弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人平山正和、同酉井善一、同鈴木康隆、同石川元也、同宇賀神直、同間瀬場
猛、同青柳孝夫、同向武男の上告趣意(被告人本人の上告趣意と題する部分を含む。)
のうち、上告理由第一点は、公職選挙法一三八条一項、二三九条三号(昭和五〇年
法律第六三号による改正前のもの)の違憲をいうが、右各規定が憲法一五条、二一
条一項に違反しないことは、当裁判所の判例(昭和四三年(あ)第二二六五号同四
四年四月二三日大法廷判決・刑集二三巻四号二三五頁)の趣旨に徴し明らかである
から所論は理由がなく(最高裁昭和五五年(あ)第八七四号同五六年六月一五日第
二小法廷判決・刑集三五巻四号二〇五頁、同昭和五五年(あ)第一四七二号同五六
年七月二一日第三小法廷判決・刑集三五巻五号五六八頁参照)、同第二点は、単な
る法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらず、同第三点は、公職選挙法
一四二条一項(昭和五〇年法律第六三号による改正前のもの)の違憲をいうが、右
規定が憲法一五条、二一条に違反しないことは、当裁判所の判例(昭和二八年(あ)
第三一四七号同三〇年四月六日大法廷判決・刑集九巻四号八一九頁、昭和三七年(
あ)第八九九号同三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五六一頁、昭和
四三年(あ)第二二六五号同四四年四月二三日大法廷判決・刑集二三巻四号二三五
頁)の趣旨に徴し明らかであるから所論は理由がなく、同第四点は、公職選挙法一
三七条を本件に適用したことが憲法一四条、二一条、三一条に違反する旨主張する
が、実質は単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらず、同第五点
は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらず、同第六点のうち、
公職選挙法二五二条の違憲をいう点は、右規定が憲法一四条、一五条、四四条、三
一条に違反しないことは、当裁判所の判例(昭和二九年(あ)第四三九号同三〇年
二月九日大法廷判決 刑集九巻二号二一七頁)の趣旨に徴し明らかであるから、所
論は理由がなく(最高裁昭和五五年(あ)第一四七二号同五六年七月二一日第三小
法廷判決・刑集三五巻五号五六八頁参照)、公職選挙法二五二条を本件に適用した
ことが憲法一四条、三一条に違反する旨主張する点は、実質は単なる法令違反の主
張であつて適法な上告理由にあたらず、その余は、単なる法令違反の主張であつて
適法な上告理由にあたらない。
 よつて、刑訴法四〇八条により、主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によ
るものである。
 裁判官伊藤正己の補足意見は次のとおりである。
一 所論のうち公職選挙法一三八条一項、二三九条三号(昭和五〇年法律第六三号
による改正前のもの)の各規定の違憲をいう点について、私は、右各規定が憲法二
一条に違反するものでないとする法廷意見に同調するが、その根拠の詳細は、当裁
判所昭和五五年(あ)第一四七二号同五六年七月二一日第三小法廷判決・刑集三五
巻五号五六八頁における私の補足意見のとおりである。
二 所論のうち公職選挙法一四二条一項(昭和五〇年法律第六三号による改正前の
もの)の規定の違憲の主張についても、私は、右規定を憲法一五条、二一条に違反
するものではないとする法廷意見に同意し、それを違憲とする所論は理由がないと
考えるのであるが、法廷意見の引用する当裁判所の判例の説くところは、必ずしも
十分に明確であるといえない憾みがあるので、右規定を合憲とする理由についてい
ささか私見を明らかにしておきたい。
 文書図画による選挙運動は、わが国において大正一四年の普通選挙制の実施以降
きびしく制限を受けてきた。戦後、用紙の不足等の経済事情によつて文書図画の頒
布や掲示を極度に制限する臨時の措置がとられたが(選挙運動の文書図画等の特例
に関する法律(昭和二二年法律第一六号)、選挙運動等の臨時特例に関する法律(
昭和二三年法律第一九六号)参照)、その制限は公職選挙法において若干の手直し
を付したのみでひきつがれ、候補者等の文書図画による選挙運動は、一定枚数の選
挙用通常葉書の頒布および法定のポスター等の掲示を除いて一般的に禁止されてい
た(昭和五〇年の同法改正(昭和五〇年法律第六三号)による緩和も、衆議院議員
および参議院議員の選挙の候補者に限つて二種類以内のビラの頒布を認めたにすぎ
ない(公職選挙法一四二条一項一号二号参照)。)。そして、このような制限を加
える規定の違反に対しては、刑事罰による制裁が科せられるというきびしい措置が
とられている。欧米の議会制民主主義国にあつては、文書図画による選挙運動は、
選挙において候補者がその政策を選挙人に伝え、選挙人も候補者の識見等を知りう
る手段として有効適切な選挙運動の方法であると評価されており、一般に許容され
ている。この方法は、選挙という主権者である国民の直接の政治参加の場において
政治的意見を表示し伝達する有効な手段であるという長所をもつていることを考え
ると、そのような選挙運動を全面的に禁止するものではないとしても、それをきび
しく制限することが憲法の保障する表現の自由を侵すものではないかとの疑義を生
ずることになろう。それではこのような文書図画による選挙運動の制限が憲法に違
反しないとする論拠をどこに求めるべきであるか。法廷意見の引用する当裁判所の
判決によれば、公職の選挙について文書図画の無制限の頒布や掲示を許すときは、
選挙運動に不当の競争を招き、そのために選挙の自由公正を害し、その公明を保持
し難い結果を来たすおそれがあると認められるのであり、したがつて法の定める程
度の規制は、公共の福祉のため憲法上許された必要にして合理的な制限と解するこ
とができるとされている。
 この判示は、文書図画による選挙運動を広く認めることのもたらす弊害について、
必ずしも具体的な指摘をしておらず、説得力が多少とも不十分であると思われる。
私見によれば、判示のいう選挙運動に不当の競争を招くという弊害として考えられ
るのは、具体的には、文書図画による選挙運動が有効であるだけに、候補者がこれ
に多額の費用を投ずることとなり、いわゆる金権選挙を生むおそれのあること、候
補者にとつて煩に堪えない選挙運動であるとともに、ときには選挙人にとつて迷惑
を感ずるものであること、他の候補者を中傷したり、虚偽の内容を含む文書の頒布
されるおそれが大きいことである。
 たしかに、これらの弊害は、文書図画による選挙運動の規制の合理性を示す根拠
として理解できないものではないが、それらの根拠のみをもつてしては、きびしい
制限を合憲とするには十分でないように思われる。選挙費用の多額化を防止するた
めの補完的な手段として、文書図画に対する規制が役立つことは否定できず、これ
を根拠とすることに一応の合理性を認めることができなくはないが、それは、本来
法定費用の制限をもつて抑止すべき事柄であり、その範囲内で文書図画による選挙
運動を利用しようとする候補者の選択は尊重されてよいであろう。候補者にとつて
煩に堪えない選挙運動となりうることも考えられるが、それは候補者にとつての利
便の問題にすぎず、この点を重視することは適当ではない。また選挙人の受ける迷
惑もなくはないが、文書図画による選挙運動の場合はそれ程大きいものとは考えら
れず、むしろ有益な判断資料の提供を受けるという点での選挙人の利益も少なくな
く、かりに迷惑の度の大きい場合があれば、必要な限度で、それに対応する規制を
行うことが可能である。中場文書や虚偽文書の頒布の防止も重要であるが、そのこ
と自体に対して適切な規制を加える方法で対処することが適当であつて、そのおそ
れがあるからといつて、広く文書図画による選挙運動をきびしく制約する十分の理
由があるとはいえないと思われる。
 このように考えると、文書図画による選挙運動を制限する根拠について一応の理
由があり、その制限は合理性を欠くものではないといえるかもしれないが、それが
全面的な禁止でないことを考慮するとしても、選挙という政治的表現が最も強く要
求されるところで、その伝達の手段としてすぐれた効用をもつ手段をきびしく制限
することによつて失われる利益をみのがすことができない。そして、右にあげた弊
害の多くが、文書図画による選挙運動から生ずるおそれがあるというにとどまるも
のであり、また、表現の自由を制約する程度の少ない他の手段によつて規制の目的
を達成できるものも少なくないから、それだけの根拠によつて文書図画による選挙
運動をきびしく制限することが憲法上許されるとすれば、その考え方が広く適用さ
れ、憲法二一条による表現の自由の保障がいちじるしく弱められることになると思
われる。したがつて、この制限に必要最小限度の制約のみが許されるという一般に
表現の自由の制限が合憲であるための厳格な基準が適用されるとすれば、文書図画
による選挙運動へのきびしい制限は憲法に反する疑いが強くなるといえよう。
 しかしながら、私は、国会が選挙運動のルールを定める場合には、右のような厳
格な基準は適用されず、そのルールが合理的と考えられないような特段の事情のな
い限り、国会の定めるところが尊重されなければならないと解する。このことは、
文書図画による選挙運動の規制の場合も、戸別訪問の禁止の場合と同様である。こ
の立場にたつと、文書図画による選挙運動に前記のような弊害の伴うことが考えら
れる以上、公職選挙法一四二条一項の規定による制限は、立法の裁量権の範囲を逸
脱し憲法に違反するものとはいえないと考えられる。この考え方は、前記の私の補
足意見の五の部分に説くとおりであるので、ここでは省略したい。もとより、現行
法のようなきびしい制限が立法政策として妥当かどうかは考慮の余地があろうが、
これはその制限が憲法に違反するかどうかとは別問題である
  昭和五七年三月二三日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    寺   田   治   郎
            裁判官    環       昌   一
            裁判官    横   井   大   三
            裁判官    伊   藤   正   己

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