弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 被告は、原告に対し、金5万円及びこれに対する平成10年11月27日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、東京拘置所在監中の原告が、東京拘置所長に対し私本購入の出願(以下
「本件出願」という。)をしたところ、東京拘置所長がこれを不許可とする処分
(以下「本件処分」という。)をしたため、同処分は違法であり、違法な同処分に
より精神的苦痛を受けたとして、被告に対し国家賠償法1条に基づき慰謝料金5万
円及び処分の日である平成10年11月27日から支払済みまで民法所定の年5分
の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 原告は、当初、東京拘置所長を被告として本件処分の取消請求も併合提起してい
たが、東京拘置所長が原告に対する差入れ・購入の制限を全面的に解除することを
決定し、平成14年5月13日に原告に告知したことから、本件訴えのうち、同請
求に係る部分を取り下げた。
2 法令等の定め
(1) 監獄法(以下「法」という。)51条は、「在監者ノ携有スル物ハ点検シ
テ之ヲ領置ス」と定める。
 そして、平成9年4月23日に、前条の規定に基づき、被収容者の領置物の管理
に関する規則(平成9年法務省令第38号、以下「本件省令」という。)が公布さ
れ、同年10月1日に施行された。本件省令は、所長が、衣類臥具について、被収
容者1人当たりの領置に係る種類及び種類ごとの個数を、被収容者の法的地位、性
別等を勘案して定めること(3条)、衣類臥具以外の物について、被収容者1人当
たりの領置に係る保管量を、領置倉庫において領置物を保管することができる容量
を収容定員で除したものから3条1項の規定により定めた衣類の総数を保管するた
めの容量を減じたもの、領置物を保管する容器の形状等を勘案して定めること(4
条)、被収容者が衣類臥具以外の物(飲食物を除く)の購入をする場合において、
4条1項の規定により定めた保管量を超えるときは、その物の購入を許さないこと
ができること(7条)、7条の規定は、衣類臥具以外の物(飲食物及び金銭を除
く)の差入れについて準用すること(8条)をそれぞれ規定する。
 そして、本件省令には附則において経過措置が規定され、本件省令施行の際に現
に領置されている衣類臥具の種類ごとの個数又は衣類臥具以外の物の容量が3条1
項の規定により定めた種類ごとの個数又は4条1項の規定により定めた保管量を超
える被収容者については、本件省令施行の日から6ヶ月間(平成10年3月31日
まで)に限り施行時領置数量を保管量とし、その後は順次保管量を減じるため、平
成10年9月30日までは施行時領置数量から基準保管数量を控除した数量(以下
「施行時超過数量」という。)の4分の3に基準保管数量を加えたもの、平成11
年3月31日までは施行時超過数量の2分の1に基準保管数量を加えたもの、平成
11年9月30日までは施行時超過数量の4分の1に基準保管数量を加えたもの、
平成12年9月30日までは施行時超過数量の8分の1に基準保管数量を加えたも
のを保管量とする旨規定されている。
(2) 東京拘置所長は、本件省令3条1項及び4条1項に基づき、死刑確定者
(男性)の1人当たりの「衣類臥具」の種類及び種類ごとの個数として上衣13
点、下衣6点、下着上9点、下着下15点、靴下類7点、防寒衣2点、敷布団1
点、掛布団1点、毛布等3点とし、これらを保管するための容量を1.3箱分(1
箱の大きさは、幅32センチメートル、長さ48センチメートル、高さ30センチ
メートルで、容量は46リットル相当である。)、衣類臥具以外の物を保管するた
めの保管量を1.2箱分として、被収容者1人当たりの基準保管数量を2.5箱と
定めた。
(3) 被収容者の図書等の閲読に関して、法31条1項は、「在監者文書、図画
ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス」とし、同条2項で「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限
ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定している。そして、同条の委任を受けた法施行規則
86条1項は、「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモ
ノニ限リ之ヲ許ス」と規定し、同2項は「文書図画多数其他ノ事由ニ因リ監獄ノ取
扱ニ著シク困難ヲ来タス虞アルトキハ其種類又ハ箇数ヲ制限スルコトヲ得」と規定
している。さらに、「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」(昭和41年
12月13日付け法務大臣訓令、以下「取扱規程」という。)及び「収容者に閲読
させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」(昭和41年12月10日付け矯
正甲第1330号矯正局長依命通達、以下「運用通達」という。)によって、図書
等の閲読を許可できる基準、図書等を交付する際の手続、閲読を終了した図書等の
取扱いが定められている。
 取扱規程においては、被収容者の私有の図書を「私本」と定義し(2条)た上、
私本の取扱いについて、3条5項に定める支障となる部分の抹消又は切り取り、並
びに14条に定める切り取り部分及び閲読後の雑誌の廃棄についてあらかじめ書面
によって本人の同意を得た上、閲読を許す私本に閲読許可証を付し、これを本人に
付するものとし(11条)、3条5項の規定により私本の切り取った部分及び閲読
後の雑誌は廃棄するものとされ(14条)、ただし、本人からの願い出があり、か
つ、所長において適当であると認めるときは、閲読後の雑誌については領置し、3
条5項の規定により切り取った部分については特別に保管し、釈放の際本人に交付
するとされる。
 東京拘置所においても、前記の定めに従って、私本について、雑誌と雑誌以外の
私本とに区分し、被収容者が雑誌を購入した場合又は被収容者に対して雑誌が差し
入れられた場合は、取扱規程14条に基づき、閲読後は原則として廃棄することと
している。また、被収容者が雑誌以外の私本を購入した場合又は雑誌以外の私本が
差し入れられた場合は、当該私本は、雑誌のように閲読後原則として廃棄する扱い
とはせず、被差入者である被収容者の領置物(衣類臥具以外の物)として保管手続
をした後、所定の交付手続を経て交付し、閲読後は原則として領置することとして
いる。
3 前提となる事実(証拠を掲記しない事実については、当事者間に争いがな
い。)
(1) 当事者
 原告は、昭和62年4月21日、殺人、爆発物取締罰則違反等被告事件での死刑
判決が確定した者であるが、同判決確定以前の昭和50年から引き続き東京拘置所
に収容されている。
(2) 本件処分に至る経緯
ア 平成9年9月1日及び25日、原告を含めた拘置所収容中の被収容者に対し
て、所内放送により、本件省令に基づき東京拘置所長が定めた基準保管数量及びそ
れを超過している者に対する経過措置等について連絡し、また、同年11月、本件
省令に関して「所内生活の心得」を一部改正し、改正部分を印刷した用紙を、既に
各被収容者に配布されている「所内生活の心得」に貼付した。
イ 平成9年10月1日、本件省令が施行され、原告の領置物の保管数量を調査し
たところ、原告の施行時領置数量は、「衣類臥具」については、上衣68点、下衣
20点、下着上20点、下着下20点、靴下類21点、防寒衣0点、敷布団2点、
掛布団4点、毛布等4点で、「衣類臥具以外の物」の保管量は77.5箱分であっ
た。
ウ 同年11月5日、拘置所職員が原告に対して、第1期経過保管数量が施行時領
置数量である旨告知し、併せて領置物を減らすように指導した。原告は、同年12
月1日、下衣1点、下着下1点の廃棄を出願した。
エ 平成10年4月1日、本件省令に基づき、原告の第2期経過保管数量は、上衣
55点、下衣17点、下着上18点、下着下19点、靴下類18点、防寒衣2点、
敷布団2点、掛布団4点、毛布等4点、「衣類臥具以外の物」の保管量は58.5
箱となった。そして、同日、原告の領置物の保管数量を調査したところ、「衣類臥
具」については、上衣68点、下衣19点、下着上20点、下着下19点、靴下類
21点、防寒衣0点、敷布団2点、掛布団4点、毛布等4点、「衣類臥具以外の
物」の保管量は77.5箱分であった。
 そこで、同月14日、拘置所職員が原告に対して、「衣類臥具」については、上
衣13点、下衣2点、下着上2点、靴下類3点、「衣類臥具以外の物」について
は、19箱分超過している旨告知するとともに、同日から1ヶ月以内に超過数量を
解消しない場合は、その状態が解消されるまでの間、超過物について、購入及び差
入れの制限を受けることがある旨を指導した。
オ 平成10年5月6日、原告が下着下1点及びタオル1点の廃棄を出願したの
で、これを廃棄した。
カ 平成10年6月2日、拘置所職員が原告に対して、これまでに超過して保管さ
れている領置物について解消するように指導されていたにもかかわらず、是正され
ていないので、「衣類臥具」については、上衣13点、下衣2点、下着上2点、靴
下類3点超過しているので、当該種類の購入及び差入れを認めない旨を、また、
「衣類臥具以外の物」については、19箱分超過しているので、飲食物を除く「衣
類臥具以外の物」の購入と飲食物及び金銭を除く「衣類臥具以外の物」の差入れ
は、それぞれ認めないが、領置物として保管されることのない消耗品及び新聞・雑
誌等については、原則として購入及び差入れは認める旨を告知し、同日から告知し
た物品に係る購入及び差入れの制限を開始した。
キ 原告は、平成10年8月11日に下着上1点及び下着下2点、同月21日に座
布団カバー1点、同年9月7日に上衣1点、下衣1点、下着上1点及び下着下1
点、同月9日に敷布団1点及び掛布団1点、同月下旬に下着上2点及び下着下1点
について、それぞれ廃棄を出願したので、これを廃棄した。下着上については、同
年8月11日及び同年9月7日の廃棄出願に基づき廃棄されたことにより、その個
数が第2期経過保管数量以内になったため、購入及び差入れの制限が解除された。
 また、原告は、同年8月27日及び同年9月7日に、書籍0.5箱分、同月29
日に書籍1箱分の宅下げを出願したので、これを許可した。さらに、同日、下着上
2点及び下着下2点の差入れがあったため、これを許可した。
ク 平成10年10月1日、本件省令に基づき原告の第3期経過保管数量は、上衣
41点、下衣13点、下着上15点、下着下18点、靴下類14点、防寒衣2点、
敷布団2点、掛布団3点、毛布等4点、「衣類臥具以外の物」の保管量は39.4
箱分となった。そして、同日、原告の領置物の保管数量を調査したところ、「衣類
臥具」については、上衣67点、下衣18点、下着上18点、下着下16点、靴下
類21点、防寒衣0点、敷布団1点、掛布団3点、毛布等4点、「衣類臥具以外の
物」の保管量は75.5箱分であった。
 そこで、同月2日、拘置所職員が原告に対して、「衣類臥具」については、上衣
26点、下衣5点、下着上3点、靴下類7点、「衣類臥具以外の物」については、
36.1箱分超過しているので、前記カと同様に購入及び差入れの制限を行う旨告
知するとともに、領置物を減らし超過数を解消するように指導した。
ケ 平成10年11月25日、原告は、「私本購入許可願」と題する願せんに「誓
約書」と題する便せん1枚(以下「本件宣誓書」という。)を添付した上、「私
本・新聞購入及び支払願」と題する願せんを提出し、「戦後の思想空間」(大澤真
幸著、以下「本件図書」という。)という図書1冊の購入を出願した(本件出
願)。上記誓約書には、「右書籍を購入し、閲読した後は、領置倉庫での保管を求
めることなく、右書籍をすみやかに親族に宅下げすることをここに誓約いたしま
す。」、「万が一、私がこの誓約に違反する行動をとった場合、誓約違反を理由に
右書籍の差入許可が撤回され、さらに右書籍を廃棄する措置がとられても、いっさ
い不服はありません。」との記載があった。
コ 平成10年11月26日、原告の本件出願について検討した結果、原告が購入
を希望した本件図書は、拘置所の取扱いによれば購入後は領置の対象となる私本に
該当し、飲食物ではない「衣類臥具以外の物」であり、本件省令4条1項により定
めた保管量を超えるものであったため、東京拘置所長は、原告の本件出願について
許可しない旨決定し、同日、原告に対して、本件図書の購入は許可しない旨を告知
した(本件処分)。
サ 東京拘置所長は、原告の死刑確定前の養子縁組によって養母となっていたBと
原告との交渉について、死刑確定後は原則として禁止していたが、平成13年11
月1日に至ってこれを改め、面会並びに面会日以外の差入れ及び宅下げを各月1回
とするなどの回数制限を付した上で、これを認めることとした。
 そこで、原告は、これまで領置倉庫に保管されていた物の多くを同女に保管して
もらうこととして順次宅下げの手続をし、平成14年5月10日までには保管量を
10箱前後まで減少させたところ、東京拘置所長は、同月13日、原告に対してそ
れまでの差入れ及び購入の制限を全面的に解除する旨告知した。
4 当事者の主張及び争点
(1) 原告の主張
ア 本件処分の違法性
(ア) 本件省令の違法性
 在監者が獄中で保有する私物の総量に制限を加える場合、全在監者について同一
の許容保管量を定める方式は、在監者間に著しい不平等を生じさせるものである。
在監者が獄中で保有することが必要な、又は、保有できることが望ましい私物の総
量が、通常、在監者の収容期間に比例して増加するものであることは経験則上明ら
かであり、各人の収容期間に比例して許容量を定めるべきである。
 よって、全在監者に同一の許容保管量を定める方式は、法53条による委任命令
を逸脱した違法・無効なものというべきである。
(イ) 本件処分の違法性
a 本件省令の解釈と運用
 仮に、本件省令を適法なものであると解する場合であっても、本件省令の解釈及
び運用は、在監者の権利・利益の尊重と公益の確保との間のバランスが取れた合理
的なものでなければならない。
 本件省令5条によれば、被収容者が3条1項の規定により定めた種類ごとの個数
を超えて衣類臥具を購入しようとした場合には、当該施設の所長は、本条による不
許可の権限を行使すべき職務上の義務を有することとなるが、定めた種類ごとの個
数を超過するときは、どのような場合でも必ず衣類臥具の購入を制限しなければな
らないということではないし、かかる場合の差入れ等の許否を所長の自由裁量に委
ねたものではない。差入れ等の制限は、非人間的で不自然な拘禁生活の苦痛を加重
し、在監者の精神的自由や裁判請求権にも制約を加える可能性があるものであるか
ら、所長は所定の基準保管数量を超える差入れ等の申請について、当該申請にかか
る一切の事情を考慮してもなお不許可とすべき必要かつ合理的な理由がある場合に
限り、本件省令に基づきその差入れ等を許さないことができるものと解すべきであ
る。上記解釈は、法務省矯正局総務課長が矯正管区長、行刑施設長等に通知を行っ
た内容と同趣旨であり、内閣総理大臣が衆議院議員に対する答弁書に記載した内容
と同一である。
 さらに、所長が、右の裁量権判断をなす際に、いわゆる「目的違反」や「他事考
慮」、「比例原則違反」等があってはならないことはいうまでもなく、形式的には
本件省令に基づく処分であっても、それが本件省令の立法目的とは異なる動機に基
づくものであったり、本件省令の目的達成に必要とされる以上に厳しい制限を課す
ものである場合には、裁量権を逸脱濫用したものとして、取消しを免れない。
b 死刑確定者の法的地位
 死刑確定者は、死刑の執行を確保するために監獄に拘置されるものであり、拘置
に伴うさまざまな制約を受忍すべき立場にある。しかし、死刑確定者といえども、
死刑が執行されるまでの間は憲法の規定する基本的人権の保障を享受し得る地位に
あり、これに対する制約は、その拘禁の目的及び性格に基づく、必要かつ合理的な
ものにとどめられるべきことはいうまでもなく、とりわけその心情の安定という面
においては、死刑確定者が生命を断たれることは確実であるにもかかわらず、その
時期が明らかでないまま拘禁を甘受せざるを得ないという精神的に極めて過酷な状
況下にあることに留意する必要がある。
c 領置の法的性質と領置物の範囲
 領置とは、在監者の私物について占有等の権利行使の禁止を命ずる法律行為的行
政行為であり、宅下げを許す際には、この禁止が全面的に解除されるのであり、舎
下げとはこの禁止の効力を一部解除して本人の使用を許すことである。法施行規則
140条は、領置物について領置台帳に登記すべき旨規定しているが、登記の有無
は領置の効力を左右するものではない。
 東京拘置所では、在監者の携有物や購入により適法に取得する金品もすべてその
取得と同時に領置をしているのであって、例えば、雑誌は、閲読後廃棄を予定され
ていて領置台帳に登記されるものではないが、房内所持の期限が付され、その後の
宅下げ等の処分が自由でないことからすると領置物であることが明らかである。
 なお、房内所持が認められていた領置物を領置倉庫に送る事務を「領置」と称す
ることがあるが、この事務は正確には「領置物の保管」というべきものである。
d 宅下許可の法的性質
 宅下許可は、前記のとおり、領置による禁止を全面的に解除してするものである
から、これによって、領置の処分は自動的に失効するものであると解される。した
がって、宅下げの許可後、宅下げがされる間の保管は、領置の継続ではないのであ
り、その後に目的物が領置倉庫に保管されていても、それは領置物として保管され
ているのではない。
e 宅下義務の不存在
 原告の領置物はすべて本件省令が施行される前に適法に取得され、領置されてい
るものであって、原告が同所においてそれらの領置物を保有することにはいかなる
違法性もない。したがって、本件省令が適法であるとしても、原告は、領置物を宅
下げ又は廃棄して、その数量を減らさなければならない法律上の義務を負わず、単
に、新たな差入れや購入により領置倉庫に新たなスペースが必要となる場合に、そ
の差入れや購入の制限を受忍すべき義務を負うにすぎず、領置倉庫における保管量
の増加につながらない物品の差入れは当然に認められるべきである。
 したがって、東京拘置所長が原告が基準保管量を超える保管物を保有しているこ
とに対する制裁として、ひいては、原告が減量の指導に従わざるを得ないようにし
向ける目的で図書の購入を禁止することは許されず、権限の濫用に当たる。
 原告の収容期間の長さ、原告の刑事事件が複雑・重大なもので、思想的な動機を
有するものであること、投獄後も自己の思想と良心に基づく活動として、在監者の
処遇改善運動や死刑廃止運動に積極的に関与していたこと、多数の民事・行政訴訟
を追行してきたこと、独善に陥ることなく人間として成長し続けるためにさまざま
な書籍を読破していることなどの諸事情のため、原告については、他の在監者より
も早いペースで領置物が増加せざるを得ない状況にあり、再審請求の進行に最小限
必要な訴訟記録だけでも基準保管量を超える状態であった。他方、原告は、未決勾
留当時から実親族との交通が希薄であり、死刑確定を前に養子縁組において養親族
を得たにもかかわらず、東京拘置所長は、死刑確定後に養親族との交通をすべて禁
止したため、原告は領置物の適当な宅下げ先がない状況となった。本件処分前の平
成10年7月17日に至って、同所長はC(以下「C」という。)が実父の代理人
として宅下げ物を受け取ることを認めるに至ったが、この段階では最小限必要な訴
訟記録だけでも基準保管量を超えており、いったん宅下げすると再差入れができな
い状態にあったため、使用頻度の低いものについても再使用に備えて獄中に保管せ
ざるを得なかった。このような諸事情からすると、原告の領置物の総量が在監者の
平均値を大幅に上回ってもやむを得ない。
f 官本の不十分さ
 在監者が被告事件について無罪を争い、処遇問題について訴訟を起こし、あるい
は法律学その他の学問や芸術等を深く研究しようとする場合、多数の図書やその他
の資料が必要となることは多言を要しないところである。東京拘置所の図書室に
は、約5800冊の在監者用の図書が所蔵されているが(うち300冊以上が破損
等により廃棄済である。)、法律書はわずかに16冊であり、それも判例集や監獄
法令の注釈書は1冊も含まれておらず、法律書以外の官本も同所のそれは質・量と
もに不十分である。そして、東京拘置所には、欧米のような在監者が公立図書館を
利用できる仕組みや、在監者専用の法律図書室も設けられておらず、長期の在監者
は訴訟や学習上必要な図書を自ら入手し、各自の必要にかなう状態を作るほかな
い。
g 死刑確定者にとっての領置物の重要性
 死刑確定者にとって拘置所は終の栖であり、紛れもない生活の本拠であるから
(原告は、死刑確定後、拘置所の所在地に住民登録済である。)、領置物の価値や
役割は一般在監者の場合と死刑確定者の場合とでは大きく異なり、一般に領置物の
十分な保有の必要性は一般在監者よりも死刑確定者の方がはるかに高いといえる。
同所に収容中の短期受刑者との比較においても、刑務作業の有無等他の受刑者等と
接する機会や娯楽・教育の機会の頻度において両者への処遇は全く異なるのであ
り、これらの機会の極めて少ない死刑確定者には、領置物の必要性は格段に高い。
h 現行取扱いの悪平等性
 収容期間が1月にも満たず領置物の保有をほとんど必要としない在監者と、原告
のように長期間収容され拘置所が生活の本拠となっている在監者とを区別せず、両
者に全く同じ数量の領置物しか保有を認めないのは、悪平等の典型であって、形式
的には平等のようであっても、その取扱いにより在監者に与えている不利益には著
しい差異がある。このような取扱いが裁量権の適法な行使であるとは到底解するこ
とはできない。
i 訴訟記録等の扱いの違法性
 東京拘置所では、受信書と48号文書の保管量は制限していないが、弁護士が差
し入れる刑事事件の訴訟記録及び訴訟代理人弁護士が差し入れる民事事件の訴訟記
録については、その保管量を「衣類臥具以外の物」の保管量に含める取扱いをして
いる。これらの訴訟関係書類は2メートル以内に限り房内での所持が認められるこ
とになるが、これを超えるものは倉庫での保管に移さねばならず、その量が所定の
箱数に収まらない場合には、宅下げをして外部での保管に移さなければならないこ
ととなる。
 このような取扱いを是認すると、収容期間の長期化が避けられない複雑・重大な
刑事事件の被告人や多数の民事事件の当事者となった在監者は、十分な訴訟活動を
行えないことになるから、在監者が訴訟記録等を所定の数量を超えて保有するに至
るのは、そのような不都合を避けるためにやむを得ないものであり、そのような場
合にまで書籍の差入れや購入を制限することは明らかに不当である。
j 本件宣誓書の効果
 原告は、本件願せんに添えて、①本件図書を閲読後直ちに宅下げするという制約
と②原告がこの制約に違反した場合に本件図書差入許可の撤回及び廃棄がされるこ
とについてあらかじめ同意する旨記載した誓約書を添えているが、②の意思表示に
ついては、購入許可が実際にされ、本件図書の購入がされた以降においては原告に
おいて撤回することが認められないものであり、東京拘置所長としては、本件図書
の購入の前後を問わず、本件図書差入許可の撤回をすることができるが、その場
合、東京拘置所長は本件図書を強制的に廃棄することができるのであるから、本件
宣誓書は、原告の領置物の総量増加防止の効果を備えたものであるといえる。
k 本件購入を許可した場合の弊害の不存在
(a) 本件購入を許可した場合、領置台帳に領置物として登記はされるものの、
倉庫で保管されることなく本人に交付され、本件図書を閲読した後は誓約書に従っ
て宅下げをすれば、一度も倉庫で保管されることなく外部に出ることとなる。窓口
での宅下げを行った場合、一時的な保管は必要であるが、倉庫における保管量の増
加とみるには当たらない程度のものである。東京拘置所の領置倉庫の保管容量が4
6リットル入り領置容器に換算して5655箱であるのに対し、平成11年3月時
点での領置物の保管量は3900箱にすぎない。そして、現在では、経過措置の実
施期間が終わり、本件省令が完全施行されており、領置倉庫の活用率はさらに低下
しているのであるから、本件購入やその他の購入を許可しても同所の領置業務に支
障が生じる蓋然性はない。
(b) 東京拘置所では、原則として閲読後廃棄される雑誌類やパンフレット類に
ついても、訴訟上や学習上の必要がある場合には、外部への宅下げが認められるの
であり、現に、原告の書籍の差入れ・購入制限開始後に購入した書籍についても、
家族や弁護士、裁判所等への宅下げが認められ、必要に応じて許可しており、宅下
げが許可された雑誌等についてはいったん領置台帳に登記した上でそれを抹消する
方法で、宅下げ記録を残す事務処理をしている。そして、雑誌についても受取人が
来るまで領置倉庫において保管をしているのであり、雑誌と本件図書の間に法的及
び実質的な差異は全くない。
(c) 領置物の総量規制との関係で書籍の購入許可に条件が付される場合、条件
の内容は閲読後の宅下げというもの以外にあり得ず、条件の内容が在監者や書籍ご
とに異なるということはあり得ない。また、条件付きで書籍を購入する者は、領置
物の多い長期在監者に限られ、条件の内容は倉庫保管を求めない点にあり、閲読後
宅下げをするか廃棄するかのいずれかであるから、条件の履行に何ら複雑な点はな
く、書籍に添付された閲読許可書に適当な表示をしておけば容易に対処することは
可能である。したがって、閲読後に宅下げをするとの条件付きで書籍の購入を許可
することによる弊害はなく、本件出願についてもこのような条件付き許可をすれば
足りると考えられる。
イ 損 害
 本件処分により、原告は、本件図書を閲読する自由を妨げられ、本訴の提起と遂
行を余儀なくされ、死刑確定者としての余命時間を大幅に奪われることにより、重
大な精神的苦痛を被った。この苦痛に対する慰謝料は金5万円が相当である。
(2) 被告の主張
ア 本件省令の適法性
 すべての在監者は、収容期間の長短にかかわらず日常生活の大半を居房という限
定された場所で過ごすのであり、かかる生活に必要とされる私物の数量には自ずか
ら限度があるのであるから、在監者が必要とする私物の量が収容期間の長短に単純
に比例することがあり得ないことは明らかであるから、原告の主張は、そもそもそ
の前提において失当である。むしろ、一部の被収容者が他の被収容者に比較して多
量に領置物を有していると、他の被収容者の領置スペースを圧迫し、領置係職員も
その一部の被収容者の領置物の管理のために多くの時間と労力を費やさざるを得な
くなることなどから、全収容者の領置物を適正かつ良好に管理することが困難とな
るばかりか、被収容者間に不公平感を醸成するなどして、規律秩序の維持にも支障
を生ずるおそれがあるのであるから、被収容者1人当たりの領置物の総量を平等に
設定することは合理的であり、本件省令が在監者間に不平等を生じさせるとする原
告の主張は採用し得ない。
イ 本件処分の適法性
(ア) 東京拘置所長は、法53条に基づく本件省令により本件出願を不許可とし
ているのである。すなわち、本件図書の購入については、東京拘置所長においてそ
の許否を検討したところ、本件出願当時、本件省令に基づく原告の「衣類臥具以外
の物」の経過保管量は39.4箱分であったところ、原告は79.5箱分保管して
おり、36.1箱分も超過している状態にあったこと、また、本件図書の購入が原
告の権利救済のため必要である等特段の理由があるものと認められなかったことか
ら、原告に「衣類臥具以外の物」の購入を許可することは本件省令の趣旨に反する
ものと認められたため、これを許可しなかったものである。
 仮に、本件出願を許可するとした場合については、購入を認めた図書が宅下げが
される前に、改めて同様の条件付出願がされること、購入した図書が宅下げされた
後、新たに同様の条件で数冊の図書の購入が出願されること等が予想され、それら
出願への対応をあらかじめ準備する必要があったが、本件出願を許可しながら上記
の出願を許可しないとする理由を見い出すのは困難であるため、結局、上記のよう
な出願も許可せざるを得なくなると見込まれた。そうすると、原告は、既に基準保
管数量をはるかに超える領置物を保有し、その大部分が図書であるため、本件省令
上は、図書をはじめとする新たな領置物を購入することができないはずであるにも
かかわらず、実際の取扱いにおいては新たな図書を際限なく購入することが可能と
なり、原告に関する限り、領置物の総量規制がなし崩し的に実効性を失うことにな
りかねない事態が懸念されたため、かかる事態を招くのを防止するためには、当初
から本件出願を許可しないという扱いが合理的との判断に至ったものである。
 なお、本件処分は、領置物の適正かつ良好な管理を図ることを目的とした本件省
令に基づいてなされたものであって、原告に精神的苦痛を与えることを目的として
いないことは明らかである。
(イ) 本件省令の趣旨については、被収容者1人当たりの領置物の総量を超える
場合であっても、新たな差入れ等を許可するという合理的な裁量権の行使を否定す
るものではない旨の矯正局総務課長通知や衆議院議員の質問に対する内閣総理大臣
の答弁書がある。しかし、それらの趣旨は、いずれも、当該被収容者に何らかの個
別的な事情がありさえすれば、すべからく監獄の長は差入れ等を許可すべしとする
ものではなく、個別具体的な事情に照らし、特別の理由があると認められる場合に
は監獄の長の裁量により差入れ等を許可しても差し支えない旨を注意的に明らかに
したにすぎないから、被収容者1人当たりの領置物の総量を超える場合であって
も、差入れ等を不許可とするためには必要かつ合理的な理由が必要であるかのよう
な原告の主張はその前提において失当である。
(ウ) 東京拘置所では、被収容者の私本購入願いの許否を判断する際に、購入後
の当該私本の取扱い条件までをも定めて購入の許否を決定することとはしていな
い。なぜなら、特定の私本について、購入後の取扱い条件を定めると、当該被収容
者がその特定の取扱い条件を履行しているか否かを常に確認する必要が生ずるが、
このような出願が多数された場合や特定の取扱い条件が各被収容者ごと若しくは購
入する私本ごとに異なるとすれば、東京拘置所は、常時2000人程度の被収容者
を収容している状況にあるのであるから、当該各取扱い条件の履行の有無をそれぞ
れごとに確認するのが困難となり、私本の管理運営に支障が生じることは容易に推
測できる。よって、東京拘置所長が、原告の条件付出願を許可しなかったとして
も、裁量権の濫用はない。
(エ) 本件処分は、官本が存在することを理由とするものではないから、これが
本件処分の違法性を基礎付けるものにはならないし、官本は、余暇時間の善用を図
るため、在監者により広く読書の機会を与えることを目的として監獄において備え
付けているものであり、在監者の訴訟の提起や遂行、学問・芸術等の研究のための
便宜を図ることや系統的で一貫性のある読書をさせることを主たる目的として備え
付けているものではない。なお、特貸官本目録には、法律関係の図書が数十冊掲載
されており、貸出可能である。
(オ) 死刑確定者の場合であっても、購入、差入れ又は宅下げの各方法により、
新たな私物を領置物に加えたり、私物として拘置所の外部で保管したりし得ること
は一般の在監者の場合と同様であって、死刑確定者の領置物に一般の在監者の領置
物と異なる特別の価値を認める意義はなく、また、認められるべき領置物の保管数
量を収容期間の長短に比例させるべき合理的な理由がないことは前記のとおりであ
るところ、この点については、死刑確定者の場合と短期の在監者の場合とにおいて
も特段の差異はないから、原告の主張はいずれも失当である。
(カ) 本件省令については、施行時において、多量の領置物を有する被収容者に
ついて、施行と同時に領置物を減らすことは実際上困難である上、本件省令の制定
に至るまでそれら物品の領置を施設において容認していたことを考慮し、経過措置
が設けられているのであり、平成9年9月1日及び25日、原告を含めた全被収容
者に対し、所内放送により基準保管数量及び経過措置等について告知し、本件省令
施行後も超過数量を告知し、解消するよう指導していた。にもかかわらず、原告
は、上記告知から本件処分までの約1年の間において、衣類臥具以外の物について
は、わずか2箱分を宅下げし、若干の私本その他の文書図画を廃棄しているにすぎ
ない。
 原告は、拘置所が本件省令の趣旨を告知放送等した平成9年9月以降、実父らに
事情を説明し、宅下げについて理解を求めようとした形跡はないし、原告の実父及
び義母が原告に対し、書籍等の宅下げは受け取らないとの明示の意思表示をした事
実もなく、拘置所がこれらの者の意思を知り得る立場にはない。
 原告は、本件図書は閲読後2週間以内にCに宅下げ可能であると主張するが、原
告自身が「Cはアパート住まいで私物のすべてを保管することは困難である。」と
していることからすれば、閲読後必ずCに宅下げされることは到底期待できない。
 原告は、いったん宅下げした書籍は、超過量をゼロにしない限り、再差入れが認
められないから、宅下げ可能なものについても再使用に備え獄中で保有せざるを得
ない旨の主張をするが、原告の数千冊に上る領置書籍のうち、せいぜい年間に百数
十冊を舎下げ利用したにすぎず(なお、この点について、被告は、当初、平成9年
9月の上記所内放送以降、原告が書籍を舎下げした事実は皆無といってよい旨主張
していたところ、原告の指摘によって再調査の上、主張を改めたものである。)、
大部分の書籍が全く閲読されることなく領置倉庫に保管されているという実態に何
ら変わりはなく、いったん宅下げした書籍の再差入れの必要性がどれほど生じるか
は極めて疑問である。そして、原告の平成10年4月14日現在の「衣類臥具以外
の物」の保管量は7
7.5箱であり、同保管量には受信書は含まれておらず、裁判資料4箱、パンフレ
ット類14箱が含まれていることを考慮しても、およそ60箱の「衣類臥具以外の
物」については、一度読んだまま、舎下げされることもなく領置倉庫に保管されて
いる書籍ということになる。すなわち、原告の再使用に備えるため獄中で保管せざ
るを得ない旨の主張は、実態と符合しない机上で考え出された事情といわざるを得
ない。
 本件図書に限っても、本件出願の際提出した誓約書では、拘置所として、原告が
いつ誰に対して本件図書を宅下げするのか判断できず、宅下げが実行されないとい
う事態も想定される。
(キ) 東京拘置所長が、原告について、平成11年7月以降、それまでの方針を
一部改め、現に訴訟上必要と認められる合計13冊の書籍について、購入又は差入
れを認めていることは、原告自身が認めているところであり、拘置所においては、
個別具体的な事情に照らし、特別の理由があると認められる場合に、新たな差入れ
等を許可するなど、監獄の長に与えられた裁量権を合理的に行使しているところで
ある。
(ク) 法における「領置」とは、被収容者の私物について、その占有を監獄に強
制的に移して占有を継続する公法上の保管行為を意味するものである。宅下げが許
可された領置物についても、宅下げがされるまでの間は監獄における強制的な保管
は継続しており、宅下げされてはじめて監獄による領置が解除されることとなる。
よって、宅下げが許可された領置物であっても、宅下げされるまでの間は、一般の
領置物と同じく、法に基づき一般の領置物と同じく、監獄において「善良な管理者
の注意」をもって保管すべきことは当然であり、宅下げが許可されたからといっ
て、事実上の領置となるわけではない。
 また、宅下げが許可された雑誌やパンフレット類は、宅下げがされるまでの間保
管されることになるが、これらも領置物として保管されることに変わりはなく、
「衣類臥具以外の物」に該当しないにすぎない。本件図書が、閲読後廃棄となる雑
誌に該当せず、本件省令に定める「衣類臥具以外の物」に該当するのに対し、宅下
げが許可された雑誌やパンフレット類は「衣類臥具以外の物」として取り扱われる
物でないことは、取扱い上明らかである。
(ケ) 本件図書が、閲読後廃棄となる雑誌に該当しないことについては原告も認
めるところであるから、本件図書について雑誌と同一の扱いをしなかったからとい
って、そのことに裁量権の濫用はない。
 一般に、雑誌の場合、領置を不許可とし廃棄する扱いが可能なのは、法施行規則
149条が雑誌について領置しないことができる旨規定しているからであるが、他
方、書籍は、雑誌とは異なり、閲読後の廃棄についてあらかじめ同意を得て廃棄す
ることを明示する規定はなく、実質的観点からも、一定期間ごとに継続的に新たな
ものが販売され、社会通念上、一般的には閲読後は廃棄されているものではない。
そこで、特定の書籍について、あらかじめ廃棄されても不服はないとの意思が表明
されていた場合、その意思が継続している限りにおいては当該書籍を廃棄するにつ
き妨げになるような法令の規定は存在しないが、その反面、後にその意思が翻され
て領置を求められた場合には、拘置所長は、被収容者の所有権を排除して当該書籍
を強制的に廃棄する法的根拠を有しないのであり、監獄法施行規則149条の反対
解釈からも領置を認めざるを得なくなる。そして、本件図書は、明らかに書籍の部
類に属し、雑誌と認めることはできないのであるから、いったんその購入を許可し
た以上は、原告の意思に反しては廃棄することはできないことになる。
(コ) 拘置所の被収容者の員数は常に変動しており、それに伴って領置倉庫に保
管される領置物の数量も常に変動するのであるから、ある時点において、領置倉庫
に空き容量があったとしても、それは当然の事態である上、収容人員の増加による
領置物の数量の増大に対処するためには、新たな領置物を適正かつ良好に管理する
ための収容場所を確保しておくことは必要不可欠である。このように領置倉庫に空
きがあることと、限られた人的・物的条件の下で、被収容者間の処遇の公平にも配
慮しつつ、領置物を適正かつ良好に管理することを要請される拘置所の領置事務に
支障が生ずる蓋然性があるかないかとは別問題であるから、この点からも原告の主
張は失当である。
(3) 本件の争点
 本件の争点は、本件処分の違法性であり、その前提として、本件省令の違法性が
問題となる。
第3 争点に対する判断
1 本件省令の適法性
(1) 監獄法には、被収容者の領置物の量を制限し得る旨の規定は見当たらな
い。そこで、法務省令によって被収容者の領置物の量を制限し得るか否かを検討す
べきところ、監獄自体は、人の拘禁を主たる目的とするものであって、被収容者の
所有物等を保管するための施設ではないのであるから、被収容者の求めに応じて無
制限に領置物を受け入れるべき義務はないと考えられる一方、被収容者もまた個人
として尊重されるべきことは論を待たないところであるから、監獄の設置者には、
被収容者が拘禁目的に反しない限度で、監獄内の日常生活において個人としての幸
福を追求するのに必要な物品等については、これを領置し得る人的物的施設の整備
が求められていると考えるべきである。このことからすると、省令によって被収容
者の領置物の量を制限することには、監獄の設置目的の観点から許されるべきもの
ではあるが、その内容は、被収容者の幸福追求権を不当に制限するものであっては
ならないとの制約を受けると解するのが相当である。
 そして、この内容的な適否を考えるに当たっては、少なくとも、被収容者を拘禁
する目的、すなわち、被収容者の監獄内における法的地位に照らして、当該被収容
者が監獄内においてどのような日常生活をすることが可能かという観点及びそのよ
うな日常生活を支えるために監獄内に領置されたもの以外にいかなる手段を用いる
ことができるかという視点は無視できないものである。すなわち、刑罰としての拘
禁を受けている者は、生活全般について刑罰権の執行による制約を受けざるを得な
いし、特に、懲役に処せられた者のように労役を課せられている者は、自由時間自
体が限られたものとなるのであるから、未決囚や死刑確定者のように刑罰の執行と
して拘禁されているのではなく、労役を課せられていない者と比べると、自ら幸福
を追求し得る範囲が制限されていることに伴い、被収容者にとって必要な領置物の
量に差異が生ずるのも当然と考えられるし、拘禁の期間の長短によっても、監獄が
生活の本拠といわざるを得ない程度の期間にわたって拘禁を受ける者とそれ以外の
者との間でも同様のことが生ずると考えられる。特に、死刑確定者は、刑務作業に
従事せず(刑法12条2項参照)、また、独居房において外部との交通を著しく遮
断されて生活しているものであり、また、いつ刑が執行されるかが明らかでないま
ま、監獄をいわば終の栖として拘禁される地位にあって、その精神的状況が過酷で
あることは想像することすら容易ではないものといえるのであるから、心情の安定
を図りつつ日常の生活を送るため、また、自らが人間らしい生活を送るための限ら
れた手段として、図書等の情報に触れる機会を得ることは一般の自由刑受刑者のそ
れよりも一層重要なものであるとして尊重されるべきであって、その者の希望次第
では相当量の書籍を領置することもやむを得ないと考えられる。これらは被収容者
の類型による差異であるが、外部交通の難易という個別的な事情が異なる場合に
は、同様の類型の被収容者間においても必要な領置物の量には著しい差異が生ずる
と考えられる。すなわち、差入れ及び宅下げといった外部交通の相手方が監獄側の
措置により制限されている者や、その者の事情によりそのような相手方がいない者
などについては、随時差入れや宅下げによって領置物を補充・変更し得る者に比べ
て、相当多量な領置物が必要となることは明らかである。
(2) 上記の観点から、本件省令の適否を検討するに、まず、被収容者1人当た
りの領置し得る衣類臥具の種類及び種類ごとの個数を定めるに当たって、被収容者
の法的地位、性別等を勘案して定めるとしている(3条)点は、被収容者の類型に
着目している点で妥当なものである。
 しかし、領置物のうちの領置倉庫における被収容者1人当たりの保管量(以下
「制限保管量」という。)を定めるに当たって、本件省令4条2項は、倉庫全体の
容量を単純に収容定員で除して算出するものとしており、被収容者の類型に着目し
ていない点で問題があるといわざるを得ない。しかも、このようにして算出して制
限保管量から3条で定められた衣類の総数の保管に要する容量を減じたものをもっ
て衣類臥具以外の物の保管量としており、このことと既決囚については衣類の自弁
が制限されていることから、衣類臥具以外の物(例えば書籍等)については、より
多くの量を必要とすると考えられる長期の未決拘禁者や死刑確定者の方が既決囚よ
りも制限保管量が少ないことになりかねないという極めて不合理な内容となってい
る。
 被告は、この点について、特定の要素に着目して被収容者1人当たりの領置物の
総量決定の基礎とすることについては、むしろ不公平な結果をもたらし、不合理で
あると主張する。しかし、上記で指摘した点は、被収容者の法的地位に基づく類型
的な差異であり、このような差異を捨象した定めをすることは、実質的な平等取扱
いを放棄したものとの見方もあり得よう。また、被告は、本件省令は、「最も必要
な物を手元に置き、不要な物を廃棄し、必要な物を他人に預けるなど、適宜の措置
を講ずるのが通常であるという一般常識を行刑施設に適用」(乙14、6頁)する
ものであるとの説明をしているが、未決囚はともかく、受刑者、特に死刑確定者に
ついては、外部交通の範囲が制限されており、その範囲の者の協力を得られない場
合には、領置物を宅下げによって他人に預けることもままならず、一般常識に従っ
た行動がとれないことを甘受せざるを得ない立場にあることにも留意すべきであろ
う。
(3) 上記のように、本件省令は、少なくとも長期の未決拘禁者や死刑確定者に
関する制限保管量の定め方について、その文言のみをみる限りにおいて、疑問が生
じないでもない。しかし、原告は、この本件省令の施行前から東京拘置所に収容さ
れ、制限保管量を大きく超過する量の領置物を保管されていたものであって、本件
省令は、このような者について、制限保管量を超える部分の廃棄等を強制するもの
ではなく、単に、新たな購入や差入れを裁量的に制限し得る旨を定めるものである
から、この裁量権が合理的に行使されている場合には、原告との関係において違法
な公権力の行使があったと認められることはかなり限定されるものと考えられる。
 そこで、本件省令自体の適否については、疑問を留保するにとどめ、本件におけ
る東京拘置所長の裁量権行使の適否について判断することとする。
2 本件処分の適否
(1) 本件省令7条及び8条は、既に制限保管量を超える領置物の保管を受けて
いる被収容者が、衣類臥具以外の物(飲食物等を除く。)の購入をする場合又は差
入れを受ける場合、監獄の長はこれを許さないことができるとし、その許否を監獄
の長の合理的な裁量に委ねている。
 この裁量権の行使については、被告側も公式見解として「当該被収容者につい
て、適当な宅下げ先の有無、領置物の増大をもたらした理由、在監期間の長短等の
個別具体的な事情に照らし、特別の理由があると認められる場合には、新たな購入
又は差入れを許可する」(乙14、8頁)、「被収容者の1人当たりの総量を超え
れば、いかなる場合であっても新たな購入又は差入れを不許可とすべしとするもの
ではなく、当該被収容者について、例えば、適当な宅下げ先の有無、領置物の増大
をもたらした理由、訴訟準備上の必要性の有無・程度等の個別具体的な事情に照ら
し、特別の理由があると認められる場合には、新たな差入れ等を許可するという所
長の合理的裁量権の行使までも否定するものではない」(乙14、23頁)として
いるところであるから、これらの諸事情を考慮に入れるべきことはいうまでもない
が、それらの考慮に当たっては、前記1(1)で説示したとおり原告の法的地位を
前提として考慮すべきものである。また、本件省令は、領置倉庫内の保管物のみな
らず、居房内での使用を認められた物を含めた領置物全体の適正かつ良好な管理を
図るため領置物の総量を定めることを目的とするものではあるが(1条)、衣類臥
具以外の物については、領置倉庫内の保管物の総量(すなわち、先に呼称すること
とした制限保管量)が定められているにとどまっていることから明らかなように、
主として領置倉庫における保管物の適正かつ良好な管理を図ることを目的としてい
るのであるから、居房内で所持する物品については、それを加えた領置物の量が制
限保管量を超える場合でも、そのことのみをもって差入れ等の制限を行うべきでは
ないのであって、このことは被告も公式見解としてこれを認めているところである
し(乙14、11~12頁)、逆に制限保管量を上回る物品を保管されている被収
容者について、その者の居房内において所持し得る物品の量に余裕がある場合に
も、居房内において所持し得る限度に至るまで物品を居房内に移すことは、本件省
令の定めの上においても実際の運用においても求められていないのであるから、結
局、原告について新たな差入れ等を認めるか否かに当たっては、それが領置倉庫に
おける保管量を増加させるものか否かという観点を重視する必要がある。
 以上のような諸事情に照らして考慮した結果、東京拘置所長のした判断及びその
前提として考慮した事実について、社会通念上看過し得ない過誤欠落が存する場合
には、その判断自体が裁量権を逸脱濫用したものとして違法といわざるを得ない
し、その過誤欠落が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漠然と職務を
行ったことによって生じたと認められるときには、その判断を行ったことが国家賠
償法1条1項にいう違法な公権力の行使に該当するものというべきである。
(2) このような観点から、本件処分の適否を検討するに、原告の領置物の状
況、本件出願に至る経緯とその内容及び本件処分の必要等については、次の事実が
認められる(認定に用いた証拠は、乙9、12、17、21、23のほかは、各認
定事実の末尾に記載した。)。
ア 原告の領置物の状況及びその必要性
(ア) 原告は、前記第2、3(1)のとおり、本件処分に至るまで未決勾留を含
め約23年間東京拘置所に収容されている者であり、その間、一度拘置所の要請が
あったほかには保管物の量に制限を受けなかったことから、平成10年10月1日
現在、保管数量77.5箱の「衣類臥具以外の物」を領置物としており、そのう
ち、裁判資料が4箱、パンフレット類は14箱であり、その余はほとんどが差入
れ、購入等し、そのまま領置された書籍類である(乙6ないし8)。
(イ) 領置された書籍の具体的内容は明らかではないが、原告は、自らの刑事事
件につき再審手続等でこれを争っているほか、処遇改善等を目的とした民事・行政
事件等を多数提起しており(乙12)、これら裁判手続の追行には訴訟記録の少な
くとも主要部分を適宜参照することが必要となるところ、自らの刑事事件の裁判記
録は、第1、2審を通じて全151冊、総丁数3万3980丁に及ぶ資料は極めて
大部であって(乙10)、その主要部分に限定しても相当な分量に及ぶ上、記録以
外にも法律書等の書籍が必要であると認められ、それらを即時的に利用できる状態
に保つことが原告の裁判を受ける権利を実効的なものとするために是非必要であ
る。また、死刑確定者である原告が、自己について死刑が確定しているという厳然
たる事実を前にしつつ、ほとんど終日独居生活を継続しながらも、なお精神の安定
を維持するためには、学問等について研究するなどして許される範囲で可及的に自
己実現を図ることが必要であり、そのためにも書籍は非常に重要な役割を果たすも
のであるから、原告が領置されていた書籍は原告にとって非常に重要なものであっ
たということができる。
 なお、この点について、被告は、領置倉庫に保管されている数千冊に及ぶ原告の
書籍については、原告はせいぜい年間百数十冊を舎下げ利用しているに過ぎず、そ
の大部分が利用されないまま保管されているのみであるとして、獄中で保管する必
要性に疑問があると主張する。しかし、年間百数十冊という利用状況は、それほど
少ないものといえず、後記のように差入れが必ずしも容易ではなく、前記のように
裁判資料だけでも制限保管量を超える以上、いったん宅下げすると再度差入れが可
能か否かが危ぶまれる状況下においては、これほどの頻度の利用に備えるにはかな
りの書籍を保管しておく必要があると考えられるのであり、被告の疑問は採用し得
ない。そればかりか、被告は、当初、平成9年9月以降、本件処分に至るまで、原
告が書籍の宅下げをした事実は皆無といってよいと主張して、これを前提とした同
様の疑問を呈し、原告の指摘によって再調査した結果、上記のようにその主張を訂
正しているのであって、そのことからすると、東京拘置所長は、原告の保管に係る
書籍の利用状況について十分な調査をせず、これについての正確な認識を持たない
まま、本件処分を行ったものと認めざるを得ない。
(ウ) 他方、東京拘置所には図書室が設けられ、5000冊程度の書籍が貸出可
能な状態とされているものの(乙12)、法律書の数は極めて限られたものとなっ
ており(その冊数については、原告が16冊と主張するのに対し、被告は数十冊と
しているが、原告が具体的な題目を挙げて主張しているのに対し、被告の主張は具
体性に欠け、被告ひいては東京拘置所長がこの点についての実態を具体的に把握し
ているのか否かも明らかでない。)、東京拘置所には本件処分当時約2000名が
収容されていたことや、原告が20年以上の間収容されていることにかんがみれ
ば、必ずしも十分なものであるとは認められない。また、欧米や日本の他の監獄に
おいては行われている、公共図書館の対刑務所サービス(乙11及び18ないし2
0参照)も、東京拘置所においては行われていない。
(エ) 原告は、外部交通の制限を受けており、死刑確定後は、平成10年7月1
7日以降、Cが原告の代理人として宅下げを行うことを認められるまでは、実父ら
家族との面会・文通のみが認められるにすぎず、原告の父は、その居住地、年齢等
の事情、さらには、原告が死刑判決を受けたことにより家族との交流が希薄になっ
てしまったことなどにより面会や宅下げの受領が困難な状況にあった。現に原告の
父は、原告に対し、平成10年8月25日付けで、宅下物の受領をしない旨の意思
を示す手紙を原告に送っている。原告は、養父や養家族による面会や差入れ、宅下
物の受領を希望していたこともあったが、これらは東京拘置所長により認められな
いものとされ、Cによる代理宅下げが行われるようになったのも、本件処分の約4
ヶ月前であるにすぎず、Cの生活状況も、一度に大量の領置物の宅下げを行うこと
が可能な状況ではなかった(以上、乙12及び17)。現に、原告は、Cによる代
理宅下げが許可された後、平成10年8月27日及び9月7日に書籍0.5箱分、
同月29日に書籍1箱分、合計約130冊の宅下げを行っている(乙23)。
 なお、被告は、原告の実父や義父が宅下げについてどのような意思を持っている
かを拘置所は知るべき立場にはないと主張しているが、このことは、原告の領置物
についての適当な宅下げ先の有無という事情を積極的に調査することなく本件処分
を行ったことを自認しているものといわざるを得ない。
(オ) 未決勾留者や受刑者は、刑事手続や刑の執行の終了後、自らの帰るべき住
居を持っている場合が多く、そのような住居を持つ者にとって、監獄はあくまでも
一時的な居場所であるといえ、自らの所有物等を帰るべき場所に保管し、当面必要
なもののみを領置物とすれば足り、それにより生じる支障も一時的なものであると
いえるが、死刑確定者は、後に帰るべき場所というものを観念することは困難で、
特に収容される前に同居の家族がいなかった者については、一般に、物理的にも心
情的にも、別途の場所に自らの所有物を保管し、必要なもののみを領置するという
ことが困難であるといえる。
 また、原告の領置物は、そのほとんどが、本件省令の施行前に領置されたもので
あり、少なくとも領置された当時は適法に領置されたものである。
(カ) 小括
 以上によれば、原告が書籍を含む相当量の領置物を監獄内で保管し続けることに
は十分な理由があり、その宅下げを行わなかったことについてもやむを得ない事情
が認められる。
イ 本件処分の必要性及び実効性
(ア) 原告は、本件出願に当たり、本件図書を閲読した後は領置倉庫での保管を
求めることなく、本件図書をすみやかに親族に宅下げすることを宣誓し、原告がこ
の宣誓に違反する行動をとった場合、制約違反を理由に書籍の差入許可が撤回さ
れ、書籍を廃棄する措置がとられても一切不服はない旨を記載した宣誓書を添付し
ており(乙9)、また、平成10年7月17日にCによる代理宅下げが月2回以内
許可されるようになって以降、同人は本件処分当時まで毎月2回コンスタントに来
所して宅下げを行っている(乙12)。これらの事実によれば、仮に、本件出願を
許可したとしても、購入の際に領置倉庫に保管されることはなく、また、宅下げ時
にも領置倉庫に保管されることなく宅下げを行うことも可能であるし、仮に、領置
倉庫に保管されることがあっても、それは一時的なものであるといえ、実質的にみ
て、現状よりも領置物が増加することはないと評価し得る。このような場合に、本
件処分による効果があるとすれば新たな差入れや購入を認めないことにより、被収
容者に対する心理的強制となるといったことが考えられるが、このような効果のた
めに処分を行うことが認められないのは言を待たない。
(イ) この点につき被告は、宅下げが許可された領置物についても宅下げがされ
るまでは法律上領置が継続し、宅下げがされることによってはじめて領置が解除さ
れるのであり、宅下げまでの間は領置物として管理する必要が生じるのであるか
ら、宅下げを条件として購入許可を行っても、領置物が増えることに変わりはない
旨を主張し、確かに、被告の指摘するとおり、宅下許可がされた物も、宅下げによ
り物の占有を解除するまでは領置物として取り扱わざるを得ず、宅下許可がされた
後は事実上の領置になるとの原告の主張は採用し得ないところであるが、前記のと
おり、原告においては、本件処分当時においてもCによる代理宅下げが月2回程度
コンスタントに行われていたのであり、形式的かつ一時的に領置物が増えるといっ
ても、そのことにより領置物の適正かつ良好な管理に支障が生じるとは考え難い。
 また、被告は、本件図書についての宅下げ又は廃棄の意思表示が撤回されるなど
した場合には、被収容者の所有権を排除して当該書籍を強制的に廃棄する法的根拠
が存せず、領置を認めざるを得ない旨を主張し、宅下げ又は廃棄を条件として本件
出願を許可することはできない旨を主張する。しかし、購入許可をし、かつ購入物
を領置するに当たって、東京拘置所長が相当な裁量権を有していることからする
と、これらをするに当たって閲読後の宅下げ又は廃棄との条件を付することに法的
な問題はないと考えられるし、そのような条件が付されている以上、許可がされ、
実際に領置がされた後に宅下げ又は廃棄の意思を撤回し、宅下げ又は廃棄に応じな
い旨の意思が表明された場合においては、そもそも購入又は領置の許可条件に違反
することとなるから、これらの処分を取り消した上、法53条2項による差入不許
可物の没入の手続若しくは法54条による私に所持する物の没入手続によって同物
品を没入することができるとみるべきであって、宅下げ又は廃棄の意思が撤回され
たとしても、領置物の適正かつ良好な管理に支障をもたらすものとはいえない。そ
の上、既に以前に同様の出願を許可した際に、宅下げ又は廃棄の意思表示が撤回さ
れたことがある等の事情が存するのであれば、宅下げ又は廃棄の意思表示が撤回さ
れる可能性を理由とすることが認められる場合もあろうが、本件においてはそのよ
うな事情も存しない。
(ウ) 以上によれば、本件処分を行わず、本件出願を許可したとしても、原告の
領置物が増加するおそれは少ないといえ、本件処分の領置物の適正かつ良好な管理
のための必要性はさして高いものとはいえないし、監獄内の規律及び秩序の維持の
ための必要性も認められないといわざるを得ない。
ウ 本件出願を許可することによって生じる支障
(ア) 被告は、被収容者の私本購入願いの許否の判断に際し、取扱条件を定める
と、被収容者が特定の取扱条件を履行しているか否かを常に確認する必要が生じ、
そのような確認をすることは困難である旨の主張をするが、在監者に交付される書
籍にはすべて閲読許可書が貼付されているから、上記のような条件付きで購入を許
可した書籍については、当該許可書の備考欄に「倉庫保管禁止」等の表示をしてお
くことによって条件違反の有無を容易に確認できると考えられる。その上、前記の
判断において本件出願を認めたとしても、すべての条件付私本購入願を許可しなけ
ればならないというわけではなく、原告と同様の状況にある在監者はそれほど多い
とは到底考えられないのであるから、仮に本件出願を認めた場合、そのような確認
の必要が生じるとしても、そのことが監獄の事務に支障を来すものとはいえない。
(イ) また、被告は、本件出願の際に添付された宣誓書ではいつ誰に対して宅下
げをするのか判断できない旨を述べるが、原告の宅下げ先には東京拘置所長により
制限がされているのであるから、その時期及び宅下げ先については具体的に明記さ
れていなくてもある程度の特定はできるし、そのことが不許可の理由であれば、不
許可の前提として、宅下げの時期及び宅下げ先を原告に釈明すべきであるが、東京
拘置所長としてそのようなことはしていないことは被告も認めるところであって、
にもかかわらず、宅下げの時期及び宅下げ先が不明であることを理由として宅下げ
を認めないとすることはできない。
(ウ) さらに、被告は、一度購入を許可すれば、従前許可した書籍の宅下げがさ
れる前に出願がされることが予想され、それに対する出願不許可の理由は困難であ
るため、新たな図書を際限なく購入することが可能となり、原告の領置物の総量規
制が実効性を失う旨の主張をする。確かに、無制限に書籍の購入を認めれば、被告
の主張するような事態が起こるとはいえるが、当初の出願と、当初の許可後宅下げ
がされる前にされた出願とではその考慮要素が異なるのは当然のことであって、後
の申請に対して出願不許可とすることが困難であるとの被告の主張はその前提にお
いて失当といわざるを得ない。
(エ) 小括
 以上によれば、仮に、本件の条件付出願について、条件付きの閲読許可を行った
としても、領置倉庫における保管量を増大させるものではなく、そのことにより東
京拘置所の事務に著しい支障が生じるものとも認められない。
(3) 結論
 以上の検討によれば、原告は、死刑確定者となってからに限っても11年以上に
わたって東京拘置所に収容されており、その間、刑事手続を含む多くの訴訟追行や
自己の精神の安定を図るための必要からやむを得ず書籍等の領置物が増大するに至
ったものであり、それらについて適当な宅下げ先もなかったことなどから本件省令
施行後も保管物を容易には減量できなかったことが認められるから、被告が国会に
対して説明した公式見解において、差入れ等を許可する例外的な事情として例示す
る事情をいずれも満たしていたと評価できる。その上、原告は、本件出願に当たっ
てあえて条件付許可を求めているのであって、そのような条件付許可をする場合に
は、領置倉庫の保管量を増大させるものでもないと認められ、本件省令制定の趣旨
に反するものでないということができる。したがって、本件処分に当たっての東京
拘置所長の判断及びその前提として考慮した事実には、社会通念上看過し得ない過
誤欠落があり、裁量権を逸脱濫用したものといわざるを得ない。
 その上、東京拘置所長は、原告の保管に係る書籍の利用状況や原告に適切な宅下
げ先があるか否かについて十分な調査もせずに本件処分を行っており、このことは
職務上通常尽くすべき義務を怠ったことにより、上記のような過誤欠落を招いたも
のというべきである。また、原告が本件出願において、あえて条件付許可を求める
という柔軟な姿勢を示しているにもかかわらず、東京拘置所長は、実務上の支障等
を理由にこれを認めなかったものであるが、その判断には、具体的にどのような支
障が生ずるのか、その支障を回避する方策はないかなどの真摯な検討を行った形跡
がみられず、この点においても職務上通常尽くすべき注意義務を怠っているものと
評価すべきである。
 したがって、本件省令自体の適法性を判断するまでもなく、東京拘置所長は違法
な本件処分を行うことにより、公権力の行使に当たって、過失により違法に原告に
損害を与えたというべきであり、本件におけるいっさいの事情にかんがみると、こ
れによって原告が受けた精神的苦痛による損害は金5万円を下らないものと認めら
れる。
第4 結論
 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担
につき民事訴訟法61条を適用し、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官 藤山雅行
裁判官 鶴岡稔彦
裁判官 廣澤諭

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