弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し本件を広島高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 原判決は、被上告人(原審参加人)主張にかかる金七六万円が原審被控訴人(B
農業会)から上告人の預金口座に払込まれた事実を確定した上、右入金の原因とな
つた右被上告人主張にかかる原審被控訴人と上告人(A)のD支所長事務取扱Eと
の間になされた受託契約は、法人たる上告人の事業目的の範囲外の行為であるが故
に、上告人に対して何らの効力を発生しない無効の契約であるとし、従つて上告人
の預金口座に対する前示の入金は上告人の不当利得となるものとし、しかも、右入
金については、上告人(A)のD支所長事務取扱Eは右契約締結に際し、右契約の
締結及び現金の受託は上告人の事業目的の範囲外の行為であり、従つて法律上の原
因なくして該金員を取得するものであることを知つていたという事実を確定し、右
Eにおいて右事実を知悉していた以上、上告人自身右金員を取得するにつき悪意で
あつたものと解すべきであると判示したのである。
 しかしながら、右受託契約が上告人Aの目的の範囲外の行為であるとする以上、
原判決が右Aの支所長事務取扱に過ぎないEの悪意を以て直ちに右法人たる上告人
の悪意と解するについては、すべからく、その法的根拠を示さなければならない。
若し、同人が右法人の機関たる地位にあるにおいては、同人の悪意を以て、法人の
悪意とすべき場合のあることは当然であるけれども、同人が単なる法人の使用人に
過ぎないならば法人の目的の範囲外に属する事項について法人を代理するの権限の
ないことは勿論であつて、従つて代理権なきものの悪意を以て直ちに、本人の悪意
と目すべき法的根拠を欠くからである。原判決が右Eの上告人Aにおける地位を明
確にすることなく、たやすく同人の悪意をもつて上告人の悪意と解したことは、こ
の点に関する法令の解釈をあやまり審理不尽n違法に陥つたものと云わざるをえな
い。
 よつて論旨は理由あり、原判決は破棄を免れないものであるから民訴四〇七条を
適用して主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官小谷勝重同谷村唯一郎の少数意見を除く裁判官全員一致の意見
である。
 裁判官小谷勝重の少数意見は次のとおりである。
 多数意見は、単なる法人の使用人に過ぎない者は法人の目的の範囲外の事項につ
いては法人を代理する権限のないことは勿論であるから、代理権のない者の悪意を
もつて直ちに法人の悪意と解されないというのであるが、法人の機関も法人そのも
のではなく、従つて目的外の行為については機関と雖も法人を代表する権限なく、
従つて当該法律行為本来の法律上の効果はこれを法人に帰せしめ得ないことは民法
四三条等の規定に照らし明らかであるといわなければならない。従つて使用人の行
為と雖もまた同様であつて、則ちたとえ機関の委任によつても当該法律行為本来の
法律上の効果は法人には及ばないのである。この点においては機関であると使用人
であるとの間に何等の差異はない。
 しかし、不当利得における善意悪意の関係は機関と使用人の場合とでは本質的に
差異があるのである。何となれば機関は法人の行為機関であるから、機関が目的外
の行為をした場合、その法人に及ぼす不当利得の効果は当該機関の悪意をもつて法
人の悪意を形成するものと解すべきであるが、使用人独自の行為の場合は使用人は
法人の機関ではないからその悪意は当然には法人にその効果を及ぼさないものとい
わなければならないからである。そして以上は多数意見も同旨である。しかしなが
ら使用人と雖も機関の命令、指示、委任または承認を得てした行為の場合において
は、機関自らがした行為の場合と同様の法律上の効果を法人に及ぼすものと解する
を相当とすべきである。何となればこの場合機関自身がした行為の場合と何等区別
すべき理由を発見し難いからである。そしてこの場合法人に及ぼす不当利得におけ
る善意悪意によつて異なる法律上の効果は、使用人の意思如何にかかわらず機関の
善意悪意によつて決すべきものといわなければならない。されば本件の場合Eが単
なる使用人に過ぎないならば同人の悪意をもつて直ちに上告人会の悪意とした原判
決の誤りであることは多数意見に賛成であるが、使用人の行為は如何なる場合でも
(即ち機関の命令、指示、委任又は承認を得た場合でも)、法人の悪意を形成しな
いとするように見える多数意見には賛同し得ないものである。
 されば、本件D支所長事務取扱Eがした本件受託契約が、上告人会の事業目的の
範囲外の事項であつても、それが以上各場合(即ち上告人会機関の命令、指示、委
任又は承認を得た場合)の何れかに該当すると判断される場合においては、本件不
当利得の法律関係においては上告人会は悪意の受益者の関係に立つものといわなけ
ればならない。そして以上の場合の「承認」が行為の事後になされた場合において
は、その時以降上告人会は悪意の受益者となるものと解すべきである。
 原判決が確定した事実によれば「……そこで被椌訴人は同月(昭和二二年一〇月)
二五日頃被椌訴人と訴外会社との右煮干鰮売買契約につき出荷斡旋の労をとる椌訴
人D支所長事務取扱Eとの間に(1)金七六万円を右Eに寄託する(2)右Eは右
訴外会社が真実煮干鰮の船積をしたときは被椌訴人の承認を得て右金員中より残代
金に相当する金七五万六千円を同会社に交付する旨の契約を締結したこと、そこで
被椌訴人は右約定に基いてその頃金七六万円の現金を椌訴人の預金口座に払込んだ
ことを認定することができ……」というのであつて、(イ)本件受託契約が締結さ
れるに至つた経緯事情(この点第一審判決は「……被告に於て会員のためその販売
に係る煮干鰮の代金回収を確保するためになされたもの……」と判断しており、原
判決はその引用する第一審判決事実摘示において被椌訴人即ち被上告人の主張する
ところである。しかるに原審はこの主張に対する判断を欠いておるのであるが、こ
の点は重要な法律問題であつて、即ちもし右「会員のためその販売に係る」との事
実が、加工水産物配給規則施行以前のことであるならば、本件受託契約はむしろ、
なお上告人会の関連または附帯の業務としてその目的範囲内のものと解される場合
があると思料されるのである)、(ロ)その金額は相当高額であること、(ハ)上
告人会自体の預金口座に払込まれたものであること、(ニ)反対の事情と証明のな
い限り右払込以後上告人会の一般経理に利用されたものと認むべきこと等の事実よ
り考察すれば、反証のない限り本件七六万円が上告人会の預金口座に払込まれその
経理に属するに至つた時以降、本件Eのした受託契約は上告人会において少なくと
も承認(即ち機関の命令指示又は委任がなかつたとしても)したものと解すべきで
あつて、従つてEがたとえ上告人会の機関ではなく使用人であつたとしても、上告
人会は右時以降悪意の受益者(即ち本件受託契約は上告人会の事業目的範囲外の行
為であることを知るもの)となるものと解するを正当とすべきである。されば原判
決が、多数意見判示の如く、Eの悪意をもつて直ちに上告人会の悪意を形成するも
のの如く解したことは法令の解釈を誤つた違法はあるが、その主文及び理由の結論
は結局正当に帰するから、本件上告は理由がなく棄却するを相当と信ずる。
 以上の外、わたくしはなお次の意見を附加する。
 破棄差戻しの本判決(即ち多数意見)によるとしても、その判示には、すべから
くEのした本件受託契約につき上告人会(即ちその機関)の命令、指示、委任若し
くは事前または事後に承認があつたか否かの点についても原審で再審理せしめるた
め(即ち多数意見判示の如くEが機関であつたか否かの点の外に)、以上の諸点に
つき法令解釈の誤り及び理由不備乃至審理不尽の違法ありとして原判決を破棄し差
戻す旨の判示をなすを相当と信ずるものである(多数意見は以上と同趣旨を包含す
るもの、或は少なくとも右趣旨を排斥するものではないとも考えられるが、しかし
この点明確には判示されていないのである)。
 裁判官谷村唯一郎の少数意見は次のとおりである。
 多数意見は、原判決が、上告人の不当利得による返還義務を認定するにつき、D
支所長事務取扱Eの悪意を以て上告人の悪意を認定しているものとすれば、すべか
らくその法的根拠を示さなければならない。そして同人が法人の機関たる地位に在
るものでなく、単なる使用人に過きないものとすれば、法人の目的の範囲外に属す
る事項について法人を代理する権限はないのであるから同人の悪意を以て本人の悪
意と目すべき法的根拠を欠くものであり理由不備の違法があるというのである。し
かしながら原審における本件口頭弁論の全趣旨に徴すれば、被上告人の主張は、右
Eは上告人たるAの従たる事務所であるD支所の支所長又は支所長事務取扱として
(法人の機関でない)同支所の業務の一切を処理する権限があるものとしてその前
提のもとに本件委託契約をした趣旨であることが窺われるのである。そしてこの点
につき上告人においては何等異議を述べた形迹がないのであるから右被上告人の主
張は当事者間に争いがなかつたものと認められるのである。原判決が「D支所長事
務取扱の資格において」と判示しているのはこの趣旨を示しておるのであるから、
本件契約におけるEの法律上の地位は原判示により充分認めることができるのであ
る。次に上告人の不当利得について使用人であるEの悪意を以て上告人の悪意を認
定したことが正当であるか否かの点であるが原判決は被上告人B農業会がF商事株
式会社より煮干鯉の買付をするにつき上告人のD支所長事務取扱Eとの間にこれに
関する委託契約を締結し、その代金の支払に充てるため金七六万円を上告人の取引
銀行の預金口座に入金した事実を認定した上右委託契約は上告人の事業目的の範囲
外の行為であるからEがD支所長事務取扱の資格において為しても右契約は上告人
に対して何等の効力を発生しない無効の契約であると判示し、結局上告人の不当利
得を認めたのであるが、右委託契約の締結について考察すると、Eは上告人の委任
により従前からD支所長又は支所長事務取扱として同支所の業務の一切を担当処理
していたのであり原判示によれば委託者であるB農業会においてEに右委託契約締
結の代理権ありと信ずべき正当な事由がある場合に当るものと認められ従つて民法
表見代理の規定が適用せらるゝ場合に該当するから、本件不当利得につき民法七〇
四条を適用するについては同一〇一条に則り上告人の代理人であるEにつき悪意の
有無を定めるべきである(私は民法一〇一条はいわゆる表見代理人の法律行為につ
いても適用があるものと解するから不当利得についてもこれに準拠すべきである)。
原判決が「控訴人(上告人)のD支所長事務取扱たるEにおいて右事実を知悉して
いた以上控訴人(上告人)自身右金員を取得するにつき悪意であつたものと言わね
ばならぬ」と判示しているのは結局において上述の見解と同旨に帰するものである
から原審の判断は正当である。
 本件のような場合において法人の業務を代行する支所長事務取扱が法人の機関で
ないというだけの理由により法人の不当利得に関する悪意の存在を根本的に否定せ
んとする見解は専ら形式論に終始し取引の実情を無視するものであつて善意の第三
者を保護する所以でない。原判決の説明はいささか意を尽くさないところがあるが
判文の全趣旨を玩味すればその判旨を看取することができるのであり且つその結論
において正当であるから本件上告は理由なきものとして棄却するを相当と考える。
     最高裁判所第二小法廷
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎
 裁判長裁判官霜山精一は退官につき署名押印することができない。
            裁判官    栗   山       茂

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