弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
     右部分につき本件を広島高等裁判所岡山支部に差し戻す。
         理    由
 上告指定代理人貞家克己、同田代暉、同筧康生、同小島正義、同加藤堅、同福永
安二、同三浦昭二、同西本弘司の上告理由第一点ないし第三点について
 一 原審が確定した事実関係は、おおよそ次のとおりである。
 (一) 被上告人は、昭和二七年当時大蔵事務官として林野税務署に勤務し、同年
六月二五日同税務署長が国家公務員法七三条一項二号、旧人事院規則一〇―一、同
細則一〇―一―一及び税務職員健康管理規程(昭和二七年国税庁訓令特第一三号)
に基づいて実施した定期健康診断(以下「本件健康診断」という。)の一環として
の胸部エツクス線間接撮影による検診を受けた。
 (二) 林野税務署長は、前記国税庁訓令により、右健康診断の結果職員に罹患の
疑いがある旨の報告を受けたときには当該職員に対し精密検査を受けるよう指示し、
更に精密検査の結果罹患の事実が明らかになれば当該職員の職務に関し健康保持上
必要な措置をとるべき職責を有していたものであるところ、前記エツクス線撮影に
かかるフイルムには被上告人が初期の肺結核に罹患していることを示す陰影があつ
たにもかかわらず、同税務署長は当時被上告人に対しなんら右のような指示も事後
措置も行わなかつた。
 (三) このため、被上告人は従前に引き続き内勤に比して労働の激しい外勤の職
務に従事した結果、翌二八年六月二八日実施された定期健康診断により結核罹患の
事実が判明するまでの間にその病状が悪化し、長期療養を要するまでに至つた。
 以上のような事実関係に基づいて、原審は、前記フイルムの読影を担当した医師
を含め、本件健康診断及びその結果に基づく措置に関する事務を担当したいずれの
者の過失によつて林野税務署長が前記指示及び事後措置を行わなかつたのかを確定
するまでもなく、また、前記フイルムの読影をしたのが広島国税局長直属の医官で
あつたか林野税務署長より嘱託を受けた外部の医療機関所属の医師であつたかを問
うまでもなく、前記事後措置がとられなかつたことによる病状の悪化によつて被上
告人が被つた損害につき上告人は国家賠償法一条一項による賠償義務を負うものと
判断し、被上告人の上告人に対する損害賠償請求の一部を認容した。
 二 国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被
害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為に
よるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれ
かに行為者の故意又は過失による違法行為があつたのでなければ右の被害が生ずる
ことはなかつたであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによ
る被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が
存在するときは、国又は公共団体は、加害行為不特定の故をもつて国家賠償法又は
民法上の損害賠償責任を免れることができないと解するのが相当であり、原審の見
解は、右と趣旨を同じくする限りにおいて不当とはいえない。しかしながら、この
法理が肯定されるのは、それらの一連の行為を組成する各行為のいずれもが国又は
同一の公共団体の公務員の職務上の行為にあたる場合に限られ、一部にこれに該当
しない行為が含まれている場合には、もとより右の法理は妥当しないのである。
 本件についてこれをみるのに、本件被害は、前記のように、被上告人が勤務する
林野税務署において同税務署長が実施した職員の定期健康診断にあたり、当時被上
告人が初期の肺結核に罹患しており、右診断の一環として行われた胸部エツクス線
撮影にかかるフイルム中にこの事実を示す陰影が存したにもかかわらず、これが判
明しておれば被上告人の職務に関し当然とられたであろう健康保持上の必要措置が
とられないまま被上告人において従前どおりの職務に従事した結果病状が悪化し、
長期休養を余儀なくされたというにあるところ、原審は、右の事情のもとでは、レ
ントゲン写真の読影にあたつた医師においてその過失により右陰影を看過したか、
又は右陰影の存在した事実を報告することを懈怠した違法があつたか、右林野税務
署において職員の健康管理の職責を有する職員において右の点についての報告を受
けたにもかかわらずその故意又は過失によつて更に執るべき措置を執らなかつた違
法があつたか、あるいは両者の中間にある職員においてその故意又は過失により報
告の伝達を怠つた違法があつたかのいずれかの原因によつて右のような結果を生じ
たものと認めるべきものであるとし、更に、以上の本件健康診断に関する一連の行
為は、いずれも上告人国の公権力の行使たる性質を有する職員の健康診断を組成す
る行為であり、かつ、行為者はいずれも国の公務員であつて、仮にレントゲン写真
による検診とその結果の報告に関する限りは前記林野税務署長の嘱託を受けた保健
所の職員である医師が行つたものであるとしても、同人の右行為が右嘱託に基づく
ものである以上、なお同人はその行為に関する限りにおいては上告人の公権力の行
使にあたる公務員というべきであるとの見解のもとに、上告人は結局被上告人の上
記被害につき国家賠償法一条一項の規定による賠償責任を免れることができないと
している。
 ところで、以上の各行為のうち、レントゲン写真による検診及びその結果の報告
を除くその余の行為が林野税務署の職員の健康管理の職責を有する同税務署長その
他の職員の行為であり、それらがいずれも上告人国の公権力の行使にあたる公務員
の職務上の行為であることについては特段の問題はなく、上告人が専ら争つている
のは、前記レントゲン写真による検診等の行為の性質についての原審の上記判断の
当否である。思うに、右のレントゲン写真による検診及びその結果の報告は、医師
が専らその専門的技術及び知識経験を用いて行う行為であつて、医師の一般的診断
行為と異なるところはないから、特段の事由のない限り、それ自体としては公権力
の行使たる性質を有するものではないというべきところ、本件における右検診等の
行為は、本件健康診断の過程においてされたものとはいえ、右健康診断におけるそ
の余の行為と切り離してその性質を考察、決定することができるものであるから、
前記特段の事由のある場合にあたるものということはできず、したがつて、右検診
等の行為を公権力の行使にあたる公務員の職務上の行為と解することは相当でない
というべきである。もつとも、そうであるとしても、本件における右検診等の行為
が上告人の職員である医師によつて行われたものであれば、同人の違法な検診行為
につき上告人に対して民法七一五条の損害賠償責任を問疑すべき余地があり(もつ
とも、多数者に対して集団的に行われるレントゲン検診における若干の過誤をもつ
て直ちに対象者に対する担当医師の不法行為の成立を認めるべきかどうかには問題
があるが、この点は暫く措く。)、ひいてはさきに述べた一般的法理に基づいて上
告人の賠償責任を肯定しうる可能性もないではないが、仮に上告人の主張するよう
に、右検診等の行為が林野税務署長の保健所への嘱託に基づき訴外岡山県の職員で
ある同保健所勤務の医師によつて行われたものであるとすれば、右医師の検診等の
行為は右保健所の業務としてされたものというべきであつて、たとえそれが林野税
務署長の嘱託に基づいてされたものであるとしても、そのために右検診等の行為が
上告人国の事務の処理となり、右医師があたかも上告人国の機関ないしその補助者
として検診等の行為をしたものと解さなければならない理由はないから、右医師の
検診等の行為に不法行為を成立せしめるような違法があつても、そのために上告人
が民法の前記法条による損害賠償責任を負わなければならない理由はないのである。
そうすると、原審が、これと異なる前記のような見解に立ち、本件健康診断におけ
る一連の行為のいずれに違法があつたかを具体的に特定するまでもなく結局上告人
は損害賠償責任を免れないと判断したのは、法令の解釈適用を誤り、ひいては審理
不尽による理由不備の違法を犯したものといわざるをえない。
 三 右の次第で、論旨は理由があり、原判決中被上告人の請求を認容した部分は
その余の上告理由について判断するまでもなく破棄を免れず、本件健康診断に基づ
く被上告人に対する事後措置がとられなかつたのがこれに関する業務のいかなる過
程における過誤に基づくものか、仮にこれが検診を担当した医師の過誤に基づくも
のであるとすれば、その医師は上告人の被用者であるか、また、その過誤は被上告
人に対する関係において不法行為の要件としての違法性を帯有するものかどうか等
について更に審理を尽くさせるため、右破棄にかかる部分につき本件を原審に差し
戻すのを相当とする。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    本   山       亨
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    谷   口   正   孝

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