弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中有罪部分を破棄する。
     本件公訴事実中第一の(三)の点につき被告人A、同B、同Cは無罪。
     同第一の(四)の点につき被告人等は無罪。
     同第二の点につき被告人D、同B、同Cは無罪。
     検察官の本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件各控訴の趣意は、札幌高等検察庁検察官検事寺沢真人提出の札幌地方検察庁
岩見沢支部検察官検事天野三三作成名義の控訴趣意書ならびに弁護人佐伯静治、同
林信一、同南山富吉提出の同弁護人等共同作成名義の控訴趣意書(一頁一三行目に
「第三の事実に適して」とあるのを「第三の事実に適用して」、二頁八行目に「第
二二五条四号」とあるのを「第二二五条三号」、九頁三行目に「第五号」とあるの
を「第四号」と各訂正)にそれぞれ記載のとおりであり、検察官の控訴趣意に対す
る答弁は、右弁護人等共同作成名義で提出の答弁書に、弁護人の控訴趣意に対する
答弁は、検察官検事寺沢真人提出の答弁書(答弁書の加除訂正補遺申立と題する書
面を含む)に各記載のとおりであるから、いずれもここに引用する。
 検察官の控訴趣意第一の点の事実誤認の主張について
 原判決が本件公訴事実中第一の(一)および(二)の各事実につき、この点に関
する証人Eの原審公判廷における供述(以下Eの証言という)や同人の検察官に対
する第一回ないし第四回供述調書(以下Eの供述調書という)中の各供述部分は信
憑性をかき、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、結局、犯罪の証明が十分でな
いとして無罪を言渡していることは原判文に徴し検察官所論のとおりである。
 そこで按ずるに、原審第一回公判調書中被告人等五名の各供述記載、被告人Dの
検察官に対する昭和三四年五月二三日付供述調書および司法警察員に対する同月二
一日付供述調書、被告人Bの司法警察員に対する供述調書、領置してある代表委員
会議事録綴(原審証二二号)および第一七回臨時大会議事録(同上証三〇号)によ
れば、被告人等は、いずれも昭和三四年四月三〇日施行の美唄市議会議員選挙の前
後、F炭鉱労働組合の執行機関を構成する役員であつて、被告人Aは執行委員長、
同Dは副委員長、同Bは書記長、同Cは組織部長、同Gは教宣部長の職に就いてい
たものであるが、組合では昭和三〇年頃から地方議会議員選挙に際し、労働者の利
益代表を多数当選させる方策として組合機関の議決を経て、組合員の中から立候補
する者の数を制限したうえ、これをいわゆる統一候補として推薦し、その選挙運動
を推し進めることとしていたことから、前記美唄市議会議員選挙に際しても右の方
法をとり、その結果、昭和三四年二月六日の代表委員会および同月八日の臨時大会
において、組合の下部組織である地区委員会から一名宛選出された計六名の候補者
を統一候補として確認決定し、ようやく選挙体勢をととのえるに至つたところ、そ
の後、被告人等組合幹部は、組合員であるEが右統一候補の選に漏れたのにもかか
わらず組合の企図に反し独自の立場で立候補しようとしていることを知つたことか
ら、組合所期の目的を達するためにもこれを放任するを得ないものとして、Eに対
し、組合の方針に従つて立候補を断念するよう再三にわたつての説得を試みたこと
の事情を認めるに十分である。そしてかかる事情のもとになされた説得は、Eにと
つてもまた重大な関心事とされなければならないことおよびその回数に鑑みると、
原審証人Hや同I等の各証言等に対比してみるまでもなく、Eの証言や供述調書の
内容自体に徴し、原判示説示のように、その各供述には多少のくいちがいや誇張な
いし独断的に要約したとみざるを得ない部分はあつても、全体的にはもとより本件
公訴事実第一の(一)および(二)の点に関して、同人が他の場合と混同し、ある
いはことさら架空の事実をねつ造して全く事実無根のことを供述しているものとは
認め難く、したがつて、右の点に関する同人の供述部分をもつていちがいに信憑性
がないものと断ずべき筋合はない。このことは、Eが証人として当審公判廷で供述
するところに照しても否定し得ず、弁護人の答弁書中これと異なる所論は採用し得
ない。すなわち、これ等Eの供述を総合すれば、まず、右公訴事実第一の(一)の
点につき、昭和三四年三月二九日頃美唄市字ab番地所在のF鉱業所労働会館にお
いて、Eが被告人Bと面談した際、同被告人から「執行部には起案権と執行権があ
るからどのようにもできる、妻子を泣かせたり行李を背負つたりした人があつたじ
やないか。」といつたことを申向けられたことは否めない。しかし、ひるがえつ
て、右面談の経緯や内容を原審証人Jの証言に徴して検討すると、JとEとは本件
当時いずれも社会党に属し、党においては、組合で決定した統一候補を推すことと
なつていたので、Jとしては、Eが組合の決定に反して立候補することは、党の決
定にも反することとなり、ひいては党から除名されるようになつては、同人の政党
人としての破綻となることを気遣い、同人と屡々話合つているうち、同人が組合の
決定した統一候補の推薦基準としての任期中定年退職となる者は原則として除外す
ることに不満があることを知り、党の長老の意を受けて、そのことであれば、被告
人Bも社会党に属するところから、右事情に明るい同被告人に頼んで、同じ党員と
いう立場で同被告人とEとの話合いの場を持つて事を円満に解決するにしくはない
と考え、その会合の場所も組合とは異なつた前記会館を選んで話合いの仲介の労を
とつたのであるが、本件当時組合の政治局員であつたEとしては、組合の右基準が
局員を無視してのものであることの不満が先に立ち、かえつてこの点で同被告人を
責問するような態度に出たため、同被告人としては、その説明として起案権に触れ
たにすぎないものであつて、あるいはその間統制権、したがつて妻子云々の言葉が
交されたとしても、それはむしろ右説明のために使用されたにほかならないもので
あつたと解されなくもないので、被告人Bは、Eの供述にもかかわらず、本件公訴
事実第一の(一)のような威迫の所為に出たものとは認め難く、結局、この点につ
いての原判決の無罪判断には誤認がないことに帰するものとせざるを得ない。しか
しながら、右公訴事実第一の(二)については、Eの証言や供述調書によれば、昭
和三四年四月二日頃美唄市字ac番地所在の組合の事務所(執行委員長室)におい
て、Eがその友人でもある被告人Dと面談し、同人から立候補のことを思い直して
くれるよう話されていたが、その間被告人Bや同Cもこれに加わつてきて、たまた
ま被告人Dが電話で席をはずすや、被告人B、同Cの両名から急に語気強く「明日
代表委員会がある」、「とにかくはつきりしてくれ。」、「組合の決定に従わない
場合は機関にかけて処断する、お前もこれまで永年組合幹部をやつていて労働組合
の強さを知つているだろう、妻や子供を泣かせるな。」、「こんなものと話合つて
も駄目だ、明日機関にかけて処断するより仕方がない。」旨交々申し向けられたこ
とを供述(右各発言者は公訴事実のように必ずしも特定し得ないが、それが被告人
B、同C両名であることに変りはない)しているのであり、これに、前記被告人B
とEの面談の経緯や領置してある第百十八回代表委員会議事録抜粋(原審証第二九
号)により昭和三四年四月三日右代表委員会が開催されていて、右委員会において
Eが組合の決定に反して立候補する事態にあることやそういう事態にならないよう
執行部において最善の努力をすること等が論議されていることが明らかであるこ
と、また、領置してある手帳(原審証第三号)により被告人Cは右委員会のための
準備としてEが立候補を断念するか否かについての態度表明に緊急の関心を抱いて
いたことがうかがわれること等の諸事情を合せ考えると、被告人Bや同Cにおいて
右二日にはEとは会つていない旨各供述し、原審証人Dもこれに添う証言をしてい
るとはいえ、右被告人等は、右公訴事実第一の(二)に添う所為に出たものと認め
ざるを得ない。したがつて、原判決にはこの点で誤認があるものというべきである
が、被告人等の右所為は後に説示する如く、その違法性をかき、犯罪が成立しない
ので、右誤認は判決に明らかな影響をおよぼさないことに帰し、結局、検察官の事
実誤認の論旨は理由がない。
 弁護人の控訴趣意第三点および第二点の各事実誤認の主張について
 原判示第一ないし第三の罪となる事実は、原判決挙示の各関係証拠によつて認め
るに足りる。原判示第一の事実中被告人AがEに対し、「どうしても立つなら除名
ということもあるだろう、組合の機関決定に従わなかつたときはどうなるかは組合
の指導者だつたEさんにはよくわかつている筈ではないか。」と発言したのは、
「もし、立候補したら組合としてはどうするのか。」とのEの問いに対し吐かれた
ものであり、その際被告人Bや同Cはその場にいなかつたとしても、右発言により
かなり緊迫した雰囲気になつた間、隣室で待機していた右被告人両名が加わり、さ
らに、Eに対し、被告人Cが「自由立起する理由をはつきりしてくれ、われわれは
機関に報告しなければならないんだ。」等申向けて、暗に、立候補する場合は組合
の統制を乱したものとして組合規約により処分されることがある旨を示し、被告人
Bもこれに同調するような発言をしたというのであるから、原判決がその証拠説明
の項で説示する本件会談の持たれた時の背景を勘案すると、本件被告人等三名は、
Eとの最後的会談としてその立候補を翻意させようとしたあまり、互に意思相通じ
て敢えて本件言動に出たものというべく、これにつき右被告人等に共謀がなかつた
とは解されず、また、右言動をもつて威迫に当らないとはなし得ない。従つて、こ
の点での弁護人の所論は採用し得ない。また、原判示第二および第三についても、
原判示機関紙「流汗」の配布や権利停止処分の通告ないし公示がEの自由立起自体
にあるのではなく、同人が組合の統一候補決定の一連の作業に直接に参与し、同意
しながら、組合規約に定められた手続も経ずに独自の行動をとり、組合の団結を乱
し、ひいては組合の目的に違背するという反組合的統制違反行為を対象としてなさ
れたものであること所論のとおりであるにせよ、それがEの自由立起に関連するこ
とは明らかであり、これによつて本件選挙に関しEを組合との特殊の利害関係を利
用して威迫したことに何等消長をきたすべきものではないから、原判決が原判示第
二および第三の各所為はEの自由立起自体を処分の対象とするものとして説示して
いるとしても、それは右各所為が正当行為であるとする原審弁護人の主張に対する
判断の前提としてのものであり、そして、その当否は暫く措いても、このゆえをも
つて、原判決には判決に明らかな影響をおよぼす事実誤認があるものとは解されな
い。従つて、この点での弁護人の所論もまた採用のかぎりでない。
 弁護人の控訴趣意第一点の原判決には法令の解釈適用の誤があるとの主張につい
て原判決が、一般論としては、組合が組合の統制を乱す行為に出た場合には、たと
えそれが政治活動に関するものであつても、組合はその組合員に対し統制権を発動
し得るものとしつつも、立候補の自由を保障することは選挙の自由公正を維持する
上で非常に重要なことといわなければならないとの見解の下に、労働組合は組合員
の公職選挙に立候補する自由を拘束し得ないものと解すべきであり、従つて成る組
合員が組合の統一候補選出決定に反して独自に立候補し或いは立候補しようとする
ことに対しては、その組合の統制権はおよばないというべきであるから、これを理
由に当該組合員を統制違反者として処分することは違法であるとし、これを原判示
第二および第三の事実に適用して、右各判示のEに対する統制処分の予告ないし処
分行為はいずれも公職選挙法二二五条三号にいう威迫にあたると判断し、この点に
関する原審弁護人等の右各所為をもつて組合の処分として正当なものであるとの主
張を排斥していることは弁護人所論のとおりである。
 そこで按ずるに、労働組合は、組合員たる労働者が主体となつて自主的に労働条
件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体
であり、その目的をより十分に達成するための手段として、その必要な限度におい
て、政治活動を行うことが容認されており、その団体であることの性格上組合員に
対しては統制権をもつことも当然のこととされるのであるが、そもそも、憲法上そ
の団結権を保障する所以のものは、労働者が契約自由の原理のもとにおいては、到
底使用者と対等の立場に立つて交渉することができない事実に着目し、使用者と対
等の立場に立つことができるようにしょうとする趣旨にほかならないことに鑑みる
と、組合員かもつ国民として国家活動に参加する地位ことに公職選挙に立候補する
自由は、直接選挙活動を目的としない労働組合にあつては、その団体性から生ずる
多数決原理による決議をもつてしても拘束し得ないものと解すべきである。従つて
労働組合が立候補の自由を規制した場合において、これに反し立候補しまたはしよ
うとする組合員に対しては通例統制権はおよばないものと一応いい得るのであり、
この限りにおいて、原判決のこの点に対する判断は妥当とされる。
 <要旨>しかしながら、労働組合は、その組織による団結の力を通して、組合員た
る労働者の経済的地位の向上を図ることを目的とするものであり、この組合
の団結力にこそ実に組合の生存がかかつているのであつて、団結の維持には統制を
絶対に必要とすることを考えると、労働組合が右目的達成のための必要性から統一
候補を立てるような方法によつて政后活動を行うような場合、その方針に反し、組
合の団結力を阻害しまたは反組合的な態度をもつて立候補しようとし、また立候補
した組合員があるときにおいて、かかる組合員の態度、行動の如何を問わず、組合
の統制権が何等およばないとすることは労働組合の本質に照し、必ずしも正当な見
解ともいい難い。
 これを本件についてみるに、本件組合は、炭鉱労働者をもつて構成され、組合所
在の美唄市は、人口約九万人のうちその九割が本件組合その他の組合の炭鉱労働者
と家族を中心とするいわゆる炭鉱都市であり、かつ、炭鉱労働者の殆どは集団住宅
に居住しているので、美唄市における社会、教育、衛生等の諸施設の炭鉱労働者の
日常の経済生活におよぼす影響は他都市、他産業の比ではないこと、このことから
も、労働組合が中心となつて、いわゆる革新議員を通して学校設備、保育設備、道
路等の施設の面で、まず炭鉱労働者住民の福祉向上の実現に努力してきたとはい
え、右議員の数的劣勢はまだ勤労者市民の利益のための政策遂行が困難な状態にあ
るものとして、組合が市政に大きな関心をもち、美唄市会議員選挙においても、な
お、多数の右議員を選出する方策を立て、かつ、それを必要としたのは十分意味の
あるものであつたこと、その方策としては、昭和三〇年頃から組合員の中から立候
補する者の数を制限してこれをいわゆる統一候補として推薦するにあつて、これに
より立候補の乱立を防ぎ、その実効を収めていたことから、本件選挙に際しても、
この方策がとられたこと、このことは、Eが代議員として出席した第十六回臨時大
会においてすでに論議されていること、かようにして、昭和三四年二月六日の代表
委員会および同月八日の臨時大会において、組合の下部機関である地区委員会から
選出された六名の候補者が統一候補として確認決定されたのであるが、これよりさ
き、Eは、前回の市会議員選挙においては組合における統一候補推薦の制度を認
め、対立者であつたIにその推薦候補となることの辞退を働きかけ、その辞退によ
り、事なく統一候補の決定確認を得て当選したものであるが、本件選挙に際して
も、右制度に従うべく、その所属の第三地区委員会を経て、まず候補として推薦さ
れることの手続をとつたところ、他に二名の対立者がいて譲らず、昭和三四年一月
二八日右地区委員会での選考の結果、他の一名が統一候補に推薦され、Eはその選
から漏れるに至つたこと、ところで、本件選挙の立候補については、任期中定年退
職となる者は原則として推薦しないことが基準の一つとされていたことから、これ
に該当するEとしては、右選に漏れたのはそのゆえと思わぬでもなかつたが、右翌
日右地区委員会の委員長H等から同地区委員会では、任期中定年退職者の基準は原
則というにとどまるから、それにはかかわりなく選考したが選に漏れたものである
旨(事実右選考は、右基準を度外視して行われていること)の報告を受けて、右地
区委員会の決定には不満はない旨答え、また、前記二月八日の臨時大会の際にも、
書記長Bとの間で質疑応答を交え、結局、同書記長から「定年ということは原則論
であつて、任期中定年となる者でも地区委員会から推薦されて出てくれば組合とし
ては受け入れる考えである。」旨の説明を受けたにもかかわらず、なお、右基準の
不当を云為し、政治活動の自由を盾として独自の立場から自由立起を図るに至つた
こと、翻えつて、Eは、昭和一六年一二月以降昭和三四年一二月頃までF鉱業所に
勤務し、その間昭和二一年頃から二七、八年頃まで組合の財政部長に、昭和三〇年
頃からは組合の代表委員会委員、大会代議員等の要職に就いていたものであるこ
と、一方、組合幹部である被告人等としては、Eが一旦組合の決定に従つて統一候
補となることを表明しながら、その選に漏れるや独自の立場で組合の決定を無視し
て立候補しようとするのを知つては、たとい、立候補の自由を阻害し得ないものと
しても、そのゆえにそのままこれを放任することは、統一候補を立てて選挙活動を
推進し、多数議員を獲得することにより組合員の経済的地位の向上を達成しようと
する組合の目的を阻害させる結果ともなり、また、団結を乱すことともなつて、そ
の鼎の軽重を問われることも考慮に容れ、極力Eを説得してその自由立起を断念さ
せようとし、当初はEの知人等有力者等がこれに当つていたが、Eは容易に応ずる
ことなく、かえつて、その説得に反抗を抱き、本件選挙告示の日の前日である同年
四月一七日に至つて、いよいよ自由立起のことを明らかにしたので、ついに説得す
ることを諦め、むしろ、一般組合員にEの自由立起の経緯を示して選挙における混
乱を防ぐべく、原判示第二の「流汗」を多数部刊行し、その一枚をEに配布し、本
件選挙終了後の同年五月一〇日において原判示第三のようにEに対し一年間組合員
としての権利を停止するとともにその旨を山内公示することを通告し、さらに翌一
一日公示書を同判示のように掲示してこれをEに知らしめるに至つたこと、そし
て、右各所為がそれぞれ組合の決定にもとづくものであり、右処分は、Eが組合の
「規約および決議に従い、機関の統制に服する義務」に違反したことにより、「組
合の統制を紊しまたは労働者の階級的利害を裏切つた」ものとして組合規約四七条
八項、五六条にもとづいてなされたものであること、そして、それがEの自由立起
を対象とするということよりも、組合機関の決議、決定に反して立起したことをむ
しろ重要視したものであつたこと(右「流汗」や公示書の記載内容からもうかがわ
れる)等以上の諸事情は、原判決挙示の証拠に加えて原審証人K、同L、同M、同
Iの各証言や被告人Bの当審公判廷での供述組合規約(原審証第一号)を総合する
ことによつて認めることができる。これ等諸事情を彼此勘案してみると、本件選挙
に関しての組合の選挙活動は、組合本来の目的達成にも極めて必要なものであるこ
とが認められるし、そのためにとられた組合における統一候補推薦の制度は、一般
的には立候補の自由を制限するものとはいえ、組合の自主性に鑑み、いやしくも、
組合員として自ら組合の意思形成に参加し、組合の右制度に従うことを表明し、一
旦これを利用しようとしたEとしては、この限りにおいて立候補の自由を自らの意
思で抛棄したものと解されなくもない一方、本件と同様の前回の選挙に際しては、
右制度に従い統一候補となつて当選しながら、今回右制度による統一候補の選から
漏れるや、ただ立候補したいという以外には特段の理由もなく、敢えて独自の立場
で立候補しようとし、また立候補したのであるから、その態度、行動は組合の団体
性から考えて、組合として、これを組合に対する背信行為とみたのは十分首肯でき
るところであつて、かかるEの行為に組合として統制権を発動することは、その統
制処分の内容が必要の限度を超えないかぎり許さるべきものとするのが相当であ
る。してみると、Eが前記の事情で立候補したのに対し、これをそのまま放任する
ことは組合の秩序を乱すものとして、その統制違反を対象としてなされた原判示第
二の統制処分の通告は前説示の事情にもよるものであり、また、同判示第三の処分
も、組合員の資格従つてまた会社員たるの地位を失わしめるような除名の如きもの
ではなく、一年間組合員としての権利を停止するという内部的措置にとどめ、その
通告ないし山内公示をしたにすぎないから、これ等処分の態様、程度からみても、
組合の組合員に対する措置として決して不当なものとは認め難いし、さらに進ん
で、按ずるに、右統制処分に対する一連の前提をなす本件公訴事実第一の(二)お
よび原判示第一の各所為もまた単なる説得では敢えて応じようとしない態度にあつ
たEに対してなされたものであるが、もとより暴力等の過激な行動によるものでは
なく、ことにEは永く組合の幹部ではあり、組合の事情はよく知つていたものと認
められるうえに、妻子を泣かす云々のいわゆる江の島事件の経緯はむしろ組合の合
言葉の観さえあることが記録上うかがわれることに徴すると、説得の前後にかかる
事例を出し、或はEが組合幹部の苦衷を知れば翻意するものとして「組合の指導者
だつたEさんにはよくわかつている筈ではないか。」の発言があるのは当然であ
り、これに加えて、「機関にかけて処断する。」とか「除名ということもあるだろ
う。」等の発言があり、これによつてEに多少不安の念を生ぜさせるところがあつ
たからといつて、前記諸事情のもとにおいて、一旦組合の決議、決定に従う意思を
表明していたEに対するものであつてみれば、かかる程度の発言もまた被告人等そ
れぞれの立場からやむを得ざるに出たものとして必ずしも不当なものとも解されな
い。
 以上の次第で、原判決が有罪と認定した部分は、いずれもその違法性をかき犯罪
が成立しない(本件公訴事実中第一の(二)も同様)ものというべく、検察官の答
弁書中右と見解を異にする所論は本件にあつては採用し得ない。結局、弁護人の論
旨はこの点で理由がある。
 よつて、検察官の控訴はその余の控訴趣意(量刑不当の主張)に対する判断を俟
つまでもなく理由がないことに帰するので刑事訴訟法三九六条により棄却すること
とするが、弁護人の本件控訴は理由があるので同法三九七条により原判決中有罪部
分を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらにつぎのとおり自判する。
 本件公訴事実中第一の(三)、(四)および第二(原判示第一ない第三に対応す
る部分)は
 被告人等はいずれもF炭鉱労働組合の執行機関を構成する役員であつて、被告人
Aは執行委員長、同Dは副執行委員長、同Bは書記長、同Cは組織部長、同Gは教
宣部長をしていたものであるが、昭和三四年四月三〇日施行の美唄市議会議員選挙
に際し
 第一、 被告人等は予て同組合が組合の統一候補者を選出して支持することに決
定したところ、右統一候補に非ざる同組合員Eが同選挙に立候補する意思があるこ
とを知り、同人の立候補の決意を翻えさせようとしたがこれに応しないため、同人
に対し組合の統制を紊したものとして組合規約により処分する意図を示して威迫を
加え立候補を断念させようと考え、
 (三) 被告人A、同B、同Cの三名は共謀の上、同年四月一七日美唄市字ac
番地所在前記組合事務所において前記Eに対し、被告人Aが「お前も永らく組合の
幹部をやつていてどうなるか覚えているだろう」「どうしても立つなら除名を考え
ている」と申向け、さらに被告人Bが「お前どうして従わないんだ、俺ら機関に報
告しなければならないんだ」といい、被告人Cは「どうして妻子を泣かせなきやな
らないんだ」とこもごも申向け
 (四) 被告人A、同D、同B、同C、同Gの五名は共謀の上、同年四月一七日
同組合機関紙「流汗」(同日付企反八号)に、E君は組合の機関の決定に服さない
で今次斗争に自由行動をとる意思表示をした、それで同君には統制違反者として組
合規約の定めにより処分の規定が適用されることを全組合員と家族に公示する。な
お組合機関の決定を無視する行動者は当然厳重処断されることを附記する旨の右E
を威迫する内容の記事を掲載して、これを同日美唄市d町ef丁目g号のE方に配
付せしめ
 もつてそれぞれ右選挙に関し候補者たらんとする組合員Eに対し、前記組合と組
合員との特殊な利害関係を利用して威迫し
 第二、 被告人D、同B、同Cの三名は共謀の上、同年五月一〇日前記組合事務
所において、前記選挙に立候補し当選した組合員Eに対し、同人が右選挙に立候補
したことは組合の統制を紊したものとし、今後一年間組合員の権利を停止し、これ
を山内公示する旨を通告するとともに、翌一一日同事務所前掲示場の外七ケ所に、
Eに対する前記処分の内容を記載した同組合執行委員長名の公示書を掲示し、もつ
て右選挙に関し当選人であるEに対し前記組合と組合員との特殊な利害関係を利用
して威迫したものである。
 というにあるが、右各事実が違法性をかき犯罪が成立しないこと前段説示のとお
りであるから、刑事訴訟法四〇四条、三三六条により右公訴事実につき、主文掲記
のとおり当該被告人に対し無罪を言渡すべきものとする。
 (裁判長裁判官 矢部孝 裁判官 中村義正 裁判官 萩原太郎)

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