弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中被告人がAから現金三五万円の供与を受けたという公訴事実に
ついて無罪を言い渡した部
     分及び被告人に対する有罪部分を破棄する。
     本件のうち、右破棄部分を大阪高等裁判所に差し戻す。
     右破棄部分を除くその余の部分に対する本件上告を棄却する。
         理    由
 検察官の上告趣意第一点について。
 論旨は、原判決が、本件公訴事実第四の一の6の被告人が昭和四二年四月一八日
ころA方において同人から現金三五万円の供与を受けたという点に関し、違法な選
挙運動に要した費用の支払いに充てるため他から金銭の支弁を受ける行為が公職選
挙法(以下、公選法という。)二二一条一項四号(昭和五〇年法律第六三号による
改正前のもの、以下同じ。)所定の選挙運動をしたことの報酬として金銭の供与を
受ける罪にあたるか否かの点について、「公職選挙法二二一条一項三号にいう「報
酬」とは、投票をし若しくはしないこと、選挙運動をし若しくは止めたこと等と対
価関係をもつ利益の供与でなければならないものと解すべきであつて、選挙運動そ
の他選挙に要した費用の事前支給又は事後弁償は、単に行為者の出費を補填するの
みで、何ら実質的利益を与えるものではなく、対価性のある利益供与の行為類型に
属するものではないから、その費用が違法であると適法であるとを問わず同法二二
一条一項三号の買収罪には該当せず、選挙費用の支出に関する手続違反の問題とし
て処理すべきものと解するのが相当である」と判断したことは、大審院大正四年八
月一四日判決・大審院刑事判決録二一輯一二三二頁及び東京高等裁判所昭和四一年
八月三一日判決・高裁刑集一九巻五号五四八頁と相反するというのである。
 よつて判断するに、所論の点につき、右大審院判決は、当該事件の被告人が衆議
院議員選挙に際し選挙人数名を饗応した選挙運動者に対しその饗応に要した費用を
支弁したという事案について、「同法条(衆議院議員選挙法(明治三三年法律第七
三号)八七条一項一号をさす。)ニ所謂選挙運動者ニ対スル金銭ノ供与トハ選挙運
動ニ対スル報酬ノ意味ヲ以テ金銭ヲ供与シタルヲ云ヒ運動者カ選挙運動ノ為メ必要
ナル実費ノ供与ヲ包含セサルコトハ既ニ本院判例ニ於テ説示シタル所ナルモ被告典
常カ選挙運動者Bニ供与シタル金員ハBカ選挙ニ関シ被告典常ノ為メ他人ヲ饗応シ
タル費用ニシテ斯ル饗応ハ選挙ノ公正ヲ害スル違法行為ナルヲ以テ此行為ニ基ク前
示費用ハ固ヨリ選挙運動ノ為メ必要ナル費用ニアラスシテ被告典常ニ対シ之カ弁償
ヲ求ムルヲ得サルモノナレハ之カ弁償ノ為メ金銭ヲ供与セルハ即チ同被告カ選挙運
動者ニ報酬トシテ供与シタルモノニ係リ前示法条ノ適用ヲ免ルルコトヲ得サルモノ
トス」と判示し、右東京高裁判決は、当該事件の被告人が参議院議員選挙に際し戸
別訪問をし又はしようとする選挙運動者らに対し各弁当代一〇〇円及び交通実費を
事後又は事前に支給したという事案について、「適法な選挙運動に要した費用の弁
償は、同法(公選法をさす。)第一九七条の二の認容するところであるが、違法な
選挙運動は、かかる運動をすること自体法が禁止しているのであるから、その違法
とされている選挙運動が実質犯であると形式犯であるとにかかわらず、その禁止行
為のために要する費用は、たとえ実費しかも通常必要とみられる範囲内のものであ
つても、これにつき本人以外の第三者が弁償することは、それが当該違法選挙運動
の教唆犯又は従犯となるかどうかは別として、やはり、それ自体、金銭を交付する
ことによつて選挙の公正を害する不法な行為というべきであり、そして、公職選挙
法第二二一条第一項は、いうまでもなく財物等の違法支給により選挙の公正を害す
る結果を招来することを防止しようとする趣旨のものにほかならないから、違法な
選挙運動については、実費の弁償といえども財産上の利益供与として同条項の供与
罪に該当する」と判示しているから、原判決は、実質的に右各判例と相反する判断
をしたこととなり、刑訴法四〇五条三号所定の、最高裁判所の判例がない場合に大
審院及び高等裁判所の判例と相反する判断をしたことにあたるといわなければなら
ない。
 そして、選挙運動に関する費用及び報酬について厳格な規制を設け、選挙の公正
の確保を目的としている公選法の趣旨に照らすと、選挙運動者が、自ら行つた違法
な選挙運動に要した費用の支払いに充てるため他から金銭の支弁を受け、もつて、
本来当該選挙運動者において負担すべき出捐を免れて利得する行為は、同法二二一
条一項四号所定の選挙運動をしたことの報酬として金銭の供与を受ける罪にあたる(
右供与がその余の趣旨における金銭の供与と不可分の関係においてなされた場合は、
受領した金銭全部について同罪が成立する。)と解するのが相当であつて、右各判
例の趣旨はなおこれを維持すべきである。論旨は理由がある。
 よつて、検察官のその余の論旨及び弁護人の上告論旨についての判断を省略し、
刑訴法四〇五条三号、四一〇条一項本文、四一三条本文により、原判決中右公訴事
実について無罪を言い渡した部分及び右公訴事実の罪と併合罪の関係に立つべき、
被告人に対する有罪部分を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、本件のうち、右
破棄部分を原裁判所に差し戻し、右破棄部分を除くその余の部分に対する検察官の
上告は、上告趣意としてなんら主張がなく、したがつてその理由がないことに帰す
るから、同法四一四条、三九六条により、これを棄却することとし、裁判官全員一
致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官井上五郎 公判出席
  昭和五八年三月一八日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    大   橋       進
            裁判官    木   下   忠   良
            裁判官    鹽   野   宜   慶
            裁判官    宮   崎   梧   一
            裁判官    牧       圭   次

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