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平成13年(行ケ)第64号 特許取消決定取消請求事件(平成15年3月10日
口頭弁論終結)
          判         決
       原      告   株式会社キッツ
訴訟代理人弁護士   小   杉   丈   夫
同          内   田   公   志
同          鮫   島   正   洋
同          安   立   欣   司
       被      告   特許庁長官 太 田 信一郎
       指定代理人      沼   澤   幸   雄
同          小   林       明
同森   田   ひ と み
同          一   色   由 美 子
同          宮   川   久   成
          主         文
      特許庁が異議2000-70785号事件について平成12年12月
27日にした決定を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,発明の名称を「中空糸型膜分離ユニット」とする特許第29396
44号発明(平成2年6月29日出願,平成11年6月18日設定登録。以下「本
件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。その後,
本件特許につき特許異議の申立てがされ,この申立ては,異議2000-7078
5号事件として特許庁に係属した。原告は,平成12年7月31日,本件特許出願
の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲等の訂
正(以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は,上記事件につき審理した
結果,同年12月27日,「訂正を認める。特許第2939644号の請求項1に
係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本
は,平成13年1月22日,原告に送達された。
 2 本件訂正に係る本件発明の要旨
   高分子材料よりなる複数の中空糸膜を結束し,この中空糸膜の結束端部にお
ける中空糸膜相互の隙間を封止剤によって封止し,かつ結束端部を封止した中空糸
膜をハウジングに収納した中空糸型膜分離ユニットにおいて,上記中空糸膜の材質
をオレフィン系樹脂のうちポリプロピレンとし,かつ封止剤の材質をオレフィン系
樹脂のうちポリエチレンとすると共に,この封止剤の融点は,中空糸膜の融点より
低温域であり,その加工温度は,中空糸膜の融点より低く,かつ封止剤の融点以上
の雰囲気下の温度であり,この加工温度で封止剤と中空糸膜結束端部を加熱し,中
空糸膜端部を溶融させることなく封止剤を溶融流動状態にした後に,封止剤を冷却
固化させて中空糸膜の結束端部の中空糸膜相互の隙間を封止し,更に,分離ユニッ
トを構成する接液部材であるハウジングを前記封止剤や中空糸膜と同一系統のオレ
フィン系樹脂で成形したことを特徴とする中空糸膜分離ユニット。
 3 本件決定の理由
   本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正を認め,本件発明の
要旨を本件訂正に係る本件明細書(以下「訂正明細書」という。)の特許請求の範
囲のとおり認定した上,本件発明は,特開平1-218605号公報(本訴甲4,
以下「刊行物1」という。)及び特開昭64-47409号公報(本訴甲5,以下
「刊行物2」という。)に記載された発明(以下,それぞれ「刊行物1発明」,
「刊行物2発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたも
のであり,特許法29条2項に該当し特許を受けることができないものであって,
本件発明の特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたもの
と認められるから,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附
則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を
定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により取り消されるべきも
のとした。
第3 原告主張の決定取消事由
   本件決定の本件発明及び刊行物1発明の認定並びに両発明の一致点及び相違
点の認定は認める。
   本件決定は,本件発明と刊行物1発明との相違点1~3の判断を誤った(取
消事由1~3)ものであるから,取り消されるべきである。
 1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)
   本件決定は,「本件発明では,封止剤の材質を中空糸膜より融点の低いオレ
フィン系樹脂のうちのポリエチレンとするのに対して,刊行物1発明では,封止剤
の材質が中空糸膜と同一素材のポリプロピレンである点」を「相違点1」と認定し
た上(決定謄本5頁第4段落),相違点1に係る構成は,当業者にとって,刊行物
2の記載により容易に想到し得るものと判断したが(同6頁第3段落),誤りであ
る。
  (1) 同一系統の樹脂の組合せ
    本件決定は,刊行物2(甲5)に中空糸及び封止剤の双方にオレフィン系
樹脂を選択する組合せが例示されているとし(6頁第2段落),被告は,刊行物2
の二つの実施例に基づいて,同一系統の樹脂同士の組合せが良いことが示唆されて
いると主張する。しかしながら,刊行物2は,中空糸に用いる樹脂として,フッ素
系樹脂,オレフィン系樹脂等6種類の有機高分子樹脂群のほか,無機系の樹脂群等
多数のものを挙げており,一方,中空糸束端部を固定するために用いる樹脂とし
て,フッ素系樹脂,オレフィン系樹脂等6種類の有機高分子樹脂群を挙げている
が,実施例は,このうちフッ素系樹脂に関するもののみである。刊行物2には,中
空糸及び封止剤の双方に同一系統の樹脂を選択する組合せがよいことの記載はな
く,上記の実施例からこれを導くこともできないから,中空糸及び封止剤の双方に
同一系統の樹脂を選択する組合せが良いことが示唆されているということはできな
い。
  (2) 刊行物1と刊行物2の組合せ
    ポリプロピレンから成る中空糸とポリエチレンから成る封止剤の組合せ
は,熱融着しない樹脂同士の組合せであるから,この組合せのみにより中空糸膜端
部を確実に封止することはできない。
    刊行物1(甲4)は,中空糸と封止剤が液密的に熱融着されていることを
特徴としている。したがって,刊行物1は,中空糸と封止剤が液密的に熱融着し得
ない樹脂の組合せは,むしろ積極的に否定している。そうであれば,ポリエチレン
とポリプロピレンが熱融着しないことは,当業者にとって周知の技術的知見である
から,刊行物2(甲5)において,中空糸及び封止剤の素材として,いずれもオレ
フィン系樹脂が開示されているとしても,中空糸と封止剤が液密的に熱融着するこ
とを必須の要件としている刊行物1との組合せは,阻害されるし,刊行物2を適用
するとしても,刊行物1が液密的な熱融着を必須の要件としていることに起因し
て,樹脂選択の幅が限定され,熱融着しないポリエチレンとポリプロピレンを選択
する組合せは排除されざるを得ない。
  (3) アンカー効果
    アンカー効果とは,流動性の良好な封止剤が中空糸膜相互間の間隙及び中
空糸表面の孔に進入し,くさびのように封止剤自身を中空糸膜上において固定する
効果(以下「アンカー効果」という。)であるが,形成された孔の中に液状となっ
た封止剤が侵入することが発生条件であるから,中空糸膜に形成された孔径と,中
空糸膜を封止剤によって封止する際に侵入すべき封止剤の粘度との相関によって,
これが発生したり発生しなかったりする。
    刊行物2発明(甲5)において,中空糸束の端部を固定するために用いる
樹脂は,中空糸の転移点よりも低い融点を持つ樹脂であれば,フッ素系樹脂でもイ
ミド系樹脂でも良いと明記されている。そして,フッ素樹脂に軟化点がなく,溶融
しても軟化変形しないことや,イミド樹脂に融点がなく,そもそも溶融しないこと
は,当業者にとって明らかである。
    アンカー効果を得る前提としては,少なくとも,中空糸端部を固化させる
樹脂が液化しなければならず,その場合の液化した樹脂の粘度が高くなく,遠心法
を用いるという三つの条件が充足される必要がある(乙2)。しかし,刊行物2
(甲5)には,遠心法について言及があるものの,中空糸に用いることができると
される樹脂のうち,フッ素樹脂は軟化点がなく,溶融しても軟化変形しないし,イ
ミド樹脂に融点がないことは当業者に明らかである。刊行物2発明は,封止剤と中
空糸の端部が融着固定されれば足り,封止剤が軟化点や融点を持つかどうかについ
て全く関心がないのであるから,封止剤となる樹脂が液化することを要求している
わけではなく,溶融時において粘度が低いということも要求しているわけではない
のであって,アンカー効果による固着を要素とする本件発明の技術的思想とは異な
るものである。
  (4) 中空糸膜端部を確実に封止する効果
    本件決定は,本件発明が中空糸膜端部を確実に封止することができるとの
作用効果を奏する点について,刊行物2の記載から当業者が容易に予想することが
できる程度のものであると判断するが(決定謄本6頁第4段落),この点も誤りで
ある。刊行物2(甲5)には,その作用効果として確実な封止ができるとは明記さ
れておらず,唯一,実施例において,エアーリークテストを行ったがシール漏れは
見られなかったと記載されているにとどまる。したがって,刊行物2発明の構成要
件により開示されている内容のみにより,必ず確実に封止をするという本件発明の
顕著な作用効果を予測することはできない。
 2 取消事由2(相違点2に対する判断の誤り)
   本件決定は,「本件発明では,加工温度が中空糸の融点より低く,封止剤の
融点以上の雰囲気下の温度であるのに対して,刊行物1発明では,加工温度がいわ
ば封止剤を溶融して中空糸膜相互を溶融接着させる程度の温度である点」を「相違
点2」と認定した上(決定謄本5頁第5段落),相違点2に係る構成は,刊行物2
により,当業者が容易に想到し得るものとしたが(同6頁第5段落),誤りであ
る。
   刊行物2発明(甲5)の作用効果は,溶出物の極めて少ない対薬品性,耐熱
性に優れた中空糸モジュールを得ること,中空糸膜の溶融,変形のないことに尽
き,この二つの作用効果を得るために刊行物2発明で必要となる加工温度の条件
は,中空糸膜の転移点以下で封止剤の融点以上であることのみである。
   これに対して,本件発明は,熱融着しないポリプロピレン製の中空糸とポリ
エチレンの封止剤の組合せであっても,アンカー効果によって,中空糸膜端部を確
実に封止するというものであるから,封止剤は,単に溶融するだけでは足りず,流
動性の高い状態となることを要する。このような差異があるため,刊行物2に接し
た当業者が本件発明の加工温度に想到することはできない。
 3 取消事由3(相違点3に対する判断の誤り)
   本件決定は,「本件発明では,中空糸膜結束端部を溶融させることなく封止
剤を溶融流動状態にして中空糸膜相互の隙間を封止するのに対し,刊行物1発明で
は,中空糸膜と封止剤が溶融接着して中空糸膜相互の隙間を封止する点」を「相違
点3」と認定した上(決定謄本5頁第6段落),相違点3に係る構成は,刊行物2
に接した当業者が容易に想到し得るものとしたが(同6頁最終段落),誤りであ
る。
   すなわち,本件発明において,封止剤が溶融流動状態になることが,中空糸
膜の結束端部を封止するために必要である。中空糸モジュールを得る場合,どのよ
うな方法及びメカニズムによって中空糸同士の隙間に封止剤を充填するのかが重要
な問題であり,本件発明においては,溶融した封止剤の流動性の良さによりこれを
解決しようとし,溶融時に流動性の高いポリエチレンを封止剤として特に採用した
のである。
   刊行物2(甲5)には,封止剤に流動性を必要とすることの示唆もなく,む
しろ,封止剤が中空糸の転移点よりも低い融点を持つ樹脂であれば,流動性の善し
悪しは関係がないと言い切っており,封止剤自体の流動性を利用するという技術的
思想はない。
第4 被告の反論
 1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)について
  (1) 刊行物2(甲5)の3頁右下欄の比較例には,中空糸及び封止剤に使用す
る樹脂の双方が共にテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテ
ル共重合体である例が示されており,この場合には,固定端部以外で中空糸の融
着,変形が生じて使い物にならなくなったと記載されているから,このような刊行
物2の記載から,中空糸及び封止剤の材料選択に際しては,両者の素材を同一とす
る場合に問題点があり,接着に使用する樹脂の融点を中空糸の転移点よりも低く設
定する必要性が見いだされた。
  (2) 刊行物2(甲5)に記載された二つの実施例には,中空糸及び封止剤の双
方に同一系統の樹脂を選択する組合せが良いことも示唆されており,また,刊行物
2発明が実施例の素材に限定されるものではない。刊行物2のこのような知見から
みれば,刊行物1発明(甲4)のポリプロピレン製中空糸にポリプロピレン樹脂を
封止剤として使用する態様について,中空糸と同じ樹脂を端部固定に使用する場合
の問題点は,当業者にとって容易に予見し得ることは明らかである。
  (3) 刊行物1(甲4)にも,モジュールを構成する部材の少なくとも接液部が
熱可塑性樹脂より成り,望ましくは,同一素材より成ることを特徴とする(2頁左
下欄)と明記されているように,モジュール構成部材を同一素材とすること自体を
必須とするわけではなく,単に望ましい態様として同一素材の使用が推奨されてい
るにすぎないから,刊行物1にも,中空糸と異なる樹脂の使用について阻害要因が
示されているものではない。
  (4) ポリエチレンは,耐溶剤性,耐薬品性に優れ,中空糸モジュールの構成部
材の樹脂として何ら問題はなく,ポリプロピレンと同じオレフィン系樹脂に属する
汎用で安価な材料であって,その融点がポリプロピレンより低いことも周知の事項
であるから,当業者がポリプロピレンの中空糸膜とポリエチレンの封止剤の組合せ
に想到することは容易である。
  (5) 原告は,訂正明細書に記載のない「アンカー効果」という用語を使用し
て,本件発明があたかも特異な効果を奏するかのような主張をしているが,「アン
カー効果」という用語やその効果自体は,接合・接着技術の分野等で周知の事項で
あり,また,中空糸膜におけるアンカー効果は中空糸分離膜では当然に発生する固
着現象であって,中空糸膜モジュールの製造において,アンカー効果を利用してい
ることも周知の事実である(特開昭61-97005号公報〔乙2〕参照)。
 2 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について
   刊行物2(甲5)に記載された封止のメカニズムでは,封止剤のみを溶融又
は融着して封止しているのであって,中空糸が溶融しているものではないから,原
告のいう「融着固定」が「中空糸膜及び封止剤の双方を溶融すること」を意味する
ならば,刊行物2発明は,そのようなメカニズムのものではない。
   刊行物2(甲5)では,実施例1として融点327℃の中空糸と融点270
℃の封止剤を使用し,両者の温度差57℃の素材を使用して樹脂を320℃で溶融
した例が示され,このような実施例1の場合でも良い結果が得られているのである
から,原告の主張するように,加工温度を中空糸膜の融点よりもかなり低い温度に
する必要はない。
   また,原告は,本件発明の加工温度が中空糸膜の融点よりもかなり低い温度
であると主張するが,訂正明細書の特許請求の範囲の記載からは,そのように解釈
することができない。
 3 取消事由3(相違点3の判断の誤り)について
   原告は,「流動性」について,封止剤が単なる溶融状態ではなく,流動状
態,すなわち,極めて流動性の良い状態であると主張するが,これがどのような状
態を意味し,また,どのように処理すれば封止剤がこのような状態になるのかは,
訂正明細書から不明であるから,原告の上記主張は,訂正明細書に根拠がなく失当
である。
   中空糸膜の封止については,一般に,極細の中空糸を何百本単位で束ねて行
うのが通常であるから,一本一本の中空糸が確実に融着されるためには,溶融され
た封止剤が中空糸同志の間隙に侵入し満遍なく隅々に行き渡る必要があり,そのた
めに封止剤が通常の流動性を有していなければならないことは,当業者にとって周
知の技術事項である。そして,刊行物2(甲5)に記載された封止法でも,その手
段の一つとして遠心力をかける方法が例示(2頁右下欄)されているように,溶融
された封止剤が中空糸同志の隙間に侵入しているから,本件発明の流動性も,その
意味するところは,一般的な中空糸束の封止と同様,過不足なく封止剤が侵入し得
る通常程度の流動性と解すべきである。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)について
  (1) 同一系統の樹脂の組合せ
    刊行物2(甲5)には,中空糸及び封止剤の双方に同一系統の樹脂を選択
する組合せが良いとの明示的記載がないところ,被告は,刊行物2に記載された二
つの実施例がこのことを示唆していると主張する。
    そこで,判断するに,刊行物2(甲5)には,実施例1として「外径
0.7mm内径0.4mmのテトラフルオロエチレン重合体(融点327℃)製の多孔性中空糸4
00本をU字型に束ねた糸束の先端部50mmを静かにテトラフルオロエチレン-ヘキ
サフルオロプロピレン共重合体(融点270℃)の水性ディスパージョン(固形分
50wt%,粘度20cp,比重1.4)中に15秒間浸積し」(3頁右上欄)と記載され,実
施例2として「実施例1と同一の中空糸束をハウジングシール用部材の中央に固定
し,バイブレーターを併用しテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニ
ルエーテル共重合体(融点310℃)パウダーを中空糸相互間および中空糸とシール用
部材間に充填した状態で」(同頁右下欄)と記載されているから,これら二つの実
施例は,いずれも,中空糸及び封止剤の双方に同じフッ素系の樹脂を選択する組合
せを採用したものである。
    他方,刊行物2(甲5)には,「本発明(注,刊行物2発明)でいう中空
糸には特に制限は無いが,対薬品性,耐熱性で優れているフッ素系樹脂,オレフィ
ン系樹脂,イミド系樹脂,アクリロニトリル系樹脂,アミド系樹脂,エステル系樹
脂などの樹脂系,あるいはアルミナ,ジルコニアなどのセラミック系,ガラス系,
炭素系などの中空糸が好ましい。・・・本発明で中空糸束の端部を固定するために
用いる樹脂は,中空糸の転移点よりも低い融点を持つ樹脂であればすべてよく,フ
ッ素系樹脂,オレフィン系樹脂,イミド系樹脂,アクリロニトリル系樹脂,アミド
系樹脂,エステル系樹脂などが好ましい」(2頁左上欄~右上欄)と記載されてい
る。そうすると,刊行物2においては,中空糸に用いる樹脂として,フッ素系樹
脂,オレフィン系樹脂等,6種類の有機高分子樹脂群のほか,無機系の樹脂群等多
数のものが挙げられており,中空糸端部を固定するために用いる封止剤として,フ
ッ素系樹脂,オレフィン系樹脂等6種類の有機高分子樹脂群が挙げられているか
ら,このような中空糸及び封止剤に用いる樹脂の組合せは,極めて多数に上り,た
またま,二つの実施例がいずれも中空糸及び封止剤の双方に同じフッ素系の樹脂を
選択する組合せを採用しているからといって,刊行物2が中空糸及び封止剤の双方
に同一系統の樹脂を選択して組み合わせるべきことまでを開示しているということ
はできない。
  (2) 刊行物1と刊行物2の組合せ
    刊行物1(甲4)に「本発明(注,刊行物1発明)の中空糸型濾過モジュ
ールは・・・中空糸とスリーブあるいは中空糸とスリーブの間で該中空糸と同一素
材のシール部材を介して液密的に熱融着されて開口端部を形成している事を特徴と
する。更には,スリーブと外筒・外筒部の胴体とキャップ部を各々相互にあるいは
各部材の間に該部材と同一素材よりなるシール部材を介して液密的に熱融着されて
いる事を特徴とする」(決定謄本3頁(2)(イ))との事項が開示されていることは,
当事者間に争いがない。そうすると,刊行物1は,中空糸と封止剤とが液密的に熱
融着し得ない樹脂の組合せは,刊行物1発明に当たらないものとして排除している
ことになるから,刊行物1に接した当業者にとって,両者が熱融着しないことが周
知であるポリエチレンとポリプロピレンの組合せに想到することは,刊行物1自身
によって阻害されるというべきである。
    刊行物2(甲5)においては,上記のとおり,中空糸及び封止剤の双方の
素材としてオレフィン系樹脂を選択する組合せが開示されている。しかしながら,
上記のとおり,刊行物2において,中空糸及び封止剤に用いる樹脂の組合せは極め
て多数に上るから,単に中空糸及び封止剤の双方にオレフィン系樹脂を選択する組
合せが記載されているからといって,ポリエチレンとポリプロピレンの組合せに容
易に想到し得ないことに加え,刊行物1(甲4)は,上記のとおり,当業者にとっ
て,中空糸及び封止剤が液密的に熱融着し得ない樹脂の組合せに想到することを阻
害しているから,この点でも,中空糸にポリプロピレンを採用し,封止剤にポリエ
チレンを採用するという本件発明の構成は,当業者にとって,容易に想到し得るも
のということはできない。
  (3) アンカー効果
    原告は,「アンカー効果」という用語を,「流動性の良好な封止剤が中空
糸膜相互間の間隙及び中空糸表面の孔に進入し,くさびのように封止剤自身を中空
糸膜上において固定する効果」と定義した上(準備書面(1)14~15頁),アンカ
ー効果によって,熱融着しないポリプロピレンとポリエチレンを本件発明において
採用することが可能になると主張する。そして,発明の名称を「中空糸膜モジュー
ルの製造方法」とする特開昭61-97005号公報(乙2)の[従来の技術]欄
には,「中空糸膜として多孔質膜を使用した中空糸膜モジュールの場合には,固定
部材の原料樹脂が多孔質中空糸膜の膜壁の細孔内へも侵入して固化するため,中空
糸膜と固定部材とは物理的に嵌合した状態で固着され,その間で剥離が生じること
は殆どなかった」(2頁左上欄)と記載されていることから,熱融着しないポリプ
ロピレンとポリエチレンが固定されるのは,アンカー効果によるものであると認め
られる。そうすると,アンカー効果によって中空糸と封止剤が固着するためには,
中空糸膜の孔の中に液状となった封止剤が侵入することが必要であり,中空糸膜に
形成された孔径と,封止の際に侵入する封止剤の粘度とを特定の数値に制御するこ
とが必要となるから,被告が主張するように,中空糸膜におけるアンカー効果が中
空糸分離膜では当然に発生する固着現象であるということはできない。
    これに対し,刊行物2発明(甲5)においては「本発明(注,刊行物2発
明)で中空糸束の端部を固定するために用いる樹脂は,中空糸の転移点よりも低い
融点を持つ樹脂であればよく,フッ素系樹脂・・・イミド系樹脂・・・などが好ま
しい。中空糸の転移点とは,オレフィン系樹脂製中空糸のように軟化点がある場合
にはその軟化点を,フッ素系樹脂製中空糸のように軟化点がない場合にはその融点
を,イミド系樹脂・・・のように融点がない場合にはその分解温度を意味する。そ
の温度差は5℃以上あれば中空糸が固定端部以外で融着したり,変形したり,その
多孔構造が変化したり,分解することなく融着固定できる」(2頁左上欄~右上
欄)と記載されている。そうすると,刊行物2は,封止剤と中空糸膜の端部が融着
固定することについては,発明の実施に必要な要件として記載しているけれども,
封止剤が軟化点を持ち溶融時において粘度が低いという,アンカー効果を奏するた
めの条件を要求しているわけではない。したがって,刊行物2発明は,熱融着しな
い中空糸と封止剤をアンカー効果によって固着するという技術的思想については,
何ら開示していないというべきである。
  (4) 被告の主張について
   ア 被告は,刊行物2(甲5)の比較例(3頁右下欄)に,中空糸及び封止
剤の双方に使用する樹脂がテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニル
エーテル共重合体である例が示されており,この場合には,固定端部以外で中空糸
の融着,変形が生じて使い物にならなくなったと記載されていることから,中空糸
と封止剤の素材を同一とする場合に問題点があり,接着に使用する樹脂の融点を中
空糸の転移点よりも低く設定する必要性が見いだされたと主張する。
     しかしながら,確かに,上記比較例の記載から,中空糸及び封止剤の双
方の素材を同一とする場合に問題点があり,接着に使用する樹脂の融点を中空糸の
転移点よりも低く設定する必要性が見いだされたことは認められるものの,このこ
とは,中空糸及び封止剤の素材を選択するに際し熱融着しないものを採用すること
の阻害要因を解消するものではないから,上記必要性が見いだされたことは,本件
発明が当業者にとって容易に想到し得ないものとする上記判断を左右するものでは
ない。
   イ 被告は,刊行物2(甲5)には,中空糸及び封止剤の双方に同一系統の
樹脂同士を選択した組合せが良いことも示唆されており,また,刊行物2発明が実
施例の素材に限定されるものではないことから,刊行物1発明(甲4)のポリプロ
ピレン製中空糸にポリプロピレン樹脂を封止剤として使用する態様について,中空
糸と同じ樹脂を端部固定に使用する場合の問題点を容易に予見し得ることは明らか
であると主張する。
     しかしながら,刊行物2(甲5)に同一系統の樹脂同士の組合せが良い
ことが示唆されているといえないことは上記(1)のとおりである上,刊行物2発明が
実施例の素材に限定されるものではないことは当然としても,刊行物2発明に素材
として記載されたものの中から本件発明の素材を採用することが容易でないことは
上記(2)のとおりであるから,被告の主張は,その前提を欠く。
   ウ 被告は,刊行物1(甲4)も,モジュール構成部材を同一素材とするこ
とを必須とするわけではなく,単に望ましい態様として同一素材の使用が推奨され
ているにすぎないから,刊行物1にも,中空糸と異なる樹脂の使用について阻害要
因が示されているものではないと主張する。
     しかしながら,中空糸と異なる樹脂を封止剤に使用することが刊行物1
において排除されていないとしても,ポリプロピレンとポリエチレンの組合せとい
う本件発明の構成に想到するためには,熱融着しない素材同士を固着するという阻
害要因を解消する必要があり,これを解消し得ないことは上記(2)のとおりであるか
ら,被告の主張は失当である。
   エ 被告は,ポリエチレンが耐溶剤性,耐薬品性に優れ,中空糸モジュール
の構成部材の樹脂として何ら問題はなく,ポリプロピレンと同じオレフィン系樹脂
に属する汎用で安価な材料であって,その融点がポリプロピレンより低いことも周
知の事項であるから,当業者がポリプロピレンの中空糸膜とポリエチレンの封止剤
との組合せに想到することは容易であると主張する。
     しかしながら,ポリエチレンが中空糸モジュールの構成部材の樹脂とし
て何ら問題はなく,ポリプロピレンと同じオレフィン系樹脂に属し,その融点がポ
リプロピレンより低いからといって,両者が熱融着しないという阻害要因を解消し
ない限り,本件発明の構成に想到することが容易ということはできない。被告の主
張を,刊行物1発明と刊行物2発明の組合せの容易想到性を判断するに際して上記
技術事項を参酌すべきであるという趣旨に解しても,両発明を組み合わせることに
は上記の阻害要因があり,他方,上記技術事項は,ポリプロピレンとポリエチレン
が熱融着しないなど上記阻害要因を解消するものではないから,被告の主張は失当
である。
   オ 被告は,原告が訂正明細書に記載のない「アンカー効果」という用語を
使用して,本件発明があたかも特異な効果を奏するかのような主張をしているとし
た上,「アンカー効果」という用語やその効果自体は,接合・接着技術の分野等で
周知の事項であり,また,中空糸膜モジュールの製造においてアンカー効果を利用
していることも周知の事実であると主張し,これに沿う証拠として乙2を提出す
る。
     仮に,被告主張のとおり,アンカー効果自体は当業者に周知の技術事項
であるとしても,当業者にとって,本件発明に想到することが容易であるというた
めには,単にアンカー効果自体が周知であることだけでは足りず,刊行物1発明に
刊行物2発明を組み合わせることが容易であることを要するが,これが容易である
といえないことは上記のとおりであるから,アンカー効果自体が周知であること
は,本件の結論を左右するものではなく,被告の主張は失当である。
  (5) 以上の検討から明らかなとおり,当業者にとって,刊行物1発明に刊行物
2発明を組み合わせるこが容易であるということはできない上,刊行物2に記載さ
れた樹脂の組合せの中から熱融着しないポリプロピレンとポリエチレンの組合せを
採用することには阻害要因があるというべきである。そうすると,相違点1に係る
構成が当業者にとって刊行物2の記載により容易に想到し得るものとした本件決定
の判断(決定謄本6頁第3段落)は失当であるといわざるを得ないから,本件発明
の奏する作用効果に係る容易想到性について論ずるまでもなく,本件発明が刊行物
1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする
本件決定の判断(同7頁第1段落)は誤りである。
 2 以上のとおりであるから,原告主張の決定取消事由1は理由があり,この誤
りが本件決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,その余の点について
判断するまでもなく,本件決定は取消しを免れない。
   よって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決す
る。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官   篠   原   勝   美
            裁判官   岡   本       岳
            裁判官   長   沢   幸   男

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