弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役11年に処する。
未決勾留日数中250日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1酒気を帯び,呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上のアルコールを
身体に保有する状態で,平成29年11月27日午後10時20分頃,北海道
登別市a町b丁目c番地付近道路において,普通乗用自動車を運転し,
第2前記日時頃,前記車両を運転し,前記場所先の押しボタン式信号機により交
通整理の行われている交差点をd町方面からe町方面に向かい直進するにあた
り,交通トラブルの相手に警察に通報する旨告げられて逃走中であったことか
ら,同信号機の信号表示を意に介することなく,同信号機が赤色の灯火信号を
表示していたとしても,これを無視して進行しようと考え,同信号機が赤色の
灯火信号を表示していたのに,これを殊更に無視し,重大な交通の危険を生じ
させる速度である時速約91キロメートルないし97キロメートルで自車を運
転して進行したことにより,折から同交差点入口に設けられた横断歩道上を青
色信号に従って右方から左方に向かい横断歩行中の被害者(当時19歳)に自
車右前部を衝突させた上,跳ね飛ばして路上に落下させ,よって,同人に頭蓋
骨破裂の傷害を負わせ,同日午後10時53分頃,北海道室蘭市内の病院にお
いて,同人を前記傷害に起因する外傷性脳損傷により死亡させた。
(証拠の標目)
(略)
(争点に対する判断)
第1本件の争点
本件の争点は,判示第2の事実に関し,赤色信号を「殊更に無視」したと認めら
れるか,特に,①本件事故当時,本件交差点の車両用信号表示が赤色であったと認
められるか,また,これを踏まえて,②被告人が,信号表示を意に介することなく,
それが赤色であってもこれを無視する意思で進行したと認められるかである。
第2本件の事実経過
関係各証拠によれば,以下の事実が問題なく認められる。
1被告人は,平成29年11月27日夜,北海道登別市e町の居酒屋で飲酒し
た後,いずれも未成年である娘のA及びその当時の交際相手のBを自車に乗せて運
転をしていたところ,同市d町f丁目g番地先路上において,前方のC運転車両を
追い抜く際に車を接触させて一旦停車したが,Cから警察を呼ぶ旨告げられて自車
を急発進させた。
2被告人は,追跡してくるCから逃れようと,時速約100キロメートルに及
ぶこともあるような高速度で運転し,同市d町f丁目h番地先交差点で赤信号を無
視して左折し,同市a町b丁目i番地先丁字路交差点でも赤信号を無視して右折し,
道道上登別室蘭線をe町方面に向かって直進した。
3被告人運転車両は,本件交差点直前に進路をやや左に変えただけで速度を落
とすことなく,少なくとも時速約91ないし97キロメートルで走行し,同日午後
10時20分頃,押しボタン式歩行者用信号が青色,車両用信号が赤色を表示して
いたときに,同交差点に進入した。その際,被告人運転車両は,同交差点入口の横
断歩道(全長約18メートル)上を右方から左方に向かい歩行していた被害者に衝
突し,その身体を約50メートル以上先に跳ね飛ばした上,約110メートル先の
電柱に衝突して停止した。
第3争点①(本件交差点の信号表示)について
1本件交差点の車両用信号は,ボタンが押された後直ちに青色から黄色に変わ
って3秒間継続した後,赤色に変わって35秒間継続し再び青色に変わるものであ
り,また,歩行者用信号は,ボタンが押された後も6秒間赤色が継続し,終わりの
点滅を含め29秒間の青色を経て再び赤色に変わるものである。また,警察官によ
る歩行実験によれば,被害者が横断を始めてから約14.3メートル先の衝突地点
に至った時間はおおむね10秒と認められる。さらに,衝突直前にBが目撃した歩
行中の被害者が,比較的長い横断歩道の中程を接近車両等がないものと安心しきっ
て横断していた様子であったことに加え,被害者のバス降車地点から衝突地点に至
るまでの道筋を本件交差点の歩行者用信号に従って再現歩行した際に要した時間と,
関係箇所のカメラ映像の分析によって認められる実際の経過時間(約2分20秒)
とがおおむね整合していることから,被害者は歩行者用信号が青色になってから横
断を開始したと認定できる。そうすると,本件交差点の車両用信号は衝突の約16
秒前から黄色を,約13秒前から赤色を表示していたと認められる(仮に被害者が
ボタンを押してすぐに横断を開始したとしても,車両用信号は衝突の約7秒前から
赤色であったこととなり,いずれにせよ衝突の幾秒も前から赤色を表示していたと
いえる。)。
2なお弁護人は,衝突直前に被害者の様子を見たというBの証言の信用性を争
っている。しかし,Bは,短時間とはいえ印象に残りやすい状況を目撃している上,
その内容は事故直後の説明から一貫し,反対尋問でも動揺していない。Bの証言は
十分信用できる。弁護人の主張は,事故直後の説明とのささいな違いを指摘するも
のでしかない。そもそも弁護人は,本件交差点の信号表示は当時変わり目であった
としているが,さしたる根拠のない主張でしかなく,採用の余地はない。
3したがって,本件事故当時,本件交差点の車両用信号は十数秒前から赤色を
表示していたと認められ,信号の変わり目であったという疑いは残らない。
第4争点②(赤色信号の殊更無視)について
1被告人は,C車両との接触事故後にCから警察を呼ぶ旨言われた後,前記の
ような態様で自車を運転し,本件交差点の信号が十数秒も前から赤色であったのに,
高速度のまま運転を継続して本件事故を引き起こした。このような走行状況のみか
らも,被告人が信号表示を意に介することなく,それが赤色であってもこれを無視
する意思で進行した,つまり,赤色信号を「殊更に無視」して自動車を運転したこ
とは明らかである。しかも,当時の状況からして,被告人は,飲酒運転の発覚を免
れる意図があったと認定できる上,A,B及びCの証言等によれば,本件交差点の
直前で,同乗者から赤信号である旨言われたのに,ブレーキをかけることなく本件
事故に至ったと認められることにも照らすと,被告人が先のように赤色信号を「殊
更に無視」したことにもはや疑いの余地はない。
2被告人は,衝突前に,赤だという同乗者の声を聞き,赤信号に気付いてとっ
さにブレーキを踏んでおり,赤信号を認識できれば止まるつもりがあった旨供述し
ている。しかし,被告人の供述は,他の証言と矛盾し又は明らかに不自然な部分が
目立つ上,何より,前記のような走行状況は,およそ信号の規制に従う意思のある
者の運転の仕方としてはあり得ないもので,全く信用できない。弁護人もるる主張
するが,主張の内容自体に無理があるか,およそ意味のない細かな点を問題視する
もので,全て失当である。
第5結論
以上より,判示第2の危険運転致死の事実を認定した。
(法令の適用)
被告人の判示第1の行為は道路交通法117条の2の2第3号,65条1項,同
法施行令44条の3に,判示第2の行為は自動車の運転により人を死傷させる行為
等の処罰に関する法律2条5号にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪について
所定刑中懲役刑を選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条
本文,10条により重い判示第2の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の
加重をした刑期の範囲内で,被告人を懲役11年に処し,同法21条を適用して未
決勾留日数中250日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項た
だし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
被告人の走行態様は,これまで検討したようなものであり,他者の生命・身体の
安全をおよそ顧みない非常に危険なものである。何の落ち度もない被害者が,若く
して尊い命を奪われたという結果が重大であることは言うまでもなく,父母は,生
前の被害者の人柄や思い出に思いを致しつつ,厳しい処罰感情を示している。被告
人は,安易に飲酒運転をし,他のドライバーと無用ないさかいを起こした挙げ句,
飲酒運転の発覚を免れたいという身勝手な動機で危険運転に及んでおり,強い非難
に値する。本件の犯情は誠に悪質というべきであり,死亡被害者が1名である同
種・類似の事案の中でも相当重い事案といえる。
以上に加えて,被告人は,公判廷では謝罪の言葉を述べているものの,多々不合
理な弁解をして責任を逃れようとしており,真摯な反省はみられないことや,任意
保険に加入していなかったためにしかるべき金銭的賠償がなされる見込みが乏しい
ことをも考慮し,被告人に対しては,主文の刑を科すのが相当であると判断した。
(検察官の求刑・懲役15年)
平成30年11月28日
札幌地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官駒田秀和
裁判官坂田正史
裁判官先﨑春奈

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