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平成26年(行ス)第29号仮の差止め申立てについてした決定に対する抗告事件
主文
1本件抗告を棄却する。
2抗告費用は,抗告人の負担とする。
理由
第1抗告の趣旨
1原決定中,抗告人敗訴部分を取り消す。
2上記取消部分につき,相手方らの各申立てをいずれも却下する。
第2事案の概要
1本件は,京都市域交通圏(58号事件関係),大阪市域交通圏(59号事件
関係),神戸市域交通圏(60号事件関係),大津市域交通圏(61号事件関
係)ないし湖南交通圏(62号事件関係)を営業区域として,一般乗用旅客自
動車運送事業(以下,特に必要がある場合を除いて「タクシー事業」といい,
タクシー事業を営む者を「タクシー事業者」という。)を営む相手方らが,近
畿運輸局長に届け出た運賃について,国土交通大臣から権限の委任の受けた同
運輸局長から,同運輸局長が特定地域及び準特定地域における一般乗用旅客自
動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法(以下,平成25年法律
第83号による改正後のものを単に「特措法」といい,それ以前のものを「旧
特措法」という。)16条1項に基づいて公示(近運自二公示第64号。ただ
し,平成26年4月25日付け改正後のもの。)(以下「本件公示」とい
う。)したタクシー事業に係る旅客の運賃(以下,国土交通大臣又はその権限
の委任を受けて地方運輸局長が定める当該範囲の運賃を「公定幅運賃」とい
う。)の範囲内にないことを理由として,特措法16条の4第3項に基づく運
賃変更命令(以下「本件運賃変更命令」という。),同変更命令違反を理由と
する特措法17条の3第1項に基づく輸送施設の当該タクシー事業のための使
用の停止(以下「本件自動車等の使用停止処分」という。)又は事業許可の取
消し(以下,「本件事業許可取消処分」といい,以上の3つの処分を併せて
「本件不利益処分等」という。)を受けるおそれがあるなどとして,抗告人に
対し,本件不利益処分等の差止めなどを求める本案事件を提起するとともに,
本件不利益処分等の仮の差止めを求める事案である。
2原審は,相手方らの本件各申立てのうち,本件不利益処分等について,本案
事件の第一審判決の言渡しから60日を経過する日までの間,仮に差止めを
求める限度で理由があるから同限度で認容し,その余の部分についていずれ
も却下したことから,これを不服とする抗告人が即時抗告した。
3前提事実,関係法令等,争点及び争点に関する当事者の主張は,後記4にお
いて,当審における当事者の補充主張を付加するほかは,原決定「理由」中の
「第2事案の概要」の「2関係法令等」,「3前提事実」,「4争
点」及び「5当事者の主張の要旨」(原決定3頁1行目から13頁23行目
まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
4当審における当事者の補充主張
(1)争点(1)(本件不利益処分等について,①処分の蓋然性があるか〔行訴法
37条の5第2項,3条7項〕,②償うことのできない損害を避けるため緊
急の必要があるか〔行訴法37条の5第2項〕。)(以下,上記①の要件を
「①の要件」と,②の要件を「②の要件」という。)(原審争点(1),(2))
ア抗告人の主張
仮の差止めを判断するに当たっては,問題となる各処分ごとに①の要件,
②の要件充足性を検討すべきところ,相手方らの提起した本件仮の差止申
立ては,次のとおり①又は②の要件を充足していない。
なお,②の要件の「償うことのできない損害」とは「重大な損害」(行
訴法37条の4第1項)よりも損害回復の困難さの程度が比較的著しい場
合であって,金銭賠償が不可能な損害のほか,社会通念に照らして金銭賠
償のみによることが著しく不相当と認められる場合をいうと解される。本
件では,タクシー事業を行うことができなくなることによる損害がこれに
当たる。
(ア)本件運賃変更命令
本件運賃変更命令については,次のとおり②の要件を充足していない。
a仮に相手方らが本件運賃変更命令から15日以内に公定幅運賃の範
囲内の運賃変更の届出をしなければ同命令違反となり,その結果,近
畿運輸局長は,相手方らに対して本件自動車等の使用停止処分に向け
た手続を開始することができる。しかし,相手方らが,この時点で本
件運賃変更命令に対する取消訴訟の提起及び執行停止の申立て(以下,
両方を併せて「取消訴訟等の提起」という。)をすることについて,
不可能になるとか,事実上困難になることはない。また,本件不利益
処分等が反復継続的かつ累積加重的に行われるとしても,それぞれの
処分に対して取消訴訟等の提起をすればよい。そして,申立人らが本
件運賃変更命令に反して運賃を収受して刑事罰を受ける可能性があっ
たとしても,そのことは,本件運賃変更命令に対する取消訴訟等の提
起の可否及び困難さの程度とは無関係であって,また,同取消訴訟等
の提起をし,執行停止が認められれば,その段階から届け出た運賃を
収受しても刑事罰を科されることはなくなる。したがって,本件運賃
変更命令については,取消訴訟等の提起をすることによりその執行又
は効力の停止を求める機会があるため,仮の差止めを求める「緊急の
必要」性がない。
b本件運賃変更命令には,タクシー事業を行うことを規制する効果は
ない。したがって,相手方らのタクシー事業に支障が生じることはな
い。また,仮に相手方らが本件運賃変更命令に反する運賃を収受する
ことによる刑事罰を避けるため,執行停止の申立てが認められるまで
の一定期間,タクシーによる営業を差し控えたとしても,そのような
短期間の営業回避は,金銭賠償で十分回復可能である。
(イ)本件自動車等の使用停止処分
本件自動車等の使用停止処分については,次のとおり①②の要件を充
足していない。
a最高裁平成23年(行ツ)第177号,同第178号,平成23年
(行ヒ)第182号同平成24年2月9日第一小法廷判決・民集66巻
2号183頁(以下「最高裁平成24年判決」という。)は,差止め
の訴えが認められるための要件として,処分の蓋然性があることが救
済の必要性を基礎付ける前提である旨判示するところ,処分するため
の要件(処分要件)を充足していない段階では,処分の蓋然性がなく,
したがって,当該処分の相手方を救済する必要性がない。ところで,
本件自動車等の使用停止処分は,本件運賃変更命令に違反した場合に
予定されている処分であり,また,本件自動車等の使用停止処分を行
うに当たっては行政手続法に基づき弁明の機会を付与することが予定
されている。しかし,本件においては,相手方らに対し,本件運賃変
更命令は未だされていないことからして,本件自動車等の使用停止処
分について,処分要件が充足される可能性すら判然としない段階にあ
る。したがって,処分の蓋然性が認められない段階で,本件自動車等
の使用停止処分を差し止める必要性はない。
b前記(ア)aと同様,本件自動車等の使用停止処分に対して,取消訴
訟等の提起が不可能であるとか,事実上困難であるという事情はない。
なお,執行停止の申立てをした場合,それが認容されても,認容され
るまでの期間,本件自動車等の使用をすることができなくなるが,そ
の間の財産的損害は金銭賠償で十分回復可能である。
c本件自動車等の使用停止処分によって相手方らに生じることが想定
される損害は,60日車の自動車の使用停止(処分基準公示)であっ
て,相手方らの事業基盤に深刻な影響を及ぼすおそれがあるとまでは
いえず,その間の財産的損害は金銭賠償で十分回復可能である。
(ウ)本件事業許可取消処分
本件事業許可取消処分については,次のとおり①②の要件を充足して
いない。
a本件事業許可取消処分については,処分要件として「本件運賃変更
命令に違反した」ことが必要である。しかし,本件においては,前記
(イ)a同様,相手方らに対し,本件運賃変更命令さえ未だされておら
ず,処分要件が充足される可能性すらおよそ判然としない段階にある。
したがって,処分の蓋然性が認められない段階で本件事業許可取消処
分を差し止める必要性はない。
b前記(ア)a,(イ)b同様,本件事業許可取消処分に対しても,取消
訴訟の提起等が不可能であるとか,事実上困難であるというような事
情はない。なお,執行停止の申立てをした場合,それが認容されても,
認容されるまでの期間,タクシー事業を営むことができなくなるが,
その間の財産的損害は金銭賠償で十分回復可能である。ところで,本
件事業許可取消処分については,その後に処分が反復継続的かつ累積
加重的に行われる可能性があるといった事情もない。
c本件事業許可取消処分については,当該処分による損害の規模は小
さくないとしても金銭賠償により回復することが可能である。
イ相手方らの主張
前記アの主張は,否認ないし争う。
(ア)①②の要件充足性に対する判断の基礎となる行為枠組みとしての一
連の行為性
最高裁平成24年判決は,行訴法37条の4第1項所定の「重大な損
害を生ずるおそれ」について,一連の処分から生じる損害を判断の基礎
とすべき旨判示している。
本件不利益処分等は,相手方らによる公定幅運賃外の運賃届出という
抗告人が主張する違反事実を契機として,その後の時間の経過等ととも
に運賃変更命令,自動車等の使用停止処分,事業許可取消処分に至る一
連の行為で,反復継続的かつ累積加重的に行われる行政処分である。本
件不利益処分等について,①②の要件の充足性を判断するに当たっては,
個々の処分を分断するのではなく,一連の反復継続的かつ累積加重的に
行われる行政処分という特質を踏まえ,最高裁平成24年判決が判示し
た趣旨に従って判断すべきである。
(イ)①の要件充足性
本件運賃変更命令について,①の要件が備わっていることは当事者間
に争いがない。
本件運賃変更命令に引き続き行われる本件自動車等の使用停止処分及
び本件事業許可取消処分は,本件運賃変更命令に引き続いて反復継続的
かつ累積加重的に行われる行政処分である。したがって,本件運賃変更
命令に①の要件が認められる以上,その後の本件自動車等の使用停止処
分及び本件事業許可取消処分についても①の要件が認められるのは明ら
かである。
(ウ)②の要件のうち,「償うことのできない損害」の充足性
②の要件のうち,「償うことのできない損害」について,最高裁平成
24年判決は,本件と同様の反復継続的かつ累積加重的に行われる行政
処分に関しては想定される一連の処分から生じる損害を判断の基礎とす
べき旨判示している。
ところで,相手方らに対しては,一連の処分として短期間のうちに本
件事業許可取消処分にまで至る蓋然性が存在している。仮に,本件事業
許可取消処分がされた場合,相手方らの従業員の生活基盤が一気に失わ
れ,相手方らは早晩廃業に追い込まれることになる。また,相手方らは,
本件運賃変更命令に違反し,従業員の生活を守るため,同違反状況の中
で事業を継続した場合,刑事罰を受けるところ,それを回避しようと思
えば,事業を停止するしかない。したがって,本件事業許可取消処分を
含む本件不利益処分等に伴う損害は「償うことのできない損害」に当た
る。
(エ)②の要件のうち,「緊急の必要」の充足性
②の要件のうち,「緊急の必要」について,本件のように,本件運賃
変更命令に引き続いて短期間のうちに自動車等の使用停止処分,事業許
可取消処分に至ることが想定される場合,個々の処分に係る事後的な救
済手段である取消訴訟等の提起を求めることは迂遠であり,煩瑣でもあ
る。また,平成17年4月1日施行の改正行訴法によって創設された仮
の差止めという仮の救済制度は,行政処分がなされる前に国民の権利救
済の実効性を確保するという趣旨で認められたものである。したがって,
本件不利益処分等は,同要件の「緊急の必要」という要件を充足してい
る。
(2)争点(2)(「本案について理由があるとみえる」か。)(原審争点(3))
ア抗告人の主張
(ア)憲法違反
a最高裁判所昭和50年4月30日大法廷判決(民集29巻4号57
2頁)(以下「最高裁昭和50年判決」という。)は,許可制を採用
していた薬局等の適正配置規制の是非が問われた事件で,「一般に許
可制は単なる職業活動の自由そのものに制約を課するもので,職業の
自由に対する強力な制限であるから,その合憲性を肯定するためには,
原則として,重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置である
ことを要し,・・・許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやか
な職業活動の内容や態様に関する規制によっては右の目的を十分に達
成することができないと認められることを要する。」と憲法22条1
項について,いわゆる厳格な合理性の基準によることを判示している。
しかし,同基準が適用されるのは,同判示からして許可制等,当該規
制措置が狭義の職業選択の自由そのものに制約を課す場合に限られる。
許可制よりもより緩やかな職業活動の内容及び態様に対する規制は,
規制目的が公共の目的に合致しないことが明らかであるか,又は規制
の内容がその目的を達成するための手段として必要性又は合理性を欠
くことが明らかでない限り,違憲とはならないというべきである。
b⒜公定幅運賃制度は,狭義の職業選択の自由に対する規制ではなく,
職業活動の内容及び態様に対する規制である。
ところで,公定幅運賃制度の目的は,特定地域及び準特定地域に
おける供給過剰の早期解消及び予防にあり,これによって,タクシ
ー事業の健全な経営の維持並びに輸送の安全及び利用者の利便の確
保を図り,もって,タクシー事業が地域公共交通としての機能を十
分に発揮できるようにし,地域における交通の健全な発展に寄与す
ることにある。仮に,タクシーの供給が過剰になれば,タクシー一
台当たりの売上げが大幅に減少し,それがタクシー運転者の賃金低
下等の労働条件の悪化をもたらし,タクシー運転者が売上げを確保
するために休憩時間を削減したり,所定労働時間を延長して乗務し
たりして安全性の低下につながるところ,供給過剰の早期解消及び
予防は,タクシー運転者の労働条件を改善し,ひいてはタクシー輸
送の安全確保に資することになる。したがって,公定幅運賃制度の
上記目的は,公共の福祉に合致するものであって,これに合致しな
いことが明らかとはいえない。
⒝特定地域及び準特定地域における供給過剰の早期解消及び予防と
いう上記公定幅運賃制度の目的を達するため,供給過剰状態にある
特定地域やそのおそれがある準特定地域について,運賃値下げ競争
を一定期間中断ないし予防することにしてタクシー事業者が適切な
利潤を得ると考えられる標準的な範囲に運賃を設定するという手段
を採用しているところ,同手段は,必要性とともに合理性を有して
いる。
平成14年2月施行の改正道路運送法による規制緩和以降におけ
るタクシー運転者の労働条件の悪化とともにタクシー運転手の賃金
がほとんど歩合制であるというタクシー事業の特殊性を踏まえれば,
上記手段の必要性及び合理性はあり,これがないことが明らかであ
るとはいえない。
⒞そうすると,公定幅運賃制度は,憲法22条1項に違反しない。
(イ)裁量権の逸脱・濫用
a特措法が公定幅運賃を定めた趣旨は,従前の自動認可運賃制度の継
続では,供給過剰の解消が進まず,また,タクシー運転者の労働条件
の悪化等の改善,防止も進まず,利用者の安全性の低下やサービス低
下にとどまらず運賃認可制度の趣旨が没却されるとの懸念から,供給
過剰状態にある特定地域やそのおそれがある準特定地域について,一
定期間,運賃の値下げ競争を中断ないし予防するという観点から,自
動認可運賃制度の下での下限割れ運賃による営業を規制する点にある。
したがって,同法は,公定幅運賃の範囲を,自動認可運賃の範囲と同
様とすることを求めているというべきである。このことは,特措法の
立法に携わった国会議員の国会審議における発言等から明らかである。
b特措法が公定幅運賃制度を導入した趣旨からすると,公定幅運賃の
幅を検討するに当たって,従前,自動認可運賃制度の下で下限割れ運
賃によって適法に事業を営んでいたタクシー事業者の営業利益を斟酌
することは予定されていない。
なお,相手方らは,本件公定幅運賃の設定について,行政行為の撤
回と同様に考えるべきであると主張する。しかし,本件は,運賃制度
を規律する法律そのものが改正され,自動認可運賃制度の下での下限
割れ運賃を許容しない制度へと変更されたものであり,行政行為の撤
回と同様に解することはできない。
c自動認可運賃制度の下,適法とされた下限割れ運賃を仮に公定幅運
賃の範囲内とした場合,これまで厳格な審査で例外的に認められてき
た下限割れ運賃が,届出のみで認められることとなり,特措法制定の
前記趣旨に反する。したがって,近畿運輸局長が,本件公示において,
自動認可運賃と同じ幅で公定幅運賃を設定したことは,特措法の趣旨,
目的に合致する。
d上記特定地域及び準特定地域における供給過剰の早期解消及び予防
という目的を達するための手段として採用した公定幅運賃制度により,
運賃値下げ競争を一定期間中断ないし予防するという趣旨からすると,
特措法16条2項1号「能率的な経営を行う標準的な一般乗用旅客自
動車運送事業者」とは,従前の自動認可運賃制度の下で値下げ競争の
原因となっていなかったタクシー事業者,すなわち自動認可運賃の範
囲内の運賃で営業していたタクシー事業者を意味するというべきであ
る。かかる解釈は,上記「標準的な」一般乗用旅客自動車運送事業者
という文言にも合致する。
e(相手方らの主張後記イ(イ)bについて)前記aのとおり,公定幅
運賃の範囲の指定に当たっては,従前の自動認可運賃制度の下で下限
割れ運賃でタクシー事業を営んでいたタクシー事業者の利益を考慮す
ることは予定されていない。したがって,公定幅運賃の範囲を指定す
るに当たって実態調査や運賃原価の見直しを行っていないとしても,
そのことが近畿運輸局長の裁量権の逸脱・濫用を基礎付ける事情とは
ならない。
なお,自動認可運賃については,運賃適用地域ごとに,その範囲の
上限を超える運賃の認可申請があったときから3か月間に,申請率が
7割以上となった場合に,運賃改定手続を開始することとされている。
本件公示により公定幅運賃が指定された当時,相手方らが営業所を置
く運賃適用地域においては,タクシー事業者から自動認可運賃の範囲
の上限を超える運賃の認可申請はされておらず,自動認可運賃につい
ては,運賃原価を見直す必要はなかった。したがって,自動認可運賃
の範囲とその設定方法を基本的に同じくする公定幅運賃の指定に当た
っても,運賃原価を見直す必要性はなく,運賃原価を見直すための実
態調査を行う必要もなかった。
f(相手方らの主張後記イ(イ)cについて)本件では,協議会の意見
が提出される前に公定幅運賃の範囲を指定する方法が公示(近畿運輸
局長設定に係る「公定幅運賃の範囲の指定方法等について」〔平成2
6年1月27日付け近運自二公示第39号。以下「公示第39号」と
いう。〕)され,その方法に従って公定幅運賃の範囲が指定されたが,
各協議会から提出された意見には,上記公示の方針に賛成する意見,
反対する意見などがあった。近畿運輸局長は,これらの意見を踏まえ
た上,本件公示により公定幅運賃の範囲を指定した。したがって,近
畿運輸局長が協議会の意見を一切考慮せずに公定幅運賃の範囲を指定
したことにはならない。
イ相手方らの主張
(ア)憲法違反
a近畿運輸局長が定めた本件公定幅運賃については,次の事情からす
ると,最高裁昭和50年判決が定立した厳格な合理性の基準に従って
判定されるべきである。
公定幅運賃制度は,タクシー事業者の営業の自由の中核をなす運賃
設定の自由に対する規制である。また,その内容は,自己の努力では
いかんともし難い公定幅運賃の範囲内の届出を最終的には事業許可の
取消しや刑事罰をもって強制する価格統制制度である。そして,同制
度は,自動認可運賃制度の下で下限割れ運賃で適法にタクシー事業を
営んできたタクシー事業者の誠実な経営努力を完全に否定するもので
ある。
b公定幅運賃制度には,以下のとおり,同制度の合理性を基礎付ける
立法事実は存在せず,また,規制目的と規制手段の合理的関連性も存
在しない。
⒜次の事実からして,現在,タクシー業界において,運賃に関する
過当競争は存在しない。
平成26年1月末日時点において,自動認可運賃制度の下で下限
割れ運賃を採用する法人事業者は,全事業者の約5パーセントにす
ぎない。また,平成20年度の調査結果によれば,大阪では約8割
のタクシー事業者が自動認可運賃の上限運賃を採用していた。そし
て,各都市の実車距離当たり運送収入は,平成13年以降,おおむ
ね上昇傾向にある(なお,京都はほぼ横ばいであり,大阪は若干の
下落傾向はあるが,平成20年以降は上昇傾向にある。)ところ,
同傾向は,運賃の上昇傾向を窺わせる。
⒝自動認可運賃制度の下では,地方運輸局長は,下限割れ運賃を申
請した事業者に対して,当該運賃で事業を遂行した場合に想定され
る運送収入と原価を査定した結果,収支を償うことができると判断
し,かつ,他の事業者に対して不当競争を生じさせることがないと
判断した場合に下限割れ運賃を認可できるとされていた。したがっ
て,下限割れ運賃は,不当な競争を引き起こす運賃ではなかった。
⒞平成14年2月施行の改正道路運送法によりタクシー事業に対す
る規制が緩和されたが,規制緩和後タクシーによる事故が増大して
いるという状況はない。
⒟平成14年2月施行の改正道路運送法によりタクシー業界への規
制が緩和され,また,自動認可運賃制度の下での適法な下限割れ運
賃でのタクシー事業の運営等により,タクシー需要者を取り込んだ
のに,公定幅運賃を導入すれば,業界全体の需要が減少することに
なり,かえって供給過剰の状態が悪化することになる。また,現在,
タクシー業界においては多くの運転者が退職し,更に運転者が不足
することとなるから,供給過剰の状態を解消する必要はない。
⒠仮に,タクシー運転者について,事故発生の危険性のある労働基
準法に違反する長時間労働や低賃金の状態がある場合,それは,労
働基準法を遵守させることによって改善が図られるべき事柄であり,
運賃を規制することによって改善を図る問題ではない。
⒡公定幅運賃制度は,自動認可運賃制度の下で下限割れ運賃で適法
にタクシー事業を営んでいたタクシー事業者に奪われていた利用者
を自動認可運賃で運行するタクシー事業者に取り戻そうとする措置
であり,このような事業者の保護とともに下限割れ運賃がなくなる
だけの制度であり,利用者にとっては何らのメリットもない。
⒢ところで,交通経済学の見地からは,運賃規制の導入が正当化さ
れるのは,事業者間の過当競争などの市場原理が機能しない,いわ
ゆる「市場の失敗」が発生している場合であるが,前記⒜のとおり,
タクシー事業者間において,運賃に関する競争は存在しない。また,
タクシー事業者の収益構造は,その営業形態によって異なるにもか
かわらず,その差異を無視し,一律の範囲に規制することにはおよ
そ合理性が認められない。
c公定幅運賃制度は,前記a,bの事情からして違憲である。さらに,
特措法が公定幅運賃の範囲を自動認可運賃と同じ範囲と定めた場合,
これまで自動認可運賃制度の下で下限割れ運賃で適法に認可を受けて
タクシー事業を営んできた相手方らの地位を一方的に剥奪し,不当に
高くて狭い幅の運賃を強制するという運賃設定の自由を更に強度に侵
害することになり,その違憲性がより明確となる。
(イ)裁量権の逸脱・濫用
a旧特措法の制定以降,自動認可運賃制度の下,下限割れ運賃を認可
するに当たっては厳格なチェックがされ,近畿運輸局管内の下限割れ
運賃を採用するタクシー事業者数は減少していること,また,前記
(ア)b⒜⒝のとおり,タクシー業界において過当競争が認められない
こと,公定幅運賃と自動認可運賃は制度趣旨が異なることなどからし
ても,公定幅運賃の範囲を自動認可運賃の範囲と同じとする合理性は
ない。
ところで,公示第39号では,公定幅運賃の範囲を指定する趣旨が
道路運送法9条の3第2項に基づく認可基準の趣旨と合致するとされ
ている。仮に,公定幅運賃の範囲を指定する趣旨が同項に基づく認可
の趣旨と合致するのであれば,下限割れ運賃も同項に適合する運賃と
して認可された運賃であったため,同運賃も公定幅に含まれるものと
して公定幅運賃の指定がなされるべきである。
b公定幅運賃が「能率的な経営を行う標準的なタクシー事業者の適正
な原価に適正な利潤を加えた運賃を標準とする」(特措法16条2項
1号)以上,処分庁は,公定幅運賃を指定する場合,同適正な原価と
利潤を算定し,その上で設定することが求められている。しかし,近
畿運輸局長は,本件公定幅運賃の範囲を指定した本件公示を定めるに
当たり,対象地域内の事業者を対象に実態調査を行うべきであった。
また,本件公示当時,標準能率事業者の選定が行われていれば,相手
方ら(個人事業者を除く。)は,適正な原価と利潤によりタクシー事
業を営むものとして「標準能率事業者」に該当していた。
c特措法16条1項では,特定地域及び準特定地域が指定され,当該
地域に協議会が組織されている場合,公定幅運賃の範囲を定めるに当
たり協議会の意見を聴くことが必須とされていた。仮に,公定幅運賃
を自動認可運賃と同じものとすると,法が協議会の意見を聴くとした
趣旨が失われ,当該規定は完全に死文化する。
相手方らが事業を行う各地域(交通圏)には,いずれも協議会が組
織されていた上,協議会が開催されたが,公示第39号の方針どおり,
自動認可運賃がそのまま本件公定幅運賃にスライドされ,協議会にお
ける意見が考慮されなかった。
d(抗告人の主張前記ア(イ)aについて)特措法について,国会にお
ける立法者意思を正しく把握するためには,条文の文言を基礎として,
公定幅運賃制度の内容及び効果並びにタクシー事業者に関する客観的
状況に照らして合理的な解釈がされるべきである。法案提案者の個人
的見解が過大に評価されてはならない。また,法案提案者の発言から
は,必ずしも従前の自動認可運賃の下限を下回る運賃を排除するまで
の趣旨は読み取れない。
e(抗告人の主張前記ア(イ)bについて)行政上の措置をする際,当
該措置により従前の地位が不利益に変更される者がある場合,処分庁
としては,係る措置を講ずる必要がある場合であっても,不利益の内
容や程度を十分斟酌して当該措置を行うべきである。特に本件におい
ては,処分庁自ら従前,相手方らの自動認可運賃制度の下で下限割れ
運賃を適法として認可していたのであるから,自ら認可した運賃で営
業するタクシー事業者の地位・利益を考慮すべきである。
本件は,相手方らに対して運賃認可がされた後,公定幅運賃制度の
導入により,認可の期限中であるにもかかわらず,認可の効力を一方
的に失わしめるものであって,法的には撤回と同様の場面であるが,
撤回には相手方の事情等を考慮した適正な利益衡量が必要とされてい
る。
f(抗告人の主張前記ア(イ)cについて)特措法16条2項1号は
「標準的な一般乗用旅客自動車運送事業者」と規定するところ,それ
を「標準的な事業者の費用水準に適正な利潤を加えて算出される金額
の範囲である自動認可運賃」と解するのは条文解釈の限界を超えてい
る。
また,旧特措法の下,自動認可運賃の幅を設定するに当たっては,
「標準能率事業者」が選定され,その中から最大30社の「原価計算
対象事業者」が選定され,この「原価計算対象事業者」の数値を処理
した値に基づいて上記自動認可運賃の幅が設定されていた。自動認可
運賃は,行政上の便宜のための制度であり,上記「原価計算対象事業
者」の選定に当たって,処分庁が自由に決めていたため,客観的な合
理性が担保されていたとはいえず,しかも,過去に提出されたデータ
によるものであった。したがって,自動認可運賃が,本件公示当時の
「標準的な事業者の費用水準に適正な利潤を加えて算出される金額」
であったとは到底いえない。
g公定幅運賃を定めた本件公示には,以上のaないしfの事情からし
て裁量権の逸脱・濫用がある。
(3)争点(3)(公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるか。)(原審争
点(4))
ア抗告人の主張
国土交通大臣等は,本件公示が違法であると判断された原決定を受けて,
事実上,相手方ら以外のタクシー事業者に対しても,本件公示に定める公
定幅運賃の範囲内にないことを理由として,本件不利益処分をすることが
できない状況にある。また,原決定を受けて,国土交通大臣等による本件
運賃変更命令が出されないことを見越して,公定幅運賃の範囲外に運賃を
設定して届け出るタクシー事業者が現れる可能性が高い。そうすると,準
特定地域に指定された地域においては,特措法の目的を達成するどころか,
運賃が無規制化し,タクシー事業者のみならず,バス事業などの他の公共
交通事業者をも含む市場が大混乱するおそれがある。
イ相手方らの主張
上記アの主張は,否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,相手方らの本件申立ては,本件不利益処分等について,本案事
件の第一審判決の言渡しから60日を経過する日までの間,仮に差止めを求め
る範囲で理由があるから同範囲で認容し,その余の部分についてはいずれも却
下すべきものと判断する。その理由は,次のとおり補正し,後記2において当
審における当事者の補充主張に対する判断を付加するほかは,原決定「理由」
中の「第3当裁判所の判断」の1ないし4(原決定13頁25行目から28
頁3行目まで)に認定・説示するとおりであるから,これを引用する。
原決定24頁16行目の「その必要性」から18行目末尾までを「一件記録
からは,公定幅運賃制度の目的が公共の福祉に合致しないことが明らかである
とか,その手段に,必要性及び合理性がないことが明らかであるとまではいえ
ず,公定幅運賃制度が憲法22条1項に違反するとはいえない。」と改める。
2当審における当事者の補充主張に対する判断
(1)争点(1)(本件不利益処分等について,①処分の蓋然性があるか,②償う
ことのできない損害を避けるため緊急の必要があるか。)について
ア①②の要件の有無の判断の枠組み
抗告人は,①②の要件の有無について,本件不利益処分等の個々の処分
ごとに判断すべきである旨主張する。
確かに,仮の差止めが認められる要件として①②の要件が必要である
(行訴法3条7項,37条の5第2項)ところ,本件不利益処分等の個々
の処分について,事後的救済手段である取消訴訟等の提起をすることは可
能である。しかし,相手方らによる公定幅運賃外の運賃届出という違反行
為とともに相手方らが行政庁による公定幅運賃内での届出指導にしたがっ
ていないという行為の存在を前提とすると,近畿運輸局長(処分庁)が,そ
の職責から相手方らの同違反状態を見過ごしたり,放置したりすることは
考えがたく,また,本件運賃変更命令後も相手方らの上記状況が継続した
場合,なおさら,相手方らの同違反状態を見過ごしたり,放置したりする
ことは考えがたい。他方,相手方らも公定幅運賃制度を厳しく非難し,ま
た,従前,自動認可運賃制度の下で適法に下限割れ運賃でタクシー事業を
営んできたことを踏まえると,仮に,本件運賃変更命令が出された後も含
めて,近畿運輸局長の指導勧告などに従って,公定幅運賃外の運賃届出を
撤回して公定幅運賃内の運賃を届け出る蓋然性は少ない。このような状況
下では,近畿運輸局長は,相手方らに対して,特措法16条の4第3項,
18条,特措規則11条1項,本件通達及び処分基準公示に基づいて本件
運賃変更命令を行う蓋然性が高く,また,上記のとおり相手方らが公定幅
運賃内の届出をしないことから,さらに相手方らに対して,本件運賃変更
命令違反として,特措法17条の3第1項,18条,特措規則11条1項,
本件通達及び処分基準公示に基づいて短期間の内に反復継続的かつ累積加
重的に本件自動車等の使用停止処分や本件事業許可取消処分まで行う蓋然
性が高い。また,本件運賃変更命令に違反して相手方らが公定幅運賃外の
運賃を収受した場合には罰金100万円以下の刑事罰を受ける蓋然性もあ
る(特措法20条の3第4号,21条)。このような状況下で抗告人が主
張するような本件不利益処分等の個々の処分に対する事後的救済手段であ
る取消訴訟等の提起をもって本件不利益処分等で生じた相手方らの損害を
回復することが可能か問題となる(詳しくは,後記ウで認定説示する。)
上,個々の処分に対する取消訴訟等に対する判断が示されるまでに相応の
期間を要することから,その間に次の処分等がされることも相当程度想定
される。以上のような本件不利益処分等の相互の密接な関連性を有する特
質からすると,抗告人が主張する個々の処分に対する事後的救済手段であ
る取消訴訟等の提起による損害回復手段では,相手方らに生じる損害回復
を著しく困難にさせる。
したがって,抗告人が主張するような態様で①②の要件を判断するのは
相当ではなく,本件不利益処分等を基本的には一連の行為として判断する
のが相当である。
イ本件自動車等の使用停止処分及び本件事業許可取消処分の蓋然性がある

抗告人は,本件不利益処分等の内,本件自動車等の使用停止処分及び本
件事業許可取消処分について処分要件を充足していない段階においては,
①の要件である処分の蓋然性を肯定することができない旨主張する。しか
し,本件不利益処分等について,本件運賃変更命令以外の処分も含めて,
①の要件である「処分の蓋然性」があることは上記アで認定説示したとお
りである。
したがって,抗告人の上記主張は,採用できない。
ウ本件不利益処分等に「償うことのできない損害を避けるため緊急の必
要」が認められるか
「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」であるが,差止訴
訟の本案判決前に本案訴訟の結果と同じ内容を仮の裁判で実現するという
仮の差止訴訟の特質からすると,当該処分がされることにより生ずるおそ
れのある損害が,処分後の救済手段である取消訴訟等の提起により容易に
救済を受けることができるものではなく,その侵害を回復するのに後の金
銭賠償によることが不可能,または,社会通念に照らして金銭賠償のみに
よることが著しく不相当と認められる場合をいうと解するのが相当である。
そこで,本件不利益処分等による損害であるが,前記アで認定説示した
とおり,個々の処分に対して取消訴訟等を提起することにより容易に救済
を受けることができるとはいえない。また,相手方らの公定幅運賃外の届
出を契機に本件運賃変更命令がなされる蓋然性が高いところ,本件運賃変
更命令を基礎として,引き続いて反復継続的かつ累積加重的になされる本
件事業許可取消処分までの一連の処分により,短期の内に事業停止にまで
追い込まれ,その結果,相手方らは,それぞれの区域でタクシー事業を行
うことが困難となり,また,本件運賃変更命令に違反して公定幅運賃外の
運賃を収受した場合には罰金100万円以下の刑事罰が科されることにな
る。以上の事実を踏まえると,相手方らは,本件不利益処分等により一旦
事業継続ができなくなり,それが相当期間に及ぶと顧客との関係のみなら
ず相手方ら内部の人的,物的諸条件からして事業回復は著しく困難となり,
その期間が伸びるほど,困難度は増し,また,本件不利益処分等及び刑事
罰を受けることで社会的信用が失墜する。相手方らに生じた上記損害は,
事後的な救済手段である取消訴訟等の提起及び事後的な金銭賠償によって
十分な回復が可能なものということはできない。
したがって,本件不利益処分等により相手方らには,②の要件である
「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があるというべきで
ある。そうすると,抗告人の上記主張は,採用できない。
エ抗告人の個別主張に対する判断
抗告人は,本件運賃変更命令に反して公定幅運賃外の運賃を収受するこ
とによる刑事罰を避けようと思えば,一定期間,タクシーによる営業を差
し控えることも考えられるが,そのような短期間の営業回避は,金銭賠償
で十分回復可能である旨主張する。しかし,抗告人が主張する一定期間が
どの程度の期間を想定しているのか必ずしも明らかでない上,その期間が
長くなればなるほど上記ウで認定説示したとおり,事業回復の困難度が増
すようになり,また,本件不利益処分等により,上記刑事罰を受ける危険
性を除いても上記ウで認定説示したとおり各処分を争っていたのでは「償
うことのできない損害」が生じる。
したがって,抗告人の上記主張は,採用できない。
(2)争点(2)(「本案について理由があるとみえる」か。)について
ア憲法違反の主張について
(ア)相手方らは,公定幅運賃は,タクシー事業者の営業の自由の中核を
なす運賃設定の自由に対する規制であり,タクシー事業者としての誠実
な経営努力を完全に否定するものであるから,公定幅運賃の合理性につ
いては,最高裁昭和50年判決が定立した厳格な合理性の基準に従って
判定される必要がある旨主張する。
ところで,特措法1条に掲げる目的を達するため,タクシー運賃に係
る規制について,規制目的,規制の必要性,規制によって制限される営
業の自由の性質,内容,程度等を踏まえて具体的にどのような規制手
段・態様を採用するのが適切妥当であるかは,基本的には立法機関(立
法府の制定した法律により行政立法の権能を委任された行政機関を含
む。)の合理的裁量判断に委ねられているものと解するのが相当である。
そこで,特措法で採用している公定幅運賃制度であるが,前記引用し
た原決定の記載のとおり(原決定20頁ないし24頁),タクシー事業
の規制緩和以降供給過剰の状態が生じているとして,これが運転者の労
働条件の悪化等を招き,その改善を図る必要性から旧特措法が制定・施
行されたところ,さらなる効果的な措置を講ずる必要性があるとして特
措法の下で導入されたものである。
公定幅運賃制度は,同導入趣旨のとおり供給過剰地域や供給過剰とな
るおそれのある地域の運賃値下げ競争に伴う運転者の労働条件の悪化に
起因するサービス・安全性の低下の防止を図ることを意図するところ,
同意図を達するため,公定幅運賃は,特措法16条2項の「能率的な経
営を行う標準的な事業者が一般乗用旅客自動車運送事業者が行う一般乗
用旅客自動車運送事業に係る適正な原価に適正な利潤を加えた運賃を標
準とする」ことなどに基づいて定めることとされた。同定めは,公定幅
運賃の範囲に従った範囲内での競争によって,サービス面などの運賃以
外での健全な競争を促すことを目的とし,地域における国民のための適
切な公的交通の一端を担うタクシー事業の運営とともに旅客の安全性も
意図したものとされている。
また,公定幅運賃による規制であるが,タクシー事業を営むことがで
きるかどうかという職業選択の自由そのものに対して制約を課すもので
はなく,タクシー事業を営むことができることを前提として,その運
賃・料金設定について一定の制約を意図するものであるところ,これは,
職業活動としての営業内容ないし態様に対する制約の範疇に属するもの
であること,これによって規制されるのは,一定期間,特定地域又は準
特定地域として指定された一定の地域内における一定の幅の範囲内にな
い運賃・料金を定めて行うタクシー事業にとどまるものであることから
すると,タクシー事業者は,少なくとも公定幅運賃の幅の範囲内におい
ては運賃・料金の設定を自由に行える余地が残されている。
以上の事実を踏まえると,公定幅運賃の合理性については,相手方ら
が主張するような最高裁昭和50年判決が定立した厳格な合理性の基準
に従って判定される必要性まではないといわなければならない。したが
って,相手方らの上記主張は,採用できない。
そこで,特措法に定められた公定幅運賃制度それ自体の合理性の成否
であるが,上記認定説示したことを踏まえると,特措法1条が定めた目
的が公共の福祉に合致しないことが明らかであるとか,その手段に必要
性,合理性がないことが明らかであるとまでは認められない。したがっ
て,立法機関の合理的裁量を逸脱・濫用していると認めることはできな
い。
(イ)ところで,相手方らは,前記第2の4(2)イ(ア)で公定幅運賃制度
それ自体,憲法22条違反などと主張する。しかし,特措法1条に掲げ
る目的を達するためのタクシー運賃に係る規制については,前記(ア)で
認定説示したとおり基本的には立法機関(立法府の制定した法律により
行政立法の権能を委任された行政機関を含む。)の合理的裁量判断に委
ねられているものであって,公定幅運賃制度に関する目的やその定め方
の枠組みは前記(ア)で認定説示したとおりである。以上のことを踏まえ
ると,相手方らの上記主張は,採用できない。
(ウ)公定幅運賃制度は,前記(ア)で認定説示したとおり,憲法22条1
項に直ちに違反するものではないが,タクシー事業者に対して,事業内
容の内,枢要な要素である運賃・料金設定について一定の規制を行うも
のであって,その範囲でタクシー事業者の営業の自由を制限することに
なる。
地方運輸局長は,公定幅運賃を設定するに当たって合理的な裁量が認
められているものの,タクシー事業者の営業の自由を不当に害してはな
らない旨その裁量権について一定の制約を受けるものと解するのが相当
である。したがって,仮に地方運輸局長の公定幅運賃の設定に当たって
裁量権の逸脱・濫用があった場合には違法となる。
イ裁量権の逸脱・濫用
(ア)抗告人は,前記第2の4(2)ア(イ)とおり主張して,近畿運輸局長
が公定幅運賃の範囲を,自動認可運賃制度の下における自動認可運賃の
範囲と同一としたことについて裁量権の逸脱・濫用がない旨主張する。
しかし,原決定を引用して説示したとおり,自動認可運賃制度の下,
届け出た運賃が自動認可運賃の範囲内にない場合と公定幅運賃の範囲内
にない場合とでは,その法的効果や届出をしたタクシー事業者の地位は
全く異なるものであることからすると,公定幅運賃の範囲について,そ
のような相違を考慮することなく自動認可運賃と同じ幅にすることに合
理性を見い出すことは困難である。以上の事実に前記のとおり公定幅運
賃制度がタクシー事業者の事業の枢要な要素である運賃・料金に対する
規制ということからすると,本件公示の基礎となる特措法16条2項1
号の「能率的な経営を行う標準的な一般乗用旅客自動車運送業者が行う
一般乗用旅客自動車運送事業に係る適正な原価に適正な利潤」の算定に
当たっては,自動認可運賃制度の下で適法にタクシー事業を営んできた
者(下限割れ運賃でタクシー事業を営んでいた者の場合,厳格な個別審
査の上,下限割れ運賃であっても当該タクシー業者にとって適正な原価
に適正な利潤を踏まえた運賃で,道路運送法9条の3第2項に定める基
準に適合する運賃として,認可を受けている。)の具体的利益を不当に
侵害してはならず,同具体的利益を斟酌して行うべきものと解するのが
相当である。仮に,抗告人が主張するとおり従前の自動認可運賃をもっ
て公定幅運賃とすると,自動認可運賃制度の下で下限割れ運賃で適法に
タクシー事業を営んできた一定程度の割合を占めるタクシー事業者は,
従前適法であった事業が禁止されることになり,その不利益の程度は重
大というべきである。したがって,本件公定幅運賃を定めた本件公示は,
その判断の基礎の前提を欠くものであって,その内容も相当性を欠くも
のである。そうすると,近畿運輸局長の行為には裁量権を逸脱,濫用し
た違法があるといわざるを得ない。
以上のとおり,抗告人の上記主張は,採用できない。
(イ)aところで,抗告人は,特措法の立法に携わった国会議員の国会審
議おける発言から,公定幅運賃の範囲は,自動認可運賃の範囲と同様
であることが求められたものである旨主張する。しかし,国会議員の
発言等が直ちに立法者意思になるとは解されず,法律の解釈に当たっ
ては,立法目的との関連において合理的な解釈をする必要があるとこ
ろ,前記(ア)のとおり,公定幅運賃の範囲を自動認可運賃の範囲と一
致させる合理性はない。したがって,抗告人の上記主張は,採用でき
ない。
b抗告人は,公定幅運賃の幅を検討するに際して,自動認可運賃の下
限割れ運賃によるタクシー事業者の営業の利益を斟酌することはおよ
そ予定されていない旨主張する。しかし,前記ア(ウ),イ(ア)で認定
説示したとおり,公定幅運賃の設定に当たっても自動認可運賃制度の
下,適法に下限割れ運賃でタクシー事業を営んできた者の具体的利益
を不当に侵してはならない。また,自動認可運賃制度の下で下限割れ
運賃で適法にタクシー事業を営んでいた者は,前記イ(ア)で認定説示
したとおり,厳格な個別審査の上,道路運送法9条の3第2項に定め
る基準に適合するものとして,認可を受けて営業していたものである。
以上の事実を踏まえると,自動認可運賃制度の下,下限割れ運賃で適
法に事業を営んできた者に対して同じ態様で営業継続できない状態に
置くことは,前記公定幅運賃制定に係る立法目的を勘案しても不合理
というべきである。
したがって,抗告人の上記主張は,採用できない。
c抗告人は,公定幅運賃導入のため,運賃値下げ競争を一定期間中断
ないし予防するという手段からすると,特措法16条2項1号の「能
率的な経営を行う標準的な一般乗用旅客自動車運送事業者」とは,従
前の自動認可運賃の下で値下げ競争の原因となっていなかったタクシ
ー事業者,すなわち自動認可運賃の範囲内の運賃で営業していた事業
者を意味すると解すべきである旨,かかる解釈は上記「標準的な」一
般乗用旅客自動車運送事業者という文言にも合致する旨主張する。し
かし,自動認可運賃制度の下においては,下限割れ運賃で適法にタク
シー事業を営む者も含めて競争が行われていたところ,それは,適法
な下限割れ運賃が不当な競争を引き起こさないものとして,個別審査
の上認可されていたことを強く窺わせる。以上の事実を踏まえると,
自動認可運賃制度の下で事業を営んでいたタクシー事業者の適法な下
限割れ運賃が値下げ競争の原因となっていたと直ちに推認することは
できない。また,前記イ(ア)で認定説示したとおり,自動認可運賃と
公定幅運賃制度は全くその法的効果を異にするものである以上,その
解釈をそのまま引き継ぐことに合理性が認められない。したがって,
抗告人が主張するように「能率的な経営を行う標準的な一般乗用旅客
自動車運送事業者」を自動認可運賃制度の下,自動認可運賃の範囲内
の運賃で営業していた事業者と解さなければならない理由もない。
そうすると,抗告人の上記主張は,採用できない。
d抗告人は,自動認可運賃制度の下で認可されていた下限割れ運賃を
公定幅運賃の範囲内とした場合には,これまで厳格な審査で例外的に
認められてきた下限割れ運賃が,届出のみで認められることとなって,
特措法の趣旨に反する旨主張する。しかし,相手方らが事業を営む営
業区域におけるタクシー事業者に係る「能率的な経営を行う標準的な
事業者が一般乗用旅客自動車運送事業者が行う一般乗用旅客自動車運
送事業に係る適正な原価に適正な利潤を加えた運賃」を具体的に調査
した場合,相手方らが採用してきた下限割れ運賃が当然に公定幅運賃
の下限を下回ることとなるのか,必ずしも明らかでない上,仮に,上
記主張するような事態は,公定幅運賃制度について届出があれば認め
られ,逆にその範囲外では認められない旨の対応とした結果である。
このような結果が生じるのが不合理というのであれば,上記のような
対応に問題があるというほかない。したがって,これをもって裁量権
の逸脱・濫用を正当化することはできない。
そうすると,抗告人の上記主張は,採用できない.
ウ小括
前記ア,イで認定説示したことを踏まえると,本件仮の差止めを求める
申立ては,「本案について理由があるとみえる」ということができる。
(3)争点(3)(公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるか。)について
抗告人は,国土交通大臣等は,本件公示が違法であると判断された原決定
を受けて,事実上,相手方ら以外のタクシー事業者に対しても,本件公示に
定める公定幅運賃の範囲内にないことを理由として,不利益処分等をするこ
とができない状況にある旨,また,原決定を受けて,国土交通大臣等による
本件運賃変更命令が出されないことを見越して,公定幅運賃の範囲内に運賃
を設定して届け出るタクシー事業者が現れる可能性が高い旨主張する。
しかし,原決定の性質からして,原決定の効力が相手方ら以外に直ちに及
ぶわけではなく,抗告人は,相手方ら以外のタクシー事業者が公定幅運賃外
の届出をしたとしても,同事業者に対して,不利益処分等をなし得なくなる
わけではない。また,近畿運輸局長が定めた本件公示には前記(2)イで認定
説示したとおり,裁量権の逸脱・濫用があるところ,これに基づき,裁量権
を逸脱・濫用した処分がなされるおそれが現に存在することを否定すること
ができない。したがって,抗告人の上記主張は,採用できない。
3結論
以上によれば,相手方らの本件抗告申立ては,本件運賃変更命令,本件運賃
変更命令に違反したことを理由とする本件自動車等の使用停止処分及び本件事
業許可取消処分について,本案事件の第一審判決の言渡しから60日を経過す
る日までの間,仮の差止めを求める範囲で理由があるから同限度で認容し,そ
の余の部分については理由がないからこれらを却下すべきである。
よって,原決定は相当であり,本件即時抗告は理由がないからこれを棄却す
ることとして,主文のとおり決定する。
平成27年1月7日
大阪高等裁判所第5民事部
裁判長裁判官中村哲
裁判官和久田斉
裁判官山田健男

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