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平成14年(行ケ)第146号 審決取消請求事件(平成15年3月10日口頭弁
論終結)
          判           決
       原      告   株式会社富士通ゼネラル
       訴訟代理人弁護士   小岩井 雅 行
       同    弁理士   大 原 拓 也
       同          熊 谷 浩 明
       被      告   三洋電機株式会社
       訴訟代理人弁護士   野 上 邦五郎
       同          冨 永 博 之
          主           文
      特許庁が無効2001-35107号事件について平成14年2月1
3日にした審決を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   被告は,下記ア記載の実用新案登録(以下「本件実用新案登録」といい,そ
の考案を「本件考案」という。)の実用新案権者,原告は,本件実用新案登録の無
効審判請求人であり,その経緯は下記イのとおりである。
  ア 実用新案登録第2067710号「空気調和機の制御装置」
    実用新案登録出願 昭和60年9月25日
    設定登録 平成7年7月6日
  イ 平成13年3月16日 無効審判請求(無効2001-35107号)
    平成14年2月13日 無効審判請求を不成立とする旨の審決
    同   年2月25日 原告への審決謄本送達
 2 本件考案の要旨
   冷房運転または暖房運転が行えると共に,運転開始時に前記冷房運転または
前記暖房運転を自動的に選択し,運転開始時の室温に基づいて設定温度を自動的に
設定する自動運転が行え,この自動運転と,前記冷房運転と,前記暖房運転とから
所望の運転を選択できるように成した空気調和機において,この空気調和機の制御
装置には自動運転の際の温度設定値,冷房運転または暖房運転の際の温度設定値を
上げる単一のUPスイッチと,自動運転の際の温度設定値,冷房運転または暖房運
転の際の温度設定値を下げる単一のDOWNスイッチとを備えたことを特徴とする
空気調和機の制御装置。
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件考案が,昭和58年9月被告
作成の「暖冷兼用エアコン総合カタログ’83・9ASB-0603」(審判・
本訴とも甲1),電波新聞社発行の昭和60年9月6日付け電波新聞中の「三洋,
61年度向け第一弾」と題する冷暖房エアコンの紹介記事(審判・本訴とも甲2)
記載の各考案に基づいて,当業者がきわめて容易に考案をすることができたとはい
えず,請求人(原告)の主張及び証拠方法によっては,本件実用新案登録を無効と
することはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
 1 審決は,甲2記載の考案の認定を誤った結果,本件考案と甲1記載の考案の
相違点についての判断を誤った(取消事由)ものであるから,違法として取り消さ
れるべきである。
 2 取消事由(相違点についての判断の誤り)
 (1) 審決は,本件考案と甲1記載の考案との相違点として,本件考案は,「自
動運転の際の温度設定値,冷房運転または暖房運転の際の温度設定値を上げる単一
のUPスイッチと,自動運転の際の温度設定値,冷房運転または暖房運転の際の温
度設定値を下げる単一のDOWNスイッチとを備えた」のに対し,甲1記載の考案
は,「冷房運転または暖房運転の際の温度設定値を上げる単一のUPスイッチと,
冷房運転または暖房運転の際の温度設定値を下げる単一のDOWNスイッチ」であ
る点を認定(審決謄本4頁【相違点】欄)の上,当該相違点について,甲2には,
①その記載の「一発指令の自動運転」の制御内容,②「一発指令設定温度」の具体
的内容,③設定温度の調整・操作方法等が明らかにされていないとして,上記相違
点に係る本件考案の構成を甲2の記載から当業者がきわめて容易に想到し得たもの
とはいえないと判断する(同5頁第7段落以下)が,誤りである。
 (2) 甲2記載の考案に係る審決の上記①~③の認定には,以下の誤りがある。
   ア 審決は,甲2に記載された「一発指令の自動運転」の制御内容に関し
(上記(1)①参照),「どのような制御をするものか記載されておらず,本件考案の
ように,自動運転スイッチを押すだけで,『運転開始時に前記冷房運転または暖房
運転を自動的に選択し,運転開始時の室温に基づいて設定温度を自動的に設定す
る』制御を行うものなのか明らかでない」(決定謄本5頁第7段落)と認定する
が,甲1において,「一発指令の自動運転」という用語は,ボタンを押すだけで,
インバータエアコンが自動運転するとの意味で使用され,本件出願前に公知の被告
作成に係るエアコンのカタログ(甲6~8)においても,これと同じ意味で使用さ
れている。しかも,甲2には,「一発指令の自動運転」に関し,「操作は運転ボタ
ンを押すだけで運転モードの選択から温度,風速までマイコンが選んでムダのない
快適な運転を自動的に行う」(本文3段目)と記載されているから,甲2に記載さ
れた「一発指令の自動運転」が,上記各カタログで用いた意味と同じ意味に使用さ
れていることは明らかである。なお,「自動運転」が,「運転開始時に前記冷房運
転または暖房運転を自動的に選択し,運転開始時に室温に基づいて設定温度を自動
的に設定する」制御を行うことであることは,当業者にとって常識であり周知の事
項である。したがって,甲2に記載された「一発指令の自動運転」とは,本件考案
と同様,自動運転スイッチを押すだけで,「運転開始時に前記冷房運転または暖房
運転を自動的に選択し,運転開始時に室温に基づいて設定温度を自動的に設定す
る」制御を行うものであることは当業者にとって明らかである。
   イ また,審決は,甲2に記載された「一発指令設定温度」の具体的内容に
関し(上記(1)②参照),「『一発指令設定温度に対してプラスマイナス2℃の範囲
で調整できる』との記載があるものの,『一発指令設定温度』がどのようなものな
のか記載されておらず,本件考案のように,『運転開始時の室温に基づいて設定温
度を自動的に設定する』ものなのか明らかでない」(審決謄本5頁第8段落)と認
定するが,「一発指令」という言葉は,運転開始時に,冷房,冷房・除湿,暖房運
転の各モードや,温度,風速等が自動的に設定されることを意味するのであるか
ら,これを考慮すれば,甲2記載の「一発指令設定温度」とは,運転ボタンを押し
て運転が開始された時点でコンピュータに自動的に設定された温度を指すことは明
らかである。
   ウ さらに,審決は,甲2に記載されたエアコンの設定温度の調整・操作方
法等に関し(上記(1)③参照),「暖房運転,冷房運転の設定温度を手動で設定でき
るのかどうか記載されておらず,また,設定温度をどのようなスイッチで操作する
か示されておらず,冷房運転,暖房運転の温度設定スイッチと自動運転の温度設定
スイッチを共通化することも示されていない」(審決謄本5頁第9段落)と認定す
るが,甲2に記載されたインバータエアコンは,機種名が「SAP-KV23G
1」とされており,甲1に記載されたインバータエアコンである「SAP-KV」
シリーズの後継機種であると推定されるから,当業者から見れば,甲1に記載され
たインバータエアコンと同様,暖房運転,冷房運転の設定温度を手動で設定できる
とともに,リモコンに設けられた温度設定ボタン(UP/DOWNスイッチ)によ
り設定温度を変更できるであろうと考えるのは当然である。
 (3) 上記のとおり,甲2に記載された「一発指令設定温度」とは,運転開始時
の室温に基づいて自動的に設定される温度であることは明らかであるから,甲2の
「一発指令設定温度に対してプラスマイナス二度Cの範囲で調整できる」との記載
は,自動運転モードの場合に,上記設定温度を,プラスマイナス2℃の範囲で調整
できる機能を有することを示すものである。他方,甲1に記載されたインバータエ
アコンは,冷房運転,暖房運転及び自動運転の各モードを有し,冷房運転,暖房運
転のモード時において,温度の上昇ないし下降の設定指示は,赤外線によって本体
に制御信号を送信するリモコンの温度設定ボタン(UP/DOWNスイッチ)で行
っている。そして,自動運転のモードは,あくまで冷房運転,暖房運転のモードを
自動的に切り替えているにすぎないのであるから,リモコンのUP/DOWNスイ
ッチを押せば,自動運転モード時においても,設定温度の変更が生ずるはずである
ところ,甲1のインバータエアコンでは,自動運転モードのときは,本体のマイク
ロコンピュータのソフトウェアにより,リモコンのUP/DOWN信号を無視する
ように指示するものであり,そのため温度の設定が変化しないのである。したがっ
て,甲1のインバータエアコンにおいて,ハードウェア的には,冷房運転,暖房運
転又は自動運転の際の温度設定を上げる単一のUPスイッチと,冷房運転,暖房運
転又は自動運転の際の温度設定を下げる単一のDOWNスイッチとを備えているか
ら,自動運転のモード時に何らかの形で温度設定を変更しようとする場合は,UP
/DOWNスイッチにより,温度設定の変更を行うのは当然のことである。すなわ
ち,甲1記載のインバータリモコンは,ハードウェア的には,冷房運転,暖房運転
の温度設定スイッチと自動運転の温度設定スイッチを共通化されているのであるか
ら,当業者が甲2の記載を見て,自動運転時においても設定温度を変更しようと考
える場合,甲1のインバータエアコンの本体側のソフトウェアを変更すれば,自動
運転時においても設定温度を変更できることが理解できる。そして,このようなソ
フトウエアの変更を行うことで,前記相違点に係る構成である「この空気調和機の
制御装置には自動運転の際の温度設定値,冷房運転または暖房運転の際の温度設定
値を上げる単一のUPスイッチと,自動運転の際の温度設定値,冷房運転または暖
房運転の際の温度設定値を下げる単一のDOWNスイッチとを備えた」ものとする
ことができる。
    以上のとおり,甲1,2記載の各考案を組み合わせて,本件考案に至るこ
とは,当業者のきわめて容易に推考できたことである。
第4 被告の反論
 1 審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
 2 取消事由(相違点についての判断の誤り)について
 (1) 原告は,甲2記載のエアコンが甲1記載のエアコンの後継機種であること
を理由に,甲2のリモコンにも,甲1のものと同様の温度設定ボタンが付いている
と主張するが,甲2記載のエアコンの機種名は「SAP-KV23G1」であり,
甲1記載エアコンの機種名は「SAP-KV23B1」であるから,明らかに別の
機種であり,しかもその記載に係るエアコンの外観は,下部の吹出部,表示部及び
リモコンにおいて大きく相違しており,両者が同一の構成であると認める根拠はな
い。また,甲2には「一発指令設定温度に対してプラスマイナス二度Cの範囲で調
整できる“お好み温度メモリー”」との記載があるだけであるから,甲1のものと
甲2のものを組み合わせても,自動運転の設定温度をプラスマイナス2℃の範囲で
調整するのは「お好み温度メモリー」ということになる。ところが,この「お好み
温度メモリー」がどのようなものか,その内容が全く明らかにされていないのであ
るから,その操作方法も不明といわざるを得ない。
 (2) また,甲2には,冷房運転,暖房運転の温度設定スイッチと自動運転の温
度調整スイッチを共通化することが示されていない。すなわち,甲2に記載されて
いる「お好み温度メモリー」がどのようなものか全く分からない以上,その調整ス
イッチと,甲1のリモコンに付いている冷暖房運転時の「設定温度UP,DOWN
スイッチ」のように具体的に特定されているものとを一緒にして共通化するなどと
いうことはあり得ず,このようなことを当業者がきわめて容易に推考し得たとは到
底考えられない。なお,甲1のリモコンの設定温度スイッチは,冷房運転,暖房運
転の際に設定温度を決めるものであり,具体的には,暖房時16~26℃,冷房時
21~31℃の範囲でセットするものである(4枚目右欄左下の「コンピュータ
ー・一発指令」の図の下の青文字表記)から,暖冷房時において設定温度帯が異な
り,その設定温度の範囲はプラスマイナス15℃くらいの大きいものである。これ
に対して,甲2に記載されているものは,プラスマイナス2℃の範囲で設定温度を
微調整するものであり,その機能が異なるから,これらのものを一緒にして共通化
することは通常考え難い。
 (3) さらに,本件考案は,空気調和機の自動運転の際の温度設定値を上下させ
るUP/DOWNスイッチと,冷房運転又は暖房運転の際の温度設定値を上下させ
るスイッチとを単一のスイッチとすることにより,本件明細書(甲14)にあると
おり,「UPスイッチ,DOWNスイッチは自動運転時と冷房運転時や暖房運転時
とでスイッチの共通化が図られており,自動運転,冷房運転,暖房運転によらず利
用者が好みに応じて設定温度を上下させたいと思ったときにはこのUPスイッチ,
DOWNスイッチを操作すればよく,温度設定に関して操作の一貫性が保たれ,空
気調和機の操作を熟知していない利用者や初めての利用者でも容易に最適な温度設
定が行なえる」(6欄10行目以下)という格別の作用効果を奏するものである。
 (4) 原告は,甲1記載のインバータエアコンは,ハードウェア的には,冷房運
転,暖房運転の温度設定スイッチと自動運転の温度設定スイッチが共有化されてい
るのであるから,本体側のソフトウェアを変更することで,相違点に係る本件考案
の構成を得ることができると主張するが,甲1には,原告の当該主張を根拠付ける
記載はないし,仮に,甲1のエアコンの構成が原告の主張するとおりであるとして
も,本件考案の容易想到性を基礎付けるものではない。すなわち,甲1のものは,
冷房運転,暖房運転では,「温度設定スイッチ」で温度設定されるものであり,自
動運転の場合には「温度設定」をする必要がない以上,ハードウェア的に「温度設
定スイッチ」が作動するとしても,本体のソフトウェアによって,当該設定温度は
無視されることとなる。これに対し,甲2のものは自動運転時には温度設定は自動
的にされて,その設定された温度を「調整する」というものである。そして,その
調整手段として「お好み温度メモリー」が用いられていると記載されており,温度
調整を「温度設定スイッチ」で行うという記載は一切なく,冷房運転,暖房運転の
設定温度を上下させることの記載もないのであるから,甲2の「お好み温度メモリ
ー」が「温度設定スイッチ」であると考えることがきわめて容易であるとはいえな
い。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由(相違点についての判断の誤り)について
 (1) 甲2記載の考案の認定について
    原告は,甲2には,①「一発指令の自動運転」の制御内容,②「一発指令
設定温度」の具体的内容,③設定温度の調整・操作方法等が明らかにされていない
とした審決の認定の誤りを主張するので,順次検討する。
   ア 甲2には,「三洋電機は五日,新製品六機種を中心に合計十一機種の六
十一年度向け冷暖房エアコンを今月下旬から順次発売すると発表した。・・・イン
バーターエアコンの新機種『リニアインバーター』=SAP-KV23GI(二十
八万九千円)は誰でも使える簡単操作,健康への配慮,経済性などをポイントに開
発した“やさしいエアコン”で,一発指令の自動運転,温度センサーリモコン,お
好み温度メモリーなど多彩な機能を装備している。・・・操作は運転ボタンを押す
だけで運転モードの選択から温度,風速までマイコンが選んでムダのない快適な運
転を自動的に行う。・・・一発指令設定温度に対してプラスマイナス二度Cの範囲
で調整できる“お好み温度メモリー”や,生活に合わせて使いわけられる『入』
『切』同時セット可能な十二時間タイマー,パワーの上限を二〇・十七・十五Aに
切替えられる“パワーセレクトスイッチ”などを装備している」(下線は本判決に
よる注記である。)との記載が認められる。
   イ まず,上記記載にある「一発指令の自動運転」及び「一発指令設定温
度」の意義について検討するに,「操作は運転ボタンを押すだけで運転モードの選
択から温度,風速までマイコンが選んでムダのない快適な運転を自動的に行う」と
の記載部分が,「一発指令の自動運転」に対応した説明であると理解されるから,
当該記載自体から見ても,「一発指令の自動運転」が,運転ボタンを押すだけで,
運転モードの選択(冷房運転か暖房運転かなどの選択)や温度設定を自動的に制御
するものであることは,当然に理解,把握し得るものというべきである。そして,
このような制御を行うものにおいて,当該設定温度を運転開始時の室内温度に基づ
いて定めることは,本件出願前に当業者において周知の技術事項にすぎなかったと
いうべきであり,このことは,本件明細書(甲14)の「従来の技術」欄の「一般
に,室温の自動設定機能を有する空気調和機としては,特公昭60-3135号公
報に記載されているようなものがあった。この公報には,室内温度を検出する室温
検出手段と,運転開始時にこの室温検出手段から出力される室温信号で運転設定温
度を自動的に変える温度設定手段を備えたものが記載されており,空気調和機の運
転開始時の室内温度に基づいて,運転設定温度を定めて運転を開始することがで
き,温度設定のわずらわしさがなくなるものであった」(2欄)との記載に徴して
明らかである。
     加えて,甲1には,(a)「コンピューター・一発指令の自動運転だから,
操作は『ボタン』をポン!と押すだけ。春夏秋冬,『運転ボタン』を押すだけで,
お部屋の寒さ暑さの違いをセンサーがすばやくキャッチ。コンピューターが身体に
やさしい健康的な『適温』・・・を選んで,キメ細かく自動運転します。『暖房』
『冷房』『冷房・除湿』の運転コースの選定,その日に合わせた『温度』『湿度』
『風速』の調節といった面倒な操作は,すべてコンピューターまかせ。あなたは運
転ボタンを押すだけです。もちろん,あなたの好みに合わせた暖房・冷房・の
切り替えや,温度,風速の設定もできます」(4頁左下)との記載,(b)「コンピュ
ーター・一発指令」の制御の図解(同頁左下)において,おおむね,運転開始時の
室温が21℃以上のときには冷房コースが選択され,その時の室温が31℃以上で
あれば適温が28℃,室温が29~31℃未満であれば適温が27℃,室温が27
~29℃未満であれば適温が26℃にそれぞれ設定されて自動運転が行なわれるこ
と,運転開始時の室温が21℃未満のときには暖房コースが選択され,その時の室
温が15~21℃未満であれば適温が22℃,室温が15℃未満であれば適温が2
0℃にそれぞれ設定されて自動運転が行われるという内容が示されていること,(c)
同図下の「温度調節を『手動』で行う場合,暖房時16~26℃,冷房時21~3
1℃の範囲でセットできます」との記載,(d)3頁下部のエアコン用リモコンの外
観斜視図において,「運転/停止」,「自動入・切」,「温度設定」等の各種スイ
ッチ(ボタン)が備えられており,このうち温度設定スイッチは,温度設定値を上
げるためのものであることが明らかな三角形のボタン(UPスイッチ)と,温度設
定値を下げるためのものであることが明らかな逆三角形のボタン(DOWNスイッ
チ)との二つだけであることが図示されていることが認められ,被告作成のエアコ
ンカタログ等(甲6~8,17,いずれも本件出願前の発行に係るもの。)にもこ
れと同趣旨の記載及び図示がある。
     以上を総合すれば,被告製のエアコンにおいて,「一発指令の自動運
転」の用語は,自動運転スイッチを押すだけで,「運転開始時に前記冷房運転また
は暖房運転を自動的に選択し,運転開始時に室温に基づいて設定温度を自動的に設
定する」制御を行うことを意味するものと理解することができる。そして,甲2の
新聞記事の記載上も,これと別異に解すべき根拠がないばかりか,明らかにこれに
沿う内容の明示の説明記載も認められることは上記のとおりである。また,甲2に
記載されている「一発指令設定温度」の用語が,上記「一発指令の自動運転」を受
けていることは明らかであるから,文字どおり,「一発指令の自動運転」に係る
「設定温度」,すなわち,「運転開始時の室温に基づいて設定温度を自動的に設
定」した当該設定温度を意味することは明らかというべきである。
     以上のとおり,甲2に記載された「一発指令の自動運転」の制御内容及
び「一発指令設定温度」の具体的内容は,当業者の理解,把握し得るものというべ
きであるから,これが明らかでないとした審決の認定は誤りである。
   ウ 進んで,甲2のエアコンの設定温度の調整・操作方法等に係る開示につ
いて検討するに,「一発指令設定温度に対してプラスマイナス二度Cの範囲で調整
できる“お好み温度メモリー”・・・を装備している」との上記記載に照らせば,
甲2に記載されたエアコンは,自動運転の際の温度設定値をプラスマイナス2℃の
範囲で調整できるものにほかならず,そうであれば,その調整を行うための何らか
の操作手段を当然備えているものと認められる。被告は,その調整手段として「お
好み温度メモリー」が用いられると主張するが,昭和57年9月10日技術評論社
発行「最新機電用語辞典」(甲16)に「メモリ」は「記憶装置」と同義であり
(422頁),「記憶装置」の語義として「コンピュータの構成部分のひとつ,プ
ログラムの実行に直接利用される内部記憶装置と,大容量の情報をためて必要な時
に取出すことができるようにした外部記憶装置とがある」(96頁)とあるとお
り,「メモリー」の用語が,一般に記憶装置を意味するものであって,操作手段を
意味するものでないことは明らかであるから,調整の対象となる「お好み温度メモ
リー」を操作する手段が別途装備されているものと認められることは上記のとおり
である。
     もっとも,甲2には,その操作手段がどのようなものであるかを特定す
るだけの記載はなく,甲1記載の考案のUP/DOWNスイッチとの共通化につい
ても明らかにされていないことは,被告の主張するとおりである。そこで,以下,
甲2に開示されている考案が上記の限度であることを前提に,本件考案の容易想到
性について検討する。
 (2) 甲1,2記載の考案に基づく容易想到性について
   ア 甲1には,審決の認定する(審決謄本4頁第3段落)とおり,「冷房運
転または暖房運転が行えると共に,運転開始時に前記冷房運転または暖房運転を自
動的に選択し,運転開始時の室温に基づいて設定温度を自動的に設定する自動運転
が行え,この自動運転と,前記冷房運転と,前記暖房運転とから所望の運転を選択
できるように成したエアコンにおいて,このエアコンの制御装置には,冷房運転ま
たは暖房運転の際の温度設定を上げる単一のスイッチと,冷房運転または暖房運転
の際の温度設定を下げる単一のスイッチとを備えたことを特徴とするエアコンの制
御装置。」が記載されているものと認められ,このこと自体,当事者双方とも,そ
の主張の前提とするところである。
     他方,甲2には,自動運転スイッチを押すだけで,「運転開始時に前記
冷房運転または暖房運転を自動的に選択し,運転開始時に室温に基づいて設定温度
を自動的に設定する」制御を行うとともに,自動運転の際の温度設定値を調整する
ための操作手段を備えたエアコンが実質的に記載されていると認められることは,
上記のとおりである。
   イ 甲1,2記載の各考案は,ともに冷暖房運転の可能なインバータエアコ
ンという同一の技術分野に属するばかりでなく,甲1,2の記載から明らかなとお
り,自動運転機能を備えること,リモコン操作を想定していること,主として個人
消費者をユーザとして想定していることなどの特徴に至るまで共通にするものであ
るから,その組合せを阻害するような要因は見当たらない。そこで,甲2に記載さ
れた上記構成を甲1記載の考案に適用しようとした場合,自動運転の際の設定温度
を調整するための操作手段と,甲1記載の発明が備えている「冷房運転または暖房
運転の際の温度設定を上げる単一のスイッチ」及び「冷房運転または暖房運転の際
の温度設定を下げる単一のスイッチ」との関係がどのようになるか,一義的に明ら
かであるとはいえないものの,一般に,温度設定値の調整のための操作手段とし
て,温度設定値を上げるUPスイッチと温度を下げるDOWNスイッチを用いるこ
と及びこのようなUP/DOWNスイッチを各種の運転モードにおいて共通化する
ことは,本件出願前において当業者に周知の慣用手段にすぎないことは明らかであ
る。このことは,例えば,「暖房時16~26℃,冷房時21~31℃」の範囲の
温度設定値を想定している甲1記載の考案(上記(1)イ(c)の記載参照)において,
その温度設定値の1℃ごとに対応した16個の指定温度ボタンを並べることなく,
UP/DOWNスイッチで操作する構成としていること,当該UP/DOWNスイ
ッチは,冷房運転時と暖房運転時とで温度設定値の範囲が異なるにもかかわらず,
両者の運転モードに共通して使用するものとして共通化されていることにも示され
ているとおりであるし,また,通常大きさの制約を受けざるを得ないリモコンにお
いて,その操作上の使い勝手の良さが自明の技術的課題であることからすれば,当
業者が当然にその採用を考慮すべき自明の事項であるということもできる。
   ウ 以上の認定判断を総合すれば,自動運転の際の温度設定値を調整するた
めの操作手段を備える甲2記載の考案を甲1記載の考案と組み合わせるに当たり,
当業者に自明の上記事項を考慮して,自動運転の際の温度設定値を調整するための
操作手段を「UP/DOWNスイッチ」とするとともに,当該「UP/DOWNス
イッチ」を,甲1記載の考案が備えている「冷房運転または暖房運転の際の温度設
定を上げる単一のスイッチ」(UPスイッチ)及び「冷房運転または暖房運転の際
の温度設定を下げる単一のスイッチ」(DOWNスイッチ)と共通化して,単一の
UPスイッチ及び単一のDOWNスイッチを備えるように構成することに格別の困
難性は認められず,当業者のきわめて容易に想到し得たことというべきである。
     被告は,甲1記載の考案における冷房運転,暖房運転時における設定温
度の決定と,甲2記載の考案における自動運転時の設定温度の微調整とは機能が異
なる旨主張するが,自動運転であっても,冷房運転又は暖房運転が行われているこ
とに変わりはないのであるから,それぞれの温度設定値の変更ないし調整が,技術
的に全く異なる機能であるとはいえず,温度調整の範囲の幅に違いはあるとして
も,上記認定判断を左右するものではない。
     また,被告は,本件考案の格別の作用効果を主張するが,前述のとお
り,温度設定値の調整のための操作手段として,温度設定値を上げるUPスイッチ
と温度を下げるDOWNスイッチを用いること及びこのようなUP/DOWNスイ
ッチを各種の運転モードにおいて共通化することが,当業者に周知の事項にすぎな
い以上,これら周知技術及び甲2の記載に基づいて,当業者の当然に予想し得る効
果にすぎないというべきである。その他被告の主張するところは,上記認定判断に
照らして採用することができない。
 (3) したがって,審決は,甲2記載の考案の認定を誤るとともに,この誤りに
起因して,本件考案の容易想到性に係る判断を誤ったというべきである。
 2 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由があり,この誤りが審決の結
論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は取消しを免れない。
   よって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決す
る。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 長  沢  幸  男
    裁判官 宮  坂  昌  利

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答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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