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裁判例


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       主   文
1 一審原告の控訴,及び控訴人国の控訴をいずれも棄却する。
2 一審原告の控訴費用は一審原告の,控訴人国の控訴費用は控訴人国の各負担と
する。
       事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 一審原告
(1) 原判決主文第3項中,一審原告の被控訴人長崎市に対する健康管理手当支
給請求に関する一審原告敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人長崎市は,一審原告に対し,金103万0840円及びこれに対
する平成9年7月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人長崎市の負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 控訴人国
(1) 原判決中,控訴人国の敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告の控訴人国に対する請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも一審原告の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は,長崎市に投下された原子爆弾によって被爆した韓国籍を有する同
国在住の一審原告が,平成6年7月に治療のために来日して原子爆弾被爆者と認定
され,健康管理手当の支給を受けるようになったが,その後の同年9月下旬ころ,
日本国から出国して韓国に帰国したところ,これを理由として健康管理手当の支給
を打ち切られたことについて,以下のとおりの裁判を求めた事案である。
ア 主位的に,原審相被告長崎市長(以下「長崎市長」という。)に対して,健康
管理手当の支給打切りは健康管理手当受給権を停止(廃止)させる行政処分である
として,その取消しを,予備的に,長崎市長,控訴人国及び被控訴人長崎市に対し
て,各自平成6年11月分から平成9年4月分まで,及び同年7月分の未支給の健
康管理手当の合計103万0840円及びこれに対する同年7月25日から支払済
みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求めた。
イ 厚生省(平成13年1月6日以降は省庁再編により厚生労働省と改称)の職員
及び長崎市長が健康管理手当の支給を打ち切ったことは違法であるとして, 控訴
人国及び被控訴人長崎市に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項
に基づき,慰謝料1000万円の内100万円及び弁護士費用その他法定外訴訟追
行費用100万円の合計200万円,並びにこれに対する平成6年12月1日から
支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた。
ウ 厚生大臣(平成13年1月6日以降は省庁再編により厚生労働大臣と改称)が
健康管理手当の支給打切りに関する再審査請求の裁決に18か月近くを要したこと
は違法であると主張して,控訴人国に対し,国賠法1条1項に基づき,慰謝料10
0万円の支払いを求めた。
(2) 原審は,一審原告の長崎市長に対する各訴えをいずれも却下し,控訴人国
に対する請求については,うち未支給の健康管理手当支給請求(遅延損害金を含
む)のみ認容したが,その余の国家賠償請求をいずれも棄却し,被控訴人長崎市に
対する請求については,未支給の健康管理手当支給請求(遅延損害金を含む)及び
国家賠償請求のいずれも棄却した。
 この原判決に対して,一審原告は,一審原告の被控訴人長崎市に対する健康管理
手当支給請求を棄却した部分について,他方,控訴人国は,一審原告の控訴人国に
対する未支給の健康管理手当支給請求(遅延損害金を含む)を認容した部分につい
てそれぞれ不服であるとして,各々控訴したものである。
2 争いのない事実等(証拠等によって認定した事実については,各項の末尾にそ
れを記載した。なお,当審において付加した部分にはアンダーラインを引いた。)
(1) 原子爆弾被爆者関連の法規及び通知
ア まず昭和32年に,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(昭和32年法律第
41号,以下「原爆医療法」という。)が制定された。同法は,広島市及び長崎市
に投下された原子爆弾の被爆者が今なお置かれている健康上の特別の状態にかんが
み,国が被爆者に対し健康診断及び医療を行うことにより,その健康の保持及び向
上をはかることを目的とし(1条),被爆者が同法2条,3条に基づき,その居住
地(居住地を有しないときは現在地)の都道府県知事(居住地が広島市又は長崎市
であるときは当該市の長。以下同じ。)に申請して被爆者健康手帳の交付を受けた
ときは(以下,同法2条で定義され被爆者健康手帳の交付を受けた被爆者をかぎ括
弧付きの「被爆者」という。),都道府県知事において,「被爆者」に対し,毎年
健康診断を行うほか,厚生大臣において同大臣の認定を経た「被爆者」に対し,必
要な医療の給付又はこれに代わる医療費の支給を行うものとしている。
 次に昭和43年に,原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(昭和43年
法律第53号,以下「原爆特別措置法」という。なお,同法と原爆医療法を一括す
るときは「原爆二法」という。)が制定された。同法は,広島市及び長崎市に投下
された原子爆弾の被爆者であって,原子爆弾の傷害作用の影響を受け,今なお特別
の状態にあるものに対し,医療特別手当の支給等の措置を講ずることにより,その
福祉を図ることを目的とするもので(1条),医療特別手当のほか,特別手当や健
康管理手当等を「被爆者」に支給するものとし,健康管理手当については,都道府
県知事(広島市又は長崎市については市長)において,「被爆者」であって,造血
機能障害,肝臓機能障害その他の厚生省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放
射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているこ
と(5条1項)を認定するものとし(同条3項によると,認定の際には同時に当該
疾病が継続すると認められる期間を定めることになっている。),この認定によっ
て「被爆者」は健康管理手当の受給権を取得することになる。
 これら原爆二法は,国籍による適用制限の規定がなく,外国人被爆者にも適用が
あるものとされている。
イ その後の昭和49年7月22日,厚生省公衆衛生局長は,各都道府県知事,広
島市長及び長崎市長に対して,「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆
弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律等の施行について」
と題する通知(衛発第402号,以下「402号通知」という。)を発し,同通知
において,特別手当受給権者は,死亡により失権するほか,原爆特別措置法は日本
国内に居住関係を有する被爆者に適用されるものであるので,日本国の領域を越え
て居住地を移した被爆者には同法の適用がないものと解されるものであり,したが
って,この場合も特別手当は失権の取扱いになるとの見解を示し,行政実務におい
ては,健康管理手当等もこの通知にしたがって今日まで運用されてきた。(甲7,
9,10,乙7)
ウ 平成6年になって,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成6年法律
第117号,以下「被爆者援護法」という。なお,同法と原爆二法を一括するとき
は「原爆三法」という。)が制定された。これは,原爆二法を一本化したものであ
って,附則4条2項により,施行日(平成7年7月1日)前に原爆医療法3条によ
って交付された被爆者健康手帳は被爆者援護法2条によって交付された被爆者健康
手帳とみなし,また附則11条1項により,施行の際,現に原爆特別措置法に基づ
いて健康管理手当等に関する認定を受けている者は被爆者援護法に基づく同様の認
定を受けた者とみなし,更に附則13条により,平成7年6月分以前の月分の原爆
特別措置法による健康管理手当等の支給については従前の例によるものとしてい
る。そして,被爆者援護法も,原爆二法と同様に外国人被爆者にも適用され,原爆
二法と同様の運用がなされている。(甲7,9,10)
(2) 本件訴訟を提起するに至る経緯
ア 一審原告は,西暦1927年(昭和2年)9月24日に戸畑市(現在の北九州
市)で出生した。昭和18年にa高等計理学校を卒業して,叔父の経理事務を手伝
っていたが,同年12月に徴用され,長崎市のb兵器製作所c工場で鍛造の仕事に
従事していた。昭和20年8月9日,合宿先のd寺において,長崎市に投下された
原子爆弾によって被爆した。その後,同年11月中旬に韓国に渡り,以来,現在に
至るまで同国内に居住し続けているが,その間の昭和56年6月ころ,来日して,
被爆者健康手帳の交付を受けた。(甲16,一審原告)
イ 一審原告は,平成6年7月に治療のために来日し,e病院に入院するなどして
同年9月下旬まで滞在していた。来日直後,長崎市長に対し,原爆医療法3条に基
づいて被爆者健康手帳の交付を申請し,同年7月4日,同市長から,同法2条1
号,2号に該当するとして被爆者健康手帳(手帳番号○○○○○○-○)の交付を
受けた。更に,同市長に対し,原爆特別措置法5条に基づいて健康管理手当の支給
を申請し,同月27日,同市長から,同条1項に規定する要件に該当するものと認
定されて(以下「本件支給認定」という。),平成6年8月から平成9年7月まで
の健康管理手当の支給期間が定められ,平成6年8月12日,健康管理手当証書
(証書記号番号○○○○○○)の交付を受けた。同証書には,支給月額を3万18
60円,支給日を毎月24日(休日等の場合は前日),入金先を一審原告が指定し
た株式会社f銀行g支店の普通預金口座とする旨,記載されていた。(甲1,2,
16,乙4,一審原告,弁論の全趣旨)
ウ 長崎市長は,一審原告に対し,健康管理手当として,平成6年8月24日及び
同年9月22日に各3万1860円を,同年10月24日に3万3300円を,そ
れぞれ上記イの預金口座に振り込んで支給した。(甲3,16)
エ 平成6年9月下旬,一審原告が韓国に帰国したところ,長崎市長は,402号
通知に基づき,一審原告が日本国の領域を越えて居住地を移したために失権したと
判断して,一審原告に対する同年11月分以降の健康管理手当の支給を打ち切った
(以下「本件支給打切り」という。)。一審原告は,平成9年2月ころ,株式会社
f銀行g支店に電話をして問い合わせをした際,健康管理手当の支給が打ち切られ
ていることを知った。(甲4,16)
オ そこで,一審原告は,平成9年4月30日に来日して,同年5月1日,hを代
理人として長崎市長に対し,健康管理手当の支給打切りの理由を質したところ,同
市長から,402号通知を理由として支給を打ち切った旨,同月9日付け文書で回
答を受けた。一審原告は,このような回答に納得できなかったものの,新たに被爆
者援護法に基づき,被爆者健康手帳の交付と健康管理手当の支給を申請し,同市長
から被爆者健康手帳の交付を受けたうえ,同年5月分の健康管理手当として3万3
530円の支給を受けた。更に,同年5月30日に来日して,前月と同様に,同市
長に対し,被爆者健康手帳の交付と健康管理手当の支給を申請し,同市長から被爆
者健康手帳の交付を受けたうえ,同年6月分の健康管理手当として同額の支給を受
けた。(甲4,15,証人h)
カ 一審原告は,平成9年6月2日,長崎県知事に対し,本件支給打切りの取消し
を求めて審査請求をしたが,同知事は,同年9月17日付けで審査請求を却下する
旨の裁決をした。そこで一審原告は,同年10月13日,厚生大臣に対し,再審査
請求をしたが,同大臣は,平成11年3月30日付けで「原行為に係る再審査請求
はこれを却下し,原裁決に係る再審査請求はこれを棄却する」旨の裁決をし,一審
原告は同年4月5日に裁決書を受領した。(甲5,15,証人h)
キ そこで,一審原告は,平成11年5月31日,健康管理手当の支給等を求め
て,長崎市長,控訴人国及び被控訴人長崎市を被告として,原審である長崎地方裁
判所に本件訴訟を提起した。
3 当審における主たる争点
(1) 一審原告は,本件支給認定によって取得した健康管理手当の受給権を,日
本国から出国したことにより失うか否か。
(2) 仮に一審原告が本件支給認定によって取得した健康管理手当の受給権を,
日本国から出国したことにより失うことがないとしても,一審原告に対して,健康
管理手当の支給義務を負うのはどこか。
4 争点に関する各当事者の主張(当審において補充ないし付加した部分にはアン
ダーラインを引いた。)
(1) 争点(1)について
(控訴人国及び被控訴人長崎市の主張)
 一定の事実の存在が行政処分の前提(効力存続要件)となっている場合に当該事
実が欠けるに至ったときには,当該行政処分の効力を存続させるための前提が失わ
れてしまうから,何ら新たな行政処分がなくともその行政処分の効力は当然に消滅
する。原爆三法には明文の規定はないけれども,以下のアないしオのとおり,原爆
三法に基づいて被爆者に与えられる権利は被爆者が日本国内に居住又は現在する限
りにおいて給付を受けることができるという内容の権利であって,被爆者が日本国
内に居住又は現在することを被爆者健康手帳交付決定及び健康管理手当支給決定の
前提(効力存続要件)としているものと解される。したがって,被爆者が日本国内
に居住又は現在していたが,その後日本国内に居住も現在もしなくなった場合(以
下,このように「被爆者」たる地位をいったん取得した後に日本国内に居住も現在
もしなくなった被爆者を「狭義の在外被爆者」といい,日本国内に居住も現在もし
たことがなく,あるいは過去に日本国内に居住・現在したことがあっても「被爆
者」たる地位を取得したことのない被爆者を「広義の在外被爆者」といい,両者を
含めて「在外被爆者」とそれぞれいう。)には,それら決定の効力は当然に消滅
し,狭義の在外被爆者は「被爆者」たる地位を失い,健康管理手当の受給権も失う
ことになる。
 ところで,一審原告の本件健康管理手当支払請求は,原爆特別措置法及び被爆者
援護法(平成7年7月分以降)に基づく請求であるが,一審原告は平成6年9月下
旬に日本国を出国したことにより当然に「被爆者」たる地位を失ったのであるか
ら,これに伴って本件支給認定によって取得した健康管理手当の受給権も失うこと
になるというべきである。
ア 原爆三法の給付内容及び給付体系
(ア) 原爆医療法が定める「被爆者」に対する援護の内容は,①健康診断及びこ
れに基づく指導(4条,6条),②指定医療機関における医療の現物給付(7条,
9条),③被爆者一般疾病医療機関から医療を受けた場合の医療費の支給(14条
の2第1項)であり(以下,これらを一括して「医療給付」という。),これら給
付は,いずれも日本に居住又は現在する者に対してのみ支給されることとなってお
り,原爆医療法は,在外被爆者をこれら給付の対象から除外している。このように
原爆医療法が在外被爆者に対する医療給付を認めていないのは,在外被爆者には同
法を適用しないという立法政策がとられたからである。
 また狭義の在外被爆者は事実上医療給付を受けることができなくなるだけであっ
て,「被爆者」たる地位を失うことはないという解釈も採り得ない。なぜなら,も
し原爆医療法が在外被爆者を援助対象とする意図があるのであれば,狭義の在外被
爆者が再度日本に居住又は現在するようになった場合に,新たな被爆者健康手帳交
付決定を受けることなく医療給付を受けることができるはずであるが,そのような
ことを想定した規定は存在しないし,指定医療機関以外の者から医療を受けた場合
における医療費の支給要件を拡張することにより,現物給付でなく医療費支給とい
う形で医療給付を行うとの制度を採用することも可能であったのに,原爆医療法
は,かかる制度を採用していないからである。
(イ) 原爆特別措置法に基づく給付は,原爆医療法3条2項に基づいて被爆者健
康手帳交付決定を受けている「被爆者」であることが受給要件とされている。した
がって,原爆医療法が在外被爆者に適用されない以上,原爆特別措置法も在外被爆
者には適用されないことが明らかである。
 なお,原爆特別措置法による各種手当等の支給は単なる金銭の支給であるから在
外被爆者に対してこれを支給することに特段の問題はないのではないかとの見解も
ある。しかし,上記のように同法の適用対象者は,原爆医療法に基づいて被爆者健
康手帳交付決定を受けている「被爆者」であって,「被爆者」が日本国内に居住も
現在もしなくなった場合には,被爆者健康手帳交付決定は失効するのであるから,
原爆特別措置法が在外被爆者に適用されることはあり得ない。
(ウ) 被爆者援護法は,原爆二法の後継法であるから,被爆者援護法に基づく各
種手当等の支給についても原爆二法と全く同様に解すべきであり,被爆者援護法も
在外被爆者には適用されない。
(エ) 原爆特別措置法や被爆者援護法は,被爆者が放射能との関連性を明確に否
定できない疾病にかかっている場合には,十分な医療措置を受けるだけでなく,日
々の健康管理にも注意を払うことが望ましいことから,医療給付を基本としつつ
も,医療給付だけでは賄えない日々の健康管理に費やされる出費に対応するものと
して健康管理手当を支給することとしたものである。したがって,そもそも医療給
付を受けられない被爆者が健康管理手当のみを受給するなどという事態はまったく
想定していないことである。殊に,被爆者援護法は,被爆者に対し,保健,医療及
び福祉にわたる総合的な援護策を講じることを目的とし(前文,6条),健康診断
の実施,医療の給付,手当の支給及び福祉サービスの提供が一体のものとして実施
されることを予定しているのであって,これらの施策を分断して実施することは全
く予定していない。
 以上のように,原爆特別措置法や被爆者援護法上の各種手当等は,最低限の援護
である医療給付を補完するために,追加的,上乗せ的に給付される健康保持施策と
して位置づけられているのであるから,最低限の援護である医療給付さえ受けるこ
とが否定されている在外被爆者に対して,補完的,上乗せ的な援護である健康管理
手当等を支給することは,原爆三法の給付体系に反するというべきである。
イ 手続規定
 手続規定は当該法律の性格を反映したものであるというべきところ,原爆三法に
関する手続規定は,在外被爆者に対して適用されることを全く予定していない。殊
に受給者に対して給付を行う機関の定めは,それが財政支出の根拠となり,所掌事
務や権限分配の基準となることからすれば,必ず法律に明記される必要不可欠な手
続規定である。しかるに,原爆三法には,在外被爆者に対して給付を行うべき機関
の定めが完全に欠落しているのであって,このような必要不可欠な手続規定が欠落
しているということは,原爆三法が在外被爆者に対する適用を前提としていないこ
との何よりの証左である。具体的には,以下のとおりである。
(ア) 被爆者に対する健康診断等の健康管理の実施や手当等の支給をする機関が
都道府県知事とされ,これらの手当等の支給に要する費用が都道府県の支弁とされ
ていることや,被爆者に対する各種給付を行う都道府県知事の管轄が被爆者の居住
地(居住地がないときは現在地)移転に伴って移転することとされていることから
すると,給付の実施機関たる「都道府県知事」とは,「当該被爆者が居住又は現在
する地を管轄する都道府県知事」を意味すると解される。そうすると,在外被爆者
については実施機関である都道府県知事を定め得ないことになる。
(イ) 一審原告は,被爆者の最後の居住地又は現在地の都道府県ないし国が在外
被爆者に対して各種手当を支払うべき義務を負うとの立場に立っているものと解さ
れるが,居住又は現在しない被爆者に対する各種手当の支給は最後の居住地又は現
在地の都道府県の事務ではない。このように地方公共団体の事務でないものについ
て都道府県の負担として支出するためには,法令上の根拠に基づいてされることが
必要であるところ(地方自治法232条1項),都道府県知事が,その管轄地域外
の在外被爆者に対して,各種手当にかかる費用を支弁することを定めた規定は存在
せず,原爆三法が規定する「都道府県知事」又は「都道府県」を,被爆者の最後の
居住地又は現在地の「都道府県知事」又は「都道府県」と読み替えることを許す規
定も存在しない。
 また,国は各種手当の支給に要する費用を都道府県に交付することになっている
が,これは,都道府県を経由して国が被爆者に対して手当等を支給するという趣旨
ではなく,都道府県が自らの予算に基づいて被爆者に対して手当等を支給し,国は
都道府県が支弁した費用を交付金をもって二次的に負担する趣旨であるところ,戦
傷病者戦没者遺族等援護法に基づく年金等の支給や,労働者災害補償保険法に基づ
く保険給付と異なり,原爆三法には,国が直接手当等を支給すべきことを予定した
規定はない。
(ウ) 健康管理手当,医療特別手当及び保健手当は,「被爆者」であることのほ
か一定の要件のもとに支給されるが,その要件に該当しなくなった場合には,これ
らの手当の支給は打ち切られるところ,原爆特別措置法施行規則及び被爆者援護法
施行規則は,居住地又は現在地の都道府県知事に対する「被爆者」の届出義務とし
て,健康管理手当については要件不該当の届出義務を,医療特別手当については要
件不該当の届出義務と健康状況届の届出義務を,保健手当については要件不該当の
届出義務と現況届の届出義務を規定しており,また,原爆医療法施行令及び被爆者
援護法施行令は,居住地を変更した場合にはすべての「被爆者」に対して都道府県
知事に対する届出義務を課しているのであって,これらの規定からも明らかなよう
に,原爆三法は,被爆者が支給決定後も継続して日本国内に居住又は現在している
ことを当然の前提としている。
ウ 立法者意思
 原爆特別措置法及び被爆者援護法の立法経過等に照らせば,以下のとおり,これ
らの法律が在外被爆者に対して適用しないという前提で立法されていることは明白
である。
(ア) 立法者意思の位置づけ
 法令の解釈にあたっては,法文の解釈が基本となるが,立法者意思,すなわち立
法機関の考え方も,有力な指針として重視されなければならない。殊に本件のよう
に法文の文言解釈のみでは結論を導き得ない場合には,立法者意思を探求して解釈
することが必要である。すなわち,原爆三法は,適用範囲について直接に根拠づけ
る明文規定を欠いており,公的な財源によって賄われる給付立法であり,どの範囲
の者に対して給付を行うかという事項は,国会の広範な立法裁量に委ねられている
のであるから,立法者意思を探求することは必要不可欠の作業である。
(イ) 原爆特別措置法の立法者意思
 以下の審議経過によれば,原爆特別措置法を在外被爆者に対して適用しないとい
う立法者意思は明白である。
 昭和43年4月12日の第58回国会参議院本会議において,原爆特別措置法に
ついての審議が行われたが,その際,i厚生大臣は,返還前の沖縄に在住する被爆
者について同法が適用されるか否かという質問を受け,「沖縄在住の原爆被爆者に
対しては適用されない」旨の答弁をしている。返還前の沖縄に在住していた被爆者
は,現在の在外被爆者の地位にあったものであり,このような厚生大臣の答弁を踏
まえた上で原爆特別措置法が可決・成立しているのであるから,在外被爆者に対し
ては原爆特別措置法を適用しないというのが当時の立法者意思である。
 そして,i厚生大臣の上記答弁は,①本土に居住又は現在している際に被爆者健
康手帳交付決定を受けた「被爆者」が,沖縄に居住地及び現在地を移した後も,原
爆特別措置法の適用を受けられるかという問題と,②本土で一度も被爆者健康手帳
交付決定を受けていない沖縄在住者が,沖縄に居住かつ現在する状態のままで同法
の適用を受けられるかという問題を特に分けずに答弁しているのであるから,①の
者(狭義の在外被爆者)にも②の者(広義の在外被爆者)にも同法は適用されない
趣旨であることは明らかである。
 その他,原爆二法の審議経過に関する国会議事録を精査しても,原爆二法を在外
被爆者に対して適用する趣旨で明文を置かなかったとの立法者意思を窺わせるもの
はない。
(ウ) 被爆者援護法の立法者意思
 平成6年12月1日の第131回国会衆議院厚生委員会において,被爆者援護法
についての審議が行われたが,その際,j厚生省保健医療局長は,「現在御審議を
いただいております政府案の適用につきましては,同法に基づきます給付というの
が,拠出を要件としない公的財源によって賄われるものであるということ,それか
ら他の制度との均衡を考慮する必要があるということから,日本国内に居住する者
を対象として手当を支給するということで考えているわけでございます。したがい
まして,手当であるかあるいは年金という名前であるかということを問わず,我が
国の主権の及ばない外国において日本の国内法である新法を適用することはできな
いというふうに考えております。」と答弁して,被爆者援護法の政府案が在外被爆
者を適用対象としていないことを明確にしており,また同委員会において,年金化
すれば外国にいても支給されるとの前提のもとに日本共産党が提出した全被爆者へ
年金を支給することなどを内容とする修正案も否決されている。
 更に同月6日の第131回国会参議院厚生委員会の審議においても,j厚生省保
健医療局長は,「今,御提案させていだいております新法の適用につきましては,
現行の原爆二法と同様に,本国内に居住する者を対象とするという立場をとってお
ります。」と同様の答弁をしている。
 以上の経緯を経て,被爆者援護法の政府案が衆参両議院で可決されたことからす
れば,在外被爆者に対しては同法を適用しないというのが立法者意思である。
(エ) 日本国に居住又は現在することが「被爆者」たる地位の効力存続要件とし
て明記されていない理由
 原爆三法は,給付体系や立法経過等から,在外被爆者に適用されないことが当然
の前提とされていたが,このことは,在外被爆者に適用する趣旨で敢えて効力存続
要件に関する規定を設けなかったとの立法者意思を窺わせる資料が全く存在しない
ことや,在外被爆者に対する給付規定が存在しないことなどからも裏付けられる。
エ 法的性格
(ア) 原爆三法は,社会保障法として他の公的医療給付立法や公的扶助立法と類
似の性格を有し,また受給者の拠出を要しない非拠出制の社会保障法に属する。一
般的に,社会保障法は,そのよって立つ社会連帯と相互扶助の理念から,それを制
定する主体の権限の及ぶ全地域に効力を有し,またその地域に効力の限界を有する
とされている。特に非拠出制の社会保障法は,社会連帯の観念を基礎とし,給付に
要する費用は国家の一般財源に依存し,究極的には国家の構成員の総体が租税とい
う形で負担するものであるから,社会連帯の観念を入れる余地がなく,当該社会の
構成員でもない海外居住者に対しては適用されないのが通例である。したがって,
非拠出制の社会保障法は,日本国内に居住も現在もしない者については,特に給付
を認める明文規定のない限り,適用を予定していないものと考えられる。そうする
と,原爆三法は,在外被爆者に対して給付を認める明文を設けておらず,これらの
者に給付を行うことを前提とする手続規定等も全く存在しないのであるから,在外
被爆者を対象としていないことは明らかである。
(イ) 原爆三法の制度の根底に国家補償的配慮があるとしても,そのような抽象
的性格から直ちに在外被爆者にも原爆三法が適用されるべきであるとの解釈は導け
ないはずである。国家補償とは国家の行為に起因して生じた損害を原因者である国
家が填補することを意味するが,当然に損害を被った者全員に対して補償するとい
う原則はなく,他の一般の戦争被害者に対する対策との均衡の点からしても,明文
によって認められた範囲に限って国家補償的配慮を実現することとしたものと考え
るべきである。明文の規定を逸脱して適用範囲を広げることは,原爆三法の国家補
償的配慮を根拠なく拡大解釈するものであり,戦争被害に関する我が国の法体系に
不整合をもたらすことになる。原爆三法は,在外被爆者に対して給付を認める明文
の規定を設けていないのであるから,この点からも在外被爆者を対象としていない
ことは明らかである。
(ウ) 原爆三法が外国人被爆者にも適用されるのであるから,多くの外国人被爆
者が含まれるであろう在外被爆者を適用除外とするには,その旨が明文で規定され
たはずであるとの見解は,属人主義と属地主義という次元の異なる2つの問題を混
同したものである。原爆三法は,確かに国籍要件を問わず内外人を平等に扱ってい
るので属人主義を採用していないことが明らかであるが,そのことと同法が属地主
義を採用しているか否かとは全く別個の問題である。現に最高裁昭和53年3月3
0日第一小法廷判決,民集32巻2号435頁(以下「最高裁昭和53年判決」と
いう。)も,原爆医療法は外国人被爆者にも属地的に適用されるものであることを
前提として判断が示されている。
オ 人道的見地,憲法14条1項,市民的及び政治的権利に関する国際規約 (昭
和54年8月条約第7号。以下「B規約」という。)2条1項,26条
(ア) 仮に原爆三法が人道的見地から被爆者の救済を図ることを目的とした立法
であるとしても,いかなる範囲において,いかなる方法によって,その目的を達成
するかは,個別の法律の立法政策の問題である。そして,原爆三法の支給対象者の
決定には,立法府に極めて広範な裁量権が認められるところ,日本人であっても外
国人であっても,在外被爆者のように現在の日本社会と何らのかかわりも持たない
者に対して健康保持の施策を及ぼさないとする立法政策は,極めて合理的であり,
憲法14条1項に違反していないことは明らかである。
(イ) B規約2条1項,26条において禁止されるのは不合理な差別であるとこ
ろ,原爆三法の適用対象者を日本国内に居住又は現在する被爆者に限ることには十
分合理性がある。
(一審原告の主張)
 在外被爆者に原爆三法が適用されないという控訴人国及び被控訴人長崎市の上記
主張は,いずれも争う。仮に,その主張の論拠にたつとしても,一旦日本国内に現
在して「被爆者」の地位を取得した者が,その後,日本国内に居住も現在もしなく
なった場合に,その者の健康管理手当の受給権を失わせてしまうという解釈運用は
全く合理性がない。 
 その理由は以下のとおりである。
ア 原爆三法の給付規定等について
 健康管理手当受給権の発生,消滅,停止等の設定は,行政官庁の法解釈や運用に
関する通達では足らず,法律の規定によらなければならないところ,原爆医療法,
原爆特別措置法及び被爆者援護法のいずれにも,「被爆者」が日本国の領域を越え
て居住地を移した場合に,同受給権が消滅する旨の規定がない。原爆三法が定める
給付について在外被爆者を適用対象外にしているのは,法律ではなく行政官庁の解
釈運用である。
 当該法が在外被爆者にも適用されるかどうかという点は,同法にとって決定的に
重要なことであり,自明なことでなければ,解釈に二義を残さないように,明文を
もって一義的に明白であるように規定すべき事柄である。しかし,原爆三法には在
外被爆者に対する同法の適用について明文の規定が設けられていないのであるか
ら,在外被爆者に対して同法を適用することは,至極当然のことである。
 なお原爆医療法に対する給付は,日本国内だけではなく,国外において行うこと
も運用上可能である。ただ実際には,在日医療機関しか指定されていないので,実
現性が制約されているに過ぎない。このように外国で医療給付を受けられる病院が
ないという事実上の問題だけで,「被爆者」が日本国内に居住も現在もしなくなっ
た場合に被爆者健康手帳交付決定の効力を失わせるという解釈運用は,合理的な理
由がなく不当である。
 また原爆特別措置法や被爆者援護法上の各種手当等は,最低限の援護である医療
給付を補完するためにの追加的,上乗せ的な給付であるとの控訴人国及び被控訴人
長崎市の主張は争う。同主張は,論理的な根拠を欠いているうえ,上記各法にその
ように解すべき明文の規定もない。むしろ,これら法律は,被爆者の要求とこれを
後押しする世論を受け入れて立法化されたものであり,そこで定める健康管理手当
等の給付は,医療給付は受けていないが健康保持が必要である被爆者に対して,医
療給付とは相対的に独立した給付として位置付けられて立法化されたものである。
イ 手続規定について
 そもそも手続関係規定は,在外被爆者の権利の存否にかかわるものではなく,法
の命ずる施策をいかに具体的に実現するかという事務取扱いにかかわるものである
から,その欠如は在外被爆者への原爆三法不適用の論拠とはなり得ない。
 また給付の実施機関の管轄規定は,行政事務の円滑と被爆者の利便性に配慮した
ものであり,在外被爆者を排除する趣旨の規定ではない。
ウ 立法者意思について
 控訴人国及び被控訴人長崎市が主張する立法者意思は,法の立案者である行政側
の説明を引用しているに過ぎない。
 また議員質問,大臣答弁,政府委員答弁などから,原爆特別措置法や被爆者援護
法の立法の際の立法者意思を単純明瞭に把握できるものではない。
エ 法的性格について
 原爆三法が社会保障法として立法されたからといって,我が国の主権の及ぶ範囲
に限って適用されるという論は成り立たない。
 また原爆三法が社会連帯の観念を基礎とする社会保障法の性格をもつものである
としても,日本国の租税を国内の構成員だけが負担しているのではないことなども
考えると,ここにいう社会連帯の観念は世界規模での社会連帯を意味すると解すべ
きであり,原爆三法の社会保障法的性格をもって,同法が在外被爆者に対して適用
されないと解釈することの根拠とすることはできない。
オ 人道的見地,及び憲法14条1項,B規約2条1項,26条違反について
 被爆者の被害者救済は,人道にかなわなければならず,その救済法は一切の差別
を許容せず,仮に立法上差別するとしても,差別のための明白かつ合理的な理由が
要求される。しかし,在外被爆者に健康管理手当を支給しないことには,明白かつ
合理的な理由がなく,それは人道的見地からも許されず,憲法14条1項及びB規
約2条2項,26条に違反する。
(2) 争点(2)について
(控訴人国の主張)
 原爆三法は,在外被爆者に対しては,各種手当等の給付を行うことを予定してい
ないというべきであるが,仮にそうでないとしても,控訴人国が,在外被爆者に対
して,直接各種手当等の給付を行うべき義務はない。
 すなわち,①原爆三法は各種手当等の給付機関として都道府県知事のみを明記し
ていること,②平成11年7月16日法律第87号による改正前の地方自治法14
8条2項の別表第三の(十の二)は,「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律
(平成6年法律第117号)及びこれに基づく政令の定めるところにより,被爆者
に対し,被爆者健康手帳を交付し,健康診断及び必要な指導を行い,被爆者一般疾
病医療機関を指定し,医療費及び一般疾病医療費を支給し,医療を行つた者等に対
して報告等を命じ,又は職員をして質問させ,並びに被爆者等に対して医療特別手
当等を支給する等の事務を行うこと」をすべて一律に都道府県知事の行う国の機関
委任事務としており,在外被爆者に対する給付事務を含む各種手当等の給付事務の
中で,都道府県知事に委任されていない事務があると解することはできないこと,
③原爆特別措置法10条1項及び被爆者援護法42条1号は,「医療特別手当,特
別手当,原子爆弾小頭症手当,健康管理手当,保健手当,介護手当及び葬祭料の支
給・・・に要する費用」を都道府県の支弁とする旨を規定しており,各種手当等の
支給に要する費用のなかで,都道府県が支弁しないものがあると解することはでき
ないことからすると,機関委任事務に要する費用は,普通地方公共団体が債務者と
して支払うべきものと解すべきであり,控訴人国が直接各種手当の給付機関となる
場合があることを原爆三法が予定しているとは到底解することができない。したが
って,控訴人国には,在外被爆者である一審原告に対して直接健康管理手当を支給
する義務はない。
(一審原告の主張)
 健康管理手当の支給については,都道府県が先ずは自己の責任と計算において,
被爆者に対し,直接,第一次的に支給義務を負っていると解すべきであるが,国も
終局的にはその責任と計算において都道府県に対して財政措置を講じなければなら
ない立場にあるから,その意味において支給義務を負っているというべきである。
そうすると,国外に出た「被爆者」(狭義の被爆者)である一審原告に対しては,
その最後の居住地又は現在地の都道府県である被控訴人長崎市と控訴人国とがとも
に健康管理手当を支給すべき義務を負うことになるが,両者の支給義務の法律関係
は,重畳的関係にあると解される。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,原判決と同様に,一審原告の健康管理手当支給請求(遅延損害金
を含む)については,控訴人国に対する請求のみを認容すべきであって,被控訴人
長崎市に対する請求は棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりであ
る。
2 争点(1)について
 一審原告が本件支給認定によって取得した健康管理手当の受給権を,日本国から
出国したことにより失うか否かについて判断する。
 前記第2の2において認定したとおり,一審原告は,長崎市長に対して,原爆医
療法に基づいて被爆者健康手帳の交付を申請し,平成6年7月4日,被爆者健康手
帳の交付を受け,次いで原爆特別措置法に基づいて健康管理手当の支給を申請し,
同月27日,本件支給認定を受けて健康管理手当を平成6年8月から平成9年7月
まで受給する権利を取得した。そして,平成6年に立法された被爆者援護法は,施
行日である平成7年7月1日より以前に原爆医療法に基づいて交付された被爆者健
康手帳は,被爆者援護法によって交付された被爆者健康手帳と,また施行の際,現
に原爆特別措置法に基づいて健康管理手当等に関する認定を受けている者は,被爆
者援護法に基づく同様の認定を受けた者とみなす旨規定し,更に平成7年6月分以
前の原爆特別措置法による健康管理手当等の支給については従前の例によるものと
している(附則4条2項,11条1項,13条)。これらの規定によれば,一審原
告の本件の健康管理手当支給請求は,原爆特別措置法(平成7年6月分まで)及び
被爆者援護法(同年7月分以降)に基づく請求であると解される。
 しかるに,一審原告が平成6年9月下旬に日本国を出国したことにより,長崎市
長は,402号通知にしたがい,「被爆者」が日本国の領域を越えて居住地を移す
ことにより原爆特別措置法の適用がなくなり,健康管理手当の受給権は当然に消滅
するとの解釈に基づいて,平成6年11月分以降の一審原告に対する支給を打ち切
るに至ったものである。
 控訴人国及び被控訴人長崎市は,一審原告は日本国を出国したことにより,当然
に原爆三法における「被爆者」たる地位を失ったのであるから,本件支給認定によ
って取得した健康管理手当の受給権も失った旨主張する。しかし,当裁判所は,以
下に検討するように,一審原告は,出国によって「被爆者」たる地位を失わず,健
康管理手当の受給権を有していると考える。以下,その理由を述べる。
(1) 原爆三法の法文上の被爆者の地位について
 原爆医療法は,同法の適用を受ける「被爆者」を,同法2条各号のいずれかに該
当する者で被爆者健康手帳の交付を受けた者とし(なお,同法3条によれば,都道
府県知事は申請者が同法2条各号のいずれかに該当すると認めるときはその者に被
爆者健康手帳を交付するとしている。),「被爆者」は毎年健康診断を受けられる
ほか,厚生大臣の認定を経た「被爆者」は医療給付又はこれに代わる医療費の支給
を受けられる。
 次に原爆特別措置法は,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者であっ
て,原子爆弾の傷害作用の影響を受け,今なお特別の状態にあるものを援助の対象
者とし(1条),医療特別手当のほか,特別手当や健康管理手当等を「被爆者」に
支給するものとしている(2条,3条,4条の2,5条,5条の2)。この中で健
康管理手当については,造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚生省令で定める障
害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるもの
を除く。)にかかっていること(5条1項)が都道府県知事によって認定された
「被爆者」が,その受給権を取得する。したがって,原爆特別措置法上の被爆者
は,「被爆者」と同一であると解される。
 最後に被爆者援護法は,上記原爆二法を一本化したものであって,被爆者援護法
1条各号(原爆医療法2条各号と同一内容の規定)のいずれかに該当し,被爆者健
康手帳の交付を受けたものであることを,被爆者の要件とし(1条),これと共に
一定の条件を具備した「被爆者」に対して,各種援護を行う旨定めている。したが
って,被爆者援護法上の被爆者は,上記原爆二法上の「被爆者」と実質的に同一で
あると解される。
 ところで,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,居住地(居住地を有し
ないときは,現在地)の都道府県知事にその旨の申請をしなければならない(原爆
医療法3条,被爆者援護法2条)。これらの規定によれば,申請者が被爆者健康手
帳の交付を受けて「被爆者」たる地位を取得するためには,少なくとも申請時にお
いては,日本国内に居住又は現在することを前提としているものと解される。
 しかしながら,ひとたび被爆者健康手帳の交付を受けて「被爆者」たる地位を有
するに至った者が,その後日本国内に居住も現在もしなくなった場合(狭義の在外
被爆者の場合)に,「被爆者」たる地位が当然に失われることになるのか否か,換
言すれば,日本国内に居住又は現在することが「被爆者」たる地位の効力存続要件
であるか否かという点については,原爆医療法にも被爆者援護法にも明文の規定が
ないので(これに対して,児童手当法4条1項,児童扶養手当法4条2項,3項,
特別児童扶養手当等の支給に関する法律3条3項,4項は,日本国内に住所を有す
ることを支給要件とする旨規定している。),原爆三法の立法趣旨,法的性格,立
法者意思,給付内容や給付体系,手続規定,その他の事項を総合的に検討して決す
るほかない。
 以下,順次検討する。
(2) 原爆三法の立法趣旨について
 原爆医療法は,「広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者が今なお置か
れている健康上の特別の状態にかんがみ,国が被爆者に対し健康診断及び医療を行
うことにより,その健康の保持及び向上を図ること」を目的(1条)とし,これに
続く原爆特別措置法は,「広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者であっ
て,原子爆弾の傷害作用の影響を受け,今なお特別の状態にあるものに対し,医療
特別手当の支給等の措置を講ずることにより,その福祉を図ること」を目的(1
条)としてそれぞれ立法され,更にこれら原爆二法の後継法たる被爆者援護法は,
その前文において,「広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類のない破
壊兵器は,たとい一命をとりとめた被爆者にも,生涯いやすことのできない傷跡と
後遺症を残し,不安の中での生活をもたらした。そこで,国の責任において,原子
爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異な
る特殊な被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,
医療及び福祉にわたる総合的な援護策を講じ,あわせて,国として原子爆弾による
死没者の尊い犠牲を銘記するため,この法律を制定する」旨,宣言している。そし
て,同法の国会審議(第131回国会衆議院厚生委員会)においても,k厚生大臣
は,出席委員の質問に対して,被爆による被害が原爆放射能によるもので,他の戦
争被害とは異なる特殊なものであることを考慮して同法を制定する旨,答弁してい
る。(乙9,10)
 以上の諸点に照らすと,原爆三法は,被爆者の被った健康被害が一般の戦争被害
者のそれと比較して特異かつ深刻なものであるとの認識の下に,人道的な見地に立
って,既存の福祉医療制度だけでは救済が不十分であるとして,公費負担による新
たな被爆者救済制度を設けることを目的として制定されたものと認めるのが相当で
あって,その立法の根底には戦争遂行主体であった国が自らの責任において被爆者
の救済を図るという国家補償的配慮があったものと考えられる(最高裁昭和53年
判決参照)。
 このように原爆三法は被爆による健康被害に苦しむ被爆者を広く救済することを
目的として立法化された法律であるから,その解釈にあたっては,この立法目的に
沿うようにすべきである。特に一審原告を含む在外被爆者については,歴史的にみ
て日本国の国策との関連で原爆の被害を受けた蓋然性があることにも配慮し,この
解釈指針を適用すべきである。
(3) 原爆三法の法的性格について
 控訴人国及び被控訴人長崎市は,原爆三法は非拠出制の社会保障法に属するから
明文規定のない限り在外被爆者には適用されないし,また原爆三法の制度の根底に
国家補償的配慮があるとしても,それは他の一般の戦争被害者に対する対策との均
衡の点で極めて例外的な法制度と位置付けるべきであるから,その適用は明文によ
って認められた者に限るべきである旨主張する。
 確かに控訴人国及び被控訴人長崎市が主張するように,非拠出制の社会保障法
は,そのよって立つ社会連帯と相互扶助の理念を基礎とするものであって,給付に
要する費用は社会の構成員の総体が租税という形で負担するものであるから,その
適用対象者は,当該社会の構成員に限定するという解釈が成り立ち得ないわけでは
ない。しかしながら,原爆三法が非拠出制の社会保障法に属するとしても,上記
(2)のとおり,原爆三法は,その根底にある国家補償的配慮に基づき,戦争とい
う国家行為に起因して生じた被爆者を広く救済するという目的をもって制定された
ものであり,しかも社会保障と国家補償とは必ずしも相反する観念ではないことか
らすると,社会保障法と国家補償法という2つの法的性格を併せ有する法律と認め
るのが相当である。してみると,原爆三法が社会保障法的な性格を有するとして
も,そのことから直ちに在外被爆者には同法が適用されないとの結論を導くことは
できない。
 また他の一般の戦争被害者に対する対策との均衡上,原爆三法の適用にあたって
は明文の規定が必要であるとの点についても,原爆三法が一般の戦争被害者と区別
して特に被爆者を援護しようとしていることは上記(2)に説示したとおりである
から,一般の戦争被害者対策との均衡という理由によって同法を在外被爆者に適用
するためには明文の規定が必要であるとの結論を導き出すのは相当とはいえない。
 むしろ,原爆三法は国籍を問わずに外国人被爆者にも適用されるのであるから,
外国人被爆者が多数含まれると予想される在外被爆者を一律に同法の適用除外とす
る解釈は,同法の被爆者を広く救済するという立法趣旨に沿わないものであり,そ
の旨の明文の規定がない以上は,そのような解釈を採用すべきではない。
 よって,控訴人国及び被控訴人長崎市の上記主張は採用できない。
(4) 立法者意思について
 控訴人国及び被控訴人長崎市は,法令の解釈にあたっては,立法者意思を有力な
指針として重視すべきであり,殊に適用範囲について明文規定を欠いていて,しか
も公的な財源によって賄われる給付立法である原爆特別措置法や被爆者援護法の場
合には,立法者意思を探求することが必要不可欠の作業であるところ,これら法律
の立法経過等に照らせば,同法を在外被爆者に対して適用しないという前提で立法
されていることは明白である旨主張する。
 しかしながら,法令の解釈というのは,あくまでも法文の意味内容を合理的に解
釈することが基本であって,立法者意思はその参考にとどまるものである。このこ
とは原爆三法の解釈にあたっても異ならない。
 そこで,原爆特別措置法に関する国会答弁をみるに,昭和43年4月12日の第
58回国会参議院本会議の会議録(乙6)によれば,確かにi厚生大臣は,返還前
の沖縄に在住する被爆者について同法が適用されるか否かの質問を受け,「沖縄在
住の原爆被爆者に対しては適用されない」旨の答弁をしていることが認められる。
しかし,この国会答弁は広義の在外被爆者を念頭に置いてした答弁と認められ,日
本国内に居住又は現在していた「被爆者」が日本国内に居住も現在もしなくなった
という狭義の在外被爆者の場合に「被爆者」たる地位が失われるか否かという問題
については,全く念頭になかったものと推認される。この点ついて,控訴人国及び
被控訴人長崎市は,i厚生大臣の上記答弁は,本土に居住又は現在している際に被
爆者健康手帳交付決定を受けた「被爆者」が沖縄に移住した場合と,本土で一度も
被爆者健康手帳交付決定を受けていない沖縄在住者の場合とを特に区別せずに答弁
しているから,狭義の在外被爆者にも広義の在外被爆者にも同法は適用されないと
いう趣旨であったと主張するが,上記会議録には,沖縄在住の被爆者に対しては適
用されないとしか記載されておらず,「特に区別せずに答弁している」というより
も,むしろ狭義の在外被爆者は念頭になかったとみるのが相当であり,上記主張は
採用できない。
 また平成6年12月1日の第131回国会衆議院厚生委員会の会議録(乙10)
において,j厚生省保健医療局長が,「現在審議をしている政府案の適用について
は,日本国内に居住する者を対象として手当を支給するということで考えている」
旨を,更に同月6日の第131回国会参議院厚生委員会の会議録(乙13)におい
ても,同局長は,「今,提案している新法の適用については,現行の原爆二法と同
様に,本国内に居住する者を対象とするという立場をとっている」旨をそれぞれ答
弁していることが認められるが,いずれの場合も,i厚生大臣の上記答弁と同様
に,広義の在外被爆者を念頭に置いた答弁と認められ,狭義の在外被爆者の場合に
「被爆者」たる地位が失われるか否かという問題については念頭になかったものと
推認される。
 以上のとおり,立法過程では広義の在外被爆者が対象外であるか否かは論議され
ていたが,狭義の在外被爆者については想定外であったので,政府側の答弁内容が
直ちに立法者意思といえるかどうかはともかく,少なくとも原爆特別措置法や被爆
者援護法の立法者意思が,狭義の在外被爆者に対して同法を適用しないというもの
であったとすることはできないといわなければならない。
 この他,控訴人国及び被控訴人長崎市は,原爆三法に日本国に居住又は現在する
ことが「被爆者」たる地位の効力存続要件として明記されていない理由は,その給
付体系や立法経過等から,在外被爆者に適用されないことが当然の前提とされてい
たからであり,それは,在外被爆者に適用する趣旨で敢えて効力存続要件に関する
規定を設けなかったとの立法者意思を窺わせる資料が全く存在しないことや在外被
爆者に対する給付規定が存在しないことなどからも窺える旨主張する。しかし,立
法経過の論議が狭義の在外被爆者が原爆三法の適用対象となるか否かという点につ
いては参考にならないことは,上記に説示したとおりであり,また給付体系や給付
規定の不存在を根拠とする主張を採用することができない理由は,後記(5)及び
(6)のとおりである。
 よって,控訴人国及び被控訴人長崎市の上記主張も採用できない。
(5) 給付内容や給付体系について
 控訴人国及び被控訴人長崎市は,原爆三法は医療給付を基本としつつも各種手当
等の給付を一体のものとして実施することを予定しているところ,原爆特別措置法
や被爆者援護法上の各種手当等は,最低限の援護である医療給付を補完するため
に,追加的,上乗せ的に給付される健康保持施策として位置づけられているのであ
るから,最低限の援護である医療給付さえ受けることが否定されている在外被爆者
に対して,補完的,上乗せ的な援護である健康管理手当等を支給することは,原爆
三法の給付体系に反する旨主張する。
 確かに原爆医療法の規定をみると,申請者が「被爆者」たる地位を取得するため
には,少なくとも申請時においては,日本国内に居住又は現在することを前提とし
ているものと解されるので,在外被爆者のうち,広義の在外被爆者は,「被爆者」
たる地位を取得することができず,その結果,医療給付を受けることができないこ
とになる。
 しかし,広義の在外被爆者であっても,「被爆者」の要件を具備しうる場合に
は,来日して所定の手続を履践すれば,医療給付や各種手当等の支給を受けられる
のであるから,そのような者には元々各種手当等の受給権がないというのではな
く,受給権はあるが事実上その権利行使が制限されている状態にあると解する余地
がある。また原爆医療法は,狭義の在外被爆者に対しては同法を適用しないとの明
文の規定を設けておらず,かつそのような立法政策を採ったうえで制定された法律
と認めるに足りる確かな証拠もない。更に給付対象者や給付内容をみても,医療給
付と原爆特別措置法及び被爆者援護法上の各種手当等の給付とではそれらが異なっ
たものとなっており,必ずしも後者が前者の補完的,上乗せ的な援護であるとまで
はいいきれない。たとえば,医療給付の対象者は,「原子爆弾の傷害作用に起因し
て負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者」で,厚生大臣
がその認定を行った者(原爆医療法7条,8条,被爆者援護法10条,11条)で
あるのに対し,原爆特別措置法及び被爆者援護法上の健康管理手当の支給の対象者
は,「造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚生省令で定める障害を伴う疾病(原
子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかか
っている被爆者で,都道府県知事がその認定を行った者(原爆特別措置法5条,被
爆者援護法27条)である。そして,医療給付の内容は,診察,薬剤等の支給,医
学的処置,手術等,居宅における療養上の管理等,病院への入院等(原爆医療法7
条,被爆者援護法10条)であるのに対し,健康管理手当の支給の内容は,手当の
支給(原爆特別措置法5条,被爆者援護法27条)であって必ずしも医療給付を前
提とはしていない。このように,後者は,前者とは一応別個に「被爆者」の健康管
理のために給付されるものであることが明らかである。また保健手当の一部や特別
葬祭給付金等は,医療給付の必要性とは全く無関係にその支給要件が定められてい
る(原爆特別措置法5条の2,被爆者援護法28条,33条)。 
 してみると,少なくとも狭義の在外被爆者に対して,健康管理手当を支給するこ
とが原爆三法の給付体系に反するとはいえないので,控訴人国及び被控訴人長崎市
の主張は採用できない。
(6) 手続規定について
 控訴人国及び被控訴人長崎市は,原爆三法上,在外被爆者に各種給付等を実施す
ることについて定めた手続規定がなく,しかも在外被爆者に対しては各種給付等の
実施機関も定めていないこと,現在地の都道府県知事に対する各種届出義務がある
ことなどから,原爆三法は在外被爆者に適用されることを全く予定していないと主
張する。
 なるほど原爆三法には在外被爆者に対して各種給付等を実施するための手続規定
はない。しかし,他方では「被爆者」が日本国内に居住又は現在し続けなければ各
種給付等を受給することはできない旨の規定もない。既に説示した原爆三法の立法
趣旨や法的性格に鑑みると,「被爆者」であるためには少なくとも申請時において
日本国内に居住又は現在することを要件としていると解する立場の根拠となる原爆
医療法3条や被爆者援護法2条の規定すらも,被爆者健康手帳交付申請の際の管轄
を定めた技術的規定にすぎず,実体的資格要件に関する規定とはいえないと解せら
れる。そうであるとすると,原爆三法が在外被爆者にも適用されるか否かという問
題点は,個々の法文から直接導きだせるものではなく,総合的な観点に立ったうえ
での解釈に委ねられているというべきであって,各種給付等を実施するための手続
規定の欠缺をもって,直ちに原爆三法が在外被爆者,殊に狭義の在外被爆者に適用
されることを予定していないと決めつけることはできない。
 また,原爆三法は,医療給付は厚生大臣が行うものとし(原爆医療法7条,14
条,14条の2,被爆者援護法10条,17条,18条),各種手当等の給付につ
いては都道府県が支弁するものの,その費用は国が当該都道府県に交付するものと
している(原爆特別措置法10条,被爆者援護法42条,43条1項)。後に詳し
く説示するように,これらの事務は本来国の事務であるが,専ら受給者である被爆
者の便宜を図るために都道府県知事を実施機関としたものと解される。したがっ
て,現行法上,在外被爆者に対しては各種給付等の実施機関を定めていないからと
いって,これを過大視することは相当ではなく,これをもって原爆三法が在外被爆
者へ適用されないとの論拠とすることはできない。
 更に控訴人国及び被控訴人長崎市は,原爆三法に関する手続規定の中に居住地又
は現在地の都道府県知事に対する各種の届出義務があることを理由として原爆三法
が在外被爆者に適用されないとも主張する。しかしながら,控訴人国及び被控訴人
長崎市が主張する届出義務は,いずれも原爆医療法施行令,原爆特別措置法施行規
則,被爆者援護法施行令及び同施行規則といった下位規範によって定められている
ものであり,そのような下位規範によって定められた届出義務をもって上位規範で
ある原爆三法の適用対象者の範囲を画することはできないというべきである。ま
た,厚生省令においても,被爆者が死亡した場合については,原爆医療法施行規則
5条の3,被爆者援護法施行規則8条が被爆者健康手帳の返還義務を規定している
のに対し,在外被爆者については,その旨の規定は存在しないのであって,控訴人
国及び被控訴人長崎市の主張する解釈に符合する形で首尾一貫しているわけではな
い。
 以上のとおりであるから,控訴人国及び被控訴人長崎市の上記主張は採用できな
い。
(7) 人道的見地について
 上記のとおり,原爆三法は,社会保障法と国家補償法という2つの法的性格を併
せ有する法律であって,人道的な見地に立って,公費負担による被爆者救済を図る
ことを目的としたものである。このような原爆三法の依って立つ人道的見地という
立場を考慮すれば,少なくとも狭義の在外被爆者に対して一定額の金銭給付である
健康管理手当の受給権を認めない解釈は,在外被爆者をして手当受給のために本来
の居住地を離れて生活することを強いるものであり,相当でないといわざるを得な
い。
 この点について控訴人国及び被控訴人長崎市は,仮に原爆三法が人道的見地から
被爆者の救済を図ることを目的とした立法であるとしても,在外被爆者のように現
在の日本社会と何らのかかわりも持たない者に対して健康保持の施策を及ぼさない
とすることは極めて合理的である旨主張するが,原爆三法の国家補償法的な性質や
被爆者のおかれている深刻な健康被害の実情に鑑みると,人道的な見地から少なく
とも狭義の在外被爆者に対しては救済を図るべきであると考える。
 よって,控訴人国及び被控訴人長崎市の主張は採用できない。
(8) まとめ
 以上に検討したところによると,原爆三法上,狭義の被爆者が「被爆者」たる地
位を失うとの解釈には,実質的・合理的理由はないといわざるを得ず,むしろ,
「被爆者」たる地位を失わないと解釈することのほうが原爆三法の立法趣旨にも適
っており相当であるというべきである。してみると,一審原告は,平成6年9月下
旬に日本国を出国したことによっては「被爆者」たる地位を失わず,そして前記の
とおり,一審原告は,平成6年7月27日に本件支給認定を受けて,平成6年8月
から平成9年7月まで健康管理手当を受給する権利を取得していて,この間その要
件が消滅したことを認めるに足りる証拠はないから,健康管理手当の受給権を引き
続き有していると認められ,本件支給打切りは相当でなかったことになる。
 そうすると,被爆者援護法附則13条により,一審原告は,未支給の健康管理手
当のうち,平成6年11月分から平成7年6月分までは原爆特別措置法に基づき,
同年7月分から平成9年4月分まで,及び同年7月分については被爆者援護法に基
づき,それぞれ支払請求権を有することになる。そして,健康管理手当の支給月額
は,法令上,平成6年11月分から平成7年3月分までは3万3300円(平成6
年6月法律第55号によって改正された原爆特別措置法),平成7年4月分以降は
3万3530円(同年3月政令第92号によって改正された原爆特別措置法施行令
及び被爆者援護法施行令)とされているから,未支給の健康管理手当の合計額は1
03万8280円(3万3300円の5か月分と3万3530円の26か月分)と
なり,一審原告の請求額103万0840円を上回っている。
3 争点(2)について
 上記2において説示したとおり,一審原告は,本件支給認定によって取得した健
康管理手当の受給権を日本国から出国したことにより失うことがないと解されるの
で,進んで,一審原告に対して,健康管理手当の支給義務を負うのはどこかという
争点について,以下,判断する。
(1) 平成11年法律第87号(平成12年4月1日施行)による改正前の地方
自治法(以下「旧地方自治法」という。)148条2項の別表第三には,国の機関
委任事務として,原爆特別措置法及び被爆者援護法に基づく各種手当等の支給が掲
げられている。国の機関委任事務とは,法令により地方公共団体の長などの権限に
属する国の事務のことをいうが,この場合,国の事務を地方公共団体の長が国の機
関として処理するのであるから,当時,上記各種手当等の支給にかかわる事務は都
道府県知事(広島市又は長崎市については市長)が委任者である国の機関として管
理し及びこれを執行しているものと解される。すなわち,国は自ら出先機関を設置
して国の事務を行う代わりに,地方公共団体の長を国の機関として国の事務を遂行
させているのである。したがって,その事務を行う権限や責任は,委任者である国
に留保されており,当該事務の効果も委任した国に帰属しているものと解されるの
で,法令に特段の定めがある場合にはそれによるが,そのような法令の定めがない
場合には,原爆特別措置法及び被爆者援護法に基づく各種手当等の支給義務を負担
するのは国であると解するのが相当である。
(2) そこで,次に法令に特段の定めがあるかどうかを検討する。
 旧地方自治法232条1項は,「普通地方公共団体は,当該普通地方公共団体の
事務を処理するために必要な経費,当該普通地方公共団体の長が・・・法律又はこ
れに基づく政令によりその権限に属する国・・・の事務を管理し,又は執行するた
めに必要な経費その他法律又はこれに基づく政令により当該普通地方公共団体の負
担に属する経費を支弁する」旨定めており,同規定によれば,普通地方公共団体
は,その団体事務だけではなく機関委任事務を管理又は執行するために必要な経費
を負担するものとされ,同規定中の「支弁する」とは,普通地方公共団体が債務者
として支給義務を負うという意味と解される。したがって,国の事務を処理するた
めに必要な経費であっても,国の機関委任事務に要する費用であれば,当該普通地
方公共団体が債務者として支給することになっているということになる。
 また原爆特別措置法は,「医療特別手当,特別手当,原子爆弾小頭症手当,健康
管理手当,保健手当,介護手当及び葬祭料の支給並びにこの法律又はこの法律に基
づく命令の規定により都道府県知事が行う事務の処理に要する費用は,当該都道府
県の支弁とする。」と(10条1項),「国は,政令の定めるところにより,前項
の規定により都道府県が支弁する費用(介護手当に係るものを除く。)を当該都道
府県に交付する。」と(同条2項)定めている。更に被爆者援護法も,「医療特別
手当,特別手当,原子爆弾小頭症手当,健康管理手当,保健手当,介護手当及び葬
祭料の支給並びにこの法律に基づく命令の規定により都道府県知事が行う事務の処
理に要する費用」は都道府県の支弁とする旨(42条),「国は,政令で定めると
ころにより,前条の規定により都道府県が支弁する費用(介護手当に係るものを除
く。)を当該都道府県に交付する」旨(43条1項)定めている。これらの規定
は,①健康管理手当につき受給権者に対して支給義務を負う者は,都道府県(又は
広島市,長崎市)であり,②国はその経費の最終的負担者にすぎない旨を定めてい
るものである。
 以上の旧地方自治法の規定や原爆特別措置法及び被爆者援護法の明文の規定によ
れば,給付手続やその実施機関が定められている「被爆者」については,法令に特
段の定めがある場合にあたるといえるので,健康管理手当の支給義務を負う者は,
被控訴人長崎市であり,控訴人国はその経費の最終的負担者にすぎないものと解さ
れる。
(3) しかしながら,一審原告のような狭義の在外被爆者については,原爆特別
措置法及び被爆者援護法のいずれにおいても,各種給付等を実施することを定めた
手続規定も,また各種給付等の実施機関に関する定めもない。この点,上記旧地方
自治法の規定や,一審原告に対して本件支給認定をしたのは長崎市長であり同認定
が失効していないと解されることなどからすると,被控訴人長崎市が引き続き支給
義務を負うと解する余地もないではない。しかし,402号通知によると,受給権
者が,日本国内において都道府県等の区域を越えて居住地を移した場合には,その
日の属する月の翌月からは新居住地の都道府県知事等が当該手当を支給するとされ
ており,この取扱いを前提とすれば,新居住地が日本国内にない一審原告のような
狭義の在外被爆者については,各種給付等の支給に関する定めがないといわざるを
得ない。その結果,都道府県等との繋がりを失った狭義の在外被爆者には各種給付
等を請求すべき名宛人が存在しないことになるが,このような給付手続やその実施
機関の欠缺を補うべき具体的な定めを旧地方自治法(上記のとおり,旧地方自治法
は,国の機関事務に要する費用を普通地方公共団体が負担することを定めている
が,本件のような場合に,どこの普通地方公共団体が当該費用を負担すべきかとい
う点までは定めていない。)にも,また原爆特別措置法や被爆者援護法,その他原
爆三法関連法令にも見いだすことはできない。
 そうであるとすると,本件の場合には,結局,法令に特段の定めがある場合には
該当しないというべきであるから,原則どおり,狭義の被爆者に対する各種給付等
の事務を行う権限や責務は委任者である控訴人国にあり,控訴人国が狭義の被爆者
に対して健康管理手当の支給義務を負い,被控訴人長崎市にはその義務はないと解
するのが相当である。
 以上の点について,控訴人国は,機関委任事務の制度は実定法に基づくものであ
り,健康管理手当の支給に関する事務は,国の機関委任事務であるとはいえ,その
支給義務はあくまでも地方公共団体が負うという構造になっている旨主張する。し
かしながら,控訴人国の主張は,一般の「被爆者」には当て嵌まるとしても,一審
原告のような狭義の在外被爆者には妥当しないというべきであるから,採用できな
い。
 なお,一審原告は,控訴人国と被控訴人長崎市が重畳的に支給義務を負うべきで
あると主張するが,以上の説示に照らし,その主張は採用できない。
(4) まとめ
 以上のとおり,一審原告の原爆特別措置法及び被爆者援護法に基づく上記未払の
健康管理手当支給請求については,控訴人国が債務者として支給義務を負うべきで
あり,被控訴人長崎市は支給義務を負わないことになる。
 以上の判断と異なる一審原告及び控訴人国の主張は,いずれも採用できない。
第4 結論
 以上によれば,原判決は相当であって,一審原告の控訴及び控訴人国の控訴はい
ずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
福岡高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官 石塚章夫
裁判官 山田和則
裁判官 山本善彦

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