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◆H18.5.23松山地方裁判所平成13年(ワ)第134号損害賠償請求事件
裁判所名:松山地方裁判所
事件番号:平成13年(ワ)第134号
事件名:損害賠償請求事件
裁判年月日:H18.5.23
登載年月日:
判決
主文
1被告らは,原告Aに対し,連帯して,金275万円及びこれに対する平成1
1年11月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,原告Bに対し,連帯して,金550万円及びこれに対する平成1
1年11月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3原告らのその余の請求を棄却する。
4訴訟費用はこれを3分し,その2を原告らの負担とし,その余は被告らの負
担とする。
5主文第1,2項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,原告Aに対し,連帯して,金1075万円とこれに対する平成1
1年11月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,原告Bに対し,連帯して,金1650万円とこれに対する平成1
1年11月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3訴訟費用は被告らの負担とする。
4仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,平成11年11月27日,被告医療法人C産婦人科において死産とな
った男児の両親である原告らが,同病院の理事長であると同時に同病院に雇用さ
れて勤務する医師である被告Dの診療上の過失を主張して,同人に対しては民法
709条(不法行為責任)に基づき,被告医療法人C産婦人科に対しては同71
5条(使用者責任)又は同415条(債務不履行責任)に基づき,胎児死亡によ
る慰謝料等の損害の賠償を求めた事案である。
第3争いのない事実
1当事者
(1)被告医療法人C産婦人科(以下「被告病院」という。)はC産婦人科を
開設する医療法人であり,被告D(以下「被告医師」という。)は同病院の
理事長であると同時に同病院に雇用されて勤務する医師である。
(2)原告Bは平成11年11月27日,被告病院において夫の原告Aとの間
の子である男児(以下「本件胎児」という。)を出産したが,死産であった。
2入院以前の経過
(1)原告Bは,平成11年4月14日(以下,単に月日のみを記す場合は平
成11年とする。),被告病院を受診し,被告医師の診察を受けた。
超音波検査の結果,妊娠2か月(5週)で分娩予定日は12月10日と診
断された。
(2)原告Bは,以後被告病院に通院し,被告医師の診察を受けた。9月28
日,10月12日来院時には骨盤位となっていたが,10月27日以降は頭
位となっており,ほかに異常もなかった。
3入院後の経過
(1)11月19日
午後10時50分,原告Bは腹部緊迫(陣痛であるか否か争いがある。以
下の腹部緊迫につき同様。)を訴えて被告病院を訪れ,この際には出血も認
められた。被告医師による内診では,子宮口は未開大(閉鎖)であったが,
原告Bはそのまま入院することとなった。また,この際,ボルタレン坐薬1
個が使用された。
(2)11月20日
午後3時45分の内診で,子宮口は1センチメートル開大していた。また,
外来での超音波検査で本件胎児の推定体重は約3000グラムと予想された。
(3)11月21日
午前6時30分ころには,10分に1回位の腹部緊迫があり,少量の出血
があった。
(4)11月22日
早朝には4分ないし5分ごとに腹部緊迫があった。
(5)11月23日
出血は治まり,多少の腹部緊迫はあったが,子宮口が硬いため,頸管熟化
剤であるレボスパ200ミリグラムを朝,昼,夕と静注した。
午後3時30分の内診では,子宮口は3センチメートル開大していた。
(6)11月24日
午前1時ころ,E看護婦が巡回した。午前3時ころ,原告Bはボルタレン
坐薬1個を使用した。
原告Bは,朝,F看護助手から陣痛誘発剤であるプロスタE錠を渡され,
以降,1時間ごとに6回服用した。
また,骨盤2方向のレントゲン検査が行われ,CPD(児頭骨盤不均衡)
の疑いはなく,被告医師は胎児は通過できるものと判断した。
午後7時50分ころ,被告病院婦長(助産婦)が内診し,子宮口は3ない
し4センチメートル開大していた。
また,午後10時30分,原告Bはこの日2個目のボルタレン坐薬を使用
した。
(7)11月25日
朝,昼,夕の3回,レボスパ200ミリグラムが原告Bに静注された。
午後9時ころにはG看護婦の巡回があった(この際,原告Bが同看護婦に
対して破水したようである旨を申し出たか否かには争いがある。)。午後1
0時15分には原告Bはボルタレン坐薬1個を使用した。
(8)11月26日
朝,昼,夕の3回,レボスパ200ミリグラムが原告Bに静注された。
午前10時45分,原告Bはボルタレン坐薬1個を使用した。
午後5時ころ,被告医師の内診があり,子宮口は4センチメートル開大し
ていた。また,被告医師は,原告Bに対し,おりものが多いので洗浄・消毒
すると言った。
午後6ないし7時ころ,原告Bが看護婦詰め所を訪れて看護婦らと話をし
たが,その際,帝王切開に関する話題が出た(原告Bが帝王切開をしてほし
い旨申し出たか否かには争いがある。)。
午後7時ころ,原告Bはボルタレン坐薬を使用した。また,午後9時30
分ころから10時ころにはNST(ノンストレステスト。分娩監視装置によ
る検査。)を施行した(この後,翌27日午前0時,同日午前3時に,H看
護婦がドップラーを用いて本件胎児の心音の測定をしたか否かには争いがあ
る。)。
(9)11月27日
ア午前5時55分ころ,原告Bは腹部緊迫が5分間隔になったことを当直
のH看護婦にナースコールした。
イ午前6時25分ころ,被告医師が原告Bの内診を行ったところ,子宮口
は4センチメートル開大していた。また,体温も38度4分あったことか
ら,被告医師は子宮内感染防止及び他の感染症治療のため抗生剤であるケ
ニセフ1グラムを朝,夕,静注の指示を出した。
ウ午前6時30分ころから午前7時20分ころまで,NSTを施行したが,
この際,H看護婦は,ドップラーを使って児心音を探して分娩監視装置を
装着した。
なお,このころ被告病院には,もう一人の出産予定患者が来院していた。
エ午前8時26分ころ,被告医師が指示を出していたケニセフ1グラム,
レボスパ200ミリグラムが静注された。
オ午前9時30分,被告医師が内診したところ,子宮口は4ないし5セン
チメートル開大し,陣痛間隔は2ないし3分であった。
カ午前10時30分ころ,NSTを施行したが,児心音を確認することが
できなかったため,報告を受けた被告医師が超音波検査をしたところ,胎
児の心臓が停止していることが確認された。また,内診の結果,子宮口は
6センチメートル開大していた。
キ午後零時ころ,分娩室に移り,午後2時31分,本件胎児を経膣的に分
娩したが死産であった。体重は3834グラム,身長54センチメートル
であった。
本件胎児の所見は,前胸部,前腕部に皮膚剥離が認められ,羊水はやや
混濁していたが(その色等には争いがある。),胎便の混入は認められな
かった。また,腹部がやや膨満していた。
被告医師は,本件胎児の死亡原因につき,原告Aの両親,兄,原告Bの
両親の5名に対し,未知の感染症か,内臓の異常が考えられると説明した。
ク午後4時20分ころ,原告Bの体温が40度となっていることが確認さ
れ,被告医師は抗生剤であるケニセフ1グラム,イセパシン400ミリグ
ラムを原告Bに静注した。
午後6時20分ころ,体温は36度4分に下がり,以降体温は11月2
8日午前6時ころ35度4分,同日午後3時ころ35度8分,同月29日
午後3時ころ36度4分,同月30日午前は35度9分と被告病院入院中
は発熱は認められなかった。なお,11月28日の採血結果によると,白
血球数の数値が高かった。
(10)11月30日,原告Bは被告病院を退院した。
4退院後の経過
12月4日,原告Bは抜糸のため被告病院に赴いた。
その後,原告Bに発熱,発疹等の症状が出たため,12月6日,高松赤十字
病院に入院した。抗生剤の点滴を受けたが発熱等は治まらず,12月8日,原
因菌はMRSAであると告げられ,その後の治療により回復した。
第4争点
1本件胎児の死亡原因
(1)原告らの主張
アボルタレンの使用
本件胎児の死亡原因は,ボルタレンの使用による胎児動脈管収縮ないし
閉鎖によるものであると推認することができる。すなわち,被告医師は,
ボルタレンを原告Bに対して連続使用したが,ボルタレンは,胎児の動脈
管を収縮させ閉鎖させる作用があり,動脈管の不可逆的な閉鎖は胎児の死
亡原因となるものであるから,本件でも動脈管収縮ないし閉鎖による胎児
循環異常が起き,胎児死亡に至った可能性が高い。他方,本件胎児は正常
な妊娠経過をたどっていて,心臓奇形などの異常もなく,胎児死亡原因と
なるような所見はなかった。したがって,ボルタレンの使用を死亡原因と
推認することには高度の合理性がある。
自然科学的な厳密さにより胎児死亡の原因を究明することは不可能であ
るし,その必要もなく,証拠上の制約のある訴訟上の立証としては,経験
的な蓋然性の高さによって判断することで足りる。それに,被告医師にお
いて継続的な分娩監視をしていれば本件胎児の状態の推移を観察して記録
に残すことができたのに,本件では被告医師における分娩監視がずさんで
あったために死亡に至るまでの本件胎児の状態の推移がほとんど分からな
い。なすべき分娩監視を怠り,証拠資料をほとんど残さないために,かえ
って真実があいまいとなり法的な責任を免れやすくなることは不合理であ
る。この観点からいっても,ボルタレンの使用を本件胎児の死亡原因と推
認することには合理性がある。
イ感染症
仮にボルタレンの使用を本件胎児の死亡原因と推認することができない
とすると,本件胎児は,感染症によって死亡したとみるのが合理的である
(感染経路は断定することはできない。)。原告Bは,11月25日の段
階で早期破水となり,それが見過ごされて本件胎児が感染した可能性も高
い。
胎児の死因については,被告医師も,何らかの感染症か,胎児の心臓異
常が考えられる旨説明したから,被告ら自身,胎児が感染症によって死亡
した可能性を否定しておらず,また,胎児の発育状態は正常であったし,
妊娠中,内臓異常を積極的に推認させる所見は存在しない(被告医師も内
臓異常を裏付ける具体的主張をしていない。)。
(2)被告らの主張
原告らの上記主張は争う。
本件胎児は,何らかの予測不能な要因で子宮内死亡をしたものと考えられ
る。
2ボルタレン坐薬を不適切に使用した過失の有無
(1)原告らの主張
ア(ア)11月8日以降,ボルタレン坐薬は,妊娠中の投与で胎児に動脈管
収縮・閉鎖,徐脈,羊水過少が起きたとの報告があり,胎児の死亡例も
報告されており,分娩に近い時期での投与で,胎児循環持続症(PF
C),動脈管開存,新生児肺高血圧,乏尿が起きたとの報告があり,新
生児の死亡例も報告されていることから,妊婦,又は妊娠している可能
性のある婦人には投与しないこととされていた。
したがって,本件当時,ボルタレン坐薬を妊婦に対して使用すること
は禁忌とされていた。
(イ)本件当時,被告医師にとって,ボルタレン坐薬を妊婦に対して使用
することが禁忌とされているということは知り得なかったとしても,平
成11年当時,ボルタレン坐薬の添付文書には,治療上の有益性が危険
性を上回ると判断される場合にのみ投与するべきこと,妊娠中の投与に
関する安全性は確立していないこと,妊娠末期には投与しないことが望
ましいこと,妊娠末期に投与したところ,胎児循環持続症(PFC)が
起きたとの報告があること,妊娠末期のラットに投与した実験で,胎児
の動脈管収縮が報告されていること,子宮収縮を抑制することがあるこ
とが記載されるなど,少なくとも妊娠末期には投与しないものとされて
いたし,産婦人科医であれば,ボルタレン坐薬は妊婦に対して使用する
と胎児動脈管閉鎖の危険があるということは知り得たはずである。
また,ボルタレン坐薬の作用としては,強力な鎮痛・解熱・抗炎症作
用が認められており,上記添付文書には,重要な注意事項として,本剤
の投与は原因療法ではなく対症療法であることに留意すること,感染症
を不顕性化するおそれがあるので,感染による炎症に対して用いる場合
には適切な抗菌剤を併用し,観察を十分行い慎重に投与することと記載
されていた。
イ本件胎児の死亡原因がボルタレンの使用による胎児動脈管閉鎖によるも
のである場合
本件では,被告医師は,治療上の有益性は何ら存在しないのに,妊娠末
期の妊婦である原告Bに対して,11月19日午後10時50分,同月2
4日午前3時,同日午後10時30分,同月25日午後10時15分,同
月26日午前10時45分,同日午後7時に,それぞれボルタレン坐薬を
使用している。このように,被告医師が,添付文書に記された注意事項に
従わず,漫然とボルタレンを連続使用した結果,胎児動脈管収縮ないし閉
鎖による死産の結果を招来したものであるから,被告医師には過失がある
ことは明らかである。
ウ上記イ以外の場合
原告Bは分娩を目的に入院したが,なかなか分娩に至らないことから,
11月23日から子宮頸管熟化剤(レボスパ),24日には陣痛誘発剤
(プロスタE錠)を使用し,早期に分娩させようとしていた。
本件では,上記イのとおりボルタレン坐薬を使用しているが,腰痛によ
る夜間の睡眠不足軽減効果はあったものの,一方で明らかに子宮収縮を抑
制させ,分娩の進行を妨げていた。これらの効果はボルタレン坐薬が「禁
忌」とされる以前においても,切迫早産症例に対して使用されていた状況
から予見できたことであった。また,ボルタレン坐薬の使用は分娩間際の
症例に子宮収縮を抑制させる結果をもたらすから,より慎重に使用される
べきであった。
また,胎児心拍数に異常が現れた11月26日にはボルタレン坐薬の使
用を中止するべきであった。そうすれば,微弱陣痛継続による胎児の低酸
素状態を悪化させること,発熱,倦怠感等の感染症の兆候を見落とすこと,
副作用の影響を増大させることもなかった。
したがって,本件におけるボルタレン坐薬使用は,その副作用によって
本件胎児の死亡原因の重大な要素となり,また陣痛を抑制したことによっ
て分娩を遷延させ,胎児に過度のストレスを与え,胎児仮死に至らせたも
のであり,治療上の有益性があったとはいえない。
(2)被告らの主張
ア11月8日以降,妊婦または妊娠している可能性のある婦人について,
ボルタレン坐薬は「禁忌」とされたが,医薬品情報として被告医師にそ
の情報が届いたのは,12月下旬であり,その時期までは,被告医師と
してはそのことを知り得なかったのであり,本件時期にボルタレン坐薬
を使用したことそれ自体に過失があるとは言い得ない。
イボルタレン坐薬は,妊婦の腰痛,関節痛等の痛みを抑えるために汎用
されていた薬剤で,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合
には投与することは禁じられていなかった(有益性投与)。
本件におけるボルタレン坐薬の使用により,子宮収縮を抑制させ,分
娩の進行を妨げたという事実はない。
ボルタレン坐薬がかつて切迫早産に対して使用されていたことは事実
である。しかし,切迫早産に使用する際にはその数量,頻度が違う。
また,ボルタレン坐薬は,作用機序や臨床面から腰痛や筋肉痛には効
果的であるが,いったん発来した陣痛を1日1ないし2個の使用で減弱
させたり消失させるほどの強力な作用はない。
3分娩監視義務違反の有無
(1)原告らの主張
以下のとおり,本件胎児の死亡までには,胎児仮死の兆候が,長時間,複
数回,様々な形態で現れているにもかかわらず,被告医師はこれを見落とし
て帝王切開術等による本件胎児の救命機会を失したものであり,分娩監視義
務に違反した過失がある。
ア(ア)NST結果によれば,11月24日と同月25日には頻脈が,同月
26日朝から遅発一過性徐脈,頻脈,基線細変動の消失が,同日午後4
時15分ころ,同日午後7時ころ及び同日午後9時30分ころには遅発
一過性徐脈がそれぞれ出現している。また,同月27日午前6時30分
ころの心拍数基線は前日までと比して毎分40以上低下している。
これらはいずれも胎児仮死(低酸素状態)の兆候である。なかでも遅
発一過性徐脈は,胎児仮死の兆候として裁判例でも重視されており,速
やかに帝王切開をするか,吸引分娩など胎児を娩出させる措置をとらな
ければならない。
以上の事情に加え,本件では,原告Bの子宮口が全開大しない状態で
遅発一過性徐脈が繰り返され,改善傾向がみられないこと,11月23
日午後3時30分に子宮口3センチメートル開大が確認された時点で分
娩開始と判断されること,前記のとおりボルタレンを連続使用している
ことなどを併せ考えると,11月26日午後10時以降,被告医師には
分娩監視を継続,強化するべき高度の注意義務があった。
そして,分娩監視を継続していれば,慢性的な胎児の全身状態の悪化
を確認し,帝王切開に踏み切る時期を的確に判断,実施して死産の結果
を回避し得た可能性が高かった。
(イ)それにもかかわらず,被告医師は,NSTによる記録を適時観察す
ることを怠った上,11月26日午後4時20分には遅発一過性徐脈の
所見が認められたのに「児心音良好」と判断を誤り,その後NSTの判
断を看護婦に任せてしまい,連続的監視をすることを怠った。その結果,
本件胎児は死亡した。
(ウ)なお,同日午後10時のNST検査後,翌27日午前6時30分の
NSTまで,本件胎児の心音の測定等はなされなかった。11月27日
午前零時,同日午前3時にドップラーによる胎児心音の測定を行った旨
の記載があるが,測定した事実はなく,虚偽記入である。仮に看護記録
の記載を前提としても,看護記録には,具体的な陣痛(緊迫)間隔の記
入はなく,また,ドップラーの測定では「児心音良好」とあるだけで,
胎児心拍数の数値が記載されていない(胎児心拍数の数値が正常かどう
かで判定しなければ検査方法として意味をなさない。)。これらに照ら
すと,被告病院の分娩監視態勢は粗雑であったというべきである。
(エ)被告医師は,陣痛のピークに遅れて一時的に徐脈になっても胎児心
拍数が元に回復すれば胎児は危険でないと理解しているようであるが,
これは明白な誤りであり,陣痛のピークに遅れて一時的に徐脈になるこ
と自体が胎児仮死の所見ないし兆候であり,元に回復したからといって
何ら胎児が元気であることを示すものではない(元に回復しなければも
はや終末期の手遅れ状態である。)。
被告らは,胎児心拍数が一般に正常値とされる毎分120以上あった
ことをもって胎児仮死の徴候が存在しなかった旨主張する。しかし,胎
児にもそれぞれの個性があるから,単純に毎分120以上あれば元気だ
と判断することはできない。本件胎児はそれまで毎分160程度で推移
してきたのであるから,それが毎分約120に低下したのは異常事態と
みることは当然である。また,11月27日の早朝は分娩監視装置では
心音が拾えないほど心音が弱っていたのであるから,心拍数の低下と併
せて考慮すると,胎児仮死の徴候だったことは明らかである。
イ感染の症状及び胎児仮死の兆候を見落としたこと
11月23日に原告Bの出血は治まり,おりものがだんだんと増え,同
月25日ころには日常生活ではありえない多量となった。乙2の1頁の同
月26日欄に,「ナプキンM×一(Mサイズ1個)」とあるが,これは産
褥用の大きめのものである。同日午後5時の診察でも被告医師はおりもの
が多いと膣洗浄を行っており,このように同月23日以降,帯下は増大し
ていった。また,同月25日午後9時ころ,原告Bは巡回してきたG看護
婦に対し破水のような感じがしたと報告をした。同月26日には原告Bは
全身の倦怠感,発熱,腰痛など体調不良を訴えており,同月24日以降,
NST結果には前記ア(ア)のとおり胎児仮死の所見が出現していた。同月
27日早朝には帯下の増加,38度4分の発熱,羊水の混濁,胎児心拍の
異常が認められた。これらの経過からすると,被告医師としては同月24
日以降,破水もしくはそれ以外の原因により原告Bと胎児が感染症に罹患
したことを疑い,分娩監視を強め,解熱作用をもつボルタレンの投与は感
染症を確認困難とするため投与を中止する等の措置をとるべきであった。
しかるに,被告医師は感染症を疑うことなく,ボルタレンの投与を中止
せず,死産を確認するまで感染症の罹患を見落としていたものである。
ウ分娩の遷延及びその経過観察
入院中,不規則ながらも陣痛が到来するが,なかなかお産が進まないこ
とから,被告医師は,11月24日に陣痛誘発剤であるプロスタE錠を投
与して陣痛を誘発させようと試みたのに,他方で陣痛を抑制する作用をも
つボルタレン坐薬を投与しており,分娩介助の方針が一貫しなかった。こ
のため,さらに分娩を遷延させ,母体と胎児を疲労させ,母体には微弱陣
痛を継続させ,特に胎児には長期間にわたる過度のストレスを与え,予備
能を低下させた。
加えて,被告病院においては,原告Bの経過観察を主に看護婦に頼って
おり,その経過観察は不十分であった。
なお,被告医師は,原告Bに陣痛が発来したのは同月27日午前5時5
5分ころであると主張するが,被告医師作成の母子手帳では分娩所要時間
「23時間31分」と明記されており,「娩出日時同日午後2時31
分」から逆算すると,同月26日の午後3時となることと矛盾する主張で
ある。
エ保健婦助産婦看護婦法に違反してF看護助手や看護婦を分娩介助に当た
らせたこと
F看護助手は,無資格者であるのに,NSTやドップラーを施行してそ
のほとんどにつき「児心音良好」と判断し,原告Bに陣痛誘発剤を継続服
用させるか否かを判断し,原告Bの母による同原告の様子をよく見てほし
い旨の訴えに対応せず,レボスパ注射を施行し,原告Bからの帝王切開手
術の申入れを拒絶する(後記4参照)などしたものである。
また,11月25日に原告Bが陣痛・破水を訴えた際にはG看護婦が応
対したのみで,被告医師らによる診察等はなされなかったし,同月26日
夜には,原告Bが不調を訴え,胎児心音に異常が現れているにもかかわら
ず,独自の判断資格はなく,NSTの判読能力もないH看護婦(准看護
婦)が1人で当直に当たり,翌27日午前6時25分頃の被告医師の診察
以降も,H看護婦に経過観察が任せられていた。
かように,被告病院では,無資格者であるF看護助手を単独で業務につ
かせ,胎児死亡までの9日間,准看護婦に分娩監視装置の記録の判断,分
娩経過観察を任せていた。特に異常が現れた同月25日以降も無資格者と
准看護婦に任せていたもので,保健婦助産婦看護婦法に基づいた分娩介助
態勢がとられていなかった。仮に同法に適合した分娩介助がなされていれ
ば,胎児に対するストレスや薬の副作用,感染症による影響を未然に防ぎ,
もしくは早期に発見することが可能で,予後に影響を与えることはなかっ
た。
オ帝王切開を実施しなかったこと
以上の事情に加え,11月26日午後4時以降,原告Bが37度5分の
熱を出していたこと,原告Bが体力に不安を感じて看護婦に帝王切開の申
し出をしたこと(後記5参照)をも考慮すれば,被告医師は,同日の段階
で帝王切開をなすべきであった。そうでなければ,同日からの母児の異常
について原因を明らかにするべきであった。少なくとも,胎児の状態を厳
重に監視するため,分娩監視装置による連続的監視をなすべきであったの
に,被告医師はこれを怠った。
また,同月27日午前6時25分の診察時においても,以上の事情に加
えて,膣洗浄の際,羊水混濁が認められたのだから,帝王切開を実施すべ
きであったのに,被告医師はこれを怠った。当時もう一人の患者の分娩と
重なってしまう可能性が高かったことから,被告医師は帝王切開を選択せ
ず,時期を失した。
なお,カルテ(乙A2の6頁)には羊水について「(白だく)」という
記載があるが,これは原告Bがカルテを見せてもらった平成12年1月1
1日時点では記載されておらず(甲A13参照),これ以降に書き加えら
れたものである。
カ被告医師の認識
なお,甲A14(診療報酬明細書)のうち平成11年11月分によると,
被告病院は分娩監視装置による諸検査を診療報酬として請求し,その理由
として「児心音に異常あり,NSTしました。」と記載しており,死産確
認以前において,被告医師が胎児仮死ないしその兆候を認識していたこと
が明らかである。
(2)被告らの主張
被告医師は,本件胎児の状態について十分な監視を行っており,原告ら主
張のような注意義務違反は存在しない。
アNST結果について
(ア)NST結果によれば,①11月26日午後4時15分ころ,同日午
後7時ころ及び同日午後9時30分ころにいずれも軽度の遅発一過性徐
脈が,②11月27日午前6時30分ころの心拍数基線が前日までと比
して毎分20ないし30程度低下していることは認められる。それ以外
に異常はない。
(イ)基線細変動の減少・消失を伴う遅発一過性徐脈は,胎児仮死を疑う
所見とされているが,①については,基線細変動は保たれているし,そ
の後回復しており,胎児仮死を疑う所見とは言い難い。
また,その程度は心拍数の低下の程度とも関係していると言われてい
るが,本件では心拍数の低下も軽微であり,問題にすべきものではない
と考えられる。
したがって,急速遂娩の措置をとる必要はなかった。
また,②については,胎児心拍数は毎分120以上の正常範囲内にあ
り問題はない。さらに重要なことは,基線細変動が保たれていることで
ある。これらの所見からすれば,胎児仮死を疑うべき状態であったとは
いえない。
(ウ)被告医師は,原告主張のような連続的監視こそ行っていなかったが,
適宜本件胎児の状態について監視していた。
すなわち,11月26日午後9時30分ころからNSTを午後10時
ころまで行ったが,特に異常な所見は認められなかった。その後も,看
護記録(乙A2の15頁)のとおり,同月27日午前零時,同日午前3
時にそれぞれH看護婦が,ドップラーによる胎児心音の測定を行ってい
るが,いずれも児心音は良好で異常は認められていない。
この際,H看護婦は,心拍数の数値が画面に表示されるカウント・ド
ップラーを使用しており,その数値により正常かどうかを判定した。そ
の数値が看護記録に記載されていなかったからといって,「児心音良
好」という記載が事実に反するものではない。
イ被告医師によるNST結果確認
NST結果は,異常のあるなしにかかわらず,毎日被告医師がチェック
していた。
本件でも,11月26日のうち午後7時以降に行われたNST結果,同
月27日午前6時30分から行われたNST結果については,同日午前9
時30分の診察までには確認した。
ウ分娩の遷延等について
いずれも否認ないし争う。
本件で陣痛が発来したのは11月27日午前5時55分ころからで,こ
の時期のモニタリングの回数も一般的に少ないものではない。
エF看護助手らによる分娩介助について
F看護助手が無資格なのにNST及びドップラー検査を施行したことは
事実であるが,注射は別の者が代わりに施行している。
被告医師は看護婦らに分娩監視装置の記録の判断,分娩経過観察を任せ
ていたものではなく,適宜の報告及び被告医師自身による記録の確認等に
より,分娩経過を把握していた。
オ帝王切開の実施について
11月26日に原告Bが熱を出していたこと,原告Bが看護婦に帝王切
開の申し出をしたことはいずれも否認する。
同月27日午前6時25分の診察で,多少の羊水の白濁が認められたが,
胎便による混濁ではなかった。分娩後の新生児所見においても,羊水はや
や白濁していたが,胎便の混入は認められなかった。
胎児は低酸素状態が続くと必ず胎便を排泄して羊水が黄色もしくは黄緑
色に混濁する。そのような混濁が認められなかったことは,胎児が低酸素
状態(胎児仮死)になかったことを表している。
また,原告らは他の患者の分娩と重なったことを強調するが,被告病院
では,緊急の際には産婦人科医の応援を求めるなどして対応できる態勢に
ある。
カ被告医師の認識について
甲A14のうち平成11年11月分に原告指摘の記載をしたのは,診療
報酬として請求する場合に,その理由を書く必要があるため(そうでなけ
れば診療報酬を認めてもらえない。)であり,実際に児心音に異常があっ
たこと及びこれを被告医師が認識していたことを示すものではない。
4レボスパ注射用(子宮頸管熟化剤)を不適切に使用した過失の有無
(1)原告らの主張
ア本来の用法・用量
レボスパ注射用についての用法用量は,妊娠末期(37週~41週)の
妊婦に,100ミリグラムを注射用水または5パーセントブドウ糖注射液
10ミリリットルに用時溶解し,100ないし200ミリグラムを1日1
回,週2ないし3回静脈内投与するとされている。重大な副作用としては,
①頻度は不明であるが,ショック・アナフィラキシー様症状を起こすこと
があるので,観察を十分に行い,チアノーゼ,呼吸困難,胸内苦悶,血圧
低下,蕁麻疹などの異常が認められた場合には投与を中止し,適切な処置
を行うこと,②頻度は不明であるが,胎児徐脈を来すことがあるので,観
察を十分に行い,異常が認められた場合には,投与を中止し,適切な処置
を行うことなどとされている。効能効果としては,妊娠末期子宮頸管熟化
不全における熟化の促進とされている。
イ本件でのレボスパ使用
被告医師は,原告Bに対して,分娩を進める目的で,11月23日,同
月25日,同月26日の各朝,昼,夕,同月27日の朝の計10回,1回
につきレボスパ200ミリグラムを使用したが,これは,妊娠末期の妊婦
に,100ミリグラムを注射用水または5パーセントブドウ糖注射液10
ミリリットルに用時溶解し,100ないし200ミリグラムを1日1回,
週2ないし3回静脈内投与する,とされる通常の使用量を超えたものであ
った。
このようなレボスパの多量投与が一因となって,11月26日のNST
結果には異常が現れていたから,被告医師はその使用を中止し,適切な処
置を行うべきであったのに,何らの措置を講じなかった。
11月27日午前6時30分ころからのNST結果も,同様に異常が現
れているから,当然にレボスパ使用を中止し,適切な処置を行うべきであ
った。しかし,被告医師は,指示を取り消さず,午前8時30分ころに朝
のレボスパ200ミリグラムを使用させている。
ウボルタレン坐薬とレボスパの同時使用について
被告医師は,子宮収縮抑制効果のあるボルタレン坐薬の使用を続け,微
弱陣痛を継続させていた。その一方で,上記の副作用を伴うレボスパを多
量に使用するという不合理で矛盾した治療方針をとり(レボスパ使用後の
子宮口の開大から検討すると,通常の1日使用量の3倍が使用されていた
にもかかわらず,あまり使用効果がなかったというべきである。),漫然
と分娩時期を待ち続けたため,分娩進行が遷延し,薬剤使用による副作用
から母体には疲労や感染の危険を増大させ,胎児においては胎児仮死の危
険を増大させた。
以上のとおり,被告医師は,レボスパの不適切な使用によって本件胎児
の状態を悪化させ,これが死産の重要な要因となった。
(2)被告らの主張
原告ら主張のとおり,レボスパの用法・用量につき使用上の注意に記載さ
れていること,本件において,通常使用量を超えた量を使用していたことは
認めるが,本件におけるレボスパの使用が胎児の状態を悪化させ(胎児仮
死),これが胎児死亡の重要な要因になったものではない。
レボスパの成分はDHA-S(硫酸結合型デヒドロエピアンドロステロ
ン)で,妊娠中には胎児の副腎から大量に分泌されている物質であり,他の
薬剤とは異なり外来物質(異種物質)ではない。DHA-Sの一部は胎盤で
卵胞ホルモンに転換されオキシトシン(下垂体由来の子宮収縮ホルモン)の
感受性を増大することが知られる。このためレボスパ投与中子宮収縮が強く
なることがあると言われている。
子宮頸管熟化不全に対する治療薬として,レボスパを使用する際,通常使
用量を越えて使用することは,一般臨床では多数の報告があり,本件でのレ
ボスパの使用についても不適切な使用とはいえない。その効果は,①直接的
な頸管熟化,②DHA-Sプライミングによりその場では変化は少ないが,
陣痛が発来した際,使用しなかったときに比べて比較的早く頸管熟化が起き
るといったもので,本件においては被告医師は②の効果を期待して投与した
ものである。
本件ではレボスパを投与している間,十分な観察を行っており,アナフィ
ラキシー様の症状もなく,その他の副作用と認められるような症状(子宮収
縮の増大等)も生じていないのであって,レボスパの不適切な使用により胎
児の状態を悪化(胎児仮死)させ,胎児死亡の重要な要因となった旨の原告
ら主張は誤りである。
5看護婦らが原告Bの帝王切開の申入れを無視した過失の有無
(1)原告らの主張
11月26日午後6時から7時ころ,原告Bは看護婦詰め所へ行き,F看
護助手及びE看護婦に対して,帝王切開をしてほしいと申し入れたが,必要
性がないとしてとりあわず,途中から話に加わったH看護婦とともに原告B
を説得した。原告Bは看護婦らに強く言われたこともあり,何も言わずに病
室に戻った。
このころはすでに入院8日目であり,微弱陣痛が持続しており,ボルタレ
ン坐薬やレボスパを使った治療中であるから,本来厳重な経過観察をすべき
時期であった。このときには原告Bの方から看護婦詰め所におもむき,帝王
切開術を希望するとの話をはじめたのであるから,看護婦らとしては被告医
師に取り次いだ上,原告Bから同医師に対して直接,帝王切開を受けること
を希望する理由について説明させる機会を確保するべき注意義務があった。
この時点で,被告医師に原告Bが直接,帝王切開の申し入れをした場合,被
告医師としては当時の母体と胎児の状態を改めて確認した上,原告Bの意思
を尊重して帝王切開の実施に踏み切るか,少なくとも原告Bの体調や胎児の
状態を一層,慎重かつ連続的に監視したはずであり,死産の事態は回避でき
た可能性が高い。しかるに看護婦らは原告Bの訴えをとりあわなかったため,
これが本件死産の原因となった。
よって,被告病院は看護婦らの使用者として損害賠償責任を負う(民法7
15条1項)。
(2)被告らの主張
いずれも否認ないし争う。
当時,原告Bに対する応対をしたのは,F看護助手,G看護婦及びH看護
婦であると思われる。H看護婦によれば,帝王切開の話が出たことはあった
が,原告Bから帝王切開の申し入れがあった事実はなく,被告医師に言って
ほしい旨頼まれた事実もない。
6損害
(1)原告らの主張
ア慰謝料
本件胎児は原告ら夫婦の最初の子どもであったこと,胎児は出産直前ま
で健全に成長していたにもかかわらず,被告医師がボルタレンの使用を指
示したことにより,動脈管閉鎖を惹起し,死産となったものであり,本来,
分娩を介助する立場にある医師が積極的に胎児死亡の原因を作ったこと,
しかも,本件分娩においてボルタレンを使用する医学的適用は全くなく,
逆に禁忌ないし危険性を警告されていたこと,すなわち,正常な分娩,出
産が期待できたのに被告医師の措置によって死産をもたらしたものであり,
その責任は極めて重大であることなどの事情にかんがみると,原告Aの慰
謝料額としては1000万円,原告Bの慰謝料額としては1500万円が
相当である。
イ弁護士費用
(ア)原告A75万円
(イ)原告B150万円
(2)被告らの主張
いずれも争う。
第5当裁判所の判断
1争点1について
(1)前記争いのない事実,証拠(甲A2,甲B1ないし7,鑑定の結果,鑑
定人I)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
ア本件胎児の死亡に至る経緯
(ア)原告B(昭和44年6月5日生)は,4月14日に被告病院で妊娠
と診断された当時,29歳の初産婦であり,分娩予定日が12月10日
と診断され,それ以降被告病院に通院して被告医師の診察を受けた。9
月28日,10月21日の来院時には骨盤位となっていたが,10月2
7日以降は頭位となっており,ほかに異常はなかった。
(イ)11月19日,原告Bは出産のために被告病院に入院した。そして,
同月24日から死産に至るまでの本件胎児の状態は,NSTによると次
のとおりであった。
11月24日午後4時40分から翌25日午後9時50分までは,①
心拍数基線は140bpmないし145bpm,基線細変動は10b
pm,一過性頻脈あり,一過性徐脈なし。
②11月26日午前7時02分には,心拍数基線は150bpm,基
線細変動は5bpm,一過性頻脈の有無は不明,一過性徐脈の疑いが
ある。
③11月26日午前10時50分には,心拍数基線は155bpm,
基線細変動は5bpm,一過性頻脈も一過性徐脈もない。
④11月26日午後2時05分には,心拍数基線は不定であり,基線
細変動は10bpm,一過性頻脈はなく,遅発一過性徐脈の疑いがあ
る。
⑤11月26日午後4時20分には,心拍数基線は165bpm,基
線細変動は5bpm,一過性頻脈はなく,遅発一過性徐脈がある。
⑥11月26日午後7時09分から同日午後9時40分までは,心拍
数基線は145bpmないし160bpm,基線細変動は5bpmな
いし10bpm,一過性頻脈はあり,遅発一過性徐脈がある。
⑦11月26日午後9時40分には,心拍数基線は145bpm,基
線細変動は5bpm,一過性頻脈はあり,遅発一過性徐脈がある。
(ウ)被告医師は,原告Bが強い腰痛を訴えたことから,同人に対して,
11月19日午後10時50分,同月24日午前3時,同日午後10時
30分,同月25日午後10時15分,同月26日午前10時45分,
同日午後7時に,それぞれボルタレン坐薬を1個50ミリグラムずつ使
用している。
また,被告医師は,原告Bに対して,11月23日,同月25日,同
月26日の各朝,昼,夕,同月27日の朝の計10回,1回につきレボ
スパ200ミリグラムを使用している。
(エ)そして,本件胎児は,11月27日午前10時30分ころ,心臓が
停止していることが確認され,同日午後2時31分ころ,胎児を経膣的
に分娩したが死産であった。
本件胎児は,体重3834グラム,身長54センチメートルで,所見
は前胸部,前腕部に皮膚剥離が認められ,羊水がやや混濁していたが,
胎便の混入は認められなかった。また,腹部がやや膨満していた。
(オ)被告医師は,同日,原告Aの両親,兄,原告Bの両親に対し,本件
胎児の死亡原因としては,未知の感染症か,内臓の異常が考えられると
説明した。
(カ)なお,原告Bは,11月27日午前6時25分ころ,体温が38度
4分あったことから,同日午前8時26分ころ,抗生剤であるケニセフ
1グラムを静注された。そして,同日午後4時20分ころ,体温が40
度となったので,抗生剤であるケニセフ1ミリグラム及びイセパシン4
00ミリグラムを静注された。同日午後6時20分ころ,体温は36度
4分に下がり,以降体温は同月28日午前6時ころ35度4分,同日午
後3時ころ35度8分,同月29日午後3時ころ36度4分,同月30
日午前には35度9分であった。そして,同月28日の採血結果による
と,白血球数の数値が高かった。
12月4日過ぎころ,原告Bは,発熱,発疹等の症状が出たため抗生
剤の点滴を受けたが,発熱,発疹等は治まらず,12月8日,原因菌は
MRSAであると告げられ,その後の治療により回復した。
イ医学的知見
(ア)ボルタレンの薬理作用
平成11年11月改訂のボルタレンの添付文書には,妊婦又は妊娠し
ている可能性のある婦人には禁忌である(投与してはいけない)こと,
妊娠中の投与で,胎児に動脈管収縮・閉鎖,徐脈,羊水過少が起きたと
の報告があり,胎児の死亡例も報告されていること,分娩に近い時期で
の投与で,胎児循環持続症(PFC),動脈管開存,新生児肺高血圧,
乏尿が起きたとの報告があり,新生児の死亡例も報告されていること,
用法及び用量は,成人に対してはジクロフェナクナトリウムとして通常
1回25ないし50ミリグラムを1日1ないし2回,直腸内に挿入する
が,年齢,症状に応じ低用量投与が望ましいということの記載がある。
ボルタレンはプロスタグランディン合成阻害剤であり,プロスタグラ
ンディン合成阻害剤は鎮痛作用とともに強い子宮収縮抑制作用があり,
早産の治療薬として産科領域では古くから使用されてきたものであるが,
胎児の動脈管を収縮させ閉鎖することも知られており,妊娠中の使用に
は注意が必要とされている。プロスタグランディン合成阻害剤のうちイ
ンドメサシン母体投与による胎児動脈管収縮については多くの報告があ
り,24時間以内に収縮が始まり,特に妊娠の後半期にその危険性が増
すといわれている。インドメサシンによる動脈管収縮は一過性で薬剤中
止により再開通するため,回数を限定した使用,あるいは胎児動脈管の
血流を観察し異常が認められたら直ちに中止することが推奨されている。
動脈管の不可逆的な閉鎖は胎内死亡の原因となり,インドメサシン母体
投与による動脈管閉鎖を原因とする胎内死亡の報告もある。ボルタレン
についてはインドメサシンほど多くの報告はないが,同様の危険性が存
在するものと考えられている。
(イ)レボスパの薬理作用
レボスパは,妊娠中に胎児が大量に作っているエストロゲンというホ
ルモンと同じ物質であり,これを妊婦に使用することによって子宮口を
柔らかくする作用がある。
なお,副作用として子宮が収縮することはあるが,妊婦に通常の使用
量を超えて投与しても,そして,ボルタレンと併用しても,胎児死亡の
原因となるものではない。
(ウ)胎児心拍数基線
胎児心拍数のうち,一過性に上昇または下降する部分を除いた平坦な
部分であり,普通5ないし10分間の平均値で示す。その単位は1分間
の心拍数で表す。120bpm以上160bpm以下が正常脈である。
(エ)頻脈
持続して心拍数基線レベルが160bpmを超えるものをいう。前期
破水,破水後の分娩遷延,母体の感染などで発熱した場合に多い。胎児
仮死の初期にも頻脈になる。胎児が興奮状態にあるとみられる。
(オ)徐脈
持続して心拍数基線レベルが120bpmを下回るものをいう。心拍
数基線レベルが110bpm以上120bpm未満の軽度徐脈は胎児仮
死の状態にみられる。心拍数基線レベルが110bpm未満の高度徐脈
は胎児の心臓に刺激伝導系の異常があるときにみられる。
(カ)基線細変動
基線の変動を示すもので,次の2つに分類される。
①STV
心拍ごとに計算された心拍数の微細な変化で,胎児心拍数図上から
肉眼では判読できない。
②LTV
1分間に2ないし6回のゆるやかな波状の変化である。この振幅が
10bpm以上であれば,胎児の自律神経系の反応は活発で,胎児は
元気である。この振幅が5bpm以下で小さいと,胎児心拍数図は直
線状となり,「LTV消失(LOV)」と呼ばれる。これは胎児が未
熟,胎児発育遅延,無脳児,麻酔剤の使用,胎児が睡眠中などがあげ
られる。また,胎児仮死や胎児不整脈などでもLTVは消失する。
(キ)一過性頻脈
胎児心拍数基線より一過性に上昇して最高が15bpmとなり,基線
に戻るまで15秒間以上かかるものである。普通は胎動に一致して出現
する。これは胎児が健在で元気なことを表す。
(ク)一過性徐脈
子宮収縮に伴って一過性に徐脈となるもの。胎児が低酸素状態に陥っ
たときに生じる異常所見であるといわれている。子宮収縮の開始点と徐
脈の開始点や子宮収縮のピーク点と徐脈の最下点の時間的遅れなどから,
早発一過性徐脈,遅発一過性徐脈,変動一過性徐脈の3種類に分類され
る。
(ケ)遅発一過性徐脈
子宮収縮より遅れて徐脈が始まり,その最下点は子宮収縮のピーク点
よりかなり遅れる。これが子宮収縮ごとに出現したら,胎児仮死である。
(コ)MRSA感染症
MRSA感染症は発熱などの症状を伴うものであり,バンコマイシン
が有効な抗菌薬とされており,ケニセフやイセパシンは感受性がないと
されている。
(2)検討
前提事実に前記(1)で認定したところを総合すると,11月24日までは
本件胎児に特段の異常所見は認められなかったにもかかわらず,同月26日
になって本件胎児に,低酸素状態に陥った異常所見とされる一過性徐脈ない
しその疑いが出現し,同月27日午前10時30分ころに本件胎児の心停止
が確認されていること,原告Bは,被告病院に入院した11月19日午後1
0時50分にボルタレン50ミリグラムの投与を受けたほか,同月24日午
前3時及び午後10時30分,同月25日午後10時15分,同月26日午
前10時45分及び午後7時にもそれぞれボルタレン50ミリグラムの投与
を受けていること,原告Bの出産予定日は12月10日とされており,上記
各ボルタレン投与はいずれも原告Bの妊娠後期にされたものであること,ボ
ルタレンは,本件胎児の動脈管を収縮・閉鎖させる作用を有していて,妊娠
中の投与には胎児の動脈管閉鎖による胎児死亡の危険性が存し,特に妊娠後
期にはその危険性が増大するとされていること,平成11年11月に改訂さ
れたボルタレンの添付文書には,妊婦又は妊娠している可能性のある婦人に
は禁忌であり,妊娠中の投与により胎児に動脈管収縮・閉鎖,徐脈,羊水過
少が起きたとの報告や胎児が死亡した例があるとの報告がされている旨が記
載されるとともに,成人に対しては通常1回25ないし50ミリグラムを1
日1ないし2回投与するが,年齢・症状に応じて低用量投与が望ましい旨が
記載されていることが認められる。これらの各事実によると,11月24日
までは本件胎児に特段の異常所見がなかったにもかかわらず,同月24日か
ら同月26日にかけて,妊娠後期の妊婦であった原告Bに対し,前記のよう
な作用と危険性を有し妊婦には禁忌とされているボルタレンが,連続的に,
しかも,通常使用の範囲内であるとはいえ,その上限とされる量が投与され,
連続的投与の開始の翌日から前記ボルタレンの薬理作用に符合する一過性徐
脈ないしその疑いが胎児に出現するとともに,最終投与からわずか15時間
余り後に胎児が心停止に至っているということができる。以上の点に,鑑定
人Iが,本件胎児の死亡原因が明らかでないとしながらも,ボルタレンの投
与が本件胎児の死亡原因となった可能性がある旨を指摘していること,他に
本件胎児の死亡原因となりうる具体的事情が見当たらないことを併せ考慮す
ると,本件胎児の死亡原因は,被告医師によるボルタレン投与であると推認
するのが相当である。
なお,①原告Bには,本件胎児の死亡当日に38度4分から40度の発熱
があり,これは当日のうちに解熱したものの,その1週間余り後にも発熱が
あり,後者の発熱はMRSAによるものであることが判明したこと,②被告
医師は,本件胎児の死亡当日,未知の感染症か内臓の異常が胎児死亡の原因
である旨述べたことも認められるが,本件胎児死亡の当日の原告Bの発熱は,
MRSAに感受性のないケニセフ及びイセパシンの投与によって解熱してい
ることに鑑みると,本件胎児死亡当日の原告Bの発熱がMRSAによるもの
であって,本件胎児の死亡原因もMRSA感染症によるものであるとは推認
することができないし,被告医師の上記言動も何らかの具体的な根拠に基づ
いたものとは認め難いから,上記各事情をもって,前記認定判断を左右する
には足りないというほかない。
2争点2について
(1)前記争いのない事実,証拠(甲A3,甲B7,8,鑑定の結果,鑑定人
I,被告D)及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。
ア平成11年11月当時のボルタレンに関する情報
(ア)平成10年7月改訂のボルタレンの添付文書には,妊娠中の投与に
関する安全性は確立していないので,妊婦又は妊娠している可能性のあ
る婦人には,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ
投与すること,妊娠末期に投与したところ,胎児循環持続症(PFC)
が起きたとの報告があるので,妊娠末期には投与しないことが望ましい
こと,妊娠末期のラットに投与した実験で,胎児の動脈管収縮が報告さ
れていること,子宮収縮を抑制することがあること,腰痛症などの鎮痛
・消炎や緊急解熱といった効能があることの記載がある。
(イ)また,平成11年11月当時,産婦人科医の間では,ボルタレンは
妊娠末期にはできるだけ使用を控えようとされており,例えば,妊婦の
39度を超えるような高熱により胎児が危険な状態にあり,これを回避
するために使用する場合のような,有益性が危険性を上回る場合にのみ
使用すべきであり,その場合でも,胎児動脈管閉鎖の可能性を念頭に置
いて連用は避けるべきであるし,使用する場合には超音波で動脈管の径
を測りながら使用をするのが望ましいとされていた。
イ被告医師の認識可能性
被告医師は,平成11年11月改訂のボルタレンの添付文書の記載内容
(ボルタレンは妊婦については禁忌とされていたこと)については,平成
11年12月下旬に製薬会社から被告医師に通知されるまでは知り得なか
ったものの,平成11年11月当時,上記ア(ア)の記載内容については知
り得る状況にあった。
また,被告医師は産婦人科医であったことから,上記ア(イ)についても
知り得る状況にあったし,胎児動脈管閉鎖から胎児死亡に至ることがある
ということについても認識し得る状況にあった。
ウ被告医師によるボルタレンの使用状況
被告医師は,平成11年11月当時,ボルタレンは妊娠末期には使用し
ないことが望ましいということについて認識はしていたが,妊婦が強い腰
痛や関節痛を訴える場合には使用し続けていた。
そして,原告Bに対しても,同人が強い腰痛を訴えたことから,痛み止
めとしてボルタレンを前記1(1)ア(ウ)のとおり6回使用した。
(2)被告医師がボルタレンを不適切に使用した過失
被告医師は産婦人科医として原告Bの診療に当たっていた者であるところ,
平成11年11月当時に被告医師が認識し得た医学的知見を基礎として,医
薬品の処方,投与については,副作用による悪い結果を防止するため,医療
上の知見に従い,副作用の発現に留意しつつ行うべき注意義務を負っていた
ものである。そして,原告Bは妊娠末期であり,平成10年7月改訂のボル
タレンの添付文書によると投与しないことが望ましいとされている者に該当
すること,妊娠末期の原告Bに投与すると胎児動脈管閉鎖により胎児が死亡
する危険性があり,他方,ボルタレンの投与による有益性は原告Bの腰痛が
緩和されるというものにすぎず,妊婦の腰痛の緩和が胎児死亡の回避を上回
る有益性を有するということはできないことなどに鑑みると,前記認定のと
おり平成11年11月当時に被告医師が知り得たと認められる医学的知見を
前提としても,被告医師には,前記1(1)ア(ウ)の時点において,原告Bに
対してボルタレンの使用を避けるか,少なくとも,胎児動脈管閉鎖を念頭に
置いて連続投与を避けるべき注意義務があったということができる。
それにもかかわらず,被告医師は,前記1(1)ア(ウ)のとおり,原告Bに
対して漫然とボルタレンを連続投与したものであり,上記注意義務に違反し
たというべきである。
よって,争点3ないし5について検討するまでもなく,被告医師には過失
があったと認められる。
3争点6について
本件胎児は,原告らにとって,初めての子供であり,出産直前まで健全に成
長してきたのであるから,原告Aは父親として,原告Bは母親として,本件胎
児の出産に対する期待が高まっていた状態にあったと推認することができる。
そうだとすると,原告らは,本件胎児の死亡によって,新生児が死亡した場合
にも比肩する精神的損害を被ったものと認定するのが相当である。さらに,妊
婦である原告Bは,妊娠,分娩における苦労や苦痛があったことにかんがみれ
ば,その被った精神的苦痛は,原告Aの被った精神的苦痛と比べて大きいもの
と認めるのが相当である。そして,被告医師の注意義務違反の態様,程度その
他諸般の事情をも総合考慮すると,原告らに対する慰謝料の額は,原告Aにつ
き250万円,原告Bにつき500万円とするのが相当である。
また,原告らが本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任したこと
は,当裁判所に顕著な事実であるところ,本件事案の性質,審理経過,認容額
等諸般の事情に照らせば,本件と相当因果関係のある弁護士費用の額は,原告
Aにつき25万円,原告Bにつき50万円と認めるのが相当である。
4結論
以上の次第で,原告らの請求は,原告Aに対し275万円,原告Bに対し5
50万円及び前記各金員に対する本件胎児の死産の日である平成11年11月
27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払
いを求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないか
らこれを棄却することとする。
松山地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官坂倉充信
裁判官角谷昌毅
裁判官齊藤貴一

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弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
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採用担当宛