弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

       主   文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
       事実及び理由
第一 請求
 被告が、平成九年二月一〇日、原告に対してなした停学処分(以下「本件処分」
という。)を取り消す。
第二 事案の概要
 本件は、国立香川医科大学(以下「香川医大」という。)の学生である原告が、
学生間の暴力事件に関与したことを理由に六か月間の停学処分(本件処分)を受け
たが、本件処分は被告の懲戒権の濫用による違法な処分であるとして、その取消し
を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 当事者
 原告は、平成四年四月、香川医大に入学し、本件処分当時は、第五年次生として
在学していた者である。
 本件処分当時の被告香川医大学長はAである。
2 本件暴力事件の発生
(一) 平成八年一一月一四日、いずれも香川医大学生である原告、Bら数名が飲
酒中、約一年前に開催された九州人会に関する不満について同会の幹事であった香
川医大学生Cに問いただすことになり、Cに電話をしたが同人が謝罪しなかったた
め、原告らは、翌一五日午前一時三〇分ころ、Bが運転する車でCの下宿に赴い
た。
(二) 原告らが車を停めて、原告とBが歩いているところへCが現われた。する
と、Bは、突然Cを足蹴りし、逃げ出す同人を追いかけて暴行を加えた。これらを
目撃した原告は両名を追った。Bの暴行が止んだところに通報を受けた警察官が駆
けつけた。なお、原告自身はCに対して暴行を加えていない。(以下「本件暴力事
件」という。原告の本件暴力事件への関与の有無・程度には争いがある。)
3 本件処分
(一) 香川医大側は、本件暴力事件の約一か月後、原告、B及びC等から事情を
聴取し、その結果、被告は、本件暴力事件に関与した原告の行為は学生の本分にも
とる行為であるとして、平成九年二月一〇日に開催された教授会の審査決定を経
て、同日、原告に対し、香川医大学則(以下、「学則」という。)四八条一項及び
二項に基づき、六か月の停学処分(本件処分)を行った。
(二) 原告及びその父は、同月一二日、本件処分の告知を受けた。
(三) 同年八月一二日の経過により、本件処分の停学期間が満了した。
二 争点
1 本件処分は司法審査の対象となるか。
(被告の主張)
(一)「法律上の争訟」性の欠如
 裁判所による審判の対象は、「法律上の争訟」(裁判所法三条)であり、その要
件としては、①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争で
あり、かつ、②それが法令の適用により終局的に解決することができることが必要
とされる。
 ところが、本件のように、学生に対し懲戒処分をするにあたっては、懲戒処分の
対象となる行為の軽重のほか、本人の性格及び平素の行状、その行為が他の学生に
与える影響、懲戒処分が本人及び他の学生に及ぼす訓戒的効果等という専門的、教
育的な判断を必要とし、その判断の当否は、法令の解釈適用によって終局的に解決
し得ないものである。
 したがって、本件処分の当否は法律上の争訟には当たらず、司法審査の対象とな
らない。
(二) 大学内部の自律
(1) 学校教育法によれば、学校長は、教育上必要があると認めたときは、学
生、生徒に対して懲戒を加えることができ(同法一一条)、学生に対して懲戒を加
えるに当たっては教育上必要な配慮をしなければならない(同法施行規則一三条一
項)とされている。これらの規定を受けて、香川医大においては、大学の規則に違
反したり、その他学生としての本分にもとる行為をした学生については、学長が教
授会の議を経て懲戒するものとされ(学則四八条一項)、懲戒として、退学、停学
及び訓告の三種(同条二項)が定められている。
 このような大学の学長の懲戒権は、教育を施行する大学側が、その理想とする教
育を行うため、教育の場としての学内の秩序を自ら維持し又はその学生を教育する
見地から行使すべき権利であり、懲戒権の発動は、教育施行のための自律的法規範
を持つ団体の内部規律維持の問題である。
 したがって、大学における学生の停学処分は、純然たる内部規律に委ねられるべ
き問題であり、司法審査の対象にならないと解すべきである。
(2) なお、原告は停学処分は一般市民法秩序と直接に関係を有する問題である
から、司法審査の対象となる旨主張するが、停学処分によっても大学内部から排除
されるわけではなく、停学処分の有無が一般市民法上の資格、地位に関係するよう
な規定等は存在しない。また、大学施設の利用等一般市民が享有しうる権利は、停
学処分に付された者も一般市民としての立場ではなお享有しうる。したがって、停
学処分は、大学の内部的自律権を制限することを理由づける「一般市民法秩序と直
接の関係を有するもの」には該当しない。
(原告の主張)
(一) ある処分が司法審査の対象となるか否かの判断は、被処分者が侵害された
権利の性質等を主たる判断要素として行われるべきところ、教育権を保障する憲法
二六条を根幹としその他の教育関連法規からなる現代公教育法が、学生等の学習権
を積極的に保証している趣旨に鑑みれば、在学関係内部の法的問題であっても、学
校当局の教育権行使が学生等の学習権その他の権利を一方的に制限した場合には、
当該処分は司法審査の対象になるものと解すべきである。
 したがって、本件において、原告は、本件処分により、授業への出席等を阻止さ
れ学習権その他の権利を学校により一方的に制限されており、当然に司法審査の対
象になる。
(二) また、大学のように一般社会とは異なる特殊な部分社会を形成している場
合でも、一般市民法秩序と直接の関係を有する限り、内部的な問題についても司法
審査の対象となり、国公立大学は公の教育研究施設として、一般市民の利用に供さ
れたものであり、学生は一般市民として国公立大学を利用する権利を有する以上、
学生に対してその利用を拒否した場合には、学生が一般市民として有する右公共施
設を利用する権利を侵害するものとして司法審査の対象となるとされる。
 したがって、本件では、原告は、本件処分により六か月間の長期間にわたって自
らが学生であるところの香川医大という公の教育研究施設を利用できない以上、本
件処分が司法審査の対象になることは明らかである。
2 停学期間経過後において本件処分取消の訴えの利益があるか。
(被告の主張)
 停学期間が満了すれば、原告が停学処分によって受ける不利益は消滅し、停学処
分を受けたことにより、将来、不利益を被ることは学則上も規定されていない。
 したがって、本件の訴えの利益は、右停学期間の満了により消滅した。
(原告の主張)
(一) 公立高等学校在学中に退学処分を受けたが、そのまま大学に入学し、もは
や高等学校に復帰する意思を有しない場合でも、退学処分の効力が持続する限り、
被処分者が将来就職したり他大学に転学しようとするときに、履歴書等に高等学校
で退学処分を受けた旨記載しなければならないことにより不利益を被るおそれがあ
るところ、社会的事実として、人の履歴の正常性ないし正当性が有用な一個の社会
的価値として評価されなければならないこと、他方、学外排除措置である退学処分
が被処分者の履歴に消極的な評価を導く原因となり得ることからすれば、履歴の正
常性ないし正当性は退学処分の取消により回復されるべき法律上の利益に当たると
して訴えの利益が肯定されている(東京高裁昭和五二年三月八日判決・判時八五六
号二六頁)。
 本件のような停学処分の場合においても、処分の効力が存続する限りにおいて、
現在のわが国の社会の中で、履歴上の正常性ないし正当性に対し著しく不当な評価
が下されうることは、退学処分の場合と何ら異ならない。すなわち、本件処分は懲
戒処分であり、原告の意思に反して六か月間大学の諸設備を利用する機会を奪って
在学関係を停止させ、ひいては留年をもたらしたものであり、原告が大学を卒業し
て就職するときに提出を求められる履歴書には、六か月間の停学処分及び一年留年
の事実を記載しなければならないところ、これが原告の履歴に消極的評価をもたら
す原因になることは否定できず、就職上の不利益を被るおそれがあることは明らか
である。
 したがって、本件においても、原告の履歴の正常性ないし正当性が停学処分の取
消により回復されるべき法律上の利益にあたり、これを保持する必要がある限り、
訴えの利益はある。
(二) 行政事件訴訟法九条かっこ書きにいう法律上の利益の解釈として、原処分
ないしその根拠規定の趣旨を考慮して、残存する不利益が本来の趣旨、目的の範囲
内のものであれば法律上の利益があり、逆に付随的なものであれば事実上の利益に
すぎないとする考え方がある。これによれば、処分の本来的目的が制裁・懲罰的機
能にある場合は、被処分者がその名誉、信用等につき被る不利益は法律上のものと
いえるが、処分の本来的目的が行政上の指導監督機能にある場合には、これによる
不利益は事実上のものにすぎないということになる。
 これを本件についてみると、本件処分の本来的目的が、制裁・懲罰的機能にある
ことは明らかであり、かつ、本件処分による停学期間が満了しても、原告の名誉等
についての利益が回復すべき法律上の利益として残存する以上、本件では、訴えの
利益は消滅しないというべきである。
 したがって、本件処分による停学期間が満了しても、本件訴えの利益は消滅しな
い。
3 本件処分は適法か。
第三 争点に対する判断
一 まず、本案前の争点のうち、争点2(停学期間経過後における本件処分の取消
の訴えの利益があるか)について判断する。
1 行政事件訴訟法九条かっこ書きは、期間の経過等の理由により処分の効果がな
くなった後においてもなお当該処分の取消により回復すべき法律上の利益がある場
合には、当該処分の取消を求めることができる旨定めている。右にいう処分の取消
により回復すべき法律上の利益の存否については、取消訴訟の目的が、違法な処分
により個人の権利ないし法律上保護されている利益が侵害されている場合に当該処
分を取り消すことにより右権利利益に対する侵害状態を解消させ、その法益を回復
させることにあることからすると、当該処分が法令の規定上将来の処分の加重原因
となるなど、処分がなされたことを理由に法律上の不利益を受けるおそれがある場
合には、当該処分の取消を求める法律上の利益があるというべきであるが、処分が
なされたことにより事実上の不利益を受けるにすぎない場合には、当該処分の取消
を求める法律上の利益があるとはいえないと解するのが相当である。
2 これを本件についてみるに、本件処分の効果は六か月間の停学期間の経過によ
り既に消滅していることは明らかであり、また、学校教育法、同法施行細則及び学
則等の関係法規に本件処分を加重要件とする規定があると認めるに足りる証拠はな
い。
 したがって、本件処分の取消を求める法律上の利益は認められない。
3 これに対し、原告は、本件処分及びこれを原因とする留年の事実により、将来
就職の際に不利益を受けるおそれがあるので、本件処分の取消により履歴の正常性
ないし正当性を回復する法律上の利益がある旨主張する。
 しかし、原告が主張する右不利益は、単なる事実上のものにすぎず、履歴の正常
性ないし正当性を回復することが、処分の取消により回復すべき法律上の利益にあ
たるとはいえないから、原告の右主張を採用することはできない。
4 また、原告は、処分後に残存する不利益が当該処分の本来的目的の範囲内のも
のであれば処分の取消を求める法律上の利益があり、本件処分のように、処分の本
来的目的が制裁・懲罰的機能にある場合は、処分による名誉・信用等の侵害につ
き、その回復を求める法律上の利益がある旨主張する。
 しかし、原告が主張する右不利益が、本件処分の法的効果ではなく、事実上生じ
る可能性があるにすぎないものであることは前述のとおりであり、このことは、処
分の本来的目的が制裁・懲罰にある場合であっても異ならないというべきである。
また、このように解しても、被処分者の名誉・信用等に対する不利益が具体化した
場合には国家賠償法上の損害賠償請求により救済を求めることができるので、その
救済に欠けるところはない。したがって、原告の右主張は採用の限りでない。
5 以上のとおり、本件訴えは、停学処分期間の経過により本件処分の取消により
回復すべき法律上の利益を欠くに至ったものといわざるを得ない。
二 よって、原告の本件訴えは、その余の点につき判断するまでもなく不適法なも
のであるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟
法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成一〇年一月二〇日)
高松地方裁判所民事部
裁判長裁判官 馬渕勉
裁判官 橋本都月
裁判官 廣瀬千恵

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛