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判決言渡平成19年3月6日
平成18年(行ケ)第10285号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成19年2月27日
判決
原告株式会社メイドー
訴訟代理人弁理士宇佐見忠男
被告特許庁長官
中嶋誠
指定代理人村本佳史
同亀丸広司
同山岸利治
同内山進
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2003−13319号事件について平成18年5月2日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が後記発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたの
で,これを不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたこ
とから,原告がその取消しを求めた事案である。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成12年11月30日(優先権主張:平成11年12月15日
及び平成12年7月7日),発明の名称を「案内ボス部付ボルト及びその製
造方法」とする発明につき,特許出願(特願2000−364815号。請
求項1ないし12。以下「本願」という。)をし,その後平成14年12月
18日付けで特許請求の範囲の変更等を内容とする手続補正(第1次補正。
以下「旧補正」という。請求項1ないし7。甲7)をしたが,平成15年6
月4日拒絶査定を受けたので,平成15年7月11日付けで不服の審判請求
をした。
特許庁は同請求を不服2003−13319号事件として審理することと
し,原告は同日(平成15年7月11日)付けで再び特許請求の範囲の変更
等を内容とする手続補正(第2次補正。以下「本件補正」という。請求項1
ないし7。甲1)をしたが,特許庁は,平成18年5月2日,本件補正を却
下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本
は平成18年5月24日原告に送達された。
(2)発明の内容
ア旧補正(第1次補正)時の特許請求の範囲は,前記のとおり請求項1な
いし7から成るが,その請求項1に記載された発明(以下「本願発明」と
いう。)は,次のとおりである。

「ねじ部が設けられた軸部の先端部に,該軸部の径及び雌ねじの内径より
も小径でかつ先端面から凹状部分を形成した案内ボス部が形成されてお
り,該案内ボス部の軸部側部分周面にはガイド溝が設けられているボルト
であって,該案内ボス部の外径は該ボルトを組み込む雌ねじの内径より若
干小さく設定されていることを特徴とする案内ボス部付ボルト。」
イ本件補正(第2次補正)により補正された特許請求の範囲は,前記のと
おり請求項1ないし7から成るが,その請求項1に記載された発明(以
下「本願補正発明」という。)は,次のとおりである(下線は第2次補正
部分)。
「ねじ部が設けられた軸部の先端部に,該軸部の径及び雌ねじの内径より
も小径でかつ先端面から凹状部分を形成した円柱状の案内ボス部が形成さ
れており,該案内ボス部の軸部側部分周面にはガイド溝が設けられている
ボルトであって,該案内ボス部の外径は該ボルトを組み込む雌ねじの内径
より若干小さく設定されており,該案内ボス部の外周にはねじ山が設けら
れていないことを特徴とする案内ボス部付ボルト。」
(3)審決の内容
ア審決の詳細は,別添審決写しのとおりである。
その要点は,本願補正発明及び本願発明は,いずれも下記刊行物1発
明,刊行物2発明及び本願の優先権主張日前周知の事項に基づいて,当業
者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項により特許を
受けることができない,したがって本件補正は不適法であるというもので
あった。

①実願平4−3858号(実開平5−57415号)のCD−ROM(甲
2。以下「刊行物1」といい,同記載の発明を「刊行物1発明」とい
う。)
②特開昭50−109355号公報(甲3。以下「刊行物2」といい,同
記載の発明を「刊行物2発明」という。)
イなお,審決は,刊行物1発明を下記のように認定し,本願補正発明と対
比した一致点と相違点を,次のように認定したものである。
<刊行物1発明>
通常ねじ山105が設けられた軸部102の先端部に,該軸部102の
通常ねじ山105の外径及びめねじ104の内径d2よりも小径の円柱状
のパイロット106が形成されており,該パイロット106の軸部側部分
周面には案内ねじ山107が設けられているボルトであって,該パイロッ
ト106の案内ねじ山107の外径d1は該ボルトを組み込むめねじ10
4の内径d2より若干小さく設定されているパイロット付ボルト。
<一致点>
「ねじ部が設けられた軸部の先端部に,該軸部の径及び雌ねじの内径より
も小径の円柱状の案内ボス部が形成されており,該案内ボス部の軸部側部
分周面にはガイド手段が設けられているボルトであって,該案内ボス部の
外径は該ボルトを組み込む雌ねじの内径より若干小さく設定されている案
内ボス部付ボルト」である点。
<相違点A>
本願補正発明は,前記案内ボス部に「先端面から凹状部分を形成した」
のに対して,刊行物1発明では,案内ボス部の先端面に凹状部分を形成し
たものでない点。
<相違点B>
本願補正発明は,前記ガイド手段が「ガイド溝」であり,「案内ボス部
の外周にはねじ山が設けられていない」のに対して,刊行物1発明では,
前記ガイド手段が「案内ねじ山107」によるものである点。
(4)審決の取消事由
しかしながら,本件補正発明には独立特許要件がないとして本件補正を却
下した審決の認定判断には,以下に述べるとおり誤りがあるから,違法とし
て取り消されるべきである。
ア取消事由1(一致点の認定の誤り)
審決は,上記一致点の認定に当たり,本願補正発明と刊行物1発明とを
対比し,刊行物1(甲2)の「パイロット106の案内ねじ山107の外
径d1」は本願補正発明の「案内ボス部の外径」に相当すると認定した(
審決5頁第2段落)が,誤りである。
刊行物1(甲2)にあっては,パイロット106外周に案内ねじ山10
7が形成されており(甲2の段落【0003】),本願補正発明では,案
内ボス部(4)の外周にはねじ山が設けられておらず,ガイド溝42が形
成されている(本件補正の明細書〔以下「本件補正明細書」という。甲1
〕の【請求項1】,段落【0010】)。
したがって,本願補正発明の「案内ボス部の外径」は刊行物1では「パ
イロットの外径」に相当するものである。
イ取消事由2(相違点Bについての判断の誤り)
(ア)審決は,相違点Bについての判断に当たり,刊行物1発明の「ガイド
手段」(案内ねじ山107)も,「案内ボス部の外径」(パイロット1
06の案内ねじ山107の外径d1)による周面を基準にみた場合,溝
によって形成されているから,「ガイド溝」と実質上相違しないとした
が,誤りである。
本願補正発明のボルト1の「案内ボス部4の外径」は,別紙参考図1
の「イ本願補正発明」に示すDであるのに対し,刊行物1(甲2)1
のボルト100にあってはそれに相当するパイロット106の外径は参
考図1の「ロ刊行物1」に示すd(案内ねじ山107の谷径)であ3
って,dは案内ねじ山107の外径である(甲2の4頁段落【0001
3】)。
(イ)また,審決は,「刊行物1に記載された発明の「ガイド手段」は「案
内ねじ山107」によって形成されるものの,この「案内ねじ山10
7」は,本願補正発明の案内ボス部と同様に,その外径は雌ねじの内径
よりも小さいから,前記雌ねじと全周で係合する「本来のねじ山」の機
能を奏するものではなく,前述の……のとおり,ボルトの雌ねじに対す
る真直度を維持することを本来の機能とするもので,前記雌ねじに対す
る「本来のねじ山」の構成をなすものとは認められない。さらに,軸部
の先端に円柱状の案内ボス部を有し,該案内ボス部の外周に溝が設けら
れてねじ山が設けられていないボルトは,本件出願の優先権主張日前周
知のもの(特開平5−141407号公報〔判決注:甲4。以下「甲4
公報」という。〕,特開平6−313418号公報〔判決注:甲5。以
下「甲5公報」という。〕等参照)と認められ,この周知のボルトの案
内ボス部外周の溝がガイド機能を奏し得ることは構成から明らかである
から,上記刊行物1に記載されたものにおける「案内ボス部」(パイロ
ット106)の「案内ねじ山107」の形状に換えて,案内ボス部の外
周に溝が設けられてねじ山が設けられていない,上記周知のボルトの形
状を採用することは,当業者が容易に想到し得ることである。したがっ
て,上記相違点Bは表現上の相違点に過ぎないものであり,また,本願
補正発明の,「ガイド溝が設けられ」,「案内ボス部の外周にはねじ山
が設けられていない」との事項は,本件出願の優先権主張日前周知のボ
ルトの構成に基づいて当業者が容易に想到し得るものである」(審決6
頁第1段落∼第5段落)と認定判断したが,誤りである。
(ウ)「軸部の先端に円柱状の案内ボス部を有し,該案内ボス部の外周に溝
が設けられてねじ山が設けられていないボルトは,本件出願の優先権主
張日前周知のもの」(審決6頁第4段落)であることは,認める。
(エ)しかし,審決では,上記「ガイド手段」は刊行物1では「案内ねじ山
107」であり,本願補正発明では「ガイド溝42」であるとしている
が,審決にいう上記「ガイド手段」とは,「ボルトの雌ねじに対する傾
きを修正する手段」を意味し,上記意味における「ガイド手段」の主役
は,刊行物1では「パイロット106」であり,本願補正発明では「案
内ボス部4」である。なぜならば,「パイロット106」あるいは「案
内ボス部4」の軸線は,別紙参考図1のイ,ロに示すように,ボルトの
軸線Axに一致し,「パイロット106」あるいは「案内ボス部4」を
雌ねじに挿入したとき,ボルトの雌ねじに対する傾き,すなわちボルト
の軸線Axの雌ねじの軸線Bxに対する傾きがボルトと共通の軸線Ax
を有する「パイロット106」あるいは「案内ボス部4」によって修
正,すなわち軸線Axが軸線Bxと一致するように修正されるのであ
る。「パイロット106」の「案内ねじ山107」や「案内ボス部4」
の「ガイド溝42」はボルトを回転させつつ「パイロット106」ある
いは「案内ボス部4」を雌ねじに挿入したとき,「案内ねじ山107」
が雌ねじに噛合し,あるいは「ガイド溝42」が雌ねじにかかわり合っ
て「パイロット106」あるいは「案内ボス部4」が雌ねじ奥側に導入
され,それによって上記「パイロット106」あるいは「案内ボス部
4」の修正効果が助長されるのである。したがって,刊行物1発明の「
案内ねじ山107」と本願補正発明の「ガイド溝42」とは,その点で
は同様な役割を果たすものであるが,刊行物1発明の「案内ねじ山10
7」は,「パイロット106」の外周より突出しており,参考図2のロ
に示すようにボルトを雌ねじに斜めに組み込んだ場合,「案内ねじ山1
07」は雌ねじとかじりを起こしやすく,かじりが起こった場合に
は,「案内ねじ山107」が雌ねじ谷部を円滑に滑行できなくなり,パ
イロット106を雌ねじに円滑に挿入することが困難になってしまう。
このようなかじりの発生は,特に大量生産工程においてインパクトレン
チを使用したボルト螺着締め付けの場合には深刻な問題となる。
一方,本補正発明のボルトでは「案内ボス部4」の外周にはねじ山の
ようなかじりを起こすような突出物が存在しないから,参考図2のイに
示すように,「案内ボス部4」は「ガイド溝42」と雌ねじとのかかわ
り合いによって円滑に雌ねじに導入されていく。したがって,本願補正
発明のボルトは,刊行物1のボルトに比べてはるかに円滑に斜め組み込
みの修正が行われ,特に大量生産工程においてインパクトレンチを使用
したボルトの螺着締め付けに極めて有利である。審決が引用する甲4公
報,甲5公報のねじ又はボルトの案内部1bの外径dはナットの内径と
略等しいので,本願補正発明のような斜め組み込み修正の機能はなく,
これらの各公報を参照しても,「刊行物1に記載されたものにおける「
案内ボス部」(パイロット106)の「案内ねじ山107」の形状に換
えて,案内ポス部の外周に溝が設けられてねじ山が設けられていない,
上記周知のボルトの形状を採用することは,当業者が容易に想到し得
る」ということはできず,「本願補正発明の,「ガイド溝が設けら
れ」,「案内ボス部の外周にはねじ山が設けられていない」との事項
は,本件出願の優先権主張日前周知のボルトの構成に基づいて当業者が
容易に想到し得るもの」ということはできない。
さらに,本願補正発明では,別紙参考図1のイを参照すると,案内ボ
ス部4の外径Dは雌ねじ内径Dより若干小さいが,刊行物1のボルト13
ではパイロット106の本体の外径dは,雌ねじ内径dよりも若干小32
さい案内ねじ山107の外径dよりも更に小さくなり,したがって,1
パイロット106の本体の外径dは雌ねじ内径dよりも若干小さいと32
はいい難く,それゆえ別紙参考図2のロに明らかなように,雌ねじとパ
イロット106との間にがたつきが生じる。また,パイロット106か
ら通常ねじ山105を形成した軸部102に移る段差が大きく,ボルト
の円滑な螺着を阻害する。このように本願補正発明の奏する作用効果
は,格別顕著なものであり,刊行物1及び同2に記載された事項並びに
周知の事項から予測し得るものではない。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1)取消事由1に対し
ア刊行物1発明における「パイロット106」は本願補正発明の「案内ボ
ス部」に,同じく「パイロット106の案内ねじ山107の外径d1」
は「案内ボス部の外径」にそれぞれ相当する理由は,次のとおりである。
(ア)本願補正発明と刊行物1発明とを構成要件ごとに分けて比較検討する
と,本願補正発明のボルトは,ねじ部が設けられた軸部とガイド溝が設
けられた案内ボス部とを備えるのに対し,刊行物1発明のパイロット付
ボルトは,通常ねじ山105が設けられた軸部102と案内ねじ山10
7が設けられたパイロット106とを備えるものであり,これら両ボル
トの全体的構造及びその構成要素各部の位置関係や作用等からみて,刊
行物1発明の「案内ねじ山107が設けられたパイロット106」と本
願補正発明の「ガイド溝が設けられた案内ボス部」とが,それぞれのボ
ルトにおいて同等の位置関係にあり,またこれらの「案内ねじ山107
が設けられたパイロット106」と「ガイド溝が設けられた案内ボス
部」とは同等の作用を奏するものである。したがって,「案内ねじ山1
07が設けられた」と「ガイド溝が設けられた」との相違はあるもの
の,この限りにおいて,「案内ねじ山107が設けられたパイロット1
06」が本願補正発明の「ガイド溝が設けられた案内ボス部」に相当す
るものである。
(イ)次に,外径についてみると,刊行物1発明における案内ねじ山107
が設けられたパイロット106の外径は,案内ねじ山107の外径であ
るから,「パイロット106の外径」は案内ねじ山107の外径である
のに対し,本願補正発明におけるガイド溝が設けられた案内ボス部の外
径は案内ボス部それ自体の外径であるから,「案内ボス部の外径」は案
内ボス部それ自体の外径である。しかも,刊行物1(甲2)の段落【0
003】には,「このパイロット106には案内ねじ山107を形成し
てある。この案内ねじ山107の外径d1は,前記めねじ104の内径
d2と等しいか,僅かに小さく設定してある」と記載されており,案内
ねじ山107の外径d1は,本願補正発明の案内ボス部の外径と同様
に,めねじ104の内径d2より僅かに小さく設定されるものである。
したがって,「パイロット106の案内ねじ山107の外径d1」は本
願補正発明の「案内ボス部の外径」に当たるものである。
(2)取消事由2に対し
ア相違点Bは表現上の相違点にすぎないものであり,また,本願補正発明
の,「ガイド溝が設けられ」,「案内ボス部の外周にはねじ山が設けられ
ていない」との事項は,本願の優先権主張日前周知のボルトの構成に基づ
いて当業者が容易に想到し得るものであるとした審決の判断に誤りはな
い。
イ本件補正明細書(甲1)には,本願補正発明の「ガイド溝」に関し,【
請求項1】において「該案内ボス部の軸部側部分周面にはガイド溝が設け
られている」と記載されている。また,【発明の詳細な説明】の実施例に
は,それに関連して,「【0016】更に本発明のボルト1の案内ボス部
4の周面には,前記したようにガイド溝42がねじ転造加工によって設け
られているが,該案内ボス部4にガイド溝42を設けておくと,該ボルト
1を雌ねじ5に組み込む場合,該ガイド溝42が該雌ねじ5に係わり合う
……」と記載されている。
一方,刊行物1(甲2)には,案内ねじ山107に関して,
①「【0002】図3は従来のこの種のボルト100を示している。ボル
ト100は頭部101と軸部102とを備えており,軸部102には相
手部材103のめねじ104に螺合する通常ねじ山105を形成してあ
る。また,軸部102の先端側には,該軸部102と軸心(図示せず)
を一致させたパイロット106を設けてある。」
②「【0004】上記構成のボルト100は,取付部材108,109の
挿入孔110,111内へと挿入されるとともに,図3(A)のように
案内ねじ山107を相手部材103のめねじ104に係止する。」
③「【0005】その後,図示しないインパクトレンチを用いてボルト1
00を回転させると,案内ねじ山107がめねじ104に沿って移動し
ていく……」
と記載されている。
ウこれらの記載に基づいて,本願補正発明の「ガイド溝」と「雌ねじ」と
の関係,及び刊行物1発明の「案内ねじ山107」とめねじ104との関
係についてみると,刊行物1発明の「案内ねじ山107」が相手部材のめ
ねじに係止し,その後,インパクトレンチを用いてボルトを回転させる
と,それがめねじ104に沿って移動していくという点は,本願補正発明
の「ガイド溝」が雌ねじに係わり合って奥側に導入されるという点に対応
するものである。審決は,この点をとらえて,刊行物1発明の「案内ねじ
山107」及び本願補正発明の「ガイド溝」を「ガイド手段」と称してい
るのである。
エ原告は,本願補正発明の作用効果について,本願補正発明のボルトは,
刊行物1のボルトに比べてはるかに円滑に斜め組み込みの修正が行われ,
特に大量生産工程においてインパクトレンチを使用したボルトの螺着締付
けに極めて有利であると主張するが,当該主張は明細書の記載に基づくも
のではない。
仮に本願補正発明の作用効果が原告の主張するとおりのものであるとし
ても,それは当業者が予測し得る程度のものにすぎない。すなわち,刊行
物1発明の「パイロット106の案内ねじ山107の外径d1」は本願補
正発明の「案内ボス部の外径」に相当するものであり,また,刊行物1発
明において,案内ねじ山107の外径d1からなる周面を基準にみると,
案内ねじ山107が設けられたパイロット106には隣接する案内ねじ山
107の間に溝と類似する形状のものが形成されているということができ
る。ここで,軸部の先端に円柱状の案内ボス部を有し,該案内ボス部の外
周に溝が設けられてねじ山が設けられていないボルトは周知であるから,
刊行物1発明の案内ねじ山107が設けられたパイロット106におい
て,案内ねじ山107が設けられたという形状に換えて,案内ボス部の外
周に溝が設けられてねじ山が設けられていない形状とすることは当業者が
容易になし得る程度の事項であるということができる。また,刊行物1発
明のパイロットの形状を,案内ボス部の外周に溝が設けられてねじ山が設
けられていない形状とすると,かじりを起こすような突起物が存在せず,
したがって案内ボス部は溝と雌ねじとのかかわり合いによって円滑に雌ね
じに導入されていくという作用効果を奏し得ることは明らかである。
また,甲4公報及び甲5公報には,案内部1bの外径dはナットの内径
よりやや小さめであるとの記載がある。したがって,刊行物1発明におけ
る「案内ボス部」(パイロット106)の「案内ねじ山107」の形状に
換えて,案内ボス部の外周に溝が設けられてねじ山が設けられていない,
周知のボルトの形状を採用した場合,案内ボス部の外径をナットの内径よ
りわずかに小さく設定する,あるいはやや小さく設定することは,容易に
なし得ることであり,このように設定したものは,本願補正発明の「該案
内ボス部の外径は該ボルトを組み込む雌ねじの内径より若干小さく設定さ
れており,」という事項と実質的に異ならない。したがって,このように
設定したものが,本願補正発明と比べて,「案内ボス部」と「軸部」との
段差が大きいとはいえない。原告は,刊行物1発明では,パイロット10
6から通常ねじ山105を形成した軸部102に移る段差が大きく,ボル
トの円滑な螺着を阻害すると主張しているが,理由がない。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,審決の適否につき,原告主張の取消事由ごとに判断する。
2取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1)原告は,刊行物1の「パイロット106の案内ねじ山107の外径d1」
は本願補正発明の「案内ボス部の外径」に相当するとした審決の認定は誤り
であると主張する。
(2)ところで,本件補正明細書(甲1)には,
①「上記案内ボス部付ボルト1を雌ねじ5に組み込む場合,はじめに案内
ボス部4を該雌ねじ5に挿入する。該案内ボス部4の外径Dは,該雌1
ねじ5の内径Dよりも若干小さいだけであるため,該ボルト1が該雌3
ねじ5に対して傾いて組み込まれた場合(斜め組み込み)でも,該ボル
ト1の雌ねじ5に対する傾きは,該案内ボス部4が該雌ねじ5に案内さ
れることによって修正される。」(段落【0014】),
②「更に本発明のボルト1の案内ボス部4の周面には,前記したようにガ
イド溝42がねじ転造加工によって設けられているが,該案内ボス部4に
ガイド溝42を設けておくと,該ボルト1を雌ねじ5に組み込む場合,該
ガイド溝42が該雌ねじ5に係わり合う結果,ボルト1の斜め組み込みは
より効果的に修正される。」(段落【0016】),
との記載がある。
上記記載によれば,本願補正発明の「案内ボス部」は,その外径がボルト
を組み込む雌ねじの内径より若干小さく設定され,この部分をまず雌ねじに
挿入することによりボルトの斜め組み込みを防止できるようにしたものであ
って,更に案内ボス部にガイド溝を設けて雌ねじとかかわり合うようにする
ことで,ボルトの斜め組み込みをより効果的に修正できるようにしたものと
認められる。
(3)他方,刊行物1(甲2)には,以下の記載がある。
①「本考案は,例えば自動車部品の組立工程でインパクトレンチ,ロボッ
ト等で締付け使用されるボルトであって,特に斜めねじ込みを防止する
パイロット付きボルトに関する。」(段落【0001】)
②「図3は従来のこの種のボルト100を示している。ボルト100は頭
部101と軸部102とを備えており,軸部102には相手部材103
のめねじ104に螺合する通常ねじ山105を形成してある。また,軸
部102の先端側には,該軸部102と軸心(図示せず)を一致させた
パイロット106を設けてある。」(段落【0002】)
③「このパイロット106には案内ねじ山107を形成してある。この案
内ねじ山107の外径d1は,前記めねじ104の内径d2と等しい
か,僅かに小さく設定してある。また,案内ねじ山107の谷径d3は
通常ねじ山105の谷径より小さく設定してある。」(段落【0003
】)
④「上記構成のボルト100は,取付部材108,109の挿入孔11
0,111内へと挿入されるとともに,図3(A)のように案内ねじ山
107を相手部材103のめねじ104に係止する。」(段落【000
4】)
⑤「その後,図示しないインパクトレンチを用いてボルト100を回転さ
せると,案内ねじ山107がめねじ104に沿って移動していくためボ
ルト100の相手部材103に対する真直度が維持され,更に軸部10
2の通常ねじ山105がめねじ104へとねじ込まれて締付けが完了す
る。」(段落【0005】)
上記記載によれば,刊行物1発明は,パイロット106に形成した案内ね
じ山107の外径d1を雌ねじ104の内径d2よりわずかに小さく設定
し,まずパイロット106を雌ねじ104に挿入し,案内ねじ山107を雌
ねじ104に係止して雌ねじ104に沿って移動させることでボルト100
の真直度が維持されるようにして斜めねじ込みを防止するようにしたものと
認められる。
すなわち,刊行物1発明において,パイロット106をまず雌ねじ104
に挿入できるようにしたことは,パイロット106に形成した案内ねじ山1
07の外径d1を雌ねじ104の内径d2よりわずかに小さく設定した構成
によるものであり,この構成は,本願補正発明において,案内ボス部をまず
雌ねじに挿入するために「案内ボス部の外径は該ボルトを組み込む雌ねじの
内径より若干小さく設定されており」とした構成に相当することは明らかで
ある。
したがって,審決が,刊行物1発明の「パイロット106の案内ねじ山1
07の外径d1」が本願補正発明の「案内ボス部の外径」に相当すると認定
した点に誤りはなく,一致点の認定にも誤りはない。原告は,刊行物1の「
このパイロット106には案内ねじ山107を形成してある」との記載を引
用し,刊行物1発明のパイロット106は案内ねじ山107を含めてのもの
ではない旨主張するが,当該記載自体から,刊行物1発明のパイロット10
6が案内ねじ山107を含まないものということはできず,仮に原告主張の
ように解したとしても,案内ねじ山107の谷径d3(原告はパイロット1
06の外径と称する。)と,パイロット106をまず雌ねじ104に挿入で
きるようにするための構成とはかかわりがないのであるから,案内ねじ山1
07の谷径d3が案内ボス部の外径Dに相当するということはできない。1
(4)以上のとおり,審決の一致点の認定に誤りはなく,原告主張の取消事由1
は理由がない。
3取消事由2(相違点Bについての判断の誤り)について
(1)原告は,審決が,相違点Bについての判断に当たり,刊行物1発明の「ガ
イド手段」(案内ねじ山107)も,「案内ボス部の外径」(パイロット1
06の案内ねじ山107の外径d1)による周面を基準にみた場合,溝によ
って形成されているから,「ガイド溝」と実質上相違しないとしたことは誤
りである等と主張する。
(2)ところで,本願補正発明のガイド溝は,雌ねじとかかわり合うことでボル
トの斜め組み込みをより効果的に修正できるようにしたものであるところ,
刊行物1発明の案内ねじ山107は,雌ねじ104に係止されて雌ねじ10
4に沿って移動していくことでボルト100の真直度が維持されるようにし
たものであるから,正にボルトの斜め組み込みをより効果的に修正できるも
のであって,本願補正発明のガイド溝と同様の機能を有するものということ
ができる。そうすると,刊行物1発明において,案内ねじ山107の山と山
との間に形成される谷は,溝とも表現することができるから,この溝は,「
ガイド溝」ということができ,刊行物1の図3(A)には,パイロット10
6の先端のテーパ状の部分を除いた部分に案内ねじ山107が形成された様
子が示されているから,刊行物1発明も,案内ボス部たるパイロット106
の軸部側部分周面にガイド溝が設けられたものということができる。そうす
ると,刊行物1発明の「ガイド手段」(案内ねじ山107)も,「案内ボス
部の外径」(パイロット106の案内ねじ山107の外径d1)による周面
を基準にみた場合,溝によって形成されているから,「ガイド溝」と実質上
相違しないとした審決の判断(審決6頁第2段落)に誤りはない。
(3)原告は,「……相違点Bは表現上の相違点に過ぎないものであり,また,
本願補正発明の,「ガイド溝が設けられ」,「案内ボス部の外周にはねじ山
が設けられていない」との事項は,本件出願の優先権主張日前周知のボルト
の構成に基づいて当業者が容易に想到し得るものである」(審決6頁第5段
落)とした審決の認定判断は誤りであると主張する。
しかし,「軸部の先端に円柱状の案内ボス部を有し,該案内ボス部の外周
に溝が設けられてねじ山が設けられていないボルト」が本願の優先権主張前
周知のものであることは当事者間に争いがなく,この周知の構成を採用し
て,刊行物1発明の「案内ねじ山107」を,ねじ山を設けることなく,パ
イロット106の外周にガイド溝を設けたものとすること,すなわち相違点
Bに係る本願補正発明の構成とすることは,当業者(その発明の属する技術
の分野における通常の知識を有する者)が容易に想到し得ることというべき
であるから,審決の上記認定判断に誤りはない。
(4)原告は,刊行物1発明のパイロット106の外径d3が本願補正発明の案
内ボス部の外径Dに相当するとした上で,刊行物1発明の「案内ねじ山11
07」は「パイロット106」の外周より突出しており,ボルトを雌ねじに
斜めに組み込んだ場合,該「案内ねじ山107」は雌ねじとかじりを起こし
易いが,本願補正発明のボルトでは「案内ボス部4」の外周にはねじ山のよ
うなかじりを起こすような突出物が存在せず,刊行物1のボルトに比べては
るかに円滑に斜め組み込みの修正が行われるから,パイロット106に案内
ねじ山107を設けた構成と案内ボス部4の外周に溝を設けた構成との相
違(相違点B)は表現上の相違とはいえない旨主張する。
しかし,刊行物1発明の案内ねじ山107の谷径d3(すなわちパイロッ
ト106の外径d3)が本願補正発明の案内ボス部の外径Dに相当すると1
の原告主張が採用できないものであることは,上記2のとおりである。そし
て,本願補正発明においても,溝と溝との間の部分は溝より突出しているこ
とは明らかであるから,刊行物1発明の「案内ねじ山107」が「パイロッ
ト106」の外周より突出していることをもって,本願補正発明との差異と
いうことはできない。また,本願補正発明は,「案内ボス部の軸部側部分周
面にはガイド溝が設けられている」,「案内ボス部の外周にはねじ山が設け
られていない」との構成を有するものであるが,案内ボス部の外周の形状に
ついてそれ以上の特定をするものではなく,溝と溝との間の部分は溝より突
出しているものであるが,この突出部分の形状が特定されているものではな
い。さらに,仮に本願補正発明が,案内ボス部の外周にはねじ山が設けられ
ていないことをもってかじりを起こすような突出物が存在しないものと解し
たとしても,この点は,従来周知のボルトも同様の構成を有するものであ
り,かかる構成を採用すれば必然的にかじりを起こすような突出物が存在し
ないことになるのであるから,このことに基づく作用効果もまた同様に生じ
るのであって,本願補正発明の奏する作用効果が,当業者の予測できない格
別顕著なものということはできない。
原告は,刊行物1のボルトではパイロット106の本体の外径d3は,雌
ねじ内径d2よりも若干小さい案内ねじ山107の外径d1よりも更に小さ
くなるから,パイロット106の本体の外径d3は雌ねじ内径d2よりも若
干小さいとは言い難く,雌ねじとパイロット106との間にがたつきが生
じ,更にパイロット106から通常ねじ山105を形成した軸部102に移
る段差が大きく,ボルトの円滑な螺着を阻害する,と主張する。しかし,本
願補正発明においても,溝部分の径が案内ボス部の外径より更に小さくなる
ことは,刊行物1発明の案内ねじ山107の谷径(原告がいう「パイロット
106の本体の外径」)が案内ねじ山107の外径よりも小さくなることと
同様であり,溝と溝との間の部分の形状についてもねじ山ではないこと以上
の特定がなされるものではないから,がたつきについて,刊行物1発明と差
異を生じるような構成を有するとはいえない。仮に本願補正発明が,案内ボ
ス部の外周にはねじ山が設けられていないことをもって,がたつきを生じに
くくしたものと解したとしても,この点は,従来周知のボルトも同様の構成
を有するものであり,本願補正発明の奏する作用効果が当業者の予測できな
い格別顕著なものということはできない。
さらに,原告は,審決が引用する甲4公報,甲5公報のボルトの案内部1
bの外径dはナットの内径とほぼ等しいので本願補正発明のような斜め組み
込み修正の機能はないと主張する。しかし,甲4公報の段落【0014】及
び甲5公報の段落【0011】には,いずれも,「案内部1bの外径dは,
ねじ1が螺合される固定ナットの内径にほぼ等しく,」と記載されるもの
の,これに続けて「むしろやや小さめであり」と記載されており,この点は
本願補正発明の案内ボス部の外径が該ボルトを組み込む雌ねじの内径より若
干小さく設定されるとの構成と同様であるから,斜め組み込み修正機能を有
することは明らかであり,原告の主張は失当である。
(5)以上のとおり,審決の相違点Bについての判断に誤りはなく,原告主張の
取消事由2は理由がない。
4結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文
のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官岡本岳
裁判官上田卓哉
(別紙)

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