極めて高く,滑走路から1㎞ほど離れた地点
でも110dBを超えることが珍しくない。また,騒音に高周波成分が多く含
まれ,耳慣れない金属的な音質を有する。プロペラ機やヘリコプターは,騒
音のピークレベルはジェット機よりも低いが,低周波音が強く感じられるこ
とがある。
防衛施設である飛行場においては,離着陸する航空機の飛行経路や飛行の
予定が公表されないため,いつ,どの場所に航空機が出現するのか,したが
って,いつ,どの場所から騒音が発せられるのかを予測できず,周辺住民が
あらかじめ騒音に対処することは困難である。また,交通機関が発する騒音
に関しては,その音源に対する周辺住民の意識がうるささの感じ方に影響す
ることが知られており,防衛施設の航空機騒音は,自らも利用する鉄道や道
路からの騒音と比較して,住民にとっては受け入れにくく,うるさく感じる
程度が大きいとされている。
(3)75W以上の地域における航空機騒音の大きさの推移
第3次判決の口頭弁論終結時である平成17年以後の航空機騒音の状況
は,証拠(甲B1から24まで(全ての枝番号を含む。))及び弁論の全趣
旨によれば次のとおりである。
ア厚木飛行場の周辺自治体は,別紙別紙別紙別紙7777(原告最終準備書面別冊別表1)及
び同同同同8888(同別冊図1)のとおり,厚木飛行場周辺に自動記録騒音計を設置
し,継続的に航空機騒音を測定している(ただし,別紙別紙別紙別紙7777のNo.2の「旧
コンター」の欄に「80」とあるのは「85」に訂正する。)。
この自治体騒音測定データを集計し,測定地点No.1,No.2,No.5及
びNo.12の四つの測定地点における古くは昭和45年から平成24年ま
での各年のデータの推移を示したものが別紙別紙別紙別紙9999(原告最終準備書面別冊別
表2から5まで)である。ただし,別表4の左上欄外に「大和市東800
メートル地点(S46~H17.6)/大和市南500メートル地点(H
17.7~)」とあるのは,「大和市南南東800メートル地点(S46
~H17.6)/大和市南500メートル地点(H17.7~)」に訂正
する(別表4の測定地点は,平成17年6月までは月生田宅,同年7月以
降は大和市営渋谷西庭球場である。)。
これらの別表の用語を説明すると,「最高音」は,5秒以上の継続騒音
におけるピークレベルのうちで最もホン値が高かった音のホン値をいい
(ホン値はdB値と同じなので,以下dBで示す。),「騒音測定回数」は,1
日に測定された一定のdB値以上でかつ5秒以上の継続騒音の測定回数をい
い,「音量別回数」欄の「80ホン以上」は,80dB以上の騒音測定回数
が70dB以上の騒音測定回数全体に占める割合(%)を,同じく「90ホ
ン以上」は,90dB以上の騒音測定回数が70dB以上の騒音測定回数全体
に占める割合(%)をいい,「騒音持続時間」は,1日に測定された一定
のdB値以上でかつ5秒以上の継続騒音の合計時間をいう。
これを簡略にまとめると,次のとおりである。
(ア)No.1の測定地点(別紙別紙別紙別紙9999のうち別表2)(野沢宅/滑走路の北約1
㎞/95Wの地域)
平成16年以降の騒音測定回数及び騒音持続時間は,平成22年まで
は緩やかに減少したが,その後増加の傾向にある。平成16年と平成2
4年を比較すると,減少はしているが,その度合いが顕著であるとはい
えない。平成24年における70dB以上の騒音測定回数は,最高で36
5回/日,平均で52.7回/日であり,70dB以上の騒音持続時間は,
最高で1時間50分40秒/日,平均で10分29秒/日である。同じ
く平成24年における日曜日の70dB以上の騒音測定回数は456回/
年,深夜(午後10時から翌日午前6時まで。以下同じ。)の70dB以
上の騒音測定回数は81回/年である。
(イ)NO.2の測定地点(別紙別紙別紙別紙9999のうち別表3)(神奈川県企業庁大和水道
営業所/滑走路の北約2㎞/90Wの地域(平成18年1月までは85
Wの地域))
平成16年以降の騒音測定回数及び騒音持続時間の傾向はNo.1の測
定地点と同じである。平成24年における70dB以上の騒音測定回数は,
最高で259回/日,平均で42.2回/日であり,70dB以上の騒音
持続時間は,最高で1時間27分03秒/日,平均で9分21秒/日で
ある。同じく平成24年における日曜日の70dB以上の騒音測定回数は
386回/年,深夜の70dB以上の騒音測定回数は68回/年である。
(ウ)No.5の測定地点(別紙別紙別紙別紙9999のうち別表4)(平成17年6月までは月
生田宅/滑走路の南南東約800m//同年7月以降は大和市営渋谷西庭
球場/滑走路の南約500m/90Wの地域)
平成16年以降の騒音測定回数及び騒音持続時間は,平成18年にか
けてやや増加した後,平成21年まで緩やかに減少したが,その後増加
の傾向にある。平成16年と平成24年を比較すると,減少はしている
がその傾向が顕著であるとはいえない。平成24年における70dB以上
の騒音測定回数は,最高で433回/日,平均で61.3回/日であり,
70dB以上の騒音持続時間は,最高で44分50秒/日,平均で10分
54秒/日である。同じく平成24年における日曜日の70dB以上の騒
音測定回数は410回/年,深夜の70dB以上の騒音測定回数は128
回/年である。
(エ)No.12の測定地点(別紙別紙別紙別紙9999のうち別表5)(森山宅/滑走路の南西
約2㎞/85Wの地域(平成18年1月までは80Wの地域))
平成16年以降の騒音測定回数及び騒音持続時間は,平成22年まで
緩やかに減少したが,その後増加の傾向にある。平成16年と平成24
年を比較すると,減少はしているがその傾向が顕著であるとはいえない。
平成24年における70dB以上の騒音測定回数は,最高で439回/日,
平均で49.5回/日であり,70dB以上の騒音持続時間は,最高で2
時間36分48秒/日,平均で10分15秒/日である。同じく平成2
4年における日曜日の70dB以上の騒音測定回数は271回/年,深夜
の70dB以上の騒音測定回数は88回/年である。
イ自治体騒音測定データが示す年間W値について,第3次判決の基礎とさ
れた期間である平成9年から平成16年までの推移と,平成17年から平
成24年までの推移を整理したものが,次の表1・2である。自治体騒音
測定データのW値は環境基準方式によって算定されたものであり,これを
防衛施設庁方式によって算定されたW値に換算する必要があるため,両者
の差である3~5の平均である4を加算した。
表1と表2を基に,防衛施設庁方式近似W値(上記のとおり自治体騒音
測定データの年間W値に4を加えたもの)について平成9年から平成16
年までの平均と平成17年から平成24年までの平均を比較してみると,
平成18年1月の新たな第一種区域線等の告示又は工法区分線等の設定の
前に80W以上であった地域(ただし,平成18年1月以前の工法区分線
によって画された80Wの地域を除く。)すなわちNo.1~5,11,1
2の各測定地点のある地域においては,No.4,5の各測定地点では後者
の値が前者の値を上回り,その他の測定地点では後者の値が前者の値を若
干下回るもののほぼ同じである。それ以外の地域においては,No.7,8
の各測定地点において後者の値が前者の値を若干上回るほかは,いずれの
測定地点においても後者の値が前者の値を下回るが,これもわずかな差に
とどまる。したがって,W値を見る限り,平成9年から平成16年までの
平均と平成17年から平成24年までの平均との間にほぼ差はないといえ
る。
次に,表2を基に,平成18年1月の告示又は設定によって定められた
各地域のW値と平成17年から平成24年までの防衛施設庁方式近似W値
を比較してみると,No.1,2,5,6の各測定地点において告示又は設
定により定められたW値よりも防衛施設庁方式近似W値の方が若干低くな
っているが,それ以外の測定地点ではいずれも告示又は設定のW値を防衛
施設庁方式近似W値が上回っている。したがって,平成18年1月の告示
又は設定によって定められたW値は,各地域のW値の実態をかなりの程度
正確に反映しているといえるし,いくつかの地域(No.4,7,9,10,
15,16,17の各測定地点のある地域)では,実際に測定されたW値
が告示又は設定によって定められたW値を相当に上回っている。
表表表表1111((((平成平成平成平成9999年年年年からからからから平成平成平成平成16161616年年年年までまでまでまで))))
地域のW測定平成平成平成平成
値(平成地点9~12年13~16年9~16年9~16年
18年1平均W値
月の告示平均W値平均W値平均W値防衛施設庁
等の前)環境基準方式環境基準方式環境基準方式方式近似W値
95No.191.089.690.494.4
90No.583.385.184.388.3
85No.284.587.486.190.1
80No.384.884.584.788.7
*No.480.079.279.683.6
No.1184.184.184.188.1
No.1284.883.884.388.3
80No.676.677.377.081.0
(工)No.977.577.377.481.4
*No.1576.376.876.680.6
No.1878.377.177.781.7
No.775.075.775.479.4
No.871.372.872.176.1
No.1077.276.476.880.8
No.16-76.876.880.8
75No.1468.468.768.672.6
No.1775.675.475.579.5
No.2176.779.778.582.5
指定区域外No.2372.9**73.773.4**77.4
*80とあるのはかつて告示に基づき80Wの地域とされた地域を,8
0(工)とあるのは平成18年1月以前の工法区分線によって画さ
れた80Wの地域を示す。
**No.23のこの数値は,データがない平成9年を含まない。
表表表表2222((((平成平成平成平成17171717年年年年からからからから平成平成平成平成24242424年年年年までまでまでまで))))
地域のW値(平成測定平成平成平成平成17~24
18年の告示等の地点17~20年21~24年17~24年平均W値
前が旧,後が新)平均W値平均W値平均W値防衛施設庁
旧新環境基準方式環境基準方式環境基準方式方式近似W値
9595No.188.488.588.492.4
9090No.586.285.285.789.7
8590No.285.685.885.889.8
8085No.383.182.983.087.0
*80No.480.379.880.084.0
85No.1183.282.082.686.6
85No.1283.282.682.986.9
8080No.674.576.875.879.8
(工)75No.975.575.475.479.4
*75No.1575.575.275.479.4
80No.1876.875.876.380.3
75No.775.575.175.579.5
75No.872.672.572.576.5
75No.1075.574.475.079.0
75No.1676.075.175.679.6
75指定区域外No.1467.667.467.571.5
75No.1775.773.674.878.8
80No.2178.476.977.781.7
指定区域外75No.2373.872.573.277.2
*表1の*と同じ。
ウまとめ
以上の検討によれば,厚木飛行場周辺の75W以上の地域においては,
第3次判決の基礎となった期間におけるのと同じ程度の航空機騒音がその
後現在に至るまで継続して測定されており,直近の平成24年においても,
その騒音測定回数,騒音持続時間とも,極めて多数ないし長時間に上って
いると認められる。また,前記のとおり,米軍においても,自衛隊におい
ても,午後10時から翌日午前6時までの深夜の時間帯における航空機の
飛行を自主規制しているものの,それが厳守されているわけではなく,今
なおこの深夜の時間帯においても相当程度の航空機騒音が測定されてい
る。
(4)低周波音
ア認定事実
証拠(甲A35の1,甲C65,89,90の1~11,行乙53から
58まで,60から62まで)により認められる事実は次のとおりである。
(ア)人が聴くことができる音の周波数の範囲は20Hz~2万Hzとされてお
り,これを可聴域という。人の耳は,2000Hz~5000Hzで最も感
度がよく,周波数が低くなるほど(音が低くなるほど)感度が鈍くなり,
特に100Hz以下では急激に低下し,音圧レベルがかなり大きくないと
感じ取れなくなる。周波数が低いため人が聞き取れないか聞き取りにく
い100Hz以下の音を低周波音といい,可聴域の範囲外である20Hz以
下の音を特に超低周波音という。
低周波音は環境騒音に常に含まれているものであるが,音圧レベルの
高い低周波音は,不快感や圧迫感を感じさせ(心理的・生理的影響),
また,家屋の窓や戸の揺れ,がたつきなどを生じさせる(物理的影響)
ことが知られている。ジェット機のジェットエンジンやヘリコプターの
回転翼は低周波音の発生源である。
低周波音については,一般環境で観測されるような低周波音の領域(周
波数範囲と音圧レベル)では人間に対する生理的な影響は明確には認め
られないとの結論が得られているのみで,その影響や評価指標に関する
科学的な知見が確立しているとはいい難い状況にある(甲C90の9)。
後記4(1)においてその内容を紹介するWHOガイドライン(甲C65)
においても,騒音に低周波音が含まれる場合はより強い住民反応が報告
される,低周波騒音の場合には低い音圧レベルでも休息や睡眠を妨害す
る可能性があるなどの記述があるものの,付加的ないし注意的な指摘に
とどまり,低周波音のみを取り出してガイドライン値を設定するなどの
定量的な観点からの記述はない。
(イ)環境省は平成16年6月,低周波音についての苦情に地方公共団体が
対応する際に役立てるべきものとして「低周波問題対応の手引書」(甲
C90の9)を公表した。この手引書は,建具のがたつき等の物的苦情
と室内において感じられる不快感等の心身に係る苦情とを分けて,その
評価方法を次のように説明している。
物的苦情については,第1に,発生源と疑われる施設・設備機器等と
苦情内容との間に対応関係があることを確認する。第2に,低周波音の
測定結果と,環境省が評価指針として示す参照値(以下,単に「参照値」
という。)とを照らし合わせる。測定値がいずれかの周波数で参照値以
上であれば,その周波数が苦情の原因である可能性が高い。参照値は次
のとおりである。
1/3オクターブバンド56.381012.516202531.54050
中心周波数(Hz)
1/3オクターブバンド7071727375778083879399
音圧レベル(dB)
心身に係る苦情についても同様に,第1に,発生源と疑われる施設・
設備機器等と苦情内容との間に対応関係があることを確認し,第2に,
低周波音の測定結果と参照値とを照らし合わせる。①G特性音圧レベル
が92dB以上の場合,超低周波音の周波数領域で問題がある可能性が高
く,②1/3オクターブバンドで測定された音圧レベルと参照値を比較
し,測定値がいずれかの周波数で参照値以上であればその周波数が低周
波音苦情の原因である可能性が高い。①,②のいずれかに当てはまれば
低周波音の問題がある。もっとも,暗騒音の影響を含め慎重な検討が必
要である。参照値は次のとおりである。
1/3オクターブバンド1012.516202531.540506380
中心周波数(Hz)
1/3オクターブバンド92888376706457524741
音圧レベル(dB)
環境省は,上記の各参照値につき,①固定発生源(ある時間連続的に
低周波音を発生する固定された音源)から発生する低周波音について苦
情の申立てが発生した際にそれが低周波音によるものかを判断するため
の目安として示したものである,②低周波音についての対策目標値,環
境アセスメントの環境保全目標値,作業環境ガイドラインなどとして策
定したものではない,③心身に係る苦情に関する参照値は,低周波音に
関する感覚について個人差が大きいことを考慮し,大部分の被験者が許
容できる音圧レベルを設定したものであるなどとしている。
(ウ)原告らから委託を受けた日東紡音響エンジニアリング株式会社は,平
成24年8月2日と同月21日のいずれも午後3時から6時まで,厚木
飛行場の滑走路北端から北に約1.4㎞,90Wの地域にある広場
で,厚木飛行場に離着陸する航空機の発する低周波音を測定し,ま
た,平成25年5月9日の午前8時50分から午後4時10分まで,
上記の広場に加えて,滑走路北端から北に約1.3㎞,90Wの地
域にある木造1階建ての住宅内,滑走路南端から南に約3.2㎞,8
5Wの地域にある木造2階建ての住宅内外で,それぞれ低周波音を含む
航空機騒音を測定した(ただし,測定場所によって測定した時間帯は
異なる。)。その結果と前記の心身に係る苦情に関する参照値等との関
係は次のとおりである。
平成24年8月2日及び同月21日の上記広場における測定結果
によると,飛来した10機の航空機のうちヘリコプターは3機とも,
G特性音圧レベルが92dBを超えており,1/3オクターブバンド中
心周波数ごとの音圧レベルについても,16Hz~80Hzのほとんど
において参照値を超えていた。プロペラ機5機については,G特性
音圧レベルが92dBを超えるものは1機のみであったが,1/3オク
ターブバンド中心周波数ごとの音圧レベルでは,25Hz~80Hzの
ほとんどにおいて参照値を超えていた。
平成25年5月9日の上記広場における測定結果でもほぼ同様の
傾向がみられたほか,ジェット機(F/A-18)からも参照値を大
きく超える低周波音が測定された(平成24年8月2日及び同月2
1日と異なり,この日はF/A-18が多数飛来した。)。滑走路南方
の住宅外における測定結果も同様である。一方,同住宅内及び滑走
路北方の住宅内の測定結果では,測定値が参照値を下回ることが多
かったが,ヘリコプターや一部のジェット機(F/A-18)からは
参照値を超える低周波音が測定された。
イ評価
原告らが行った低周波音の測定結果によると,厚木飛行場に離着陸する
航空機が,苦情発生の原因になり得る高いレベルの低周波音の発生源とな
っていることは明らかである。しかし,測定地点が限定されている上,測
定を行ったのも限られた回数にすぎないから,この測定結果から,厚木飛
行場周辺の75W以上の地域全体がこの測定結果と同様の低周波音に曝露
されていると認めることはできない。
原告らの陳述書等及び本人尋問の結果によれば,低周波音に起因すると
みられる苦情を述べる者が多数いるが,これらの苦情について,環境省の
前記の手引書が説明しているような方法でその評価が行われたわけではな
く,これらの苦情と航空機の発する低周波音との因果関係も明らかとはい
えない。
さらに,低周波音の人間に対する心理的・生理的影響にしても,建具の
がたつき等の物理的影響にしても,それを評価する指標について科学的知
見が確立しているわけではない。
これらの事情を考慮すると,まず,少なくとも原告らが低周波音の測定
を行った地点と同様の事情にある地域,すなわち厚木飛行場から比較的距
離が近く離着陸による航空機騒音の影響が大きい滑走路の南北方向の地域
は,高いレベルの低周波音に曝露されていることが明らかであるから,低
周波音に起因するとみられる原告らの苦情には相応の根拠があるというべ
きである。しかし他方で,科学的知見が確立していないという現状の下で,
かつ,十分な測定結果が存在しない本件において,特に低周波音を取り出
してその原告らに対する影響を論ずることは適当とはいえない。前記のと
おり原告らが相当に程度の高い航空機騒音に曝露されているのは事実であ
り,後にみる原告らの被害がこれを原因とすることは明らかである。そし
て,その航空機騒音の中には低周波音も含まれているのであるから,低周
波音による被害は,そのような航空機騒音による被害の一環として考慮す
れば足りるし,また,その限度で考慮するほかないというべきである。
(5)過去における事故の発生
証拠(甲A2,11,14の1~10,甲D2の169・170・187
・244・311・336・340・341・381)及び弁論の全趣旨に
より認められる事実は次のとおりである。
神奈川県内において昭和27年4月から平成19年12月までに発生した米軍
機又は自衛隊機の事故は合計で232件に上り,そのうち墜落が63件,不時着が
57件,部品等の落下が79件,その他(オーバーラン,燃料放出等)が33件で
ある(甲A2の55頁)。その後も,厚木飛行場周辺において,米軍機による部品
等の落下事故が少なくとも5件発生している(甲D2の381)。
(6)被告による周辺対策等
ア周辺対策の概要
証拠(行乙66,67,76,77)及び弁論の全趣旨により認められ
る事実は次のとおりである。
厚木飛行場周辺において環境整備法等に基づきこれまで被告が実施して
きた周辺対策は,①移転措置及び移転跡地の緑地帯整備(環境整備法5条,
6条),②住宅防音工事に対する助成措置(同法4条),③住宅防音工事以
外の防音対策,④その他の周辺対策に大別される。
このうち③としては,学校等の防音助成(同法3条2項1号,3号),病
院等に対する防音助成(同項2号,3号)及び民生安定に係る公共施設の防
音助成(同法8条)がある。
④としては,騒音用電話機の設置に対する補助(行政措置として実施),
テレビ受信料の助成措置(放送受信事業として実施),自衛隊等が行う特
定の行為(例えば,射爆撃訓練,戦車等の機甲車両の使用による訓練,航
空機の頻繁な離着陸等)によって生ずる障害を防止し又は軽減するための
河川,道路等の改修工事に対する補助金の交付(同法3条1項),民生安
定施設のための地方公共団体に対する補助金の交付(同法8条,環境整備
法施行令12条),特定防衛施設周辺整備調整交付金の交付(同法9条),
農耕阻害補償(同法13条。米軍の行動によるものは「日本国に駐留する
アメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失の補償に関する法律」1条),
厚木基地周辺地域の民有地の借上げ措置と緩衝地帯の設定,市町村に対す
る基地交付金及び調整交付金の助成(「国有提供施設等所在市町村助成交
付金に関する法律」及び施設等所在市町村調整交付金要綱(昭和45年自
治省告示第224号))がある。さらに,航空機騒音対策として,騒音を
その発生源で抑える方法や,これに準ずる方法として運航方法に改変を加
えたり発生源を遮蔽したりするといった対策があり,これら音源対策とし
ては,厚木基地内の2か所における自衛隊及び米軍の消音装置の設置が挙
げられる。
以上の周辺対策の実施状況は別紙別紙別紙別紙10101010(行乙67の2枚目)のとおりで
ある。なお,そこにいう「生活環境整備法」は本判決にいう環境整備法の
ことであり,「周辺整備法」は「防衛施設周辺の整備等に関する法律」(昭
和49年法律第101号(環境整備法)により廃止)を,「特別損失補償
法」は「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失の
補償に関する法律」を,それぞれ意味する。
イ住宅防音工事への助成一般
被告の実施している周辺対策のうち原告らの騒音被害の軽減に直接つな
がり得るものは住宅防音工事に対する助成措置である。これについては,
証拠(甲行乙46,63,顕著な事実)及び弁論の全趣旨によれば次の事
実が認められる。
(ア)環境整備法4条に規定する住宅の防音工事への助成は,現在,防衛省
地方防衛局長が前記の「防衛施設周辺における住宅防音事業及び空気調
和機器稼働事業に関する補助金交付要綱」に基づく補助金の交付として
行っている。この補助金交付の対象となる住宅防音工事の内容は前記の
防音工事仕方書に定められており,その概要は次のとおりである。
区分第Ⅰ工法第Ⅱ工法
施工対象区域80W以上の地域75Wの地域
計画防音量25dB以上20dB以上
屋根在来のまま在来のまま
天井在来天井を撤去し,防音天井原則として在来のまま。た
工に改造だし,著しく防音上有害な
事壁在来壁を撤去し,防音壁に改亀裂,隙間等がある場合は
内造有効な遮音工事を実施
容外部開口部防音サッシ(第Ⅰ工法用)の防音サッシ(第Ⅱ工法用)
取付の取付
内部開口部防音建具(襖,ガラス戸等)の取付
床原則として在来のまま
空気調和設備換気扇及び冷暖房機等の設置
その他防音工事に伴う必要な工事
(イ)住宅防音工事には,①一挙防音工事,②追加防音工事,③防音区画改
善工事,④外郭防音工事の区分がある。①は,初めて行う工事であり,
世帯人員に1を加えた居室を対象とするが,合計5室を限度とする。②
は,初めて行う工事で2居室以内について工事を実施した住宅を対象と
する追加の工事であり,やはり合計5室を限度とする。③は,バリアフ
リー対応住宅や身体障害者等の居住する住宅等を対象とする工事であ
り,世帯人員が4人以下の場合は5居室まで,5人以上の場合は世帯人
員に1を加えた居室を対象とする。④は,住宅全体を一つの区画として
行う工事であり,原則として85W以上の地域にある住宅を対象とする。
(ウ)平成11年度からは,防音工事の助成を受けてから10年以上が経過
し,その後建て替えられた住宅(建替前住宅との間に代替性,継続性が
認められる場合に限る。)に対する防音工事の助成(いわゆる再補助)を
実施している。
(エ)防音工事を実施する住宅の所有者等に対して交付される補助金の額
は,所定の限度額以内で,所定の経費の全額である。
ウ防音工事の効果等
防音工事を実施した住宅に関しては,証拠(甲C2,行乙46,63の
ほか,原告らの陳述書等及本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば次
の事実が認められる。
(ア)住宅は,防音工事を実施しなくても,屋根,天井や壁による遮音の効
果がある。住宅防音工事によって遮音効果が高まるのは事実であるが,
その差異は相対的なものである。
(イ)被告の定める防音工事仕方書に従って防音工事を実施した場合,第Ⅰ
工法では25dB以上,第Ⅱ工法では20dB以上という計画防音量の達成
が見込まれるが,実際の工事の効果は工事の状況や個々の住宅の状況に
よって様々であり,必ず達成できるとまでは認められない。また,計画
防音量が達成されても,室内における航空機騒音が常に気にならない程
度まで軽減するわけではない。そのため,生活環境音が遮断される一方
で航空機騒音は依然として聞こえるという不自然な状況が生ずることに
もなる。
(ウ)住宅防音工事は部屋をいわば密閉することによって遮音効果を高めよ
うとするものであるが,日常生活において密閉された部屋の中で人が一
日中すごすことはあり得ない。一方,たとえ防音工事を実施しても,扉
や窓を開けてしまえば遮音効果は著しく失われる。
(エ)部屋を密閉する場合,夏季においては冷房機の使用が不可欠となるが,
冷房機の使用については人によって好悪が分かれるし,使用する場合は
電気料金の負担が増えるという問題もある。
(オ)住宅防音工事を実施したとしても,工事を実施した区画を出れば,ま
た,屋外に出れば,依然として航空機騒音にさらされるのであり,日常
生活において航空機騒音から逃れられないという事態に変わりはない。
4周辺住民の受けている被害
(1)航空機騒音を始めとする環境騒音についての科学的知見
前記のWHOガイドライン(甲C65)は,健康への騒音の影響として,
聴力障害,会話・聴取妨害,睡眠妨害,生理的影響,作業・学習への影響及
び住民の行動や不快感への影響を挙げており,これは現在一般に受け入れら
れている科学的知見に基づくものであると解される。それぞれの事項につい
て本件に関係する限度でWHOガイドラインの記述を抜粋すると,次のとお
りである(一部表現を変えたところがある。)。
ア聴力障害
聴力障害は,一般に聴力の閾値の上昇と定義される。聴力の低下は耳鳴
りを伴うことが多い。LAeq,8h(8時間の等価騒音レベル)が75dB(A)以
下であれば,職業曝露が長期にわたっても聴力障害は生じないと期待され
る。環境騒音や娯楽に関わる騒音のLAeq,24h(24時間の等価騒音レベル)
が70dB(A)以下であれば,たとえ生涯にわたって曝露されても大多数の
人には聴力障害は生じないと期待される。衝撃音が発生する職場の労働者
の場合,許容レベルはピーク音圧レベル(瞬時音圧のレベルであり,騒音
レベルの最大値とは異なる。特に衝撃音の場合は最大騒音レベルよりもか
なり大きな値となる。)で140dBである。この許容レベルは余暇時間に
おける環境騒音曝露の場合にも適切であると考えられる。小児の場合は,
騒音の発生する玩具で遊ぶ時の状況を考慮すると,絶対的にピーク音圧レ
ベルを120dB以下にとどめるべきである。また,LAeq,24hが80dB(A)
以上の射撃音の場合,騒音性聴力障害が生ずるリスクが高まると考えられ
る。
イ会話・聴取妨害
会話了解度は騒音によって低下する。会話と同時に妨害音が発生するこ
とによって会話の理解が困難になる。環境音は,ドアのベル,電話の呼出
音,アラーム時計,火災報知器その他の警告音や音楽といった日常生活を
送る上で重要な役割を果たしている会話以外の音をマスクすることもあ
る。日常生活における会話了解度は,会話レベル,発音,話者間距離,妨
害音の騒音レベルなどの特性,聴力,注意の程度に影響される。屋内の場
合には,会話は部屋の残響特性にも影響される。残響時間が1秒を超える
と会話の識別が難しくなり,言葉の知覚が困難になる。正常な聴力を有す
る人が文章を正確に理解するためには,信号-雑音比(例えば,会話音と
妨害音のレベル差)が少なくとも15dB(A)は必要である。通常の会話は
50dB(A)程度なので,35dB(A)以上の騒音は小さな部屋では会話を妨害
することになる。
会話の内容が理解できないと数多くのハンディキャップが生じ,日常生
活における行動に支障を来すことになる。特に影響を受けるのは聴力障害
者,高齢者,言語習得中の小児,話されている言語に習熟していない人で
ある。
ウ睡眠妨害
睡眠妨害は,環境騒音の主要な影響の一つである。騒音によって睡眠中
に一次影響が生じ,二次影響として騒音曝露を受けた次の日にも影響が生
ずる。妨害を受けない睡眠は身体的・精神的な機能を良好に保つために不
可欠である。睡眠妨害の一次影響としては,入眠困難,覚醒や睡眠深度の
変化,血圧・心拍数・指先脈波振幅の上昇,血管収縮,呼吸の変化,不整
脈,体動の増加などがある。問題となっている騒音の騒音レベルよりも,
暗騒音とのレベル差が反応確率に関与する。騒音によって覚醒する確率は,
一晩当たりの騒音発生回数の増加とともに高くなる。翌朝やその後何日間
かに現れる睡眠妨害の二次影響としては,不眠感,疲労感,憂鬱,作業能
率の低下といったものがある。
快適な睡眠のためには,夜間の連続的な暗騒音のLAeqは30dB(A)以下
にとどめるべきであり,個々の発生音についても45dB(A)を超えるよう
な騒音は避けるべきである。
エ生理的機能
空港等の近傍の住民に対して,騒音が生理的機能に急性的・慢性的な影
響を及ぼしている可能性がある。長期曝露によって,住民の中の高感受性
群が高血圧や虚血性心疾患などの永続的な影響を発現することになると考
えられる。影響の大きさやそれが持続する時間は,一部,個人の特性,生
活習慣,環境条件などの影響を受ける。
強大な工場騒音に5年~30年曝露された労働者は血圧が上昇し,高血
圧になるリスクが高まると考えられる。心循環器系への影響は,LAeq,24h
が65dB(A)~70dB(A)の航空機騒音・道路交通騒音の長期曝露地域にお
いても明らかにされている。騒音と高血圧や心疾患の発症率との関連は必
ずしも強いものではないが,高血圧よりも虚血性心疾患の方が騒音との関
連がいくぶん強いとされている。騒音に曝露されている人員の多さに鑑み
ると,わずかなリスク上昇であっても重大である。
オ作業・学習への影響
主に労働者や小児に対して,騒音が認知作業の成績に悪影響を及ぼし得
ることが明らかにされている。騒音によって集中力が賦活され単純作業の
能率を短期間上昇させることもあるが,複雑な作業の場合,認知作業の成
績は大幅に低下する。読解力,集中力,問題を解く力,記憶力などが,騒
音によって特に影響を受ける認知能力である。騒音は集中を妨げる刺激に
もなり,衝撃音は驚愕反応によって破壊的な影響を及ぼす可能性がある。
騒音への曝露は,曝露終了後の成績にも悪影響が生ずると考えられる。
慢性的に航空機騒音に曝露されている空港周辺の学校の生徒は,詳細な読
解力,難問に取り組む際の持続力,読解試験の成績,学習意欲が,標準よ
りも低い。航空機騒音に順応しようと試みたり,作業成績を維持するのに
必要な努力をしたり,相当の代償を払っていることを認識しなければなら
ない。騒音は作業中の障害やミスを増加させると考えられ,ある種の事故
は作業能率の低下を示す指標になり得る。
カ住民の行動への影響,不快感(アノイアンス)
騒音は不快感を抱かせるだけでなく,社会的影響を及ぼすとともに行動
へも影響を及ぼす。これらの影響は,複合的,潜在的かつ間接的であるた
め,多くの非聴覚的要因の交互作用の結果として生ずると考えられる。同
じ曝露量であっても,別の交通騒音や工場騒音では不快感の程度が異なる
ことを認識しておかなければならない。なぜならば,不快感は,騒音の特
性(騒音源の情報も含む。)だけでなく,音以外の社会的,心理的,経済
的な要因の影響も受けるからである。騒音曝露量と不快感との関連につい
ては,個人レベルよりも集団レベルにおいてより高い相関関係が得られる
(個人差が大きい。)。80dB(A)を超える騒音は援助的な行動を減少させ,
攻撃的な行動を増加させると考えられる。高レベルの騒音に曝露されるこ
とにより,学童が無力感を抱きやすくなってしまうことが懸念される。
騒音に振動が伴う場合や,低周波音が含まれる場合,衝撃音(例えば射
撃音)が含まれる場合には,より強い住民反応が報告される。
キ高感受性群
騒音対策や騒音規制を行う場合には,住民の中の高感受性群に注目すべ
きである。高感受性群の例としては,特定の疾患や健康問題を有する人(高
血圧など),入院患者や自宅療養中の人,複雑な認知作業を行う人,盲人,
聴力障害を有する人,胎児,乳児,小児,高齢者などが挙げられる。高周
波数領域の聴力がわずかに低下しているだけでも騒音環境下では会話が困
難になると考えられるので,住民の大多数が会話妨害に関しては高感受性
群に属する。
(2)WHOの示すガイドライン値
アWHOガイドラインは,これらの知見に基づき,特定の環境と重要な健
康影響ごとにガイドライン値(甲C65の12頁)を設定している。この
うち居住地域一般に関わるものは次のとおりである。
重要な健康影響LAeq時間区分LAFmax
居住地域(屋外)高度に不快(昼間と夕方)5516-
少し不快(昼間と夕方)5016-
居住地域(屋内)会話妨害(昼間と夕方)3516-
少し不快(昼間と夕方)
寝室(屋内)睡眠妨害(夜間)30845
寝室(屋外)窓を開けた状態での睡眠妨害45860
この表のガイドライン値は,そこに掲げられた「重要な健康影響」が生
ずる最低のレベル(下限値)であるとされる。LAeqの値は,その時間区分,
すなわち昼間と夕方であればその時間帯の合計16時間における等価騒音
レベルを,夜間であればその時間帯8時間における等価騒音レベルを示す。
また,LAFmaxの値は,夜間における最大の騒音レベル(fastの動特性)を
示す。単位はいずれもdBである。(甲A27の1~3)
イWHOの欧州地域事務局は,WHOガイドラインが公表された後の研究
成果を取り入れて,平成21年に「欧州夜間騒音ガイドライン(実務的概
要)」(NightNoiseGuidelinesforEurope)(平松幸三=松井利仁=田
鎖順太訳。甲C75)を公表し,公衆の健康を夜間騒音から保護するため
の夜間騒音ガイドラインとして次の提案をした。
夜間騒音ガイドラインLnight,outside=40dB
暫定目標Lnight,outside=55dB
この表のLnight,outsideとは,屋外における夜間の等価騒音レベルであ
る。「夜間騒音ガイドライン」がLnight,outside40dBであるとは,大多
数の人々が床に就いている時間帯(夜間)に屋外の騒音レベルが40dBを
超えてはならないことを提言するということであり,この値は健康に対す
る悪影響が生ずる下限値であるとされている。また,「暫定目標」とは,
種々の理由によってガイドラインを早期に達成できない場合の提案であっ
て,それ自体は健康影響に基づいた値ではない(高感受性群はこの騒音レ
ベルでは保護されない)とされている。(甲A27の1~3)
京都大学大学院工学研究科都市環境工学専攻の松井利仁准教授は,欧州
夜間騒音ガイドラインの値について次のように述べる(甲A27の1~
3)。これらの値は家屋による遮音量として21dBを見込んでいるが,一
般にヨーロッパの家屋の遮音量は我が国の木造家屋に比べると高く,我が
国の木造家屋では15dB程度の遮音量しか得られないので(甲C79),
我が国ではより低い屋外騒音レベルでも健康影響が生ずると考えるべきで
あるというのである。
(3)被害のとらえ方(分類)
原告らが航空機騒音によるものであると主張する被害は多岐にわたるが,
前記(1)で紹介したWHOガイドラインを参考にして次のように分類し,そ
れぞれにつき後記(4)以下において検討を加えることとする。①聴力障害や
生理的機能への影響等の身体的被害,②睡眠妨害,③会話・聴取妨害等の生
活妨害,④その他の精神的苦痛。
後記(4)以下における判断の前提となる事実は,騒音に関する文献等(甲
A22の1・2,23,27の1~3,甲C1の1~27,3から19まで,
21から63まで,65,67から75まで,76の1・2,77の1・2,
78から88まで,90の1~11,91から94まで,行乙23から36
まで,37の1・2,38から44まで),厚木基地周辺自治体等から被告
又は米国に対する要望ないし要請等(甲D1の1~56,3の1~80)及
び厚木基地に関する新聞報道(甲D2の1~395)のほか,原告らの陳述
書等及び本人尋問の結果を総合して認定する。
(4)身体的被害
原告らは,周辺住民のうちの少なくない者が,航空機騒音により,高血圧
症,狭心症,心筋梗塞等の循環器系疾患,胃炎等消化器系疾患,耳鳴り,難
聴,頭痛,喘息,アトピー性皮膚炎,自律神経失調症,不眠症等を発症し,
又はこれを増悪させていると主張する。これを立証するためとして111名
の者から診断書も提出されている(甲地域別10)。
航空機騒音によって疾病が発症し,又はこれを増悪させたといえるために
は,医学的知見に基づき,その間に因果関係の存在することが認められなけ
ればならない。原告らの陳述書等及び本人尋問の結果のみでは医学的根拠を
欠くから,これを認めることはできない。また,提出された診断書にも,上
記の因果関係の存在について確定的な記述が存在するわけでもない。したが
って,航空機騒音によって身体的被害が発生しているとする原告らの主張を
採用することはできない。
もっとも,強大な騒音にさらされ続けると生理的機能に悪影響が生じ,高
血圧や虚血性心疾患のリスクが高まると考えられていることは,WHOガイ
ドラインが示すとおりであり,医学的に根拠のないこととはいえない。した
がって,陳述書等や本人尋問において身体的被害について言及する原告らは,
航空機騒音にさらされ続けることによりいずれ健康を害することになるとい
う強い不安を覚えているのであって,それには相応の根拠があるから,これ
を航空機騒音に起因する精神的苦痛の一環としてとらえることはできる。
(5)睡眠妨害
前記(3)の証拠によれば,原告らの多くの者が航空機騒音による睡眠妨害
の被害を受けていることが認められる。
前記のとおり,WHOガイドラインは,睡眠妨害を防止するためには,屋
外における夜間の等価騒音レベルが45dBを,また,屋外における最大の騒
音レベルが60dBを超えてはならないとしている。WHO欧州地域事務局の
定めた「欧州夜間騒音ガイドライン」は,公衆の健康を夜間騒音から保護す
るためのガイドライン値を,屋外における夜間の等価騒音レベルで40dBと
定めている。これらの騒音評価指標は,W値や音圧レベルとしてのdBとは異
なるから,前記認定の厚木飛行場周辺における騒音の大きさと単純に比較す
ることはできない。しかし,前記の松井利仁京都大学准教授が,平成21年
の1年間に厚木飛行場の周辺自治体が測定した11か所の測定地点(測定地
点が属する地域は,95Wの地域が1か所,90Wの地域が2か所,85W
の地域が2か所,80Wの地域が2か所,75Wの地域が3か所,70Wの
地域が1か所)におけるデータを分析したところ,夜間(午後10時から翌
日午前7時まで)の等価騒音レベルの年間平均値は,75Wの測定地点3か
所のうち1か所及び80W以上の測定地点7か所全部において40dBを超え
ており,85W以上の測定地点5か所のうち3か所においては45dBを超え
ていた。さらに,上記の1年間で夜間(上記と同じ。)において最大の騒音
レベルが70dBを超える騒音が発生した回数をみると,85W以上の測定地
点5か所の全部で150回を超えており,80Wの測定地点2か所のうちの
1か所では400回を超えていた。75Wの測定地点3か所における発生回
数も,42回,72回,93回という結果であった。(甲A27の1・2)
松井准教授の上記の分析結果は,前記認定の航空機騒音の実態に照らし,
信用するに値する。そうすると,厚木飛行場周辺の少なくとも80W以上の
地域の多くにおいては,夜間の等価騒音レベルを指標とした場合,「欧州夜
間騒音ガイドライン」のガイドライン値を超えた航空機騒音にさらされてい
るといえるし,75Wの地域においても同様の場所があるといえる。また,
最大の騒音レベルを指標にすると,WHOガイドラインのガイドライン値を
超える騒音にさらされる回数は,80W以上の地域では極めて多く,75W
の地域においてすら決して軽視できるほど少ないとはいえない。
以上によれば,厚木飛行場周辺における75W以上の地域のかなりの部分
において,夜間,健康に対する悪影響が心配される程度に強度な航空機騒音
にさらされているといえるのであり,これに応じて,原告らを含む周辺住民
の多くが受けている睡眠妨害の被害の程度は相当深刻なものというべきであ
る。
なお,昼間における航空機騒音は,大きさも頻度も夜間におけるそれをは
るかに上回るから,夜間以外の時間帯に就寝しようとする場合,航空機騒音
による睡眠妨害が著しいことは明らかである。
(6)生活妨害
ア聴取妨害(会話,電話,テレビ視聴等)
前記(3)の証拠によれば,原告らはいずれも,航空機騒音により,他人
との会話,電話による通話,テレビやラジオの視聴などを妨害されるとい
う聴取妨害の被害を受けていることが認められる。
航空機騒音が単発であれば,聴取妨害そのものは一過性であるが,聴取
しようとする内容によっては,それが聞き取れないことは重大な支障にな
り得る。また,予期しない時に突然妨害を受けるわけであるから,それに
よって受ける精神的負担も大きい。さらに,航空機騒音が連続する場合や,
時をおいて何度も発生する場合は,妨害の程度もそれに伴う精神的負担も
著しいものになる。
イ精神作業(読書,勉強等)の妨害
前記(3)の証拠によれば,原告らはいずれも,学習,読書,思考などの
知的作業ないし精神的活動を航空機騒音によって妨害される被害を受けて
いることが認められる。
その被害の程度については,上記アの聴取妨害と同じことがいえるほか,
航空機騒音により集中力をを欠いたまま作業を継続することにより,ミス
が増加したり,いたずらに疲労感を覚えることにつながったりする。さら
に,妨害が重なることにより,その作業を行う意欲を失ってしまうことも
ある。例えば,原告らの中には,趣味等の活動を航空機騒音のために断念
してしまった者もいる。
(7)その他の精神的苦痛
アアノイアンス(いらだち,悩み,腹立ちといった被害感)
前記(3)の証拠によれば,原告らはいずれも,航空機騒音により不快感
を覚え,いらいらしたり,腹立ちを感じたりしている。このような不快感
をアノイアンスといい,航空機騒音に起因する精神的苦痛としてまず挙げ
られるものである。
イ健康被害(子供の発育を含む)の不安
原告らのうち少なくない者が航空機騒音による健康への不安を抱いてい
ることは,既に前記(4)においてみたとおりである。
また,前記(3)の証拠によれば,原告らの中には,自らの健康に対する
ばかりでなく,子供の発育に対する不安を抱いている者も少なくないこと
が認められる。子供が高感受性群に含まれることはWHOガイドラインが
指摘しているところであり,航空機騒音に対する不快感は大人よりも子供
の方が大きい。また,子供は継続して学習活動を行うが,これは知的作業
であるから,前記のとおり,航空機騒音による妨害を受けやすい活動であ
る。このようなことから,周囲の大人が,航空機騒音によって子供が精神
的に不安定となり,あるいは学習妨害を受けて,健全に発育できないので
はないかと不安に感ずるのは当然のことである。WHOガイドラインも,
前記のとおり,高レベルの騒音に曝露されることにより学童が無力感を抱
きやすくなってしまうことが懸念されるとしており,このような不安感に
は十分な根拠がある。
以上のとおり,健康に対する不安は,周囲の子供の発育に対する不安を
含めて,航空機騒音に起因する精神的苦痛である。
ウ交通事故の危険への不安
前記(3)の証拠によれば,原告らのうち少なくない者が,自動車や電車
の走行音あるいは踏切や緊急車両などの警報音が,航空機騒音によってか
き消され,交通事故の危険が高まるのではないかという不安を抱いている
ことが認められる。厚木飛行場周辺における航空機騒音が時に110dBを
も超える大きなものであることからすると,このような不安にも十分な根
拠があり,これも精神的苦痛の一つといえる。
エ航空機事故の不安等
前記(3)の証拠によれば,原告らのうち少なくない者が,厚木飛行場周
辺を飛行する航空機の墜落やその部品の落下等の事故に対する不安を抱い
ていることが認められる。前記のとおり,厚木飛行場周辺ではこれまでも
数多くの部品落下事故が発生しているほか,墜落事故も発生しており,周
辺住民はこれをよく承知している。特に厚木飛行場付近では,航空機がか
なりの低空を飛行する姿を日々間近に見ることになるから,事故の不安を
感ずるのはもっともである。このような不安感は,航空機騒音に起因する
というよりも航空機が頻繁に飛来すること自体に起因するものといえる
が,航空機騒音に関連する精神的苦痛の一つに数えることができる。
また,原告らのうち戦争体験を有する者等の中には,航空機騒音によっ
て戦争体験その他過酷な体験を想起させられて苦痛を感ずるとする者がい
る。厚木飛行場に離着陸する航空機が戦闘機等の軍用機であることや航空
機騒音の大きさを考慮すると,これらの訴えも根拠のあることといえ,航
空機騒音に関連する精神的苦痛の一つに数えることができる。
(8)被害のまとめ
以上に検討した各種の被害は,多かれ少なかれ,厚木飛行場周辺の75W
以上の地域に居住する住民に共通すると認められる。その被害の現れ方は多
様であるが,それはそのように多様なものとしてそのまま差止請求の違法性
の判断をするに当たっての基礎資料となる。大阪空港最判が,「本件空港供
用の違法性の判断については,右供用に伴う航空機の離着陸の際に生ずる騒
音等が被上告人らを含む周辺住民らの全体に対しどのような種類,性質,内
容の被害をどの程度に生ぜしめているかが一つの重要な考慮要素をなすもの
と解されるところ,この場合における被害の総体的な認定判断においては,
必ずしも全員に共通する被害のみに限らず,住民の一部にのみ生じている特
別の被害も考慮の対象となしうるのであり,原判決が,右のような,必ずし
も被上告人ら全員に共通する被害とまではいえないものについても詳細な認
定を施し,かつ,住民のうち特殊な生活条件,身体的条件を有する者につい
て生ずる特別の被害をも加えて総体的な評価判断を示しているのも,右の見
地からされたものと解されるのである。」と判示しているとおりである。
したがって,原告らを含む厚木飛行場周辺の75W以上の地域に居住する
住民は,①睡眠妨害,②聴取妨害及び精神的作業の妨害から成る生活妨害,
③アノイアンスや健康被害への不安を始めとする精神的苦痛を中核として,
厚木飛行場に離着陸する航空機の発する騒音により,それぞれの身体条件や
生活条件によって現れ方の異なる様々な被害を受けていることが認められ,
これは,被害が受忍限度を超えるかどうかを判断するに当たって重要な事実
として考慮すべきである。健康被害に直接結び付き得るものとしては睡眠妨
害が深刻であるが,生活妨害や種々の精神的苦痛も決して軽視することがで
きない。そして,航空機騒音にさらされる場所が原告らの日常生活の場であ
ることから,これらの個々の被害は,相互に関連して有機的に結び付いて,
住民の生活の質を全体として損なわせているのである。
5厚木飛行場の公共性
前記前提となる事実のほか,証拠(行乙7から21まで,68から71まで,
73から75まで)及び弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりであ
る。
(1)自衛隊の飛行場としての公共性
厚木飛行場は,防衛大臣が設置・管理し,海上自衛隊が自衛隊法に定めら
れた我が国の防衛,災害派遣等の任務遂行をする上での各種活動をするため
の飛行場として利用している。海上に容易に進出し得る位置にあることから,
海上自衛隊はこれを関東地方における最も重要な飛行場と位置付けている。
厚木飛行場に置かれた航空集団司令部は,自衛艦隊の主力である航空集団
の中枢として,全国各地に所在する航空部隊を一元的に指揮している。厚木
飛行場に離着陸する自衛隊機の大部分はこの指揮下にある第4航空群のもの
である。
第4航空群の活動は,①対潜航空活動,②災害派遣等民生協力活動,③防
災活動における地方自治体との連携,④国際貢献,⑤教育訓練等であり,我
が国周辺海域における哨戒任務である①がその活動の中心である。そして,
自衛隊機の運航活動は,決められたルートを飛行する民間定期便航空機とは
異なり,極めて危険かつ高度の技量を必要とするから,常日頃からの飛行訓
練が必要不可欠である。
(2)米軍の飛行場としての公共性
厚木基地は,日米安保条約に基づき,我が国の安全に寄与するとともに極
東における国際の平和と安全の維持に寄与するという目的のため,米海軍が
使用するものとして米国に提供されている。厚木基地の一部である厚木飛行
場は,海上自衛隊が管轄管理しているが,日米地位協定2条4項(b)に基づ
いて米海軍が一時使用を認められている。
厚木基地に駐留する米海軍の主要部隊は,西太平洋艦隊航空司令部,厚木
航空施設司令部及び第5空母航空団等である。西太平洋艦隊航空司令部は西
太平洋艦隊航空部隊の中枢を占める司令部であり,太平洋海軍航空司令部の
指揮下にあって,極東に施設及び部隊を有し,西太平洋等に所在する米海軍
及び米国海兵隊の各部隊に対し,航空機による作戦支援及び航空機の整備,
修理,訓練等の後方支援を行っている。横須賀基地には第7艦隊が展開して
おり,厚木基地は横須賀から近距離にあることから,第7艦隊に所属する空
母の艦載機に対する整備,修理,補給等の後方支援業務及び訓練を遂行する
ための陸上の航空基地として,米海軍により極めて重要な位置付けがされて
いる。また,厚木海軍航空施設司令部は,横須賀基地に所在する在日米海軍
司令部から,人事,医療等一部管理部門につき調整を受けつつ,厚木基地に
おける米軍施設を管理,運営,維持することによって,第7艦隊その他の部
隊から飛来する航空機の後方業務,すなわち航空機の整備,修理,補給等及
び空母艦載機搭乗員の着陸訓練の支援を行う役割を担っている。
このように,厚木基地は我が国にある米海軍の航空基地の中でも主要な役
割を担っている。
(3)まとめ
以上のとおり,厚木飛行場に離着陸する自衛隊機及び米軍機の諸活動は,
我が国の安全に寄与するものであり,公共性を有する。
6差止請求を認容すべき違法性の有無(受忍限度)の判断
(1)違法性の有無の判断の仕方
前記のとおり,厚木飛行場に離着陸する自衛隊機の発する騒音によって周
辺住民が社会生活上受忍すべき限度を超える被害を受けているか否かは,侵
害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共
性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか,侵害行為の開
始とその後の継続の経過及び状況,その間に採られた被害の防止に関する措
置の有無及びその内容,効果等の事情をも考慮し,これらを総合的に考察し
てこれを判断すべきものであると解される。
そこで以下,この見地から検討を行うこととするが,厚木飛行場には自衛
隊機のみならず米軍機も離着陸しており,前記認定事実によれば,周辺住民
がさらされている航空機騒音の大半は米軍機の発するものであるといえるた
め,米軍機との関係をどのように考えるべきかが問題となるので,この点を
まずここで判断する。
自衛隊法107条5項によれば,防衛大臣は,航空機による災害を防止し,
公共の安全を確保するため必要な措置を講ずる義務を負う。ここにいう航空
機とは,防衛大臣が設置管理する飛行場に離着陸する航空機についていえば,
自衛隊機に限らず,防衛大臣が当該飛行場の使用を認めている航空機全体の
ことを意味するものと解される。
厚木飛行場は防衛大臣の設置管理する飛行場であり,かつ,防衛大臣は厚
木飛行場の使用を米軍に認めているのであるから,防衛大臣は,厚木飛行場
に離着陸する自衛隊機及び米軍機全体について,これによる災害を防止し,
公共の安全を確保するため必要な措置を講ずる義務を負う。そうであれば,
防衛大臣は,厚木飛行場に離着陸する自衛隊機及び米軍機全体の運航に伴う
騒音によって周辺住民が社会生活上受忍すべき限度を超える被害を受けるこ
とを防止する義務を負うというべきである。
したがって,厚木飛行場に離着陸する航空機の発する騒音については,こ
れを自衛隊機の発する騒音と米軍機の発する騒音とに区分することなく,そ
の航空機全体の発する騒音を前提として,それが周辺住民に社会生活上受忍
すべき限度を超える被害を与えているか否かを検討すべきである。
もっとも,前記のとおり,被告に対し厚木飛行場における米軍機の運航の
差止めを請求しても訴え却下又は請求棄却を免れず,また,我が国の民事裁
判権は,外国国家の主権的行為としての米軍の公的活動である米軍機の運航
には及ばないから,米国に対して同様の差止めの請求をしても訴え却下を免
れない(最高裁平成14年4月12日第二小法廷判決・民集56巻4号72
9頁参照)。厚木飛行場に離着陸する米軍機については,周辺住民はその運
航を差し止めるすべを持たないのである。一方,前記のとおり,厚木飛行場
の航空機騒音による周辺住民の被害の大半は米軍機によるものと認められ
る。そうすると,周辺住民の受ける被害が社会生活上受忍すべき限度を超え
ているとして本件自衛隊機差止請求が認容されたとしても,米軍機の運航は
これにより一切影響を受けないから従来どおり継続するものと考えられ,そ
うである限り,周辺住民の受ける被害が著しく軽減するとは考え難く,その
被害が社会生活上受忍すべき限度をなお上回るということは十分に考えられ
る。本件自衛隊機差止請求が仮に認容されたとしても,原告らの目的が達せ
られるとは限らないのである。しかし,上で述べたところによれば,厚木飛
行場に離着陸する自衛隊機及び米軍機全体の発する騒音により周辺住民が社
会生活上受忍すべき限度を超える被害を被っている場合,自衛隊法107条
5項に違反する防衛大臣の自衛隊機運航処分が存在するといわざるを得ない
のであるから,特段の事情のない限り,その差止めは認められなければなら
ないと解される。
以上の判断枠組みに従い,ここまでの全ての事実に基づき,以下,判断す
る。
(2)侵害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容等の事情
本件における侵害行為は,厚木飛行場周辺の75W以上の地域に居住する
原告らを含む住民が主に航空機の離着陸に伴う騒音にさらされることであ
る。平成17年以降における航空機騒音の程度をみると,75W以上の地域
すなわち75Wの地域,80Wの地域,85Wの地域,90Wの地域及び9
5Wの地域においていずれも,そのそれぞれのW値とほぼ同じかこれを上回
るW値が実際に測定されている。平成17年より前の時点においては,これ
を更に上回るW値が測定されていたことがあり,同年以降緩やかに減少した
ものの,顕著な減少とまではいえず,平成22年以降は逆に増加の傾向にあ
る。一方,前記のとおり,WHOガイドラインの設定しているガイドライン
値は,LAeq(昼間と夕方16時間の等価騒音レベル)を指標として,居住地
域(屋外)において高度に不快という影響を与えるものが55dB,少し不快
という影響を与えるものが50dBである。W値と上記のLAeqとは異なる評価
指標であるからこれを単純に比較することはできないが,W値から13をマ
イナスしたものが時間帯補正等価騒音レベルであることを参考にすると,7
5Wという水準はWHOのガイドライン値と比較してもかなり高いものであ
るといえる。また,昭和48年環境基準は,前記のとおり,航空機騒音に係
る環境基準を,地域の類型Ⅰにおいては70W,地域の類型Ⅱにおいては7
5Wと定めている。これに照らしても,厚木飛行場の周辺住民がさらされて
いる航空機騒音の程度はかなり高いというべきである。
被害の性質と内容は,①睡眠妨害,②会話,電話,テレビ視聴等の聴取妨
害及び読書,学習等の精神作業の妨害から成る生活妨害,③不快感,健康被
害への不安を始めとする精神的苦痛が中核であり,75W以上の地域に居住
する住民は共通してこれらの被害を被っている。このうち睡眠妨害は健康被
害に直接結び付き得るものであり,相当深刻な被害といえるし,また,これ
らの被害は相互に有機的に関連し,影響し合って,生活の質を損なわせてい
る。したがって,原告らを含めた周辺住民が受けている被害は,健康又は生
活環境に関わる重要な利益の侵害であり,生命,身体に直接危険をもたらす
とまではいえないものの,当然に受忍しなければならないような軽度の被害
であるとは到底いえない。そして,厚木飛行場周辺の75W以上の地域は,
面積にして約1万0500haであり,そこに存在する世帯数は約24万40
00というのであるから,被害を受けている住民の数は極めて多数に上る。
次に,将来における被害の見込みについて検討する。前記のとおり,厚木
飛行場周辺における航空機騒音の被害は昭和30年代半ばから継続してお
り,昭和51年9月に提起された第1次厚木基地騒音訴訟以降,これまで3
度の確定判決によって周辺住民の損害賠償請求が認容されてきているのであ
るから,厚木飛行場の使用及び供用の違法性は,約40年にわたって継続し
ている。測定される航空機騒音の大きさは,一時期よりは減少する傾向が続
いたものの,平成22年以降は増加の傾向にある。この間,NLPの多くを
硫黄島で実施することにするなど,航空機騒音への対策が採られなかったわ
けではなく,また,被告による周辺対策等も行われてきたが,それでも,周
辺住民に対する違法な権利侵害ないし法益侵害は継続してきた。近い将来に
おいてこのような状況に変化が生ずるとうかがわせるような事情は認められ
ない。もっとも,日米安全保障協議委員会において平成18年5月に承認さ
れた「再編実施のための日米のロードマップ」に基づき,厚木飛行場から岩
国飛行場へ米海軍の空母艦載機が移駐することが予定されており,これが実
現すれば,厚木飛行場に離着陸する米軍機の状況に変化が生ずることも考え
られる。しかし,当初は平成26年までに移駐が完了するとされていたが,
平成25年1月に防衛省から厚木飛行場の周辺自治体に対してされた説明に
よれば,その時期は平成29年頃になるというのである。
侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況等は既に上でみたとおりで
ある。これに対し被告は,当初は行政措置として,昭和41年以降は「防衛
施設周辺の整備等に関する法律」に基づき,昭和49年以降は環境整備法に
基づき,各種の周辺対策を実施してきている。このうち住宅防音工事に対す
る助成は,住宅防音工事が一定の遮音効果を有することから,室内における
航空機騒音の軽減に資するものであり,防音工事を実際に実施した周辺住民
に対しては被害対策として有効なものといえるが,他方で,防音工事によっ
ても日常生活における航空機騒音を防止するには不十分な面があり,また,
防音工事には部屋を密閉することに伴う負の効果もあるため,被害の防止対
策としては限界がある。移転措置は,75W以上の地域全体において実施さ
れ,かつ,移転先が容易に見つかり,十分な補償が得られるのであれば,有
効な被害対策といえるが,現実には,対象となる地域は90W以上の地域(第
二種区域及び第三種区域)に限られ,補償が行われるのも建物等の所有者が
当該建物等を移転し又は除却するときに限られている(環境整備法5条,環
境整備法施行令8条,旧環境整備法施行規則2条)。そして,住民の希望に
かなった移転先の確保は容易ではなく,補償額も十分とはいえないと認めら
れる。したがって,移転措置は有効な被害対策になっているとはいえない。
さらに,米海軍は日米合同委員会で合意された規制措置により,海上自衛隊
は自主規制により,毎日午後10時から翌日午前6時までの間の夜間や日曜
日には原則として航空機の運航をしないなどの措置をとっているが,それで
もなお,夜間や日曜日に少なくない航空機騒音が測定されている。この自主
規制はそもそも平日昼間の航空機騒音による被害の軽減にはそれほど資する
ものではない。それ以外の周辺対策及び音源対策をみても,航空機騒音によ
る被害の軽減に結び付いているとはいえない。
したがって,被告が行っている周辺対策及び音源対策は,住宅防音工事に
対する助成については一定の被害軽減の効果は認められるものの十分とはい
えず,他の対策は被害を軽減する効果を有するものとして評価することは困
難である。今後についても,被告による周辺対策等が従来どおり実施される
ことは期待できるものの,上記のとおり,住宅防音工事に対する助成以外の
措置は周辺住民に対する権利侵害ないし法益侵害の違法性を否定するものと
はなり得ないし,住宅防音工事に対する助成も,被害を一定程度軽減させる
にとどまり,その違法性を否定するまでのものではない。
以上によれば,自衛隊機運航処分を含めた被告による厚木飛行場の使用及
び供用は,少なくともその周辺の75W以上の地域に居住する原告らを含む
住民が被告に対し損害賠償請求をする場面においては,社会生活上受忍すべ
き限度を超える被害を生じさせており,今後も生じさせるとの見方もし得な
いではない状況にある(第4次厚木基地騒音訴訟における当裁判所の判断を
参照)。
(3)侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度
しかし,差止請求を認容すべき違法性があるかどうかを判断するに当たっ
ては,さらに,厚木飛行場における米軍機及び自衛隊機の運航の持つ公共性
ないし公益上の必要性の内容と程度等について十分な検討をしなければなら
ない。前記のとおり,厚木飛行場は,海上自衛隊の飛行場としても,米海軍
が我が国において使用する飛行場としても,極めて重要な位置付けを与えら
れており,ここに離着陸する米軍機及び自衛隊機の運航活動は,我が国の安
全にも極東における国際の平和と安全の維持にも資するものであって,国民
全体の利益につながる公共性を有する。その公共的利益の実現が,原告らを
含む周辺住民という限られた一部少数者の特別の犠牲の上でのみ可能となっ
ており,そこに看過することのできない不公平が存在するといわざるを得な
いとしても(大阪空港最判及び厚木基地最判参照),原告ら周辺住民が現に
受け,将来も受ける蓋然性の高い被害の内容が主として日常生活における活
動の妨害といったものであるのに対し,厚木飛行場が国民の生活全体に対し
てかけがえのない便益を提供しているなどの事情を考慮すれば,周辺住民の
受ける被害はなお社会生活上受忍すべき限度を超えるものではないという判
断もあり得るというべきである。
(4)総合的考察
以上の諸事情を踏まえると,本件自衛隊機差止請求については,その全体
について当否を判断するのは適切とはいい難い。原告らが差止めを求めるそ
れぞれの対象ごとに,主に被侵害利益の性質・内容と侵害行為の持つ公共性
ないし公益上の必要性の内容・程度を取り上げて,きめ細かく比較検討する
ことが必要である。以下,この見地から更に総合的な考察を加える。
ア毎日午後8時から翌日午前8時までの運航の差止請求について
本件自衛隊機差止請求において原告らは第1に,毎日午後8時から翌日
午前8時までの運航の差止めを請求する。
睡眠妨害は,航空機騒音による被害の中核を占めるものの一つである。
前記のとおり,厚木飛行場周辺における75W以上の地域のかなりの部分
において,夜間,健康に対する悪影響が心配される程度に強度な航空機騒
音が発生しているといえるのであり,原告ら周辺住民の多くが受けている
睡眠妨害の被害の程度は相当深刻であるというべきである。したがって,
厚木飛行場における自衛隊機の運航のうち夜間に行われるものは,これを
差し止める必要性が相当高い。
他方,海上自衛隊は,厚木飛行場規則(平成19年3月15日第4航空
群達第2号)による自主規制を既に行っており,毎日午後10時から翌日
午前6時までの時間帯においては,全ての航空機につき,訓練飛行も地上
試運転も行わないこととしている(前記第2部第1の4(2)ア参照)。し
たがって,厚木飛行場におけるこの時間帯の自衛隊機の運航を差し止めた
としても,厚木飛行場の公共性ないし公益上の必要性が大きく損なわれる
ことはないと認められる。もっとも,この自主規制が厳守されており,毎
日午後10時から翌日午前6時までの時間帯における自衛隊機の訓練飛行
や地上試運転が実際に全く行われていないというのであれば,判決によっ
てそれを差し止める必要性は認められない。しかし,前記認定の航空機騒
音の状況によれば,この時間帯においても少なくない航空機騒音が測定さ
れているのであり,その大半が米軍機によるものであるとは認められるも
のの,自衛隊機による航空機騒音が全くないとは断定できない以上,自衛
隊機の運航を差し止める必要性がないとはいえない。
そして,午後10時から翌日午前6時までの運航が差し止められるので
あれば,睡眠妨害の被害は相当程度軽減すると認められる(米軍機の運航
の差止めが認められないのであれば,実際には騒音による被害が軽減する
ことは考え難いが,自衛隊機運航処分の差止めを検討するこの場面では,
このように考えるほかない。米軍機の運航の差止めが認められないからと
いって自衛隊機運航処分の差止めも認められないことにはならないこと
は,既に検討したとおりである。)。一方で,午後8時から10時まで及
び午前6時から8時までの時間帯においては,起きて活動をしている人は
少なくないと考えられるし,午前6時以降午後10時前までの時間帯にお
いては,自衛隊機の運航について一律の自主規制は行われていないから,
それが差し止められるとなれば,厚木飛行場の公共性ないし公益上の必要
性が一定程度損なわれるといわざるを得ない。
以上の事情を考慮し,原告らの上記差止請求は,毎日午後10時から翌
日午前6時までの運航の差止めを求める限度で認容すべきであると判断す
る。
イ訓練のための運航の差止請求について
原告らは第2に,訓練のための運航の差止めを請求する。
午後10時から翌日午前6時までの時間帯における訓練のための運航は
既に上記アにおいて判断の対象になっているから,ここで検討すべきなの
は午前6時から午後10時までの時間帯に行われる訓練のための運航であ
る。この時間帯においては,被害の内容のうち睡眠妨害の重要性は相対的
に低くなり,主に,聴取妨害,精神活動に対する妨害等の生活妨害と,ア
ノイアンス等の種々の精神的苦痛が問題となる。これらは日常の中の生活
妨害であって,健康被害に直接結び付くものではない。
これに対し,自衛隊の行動にとって日常の訓練が重要であることはいう
までもなく,訓練のための自衛隊機の運航の公共性ないし公益上の必要性
の程度が,任務のための自衛隊機の運航の公共性ないし公益上の必要性よ
りも劣ると一概にいうことはできない。
以上の事情を考慮すると,訓練のための運航の差止請求を認容すること
はできないというべきである。
ウ自衛隊機の運航により生ずる航空機騒音によって原告らの居住地におけ
るそれまでの1年間の一切の航空機騒音が75Wを超えることとなる場合
の当該自衛隊機の運航の差止請求について
原告らは第3に,原告らの居住地におけるそれまでの1年間の航空機騒
音が75Wを超えることとなる自衛隊機の運航の差止めを請求する。
この請求について被告は,原告らの居住地において航空機騒音の測定は
されていないから,原告らの特定するような仕方で航空機騒音が75Wを
超えるか否かを判断することはできず,請求内容を実現することは不可能
であると主張する。原告らの居住地それぞれにおいて航空機騒音が測定さ
れていないのは確かであるが,前記のとおり,平成18年1月の告示又は
工法区分線等の設定をするに先立ち,防衛施設庁では厚木飛行場周辺の航
空機の騒音度調査を行い,騒音コンターを引いているのであり,また,防
衛施設庁ないし防衛省は,厚木飛行場の周辺に多数の測定地点を設けて航
空機騒音を継続的に測定しているのであるから(顕著な事実),防衛省に
おいて,原告らの居住地のW値がおおむねどの程度であるかは把握できる
はずである。したがって,ある時点において自衛隊機を運航することによ
って特定の原告の居住地におけるそれまでの1年間の航空機騒音が75W
を超えることになるか否かを正確に判断することはできないとしても,新
たにこの程度の航空機騒音が加わればその地点におけるそれまでの1年間
の航空機騒音が確実に75Wを超えることになると判断することができる
場合,あるいは,新たにこの程度の航空機騒音が加わってもその地点にお
けるそれまでの1年間の航空機騒音が75Wを超えることはないと確実に
判断することができる場合は存在する。確実な判断ができない場合にどの
ようにすべきかという問題は残るにしても,以上に照らせば,原告らの上
記の差止請求は,その請求内容を実現することがおよそ不可能であるとは
いえず,被告の上記主張を採用することはできない。
もっとも,ここにおいても,午後10時から翌日午前6時までの時間帯
は検討の対象外であるから,被侵害利益の性質・程度として考慮すべきも
のは,主に,聴取妨害,精神活動に対する妨害等の生活妨害と,アノイア
ンス等の種々の精神的苦痛である。前記のとおりこれらは日常の中の生活
妨害であり,健康被害に直接結び付くものではない。
また,周辺住民の被害が社会生活上受忍すべき限度を超えていると判断
することができるのは,75W以上の航空機騒音に継続的にさらされてい
るからこそであり,ある時点における航空機騒音が75Wを超えたからと
いって,それだけで被害が受忍すべき限度を超えたことになるとまではい
えない。
さらに,厚木飛行場における自衛隊機の運航の公共性ないし公益上の必
要性に加え,上記のようにして原告らの居住地におけるW値を日々算定す
ることにも少なからぬ労力を必要とすることなどをも勘案すると,原告ら
の上記の差止請求を認容することはできないというべきである。
(5)まとめ
以上によれば,本件自衛隊機差止請求は,毎日午後10時から翌日午前6
時までの運航の差止めを求める限度で理由があるというべきであるから,前
記のとおり,「(防衛大臣が)やむを得ないと認める場合を除き」という留
保を付けた上でこれを認容することとする。
差止請求を認容する判決については,判決主文においていつまでといった
終期を設け,差止めが命じられる期間を限定すべきではないかが問題になり
得る。しかし,民事上の請求としての差止請求を認容する判決(民事訴訟に
おける差止判決)と異なり,抗告訴訟における差止請求を認容する判決(抗
告訴訟における差止判決)に執行力はなく,その判決が債務名義となること
はない。民事訴訟における差止判決については,それを債務名義とする強制
執行が将来行われることに伴う被告の不利益を考慮する必要があるが,抗告
訴訟における差止判決についてそのような考慮をする必要はない。抗告訴訟
における差止判決も被告及び処分行政庁その他の関係行政庁を拘束する効力
を有するが,それは口頭弁論終結時の事実関係を基礎としたものであるから,
将来においてその事実関係に実質的な変動が生じたときには,その効力は自
ずから失われる。したがって,抗告訴訟における差止判決に終期を設ける必
要はないというべきである。
第6自衛隊機に関する予備的請求(当事者訴訟)について
1給付請求(予備的請求その1)
自衛隊機に関する予備的請求その1は,給付訴訟としての差止請求(給付請
求)であるが,内容からみて,その実質は本件自衛隊機差止請求と同じであり,
抗告訴訟としての差止請求を当事者訴訟としての差止請求に引き直したにすぎ
ないといわざるを得ない。そうすると,原告らは,本件自衛隊機差止請求につ
いて本案の判断がされることを解除条件とする予備的請求として,当該差止請
求の併合審理を求める趣旨であると解される。上記のとおり本件自衛隊機差止
請求について本案の判断が行われ,請求が一部認容される以上,この解除条件
が成就するので,当該差止請求は当裁判所の判断の対象とならない。
2確認請求(予備的請求その2からその4まで)
自衛隊機運航処分は抗告訴訟の対象となる行政処分であるから,これに不服
を有する者は抗告訴訟を提起して争うべきであり,同じ内容を確認請求によっ
て実現することは許されない。原告らの予備的請求その2からその4までは,
いずれも確認請求によって厚木飛行場における自衛隊機運航処分に対する不服
をいい,実質的には本件自衛隊機差止請求と同じ内容を実現しようとするもの
である。したがって,これらの確認請求に係る訴えはいずれも確認の利益を欠
くというべきであり,不適法として却下を免れない。
3死亡原告らを当事者とする訴訟の帰趨
予備的請求その1の給付請求が本件自衛隊機差止請求を当事者訴訟としての
給付請求に引き直したものであること,予備的請求その2からその4までの確
認請求が自衛隊機運航処分に対する不服を内容とする点で本件自衛隊機差止め
の訴えと目的を同じくするものであることからすると,これらの請求に係る訴
訟のうち死亡原告らを当事者とする部分は,本件自衛隊機差止めの訴えと同じ
く,当該原告の死亡により終了したと解すべきである。
第7結論
本件米軍機差止めの訴えは却下する。
米軍機に関する予備的請求のうち給付請求は棄却し,確認請求に係る訴えは
いずれも却下する。
転居原告の本件自衛隊機差止めの訴えは却下し,転居原告を除く原告らの本
件自衛隊機差止請求は主文第2項の限度で理由があるので認容し,その余は棄
却する。
自衛隊機に関する予備的請求のうち給付請求については判断の必要がなく,
確認請求に係る訴えはいずれも却下する。
ただし,死亡原告らの米軍機に関する主位的請求に係る訴訟及び自衛隊機に
関する請求に係る訴訟は,別紙別紙別紙別紙2222(死亡・転居原告目録)記載1の当該原告の
死亡日にその死亡により終了した。
よって主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官佐村浩之
裁判官倉地康弘
裁判官石井奈沙
略語略語略語略語,,,,用語一覧表用語一覧表用語一覧表用語一覧表
略語,用語正式名称又は説明
75Wの地域防衛施設庁長官が平成18年防衛施設庁告示第1号によって指定
した厚木飛行場周辺に係る第一種区域とその外側の区域を分かつ
線(第一種区域線)の内側で,防衛施設庁横浜防衛施設局長が平
成18年1月31日に設定した工法区分線の外側の地域を指す。
厚木飛行場周辺における75Wの騒音コンターの内側で80Wの
騒音コンターの外側の地域にほぼ一致する。同様に,80Wの地
域とは80Wの騒音コンターの内側で85Wの騒音コンターの外
側の地域に,85Wの地域とは85Wの騒音コンターの内側で9
0Wの騒音コンターの外側の地域に,90Wの地域とは90Wの
騒音コンターの内側で95Wの騒音コンターの外側の地域に,9
5Wの地域とは95Wの騒音コンターの内側の地域に相当する。
A特性周波数によって感度が異なる人間の聴覚に近い評価加重特性。騒
音の大きさは,A特性に応じた聴感補正をした音圧レベル(単位
はdB)によって示すのが一般である。
FCLPFieldCarrierLandingPractice空母艦載機が陸上で行う着
艦訓練
G特性周波数1Hz~20Hzの超低周波音の人体感覚を評価するための評
価加重特性
ICAOInternationalCivilAviationOrganization国際民間航空機関
LAeq等価騒音レベル。変動する騒音の評価指標の一つで,音のエネル
ギーの時間平均値をレベルで表したもの。単位はdB。環境騒音の
評価指標として国際的に広く用いられている。厳密には,A特性
により補正された値すなわちA特性等価騒音レベルのことをい
う。A特性により補正されていない等価騒音レベルはLeqで表
す。
Lden時間帯補正等価騒音レベル。騒音発生時間帯を考慮して夜間,深
夜及び早朝における騒音に重み付けを行って求めた等価騒音レベ
ルである。
NLPNightLandingPractice夜間に行われるFCLP
WECPNLWeightedEquivalentContinuousPerceivedNoiseLevel加重
等価継続感覚騒音レベル。航空機騒音の大きさないしうるささを
示す指標の一つである。
WHOWorldHealthOrganization世界保健機関
WHOガイドラインWHOが平成11年に公表した「環境騒音のガイドライン(実務
的抄録)」(GuidelinesforCommunityNoise)
W値WECPNLの値。単位はない。本判決では,具体的なW値につ
いては,その数値にWを添えて,例えば「75W」などと表記す
る。
厚木海軍飛行場日米安保条約及び日米地位協定に基づき米軍の使用のため我が国
が米国に提供している神奈川県大和市,綾瀬市及び海老名市にま
たがる面積約507万㎡の施設及び区域。昭和36年調達庁告示
第4号に基づく名称である。
厚木基地厚木海軍飛行場の通称
厚木基地最判最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決・民集47巻2号64
3頁
厚木飛行場厚木海軍飛行場の中心部に防衛大臣が設置している飛行場。昭和
46年防衛庁告示第131号に基づく名称である。
アフターバーナージェットエンジンの後部に取り付けられ,排気ガスの中に燃料を
更に噴射し燃焼させて推力を増加させる装置
暗騒音航空機など特定の発生源からの騒音を対象として騒音の測定をす
るときに測定地点で測定される,対象とする発生源からの騒音以
外のすべての騒音のこと。発生源からの騒音がない場合の測定地
点における騒音レベルといえる。
大阪空港最判最高裁昭和56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1
369頁
外郭線防衛施設である飛行場の周辺において防音工事仕方書により全て
の住宅が外郭防音工事の対象となるとされている区域とその外側
とを分かつ線。85Wの騒音コンターにほぼ一致するものであ
り,区分線設定等要領に基づいて引かれる。
外郭防音工事防衛施設である飛行場の周辺において防音工事仕方書に基づいて
実施される住宅防音工事のうち家屋全体を一つの区画としてその
外郭について実施する防音工事
環境基準方式昭和48年環境基準に従ったW値の算定方式
環境整備法防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律
環境整備法施行令防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律施行令
環境整備法施行規則防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律施行規則
旧日米安保条約日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(昭和27年条約
第6号)
区分線設定等要領「防衛施設周辺における住宅防音事業及び空気調和機器稼働事業
に関する補助金交付要綱」(平成22年3月29日防衛省訓令第
10号)5条に基づき防衛省地方協力局長が定めた「住宅防音工
事の標準仕方に係る工法区分線の設定等要領」
現行環境基準「航空機騒音に係る環境基準について」(昭和48年環境庁告示
第154号)(現行のもの)
航空機騒音防止法公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関す
る法律
航空機騒音防止法施公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関す
行令る法律施行令
航空機騒音防止法施公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関す
行規則る法律施行規則
航空法特例法日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六
条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位
に関する協定及び日本国における国際連合の軍隊の地位に関する
協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律(昭和27年当時の
題名は「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約に基く行
政協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」)
工法区分線防衛施設である飛行場の周辺において防音工事仕方書に基づいて
行われる住宅防音工事に関し,第Ⅰ工法が適用される区域と第Ⅱ
工法が適用される区域を分かつ線。80Wの騒音コンターにほぼ
一致するものであり,区分線設定等要領に基づいて引かれる。
自衛隊機自衛隊の使用する航空機
時間帯補正等価騒音→Lden
レベル
昭和48年環境基準「航空機騒音に係る環境基準について」(昭和48年環境庁告示
第154号。平成19年環境省告示第114号による改正前のも
の)
騒音コンター騒音発生源の周辺で,同一の騒音の値が測定された地点を結んだ
曲線。天気図の気圧線(等圧線)や地形図の標高線(等高線)に
相当する。我が国ではこれまで,航空機騒音の騒音コンターにお
ける騒音の値としてはW値が用いられてきた。
騒音レベル騒音の大きさをA特性に応じた聴感補正をした音圧レベルで示し
たもの。騒音計で測定された測定値がこれであり,単に騒音レベ
ルといえば騒音計で測定された測定値を意味することもある。単
位はdB(デシベル)である。
第1事件横浜地方裁判所平成19年(行ウ)第100号事件
第一種区域環境整備法4条に基づき防衛大臣(平成19年8月以前は防衛施
設庁長官)が指定する防衛施設の周辺の区域
第一種区域等第一種区域,第二種区域及び第三種区域
第3次訴訟第3次厚木基地騒音訴訟(横浜地方裁判所平成14年10月16
日判決・東京高等裁判所平成18年7月13日判決の訴訟)
第3次判決第3次訴訟の確定判決(東京高裁平成18年7月13日判決)
第三種区域環境整備法6条に基づき第二種区域のうち航空機の離陸,着陸等
の頻繁な実施により生ずる音響に起因する障害が新たに発生する
ことを防止し,併せてその周辺における生活環境の改善に資する
必要があると認めて防衛大臣(平成19年8月以前は防衛施設庁
長官)が指定する区域
第2事件横浜地方裁判所平成24年(行ウ)第69号事件
第二種区域環境整備法5条に基づき第一種区域のうち航空機の離陸,着陸等
の頻繁な実施により生ずる音響に起因する障害が特に著しいと認
めて防衛大臣(平成19年8月以前は防衛施設庁長官)が指定す
る区域
第4次厚木基地騒音横浜地方裁判所平成19年(ワ)第4917号,平成20年
訴訟(ワ)第1532号事件
タッチアンドゴー航空機の離着陸訓練の一つであり,滑走路へ進入降下し,着地
し,地上滑走した後,再びエンジン出力を上げて離陸するという
一連の操作を繰り返すこと
等価騒音レベル→LAeq
日米安保条約日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(昭
和35年条約第6号)
日米行政協定日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政
協定(昭和27年条約第6号)
日米共同使用区域厚木基地のうち本判決別紙別紙別紙別紙3333(第4次厚木基地騒音訴訟被告最終
準備書面添付別図第1)及び同同同同4444(同添付別図第2)の各黄色部

日米地位協定日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六
条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位
に関する協定(昭和35年条約第7号)
パワー平均騒音レベルの平均値を算出する際に用いられる平均化の手法であ
り,音のエネルギー量(パワー)に基づいて計算されるもの。騒
音レベル(音圧)は音のエネルギー量を対数に変換したものであ
り,この平均値を算出するには,単に算術平均をするのではな
く,エネルギー量に戻して計算する。個々のdB値をもとの音のエ
ネルギー量に戻し,その個々の音のエネルギー量から音のエネル
ギー量の平均値を算出した上で,その平均値を更にdB値に変換す
ることになる。
ピーク騒音レベル一定時間内に測定された騒音レベルの中の最高値のこと。「騒音
のピークレベル」という表現も使われる。
福岡空港最判最高裁平成6年1月20日第一小法廷判決・裁判集民171号1
5頁(判例時報1502号98頁)
米海軍アメリカ合衆国海軍
米軍アメリカ合衆国軍隊
米軍一時使用区域厚木基地のうち本判決別紙別紙別紙別紙3333(第4次厚木基地騒音訴訟被告最終
準備書面添付別図第1)及び同同同同4444(同添付別図第2)の各赤斜線
部分(厚木飛行場)
米軍専用区域厚木基地のうち本判決別紙別紙別紙別紙3333(第4次厚木基地騒音訴訟被告最終
準備書面添付別図第1)及び同同同同4444(同添付別図第2)の各青色部

平成5年横田基地最最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決・裁判集民167号3
判59頁(判例時報1456号53頁)
防衛施設自衛隊の施設又は日米地位協定2条1項の施設及び区域(環境整
備法2条2項参照)
防衛施設庁方式防衛施設庁長官が定めた「防衛施設周辺における航空機騒音コン
ターに関する基準」(昭和55年10月2日施本第2234号
(CFS))及び「第一種区域等の指定に関する細部要領」(平
成16年11月1日施本第1589号(CFS))に従ったW値
の算定方式
防音工事仕方書「防衛施設周辺における住宅防音事業及び空気調和機器稼働事業
に関する補助金交付要綱」(平成22年3月29日防衛省訓令第
10号)5条に基づき防衛省地方協力局長が定めた「住宅防音工
事標準仕方書」
本件差止請求本件自衛隊機差止請求及び本件米軍機差止請求
本件差止めの訴え本件自衛隊機差止めの訴え及び本件米軍機差止めの訴え
本件自衛隊機差止請原告らの請求のうち,抗告訴訟として厚木基地における自衛隊機
求の一定の態様による運航の差止めを求める部分(主位的請求)
本件自衛隊機差止め本件自衛隊機差止請求に係る訴え
の訴え
本件米軍機差止請求原告らの請求のうち,抗告訴訟として米軍機の一定の態様による
運航のために厚木飛行場を使用させることの差止めを求める部分
(主位的請求)
本件米軍機差止めの本件米軍機差止請求に係る訴え
訴え

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛