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平成23年10月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(ワ)第368号簡易保険金請求事件
口頭弁論終結日平成23年10月19日
判決
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,900万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
本件は,原告が,原告の亡父であるA(以下「A」という。)の後妻であり,
原告の養母であった亡B(以下「B」という。原告は,Aとその前妻との間の
子であり,Bの実子ではない。)が,生前,Bを被保険者とする2個の簡易生命
保険契約の受取人を原告からBとその前夫の間の子である被告補助参加人に変
更した手続は,Bの意思無能力により無効であるから,保険金の受取人は原告
であるとして,被告に対し,簡易生命保険金900万円及びこれに対する遅延
損害金の支払を求めた事案である。
1前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(丙2,3の1ないし3,丙
5の1ないし3,丙6,10ないし19,被告補助参加人の証言,証人Cの証
言)及び弁論の全趣旨により認められる。
(1)AとBは,昭和47年1月7日に婚姻した夫婦であった。原告は,Aとそ
の前妻との間の子で,Aの後妻であるBとの間で養子縁組をしたものであり,
被告補助参加人は,Bとその前夫との間の子である。
(2)Bは,旧郵政省簡易保険局長との間で,いずれも,被保険者をB,保険金
受取人をAとして,契約の効力発生日及び保険金額を,それぞれ昭和60年
11月12日及び200万円,平成元年9月29日及び800万円とする2
個の簡易保険契約を締結した。
(3)Aは,平成19年8月27日,死亡した。
(4)(2)の各簡易保険契約の保険金受取人は,平成20年5月1日,原告に変
更された。
(5)(2)の各簡易保険契約のうち,前者の契約については,生存保険金として,
平成7年11月13日に40万円,平成17年11月15日に60万円が契
約者であるBに支払われた。
(6)Bは,従前原告と同居していたが,平成20年6月,同居宅を出ることと
なり,以後,被告補助参加人と生活することとなった。
(7)原告は,平成20年7月から9月ころにかけて,Bや被告補助参加人に対
し,脅迫まがいの書面を繰り返し送り付けるようになった。また,「D,E,
Bは,暴力団と深い関係があり,大変な危険人物ですのでくれぐれもご注意
ください。」,「D,E,Bの悪質な共同謀議により,Bの不動産を経済ヤクザ
に依頼してヤクザに売却したうえ,Fに対して10倍の値段で購入するよう
に持ちかけるという悪だくみが発覚した。」などと記載したファックスを複数
の不動産業者等に送信するなどした。
(8)B,被告補助参加人及びその夫であるEは,平成21年1月7日,(7)の原
告の行為について刑事告訴した。また,同年2月,上記Bら3名は,原告及びそ
の妻に対し,不法行為(名誉棄損)による損害賠償を求めて民事訴訟を提起し(a
地方裁判所平成21年第135号事件),同年6月12日,原告らとBらは,
原告がBらに対し,名誉棄損行為による損害賠償金を支払うことなどを内容とす
る和解をした。
(9)Bは,平成21年7月15日,原告との離縁届けに署名押印し,同月21
日に離縁した。
(10)Bは,平成21年7月16日,(2)の簡易保険契約の受取人を原告から被
告補助参加人に変更した(以下「本件変更手続」という。)。
(11)Bは,平成22年1月9日,死亡した。
2争点及びこれに対する当事者の主たる主張
本件変更手続についてのBの意思能力の有無
(原告の主張)
Bがアルツハイマー型認知症に罹患しており,平成20年中に行われた長谷
川式簡易知的機能評価スケール(以下「長谷川式スケール」という。)の結果が
30点満点中12点ないし18点であり,同年7月ころの時点で,Bに,火の
不始末,判断力の低下,物忘れ等の症状がみられるなど,認知症が進行してい
たこと,原告に対する刑事告訴に関し,平成21年4月27日にBに対して警
察の事情聴取が行われた際,Bは問い掛けの意味等が理解できない状態にあっ
たこと,本件変更手続時,手続を担当した郵便局員の問い掛け等に対しBが全
く発言をしなかったことなどからすれば,本件変更手続についてBは意思無能
力であった。
(被告及び被告補助参加人の主張)
本件変更手続に近い時期になされた長谷川式スケールの結果が15点ないし
24点であり,Bの認知症の程度は重くなかったこと,本件変更手続ころもB
との意思疎通は可能であったこと,平成19年8月にAが死亡して以後,Bは
原告から苛烈な嫌がらせを受けており,本件変更手続を行うのも自然であるこ
と,本件変更手続はその意味内容を容易に理解できるものであることなどから
すれば,本件変更手続についてBは意思無能力でなかった。
第3当裁判所の判断
1証拠及び弁論の全趣旨によれば,Bの治療経過,病状等について概要以下の
とおりの事実が認められる(認定根拠は括弧内に示す。)。
(1)Bは,平成20年7月4日から同年12月25日まで,G医院に通院し
た(甲5)。
ア平成20年7月4日,Bは,パーキンソン病及びアルツハイマー型認知
症と診断され,同日の長谷川式スケールの結果は18点であった(甲3,
5)。
イ同日のカルテには,「認知症症状介護保険証の紛失団体旅行の日付
を忘れる火の不始末」,「判断力の低下。店番客との応対が困難。通帳
を無くした」,「記銘力障害:中」等の記載がある(甲5)。
ウ平成20年8月19日付け及び同年10月7日付け各「主治医意見書」
では,それぞれ同年7月,同年9月の長谷川式スケールの結果が12点で
あったとされ,いずれも「一見もっともらしい会話は見られるが,内容の
伴わない作話であることが多い。」等とされている(甲14の1・2)。
(2)Bは,平成20年12月24日及び平成21年4月8日に,H神経内科
クリニックを受診した(丙23の1ないし4)。
ア平成20年12月24日の長谷川式スケールの結果は15点であった
(丙23の2)。
イ平成21年4月8日付け診療情報提供書では,病名としてパーキンソン
病と認知症が挙げられている(丙23の4)。
(3)Bは,平成21年1月3日,I病院に入院したが,同月8日にJ病院に
転院し,同年7月10日まで同病院に入院した(甲6,丙20の1,弁論の
全趣旨)。
アJ病院のカルテの入院当日の傷病名欄には,アルツハイマー型痴呆症と
の記載があり,その治療薬であるアリセプトが投与されている(甲6)。
イ平成21年4月27日,Bの原告に対する刑事告訴を受けて,警察がB
の事情聴取を行ったが,その報告書では,Bの病状につき,「事情聴取に
あっては,全く出来ないことはないが,呂律が廻りにくく,意識レベルが
多少低いことからコンタクトが非常に取りにくい状態である。」,「問いか
けの意味等が理解出来ない状態であり,事情聴取出来なかった。」とされ
ている(甲4)。
ウ平成21年6月17日付け「病状・ADL等状態」と題する書面では,
長谷川式スケールの結果が24点であり,「コミュニケーション可能,呂
律廻りにくさあり。」とされている(丙20の3)。
エ平成21年7月8日付け診療情報提供書では,同年6月に実施した長谷
川式スケールの結果が18点であったこと及びBがアルツハイマー型認
知症でありアリセプトを投与中であること等が記載されている(甲7)。
オ平成21年7月10日付け「転院時看護要約」では,「意思疎通」につ
いて,「自立○」,「発語不明瞭だが問題なし」とされている(丙20の
1)。
(4)Bは,平成21年7月10日,K病院に入院した(甲7,丙21の1な
いし8)。
ア同病院では,認知症との診断はなされておらず,長谷川式スケールも実
施されていない(甲7,丙21の1ないし8)。
イ平成21年7月10日付け「日常生活動作(ADL)調査表」では,「意
思疎通」は「普通に疎通」,「認知症」は「問題行動:無」とされ,「認知
度」は「正常」とされている(丙21の5)。
ウ平成21年7月24日付け「リハビリテーション総合実施計画書」では,
「コミュニケーション」につき,「理解度ありゆっくりであるが発語あ
り」とされている(丙21の8)。
エb市の調査員が作成した平成21年11月10日付け介護認定調査票
では,「意思の伝達ほとんど不可」,「毎日の日課を理解できない」,「生
年月日をいうできない」,「短期記憶できない」等とされている(甲1
5)。
2以上を前提に検討するに,平成20年7月4日の長谷川式スケールの結果が
18点,同年7月及び9月の結果がいずれも12点であり,同年12月24日
の結果が15点であること,同年7月ころ,Bには,火の不始末,判断力の低
下,物忘れ等の症状がみられたこと,平成21年4月27日に行われた警察に
よるBの事情聴取の報告書において事情聴取ができなかったとされていること,
平成21年7月8日時点で,医師が,Bはアルツハイマー型認知症であると考
えていたこと,同年11月10日時点で,Bについて意思の伝達がほとんどで
きないとされていることなどからすれば,本件変更手続がなされたころの時点
において,Bの意思能力は相当程度低下していたものといえる。
しかしながら,Bについて,火の不始末,判断力の低下等の指摘がなされた
のは,本件変更手続より半年以上前のG医院通院中のことである。また,本件
変更手続より前に行われた長谷川式スケールで最も認知症の重症度が高い12
点との結果が出たのは,本件変更手続の約10か月も前に行われた検査でのこ
とであって,その他の結果はいずれも15点ないし18点で,その重症度は「中
程度の認知症」から「軽度の認知症」にとどまっている上,本件変更手続の直
近である約1か月前に行われた検査では18点ないし24点の結果が出ており,
その重症度は「中程度の認知症」から「軽度の認知症」の程度ないし「正常」
の程度にとどまっている(丙26参照)。さらに,本件変更手続が行われた平成
21年7月ころは,当時Bが入院していたJ病院,K病院のいずれにおいても,
Bの病状につき,概ね,発語に難があるものの意思疎通は正常ないし可能とさ
れており,その後,意思の伝達がほとんどできないとされたのは,本件変更手
続から約4か月も後になされたb市による調査でのことである。そして,証拠
(丙1)によれば,同年7月10日以降Bの治療を担当した医師は,同年10
月末まではBの意識レベルは清明で,他者とのコミュニケーションも確立され
て判断能力も十分に存在していたとしており,同見解は,上記Bの病状に照ら
しても納得がいくものといえる。
以上のとおり,本件変更手続が行われた平成21年7月ころのBの病状をみ
ても,Bが意思無能力であったことについては相応の疑問が残るものである上,
証拠(丙4,24,被告補助参加人の証言)によれば,原告が,Aの死後,B
がAから相続して居住していた不動産を廉価で原告に売却させ,その代金を支
払わないまま平成20年6月にBをその居宅から追い出し,以後は,被告補助
参加人がBを引き取って面倒をみていたこと,その後,原告が,Bに対し,執
拗に脅迫や誹謗中傷行為を行い,これにより原告は刑事処分を受け,Bや被告
補助参加人は原告に対して民事訴訟を提起したこと,その後,Bが原告との離
縁届に署名押印し,その翌日に本件変更手続が取られたことが認められる。こ
のように,Bと原告とが,本件変更手続前から,法的紛争に発展するまでの激
しい対立関係にあったことからすれば,Bにおいて,保険金受取人を原告から
被告補助参加人に変更しようと考えるのは極めて合理的で納得のいくものであ
り,むしろ受取人を変更しないことのほうが不自然とさえいえる。加えて,保
険金受取人の変更という行為の性質をみても,当該行為の意味内容は単純であ
り,一般に,一定程度の理解力の低下がみられても,その意味内容を理解する
ことは比較的容易なものということができる。
以上のとおり,本件変更手続がなされたころのBの病状に加えて,本件変更
手続がなされるに至った経緯,本件変更手続の性質も考慮すれば,本件変更手
続についてBが意思無能力であったとは認められない。
これに対して,原告は,①Bは,本件変更手続時,同手続を担当した郵便局
員の問い掛け等に対し全く発言をしておらず,このことは,手続に関する郵便
局員の発言の意味内容を理解していなかったことを示している,②平成21年
4月27日に行われた警察によるBの事情聴取の報告書では,事情聴取ができ
なかった旨明確に記載がなされている,③アルツハイマー型認知症においては,
中期に至るまで日常会話程度は可能であり,意思疎通が図れているようにみえ
ることは意思能力を肯定する根拠にはならないなどと主張する。
しかし,①証拠(証人Cの証言,被告補助参加人の証言)によれば,Bは,
郵便局員Cの問い掛けに続いてなされた被告補助参加人の再度の問い掛けに対
しては,少なくともうなずいて応答したというのであり,BがCの問い掛けに
対して直接応答しなかったことが,Bの理解能力の低下・欠如に起因するもの
かどうかは必ずしも明らかでない。また,②たしかに,警察が作成した報告書
では,Bについて,「問いかけの意味等が理解出来ない状態であり,事情聴取出
来なかった。」とされているが,他方で,「事情聴取にあっては,全く出来ない
ことはないが,呂律が廻りにくく,意識レベルが『多少低い』ことからコンタ
クトが非常に取りにくい状態である。」とされ,意識レベルは「多少低い」とさ
れているに過ぎず,さらに,同報告書が本件変更手続の3か月近く前に作成さ
れたものであることも考慮すれば,上記報告書も,Bの意思無能力を的確に根
拠付けるものとは評価できない。さらに,③原告が主張するとおり,意思疎通
の可否が必ずしも意思能力の有無に直結しないと言い得たとしても,少なくと
も,意思疎通の可否は意思能力の有無を判断する際の1つの資料にはなるとい
うことができ,意思疎通の可否のほか,本件変更手続に至る経緯等の前記諸事
情も併せ考えれば,原告の主張が前記結論を覆すものではない。
したがって,原告の前記主張はいずれも採用できず,その他,BについてJ
病院等でアルツハイマー型認知症の治療薬であるアリセプトが処方されていた
ことなど,原告が縷々主張する事情を考慮しても,前記結論を覆すに足りない。
3結論
よって,本件請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり
判決する。
大分地方裁判所民事第2部
裁判官佐藤智彦

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