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平成14年3月26日宣告
平成13年(わ)第1007号
判決
 上記の者に対する傷害被告事件について,当裁判所は,検察官富松茂大出席のうえ審理し,次のとおり判
決する。
主文
被告人を懲役1年2月に処する。
未決勾留日数中160日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成13年5月8日午前8時過ぎころ,千葉県a市b番地所在の同市立c小学校敷地内におい
て,自己が運転・停止中の軽貨物自動車を,同車直前に佇立するB(当時49歳)に向けて殊更前進走行さ
せて同車前部を同人に衝突させて同人を転倒させ,よって,同人に加療約3週間を要する左上腕,左大腿,
左下腿部,後頭部,左肩胛部,腰部,左腕関節部打撲症の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)略
(事実認定の補足説明)
 弁護人は,本件は校長や教育委員会らが教員である被告人を排除するために捏造した虚構であり,被告
人が校長に傷害を負わせた事実はないとして被告人の無罪を主張し,被告人も当公判廷においてその主張
に沿う供述をする。
 そこで,以下,当裁判所の事実認定について補足して説明する。
第1 Bの供述の概要
1 本件被害者とされるB(以下「B」あるいは「B校長」ともいう。)は,被告人運転の車両にぶつけられて転倒
したという際の状況等につき,当公判廷において,概要以下のとおり供述する。
 ・ 私は平成12年4月から,a市立c小学校の校長の職に就いていた。
   A先生は,平成10年4月からc小学校の教諭をしており,平成12年4月以降もc小学校の教諭であった
が,平成13年2月1日からはa市教育委員会の命により服務研修に行っていた。服務研修はdの県総合教
育センターで行われており,全日出張であったのでc小学校に出勤する必要はなく,直行直帰で通勤経路を
認定したが,被告人はこれに従わず,毎朝c小学校に自車で出勤して出勤簿を押してから研修に行ってい
た。
 ・ 平成12年3月30日ころ,私の自宅に,c小学校PTA役員でありe市f小学校の教員であるFより,A先生
が夜8時ころ新聞記者のような人を連れて来たと電話があった。Fの話では,このころ,A先生を教壇に立た
せないで欲しいという趣旨の署名を集めた嘆願書が出されており,c小学校全保護者105世帯のうち100世
帯は署名していたが,A先生はFに対し,「署名しなかった5世帯のうち3世帯は突き止めた」,「校長が職員
に,A先生にあいさつをするなと命令しているのですごく話しづらい状況を作られている」,などと言ったとのこ
とであった。Fは,A先生が訪ねてくるのをすごく困っていると話していたので,私は,夜突然自分の担任でも
ない子供の保護者宅を訪ねて事実と異なる話を吹聴していったA先生の行動が教員とし
て非常に問題があると思い,指導する必要があると考えた。そこでFに,もし(F自身で抗議するのが)嫌であ
れば私が直接A先生に指導する旨言ったところ,Fは,「A先生とは以前同僚で,A先生がその意に沿わない
保護者らをどういう目に遭わせるか知っている。私が言いつけたと知れると怖い,指導はしないで欲しい」と
言ったので,私もそのときは指導しない旨答えたが,のちにFを説得して,Fの名前は出さずに指導することと
し,さらに4月下旬にはFは名前を出すことも了承した。
   また,4月26日,私は後輩の教員から,東京のg会館で行われた日教組の学習会で,A先生が「週刊誌
G」という雑誌を売っていたことを聞き,A先生が営利企業等の従事制限に違反する可能性があると考え,こ
の点についても事情を聞く必要があると考えた。
   そこで私は,同日,A先生が服務研修中であったことから,市教育委員会の了承を得る必要があると考
え,a市のH課長に電話して,保護者宅訪問の件と雑誌の販売の件で事情を聞き,必要があれば指導したい
旨話をした。すると,同日中にH課長より電話があり,県の方も了解した,事情を聞いて必要があれば指導す
るようにとの回答を得た。そこで私は,早速A先生に事情聴取をしようとしたが,都合がなかなか付かず,連
休明けの5月7日に事情を聞くことにした。
 ・ 平成13年5月7日,A先生は午前7時50分ころ出勤してきたので,私は職員室の私の机の前から,ちょ
っと事情を聞きたいとしてA先生を呼んだ。私の机の前に来たA先生に対し,3月の末に新聞記者を連れて夜
保護者宅の家庭訪問をしなかったか,と聞くと,A先生はそういう事実はない,というように否定した。次に4
月14日の週刊誌の販売の件について聞くと,これもそういうことはしていないといった。私が,より具体的に,
本日500円のところ400円にて販売,とポスターを掲げて売っていなかったかと聞くと,A先生は答えずに,
今日は時間がないので研修に行く,明日早く来るので明日にしてくれと言って職員室を出ていった。私は,市
と県の了解も得ているから遅れていっても大丈夫だ,時間はあるからちゃんと事情を聞かせ
るようにと言って追いかけたが,A先生は自分の車に乗りこんだので,私は車の運転席の前に立って,事情
を聞きたい,車から降りて職員室の方に来るように言った。にもかかわらず,A先生は車をバックさせると方
向転換して行ってしまった。
 ・ 翌5月8日,私はA先生が早く来ると言ったので,事情を聞こうと午前7時20分に出勤したが,なかなか
来ないので校長室に入っていた。A先生は7時50分ころに出勤したので,私はC教頭に指示してA先生を職
員室の私の机の前に呼び,予めセットしていた録音テープのスイッチを入れた。
   A先生が来ると,私はまず,2月からの研修のための出張旅費が渡されていなかったので,旅費を渡そ
うとしたが,A先生は,「自分の申請した金額ではない」,「校長は旅費を受け取るのであれば自分の認定した
コースを通るように言った」などと言って受け取らなかった。
   私は旅費を渡すことは諦め,家庭訪問の件と週刊誌販売の件について事情を聞こうと思い,「校長室で
話をしたい」と言ったが,A先生は「今ここで話してくれ」と言って応じず,そのうち「もう時間だから,出ないと間
に合わない」と言って席を離れた。私は「県の了解は得ている,時間はあるから聞きなさい」とA先生を追いか
け,途中保護者宅訪問の件につき尋ねたが,答えはなかった。
   職員玄関に行くと,A先生は靴を履こうとしていたので,私はどうしても今日話を聞かないと保護者らに
対する責任を果たせないと思い,出て行かれないように出入口の前に立ち,職員室に戻るよう命令していた
ところ,A先生の肩が私の腹部に接触した。私は,前任の校長などからA先生の体にうかつに触れると診断
書を取ってきて裁判を起こされると聞いていたことから,いつもそうするように,A先生に触れないよう手を後
ろに組んで立っていたので,A先生が靴を履こうと体を動かした際に触れたものであると思う。するとA先生は
「校長先生,暴力は止めてください」と言ってよろけるような格好をしたので,私は「わざと倒れるんじゃない」
と言った。A先生はしゃがんで靴を取ると,職員用玄関とは反対側の,校舎西側の児童用玄関に向か
って走っていったので,私も後を追いかけた。その際A先生は廊下にいた子供達を見て,大声で「校長先生,
暴力は止めてください」と叫んでいた。西側玄関に行くと,A先生はそこで靴を履こうとしていたので,私は昇
降口の出入り口の方に立ったが,A先生は私の脇をすり抜けて外に出ていった。
 ・ A先生は外に出ていくと,図工室の前に止めていたA先生の車に乗り込んだ。私は,前日にもA先生は
車をバックさせて出て行ってしまっていたので,バックできないように車の後部1メートルぐらいのところに立っ
た。A先生はクラクションを鳴らしていたが,私がどかないと分かると,車を前進させて玄関前の駐車スペース
につっこみ,左後方にバックして車の向きを正門の方に向けた。私は車が出て行けないように,車から4,5メ
ートル離れた通路の中央に立った。A先生は車を2,3メートル前進させ,少しずつ動いて私の脇をすり抜け
ようとしたので,私もこれに合わせて車の正面に体を動かすと,4,50センチのところで車は止まった。このこ
ろ,C教頭が私の後ろから来たので,私はC教頭に指示してA先生の車の右斜め後方に立って
もらった。
   A先生は,私の脇をすり抜けようと思ったのか,車を前後左右に小刻みに動かしていたが,私も車の正
面か運転席の前に立つよう動きながら,A先生にすぐ車から降りて話し合いに応じなさいと命じていた。その
うちA先生は車に付けられたスピーカーを使って,ハンドマイクで「B校長先生,交通妨害は止めてください」と
叫んでいた。
 ・ そうしているうち,私と車の距離が10センチほどになったとき,A先生は突然車を速いスピードで出して
きて,私に車をぶつけた。車の前部が私の腹部,バンパーが左足のもも,ナンバープレートのあたりが私の
すねに当たった。私はよける間もなく,2,3歩後ろに下がった。A先生は無表情でこちらを見ていた。私はA
先生に,「何をするんだ」と怒鳴ったが,A先生はスピーカーを通して「B校長先生,交通妨害は止めてくださ
い,自分からぶつかるのは止めてください,車に近寄らないでください,当たり屋は止めてください」と叫んで
いた。私はここで話を聞かないわけにはいかないと思い,A先生の車の前から動かず,「約束どおり話をしな
さい,車から降りなさい」ということを言い続けた。
   それから1分ぐらいして,A先生はまだ車を前後左右に小刻みに動かしていたが,私と車の距離が10セ
ンチほどになったときに,突然車を,前よりも速いスピードで発進させ,車の前部が私の腹部に,バンパーが
左のももに,ナンバープレートのあたりが弁慶の泣き所にぶつかった。私は車に突き飛ばされる感じで後ろに
倒れたが,頭をぶつけると危ないと思い,腰から落ちるように倒れ,体操の受け身の体勢,つまり左の肩胛
骨,それから左上腕をアスファルトの地面に付けて,半回転するような形で倒れた。
   私は受け身の反動ですぐに起き上がると,A先生の車の前に立って,「何をするんだ」,「車から降りなさ
い,話し合いに応じなさい」と言った。職員室か校長室に戻るようにも言った記憶がある。しかしA先生は,同
じようにハンドマイクで「校長先生,自分でぶつかるのは止めてください,勝手にぶつかって勝手に転ぶのは
止めてください,当たり屋は止めてください」と叫び,車から降りなかった。
   A先生は車から降りずに,私の脇をすり抜けようと車を前後左右に動かし続けており,私が車の右の角
の方にいたときに急に車を発進させたが,このときは車から4,50センチ離れていたので私はとっさによける
ことができた。私はA先生に,「車から降りて話し合いに応じなさい,あなたも教育者でしょう」と呼びかけた
が,A先生は相変わらず「校長先生,勝手にぶつかって勝手に倒れるのは止めてください,当たり屋は止め
てください」と叫んでいた。
   その後,2回目に衝突した時から1分も経たないうち,私が車から10センチほどのところに立っていた
際,またもA先生は車を急発進させて私に車をぶつけた。そのとき私はとっさに両手を前方に出し,手の先に
車が当たった。そのほか,腹部が車の前部に当たり,左足のももと弁慶の泣き所,膝が当たった。このとき周
囲には数十人の子供達がいた。私は最初に倒れたのと同様,腰から落ちて左の肩胛骨と左の上腕を地面に
付け,体をひねって足を持ち上げるように倒れる,体操の受け身の体勢を取って転倒した。1度目に転倒した
際よりも車のスピードが速かったため,1度目に転倒した時よりも衝撃は強く,後頭部を強く打った。左の肩胛
骨,左上腕,腰なども地面に打ち付けたと思う。
   私は必死に立ち上がり,A先生に,「何をするんだ」,「降りなさい」と大声で言い,興奮して,「あなたがぶ
つけたのは子供たちも先生方もみんな見ているんだ,証人はいっぱいいるんだ,あなたのためなんだから降
りて話し合いに応じなさい」と言ったが,A先生は相変わらず無表情に「どいてください,近寄らないでくださ
い,自分から動いて車に寄ってくるのはやめてください」というようなことを言っていた。このころ,私はC教頭
に,市教育委員会と警察に電話するように指示した。
   そのうちA先生は,私が動かないので逃げられないと思ったのか,車のエンジンを切って車から出てき
て,正門の方に向かおうとしたので,私は手を後ろに組んでそれを阻止しようとしたが,手を使わないので,A
先生は私の脇をすり抜けて,走って正門の方に向かった。私は門まで走って追いかけたが追いつけず,A先
生はそのまま走って行ってしまった。
 ・ 8時45分ころ,通報を受けた警察官がc小学校に来たので,私は事情を説明した。そののちの8時50分
か9時ころには,市教育委員会のH課長と指導主事の2人が来た。
   私は警察が来た後,後頭部と肩,腰が痛んだので,職員に言って救急車を呼び,a市内のE医院に行っ
た。この日の診察では,後頭部と左肩胛部,腰部,左関節の打撲という診断であった。頭のレントゲンも撮っ
たが,内出血等はなかったので,1日様子を見ることとした。
   翌9日,前日夜に入浴した際に足にあざができていたので,E医師にそれを訴え,左上腕,左大腿,左
下腿部打撲の診断を受けた。この際の診断書は5月30日にもらった。その後は肩と背中,腰に湿布をして,
電気治療を行った。
2 Bの供述は,内容としては非常に具体的で迫真性にも富み,自身をはじめ各関係者の行動に対する意味
づけ,校長の職責に基づき指導等を行うことを決意した経緯等,合理的に説明されていると考えられる。当
公判廷において,捜査段階からの衝突された場所,転倒した場所等についての指示説明を修正するなど,
信用性を減殺しかねないと思われる事情についても積極的に述べ,その理由も説明されている。
  しかし,弁護人からの主張にもあるように,Bの供述のみの検討からは虚構や虚偽の可能性を否定する
ことはできないため,Bの供述の最終的な結論はひとまず置き,他の証拠関係を検討することとする。
第2 C,D供述の検討
1 まず,本件当時B校長に付き従い,本件現場での一部を目撃したというc小学校教頭のC(以下,「C」ある
いは「C教頭」という。)は,本件の状況等につき概要以下のとおり供述する。
  5月7日の朝,校長は,保護者宅への家庭訪問の件と週刊誌Gの販売の件でA先生に確かめたいことが
あるといって,A先生を職員室の校長の机の前に呼んでこの2点について聞いたところ,A先生はそういうこと
はないとか,あるいは何か曖昧な答え方をして,その日は研修があると言って出ていこうとした。校長はA先
生を一度呼び止めたが,A先生は今日はもう時間がない,あしただったらちょっと時間が取れるというようなこ
とを言って出ていった。
  5月8日,私は午前7時ころ出勤した。校長は7時20分ころ出勤し,職員室の校長の机の上にカセットレコ
ーダーを用意して,A先生が来たら声を掛けてくれと言って校長室に入った。A先生は7時50分ころ出勤して
きたので,私はA先生が来たことを校長に伝え,校長も職員室に入ってきたが,そのときA先生はすでに職員
室から出て行くところだったので,私はA先生を校長のところに呼んできた。
  まず校長は,テープのスイッチを入れて,「5月8日7時55分です」と言い,A先生に出張旅費の入った封
筒を渡そうとしたが,A先生は自分が申告した正規の経路じゃないから受け取れないと言って受け取らず,そ
の旅費のことで校長とA先生が言い合い,押し問答になった。校長は,保護者宅の家庭訪問の件と週刊誌G
の件を聞こうとしており,A先生に校長室へ来るよう言っていたが,A先生は応じず,そのうち8時近くになっ
て,「もう出ないと間に合わない」と言って職員室から出ていった。
  校長はA先生を追いかけ,私も校長を追ったところ,A先生は職員の出入りする玄関で靴を履こうとしてい
た。校長は玄関入り口を背にして立ち,保護者宅に行ったんじゃないかと聞いたが,A先生は答えなかった。
A先生が靴を履こうとしている際,バランスを崩して校長にぶつかったところ,A先生は「校長先生暴力はやめ
て下さい」と言って,西側児童用昇降口に向かい,靴を履くと外に出た。
  外に出たA先生は,図工室の前に停めてあったA先生の車に乗り込んだので,校長はその後を追い,車
の後ろ側に立った。私は昇降口のひさしのあたりで立ち止まっていた。A先生は校長がいてバックできないた
め,クラクションを2,3回鳴らしたが,それでも校長は動かなかったので,車を前進させて玄関前の駐車場に
進み,そこですぐハンドルを切り返して向きを変え,車を正門の方に向けて進めた。しかし,校長も動いて通
路の真ん中あたり,車の正面に立ったので,A先生は車を校長の目の前で止めた。私は校長の指示で,車
の右後方に立った。
  A先生は,校長の右側脇を車で抜けようとしたが,校長は車に寄って手を上げて車を止め,「車から降りな
さい,約束を守りなさい」と言っていた。しかしA先生はこれに応じず,車を前後左右に動かすことを繰り返し
ていた。校長も車に合わせて動いていたが,手はほとんど後ろに組んで立っていた。そうしたことを繰り返し
ているうち,A先生は車載のスピーカーで,「B校長先生通行妨害やめてください,どいてください」などと言い
始めた。私は少しその様子を見ていたが,これは記録にとっておくべきだと思い,職員玄関奥のロッカー内に
ある自分のカメラを取りに行った。
  私がカメラを持って走って戻ってくると,校長とA先生が同じようにやり合っていたので,私は車の右後方
に立ち,その場を撮ろうとシャッターを押した。これが甲14号証添付No.5の写真である。その後,校長が車
の運転席ハンドル前あたりにいたとき,A先生は車を3,40センチ前に進めた。車は校長のお腹辺りに当た
り,校長は衝突のショックでバランスを崩したように3,4歩後ろに下がった。校長はまたA先生のそばに行
き,語調を強めて「何すんだ」,「降りなさい,職員室に入りなさい」と言ったが,A先生は「校長先生自分から
当たるのはやめてください」等と言い始めた。
  その後,校長と車の間が10センチから20センチほどで,校長が運転席ハンドルの前辺りにいた際,A先
生は車を4,50センチ前進させ,車の前部が校長の腹部辺りに当たった。校長は後ろに倒れ,完全な後転で
はないが半回転するような形で後ろ向きに倒れ,車と反対側を向いて座り込んだ。回転して起きあがったとこ
ろが前同No.7の写真である。校長は起きあがると,A先生の車の方に行き,「いったい何するんだ」,「降り
なさい,校長室に入りなさい」と言ったが,A先生は相変わらず「校長先生,どいてください,当たるのはやめ
てください」と言っていた。
  校長とA先生はしばらく同じようにやり合っていたが,私はカメラのフィルムが切れたので,職員室の机の
引き出し内に入れてあった使い捨てカメラを取りに,職員室に向かった。使い捨てカメラを持って戻ってくる
と,私は前と同様車の右後方に立った。校長は車にほぼくっつくような感じで,A先生に「降りなさい」とか「もう
一度やってみろ」などと言っており,私は続いていたやりとりを撮っておこうと何枚か写真を撮った。その後,
職員のIがビデオカメラで撮影していたのが分かったので写真は撮らなかった。
  私はしばらくその場で様子を見ていたが,校長が教育委員会と警察に連絡するように指示したので,職員
室に戻り,私はa市教育委員会に電話した。警察には教務主任のJにかけさせたが,Jのかけた○○○交番
は何度鳴らしても出なかったので,私がa警察署に電話した。
  電話した後,私が校長とA先生のいる現場に戻ると,また少しの間A先生と校長が言い合っていたが,突
然A先生がスピーカーで話すのを止めるとドアを開けて車から降り,正門の方に向かって走り出した。校長と
私は正門付近まで追いかけたが,追いつくことはできなかった。
2 次に,本件当時c小学校の教諭であり,本件現場の一部を目撃したというD(以下「D」という。)は,目撃状
況等につき当公判廷において概要以下のとおり供述する。
  平成13年5月8日,私は午前7時20分ころに出勤して,7時55分ころまで子供たちの陸上大会の練習を
見ていた。その後,この日予定されていた千葉県教育庁g出張所長の訪問に備えて,自分の清掃の分担区
域である校舎の西側から裏側を見回りに行った。朝の会が始まる8時5分にはそのチャイムが鳴ったが,もう
少しで終わりそうだったので私が掃除を続けていると,スピーカーで「校長先生,交通妨害は止めて下さい」と
いうA先生の声が聞こえた。私が掃除を終えて,校舎西側から理科室の脇を回って表にくると,またスピーカ
ーで「校長先生,交通妨害は止めて下さい」というA先生の声が聞こえた。校長先生と車に乗ったA先生は,
児童用昇降口前の駐車スペースのあたりにいた。校長先生はA先生の車の前に,運転席の方を向いて,両
手を下にして立っており,車に接触するぐらい近づいていた。何か言い合いをしていたようだった。私が2人
の方を注視しながら教室に行こうと5,6歩歩くと,A先生の車のクラクションが鳴り,それが鳴り終わったと同
時くらいに,車がすっと4,50センチくらい前進して,校長先生に衝突した。校長先生は後ろに押し倒されるよ
うな形で倒れて,尻をアスファルトにつき,左腕,左肩そして頭の左後ろをアスファルトにぶつけ,どちらか片
方の足を先に上げ,遅れてもう片方の足も上げ,左肩を軸にするような形で,左に半回転するように回った。
校長先生はすぐに立ち上がると,またA先生の車の前に立った。いつもに比べ,顔色が真っ白で,かなり興
奮しているようだった。私はこれを他の先生にも知らせようと玄関に走っていくと,玄関には養護
のK教諭がおり,私は玄関に入ってきながら今校長先生が足を引っかけられて倒れたというようなことを話し
た。その後私が職員室へ入っていくと,外への通路付近に教頭先生がいて,カメラがどうとか言っていて,す
ぐに姿が見えなくなった。また,L先生とI先生がビデオを取り出しながら,バッテリーがないというようなことを
話しており,I先生がビデオを持って放送室の方に行った。私が電話のところにいたJ教務主任と話すと,J教
務主任は交番に電話したが出てくれないと言っていた。その後K教諭が職員室に入ってきて,教育委員会へ
電話するように言っていたので,J教務主任に伝えた。
3 まずCの供述は,全般としては具体的で迫真性にも富み,その供述態度も淡々とはしているものの反対
尋問にも動揺を見せることなく,事実を有り体に述べているものと認められる。本件当日の行動についても,
校長が被害にあったという割には淡々とした対応であるとの印象はあるものの,被告人とB校長のこれまで
の経緯等に鑑みれば,これを踏まえてB校長から話の場に立ち会い記録しておくよう指示されていた旨のC
の説明にも納得できるものがあり,かかる状況にあった教頭がその職責上記録しておくことに強い注意を払
っていたとしても不自然なものではない(ただし,そこには,急に記録を思い立ってカメラを取りに走り,フィル
ムがなくなって再び職員室に別のカメラを取りに戻るなどかなり狼狽している様子も窺えるのであって,後頭

を打つなど衝撃が最も強かったと思われる2回目の転倒の撮影の機を逃している点にも鑑みれば,予め事
件を仕組むべく周到に準備した様子などは全く窺えない)。
  次に,Dの供述も,非常に具体的で迫真性十分であり,校長が車に倒された現場を見て,他の教員に伝
えようと走ったこと,そして職員室内での出来事や,子供たちにかかる現場を見せないための配慮等,同女
の述べる事実経過や行動は至極合理的なものといえる。その供述態度も堂々としており,反対尋問にも全く
揺らぐところがない。Dは被告人との間に特に利害関係はなく,虚偽供述により被告人を陥れる動機は少なく
とも同女自身には認められないばかりか,BやCらのように管理職にあるものではなく,被告人とも同格の教
員であって,児童の負担を軽くしてやろうと,児童に代わって自ら裏庭の清掃にあたり,事件直後もまず児童
への悪影響を慮って,事件が児童の目に触れることのないよう種々行動していること等に照らすと,校長ら管
理職
及び市教育委員会等と被告人との争いのどちらにも与しない第3者的立場にあるものと認められ,その供述
の信用性は一層高いといえる。
  もっとも,上記両名はいずれもB校長の元で就労する立場にあるものであることは否めないので,その関
係だけを見ればB校長との通謀等の可能性を全く否定できるとまではいえないから,各供述自体からの信用
性の検討のみならず,客観的証拠等他の証拠との一致の有無の検討が必要であると考えられる。
 ・ この点本件においてはB校長と被告人が話を始めた際からの状況が録音されているという,録音テープ
(甲18号証)が存在する。
   テープによる録音という媒体自体高い信用性を窺わせるものであるが,その録音内容を聴くに,後述の
とおり各供述どおりの発言等が録音されており,本件当時の出来事や混乱した状況,失笑まで録音されてい
るものであって,その信用性はまことに高いと認められるものである(なお弁護人は,テープの内容からして
録音を開始したとされる7時55分から約20分間録音されていなければならないところ,テープは正味約10
分しか録音されていないから,これはテープに対する作為が存することを示す旨主張するが,数回にわたり
音声が切れている等の録音内容及び事の経過からして録音が臨機に中断されていることは明らかであるか
ら,録音時間が実際の経過時間より短いのも当然であり,これがテープの録音内容に対する作為性を示すも
のでは
ない)。
   そして,同テープの録音内容は,「5月8日午前7時55分です」との語から始まる点,旅費の件について
被告人とB校長が押し問答になった点,玄関先で校長が被告人に保護者宅訪問の件について尋ね,その際
接触したしないで被告人と口論している点,車載のスピーカーを用いた被告人とB校長との言い合い等の各
点について,Cの供述と矛盾なく符合している。また,Dの供述との間においても,Dが目撃したというB校長
の転倒の際の状況,それを玄関先のK養護教諭に伝えた点,職員室内での電話に関するやりとりや2年生
の子供たちが外に出ていたのを見た点等について,それぞれ一致ないし符合しており(なお弁護人は,Dの
校長転倒状況に関する供述と,録音されている発言が大分ニュアンスの異なるものである旨主張するも,D
は転倒
状況のうち校長の足が上がり,片足がひっかかったようになかなかあがってこなかった点が強く印象に残っ
た旨供述し,そのとおり校長の足が引っかかって倒れた旨Kに伝えたというのであるから,これはまさしく「校
長の足が引っかかって,倒れて」との録音内容と一致しているというべきであって,弁護人の主張は前提を誤
ったものであり失当である),テープ自体の信用性を高めるとともに両名の供述の信用性をそれぞれ強く補完
している。
 ・ また本件においては,前記のとおりC自身が撮影したという写真(甲14号証)が存在する。この写真は,
2つのフィルムからの現像であるが,フィルムそれぞれについて,他の機会に撮影されたものに続き同一フィ
ルムの残りを用いて撮影されたものであることが認められるから,本件証拠とされる写真のみについて偽造・
修正等行われた可能性は極く低く,信用性は極めて高いものであるところ,これらに撮影されている内容がC
の供述内容と全く一致ないし符合し,Cの供述もこれらを合理的に説明している。
 ・ 加えて本件では,c小学校職員が撮影したとされるビデオテープ(甲23号証)も存在する。
   このビデオテープ自体にはB校長の転倒する場面は録画されておらず,関係各証拠上これが2回の転
倒以降に撮影されたものであることは明らかであるが,同ビデオテープには被告人が車載のスピーカーを通
して,強い口調でB校長と言い争っている場面が録画されており,その際校長は手を後ろに組んで車の前に
立っていたこと,校長も興奮してか強い口調で話していること等がみてとれるところ,これはC及びDの供述内
容と符合するものである。また同テープには被告人が車から降り,B校長の脇をすり抜けるようにして走って
いき,B校長及びC教頭がこれを追いかける場面も録画されており,この点についてのCの供述とも一致す
る。
 ・ さらに,両名の供述は,被告人のスピーカーでの発言の内容,カメラやビデオカメラに関するCや職員の
行動,警察と教育委員会への電話に関する職員室内での状況等に関して,概ね符合している。
   なお,CとDが見たというB校長の転倒の先後関係については,Cにおいて校長が車に衝突されて倒れ
たのを見て写真を撮り,フィルムが切れたので使い捨てカメラを取りに職員室に赴き,現場に戻って以降は
校長が倒れる現場を見ていない旨述べていること,Dが校長が倒される現場を見た後,職員室に行くとカメラ
を探している様子の教頭を見た旨述べていること等からすると,Cが目撃したのが1回目の転倒,Dの目撃し
たのが2回目の転倒と考えられ,そうであれば両者の供述の間には全く矛盾するところはない。
4 以上からすれば,C,D両名の供述はともに,高い信用性の認められるものである。
第3 B供述の信用性の検討
1 以上を前提にB供述の信用性を検討すると,Bの供述は,はじめに被告人と職員室で旅費の件等につい
て言い合った点から,職員用玄関でのやりとり,被告人が車に乗り込んでからの状況,1回目と2回目の衝突
(1回目の転倒)状況,その後の対応等について,Cの供述とおよそ一致ないし符合し,3回目の衝突(2回目
の転倒)の際の状況についても,Dの供述と概ね一致している。
  さらに,被告人に転倒させられたことによる負傷状況等につきE医師の供述及び同人作成の診断書,カ
ルテの記載内容と一致し,Eはこれらの記載内容等につき具体的に説明をなしえている。弁護人はこの診断
内容等について措信し難いとするが,同医師が以前c小学校の校医をしていたということからすれば,他の
病院ではなく同医師にかかったとしても不自然ではないし,5月30の診断書では診断内容が付加された形
にはなっているものの,診断自体は5月9日に行われたというのであって,診断書を求められたのが5月30
日であるに過ぎないから,診断書の内容自体に不審な点はないというべきである。
  加えて,職員室での被告人との対話内容から車に乗った被告人との言い合いの状況等,本件全体にお
ける発言等に関して,前記録音テープの録音内容と概ね一致しているのみならず,転倒の状況についての
説明とこれについてBが法廷で実演した体現内容が転倒状況についての写真の撮影内容と一致し,転倒後
被告人が車を降りて逃走するまでの状況についてビデオテープの録画内容と一致している等,客観的証拠と
もことごとく矛盾なく一致ないし符合する。
  以上を総合すれば,Bの供述には高い信用性が認められるものである。
2 なお弁護人は,Bの転倒が自作自演の虚構であるとして,諸点を挙げてB供述は信用できない旨主張す
る。
  まず弁護人は,Bの転倒に関する供述が一定していない旨述べるが,Bは「半回転するような形で倒れた
と思う」,「同じような倒れ方だったと思う」等正確ではないがこう記憶しているとの趣旨の答えを一貫している
のであって,弁護人の主張は半回転したか1回転したかについての質問に対する答えの言葉尻を捉えた主
張に過ぎない。
  また弁護人は,1回目の転倒状況に関する写真とB供述が符合していない旨主張するが,奇しくもB自身
が当公判廷で体現したように,後転しようとしたが完全な形で回転せず,軸が傾いた状態で回転した(この意
味で,Bは「半回転」との語を用いているものと考えられる)とすれば,運転席に背中を向けた形で倒れること
になるのは十分あり得ると考えられるところであるし,「半回転」に対比して「1回転」したのだとすれば,確か
に弁護人の主張するように運転席の方,ひいてはその先にある昇降口の方を向いて起き上がることも考えら
れるが,Bは1回目の転倒は「半回転のような形」,2回目の転倒が「1回転のような形」と説明しているので
あって,これはまさに1回目の転倒状況を撮影した写真や2回目の転倒状況を目撃したDの供述(同
人は,校長は転倒後昇降口側を向いていた旨供述している)と一致するところであって,弁護人の主張はB
の1回目と2回目の転倒状況の説明の違いを取り違えたうえでその不合理性を指摘しようとするものである
から,前提において誤った失当なものである。
3 以上,信用性の認められるB,C,Dらの供述及びその他関係各証拠によれば,被告人が判示のとおり,
Bに対して2度にわたり自己の運転する自動車の前部を衝突させ,Bに判示のとおりの傷害を負わせたこと
は,合理的な疑いを容れる余地なく優に認められるものである。
4 なお弁護人は,本件がBによる自作自演であると主張し,その根拠として諸点主張する。
  まず弁護人は,録音テープには笑い声等が多数記録されており,この緊迫感のなさがBの虚構性の根拠
であるとする。確かに前記録音テープには笑い声等も少なからず記録されているものの,他方で衝突,転倒
があった際には「どうして対応したらいいか分からない」等職員らが動揺,混乱しているとみられる言動も多
数記録されているのであって,とくに弁護人の主張する笑い声に先立つ「ひいちゃった」,「ひいた」,「はねと
ばしたら,ひっくり返った」との発言は,少なくとも弁護人の根拠とする,被告人の述べるような「滑稽なBの転
倒のふりの状況」を目撃した者からは決して発し得ないであろう科白である。
  笑い声についても,関係各証拠によれば,被告人とBはこれまでも(その是非はともかく)言い争う等多くし
てきた経過が認められ,録音テープやビデオテープに記録されているような被告人とBとの口論の状況,本
件時も被告人とBとのやりとりを聞いて付近の住民が「野次馬」的に集まっていたこと等からすれば,利害関
係のない周囲の者から見れば,不謹慎かどうかはさておき,被告人とB校長が言い合う場面を「またやって
いるのか」などと半ば呆れ気味に見る者もいたであろうし,二人の口論の状況に,滑稽な,ある意味失笑がも
れるような側面があったことも窺われる。これに,B校長自身が述べるとおり,Bが2度の転倒直後いずれも
すぐに起き上がって被告人に「何をするんだ」と返したというのであれば,周囲で見ている人間のうちに深
刻に受け取らない者がいたとしても不自然なことではなく,失笑の一事をもってBが衝突され転倒したことの
虚構性を示すものでもない。
  また,確かに本件においては,録音テープが存するほか,教頭が写真を撮影し,職員がビデオを撮影して
いたり,B校長自身記録するように指示し,また周囲に本件現場を見るよう述べた節が窺われる等,犯行を
記録すること等に関して用意周到と見られうる面は存するものの,これは関係各証拠から認められるように,
被告人は自身の発言を翻す等することが多く,録音テープにもあるようにしばしば「いった,いわない」の押し
問答になるもので,周囲の者もこれは十分承知していたであろうことからすれば,校長及び周囲の者らが臨
機に被告人の言動に関し,録音テープ等動かぬ証拠を残すことが必要と考えこれに即応したとしてもまこと
に自然であり,かかる状況下で被告人が車で校長をはねるという特異な現場が存したとすれば,校長自身周
囲の
者に証人となってもらい,また動かぬ証拠をとっておきたいと思うのも当然である。そして,衝突の現場そのも
のに関する記録が存在せず(弁護人は存しない点が虚構であることを示す旨主張するが,真に被告人を陥
れるのであれば周到に衝突現場そのものを作出した方が当然効果的であろう),前述の笑い声や緊迫感を
欠いた科白等までそのまま記録されている等,被告人の主張にも沿うような側面も有り体に記録されている
こと,フィルムがない,バッテリーがないなどから記録者達がかなり狼狽していた様子も窺えることからする
と,本件各物的証拠は被告人を陥れるために周到な準備をして作り上げた虚構などではなく,その場の臨機
の判断で制約された条件下にあるがままを記録したものであり,ひいてB校長の自作自演劇などではないこ
とを示すも
のといえる。
第4 被告人の供述の検討等
1 被告人は,当公判廷において,校長は自分から手で車を押し,その後倒れるポーズをしたものであるなど
として,本件はB校長や市教育委員会等が自分を排斥するためにでっちあげたものである旨供述する。
2 しかし,まずB校長の転倒状況についてみるに,被告人の公判供述は,捜査段階から公判に至るまでに
若干の差異があり,変遷ととらえるほどのものではないにしても,B校長の作為性を次第に強調する流れに
なってきている節が窺われる。
  そして,校長が右手を挙げて「転ぶぞ,転ぶぞ」と言い,手を突き出して車に触れ,ゆっくりとしりもちをつ
いた等という転倒の状況は,仮に被告人の言うようにでっち上げであったとしても,見ている周囲の者が誰も
信じないであろう余りに不自然なものであり,それ自体容易には信じ難いものであるばかりか,1回目の転倒
状況については,C教頭が撮影したという写真,甲14号証添付の写真No.7と決定的に矛盾する。すなわ
ち,被告人の述べるところでは,車の右前方に立って上体を前に倒し,頭を下げて両手を揃えて前方に突き
出すようにして車を両手で押し,そのまま後方真後ろへしりもちをつくように転んで,両手で受け身をするよう
に地面につき,上体を起こして立ち上がったというのであり,かかる供述からすると校長の動きは真後
ろに倒れて前に起き上がるというもっぱら前後のみの動きである(被告人自身の公判廷での実演でもそのと
おりとなっている)ところ,前記転倒の際の写真No.7ではB校長は上体を傾け,左手のみ地面に付けて,下
半身は右前方に投げ出す体勢になっていると認められるのであって,被告人の述べるとおりの動きでは写真
どおりの体勢にはなりえないものである。弁護人はこの点前記写真は2回目の転倒の際に起き上がろうとし
ている状況である旨主張するが,C,Dらの供述を総合すればこれが1回目の転倒の際の写真であると認め
られることは前記のとおりであるし,仮に2回目の転倒の際の写真であったとしても,「退がる車を追いかける
ように車に触り,車が退がって手が離れると,車の運転席から見て左前方に右手と右足を地面につく形で倒
れる
ポーズを取り,その後すぐに起き上がった」という,被告人の述べる状況とも全く符合しない(前記写真におい
てBが地面に付けている手は左手であり,上体が向いているのは運転席方向から見て右前方ということにな
るが,被告人の述べるところからすれば左方向になる[これは被告人自身の法廷での実演においても同様で
ある]から,写真に撮影されているような体勢にはなりようがないものである)。診断書等の客観的証拠から
認められる,Bが身体の右側面ではなく左側面に傷害を負っている点も,同様に被告人の供述に符合しない
ところである。
  その他被告人の供述は,前記録音テープという客観的証拠にも被告人のいう校長の「ほら倒れるぞ,倒
れるぞ」,「写真,写真」,「カメラ,カメラ」などという発言が録音されていないなど,少なくとも客観的証拠に符
合せず,C,Dら信用性の認められる供述とも一致しない。
  以上からすれば,被告人の供述は,こともあろうにBらをでっちあげの犯人であると強弁して,自身の窮境
を免れるべく,刑責逃れのためにした虚言と断ぜざるを得ない。
第5 結論
 以上,被告人が判示事実のとおりの犯行に及んだことは,合理的な疑いを容れる余地なく優に認められる
ものである。
 よって,弁護人の主張は採用しない。
(法令の適用)略
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,自己が教員として勤務する小学校の校長である被害者に対し,自己が乗車運転してい
た自動車を前進走行させて衝突させ,被害者を転倒させて傷害を負わせたという,傷害の事案である。
 被告人自身は本件動機について語らないものの,本件の経緯を見るに,被告人はかねてより被害者の指
導に従わず,指導をしようとする被害者との間で押し問答を繰り返すなどしていたところ,本件当日も,被告
人から事情を聞こうとする被害者との間で旅費を受領するしないで口論し,話が終わらないうちにその場を立
ち去り,これを追って被告人の乗車する車両の前に立ちはだかった被害者がどかないと見るや,車を前進さ
せて被害者に衝突させたというのである。仮にこれまでの対立的なやりとりの経緯があったとしても,教員と
して,また地方公務員として,従うべき校長の指導等に耳を貸さずに事情聴取を避けるべく逃げようとし,こ
れを制止して指導しようとした被害者に対してかかる犯行に及んだ本件犯行に,酌量すべき点は見当たらな
いとい
わざるを得ない。
 本件犯行態様も,自己の運転する自動車の前に佇立する被害者が道を譲らないと見るや,周囲には大勢
の児童らが見ている中,車を前進させてその前部を被害者に衝突させ,うち2回については被害者を転倒さ
せたというもので,生身の人間に自動車を衝突させ転倒させるということそれ自体が危険極まりない行為で
あるのに加え,地面はアスファルトであったのであるから,これに頭部を打ちつければ,場合によっては生命
に関わる重大な結果が生じかねかった,大胆かつ危険なものであって,児童の教師としての良心,判断力,
自己抑制力を疑わしめる悪質な犯行である。
 本件により被害者は,全治約3週間という傷害を負っているのであって,これによる肉体的苦痛やその後の
職務への支障等を考えても,この結果自体軽視できないものではあるが,加えて本件では,児童ら周囲の者
への影響の面における結果が重大である。被告人は,教師という児童の教育に携わる聖職にありながら,ま
た小学生という未成熟な児童に対して模範となるべき立場にありながら,その教育を行うべき学校という場所
で,大勢の児童たちの見ている前で,校長である被害者にスピーカーまで用いて罵声を浴びせ,どかないと
見るや車を前進させて衝突させたというものであって,これを目撃したある児童は恐怖し,ある児童はショック
で翌日寝込むなど,児童らに与えた衝撃には大なるものがあったことが認められるのである。このように,教

でありながら,自己が教育すべき児童らにかかる精神的衝撃を与えた一事をもってしても,犯行の結果は重
大と言わなければならず,その児童の保護者らが感じたであろう不安や衝撃,周辺住民や教育関係者に与
えたであろう衝撃等をも併せ考えれば,その結果と被告人の責任にはまことに大なるものがある。
 被告人は,かつては教員として児童に対する画期的な教育を試みようとしていた事跡が窺われるものの,
歴代の校長ら上司の指示,指導にも従わず,暴行を受けたと因縁を付けては訴訟を起こし,道路交通,運送
車両関係法規を軽んじ,のみならず児童らにも差別的な対応をするなど,児童に対する教育という根本から
外れた非違行為を繰り返す中で,本件当時も,保護者宅訪問,週刊誌販売等の件につき言を左右にして事
情聴取に応じない被告人に対し,断固指導しなければならないと立ちはだかった被害者に対して本件に及ん
でいるのである。確かに,被害者及び周囲の者らには処分等のための証拠固めをしたとの感がないではな
いが,被告人に対する保護者からの署名活動の存在が示すように,それも順序としてはまず被告人自身の
非違行為があったが
ためのものであることからすれば,これは結局被告人自身の行いが招いた結果に他ならず,犯情は悪質で
あるといわざるを得ない。のみならず被告人は,かかる証拠上明らかな本件を否認し,被害者に対する被害
弁償等を行うどころか,被害者らのでっちあげだなどとして不自然不合理な弁解に終始し,保釈後において
は,公判廷という自身の刑事責任を問われる厳粛な場に,自己が「金髪先生」といわれていたことを誇示して
開き直るかの如くわざわざ染髪して臨むなどしている有様であるから,もはやかかる被告人に反省の情など
微塵も認めることはできない。
 以上,被告人の刑事責任は極めて重いといわなければならない。
 したがって,他方において,本件は他の傷害事犯に比して特別重いとまでは言えないこと,保釈されるまで
の間の未決勾留によりある程度の事実上の制裁を受けたとも言いうること,被告人には交通関係の罰金前
科の他は前科がないこと等の事情も認められるが,これら被告人に有利ないし酌むべき事情を十分考慮し
ても,前記本件の罪質,犯情等に鑑みれば,被告人に対しては,主文掲記の刑を量定するのもやむを得な
いと判断した次第である。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役1年2月)
 平成14年3月26日
   千葉地方裁判所刑事第2部
       裁判長裁判官   小   池   洋   吉
           裁判官 左 近 司   映   子
           裁判官 安   福   達   也

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