弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     被告会社四社をそれぞれ罰金四〇〇万円に処する。
     訴訟費用は被告会社四社の連帯負担とする。
         理    由
 (認定事実)
 第一 被告会社四社の概要等
 一 被告会社甲1株式会社
 被告会社甲1株式会社は、昭和四〇年六月に設立された資本金七五億円の会社
で、各種のビジネス・フォームの製造・販売等を行っているが、平成四年四月当時
における社会保険庁発注の支払通知書等貼付用シール(以下「本件シール」とい
う。)の受注・販売は、本社第三営業本部営業部第二課が担当していた。
 二 被告会社乙1株式会社
 被告会社乙1株式会社は、明冶年間に設立された資本金約一〇四八億円の会社
で、製版、印刷、製本及びその製品の販売等を行っているが、平成四年四月当時に
おける本件シールの受注・販売は、公共機構営業本部営業第一部第一課が担当して
いた。
 三 被告会社丙1株式会社
 被告会社丙1株式会社は、昭和二一年に設立された資本金四億五〇〇〇万円の会
社で、記録紙、電子計算機用紙、電子計算機ソフトウェアの製造・販売等を行って
いるが、平成四年四月当時における本件シールの受注・販売は、丙3支店第一営業
部が担当していた。
 四 被告会社株式会社丁1
 被告会社株式会社丁1は、昭和三四年六月に設立された資本金約九〇億円の会社
で、情報システムの設計、開発、保守、運営管理及びコンピューターソフトウェア
の開発、販売等を行っているが、平成四年四月当時における本件シールに関する営
業は、OA事業部第一営業部第二課が担当していた。
 五 株式会社戊1
 株式会社戊1は、昭和三六年三月に設立された資本金一億二〇〇〇万円の会社
で、コンピューター等事務機器用帳票類等の製造業務、処理業務、販売等を行って
いるが、平成元年六月当時における本件シールに関する官業は、営業本部営業二部
第一課が担当していた。
 六 丁1と戊1との関係
 戊1は、丁1が受注・販売するビシネス・フォーム紙等を製造して丁1に納入す
ることなどの目的で設立された会社で、丁1がその営業の全てを担当し、丁1の専
属工場のような存在であったが、昭和四三年頃から独自の営業活動をするようにな
ったものの、平成四年当時で、丁1は、戊1の発行済株式の一二・五パーセントの
株式を保有し、同社第三位の株主であるとともに、戊1の年間売上高の約四〇パー
セントが自社に対するものであった。そして、戊1が独自に営業活動をするように
なった後も、「戊1は丁1が指定する電子計算機等に使用するフォーム類等を継続
的に製造し、丁1は拡販を目的とし、これを継続的に販売する。したがって、戊1
は原則として丁1の販売する製品の製造をするものとする。」旨の契約を結び、営
業活動においても、戊1は丁1との競合を避ける方針であった。
 第二 社会保険庁におけるシール導入の経緯等
 社会保険庁は、国家行政組織法三条二項、四項、厚生省設置法一〇条により設置
された厚生省の外局で、本件シールに関する契約事務は、同庁総務部経理課契約第
一係が所管し、平成元年当時の契約第一係長は己2であった。そして、本件シール
は、厚生年金、国民年金及び船員保険年金の支払通知書や振込通知書、改定通知書
等の葉書の支払額や振込額欄にこれを貼付することにより、一度剥がすと再貼付で
きない機能を有することから、第三者がその金額を見ることを間接的に防止し、受
給者等のプライバシーを保護する目的で、社会保険庁が昭和六三年頃から検討を始
め、平成元年から導入したものであるが、これを貼付する葉書の金額欄の大きさが
異なることに対応して、Aタイプ、Bタイプ、Cタイプの三種類に分類される。
 社会保険庁は、本件シールの発注を指名競争入札の方法で行うこととしたうえ、
平成元年六月二六日、甲1、乙1、丙1及び戊1を入札参加業者に指名し、以後平
成四年九月まで合計八回にわたる本件シールの入札の際、いずれも右四社を指名業
者に選定した。そして、社会保険庁の発注する本件シールの取引実績は、金額的に
見ると、平成四年度において、国内全シール市場の約四五パーセント、中央官庁等
発注分の約八五パーセントを占めていた。
 第三 本件犯行前までの入札談合状況及びそれに至る経緯
 一 本件シールの入札予定価格の積算に関する工作
 社会保険庁は、自庁発注の印刷物に関する入札予定価格の積算については、かね
てより財団法人庚発行の物価資料(以下「物価資料」という。)に依拠していたと
ころ、本件シールに関しては、これがまだ広く一般に使用されていない特殊なシー
ルであり、物価資料には積算の基礎となる参考資料に乏しかったため、平成元年七
月頃、指名業者に選定した甲1、乙1、丙1及び戊1の四社に対し、シールの印
刷・加工代等の参考見積書を項目別に提出するよう依頼し、他方、シールの原反を
製造している辛1株式会社、辛2株式会社及び辛3株式会社の三社に本件シール原
反の価格証明書を提出するよう依頼した。
 右依頼を受けた丙1の丙2(当時、丙3支店第一営業部長)は、それまでも社会
保険庁が発注する印刷物等の入札の際に幹事役として談合を取り仕切っていたこと
から、本件シールに関する入札予定価格についても、これを高値に設定させること
により、多額の利益を上げるため、辛1に依頼して、本来であれば一平方メートル
当たり四〇〇円から五〇〇円位で販売できる原反価格を六八〇円位に水増しし、そ
れを七・五インチ幅の一メートル当たりに換算した単価一二九円五四銭で価格証明
書を社会保険庁に提出させるとともに、辛2、辛3に対しても同様の依頼をして、
それよりも高い金額の価格証明書を提出させた。
 他方、このようにして原反価格の水増し工作を行った丙2は、甲1等指名業者三
社の担当者に対して、本来であれば一枚当たり七円程度で受庄できる本件シールの
見積価格を一〇円ないし一一円に水増しして提出するよう依頼し、指名業者四社
は、いずれも右金額に沿った見積書をそれぞれ社会保険庁に提出した。
 社会保険庁は、以上のようにして原反業者三社から提出された価格証明書、指名
業者四社から提出された参考見積書のほか物価資料等に従って積算を行った結果、
本件シールの最初の入札である平成元年八月九日施行分の入札予定価格について、
本来ならシール一枚当たり七円程度とすべきところ、A、B、Cの三タイプとも九
円四〇銭以上という大幅に過大な積算を行うに至った。
 二 平成元年度の入札に関する談合状況等
 社会保険庁は、平成元年六月二六日、同年八月九日施行の本件シール(Aタイプ
二〇二八万枚、Bタイプ三二五五万六〇〇〇枚、Cタイプ四一二五万枚)の入札に
関する官報公示を行い、同月四日に入札説明会を実施し、指名業者四社の担当者が
これに出席した。
 丙2は、右入札説明会が終わった後の同月上旬頃、甲1の甲2(当時官公営業本
部営業部営業第二課所属)、乙1の乙2(当時ビジネスフォーム事業部第一営業本
部第三部第一課所属)、丁1の丁2(当時OA事業部第一営業部第二課長)に対し
て、丙1丙3支店の会議室に集まるよう連絡し、これに応じて右甲2、乙2、丁2
ら対社会保険庁営業担当者のほか、乙1からは当時BF事業部東京第一営業本部営
業第三部第一課長の乙3、甲1からは官公営業本部営業部長の甲3、同営業部営業
第二課長の甲4も出席したが、これに加えて戊1の取締役営業本部営業二部長の戊
2も丁2と共にその場に出席して、「戊1は丁1の丁2さんに全て任せていますの
でよろしくお願いします。」と挨拶し、指名業者の戊1は、本件シールの入札に関
する交渉等の営業活動を、全面的に丁1に任せることを他の指名業者に表明し、他
の三社もこれを了承した。
 そこで、戊2を除く丙2ら出席者は、本件シールの入札に関する今後の対応を検
討した結果、甲1、乙1、丙1(以上三社を、以下「指名業者三社」ともいう。)
及び丁1の各営業担当者間の話合いで、各入札毎に、本件シールの落札予定業者、
落札業者から仕事を受注して社会保険庁の定めた仕様に従った印刷加工の仕事を原
反業者等に発注するいわゆる仕事業者(仕事業者というのは、本件談合の際関係者
が使用していた名称で、現実にシールの印刷加工をして製造するものではなく、そ
の仕事を原反業者等に取り次ぐ中間業者のことである。)及び名目上落札業者と仕
事業者の間に入って利益のみを得る業者(中通し業者)を決めること、落札業者の
利益は受注額の概ね一〇パーセント、その余の業者は同じく四パーセント以上とす
ることなどを決めるとともに、右第一回の入札における各タイプ毎の落札予定業者
等を具体的に定めた。
 丙2は、以上のような話合いの結果をふまえて、社会保険庁が定める入札予定価
格を九円三〇銭位と想定し、一〇円位の単価から各指名業者毎に若干異なる金額を
順不同で入れさせ、九円六〇銭位からは落札予定業者が最低価格を入れることがで
きるよう、各業者間の入札価格を小刻みに設定して、これを甲1、乙1、丁1の担
当者に電話で連絡した。丁1では丙2から右連絡を受けた後、丁2がその金額を戊
1の担当者に連絡し、入札当日には戊1の担当者をしてこれに従った入札手続を行
わせた。
 丙2は、入札手続きを経て落札業者が決定すると、各タイプ毎のシールの納期に
合わせ、中通し業者を含む落札業者から仕事業者に至る発・受注価格等を定めて各
業者に連絡をし、その後落札業者が社会保険庁から受注代金の支払を受ける都度、
丙1丙3支店の会議室において、各業者間で受注代金と発注代金の差額の決済を小
切手で行い、談合金の分配をしていた。
 以後、平成三年度に施行された入札までは、概ね以上の方法により本件シールに
関する入札談合が行われた。
 ところが、平成三年七月及び同年一一月、日本道路公団の高速道路磁気カード通
行券等の印刷物発注に関する談合の件等で、乙1、甲1、丙1等の印刷会社に公正
取引委員会の立入検査が行われたことから、被告会社四社は、本件シールの入札に
関し、落札業者と仕事業者を話合いで決めることは従前どおりとしたものの、談合
発覚の手掛かりとなり易い、中通し業者の設定は以後止めることで合意した。
 第四 罪となるべき事実
 甲1、乙1、丙1及び丁1は、いずれも本件シールの印刷・販売等に関する事業
を行う事業者であり、甲1の甲3(平成四年四月当時・第三官業本部長)、甲4
(右同・第三営業本部営業部長代理)、乙1の乙4(右同・公共機構営業本部
長)、乙5(右同・同本部営業第一部長)、乙6(右同・同営業第一部第一課
長)、丙1の丙2(右同・丙3支店第一営業部長)、丁1の丁2(右同・OA事業
部第一営業部第二課長)は、社会保険庁発庄にかかる本件シールの受注・販売等に
ついて、いずれも被告会社の業務を担当していたものであるが、同人らは、その所
属する被告会社の業務に関し、平成四年四月下旬頃、東京都中央区ab丁目c番d
号所在の丙1丙3支店会議室に集まるなどして、社会保険庁発注にかかる本件シー
ルの入札について、今後落札業者を甲1、乙1及び丙1の三社のいずれかとし、そ
の仕事は全て落札業者から丁1に発注するとともに、その間の発・受注価格を調整
することなどにより四社間の利益を均等にすることを合意し、もって、被告会社四
社は、共同して、社会保険庁が発注する平成四年度以降の本件シールの受注・販売
に関し、被告会社らの事業活動を相互に拘束することにより、公共の利益に反し
て、社会保険庁が発庄する本件シールの受注・販売にかかる取引分野における競争
を実質的に制限し、不当な取引制限をしたものである。
 (証拠の標目)(省略)
 (丁1の弁護人の主張に対する判断)
 丁1の弁護人(以下「弁護人」という。)の主張は、(1)本件において、独禁
法三条にいう「一定の取引分野」は、社会保険庁から本件シールを落札・受注する
取引分野と解すべきであり、(2)本件シールの入札に関し、社会保険庁から指名
業者に選定されていない丁1は、右取引分野の「事業者」に該当しない、(3)ま
た、丁1は、「相互にその事業活動を拘束」する共同行為をしておらず、(4)さ
らに、丁1は、戊1を通じて競争事業者になったこともない、というものである
が、まず、本件の事実関係を明らかにしたうえ、当裁判所の見解を示すこととす
る。
 一 事実関係
 関係証拠によれば、次の事実が認められる。
 1 丁1は、昭和五六年頃から社会保険庁発注の仕事の指名を受けるようにな
り、平成元年頃には年間十数件の指名を受けていたところ、丁2は、昭和六三年暮
頃、丙2からの話で社会保険庁が本件シールの導入を計画していることを知り、さ
らに平成元年五月頃には同庁がその指名業者の選定に入ったことを聞いたため、自
社を指名業者に選定してくれるよう社会保険庁に陳情に行った。当時丁2は、自社
が社会保険庁における入札業者登録のAランクにあったことから、当然本件シール
についても指名を受けられるものと安易に考えていたところ、その後、同じく指名
を巡って社会保険庁に働きかけをしていた戊1(丁1が指名を受けるようになった
右昭和五六年以降、社会保険庁の指名業者から身を引いていた。)が指名を受ける
可能性が強くなったことを知った。そこで、丁2は、判示第一、六記載のような丁
1と戊1との関係から、戊1の戊2と相談のうえ、両者で平成元年五月下旬から同
年六月上旬にかけて二度ほど社会保険庁に赴き、戊1ではなく丁1を指名業者に選
定してくれるよう己2に依頼したもののこれが容れられず、結局、丁1は指名業者
の選定から漏れ、戊1が本件シールの指名業者の一社として選定された。
 2 しかし、丁2は、丁1と戊1との右のような業務提携関係や、戊1が甲1ら
他の指名業者三社と繋がりが薄かったことなどから、戊1では本件談合を円滑に行
うのは無理と考え、戊2と話合いをして、本件シールの入札に関する全権を丁1に
任せて貰うこととし、このことを当時丁1の上司であったOA事業部第一営業部長
の丁3に報告して了承を得たうえ、同年六月二六日本件シールに関する第一回の入
札が公示された直後頃、丙1の丙2に対し、戊1の代わりに丁1が談合の場に出席
することを伝えた。その後、戊1は、社会保険庁から本件シールに関する参考見積
書の提出を求められるなどしたが、その作成等実際の作業は、全て丁2が丙2と相
談のうえ行った。
 3 同年八月四日の入札説明会が行われた頃、第一回目の談合が行われ、判示第
三、二記載のとおり、丙1から丙2、乙1から乙3、乙2、甲1から甲3、甲4と
甲2がそれぞれ出席したが、その際、丁2は戊2を伴って出席し、戊2が「戊1の
代わりに全権を丁1に任せた。」旨をその場の出席者に告げて、以後丁1が戊1の
代わりに談合に加わることについて指名業者三社の同意を得た。そして、その後行
われた談合の際には、戊1側からは誰も出席することなく、いずれも丁2が参加し
て、入札価格や落札業者、中通し業者、仕事業者の決定等について、判示第三、二
記載のような談合を行い、戊1は、単に右のようにして決った談合の内容及び丁2
の指示等に従い、指名業者として必要な入札等の事務的な手続きを行っていたに過
ぎなかった。
 4 その後、平成三年七月及び同年一一月に、判示第三、二記載のとおり公正取
引委員会の立入検査等が入ったことから、被告各社は、それまで行ってきた中通し
を止めることにしたうえ、判示第四記載の被告各社の従業者らは、平成四年四月下
旬頃に行われた本件談合において、右中通し等に代わる利益均等化の方法を種々話
し合った末、丁2の提案に従い、A、B、C三タイプの本件シールは甲1、乙1及
び丙1の指名業者三社が交互に落札し、丁1はその全てについて仕事業者になるこ
と、ただ従前のように各年度単位で四社間の利益を均等化することは、三タイプの
シールの枚数に極端な差があって困難であるため、数年間の幅でその間の利益が均
等になるよう、落札業者から仕事業者への発注価格の調整等を行うこと、各社の入
札価格についてはこれまでどおり丙2の方で調整するが、仕事業者への右発注価格
の調整については、これを提案した丁2の方で行うことなどの基本方針を決めた。
 5 被告各社は、右のような基本方針を決めた談合の際、平成四年五月一日施行
の入札分に関しては、三タイプとも丙1が、同年九月一日施行分に関しては、Aタ
イプを丙1が、Bタイプを甲1が、Cタイプを乙1がそれぞれ落札することとし、
その全てについて丁1が仕事業者となることをも併せて決めた。そして、その後行
われた右各入札の際、戊1を含む本件指名業者四社は、右談合の結果に従って入札
を行い(但し、同年五月一日施行のA、Cタイプについては乙1の担当者が入札価
格を間違って記載したため、同社が落札する結果となった。)、丁2は、五月分に
ついては全て辛1に、九月分のうち三〇〇万枚については戊1に、その余は辛1に
それぞれ印刷加工を依頼した。
 二 当裁判所の見解
 <要旨第一>1 まず、弁護人は、本件における「一定の取引分野」は社会保険庁
から本件シールを落札・受注する取引分野である、というのである。し
かしながら、いうまでもなく、取引は、一定の商品あるいは役務の需要と供給を巡
ってなされる二面的・双方的な経済活動であるから、これを単に社会保険庁からの
落札・受注のみに限定して一面的に捉えるのは、それ自体誤りであるが、それはと
も角としても、公正で自由な競争を促進するなどして、一般消費者の利益を確保す
るとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進するために、一定の行為を規制
し処罰の対象としている独禁法の趣旨、及び社会・経済的取引が複雑化し、その流
通過程も多様化している現状を考えると、「一定の取引分野」を判断するに当たっ
ては、主張のように「取引段階」等既定の概念によって固定的にこれを理解するの
は適当でなく、取引の対象・地域・態様等に応じて、違反者のした共同行為が対象
としている取引及びそれにより影響を受ける範囲を検討し、その競争が実質的に制
限される範囲を画定して「一定の取引分野」を決定するのが相当である(東京高裁
昭和六一年六月一三日判決・行政裁判例集三七巻六号七六五頁参照)。
 <要旨第二>本件において、被告会社四社の従業者がした談合・合意の内容は、前
記一、4、5のとおり、その取引段階に着目すれば、「1」社会保険庁
から落札・受注する業者とその価格、「2」落札業者から受注する仕事業者とその
価格とに分けることが可能であるとはいえ、指名業者になっていない丁1が右談
合・合意にその一員として参加している以上、同社に仕事業者等として利益を得る
機会を与えない限り、「1」の談合が成立するわけがなく、また、被告会社四社の
利益を均等化するためには、落札業者の発注価格(仕事業者の受注価格)をも定め
なければならない関係にあり、結局「1」と「2」は一体不可分のものとして合意
されたとみることができるのである。
 そうしてみると、この様な合意の対象とした取引及びこれによって競争の自由が
制限される範囲は、前記一、4、5のとおり、社会保険庁の発注にかかる本件シー
ルが落札業者、仕事業者、原反業者等を経て製造され、社会保険庁に納入される間
の一連の取引のうち、社会保険庁から仕事業者に至るまでの間の受注・販売に関す
る取引であって、これを本件における「一定の取引分野」として把握すべきもので
あり、現に本件談合・合意によってその取引分野の競争が実質的に制限されたので
ある。
 この点に関し、弁護人は、丁1が仕事業者になったのは、被告各社による談合の
利益分配のための方便に過ぎず実体の伴わないものである、談合によって発生した
取引は独禁法上保護に値する「取引分野」ということはできないなどという。たし
かに、丁1が仕事業者になったのは前記一、4のとおり本件談合による利益を同社
にも得させるためではあるが、丁2は、落札業者からの受注につき、自社において
経理上の処理をすることはもとより、現実に本件シールについてこれの印刷加工を
する辛1への発注や、さらに戊1も辛1の下請となって利益を得られるようにし、
そのための原反の入手等にも尽力し、仕事業者としての活動をしているのであっ
て、これが利益分配のための架空の取引ということはできない。また、特定の商品
の受注・販売、役務の提供等の過程で中間業者が入り利益を得ることは現実の経済
活動においてしばしば見られること(本件においても辛1の下請として戊1が印刷
加工したシールについてみれば、辛1は中間業者である。)であり、その取引も本
来自由であるべきものであるから、丁1が本件談合によって仕事業者になったとし
ても、これが談合によって生じた不正なもので独禁法上保護に値しないものである
とはいえない。
 2 また、弁護人は、丁1は独禁法三条所定の「事業者」に当たらないという
が、本件における「一定の取引分野」を前記1の範囲のものと理解すれば、丁1
は、仕事業者として「事業者」の立場にあることが明らかであるうえ、前記一、
2、3のとおりの経緯で、戊1に代わって指名業者三社との談合に参加し、落札業
者、落札価格の決定に関与しているのであるから、この点においても「事業者」に
当たるものと解される。
 この点に関し、弁護人は、丁2は戊1に委任されその代理人として本件の談合に
加わったもので丁1とは無関係であるかのごとくいうが、丁2が本件談合に加わっ
た前記一、1ないし3のような経緯を考えれば、丁2は丁1の営業担当者として同
社のために行動していたことが明らかで、右主張は論外といわなければならない。
 さらに、弁護人は、東京高裁昭和二八年三月九日判決・高民集六巻九号四三五頁
(いわゆる新聞販路協定事件)を援用し、ここに「事業者」とは競争関係にある事
業者であることが必要であるところ、丁1は、指名業者ではないから、他の指名業
者と競争関係にはなく、結局、ここにいう「事業者」に当たらないという。
 しかしながら、右判例は、新聞販売店が戦時中の名残りで合売制が持続されてい
た当時、新聞販売本社と新聞販売店が暗黙の協定によって、各新聞販売店の販売区
域を協定したとして、そのことが昭和二八年改正前の独禁法三条、四条一項三号違
反に問われた事案であるが、当時の同条一項三号は「事業者は、共同して、……技
術、製品、販路又は顧客を制限すること……をしてはならない」と規定し、同条二
項において「前項の規定は、一定の取引分野における競争に対する当該共同行為の
影響が問題とする程度に至らないものである場合には、これを適用しない。」と規
定していたのである。すなわち、右判例は、同条一項が当該行為による競争への実
質的影響を犯罪成立の積極的要件としていなかった規定のもとで、同項の解釈とし
て、同項にも影響の可能性を取り込むため、その「事業者」を競争関係にある者に
限定したものとみられるのである。しかし、昭和二八年の改正により右四条が削除
され、現行法の罰則規定である八九条一項一号が「第三条の規定に違反して……不
当な取引制限をした者」と規定し、三条が「事業者は、私的独占又は不当な取引制
限をしてはならない。」とし、二条六項が「……不当な取引制限とは、……によ
り、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することを
いう。」と規定するに至り、右の犯罪が成立するためには、当該共同行為によって
「競争を実質的に制限する」ことが積極的要件として必要となった現行法のもと
で、はたして右判例のように「事業者」を競争関係にある事業者に限定して解釈す
べきか疑問があり、少なくとも、ここにいう「事業者」を弁護人の主張するような
意味における競争関係に限定して解釈するのは適当ではない。
 <要旨第三・四>独禁法二条一項は、「事業者」の定義として「商業、工業、金融
業その他の事業を行う者をいう。」と規定するのみであるが、事業
者の行う共同行為は「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」内容のも
のであることが必要であるから、共同行為の主体となる者がそのような行為をなし
得る立場にある者に限られることは理の当然であり、その限りでここにいう「事業
者」は無限定ではないことになる。しかし、丁1は、前記一、1のとおり自社が指
名業者に選定されなかったため、指名業者である戊1に代わって談合に参加し、指
名業者三社もそれを認め共同して談合を繰り返していたもので、丁1の同意なくし
ては本件入札の談合が成立しない関係にあったのであるから、丁1もその限りでは
他の指名業者三社と実質的には競争関係にあったのであり、立場の相違があったと
してもここにいう「事業者」というに差し支えがない。この「事業者」を同質的競
争関係にある者に限るとか、取引段階を同じくする者であることが必要不可欠であ
るとする考えには賛成できない。
 3 弁護人が、丁1は、「相互にその事業活動を拘束」する共同行為をしていな
いとする点は、要するに、丁1は、指名業者ではないから、拘束されるべき事業活
動がないことを理由とするものと思われる。しかし、前記2において述べたごと
く、ここにいう「事業者」は同質的競争関係にあることを必要としないのであるか
ら、同社が指名業者でないことを理由として拘束されるべき事業活動がないとする
点は失当であるのみならず、同社は、他の指名業者三社と合意した本件談合に拘束
され、仕事業者としてその談合に従った事業活動をすべきことはもとより、落札・
受注の関係においても、たとえば戊1に働きかけて適正価格で落札させ、その一部
又は全部の発注を受けるなどの行動をとることも許されなくなったもので、本来自
由であるべき同社の事業活動が制約されるに至ったのであるから、「相互にその事
業活動を拘束」する共同行為をしたものというのに支障はない。
 4 弁護人が、丁1が戊1を通じて競争事業者になったこともないというのも、
要するに、丁1は、指名業者ではなく、したがって、丁1が入札や落札をすること
が不可能であることを理由とするものと思われるが、その理由のないことは、前記
2、3において詳述したところによって明らかである。
 5 その他弁護人がるる主張する点を子細に検討しても、丁1の本件犯罪の成立
を妨げるものはなく、その主張は全て理由がない。
 (法令の適用)
 被告会社四社の判示各所為は、いずれも平成四年法律第一〇七号による改正前の
独禁法九五条一項、八九条一項一号、三条(刑法六条、一〇条により新旧比照)に
該当するから、その所定罰金額の範囲内で被告会社四社をそれぞれ罰金四〇〇万円
に処し、訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により被告会社四社に連
帯して負担させることとする。
 (量刑の理由)
 一 本件は、被告会社四社の従業者らが、その業務に関し、社会保険庁の発注し
た支払通知書等貼付用シールの納入を巡り入札談合をするなどして、不当な取引制
限をしたという独禁法違反の事案である。
 独禁法は、我が国の事業活動について、「公正かつ自由な競争を促進し」「国民
経済の民主的で健全な発達を促進することを目的」として、国内における自由経済
秩序を維持・促進するために制定された経済活動に関する基本法である。国内外に
おいて右理念の遵守が強く叫ばれている現下の社会・経済情勢下において、同法は
経済活動に携わる事業関係者に等しく守られなければならないものであるが、とり
わけ我が国印刷業界最大手の乙1を始め、ビジネスフォーム業界において主導的立
場にあるその余の被告会社三社においては、右の理念を尊重し、自由競争経済秩序
の維持・発展を率先して遂行しなければならない一層の責務を有していたというべ
きである。
 しかるに、印刷業界においては従来から談合体質が顕著で、業者間における協調
の名の下に自由競争を回避する談合が広く行われていたところ、今回社会保険庁に
おいて本件シールが導入された際、その入札参加業者に指名された被告会社三社と
指名業者戊1に代わる丁1の各従業者が、右のような社会的責務を放棄し、専ら被
告各社の売上高の確保と利益追求のため、種々の巧妙な工作を巡らせて本件犯行を
行うに至ったことは、まことに遺憾というほかなく、本件犯行はそれ自体において
悪質かつ重大である。
 二 さらに、その犯情を具体的にみると、判示のとおり、被告各社の従業者ら
は、社会保険庁から入札予定価格の参考とするため原反シールの印刷・加工費等に
ついて、参考見積書の提出を求められるや、きたるべき入札の際に高額で落札し、
多額の利益を得るため、丙1の丙2の主導の下に市場価格を大幅に上回る見積書を
提出して、社会保険庁における入札予定価格を過大に積算させるよう工作したう
え、入札に際しては、できるだけ入札予定価格に近い価格で落札して、最大限の利
益を獲得すべく、最初は予想される入札予定価格を大幅に上回る価格で入札し、以
後少しずつこれを下げたり、談合の発覚を防ぐため、入札予定価格に近くなるまで
は落札予定業者以外の会社が最低価格を入札するなど、丙2の指示の下に各回毎の
入札価格や一回毎の下げ幅などを細かく打ち合わせていたものである。
 そして、平成二年六月、公正取引委員会から独禁法違反の事実に対しては積極的
に刑事罰を求めて告発する旨の公表がなされ、平成三年七月及び一一月に、乙1等
が公正取引委員会の立入検査を受け、さらに、同月上旬頃には業務用ストレッチフ
ィルムの価格協定事件で、公正取引委員会が刑事告発をした旨の新聞報道があり、
また、平成四年四月二一日、判示第三、二記載の高速道路磁気カード通行券等の印
刷物発注にかかる入札に関して、公正取引委員会から独禁法四八条二項の勧告があ
り、翌日にはその旨の新聞報道もなされたことなどから、談合行為に対する違法性
の再認識と、これを中止するための機会を十分に与えられていながら、何ら反省自
戒することなく、単に利益分配のためにそれまで行っていた「中通し」についてだ
け、これを発覚の手掛かりになるとしてやめたに止まり、依然として談合行為を継
続して本件犯行に及んだものである。
 このような談合により、本件シールの入札における落札業者は、入札担当者の手
違いによる一回(平成四年五月一日施行のA、Cタイプ分)を除き、いずれも入札
予定価格の九九パーセント以上の高額で落札・受注することになり、これによって
得た不当な利益を関係会社間で分配していたのであつて、本件談合の態様はまこと
に巧妙かつ悪質といわざるを得ない。
 以上のような談合入札の結果、本来の適正な入札予定価格に基づき、自由な競争
入札が行われたと想定した場合と比較すると、被告会社四社は、平成四年度分だけ
で約四億二〇〇〇万円(本件シール一枚当たりの適正価格については争いのあると
ころではあるが、関係証拠によれば、平成元年八月一日入札分に関し、辛1に対し
現に一枚六円五〇銭で発注し、平成四年度分に関しても六円六〇銭で発注してお
り、また、指名業者三社の担当者は、談合をせず自由競争になったときは、七円前
後での入札もあり得たし、それでも利益をあげることができたと述べているのであ
って、これらの点からみれば、本件シール一枚当たりの適正価格は七円程度が相当
と認められるので、損害額は右価格に従って算定した。)、それまでにもこれを大
幅に上回る多額の損害を社会保険庁ひいては国民に与えているのであって、このよ
うな観点からみても、本件犯行は強い社会的非難に値するものといえる。
 さらに、被告各社のこれまでの同種違反歴をみると、甲1(商号変更以前のもの
を含む。以下、各社とも同じ。)は、独禁法違反歴が一回、同社が構成事業者とな
っている事業者団体としての違反歴が二回、乙1は、独禁法違反歴が三回、同社が
構成事業者となっている事業者団体としての違反歴が二回、丙1は、独禁法違反歴
が一回、同社が構成事業者となっている事業者団体としての違反歴が二回、丁1
は、同社が構成事業者となっている事業者団体としての違反歴が二回あることがそ
れぞれ認められる。
 三 しかしながら、他方、本件シールに関する談合が行われるに至った背景に
は、本件入札を実施した社会保険庁の側にも問題がなかったとはいえない。すなわ
ち、本件シールがこれを採用した平成元年当時においては特殊な製品で、社会保険
庁の担当者において、十分な商品知識を有していなかったことは否めないとして
も、本件シールの入札予定価格の積算に当たり、その根拠となる見積りを入札指名
業者やその関連の原反業者に求めれば、将来の落札価格を高くして多額の利益を上
げようとする思惑から、過大な見積額が提出されることは容易に予測できるところ
であるのに、当時既にシールを導入していた民間企業の取引価格等の実情を全く調
査することなく、本件指名業者等の提出した見積額に依拠し、これを基準として安
易に入札予定価格を決定したことがまず指摘されなければならない。さらに、社会
保険庁においては、指名業者の選定に当たり、従来の実績を重視して指名業者数を
僅か四社に絞り、かつ、一回の入札による発注量を大量なものとしたことにも、問
題があったといわざるを得ない。このように、本件シールの入札に関しては、社会
保険庁の側にも、本件談合を誘発・助長したとみられる点において、反省が求めら
れるべきところである。
 そして、本件談合の発覚後、被告各社においては、ことの重大性を改めて認識す
るとともに、その真摯な反省の上に立ち、再発防止のため大規模な組織改革をはじ
めとして、各種委員会等の設置、倫理綱領の策定及び独禁法遵守マニュアルによる
社員教育や啓蒙活動、売上高実績を重視した人事考課の方法の改善等、種々の企業
努力を試みていること、及び本件談合が摘発されたことによる被告各社の社会的信
頼の失墜及び社会保険庁その他の官公庁等からの指名停止処分等、被告各社とも相
応の社会的制裁を受けていることなど、被告各社のために考慮できる諸事情も存在
する。
 四 したがって、以上のような諸般の事情を総合勘案し、被告各社に対して、そ
れぞれ注文の量刑をした次第である。
 (裁判長裁判官 近藤和義 裁判官 宮嶋英世 裁判官 木谷明 裁判官 栗原
宏武 裁判官 平弘行)

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