弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告Aに対し,1億3484万7072円及びこれに対する平成1
1年8月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告B及び原告C各自に対し,110万円及びこれに対する平成1
1年8月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用はこれを4分し,その1を原告らの,その余を被告の負担とする。
5主文第1,2項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告Aに対し,1億6923万5337円及びこれに対する平成1
1年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告B及び原告C各自に対し,550万円及びこれに対する平成1
1年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告が開設した奈良県立奈良病院(以下「被告病院」という。)眼
科において2度(生後約4か月及び約7か月)にわたり診察を受けた原告Aと
その両親が,担当医師が眼圧検査等の必要な検査を怠ったために原告Aの先天
緑内障の発症を見落とし,両眼失明の後遺障害を負わせた旨主張して,被告に
対し,債務不履行又は不法行為に基づき,損害の賠償を求めた事案である。
1争いのない事実等(括弧内に対応する証拠を掲げる。)
当事者
ア原告Aは,原告B及び同Cの長男として,平成11年1月7日に出生し
た。
イ被告は,被告病院を開設する地方公共団体である。
原告Aの診療経過
ア3∼4か月健康診査
原告Aは,平成11年5月18日,医療法人愛生会D診療所(以下「D
診療所」という。)において,3∼4か月健康診査を受けたところ,E医
師は,被告病院眼科を受診するよう指導した(甲A2の12)。
イ被告病院眼科での受診
原告Aは,平成11年5月19日,被告病院眼科を受診した。その際,
担当医師から,両眼結膜炎の診断を受けた(乙A1)。
原告Aは,平成11年8月3日,再び,被告病院眼科を受診した。
ウ医療法人社団誠明会F眼科(以下「F眼科」という。)等での受診
原告Aは,平成12年10月6日,F眼科を受診した(乙A3)。そ
の際,担当医師から,両眼先天緑内障の診断を受けた(乙A3)。
原告Aは,平成12年10月16日,天理よろづ相談所病院(以下
「天理病院」という。)において,1度目の線維柱帯切開術の施行を受
けた(甲A4,乙A3)。
原告Aは,平成12年12月15日,天理病院において,2度目の線
維柱帯切開術の施行を受けた(甲A4,乙A3)。
原告Aは,平成16年4月5日,F眼科のG医師から,両眼先天緑内
障,両眼視神経萎縮,視力は両眼光覚弁,との診断を受けた(甲A4)。
原告Aの障害認定
原告Aは,平成15年3月28日,身体障害者手帳の交付を受け,平成1
6年4月9日,障害程度変更により,再交付を受けた(身体障害者等級表に
よる等級1級,視覚障害1級(視力,右光覚,左光覚))(甲A5)。
2争点
債務不履行責任・不法行為責任の有無
損害の額
過失相殺の可否
3当事者の主張の骨子
争点(債務不履行責任・不法行為責任の有無)について
(原告ら)
ア平成11年5月19日の診療における注意義務違反又は過失
同日被告病院眼科において原告Aの診察に当たった医師としては,原
告Bと原告Cが,3∼4か月健康診査に当たったD診療所の担当医師に
よる「眼球白濁」との所見と,被告病院眼科での診察を受けることを必
要とする旨の記載のある母子健康手帳(以下「母子手帳」という。)を
持参して来院しており,原告Cから原告Aの黒目の部分が他の子供に比
べて大きいこと,光をまぶしがること,黒目が少し濁っているように感
じることの主訴を受けたのであるから,先天緑内障の可能性を疑い,眼
圧・眼底の検査,角膜径の測定等適切な検査を実施すべき注意義務があ
った。
それにもかかわらず,眼圧・眼底の検査,角膜径の測定等適切な検査
を行わなかったことは,明らかに診療契約上の注意義務違反又は過失に
該当する。
平成11年8月3日の診療における注意義務違反又は過失
同日には,原告Aの結膜炎は治癒していたが,原告Cは,原告Aが依
然として光をまぶしがり,間違いなく原告Aの黒目の部分が他の子供に
比べて大きく,黒目が少し濁っていると感じたことから,再度被告病院
眼科で受診した。原告Cは,これらの症状を担当医師に訴えたし,既に
3∼4か月健康診査を行ったE医師が「眼球白濁」との所見を示してい
たのであるから,少なくともこの時点においては,担当医師としては,
先天緑内障を疑い,眼圧・眼底の検査,角膜径の測定等適切な検査を行
うべき注意義務があった。
それにもかかわらず,眼圧・眼底の検査,角膜径の測定等適切な検査
を行わなかったことは,明らかに診療契約上の注意義務違反又は過失に
該当する。
イ被告は,被告病院の担当医師の使用者として,民法715条の使用者
責任を負う。
原告Aは,被告病院眼科において診察を受けたことにより,被告との
間で診療契約を締結したが,診察に当たった担当医師が眼圧検査の実施
等適切な検査を怠ったことにより原告Aの緑内障を看過した行為は,診
療契約上の債務の不完全履行に該当する。
ウ以上から,被告は,原告らに対し,診療契約違反又は民法715条及び
709条に基づき,損害賠償責任を負う。
(被告)
ア実際の主訴であった結膜充血は,先天緑内障とは全く無関係である。
被告病院眼科初診時には,牛眼などの先天緑内障の所見はなかった。
再診時に,外に出るとまぶしがる,という症状を訴えたことは認めるが,
瞳が大きいという訴えはなかった。また,瞳の大きさの異常の所見もなか
った。再診時の羞明は結膜炎症状である。
眼圧測定はしていないが,乳児の眼圧測定は困難で,測定検査は麻酔薬
や催眠剤を使用して行われるので危険が伴い,原告らが主張するような眼
科診療の初歩的検査などではない。検査をしなかったのは,牛眼の原因と
なる眼圧亢進や,先天緑内障を疑う症状所見がなかったためである。
イ上記(原告ら)イは争う。
ウ上記(原告ら)ウは争う。
争点(損害の額)について
(原告ら)
ア原告A1億6923万5337円
逸失利益5352万0237円
原告Aに残った両眼失明の後遺症は,後遺障害等級第1級第1号に該
当し,労働能力喪失率は100%である。かかる後遺障害に基づく逸失
利益は,基礎収入555万4600円(平成14年度の賃金センサス第
1巻第1表の産業計,企業規模計,学歴計の男性労働者平均賃金)に,
ライプニッツ係数9.6353(62年(67歳と5歳との差)に対応
するライプニッツ係数19.0288と,13年(18歳と5歳との
差)に対応するライプニッツ係数9.3935との差)を乗じて,53
52万0237円となる。
後遺症慰謝料3000万円
介護費用7071万5100円
原告Aは,両眼失明の後遺症が残ったことにより,終生近親者の介護
を受けなければ,日常生活を送ることは困難であるので,将来の介護料
が損害となる。介護料は1日1万円で年額365万円,平均余命71歳
に対応するライプニッツ係数19.374であるので,損害額は,36
5万円に19.374を乗じて,7071万5100円となる。
弁護士費用相当額1500万円
原告Aは,本件損害賠償請求訴訟の追行を原告ら代理人に委任し,損
害額(1億5423万5337円)の1割に相当する1500万円の報
酬を支払うことを約している。
イ原告B及び同C各自につき550万円
慰謝料各500万円
原告B及び同Cは,3∼4か月健康診査の際に医師から指示されたと
ころに従い,原告Aを被告病院眼科において2度も受診させ,原告Aの
眼の症状を訴えたにもかかわらず,担当医師は,眼科専門医として行う
べき初歩的な検査すら行わず,そのため先天緑内障の発見が遅れ,両眼
失明という重大な後遺障害を残すことになったものである。かかる後遺
障害により原告B及び同Cが父母として受けた精神的苦痛は甚大であっ
て,これによる慰謝料は各自につき500万円を下ることはない。
弁護士費用相当額各50万円
原告B及び同Cは,本件損害賠償請求訴訟の追行を原告ら代理人に委
任し,各自につき損害額の1割に相当する50万円の報酬を支払うこと
を約している。
ウよって,被告に対し,診療契約違反又は民法715条及び709条に基
づき,原告Aは1億6923万5337円及びこれに対する平成11年5
月19日(被告病院眼科初診日)から支払済みまで民法所定の年5分の割
合による遅延損害金の支払並びに原告B及び同Cは各550万円及び各金
員に対する同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害
金の支払をそれぞれ求める。
(被告)
すべて争う。
争点(過失相殺の可否)について
(被告)
原告Aが1歳6か月(平成12年7月)の時点では,被告病院受診時には
問題のなかった視力が正常でないことに気付き,角膜浮腫・混濁を意味する
ひとみが白いという異常が発生してきたことも知っていたのである。それが
何時からかは不明のままであるが,できるだけ早く眼科医を受診すべきであ
ったのに,原告らは,平成12年10月6日までこれを怠った。
(原告ら)
原告Cが平成12年10月6日まで眼科医に診せることがなかったのは,
被告病院の男性医師の助言に従ったからであって,原告B及び同Cには何の
落ち度もない。にもかかわらず,担当医師が原告Cの訴えを真摯に取り上げ
なかったという初歩的な過失と男性医師が診察もしていない患者について行
った無責任な発言を棚に上げ,先天緑内障の発見が遅れた責任の一端が原告
B及び同Cにあるかのように主張するのは許されない。
第3当裁判所の判断
1争点(債務不履行責任・不法行為責任の有無)について
争いのない事実等,証拠(甲A2の10∼16,3,4,6,8∼11,
15,B2,6,8,乙A1∼3,5,6,8,9,12,13,B1,2,
4∼7,21,証人G,同H,原告B,原告C)及び弁論の全趣旨によれば,
次の事実が認められる。
ア被告病院眼科受診前
原告Aは,平成11年1月7日に出生した。
原告Aは,平成11年2月23日,被告病院小児科において,1か月
児健診を受けたが,その際の身体所見として,頭頚部に関し,眼脂は認
められなかった。
原告C及び同Aの母子手帳の保護者の記録欄には,育児の上で心配な
ことなどを記載する欄が設けられていたが,生後3∼4か月ころまでの
記載欄には,原告Aの眼の異常に関する記載はない。
また,生後3∼4か月ころの原告Aには,目つきや目の動きについて
気になることはなく,外気浴や日光浴をしていた。
原告Aは,平成11年5月18日(満4か月11日),原告Cに連れ
られて,D診療所で3∼4か月健康診査を受けた。
E医師は,診査の結果,追視に異常は認めなかったが,眼球白濁傾向
を認め,原告Cに対し,被告病院眼科で受診するよう指導するとともに,
母子手帳に「眼球白濁傾向」,「要医療医療機関(県立医大眼科
へ)」,「要観察眼球白濁→県立眼科へ」という記載をした。
イ被告病院眼科での受診
平成11年5月19日(満4か月12日)
a原告Aは,同日,原告B及び同Cに連れられて,被告病院眼科で受
診した。
b原告Cは,同病院の問診票に,「目やにが多い,白目のところが濁
っている気がする」,「4か月検診を受けて,被告病院眼科に行った
方がよいと言われました」などと記載し,担当のH(当時の姓はI)
医師(以下「H」又は「H医師」という。)に対しても,眼脂が多い,
4か月検診で白目が濁っていると言われたと訴え,H医師から流涙の
有無について質問されると,流涙はないと答えた。
cH医師は,小型のライトで原告Aの眼を照らし視診をしたところ,
眼脂があり,両眼に結膜充血があった。眼脂は,眼瞼縁や角膜表面に
大量に付着していた。
その後,H医師は,原告Aに対し,細隙燈顕微鏡(スリットラン
プ)検査(眼瞼縁,睫毛,瞼結膜,球結膜,角膜,強膜,前房,虹彩,
水晶体,硝子体の前部などの状態を見る検査。)(前眼部)を実施し
たところ,両眼とも角膜及び前房は清明であったが,下涙点が少し閉
塞気味であったため,拡張針(ブジー)を通して涙道の拡張をし,涙
道洗浄をした。
なお,H医師は,眼圧測定,角膜径計測及び眼底検査をしなかった。
dH医師は,両眼結膜炎と診断しタリビット点眼液0.35(抗,%ml
菌薬),1日5回両眼に点眼,の処方をした。
e原告Aは,目薬を差して2,3日で眼脂は止まったが,眼が赤くな
る症状は,その後もときどき出ていた。
fなお,原告らは,bの際,原告B及び同Cが,H医師に対して,原
告Aが太陽の光をまぶしがる,瞳(黒目の部分)が他の子供に比べて
少し大きい,黒目の部分が少し白く濁っていると感じる,という症状
を訴えた旨主張し,これに沿う証拠(甲A11,乙A5,原告C,原
告B)が存する。しかし,H医師が記載したカルテにも原告Cが記載
した問診票にもその旨の記載はないこと(乙A1),後に受診したF
眼科においても眼が他の子供に比べて少し大きいとの訴えはしていな
かったこと(証人G)のほか,後記エa及びbのような天理病院で
の訴えの内容や,原告ら主張のような症状の訴えはなかった旨の証人
Hの供述及び同人作成の陳述書(乙A6,9,13)並びに,原告ら
は,訴状や証拠保全の資料として作成した陳述書(乙A5)では白目
の濁りと表現していたにすぎなかったことなどに照らすと,原告らの
主張に沿う前記証拠を採用することはできず,他に上記原告らの主張
を認めるに足りる証拠はない。
また,原告らは,H医師に対し,E医師が記載した診査結果を貼り
付けた母子手帳の頁(ア参照)を開いて提出した旨主張し,これに
沿う証拠(甲A11,原告C,原告B)が存するが,H医師が記載し
たカルテにはそれに関する記載がないこと(乙A1)及び証拠(乙A
6,証人H)に照らすと,原告らの主張に沿う証拠を採用することは
できず,他に原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。
平成11年8月3日(満6か月27日)
a原告Aは,同日,原告Cに連れられて,被告病院眼科を受診した。
b原告Cは,H医師に,目薬で充血はなくなった,眼脂はなくなった,
流涙はない,ただ,目薬をやめて4,5日すると眼が赤くなる,外に
出るとまぶしがる,うつ伏せ寝している,と訴え,H医師は,その旨
カルテに記載した。
cH医師が原告Aの外観検査を実施したところ,両眼とも,結膜充血
は初診時より改善していたが,治りきってはいなかった。
また,H医師は,原告Aに対し,細隙燈顕微鏡検査(前眼部)を実
施したところ,両眼とも,角膜前房清明であった。
なお,H医師は,眼圧測定,角膜径計測及び眼底検査をしなかった。
dH医師は,羞明(まぶしがること)について,軽い症状であり,結
膜炎と関連する病的意義の少ないものと判断した。
H医師は,結膜炎であると診断したが,原告Aに,点眼薬の処方を
しなかった。そして,調子が悪ければ被告病院眼科を受診するよう指
導した。
eなお,原告らは,bの際,原告Cが,原告Aの黒目の部分が他の子
供に比べて大きく,少し濁っているように感じることを説明した旨主
張し,これに沿う証拠(甲A2の13,甲A11,乙A5,原告C)
が存する。しかし,Hはこれを否定している(乙A6,9,証人H)
のみならず,H医師が記載したカルテにはbで認定した目の状態に関
する記載はあるのに,黒目に関する記載はないこと(乙A1),原告
Cは,F眼科においても眼が他の子供に比べて少し大きいとの訴えは
していなかったこと(証人G),後記エa及びbのとおり天理病院
においても黒目の大きさについて訴えていなかったこと,原告らは,
訴状や乙A5では白目の濁りと言っていたにすぎないことなどに照ら
すと,原告らの主張に沿う証拠を採用することはできず,その他に上
記原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。
また,原告らは,外に出たときの原告Aのまぶしがり方が激しく,
体をねじってベビーカーに顔を埋めようとする,テレビの画面を見て
も,すぐまぶしそうに目を伏せる旨訴えた旨主張し,これに沿う証拠
(甲A11,原告C)が存するが,Hはこれを否定する(乙A9,証
人H)のみならず,後記エbのとおり,原告Cは,原告Aが天理病
院に入院する際,被告病院で受診した後にテレビ画面をまぶしがって
見ないという状態であったと訴えていることに照らすと,原告らの主
張に沿う証拠を採用することはできず,その他に上記原告らの主張を
認めるに足りる証拠はない。
原告Aは,生後6∼7か月ころ,体のそばにあるおもちゃに手を伸ば
してつかんだり,テレビやラジオの音がし始めるとすぐそちらを見てい
たが,母子手帳の6∼7か月ころの保護者の記録欄(甲A2の13)の
うち,「ひとみが白く見えたり,黄緑色に光って見えたりすることがあ
りますか。」の欄には「はい」にチェックがされている。
ウ被告病院眼科受診後,F眼科受診前
原告Aは,平成11年9月13日,奈良市保健センターにおいて,奈
良市が実施する健康診査(7・8か月乳児相談)を受診した。原告Cは,
その際,担当医師に,母子手帳を提出したが,担当医師からは,眼の異
常があるとは言われなかった。
原告Aは,生後9∼10か月ころ,指で,小さい物をつかみ,平成1
1年9月ころには,つたい歩きをすることができるようになり,生後1
1か月(概ね平成11年12月)ころには歩くようになった。
上記時期及び1歳のころにおける母子手帳の保護者の記録欄(甲A2
の14及び15)には,原告Aの眼の異常に関する記載はない。
原告Aは,1歳6か月(概ね平成12年7月)ころには,極端にまぶ
しがっていた。
原告Aは,平成12年9月14日,奈良市保健センターにおいて,奈
良市が実施する1歳6か月児健診を受診した。その際,原告Cは,発育
状況に関し,健康診査票に「眼について気になることがある。」,「ひ
とみが白くみえるなど」とある部分を肯定する記載をし,更に,主訴と
して,「少し眼が気になる,見えているが,時々,手さぐりで物を探し
たり,よく物に頭をぶつける」との記載をしたが,担当医師からは,眼
に異常があるとは言われなかった。
原告Aには,平成12年9月20日ころ,ボールが自分の横を転がっ
ていっても取ることができなかったり,柱にぶつかるといった視力障害
を示す行動が見られた。
原告Aは,同年10月5日,Jメガネにおいて,F眼科のK医師への
案内状の作成を受けた。同案内状には,「以前より,光とか明るい物に
対して目をそらす様子があった様で,他院でも診てもらったが,別に問
題なしとの結果だった様です。」との記載がある。
エF眼科等における受診
平成12年10月6日(満1歳8か月29日)−F眼科
a原告Aは,同日,原告Cに連れられて,F眼科を受診した。
b原告Cは,K医師に,原告Aがまぶしがる,と訴えた。
cK医師は,同日午前11時10分にトリクロリール(睡眠薬)を服
用させ,入眠後の午後1時45分から原告Aの診察を開始した。
角膜に関する所見は,角膜横径は両眼とも14(子供の正常値はmm
10.5∼11),両眼に角膜実質混濁,すなわち,眼圧が高くなmm
って角膜内皮が傷み,前房中の房水が角膜の中に染み込んで角膜実質
へ混入し,浮腫が生じて濁っている状態があり(左眼より右眼が強
い),両眼にデスメ膜破裂,すなわち,眼圧が高くなり,柔らかい子
供の眼が膨れあがって角膜径が大きくなり,それについていけないデ
スメ膜(弾力膜)の線維が切れて裂けて濁りを作っている状態(ハー
プライン又はハープ線)があり,前房が深い(通常乳幼児の前房は浅
い。前房が深いのは先天緑内障の特徴の1つである。),であった。
眼底に関する所見は,視神経乳頭陥凹比(神経線維が眼球から出て
いく強膜の穴(乳頭)の大きさ(視神経の直径)と視神経にある陥凹
の直径との比)は,右眼0.9(乳頭辺縁部の消失あり),左眼1.
0(正常値は0.3以下),緑内障性乳頭陥凹であった。
mmHgmmHgmm圧平眼圧は,右が25,左が28(子供の正常値は15
以下。催眠下の眼圧は覚醒時より5低い値となるため,小学生HgmmHg
までの乳幼児では15以上が異常である。)であった。mmHg
dK医師は,同日,原告Aを両眼先天緑内障と診断した。
平成12年10月10日(満1歳9か月3日)−F眼科
a原告Aは,同日,原告C及び同Bに連れられて,F眼科で受診した。
b原告Cは,G医師に対し,生後4か月のときに眼脂があり,被告病
院で受診したが,他はどうもないと言われた,生後7か月ころに被告
病院で再度検診を受けたが,異常なしと言われた,2,3週間前から
視力が悪いことを明瞭に示すようになった,と訴え,G医師はその旨
カルテに記載した。原告Cは,被告病院受診当時の原告Aの目の色に
ついても説明し,G医師は,カルテに「角膜が白っぽい」と記載した。
なお,原告Aの眼が他の子供に比べて少し大きいようである旨の訴え
はなかった。
cG医師は,同日,原告Aにトリクロリールを服用させ,入眠後に診
察を開始した。
視神経乳頭陥凹比は,左眼1.0,右眼1.0(両眼とも乳頭辺縁
部は消失),乳頭は蒼白(通常ピンク色をしている視神経は萎縮する
と白くなる)だがbaseの色は良い(多少血の色が残っている),
陶器様白色はなし,左眼角膜は少し浮腫状(濁り),デスメ膜の破裂
あり,前房が深い,などの所見であった。
dG医師は,F眼科初診時の所見も併せ,眼圧が高く,角膜の浮腫が
あり,先天緑内障が手術により治療すべき疾患でこれをできるだけ早
期に施行することが必要であることを考慮し,急いで手術をする必要
があると判断した。なお,視機能については,既に視野の中心部はな
く,ただ,瞳孔反応が少し残っており,右眼については周辺視野が残
っているようであった。
G医師は,同日,天理病院眼科外来担当医あての,診療情報提供書
を作成した。そこには,主訴又は病名として先天緑内障と記載がある
他,「恐らく昨年6月ころ発症したと思われる先天緑内障です。」と
記載されていた。
平成12年10月10日以降−天理病院
a原告Aは,平成12年10月10日,原告C及び同Bに連れられて,
天理病院を受診した。
原告Cは,担当医師に対し,生後しばらくして両眼に眼脂があり,
被告病院眼科を受診しブジーの施行を受けた,外に出るとまぶしがり,
眼が少しくもっていた,平成11年7・8月に被告病院を受診し,も
う少し様子を見るようにと指示された,平成12年夏までは普通に見
て,普通に動いていたが,夏過ぎてから見にくそうになり,歩けなく
なった,2週間前にかぜをひいてから特に見にくそうである,平成1
2年10月6日にF眼科を受診し,その後,天理病院へ来た,と訴え
た。
b原告Aは,平成12年10月13日,天理病院に入院した。
原告Cは,担当医師に対し,生後2∼3か月した後両眼に眼脂があ
り被告病院を受診しブジーの施行を受け,その後眼脂はなくなった,
平成11年7月ころからまぶしがっている様子及び眼の濁りに母親が
気付き,同年8月に被告病院で受診したところ,特に異常はないと言
われた,その後,物を見ている様子はしっかりとあり,声をかけなく
ても母親や姉を見付けて歩いて来たりしていたが,テレビは音はよく
聴くものの画面はまぶしがって見ないという状態であった,平成12
年夏ころまではよく物を見ている様子であったが,1か月∼3週間前
から明らかに見えにくくなっている様子で,手探りになってきたため,
平成12年10月初めにF眼科を受診したところ,同月10日天理病
院紹介となった,流涙は以前からない,と訴えた。
c原告Aは,平成12年10月16日,天理病院において,全身麻酔
下で,G医師の執刀により,線維柱帯切開術(トラベクロトミー)の
施行を受けた。線維柱帯切開術とは,前房にたまった房水が眼の外へ
出ていくときに隅角を通り抜けてシュレム管に入って血管(強膜中の
静脈)の中に入っていくが,シュレム管の手前(線維柱帯)に発育異
常によって先天的に生じている障害(先天緑内障)を除去するため,
線維柱帯を開いて,シュレム管を前房に向かって開放する手術である。
d原告Aは,平成12年10月26日,天理病院を退院した。
天理病院のL医師が,同日作成したG医師あての診療情報提供書に
は,眼圧は,トリクロリール下で両眼とも10前後と手術後7日mmHg
目まで安定していたと記載されている。
平成12年10月31日−F眼科
原告Aは,同日,F眼科を受診した。
G医師は,原告Aにトリクロリールを服用させ,入眠後に診察を開始
した。圧平眼圧は,右眼12,左眼10であった。カリパーmmHgmmHg
(角膜径を測定する器具)で角膜径を測定すると,両眼とも14であmm
った。視神経乳頭陥凹比は,右眼は大きく,左眼は1.0であった。両
眼とも,乳頭の色は比較的良くなった。左眼の角膜は浮腫がなくなって
透明であり,ハープ線はあるが,中央にはかかっていなかった。右眼の
ハープ線は中央にかかっていた。
平成12年12月1日−F眼科
原告Aは,同日,F眼科を受診した。
G医師は,原告Aにトリクロリールを服用させ,入眠後に診察を開始
した。圧平眼圧は,右眼12,左眼16であった。mmHgmmHg
G医師は,左眼の眼圧が16で小児としてはまだ少し高かったこmmHg
と,1回目の手術ではシュレム管3分の1周しか開けず,3分の2が残
ったことによる抵抗が残っていること,眼圧の下がり方が中途半端で,
15ないし20の間ぐらいの場合には視神経萎縮が治らないこmmHgmmHg
とから,確実な治癒を目指して,2回目の手術をすることとし,同日,
天理病院眼科のL医師あての書面を作成した。
平成12年12月15日−天理病院
原告Aは,同日,天理病院において,2回目の線維柱帯切開術の施行
を受けた。
平成13年1月5日−F眼科
原告Aは,同日,F眼科を受診した。
G医師は,原告Aにトリクロリールを服用させ,入眠後に診察を開始
した。圧平眼圧は,右眼10,左眼11であった。mmHgmmHg
原告Aは,その後平成13年6月1日までは,約1か月に1度の割合
で,その後は約3か月に1度の割合で,経過観察のためF眼科を受診し
た。治療は,点眼液を1日3回差すだけで,他にはされなかった。平成
13年1月5日以降,眼圧は正常値であった。
平成16年4月5日−F眼科
原告Aは,同日,G医師から,「平成12年10月6日当院初診時,
両眼角膜径14(正常11),角膜浮腫と高眼圧を認め,先天緑内mmmm
障と診断,10月16日,12月15日の2回に亘って両眼手術を行い,
眼圧はその後正常値となったが,初診時より視神経乳頭は蒼白であり,
その後他覚的に高度の視力障害を認めていたが,現在に至るも視力障害
は改善せず,症状は固定していると考えられる。視神経は初診時より蒼
白であり,視力障害は視神経萎縮によるもので,今後視力回復の可能性
はないと考えられる。」として,両眼先天緑内障,両眼視神経萎縮,視
力は両眼光覚弁,との診断を受けた。
証拠(甲A14,15,B1∼4,8,乙B1∼12,15,20,2
1)によれば,次の医学的知見が認められる。
ア眼の構造
角膜
角膜は,透光体であるとともに,外力に対して強靱さ,弾性を備えて
いる。角膜は5層構造であり,前の方から角膜上皮,ボウマン膜,角膜
実質,デスメ膜と角膜内皮がある。角膜実質は,比較的均一な太さの膠
原線維を中心とする細胞外マトリックスと角膜実質細胞で構成されてい
る。デスメ膜は角膜内皮側で,生後わずかながらその厚さを増す。内皮
細胞は主に六角形であり,上皮細胞と異なり再生することはない。正常
角膜は無血管組織である。角膜上皮の表面を涙液層が覆っている。角膜
知覚を司る三叉神経第1枝の神経終末が角膜上皮層に達している。
なお,角膜横径は生下時平均10.5であり,生後1年で11∼1mm
1.5となる。眼圧上昇により角膜は特に強角膜移行部で伸展するが,mm
1歳未満で12以上の角膜横径は明らかな異常と考えるべきであるとmm
される。
強膜
乳白色の強靱な組織であり,強膜細胞と,太さの不均一な膠原繊維を
中心とした細胞外マトリックスで構成されている。また,角膜と異なり
血管組織を含んでいる。
前房
角膜後面から,虹彩前面と水晶体前面で囲われている部位の名称であ
る。この中は房水で満たされている。
後房
虹彩後面,水晶体前面,さらに毛様体で囲われている部位である。毛
様体上皮で産生された房水が,後房水としてこの部位を満たしている。
房水の働きは無血管組織である角膜内皮,角膜実質,水晶体などへの栄
養・酸素供給である。さらに眼球の圧(眼圧)はこの房水の産生と流出
によってバランスが保たれており,網膜は一定の圧で伸展されている。
房水は毛様体上皮で産生され後房,瞳孔,前房さらに隅角(前房隅角は,
角膜強膜の移行部と虹彩の根部のなす部分の構造をいう。),繊維柱帯
を通過してシュレム管に至る。シュレム管に入った房水は房水静脈を通
り,上強膜静脈に至り眼外,さらに全身の静脈系に還流していく。
結膜
部位により,球結膜と瞼結膜(眼瞼の裏側)に分けられる。結膜の表
面は滑らかであり,眼球運動や瞬目の際はこの相対する瞼結膜と球結膜,
角膜がスムーズに運動できるようになっている。
イ眼疾患症状
発赤(充血)
充血は球結膜が赤い状態で,結膜の炎症の際に結膜血管の拡張によっ
て生じる(結膜充血)。角膜や眼内の炎症及び高眼圧の際には毛様充血
の形をとる。
眼脂
各種の結膜炎など結膜の炎症の際に生じる。膿性の場合には急性で,
流行性の結膜炎や角膜感染症など重篤な場合が多い。睫毛乱生,眼瞼内
反,涙道の狭窄や閉塞,涙嚢炎でも眼脂が生じる。眼脂が角膜に付着し
て霧視を訴えることがある。
流涙
流涙には,涙の分泌過剰による場合と,涙の排出障害が原因で起こる
場合とがある。前者はそのほとんどが反射性であり,たとえば角膜異物,
角膜びらんなどがその例で,羞明を伴う。後者は結膜嚢から鼻腔に至る
涙道経路の通過障害が原因で,先天性閉塞のほか,外傷性涙小管断裂,
涙嚢炎や慢性結膜炎,トラコーマなどの後遺症,あるいは副鼻腔炎の手
術後の鼻涙管の閉塞によって生じる。
羞明
まぶしい状態を羞明という。羞明は重篤な疾患の主症状であることが
ある。眼内に異常に大量の光が入る場合と,眼球自体の光に対する過敏
性が原因になっている場合とがある。前者の例としては,病的散瞳や,
角膜あるいは水晶体の混濁のため入射光が散乱される例,あるいは白子
で眼の色素の量が極端に少なく,光が虹彩や脈絡膜を通過して眼内に入
る場合などがそれである。光に対する過敏性が原因になっている例とし
ては,角膜炎,虹彩炎などがある。
ウ先天緑内障
緑内障
a意義
緑内障とは,眼圧,視神経乳頭,視野の特徴的変化の少なくとも一
つを共有し,眼圧を十分に下降させることで視神経障害の改善あるい
は進行を阻止しうる,眼の機能的・構造的異常を特徴とする一連の疾
患群である。この障害が長年月で進行すると,多くの症例で失明に至
る。高眼圧は緑内障性視神経障害(緑内障による視神経の構造的異
常)の発症や進展に関与する最も重要な因子であるが,高眼圧がその
まま緑内障を意味するのではない。緑内障の本態は,さまざまな要因
に基づく視神経障害である。
緑内障による視野異常は,発症と進行が緩慢である。緑内障性視野
変化について,緑内障末期には中心視野のみを残し,高度の中心視野
狭窄を示す。この末期の時期でも,患者の中には自分の異常に気付か
ない人たちもいる。緑内障では,中心視野は最後まで残ることが多い。
中心視野が消失して,耳側の島状の視野が残り,最後にはこれも消失
して盲となる。
b検査
緑内障を他の視神経の病気の障害と区別するために最も大事なこと
は,眼底検査をして視神経乳頭の変化を直接眼で見ることである。緑
内障では視神経乳頭を形成している神経繊維が消失するにつれて乳頭
が陥凹し,正常なピンクの色調が失われ蒼白くなる。緑内障ではこの
乳頭陥凹は縦長となる傾向があり,また血管も端に押しやられるとい
う特有な変化があるので,他の病気とはだいたい区別できる。
一般に緑内障と診断するには,まず,眼圧や視野の測定,眼底の視
神経乳頭の検査を1回きりではなく何回も繰り返す必要がある。眼圧
は1日の中でも変動するため,丸1日,2時間おきくらいに眼圧を測
定して初めて診断がつくこともある。また,長時間うつぶせになって
いたり,瞳を薬で大きくするなどわざと眼圧が上がりやすい状況を設
定して眼圧などの反応をみる必要があることも珍しくない。
c分類
緑内障には,房水の流出口である隅角が虹彩の根元で閉鎖されるタ
イプ(閉塞隅角緑内障),隅角が十分にあいているのに,排出路の中
で通過障害の起こるタイプ(開放隅角緑内障),隅角の発達が不完全
なために眼圧が上昇する,生後1年以内に多い緑内障(先天緑内障)
がある。
原発先天緑内障(発達緑内障(早発型))
a意義
小児の緑内障の病因は隅角の発育異常であるところ,異常が隅角の
みにあるものを原発先天緑内障と呼び,他の眼異常や,全身異常に伴
うものを続発先天緑内障と呼ぶ。
原発先天緑内障は,胎生期の隅角の発育異常が原因となり,眼圧が
上昇する緑内障である。生後1年以内に約80パーセントが発症し
(60パーセントは,生後6か月までに発症するとする文献もあ
る。),眼球壁の脆弱性のために眼球が拡大し,牛眼という状態をき
たす。
b眼科臨床
患者は新生児,乳幼児であり,初発症状としてはまず流涙,羞明
があげられる。眼圧上昇が持続すると角膜浮腫,混濁,角膜径の拡
大を生じる。角膜径に左右差がある,生下時より11を越える角mm
膜径,あるいは極端に前房が深い場合は本症を疑う。角膜径が一層
拡大するとデスメ膜の断裂と角膜実質の浮腫をきたし,角膜は一挙
に混濁する。デスメ膜断裂が生じる前に早期に発見,診断し手術治
療を行うことが重要である。隅角底の完成は生後約1年である。視
神経乳頭では陥凹底が深いこと,全体的な陥凹の拡大が特徴である。
眼圧が相当高ければ,角膜が白く濁っていてすぐに分かることも
あるが,眼圧が次第に上昇してくる場合では,眼圧により眼球全体
が伸ばされて(子供の眼は弾力性があるため),徐々に黒目が大き
くなってくる(牛眼)。乳幼児が光を嫌い,外へ出るとまぶしがる
時には,この病気の可能性がある。
生後間もない乳幼児では,眼球が発育段階にあり,眼球壁も未完
成である。この段階の乳幼児に高度の眼圧上昇が起こると,眼球壁
が著しく伸展され,角膜径の増大が起こるのみならず,角膜浮腫,
デスメ膜の破裂などがみられる。この状態を牛眼と呼ぶ。
先天緑内障の牛眼で羞明を生じることはよく知られている。ただ
し,患者は乳幼児であるので,光を避けたりする患者の所作で判断
しなければならない。先天緑内障の羞明は,眼圧上昇のために角膜
の神経が刺激されて起こる三叉神経の反射現象であり,角膜浮腫が
出ていない程度の眼圧上昇でも起こり得る。早発型発達緑内障では,
眼圧上昇は慢性であるため,自覚症状としては角膜の神経(三叉神
経)が刺激されてまぶしくなったり,その結果涙が多くなったりと
いう症状が少しずつ出てくる。
角膜の混濁や拡大(眼圧上昇の反応)は,しばしば,幼児の緑内
障のサインである。また,あるときには,小児の緑内障はそれ自体
として流涙,羞明,眼瞼けいれんの「古典的3兆候」の1つ又はそ
れ以上を示す。乳児は,光から身を引いたり,光を避けるために頭
を両親や寝具にうずめることが観察される。屋内であっても,幼児
は明らかに仰向くのを嫌がり,内気な子ではないかと間違われたり
することもある。眼瞼けいれんは,羞明の別の表現でもあり得るし,
しばしば流涙を伴う。
1歳以上の子供においては,緑内障は,通常ほとんどはっきりと
した徴候や症状はひきおこさない。1歳から4歳の間に発症してき
た緑内障の子供は,緑内障が他の随伴した眼球の異常や全身の異常
から疑われなければ,正しく診断がつきにくい。
流涙,羞明,眼瞼けいれんは幼児緑内障に特有のものではなく,
鼻涙管障害,眼感染症,角膜損傷の結果としても起こり得る。角膜
浮腫又は混濁は,沈着症,角膜萎縮,分娩障害,先天異常の場合に
も見られる。角膜拡大だけが見られるものは,巨大角膜,高度軸性
近視にも起きる。他の緑内障でない眼の条件でも,小児緑内障の1
つ又はそれ以上のサインを示すので,緑内障の除外が必要である。
先天緑内障は,その比較的な希少さのため,しばしば誤診され,結
膜,角膜,眼瞼の感染症や炎症と混同される。
c治療
本症には本質的に手術治療が選択され,隅角の流出路の再建手術で
ある線維柱帯切開術が広く用いられる。複数回の手術にても眼圧コン
トロールが困難となった場合には線維柱帯切除術が選択される。
エ結膜炎
一般に,結膜炎では「まぶしさ」を訴えることは少ないが,急性ウイル
ス性結膜炎や重篤なアレルギー性結膜炎では「まぶしさ」を訴える。
因果関係
ア原告らは,原告Aが被告病院を初めて受診した際(平成11年5月19
日)には既に,原告Aは先天緑内障を発症していた旨主張するので,この
点について検討する。
角膜混濁について
上記アのとおり,D診療所のE医師は,平成11年5月18日の
診査のとき,原告Aの眼球が白濁する傾向を認め,その旨,母子手帳に
記載し被告病院眼科での受診を指導している。しかし,上記イ及び
のとおり,被告病院眼科初診時(平成11年5月19日)及び再診時
(同年8月3日)に,H医師が細隙灯顕微鏡検査を実施したところ,原
告Aの両眼とも角膜は清明で前房にも異常を認めなかっただけでなく,
上記ウのとおり,被告病院での受診後間もない同年9月13日の健
康診査の際,原告Cは,上記のような記載のある母子手帳を担当医師に
提出していたにもかかわらず,担当医師が眼の異常を指摘することはな
かったものである。他方,証拠(証人G,証人H)によれば,白っぽい
眼脂が角膜にまで付着している場合には角膜が濁っているように見える
ことがあり,眼脂が眼球にくっついて白っぽく見えることもあり得るこ
とが認められるところ,同年5月19日に原告Cは眼脂が多いと訴え,
現に眼脂が認められたのであるから,E医師が認めた眼球の白濁傾向は
眼脂に起因するものであった可能性を否定できない。もっとも,上記
ウbのとおり,原発先天緑内障においては,初発症状としてまず流涙,
羞明が,眼圧上昇が継続すると角膜浮腫,混濁,角膜径の拡大が生じる
ことからすれば,被告病院眼科初診時に角膜の混濁が認められなかった
としても,それだけで先天緑内障が発症していたことを否定するのは相
当でないというべきである。
流涙(眼脂)について
G証人は,被告病院眼科初診時に見られた眼脂は流涙が原因であると
思われると証言等する。しかし,上記イ,及びエのとおり,被
告病院眼科初診時(平成11年5月19日)及び再診時(同年8月3
日),原告Cは,H医師に,流涙はないと説明しており,また,平成1
2年10月13日に天理病院に入院する際にも,担当医師に,流涙は以
前からないと説明しているし,原告Aを診察したH医師は流涙を認めて
おらず,流涙があったことを直接裏付ける証拠はない。他方,上記イ
のとおり,眼脂は結膜の炎症や涙道の閉塞などの際に生じるものであ
るところ,上記イ及びのとおり,被告病院眼科初診時には両眼に
結膜充血があり,被告病院においてブジーを通して涙道の拡張をし涙道
洗浄をするとともに,抗菌薬を差した結果,眼脂は止まったことを併せ
考慮すると,眼脂は,むしろ,結膜炎ないし涙道の閉塞によって生じた
可能性が高い。
羞明について
上記イのとおり,被告病院眼科再診時(平成11年8月3日),
原告Cは,H医師に対し,原告Aが外に出るとまぶしがる,うつ伏せ寝
していると訴えていたことが認められる。うつ伏せ寝していると説明し
た趣旨は必ずしも明らかでないが,カルテ(乙A1)に記載された文脈
に照らすと,仰向けにするとまぶしがるためうつ伏せに寝かせていると
説明したものと推認するのが相当である。そして,上記イ,ウ
のとおり,羞明は先天緑内障の初発症状の1つであること,結膜炎にお
いても認められることはあるが,被告病院眼科再診時には結膜充血は初
診時より改善していたのに,このときになって初めて羞明の訴えが出て
きたことなどの事実に照らすと,上記羞明は結膜炎と関連するものとは
容易に認め難く,他に羞明の原因となる疾病の存在が証拠上明らかでな
いことをも併せ考えると,先天緑内障の初発症状であった可能性を否定
することはできないというべきである。
角膜径・牛眼等について
G証人は,生後1∼2か月から1歳7か月までの原告Aの写真(甲A
7の1∼9)を見て,黒目部分が普通より大きいように見える,先天緑
内障の初期の大きさである,と証言するが,他方で,正常か大きいかの
区別はつかない,少なくとも牛眼ではない,混濁の有無は分からない,
とも証言していること,原告Cは,1歳半ぐらいのときから,黒目が少
し大きいような,少し色が違うような印象であったとする趣旨の供述を
していることに照らすと,上記の写真をもって,被告病院受診当時,角
膜径が通常より大きく,また,牛眼の症状があったと認めるには十分で
ない。
視覚障害について
上記ウ,エ及びのとおり,原告Cは,平成12年9月14日
の1歳6か月児健診において初めて,原告Aが時々手探りで物を探した
り,よく物に頭をぶつける旨訴え,同年10月10日F眼科を受診した
際には,2,3週間前から視力が悪いことを明瞭に示すようになったと
訴え,同日受診した天理病院においては,同年夏までは普通に見て普通
に動いていたが,同年夏を過ぎてから見にくそうになって歩けなくなり,
同年9月ころから明らかに見えにくくなっている様子で手探りになって
きた旨訴えていたもので,被告病院眼科受診時から1年以上経過した後
に視力障害を示す症状が明確になったものであることが認められる。し
かし,上記ウのとおり,緑内障による視野異常は発症と進行が緩慢
で,緑内障末期でも中心視野を残し,自分の異常に気付かない患者もい
るのであるから,原告Aの視力障害を示す症状が明確になったのが被告
病院眼科受診時から1年以上経過した後のことであるからといって,被
告病院受診時に先天緑内障が発症していたことを否定することは必ずし
もできない。
イアで説示したとおり,原告Aは,被告病院眼科再診時(平成11年8月
3日)において,角膜混濁,流涙,角膜径の拡大,牛眼症状はいずれも認
められず,視覚障害を示す症状もなかったものの,うつ伏せ寝させること
を要する程度の羞明の症状があり,その羞明は結膜炎と関連するものであ
ったとは認め難い。さらに,羞明は先天緑内障の初発症状の1つであるこ
と,原告Aは,平成12年10月6日,F眼科のK医師により,先天緑内
障と診断されていること,緑内障による視野異常は発症と進行が緩慢であ
ること,原発先天緑内障は,生後1年以内に約80パーセントが発症する
こと(60パーセントは,生後6か月までに発症するとする文献もあ
る。)などの前記認定事実を総合すると,被告病院眼科再診時の羞明は,
先天緑内障の初発症状であった蓋然性が高いというべきである。
そして,先天緑内障の羞明は眼圧上昇で起き(ウb,),また,
緑内障の大きな特徴として視神経乳頭の変化が起こる(ウa,b)こ
とに鑑みれば,被告病院眼科再診時において,眼圧の測定,眼底検査を実
施することにより,眼圧の異常ないしそれに伴う症状を発見してこれに対
する治療をし,原告Aの視覚にかかる後遺障害の発生を避けられる高度の
蓋然性があったと認めるのが相当である。そうとすれば,H医師がこれら
の検査をしなかったことと,上記後遺障害の発生との間には,因果関係が
あるというべきである。
過失(注意義務)
ア原告Aが被告病院眼科を受診した平成11年8月3日(再診)当時には,
先天緑内障が発症していた蓋然性が高く,その際原告らが主張する眼圧測
定等の検査を実施していれば,原告Aの後遺障害の発生を避けることがで
きた高度の蓋然性があったと認められることは,前記のとおりである。
イそして,羞明は先天緑内障の初発症状の1つであること,H医師は,原
告Aの羞明が結膜炎と関連するものと判断したのであるが,被告病院眼科
再診時には結膜充血は初診時より改善していたのに,このときになって初
めて羞明の訴えが出てきたことに照らすと,上記判断が正しかったとはい
い難く,上記判断をすることが無理もなかったといえるだけの事情があっ
たと認めるに足りる証拠もないこと,H医師自身,先天緑内障のことは頭
にあったと供述していること(証人H)に照らすと,H医師には,被告病
院眼科再診時において,先天緑内障を疑い,眼圧測定,眼底検査を実施す
べき法律上の注意義務があったというべきである。
それにもかかわらず,H医師は,これらの検査を実施しなかったのであ
るから,被告は,民法715条,709条に基づく不法行為責任を負う。
ウなお,証拠(甲B2∼4,乙B1,2,5∼7,11,13,20,証
人G)によれば,小学生までの乳幼児では,催眠下で眼圧を測定し,1歳
までの乳児は,身体を固定し表面麻酔後に開瞼器をかけて眼底検査をする
ところ,小児では呼吸抑制を来すことがあるし,入眠させるために通常用
いられるトリクロリールは,小児では,一般に成人に比し薬物感受性が高
いため,慎重に投与することとされ,発疹,悪心・嘔吐等の副作用も指摘
されていることが認められる。
しかし,先天緑内障を放置しておくと失明という重大な後遺障害を引き
起こすことに鑑みれば,上記程度の障害ないし副作用の危険があるからと
いって,イの注意義務が否定されることにはならない。
2争点(損害の額)について
原告A1億3484万7072円
ア逸失利益5229万0773円
争いのない事実等,前記1エ及びのとおり,原告Aは,経過観察
のためF眼科の受診を継続し,平成16年4月5日,G医師から,症状は
固定しているとして,両眼先天緑内障,両眼視神経萎縮,視力は両眼光覚
弁(暗室にて被検者の眼前で照明を点滅させ,明暗が弁別できる視力をい
う。)との診断を受け,同月9日,身体障害者等級表による等級1級,視
覚障害1級(視力,右光覚,左光覚)という内容の身体障害者手帳の再交
付を受けたものであるところ,G証人は,上記同月5日の診断内容につい
て,明るいか暗いか分かるぐらいの視力は残っているのではないかと推測
するが,失明である旨証言していることをも踏まえると,原告Aの後遺障
害は,「両眼が失明したもの」(労働者災害補償保険法施行規則14条1
項,別表第一障害等級表第一級一)に該当するということができ,原告A
の労働能力喪失率は100パーセントと見るのが相当である。
そして,賃金センサス平成16年第1巻第1表産業計・企業規模計・男
性労働者・学歴計の平均賃金542万7000円を基礎に計算する。
さらに,原告Aは,上記症状固定日において5歳であることが認められ,
原告Aは18歳に達してから67歳に達するまで就労が可能であると考え
られるので,年5パーセントの割合による中間利息を控除するため,62
年に対応するライプニッツ係数19.0288から,13年に対応するラ
イプニッツ係数9.3935を控除した9.6353を乗じる。
そうすると,542万7000円に100パーセントを乗じ,さらに,
9.6353を乗じることにより,原告Aの後遺症による逸失利益の現価
は5229万0773円(1円未満切り捨て。以下同じ。)と算定される。
イ後遺症慰謝料2800万円
アのとおり,原告Aに存する障害は後遺障害等級第1級に該当すること
を考慮すると,原告Aの後遺症慰謝料としては2800万円とするのが相
当である。
ウ介護費用4255万6299円
原告Aは,アのとおり両眼失明の後遺障害が残ったことにより,終生近
親者等の介護を受けなければ,日常生活を送ることに支障が生ずると認め
られるので,将来の介護料が損害となるが,いわゆる植物状態の患者とは
異なり,適切な訓練を受けることによって,ある程度,介護を受けなくて
も日常生活を送ることができると考えられる。この点を考慮すると,介護
料は1日6000円(年額219万円),平均余命73年に対応するライ
プニッツ係数は19.4321であるので,損害額は,219万円に19.
4321を乗じて,4255万6299円となる。
エ弁護士費用相当額1200万円
弁論の全趣旨によれば,原告Aは,本件損害賠償請求訴訟の提起・追行
を原告ら代理人に委任したことが認められ,本件訴訟の難易,認容額その
他の事情に鑑みると,原告Aの請求しうる弁護士費用は,1200万円を
もって相当と認める。
原告B及び同C各自につき110万円
ア慰謝料各100万円
前記認定のとおり,原告Aは,被告担当医の過失により両眼失明という
重大な後遺障害を残すことになったものであるところ,これにより,原告
B及び同Cが父母として受けた精神的苦痛を慰謝するに足りる金額として
は,各自につき100万円をもって相当と認める。
イ弁護士費用相当額各10万円
弁論の全趣旨によれば,原告B及び同Cは,本件損害賠償請求訴訟の提
起・追行を原告ら代理人に委任したことが認められ,本件訴訟の難易,認
容額その他の事情に鑑みると,原告B及び同Cの請求しうる弁護士費用は,
それぞれ10万円をもって相当と認める。
3争点(過失相殺の可否)について
被告は,原告Aが1歳6か月(平成12年7月)の時点では,原告B及び同
Cは被告病院受診時に問題のなかった視力が正常でないことに気付き,角膜浮
腫・混濁を意味するひとみが白いという異常が発生してきたことも知っていた
のであるから,できるだけ早く眼科医で受診すべきであったのに,原告らは平
成12年10月6日まで眼科医に診せることを怠った過失があると主張する。
しかし,前記1イ,ウのとおり,原告Cは,平成11年8月3日の被告病
院眼科再診時にも,同年9月13日の奈良市保健センターにおける健康診査時
にも,担当医師から眼の異常があるとは言われず,平成12年9月14日,奈
良市保健センターにおいて,健康診査票に「眼について気になることがあ
る。」,「ひとみが白くみえるなど」とある部分を肯定する記載をし,更に,
主訴として,「少し眼が気になる,見えているが,時々,手さぐりで物を探し
たり,よく物に頭をぶつける」との記載をしたものの,ここでも,担当医師か
ら眼に異常があるとは言われなかったことが認められるのであって,かかる事
情のもとでは,医学知識を持たない(弁論の全趣旨)原告らに,被告主張の過
失があったと評価することは相当でない。
4結論
以上の次第で,原告らの請求は,原告Aにつき,1億3484万7072円
及びこれに対する不法行為の日である平成11年8月3日から,原告B及び同
Cにつき,各自110万円及びこれに対する同日から,それぞれ支払済みまで
民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,そ
の余の請求についてはいずれも理由がない。
奈良地方裁判所民事部
裁判長裁判官坂倉充信
裁判官齋藤憲次
裁判官高木健司

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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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