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平成29年10月10日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成28年(ワ)第2173号建物明渡等請求事件
口頭弁論終結日平成29年7月11日
判決
主文
1被告は,原告に対し,別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
2被告は,原告に対し,平成28年11月1日から前項の明渡済みまで
1か月8万3590円の割合による金員を支払え。
3訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文と同旨
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,公営住宅の事業主体(地方公共団体)である原告が,借上げに係る
公営住宅の入居者である被告に対し,借上げの期間が満了したと主張して,①
公営住宅法32条1項6号,神戸市営住宅条例50条1項7号に基づき,当該
公営住宅の明渡しを求めるとともに,②上記期間が満了した日の翌日である
平成28年11月1日から上記明渡済みまでの賃料(共益費を含む。)相当損害
金として,月額8万3590円の割合による金員の支払を求める事案である。
2法令の定め
以下では,公営住宅法を単に「法」と,神戸市営住宅条例(平成9年神戸市
条例第12号。甲8)を単に「条例」と,神戸市営住宅条例施行規則(昭和3
5年神戸市規則第9号。甲9)を単に「規則」とそれぞれ表記する。
⑴法の規定
ア定義等
公営住宅とは,地方公共団体が,建設,買取り又は借上げを行い,低額
所得者に賃貸し,又は転貸するための住宅及びその附帯施設で,法の規定
による国の補助に係るものをいう(法2条2号)。
公営住宅の借上げとは,公営住宅として低額所得者に転貸するために必
要な住宅及びその附帯施設を賃借することをいう(法2条6号)。
事業主体とは,公営住宅の建設,買取り又は借上げ及び管理を行う地方
公共団体をいう(法2条16号)。
事業主体は,法で定めるもののほか,公営住宅の管理について必要な事
項を条例で定めなければならない(法48条)。
イ入居者の選考等の手続
事業主体は,公営住宅の借上げに係る契約の終了その他政令で定める特
別の事由がある場合において特定の者を公営住宅に入居させる場合を除
くほか,公営住宅の入居者を公募しなければならない(法22条1項)。
公営住宅の入居者は,少なくとも,①法23条1項1号イ又はロに定
める金額を超えないこと,②現に住宅に困窮していることが明らかであ
ること,という条件を具備する者でなければならない(法23条)。もっと
も,公営住宅の借上げに係る契約の終了により当該公営住宅の明渡しをし
ようとする入居者が,当該明渡しに伴い他の公営住宅に入居の申込みをし
た場合においては,その者は,法23条各号に掲げる条件を具備する者と
みなす(法24条1項)。
事業主体の長は,入居の申込みをした者の数が入居させるべき公営住宅
の戸数を超える場合においては,住宅に困窮する実情を調査して,政令で
定める選考基準に従い,条例で定めるところにより,公正な方法で選考し
て,当該公営住宅の入居者を決定しなければならない(法25条1項)。
事業主体の長は,借上げに係る公営住宅の入居者を決定したときは,当
該入居者に対し,当該公営住宅の借上げの期間の満了時に当該公営住宅を
明け渡さなければならない旨を通知しなければならない(法25条2項)。
ウ借上げの期間の満了による明渡請求について
事業主体は,公営住宅の借上げの期間が満了するときにおいては,入居
者に対して,公営住宅の明渡しを請求することができる(法32条1項6
号)。当該入居者は,この請求を受けたときは,速やかに当該公営住宅を明
け渡さなければならない(法32条2項)。
事業主体が上記明渡しの請求を行う場合には,当該請求を行う日の6月
前までに,当該入居者にその旨の通知をしなければならない(同条5項)。
また,事業主体は,公営住宅の借上げに係る契約が終了する場合には,当
該公営住宅の賃貸人に代わって,入居者に借地借家法34条1項の通知を
することができる(法32条6項)。
⑵条例及び規則の規定
ア定義
市営住宅とは,神戸市が建設し,買い取り,又は借り上げ,その住民等
に賃貸し,又は転貸するための住宅であって条例の規定により設置するも
の及びその附帯施設をいう(条例2条1号)。
イ入居の許可に至る手続
市営住宅に入居しようとする者は,規則で定めるところにより,市長に
対し,入居の申込みをしなければならない(条例12条)。
市長は,所定の場合を除くほか,入居の申込みをした者のうちから当該
市営住宅の入居者を決定する(以下「入居者決定」という。)ものとする(条
例18条1項)。
これにより市営住宅の入居者として決定された者(以下「入居決定者」
という。)は,当該決定に係る通知のあった日から10日を経過する日まで
に,連帯保証人の連署する使用証書その他の規則で定める書類を提出する
こと,当該市営住宅の家賃の3月分に相当する金額の範囲内において市長
が定める金額の敷金を納付することをしなければならない(条例18条2
項)。上記書類には,連帯保証人の連署する使用証書,誓約書,連帯保証人
の住民票及び所得証明書並びに市長が必要があると認める書類が含まれる
(規則18条)。
市長は,上記手続をした入居決定者に対し,市営住宅の入居を許可する
(条例19条。以下,この許可を「入居許可」という。)。
ウ借上げの期間の満了による明渡請求
市長は,当該市営住宅の借上げの期間が満了する場合においては,当該
市営住宅の入居者に対して,その入居許可を取り消し,当該市営住宅の明
渡しを請求することができる(条例50条1項7号)。当該入居者は,この
請求を受けたときは,速やかに当該市営住宅を明け渡さなければならない
(条例同条2項)。
3前提事実
以下に掲げる事実は,当事者間に争いのない事実,後掲の証拠(特に記載の
ない場合は枝番号を含む。)又は弁論の全趣旨等により容易に認めることので
きる事実である。
⑴当事者等
ア原告は,普通地方公共団体であり,法所定の事業主体である。(弁論の全
趣旨)
イ被告は,昭和13年生まれの女性であり,原告の住民である。(甲3-1)
ウ住宅・都市整備公団は,平成8年10月31日当時,別紙物件目録記載
の建物(以下「本件借上住宅」という。)を所有する法人であったが,その
後に解散した。同公団の権利及び義務は,都市基盤整備公団を経て,独立
行政法人都市再生機構に承継された(以下これらを区別せず「UR都市機
構」という。)。
⑵原告とUR都市機構との契約
UR都市機構は,平成8年10月31日,原告に対し,借上げに係る公営
住宅とするため,おおよそ以下の条件で,本件借上住宅を賃貸した(以下「本
件原賃貸借」という。)。なお,本件借上住宅は,その当時,公営住宅法の適
用を受ける公営住宅ではなかったが,平成10年4月1日,公営住宅法に基
づいて供給された公営住宅とみなされた(平成8年法律第55号附則5項)。
(甲2,弁論の全趣旨)
①使用開始可能日
平成8年11月1日
②契約期間(借上期間)
①の日から平成28年10月31日まで。
借上満了日の3年前までに,UR都市機構又は原告の申出により,協
議の上,借上期間を1回に限り延長することができる。
③借上期間終了後の取扱い
原告は,借上期間が満了した場合は,借上期間の満了の日までに,本
件借上住宅を空け,これをUR都市機構に返還しなければならない。
④賃料(借上料)
月額1084万2800円
上記のうち本件借上住宅A号室(1DK46.29㎡)(以下「本件
部屋」という。)については月額9万5300円
⑤借上住宅の使用上の条件
原告は,本件借上住宅を使用するに当たっては,居住者に対して,借
上満了日をもって本件借上住宅の賃貸が終了することを条件としなけれ
ばならない。
⑶被告の入居許可に至る経緯(甲3,弁論の全趣旨)
ア被告は,平成14年8月までに,神戸市長に対し,条例12条に基づき,
本件借上住宅の入居の申込みをした。
イ神戸市長は,平成14年8月,条例18条1項に基づき,被告を本件部
屋の入居者として決定した。
ウ被告は,平成14年8月22日までに,神戸市長に対し,同条2項に基
づき,「神戸市営住宅使用証書」と題する書面(以下「使用証書」という。),
誓約書等の書類を提出した。本件使用証書には,本件部屋の入居許可を受
けるに当たり,同書面記載の規定を遵守することを誓約する旨が記載され
ている。
エ神戸市長は,平成14年8月22日付けで,被告に対し,条例19条に
基づき,要旨,以下の記載のある「神戸市営住宅入居許可書」と題する書
面(以下「本件許可書」という。)を交付して,本件部屋の入居を許可した。
①入居指定日
平成14年9月1日
②借上期間
平成28年10月31日まで
本件部屋は,借上げに係るものであるため,借上期間の満了時には本
件部屋を明け渡すこと。
③賃料
月額2万6900円
④敷金
8万0700円
⑷被告に対する借上期間満了の通知
アUR都市機構と原告は,平成25年10月31日までに,本件原賃貸借
につき,本件借上住宅の借上期間を延長する旨の合意をしなかった。(甲6,
弁論の全趣旨)
イ原告は,平成28年3月8日,被告代理人に対し,法32条5項及び条
例50条13項に基づき,同年10月31日をもって本件借上住宅の借上
期間が満了し,本件部屋の明渡しを請求することになるとともに,法32
条6項及び条例50条14項に基づき,同日までに本件部屋を明け渡すよ
う求める旨の通知をした。(甲4)
ウ原告は,平成28年10月3日,被告代理人に対し,法32条1項6号
及び条例50条1項7号に基づき,本件借上住宅の借上期間が満了する同
月31日までに本件部屋の明渡しを求める旨の通知をした。(甲5)
⑸本件訴えの提起
アUR都市機構は,平成28年11月2日,原告に対し,本件原賃貸借の
終了と同時に返還することができない住戸があることにつき承知した,た
だし,その終了と同時に返還することができない本件部屋について,原告
が占有する権原は既に消滅している旨を通知した。(甲6)
イ原告は,平成28年11月14日,本件訴訟を提起した。(顕著な事実)
4本件の争点
⑴神戸市長は,本件入居許可をするに当たり,被告に対し,法25条2項所
定の通知をしたか否か。より具体的には,神戸市長は,借上げの期間の満了
時に本件部屋を明け渡さなければならない旨を記載した本件許可書の交付
をもって,原告に対し,上記通知をしたといえるか。
⑵原告は,被告に対し,法25条2項所定の通知をしていなかったとしても,
法32条1項6号,条例50条1項7号に基づき,本件部屋の明渡しを求め
ることができるか否か。すなわち,法32条1項6号に基づく公営住宅の明
渡しを請求するためには,法25条2項所定の通知を経ていなければならな
いか。
5争点に対する当事者の主張
⑴争点⑴(法25条2項所定の通知の有無)について
【原告の主な主張】
神戸市長は,本件入居許可をするに当たり,被告に対し,法25条2項所
定の通知をした。
ア法25条2項は,「事業主体の長は,借上げに係る公営住宅の入居者を決
定したときは,当該入居者に対し,当該公営住宅の借上げの期間の満了時
に当該公営住宅を明け渡さなければならない旨を通知しなければならな
い」と定めている。
この点,法令の用語法として,「とき」とは「時点」ではなく「場合」を
意味するから,そもそも法25条2項の文理上,同項は,入居者を決定し
た時点で明渡時期の通知をしなければならない旨を定めたものとは解され
ない。
また,法25条2項所定の通知は,借上げに係る公営住宅(以下「借上
公営住宅」という。)の入居者に対し,退去の時期を予測できるように配慮
したものである。そうすると,当該入居者は,入居指定日(入居を実際に
開始する日)よりも前に通知がされていれば,退去すべき時期を予測する
ことができるし,仮に当該時期に公営住宅を明け渡すことが嫌ならば,入
居をしないという選択肢をとることができる。
イ条例18条は,入居の申込みをしなければ入居者になれないという原則
を明示したものにすぎず,何らかの判断又は処分を予定しているわけでは
ない。そして,入居者を決定する旨の行政的判断がされるのは,条例19
条所定の入居許可の段階においてである。
このことは,市営住宅の入居に係る実際の流れからも明らかである。す
なわち,当該手続は,①入居の申込みをした者の中から抽選で選ばれ,
かつ,入居条件を満たした者に対し,必要書類を渡す,②同人から連帯
保証人の署名がされた住宅使用証書及び誓約書等が提出されているか,敷
金が支払われているかなどを確認した後,入居の当否の最終判断をする,
③入居の10日ほど前に入居許可をし,入居者に対し,鍵と共に入居許
可書などの書類を渡すというものである。このように,条例18条2項に
いう「入居決定者」は,その実質は仮の入居予定者でしかなく,入居許可
がされた時点で初めて入居者としての地位を得る。
したがって,法25条2項所定の「決定」とは,条例19条所定の入居
許可を指すことは明らかである。
ウ本件において,原告は,被告に対し,本件入居許可をするに当たり,借
上期間の満了時に明け渡す必要があることを明記した本件許可書を交付し
ているから,法25条2項所定の通知をしている。
したがって,この手続を経ている以上,原告は,被告に対し,法32条
1項6号に基づき,本件部屋の明渡しを請求することができる。
【被告の主な主張】
神戸市長は,本件入居許可をするに当たり,被告に対し,法25条2項所
定の通知をしていない。
ア法25条2項は,特に留保なく「入居者を決定したとき」に通知をしな
ければならない旨定めている。一方で,条例及び規則において,市長は,
①入居の申込みを行った者の中から入居者を決定し(条例18条1項),
その旨を通知すること(規則15条),②その者が所定の手続を行った
(条例18条2項)後,入居の許可をすること(条例19条)とされてい
る。
このような法,条例及び規則の規定の文言からすると,法25条2項に
いう「入居者を決定したとき」とは,条例19条に基づく入居許可ではな
く,条例18条1項に基づく入居者の決定をいうものと解するのが相当で
あるから,遅くとも入居者の決定の時点で,法25条2項所定の通知がさ
れていることを要する。
この点,横浜市等の他の事業主体は,原告の運用とは異なり,入居者の
決定と入居許可のそれぞれの段階で書面を作成し,入居者の決定の段階で
法25条2項所定の通知を行っている。そして,このような運用こそ,法
25条2項の定めに沿うものというべきである。
イ法25条2項が通知を要求している趣旨は,借上公営住宅に入居しよう
とする者に対し,当該公営住宅の退去時期が具体的に決まっていることを
明示的に説明することにより,当該入居者の保護を図ることにある。この
ことは,法25条2項を追加する平成8年法律第55号についての国会審
議の経過(乙5)からも明らかである。
借上公営住宅とそれ以外の公営住宅に係る法律関係は,事業主体と入居
者との間では,期限の定めのない賃貸借契約であることに変わりはない。
しかるに,借上公営住宅は,当該公営住宅の所有者と事業主体との間の賃
貸借契約という,入居者にとってあずかり知らない契約で定められた借上
げの期間の満了という事情によって,当該公営住宅の明渡しを強制される。
すなわち,当該公営住宅が借上げに係るものであるか否かについては,当
該公営住宅に入居しようとする者にとっては,入居の前に明示的な説明を
受けない限り,認識することは不可能である。
そのため,法25条2項所定の通知は,当該入居者が,今後の生活設計
等を考慮し,当該公営住宅に入居するか否かを判断するために必要不可欠
な情報を提供する唯一の制度であって,入居者にとって決定的に重要なも
のというべきである。
ウ高齢者が安心して健康な生活を送るためには,住居が継続して生活する
ために十分な質を有していることに加え,通い慣れた生活関連施設,組織,
医療機関等の近隣のコミュニティが整っていることが必須である。したが
って,高齢の入居者が転居によって被る精神的,身体的負担は大きいとい
うべきであって,法25条2項所定の通知は,このような高齢者の健康な
生活を確保するという観点からも,重要というべきである。
以上の点は,高齢者の居住の安定確保に関する法律,住生活基本法,住
宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律等において,
「高齢者の居住の安定の確保」が重要視されていることからも明らかであ
る。
エ我が国の賃貸借法制においては,期間満了後の賃貸借の存続が認められ
ないことは例外的な場合である。そうすると,その例外を定める立法に当
たっては,賃貸人において,賃貸借契約の締結時,賃借人に対してその旨
の通知をして説明をし,賃借人にそのことを十分に認識させる制度とする
必要がある。
この点,定期建物賃貸借契約(借地借家法38条)において,賃借人に
対してあらかじめ契約の更新がない旨を通知する書面を交付することが要
求されている趣旨は,当該契約を締結するか否かの意思決定のために十分
な情報を提供すること,契約の更新の有無に関する紛争の発生を未然に防
止することにある。しかるところ,このような趣旨は,借上公営住宅の利
用についても,変わるところはない。
上記の点からしても,法25条2項所定の通知は,入居者の決定の段階
でされている必要があるというべきである。
オ借上公営住宅の法律関係は転貸借であるところ,転貸借契約は,原賃貸
借契約が終了した場合であっても,当然には終了しない。この場合には,
転貸人である事業主体は,転借人である入居者に対し,当該公営住宅を提
供する義務を負うから,その明渡しを請求することができない。
したがって,法25条2項所定の通知は,事業主体と入居者との間の転
貸借契約の内容を変更するために必要不可欠なものというべきである。
すなわち,事業主体は,借上公営住宅につき,入居者の決定の時点で,
当該入居者に対し,借上げの期間が満了した時に明け渡さなければならな
い旨の通知をしていなければ,転貸借契約の内容を示していない(内容の
変更の申込みをしていない)こととなる。そして,事業主体は,その後の
入居許可の段階で,当該入居者に対し,上記通知により転貸借契約の内容
の変更に係る申込みをしたとしても,これを承諾する旨の当該入居者の承
諾が欠けている以上,借上げの期間が満了した時に明け渡さなければなら
ないことは,事業主体と入居者との転貸借契約の内容にはなっていないこ
ととなる。
以上の点からしても,法25条2項所定の通知は,入居者の決定までに
される必要がある。
カ原告は,法25条2項所定の通知は入居指定日より前にされれば,入居
者において退去の時期を予測させるに十分である旨を主張する。
しかし,借上げの期間の満了日の通知が入居許可の段階でされた場合に
おいて,その時点で入居(予定)者が入居を拒否しても,当該入居者又は
その連帯保証人は,当該入居許可が取り消されない限り,家賃の支払を余
儀なくされ,又は納付済みの敷金の一部の返還を受けられないなどの不測
の損害を受ける可能性がある。
よって,入居者は,入居許可の時点で借上げの期間が満了した日に明け
渡さなければならないことを認識したとしても,自律的に入居の可否を判
断することができない。そうであるとすれば,法25条2項所定の通知は,
入居許可がされる以前の,入居者決定の段階でされなければならない。
キ以上によれば,神戸市長は,本件入居許可の時点で,原告に対し,借上
期間の満了日を記載した本件許可書の交付をしたとしても,入居者の決定
の後にしたにすぎない以上,法25条2項所定の通知をしたとはいえない。
⑵争点⑵(法25条2項所定の通知を経ないでされた法32条1項6号に基
づく明渡請求の適否)について
【原告の主な主張】
原告は,被告に対し,法25条2項所定の通知をしていなかったとしても,
法32条1項6号,条例50条1項7号に基づき,本件部屋の明渡しを求め
ることができる。
ア借地借家法は,契約期間の更新のない定期借家契約に関し,明文で,「あ
らかじめ」,建物の賃借人に対し,建物の賃貸借は契約の更新がなく,期間
の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて,その旨を記載し
た「書面を交付して説明しなかったとき」は,「契約の更新がないこととす
る旨の定めは,無効とする」と定めている(38条2項,3項)。
他方で,法は,借上公営住宅の明渡時期の通知について,そのような契
約の効力に係る規定を設けていない。
これらの比較からしても,法25条2項所定の通知は,法32条1項6
号に基づく明渡しをするための要件となっていないことは明らかである。
イ一般の転貸借関係において,賃貸人は,転貸人が転貸借契約の時に転借
人に対して原賃貸借の存続期間を通知していなかったとしても,転借人に
対し,期間満了による原賃貸借の終了を対抗することができなくなるわけ
ではない。
また,公営住宅の借上げにおいて想定される契約期間(本件では20年)
は,通常の賃貸借で想定される期間よりも相当長いから,更新が可能か否
かという情報は,契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼすとは
考えにくい。
さらに,借上げの期間の満了による公営住宅の明渡しについては,最低
6か月の猶予期間が確保されていること(法32条5項),移転料の支払の
提供があること(市営住宅マネジメント計画に基づく実施計画の推進に関
する要綱8条,第2次市営住宅マネジメント計画の推進に関する要綱10
条),当該入居者に代替の公営住宅が優先的に提供されていることなどから
しても,法25条2項所定の通知を欠いていたからといって,入居者の保
護に欠けるとはいえない。
ウ以上からすれば,法32条1項6号に基づく明渡しを請求するためには,
法25条2項所定の通知を経ている必要はない以上,原告は,被告に対し,
たとえ上記通知を経ていなかったとしても,同号に基づき,本件部屋の明
渡しを求めることができる。
【被告の主な主張】
被告は,原告に対し,法25条2項所定の通知をしていない以上,法32
条1項6号,条例50条1項7号に基づき,本件部屋の明渡しを求めること
ができない。
ア我が国の建物賃貸借法制において,期間満了後に賃貸借の存続が認めら
れないというのは,例外的な場合である。すなわち,賃貸借は,借地借家
法26条以下により,賃貸人による更新の拒絶に「正当の事由」のない限
り存続するものとされており,その適用が排除されるのは,その旨の特約
が賃借人の不利にならない場合(同法30条),定期建物賃貸借契約が締結
される場合(38条)など,特別の定めがある場合に限られている。
しかも,借地借家法は,法定更新の適用が排除される定期建物賃貸借契
約をする場合には,「あらかじめ,建物の賃借人に対し,[当該]建物の賃
貸借は契約の更新がなく,期間の満了により当該建物の賃貸借は終了する
ことについて,その旨を書面を交付して説明しなければならない」と定め
(38条2項),その説明を欠いたときは,「契約の更新がないこととする
旨の定めは無効とする」(同条3項)と定めている。そして,最高裁判例上,
定期建物賃貸借契約の賃借人の保護は徹底されている。
しかるところ,借上公営住宅の入居者は,本来的な住宅困窮者であって,
一般の賃借人より入居の継続に関する地位を保護する必要性は高いにもか
かわらず,借地借家法28条の適用を受けないため,正当の事由の有無を
問わず,借上げの期間が満了した時において明渡しを強制される。そうす
ると,法25条2項所定の通知は,上記説明書面の交付と同様に,事前に,
賃借人に対し,明渡しの義務及びその時期を認識させる機能を果たしてい
るというべきである。
そうすると,法25条2項所定の通知は,法32条1項6号に基づく明
渡しを請求するための要件であると解すべきである。
イ一般の公営住宅の入居者は,家賃の不払,収入基準を満たさないなどの
事由がない限り,当該公営住宅に終身居住する地位が保障されている。
そうすると,そのような地位の保証がされていない借上公営住宅の入居
者については,その地位を保障するため,法25条2項所定の通知を経て
いない限り,法32条1項6号に基づく明渡しをすることができないと解
すべきである。
ウ法が借地借家法38条2項及び3項と同様の明文規定を設けていない
のは,事業主体において,入居者の保護のために決定的に重要な法25条
2項所定の通知を懈怠するという違法行為に及んだにもかかわらず,当該
入居者に対して当該公営住宅の明渡しを求めるといった事態が想定され
ていなかったからにすぎない。
エ以上からすれば,法32条1項6号に基づく明渡しを請求するためには,
法25条2項所定の通知を経ている必要があるところ,上記⑴で主張した
とおり,原告は,被告に対する同通知を欠いている以上,被告に対し,法
32条1項6号に基づき,本件部屋の明渡しを求めることができない。
第3当裁判所の判断
1争点⑴(法25条2項所定の通知の有無)について
被告は,法25条2項所定の通知は条例18条1項に基づく入居者決定の時
点で行われる必要があるところ,その後に本件許可書が交付されたことをもっ
て,被告に対し,上記通知がされたということはできないと主張するので,そ
の当否を検討する。
⑴公営住宅の利用関係についての規律
法及び条例の規定によれば,公営住宅の使用関係には,公の営造物の利用
関係として公法的な一面があることは否定し得ないところであるが,他方,
公営住宅の入居者が使用許可を受けて事業主体との間に使用関係が設定さ
れた後においては,法及び条例による規制はあっても,事業主体と入居者と
の間の法律関係は,基本的には私人間の家屋賃貸借関係と異なるところはな
い。
したがって,公営住宅の使用関係については,法及びこれに基づく条例が
特別法として民法及び借地借家法に優先して適用されるが,法及び条例に特
別の定めがない限り,原則として一般法である民法及び借地借家法の適用が
あるものと解すべきである(以上につき,最高裁昭和59年12月13日第
一小法廷判決・民集38巻12号1411頁参照)。
⑵借上公営住宅についての法の定め
ア法は,国及び地方公共団体が,健康で文化的な生活を営むに足りる住宅
を整備し,これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸し,
又は転貸することにより,国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与するこ
とを目的とするものである(1条)。
イ上記アの目的を達成するため,地方公共団体は,常にその区域内の住宅
事情に留意し,低額所得者の住宅不足を緩和するため必要があると認める
ときは,公営住宅の供給を行わなければならない(3条)。
しかるところ,地方公共団体(事業主体)は,公営住宅の借上げ,すな
わち,他の者から住宅及びその附帯施設を賃借し,これを公営住宅として
低額所得者に転貸するという形態で公営住宅の供給を行うことができる
(2条6号~8号)。そして,事業主体,国又は都道府県は,公営住宅の借
上げをする場合において,住宅又はその附帯施設の建設又は改良を行う者
に対し,その費用の一部を補助することができる(9条以下)。
ウ事業主体の長は,借上げに係る公営住宅(借上公営住宅)の入居者を決
定したときは,当該入居者に対し,当該公営住宅の借上げの期間の満了時
に当該公営住宅を明け渡さなければならない旨を通知しなければならな
い(25条2項)。
エ事業主体は,公営住宅の借上げの期間が満了する場合においては,入居
者に対し,公営住宅の明渡しを請求することができる(法32条1項6号)
が,この請求を行う場合には,当該請求を行う日の6月前までに,当該入
居者にその旨の通知をしなければならず(同条5項),また,当該公営住宅
の賃貸人に代わって,入居者に借地借家法34条1項の通知をすることが
できる(同条6項)。当該入居者は,上記請求を受けたときは,速やかに当
該公営住宅を明け渡さなければならない(同条2項)。
他方で,事業主体は,公営住宅の借上げに係る契約が終了する場合にお
いては,公募の原則によることなく,当該公営住宅の入居者を他の公営住
宅に入居させることができる(法22条1項)。しかも,当該公営住宅の明
渡しをしようとする入居者が,当該明渡しに伴い他の公営住宅に入居の申
込みをした場合においては,その者は,法23条所定の条件(入居者資格)
を具備する者とみなされる(法24条1項)。
⑶借上公営住宅の明渡しをめぐる法律関係
ア法は,借上公営住宅の使用関係,具体的には,当該住宅の所有者と事業
主体との間の賃貸借契約,及び事業主体と入居者との間の転貸借契約のい
ずれについても,正当の事由があると認められる場合でなければ建物の賃
貸借契約が更新される旨の借地借家法26条1項,28条が適用されるか
否かを明らかにしていない。
イこの点,上記⑵のとおり,法は,①事業主体が,入居者に対し,「入居
者を決定したとき」に加え,借上げの期間が満了する6月以前に,借地借
家法上は賃貸人(所有者)が行わなければならないとされているものを含
め,当該期間が満了した時に当該公営住宅の明渡しをしなければならない
旨を通知しなければならず,②当該入居者において,事業主体から借上
げの期間の満了を理由に当該公営住宅の明渡しを請求されたときは,速や
かにこれを明け渡さなければならず,③当該入居者が,他の公営住宅に
優先的に入居することができるとしているのである。
このように,法は,事業主体(地方公共団体)が,借上公営住宅の所有
者(賃貸人)に代わって,入居者に対し,使用関係(転貸借契約)が終了
する旨の通知及び当該住宅の明渡しの請求を行うとすることで,当該公営
住宅が所有者(一般私人)に対して確実かつ円滑に返還され,ひいては他
の建物の所有者が公営住宅の借上げに参画することに躊躇しないよう配慮
し,もって公営住宅の円滑な供給を図っているということができる。
その一方で,法は,借上公営住宅の入居者に対し,借上げの期間が満了
する前に明渡しを余儀なくされることを予め通知しておくとともに,その
明渡しに伴って他の公営住宅への入居を保障するなど,当該入居者の居住
の安定が害されないよう配慮しているということもできる。
ウそうであるとすれば,法は,当該住宅の所有者と事業主体が合意しない
限り,借上げの期間の満了後に使用関係(所有者と事業主体との賃貸借及
び事業主体と入居者との転貸借)が更新されないことを予定しているもの
と解するほかはない。
したがって,法は,借上公営住宅の使用関係については,借地借家法2
6条1項,28条を排除する趣旨であると解すべきである。
⑷法25条2項所定の通知をすべき時期
法25条2項は,「事業主体の長は,借上げに係る公営住宅の入居者を決定
したときは,当該入居者に対し,当該公営住宅の借上げの期間の満了時に当
該公営住宅を明け渡さなければならない旨を通知しなければならない」と規
定している。
しかるところ,法令の用語法として,「とき」は時又は時点ではなく場合を
意味するものとされていること(甲10,11)からすると,法25条2項
の文理上は,「入居者を決定したとき」を,入居者の決定(条例18条1項参
照)の時点であると限定して解すべきであるとは断じ難い。
しかも,上記⑶によれば,法25条2項の趣旨は,借上公営住宅の使用関
係は,民法及び借地借家法の定めにかかわらず,法の定める要件を具備して
いる限り,借上げの期間の満了により更新されることなく当然に終了するた
め,入居者に対し,借上げの期間の満了時にこれを明け渡さなければならな
いことを事前に予告しておくことにより,当該入居者において,退去時期を
予測できるよう配慮することにあると解される。そして,上記⑶のとおり,
借上公営住宅の入居者には,その明渡しに伴い他の公営住宅への入居が保障
されていることをも併せ考慮すると,少なくとも入居許可(条例19条参照)
の時点で上記通知がされていれば,将来の退去時期を具体的に予測すること
ができ,上記趣旨を達成することができるということができる。
したがって,法25条2項は,事業主体の長が,借上公営住宅の入居者を
決定した場合において,当該入居者に対し,当該公営住宅の借上げの期間の
満了時に当該公営住宅を明け渡さなければならない旨を通知しなければな
らないことを定めたにとどまり,入居者の決定(条例18条1項参照)の時
点で上記通知をしなければならないことまでをも要求したと解することは
困難といわざるを得ない。そして,法25条2項所定の通知は,少なくとも
入居許可(条例19条参照)の時点でされていれば足りるものと解される。
⑸本件への当てはめ
前提事実⑶エ②のとおり,神戸市長が平成14年8月22日付けで被告に
交付した本件許可書には,「借上期間平成28年10月31日まで」及び
「本件部屋は,借上げに係るものであるため,借上期間の満了時には本件部
屋を明け渡すこと」と記載されていたことは明らかである。
そうすると,神戸市長は,被告に対し,本件入居許可の時点で,借上げの
期間の満了時である平成28年11月1日に本件部屋を明け渡さなければ
ならない旨を通知しているから,法25条2項の通知をしたものと認められ
る。
⑹被告の反論について
ア被告は,入居許可の段階で法25条2項所定の通知がされた場合におい
て,その時点で入居者が入居を拒否しても,当該入居者又はその連帯保証
人は,当該入居許可が取り消されない限り,家賃の支払を余儀なくされ,
又は納付済みの敷金の一部の返還を受けられないなどの不測の損害を受け
る可能性があるとして,上記通知は入居者決定以前の段階でされなければ
ならないと主張する。
確かに,公営住宅への入居を検討している者にとって,当該公営住宅に
入居すべきか否かの判断に当たり,これを明け渡さなければならない時期
がいつであるかという点は,重要な考慮要素である。
しかしながら,法25条2項所定の通知が少なくとも入居許可の段階で
されていれば,当該入居者は,現に入居して生活環境に変更を生じさせる
前に,借上げの期間の満了時に必ず明け渡さなければならない当該公営住
宅に入居すべきか否かを検討する機会を与えられているといえる。そして,
上記⑶のとおり,借上公営住宅の入居者には,その明渡しに伴い他の公営
住宅への入居が保障されていることをも併せ考慮すると,上記のような検
討の機会の付与をもって,法の要求する入居者の保護に欠けるとはいえな
い。
また,当該入居者が,入居許可の段階で明渡時期の通知を初めて受け,
その後に当該公営住宅への入居を拒否した場合には,事業主体である原告
は,その拒否に至る具体的事情如何によっては,当該入居者に対し,入居
しなかった当該公営住宅の家賃(入居許可の日からその取消しの日までの
分。条例30条1項参照)の支払を請求することが許されない場合もあり
得ると考えられる。
したがって,被告の上記主張は,これを採用することができない。
イ被告は,事業主体と入居者との間の借上公営住宅の契約内容を変更する
ために,法25条2項所定の通知(契約変更の申込み)は,入居者の決定
までにされていなければならないと主張する。
この点,確かに,上記⑴のとおり,公営住宅の使用関係は,これが設定
された後においては,基本的には私人間の家屋賃貸借関係と異なるところ
はないということができる。
しかしながら,公営住宅の使用関係の設定については,法及び条例にお
いて,入居者の募集は公募の方法によるべきこと(法22条),入居者は一
定の条件を具備した者でなければならないこと(法23条),事業主体の長
は入居者を一定の基準に従い公正な方法で選考すべきこと(法25条)に
加え,特定の者が公営住宅に入居するためには,事業主体の長から使用許
可を受けなければならないこと(条例19条)などが定められており,事
業主体は,公営住宅の入居者を決定するについては,入居者を選択する自
由を有していないものと解すべきである(最高裁判所昭和59年12月1
3日判決参照)。そうすると,公営住宅の使用関係の設定の場面において,
私人間における契約の法理が当然に適用されるということは困難といわざ
るを得ない。
また,公営住宅の使用関係が基本的には私人間の家屋賃貸借関係と異な
らないということの意味するところは,法自体が,法及び条例の規定の趣
旨解釈による特別の規律を要する以外は,民法及び借地借家法による一般
的な規律によらしめることを想定していると解釈されるからにすぎない。
しかるところ,上記⑶のとおり,公営住宅の使用関係については,法が,
公営住宅の供給を確実かつ円滑に行う観点から,借地借家法26条1項,
28条の適用を排除し,借上げの期間の満了後に更新されないことを予定
しているものと解されるのである。
したがって,被告の上記主張は,その前提において失当というほかはな
く,これを採用することができない。
ウ被告は,以上の他にもるる主張するものの,いずれも上記の判断を左右
するものではない。
⑺小括
以上のとおり,神戸市長は,本件入居許可をするに当たり,本件通知書の
交付をもって,被告に対し,法25条2項所定の通知をしたものと認められ
る。
そうすると,その余の争点を判断するまでもなく,原告は,本件借上住宅
の借上げの期間が満了した平成28年11月1日以降,被告に対し,法32
条1項6号に基づき,本件部屋の明渡しを求めることができると解される。
2結論
よって,原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし,主
文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官山口浩司
裁判官和久一彦
裁判官日巻功一朗
(別紙)
物件目録
(主である建物の表示)
所在神戸市a区b通c丁目d番地e
建物の名称B
家屋番号f番gのh
種類共同住宅
構造鉄筋コンクリート造陸屋根14階建
床面積1階375.93㎡
2階465.72㎡
3階511.92㎡
4階511.92㎡
5階511.92㎡
6階511.92㎡
7階511.92㎡
8階511.92㎡
9階454.83㎡
10階454.83㎡
11階454.83㎡
12階454.83㎡
13階304.34㎡
14階304.34㎡
ただし,C階部分A号室46.29㎡

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