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判決 平成14年4月15日 神戸地方裁判所 平成13年(わ)第943号 現
住建造物等放火被告事件
主文
被告人を懲役4年に処する。
未決勾留日数中130日をその刑に算入する。
押収してあるライター1個(平成13年押第181号の1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,神戸市a区b町c丁目d番e号所在のA荘(鉄筋コンクリート造陸屋
根3階建共同住宅,床面積合計約102.69平方メートル)3階西側の居室を賃
借して住んでいたものであるが,A荘1階西側の居室に住んでいるBに被告人方か
ら水漏れしている旨指摘されたことに対し,被告人方での水漏れがB方にまで及ぶ
はずがないのに被告人に責任があるかのように言われたと思って憤激し,Bらが現
に住居に使用しているA荘の一室である自室に放火してその鬱憤を晴らすとともに
Bを困らせてやろうと考え,平成13年8月24日午後4時45分ころ,上記被告
人方居室において,同室6畳間押入のふすまの紙の破れた部分に所携のライター
(平成13年押第181号の1)で点火して火を放ち,同ふすまを介して,その火
を同室天井板等に燃え
移らせ,その結果,Bら5世帯5人が現に住居に使用しているA荘のうち被告人方
約18平方メートルを焼損したが,犯行後直ちに兵庫県C警察署に出頭し,同署司
法警察員Dに自首したものである。
(証拠の標目)
(省略)
(事実認定の補足説明)
1 弁護人は,被告人には本件犯行の動機がなく,被告人が,当公判廷において,
一貫して本件犯行を否認していることなどからして,被告人は本件犯行に及んでお
らず,被告人は無罪であるなどと主張するので,当裁判所が前示のとおり認定した
理由について,補足して説明する。
2 前掲各証拠によれば,以下の事実,すなわち,
① 被告人は,判示のA荘3階西側の居室を賃借して住んでいたものであるが,
平成13年8月24日午後3時過ぎころ,A荘1階西側の居室に住んでいるBに被
告人方から水漏れしている旨指摘されたことに対し,被告人方での水漏れがB方に
まで及ぶはずがないなどと言い返し,Bとの間で言い争いとなったこと
② 被告人は,同日午後4時20分ころ,A荘の家主であるAことEの妻Fに対
し,下の人から水漏れの苦情がきている旨を申し向けて,Fから配管清掃用のブラ
シ付ワイヤーを借り受けたこと
③ 同日午後5時前ころ,A荘3階西の被告人方居室から出火(以下「本件火
災」という。)し,被告人方約18平方メートルを焼損するなどしたが,その後の
出火部等についての調査の結果,焼損状況等から出火部は6畳間押入西部と推定さ
れたものの,火災原因としては,電気製品,配線等の電気的原因は考えられず,ま
た,他に火源となるようなものは認められなかったこと
④ 本件火災は,同日午後5時過ぎころ,近くで働いていたGがA荘3階西側の
居室から煙が出ているのを見て現場に駆けつけて発見し,Gの依頼を受けたHによ
って,同日午後5時13分ころ,119番通報がなされたが,Gが被告人方に駆け
つけた際には,被告人方の玄関ドアが開いていて,中には誰もおらず,台所の水道
の水が出しっ放しになっていたこと
⑤ C警察署勤務の警察官Iは,同日午後5時8分ころ,同署1階において待機
勤務中,被告人が出頭してきて,「部屋に火つけてきた。」旨申し向けたことか
ら,住所を聞き,無線指令台に火災通報の有無を確認したが,そのような通報はい
まだ入っていないとのことであったため,被告人から,氏名,生年月日,住所を聞
いて手帳に書き止めていたところ,同日午後5時15分ころ,無線指令台から,被
告人のいう住所地での建物火災の通報が入った旨の連絡があったので,被告人に再
度事実を確認すると,被告人は,部屋に放火したことは間違いがない旨言い,ま
た,ライターを取り出してこれで火をつけた旨言ったこと
⑥ 被告人は,その後,司法警察員Dの取調を受けて同日付け自首調書が作成さ
れたが,その調書において,A荘1階に住んでいる男から水漏れして困ると文句を
言われ,腹が立ったことから,火をつける決心をし,同日午後4時45分ころ,自
室の押入のふすまの紙にライターで火をつけたところ,火が燃え広がったため,大
変なことになると思い,フライパンに水を入れてまき火を消そうとしたものの,消
すことができなかったので,警察に行こうと思い,同日午後5時10分ころ,C警
察署に出頭した旨述べたこと
が間違いのないものとして認められる。
 なお,弁護人は,Iが作成したメモ帳(平成13年押第181号の2)中の被
告人がC警察署に出頭した時刻の記載が「17:10」から「17:08」に訂正
されていることを捉え,被告人がC警察署に自首した事実はなかったなどと主張す
るが,被告人がC警察署に出頭した時刻が午後5時10分か午後5時8分かによっ
て,被告人の出頭の持つ意味が異なったり,証人Iの当公判廷における供述(以下
「I証言」という。)の信用性に影響が生じたりするような事情は窺えず,I証言
が訂正の理由について時計を2分進ませていたのを忘れて記載してしまったからで
ある旨いうところも納得できるものであるから,被告人が上記のとおり本件火災当
日に自らC警察署に出頭して自首したことに疑いを容れるべき理由は存しない。
3(1) 上記認定の事実によれば,本件火災は何者かが被告人方居室6畳間押入西部
に放火をしたことにより発生したものと考えるのが合理的なところ,被告人は,本
件火災についての119番通報もいまだされていないうちに自らC警察署に出頭し
て,火災発生の事実さえ知らない同警察署の警察官に対し,自室に放火してきた旨
述べたものであって,その際及び同日の自首調書における供述内容は,その後の調
査で判明した出火部や出火原因あるいは現場の状況等ともよく合致しており,犯人
しか知り得ないいわゆる秘密の暴露を含むものである上,被告人が誰かをかばい身
代わりとなって自首したような事情等も全く窺えないのであるから,これらの点か
らだけでも,本件火災は被告人が放火したことにより発生したものであることは間
違いがないというこ
とができる。
 そして,また,被告人の検察官調書(乙11)及び警察官調書(乙3,5,
8ないし10)等は,被告人が被告人方居室6畳間押入のふすまの紙の破れた部分
に所携のライターで点火して火を放った旨いうものであるが,上記のような供述に
至る経緯やその供述内容が他の者の供述によって裏付けられておりあるいは客観的
な事実とも合致していることなどからして,そのいうところは十分信用に値するも
のと認められる。
 これに対し,被告人の当公判廷における供述は,午前中から外出していて本
件犯行当時被告人方にはいなかったとか,本件犯行当時の記憶がないなどというも
のであるが,そのいうところ自体が曖昧でまた変遷しているだけでなく,A荘の他
の居住者や家主の妻の供述あるいは客観的な事実とも合致しておらず,自己の罪責
を免れるために不合理な弁解に終始しているものであることが明らかであるから,
その信用性は乏しい。
 してみると,本件火災は,被告人が,判示のとおり,被告人方居室6畳間押
入のふすまの紙の破れた部分に所携のライターで点火して放火したことにより発生
したものであることに合理的な疑いを差し挟む余地は存しない。
  (なお,弁護人は,被告人が本件放火の犯人であることを示す補強証拠が存
在しないから,被告人を本件放火の犯人であると認定することはできない旨主張す
るが,自白の補強証拠は,自白の真実性を保障し得るものであれば足り,被告人が
犯人であることまでをも証するものである必要はないと解されるところ,本件にお
いては,被告人の自白の真実性を保障し得るに足りる補強証拠の存在することが明
らかであるから,弁護人の上記主張は失当というほかない。)
 (2) ところで,被告人が,上記放火後,フライパンに水を入れてまき火を消そう
としたことは,被告人が自室を飛び出した後,台所の水道の水が出しっ放しになっ
ていたことや,火災後,被告人方居室6畳間でフライパンが発見されていることか
らして間違いがないと認められるところであるから,被告人に現住建造物であるA
荘に対する放火の故意があったかどうかについて,更に言及することとする。
被告人が被告人方居室6畳間押入のふすまの紙の破れた部分に所携のライターで
点火して放火した行為は,これをそのまま放置すれば,被告人方居室の天井板等に
火を燃え移らせて,現住建造物であるA荘にまで焼損を生じさせる危険なものであ
ることは明らかである。また,被告人の検察官調書(乙11)及び警察官調書(乙
3,8,9)等は,放火の動機について,A荘1階西側の居室に住んでいるBに被
告人方から水漏れしている旨指摘されたことに対し,被告人方での水漏れがB方に
まで及ぶはずがないのに被告人に責任があるかのように言われたと思って憤激し,
その鬱憤を晴らすとともにBを困らせてやろうと考えた旨いうものであるところ,
そのいうところは前記の自首調書において既に述べられているし,犯行に至る経緯
特にBとのやりとり
等からして十分納得のいくものであるから,放火の動機がそのいうとおりのもので
あることは間違いがないと認められる。
  そうだとすると,被告人は,被告人方居室6畳間押入のふすまの紙の破れた
部分に所携のライターで点火して放火した際には,火事騒ぎがA荘1階西側の居室
に住むBを困らせる程度に大きくなることを企図していたとみるべきであって,火
が単に被告人方のふすまを焼損するだけに止まらず,A荘の建物部分を焼損するに
至ることをも認識認容していたものとみるのが相当であり,被告人が前記の消火行
為に出たのは,被告人の検察官調書(乙11)及び警察官調書(乙3,8ないし1
0)にいうように,実際に火が燃え広がるのを見て,大変なことになると思い恐ろ
しくなったためであると考えて不合理はないのであるから,被告人には現住建造物
であるA荘に対する放火の故意があったものと認められる。
4 以上のとおりであるから,被告人が,判示のとおり,現住建造物放火の故意を
もって,被告人方居室6畳間押入のふすまの紙の破れた部分に所携のライターで点
火して放火したことは間違いがないと認定することができる。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法108条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択
し,被告人は自首したものであるから同法42条1項,68条3号を適用して法律
上の減軽をした刑期の範囲内で,被告人を懲役4年に処し,同法21条を適用して
未決勾留日数中130日をその刑に算入し,押収してあるライター1個(平成13
年押第181号の1)は,判示現住建造物等放火の用に供した物で被告人以外の者
に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費
用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととす
る。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,居住する共同住宅の自室に放火し,その天井板等約18平方
メートルを焼損させたという,現住建造物等放火の事案である。
被告人は,自室からの水漏れを指摘されたことに憤激して,その鬱憤晴らしや水
漏れを指摘した下階の居住者を困らせようとして放火に及んだものであって,犯行
の動機は短絡的で自己中心的というほかなく,そこに酌むべき点は存しないこと,
被告人は,自室であるとはいえ,賃借している共同住宅に放火したものであり,し
かも,その近くには別の共同住宅があって,これに延焼する危険性もあるなど,本
件放火による公共の危険の程度は低いものではないこと,本件放火の結果,上記の
焼損や消火活動による水損等により,本件共同住宅の所有者や居住者に少なからぬ
財産的損害が生じており,またその居住者や周辺住民が感じた不安感等も小さくな
いこと,ところが,被告人は,本件放火による被害弁償は全く行っておらず,将来
被害弁償のなされる
見込みもないこと,被告人は,本件放火直後に自首したものの,当公判廷において
は,明らかに嘘というほかない弁解を繰り返して,反省の態度が全く認められない
ことなどを考え併せると,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。
してみると,本件は,被告人が憤激のあまり突如思いついたものであって,計画
的犯行ではないこと,被告人が,本件放火後,一度は消火しようとしていること,
幸いにして人的被害が生じていないこと,被告人が本件放火直後に自首しているこ
と,被告人が本件で7か月以上の間身柄拘束を受けていること,被告人には,古い
前科こそ多数あるものの,最近では,平成10年12月に暴力行為等処罰に関する
法律違反等の罪により罰金刑に処せられた以外に,前科がないことなどの,被告人
のために酌むべき事情を考慮しても,主文の刑はやむを得ないところである。
(検察官の科刑意見・懲役5年)
よって,主文のとおり判決する。
平成14年4月15日
神戸地方裁判所第2刑事部
裁判長裁判官   森 岡 安 廣
裁判官   伏 見 尚 子
  裁判官溝國禎久は転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官   森 岡 安 廣

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