弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

判決言渡平成21年12月3日
平成21年(行ケ)第10093号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年11月24日
判決
原告イミュネックス・コーポレーション
訴訟代理人弁護士城山康文
同岩瀬吉和
同山本健策
訴訟代理人弁理士山本秀策
同森下夏樹
同谷剛志馰
同長谷部真久
被告特許庁長官
指定代理人穴吹智子
同塚中哲雄
同中田とし子
同酒井福造
主文
1特許庁が不服2007−34678号事件について平成20年11
月25日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1本件は,原告が,後記特許権について原告が存続期間の延長登録出願をした
ところ,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をしたが,特許
庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。
2争点は,上記特許権に係る特許発明の実施に後記行政処分(本件処分)が必
要であったか(特許法67条の3第1項1号),である。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
ア原告は,「腫瘍壊死因子−αおよび−βレセプター」とする発明につい
て,1989年(平成元年)9月5日米国・1989年(平成元年)9月
11日米国・1989年(平成元年)10月13日米国・1990年(平
成2年)5月10日米国の優先権を主張して,平成2年9月5日に特許出
願(特願平2−235502号)し,平成9年11月21日に特許第27
21745号として設定登録を受けた(請求項の数15,甲6。以下「本
件特許権」という。)。
イその後,原告は,平成17年4月18日に本件特許権について,下記の
とおり,その特許発明の実施に後記内容の本件処分を受けることが必要で
あったとして「5年0月0日」につき存続期間の延長登録の出願(特許権
存続期間延長登録願2005−700040号,甲7)をし,平成19年
1月11日付けでその補正(甲8)をしたが,拒絶査定を受けたので,平
成19年12月25日付けで不服の審判請求をした。

・政令で定める処分を受けるに至った経緯
①治験の開始日(治験計画届出日)平成11年12月17日
②承認日平成17年1月19日
・特許発明の実施をすることができなかった期間
特許権の設定登録の日が平成9年11月21日であり,治験の開始日が
平成11年12月17日であるから,特許発明の実施をすることができな
かった期間は,治験の開始日から承認日の前日までの5年01月01日で
ある。
ウ特許庁は,上記審判請求を不服2007−34678号事件として審理
した上,平成20年11月25日,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決(出訴期間として90日附加)をし,その謄本は平成20
年12月5日原告に送達された。
(2)発明の内容
本件特許の請求項の数は上記のとおり15であるが,本件処分に関連する
請求項1∼6の内容は,次のとおりである(以下,請求項6記載発明を「本
件発明」という。)。
・【請求項1】(a)以下のアミノ酸配列:
LeuProAlaGlnValAlaPheThr8
ProTyrAlaProGluProGlySerThrCysArgLeuArgGluTyr23
TyrAspGlnThrAlaGlnMetCysCysSerLysCysSerProGly38
GlnHisAlaLysValPheCysThrLysThrSerAspThrValCys53
AspSerCysGluAspSerThrTyrThrGlnLeuTrpAsnTrpVal68
ProGluCysLeuSerCysGlySerArgCysSerSerAspGlnVal83
GluThrGlnAlaCysThrArgGluGlnAsnArgIleCysThrCys98
ArgProGlyTrpTyrCysAlaLeuSerLysGlnGluGlyCysArg113
LeuCysAlaProLeuArgLysCysArgProGlyPheGlyValAla128
ArgProGlyThrGluThrSerAspValValCysLysProCysAla143
ProGlyThrPheSerAsnThrThrSerSerThrAspIleCysArg158
ProHisGlnIleCys
を有するTNF受容体(TNF−R)ポリペプチド;
(b)以下のアミノ酸配列:
ValProAlaGlnValValLeuThrProTyrLysProGluProGly15
TyrGluCysGlnIleSerGlnGluTyrTyrAspArgLysAlaGln30
MetCysCysAlaLysCysProProGlyGlnTyrValLysHisPhe45
CysAsnLysThrSerAspThrValCysAlaAspCysGluAlaSer60
MetTyrThrGlnValTrpAsnGlnPheArgThrCysLeuSerCys75
SerSerSerCysThrThrAspGlnValGluIleArgAlaCysThr90
LysGlnGlnAsnArgValCysAlaCysGluAlaGlyArgTyrCys105
AlaLeuLysThrHisSerGlySerCysArgGlnCysMetArgLeu120
SerLysCysGlyProGlyPheGlyValAlaSerSerArgAlaPro135
AsnGlyAsnValLeuCysLysAlaCysAlaProGlyThrPheSer150
AspThrThrSerSerThrAspValCysArgProHisArgIleCys165
SerIleLeuAlaIleProGlyAsnAlaSerThrAspAlaValCys180
AlaProGluSerProThrLeuSerAlaIleProArgThrLeuTyr195
ValSerGlnProGluProThrArgSerGlnProLeuAspGlnGlu210
ProGlyProSerGlnThrProSerIleLeuThrSerLeuGlySer225
ThrProIleIleGluGlnSerThr
を有するTNF−Rポリペプチド;および
(c)(a)または(b)のアミノ酸配列から1つまたはそれ以上のアミ
ノ酸残基が削除,追加もしくは置換によって変化したアミノ酸配列を有す
るTNF−Rポリペプチド
からなるグループから選択されるTNF−Rポリペプチドをコードする単
離されたDNA分子。
・【請求項2】(a)以下のアミノ酸配列:
LeuProAlaGlnValAlaPheThr8
ProTyrAlaProGluProGlySerThrCysArgLeuArgGluTyr23
TyrAspGlnThrAlaGlnMetCysCysSerLysCysSerProGly38
GlnHisAlaLysValPheCysThrLysThrSerAspThrValCys53
AspSerCysGluAspSerThrTyrThrGlnLeuTrpAsnTrpVal68
ProGluCysLeuSerCysGlySerArgCysSerSerAspGlnVal83
GluThrGlnAlaCysThrArgGluGlnAsnArgIleCysThrCys98
ArgProGlyTrpTyrCysAlaLeuSerLysGlnGluGlyCysArg113
LeuCysAlaProLeuArgLysCysArgProGlyPheGlyValAla128
ArgProGlyThrGluThrSerAspValValCysLysProCysAla143
ProGlyThrPheSerAsnThrThrSerSerThrAspIleCysArg158
ProHisGlnIleCysAsnValValAlaIleProGlyAsnAlaSer173
MetAspAlaValCysThrSerThrSerProThrArgSerMetAla188
ProGlyAlaValHisLeuProGlnProValSerThrArgSerGln203
HisThrGlnProThrProGluProSerThrAlaProSerThrSer218
PheLeuLeuProMetGlyProSerProProAlaGluGlySerThr233
GlyAsp
のアミノ酸1−Xaa(ここで,Xaaは163から235のいずれかのアミノ酸残基
である),および,以下のアミノ酸配列:
ValProAlaGlnValValLeuThrProTyrLysProGluProGly15
TyrGluCysGlnIleSerGlnGluTyrTyrAspArgLysAlaGln30
MetCysCysAlaLysCysProProGlyGlnTyrValLysHisPhe45
CysAsnLysThrSerAspThrValCysAlaAspCysGluAlaSer60
MetTyrThrGlnValTrpAsnGlnPheArgThrCysLeuSerCys75
SerSerSerCysThrThrAspGlnValGluIleArgAlaCysThr90
LysGlnGlnAsnArgValCysAlaCysGluAlaGlyArgTyrCys105
AlaLeuLysThrHisSerGlySerCysArgGlnCysMetArgLeu120
SerLysCysGlyProGlyPheGlyValAlaSerSerArgAlaPro135
AsnGlyAsnValLeuCysLysAlaCysAlaProGlyThrPheSer150
AspThrThrSerSerThrAspValCysArgProHisArgIleCys165
SerIleLeuAlaIleProGlyAsnAlaSerThrAspAlaValCys180
AlaProGluSerProThrLeuSerAlaIleProArgThrLeuTyr195
ValSerGlnProGluProThrArgSerGlnProLeuAspGlnGlu210
ProGlyProSerGlnThrProSerIleLeuThrSerLeuGlySer225
ThrProIleIleGluGlnSerThr
からなるグループから選択されるアミノ酸配列を有するポリペプチドをコ
ードするDNA分子;並びに
(b)中程度のストリンジェント条件下(50℃,2XSSC)で(a)のDNA
分子にハイブリダイズでき,かつTNFに結合可能なポリペプチドをコー
ドするDNA分子
からなるグループから選択される単離されたDNA分子。
・【請求項3】TNF−Rポリペプチドが以下のアミノ酸配列:
LeuProAlaGlnValAlaPheThr8
ProTyrAlaProGluProGlySerThrCysArgLeuArgGluTyr23
TyrAspGlnThrAlaGlnMetCysCysSerLysCysSerProGly38
GlnHisAlaLysValPheCysThrLysThrSerAspThrValCys53
AspSerCysGluAspSerThrTyrThrGlnLeuTrpAsnTrpVal68
ProGluCysLeuSerCysGlySerArgCysSerSerAspGlnVal83
GluThrGlnAlaCysThrArgGluGlnAsnArgIleCysThrCys98
ArgProGlyTrpTyrCysAlaLeuSerLysGlnGluGlyCysArg113
LeuCysAlaProLeuArgLysCysArgProGlyPheGlyValAla128
ArgProGlyThrGluThrSerAspValValCysLysProCysAla143
ProGlyThrPheSerAsnThrThrSerSerThrAspIleCysArg158
ProHisGlnIleCys
を有する,請求項1に記載のTNF−Rポリペプチドをコードする単離さ
れたDNA分子。
・【請求項4】TNF−Rポリペプチドが以下のアミノ酸配列:
ValProAlaGlnValValLeuThrProTyrLysProGluProGly15
TyrGluCysGlnIleSerGlnGluTyrTyrAspArgLysAlaGln30
MetCysCysAlaLysCysProProGlyGlnTyrValLysHisPhe45
CysAsnLysThrSerAspThrValCysAlaAspCysGluAlaSer60
MetTyrThrGlnValTrpAsnGlnPheArgThrCysLeuSerCys75
SerSerSerCysThrThrAspGlnValGluIleArgAlaCysThr90
LysGlnGlnAsnArgValCysAlaCysGluAlaGlyArgTyrCys105
AlaLeuLysThrHisSerGlySerCysArgGlnCysMetArgLeu120
SerLysCysGlyProGlyPheGlyValAlaSerSerArgAlaPro135
AsnGlyAsnValLeuCysLysAlaCysAlaProGlyThrPheSer150
AspThrThrSerSerThrAspValCysArgProHisArgIleCys165
SerIleLeuAlaIleProGlyAsnAlaSerThrAspAlaValCys180
AlaProGluSerProThrLeuSerAlaIleProArgThrLeuTyr195
ValSerGlnProGluProThrArgSerGlnProLeuAspGlnGlu210
ProGlyProSerGlnThrProSerIleLeuThrSerLeuGlySer225
ThrProIleIleGluGlnSerThr
を有する,請求項1に記載のTNF−Rポリペプチドをコードする単離さ
れたDNA分子。
・【請求項5】請求項1−4のいずれか1項に記載のDNA分子を含む組換
え発現ベクター。
・【請求項6】請求項5に記載のベクターを含む適当な宿主細胞を発現促進
条件下で培養することを含む,生物学的に活性なTNF−Rタンパク質の
生産方法。
(3)延長登録出願の理由となる処分の内容
薬事法第14条1項に規定する医薬品に係る同法23条において準用する
同法14条1項に基づく下記承認処分(以下「本件処分」という。甲29)

ア承認番号
21700AMY00005000
イ処分の対象となった物
エタネルセプト
ウ処分対象となった物について特定された用途
関節リウマチ(既存治療で効果不十分な場合に限る)
エ処分を受けた日
平成17年1月19日
(4)審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,延長が
認められるためには,政令で定める処分の範囲(物と用途)と延長登録出願
の対象である特許発明の範囲(物と用途)とが重複していることが必要であ
るとした上,「エタネルセプト」は,本件特許の請求項1∼4のDNA分子
がコードするポリペプチドに含まれないから,本件発明(請求項6)は「エ
タネルセプト」の製造方法であるとはいえず,本件発明の実施に本件処分が
必要であったとは認められない(特許法67条の3第1項1号),というも
のである。
(5)審決の取消事由
しかしながら,「…本件特許の請求項6に係る発明がエタネルセプトの製
造方法ということはできない。」(12頁19行∼20行)とした審決の判
断は,次のとおり誤りである。
ア本件特許明細書(甲6)には「…欠失変異体の特定指示がない場合に
は,用語TNF−RはTNF−Rの生物学的活性を有する変異体および類
縁体を含めて,あらゆる形態のTNF−Rを意味する。」(13欄38行
∼40行)と記載されており,TNF−Rタンパク質にはその類縁体も含
まれ得る。すなわち,本件特許の請求項6に記載される「TNF−Rタン
パク質」には,TNF−R活性を有するタンパク質に加え,それ以外のポ
リペプチド等の化学成分が含まれていてもよいことになる。この点は審決
も認めており(8頁2行∼6行),当事者間に争いはない。
問題は,「TNF−R活性を有するポリペプチド以外のポリペプチド等
の化学成分」に,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプ
チドが含まれるか否かである。
そこで,以下,「TNF−R活性を有するポリペプチド以外のポリペプ
チド等の化学成分」の意義について検討し(下記イ及びウ),ヒト免疫グ
ロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドがこれに含まれること
(下記エ),エタネルセプトは,本件特許の請求項6の「生物学的に活性
なTNF−Rタンパク質」に該当すること(下記オ)を述べる。
イ「TNF−R活性を有するポリペプチド以外のポリペプチド等の化学成
分」にいう「化学成分」とは,TNF−R活性を有するポリペプチドの生
物学的活性を保持することができる化学成分を意味する。
(ア)本件特許の請求項6の「TNF−Rタンパク質」は「生物学的に活
性」でなければならない。この「生物学的に活性」の意義について,本
件特許明細書(甲6)には,以下のように記載されており,「生物学的
に活性」とTNF−R活性とは同義である。
「TNFレセプターの特性として明細書全体を通して用いられる"生
物学的に活性"とは,特定の分子が検出可能な量のTNFを結合でき,
TNF刺激を例えばハイブリッドレセプター構築物の一成分として細胞
に伝達でき,または天然(つまり非組換え体)源からのTNF−Rに対
して誘導された抗TNF−R抗体と交差反応できるように,ここに開示
した本発明の具体例と十分なアミノ酸配列類似性を共有することを意味
する。」(15欄8行∼15行)
(イ)してみると,請求項6の「生物学的に活性なTNF−Rタンパク
質」とは,TNF−R活性を有するポリペプチド及びこのポリペプチド
に付加される「化学成分」からなるのであるから,「化学成分」とは,
TNF−R活性を有するポリペプチドに付加されても,そのTNF−R
活性を阻害しない機能を有する化学成分を意味すると解される。
ウ「TNF−R活性を有するポリペプチド以外のポリペプチド等の化学成
分」にいう「化学成分」は「低分子量」のものに限られない。
(ア)TNF−R活性を有するポリペプチドに付加することができる化学
成分の意義に関し,審決は,「…本発明の範囲内のTNF−R誘導体と
して記載されているものは,いずれも,TNF−RタンパクまたはTN
F−R活性を有するその断片ペプチドを所望の構造形態(酸性,塩基性
塩あるいは中性の形)としたり,TNF−Rポリペプチド自体の精製,
同定やアッセイを容易にするために標識となるTNF−Rポリペプチド
に比して相対的に低分子量の化学成分(グリコシル基,脂質,ホスフェ
ート,アセチル基,ポリ−His,ペプチドAsp−Tyr−Lys−Asp−Asp−
Asp−Asp−Lys等)を付加する,あるいはTNF−Rポリペプチドをイ
ムノアッセイ用の試薬やアフィニティ精製用の結合剤として使用するた
めに,TNF−Rポリペプチドに支持体との架橋のための低分子量の化
学成分(M−マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステル等)を付加
するものである。」(11頁25行∼35行)と述べて,TNF−R活
性を有するポリペプチドに付加することができる化学成分は「低分子
量」のものに限定されると認定した。
しかし,以下に述べるとおり,この審決の認定は誤りである。
(イ)本件特許請求の範囲の記載には「化学成分」の意義を分子量により
限定する記載はない。
本件特許請求の範囲請求項1∼6の記載は,前記第3,1(2)のとお
りであり,その記載からは,TNF−R活性を有するポリペプチドに付
加することができる「化学成分」の意義を分子量により限定解釈するこ
とはできない。
(ウ)本件特許明細書の「発明の詳細な説明」にも「化学成分」の意義を
分子量により限定する記載はない。
a本件特許明細書(甲6)には,TNF−R活性を有するポリペプチ
ドに付加することができる「化学成分」を分子量により限定する記載
はない。
bこの点に関し,上記(ア)のとおり,審決は,本件特許明細書に記載
された具体的な化学成分(グリコシル基,脂質,ホスフェート,アセ
チル基,ポリ−His,ペプチドAsp−Tyr−Lys−Asp−Asp−Asp−Asp−
Lys等,及びM−マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステル等)
は,いずれも低分子量の化学成分であるとして,TNF−R活性を有
するポリペプチドに付加することができる「化学成分」として許容さ
れるのは「低分子量」の化学成分のみであると認定している。
cしかし,審決が指摘する箇所(審決9頁18行∼10頁21行)
は,以下のとおり,いずれも例示に過ぎない(例示であることを示す
部分に下線を付した)。
・「(イー1)
本発明の範囲内のTNF−R誘導体には,生物学的活性を保持す
るいろいろな構造形態の一次蛋白が含まれる。イオン化可能なアミ
ノ基およびカルボキシル基が存在するために,例えば,TNF−R
蛋白は酸性または塩基性塩の形をとることができ,また中性の形で
あってもよい。さらに,個々のアミノ酸残基は酸化または還元によ
って修飾されてもよい。
一次アミノ酸構造は,他の化学成分(例えば,グリコシル基,脂
質,ホスフェート,アセチル基)との共有結合複合体または集合複
合体を形成するか,あるいはアミノ酸配列変異体を形成することに
より修飾される。共有結合誘導体は特定の官能基をTNF−Rアミ
ノ酸側鎖に,あるいはNまたはC末端に結合させることによって作
られる。」
・「(イ−2)
本発明の範囲内の他のTNF−R誘導体には,N末端またはC末
端融合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF−
Rまたはその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もし
くは集合複合体が含まれる。例えば,結合されるペプチドは翻訳と
同時にまたは翻訳後に蛋白をその合成部位から細胞膜または細胞壁
の内側もしくは外側の機能部位へ移動させる蛋白のN末端領域にあ
るシグナル(またはリーダー)ポリペプチド配列(例.酵母α−因
子リーダー)でありうる。
TNF−R蛋白融合体はTNF−Rの精製または同定を容易にす
るために付加されたペプチド(例.ポリ−His)を含むことができ
る。また,TNFレセプターのアミノ酸配列はペプチドAsp−Tyr−
Lys−Asp−Asp−Asp−Asp−Lys(DYKDDDDK)に結合させてもよい
(Hoppetal.,Bio/Technology6:1204,1988)。後者の配列は高度
に抗原性があり,特異的モノクローナル抗体が可逆的に結合するエ
ピトープを提供して,発現された組換え蛋白の迅速なアッセイおよ
び容易な精製を可能にする。この配列またはAsp−Lys対のすぐ後の
残基でウシ粘膜エンテロキナーゼにより特異的に切断される。この
ペプチドでキャップされた融合蛋白は,E.Coliによる細胞内分解に
抵抗するだろう。」
・「(イ−3)
また,TNF−R誘導体は免疫原,レセプターに基づくイムノア
ッセイ用の試薬,またはTNFや他の結合リガンドのアフィニティ
ー精製用の結合剤として使用される。TNF−R誘導体はシステイ
ンおよびリシン残基にM−マレイミドベンゾイルスクシンイミドエ
ステルおよびN−ヒドロキシスクシンイミドのような作用物質を架
橋することによっても得られる。また,TNF−R蛋白は反応性側
基を介して臭化シアン活性化,ビスオキシラン活性化,カルボニル
ジイミダゾール活性化またはトシル活性化アガロース構造物のよう
な種々の不溶性支持体へ共有結合で結合させることができ,あるい
はポリオレフィン表面(グルタルアルデヒド架橋を含むまたは含ま
ない)へ吸着させることもできる。ひとたび支持体に結合される
と,TNF−Rは抗TNF−R抗体またはTNFを(アッセイや精
製の目的で)選択的に結合させるべく用いられる。」
dしたがって,審決は,本件特許明細書に例示として記載されている
に過ぎない具体的な化学成分をもって,TNF−R活性を有するポリ
ペプチドに付加することができる「化学成分」の意義を限定して解釈
しているに過ぎず,このような解釈は誤りである。
(エ)本件特許明細書(甲6)には,「化学成分」としてエタネルセプト
よりも大きな化学成分を付加できることが明記されている。
a本件特許明細書には,「本発明の範囲内のTNF−R誘導体には,
生物学的活性を保持するいろいろな構造形態の一次蛋白が含まれ
る。」(17欄32行∼33行)と明記されており,TNF−R活性
を有するポリペプチドに付加することができる「化学成分」は,分子
量により限定されるものではないとするのが明細書の素直な解釈であ
る。
b加えて,本件特許明細書には,以下のような記載もある。
「また,TNF−R誘導体は免疫原,レセプターに基づくイムノア
ッセイ用の試薬,またはTNFや他の結合リガンドのアフィニティー
精製用の結合剤として使用される。TNF−R誘導体はシステインお
よびリシン残基にM−マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステル
およびN−ヒドロキシスクシンイミドのような作用物質を架橋するこ
とによっても得られる。また,TNF−R蛋白は反応性側基を介して
臭化シアン活性化,ビスオキシラン活性化,カルボニルジイミダゾー
ル活性化またはトシル活性化アガロース構造物のような種々の不溶性
支持体へ共有結合で結合させることができ,あるいはポリオレフィン
表面(グルタルアルデヒド架橋を含むまたは含まない)へ吸着させる
こともできる。」(18欄17行∼29行)
c上記bの記載は,本件特許明細書における「蛋白および類縁体」
(本件特許明細書の17欄15行∼21欄40行),すなわち本件特
許発明の範囲に含まれるTNF−R誘導体について説明された箇所に
おける記載であることから,ここであげられたTNF−R誘導体も本
件特許発明の範囲内に含まれると解される。
しかるところ,ポリオレフィンは分子量が数万程度のものから約1
00万のものも汎用されている(特公平1−18100号公報[甲1
8]5欄11行∼17行)から,本件特許明細書の上記記載は,TN
F−R活性を有するポリペプチドに付加することができる「化学成
分」には,エタネルセプトよりも大きな化学成分が含まれることを示
している。
dまた,本件特許明細書には,以下のような記載もある。
「TNF−Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の組成物
および方法において有用である。多価形態はTNFリガンドの結合部
位を複数もっている。例えば,2価の可溶性TNF−Rはリンカー領
域によって隔てられた第2A図のアミノ酸1−235の直列反復から
成っている。また,別の多価形態は,例えば,TNF−Rを臨床的に
許容しうる担体分子(フィコール,ポリエチレングリコールまたはデ
キストランより成る群から選ばれるポリマー)に通常のカップリング
技術を使って化学的にカップリングすることにより構築できる。別法
として,TNF−Rはビオチンに化学的にカップリングすることがで
き,その後ビオチン−TNF−R複合体をアビジンに結合させて,4
価のアビジン−ビオチン−TNF−R分子を得ることができる。TN
F−Rはさらにジニトロフェノール(DNP)またはトリニトロフェ
ノール(TNP)に共有結合でカップリングさせ,生成した複合体を
抗DNPまたは抗TNF−IgMで沈澱させて,10価のTNF−R
結合部位をもつデカマー複合体を形成することができる。」(21欄
10行∼27行)
e上記dの記載も,本件特許明細書における「蛋白および類縁体」
(本件特許明細書の17欄15行∼21欄40行),すなわち本件特
許発明の範囲に含まれるTNF−R誘導体について説明された箇所に
おける記載であることから,TNF−Rの多価形態も本件特許発明の
範囲内のTNF−R誘導体と解される。
したがって,多価形態を構築するために用いられる臨床的に許容し
うる担体分子も,TNF−R活性を有するポリペプチドに付加される
「化学成分」に含まれると解されるが,本件特許明細書では,上記の
とおり,このような「化学成分」として,フィコール,ポリエチレン
グリコール,デキストラン及びアビジンが挙げられている。
フィコールは分子量が約40万(特公平1−17111号公報[甲
16]1欄22行∼23行),ポリエチレングリコールの分子量は2
万から200万以上(特公昭61−21151号公報[甲17]3欄
40行∼4欄4行),デキストランは分子量が数十万(特公平1−1
7111号公報[甲16]8欄11行∼13行),アビジンは分子量
が約6.8万(「岩波生物学辞典第3版」1984年[昭和59年]
4月20日株式会社岩波書店発行[甲13]18頁)である。これに
対し,エタネルセプトは単量体が467アミノ酸である二量体(分子
量:約15万)からなり,その単量体の分子量は約7.5万であるか
ら,本件特許明細書の上記記載は,TNF−R活性を有するポリペプ
チドに付加することができる「化学成分」には,エタネルセプトより
も大きな化学成分が含まれることを具体的に示している。
また,「TNF−Rの多価形態」とは,TNF−Rポリペプチドが
二つ以上結合したものであるから,この記載も「化学成分」にはTN
F−R活性を有するポリペプチドよりも大きな分子が含まれることを
示すものである。
fさらに,本件特許明細書には,TNF−R活性を有するポリペプチ
ドに付加される「化学成分」たるポリペプチドについても,以下のよ
うな記載がある。
・「…本発明の範囲内の他のTNF−R誘導体には,N末端または
C末端融合体として組換え体の培養により合成されるような,TN
F−Rまたはその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合
もしくは集合複合体が含まれる。」(17欄45行∼49行)
・「…免疫グロブリン分子重鎖および軽鎖のいずれか一方または両
方の可変部ドメインの代わりにTNF−R配列を有しかつ未修飾不
変部ドメインを有する組換えキメラ抗体分子を作ることができる。
例えば,キメラTNF−R/IgG1は,2つのキメラ遺伝子−−
TNF−R/ヒトκ軽鎖キメラ(TNF−R/Cκ)およびTNF
−R/ヒトγ重鎖キメラ(TNF−R/Cγ)から作られる。21-1
つのキメラ遺伝子の転写・翻訳後に,これらの遺伝子産物は2価の
TNF−Rをもつ単一のキメラ抗体分子に組み立てる。(21欄2
8行∼36行)
g上記fの記載のように,TNF−R活性を有するポリペプチドに付
加することができる「化学成分」にはポリペプチドも含まれ,本件特
許明細書の記載によれば,この「化学成分」として付加され得るポリ
ペプチドも,以下に述べるとおり低分子量のものには限定されていな
い。
(a)審決も述べるように,本件特許明細書における「ポリペプチ
ド」と「タンパク質」との表現の差異により,実質的な差異が生じ
るものではない(8頁14行∼20行)。
(b)もっとも,本件特許明細書には「低分子量(約10残基以下)
ポリペプチド」との記載がある(29欄1行∼2行)。このよう
に,本件特許明細書において低分子量のポリペプチドが意図される
場合には,特に「低分子量(約10残基以下)」との限定が付され
ているのであるから,ポリペプチドについてそのような限定がない
場合には,分子量による限定は意図されていないと解される。
(c)してみれば,TNF−R活性を有するポリペプチドに付加する
ことができる「化学成分」たるポリペプチドに関し,本件特許明細
書にはこのような限定が付されていないことから,当該ポリペプチ
ドは「低分子量」のものには限られないことになる。
h以上の本件特許明細書の記載に照らすと,本件特許において,TN
F−R活性を有するポリペプチドに付加される「化学成分」は分子量
によって限定されるものではない。これを「低分子量」に限られると
した審決の認定は誤りである。
エ「TNF−R活性を有するポリペプチド以外のポリペプチド等の化学成
分」にいう「化学成分」にはヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応す
るポリペプチドも含まれる。
(ア)エタネルセプトそのものが生物学的に活性であり,Fc領域がTN
F−R活性を阻害するものではないことはエタネルセプトの存在自体か
ら明らかである。
そして,前記ウのとおり,TNF−R活性を有するポリペプチドに付
加される「化学成分」たるポリペプチドは分子量によって限定されるも
のではなく,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチ
ドがTNF−Rポリペプチドと同程度の大きさであったとしても,これ
を理由に「化学成分」から排除されることはない。
したがって,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプ
チドは,「化学成分」に含まれる。
(イ)また,本件特許明細書(甲6)では,TNF−R活性を有するポリ
ペプチドに付加されうる「化学成分」として,「臨床的に許容しうる担
体分子」が挙げられている(21欄15行∼16行)。
ヒト免疫グロブリンG1のFc領域は,通常でも人体に豊富に存在す
る物質であり,ヒト免疫グロブリンは臨床応用されていたことから,本
件特許優先日前の当業者は,ヒト免疫グロブリンのFc領域が「臨床的
に許容しうる」ことを理解していた(A作成の鑑定意見書[甲9]7頁
6行∼12行)。そして,本件優先日前において,ヒト免疫グロブリン
のFc領域は,多価形態の形成を媒介しうること,すなわち担体分子と
して機能することが知られていた(上記鑑定意見書[甲9]6頁,
WilliamE.Paul「FUNDAMENTALIMMUNOLOGYSECONDEDITION」1989年
[平成元年]発行[甲19]211頁27行∼40行)。してみると,
ヒト免疫グロブリンのFc領域は,TNF−Rの多価形態の形成を媒介
する「臨床的に許容しうる担体分子」に該当するといえる。
したがって,本件優先日前の当業者は,ヒト免疫グロブリンのFc領
域はTNF−R活性を有するポリペプチドに付加しうる「化学成分」に
含まれると理解する。
(ウ)本件特許明細書(甲6)では,TNF−R活性を有するポリペプチ
ドに付加される「化学成分」を含むポリペプチドには,「N末端または
C末端融合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF−
Rまたはその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは
合複合体が含まれる」ことが明記されている(17欄45行∼49
行)。
このような融合タンパク質の製造に関する周知技術として,本件優先
日当時,例えば,中嶋暉躬ほか編「新基礎生化学実験法7遺伝子工
学」昭和63年1月30日丸善株式会社発行(甲14)が一般的教科書
として知られていた。この教科書の128頁∼129頁に「6発現プ
ラスミドによる生産,6.1.3直接発現生産と融合タンパク質発現生
産」との項があり,そこでは,β−ガラクトシダーゼタンパク質との融
合タンパク質等を製造する方法が記載されている。ここで例示されてい
るβ−ガラクトシダーゼは,分子量が約11万6000という大きなも
のである(今堀和友・山川民夫監修「生化学辞典」1986年[昭和6
1年]3月1日株式会社東京化学同人第5刷発行[甲15]270頁。
なお,甲15には四量体の分子量が46万5400とあるため,これを
4で割ると約11万6000になるものである)。このような融合タン
パク質の製造において目的とするタンパク質に付加される1成分の例と
して,分子量が約4.1万のマルトース結合タンパク質(特開昭64−
20094号公報[甲11]8頁左上欄12行∼14行)及び分子量が
約5万のTy−VLP(MichaelH.Malimほか「Theproductionof
hybridTy:IFNvirus-likeparticlesinyeast」1987年[昭和62
年][甲12]7571頁下11行∼下10行)といった巨大なポリペ
プチドも知られていた。そして,AndreTrauneckerほか「Highly
efficientneutralizationofHIVwithrecombinantCD4-
immunoglobuiinmolecules」1989年(平成元年)5月4日(甲3)
68頁FIG.1,69頁左欄1行∼28行の記載を考慮すると,Fc領域
は,融合タンパク質を製造するためのペプチドとして可能な代替物とし
て使用されうるものであり,本件特許明細書のTNF−R誘導体に付加
されうるポリペプチドの範囲にあるというべきである。
したがって,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプ
チドは,TNF−R活性を有するポリペプチドに付加することができる
ポリペプチド等の「化学成分」の範囲に包含されるといえる。
(エ)前記ウ(エ)d,eのとおり,TNF−Rの多価形態も本件特許発明
の範囲内のTNF−R誘導体と解され,多価形態を構築するために用い
られる抗体分子も,TNF−R活性を有するポリペプチドに付加される
「化学成分」に含まれると解される。
そして,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチド
は,多価形態を構築するために用いられる担体分子として利用すること
が可能である(上記甲3,甲11,甲12,A作成の鑑定意見書[甲9
]6頁)。実際,エタネルセプトは,「医薬品インタビューホーム『エ
ンブレル』」平成20年7月(甲20)の5枚目「3.構造式又は示性
式」欄に「ヒトIgG1のFc領域と分子量75kDa(p75)のヒ
ト腫瘍壊死因子Ⅱ型受容体(TNFR−Ⅱ)の細胞外ドメインのサブユ
ニット二量体からなる糖蛋白質」とあるように,TNF−Rタンパク質
の二量体(二価体)である。これは,ヒト免疫グロブリンG1のFc領
域を介して二価体が形成されているものと解される。
したがって,エタネルセプトにおいては,本件特許明細書に開示され
たキメラ抗体を製造する場合と同様に,多価形態を構築する目的で,ヒ
ト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが使用されて
いるといえる。
してみると,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプ
チドと融合したTNF−Rは,「TNF−Rポリペプチドに包含される
多価形態」に該当するから,本件特許明細書における「化学成分」に
は,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが包含
されているといえる。
オエタネルセプトは,本件特許の請求項6の「生物学的に活性なTNF−
Rタンパク質」に該当する。
以上のとおり,本件特許において,TNF−R活性を有するポリペプチ
ドに付加することができるポリペプチド等の「化学成分」は分子量による
限定を受けることはなく,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応する
ポリペプチドも含まれる。
そして,エタネルセプトは,①TNF−Rの一つであるp75の細胞外
ドメイン領域に対応するポリペプチド及び②ヒト免疫グロブリンG1のF
c領域に対応するポリペプチドの共有結合複合体であることから,本件特
許の請求項6の「TNF−Rタンパク質」に該当する。
さらに,エタネルセプトには,TNF−Rの細胞外ドメイン領域に対応
するポリペプチドが含まれていることから,TNF−Rの結合機能を保持
する。そして,エタネルセプトは,このTNF−Rの結合機能により,関
節リウマチに対する治療薬としての薬効を有し,医薬品としての承認を受
けている。すなわち,TNF−Rの結合機能は,ヒト免疫グロブリンG1
のFc領域に対応するポリペプチドによって阻害されておらず,エタネル
セプトは「TNF結合活性」を有する。
したがって,エタネルセプトは,本件特許の請求項6の「生物学的に活
性なTNF−Rタンパク質」に該当するため,「…本件特許の請求項6に
係る発明がエタネルセプトの製造方法ということはできない。」(12頁
19行∼20行)とした審決の判断は誤りである。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)∼(4)の各事実は認めるが,(5)は争う。
3被告の反論
(1)取消事由イの主張に対し
本件特許の請求項6の「生物学的に活性なTNF−Rタンパク質」という
要件は,TNF−R活性を有するポリペプチドに付加されたとき,そのTN
F−R活性を阻害するようなものは,「生物学的に活性なTNF−Rタンパ
ク質」を構成する「化学成分」には相当しないということを意味するもので
はあるが,TNF−R活性を阻害しない機能を有する化学的な成分であれば
直ちに,上記の請求項6の「生物学的に活性なTNF−Rタンパク質」を構
成する「化学成分」に該当するということを意味するものではない。
当該「化学成分」に相当するというためには,TNF−R活性を有するポ
リペプチドに付加されたとき,そのTNF−R活性を阻害しない機能を有す
るとともに,当該「化学成分」が満たすべき他の要件,すなわち,以下の
(2)∼(4)において反論するとおり,TNF−Rポリペプチドに比して相対的
に低分子量の化学成分であるものでなければならない。
したがって,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチド
が,「TNF−R活性を阻害しない機能を有する」ものであるとしても,こ
のことをもって,直ちに,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポ
リペプチドが,「ポリペプチドに付加される『化学成分』」であるとはいえ
ない。
(2)取消事由ウの主張に対し
ア「本発明の範囲内のTNF−R誘導体」として本件特許明細書に記載さ
れているものは,いずれも,TNF−RタンパクまたはTNF−R活性を
有するその断片ペプチドを所望の構造形態(酸性,塩基性塩あるいは中性
の形)としたり,TNF−Rポリペプチド自体の精製,同定やアッセイを
容易にするために標識となるTNF−Rポリペプチドに比して相対的に低
分子量の化学成分(グリコシル基,脂質,ホスフェート,アセチル基,ポ
リ−His,ペプチドAsp−Tyr−Lys−Asp−Asp−Asp−Asp−Lys等)を付加
する,あるいはTNF−Rポリペプチドをイムノアッセイ用の試薬やアフ
ィニティ精製用の結合剤として使用するために,TNF−Rポリペプチド
に支持体との架橋のための低分子量の化学成分(M−マレイミドベンゾイ
ルスクシンイミドエステル等)を付加するものであり,審決の「本発明の
範囲内のTNF−R誘導体として記載されているものは,…TNF−Rポ
リペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分…を付加するものであ
る。」(11頁25行∼下3行)との認定に誤りはない。
イ原告は,審決が指摘する箇所(審決9頁18行∼10頁21行)は,い
ずれも例示であり,本件特許請求の範囲にも,「発明の詳細な説明」に
も,「化学成分」の意義を分子量により限定解釈する記載はないと主張し
ているが,「発明の詳細な説明」に開示されている種々の例示が,すべて
TNF−Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分であるので
あるから,「化学成分」は「TNF−Rポリペプチドに比して相対的に低
分子量の化学成分」を想定していると理解することは自然である。
ウ原告は,本件特許明細書(甲6)の18欄17行∼29行の記載を根拠
として,あたかも,本件特許明細書には,TNF−Rタンパク質が表面に
吸着したポリオレフィンがTNF−R誘導体の例として記載されているよ
うに主張している。
しかし,本件特許明細書は,TNF−Rタンパク質が表面に吸着したポ
リオレフィンをTNF−R誘導体の例として記載するものではなく,TN
F−R誘導体の使用形態の一つとして記載するものである。すなわち,原
告の指摘した上記記載には「TNF−R誘導体は免疫原,レセプターに基
づくイムノアッセイ用の試薬,またはTNFや他の結合リガンドのアフィ
ニティー精製用の結合剤として使用される。」(18欄17行∼19行)
と記載されているように,TNF−R誘導体は免疫原,イムノアッセイ用
の試薬,アフィニティー精製用の結合剤として使用されるものであり,
「TNF−R蛋白は反応性側基を介して…種々の不溶性支持体へ共有結合
で結合させることができ,あるいはポリオレフィン表面へ吸着させること
もできる。」(18欄23行∼29行)とあるように,TNF−R蛋白
(TNF−R誘導体)を各種の不溶性の支持体に共有結合あるいは吸着に
より結合して不溶性とすることにより,免疫原,イムノアッセイ用の試
薬,アフィニティー精製用の結合剤としての使用における操作性等を向上
させるというものである。したがって,不溶性支持体であるポリオレフィ
ンとして分子量が数万程度のものから約100万のものも汎用されている
ことをもって,本件特許明細書に「化学成分」としてエタネルセプトより
大きな化学成分が記載されているということはできない。
エ原告は,「化学成分」としてエタネルセプトよりも大きな化学成分を付
加できることが明記されているとして,本件特許明細書(甲6)の21欄
10行∼27行の記載を挙げている。
本件特許明細書は,「蛋白および類縁体」の前半(17欄15行∼21
欄9行)にTNF−Rポリペプチドに「化学成分」を付加したTNF−R
誘導体について記載されており,TNF−R誘導体とは別の範疇に属する
物として「蛋白および類縁体」の後半(21欄10行∼40行)にTNF
−Rの多価形態について記載されている。本件特許の請求項6の発明は,
上記前半の記載に基づくものである。上記後半の記載に基づいて,本件特
許の請求項7∼9には,生物学的に活性なTNF−RポリペプチドにIg
G分子の定常領域を機能的に結合させたものを含むキメラ分子をコード1
する単離された核酸配列の発明,請求項10には,キメラ分子をコードす
る核酸配列を有する組換えベクターの発明,請求項11には,そのベクタ
ーで形質転換または感染させた宿主細胞の発明,請求項12には,キメラ
分子を製造する方法の発明,請求項13∼15には,キメラ抗体に関する
発明が記載されている。このうち,請求項13は,163個のアミノ酸配
列を有する生物学的に活性な溶解性TNF−RポリペプチドとIgG分1
子の定常領域は別のもの,すなわち,「TNF−Rポリペプチド」は,T
NF−Rの多価形態を含まないものとの前提で記載されている。そして,
本件特許の請求項6の発明は,上記請求項13の163個のアミノ酸配列
と同じアミノ酸配列である請求項1の(a)の163個のアミノ酸配列を
有するポリペプチドをコードするDNA分子を発現させて生物学的に活性
なTNF−Rタンパク質を生産する方法であるから,生産物である生物学
的に活性なTNF−Rタンパク質は,請求項1の(a)の163個のアミ
ノ酸配列を有するポリペプチドを含む。本件特許の請求項6の「生物学的
に活性なTNF−Rタンパク質」は,請求項13の生物学的に活性な溶解
性「TNF−Rポリペプチド」とは,前者が「タンパク質」,後者が「ポ
リペプチド」と表現が異なるが,タンパク質とは生物体の主要構成成分で
あり,約20種のL-α-アミノ酸(グリシンを含む)がペプチド結合によ
り連結したポリペプチド鎖であり(今堀和友・山川民夫監修「生化学辞典
(第2版)」1996年[平成8年]10月1日株式会社東京化学同人第
7刷発行[乙2]810頁),ポリペプチド鎖の一種であるから,請求項
13の「TNF−Rポリペプチド」が,TNF−Rの多価形態を含まない
以上,同じ163個のアミノ酸配列を有する請求項6の生物学的に活性な
「TNF−Rタンパク質」も,TNF−Rの多価形態を含まないことは明
らかである。なお,本件特許明細書の「発明の詳細な説明」には,TNF
−Rポリペプチドとヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペ
プチドとが結合したキメラ分子(エタネルセプトが含まれる)について
は,何ら記載されていない。
したがって,TNF−Rの多価形態がTNF−R誘導体と解されるとい
う原告の主張は誤りである。
TNF−Rの多価形態を構築するために用いられる担体分子は,TNF
−R誘導体の構成成分,すなわち,TNF−Rポリペプチドに付加された
「化学成分」には当たらず,フィコールの分子量が約40万,ポリエチレ
ングリコールの分子量が2万から200万以上,デキストランの分子量が
数十万,アビジンの分子量が約6.8万であることをもって,「化学成
分」としてエタネルセプトよりも大きな化学成分を付加できることが明記
されているということはできない。
オ原告は,TNF−R活性を有するタンパク質に付加される「化学成分」
たるポリペプチドは低分子量のものに限定されないとして,本件特許明細
書(甲6)の17欄45行∼49行,21欄28行∼36行の記載を挙げ
ている。
上記エで述べたとおり,本件特許明細書の「蛋白および類縁体」には,
TNF−R誘導体とTNF−Rの多価形態とは別の範疇に属する物として
記載されているのであり,TNF−R誘導体であるTNF−Rと他の蛋白
またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体の例示として,TN
F−Rの多価形態である2価のTNF−Rをもつ単一のキメラ抗体分子が
記載されているという原告の主張は誤りである。
本件特許明細書には,TNF−R誘導体であるTNF−Rと他の蛋白ま
たはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体について,原告の上記
引用部分に続いて,「…例えば,結合されるペプチドは翻訳と同時にまた
は翻訳後に蛋白をその合成部位から細胞膜または細胞壁の内側もしくは外
側の機能部位へ移動させる蛋白のN末端領域にあるシグナル(またはリー
ダー)ポリペプチド配列(例.酵母α−因子リーダー)でありうる。TN
F−R蛋白融合体はTNF−Rの精製または同定を容易にするために付加
されたペプチド(例.ポリ−His)を含むことができる。また,TNF
−Rレセプターのアミノ酸配列はペプチドAsp−Tyr−Lys−As
p−Asp−Asp−Asp−Lys(DYKDDDDK)に結合させて
もよい(Hoppetal.,Bio/Technology6:1204,1988)。後者の配列は高度
に抗原性があり,特異的モノクローナル抗体が可逆的に結合するエピトー
プを提供して,発現された組換え蛋白の迅速なアッセイおよび容易な精製
を可能にする。この配列はまたAsp−Lys対のすぐ後の残基でウシ粘
膜エンテロキナーゼにより特異的に切断される。このペプチドでキャップ
された融合蛋白は,E.coliによる細胞内分解に抵抗するだろう。」(17
欄49行∼18欄16行)と記載されている。ここに例示されているもの
は,いずれもTNF−Rポリペプチドに比して相対的に低分子量のポリペ
プチドであり,2価のTNF−Rをもつ単一のキメラ抗体分子等は想定さ
れていない。
カ原告は,本件特許明細書において低分子量のポリペプチドが意図される
場合には,特に「低分子量(約10残基以下)」との限定が付されている
のであるから,ポリペプチドについてそのような限定がない場合には,分
子量による限定は意図されていないと解されると主張している。
本件特許明細書(甲6)には,「治療用途の場合,精製した可溶性TN
F−R蛋白は,症状に適したやり方で処置するために患者(好ましくはヒ
ト)に投与される。…通常,この種の組成物の調製はTNF−Rと緩衝
剤,酸化防止剤(例.アスコルビン酸),低分子量(約10残基以下)ポ
リペプチド,蛋白,アミノ酸,炭水化物(グルコース,スクロース,デキ
ストリンを含む),キレート剤(例.EDTA),グルタチオン,他の安
定剤または賦形剤とを組み合わせることを必要とする。」(28欄41行
∼29欄5行)と記載されているとおり,「低分子量(約10残基以下)
ポリペプチド」という記載は,医療用途の場合に患者に投与される組成物
の調製において,TNF−Rと組み合わされるポリペプチドに関する記載
であり,TNF−Rに関する記載ではなく,この記載をもって,TNF−
Rに関する記載において「低分子量」との限定がなければ,分子量による
限定は意図されないと解されるということはできない。
(3)取消事由エの主張に対し
アヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが,「TN
F−R活性を阻害しない機能を有する」ものであるとしても,このことを
もって,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが,
「ポリペプチドに付加される『化学成分』」であるとはいえないことは,
前記(1)で反論したとおりである。
また,本件特許明細書(甲6)に「化学成分」として記載されているも
のは,「TNF−Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分」
であることは,前記(2)アで反論したとおりである。
イ前記(2)エで述べたとおり,本件特許明細書(甲6)には,TNF−R
誘導体とは別の範疇に属する物として「蛋白および類縁体」の後半(21
欄10行∼40行)にTNF−Rの多価形態について記載されている。
したがって,本件特許明細書に接した本件優先日前の当業者は,ヒト免
疫グロブリンのFc領域は,多価形態の形成を媒介する「臨床的に許容し
うる担体分子」に関連するものであると考えることはあるとしても,TN
F−R活性を有するタンパク質に付加しうる「化学成分」に含まれるとは
理解しない。
ウ本件特許明細書では,TNF−R活性を有するポリペプチドに付加され
る「化学成分」を含むポリペプチドについて,「…N末端またはC末端融
合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF−Rまたはそ
の断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体が
含まれる」(17欄45行∼49行)と記載されているが,この部分に続
いて,具体的に記載されている他の蛋白またはポリペプチドは,前記(2)
オのとおり,いずれもTNF−Rポリペプチドに比して相対的に低分子量
のポリペプチドである。したがって,TNF−Rポリペプチドと同程度の
大きさであるヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチド
は,TNF−R活性を有するタンパク質に付加することができるポリペプ
チド等の「化学成分」の範囲に包含されるといえない。
そして,この認定は,本件特許明細書の「本発明の範囲内のTNF−R
誘導体」に関する「化学成分」という用語の意味についての本件特許明細
書の記載に基づく認定であり,原告が主張するように「甲11,甲12,
甲3を考慮すると,Fc領域は,融合タンパク質を製造するためのペプチ
ドとして可能な代替物として使用されうるものである」かどうかにより,
影響を受けるものではない。
エ上記ウと同じ理由により,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応す
るポリペプチドは,TNF−R活性を有するポリペプチドに付加すること
ができるポリペプチド等の「化学成分」の範囲に包含されるといえない。
そして,この認定は,本件特許明細書の「本発明の範囲内のTNF−R
誘導体」に関する「化学成分」という用語の意味についての本件特許明細
書の記載に基づく認定であり,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応
するポリペプチドが多価形態を構築するために用いられる担体分子として
利用することが可能であるかどうかにより,影響を受けるものではない。
(4)取消事由オの主張に対し
エタネルセプトは,①TNF−Rの一つであるp75の細胞外ドメイン領
域に対応するタンパク質及び②ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応す
るポリペプチドの共有結合複合体であるが,既に述べたとおり,本件特許の
請求項6の「TNF−Rタンパク質」に該当するものでないことは明らかで
あるから,原告の主張は失当である。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(延
長登録出願の理由となる処分の内容),(4)(審決の内容)の各事実は,当事
者間に争いがない。
2本件発明(請求項6)が処分対象物「エタネルセプト」の製造方法というこ
とができないとした審決の判断の適否
(1)前記第3,1(4)のとおり,審決は,本件発明(請求項6)は,平成17
年1月19日になされた本件処分の対象となった物である「エタネルセプ
ト」の製造方法ということはできないから,本件発明の実施に本件処分が必
要であったとは認められない(特許法67条の3第1項1号)としたもので
あるが,原告はこれを争うので,以下検討する。
(2)「エタネルセプト」の意義
証拠(甲20)及び弁論の全趣旨によれば,本件処分の対象となった物で
ある「エタネルセプト」は,次のような内容を有する医薬品であることが認
められる。
ア・剤形エンブレル皮下注用25mg:凍結乾燥注射剤
エンブレル皮下注25mgシリンジ0.5mL:水性注射

・規格・含量エンブレル皮下注用25mg
1バイアル中エタネルセプト(遺伝子組換え)25
mg含有
エンブレル皮下注25mgシリンジ0.5mL
1シリンジ0.5mL中エタネルセプト(遺伝子組
換え)25mg含有
・一般名和名:エタネルセプト(遺伝子組換え)
洋名:Etanercept(geneticalrecombination)[JAN]
・製造・輸入製造承認年月日:エンブレル皮下注用25mg:2005
承認年月日年1月19日
薬価基準収載・エンブレル皮下注25mgシリンジ
発売年月日0.5mL:2008年3月14日
薬価基準収載年月日:エンブレル皮下注用25mg:20
05年3月18日
エンブレル皮下注25mgシリンジ
0.5mL:2008年6月20

発売年月日:エンブレル皮下注用25mg:2005年3
月30日
エンブレル皮下注25mgシリンジ0.5m
L:2008年6月30日
・開発・製造・輸入・発売・製造販売元:ワイス株式会社
提携・販売会社名販売:武田薬品工業株式会社
イ開発の経緯についてみると,エンブレル(一般名:エタネルセプト)
は,腫瘍壊死因子(TumorNecrosisFactor:TNF)の可溶性レセプター
が生体内でTNFの作用を抑制する役割を果たしていることに着目し,原
告によって開発された完全ヒト型可溶性TNFα/LTαレセプター製剤
である。
米国では1998年に,欧州では2000年以降抗リウマチ薬として順
次承認され,2008年3月現在,凍結乾燥製剤として世界77の国又は
地域で承認又は発売されている。また,25mgシリンジ製剤は,欧州(E
U)では2006年9月26日に,米国では2007年2月1日に承認さ
れている。
わが国においては,1999年より凍結乾燥製剤の開発を開始し,第Ⅰ
相試験で,わが国と米国での薬物動態が類似することを確認した。また,
米国での第Ⅲ相二重盲検比較試験と同様のプロトコールで実施したわが国
での第Ⅱ相用量反応試験で,米国での第Ⅲ相二重盲検比較試験と有効性・
安全性が類似したことから,わが国では第Ⅲ相二重盲検比較試験を実施せ
ず,既存治療で効果不十分な関節リウマチに対し,エタネルセプトとして
10∼25mgを1日1回,週2回の皮下注射の用法・用量で,2005年
1月に承認された。また,溶解操作が不要なキット製剤であるエンブレル
皮下注25mgシリンジ0.5mLが2008年3月に承認された。
ウエタネルセプト「遺伝子組換え」[JAN]の構造式又は示性式は,ヒ
トIgG1のFc領域と分子量75kDa(p75)のヒト腫瘍壊死因子
Ⅱ型受容体(TNFR−Ⅱ)の細胞外ドメインのサブユニット二量体から
なる糖蛋白質である。
(3)本件発明の意義
本件発明(請求項6)の内容は,前記第3,1(2)のとおりであり,ま
た,その特許明細書(甲6)の「発明の詳細な説明」には,次の記載があ
る。
ア産業上の利用分野
「本発明は一般にサイトカインレセプターに関し,より詳細には腫瘍壊
死因子レセプターに関する。」(10欄下7行∼下6行)
イ課題を解決するための手段
(ア)定義
「本明細書中で用いる“TNFレセプター”および“TNF−R”な
る用語は,天然哺乳類TNFレセプターアミノ酸配列に実質的に類似し
たアミノ酸配列を有し,かつTNF分子を結合することができる;細胞
へのTNF分子の結合により開始される生物学的信号を伝達することが
できる;または天然(すなわち,非組換え)源由来のTNF−Rに対し
て誘導された抗TNF−R抗体と交差反応することができるという点
で,以下で定義するように,生物学的に活性である蛋白を意味する。成
熟全長ヒトTNF−Rは約80キロダルトン(kDa)の分子量をもつ
糖蛋白である。本明細書全体を通して用いられる“成熟”なる用語は,
天然遺伝子の全長転写物に存在しうるリーダー配列を欠いた形態で発現
される蛋白を意味する。全長ヒトTNF−RをコードするcDNAでト
ランスフェクトしたCOS細胞を用いた実験により,TNF−Rは約5
×10Mの見掛けKaでI−TNFαを結合し,また約2×10M
の見掛けKaでI−TNFβを結合することが判明した。“TNFレ125
セプター”または“TNF−R”なる用語には,限定するものではな
いが,少なくとも20個のアミノ酸を有する天然蛋白の類縁体またはサ
ブユニットであって,少なくともいくらかのTNF−Rと共通した生物
学的活性を示すもの,例えばトランスメンブラン領域を欠く(従って細
胞から分泌される)がTNFを結合する能力を保持する可溶性TNF−
R構築物が含まれる。種々の生物学的に均等な蛋白およびアミノ酸類縁
体は以下で詳しく述べることにする。
本明細書中で用いるTNF−R類縁体の命名法は,hu(ヒト)また
はmu(マウス)が先行し,Δ(欠失を表す)とC末端アミノ酸の番号
が後に続く蛋白(例.TNF−R)の慣例的な命名法に従う。例えば,
huTNF−RΔ235はC末端アミノ酸としてAspをもつヒトT235
NF−R(つまり,第2A図のアミノ酸1−235の配列をもつポリペ
プチド)を表す。ヒトまたはマウスの種指示がない場合には,TNF−
Rは総称的に哺乳類TNF−Rを意味する。同様に,欠失変異体の特定
指示がない場合には,用語TNF−RはTNF−Rの生物学的活性を有
する変異体および類縁体を含めて,あらゆる形態のTNF−Rを意味す
る。」(13欄5行∼40行)
(イ)蛋白および類縁体
a「本発明は,単離された組換え哺乳類TNF−Rポリペプチドを提
供する。本発明の単離TNF−Rポリペプチドは実質的に天然または
内因性起源の他の汚染物質を含まず,生産プロセスの残留蛋白汚染を
約1%より少ない量で含む。天然ヒトTNF−R分子はSDS−PA
GEにより約80キロダルトン(kDa)の見掛け分子量をもつ糖蛋
白として細胞リゼイトから回収される。本発明のTNF−Rポリペプ
チドには,天然パターンのグリコシル化結合が存在しなくてもよい。
本発明の哺乳類TNF−Rには,例えば霊長類,ヒト,マウス,イ
ヌ,ネコ,ウシ,ヒツジ,ウマ,およびブタTNF−Rが含まれる。
哺乳類TNF−Rは,哺乳類cDNAライブラリーからTNF−R
cDNAを単離するためのハイブリダイゼーションプローブとしてヒ
トTNF−RDNA配列から誘導された一本鎖cDNAを使って,
交差種ハイブリダイゼーションにより得ることができる。
本発明の範囲内のTNF−R誘導体には,生物学的活性を保持する
いろいろな構造形態の一次蛋白が含まれる。イオン化可能なアミノ基
およびカルボキシル基が存在するために,例えば,TNF−R蛋白は
酸性または塩基性塩の形をとることができ,また中性の形であっても
よい。さらに,個々のアミノ酸残基は酸化または還元によって修飾さ
れてもよい。
一次アミノ酸構造は,他の化学成分(例えば,グリコシル基,脂
質,ホスフェート,アセチル基)との共有結合複合体または集合複合
体を形成するか,あるいはアミノ酸配列変異体を形成することにより
修飾される。共有結合誘導体は特定の官能基をTNF−Rアミノ酸側
鎖に,あるいはNまたはC末端に結合させることによって作られる。
本発明の範囲内の他のTNF−R誘導体には,N末端またはC末端融
合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF−Rまた
はその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合
複合体が含まれる。例えば,結合されるペプチドは翻訳と同時にまた
は翻訳後に蛋白をその合成部位から細胞膜または細胞壁の内側もしく
は外側の機能部位へ移動させる蛋白のN末端領域にあるシグナル(ま
たはリーダー)ポリペプチド配列(例.酵母α−因子リーダー)であ
りうる。TNF−R蛋白融合体はTNF−Rの精製または同定を容易
にするために付加されたペプチド(例.ポリ−His)を含むことが
できる。また,TNF−Rレセプターのアミノ酸配列はペプチドAs
p−Tyr−Lys−Asp−Asp−Asp−Asp−Lys(D
YKDDDDK)に結合させてもよい(Hoppetal.,Bio/Technology
6:1204,1988)。後者の配列は高度に抗原性があり,特異的モノクロー
ナル抗体が可逆的に結合するエピトープを提供して,発現された組換
え蛋白の迅速なアッセイおよび容易な精製を可能にする。この配列は
またAsp−Lys対のすぐ後の残基でウシ粘膜エンテロキナーゼに
より特異的に切断される。このペプチドでキャップされた融合蛋白
は,E.Coliによる細胞内分解に抵抗するだろう。
また,TNF−R誘導体は免疫原,レセプターに基づくイムノアッ
セイ用の試薬,またはTNFや他の結合リガンドのアフィニティー精
製用の結合剤として使用される。TNF−R誘導体はシステインおよ
びリシン残基にM−マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステルお
よびN−ヒドロキシスクシンイミドのような作用物質を架橋すること
によっても得られる。また,TNF−R蛋白は反応性側基を介して臭
化シアン活性化,ビスオキシラン活性化,カルボニルジイミダゾール
活性化またはトシル活性化アガロース構造物のような種々の不溶性支
持体へ共有結合で結合させることができ,あるいはポリオレフィン表
面(グルタルアルデヒド架橋を含むまたは含まない)へ吸着させるこ
ともできる。ひとたび支持体に結合されると,TNF−Rは抗TNF
−R抗体またはTNFを(アッセイや精製の目的で)選択的に結合さ
せるべく用いられる。
本発明はまた,天然パターンのグリコシル化結合を含むまたは含ま
ないTNF−Rを包含する。酵母または哺乳類発現系(例.COS−
7細胞)により発現されたTNF−Rは,発現系に応じて,天然分子
と類似しているか,あるいは分子量およびグリコシル化パターンがわ
ずかに異なる。E.coliのような細菌によるTNF−RDNAの発現
は非グリコシル化分子をもたらす。不活性化Nグリコシル化部位をも
つ哺乳類TNF−Rの機能的な変異類縁体は,オリゴヌクレオチドの
合成および連結により,または特定部位の突然変異誘発法により作る
ことができる。これらの蛋白類縁体は,酵母発現系を使って,良好な
収量で均質な還元炭水化物形態として生産される。真核生物蛋白のN
グリコシル化部位はアミノ酸トリプレット:Asn−A−Z(ここ1
で,AはPro以外のアミノ酸で,ZはSerまたはThrであ1
る)により特徴づけられる。この配列において,アスパラギンは炭水
化物の共有結合のための側鎖アミノ基を提供する。このような部位は
Asnまたは残基Zを他のアミノ酸で置換するか,AsnまたはZを
欠失させるか,あるいはAとZの間にZ以外のアミノ酸を,または1
AsnとAの間にAsn以外のアミノ酸を挿入することにより排除1
しうる。
さらに,TNF−R誘導体はTNF−Rまたはそのサブユニットの
突然変異によっても得られる。本明細書中で述べるTNF−R変異体
はTNF−Rに相同であるが,欠失,挿入または置換のために天然T
NF−Rと相違するアミノ酸配列をもつポリペプチドである。
TNF−R蛋白の生物学的均等類縁体は,例えば残基または配列の
各種置換をつくるか,あるいは末端残基,内部残基もしくは生物学的
活性に必要でない配列を欠失させることにより構築できる。例えば,
システイン残基を欠失させたり(例.Cys),再生の際の不必要178
なまたは不正確な分子内ジスルフィド橋の形成を防ぐために他のアミ
ノ酸と置換させたりすることができる。その他の突然変異誘発法に
は,KEX2プロテアーゼ活性が存在する酵母系での発現を高めるた
めの隣接二塩基性アミノ酸残基の修飾が含まれる。一般に,置換は保
存的に行われるべきである;すなわち,最適な代替アミノ酸は置換し
ようとする残基の物理化学的特性と似通った特性をもつものである。
同様に,欠失または挿入戦略を採用する場合,欠失または挿入が生物
学的活性に与える影響を考慮すべきである。先に定義した実質的に類
似したポリペプチド配列は,一般に同数のアミノ酸配列から成るが,
可溶性TNF−Rを構築するためのC末端切断はより少ないアミノ酸
配列を含むであろう。TNF−Rの生物学的活性を保持するために,
欠失および置換は好ましくは相同なまたは保存的に置換された配列
(すなわち,所定の残基が生物学的に類似した残基によって置換され
ることを意味する)をもたらすだろう。保存的置換の例には,ある細
胞族残基の他の細胞族残基との置換(例えば,Ile,Val,Le
u,またはAlaの互いとの置換),あるいはある極性残基の別の極
性残基との置換(例えば,LysとArg;GluとAsp;または
GlnとAsn間の置換)が含まれる。その他のこのような保存的置
換,例えば類似の疎水特性をもつ全領域の置換もよく知られている。
さらに,ヒト,マウスおよび他の哺乳類TNF−R間の特定のアミノ
酸の差異は,TNF−Rの本質的な生物学的活性を変えずに行うこと
のできる別の保存的置換を示唆している。
TNF−Rのサブユニットは末端または内部の残基もしくは配列を
欠失させることにより構築される。特に好適な配列には,TNF−R
のトランスメンブラン領域および細胞内ドメインが培地へのレセプタ
ーの分泌を促すために欠失されたか,または親水性残基で置換された
ものが含まれる。生成した蛋白はTNF結合能を保持する可溶性TN
F−R分子と呼ばれる。特に好適な可溶性TNF−R構築物はTNF
−RΔ235(第2A図のアミノ酸1−235の配列)であり,これ
はトランスメンブラン領域に隣接したAspで終わるTNF−Rの235
全細胞外領域を含んでいる。追加のアミノ酸がTNF結合活性を保持
しつつトランスメンブラン領域から欠失される。例えば,第2A図の
アミノ酸1−183の配列から成るhuTNF−RΔ183,および
第2A図のアミノ酸1−163の配列から成るTNF−RΔ163
は,以下の実施例1で述べる結合検定を使って調べたとき,TNFリ
ガンド結合能を保持している。しかし,TNF−RΔ142はTNF
リガンド結合能をもっていない。これはCysとCysの一方ま157163
たは両方がTNF−Rの適切な折りたたみ(folding)のための分子内
ジスルフィド橋の形成に必要であることを暗示している。可溶性TN
F−RのTNF結合能に対して明らかな悪影響を及ぼすことなく欠失
されたCysは,TNF−Rの適切な折りたたみに必要ではないら178
しい。従って,C末端からCysまでのいずれの欠失も生物学的に163
活性な可溶性TNF−Rをもたらすことが期待される。本発明はCy
s以後のアミノ酸で終わるTNF−Rの細胞外領域の全部または一163
部に相当するこの種の可溶性TNF−R構築物を包含するものであ
る。TNF−RΔ157のような他のC末端欠失物は,便宜上,TN
F−RcDNAを適当な制限酵素で切断し,必要に応じて,合成オ
リゴヌクレオチドリンカーを用いて特定配列を再構築することにより
作られる。その後,得られた可溶性TNF−R構築物は適当な発現ベ
クターに挿入して発現させ,実施例1に記載するようにTNF結合能
を検定する。このような構築から得られた生物学的に活性な可溶性T
NF−Rも本発明の範囲内に含まれるものである。
TNF−R類縁体の発現のために構築されたヌクレオチド配列中の
突然変異は,もちろん,コード配列のリーディング・フレームを保持
しなければならず,好ましくはレセプターmRNAの翻訳に悪影響を
及ぼすループやヘアピンのような二次mRNA構造をもたらすように
ハイブリダイズする相補領域を形成しないであろう。変異部位は前以
て特定しうるが,突然変異の性質それ自体を予め決定することは必要
でない。例えば,特定部位の突然変異体の最適性質を選ぶために,標
的コドンでランダムな突然変異誘発を行い,発現されたTNF−R変
異体を目的の活性についてスクリーニングすることができる。
TNF−Rをコードするヌクレオチド配列中のすべての変異が最終
産物において発現されるわけではなく,例えば,発現を高めるため
に,主として転写されたmRNA中の二次構造ループを避けるために
(欧州特許公開第75444A号参照),あるいは所定の宿主によっ
て翻訳されやすいコドン(例.E.coli発現の場合はよく知られた
E.coli優先コドン)を与えるために,ヌクレオチド置換が行われる。
突然変異は,天然配列の断片への連結を可能にする制限部位が両末
端に存在する変異配列を含むオリゴヌクレオチドを合成することによ
り,特定の箇所に導入することができる。連結後に得られる再構築配
列は目的のアミノ酸の挿入,置換または欠失を含む類縁体をコードす
る。
また,オリゴヌクレオチドにより誘導される特定部位の突然変異誘
発法は,必要な置換,欠失,または挿入により変更された特定のコド
ンをもつ変異遺伝子を与えるために使用される。上記の変異を作る方
法は,例えば,Walderetatl.(Gene42:133,1986);Baueretal.,
(Gene37:73,1985);Craik(BioTechniques,January1985,12-19)
;Smithetal.,(GeneticEngineering:PrinciplesandMethods,
PlenumPress,1981);米国特許第4518584号および同第473
7462号に記載されている。これらの文献は適切な技術を開示して
おり,参照によりここに引用される。」(17欄16行∼21欄9
行)
b「TNF−Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の組成物
および方法において有用である。多価形態はTNFリガンドの結合部
位を複数もっている。例えば,2価の可溶性TNF−Rはリンカー領
域によって隔てられた第2A図のアミノ酸1−235の直列反復から
成っている。また,別の多価形態は,例えば,TNF−Rを臨床的に
許容しうる担体分子(フィコール,ポリエチレングリコールまたはデ
キストランより成る群から選ばれるポリマー)に通常のカップリング
技術を使って化学的にカップリングすることにより構築できる。別法
として,TNF−Rはビオチンに化学的にカップリングすることがで
き,その後ビオチン−TNF−R複合体をアビジンに結合させて,4
価のアビジン−ビオチン−TNF−R分子を得ることができる。TN
F−Rはさらにジニトロフェノール(DNP)またはトリニトロフェ
ノール(TNP)に共有結合でカップリングさせ,生成した複合体を
抗DNPまたは抗TNP−IgMで沈澱させて,10価のTNF−R
結合部位をもつデカマー複合体を形成することができる。
また,免疫グロブリン分子重鎖および軽鎖のいずれか一方または両
方の可変部ドメインの代わりにTNF−R配列を有しかつ未修飾不変
部ドメインを有する組変えキメラ抗体分子を作ることができる。例え
ば,キメラTNF−R/IgG1は,2つのキメラ遺伝子−−TNF
−R/ヒトκ軽鎖キメラ(TNF−R/Cκ)およびTNF−R/ヒ
トγ重鎖キメラ(TNF−R/Cγ)から作られる。2つのキメ1−1
ラ遺伝子の転写・翻訳後に,これらの遺伝子産物は2価のTNF−R
をもつ単一のキメラ抗体分子に組み立てる。このようなTNF−Rの
多価形態はTNFリガンドに対する結合親和性が増強される。この種
のキメラ抗体分子の構築に関する細部は,国際出願WO89/096
22および欧州特許第315062号に記載されている。」(21欄
10行∼40行)
(4)検討
ア審決は,本件処分の対象となった物である「エタネルセプト」と本件発
明について,本件特許明細書(甲6)の「発明の詳細な説明」中の「定
義」び「蛋白および類縁体」に関する記載を引用(9頁8行∼11頁1
行)した上,「…本発明の範囲内のTNF−R誘導体として記載されてい
るものは,いずれも,TNF−RタンパクまたはTNF−R活性を有する
その断片ペプチドを所望の構造形態(酸性,塩基性塩あるいは中性の形)
としたり,TNF−Rポリペプチド自体の精製,同定やアッセイを容易に
するために標識となるTNF−Rポリペプチドに比して相対的に低分子量
の化学成分(グリコシル基,脂質,ホスフェート,アセチル基,ポリ−
His,ペプチドAsp−Tyr−Lys−Asp−Asp−Asp−Asp−Lys等)を付加す
る,あるいはTNF−Rポリペプチドをイムノアッセイ用の試薬やアフィ
ニティ精製用の結合剤として使用するために,TNF−Rポリペプチドに
支持体との架橋のための低分子量の化学成分(M−マレイミドベンゾイル
スクシンイミドエステル等)を付加するものである。そうすると,TNF
−Rポリペプチドと,232のアミノ酸からなり,TNF−Rポリペプチ
ドと同程度の大きさであるヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応する
ポリペプチドとの複合体であって,医薬の有効成分として機能するエタネ
ルセプトが,上記の『本発明の範囲内のTNF−R誘導体』として開示さ
れているものということはできない。」(11頁下13行∼12頁3行)
と判断している。
イしかしながら,審決の上記判断は,以下に述べる理由により,是認する
ことができない。
(ア)本件特許請求の範囲「請求項6」は,前記第3,1(2)のとおりで
あって,請求項5を引用しており,請求項5は請求項1∼4を引用して
いるところ,これらの請求項の記載には,「TNF−Rタンパク質」に
ついて,審決が上記で判断しているような,「TNF−Rタンパクまた
はTNF−R活性を有するその断片ペプチドを所望の構造形態とした
り,TNF−Rポリペプチド自体の精製,同定やアッセイを容易にする
ために標識となるTNF−Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の
化学成分を付加する,あるいはTNF−Rポリペプチドをイムノアッセ
イ用の試薬やアフィニティ精製用の結合剤として使用するために,TN
F−Rポリペプチドに支持体との架橋のための低分子量の化学成分を付
加するもの」に限定する文言はない。
(イ)また,本件特許明細書(甲6)の「発明の詳細な説明」には,「定
義」として,「…欠失変異体の特定指示がない場合には,用語TNF−
RはTNF−Rの生物学的活性を有する変異体および類縁体を含めて,
あらゆる形態のTNF−Rを意味する。」と記載されている上,審決が
引用している「蛋白および類縁体」に関する前記(3)イ(イ)aの記載
(17欄32行∼19欄2行)は,その記載内容からすると,例示であ
ることは明らかである。
(ウ)さらに,本件特許明細書(甲6)の「発明の詳細な説明」には,
「TNF−Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の組成物およ
び方法において有用である。」,「別の多価形態は,例えば,TNF−
Rを臨床的に許容しうる担体分子…の通常のカップリング技術を使って
化学的にカップリングすることにより構築できる。」と記載され,「免
疫グロブリン分子重鎖および軽鎖のいずれか一方または両方の可変部ド
メインの代わりにTNF−R配列を有しかつ未修飾不変部ドメインを有
する組換えキメラ抗体分子を作ることができる。」,「2つのキメラ遺
伝子の転写・翻訳後に,これらの遺伝子産物は2価のTNF−Rをもつ
単一のキメラ抗体分子に組み立てる。」と記載されているから,本件発
明には,臨床的に許容しうる担体分子を含むTNF−Rタンパク質の二
量体も含まれ,その担体分子として免疫グロブリン分子の未修飾不変部
ドメインも含まれる。しかるところ,前記(2)のとおり,本件処分の対
象となった物である「エタネルセプト」は,「ヒトIgGのFc領域1
と分子量75kDa(p75)のヒト腫瘍壊死因子Ⅱ型受容体(TNF
R−Ⅱ)の細胞外ドメインのサブユニット二量体からなる糖タンパク
質」であり,甲9(東京大学大学院薬学系研究科教授A作成の鑑定意
見書)によれば,本件優先日当時(平成元年9月5日,平成元年9月1
1日,平成元年10月13日,平成2年5月10日),ヒトIgGの1
Fc領域は,免疫グロブリン分子の未修飾不変部ドメインに含まれるも
のであって,二量体を形成する役割を担い,臨床的に許容しうる担体分
子であることが広く知られていたと認められることからすると,当業者
(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は,
「エタネルセプト」について,審決が上記判断する点において本件発明
と相違するものと理解するとは解されない。
(エ)そうすると,審決の上記判断は是認することができず,「エタネル
セプト」は,審決が上記判断する点において本件発明と相違するものと
いうことはできない。
ウ被告の主張に対する補足的判断
(ア)被告は,本件特許明細書(甲6)は,「蛋白および類縁体」の前半
(前記(3)イ(イ)a)にTNF−Rポリペプチドに「化学成分」を付加
したTNF−R誘導体について記載されており,TNF−R誘導体とは
別の範疇に属する物として「蛋白および類縁体」の後半(前記(3)イ(イ
)b)にTNF−Rの多価形態について記載されているところ,本件特
許の請求項6の発明は,上記前半の記載に基づくものであると主張する
が,本件特許明細書(甲6)の「発明の詳細な説明」では,前記(3)イ(
イ)a,bの記載は「蛋白および類縁体」の表題の下に連続して記載さ
れており,前記(3)イ(イ)bのとおり,被告が「後半」と主張する部分
の冒頭には「TNF−Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の
組成物および方法において有用である。」と記載されている上,被告の
主張を裏付ける技術常識が存するとも認められないから,被告が「後
半」と主張する部分(前記(3)イ(イ)b)も,本件発明に関する記載で
あるというべきである。
(イ)また,被告は,本件特許の請求項13は,163個のアミノ酸配列
を有する生物学的に活性な溶解性TNF−RポリペプチドとIgG分1
子の定常領域は別のもの,すなわち,「TNF−Rポリペプチド」は,
TNF−Rの多価形態を含まないものとの前提で記載されているから,
請求項13と同じ163個のアミノ酸配列を有する請求項6の生物学的
に活性な「TNF−Rタンパク質」も,TNF−Rの多価形態を含まな
いことは明らかである,と主張する。
確かに,本件特許明細書(甲6)によれば,本件特許の請求項1,3
には,163個のアミノ酸配列を有するTNF受容体(TNF−R)ポ
リペプチドについて記載されており,請求項6は,請求項5を介して請
求項1,3を引用しているところ,請求項13には,同じ163個のア
ミノ酸配列を有する生物学的に活性な溶解性TNF−Rポリペプチドに
IgG分子の定常領域を機能的に結合させたものが記載されている1
が,上記イの(ア)(イ)及び上記(ア)で述べたところに照らすと,請求項
1,3の「TNF−Rポリペプチド」に「163個のアミノ酸配列を有
する生物学的に活性な溶解性TNF−RポリペプチドにIgG分子の1
定常領域を機能的に結合させたもの」が含まれないと解することはでき
ない(この場合,請求項1,3と請求項13とでは「TNF−Rポリペ
プチド」の意味が一見異なることになるが,文言にとらわれることな
く,発明の意義から理解すべきである。)から,請求項1,3を引用し
ている本件発明(請求項6の発明)について,TNF−Rの多価形態を
含まないと解することはできない。
(ウ)したがって,被告の上記主張を採用することはできない。
3結論
以上によれば,原告主張の取消事由は理由がある。
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛