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平成29年11月14日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成28年(行ケ)第10219号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年10月10日
判決
原告昭和電工株式会社
同訴訟代理人弁護士尾崎英男
佐々木郁
被告ソレンネベーヴェー
同訴訟代理人弁護士黒田薫
同訴訟代理人弁理士柳田征史
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2015-800178号事件について平成28年8月23日にし
た審決のうち,特許第5568300号の請求項1に係る部分を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
⑴被告は,平成19年7月6日,発明の名称を「フラーレン誘導体の混合物,
および電子デバイスにおけるその使用」とする特許出願(優先権主張:平成18年
7月6日,米国)をし,平成26年6月27日,設定の登録(特許第556830
0号)を受けた(請求項の数57。以下,この特許を「本件特許」という。甲28)。
⑵原告は,平成27年9月9日,本件特許について特許無効審判を請求し,無
効2015-800178号事件として係属した。
⑶特許庁は,平成28年8月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本
は,同年9月1日,原告に送達された。
⑷原告は,平成28年9月30日,本件審決のうち,本件特許の請求項1に係
る部分の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲請求項1の記載は次のとおりである(甲28)。なお,
「/」は,原文の改行箇所を示す(以下同じ。)。以下,本件特許の特許請求の範
囲請求項1に記載された発明を「本件発明」という。また,本件特許の明細書(甲
28)を,図面を含めて「本件明細書」という。さらに,本件特許の特許請求の範
囲請求項1の記載のうち,(a)の(ⅰ)ないし(vii)で特定される発明特定
事項を,それぞれ単に「(a)(ⅰ)」などということがあり,(b)の(ⅰ)な
いし(vii)で特定される発明特定事項を,それぞれ単に「(b)(ⅰ)」など
ということがある。
【請求項1】
(a)
(i)下記式Iaで表される化合物:
【化1】
(ii)下記式IIaで表される化合物:
【化2】
IIa
ここで/yは1であり;/Aはメタノ架橋を介して-C(X)(Y)-に結合す
るC60フラーレンであり;/A'はメタノ架橋を介して-C(X)(Y)-に結合
するC70フラーレンであり;/Xは,アリール,アラルキル,またはチエニルであ
り;/Yは,未置換のまたは置換されたアルキルであり,該置換は,ハロゲン,ヒ
ドロキシル,アルキル,アルコキシル,アルケニル,-N(R1
)2,-C(O)R

,-OC(O)R1
,-CO2R1
または-N(R1
)C(O)R1
の1つ以上での
置換であり,ここで,R1
はそれぞれ独立してH,アルキル,アリール,またはア
ラルキルを表す,
(iii)0%から50%の累計範囲にあるC60およびC70,
(iv)0%から50%の累計範囲にある,yが2または3である式Iaの化合
物,およびyが2または3である式IIaの化合物,
(v)0%から3%の累計範囲にある,一つ以上のC70より大きいフラーレンお
よび一つ以上のC70より大きいフラーレンの誘導体,ここで,該C70より大きいフ
ラーレンの誘導体は,下記式IIIaの化合物である:
【化3】
A”はメタノ架橋を介して-C(X)(Y)-に結合するC70より大きいフラー
レンであり;/Xは,アリール,アラルキル,またはチエニルであり;/Yは,未
置換のまたは置換されたアルキルであり,該置換は,ハロゲン,ヒドロキシル,ア
ルキル,アルコキシル,アルケニル,-N(R1
)2,-C(O)R1
,-OC(O)
R1
,-CO2R1
,または-N(R1
)C(O)R1
の1つ以上での置換であり,こ
こで,R1
はそれぞれ独立してH,アルキル,アリール,またはアラルキルを表す,
(vi)0.001%から5%の累計範囲にある,一つ以上のC60の酸化物,一
つ以上のC70の酸化物,一つ以上のC60誘導体の酸化物,および一つ以上のC70
誘導体の酸化物,ここで,該C60誘導体の酸化物は前記式Iaの化合物の酸化物で
あり,該C70誘導体の酸化物は前記式IIaの化合物の酸化物である,および
(vii)0%から5%の累計範囲にある,一つ以上のC60の二量体,一つ以上
のC70の二量体,一つ以上のC60誘導体の二量体,および一つ以上のC70誘導体
の二量体,ここで,該C60誘導体の二量体は前記式Iaの化合物の二量体であり,
該C70誘導体の二量体は前記式IIaの化合物の二量体である,
を含む組成物;あるいは,
(b)
(i)下記式Ibで表される化合物:
【化4】
(ii)下記式IIbで表される化合物:
【化5】
ここで/yは1であり;/Bは-CH2-N(R3’)-C(HR1’)-に結合
するC60フラーレンであり;/B’は-CH2-N(R3’)-C(HR1’)-に
結合するC70フラーレンであり;/R1’は置換されたアリールであり;さらに/
R3’はメチルである,
(iii)0%から50%の累計範囲にあるC60およびC70,
(iv)0%から50%の累計範囲にある,yが2または3である式Ibの化合
物,およびyが2または3である式IIbの化合物,
(v)0%から3%の累計範囲にある,一つ以上のC70より大きいフラーレンお
よび一つ以上のC70より大きいフラーレンの誘導体,ここで,該C70より大きいフ
ラーレンの誘導体は,下記式IIIbの化合物である:
【化6】
B”は-CH2-N(R3’)-C(HR1’)-に結合するC70より大きいフラ
ーレンであり;/R1’は置換されたアリールであり;さらに/R3’はメチルであ
る,
(vi)0.001%から5%の累計範囲にある,一つ以上のC60の酸化物,一
つ以上のC70の酸化物,一つ以上のC60誘導体の酸化物,および一つ以上のC70
誘導体の酸化物,ここで,該C60誘導体の酸化物は前記式Ibの化合物の酸化物で
あり,該C70誘導体の酸化物は前記式IIbの化合物の酸化物である,および
(vii)0%から5%の累計範囲にある,一つ以上のC60の二量体,一つ以上
のC70の二量体,一つ以上のC60誘導体の二量体,および一つ以上のC70誘導体
の二量体,ここで,該C60誘導体の二量体は前記式Ibの化合物の二量体であり,
該C70誘導体の二量体は前記式IIbの化合物の二量体である,
を含む組成物。
3本件審決の理由の要旨
⑴本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,①本件
発明は,特開2005-116617号公報(以下「引用例」という。甲1)に記
載された発明(以下「引用発明」という。)であるとはいえない,②本件発明は,
引用発明及び技術常識に基づいて容易に発明をすることができたものではない,な
どというものである。
⑵本件発明と引用発明との対比
本件審決は,引用発明及び本件発明との一致点・相違点を,以下のとおり認定し
た。
ア引用発明
C60のフラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体を含む変性物
イ一致点
C60のフラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体を含む組成物
ウ相違点
(ア)相違点1
C60フラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体を含む組成物として,本件発明
が「(a)(i),(ii),(vi)を含む組成物,あるいは,(b)(i),
(ii),(vi)を含む組成物。」であるのに対して,引用発明では誘導体の構
造が特定されていない点。
(イ)相違点2
C60フラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体を含む組成物において,本件発
明では,「一つ以上のC60の酸化物,一つ以上のC70の酸化物,一つ以上のC60
誘導体の酸化物,および一つ以上のC70誘導体の酸化物,ここで,該C60誘導体の
酸化物は前記式Iaの化合物の酸化物であり,該C70誘導体の酸化物は前記式II
aの化合物の酸化物である」あるいは,「一つ以上のC60の酸化物,一つ以上のC
70の酸化物,一つ以上のC60誘導体の酸化物,および一つ以上のC70誘導体の酸
化物,ここで,該C60誘導体の酸化物は前記式Ibの化合物の酸化物であり,該C
70誘導体の酸化物は前記式IIbの化合物の酸化物である」を「0.001%から
5%の累計範囲」で含むのに対して,引用発明ではこれら酸化物をその累計範囲で
含むかどうか明らかでない点。
4取消事由
(1)新規性判断の誤り(取消事由1)
⑵進歩性判断の誤り(取消事由2)
第3当事者の主張
1取消事由1(新規性判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)相違点1について
ア本件発明の各フラーレン誘導体の構造
本件発明の各フラーレン誘導体の構造は,PCBMを含むところ,「下記式Ia
で表される化合物」におけるC60のフラーレン誘導体及び「下記式IIaで表され
る化合物」におけるC70のフラーレン誘導体の構造が,それぞれ[6,6]を意味
すること自体は争わない。
イ引用発明の各フラーレン誘導体の構造
引用例【0021】には,「フラーレン変性物としては,C60,C70あるい
はそれらの混合体の変性物が好ましい」と記載されている。
そして,C60の誘導体の構造については,引用例【0021】には「フラーレン
変性物として,図3…を挙げることができる」と記載され,【図3】には,C60P
CBMが記載されている。なお,【図3】の構造式及び化合物名は開口フレロイド
化合物([5,6])であるが,PCBMの説明事項として記載されているにとど
まるものである。そのほかにも,引用例には,PCBMという記載があるところ(【0
005】【0006】【0028】),単にPCBMと記載されれば,[6,6]-
PCBMを意味するものである(甲36)。
また,C70の誘導体の構造については,引用例に明記はされていないものの,本
件特許の優先日当時,C70PCBMが,C60PCBMと同様に,有機電子の半導体
として,特にポリマー型のソーラーデバイス及びトランジスタに用いられていたこ
とは技術常識であるから(甲13,14),引用例【0021】の「C70」「の
変性物」が,C70PCBM([6,6])を意味することは当然に理解される。
そうすると,引用例には,フラーレン変性物として,C60PCBM([6,6])
とC70PCBM([6,6])を含む組成物が記載されているというべきである。
ウしたがって,各フラーレン誘導体の構造が,C60PCBM([6,6])と
C70PCBM([6,6])である点において,本件発明と引用発明は一致する。
よって,相違点1は,実質的相違点ではない。
(2)相違点2について
本件発明は,C60のフラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体の混合物である
点に特徴があり,酸化物累計範囲の上限値と下限値の規定自体には特徴はない。
そして,引用発明のような,光電変換素子や太陽電池の固体層に使用されるフラ
ーレン変性物であれば,酸化物が含まれ,その累計値は,必ず「0.001%から
5%」の範囲内に含まれる。このことは,フラーレン及びフラーレン誘導体の製造
工程において酸化物が生じ,これを除去するために精製が行われるという技術常識
によれば,実質的に,引用例に記載されているに等しい。
なお,引用発明のフラーレン変性物は,可能な限り不純物を排除するように精製
されるから,製造方法の如何によらず,フラーレン変性物に含まれる酸化物累計値
が5%を超えることはない。また,本件特許の優先日から4年後でさえ,酸化物の
濃度は0.04~0.09%で充分に低いと評価されており(甲29),引用発明
のフラーレン変性物の酸化物累計値は,製造方法,精製方法の如何によらず,0.
001%を下回ることはない。
したがって,本件発明及び引用発明との酸化物累計値に関する相違点2は,実質
的相違点ではない。
(3)被告の主張について
ア被告は,正しく認定した引用発明を前提とすれば,本件発明と引用発明とは
相違点Aにおいても相違する旨主張する。
イしかし,引用例【0021】には,バルクヘテロ接合型の光電変換素子を構
成する固体層に使用可能なC60とC70の混合体の変性物が記載されている。
引用例に記載されたC60とC70の混合体とは,ススから分離した粗製フラーレン
に含まれるものであって,その後に精製されるC60とC70を混合して得られるもの
ではない(甲30)。そして,このように得られたC60とC70の混合体に対して,
周知の変性反応を行えば,C60PCBMとC70PCBMの混合体を容易に得ること
ができる(引用例【0023】,甲6,24)。
また,引用例には,実施例として,C60PCBMを用いたバルクヘテロ型の光電
変換素子の製造方法が記載されているほか,本件特許の優先日当時,C60PCBM
を用いたバルクヘテロ型光電変換素子の製造方法は確立していた(甲12,31~
35)ところ,C60PCBMに関する製造方法を,C60PCBMとC70PCBM
の混合体に適用すれば,C60PCBMとC70PCBMの混合体を用いたバルクヘテ
ロ型光電変換素子を製造することができる。なお,既知の製造条件を適用しただけ
では高品質の素子の製造に至らないとしても,引用発明の認定に当たって問題はな
い。
そうすると,当業者は,本件特許の優先日当時,C60とC70の混合体の変性物を
用いてバルクヘテロ接合型の光電変換素子を製造することができたものである。
したがって,引用例に記載された発明は,バルクヘテロ接合型の光電変換素子を
構成する固体層に使用可能なC60とC70の混合体の変性物である。
ウ被告は,薄膜有機電子デバイスの性能は,大量のパラメーターに依存し,そ
の依存性は非常に複雑であるから,それらのパラメーターの変動による影響を予測
することは不可能であると主張する。
しかし,引用例【0021】に記載されたフラーレン変性物が,一般的な材料と
してのフラーレン変性物ではなく,バルクヘテロ接合型の光電変換素子を構成する
固体層に使用されるフラーレン変性物であること自体は争わないが,そもそも,本
件発明は,フラーレン誘導体の混合物の発明であって,混合比率の限定はなく,パ
ラメーターを特定することによってデバイスの性能の向上を見出した発明でもない。
引用例から引用発明を認定するに当たり,実施可能性が求められるとしても,商品
価値のある製品の製造可能性まで求められるものではない。
エよって,この点に関する本件審決の引用発明の認定に誤りはなく,本件発明
と引用発明とは相違点Aにおいて相違するということはできない。
(4)小括
よって,本件発明は引用発明である。
〔被告の主張〕
(1)相違点1について
C60の誘導体の構造について,引用例【図3】に記載された構造式及び化合物名
は,いずれも,開口フレロイド化合物([5,6])を示すことは明らかである。
また,引用例【図3】に記載された略称は「PCBM」であるところ,本件特許の
優先日当時,開口フレロイド化合物も「[5,6]-PCBM」と示されることがあ
った(甲36,乙2,乙5【0053】)。したがって,引用例【図3】の記載を
もって,引用発明のC60の誘導体の構造は,C60PCBM([6,6])であると
いうことはできない。
また,C70の誘導体の構造についても,引用例には何ら開示されていない。
したがって,引用例には,引用発明の各フラーレン誘導体の構造として,形式的
にも実質的にもC60PCBM([6,6])及びC70PCBM([6,6])とは,
記載されていない。
よって,相違点1は,実質的相違点である。
(2)相違点2について
引用例には,フラーレン変性物を単体で使用する場合についても,フラーレン変
性物をどのように調製するか(製造方法,精製等)について具体的に全く記載され
ていない。
したがって,引用例の記載を踏まえても,「C60のフラーレン誘導体とC70のフ
ラーレン誘導体を含む変性物」にフラーレン及びフラーレン誘導体の酸化物の累計
範囲がどの程度あるかなど,理解しようがない。
よって,相違点2は,実質的相違点である。
(3)本件発明の新規性について
ア仮に,相違点1及び2が,本件発明と引用発明との実質的相違点ではないと
しても,以下のとおり,正しく認定した引用発明を前提とすれば,本件発明と引用
発明とは相違点Aにおいて相違するから,引用発明に基づく新規性を否定した本件
審決は,結論において誤りはない。
イ引用発明の認定
(ア)引用例に係る光電変換素子は,バルクヘテロ接合型の光電変換素子である
から,引用例【0021】の「フラーレン変性物としては,C60,C70あるい
はそれらの混合体の変性物が好ましい。」とは,あくまでも,バルクヘテロ接合型
の光電変換素子を構成する固体層に使用されるフラーレン変性物として記載された
ものである。
(イ)特許法29条1項3号において「刊行物」に「物の発明」が記載されてい
るというためには,特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る
程度に,当該発明の技術的思想が開示されていることを要する。
しかし,引用例には,バルクヘテロ接合型の光電変換素子を構成する固体層に「C
60のフラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体を含む変性物」を使用した場合の
光電変換素子の製造方法についての記載は全くない。また,薄膜有機電子デバイス
の性能は,大量のパラメーターに依存し,その依存性は非常に複雑であるところ,
「C60のフラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体を含む変性物」を,単一のフ
ラーレン変性物と同様に使用して,バルクヘテロ接合型の光電変換素子を製造する
ことができたなどという技術常識もなかった。
そうすると,引用例に,バルクヘテロ接合型の光電変換素子を構成する固体層に
使用されるフラーレン変性物として「C60のフラーレン誘導体とC70のフラーレン
誘導体を含む変性物」が,当業者において実施し得る程度に具体的に記載されてい
るなどとは到底いうことができない。
(ウ)引用例【0021】における「フラーレン変性物としては,C60,C7
0あるいはそれらの混合体の変性物が好ましい。」との記載と,技術常識からも,
引用例に,バルクヘテロ接合型の光電変換素子を構成する固体層に使用可能なC60
とC70の混合体の変性物が記載されているということはできない。
なぜなら,引用例の「それらの混合体」とは,そもそも精製前の粗製フラーレン
混合物では高次フラーレンを含むし,精製工程及び字義からも,「精製後のC60」
と「精製後のC70」の混合体を指すものである。また,引用例の「それらの混合
体の変性物」は,必ずしも,C60の変性物とC70の変性物が同じ置換基を有するこ
とを意味するものではなく,これらがPCBMであることの開示もない。さらに,
精製されたC60からC60PCBMを合成する方法や,精製されたC70からC70P
CBMを合成する方法が周知であったとしても,精製前の粗製フラーレン混合物か
ら,「C60PCBMとC70PCBMの混合体」を合成するには,相当の試行錯誤等を
有する。加えて,本件特許の優先日当時,バルクヘテロ接合型の光電変換素子の電
子受容体として,C60フラーレン変性物とC70フラーレン変性物の混合体を使用す
る例は知られていなかったから,かかる混合体を用いた光電変換素子を得るには,
相当の試行錯誤等を有する。
(エ)したがって,引用例には,バルクヘテロ接合型の光電変換素子を構成する
固体層に使用される「C60のフラーレン誘導体」又は「C70のフラーレン誘導体」
という発明が記載されているにとどまる。
ウ相違点A
よって,本件発明と引用発明とは,本件発明が「式Iaで表される化合物」及び
「式IIaで表される化合物」を含む組成物であるのに対して,引用発明が「C60
のフラーレン誘導体」又は「C70のフラーレン誘導体」である点(相違点A)にお
いて相違する。
(4)小括
よって,本件発明は引用発明であるということはできない。
2取消事由2(進歩性判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)相違点2について
ア引用例には,酸化物に関する記載も製造方法の記載も存在しないものの,「製
造後のフラーレン誘導体に酸化物が存し,これを除去するために精製が行われるこ
と」は,甲18及び26から技術常識である。
そして,前記1〔原告の主張〕(2)のとおり,当業者が通常行い得るいかなる製造
方法を用いても,引用発明のフラーレン変性物に含有される酸化物の累計範囲は,
「0.001%から5%」となるから,引用発明の酸化物累計値の範囲を「0.0
01%から5%」と設定することは容易である。
イ本件発明は,酸化物累計値に,特別な効果を奏するための限定的な条件を設
定していない。そして,本件発明の酸化物累計値は,C60PCBMを用いる光電変
換素子の既知の製造条件において,当業者が設定する酸化物累計値と異なるところ
はない。本件発明の酸化物の累計値に顕著な作用効果など存在しない。
また,引用例【0021】に,光電変換素子に使用される好ましいフラーレン変
性物として,C60とC70の混合体の変性物が含まれる理由が,精製の不要化による
コスト低減であることは容易に理解できる。したがって,精製プロトコルが不要で
あることは,引用例及び技術常識から容易に理解でき,これが本件発明の顕著な効
果ということはできない。
ウしたがって,引用発明及び技術常識に基づき,引用発明の酸化物の累計範囲
を「0.001%から5%」と設定して,相違点2に係る本件発明の構成を採用す
ることは,容易に想到することができる。
(2)被告の主張について
ア被告は,相違点1及び相違点Aは当業者が容易に想到することができたもの
ではないから,引用発明に基づく進歩性を否定した本件審決は,結論において誤り
はない旨主張する。しかし,以下のとおり,被告の主張は誤りである。
イ相違点1
「フラーレン誘導体として,PCBM([6,6])を選択すること」は,甲1
2ないし15から技術常識である。
また,引用例に記載されたロージャー・テーラーの著書(甲23)は,フラーレ
ン誘導体の構造として,開口フレロイド化合物([5,6])が6,6-メタノフラ
ーレンに変わる例の1つとして参照文献番号16(甲6)を引用している。
なお,C60のフラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体の混合物は,引用発明
に記載されているほか,本件特許の優先日当時には,C60のフラーレン誘導体を用
いた素子の製造条件は既知となっていたから,有機電子デバイスの性能まで規定す
るものでもない本件発明の構成は容易に想到できる。さらに,C60とC70の混合体
の変性物を利用することが,コスト的に安いことは,周知である。
したがって,仮に,相違点1が実質的相違点であったとしても,引用発明及び技
術常識に基づき,引用発明の誘導体としてPCBM([6,6])を選択して,相
違点1に係る本件発明の構成を採用することは,当業者が容易に想到することがで
きる。
ウ相違点A
前記1〔原告の主張〕(3)のとおり,そもそも相違点Aは存在しない。
(3)小括
よって,本件発明は,引用発明及び技術常識に基づき,当業者が容易に想到する
ことができたものである。
〔被告の主張〕
(1)相違点2について
引用例には,フラーレン変性物の酸化物に関する記載が一切なく,その製造方法
に関する記載もないことから,引用例には,フラーレン変性物に含まれる酸化物に
関して何らの示唆もない。
また,引用発明から,まず,その誘導体の構造として,C60PCBM([6,6])
及びC70PCBM([6,6])という混合物を想到し,次に,これらの混合物等
の酸化物の累計範囲を想到しようとすることは,いわゆる「容易の容易」である。
さらに,本件発明は,請求項1記載のC60のフラーレン誘導体,C70のフラーレ
ン誘導体及びそれらの酸化物等の不純物を含む構成によって,組成物を得る従来の
精製プロトコルを不要とし,結果として,収率を高め,費用を低減し,プロセスの
効率を改善し,かつ廃棄物を低減できるという,顕著な作用効果を奏するものであ
る。
したがって,引用発明において,相違点2に係る本件発明の構成を採用すること
は,当業者が容易に想到することができたものではない。
(2)本件発明の容易想到性について
ア仮に,相違点2について容易に想到できたとしても,以下のとおり,相違点
1及び相違点Aは当業者が容易に想到することができたものではないから,引用発
明に基づく進歩性を否定した本件審決は,結論において誤りはない。
イ相違点1
(ア)引用例(図3,4)及びロージャー・テーラーの著書(甲23)には,膨
大な数のフラーレン変性物が記載される一方で,本件発明の各フラーレン誘導体の
構造(C60のフラーレン誘導体([6,6])及びC70のフラーレン誘導体([6,
6]))は,具体的に例示されていない。そうすると,引用発明から,本件発明の
各フラーレン誘導体の構造を容易に想到し得ない。
(イ)また,仮に,バルクヘテロ接合型の光電変換素子の電子受容体として,C
60PCBM単体が使用されることが周知であり,また,C70PCBM単体が使用さ
れることが周知であったとしても,「C60のフラーレン誘導体とC70のフラーレン
誘導体を含む変性物」として,具体的なC60PCBMとC70PCBMの混合体を使
用することを容易に想到し得ることにはならない。
なぜなら,バルクヘテロ接合型の光電変換素子の電子受容体として,C60フラー
レン誘導体とC70フラーレン誘導体の混合物が使用されることは全く知られていな
かった。
また,バルクヘテロ接合型の有機電子デバイス(薄膜有機太陽電池等)は,シス
テム自体が既に複雑であるから,使用される溶媒を含め,できるだけ余計な変数を
加えないように,単一のn型半導体(フラーレン)を用いることが技術常識であっ
た。本件発明まで,当業者は,C60とC70を混合することの有用性(有利性)を全
く認識することができなかった。
さらに,C60PCBM及びC70PCBMの混合体は,本件特許の優先日当時,C
60PCBM及びC70PCBMを混合するしか作成方法がなく,単独のC60PCB
M又は単独のC70PCBMを入手するよりもコストが高かった。本件発明によって,
前者は,C60及びC70の混合物から直接製造できるようになったものである。当業
者は,コスト面からも,あえて前者の混合物を使用する動機はない。
(ウ)したがって,引用発明において,相違点1に係る本件発明の構成を採用す
ることは,当業者が容易に想到することができたものではない。本件審決の判断は,
本件発明によって初めて見出された,n型半導体として,所定のフラーレン誘導体
の混合物を用い,しかも不純物を含むにもかかわらず,同一の加工条件下で所望の
電子特性を示すという知見を根拠にしていることは明らかであり,後知恵に基づく
ものである。
ウ相違点A
前記1〔被告の主張〕(3)のとおり,正しく認定した引用発明を前提とすれば,本
件発明と引用発明とは相違点Aでも相違する。
そして,引用例には,「C60のフラーレン誘導体」の例示としてPCBM([6,
6])の記載はなく,「C70のフラーレン誘導体」の例示としてPCBM([6,
6])の記載もない。
また,本件特許の優先日当時,バルクヘテロ接合型の光電変換素子を構成する固
体層に使用されるフラーレン変性物として,C60フラーレン変性物とC70フラーレ
ン変性物の混合体を用いることは知られていなかった。
さらに,本件特許の優先日当時,バルクヘテロ接合デバイスなどの薄膜有機電子
デバイスの性能は,大量のパラメーターに依存し,その依存性は非常に複雑なもの
になることが知られており(本件明細書【0010】),バルクヘテロ接合型の光
電変換素子を構成する固体層に使用されるフラーレン変性物として,単一のC60フ
ラーレン誘導体又はC70フラーレン誘導体に換えて,C60フラーレン変性物とC7
0フラーレン変性物の混合体を用いる動機付けもない。
したがって,引用発明において,相違点Aに係る本件発明の構成を採用すること
は,当業者が容易に想到することができたものではない。
(3)小括
よって,本件発明は,引用発明及び技術常識に基づき,当業者が容易に想到する
ことができたものではない。
第4当裁判所の判断
1本件発明について
本件発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2【請求項1】のとおりであると
ころ,本件明細書(甲28)によれば,本件発明の特徴は,以下のとおりである。
なお,本件明細書には,別紙1本件明細書図面目録のとおり,図面が記載されてい
る。
(1)技術分野
本件発明は,有機半導体に有用である混合フラーレン誘導体の組成物に関するも
のである。(【0002】)
(2)背景技術
太陽電池,トランジスタなど薄膜有機電子デバイスの多くは,純粋な形態のフラ
ーレン誘導体を用いている。最も一般的に用いられるフラーレン誘導体は,C60P
CBMであり,メタノフラーレンに分類される。メタノフラーレンは,誘導化され
ていないフラーレンと比較して,溶媒への溶解度が増大するなど処理が容易であり,
かつ,誘導化されていないフラーレンの望ましい電子的性質の大部分を維持してい
る。(【0003】)
C60PCBMは,C60フラーレンを前駆体として合成され,その純度は約99%
以上である。C70PCBMは,C70フラーレンを前駆体とし,C60PCBMと類
似した製法を用いて調製され,典型的には純度は約99%以上で用いられる。C70
PCBMは,有機エレクトロニクスにおいて半導体として,特にポリマー型のソー
ラーデバイス,トランジスタに用いられている。(【0003】~【0005】)
ppmレベル又はppbレベルでの特定の不純物がデバイス性能を劇的に変化さ
せることから,事実上,全ての有機電子デバイスは単一のn型半導体を使用する。
(【0007】)
(3)発明が解決しようとする課題
薄膜有機エレクトロニクスデバイスの性能は,大量の処理及び材料パラメーター
に依存し,これらのパラメーターの相互作用の高度な複雑性を伴う。このため,特
定のフラーレン誘導体n型半導体に存在する不純物の種類及びレベルの変化は,デ
バイス性能に,予測不能な形で影響し得る。(【0010】)
本件発明は,このような障害がある中で,薄膜有機電子デバイスに関して,長所
を有する新しい材料を提供することを課題とする。(【0011】)
(4)課題を解決するための手段
本件発明は,C60のフラーレン誘導体及びC70のフラーレン誘導体の混合物を含
む組成物である。(【0012】)
(5)発明を実施するための形態
半導体成分としてC60PCBM又はC70PCBMだけを用いてきたデバイスにお
いて,半導体成分としてC60PCBM及びC70PCBMの混合物を用いても,適合
性を示す。同一の処理条件下で製造されたデバイスであって,唯一の差異はn型半
導体の組成だけであるデバイスのエネルギー変換効率は,図1に示されたとおりで
ある。(【0027】【図1】)
エレクトロニクスデバイスにおける半導体組成物の使用において,C60のフラー
レン誘導体及びC70のフラーレン誘導体の混合物を調製するほうが,純粋なC60
又はC70のフラーレン誘導体と比較してはるかに安価であるため有利である。純粋
なC60又はC70のフラーレン誘導体の調製は,異性体でないフラーレンを分離する
ために,合成のどこかの段階で,費用の掛かる精製工程を必然的に必要とする。(【0
031】)
C60及びC70のメタノフラーレン誘導体の混合物は,非修飾C60及びC70フラ
ーレンの混合物を誘導体化することによって調製することができる。例えば,非修
飾C60及びC70フラーレンの混合物を,C60PCBM,C70PCBM及びC84P
CBMの調製のための条件(甲6や米国特許出願公開第2005-0239717
号明細書に記載)に供することによって,C60PCBM及びC70PCBMの混合物
を調製することができる。(【0043】)
2引用発明について
引用例(甲1)には,別紙2引用例図面目録【図3】及び【図4】のとおり,図
面が記載されるとともに,おおむね,以下の記載がある。
(1)特許請求の範囲
1対の電極と,前記1対の電極間に配設された電荷輸送性複素環高分子から成る
固体層とを有し,前記固体層が正孔輸送性複素環高分子とフラーレン変性物とを含
有することを特徴とする光電変換素子。(【請求項1】)
(2)技術分野
本発明は,簡便な構造を有し特に太陽電池等に好適な光電変換素子及び前記光電
変換素子を用いた太陽電池に関する。(【0001】)
(3)背景技術
…有機材料を用い,電解液を使用しない構成が簡単な太陽電池としては導電性高
分子を用いた固体型太陽電池がある。この固体型太陽電池については,…導電性高
分子にポリフェニレンビニレンを用いフラーレン変性物(PCBM)と組み合わせ
たソーラーセルが報告されており,光電変換効率としては2.5%程度である。(【0
005】)
(4)発明が解決しようとする課題
本発明は,…簡単な構成で高い光電変換効率を有する光電変換素子を提供するこ
とを課題としている。また,…耐久性に優れた光電変換素子を提供することを課題
としている。また,…安価で高光電変換効率を有する太陽電池を提供することを課
題としている。…(【0007】)
(5)課題を解決するための手段
…固体層は光を吸収して励起する。この励起によって発生した電子は前記固体層
中のフラーレン変性物を主とした領域を通って対極に移動する。一方,フラーレン
変性物に電子を移動させると正孔輸送性複素環高分子は酸化体の状態になり,正孔
が作用電極に移動する。…(【0008】)
(6)発明を実施するための最良の形態
次に高分子複合膜から成る固体層3を構成するフラーレン変性物について説明す
る。フラーレン変性物とは電荷輸送性を示し,フラーレンに種々の官能基を導入し
たものである。具体的には,フラーレン変性物として,図3及び図4に示すような,
ロージャー・テーラーの著書「Lecturenotesonfuller
enechemistry」(ImperialColledgePres
s)に記載されているものを挙げることができる。勿論,これらに限定されるもの
ではない。上記フラーレンとしては,安定性,安全性の点からC60,C70あるいは
それらの混合体が好ましい。つまり,フラーレン変性物としては,C60,C70ある
いはそれらの混合体の変性物が好ましい。(【0021】)
また,官能基の観点からは,フラーレン変性物としては,エステル基,イミノ基,
アルキル基,アラルキル基,チオフェニル基から選ばれた官能基を少なくとも1つ
以上含有したものが,溶解性およびエネルギーレベルの最適化の理由で好ましい。
…(【0022】)
…フラーレン変性物の作製方法としては変性反応といわれる手法が有効である。
例えば,付加反応,置換反応,ラジカル反応,環化付加反応などの方法がある。(【0
023】)
3取消事由1(新規性判断の誤り)について
(1)本件発明について
本件発明は,(a)(ⅰ)ないし(vii)において特定される化合物を含む組
成物,あるいは,(b)(ⅰ)ないし(vii)において特定される化合物を含む
組成物である。
また,本件発明の組成物は,(a)(ⅰⅰⅰ)ないし(v)及び(ⅴii)にお
いて特定される各化合物を0%とするものを含む。
(2)相違点1について
ア本件審決は,本件発明におけるフラーレン誘導体の構造は[6,6]である
のに対し,引用発明においてフラーレン誘導体の構造は特定されていないから,相
違点1は実質的相違点であると判断した。
これに対し,原告は,引用発明のフラーレン誘導体の構造は,PCBM([6,
6])であるから,相違点1は実質的相違点ではないと主張する。なお,本件発明
におけるフラーレン誘導体の構造が[6,6]に限定されることは,当事者間に争
いがない。
イ引用例におけるフラーレン誘導体の構造
引用例には,フラーレン誘導体の構造について,「フラーレン変性物とは電荷輸
送性を示し,フラーレンに種々の官能基を導入したものである。」と記載された上
で(【0021】),フラーレン変性物の具体例として,構造式,化合物名及び略
称が記載され(【図3】【図4】),また,官能基について具体的に記載されてい
る(【0022】)。
しかし,フラーレンの[6,6]結合にメタノ架橋を持つフラーレン誘導体につ
いては,引用例に何ら記載されていないから,引用発明におけるフラーレン誘導体
の構造が[6,6]であるということはできない。
ウ原告の主張について
原告は,引用例(【図3】左上など)にはPCBMとの記載があるところ,単に
PCBMと記載されれば[6,6]を意味するから,引用発明におけるフラーレン
誘導体の構造はPCBM([6,6])であると主張する。
しかし,米国化学会のデータベース(甲36の4頁目)には,フラーレンの[5,
6]結合にメタノ架橋を持つフラーレン誘導体に,「FullereneC60
PCBM」,「[5,6]-PCBM」との名称が付けられている旨記載されてい
ることからすれば,「PCBM」が,フラーレンの[6,6]結合にメタノ架橋を
持つ誘導体の構造を意味していたということはできない。
また,引用例(【図3】左上)には,[5,6]結合にメタノ架橋を持つ構造を
示す構造式及び化合物名に並列して,略称として「PCBM」と記載されているこ
とからすれば,引用例のPCBMとの記載が,PCBM([6,6])を意味する
ものということはできない。引用例(【図3】左上)の構造式及び化合物名が,P
CBM([6,6])の前駆体等の説明にすぎないと解することはできない。
エ小括
このように,引用発明におけるフラーレン誘導体の構造が[6,6]であるとい
うことはできない。これに対し,本件発明において,フラーレン誘導体の構造は[6,
6]に限定されることは当事者間に争いがないから,誘導体の構造に関する相違点
1は,実質的相違点である。
⑶相違点2について
ア本件発明の(a)(ⅴⅰ)の発明特定事項は,本件発明の組成物について,
C60の酸化物,C70の酸化物,C60のフラーレン誘導体の酸化物及びC70のフラ
ーレン誘導体の酸化物を含み,かつ,これらを0.001%から5%までの累計範
囲で含むと特定するものである。
本件審決は,引用発明は,C60の酸化物,C70の酸化物,C60のフラーレン誘
導体の酸化物及びC70のフラーレン誘導体の酸化物を含み,かつ,これらを0.0
01%から5%までの累計範囲で含むかどうか明らかではない点を相違点2とし,
引用発明のフラーレン変性物(フラーレン誘導体)に,酸化物が含まれているか,
どの程度含まれているかは不明であるから,相違点2は実質的相違点であるとした。
これに対し,原告は,引用発明のフラーレン変性物であれば,酸化物が含まれる
ことなどから,相違点2は実質的相違点ではないと主張する。
イ引用例における酸化物に関する記載
引用例には,フラーレン誘導体の酸化物について,一切記載はない。
したがって,引用発明のフラーレン変性物に,C60のフラーレン誘導体の酸化物
及びC70のフラーレン誘導体の酸化物が含まれるということはできない。
ウ原告の主張について
(ア)原告は,「製造後のフラーレン誘導体に酸化物が存し,これを除去するた
めに精製が行われること」は甲18及び26から技術常識であり,引用発明のフラ
ーレン変性物であれば,酸化物が含まれると主張する。
(イ)甲18及び26における酸化物に関する記載
a特開第2004-175598号公報(甲18)には,おおむね,次のとお
り記載されている。
⒜本発明は…C60,C70の分子構造を有するフラーレン類の精製方法及び製造
方法に関する。(【0001】)
⒝…特にC60,C70,C76,C78,C82,C84等のフラーレン類は例えば,
ダイヤモンドコーティング,電池材料,…などの分野への利用が期待されている。
(【0002】)
フラーレン類の製造方法としては,…アーク放電法,…抵抗加熱法,…レーザー
蒸発法,…燃焼法…などが知られている。(【0003】)
燃焼生成物である煤状物質からのフラーレン類の分離方法として,…溶媒抽出法,
…昇華法が知られている。また,特に高純度のフラーレン類を得るためにはカラム
による精製が行われている。(【0004】)
上記各方法によって得られた「煤」には,微量ではあるが,フラーレン類の一酸
化物が含まれており,このフラーレン類一酸化物は分子量や物理的性質がフラーレ
ン類と似ているため各種充填剤を用いたカラムによっても分離しにくい…(【00
05】)
⒞…(実施例1)…トルエンを不完全燃焼させてフラーレンを含む煤状物質を
製造した。…(【0037】)
この煤状物質約5g…にテトラリン150gを加えて…フラーレン類を溶解させ
た。…フラーレン類を含む不溶物が析出した。…不溶物のうち1gをトルエン10
gに溶解し,…トルエンを溶離剤として用いて精製したところ,C60を98.5重
量%,C60Oを1.2重量%含有するフラーレン類が得られた。これは,通常のカ
ラム分離ではフラーレンとその一酸化物が分離困難であることを示している。
このフラーレン類を乾燥器にて190℃で1時間加熱し,加熱後のフラーレン類
の混合物0.13gにトルエン65gを加え,室温で30分間超音波をかけながら
溶解し,トルエン溶液中の化合物を液体クロマトグラフィーにて分析したところ,
C60が97.8重量%,C120Oが1.9重量%であり,C60Oは測定されなかっ
た。(【0038】)
⒟本発明のフラーレン精製方法及び製造方法は,フラーレンの製造時に複製し,
カラムによっても分離困難なフラーレン類一酸化物を効率的に除去することができ
るので,高純度のフラーレン類を大量に生産することが可能になる。(【0041】)
bK.M.Kadish外1名編PROCEEDINGSOFTHES
YMPOSIUMONRECENTADVANCESINTHECH
EMISTRYANDPHYSICSOFFULLERENESAND
RELATEDMATERIALS,THEELECTROCHEMICAL
SOCIETY,INC,ProceedingsVolume94-24(1
995年3月21日MIT図書館受入れ)(甲26)には,おおむね,次のとお
り記載されている。
⒜様々な吸着剤及び溶出液が,HPLCによってフラーレンを分離及び分析す
るために用いられている。LiChrosorbDiol吸着剤は,C60,C7
0及びより高いフラーレン,並びにそれらの酸化物の分離に最も適している。…(1
588頁1段落)
⒝フラーレンとその酸化物の分離のために最も便利なカラムはn-ヘキサン及
びn-ペンタンを含有する抽出液を用いたLiChrosorbDiol充填カ
ラムである。このカラムはC60,C60酸化物,C70,C76,C78,C70酸化物及
びC84の分離及び分析に使用でき,…。フラーレン酸化物からのフラーレンの精製
のために,活性化アルミナ及びシリカを用いることができる。フラーレン酸化物は
溶液からそのような吸着剤に強く吸着し,酸化物がフラーレン試料から除去される。
(1589頁下から5行目~1590頁13行目)
c以上によれば,甲18及び26から認められる本件特許の優先日当時の技術
常識は,「製造後の非修飾のフラーレン類に,C60酸化物及びC70酸化物が存し,
これを除去するために精製が行われること」にとどまるものであり(以下,この技
術常識を「本件技術常識」という。),甲18及び26に,フラーレン誘導体の酸
化物に関する記載はないというべきである。
(ウ)なお,本件明細書【0146】には,「フラーレンおよびフラーレン誘導
体の「酸化物」の語は,フラーレンが空気および光に曝露される際に生成されるこ
とが本分野で公知である,フラーレンおよびフラーレン誘導体のエポキシドおよび
光化学分解の他の生成物をいい,一付加基または多付加基生成物でありうる。これ
らの化合物の生成の最小化は,典型的には不活性雰囲気下(たとえばN2)での反
応によって達成されるが,典型的にはどのようなフラーレン合成生成物にも若干量
が存在する。」との記載がある。しかし,前記段落には,その後に「フラーレン酸
化物はフラーレン反応物中に存在する可能性があり,そのため誘導体酸化物に繋が
り,または酸化物がフラーレン合成の結果として生じうる。」と記載され,フラー
レン誘導体の酸化物が存在する可能性が指摘されるにとどまっている。そうすると,
前記段落の記載をもって,「製造後のフラーレン誘導体」にフラーレン誘導体の酸
化物が存することが技術常識であったということはできない。
また,フラーレン誘導体の調製について,甲14の1(11頁13行目~21行
目)には,「…本発明は,上記で定義されたようにタイプ[n]-PCBMのフラ
ーレン誘導体に関し,ここでは,nは,クラスタを形成している原子の数である。
…本発明に従うフラーレン誘導体は,対応するC60フラーレンの調製と同様の方
法でなされてもよい。」と記載されている。しかし,フラーレン誘導体の調製が,
C60フラーレンの調製と「同様の方法でなされてもよい」とされるにとどまり,こ
れをもって,製造後のC60フラーレンにC60酸化物が存するのと同様に,「製造後
のフラーレン誘導体」にフラーレン誘導体の酸化物が存することが技術常識であっ
たということはできない。
そして,本件証拠上,他に「製造後のフラーレン誘導体」にフラーレン誘導体の
酸化物が存することが技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。
(エ)本件技術常識を参酌した引用発明
引用発明は,C60のフラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体を含む変性物で
あり,この変性物がC60とC70の混合体に種々の官能基を導入することにより得ら
れるものであったとしても(本件明細書【0043】,引用例【0021】),本
件技術常識を参酌した引用発明は,C60の酸化物,C70の酸化物を含むものにとど
まり,C60のフラーレン誘導体の酸化物やC70のフラーレン誘導体の酸化物を含む
ものとはいえない。
したがって,原告の前記主張は採用できず,引用発明が,フラーレン誘導体の酸
化物を含むものということはできない。
エ小括
このように,引用発明は,C60のフラーレン誘導体の酸化物やC70のフラーレン
誘導体の酸化物を含むものとはいえないから,酸化物の含有及びその累計範囲に関
する相違点2は,実質的相違点である。
⑷まとめ
以上によれば,本件発明と引用発明とは,相違点1及び2において実質的に相違
するから,本件発明は引用発明であるということはできない。
よって,被告の仮定的主張について検討するまでもなく,取消事由1は理由がな
い。
4取消事由2(進歩性判断の誤り)について
(1)相違点2の容易想到性について
本件審決は,引用発明において,フラーレン誘導体の酸化物を含めた複数の酸化
物が特定の範囲に含まれているとはいえないことなどから,相違点2は容易に想到
することはできないと判断した。
これに対し,原告は,原告主張の前記技術常識から,引用発明のフラーレン変性
物には酸化物が含有され,その酸化物の累計範囲を「0.001%から5%」と設
定して,相違点2に係る本件発明の構成を採用することは,容易に想到することが
できる旨主張する。
しかし,前記3⑶のとおり,引用発明は,C60のフラーレン誘導体の酸化物やC
70のフラーレン誘導体の酸化物を含むものとはいえないところ,引用例には,フラ
ーレン誘導体の酸化物に関する記載が一切なく,フラーレン誘導体の製造方法に関
する記載もない。また,本件証拠上,「製造後のフラーレン誘導体」にフラーレン
誘導体の酸化物が存することが技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,相違点2に係る本件発明の構成のうち,C60の酸化物,C70の酸化
物に加え,C60のフラーレン誘導体の酸化物及びC70のフラーレン誘導体の酸化物
も含む構成を備えるようにすることを,引用発明から容易に想到することができた
ということはできない。
したがって,これら酸化物を「0.001%から5%の累計範囲」で含むという
相違点2に係る本件発明の構成を容易に想到できたものということはできない。
(2)小括
以上によれば,本件発明は,C60のフラーレン誘導体とC70のフラーレン誘導体
を含む変性物としか特定されていない引用発明に基づいては,容易に発明をするこ
とができたということはできない。
よって,被告の仮定的主張について検討するまでもなく,取消事由2は理由がな
い。
5結論
以上のとおり,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判
決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官髙部眞規子
裁判官山門優
裁判官片瀬亮
別紙1
本件明細書図面目録
【図1】
別紙2
引用例図面目録
【図3】
【図4】

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