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裁判例


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       主   文
1 被告が昭和四一年一一月二二日付でなした原告に対する戒告処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
       事   実
第一 当事者双方の求める裁判
一 原告
 主文と同旨の判決。
二 被告
 「1 原告の請求を棄却する。2 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二 当事者双方の主張
一 請求の原因
(一) 原告は、昭和三六年一〇月五日本所郵便局に臨時雇として採用され、集配
課に勤務し、同年一一月一日事務補助員、昭和三七年四月一日臨時補充員、同年七
月一一日から八月二日までの間初等部研修生として中央郵政研修所兼務、同年八月
三日事務員をそれぞれ命ぜられ、昭和三九年七月一日郵便局組織規程改正により第
二集配課勤務となり、郵便外務(配達)をその職務とする一般職に属する国家公務
員である。
(二) 被告は、原告が昭和四一年五月一日(日曜日)、第三七回中央メーデーの
示威行進に参加し、約三〇分間「ベトナム侵略に加担する佐藤内閣打倒」と記載さ
れた横断幕を掲げて行進したことを理由に昭和四一年一一月二二日付で原告に対し
戒告処分(以下本件懲戒処分という。)をした。
(三) 原告は、昭和四二年一月二〇日本件懲戒処分について人事院に審査請求を
したが、人事院は、昭和四四年一一月二三日右審査請求を棄却する旨の判定をし
た。
(四) 本件懲戒処分は、後記のとおり、違憲または違法のものであるから、その
取消しを求める。
二 被告の答弁
請求の原因(一)ないし(三)記載の事実は認める。しかし、本件懲戒処分は、違
憲または違法のものではない。
三 被告の主張
(一) 原告の身分および職務は、請求の原因(一)記載のとおりである。原告
は、昭和四一年五月一日(当日は日曜日で勤務時間外であつた。)東京都立代々木
公園で行なわれた第三七回中央メーデーの集会に参加し、さらに同集会後に行なわ
れたメーデー参加者による集団示威行進に参加したが、右集団示威行進に際し、会
場出発後約三〇分にわたり「アメリカのベトナム侵略に加担する佐藤内閣打倒-首
切り合理化絶対反対全逓本所支部」と記載された横断幕(横約二・五メートル、縦
約一メートルの布製の横断幕で両端を竹竿で支えるもの)を掲げて行進したもので
ある。
(二) 原告の右横断幕を掲げて行進した行為(以下本件行為という。)は、国家
公務員法(以下国公法と略称する。)一〇二条一項(政治的行為の制限)、人事院
規則一四-七「政治的行為」五項四号、六項一三号に規定する政治的目的のための
政治的行為に該当するので、結局国公法八二条一号に該当し、同時に本件行為は国
民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であるから、同法八二条三号に該当す
る。
(三) そこで、被告は、昭和四一年一一月二二日原告に対し、本件懲戒処分をし
たのであるが、懲戒処分をするに当たり、次の事情を考慮した。すなわち、原告
は、その所属長である本所郵便局長から事前に掲示文書により政治的行為をしない
よう警告をうけており、かつ本件行為が政治的行為の制限にふれるものであること
を十分認識しながら、敢えて本件行為を行なつた。また本件横断幕の記載文言は、
全逓信労働組合(以下全逓と略称する。)本所支部青年婦人部で選定したものであ
るが、原告は青年部副部長としてその選定に参加し、また自らその文言を書くなど
して指導的役割を果たしている。以下により原告は、その情軽からざるものがあ
る。
四 被告の右主張(三)に対する原告の認否と主張
(一) 認否
1 (一)記載の事実は認める。
2 (二)記載の法令の適用は誤つている。原告の本件行為をもつて国公法一〇二
条一項、人事院規則一四-七第五項四号、六項一三号に違反するとなしえないこと
は後に述べるとおりである。
3 (三)記載の事実のうち、本件横断幕の文言が全逓本所支部の選定にかかるこ
と、原告は全逓本所支部青年部副部長として本件横断幕の記載文言の選定に参加
し、また自らその文言を書くなどして指導的な役割を果たしていたことは認める
が、その余の事実は否認する。
(二) 主張
A 本件行為は、国公法一〇二条一項、人事院規則一四-七第五項四号、六項一三
号に違反せず、したがつてまた国公法八二条一号、三号に該当しない。
1 本件懲戒処分は、憲法二一条一項に違反する。
 憲法二一条一項の保障する表現の自由に由来する政治活動を行なう国民の権利
は、立法その他国政の上で最大の尊重を必要とする国民の基本的人権で、しかもそ
の中でも最も重要な権利の一つである。政治活動を行なう国民の権利の民主主義社
会における重要性を考えれば、国家公務員の政治活動の制約の程度は、必要最小限
度のものでなければならない。
 国公法一〇二条一項および人事院規則一四-七が合憲であるためには、国家公務
員の市民としての政治的権利の行使を不当に侵すことのないように適用されなけれ
ばならない。そうであるとすれば、国公法一〇二条一項および人事院規則一四-七
第五項四号、六項一三号を本件行為に適用はできないのである。
(1) 行政過程に全く関与せず、かつその業務内容が細目まで具体的に定められ
ているため機械的労務を提供するに過ぎない非管理職にある現業公務員が、勤務時
間外に、国の施設を利用することなく、かつ職務を利用しようとせず、もしくはそ
の公正を害する意図なしに、政治活動を行なつた場合は、その弊害は皆無である。
それ故、このような政治活動を規制することは、公共の福祉に対する明白かつ現実
の危険がないのに表現の自由を侵害するものであつて、憲法二一条一項に違反す
る。
 原告は、郵便配達員で、行政過程に全く関与することのない機械的労務を提供す
るに過ぎない非管理職の現業公務員であつて、本件行為は、職務時間外に、その職
務または国の施設を利用することなく行なわれたものである。
 したがつて、本件行為を規制し、懲戒処分を加えることは、憲法二一条一項に違
反する。
(2) 本件行為は、人事院規則一四-七第五項四号に該当しない。
 人事院規則一四-七第五項四号にいう「特定の内閣を支持し又はこれに反対する
こと。」の意味は、特定の内閣に対しそのとる政策のいかんにかかわらずおよそこ
れを支持しまたは反対するということである。したがつて、特定の内閣のとる特定
の政策を支持しまたは反対することは、同号にいう政治的目的に該当しない。
 本件文言は、佐藤内閣の政策のいかんにかかわらず、これに反対するものではな
く、佐藤内閣がアメリカのベトナム侵略に加担する政策をとることに反対するにす
ぎない。
2 本件懲戒処分は、公務員の憲法擁護義務に違反する。
 憲法九七条は、憲法を尊重し、擁護することを公務員の義務としている。ベトナ
ム侵略に反対することは、平和憲法を尊重し、擁護することにほかならず、公務員
の憲法上の義務の誠実な実践にほかならない。
 したがつて、佐藤内閣がアメリカのベトナム侵略に加担するゆえにその打倒を訴
える行為を理由として懲戒処分をするのは、公務員の憲法擁護義務に反してなされ
た点で違憲である。
3 本件行為に国公法の適用はありえない。
 原告は、郵便事業を行なう国が経営する企業に勤務する一般職国家公務員であつ
て、これに関する労働関係については公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称
する。)の適用がある。そして本件行為は、組合活動であるから、これに国公法を
適用することができないのである。
 公労法三条は、「公共企業体等の職員に関する労働関係については、この法律の
定めるところにより」と規定している。このことは、労働関係については、公労法
が国公法に対して一般法に対する特別法の関係に立ち、公共企業体の職員に対して
は、国公法の適用が排除されることを意味している。公労法四〇条は、五現業庁の
職員について国公法八二条の適用を直接除外していないけれども、国公法九八条
二、三項および一〇八条の二ないし七の適用を排除している。すなわち、組合活動
等の集団的労働関係に関する限り、国公法と公労法は一般法と特別法の関係に立つ
ている。また労働組合が労働組合の目的の範囲内で政治活動をすることは法の禁止
するところではないから、組合の決定に基づく組合員の政治活動を国公法ないしそ
の委任に基づく人事院規則で制限することは許されないのである。もしそうでない
とすれば、五現業の職員に対する労働関係の規制を、国公法から公労法に移し労働
関係についての制約を緩和した趣旨にそわないばかりでなく、公労法の適用をうけ
る労働組合の表現の自由を不当に制約することになるからである。とくに本件の場
合、横断幕に全逓本所支部と明記していたのであつて、組合活動であることがそれ
自体から客観的に明白であり、国家公務員としての地位利用的要素を全く持つてい
なかつたのである。
4 本件行為は、原告の個人的行為ではない。
 本件行為は、労働組合の団結体の意思に基づく団体行為であつて、主体はあくま
で組合自身である。団体行為の性質は、法律的に個人的行為に分解されるべきもの
ではない。したがつて、労働者が労働組合の構成員として団体意思を実現するため
にした行為は、あくまで団体行動として評価されるべきであつて、これを切りはな
して個人的行為として労働者個人に懲戒責任を問うことは許されない。
B 本件懲戒処分は、裁量権を濫用した違法なものである。
 本件メーデー当日本件横断幕またはこれと同旨のプラカードを掲げて示威行為を
した全逓の組合員は、原告のほか多数あつたが、懲戒処分を受けたのは原告だけで
ある。また、本件メーデー当日に限らず、本件行為と同様な行為について懲戒処分
を受けたのは、原告だけである。したがつて、本件懲戒処分は、差別処分であり、
裁量権濫用として違法なものである。
五 原告の右主張(四の(二))に対する被告の反駁
A について
1 について
(1) 原告が行政過程に関与せず、単に機械的労務を提供するにすぎない非管理
職の現業公務員であることおよび本件行為が勤務時間外に、その職務または国の施
設を利用することなく行なわれたことを認める。
(ⅰ) 国公法一〇二条は、一般職に属する国家公務員のすべてについて政治的行
為を制限しているのであるから、職務内容のいかんにより同条の適用を左右するこ
とはありえない。
 一般職の国家公務員のうちどの範囲のものについて政治的行為を制限するか、あ
るいはそのすべてのものについて政治的行為を制限するかは、立法政策の問題であ
つて、政治的中立性の要求と基本的人権保障の必要とを比較考慮して決定すべきで
ある。
 郵便事業に従事する国家公務員に対する政治的中立性の要求は、他の一般職の国
家公務員に比し、著しく低いとはとうてい考えられない。すなわち、郵便事業は国
が独占して行なつているのであるが、このように国営になつているのは、郵便が通
信の手段としてきわめて重要であり、できるだけ安価な料金で、公平に全国の隅々
にわたつて郵便の利用を可能にするためである(郵便法一条参照)。したがつて、
選挙関係の文書、その他政治的色彩を有する郵便物の取扱いにおいて、一党一派に
かたよつた取扱いがなされてはならないことはいうまでもなく(郵便法六条参
照)、また政治的目的をもつて郵便物を検閲することは許されず、郵便物の秘密も
厳重に保たれなければならないのである(郵便法八条、九条)。このような性格を
有する郵便事業に従事する職員が公然と政治活動を行なつたとすれば、その政治活
動が保守的色彩のものであるか、進歩的色彩のものであるかを問わず、利用者であ
る一般国民は郵便事業の業務が公平に行なわれているかどうかについて深い疑惑を
抱かざるをえないであろう。このような弊害は、政治活動を行なうものが、上級職
員であるか下級職員であるかによつて何ら異なるところはないのである。
 このように郵便事業に対する政治的中立性の必要性は大であり、かつ、その必要
性はすべての職員に対するものであり、原告が集配業務に従事する非管理職の職員
であるからといつて、その要求を免除されるものではない。
(ⅱ) また、国公法一〇二条一項に基づき制定された人事院規則一四-七に規定
する政治的行為の成立には、勤務時間の内外を問わないのであり(四項)、また国
の施設、職務を利用したかどうか、積極的に職務の公正を害する意図を有していた
かどうか、その行為により現実に弊害が生じたかどうかには関係がないのである。
(イ) 人事院規則一四-七第六項所定の政治的行為の大部分は、勤務時間中には
行ないえない種類のものである。もしこのような行為が勤務時間中に行なわれるな
らば、それが政治的目的のものであるかどうかを論ずるまでもなく、職務専念義務
に違反するものとして制限されるであろう。そうすると、政治的行為を制限するこ
との実際の必要性は、勤務時間外にあるといえるのである。勤務時間外の政治的行
為であつても、職務の遂行に支障をきたし、第三者に政治的影響力を及ぼし、さら
に国民の行政に対する信頼感を失なわしめる危険のある場合には、これを制限する
必要性および合理的理由があるのである。
 これを原告の本件行為についてみるに、原告は全逓の組合員として、かつ「全逓
本所支部」と表示した横断幕をかかげることによつて、第三者が原告が郵政省職員
であることを認識しうる状態において、現に成立している佐藤内閣の打倒を訴えた
のであるから、その政治的影響力および行政の政治的中立性に対する国民の信頼感
の破壊は軽視しえないものがある。
 したがつて、原告の政治活動が勤務時間外であるからといつて、これを看過する
ことはできないのである。
(ロ) つぎに、政治的行為の場所のいかん、すなわち国の施設内か施設外か、あ
るいは国の施設を利用したかどうかは、政治的行為制限の可能性を左右する要件と
はなりえない。
 原告の本件行為は、国の施設を利用せず、また国の施設外で行なわれたが、メー
デーで大衆の集まつた場所において行なわれ、しかも集団行進の際に行なわれたの
であるから、その一般国民に与える影響は、国の施設内で行なわれた場合に比しま
さるともおとることはないのである。
(ハ) 第三に、政治的行為が、公務員の職務または地位を利用して行なわれたか
どうかも、政治的行為制限の可否を決する要件とはならない。
 政治的行為が公務員の職務、地位に関連して行なわれない場合であつても、国家
公務員である身分を表示して行なうことが事実上の影響力を及ぼすこと、あるいは
そのことにより、行政に対する信頼を失なわしめるものであることはいうまでもな
い。
 原告は、郵政省職員であることを第三者が認識しうる状態において政治活動を行
なつたのであるから、その弊害は決して少なくないのである。
(ニ) 国公法一〇二条一項の政治的行為の要件として、現実の弊害や支障の発生
という具体的結果は必要でなく、その成立には、それらの危険性をもつて足りるの
である。
 けだし、特定の政治活動により公務がどの程度支障をきたし、影響を受けたか、
また国民にどの程度影響を与えたか、さらに国民の信頼感をどの程度破壊したかを
量的に測定することは不可能であるからである。
 そして、この危険性は、政治活動が人事院規則一四-七第六項所定の各政治的行
為に該当することによつて当然に生じたものと判断されるべきである。
(ホ) 以上の問題点の検討を通じ明らかなように、本件行為に国公法一〇二条一
項、人事院規則一四-七を適用しても違憲・違法の点は存在しないのである。
(2) 本件行為は、人事院規則一四-七第五項四号に該当する。
 人が特定の内閣に反対する以上何らかの理由があるはずであり、何らの理由なく
して反対することは考えられない。その理由を付して特定の内閣に反対すること
が、人事院規則一四-七第五項四号にいう特定の内閣に反対することに含まれるこ
とはいうまでもないところである。
 そして、原告は、本件横断幕を掲げることによつて、理由を付して佐藤内閣の打
倒を訴えているのであるから、特定の内閣に反対することに当たるのであり、単に
政策に反対しているものということはできない。
2 について
 前述したように原告の本件行為を理由に懲戒処分をすることは、違憲ではないか
ら、原告の主張は失当である。
3 について
(1) かりに原告の本件行為が全逓本所支部の執行委員会の決定に基づくもので
あるとしても、原告の本件行為は労働組合の正当な行為とは認められない。
 労働組合の正当な行為として容認される政治活動は、労働者の経済的地位向上の
目的達成の手段として、かつ右目的達成に必要なものに限られているのである。し
かるに、原告の本件行為は、「アメリカのベトナム侵略に加担する佐藤内閣打倒」
を訴えたものであり、およそ労働者の経済的地位の向上には何ら関連性を有しない
ものであるから、労働組合の正当な行為には該当しないのである。
(2) のみならず、国家公務員については、憲法一五条二項による公務員の中立
性の要請に基づく国公法一〇二条一項、人事院規則一四-七による規制があるの
で、同法および同規則の運用にあたつては、同じく憲法上の要請である団結権の保
障および表現の自由の理念をふまえて、公務員の政治的中立性を保持するために必
要な合理的限界が奈辺にあるかが検討されるべきであろう。
(ⅰ) まず、法が国家公務員の政治活動を制限した趣旨、および人事院規則一四
-七が政治的行為の禁止または制限される場合として、職員以外の者と共同して行
なう場合(二項)、代理人・使用人を通じて間接に行なう場合(三項)、勤務時間
外に行なう場合(四項)を含め、さらに禁止される政治的行為の中には政治的団体
の結成を企画し、結成に参与し、もしくはこれらの行為を援助し、また政治的団体
の役員などになること(六項五号)、政治的団体の構成員となるように、またはな
らないように勧誘運動をすること(六項六号)などを規定しているところから判断
すれば、国家公務員は、公務員たる資格において政治活動を行なう場合のみなら
ず、一市民として行なう場合または労働組合員たる資格において行なう場合も、政
治活動を制限されているものと解されるのである。
(ⅱ) 公務員の政治的中立性の要請は、当該公務員が属する行政官庁が一党一派
に偏することなく公正に公務を運営すること、ならびにこのような公正な公務運営
についての一般国民の信頼性を担保することにあると解すべきである。
 ところで、全逓の構成員となりうべき者の範囲は、「職員のうち労働組合法第二
条第一号に規定する者の範囲に関する件」(昭和四〇年八月一六日公労委告示一
号、昭和四二年九月一二日同二号)によつて定められた者以外として確定されてい
る(なお、これに関しては、昭和四〇年八月一三日付の郵政省と全逓との間の覚書
がある。)。そして、これによつて、同組合の構成員となりうる者のうちには、別
紙記載のとおりの官職にあり、同記載のとおりの権限を有する者が含まれている。
同組合は、右のような一定の権限を有する者を構成員としうる組織体なのである。
 そうすると、全逓の構成員としての政治活動は、全く郵政省業務の中立的運営と
無縁なものと断定することはできない。したがつて、同組合の構成員が政治活動を
行なつた場合、そこには国民一般の郵政省業務の政治的中立に対する疑惑、不信の
端緒となる事実が介在しているというべきである。以上のように、原告の本件行為
に対する国公法一〇二条、八二条の適用を排除すべき実質的理由がない。のみなら
ず、集団的労働関係の場において、いかなる範囲で国公法の適用を排除し、公労法
を適用すべきかは、まさに実定法の定めるところによるべきであり、公労法四〇条
が適用を排除していない国公法の規定を解釈によつて適用排除することはできな
い。
4 について
 国公法一〇二条は、前述したように、国家公務員たる個人が組合員たる資格にお
いて政治活動を行なうことをも制限・禁止しているから、原告が組合員たる資格に
おいて政治活動をしたこと、換言すれば、原告が組合の団体意思に従つて政治活動
をしたことについて責任を問いうることは当然のことである(原告は組合の団体意
思に従うかいなかについて意思決定の自由を有している。)。
 一般に、法人の行為は、すべてその機関である自然人の行為によつて成立つてい
るものであるから、法人の行為たる側面と自然人の行為たる側面の二面性を有して
いるのであり、その各側面がどのような法的評価をうけるかは、行為に関係する法
秩序ごとに異なるのである。
 原告の本件行為についていえば、原告の行為が国公法一〇二条違反として、同法
一一〇条一項一九号により刑罰が課せられる場合には、組合活動(団体行為)であ
るからといつて個人責任を免れるわけにはいかないのである。
 ところで、国家公務員に対する懲戒処分は、公務員の義務違反に対して、使用主
である国家が、公務員法上の秩序を維持するため、使用主として行なう制裁であ
る。懲戒処分は、法秩序に違反する行為に対する非難・制裁という面では刑罰と共
通している。したがつて、懲戒処分は、個人に課するのでなければ本来の目的を達
しえないのであり、現に懲戒処分には、個人責任の原則が妥当する。以上のとおり
であるから、原告の本件政治活動がかりに組合活動として行なわれたものであつて
も、原告個人に対し懲戒処分を課しえない理由はないのである。
B について
 原告以外で政治活動をした者は被告が確認しえた範囲では、四名だけである。こ
れら四名の職員は、いずれも示威行進の途中で、その近くにいたものから順番にプ
ラカードの棒持ちを求められ短時間これに応じたものにすぎず、しかも記載文言の
内容についても全く認識を有していなかつた。
 これにひきかえ、原告は、本件行為が政治行為の制限にふれるものであることを
十分認識しながら敢えてこれを行なつたことなど他の四名とは違法行為の態様、情
状において格段の差異があるのである。
 したがつて、被告は、原告を戒告処分とし、前記四名に対し文書をもつて厳重注
意をするにとどめたのである。
第三 証拠関係(省略)
       理   由
一 本件懲戒処分の存在と原告適格
請求の原因(一)および(二)記載の事実は、当事者間に争いがない。
二 本件懲戒処分の適否
(一) 事実関係と被告の処分理由
1 事実関係
(1) 原告の身分および職務が請求の原因(一)記載のとおりであり、原告が、
昭和四一年五月一日東京都立代々木公園で行なわれた第三七回中央メーデーの集会
に参加し、さらに同集会後に行なわれたメーデー参加者による集団示威行進に参加
したが、右集団示威行進に際し、会場出発後約三〇分にわたり「アメリカのベトナ
ム侵略に加担する佐藤内閣打倒-首切り合理化絶対反対全逓本所支部」と記載され
た横断幕(横約二・五メートル・縦約一メートルの布製の横断幕で両端を竹竿で支
えるもの)を掲げて行進したこと、
(2) 昭和四一年五月一日は日曜日であり、当日は原告は勤務時間外であり、本
件行為は、原告の職務または国の施設を利用することなく行なわれたこと、およ
び、
(3) 本件横断幕の記載文言が全逓本所支部の選定にかかるものであり、原告が
全逓本所支部青年部副部長として横断幕の記載文言の選定に参加し、また自らその
文言を書くなどして指導的な役割を果たしたことは、当事者間に争いがない。
2 処分事由
 被告が本件懲戒処分の事由として主張するところは、原告の前出1の(1)に記
載した本件横断幕を掲げて行進した行為は、人事院規則一四-七「政治的行為」五
項四号、六項一三号に規定する政治的目的のための政治的行為に該当し、国公法一
〇二条一項(政治的行為の制限)に違反するので、結局国公法八二条一号に該当
し、同時に原告の本件行為は国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行と認めら
れるので同法八二条三号に該当する、というのである。
(二) 原告の本件行為に国公法一〇二条一項、人事院規則一四-七第五項四号、
六項一三号を適用し、国公法八二条一号、三号により懲戒処分をすることは合憲
か。
1 国家公務員に対する政治的行為の制限と表現の自由
 国公法一〇二条一項およびその委任に基づく人事院規則一四-七は、一般職国家
公務員の政治的行為をきわめて広範に禁止・制限している。これらの規定を文理ど
おり解釈適用するならば、一般職国家公務員は、選挙権の行使以外の一切の政治的
行為を禁止されているといつても過言ではないであろう。
 しかし憲法二一条一項は、表現の自由を保障し、政治的行為の自由は、表現の自
由の中核をなす。そして、一般職国家公務員といえども、市民として表現の自由す
なわち政治的行為の自由を保障されているのは自明であるから、この自由を広範に
禁止・制限する右各規定は、規定それ自体の合憲性について、またはその適用上の
合憲性について、批判を免れないのである。
2 一般職国家公務員の政治的行為を禁止・制限しうる憲法上の根拠
(1) 序説
 古くから各国の人権宣言で宣言された人権の中心は自由権であり、表現(言論)
の自由は、自由権の重要な一翼をになつて来た。わが国の憲法は、国家統治の基本
原理として、国民主権主義と基本的人権主義を採用している。国民主権主義は、民
主主義的原理であり、統治の原理として民主主義を完ぺきに実現するためには、統
治の内容として基本的人権が最大限に尊重されねばならない。とくに民主制国家に
おいては、国民の政治的行為の自由こそ政治の民主的運営に必要不可欠のものであ
り、この意味で政治的行為の自由は、憲法二一条一項の保障する表現の自由の中核
をなすものといわなければならない。
 政治的行為の自由は、自然権的自由権の思想に依拠して、国家権力の不介入領域
として確立されてきたものであり、市民の有する最大の武器であるから、国家が法
律をもつてこれを広範に制限または禁止することは、基本的自由権の侵害のおそれ
があつて、それ自体重大な難関にほう着せざるを得ないのである。そのため、法律
をもつて、一般職国家公務員の政治的行為を禁止・制限することが憲法上許される
とするならば、それ相当の首肯し得る合理的根拠がなければならないのである。
(2) 全体の奉仕者論説
 憲法は、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」
(一五条二項)と規定しており、公務員が全体の奉仕者として、国民の一部すなわ
ち一グループ、一階層等の利益に奉仕してはならないことを求めている。そして、
公務員の政治的行為の制限の根拠をこの全体の奉仕者論に求める見解がある。しか
し、全体の奉仕者という概念は、政治的行為と論理必然的に両立しえないものでは
ないから、このことをもつて、憲法上すべての公務員に対し、政治的中立を要求
し、政治的行為を制限しうる根拠とはなしえない。
 けだし、公務員の中には国会議員、国務大臣等のように政治活動を通じて国民全
体に奉仕することを任務とするいわゆる政治的公務員がいるばかりでなく、それ以
外の公務員についても、例えば、これに対し職務遂行上全体の奉仕者であることを
要求することと職務外における政治的自由を保障することが、論理上または実際上
全く両立しえないものとは考えられないからである。(因みに、ワイマール憲法
は、一三〇条一項において、「官吏は全体の奉仕者であつて一党派の奉仕者ではな
い」と定めながら、同条二項において、「すべての官吏には政治上の意見の自由お
よび結社の自由が保障される」と定めている。これは、公務員が全体の奉仕者であ
ることと公務員に対し政治的自由を保障することが両立しえないものではないとの
考え方を示すものであろう。)
 のみならず、公務員の全体の奉仕者論から出発して、その政治的行為を制限する
ことが公共の福祉に適合するという論理には、憲法一三条の規定する比例の原則の
制約があることを忘れてはならない。すなわち、基本的人権は最大の尊重を必要と
するのであつて、公共の福祉のためやむを得ずこれを制限する場合も、その制限は
必要最小限度にとどめなければならない。表現の自由が民主制の根幹をなすもので
あることに思いをいたせば、その保障が公共の福祉を害する可能性は、きわめて微
弱であることを知るであろう。そうすると、このわずかの可能性を防止するため、
表現の自由を広範に制限することは、比例の原則に反する結果となるのである。
 以上によつて明らかなように、公務員の政治的自由を、公務員が全体の奉仕者で
あるとか、その制限が公共の福祉に適合するとかいう理論を根拠に否定することは
できない。
(3) 当裁判所の考え方
 当裁判所は、一般職国家公務員の政治的中立の要請は、わが憲法が建前としてい
る議会制民主主義と法治主義に由来するものと考える。
 議会制民主主義のもとでは、国家の最高意思決定すなわち基本的政策決定は、国
会ないしこれに基礎をおく政府によつてなされなければならない。政策決定をなし
うるものは、国民の代表として国会または政府を構成し、国民に対し直接政治責任
を負う政治的公務員でなければならない。そして、その政策決定は、政治的目的に
よつて左右され、方向づけられるのである。
 これに反し、国民に対し直接政治責任を負わないその他の公務員(以下において
非政治的公務員という。)は、政治的公務員のもとにおいて公務に従事することに
よつて、全体に奉仕することをその職務とするものである。彼は、専門技術的見地
から政策立案に参画することはあつても、政策決定そのものを行なうことができ
ず、いつたん政策が決定されるとその政策の執行を担当しうるだけである。その必
然的結果として、非政治的公務員は、個人的な政治的意見によつて職務を執行する
ことは許されず、国会または政府の決定した目的に従つて政策を遂行すべき拘束を
受けるのである。したがつて、政治の分野に属する政策決定が、これら非政治的公
務員の個人的政治的目的により左右されまたは影響をうけることがあつてはならな
いし、また政策の立案、決定された政策の執行も、これを担当する非政治的公務員
の個人的な政治的目的により左右され、または影響をうけることは許されないので
ある。
 つぎに、法治主義のもとでは、法律定立の過程と法律の運用、執行の過程の分離
および各過程の担い手の分立が要請される。そこでは、国民の代表として、政治的
目的の実現を目指して法律定立を担当する立法権が法律の運用・執行を担当する行
政権に優越する。すなわち、国家権力の行使は、すべて法を根拠として行なわれな
ければならず、法は国会の参与によつて制定され、行政は法に準拠して行なわれる
必要がある。その結果、非政治的公務員は、法律の立案に関与はしても、法律の定
立そのものに加わることができない。彼は、政治的公務員のもとで、法律に現われ
た目的を実現するため、法律の運用・執行に当たる職責を有するだけである。それ
故、非政治的公務員が個人的な政治目的から法律の定立を左右し、またはこれに影
響を与えることは許されないし、また法律の運用・執行過程がこれを相当する非政
治的公務員の個人的な政治的目的により左右され、または影響をうけることがあつ
てはならないのである。
 このように、わが憲法が議会制民主主義と法治主義をとる以上、政治の領域に属
する政策決定ないし法律の定立はもちろん、典型的な行政過程である政策の立案、
決定された政策の執行、法律の立案、法律の運用・執行も、国民に政治的責任を負
わない非政治的公務員の政治的目的により左右または影響されてはならないのであ
る。そうすると、この弊害を防止するため、非政治的公務員の地位・権限、その担
当する職務の内容に応じ、その目的達成に必要な最小限度の制限を非政治的公務員
の政治的自由に加えられることは、憲法の許容するところと考えるべきである。
3 公務員の政治的行為の禁止・制限が合憲かどうかの判定基準
(1) 序説
 このように、憲法は、一般職国家公務員の個人として有する基本的人権たる政治
的自由を制限しうることを予定しているとしても、政治的自由の民主制社会におけ
る重要性に鑑み、その制限は、行政の中立性確保のため必要な最小限の制限でなけ
ればならない。そして、その制限に当たるかどうかの判断の基準としては、いわゆ
る「より制限的でない他の選択しうる手段」がないことが合憲であるための基準で
あると解すべきである。
 しかし、一般職国家公務員の種類も多種多様であり、またその職務内容も千差万
別である。右のような抽象的一般的な基準を多様な公務員に直接あてはめて、政治
的自由制限の可否を一律に決することはできない。そこで、政治的自由の制限の合
憲性について判定するためには、この基準を更に具体化する必要がある。その基準
の設定には、多角的な視点からの検討が必要であるが、とくに重視すべきは、公務
員の職務権限と職務執行との関連性である。
(2) 職務権限との関連性
 一般職国家公務員の政治的中立は、議会制民主主義と法治主義からの帰結として
政策の立案、政策決定、決定された政策の執行、法律の立案、法律の定立、法律の
運用・執行等の一連の過程が、非政治的公務員の政治的目的により左右または影響
されないために要請されることは、前述のとおりである。そうすると、その地位・
職務権限・職務内容からみて、その公務員がどのような政治的目的をもとうとも、
その地位を利用し、政策の立案、政策決定、決定された政策の執行、法律の立案、
法律の定立、法律の運用・執行等の過程を左右し、またはこれに影響を与えうると
は考えられない公務員について、その政治的行為を禁止・制限することは、政治的
行為制限の目的達成のためなんら必要ではないことであり、「より制限的でない他
の選択しうる手段」がないという要件を充足しないのである。このような非政治的
公務員に政治的行為の自由を完全に保障しても、行政の中立性に影響を及ぼすおそ
れは全くないのである。この点を詳述すれば、次のとおりである。
 おもうに、政策の立案、政策の執行、法律の立案、法律の運用・執行という一連
の行政過程のうち、政策の立案、法律の立案に参画する非政治的公務員が個人の政
治的目的で行動するときは、本来政治的公務員の専権に属する政策決定もしくは法
律の定立それ自体に政治的影響を与える場合がないとはいえないことは多言を要し
ない。
 また、政策の執行、法律の運用・執行の過程についても、これを担当する非政治
的公務員には、行政裁量が大なり小なり認められているのが通例である。すなわ
ち、行政活動のすべてにわたつて法律の根拠が必要でいわゆる法律の留保の原則の
適用があるかどうかはしばらくおくとしても、立法技術的理由と行政を行なうもの
の専門技術的判断を尊重するという建前から法律が行政過程を一義的概念で拘束す
ることは稀であつて、具体的基準を政令・省令等の行政立法に委任しているのが通
例である。のみならず、行政解釈を具体化し、行政の具体的基準を定立した通達
が、行政においてきわめて重要な役割を果たしていることは周知のとおりである。
また行政には情勢の変化への即応と個別的事案に対する措置の妥当性が求められて
いるところから、行政庁には、当該の個別的事案について行政権を発動すべきかど
うか、するとしていかなる措置をとるか等について裁量の余地が認められている場
合が少なくない。それ故、政策の執行、法律の運用・執行に当たる非政治的公務員
は、個人の政治的目的によりこの過程を左右し、またはこれに影響を与えうる地位
にあるということができる。そうすると、時には、政治的公務員がその政治的目的
により決定した政策の執行、法律の運用・執行が、非政治的公務員の個人的政治的
目的によつてゆがめられるおそれを生ずるであろう。
 したがつて、政策の立案、政策の執行、法律の立案、法律の運用・執行の過程を
担当する非政治的公務員について、前記のような弊害を防止するために、その政治
的自由を制限することは、それが他の点で「より制限的でない他の選択しうる手
段」がないという要件を充たす限り、何ら違憲とはいえないであろう。
 ところが今日、行政領域の拡大に伴ない、一般職に属する国家公務員の範囲は、
著しく拡大した。等しく公務員といつても、その職務内容が多種多様化し、機械的
な単純労務を提供するに過ぎない公務員やその職務内容において私企業の従業員と
異ならないような現業公務員が多数存在する。このような状況のもとで、これらを
含めすべての一般職国家公務員について、公務員なるがゆえに一律に政治的行為を
禁止・制限するならば、以上のような観点に照らし、その合憲性を肯定できないの
である。すなわち、一般職に属する国家公務員であつても、その職務が単純労務提
供とか、私企業の業務と同種の非権力的作用であるがために、それが個人としてい
かなる政治的目的をもとうとも、政策や法律の執行等を所定の目的とはずれた方向
に誘導することができない者については、その政治的行為を制限する根拠はないと
いわなければならない。(因みに、地方公営企業に勤務する職員や単純な労務に雇
用される地方公務員には地方公務員の政治的行為の制限を定めた地方公務員法三六
条の適用が排除されている((地方公営企業法三九条・地方公営企業労働関係法付
則四項))ことは、この点を配慮したものと考えられる。)
(3) 職務執行との関連性
 前述のように、一般職国家公務員の政治的中立性の要請は、非政治的公務員が自
己の個人的政治的目的により、政策または法律執行等の職務の執行行為をゆがめる
弊を防止しようとすることにある。そうすると、かりに当該公務員の職務内容が政
策や法律の立案に参画し、または行政裁量権をもつて政策や法律の執行を担当する
ものであつても、当該公務員の職務執行と関連性がなく、その地位を利用せずにな
された政治的行為は、これを制限・禁止する必要がないといわなければならない。
けだし、このような政治的行為によつて、政策の立案、政策決定、政策の執行、法
律の立案、法律の定立、法律の運用・執行の過程を政治的に左右しまたはこれに影
響を与えることはありえないからである。
 したがつて、公務員がその担当する職務執行とは関連なく、またその地位を利用
せずに、一市民または一個人としてする政治的行為を禁止・制限することは、合憲
性判断の基準である必要最小限の制限という要件を欠くものといわなければならな
い。
 この理は、いわゆる高級公務員にも下級公務員にも共通する。ただ、高級公務員
の場合は、その地位を利用し、政治的目的で職務執行を左右し、またはこれに影響
を与えうる領域が広範であるのに対し、下級公務員の場合には、それが狭いか皆無
である。そのため、職務と関連性があり、公務員の地位を利用しているとみられる
政治的行為の範囲に差異が生ずるにすぎない。
 なお、政治的自由の制限が許されるのは、一般職国家公務員の政府への忠誠を担
保するためではないから、公務員がその地位を利用することなく、しかもその担当
する職務と関連なく行なう政府の政策批判のごときは、公務員の政治的中立の要請
という見地からはこれを禁止・制限することができないと解すべきである。
4 国公法一〇二条一項、人事院規則一四ー七の合憲性と適用の許される範囲
(1) 序説
 一般職の国家公務員のうち、どの範囲のものについて政治的行為を制限するか、
どの範囲の政治的行為を禁止・制限するかは、第一次的に立法事項として国会の権
限に属する。しかし、ことは、憲法の保障する表現の自由の制限に関する問題であ
るから、国会が選択した制限よりも「より制限的でない他の選択しうる手段」があ
る場合には、その制限は法目的達成の必要最小限をこえるものとして違憲というべ
きである。
(2) 文理解釈
 一般職国家公務員の政治的行為を制限した国公法一〇二条一項は、禁止すべき政
治的行為の内容について、法自身殆んど具体的な定めをせず、あげて人事院規則に
委任している。このような白紙委任的立法は、憲法で認められている法律の命令へ
の委任の限度をこえているものといて違憲の疑いがないではない。
 その点はしばらくおくとしても、国公法一〇二条一項人事院規則一四ー七をその
規定どおり文理解釈するならば、右規定は、一般職国家公務員の地位、職務権限、
職務内容のいかんを問わず、またはその地位を利用する政治的行為かどうか、職務
執行と関連性があるかどうかを問うことなく、すべての一般職国家公務員に対し、
一律に、選挙権の行使以外の一切の政治的行為を禁止しているものと解さなければ
ならない。
 しかし、一般職国家公務員の政治的行為を合憲的に制限するためには、必要最小
限の基準に服さなればならないことは前述のとおりである。したがつて、右各規定
を文言どおり解釈するならば、それは必要最小限の基準をこえるものとして違憲の
そしりを免れないであろう。
 しかも、一般職国家公務員について現行のようなきびしい政治的自由の規制がな
されるに至つたのは、昭和二三年法律二二二号による国公法改正によつてである
が、次のような特殊事情に基づくものである。前記原本の存在と成立について争い
のない甲第一、二号証ならびに弁論の全趣旨をあわせると、当時戦後のかれつな社
会情勢を反映して公務員労働組合が反政府的色彩の強い労働運動をするに至つたと
ころから、これに対処し占領政策遂行に支障なからんことを意図した連合国総司令
部の強い要求により改正がなされるに至つたものであることが認められる。立法の
動機の消滅は、これによつて制定された法律そのものの存在理由を消滅させるもの
ではないけれども、も早戦後は終了した。それなのに、依然としてこのような規制
をそのまま維持する必要性があるのだろうか。その矛盾は、立法の不統一からも推
論されるのである。前に述べたように地方公務員に対する政治的行為の制限の範囲
は、国家公務員に対するよりも狭くなつている。国家公務員も、地方公務員も、等
しく、全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、かつ職務の遂行に当つて
は全力を挙げてこれに専念しなければならない(国公法九六条一項、地公法三〇
条)のに、なぜ禁止される政治的行為には差異があるのであろうか。国家公務員に
ついても、地方公務員のように職務内容等に応じて政治的行為の禁止・制限に差異
を設けることができないという根拠は全くないのである。むしろ、前説示のよう
に、職務権限や職務遂行行為との関連性から見て、制限する政治的行為の内容等を
より限定するのが憲法の要請する基準である。このように考えると、国公法一〇二
条一項、人事院規則一四ー七は「より制限的でない他の選択しうる手段」がないと
いう要件を欠いているという疑いがますます濃厚であるというほかない。
 なお、公務員に政治的中立が要請されるのは、公務員を政党の介入から守り猟官
の弊を阻止し、行政が継続的かつ能率的に行なわれるようにするためであるという
解釈がある。そして、猟官制の弊に悩んでいたアメリカにおいて連邦公務員の政治
的自由を制限するハツチ法が制定されたのは、そのような考え方によるものである
こと、国公法一〇二条ならびに人事院規則一四ー七の制定に当たつても、そのこと
が一つの動機となつていることは、前記甲第一、二号証により認められる(因み
に、地方公務員法三六条は、その五項において「本条の規定は、職員の政治的中立
性を保障することにより、地方公共団体の行政の公正な運営を確保するとともに職
員の利益を保護することを目的とするものであるという趣旨において解釈され、及
び運用されなければならない」と規定しているから、同法がそのような考え方をと
りいれていることは明白である)。しかし、わが国では、アメリカにおけるのと異
なり、猟官の弊は顕著ではなかつた。また公務員の利益のためならば、自ら不利益
をうける危険をおかして政治活動をしようとする公務員に対してまで、その基本的
人権たる政治的自由を制限する根拠に乏しい。のみならず、これにより政治の介入
による公務員の交替を防止し、行政が継続的かつ能率的に行なわれることを図ろう
とするのならば、それには公務員の身分保障を確立すれば足りる。結局どの目的達
成のためにも、政治的行為禁止以外に「より制限的でない他の選択しうる手段」が
ないとは考えられないのである。そうすると、以上の事項を立法目的と解したとし
ても、これによつて直ちに右規定が合憲性の要件を充たしているとはいえないので
ある。
(3) 合理的解釈
 しかしながら、法律を文理的にのみ解釈してみだりに違憲と断ずることは相当で
はない。規定の文言にとらわれることなく、憲法に調和するよう合目的的に解釈す
ることによつて、規定に合理的な限界を付することができるならば、このような合
理的解釈を施して、法律を合憲的に適用すべきである。
 国公法一〇二条一項、人事院規則一四ー七について、このような合理的解釈をと
ることが可能であろうか。前述のとおり、右各規定は、文理上は選挙権の行使以外
の一切の政治的行為をすべての一般職国家公務員に禁止している。それなのに、右
各規定を、その適用範囲を前に述べたような憲法上禁止、制限可能な範囲の政治的
行為に限定していると解釈するとするならば、それは余りにも法文からかけ離れた
解釈となる。そのように文理から極端にかけ離れた解釈をすることは、解釈の範囲
を逸脱し、極論すれば、法文を判決で書きかえるのと等しい結果を招来するおそれ
があるかもしれない。通常の知識をもつた者が右各規定に合理的解釈を施し、右各
規定は、先に説示したような一定の国家公務員の、しかも職務執行行為と関連する
政治的行為のみを禁止したものと解することは容易ではない。勤務時間外の政治的
行為は、職務執行行為と関連なく行なわれることが通例と考えられるのに、人事院
規則が勤務時間外の政治的行為を殆んど全面的に禁止している(四項)ことに思い
をいたせば、このことはきわめて明白である。かりに合理的な解釈が可能であると
しても、それによつて導き出された基準は、抽象的で、しかもばく然としている。
通常の知識をもつた公務員は、自己の危険において行動の規範を模索しなければな
らない。憲法の保障する基本的人権をこのようにばく然と制限する法規は、構成要
件がそれ自体あいまいなるがために、違憲なのではないかという疑問が生ずる。
 のみならず、国公法一〇二条一項、人事院規則一四-七は、国公法一一〇条一項
一九号により犯罪構成要件をなしている。犯罪構成要件の規定は、何よりも明確な
ものでなければならず、通常人が解釈に戸迷うようなものであつてはならない。合
理的解釈によつて憲法二一条一項違反の非難を免れることはできても、このように
ばく然とした犯罪構成要件の規定は、罪刑法定主義に反する疑いがある。
 以上のような疑問があるけれども、当裁判所は、合理的解釈によつて、国公法一
〇二条一項、人事院規則一四-七は、辛うじて合憲性を保持できるものと解する。
そうすると右各規定は、その文言にもかかわらず、前述したような合憲性判断の基
準にのつとり適用の範囲を限定すべきなのである。すなわち、右各規定により禁止
される一般職国家公務員の政治行為は、(1)主体の側から見れば、政策または法
律の立案等に参画し、あるいは行政裁量権をもつて政策または法律の施行を担当す
る職務権限を有する公務員の行為に限り、
(2)行為の状況から見れば、公務員がその地位を利用し、またはその職務執行行
為と関連して行なつた政治的行為に限るものと解するのである。したがつて、公務
員の行為が文理上は右各規定に該当する場合であつても、右の基準に該当しない行
為にこれを適用することは、本来憲法上政治的自由を制限できない場合に、これを
制限するものとして、法律の適用において違憲となるのである。
5 原告の本件行為に国公法一〇二条一項、人事院規則一四-七第五項四号、六項
一三号を適用しうるか。
(1) 前出(一)の1に記載したとおり、原告は本件行為当時本所郵便局第二集
配課に勤務し、郵便外務(配達)をその職務としていた一般職に属する国家公務員
である。郵便法は、郵便の役務をなるべく安い料金で、あまなく、公平に提供する
ことによつて、公共の福祉を増進するため、郵便を国の行なう事業として郵政大臣
の管理下におき、郵便事業を国の独占としている(郵便法一条ないし三条参照)。
しかし、郵政大臣は、郵便物の運送等を他に委託することもできる(郵便物運送委
託法参照)ことが示すように、郵便集配の業務は、専ら非権力的経済的役務であつ
て、政策執行とか法律の運用・執行とかのようになんらかの行政裁量が認められる
のが通例であるような行政作用ではない。そして原告のように郵便集配業務に従事
する職員は、機械的労務を提供するにすぎず、その労働関係については公労法の適
用のあるいわゆる現業国家公務員である。したがつて、原告は、自己の抱懐する個
人的政治的目的から、その地位または職務執行を利用することによつて、国の政策
の立案、政策決定、政策執行、法律の立案、法律の定立または法律の運用・執行の
過程を左右したり、それに影響を与えたりしうる地位にない。
 のみならず、原告の本件行為は、勤務時間外である昭和四一年五月一日(日曜
日)のメーデー当日、労働組合運動の一環として行なわれたものであり、原告の職
務遂行と関連した行為でもないし、また原告の職務上の地位や国の施設を利用して
行なわれたものでもない。
 憲法と抵触することなく制限または禁止することができる一般職国家公務員の政
治的行為は、行為者たる公務員から見れば、政策の立案等に参画し、または裁量権
をもつて行政を執行する者に限られ、行為から見れば職務執行行為と関連性のある
ものに限られることは前説示のとおりである。この基準に照らして見れば、本件行
為は、原告の地位、職務権限、職務内容等行為者の面からみても、また行為のなさ
れた状況、行為の内容からみても、憲法上禁止、制限が許容される政治的行為とは
いえない。むしろ本件行為は、憲法二一条一項の保障する正当な表現の自由という
べきものである。
 そうすると、形式的文理上は、本件横断幕の文言は、人事院規則一四-七第五項
四号に、これを掲げて行進した行為は、同規則一四-七第六項一三号に該当し、原
告の本件行為は、国公法一〇二条一項に違反するけれども、右各規定を合憲的に限
定解釈すれば、本件行為は、右各規定に該当または違反するものではない。したが
つて、本件行為が右各規定に該当または違反するものとして、これに右各規定を適
用した被告の行為は、その適用上憲法二一条一項に違反するものといわなければな
らない。
6 国公法八二条一号、三号該当の有無
 原告の本件行為は、憲法二一条一項の保障する正当な行為であるから、これが国
公法一〇二条一項、人事院規則一四-七第五項四号、六項一三号にあたることを前
提として、国公法八二条一号、三号に該当するとした本件懲戒処分は、違憲無効の
ものである。
 なお、原告の本件行為が国公法八二条三号に該当するかどうかは、それが同法一
〇二条一項、人事院規則一四-七第五項四号、六項一三号にあたるかどうかとは必
ずしも直接かかわりはないけれども、本件行為は適法行為であるから、国公法八二
条三号にいう「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」にあたるといえない
ことは、多く説明するまでもない。
(三) 結論
 以上のとおりで、原告に対する本件懲戒処分は違憲違法のものとして取り消すべ
きものである。
三 むすび
 よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用
して主文のとおり判決する。
(裁判官 岩村弘雄 小笠原昭夫 石井健吾)
(別紙)
 郵政省(対応する組合組織として全逓本省支部がある。)
 官職 職務内容の概略
大臣官房秘書課渉外係長 郵政省の所掌事務に関する賠償及び国際協力に関する事
務の取りまとめをすること。
大臣官房文書課企画係長 郵政省の所掌事務に関する基本的な政策及び計画に関す
ること。
郵務局業務課第三業務係長 寄附金つき郵便葉書に附加された寄附金の処理に関す
ること。
郵務局国際業務課国際協力係長 郵便にかかる国際協力に関する事務を処理するこ
と。
郵務局施設課計画係長 簡易郵便局を設置し、又は廃止すること。
郵務局施設課局所係長 郵便局を設置し、又は廃止すること。
貯金局第一業務課第一監査係長 為替貯金に関する承認、許可及び取り消しに関す
ること。
簡易保険局資金運用課第一運用係長第二運用係長 簡易生命保険及び郵便年金の積
立金の運用に関する法律(昭和二七年法律第二一〇号)第三条第一項(同項第一号
から第三号までに掲げるものを除く。)に掲げるものに対する運用先の調査及び貸
付契約の締結並びにこれらの発行する債権の引受け応募又は買入れに関すること。
(他係の所掌に属するものを除く。)
   東京郵政局(対応する組合組織として全逓東京郵政局支部がある。)
    官職          職務内容の概略
秘書課広報係長 報道事務に関すること。
文書課企画係長 郵政局の所掌事務に関する重要な計画の取りまとめに関するこ
と。
第一郵務部業務課第二業務係長 第三種郵便物の認可および取消をすること。
第一郵務部施設課局所係長 普通郵便局の設置または廃止に関すること。
第一郵務部施設課施設係長 特定郵便局の設置または廃止に関すること。
簡易郵便局の設置または廃止に関すること。
保険部運用課監査係長第一貸付係長第二貸付係長 積立金の融通ならびに契約者団
体貸付に関すること。
   郵便局(対応する組合組織として全逓支部がある。)
    官職          職務内容の概略
郵便内務課長代理・主事 法令・訓令および上司の職務上の命令に従うよう従事員
を監督する。
 第三種郵便物・料金後納等各種認可・承認事項について認可承認の具備条件手続
等を監査し、上司の指示を求めて必要な措置をする。
 各種認可、承認事項の変更取消について調査し、上司の指示を求めて必要な措置
をする。
 利用者に対する応待、接遇について従事員を監督指導する。
郵便外務課長代理・主事 法令・訓令および上司の職務上の命令に従うよう従事員
を監督する。
 切手類売りさばき所、郵便差出箱、休息所などの設置、移転または廃止につい
て、その適否を調査検討する。
 利用者からの苦情または事故申告に対して必要な措置をする。

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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
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「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
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学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
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◎業務に関する質問等可能
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