弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人別府祐六の上告理由第一点について。
 所論一は、原審が仮処分の取消と仮処分の一時の停止とを混同しているというが、
原判決の判示を正解しないことによる論である。所論は、仮処分異議事件の判決に
至るまでこれを停止する旨の本件停止決定があつても、既に為されたDを代表取締
役代行者に選任したことが取り消されることはないと論ずるが、原判決は、所論停
止決定によりDの代表取締役代行者選任が取り消されたとは判示していないから、
当該論旨は前提を欠き採用の限りでない。
 なお所論は、原判決が本件仮処分の執行停止を適法有効と判断した点の非をいう
ものと解される。
 しかし、取締役の職務執行停止、職務代行者選任の仮処分は民訴法の仮処分とは
別異のものであつて本来民訴法の規定の適用の余地がないとする解釈は、当裁判所
のとらないところである。
 また、仮処分決定に対する異議申立のあつた場合、原則として、その執行停止は
許されないが、ただ例外として、当該仮処分の内容が権利保全の範囲にとどまらず、
その終局的満足を得させ、若しくはその執行により仮処分債務者に対し回復するこ
とのできない損害を生ぜしめる虞のあるようなものである場合にのみ、民訴法五一
二条の凖用によつて、異議の裁判に至るまでの一時的応急措置としての執行停止が
許されるとする昭和二五年九月二五日言渡大法廷決定(昭和二五年(ク)第四三号、
民集四巻九号四三五頁)の法律解釈は、取締役の職務執行停止等の仮処分について
もあてはまるものというべきところ、原審の確定したところによれば、本件仮処分
決定は、当該仮処分の効力の存続するかぎり、被上告会社の当時の代表取締役Eの
職務執行を当然に停止するものとし、その代行者として選任されたDは該代表取締
役が本来為しうべき職務執行の権限を当然取得し、その結果かかる代行者の為しま
たは受ける行為のみが当該職務の適法な執行行為となるとするものであり、その他
原審認定の諸事情に徴すれば、本件仮処分により、仮処分債務者たるEに対し、少
くとも従前の代表取締役として回復し難い損害を蒙らせる虞があると解せられる。
よつて、本件仮処分についても民訴法五一二条の準用によりその効力を停止する旨
の決定をすることは適法有効であるとした原審の判断は、是認できる。
 従つて、右停止決定の無効を前提とする所論は、すべて採用できない。
 所論二は、原判決が本件仮処分の執行について示した法律解釈の誤りをいう。
 しかし、原判決が、本件のごとき仮処分にあつては給付義務の強制的実現という
狭義の執行はないから、仮処分異議事件の判決があるまで仮処分の執行を停止する
との決定における「執行」の意義は、広く「該仮処分の効力」と解すべく、従つて、
右執行停止決定の趣旨は該仮処分の効力を停止するにあるとしたことは、首肯でき
る。よつて、右の点について、原判決に法律解釈の誤りがあるとする所論は、採用
できない。
 所論三は、原審が取締役職務代行者の職務の遂行と仮処分の執行とを混同してい
ると唱え、民訴法五三一条に論及するが、右所論は原判示を正解しないことによる
ものであつて採用できない。所論の本旨は、本件仮処分の執行停止決定を有効とし
た原審判断を論難するにあると解されるが、この点についての原審判断が是認でき
ることは、前示のとおりであるから、論旨はすべて採用できない。
 所論四は、本件執行停止決定が為されたのにかかわらず登記簿上その旨の登載が
なされなかつたことを論拠として、そもそも本件仮処分に対する執行停止決定なる
ものは制度上許されないものであつて、何らの効力も生じないものであるというが、
本件執行停止決定に基づく登記嘱託が受理されない等のためその旨の登載を見なか
つたからといつて、右決定の違法無効をいわねばならないことはないから、所論は
採用できない。
 なお、論旨は、D以下全取締役職務代行者の委任によつて本件裁判上の和解が成
立した旨をもつて、右和解の有効を主張しているが、この点は、原審が確定した事
実関係外のことをいうものであるから、上告理由として採用できない。
 同第二点について。
 本件仮処分については、仮処分債務者からの異議申立に基づく申請によつて前示
執行停止決定がなされたほかに、更に同一裁判所において、Dの代行者解任の決定
がなされていること、該解任決定に基づく登記嘱託により、本件仮処分決定によつ
て同人を職務代行者とする旨の登記の抹消登記が為されたこと、次いで右解任決定
が抗告審で取り消され、該取消の決定に基づく登記嘱託により前記抹消登記の回復
登記が為されたこと、および右回復登記の後に原告たる被上告会社の代表取締役職
務代行者としてのD名義をもつて被告たる上告人同意のもとに本訴の取下書が第一
審裁判所に提出されたことは、所論のとおりである。
 しかし、右取下書提出の時期は、前示異議申立に基づき本件仮処分決定の取消判
決が仮執行宣言付で為された以後であつて、Dは既に右取消判決により被上告会社
の代表取締役職務代行者たる地位を失つていたものといわねばならないから、原審
が右により訴取下の効果は生じないとした点に違法はない。所論解任決定の取消決
定およびこれに基づく回復登記が存することは、右判断に何ら消長をきたさない。
 また、所論は、右仮処分決定取消の判決は当該事件につき忌避申立を受けた裁判
官がその忌避の裁判の確定前に為したものであるから無効であるというが、記録に
よれば、所論忌避申立はその後に、理由ないものとして排斥され、当該裁判は確定
したことが明らかであるから、もはや所論判決の無効をいうに由ないものといわね
ばならない(昭和二七年(オ)第三九八号、同二九年一〇月二六日第三小法廷判決、
民集八巻一〇号一九七九頁参照)。
 従つて、右所論は、すべて採用できない。
 その余の所論は、原審認定外の事実または独自の所見に基づくものであつて、採
用の限りでない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎

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