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裁判例


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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成17年1月13日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,刑事被告人として勾留により大阪拘置所に収容されていた原告が,同所
,,に収容されていた間朝日新聞の自費による定期購読を許可されなかったのは違憲
違法であるなどと主張して,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料
200万円と弁護士費用20万円との合計220万円及びこれに対する上記不許可
処分の日である平成17年1月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損
害金の支払を請求した事案である。
1法令の定め
()監獄法(平成17年法律第50号による改正前のもの。以下同じ)1。
監獄法31条1項は「在監者文書,図画ノ閲覧ヲ請フトキハ之ヲ許ス」と規定,
し,同条2項は「文書,図画ノ閲読ニ関スル制限ハ法務省令ヲ以テ之ヲ定ム」と,
規定する。
()監獄法施行規則(平成18年法務省令第58号による改正前のもの。以下2
同じ)。
監獄法施行規則86条1項は「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄,
ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定し,同条2項は「文書図画多数其他,
ノ事由ニ因リ監獄ノ取扱ニ著シク困難ヲ来タス虞アルトキハ其種類又ハ箇数ヲ制限
スルコトヲ得」と規定する。
()昭和41年矯正甲第1307号法務大臣訓令「収容者に閲読させる図書,3
新聞紙等取扱規程(乙2。以下「本件規程」という)」。
ア本件規程2条2項は,同規程において「通常紙」とは,専ら政治,経済,,
社会,文化などに関する公共的な事項を総合的に報道することを目的とする市販の
日刊新聞紙をいう旨規定し,16条1項柱書は,未決拘禁者の通常紙の閲読は,一
般の閲読傾向その他の事情を参酌して,所長が選定した2紙の中から本人の選択す
る1紙について,同項各号に定める方法によって行わせる旨規定し,同項1号は,
所長が指定する新聞販売店から購入させるとし,同項2号は,月に2回以内あらか
じめ日を定めて申し込ませ,所長の定める日から閲読をさせる,ただし,所長にお
いて適当と認める場合には,あらかじめ定めた日以外の日においても申し込ませる
ことができるとする。同条2項は,同条1項に定めるもののほか,通常紙以外の新
聞紙の差入れがあり,所長において適当であると認めるときは,1紙に限り閲読さ
せることができる旨規定する。
なお,昭和41年矯正甲第1330号矯正局長依命通達「収容者に閲読させる図
書,新聞紙等取扱規程の運用について(依命通達(乙3。以下「本件通達」とい)」
う)は,本件規程16条1項の閲読傾向は,入所時に閲読希望を聴取する等の方。
法により把握するものとし,収容者の閲読傾向が故意にゆがめられることのないよ
うにすること(同通達九1,本件規程16条1項の「2紙」とは,1施設につき)
2種類の新聞紙をいい,同条2項の「1紙」とは,1収容者につき1種類の新聞紙
をいうこと(同通達九2)を規定する。
イ本件規程3条1項は,未決拘禁者に閲読させる図書,新聞紙その他の文書図
画は,①罪証隠滅に資するおそれのないもの(同項1号,②身柄の確保を阻)
害するおそれのないもの(同項2号,③紀律を害するおそれのないもの(同項)
3号)のいずれにも該当するものでなければならない旨規定する。
()平成11年大阪拘置所長達示第73号「被収容者に閲読させる図書,新聞4
紙等取扱細則(乙4。以下「本件細則」という)」。
ア本件細則1条は,同細則は,本件規程に基づき,その適正な運用を図ること
を目的とする旨規定し,本件細則2条は,被収容者に閲読させる図書,新聞紙その
他の文書図画(以下「図書等」という)の取扱いについては,法令・通達に定め。
るもののほか同細則による旨規定する。本件細則16条1項は,通常紙の紙種は,
毎年1回被収容者の閲読傾向を調査して2紙を選定し,被収容者に告知するものと
する旨規定し,同条2項は,未決拘禁者,監置に処せられた者及び死刑確定者に対
しては,同条1項に規定する2紙の中から本人の選定する1紙について購入を許可
する旨規定する。
,(。),イ本件細則3条柱書は被収容者が閲読を希望する図書等付録を含むは
同条各号に該当する事項の有無について審査し,その閲読が拘禁の目的を害し,あ
るいは大阪拘置所の正常な管理運営を阻害することになる相当の蓋然性を有するも
,,,,のと認めるときはその閲読を許可しないとし同項1号は未決拘禁者について
①罪証隠滅に利用するおそれのあるもの(同号ア,②逃走,暴動等の刑務事)
故を具体的に記述したもの(同号イ,③所内の秩序びん乱をあおり,そそのか)
すもの同号ウ④風俗上問題となることを露骨に描写したもの同号エ⑤(),(),
犯罪の手段,方法等を詳細に伝えるもの(同号オ,⑥上記①から⑤まで及び後)
記⑦のいずれかに該当する書き込みがあり,抹消が困難なものあるいは故意に工作
を加えたもの(同号カ,⑦その他,管理運営上支障があるもの(同号キ)と規)
定する。
2争いのない事実
原告は,平成17年1月7日,傷害の公訴事実で起訴され,同月13日,大阪拘
,,。置所に収容され同日から同年6月14日まで同拘置所において拘禁されていた
原告は,同日,大阪拘置所職員に対し,朝日新聞の定期購読をしたい旨申し入れ
たが,同日当時,本件規程16条1項及び本件細則16条1項の各規定により大阪
拘置所長が選定していた通常紙は,読売新聞と産経新聞とであったことから,上記
定期購読は許可されなかった(本件規程,本件通達及び本件細則の各規定による,
在監者が購読し得る通常紙を大阪拘置所長の選定した2紙のうちの1紙に限る旨の
取扱いを,以下「本件購読規制」という。。)
3争点及び当事者の主張
本件における争点は,本件購読規制の違法性の有無であり,争点に関する当事者
の主張は,以下のとおりである。
()原告の主張1
ア未決拘禁者の新聞を読む自由について
(ア)新聞を読む自由は,憲法13条,憲法19条,憲法21条,憲法23条等
により保障された人権であるとともに市民的及び政治的権利に関する国際規約昭,(
和54年条約第7号以下自由権規約という19条1項及び同条2項によっ。「」。)
て保障された人権である。
そして,新聞は,情報化社会において,手軽にかつ安価に最新の情報を伝播する
ことができる情報媒体であり,情報の内容は,社会,経済,政治,文化と多岐にわ
たり,情報の受け手にとって極めて重要かつ貴重な情報源である。また,新聞は,
毎日購読されることを前提としており,数日後にまとめて読むという事態は想定さ
れていないから,本来なら読むことができたはずの時機に新聞を読むことができな
かったことによる損害を事後的に回復することは著しく困難である。
しかも,未決拘禁者は,身体の自由を奪われ,弁護人以外との接見交通も制限さ
れている状況で自らの防御権を適切に行使していかなければならないのであるか
ら,未決拘禁者は,社会の変化,出来事を時系列で知る必要があり,通常人に比べ
てより厚く新聞を読む自由が保護されなければならない。
,。したがって未決拘禁者の新聞を読む自由は重要な権利であるというべきである
(イ)未決勾留は,刑事訴訟法の規定に基づき,逃亡又は罪証隠滅の防止を目的
として被疑者又は被告人の居住を施設内に限定するものであるところ,勾留の上記
目的及び無罪推定の原則(憲法31条,自由権規約14条2項)からすれば,勾留
された者は,逃亡又は罪証隠滅防止以外の目的では何らの自由も制約されないとい
うべきである。
この点について,被告は,専ら収容施設内部における規律及び秩序の維持を理由
として未決拘禁者の憲法上ないし自由権規約上の人権を制約することができる旨主
張する。しかしながら,収容施設内部における規律及び秩序といったものの内実は
明らかでなく,むしろ施設管理上の都合でしかないのであって,このような抽象的
で曖昧な根拠によって自由権を制約することはできないというべきである。
イ監獄法31条2項が憲法41条違反であること
(ア)憲法41条は,国会を唯一の立法機関とし,国民の権利を制限し,又は義
務を課す法規範を定立する立法権限を国会に授権しているのであるから,憲法,条
約によって保障された基本的人権を制限する場合,その制限については法律で規定
されなければならない。例外的に国会がその立法権限に基づいて行政機関の制定す
る命令に法規範の定立を委任する場合であっても,一般的,包括的白紙委任は許さ
れず,委任の範囲は個別具体的に限定されていなければならない。
しかし,監獄法31条2項は「文書,図画ノ閲読ニ関スル制限ハ法務省令ヲ以,
テ之ヲ定ムと規定するのみで閲読を制限する目的や受任者である行政機関法」,,(
務省)が規範を定立するに当たってよるべき基準等を何も定めていない。このよう
な監獄法31条2項の規定は,新聞を読む自由の重要性にかんがみ,一般的,包括
的白紙委任として憲法41条に反するというべきである。
ウ監獄法施行規則86条2項の違憲性
前記のとおり,未決拘禁者の新聞を読む自由に対する制限は,逃亡又は罪証隠滅
の防止という在監目的達成のため,必要最小限の制約に限って許される。そして,
その制約が必要最低限度の制限の範囲にとどまるものであるかどうかについては,
新聞を読む自由が担う重要な憲法価値に照らし,極めて厳格に審査されるべきで
あって,規制対象行為を放任した場合に逃亡又は罪証隠滅の防止という在監目的を
達成することができないことが明白である場合,すなわち規制対象行為と在監目的
を具体的に阻害する害悪発生との間に明白な関連性が認められる場合にのみ,新聞
を読む自由に対する制約が許容されると解すべきである。
これを監獄法施行規則86条2項についてみると,同項は「文書図画多数其他,
ノ事由ニ因リ監獄ノ取扱ニ著シク困難ヲ来タス虞アルトキ」という要件で「其種,
類又ハ箇数ヲ制限スルコト」を認めている。しかしながら,未決拘禁者の新聞閲読
は,逃亡又は罪証隠滅の防止という在監目的によらなければ制約することができな
いのであって「監獄ノ取扱」に困難を来さないようにするといった監獄側の便宜,
的な目的で未決拘禁者の新聞閲読を制限することはできない。また「困難ヲ来タ,
ス虞アルトキ」という緩やかな関連性の要件の下での制限を許容することもできな
い。
以上のとおり「監獄ノ取扱」に困難を来さないようにするといった監獄側の便,
宜的な目的を根拠とし,かつ「虞アルトキ」という緩やかな関連性の要件の下で,
新聞閲読の自由を制限する監獄法施行規則86条2項は,憲法19条,憲法21条
1項,憲法23条,憲法13条に反し,違憲である。
エ本件購読規制の違憲性
(ア)監獄法施行規則86条2項は違憲であるから,これに基づいてされた本件
購読規制も当然に違憲であるが,仮に上記各規定が直ちに違憲でないとしても,同
規定は合憲限定解釈されなければならない。そして,上記のとおり,新聞閲読の自
由に対する制約は,逃亡又は罪証隠滅の防止という在監目的達成のため,必要最小
限の制約に限って許されるのであるから,同項の「文書図画多数其他ノ事由ニ因リ
監獄ノ取扱ニ著シク困難ヲ来タス虞アルトキ」との要件についても,新聞の種類を
制限しなければ逃亡又は罪証隠滅の防止という在監目的に明白かつ現在の危険を及
ぼすということができて初めて本件購読規制は許容されるのであり,単なる拘置所
側の事務手続の煩雑さ等では足りず,拘置所を管理運営するに当たり,著しい障害
が発生するような具体的な事由の存在が必要であるというべきである。
(イ)しかしながら,通常紙すべてについて定期購読を認めたとしても,このよ
うな障害が発生するとはおよそ考えられず,通常紙の種類を2紙に限る取扱いは,
何らの合理的根拠も有しない。
被告は,購読し得る通常紙を2紙に限る理由について,事務処理上の都合しか主
張しておらず,このような理由で表現の自由を制約することは許されない。なお,
被告は,購読し得る通常紙の紙種が増加すると,内容審査に要する事務量が増加す
る旨主張するが,通常紙における記事は,一般的に,施設内のびん乱等を惹起する
ような内容ではなく,本件細則3条1号アからキまでのいずれにも該当しないので
あって,その規制対象とすべきものではないから,未決拘禁者が購読し得る通常紙
の紙種が増えたとしても内容審査に係る事務量が増加するということはできない。
また,在監者に対するアンケートによって購読し得る通常紙2紙を選定するという
方法は,新聞という民主社会において重要な媒体を多数決によって制限するもので
あり,少数意見の享受を事実上不可能にするものであるから,その制限の程度は軽
微であるとはいえない。
被告は,外部の者に差入れをしてもらう方法によれば,朝日新聞(選定された2
紙以外の通常紙)も閲読することが可能であるから,本件購読規制による制限の態
様及び程度は軽微である旨主張する。しかしながら,外部からの差入れの方法によ
り朝日新聞を閲読するためには,毎日の差入れを依頼することができる者が必要で
あるし,差入れを行うことができる時間帯は限られている上,毎日の差入れをする
ことができる者がいたとしても,未決拘禁者において差し入れられた新聞を閲読す
ることができるのは翌日以降であるというのであるから,差入れは実質的な代替方
法ということはできず,本件購読規制による制限の態様及び程度が軽微であるとい
うことはできない。
オ自由権規約19条違反
(ア)自由権規約19条2項は,すべての者は,表現の自由についての権利を有
し,この権利には,口頭,手書き若しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の
方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及
び伝える自由を含む旨規定し,同条3項は,同条2項の権利の行使には,特別の義
務及び責任を伴い,したがって,この権利の行使については,一定の制限を課する
ことができる,ただし,その制限は,法律によって定められ,かつ,他の者の(a)
権利又は信用の尊重,国の安全,公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護(b)
の目的のために必要とされるものに限る旨規定している。
しかし,監獄法は,表現の自由に対する制限の要件等について,自らこれを規定
せず,監獄法施行規則にゆだねているのであって,自由権規約19条3項にいう法
律によって定められた制限とはいえないから,同規則86条2項の規定は,自由権
規約19条3項に違反し,無効である。
また,定期購読に係る通常紙を2紙に限る取扱いが,自由権規約19条3項又(a)
はの規定する各目的のために必要な制限に当たらないことは明らかであり,した(b)
がって,本件購読規制は,同3項に違反し,違法である。
(イ)被告は,本件購読規制の目的は,自由権規約19条3項の国の安全の保(b)
護である旨主張するが,そもそも「国の安全」という場合に想定されているのは,
新聞記事の内容が過激な行動を呼びかけるものであるような場合であって,事務量
が増えて管理に手が回らず,施設内の暴動を招きかねないなどといった場合ではな
い。被告の主張は「国の安全」を極端に拡大解釈するものであり,国際人権法の,
解釈として到底認められないものである。
また,被告は,未決拘禁者に対してその希望する通常紙の購読を自由に認めた場
合,通常紙の購読に係る事務処理が本来の事務処理能力の限界を超え,限られた人
員で実施しなければならない拘置所の正常な管理運営,ひいては未決拘禁者の戒護
又は処遇に重大な支障を及ぼすこととなり,その結果,国の安全が保たれなくなる
と主張する。しかしながら,限られた人員で事務を処理すべきことは官民を問わず
当然のことであるから,被告の上記主張は具体性を欠き,主張自体として失当であ
るそもそも未決拘禁者に表現の自由を保障することも拘置所の本来の事務であっ。,
て,これによって他の業務に支障を来すおそれがあるのであれば,人員の増加等の
しかるべき措置を採るべきであって,自由権規約締約国政府として,上記のような
主張は許されない。さらに,被告は,本件購読規制をしなければ国の安全が保たれ
なくなると主張するが,その因果関係を合理的に説明しておらず,被告の上記主張
は,失当である。
カ平等原則(憲法14条1項,自由権規約26条)違反
憲法14条1項は信条による差別を,自由権規約26条は政治的意見その他の意
見による差別を禁止しているところ,これは,人間の人格の価値はすべて平等であ
るとの人間平等の理念,及び社会には多様な信条,意見が存在し,それぞれが正当
性を主張し合って議論することが,民主主義社会の前提基盤を形成するとの民主主
義の理念に基づくものである。そして,差別的取扱いを受ける権利が新聞を読む自
由といった精神的自由権である場合には,差別の禁止は,極めて厳格なものである
と解すべきである。
そうであるとすれば,後記キのとおり,朝日新聞と読売新聞又は産経新聞との間
に政治的社会的意見の傾向に違いがある状況下において,定期購読に係る通常紙を
読売新聞又は産経新聞に限る本件購読規制は,朝日新聞に共鳴する信条,政治的意
見を持ち,その購読を希望する原告を信条又は政治的意見によって差別するもので
あり,平等原則に違反する。
キ本件購読規制によって原告が被った損害
通常紙は,それぞれ,どのような事件を記事にして社会に伝えるかという編集方
針,取り上げた事実についてどのような意見を述べるかなどについて特性を有して
おり,購読者は,その特性に照らして紙種を選択して新聞を購読している。特に,
朝日新聞は,靖国神社,戦後補償,憲法改正,教育基本法改正,貧困問題といった
広く国策にかかわる事項,すなわち民主主義社会の根幹にかかわる事項において,
読売新聞又は産経新聞が取り上げない事項に関する記事を掲載し,また,読売新聞
又は産経新聞とは異なった論調の記事を掲載する傾向がある。
そして,原告は,長年朝日新聞になじみ,朝日新聞が自己の関心を持っている事
項に関する記事を掲載し,また,その論調が自己の政治的意見に沿ったものである
ことなどから,朝日新聞の購読を希望していたのであり,実際,原告が大阪拘置所
に収容されていた間,朝日新聞には,読売新聞又は産経新聞には掲載されていない
記事で,原告が読みたいと思う記事が多数掲載された。
以上によれば,原告が大阪拘置所に収容されていた間,朝日新聞を読むことがで
きなかった精神的苦痛は大きく,これを慰謝するには,200万円を下らない。
()被告の主張2
ア未決拘禁者に対する権利の制約根拠について
,,,未決勾留は刑事訴訟法の規定に基づき逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として
被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであって,勾留により拘禁された
者は,その限度で身体的行動の自由を制限されるのみならず,前記逃亡又は罪証隠
滅の防止のために必要かつ合理的な範囲において,それ以外の行為の自由をも制限
されることを免れないのであり,このことは,未決勾留そのものの予定するところ
であるが,加えて,監獄は,多数の被拘禁者を外部から隔離して収容する施設であ
り,同施設内でこれらの者を集団として管理するに当たっては,内部における規律
及び秩序を維持し,その正常な状態を保持する必要があるから,この目的のために
必要がある場合にも未決勾留によって拘禁された者について,この面からその者の
身体的自由及びその他の行為の自由に一定の制限が加えられることはやむを得ない
というべきである(最高裁昭和40年(オ)第1425号同45年9月16日大法
廷判決・民集24巻10号1410頁。以下「最高裁昭和45年判決」という。。)
したがって,未決拘禁者は,逃亡又は罪証隠滅の防止の目的以外に,収容施設内に
おける規律及び秩序を維持し,その正常な状態を保持する目的のためにも自由を制
限されることがあり得るというべきである。未決拘禁者に対する自由の制限の目的
を逃亡又は罪証隠滅の防止のみに限定する原告の主張は,失当である。
イ本件購読規制の必要性及び合理性
(ア)最高裁昭和45年判決及び最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6
月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁(以下「最高裁昭和58年判決」と
いう)の判示するところからすれば,閲読の自由に対する制限が必要かつ合理的。
なものとして是認されるか否かの判断は,未決拘禁者の新聞を読む自由の重要性を
考慮しつつ,同自由に対する制限の必要性の程度と具体的な制限の態様及び程度と
の較量の上に立って行うべきである。
(イ)本件購読規制について
a制限の態様及び程度
本件購読規制は,閲読し得る通常紙を2紙に限定するという程度のものにす(a)
,。,(,ぎず特定の情報の入手を遮断するものではないそして通常紙もっぱら政治
経済,社会,文化などに関する公共的な事項を総合的に報道することを目的とする
市販の日刊新聞紙)間では,その性質上,記事内容,報道の正確性及び迅速性など
に大差はなく,閲読し得る通常紙の選択肢を限定するとの取扱いをしたとしても,
在監者が社会に生起する事象についての知識等を入手することは十分に可能である
から,その制限の態様及び程度は,軽微なものというべきである。
また,本件購読規制は,被収容者の閲読傾向を調査した上,閲読許可紙を2紙に
選定したものであって,新聞記事の内容を個別に検討して抹消等する場合とは異な
り,その過程で恣意的な情報操作が行われるおそれもない。
さらに,本件購読規制は,朝日新聞(選定された2紙(読売新聞及び産経新聞)
以外の新聞)の閲読そのものを不許可とするものではなく,外部の者に差入れをし
てもらう方法によれば,朝日新聞を閲読することは可能である(なお,大阪拘置所
職員は,原告に対し,その旨教示している。。)
原告の主張に対する反論(b)
原告は,そもそも,通常紙には抹消等が必要な不適当箇所が存在することはあり
,。得ないから通常紙について内容審査を行う必要はないといった趣旨の主張をする
しかしながら内容審査は抹消等を目的として実施するものではなく閲読によっ,,,
て拘禁目的が害されるか,又は施設の正常な管理運営を阻害するかなどを見極め,
これらの事態を未然に防止するために実施するものである。そして,不適当とする
判断は,収容人員数,施設の衆情,職員数及びそのときの社会情勢等の背景による
ところもあるのであるから,通常紙について抹消等を要するような不適当な箇所は
およそ存在しないということはできず,そもそも内容審査を行う必要はないとする
原告の主張は,失当である。
b制限の必要性
仮に,未決拘禁者全員に対してその希望する通常紙の購読を認めれば,当然(a)
取り扱う紙種が増加する。また,特に雑居房においては,同房者間で回し読みをし
ているというのが実情であることなどに照らせば,購読し得る通常紙の種類が増え
,。,,れば購読部数も増加することが推測されるそうすると在監者の新聞購入手続
部数確認,本件規程3条及び本件細則3条による内容審査,同審査の結果閲読が不
適当と認められた場合の当該部分の抹消又は切取り,在監者への新聞の交付,閲読
後の回収及び廃棄などの事務も増大し,これに多大な時間と労力とを要することと
なる。
拘置所のような行刑施設は,多数の被収容者を収容して集団として管理するとこ
ろであるから,規律及び秩序を適正に維持して,平穏で正常な状態を保持していく
必要があるところ,本件購読規制をしなければ,上記のような通常紙の購読に係る
事務処理が本来の事務処理能力の限界を超えることにより,規律及び秩序の維持に
不可欠な居室の検査業務等の他の業務の遂行を著しく困難にし,収容目的の達成そ
のものをも困難にすることが予想される。
そうすると,未決拘禁者全員に対してその希望する通常紙の購読を認めれば,限
られた人員で実施しなければならない拘置所の正常な管理運営,ひいては未決拘禁
者の戒護又は処遇に重大な支障を及ぼすおそれが生じることは明らかであって,購
読し得る通常紙の紙種を限定する必要性があるというべきである。
c小括
以上によれば,本件購読規制における制限の態様及び程度と制限の必要性とを較
量すれば,新聞閲読の自由の重要性を勘案しても,本件購読規制が必要かつ合理的
であることは明らかであり,本件購読規制は違法ではない。
ウ監獄法31条2項の合憲性
同項は,在監者に対する文書,図画の閲読を制限することができる旨定めるとと
もに,制限の具体的内容を命令に委任し,これを受けて,監獄法施行規則86条1
項はその制限の要件等を定めている。同委任は,国会の立法権を実質的に没却する
ような無制限な一般的包括的委任ではなく,対在監者という一定の関係において文
書図画の閲読制限の具体的内容を委任したものと解すべきであるから,監獄法31
条2項の規定が憲法41条に反するということはない。
エ監獄法施行規則86条2項の合憲性
新聞を読む自由が,収容施設内における規律及び秩序を維持し,その正常な状態
を保持する目的のためにも制限され得ることは前述のとおりであるから,逃亡又は
罪証隠滅の防止という在監目的達成のための制限のみ許されるとして,同項が違憲
であるとする原告の主張は,その前提を誤るものである。
また,原告は,同項について「困難ヲ来タス虞アルトキ」という緩やかな関連性
の要件の下での制限を許容するものであって違憲であると主張するが,前述のとお
り「虞アルトキ」の解釈については,未決拘禁者の新聞閲読の自由の重要性を考,
慮しつつ,同自由に対する制限の必要性の程度と,具体的な制限の態様及び程度と
の較量において,必要かつ合理的な範囲内での制限を定めたものと解されるから,
同規定は,憲法19条,憲法21条1項,憲法23条,憲法13条のいずれにも違
反しない。
オ自由権規約19条3項について
(ア)監獄法の監獄法施行規則への委任が憲法41条の趣旨に反するものでない
ことは前述のとおりであるから,監獄法施行規則86条2項の規定が法律によらな
い制限として自由権規約19条3項に違反し,無効であるとする原告の主張は,失
当である。
(イ)自由権規約5条1項は「この規約のいかなる規定も,国,集団又は個人,
が,この規約において認められる権利及び自由を破壊し若しくはこの規約に定める
制限の範囲を超えて制限することを目的とする活動に従事し又はそのようなことを
。」目的とする行為を行う権利を有することを意味するものと解することはできない
と規定し,自由権規約自体が,権利に内在する合理的制約があることを当然の前提
としている。このことは,同規約19条3項が,表現の自由に対する制限の規定を
設けていることからも読みとることができる。
未決拘禁者に対してその希望する通常紙の購読を自由に認めた場合,限られた人
員で実施しなければならない拘置所の正常な管理運営,ひいては未決拘禁者の戒護
又は処遇に重大な支障を及ぼすおそれがあることは,前述のとおりである。そうす
ると,行刑施設における管理能力は低下し,行刑施設における逃走,暴動,びん乱
及び騒擾等の事案を未然に防止することができなくなる。最後の治安の砦ともいう
,,べき行刑施設がこのような状況に陥った場合国民の行刑施設への不信感が募る上
社会不安が横行して国の安全が保たれなくなることは明らかである。
よって,本件購読規制は,自由権規約19条3項の国の安全の保護を目的とし(b)
た制限であるというべきであり,同項には違反しない。
第3当裁判所の判断
1未決勾留は,刑事訴訟法の規定に基づき,逃亡又は罪証隠滅の防止を目的と
して,被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであるから(同法60条,
207条,勾留により拘禁された者は,その限度で身体的行動の自由を制限され)
るのみならず,上記逃亡又は罪証隠滅の防止の目的のために必要かつ合理的な範囲
において,それ以外の行為の自由をも制限されることを免れないのであり,このこ
とは,未決勾留そのものの予定するところである。また,監獄は,多数の被拘禁者
を外部から隔離して収容する施設であり,施設内でこれらの者を集団として管理す
るに当たっては,内部における規律及び秩序を維持し,その正常な状態を保持する
必要があるから,この目的のために必要がある場合には,未決勾留によって拘禁さ
れた者についても,この面からその者の身体的自由及びその他の行為の自由に一定
の制限が加えられることは,やむを得ないところというべきである。そして,この
場合において,これらの自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認され
るかどうかは,上記目的のために制限が必要とされる程度と制限される自由の内容
及び性質,これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決せられるべ
きものである(最高裁昭和45年判決,最高裁昭和58年判決。)
2新聞紙の閲読の自由が憲法上保障されるべきことは,思想及び良心の自由の
不可侵を定めた憲法19条の規定や,表現の自由を保障した憲法21条の規定の趣
旨,目的から,いわばその派生原理として当然に導かれるところであり,また,す
べて国民は個人として尊重される旨を定めた憲法13条の規定の趣旨に沿うゆえん
でもあると考えられる。
しかしながら,このような新聞紙の閲読の自由も,その制限が絶対に許されない
ものとすることはできず,一定の合理的制限を受けることがあるといわざるを得な
いのであって,未決勾留により監獄に拘禁されている者の新聞紙の閲読の自由が逃
亡及び罪証隠滅の防止という勾留の目的のためのほか,前記のような監獄内の規律
及び秩序の維持のために一定の制限を加えられることもやむを得ないものというべ
きである。もっとも,未決勾留は,前記刑事司法上の目的のために必要やむを得な
い措置として一定の範囲で個人の自由を拘束するものであり,他方,これにより拘
禁される者は,当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては,原則として一般市民
としての自由を保障されるべき者であるから,監獄内の規律及び秩序の維持のため
にこれら被拘禁者の新聞紙の閲読の自由を制限する場合においても,それは,上記
目的を達するために真に必要と認められる限度にとどめられるべきものである。し
たがって,上記制限が許されるためには,当該閲読を許すことにより上記の規律及
び秩序が害される一般的,抽象的なおそれがあるというだけでは足りず,被拘禁者
の性向,行状,監獄内の管理,保安の状況,当該新聞紙,図書等の内容その他の具
体的事情の下において,その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上
放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められること
が必要であり,かつ,その場合においても,上記制限の程度は,上記障害の発生の
防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当である
(最高裁昭和58年判決。)
3()この点について,監獄法31条2項は「文書,図画ノ閲読ニ関スル制限1,
ハ法務省令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し,監獄法施行規則86条1項は「文書図画,
ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定
し,同条2項は「文書図画多数其他ノ事由ニ因リ監獄ノ取扱ニ著シク困難ヲ来タ,
ス虞アルトキハ其種類又ハ箇数ヲ制限スルコトヲ得」と規定するところ,原告は,
監獄法31条2項の規定が一般的,包括的白紙委任であって,憲法41条に違反す
る旨主張する。しかしながら,前記2において説示したところからすれば,監獄法
31条2項の規定は,具体的事情の下において,在監者に対し新聞紙,図書等の閲
読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することができない程度の
障害が生ずる相当の蓋然性があると認められるときに限り,上記障害の発生の防止
のために必要かつ合理的な範囲内でのみこれらの閲読の自由を制限することができ
ることを定めるとともに,その制限の具体的内容を命令(法務省令)の定めに委任
したものと合理的に解することができるから,同項による命令への委任が一般的,
包括的白紙委任であるということを理由に同項が憲法41条に違反する旨の原告の
上記主張は,その前提を欠くものとして,採用することができない。
自由権規約19条3項も,法律によって在監者に対する文書,図画の閲読の自由
の制限の具体的内容を命令の定めに委任することをおよそ禁じる趣旨であるとは解
されないから,監獄法施行規則86条2項の規定が法律によらない制限として自由
,。権規約19条3項に違反し無効である旨の原告の主張も採用することができない
()また,原告は,監獄法施行規則86条2項は,監獄側の便宜的な目的を根2
拠とし,かつ,緩やかな関連性の要件の下で新聞閲読の自由を制限するものであっ
て,憲法19条,憲法21条1項,憲法23条,憲法13条に違反し,無効である
旨主張する。しかしながら,前記()において説示したところによれば,監獄法施1
行規則86条2項は,監獄において取り扱うべき新聞紙,図書等の数が多数である
などの事由により,監獄の取扱いに著しく困難を来し,監獄内の規律及び秩序の維
持上放置することができない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が認められる場合
に,上記障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲内において,閲読を許すべ
き新聞紙,図書等の種類又は個数を制限することができる旨を定めるとともに,新
聞紙,図書等の閲読を許すことによって監獄の取扱いに著しく支障を来し監獄内に
おける規律及び秩序の維持上放置することができない程度の障害が生ずる相当の蓋
然性が存するかどうか,及び上記障害の発生を防止するために新聞紙,図書等の種
類又は個数についてどのような内容,程度の制限措置を講じることが必要かつ合理
的かについては,監獄内の実情に通暁し,直接その衝に当たる監獄の長による個々
の場合の具体的状況の下における裁量的判断に待つべき点が少なくないことにかん
がみ,その判断を監獄の長の合理的裁量にゆだねたものと解されるのである。そし
て,上記2に説示したところに照らせば,このような制限も憲法上許容されている
ものと解されるから,監獄法施行規則86条2項は,もとより憲法に違反するもの
ではないというべきであり,また,前記()において説示したところからすれば,1
監獄法施行規則86条2項の規定が監獄法31条2項による委任の範囲を超えるも
のということもできない。したがって,原告の上記主張は,採用することができな
い。
4()そこで,監獄法施行規則86条2項の規定に基づき,本件規程,本件通1
達及び本件細則によって定められた本件購読規制が,在監者の新聞紙の閲読の自由
に対する制限として許容されるものかどうかについて検討する。
前記のとおり,本件購読規制は,本件規程(昭和41年矯正甲第1307号法務
大臣訓令)16条1項及び本件細則(平成11年大阪拘置所長達示第73号)16
条1項,2項に基づくものであるところ,証拠(甲1,2,乙4,5,6)及び弁
論の全趣旨によれば,大阪拘置所においては,本件細則により,未決拘禁者,監置
に処せられた者及び死刑確定者に対して通常紙2紙の中から本人の選定する1紙に
ついて購入を許可するものとし(本件細則16条,通常紙の購読申し込みは,休)
日を除き毎日午前中に翌日分を願せんにより矯正協会支部において受け付け(翌日
が休日に当たる場合は休日分と次の平日分を合わせて申し込むことができる,通)
常紙を交付するときは,矯正協会支部において作成した「個人別購入一覧表」に本
人の受領の指印を徴し,前日交付した新聞紙を引き上げるものとし,通常紙は当日
の朝刊と前日の夕刊を合わせて1部として交付するものとされていること(本件細
則17条,大阪拘置所は,平成16年3月当時においても平成17年3月当時に)
おいても,少なくとも2000名を超える収容者を擁し,そのうちの未決収容者も
1500名を超えていたこと,大阪拘置所においては,本件細則16条1項に基づ
き,被収容者全員(保護室収容中の者は除く)を対象として,朝日新聞,産経新。
聞,毎日新聞,読売新聞,その他の通常紙のうちから1紙を選択するという方法に
より閲読傾向の調査をしている(調査用紙に2紙以上,又は宗教紙,スポーツ紙を
記入した場合及び白票は無効とする)ところ,平成16年3月2日及び平成17年
3月1日に実施した閲読傾向の調査では,いずれも読売新聞が1位,産経新聞が2
位であった(各調査結果の詳細は,別紙のとおりである)ことから,大阪拘置所。
長は,平成16年度及び平成17年度に在監者が購読し得る通常紙として読売新聞
と産経新聞とを選定していたこと,大阪拘置所における平成18年2月前後のころ
の読売新聞及び産経新聞の購読部数(合計数)はおおむね250ないし300部で
あること,大阪拘置所において定期購読又は差入れの認められた新聞紙は,1か月
当たり約1万5000部であること,大阪拘置所においては,本件細則4条に基づ
く被収容者に閲読させることのできない図書等の支障となる部分の抹消又は切り取
りは,主として抹消の方法により,厚紙で抹消箇所以外の外枠を作成し,インクを
染みこませたローラーを使用して抹消箇所を黒塗りして自然乾燥させるという作業
手順で行っていること,以上の事実が認められる。そうであるところ,一般に,未
決拘禁者全員に対し,その希望する通常紙の購読を無制限に認めた場合,監獄にお
,,いて取り扱う通常紙の紙種が多大となるだけでなくその部数も膨大なものとなり
そのため,新聞購入手続,部数確認,本件規程3条及び本件細則3条による内容審
査,同審査により閲読が不適当と認められた場合の当該部分の抹消又は切取り,在
監者への新聞の交付,閲読後の回収及び廃棄といった在監者の通常紙の購読に係る
事務に多大な時間と労力とを要することは,容易に推認することができる。なお,
原告は,通常紙について内容審査をすることは違憲である,又は通常紙について内
容審査をする必要はないといった趣旨の主張をするところ,確かに,被告の主張に
よれば,平成18年5月当時を基準とする過去5年間に大阪拘置所において本件細
則4条に基づき通常紙の記事の全部又は一部を抹消した事実は存在しないものの,
通常紙であっても,その記事の具体的内容,被拘禁者の性向,行状,その時々の社
会情勢等いかんによっては,当該記事の閲読を許した場合,拘置所内の静穏が攪乱
され,所内の規律及び秩序の維持に放置することのできない程度の障害が生ずる相
当の蓋然性があるものとして,上記障害発生を防止するため,必要かつ合理的な範
囲においてその閲読を制限されることもあり得ると認められるから(最高裁昭和5
8年判決参照,原告の上記主張は,採用することができない。そうすると,未決)
拘禁者全員に対し,その希望する通常紙の購読を無制限に認めた場合,国家予算等
に由来する当該施設の人的,物的制約の下においては,在監者の通常紙の購読に係
る事務処理が遅滞し,在監者に対して新聞の発行後速やかにこれを交付することが
できず,新聞紙閲読の自由の保障の趣旨が没却される事態となり,そのような事態
を避けようとすれば,上記事務以外の事務に充てられる時間と労力とが著しく限定
され,その結果上記事務以外の事務に重大な支障を生じ,ひいては,監獄内の規律
及び秩序維持に放置することができない程度の障害が生ずることも,十分考えられ
るといわざるを得ない。
この点について,原告は,通常紙の購読の対象を被収容者につき1紙に制限する
のはやむを得ないとしても,本件購読規制は,その記事に政治的,社会的意見の傾
向の違いが反映されている通常紙について,購読することができる通常紙の紙種を
2紙に制限する点において,被拘禁者の新聞の閲読の自由に対する必要最小限度を
超えた重大な制限となるといった趣旨の主張をするものと解される。
確かに,通常紙とはいえその記事が編集者の政治的,社会的意見が多少とも反映
された内容となっていることは,公知の事実ということができ,また,購読する新
聞の選択においてその者の思想,信条ないし政治的意見が多少とも影響しているこ
とも容易に推認されるところである。その点からすれば,監獄内において被拘禁者
が購読することのできる通常紙の紙種を特定の紙種に限定することにより被拘禁者
が被る新聞閲読の自由に対する制約は,前記2において説示したような新聞閲読の
自由の根拠,内容及び性質等に照らすと,後記のとおり差入れを受けることによる
購読のみちが別途存在していることをしんしゃくしてもなお,その程度が著しく軽
微であると直ちに断ずることはできない。
しかしながら,我が国において発行されている通常紙の種類が著しく多数に及ん
でいることは公知の事実であり,当該監獄において定期購読が現実的に可能である
と考えられる通常紙の紙種に限ってみても,少なくとも全国紙5紙に地域紙1紙以
上を加えた6紙以上に及ぶものと容易に推認される。しかるところ,通常紙の購読
の対象を被収容者につき1紙に限定する取扱いを前提としても,購読することがで
きる通常紙の紙種に対する制限をなくした場合,上記のような新聞紙の性格等から
して,購読に係る通常紙の部数が増加することは容易に推認することができる。そ
して,紙種及び購入部数の増加に伴って,前記のような在監者の通常紙の購読に係
る事務により多くの時間と労力を要することになることはいうまでもなく,とりわ
け,上記事務のうちの内容審査(及び同審査により閲読が不適当と認められた場合
の当該部分の抹消又は切取り)に係る事務においては,当該新聞紙に掲載された記
事の具体的内容に即して,当該記事の閲読を許すことによって監獄内における規律
及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が存す
るかどうか,これを防止するために当該記事のどの部分を抹消又は切り取ることが
必要であるかについて,憲法上被拘禁者に保障された新聞紙の閲読の自由に対する
,,必要かつ合理的な範囲を超えた制限とならないよう慎重な検討を要するのであり
前記のとおり通常紙といえどもその掲載する記事の種類やその具体的内容に多少と
も相異が存する以上,紙種の制限の撤廃に伴う取扱い紙種の増加に伴って必然的に
招来される内容審査に要する時間と労力の増加の程度は軽視し難いものがあるとい
うべきである。国家の設営する刑事収容施設としての監獄における物的設備及び人
員配置がその時々の国家予算等の制約を受けることはもとより憲法の予定するとこ
ろということができるのであり,監獄においては,所与の物的,人的制約の下で,
刑事収容施設としての設置目的を達成するために,その事務を適切かつ効率的に処
理することが求められるのであって,被拘禁者に対する新聞紙,図書等の閲読の許
可に係る事務についても,上記のような観点からの制約は免れないものというべき
である。そうすると,後記のとおり事実の正確かつ迅速な報道をその主な目的とす
る新聞紙(通常紙)について,刑事収容施設としての監獄の設置目的を損なわず,
かつ,被拘禁者の新聞紙閲読の自由の保障の趣旨を没却することなくその購読に係
る事務を処理するとすれば,自ずから購読の対象とし得る紙種を限定せざるを得な
いということができるのであって,本件規程16条1項が未決拘禁者が閲読するこ
とができる通常紙の紙種を2紙に限定しているのも,上記のような監獄における事
務処理の実情を踏まえたものであると推認することができる。
他方,在監者が購読し得る通常紙の紙種が制限されたとしても,当該選定された
紙種の通常紙を購読することは可能であるところ,通常紙は,社会に生起した事象
のうち公共の利害に関すると考えられる事実を総合的見地から正確かつ迅速に報道
することをその主な目的とするものであって,少なくとも,事実の報道に関する限
り,その性質上,記事内容や報道の正確性及び迅速性に著しい差異はないものとい
うことができ,また,一般的に公共性が高いと考えられる事項については,紙種に
よって報道の有無ないし報道内容にも大差がないと考えられる。これを通常紙を閲
読する側からみれば,読者は,通常紙の閲読を通じて,社会に生起した公共の利害
に関係する事象(事実)に係る情報を時系列に従って迅速に摂取するとともに,当
該事実に対する編集者その他の意見や論評に接することにより,その者の個人とし
ての自己の思想及び人格の形成,発展等の基礎とするものであるところ,通常紙に
掲載された記事のうち事実の報道に係る部分については,時系列に従って即時に摂
取することが上記のような通常紙の性格及び閲読の目的からして重要な意義を有す
ると考えられるのに対し,事実に対する編集者その他の意見ないし論評にわたる部
分や事実の報道以外の記事については,それらに関する情報を即時に摂取すること
が必ずしも上記のような事実の報道と同程度の重要性を有するとまでいうことはで
きないと考えられる。そうであるとすれば,前記のとおり,通常紙においても,記
事として掲載する事項の選択や記事の具体的内容において編集者の政治的,社会的
意見が多少とも反映されたものとなっていることは公知の事実であるとしても,少
なくとも,時系列に従って迅速に摂取することが重要な意義を有すると考えられる
公共の利害に関する事実に係る報道については,その紙種によって摂取し得る情報
の内容に大差がないと考えられるのであり,また,そのような事実の報道こそが通
常紙の主な目的ということができる。これに対し,報道の対象とされた事実に対す
る編集者その他の意見,論評や事実の報道以外の記事については,その摂取の機会
を全面的に制約するのならばともかく,少なくとも,差入れ等の方法によりこれを
,,摂取するみちが制度上認められている限り即時摂取の機会まで保障されなくても
上記のような通常紙の目的,性格に照らしてやむを得ないものというべきである。
以上検討したところによれば,通常紙の購読の対象を被収容者につき1紙に限定
する取扱いを前提としても,購読することができる通常紙の紙種に対する制限をな
くした場合,紙種及び購入部数の増加に伴って,当該紙種が2紙に限定されている
現状に比して,在監者の通常紙の購読に係る内容審査その他の事務に多大の時間と
労力を要することになるものと認められ,所与の人的,物的制約の下において被拘
禁者の新聞紙閲読の自由の保障の趣旨を没却することなくその購読に係る事務を処
理するとすれば,監獄におけるそれ以外の事務に充てられる時間と労力が著しく限
定され,その結果,これらの事務の適切な処理に重大な支障を来し,ひいては監獄
内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる相当の蓋然
性があると認めざるを得ない。他方で,購読することができる通常紙の紙種を2紙
に制限することにより被拘禁者が受ける不利益は,その者が任意に選択する通常紙
を通じてそこに含まれる情報を即時に摂取することができないというものであると
ころ,当該選択にその者の思想,信条ないし政治的意見が多少とも反映されている
としても,少なくとも一般に重要と考えられる公共の利害に関する事実の報道(そ
れこそが通常紙の主な目的である)に係る情報については,購読の対象とされた。
通常紙を購読することによってこれを即時に摂取することが相当程度可能であると
考えられる上,制限の対象とされた通常紙についても差入れ等の方法によりこれを
閲読するみちが制度上認められているのであるから,被拘禁者の通常紙の閲読の自
由に対して加えられる制限の態様並びに制限される自由の内容及び性質にかんがみ
ても,上記閲読の自由に対する制限の程度はさほど重大であるということはできな
い。そうであるとすれば,特段の事情がない限り,監獄の長が本件規程16条1項
に基づいて未決拘禁者が購読することができる通常紙の紙種を2紙に制限すること
は,上記のような障害を防止するために必要かつ合理的な範囲内の措置として,監
獄法施行規則86条2項により監獄の長に付与された裁量権の範囲を超え又はこれ
を濫用したものということはできない。そうであるところ,大阪拘置所における購
読の対象となる通常紙2紙の選定手続は,前記認定のとおりであり,大阪拘置所に
おける収容者の閲読傾向の把握において当該閲読傾向が故意にゆがめられるような
手続がとられたことをうかがわせるような証拠もないから,前記認定事実の下にお
いては,本件購読規制に係る大阪拘置所長の措置が監獄法施行規則86条2項によ
り監獄の長に付与された裁量権の範囲を超え又はこれを濫用したものということは
できない。
以上説示したところによれば,本件購読規制は,在監者の新聞紙の閲読の自由に
対する制限として許容されるものというべきである。
()なお,原告は,本件購読規制が,自由権規約19条3項又はの規定す2(a)(b)
,,る各目的のために必要な制限に当たらない旨を主張するとともに本件購読規制が
朝日新聞の購読を希望する原告を信条又は政治的意見によって差別するものであ
り,平等原則(憲法14条,自由権規約26条)に違反する旨主張する。
しかしながら,自由権規約も,憲法と同様に,刑事被告人が監獄に拘禁されるこ
とを予定しているのであって(同規約9条参照,同規約19条3項が新聞紙の閲)
読の自由に対して監獄内の規律及び秩序の維持のために必要かつ合理的な範囲内で
。,,の制限が加えられることまで禁じるものとは解されないそして本件購読規制が
在監者の新聞の閲読の自由に対する制限として,自由権規約上,許容されるという
べきことは,既に説示したところからして明らかである。また,以上説示したとこ
ろからすれば,本件購読規制の結果,大阪拘置所長が選定した2紙以外の通常紙の
購読を希望する者が当該通常紙を購読することができないとしても,そのことを
もって平等原則に違反するということもできない。したがって,原告の上記各主張
は,いずれも採用することができない。
5以上によれば,本件購読規制は,在監者の新聞紙の閲読の自由に対する制限
として許容されないものではなく,これに基づき,原告に対して在監中朝日新聞の
購読を認めなかった大阪拘置所長の判断には何らの違法も認められない。
よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないか
ら,これを棄却することとし,主文のとおり,判決する。
大阪地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官西川知一郎
裁判官岡田幸人
裁判官森田亮
(別紙)
閲読傾向調査結果
平成16年3月2日実施分
調査対象者2172名
有効回答数2003票
有効回答率92.2%
読売新聞968票(約48%)
産経新聞410票(約20%)
朝日新聞350票(約17%)
毎日新聞202票(約10%)
その他73票(約4%)
平成17年3月1日実施分
調査対象者2243名
有効回答数2034票
有効回答率90.7%
読売新聞1025票(約50%)
産経新聞395票(約19%)
朝日新聞359票(約18%)
毎日新聞175票(約9%)
その他80票(約4%)

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