弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主       文
原判決を破棄する。
被告人を懲役12年に処する。
原審における未決勾留日数中270日を刑に算入する。
原審における訴訟費用は被告人に負担させる。
          理       由
 本件各控訴の趣意は,弁護人小栗厚紀及び検察官足立敏彦作成の各控訴趣意
書記載のとおりであり,これらに対する各答弁は,検察官磯部泰一及び弁護人小
栗厚紀作成の各答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。
第1 弁護人の控訴趣意について
 1 論旨は,被告人は,B1に,原判示第1のパチンコ「D」(以下,「本件建物」とい
う。)への放火(以下,「本件放火」という。)を依頼したことはないのに,被告人
から本件放火を依頼されたとのB1の原審公判供述(以下,「B1の供述」とい
う。)を信用できるとして,本件放火について被告人とB1ら共犯者らとの共謀
を認めるとともに,詐欺罪の成立を認めた原判決には,判決に影響を及ぼす
ことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
 2 本件放火がB1ほか4名の共犯者らによって実行されたことは関係証拠上明
らかであるが,被告人は,B1ら共犯者らとの共謀を一貫して否認しているとと
もに,本件放火が被告人の依頼に基づいてB1ら共犯者らが実行したことを示
す直接的証拠はB1の供述しかないから,その供述の信用性については,慎
重な検討を要することは,弁護人指摘のとおりである。
   しかし,原判決が,(事実認定の補足説明)(以下,単に「補足説明」という。)
で,B1の供述の信用性について詳細に検討し,被告人から本件放火を依頼
されたとするB1の供述は十分に信用できるのに対し,これに反する被告人の
供述は信用できないとして,被告人とB1との間に本件放火についての共謀が
あったと認定説示するところは,全て正当として是認することができる。
 3 まず,B1の供述の信用性についてみるに,B1の供述の要旨は,原判決が補
足説明の第2の1(1)で摘示するとおりであるが,原判決が指摘するように,本
件放火の実行犯らのうち,B1を除く4名はB1から頼まれて本件放火に加担し
たものであるうえ,B1自身も,本件建物や,本件建物でパチンコ店を営業して
いた株式会社E(以下,「E」という。)と何らの利害関係もなく,B1ら実行犯ら
には自らの事情で本件建物に放火する動機があったとは考えられない。他
方,被告人は,本件建物を所有するF株式会社(以下,「F」という。)の代表取
締役で,同社は本件建物に高額の店舗総合保険を掛けており,火災等により
損害が発生した場合には多額の保険金が支払われることになっていたが(現
に,合計約1億5000万円の保険金が支払われた。),本件放火当時,被告人
は同社の資金繰りに窮しており,被告人には本件放火の動機となり得る事情
があったうえ,被告人とB1は,かねてからお互いを「弟」,「兄貴」と呼び合い,
B1がFの資金調達に当たるなど極めて親密な関係にあったことが認められ
る。
   これらの事実にかんがみると,被告人から依頼されたとするB1の供述は,本
件放火の動機となり得る事情がある者は誰かとの観点からはもとより,B1に
本件放火を依頼できる者は誰かとの観点からみても,本件関係証拠から認め
られる客観的状況と良く符合しており,不自然・不合理なところはない。
   のみならず,B1は,被告人から本件放火を依頼されるに至った経緯,被告人
から報酬として300万円を受け取ったことや,本件放火後にはB1がFに出入
りしなくなったこと,被告人の言動を含む本件放火後の状況等についても具体
的かつ詳細に供述しているが,その供述するところは迫真性に富んでいるう
え,弁護人の反対尋問によってもゆらいでいないだけでなく,さらに,本件放火
の共犯者の一人であるB2に指示して被告人から提供された300万円の報酬
を取りに行かせたとする点などその重要な部分については,B2の供述やFの
当時の総務部長Gの供述等の他の証拠によって裏付けられている。
   加えて,B1は,本件放火についての自身の公判の途中までは犯行を否認し
ていたが,その後,被告人の依頼で自分が中心となって本件放火を実行した
ことを認めるに至り,自身の裁判確定後も,被告人の原審公判廷で同じ内容
の供述をしている。その供述内容をみると,被告人から本件放火を依頼された
が,具体的なことは全て任され,放火の時期,方法などは被告人に相談するこ
となく自分で決めたことなどを率直に供述しており,被告人に責任を転嫁して
自己の刑責を軽くしようとする様子はみられないし,被告人以外に本件放火の
依頼者がいてこれをかばっているような様子などはもとよりうかがえない。
 これらの事情に照らすと,B1の供述の信用性は極めて高いというべきであ
る。
 他方,B1との間で本件放火の共謀をしたことはなく,本件放火後にB1に本
件放火の報酬を渡したこともないなどとする被告人の供述は,原判決が説示
するように,軽視できない矛盾や不自然な変遷があるばかりか,他の関係者ら
の供述と符合しないところも多く,たやすく信用できない。
 そして,B1の供述を含む関係各証拠によれば,被告人がB1に本件建物へ
の放火を依頼し,これを承諾したB1との間で本件放火の共謀が成立し,さら
に,B1を介して順次他の共犯者らとの間で共謀が成立したことが優に認めら
れる。
 4 さらに,これを所論に則して若干補足すると,以下のとおりである。
  (1) 所論は,原判決が被告人に本件放火の動機となり得る事情がある根拠とし
て,本件建物の喪失により被告人の得る利益がその損失よりもはるかに大
きいことを挙げているが,その損益を計算すると,とうていそのように判断で
きず,根拠に誤りがある,という。
    しかし,原判決が補足説明の第2の2で認定説示するところをみれば,原判
決は,本件建物の喪失によって生じる客観的な利益と損失をとらえて,その
利益が損失よりもはるかに大きいとしているのではなく,本件放火当時,被
告人が,その置かれていた状況の下で,本件建物の喪失によって得る利益
と損失についてどう考えていたかを問題としていることが明らかである。
  すなわち,原判決は,関係各証拠によって認められる本件放火後の被告
人の言動や本件放火当時のFの資金繰りの状況等を検討したうえで,本件
放火当時,被告人には,本件建物が焼失した場合に,Eから前払いを受け
ていた本件建物の賃料等を返還する意思はもとより,返還しなければならな
いとの認識もなかったこと,被告人は,本件放火直後の時点では,支払わ
れるべき保険金が現実に受け取ったものよりも多額であり,しかもこれが早
期に支払われるものと予想するとともに,本件建物内のリース物件について
も,保険金が下りるものと考えていたこと,本件放火当時,Fが資金繰りに窮
していたため,被告人はすぐにでも決済資金が必要であると考えていたこと
などを認定したうえで,これらの諸事情を総合して,「Fの資金繰りに窮して
いた被告人にとっては,本件放火によって,多額の保険金を早期に受け取
ることができる利益があり,他方,本件建物はEに賃貸して前払家賃などを
受け取っていたため,本件建物についての公租公課のみを払う状態であっ
たことから,被告人には本件建物が使用不能になることについての当面の
不利益はあまりなかったのであるから,当面の資金繰りをしのぐという面か
らすると,本件建物の喪失によって得る利益の方がその損失よりはるかに
大きいことになる」旨判断して,被告人には本件放火の動機となり得る事情
があるとしたものであって,関係証拠に照らすと,この原判決の認定判断は
正当として是認することができる。
なお,所論は,保険金を当てにしなければならないほどFの資金繰りがひ
っぱくしていたわけではない,ともいう。
しかし,本件放火当時,Fが20億円以上の負債を負い,被告人自身も2
億円以上の負債を負って資金繰りに窮していたことは,関係者らの供述や,
Fの負債関係に関する捜査報告書等の関係証拠によって明らかである。
  (2) さらに,所論は,被告人が,本件放火より前に本件建物に関する保険契約
の保険金額を減額しているうえ,被告人自身は,本件火災に関する事故報
告にも全く関与していないなど,本件保険金請求手続への被告人の関与も
積極的なものではなく,これらの事情は,本件建物への放火の動機がなか
ったことを示している,という。
 確かに,関係証拠によれば,被告人は,平成9年4月に,Hとの間の本件
建物を対象とする店舗総合保険契約につき,保険金総額を2億5895万60
00円から2億5000万円に減額したことが認められる。しかし,その減額
は,本件建物の賃貸に伴い,パチンコ店の営業主体がFからEに移ったた
め,上記店舗総合保険契約のうち商品一式に関する分(保険金額895万6
000円)については契約の更新をしなかったことによるものであることが明
らかである。また,被告人は,同年10月にも,Iとの間の同様の店舗総合保
険契約につき,保険金総額を8000万円から3000万円に減額していること
が認められるが,その減額は,保険金請求権の上に質権を有していたJ株
式会社等からの融資額が減ったことに伴うものにすぎないことが,これまた
明白である。
 そうすると,所論指摘の保険金額の減額は,いずれも保険契約に関する
事情の変更に伴ってなされたものであって,被告人に本件放火の動機がな
いことを示唆するような事情とはいえないことは,改めて詳論するまでもない
ところである。
 また,保険金請求手続の事務を,被告人自身ではなく,Fの総務部長であ
ったGや保険代理店のKが中心となって行ったことも,事務処理の在り方と
して,いわば当然というべきであり,被告人が保険金請求に無関心であった
ことを示すものとはいえない。のみならず,却って,Kの警察官調書(原審甲
126号証)によれば,被告人は,平成10年6月ころには,Kに本件保険金
請求手続を急ぐよう催促し,Eに休業補償金が支給されたことを耳にした同
年8月ころにも重ねて催促したことが認められ,これらの事実に照らせば,
被告人が保険金の支払いに強い関心を寄せていたことが明らかである。
  (3) 以上のとおり,所論が指摘する諸点は,いずれも被告人とB1ら共犯者らと
の本件放火の共謀を認めた原判決の認定に合理的な疑いを抱かせるもの
ではないというべきである。
   その他,所論がるる主張する点にかんがみつつ子細に検討しても,本件放火
について,被告人とB1ら共犯者らとの共謀を認めるとともに,本件詐欺罪の
成立を認めた原判決の事実認定は正当であり,原判決には所論のような事実
の誤認はない。
   弁護人の論旨は理由がない。
第2 検察官の控訴趣意について
 1 論旨は,(1)本件犯行当時,被告人が本件建物に人が居住しているのを認識し
ていたことは明らかであるのに,被告人には本件建物の現住性の認識がなか
ったとして,非現住建造物等放火罪を認定した原判決には,判決に影響を及
ぼすことが明らかな事実の誤認がある,(2)被告人を懲役10年に処した原判
決の量刑が軽過ぎて不当である,というのである。
 2 事実誤認の主張について
  (1) 原判決は,被告人が本件建物の賃貸借契約時などに,E側から本件建物
に店長夫婦が住むことになる旨を知らされたことは認められるものの,本件
放火当時,被告人がこのことを忘れていた可能性を否定できないとしてい
る。
 そこで,これらの点に焦点を当てつつ,本件放火当時における被告人の現
住性の認識の有無について,検討を進めることとする。
  (2) 原判決は,被告人が,E側から,本件建物の2階に店長夫婦が住むことに
なる旨を知らされていたか否かの認定判断に先立って,Dの店長C1,Eの
常務取締役L,同社の代表取締役Mの原審公判廷における各供述の信用
性を詳細に検討し,C1やLの各供述は信用でき,Mの供述もLの供述に符
合する限度で信用できる旨説示しているが,その説示するところは,弁護人
が上記C1ら3名の各供述は信用できないとしてるる指摘する点を考慮しつ
つ検討しても,正当として是認することができる。
    これに対し,被告人は,本件建物の2階を改装して人を住まわせるとの話は
聞いていないと述べているが,この被告人の供述が信用できないことも原判
決の説示するとおりである。
    そして,上記C1ら3名の各供述によれば,平成8年6月30日及び被告人とE
との間で本件建物の賃貸借契約が締結された同年7月17日には,Mが被
告人に対し,本件建物2階の食堂部分を居住用に改装して従業員を住まわ
せたい旨申し入れ,被告人はその申入れを了承したこと,同年8月中旬こ
ろ,本件建物1階の改装現場において,Lが被告人にC1を店長であるとし
て紹介し,被告人とC1があいさつを交わし,さらに,Lから,2階の改装工事
の着工が遅れており,着工が9月になることや,そのため当時,C1はビジネ
スホテルに住んでいることなどが説明されたこと,同年9月中旬ころにも,L
がC1ともども被告人を改装中の本件建物2階に案内し,改装工事が終わり
次第,C1夫婦がそこで住むことになる旨を重ねて伝えたことが認められる。
被告人がE側から本件建物の2階に店長夫婦が住むことになる旨を知らさ
れていたとの原判決の認定は,正当である。
  (3) 前記(2)において認定したとおり,E側から被告人に対し,本件建物の賃貸
借契約締結時とその前後にわたって合計4回も本件建物の2階に人が居住
することになる旨が伝えられているが,その回数もさることながら,最後の時
は,居住用に改装工事が現に進められているその現場で,しかも居住予定
者である当のC1本人も同席している場で,改装工事が終わり次第,夫婦で
そこに住むことになる旨伝えられていること等にかんがみると,被告人は,
本件建物の2階が居住用に改装され,そこにC1夫婦が住むことをかなり強
く印象付けられ,脳裏に刻まれていて当然というべきである。
    のみならず,本件建物は,被告人が代表取締役を務めるFの所有物件であ
ることに加え,関係証拠によれば,同社事務所と本件建物は約80メートル
しか離れておらず,同事務所のあるビルの南側を東西に通じる道路上から
は,本件建物2階のC1夫婦の居住部分の窓側が正面に見え,同道路を東
進する場合には,その居住部分の様子をかなり詳しく見てとることができる
こと(原審甲22号証),被告人は左目を失明しているとはいえ,本件放火当
時,日常生活に格別の支障はなかったばかりか,事実上車の運転もしてい
て,しばしば自動車で同社事務所前から同道路を東進し,本件建物付近を
通行しており,被告人が至近距離から本件建物の2階部分の状況を知る機
会も少なからずあったとみられること,C1夫婦は本件建物の2階部分に1
年半以上住んでおり,C1の妻は,居住部分の窓側に昼間布団や洗濯物を
干すなどしていたこと,C1は本件建物の近くで被告人と出会い,会釈を交
わしたことがあったこと等の事実が認められ,これらの事実に照らすと,被
告人が本件建物2階の居住部分を目にした時やC1と出会った折りなどに,
本件建物2階にC1夫婦が居住していることの記憶を新たにし,本件放火当
時も,その記憶を保持していたものと優に推認することができ,本件放火当
時には,被告人がその記憶を失っていたとはとうてい考えられない。
    さらに,本件放火後の被告人の言動をみても,本件放火当時,被告人が本
件建物の2階にC1夫婦が居住していることを承知していたことが明らかで
ある。
    すなわち,関係証拠によると,本件放火後,Eから本件建物の修繕ないし原
状回復を求められたFは,その対応を顧問弁護士であったN弁護士に依頼
したところ,N弁護士は,受領済みの前払賃料の返還を免れるために賃貸
借契約を維持するとともに,多額に上ると予想される修繕費用をできるだけ
多くEに負担させるべく,交渉の中で,E側の落ち度を指摘していく方針を採
ることとし,その旨を被告人に説明して了承を得たうえ,その方針に基づい
て,Eとの交渉を進めたことが認められる。
    この事実にかんがみると,仮に,被告人の知らない間に,本件建物の2階に
C1夫婦が居住していたというのであれば,重大な契約違反であり,これをE
側の落ち度と指摘し,Eとの交渉材料とするのが当然と考えられる(ちなみ
に,関係証拠によると,被告人は,本件建物の駐車場をEが無断で他に転
貸した旨の虚偽の事実をN弁護士に告げ,このような虚偽の事実までもEと
の交渉材料として利用させていることが認められる。)。ところが,N弁護士
が供述するところによれば,被告人からその旨の指摘を受けたことはない,
というのであり,さらに,本件全証拠を子細に検討しても,FとEとの一連の
交渉の過程で,C1夫婦居住の事実がE側の契約違反ないし落ち度としてF
側から指摘・主張されたことをうかがわせるものも一切見当たらない。
    そうすると,被告人は,本件建物に関して,本件放火後に生じたEとの紛争
の解決を自ら依頼した当のN弁護士に対してすら,Eが無断でC1夫婦を本
件建物の2階に居住させていたとは告げていないと認められるが,このこと
は,本件建物の2階にC1夫婦が居住していることを被告人が承知していた
だけにとどまらず,これを容認していたことを強くうかがわせるというべきで
ある。
    以上の次第であるから,本件放火当時,被告人が本件建物の2階にC1夫
婦が居住していたことを認識していたことは,関係証拠に照らし明らかであ
る。
  (4) ところが,原判決は,被告人が本件建物の2階にC1夫婦が居住していたこ
とを忘れていた可能性があることを否定できないとしている。そこで,原判決
が掲げるその理由の主要な点について,念のため,付言しておくこととす
る。
   ア 原判決は,被告人が本件放火以前にB1に対し本件建物に人は住んでい
ない旨告げたことを挙げ,仮に,被告人が本件建物の2階に人が住んで
いるものと認識していたのであれば,放火の実行犯がその者に目撃され
たり,逮捕されたりすると,被告人の身も危なくなるから,B1に対し人が
住んでいる旨をあらかじめ告げて,注意を促すのが自然であり,B1に対
し,人は住んでいないと述べた被告人の言動は,被告人の認識をそのま
まB1に伝えたと考える方が合理的である,という。
     なるほど,B1の供述によれば,平成10年4月下旬ころに,B1が居住者の
有無や延焼の危険性等について尋ねたのに対し,被告人は,人は住ん
でいない旨答えるとともに,「隣りとか周り近所に建物がないから,その点
についても心配するな。」などと答えたことが認められる。ところが,関係
証拠によると,本件建物の南側は,マンションと接しており,西側には道
路を隔てて民家があるなど,周辺はかなり住宅が密集した地域であり,し
かも被告人は周辺の状況を良く承知していたのであるから,被告人は,B
1に周囲の状況について虚偽の事実をあえて告げたことが明らかであ
る。そして,その当時,B1が放火の実行をためらい,被告人の依頼に対
し明確な承諾を与えていなかったこと等をも併せ考えると,被告人がこの
ような虚偽の事実をB1に告げたのは,B1の心理的抵抗を取り除き,B1
に本件放火の実行を決断させるためであったとみるのがはるかに合理的
であり,そうすると,被告人は,本件建物の居住者の有無についても,こ
れと同様の趣旨から,あえて虚偽の事実を告げたにすぎないというべき
である。被告人の認識をそのままB1に伝えたと考える方が合理的である
とする原判決の評価はとうてい首肯することができない。被告人がB1
に,人は住んでいない旨告げたことをもって,人が居住していることを被
告人が忘れていた可能性があるとすることはできないというべきである。
   イ また,原判決は,被告人がMから2階に人が居住するという話を聞いたの
は本件放火の2年近くも前であったこと,また,LからC1を紹介されてC1
夫婦が住むと言われたのも1年半以上前のことであったことを挙げて,C
1夫婦が居住していることを被告人が忘れていた可能性がある,という。
     しかしながら,前記のとおり,被告人は,本件建物の2階にC1夫婦が居住
することをかなり強く印象付けられ,脳裏に刻まれていて当然というべき
であるばかりか,その後も記憶を新たにする機会が少なからずあったこと
からすると,本件建物に人が住むと聞かされてから1年半から2年近くの
時が経過したからといって,被告人がその記憶を全く失い,B1から尋ね
られた時にも思い出さなかったなどということはたやすく考えられないとこ
ろである。
   ウ あるいは,原判決は,E側から,本件建物の2階にC1夫婦が居住すること
になる旨告げられた際には,被告人はこれに関心を持っていない様子で
あったとし,この点をも,C1夫婦が居住していることを被告人が忘れてい
た可能性があることの根拠の1つとして挙げている。原判決がいかなる根
拠に基づいてこのような認定判断をしたのか,必ずしも判然としないが,
補足説明の第3の1(1)においてC1の供述を要約している中に,「C1が2
階に居住することについて被告人は関心を持っていないようであった」と
あるところにかんがみると,C1の供述する趣旨を要約のとおりに理解し,
これに基づき認定判断したものと考えられる。
     しかし,C1の供述を子細に検討すると,C1の供述中には原判決が要約す
るとおりの部分は見当たらず,これに関連すると思われる部分は,要する
に,改装中の2階で被告人はLと言葉を交わしていたものの,被告人がC
1に対し,特に尋ねたりしたことはなかったように思う,という趣旨のもの
にすぎず,このようなC1の供述を原判決が要約するような趣旨に理解す
ることは相当でないといわざるを得ない。さらに,全証拠を子細に検討し
ても,C1が本件建物の2階に居住することに被告人が無関心であったこ
とをうかがわせるに足りる証拠は見出すことができない。却って,信用に
値するLの供述によれば,被告人は,本件建物の2階部分の改装につい
て,「大がかりにやったな。」などと感想を述べたことが認められ,この一
事に照らしても,C1夫婦が本件建物に居住することに被告人が無関心で
あったとは考え難いといわざるを得ない。
   エ さらに,原判決は,被告人が本件建物で以前経営していたパチンコ店で
は,2階に人を居住させていなかったのであり,この点も被告人がパチン
コ店に人が住まないと思い込みかねない要素であったとみられる,とい
う。
     しかし,関係証拠によると,パチンコ店の建物の2階等に従業員の宿舎が
設けられているのが大半であり,被告人もその旨の認識を持っていたこと
が認められるうえ,被告人は,前述のとおり,本件建物の2階に店長夫婦
を住まわせたいとの申入れを受けて了承しているのであるから,被告人
が以前本件建物でパチンコ店を経営していた時には従業員を居住させて
いなかったからといって,これをもって被告人がパチンコ店の2階に人が
居住していないと思い込みかねない要素とはなり得ないというべきであ
る。
  (5) 以上のとおり,原判決が,本件当時,被告人が本件建物に人が住んでいる
ことを忘れていた可能性があるとして挙げる事情は,いずれも被告人に現
住性の認識があったと推認することに合理的な疑いを生じさせるものとはい
えず,被告人が,本件放火当時,本件建物の2階に人が居住していることを
認識していたことの証明は十分であるから,その認識がなかったとの合理
的な疑いが残るとして,現住建造物等放火罪の成立を否定し,非現住建造
物等放火罪を認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事
実の誤認がある,といわなければならない。
   検察官の論旨は理由がある。
 3 結論
   そうすると,検察官の量刑不当の論旨に対する判断を待つまでもなく,原判決
はその全部の破棄を免れない。よって,刑訴法397条1項,382条により原判
決を破棄し,同法400条ただし書により更に判決する。
(犯罪事実)
第1 被告人は,B1,B2,B3ほか氏名不詳の2名と共謀のうえ,平成10年5月6
日午前4時15分ころ,被告人が代表取締役を務めるF株式会社が所有し,同
社から株式会社Eが賃借して,1階をパチンコ店,2階の一部を同店店長C1と
その妻C2が住居として使用していた名古屋市a区bc番地所在のパチンコ「D」
(鉄骨造陸屋根2階建遊技場・車庫,延床面積約1042.30平方メートル)に
おいて,B3らが同建物1階店舗内にガソリン等を入れた多数のポリエチレン
製袋を運び込み,これに点火して放火し,よって,上記C1とその妻が現に住
居に使用し,かつ,同人らが現在していた同建物1階店舗部分約425.83平
方メートルを焼損させた。
第2 被告人は,第1記載のとおり,前記建物で発生した火災は被告人らが放火し
たものであり,上記建物等に掛けていた火災保険金を請求する資格がないの
にこれを秘し,あたかも正当な保険金請求であるように装って保険会社から保
険金支払名下に金銭を騙し取ろうと企て,
 1 同年9月9日ころ,同区bd番地所在のF株式会社事務所において,同市e区fg
丁目h番i号jビルH保険株式会社O損害調査部P課担当係長H1に対し,前記
F株式会社を保険契約者,H保険株式会社を保険者とし,上記建物を対象と
する保険金総額2億5000万円の店舗総合保険契約につき,同年5月6日に
原因不明の火災により上記建物が焼損したことを理由とする保険金請求書等
の関係書類を交付し,同人を介して,東京都千代田区kl丁目m番n号所在の
H保険株式会社に提出して上記店舗総合保険による保険金の支払いを請求
し,上記H1及び支払決定権者である同社取締役H2らをして,上記請求が正
当な保険金請求である旨誤信させ,よって,同年9月29日,同社から名古屋
市e区op丁目q番r号sビル株式会社Q銀行R支店のF株式会社代表取締役A
名義の当座預金口座に1億1476万6394円を振込入金させ,
 2 同月22日ころ,同市e区ft丁目u番v号I保険株式会社S損害調査部Tサービス
センター所長I1に対し,前記F株式会社を保険契約者,I保険株式会社を保険
者とし,前記建物を対象とする保険金額3000万円の店舗総合保険契約につ
き,前同様の理由により上記建物が焼損したとして火災・新種保険金請求書
等の関係書類を郵送し,そのころ,上記Tサービスセンター所長代理I2を介し
て,同社S損害調査部に対して保険金の支払いを請求し,上記I2及び支払決
定権者である同調査部長I3らをして,上記請求が正当な保険金請求である旨
誤信させ,よって,同月30日,同社から前記Q銀行R支店のF株式会社名義
の当座預金口座に474万1946円を,同区ft丁目w番x号株式会社U銀行R
支店の上記保険金請求権の上に質権を有するJ株式会社(代表取締役J1)の
同社R支店名義の普通預金口座に3000万円を各振込入金させた。
(証拠の標目)
 (省略)
(法令の適用)
 被告人の判示第1の行為は刑法60条,108条に,判示第2の1及び2の各行為
はそれぞれ同法246条1項に該当するところ,判示第1の罪について所定刑中有
期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,
10条により,最も重い判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をし
た刑期の範囲内で被告人を懲役12年に処し,同法21条を適用して,原審におけ
る未決勾留日数中270日をその刑に算入し,原審における訴訟費用については,
刑訴法181条1項本文により全部被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,自己が代表取締役を務める会社の所有物件で他社にパチン
コ店として賃貸し,2階に同店の店長夫婦が住んでいた建物に放火して,同建物を
対象とする店舗総合保険の保険金を騙し取ることを企て,共犯者の一人に放火を
依頼し,その者が他の共犯者らとともに,店内にガソリンを入れたポリ袋多数を持
ち込んで放火を実行し,同建物の1階部分約425平方メートルを焼損させ(判示第
1),さらに,被告人が,保険会社2社に対し,放火した被告人には保険金請求権が
ないのに,正当な請求であるかのように装って,保険金の支払いを請求し,合計1
億4000万円余りを騙し取った(同第2の1及び2),という事案である。
 本件放火は,建物が密集する住宅地域において,人の多くが就寝中とみられる
未明に多量のガソリンを使用して行われたもので,甚だ危険な犯行であり,現実に
焼損した面積も大きく,2階に居住していた店長夫婦の生命等に危険を生じさせた
ばかりか,他の建物等への延焼の危険も高かったもので,付近住民に多大の不安
を与えている。また,本件建物を賃借してパチンコ店を営業していた会社にも,店内
にあった物品の焼損等や営業ができなくなったことによる損害等,多額の財産的損
害を与えている。さらに,本件詐欺は保険制度を悪用した犯行で,騙し取った保険
金は極めて高額である。被害にあった会社の関係者らの被害感情はいずれも厳し
く,厳罰を求めている。被告人は,会社の資金繰りに窮した末,自ら積極的に本件
一連の犯行を計画したものであって,一連の犯行の動機に酌量の余地は全くな
い。犯行態様をみても,本件建物に居住者がいることを知りながら,共犯者に誰も
住んでいないなどと嘘を言って,ちゅうちょする共犯者を放火の実行に踏み切らせ
るなど,甚だ卑劣かつ悪質である。しかも,被告人は,保険金請求権の上に質権を
有していた証券会社に直接支払われた3000万円を除く保険金のほとんどを自己
の経営する会社の負債の返済等に充てるなどして費消している。しかるに,被告人
は,犯行を全面的に否認し,被害弁償はおろか,反省の態度すらも示していない。
なお,放火の手段としてガソリンを使用することは共犯者が独自に考えたものであ
るが,被告人は放火の具体的方法については全て共犯者に任せていたのである
から,被告人がガソリンの使用を指示しなかったことを,被告人に有利な事情として
考慮することはできないというべきである。
 そうすると,被告人の刑事責任は重大であり,被告人には古い罰金前科3犯があ
るにすぎないことや,その年齢,家族状況等被告人のためにしん酌すべき事情を
十分に考慮しても,主文の刑はやむを得ないところである。
  平成14年12月16日
    名古屋高等裁判所刑事第2部
裁判長裁判官   川原 誠
裁判官   村田健二
裁判官   堀内 満

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